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東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
第 3章 ゴ (
国)を移 る
る
tい ラ_
易′
才B併
s)
r
Aプ
巴形瀞 i
Eよっ て王達己
曹恵禅題 や世界慶が貰 せつTい
St
u
die
i
iE Lいo_
/(
*# 1
9符I
37
)
1
988年 9月、一年 半 に渡 るフィール ドワー クがま もな く終わ ろ うとしていた頃 に、村 を
移す とい う話 が入 って きたOぜ ひ村 の移動 を観 察 してか ら調査 を終 えたい と願 ったが、時
gn
期 が適 当でなかった。結局、観察 で きぬままに 1
0月 に帰国 し、再調査 で 1
989年 3月 に戻
Fo
re
i
る とすで に村 はな く、かつて村 が あった ところ-出向 くと、ただぽ っか りと空 間があいて
い るだけだった。雑木林 の合 間に唐突 にまっ さらな空 き地 が広 が っていた。 人 が暮 らした
気配 を微 かに うかがわせ るのは林 の中に残 され た果樹 だ けだった。 ま るで何 かのひ と撫 で
でふ っ とすべてが消滅 して しまったかの よ うな錯覚 を覚 えた。
of
その瞬間にフィール ドワー クで聞いたひ とつ の 口承伝承 が よみが えった。 そ してその伝
ity
消 えた村 」の話 で あった。ナ老人 は当時
承 が実体化 して私 の中で現実 となったので ある。 「
rs
60代前半で 1
925年 頃の生まれ だった。彼 はつ ぎの よ うに語 った0
ive
自分が生まれ る前のことだが、イ ンタノン山に村が一つあった。ある日、村の老人
が言った、 ゴ (
国)の神は村人がみな村に留まることを望んでいるか ら、6週間は誰
Un
も村か ら出てはいけない と。 ところが二人の男はそれを聞かずに猟-出た。
二 日後に猟か ら戻ってみ ると、村が消えていた
。
そこには二人の赤い服 (
チェガ)
yo
だけが残 されていたO焼畑-行ってみ ると、村人が植 えた トウキ ビとレモ ングラスは
ok
あるのに、村人を見つけることはできなかった。二人はそこで一晩過 ごし、つぎの 日
(T
にもまた村 を捜 してまわったが見つか らなかった。とうとう捜すのを諦めて、ほかの
村-移 って行った。
is
ところが、そのあと誰かがその村のあった場所-行 って、
es
「
明 日、稲の植 え付 けをす るか ら、手伝 って くれD」
とい うと、翌朝、とても美 しい若い娘 と若者がやってきて、播種 を手伝い、終わると
Th
帰っていった。若い男たちが この娘たちに、
Do
ct
or
al
「
一緒にあなたの村-遊びに行 ってもいいで しょうか。」
と聞 くと、娘たちは喜んでそれを受け入れた。そ こで男たちはその娘たちに付いてい
って、村で楽 しい ときを過 ごした。だが、翌朝、目が覚めるとそ こには何 もなかった。
誰かがその村のあった ところ-行って、
「
鶏を買いたい。」
と言ってお金 を置いて くると、翌朝、そこに鶏がいた。
しか し自分が生まれたあ とには、 も うその村 を訪ねていって も何 も起 こらな くな
った。で も焼畑はまだそこにある。そ こ-行 けば、植 えてあるものは食べ られ るが、
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東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
それを持ってきて自分のところに植えようとすると、それはもとの焼価-戻って行
ってしま う
St
ud
ie
この伝承は前半部分でかき消す よ うに消えて しまった村 を括写 し、後半で消えた村 と異
界 とのつなが りを語 っている。 これは同時に村人に死者 の国 (ゴ) を想起 させ るものであ
った。
カ レン族の移動を論 じる場合、その単位 としてあげ られ るのは、ゴ (
/kつ、
:
/ 国)、ジ (
村
re
ign
/zi
:
/)i 、 ドゥ (
/d
a′
/家)、プガ (
/
pga:
/ 人)である.彼 らにとって移住 とはゴ (
国)か
らゴ-移 ることであ り、彼 らの一生 とはゴか らゴ-移 り続 けることであるといえた。 ゴか
らゴ- とジ (
村)を移すだけでな く、厳密 にいえばゴ内でジ (
秤)を移す こともあった し、
Fo
また ドゥ (
秦)をジ (
秤)か らジ-移す ことや、 さらにいえば ドゥ (
秦)をジ (
秤)内で
移動 させ ること、すなわち家の建て替 えも調査地では見 られたが、人の単位、すなわち個
of
人でゴ (
国)からゴ-移住する事例は限 られていた。個人で移動す るのは結婚式の ときだ
y
けであった。結婚後に数年間、夫は妻の両親 と同居す る。そ こで新郎は妻の両親の村 (
ジ)
rs
it
-個人で移動 し、妻の両親の家に移 り住む ことになる。それは 21世紀 に入ってか ら個人単
位で人々が盛んに都市- と移動す るの とはまったく異なっていた。
ive
第 3章ではゴ (
国)か らゴ-の移動 を取 り上げ、ゴの概念 を明 らかにす る。その事例 と
して死者 のゴと人間のゴ間の移動 を論 じる。なぜな ら死者 の ゴとは、ある意味で (
