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東京外国語大学 博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
第3章方言データの計量的処理の実践的意義
3.1.多変量解析を用いたパリ周辺地域の共通語化の研究
3.1.1.目的
第2章では,方言データ処理の理論的意義について述べた.本章では,第2部以降
でおこなわれる日本の方言データの処理の前段階として,フランスにおける方言デV・・一・・
タの分析をおこない,実践的意義について述べる.
本章で『方言文法全国地図(GAJ)』以外の地域を扱った研究を示す意義は以下の3
点にある
(1)共通語化という視点からみた方言研究の意義
(2)方言形を共通語の近さに従って得点化する意義
(3)多変量解析を用いた研究の意義
(1)は,取り扱うデータの意義である.現代の方言研究に共通の問題であると思わ
れる.第2部以降で用いるGAJと調査時期が近く,日本と同様にフランスにおいても
共通語化が進展している時期のものである.このように類似した他国の資料において
同じように共通語化という視点から分析することは,日本の方言調査結果の分析にも
重要な示唆を与えると思われる.
(2)は,データ加工方法の意義である.方言研究において,方言の類似度をみると
きに,単純に共通語を使用するか否か,でよいのか,という問題である.共通語化と
いう点では,共通語形使用率を分析することは重要である.ただし音声的なわずかな
バリエーションが非共通語として認定されてしまった場合,これを無視することは,
共通語化に至る過程の一部を切り捨てることに繋がる恐れがある.本研究では試験的
に中間段階の設定をした.これにより,複数回答があった場合に歴史的関係を探る手
がかりにもなることを示す.
最後に(3)は,分析方法の意義である.集計方法については,単純集計であっても
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方法を工夫することで応用的な分析は可能である.しかし,気づかないパターンや,
主観を排した分析は難しい.多変量解析は,大量のデータの中からみつけられるパタ
ーンを計算によって求める.そのため結果的に常識的であったとしても,より客観的
に示すことができる利点がある.
以上,言語地図のデータを共通語化の視点から数量的処理をすることに関する研究
の意義ついて述べた.国内では第2章で紹介したように井上史雄による一連の研究が
あるが,海外における共通語化の分析から意義や問題点を探ることで,国内の研究に
もよい影響を与えられればと思う.
3.1.2.研究概要
本章では,方言データは,海外の言語地図データである.フランスのパリ周辺部の
言語地図である,”L’Atlas Linguistique et Ethonographique de 1’Ile−de−France et
de 1’Orleanais(ALIFO)”のデー・一・タベースを用いた数量的解析の研究例を示す16.
ALIFOは, Marie−Rose Simoni−Aurembouによって作成された.調査期間は1966∼1975
年にかけてで,調査地域はパリ周辺部76地点である.図3−1にフランスにおける当該
地図の範囲を示す.方言地図は,臨地調査によって採取した方言形を直接地図上に示
す方法を用いている.調査地点76地点が示された地図を図3−2に示す.
16Yarimizu et. a1.
(2003), Yarimizu et. al.(2004)
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7 ・/
声へ⇒一ユ・いv””・
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r.‘・一・一,’x’・一.1,」;
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竺鯉’蹴
1 驚ピ,…一・
儀燃騨欝翼
””..as’...,; ㌔
図3−1・フランスの地図(四角内がALIFOの地域)
◎ise
・1
Orne
・12
・18 ・1
・20
・2
・34
・3
・54’53
・56
・57 ◆58
・62
・63
◆64
・65
・68 ・67
・69
・71
・5工
・52
・60
し◎随t
・66
Loir−et−Cher
・74 ・73
1ndre・er・し◎ire
・75
図3−2・ALIFOに おける調査地域
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3.t.3.先行研究
ALIFOを用いたパリ周辺部の共通語化についての研究としては, WOLF(1977)と
KAWAGUCH I(1994)が代表的である.
WOLFの分析では,パリ近郊における共通語化の進展の違いが報告された.図3−3に
示すとおり,パリ周辺(○記号)で共通語形の使用が多く,逆にEure−et−Loir県(●記
号)の地点で非共通語形の使用が多いことが指摘している.また,川口の分析では,共
通語形の伝播経路の考察や,Eure−et−Loir県の方言分布と古形の残存との関係を示唆
している.以下,KAWAGUCHI(1994)のALIFOのデータベース化と共通語伝播経路の推定
について述べる.