実荏 と
Un
い う点では) ゴの中でも位相が微妙にずれているが、確かに一つのゴであった.それゆえ
に死者のゴ-移住す ること、すなわち葬式には彼 らのゴか らゴ-の移動のあ りよ うが凝縮
ok
yo
されていた。
「
死者 (
プル /pl
(
J:
/)」と等位 とされ るのは 「
人間 (
パカニ ヨ /
pga:
k
'
n
y
っ
:
/)
」である (
第
。
た とえば仏教や
(T
1章 1節参照)
。死者のゴもまた人間のゴの暮 らしにつれて変わってい く
キ リス ト教に改宗すれば、当然、他界観 は異なるものになる。改宗 しない として も、そ こ
es
is
に 「
地獄」が忍び込んできた り (
Mi
s
c
hung1
9
8
0:
71
1
7
2)
、2 やがて 「
生まれ変わ り」が信
じられ るよ うになった り (
速水 2
0
09:
2
87
)す るのである。変化は どちらにも忍び寄るが、
死者のゴと人間のゴの間には時間差が存在す る。多 くの文化でそ うであるよ うに、変化 は
Th
現世 よりやや遅れて来世- と及ぶoだか ら調査地において死者 のゴはちょうど一昔前の人
間のゴの暮 らしぶ りを映 し出 していた。
Do
ct
or
al
さらにカ レン族は死者のゴにおいて二つの異質な秩序を統合 していた。共時性 と適時性、
あるいは一つのシステムとしての 自己完結性 と、世代交代 を経て変化 してい く歴史性 とも
いえるD空間 と時間 と言い換えて もよい か もしれないQ二つの異質な秩序の統合は死者 の
1
s)
。
ジ (
/zi:
/) の意味は変化 したが、本論ではジを 「
村 」 と訳す (
第 4章 1節 を参照の こと)
0
「
死者の唄」には 「
下の方 」へ行かず に 「
上の方」 を行 きな さい、 とい う一節 がある。 「
下の方」
は調査地では地獄ではな くて旅程 を意味 し、 「
上の方」が楽なのに対 して、下はきついあるいは辛い道 と
理解 されていた。
2 葬式の
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ゴとい う特殊性 ゆえに可能であったが、それで も矛盾 を内包 していることは変わ りなかっ
そ こで第 1節では死者 のゴ-の出立、すなわ ち葬式 を事例 として紹介 し、死者 の ゴと人
St
ud
間の ゴの ゴとしての共時性、あるいは同一水平線上の ゴとしての位置づ けの根拠 を明示 し、
ie
4章 と 5章参照)
0
s)
た。 その矛盾、あるいはその競合関係がカ レン族の移動の起点 となっているのである (
第
そ こか ら彼 らの ゴ観や移住観、そ して ゴの暮 しについて考察す る。第 2節 では死者 のゴか
ら人間の ゴ-移 り住む、すなわち誕生 を事例 として とりあげ、人間の生を司る超 自然的存
。
そ して二つ
gn
在 を紹介す る。 この存在が時系列 に関わる神であ り、家- とつながってい く
re
i
の ゴの間を移動す るもの として霊魂 (
ガラ /k'
1
a:
/) について論 じる。それによってカ レン
人間の ゴか ら死者の ゴへ移 る
of
第 1軒
Fo
族 が人間 自体 を遊動す る動物の集合体 とみな してい る さまを明 らかにす る。
y
葬式は死 に方 に応 じて三通 りあった。亡 くなった場所 が村 内 (
ジ)か、あるいは村外か、
rs
it
故人は親 の家 に同居 していたか、あるいは 自分の家 をもっていたか、故人はすでにサブガ
(
老人) になっていたか、そ うではないかが問われ た。 自分 の家 をもち、家 (
村内)で亡
ive
くな り、すでに老人世代 に属す る者 は村で四 日三晩の葬式 を執 り行 うことができた。それ
以外 の死は二 目一晩の略式で、村外で死亡 した場合 は村外 、すなわち森 で死者 のゴ- と送
Un
られ、子供の死 も森での埋葬 のみで終わる。
(T
ok
y
埋葬のみの事例 を紹介す る。
o
そ こでまず 四 日三晩の葬式 について紹介 し、つぎに二 日一晩の事例 を とりあげ、最後 に
四 日三晩の葬式 を観察す ると大 きく二つの部分 に分 けることができる。前半は死者 のた
めに、後半は生者のために諸事が執 り行 われ る。前半は さらに二つに分 け られ る。 死者 の
出立の支度 を整 える過程 と、新たなゴ-の安寧 なる道 中 と新 たなゴの暮 らしに適応 できる
es
is
よ うに と支援す る過程である。後半は死者 との別離である。生者 と死者 との間の秩序 を回
復す る過程であるが、そ こでは死者が戻って くることを恐れ るよ り、む しろ残 され た者 が
死者 を追わないよ うに引き止 めることの方に重点が置かれていたo
Th
そ して葬式の 目的 とは前半部 の後半、すなわち死者 を死者 のゴ-導 くこと、あるいは送
Do
ct
or
al
り出す ことにある。死者 のゴ-移 ってい くに際 して、故人が道 中で迷 うことのない よ うに、
新 しい ゴで戸惑 うことな く適応 できるよ うに、そ して、そ こでよい暮 らしができるよ うに
と繰 り返 し説 き願 う唄を吟 じることが葬式のハイ ライ トであった。
周 りを森 に囲まれた暗闇の中で、ぽつ りぽつ りと焚 かれ た点の よ うな焚 き火 を背景に、
若い娘たちの澄んだ高い声 と低 く響 く青年たちの声が競 うよ うに、重な り合 って追いかけ
合 う。それ は夜が更けるほ どに熱 を帯びてゆき、やがて求愛へ と変わ り、葬式 とは思 えな
い よ うな華や ぎが醸 し出 され てい くのである。
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(
1
) 70歳代 の老女 の死
①
出立 の準備
St
ud
村 では病人 が重篤 にな る と、親や子供 だ けでな く、 キ ョウダイや甥姪 な ど親 しい 関係 に
ie
s)
1.四 日三晩 の葬式 の事例 (
1
988年 5月 5 日∼8 日)
あ る人々が訪れ て病人 の傍 に座 って見守 るのが常で ある。 一 間か らな る高床 式 の家 は縁者
であふれ る。 老女 はその よ うな中で娘や娘婿 、息子や嫁、孫 、ひ孫 、姪や甥 な どに見守 ら
ign
れ て息 を引き取 った。
re
しば らくしてか ら彼 女の出立の準備 が始 まった。身づ くろいか らであ る。
Fo
(
a)真新 しい既婚女性用の衣装に着替える (
赤いスカー トと黒い上着)
0
(
b) (
死者の国が よく見えるよ うに と)水 に浸 した 白い糸を左手で もち、ア ゴか ら額-
of
と 7度、 さか さまに顔 を洗 う。
rs
ity
(
e
)死者が人間の ゴ- もどってこないよ うに、(
戻 って来た らこのよ うに縛 られ るよ、と
知 らせ る意味で)両手の親指 と両足の親指 を糸で しっか りと結ぶ。
(
a) (
死者のゴでそれぞれの器官がよく機能す るよ うに と)両 日、両手、心臓 (ときに
ive
は両足や 口)の上に硬貨を乗せ る。
(
e)弔問に訪れたすべての人々が故人の手に聖水 (
プチサ)3 を注ぎなが ら、 「
(
生前) も
Un
し何かいけない ことをあなたに していた ら、どうぞ許 して くだ さい」と別れ を告げる。
(
i
)竹で編んだ正方形のゴザで遺体をきちん と包んで 3箇所 を糸で縛 るO
ok
yo
(
g)ゴザで包まれた遺体を部屋の中か ら外 のベ ランダ-運び、 (
遺体を担ぎ出すための)
竹で組んだ梯子の上に安置 して結びつ ける。遺体は頭 を奥に、足 を出入 り口の階段
(T
-向けて寝か され る。
(
h)ゴザを挟む ように竹四本で柱 を立てて、バナナ と トウガラシ と瓜 を縛 り付 け、幹の
is
先には村の女性が供 した赤いスカー ト、黒い上着や毛布、シ ョールな どを束に して
つ り下げる (
写真 31) (
これは木立に見立て られてお り、上 に束ね られた衣服が
es
0
繁茂 した菓 となって、死者の ゴ-行 く道 中に、 日陰をつ くって涼 しく快適 な旅 をも
Th
た らせ る。)
or
al
(
i
)遺体の頭部には飯、おこわ、塩、タバ コの葉が供 え られ、横には明 り取 り用の松明、
胸元には赤い糸、そ して、布製 のカバ ンには、パイプ、マ ッチ、鉱、竹筒 に入 った
お こわ、竹筒の水筒 (
竹筒は通常 とは上下逆に切断 され る。節 を上に して切 り、下
ct
側を口にする)、バナナの葉 に包んだ飯、種籾、赤い糸などが詰め込まれてきっち り
Do
2)
。カバンと並ぶ ように、籾を運ぶ背負い龍、足元には精
と結ばれている (
写真 3・
米用の平ザルがおかれた。平ザルには炭で木が描かれている。(
平ザル以外は旅の途
プチサ (
/
pc
h王
:
s
a:
/
)はマメ科アカシア属の英を乾燥させて水に浸したものをさす。北タイでは
聖水としてだけでなく、洗髪などにも用いられる。北タイ語ではソムポイという。
3
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中、そ して死者のゴに着いてか ら使用す る道具である。)
G)炭片をつ き刺 した枝で 「
雑穀 (
あるいは稲)の花」 (
ペポ/pe:
・
phっ:
/ あるいはプポ
St
u
(
k)彼女の供儀用の豚 と鶏が殺 され、剥いだ鶏の皮 と両翼 と羽毛が新 しく編まれた小 さ
die
や稲 となる。)
s)
/
bG
)
:
Phコ:
/) と呼ばれ る炭の花を作って添える。 (
死者のゴでは人間のゴの炭が雑穀
3)。豚の尾 と剥ぎ取った剛毛が背
な鶏龍入れ られて遺体の足元に置かれ る (
写真 3-
負い寵の中に入れ られる。(
これ らは移住先の死者のゴで生前 と同 じよ うに彼女の供
Fo
re
i
②
gn
犠用家畜 となるO
)
死者 を送 る
剣 (
葬式の象徴) を携 えた二人 の若者が葬式 を知 らせ るために、近隣の各村へ派遣 され
るが、その範囲は徒歩で往復一 日以内が 目安であったo 夕刻 になる と近隣の村 の若者たち
of
がつ ぎつぎ と集 まって くる。葬式 の送魂唄は真夜 中に近づ くにつれ て求愛 の唄- と変 じる
ity
ために、若年 の既婚者 、 とくに女性 は参加すべ きものではない とされてお り、実際、年配
者 も含 めて他村 か らや ってきた既婚女性 は一人 もなかった。 中年以上の男性 は周辺 の村 か
rs
ら死者 のために唄を唄いに訪れていた。 また他 の重要な儀式 (
オマケ、ル タ、キジュ、セ
ive
アポ) を行 ってい る者 たち、お よびそれ らの儀式で一緒 に食事 を した ものはその晩の唄に
は参加す ることができない。 4