川口は,デ・一・一・タベース化したALIFOの20図を,共通語化の進展度合いによって3
種類に分類した.この手法は,河西(1981)の「河西データ」すなわち,LAJ(日本言語
地図)における都道府県別共通語使用地点数17のデータ作成の際の分類方法に似てい
る.河西は,「標準語形が全国的にくまなく散在していて,ほとんど地域差のないもの」
と「標準語形が一定の勢力をもたないもの.即ちどの都道府県においても(中略)10%
に満たないもの」を分析対象から外している.川口も共通語形の伝播経路を推測する
際に,共通語形が76地点中46∼62地点である8図を選択した.中程度に共通語化が
進んだ状態の地図においては,共通語化の早い地域と遅い地域との差がわかりやすい
と考えられるからであろう.
川口は,8図における共通語形の使用地点を集計することで,パリを中心として放
射状に拡散して西部へと伝播する2本の経路を推測した.1本目の経路は,図3−4に
おいて,地点6→8→16→34を通じて直線的に西に向かうものであり,2本目経路は
13→15→60と南下した後,Loire Riverに沿って60→53→54→62→65→73→74→75
へと西へ向かうものであるとした.
このように,共通語化の経路というものが先行研究では推測されているが,本章では,
】7河西は「標準語」という用語を用いている.本研究では「共通語」と「標準語」は区別しない.
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従来のKAWAGUCHI(1994)の20図のデータに加えて,新たに川口が作成した31図のデ
ータを加え,51図のデータによって分析をおこなうことにした.
N4°Y,4t,.g・41
͡.s7eぴ53.∴52
嘘3 ・62
しoiret
・64
.6s ’6E、7い ・66
◆69
・71
Loiト戯一α糟r
・74 ・73
・ぽ口絶 _∼」’
図3−3・WOLF(1977)による共通語化研究
㌃
Orme
“工2
Φ18 ・工
◆3
命ッェ{.。i・−et−Chef \、〈ノ
__パ∼!∨
図3−4・KAWAGUCH I(1994)による共通語形伝播経路の仮説
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3.1.4.ALIFOデータの加工
3.1.4.1.併用形の処理
ALIFOは1910年前後の生まれの人を対象に,1966−1975年に調査された.1地点で
複数のインフォーマントに対して調査した例もあり,これは,原則的に1地点で1イ
ンフォーマントとすると日本の方言調査とは異なる.また,多くの地点で併用形が回
答されており,地点を代表する回答形をどう設定するかが問題となる.
回答形は使用頻度の高い順に列記され,出現が稀だという回答を得た場合には,注
がついている.そのため地点ごとに最も使用されている語形,つまり最初に書かれた
語形を,この地点の回答形とする方法もあるだろう.
しかし,日本と同様に,1970年代のパリ周辺地域においては,言語変化の方向が,
共通語(=標準フランス語)の普及する方法にあると推測することは,社会的状況か
らも妥当であると考える.先行研究であるWOLF(1977)やKAWAGUCHI(1994)も,この推
測を支持している.したがって本章では,当該地域が共通語化の過程にあること作業
仮説とする.
方言形と共通語形が並存する場合には,方言形は衰退過程にあり,共通語形は普及
過程にあると仮定する.つまり,共通語形と方言形がまったく別系統の語形である場
合には,より共通語形に近い形に置き換わる.
また,すでに共通語形に近い語形で,音声が若干異なるだけの場合でも,さらに共
通語の音に近づく傾向にある,という前提で考えることになる.
共通語化を「不可逆かつ唯一の方向」と仮定して,ALIFOの各地点で複数の語形の
記述から代表語形を決定するために,二つのケースを想定することにした.
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ケース1: 共通語形に近い語形があった場合には,無条件でその語形を採用する.
・その地点においてわずかでも共通語形の受け入れがあれば,その地点は共通語の地点と
みなされ,結果として共通語を受容しない地域が強調される.
ケース2: 非共通語形に近い語形があった場合には,無条件でその語形を採用する.
・これは各地点での古形の残存状態を際立たせるだけでなく,共通語の伝播経路がより明
確に強調されると思われる.
以上のケース1とケース2を比較することで,共通語化の歴史的経緯の考察を可能
にすると考える.
3.1.42.データベースの作成
川口が作成した51語からなるALIFOデ・一一一・・タベースは,地図に掲載されている語形
をそのまま電子テキスト化したものである.