Un
夕暮れ になる と左手 にろ うそ くを燈 し、村 の老人 を先頭 に若者 たちがベ ランダに安置 さ
れ てい る遺体 を囲む よ うに数珠つなぎになる。その中で、両親 が健在 で、かつ長子 (
アペ
yo
コ)で も末子 (
アサ ダ)5 で もない、二人 の若者 がろ うそ くを左手の指 に挟 んで掲 げ、西
ok
4)。唄はす り足で数セ ンチずつ時計
と東 の方 向を指 し示 しか ら、送魂唄が始 ま る (
写真 35)0
回 りにず り進みなが ら長唄のよ うに吟 じられ る (
写真 3・
(T
唄①)、 「
死者 の ゴを治 める大領主の唄 」 (
唄②)、 「
死者 の ゴ
唄は 「
太陽 を指 し示す唄」 (
is
を治 める小領主の唄」(
唄③)、「
死者 の唄」(
唄④)の順 に唄われ る。ここまで唄われ ると、
es
年配者 たちが抜 けて、若い男性 だけになる。そ して 「
上がって くるよ うに娘 (
ムグノ)た
Th
ち-呼びかける唄」が唄われ、それ に応 える形 で娘たちが遺体 の安置 されたベ ランダ-上
がって唄に参加す る。娘たちが上が って くる と、時計回 りが反時計 回 りに代わ り、男性 と
al
女性 のグループが交互 に唄い交わ し始 める。人数 が多 くなる と、死者 の持 ち物が家の外-
Do
ct
or
持 ち出 され、新 たに立てた竹 の柱 に掛 け られ、その周 りで も若 い男女が交互 に唄 を吟 じる。
この晩は三本 の竹が立て られた。 「
死者 の ゴの小額主の唄」や 「
死者 の唄」は娘たちが加
わることも可能だ とされていたが、 この晩 は男性 だけで唄われ た。葬式の唄は百以上 ある
超 自然的存在 間には競合関係 がある。オマケは家 の神 、ル タ とキジュは国の神 、セアポは稲 の神 を煎 る。
これ らの神 は死者 の ゴの領主 と等位 で、互 いに競合す るために儀礼- の参加 がで きないのである(
第 5章
4節 5節 を参照)
。
4
5 長子
(
/avE、
:
・
ko:
/) と束子 (
/
a・
sa・
da:
/)は子供 のなかで も特別 な意味のある 「
対」をな し、それぞれ
に役割がある。
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といわれ るが、やがて真夜 中が近づ くにつれ、唄の内容 はよ り具体的な性的な誘 い合 いへ
るとい う。葬式での唄 を契機 に心 を確 かめ合 った り、求愛 を した りして、結婚 にいたった
St
ud
ie
とい う夫婦 も少な くなかった。 そ して、死者 は道 中、 これ らの若 い賑やかな唄声 を鳥 の噛
りや小川 のせせ らぎ、木々の ざわめき として聞きなが ら、愉快 に楽 しく死者 の ゴ-移 って
い くのだ とい う。
一方、家の部屋 の中では年配 の男性 たちが別 の唄 を唄 う。 こち らは故人 に死者 の ゴでの
gn
唄⑤) は故人 に どの よ うに木 に登 って果樹 を
生き方 を教 える唄である。 「
果樹 に登 る唄」 (
ei
k
〇
、
:
・
1g、
:
/
)を遺体の足元か ら持 っ
採 るか を教 える唄で、樹木 を炭で描いた平ザル (コレ /
Fo
r
てきて、男性二人が掛 け合いなが ら銀貨 を使 って根元か ら順番 に木 の頭頂部 まで登ってい
く。 そのまわ りで人 々が、あち らだ、 こち らだ、 と指差 しなが ら合 いの手 を入れ る (
写真
3・
6)
。 この唄を吟 じない と故人 は新 しい ゴで生 きてい くための多 くの ものを森 か ら手 にい
of
れ られ な くなって しま うとい う。
rs
ity
このほかにも葬式の間には さま ざまな遊戯 が行 われた。 た とえば別 の平ザル を使 った鶏
/s
u′
・
khe=
/)がある.これ は必ず鶏 が勝 って終わ らなけれ ばな らないO
と虎 を戦わせ るスケ (
また外 では男性 たちが精米用 の杵 を挟 んで両側 に分かれ、唄 を唄いなが ら、一人ずつ飛び
Un
ive
/Ra=
・
na:
・
db:
/)な どもあるo Lか し、 ラナ ドは もはや行われ ることはな
越 してい くラナ ド (
く、調査 中に観察す ることはできなかった。
こ うして昼 は年配 の男性 の低 い唄声が、夕暮れか らは娘や若者 たちの華やかなハーモニ
ok
遺体 を埋葬す る
yo
ーが三晩 に渡って繰 り返 された。
③
(T
(
a)霊魂 を留 める儀式 (
キ・
ジュ /ki:
・
C(
J
′
/)
四 日目の朝、遺体 を送 り出す前 に老女の死 を看取 ったすべ ての人々が 白い糸 を手首 に巻
is
いて 「
霊魂 を留 める儀式 (
キ・
ジュ)」 を行 った。 とくに子供 の霊魂 は死者 を慕 って後追 い
es
す るので念入 りに しなけれ ばな らない とい う 。 また、死 に際 に間 に合わず に、あるいはや
Th
む をえず、当 日以降に葬式 に参加 した他村 の身内 (
親 、子 、キ ョウダイ、孫) は 自分 の相
に戻 ってか ら同 じ儀式 を行 えば よい。 これ は生者 の霊魂 が さ迷い出て死者 を追 ってい くこ
Do
ct
or
al
とを防 ぐための儀式だか らである。
也)最後 の送魂 の唄
老人 が時計回 りに回 りなが ら最後 に 「