フランスにおけるデv−一・タベースを用いた研究としては,近年では,GOEBL(2002)の
『フランス言語地図(ALF)』の研究がある.クラスター分析を用いて,フランスの方言
区画を試みている.これはGOEBLによる”Dialectometry”の手法によって,地点間
の音声・語彙の類似度(距離)を計算し,その結果得られた行列にクラスター分析を適
用したものである,GOEBLとHAIMERLによって開発された分析ツール”VDM(Visual
Dialectometry)”によって視覚化され,フランスの方言区画を見ることができる.
計算方法はインターネット上で公開され18,VDMのALF分析用CD−ROM配布データの
フォーマットについても詳述されている.しかし,方言形の一致,不一致を判断する
上での手続きは不明確であり,分析結果としての地図と解説が示されるのみであるた
め,データについての他者の検証が困難になる.本研究でも,この点に注意して,デ
ータベース作成の手続きについて述べる.
18 E.HAIMERL ‘‘Das Dialektometrieprojekt der Universittit Salzburg”
http://ald. sbg. ac.at/dm/
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数値処理をするために,まず各地点の語形を共通語化からの基準で得点化し,新た
なデータベースを作成した(元デv・・一・“タ作成者の川口が作成).得点は以下のとおりであ
る.
1共通語形(Martinet Walter(1973)の発音辞典による)
2共通語形の音声変異形(phonetic variants)
3共通語形とは異なる語形
3段階に限るわけではなく,より細かく分類しなければならない場合には,さらに
もう1∼2の段階を設けて4∼5段階としたものもある.じゃがいも(pomme de terre)
における分類例を表3−1に示す19.
ρomme de terrθ (じゃがいも)
値
種類
回答語形
1
共通語形
Pδm・de・tさr
2
共通語の音声変異形
pum・de・tさr
3
共通語とは異なる語形
P白t6t
狽窒tf
表3−1・データベース作成例
19
送ソはYarimizu et. al.(2004)に掲載,
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しかし,この状態では,まだ併用形の処理の問題が残る.本研究においては,各地
点の代表値は,上述のケース1,ケース2にしたがって作成する.実際の手順として
は,各地点に与えられている得点の最小値,最大値を選択する.つまり,
SP・−data:最小値を選択したもの(=ケース1:共通語形優先データ)
NP−data:最大値を選択したもの(=ケース2:非共通語形優先データ)
という対応関係になる.併用時の例を表3−2に示す.
また,元の語形のままのデータベ・・一一・スについても,各地点間の方言類似度を計算し,
分析に用いる.これについては後述する.
pδm−de−ter(=1)とp白t白t(=3)の併用時
選択すべき値
値
SP−data
NP・・data
i共通語形優先データ)
i非共通語形優先データ)
最小値
最大値
1
3
oδm−de−ter
o白t白t
表3−2・SP−dataとNP−data
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3.2.分析
3.2.1.単純集計
まず,各地点における51語中の共通語形の出現語数をみるため,単純集計の結果
を図3−2,図3−3に示す.SP−data, NP−dataについて,各地点での1(=共通語形)の
値をとる項目を数えて得点化し,地図上にあらわした.図3−5がSP−data,図3−6が
NP−dataの結果である.
想定のとおり,SP−dataは, NP−dataと比較して,共通語化が拡大していることが
明確である.これは,NP−dataはSP−dataより古い時代の状態を反映していると考え
てよいだろう.さらに,Eure−et−Loir県において,共通語化が遅いことも確認できる.
NP−dataをみると,共通語地域は,北部から南東部に拡大しているだけだが,SP−data
をみると,Eure−et−Loir県を取り囲むかたちで共通語化が拡大している.
これは当該地域での共通語化の二つの経路を推測したKAWAGUCHI(1994)の結果にお
おむね合致している.ただし,KAWAGUCHIは,共通語化の進展によって事前に語を分
類しており,共通語化がある程度進んだ語について経路の考察をおこなったものであ
る.単純集計は,対象の項目すべてを合算してしまうため,共通語化した度合いの情
報しかないことになる.SP−dataとNP−dataの差だけをみるだけでは,どういった単
語が共通語化する傾向にあるか,といった共通語化のパターンはわからない.