死神 の唄」 を唄 う。 (
唄⑥)
(
C
)遺体の搬送
遺体 は足 を下に して階段か ら運び出 され る。妻 が妊娠 していない二人 の男性 6 が前後 を
6
s)
と変 じ、即興で吟 じられ、 ときには唄上手の男女間で一対一 での掛 け合い となることもあ
誕生は死者のゴか らの来訪なので、「
来訪 中」の胎児が死者のゴ-戻 る危険を避 けるためである。
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担いで村 を出て行 くが、この ときに犬が吼 えた り、鶏が驚いて逃 げ回った りす ると、死者
るために村内を横切 らないよ うに、森-す ぐに出 られ る方向-担 ぎ出す。 また遺体 に付 き
die
従 って埋葬場-行 けるのは男性 たちだけであった。女性や子供の霊魂 にはそれ に耐 え うる
St
u
だけの 「
強 さ」 がないか らである。 7
搬送では故人の息子 を先頭 に、孫二人が遺体を担 ぎ、そのあ とを娘婿や甥 らの 9人の男
性 が山-分 け入 った。そ して担 ぎ手以外の者 は、死者 の古着、寵、カバ ン、竹筒な ど死者
gn
の遺品を運んだ。村 ごとに山中に埋葬場があ り、場所は誰 もが知 ってい るが、特定 され る
Fo
re
i
よ うな 目印があるわけではない。そ こはただの森であった。
埋葬場 まで行 く途 中に、少な くとも一度 は休憩 を取 らなけれ ばな らないOその ときは一
人が声に出 して 「さあ、休 も う」 といい、それか ら、それ ぞれ が手近 な枝 を切 って、それ
of
らを道 に敷いて遺体 をその上で休 ませ る。 この事例では二回休憩 した0
ity
(
a)埋葬場
雨季 には土葬、乾季 には火葬す る。 この ときは乾季だったために火葬が行われた。男性
rs
たちは分散 して薪 を切 り集 めるが、遺体 を見守 るものがいない と死者 が悪霊 になる恐れ が
ive
あるため、少な くとも二人は遺体のそばを離れずに付 き添 う。木材 を 5層 まで櫓 のよ うに
組み上げると、その上 に遺体を載せて火 をつける。
Un
年長 の男性二人 (この ときは息子 と娘婿)が立 ち枯れの木 (
セカ /
s
e
:
x
a
=
/
)の根元 に死
者の遺 品を並べ る。鶏龍 は逆 さまに置いて死者 の ゴか ら見 えるよ うに した。 また他 の男性
yo
7)
0
たちは木に登って、死者 の古着 を木の枝 に掛 ける (
写真 3-
ok
立ち枯れの木の根元で、故人の息子が しゃがんで合掌 し、後 ろで娘婿 が 中腰 にな り、先
(T
8)
0
の曲がった枝で息子の襟元 を引っ掛けて吊 り上げるよ うにす る (
写真 3-
息子は死者 に、
is
「ど うぞ親 の家-戻 って くだ さい。途 中で留ま らないで くだ さい。私たちは十分 な食べ物
es
を供 えま した。 あなたは食べ るものをた くさん携 えています。 だか らまっす ぐ親 の家-戻
って くだ さい。」
Th
と語 りかけ、後 ろの娘婿 はその彼 (
息子)に対 して
al
「
あなたの子供や孫たちが家であなたに帰 ってきて欲 しい と願 っています。決 してそれ以
と祈 っている彼 を人間の ゴに引き止 めるために声 を掛 ける。
Do
ct
or
上先-行 ってはいけません。」
7
s)
がそれ らをゴ-連れて行 きたがっている とされて、殺 して一緒に旅 立たせ る。それ を避 け
(口承伝承)「
昔、 7人の女たちだけで遺体を火葬す るために埋葬場-行ったO ところが火が燃 えている
最 中に、遺体が火の上で起き上がって座 った。女たちは仰天 して村に逃 げ戻 った。 ところが村 に戻って
か らもそのシ ョックか ら立ち直れず、 とうとう病気 になって しまった。そ して死んで しまった。それ以
来、女子供は埋葬場-行かな くなった。J
59
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
(
e
)帰路
の とき順番 を違 えてはな らず、また間合いを十分に とらなければな らない。後 ろを歩 く人
が前の人の足 を誤って踏んだ りすると、死者の霊魂が追ってきた と考えられ るか らである。
St
ud
それ と同様な意味で後 ろを振 り返って もな らなかった。8
帰路に往路の途 中で最初 に休んだ ところにくると、みながそれぞれ枝 を新たに切 りとる。
うにす るためである。切 り取った枝はそれぞれ担いで村 に持ち帰った。
re
村-戻 る
ign
これはもし故人の霊魂が戻ってこようとしてもここで迷って家-帰 る道 を辿れな くなるよ
④
Fo
村-戻った全員が故人の家の前に用意 された水で持参 した斧や刀 を洗い清め、 さらに手
や 口や頭や 目を洗 う (
写真 3・
9)。そのあと家-上がって、一 口か二 ロ、飯 を口にす る。飯
of
を食 さない と、死神ナ ドがあ らゆる食べ物を炭のごとく黒 くみせ るために、以後、何 も食
rs
ity
べ ることができなくなるか らである。
持 ち帰った枝は遺体が安置 してあった場所に置き、伐採 に使 った斧や刀 は刃を竹の床 に
突きたてて置いてお く。 しばらくしてか ら斧 と刀 を抜き取 り、枝 は投げ棄て られた。 さら
ive
に斧や刀 を水で洗い清め、 (
死神が嫌 う) トウクサ (
t
.