っまり,点数上は,共通語化が進んでいるような地域であっても,同じ単語が共通
語化しているとはいえない.このような場合には,個々の語形を見て,パターン分類
をして考察する必要があるが,これは,KAWAGUCHI(1994)と同様の処理になり,恣意的
な取り上げ方になりやすいという問題がある.
したがって共通語化していない語も含めて,なるべく客観的に共通語化の状況を総
合的に把握するために,多変量解析の手法を用いる必要がある.
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■:30−
★125−
×:20−
1:一工9
ζ★;xk
★★
★★ L。治
er−LOire
図3−5・SP−dataの単純集計(共通語形使用数)
叉゜讐
■:30−
★:25−
X:20−
1:−19
★★
★烈
×
図3−6・NP−dataの単純集計(共通語形使用数)
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3.2.2.クラスター分析
3.2.2.1.分析手法の選択
SP−dataとNP−dataを,それぞれ,単語使用のパターンの類似した地点ごとに分
類することで,共通語化の状況をより深く考察するために,多変量解析である,クラ
スター分析を用いることにした.クラスタV−一‘分析を適用するにあたって,データの性
質から手法を選択しなければならない.
SP−dataとNP−dataにおける得点は,1,2,3と等間隔に得点がついている.しか
し,1,2と,2,3では差の示す意味がかなり異なっており,意味があるのは得点の順
序だけである.この得点の間隔を決めるには多くの要素が絡んでおり簡単には決定で
きない.
このような3段階程度の順序尺度を用いて距離を計算するため,通常のユークリッ
ド距離ではなく,市街化(Manhattan)距離を用いた.これは連続値をとらないデータに
おける距離をはかるのに適している.また,クラスターの分類法についても,ユーク
リッド距離に適したWard法は用いられないため,最遠隣法(Complete Linkage)を用い
た.この手法は,クラスター間の距離を求める際に,クラスター同士で最も遠い要素
同士の距離を採用する方法で,クラスター間の差を強調した分析法である.
3.2.2.2.分析結果1一非共通語優先データ
まず,より非共通語的な語形を代表値にしたNP−dataによる結果を示す.デンド
ログラムが図3−7,この結果を地図上に配置したものが図3−8である.デンドログラ
ムの下に書いてある記号と,地図の各調査地点上にある記号は対応している.
図3−8をみると,大きくParis周辺部と,それ以外の2つにわかれるのがわかる.
共通語の母体である,11e−de−France方言は,わずかに西側のEure−et−Loir県北部と,
南側のLoiret県の北部に勢力を伸ばしていることがわかる.これは,KAWAGUCHI(1994)
の推測や,単純集計での考察と同様であるが,より結果が明確である.
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さらに詳細にみると,西側のNormandie方言の影響をうけた地域が, Paris周辺を取
り囲んでいるようにもみえるが,Parisのデータがないため断定はできない.
Picardie方言の影響を受ける北部のOise県,Va1−d’Oise県の多く(地点0,1,2,3,5)
と,南側のEssonne県, Loiret県が同様の傾向を示している.一方で, Paris周辺以
外の南西側の地域は,分布がやや複雑である.非共通語形を優先したデータは,共通
語が普及する以前の状態に近づく.
しかし,共通語が普及する以前は,前述で想定したような共通語化の方向性の原則
は,まだ存在せず,各地の方言形が隣接地域に伝播する状態にあったと考えられる.
つまり,共通語レベルが2や3だけで,実際の方言形の豊富なバリエーションをあ
らわすことはできない.あくまで,この想定は,共通語化過程にあることが前提であ
る.このことを踏まえて,再度図3−8の南側を解釈する.
「一山の地域と,「□▽」の地域の違いは,共通語化の視点から分かれていると
思われる.「一白の地域は共通語化の傾向があり,「●★」に連続するものと考える
と,Eure−et−Loir県の南北に2本の共通語化経路を想定できる.
3.2.2.3.分析結果2一共通語形優先データ
次に,共通語により近い形を代表値にしたSP−dataをみる.図3−9のデンドログラ
ムをみると,SP−dataの図3−5において共通語形を示していた右側のクラスターに属
する地点が多くなっていることがわかる.それだけ共通語化が進んだといえる.
しかし単純集計の図3−6のようには,共通語地域が広がっていないようにもみえる.