xo‥
s
a) の葉で拭 き払 った. 9
遺体を運んだ男性たちがすべて 自分たちの家-戻 ったあ と、村人 全員の霊魂 を身体に結
Un
びつける儀式 (
キジュ)を行った。そ して、そのあ とに故人の家の竹の壁が剥が され、茅
の屋根が外 され、柱が抜かれて、完全に取 り壊 された 家は旅立った彼女に属 した空間だ
。
ok
yo
か らである。家の責任者である彼女が逝 って しま うと、その場 もまた消えなければな らな
い。それは村が更地に戻 され るの と同様であった。
もし夫が先立ち、妻が残 された場合は家を壊 さな くても良いが、その代わ りに、葬式の
(T
あとにや って くるとされ る死神か ら家の住人を守るために、また同時に残 された者たちの
is
寂 しさを紛 らわすために、三晩の間、各家か ら少な くとも一人はや ってきてその家に泊ま
es
る。死神は最初の晩は遺体が置かれた場所 を読めにきて、二晩 目は村の中まで入 ってきて、
Th
三晩 目は村の近 くに来るだけで帰ってい くか らである。
(口承伝承)「
昔、息子が 7人いる老人が亡 くなった。息子たちは彼の遺体 を運び、火 を放 った。 ところ
が村 に戻 るときに、来た順番通 りに列を作って戻 らなかった。突然、死体が起 き上がって火の上に座 り、
悪霊 に変 じて、彼 らを追っかけてきた。息子たちはあま りの恐怖 に走って村-逃げ帰った。 もし、順番
通 りに列 を作って村-戻ってこない と、死者は悪霊 となって しまい、死者のゴ-無事戻れな くなる。」
Do
ct
or
al
8
(口承伝承)「
葬式の ときに、二人の男が、自分たちは悪霊 な ど恐れは しない と言い合 っていた。そこで
一人は埋葬場 に留ま り、 も う一人は遺体 を安置 したベ ランダに寝たC夜になると、死神ナ ドが連体のあ
った場所を概 めに来たoベ ランダにいた男はひ と概 めされてその場で死んだOそれか ら死神 は埋葬場行ったO ところがも う一人の男は夕暮れになるとあま りに怖 くなったので, トウクサの木 に登った.死
神 は遺体を焼いた ところを見に行 き、男 を見つけ、この男 もひ と概 めようとした。男は手近にある枝 を
折って、死神 に投げっけた。 この葉は強いかゆみを引き起 こす葉だったので死神は登って くることがで
きなかった。 男はこうして無事 に村-戻って くることができた。それ以来、人は悪霊を防 ぐために トウ
クサの葉を使 うようになった。」
9
60
ie
s)
遺体が完全に焼け落ちたのを見てか ら、来たの と同 じ順番で列 をつ くって村へ戻 る。 こ
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
(2) 送魂 の唄
独特 の節 回 しをつ け、比唖 を多用す る、また ある意味 では話 し言葉 で もあ り、興が乗 る と、
St
ud
ie
つ ぎつ ぎに即興 で唄の掛 け合 いが始 まる。老人 の葬式 が四 日三晩 と長 いのは、故人 にはそ
れ だけ語 るべ き長 い物語 があ るか らだ といわれ た。
葬式 で吟 じられ る唄は百以上 ある とい うが、調査時 に収集翻訳 できたのは 2
0であ る。そ
の うち、死者 の ゴ と深 く関わ りのある 6つの唄 を取 り上 げる (
添付資料参照)
。死者 の ゴに
gn
ついて唄 うのは、葬式 の初 めに遺体 の周 りを時計回 りに廻 って吟 じる唄 であ る。① 「
太陽
re
i
を指 し示す唄 」か ら始 ま り、② 「
死者 の国 を治 める大嶺主 の唄」、③ 「
死者 の国 を治 める小
額 主の唄 」 ④ 「
死者 の唄」 まで続 けて唄 われ る。 それ らを最初 に紹介す る。 つ ぎに故人 の
Fo
家の部屋 の中で二人 の男性 によって掛 け合 いで吟 じられ る⑤ 「
果樹 を登 る唄」、そ して連体
を搬送す る直前 に吟 じられ る最後 の唄⑥ 「
死神 の唄 」 を取 り上 げ、そ こか ら導 き出 され る
ity
①
of
彼 らの死者 の ゴ観 について検討す る。
太陽 を指 し示す唄 (
ターネーム /t
h
a:
ne
:
・
m(
J
、
‥
/
)
rs
太陽は暗い、太陽は暗い。太陽は暗い、人が指すのは逆の空。
ive
そそ ぐ河 口はみなもとのよ うで、木のてっぺんは根 っことなる。
Un
夕暮れの太陽、夕暮れの太陽。夕暮れの太陽、人が指すのは逆の空。
ky
o
そそ ぐ河 口は源のようで、木のてっぺんは根 っことなるO
太陽は (
西の) コJ
t
l
か ら昇 り、月は (
西の) コ川 か ら昇 る。
(T
o
雄鶏のような色 とりどりの長い尾 を引きなが ら、色 とりどりの長い尾 を引いて沈む。
is
(
東の)エ ロ山の頂上に沈む。長い尾は弦いばか りに輝いている。
he
s
太陽は (
西の) コの岸か ら昇 り、月は (
西の) コの岸か ら昇 る。
雄鶏のよ うな色 とりどりの一本の尾 を引きなが ら、色 とりどりの一本の尾 を引いて沈む。
al
T
(
東の)ェ ロ山の頂上に沈む。一本の尾は本 当に輝いている。
Do
ct
or
悪霊 (
死)はコ川か ら来るO悪霊はコ川 か ら来 る
O
森のク クの実を見たような旺章を覚える。森のク ウの実を見たよ うな旺章を覚 える。
狂気のスコの実の花を食べて しまった。ああ、母が泣いている、千五百十 も (
繰 り返 し何度 も)
0
ネズ ミ (
大嶺主の仮の姿)がいる。ネズ ミが木のてっぺんで鳴いている。
リス (
同上)がいる. リスが木のてっぺんで鳴いているD
リスが頭の黒い魚の孫 を食べた (
大領主は魚 を食事に招待 したが、
実際は、
編 して魚 を食べた)
0
61
s)
h
a
‥
/
)か ら成 る。儀礼のたび に吟 じられ るタ とは、韻 を踏 んで、
葬式 は死者 を送 る唄 (
タ/t
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
木のてっぺんで鳴 くと木の葉が しぼむ。竹のてっぺんで鳴 くと竹の葉が しぼむO
大衡 主 の唄 (
タ-コセ-ド /t
h
a‥
・
khか・
s
b.