デンドログラムを地図化した図3−10をみると,Eure−et−Loir県南部に位置するクラ
スター(一)を中心として,西端のSarthe県との境の地点が共通語側のクラスタv・一…に
なっている.Eure−et−Loir県のクラスターが共通語側のクラスタv−一・・ではなくなり,こ
のことが,以前より非共通語化が進んだという意味を示さないことは,単純集計の図
3−5,図3−6からもわかる.
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the oomp1白te 1血曲ge method
Manhattan distanc白
870
16。
50
40
30
20
10
図3−7・クラスター分析のデンドログラムー非共通語優先データ
晋▽、
▽1
口▽
★口
ー★口
☆★,ロ
図3−8・クラスター分析の地図化一非共通語優先データ
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共通語化はALIFOの地図全域で進んでいる.そのため,西端の地域が中央部よりも
先に,共通語の中心であるパリ近郊地域のクラスターと合併したことは,西部地域へ
の共通語形の伝播が中央部よりも早かったと解釈できる.さらに,このクラスターは,
Eure−et−Loir県の南端を通って,東側のクラスターとつながっている.南側をまわる
Loire川の流れに沿った共通語化経路とみてよいだろう.
問題は,北側の経路である.図3−8では,Eure−et−Loir県北部にのびていた共通語
化の流れが,図3−10では消えている.ただし,北側の経路は,Normandie地方も検証
する必要があり,ALIFOの外側の地図を参照することは今後の課題としたい.
図3−8にくらべて図3−10はクラスター一一・と地理的関係がわかりやすい.これは,
SP−dataでは,共通語化がかなり進行したために,各地域に特徴的に残存する方言形
のパターンが反映したためと考えられる.つまり,共通語レベル2,3といったバリエ
ーションの少ない方法でも,方言差があらわせてしまうほど,共通語化が進んでいる
ということを示す.
3.3.クラスター分析のまとめ
以上,クラスター分析によって,各地点の分類を試みた.SP−dataからは,共通語
化の初期の普及状況が,NP−dataからは,方言の衰退期の残存状況が読み取れた.つ
まり,SP−dataとNP−dataは通時的に分離させただけでなく,共通語化プロセスや,
方言形の分布状況をみることができた.
問題点としては,やはり方言形が3∼5段階に整理されているため,同じ段階であ
っても語形のバリエーションが多数存在してしまう.そのためどうしても方言形の観
点からみると,誤差が大きく感じられる.そこで,各地点の言語の地理的な連続性を
客観的に検証するため,次節では,多次元尺度法(MDS)という手法を用いて分析する.
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東京外国語大学 博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
the c・mplete linkage metho直
Manllattan砲ame
860
15。
ω302010
〈 × 1 一回 ◎▼▲●
図3−9・クラスター分析のデンドログラムー共通語優先データ
Oise
● ●
●
o
Sarthe
o ▼
e
◎ ▲
◎
▲lntire−er−LBire
図3−10・クラスター分析の地図化一共通語優先データ
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3.4.多次元尺度法
3.4.1.多次元尺度法の適用
前節では,クラスター分析によって,SP−dataとNP−dataの地域の分類を試みたが,
本節では,方言形に焦点をあてて分析を試みる.
分析に使用する多次元尺度法(以下MDS;Multi Dimensional Scaling多次元尺度構
成法とも)とは,ケース間の距離(もしくは類似度)行列を用いて,そのケー一・ス間の位置
関係をn次元空間上に分布させる方法である.次元数は,通常2次元が用いられるた
め,ケース間の距離関係を平面に視覚的に位置関係を表示できるのが特徴である.方
言研究においては,調査地点をケースとし,地点間の方言デー・一・・タの類似度を計算し,
MDSを用いることができる.
SP−data, NP−dataといった,共通語形との近さを計算するのではなく,地点間の回
答同士を比較するため,MDSによって得られた地点間の相対的位置関係は,実際の地
理的位置関係をある程度反映することが予想される.現代における共通語化はテレビ
やインターネットといったメディアを介したものであるため,空中から散布したよう
な共通語化になるが,かつての言語伝播は地伝いであったと推測される.しかし,言
語の伝播は,緯度経度のみの位置関係ではない.地形や人口などによって,一定速度
で伝播するわけではない.分析の結果の配置によって,言語の広がり方を考察しなけ
ればならない.
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3.4.2.方言類似度の計算方法
MDSを適用するために作成する,地点間方言類似度の行列の計算方法を簡単に図
3−11に示す.ある質問において,それぞれの調査地点の回答語形を総当りで比較し,
一致した個数をそれぞれのセルに加算していく計算方法である.