・
・
d
o/)
ud
ie
②
s)
大領主が子や孫 と死んだ (
死をもた らした)
0
大嶺主 (コセ-ド)は トンウ (
タウングー)にいるO
St
かm〇:
do/) は トンウにいる。
領主の補佐 (
カモ・ド/Ⅹ
夜明けに犬が (
人間が誰 もいないので)寂 しくて遠吠えをす る。
ign
夕暮れに犬が寂 しくて遠吠えをす る。
re
'
c
a:
/) が死んで町が壊 された。神 は トンクに帰 ったo
秤 (
グチャ /k
Fo
大嶺主は道に村 を建てた。補佐は道 に村 を建てた0
-人で行 った者 は (
村 を避 けて)遠回 りを した。二人で行 った者は遠回 りを した。
of
も う一人は遠回 りをしなかった。
ity
大嶺主は戸を閉めて捕 まえて喰った。
rs
大領主は空の中間にい る。補佐は空の中間にいる。
ive
水 を飲 も うと綱 を結んだ竹筒 を下 したO水 を飲 も うと綱 を結んだ竹筒 を下 したO
Un
綱が切れて竹筒が地面 を転がった。大儀主が子供や孫 と死んだ (
死をもた らした)
。
大領主は逆巻 く水の中にいる。補佐 は逆巻 く水の中にい る。
yo
馬 を食べても満 ち足 りず。象 を食べても満 ち足 りず。狂気のスゴの実の花 を食べた。
(T
ok
(
コセが)地蜂 (
プモ)や蜂 (
ププゴ)の巣 を破壊 した (
巣は集落の隠愉)
0
上の方の村です り足の昔がす る (
葬式の ときに死体の周 りを歩 く歩 き方)
。
sis
下の方の村です り足の昔がす る。
子供が遊びに行 って消えたo老人が遊びに行 って消えたCどこ-行って しまったのだろ う。
lT
he
大嶺主が戸 を閉めて描 まえて喰った。
Do
c
to
ra
上流の村で竹 を積んだ。下流の村で竹 を積 んだ。
子供が遊びに行 って消えた。老人が遊びに行 って消えた
。
焼畑-行ったのだろ うか。
大領主が韓を閉 じて挿まえて喰った。
③
小額 主 の唄 (タコセ・
ポ・
プ リ /t
ha:
・
khb=
S
色=
pho:
pl
王
/
)
黒 と赤茶 の美 しい雌鶏、茶色の雌鳥、領主 (
コセ)が刀 で首をきった。
領主は梁か ら飛び降 りた0 日がつぶれ、足が折れたD
煙 と炎が大きな森か ら上がっている。領主が地面で木 を燃や している。
62
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
雄鳥 と雄鶏がこの (
貝に似た)生き物に似ている。領主がや ってきて強い風が起 きた。
領主の鎌 は牛の角のよ うだ。 (
領主は)家で娘の首を切 り落 とす。
死者 の唄 (
タープル /t
h
a
:
・
pl
O:
/
)
St
④
ud
ie
Jン ドを枯 らしたO魂 よ、それ らを食べぬ よ うにo
竜巻がタマ i
s)
領主の籾はスバ メと呼ばれ る。強い風が木の葉の間をざわめきなが ら吹きぬける。
死んだ者 よO
そ うすれば妙めた蛙が食べ られて、焼いた魚が供 され る。
Fo
夢で、獲物 を狩って、熊 を仕留めた。 日が覚めると葬式がひ とつD
re
ign
戻 るときには、下の方 (ドゥロタ)を行かずに、上の方 (ドゥア トウヴオ)を戻 りなさい。
夢で、クルの木が葉を揺 らした
。
of
日が覚めると、葬式の柱にスカー トや上着が掛かっていた。
rs
しか し、葬式な ら死者のための空間は十分 あるO
ity
広い客間 (
プ ロ) もいっ もな ら (
死者の)髪一本 も置 く空間はない。
ive
死者の頭 の周 りをす り足で歩 くO死者は (
それを聞きなが ら)戻ってい く。
死者は夢見 る、夢見 る。
Un
死者は走って戻ってい くO闇- と頭 を向けてO
yo
母や父が後 ろか ら呼んでも、一切、耳を傾 けないO
ok
あなたの足をお母 さんに洗って もらいな さい。
お母 さんよ り先に死んで、母は恋 しがる、恋 しがる。
(T
む しろもっ と小 さい ときに死んだ方が よかった。
es
is
そ うすれ ば母の乳 も父の乳 も無駄 にな らなかったO
小 さな弓を死者 のために作ってあげな さい。
Th
戻 るときに、雨告げ鳥 (
スダウェ) を射 ることができるか ら。
小 さな太鼓 を死者のために打ってあげなさい。
Do
ct
or
al
死者は戻 るときに、鳥を食べ、銅鏡 を叩 く。
⑤
果樹 に登 る唄 (
タート セーサ /t
h
a
:
・
t
h
〇、
:
・
se:
・
S
畠:
/)
(
間)あなたが呼ぶ ところまで、あなたが呼ぶ ところまで、登っていきますa