本研究での51枚の地図の質問すべてを対象とした.クラスター・・一分析で用いた
SP−data, NP−dataとは異なり,一致したかどうかだけ考えればよい.そのため,すべ
ての回答語形を生かすことができる.クラスター分析と同様に地点の代表形を決めて,
共通語形優先の類似度行列,非共通語形優先の類似度行列を作成して計算すれば,通
時的に考察することが可能と思われるが,本稿ではクラスター分析の結果をふまえて,
ありのままの方言分布を分析することで,非共通語形優先データのクラスター分析よ
りも細かい関係の把握を目指す.
database
matc
Word Forms
Q1
Point 1
Point 2
Point 3
α
b
Q2
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b
e
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Q3
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‘iini,Meiii
大
x
i鐵…寧か
懲・
七^ ’ 七 く
x
α
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Point 1 α
×
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×
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Point 1
α Point 2
’鞍
…i鍵
蒙懸羅
b
×
c
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Point 2 α
×
b
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Point 3
顯繊i織 難
Point 1
Point 2 α
灘灘繕、 c ’
鑛㌔≧
×
、i鍵・
淫 , ぐ
Point 3
’…’
c三繰灘
Q2
si”1丑alri matlix
2
Point 2
Point 3
2
2
×
Point 2
×
Point 1 κ
×
ト、 、卜 七
.灘
Point 1 Point 2 Point 3
Point 1
Point 1
2
1
Q3
Point 1 κ
Point 2 〃
1
図3−11・方言の地点間類似度の計算方法
56
、淫蒸
普@ ミ
k
k
E,鰻
ア 膓 c♂卜・七・’
Point 3
Point 3
Point 2
,灘…
灘
Point 3
×
κ Point 3
×
照.照…’・
㍉ ’《’x ” /c
・拶’”ミ
f∵’∵’’”
東京外国語大学 博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
3.4.3.分析結果
3.4.3.1.地理的対応関係
ALIFOの地点間方言類似度データにMDSを適用するにあたり,位置関係が2次元に
なるように指定して出力した.
MDSの結果は,地点間の相対的な位置関係であらわしている.そのため,自由な回
転(直交,斜交),相似拡大縮小をおこなって,最も説明に適した形になるように変形
させる必要がある.これは因子分析などでも用いられるが,この変形作業には主観的
な判断が入るため,問題点ではある20.
出力の結果を図3−12に示す.各地点の番号のままでは位置関係が把握しづらいた
め,所属する県別に記号をあたえて示した.MDSの計算結果によって配置された相互
の位置関係が,実際の地理的位置関係を反映しているという予測のもとに結果を解釈
すると,左右(東西)が反転していることに気づく.
そのため図3−12では,すでに第1軸を反転させて,実際の地図との対応関係がわ
かりやすいように変えている.結果を見ると,地図の各記号の位置関係が,図3−2の
地図の県の位置関係に非常に似ていることがわかる.
MDSにおいて,各軸の特徴を解釈するときには,まず原点から離れて位置する変数
に注目その軸における主要な特徴と考えられる.まず北側のPicardie地方に隣接する
地域と,Indre−et−Loire県の地点がみられる.
一方で,西側のOrne県と,東側のLoiret県は互いに対照の位置にあることがわかる.
以上から,MDSの出力は,基本的に地理的位置関係も反映していると考えられる.
20因子分析の場合には,軸の回転方法まで計算可能である.しかし,説明に適した回転方法を選
択するという点では,因子分析もまた主観的であることにかわりはない.
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一2
図3−12・MDSの結果(第1軸×第2軸)
58
一2
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3.4.3.2.仮想軸
そこで,実際の地図の側に,MDSによって得られた軸を重ねたものが図3−13である.
図上に引いた2本の曲線は,MDSの結果の第1軸,第2軸に相当する仮想軸である.
つまり図3−13での軸とは,数学的に対応するものではなく,あくまで筆者が主観
的に引いたものである.ただし県の記号の対応関係を元に,線を引いている.
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図3−13・MDSの結果の地図へのプロットと仮想軸
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3.4.3.3.Parisの予想位置と共通語化経路
クラスター分析でも現実の地理的位置関係を反映した分類がなされていたが,分類
の性質上,似ている順にクラスターの合併がおきるだけなので,下位クラスター同士
の相互関係はわからなくなってしまう.MDSの場合には,そうした相互関係を示すこ
とが可能である.
そこでALIFOでは調査されていないパリの位置について推定する. MDSでは原点付
近はそれぞれの軸の要因が低いことをあらわすので,積極的な解釈は難しい.しかし,
MDSでの各軸は,方言的特徴の違いが軸の要因であることを考えると,原点付近には,
特徴の少ない,すなわち共通語化が進んだ地域が集まると思われる.パリを西側に囲
む,共通語得点の非常に高い地点が,図3−13でも原点付近にあるということは,結果
として原点付近には,共通語形の地点(すなわちパリ)が来ていると考えられる.
Va1−d’Oise県や, Loiret県の一部が,Essone県よりも原点に近いことからもわかる.
すなわち共通語の普及経路との関係している地点は,原点付近に位置しているとい
うこともできる.
3.4.3.4,Eure−et−Loire県の位置
次に,現在も共通語化の波に抵抗しているEure−et−Loir県をみる.図3−13では,
Eure−et−Loir県の多くの地点が「北」側(第2軸プラス)寄りであることがわかる.し
かし,Eure−et−Loire県の中でも,北部は比較的共通語化が進んでいるため,県の中
を南北で二つにわけることにした.○記号が北部地域であり,○の中に1が入った記
号が南部地域である.
図3−12と図3−13を対照すると,共通語化が進んだ北部のほうが,非共通語的な南
部よりも原点に近いことがわかる.これは,原点付近に共通語の中心が来ているとい
う,前節の予測とも合致している.
一方で,南部地域は,第2軸の特徴となっていることがわかる.もしも図3−10に
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正しく表示させるとしたら,Eure−et−Loire県南部は,ALIFOの範囲外であるNormandie
地方のEure県の場所に押し出された形になるであろう.
3.4.4.MDSのまとめ
以上,MDSによって,言語データから,地点の東西南北の相対的関係が保たれた地
図が復元された.このことは,方言の分布が地理的に連続をなしていることを表して
いる解釈できる.一方で,非共通語的な特徴によって,各軸が特徴付けられていると
も解釈できた.
第1軸は東西差であり,第2軸は南北差であることがわかったが,第2軸では,他
の地域より非共通語的である,Eure−et−Loire県南部が他の地域との連続性の関係か
ら外側に出された結果になった点も,重要であろう,これは,MDSの結果が,単なる
地理的位置関係ではなく,言語的な位置関係を表すからであり,実際の地理的関係と
異なる部分に,解釈すべき意味が現われる.
ただしこうした位置関係の連続性は,共通語化の進展によって,消滅する傾向にあ
ると思われる.マスメディアの発達により,空中からの散布させたように広がる共通
語化は,従来の伝播経路を崩す最大の要因となるだろう.
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3.5.結論
以上,本章では,海外のデータにクラスター分析と多次元尺度法という二っの多変
量解析を用いて,言語地図データの計量的分析の一例を示した.
手法面での成果として,従来の単純集計による主観的な予測を,多変量解析を用い
て,より客観的に分析できたと思われる.また,データにっいても,なるべく単純で,
かつ追試可能な手順を公開することにより,信頼性のある結果を示すことができたと
思われる.
また,分析面の成果としては,一時点の方言調査という共時的データから,歴史的
変化,言語伝播という通時的な面を探る可能性をみることができたのは意義あること
と考える.
同時に問題点もある.一つはデータの選択である.ALIFO 1,2巻にある700以上の
項目に対して,本稿では,その1割に満たない51項目を恣意的に選んでいるだけであ
る.また語形からの分析はしておらず,個別の語の歴史を考慮に入れていない,とい
う問題がある.
二つ目に,手法面の問題点は,多次元尺度法はあまりにケース数が多い場合には,
計算量が膨大となるため,第2部以降と取り扱うGAJデータのように,約800地点の
巨大なデータに対してはそのままでは取り扱えない.このため,他の多変量解析手法
ではどうかという問題も残る.
ALIFOデータベースは,語形からの解析に適している他の多変量解析にも適用でき
るので,今後の課題としたい.
本章の研究は,方言データを数量的に処理する意義を十分に示したものといえる.
これは日本の共通語化にも同じように応用可能と考える.第2部では,こうした研究
を踏まえ,日本における共通語化の計量的分析をおこなっていく.
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