(
杏)根元まで登 ります。
(
間)これでいいですか。
(
答)いいです よ。(
以下同様 な構成 となる)
63
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
あなたが呼ぶ ところまで、あなたが呼ぶ ところまで登 っていきます。
太い幹まで登 ります。
s)
これでいいですか。
ud
ie
いいです よ。
St
あなたが呼ぶ ところまで、あなたが呼ぶ ところまで登っていきます。
最初の枝まで登 ります。
ign
これでいいですか。
re
いいです よ。
Fo
あなたが呼ぶ ところまで、あなたが呼ぶ ところまで登 っていきます。
小 さい枝まで登 ります。
of
これでいいですか。
ity
いいです よ。
rs
(
こ うしてだんだん木を登 っていき、最後は木の頭頂部まで到着す る)
ive
大きな銃 と三千五百の弾丸、あなたは何 を撃つのですか。
やまあ らしを撃ちます。
Un
何匹手に入れま したか。何人で食べ られますか。
yo
炭の (
焦げた)柄の舵 と炭の柄の斧で、
ok
与えた (
肉)や骨 を細か く細か く叩き砕 きなさい。
(T
大 きな龍 を背負 って、炭の柄の銘 を拾い上げな さい。
is
(
それか ら紐 を編むための植物であるゲを取 りに行 きな さい、そ うしない と)
es
苦いゲの紐 は裂けて裂 けて手 を傷つける。
Th
(
ゲを採集す るときには銘 を使 うよ うにと指示 している)
。
白い雄のダイ鳥が平ザルの内側 にいる、外側 にいる。
Do
ct
or
al
ドウイの果樹がた くさんた くさん熟 した。
⑥
(
鳥が飛び回って)た くさんた くさん実が落ちた、
(
死者 よ)、あなたは (
以前に住んでいた) もとの場所-戻 りなさい。
死神 の唄 (
ター
ナ ド /t
ha:
na:
・
d
o/)
領主の娘 ノイム、あぐらをかいて、陰部を しゃもじでこす る。
領主の娘 ノイモ、(
彼女の)豚の餌や りのために、死神 (
ナ ド)は血 を注いで竹筒 を満たす。
64
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
(
3
)死者 のゴ (
/
pl
山=
a
k
〇、
:
/)
その暮 し10
葬式 の手順や唄が明示 しているよ うに、死者 の ゴは人間の ゴの 「さか さま」 である。村
die
人たちはその逆転 の詳細 を知 らな くて も、死者 の ゴを特徴づけるのが、逆転 である とい う
s)
①
St
u
ことは誰 もが承知 していた。あるとき白人 (
コラ)の国の話 を し、時差 を説 明す るのに、「こ
そ りゃ、死者
ち らが昼な ら、あち らは夜、あちらが昼な ら、 こち らは夜 」 といった途端 、「
の ゴだ」 と返 された。葬式 とは死者 の ゴ-移動 してい く者 がその 「さか さま」 に適応 でき
gn
るよ うに と行 な う準備 なのである。
Fo
re
i
カ レン族の唄は即興で展開 してい くことが多いのだが、葬式の最初 に遺体の周 りで吟 じ
る 「
太 陽 を指 し示 す 唄」 は時 代 と地 域 を越 えて変 化 す る こ とな く唄 い継 がれ て い る
(
Ma
r
s
ha
l
l1
9
2
2:
1
9
79
9、Mi
s
c
hung1
9
80:
7
5
)
O それ がカ レン族 の死者 の ゴ (
国) の根幹
を語 るゆえである。
of
「
太陽を指 し示す唄」 の最初 の 4行 は、死者 の ゴの方位 を唄っている。太陽は西か ら昇
ity
り、東-沈み、川 は河 口か ら川上-流れ、樹木 は根元 を上 に して項部 を下に して生 える。
基本方位 として西 と東、川 下 と川 上、下上が最初 に強調 されてい るのである。人間の ゴ と
ive
の太陽が黒い太陽だ とい うのである。
rs
は明 らかに反対の方位 である。 さらに別 の 「さか さま」 も加 わってい る。明 る く輝 くはず
こ うい う逆転は葬式の さまざまな場面で見出 され る。遺体の顔 を洗 うときは右手 でな く
Un
左手 に糸 をもち下か ら上-である。「
太陽を指 し示す唄」で指 し示す ろ うそ くも左 手 にもつ。
また 「
果樹 に登 る唄」 にあるよ うに、死者 の ゴの錠や斧 の柄 は木製ではな く、焦 げた (
戻
yo
の)柄 となる。遺体 に添 える炭 で作 るプポ (
稲 の花) は、人 の国の 「
炭」が死者 の国では
ok
「
花」 になる。遺体 を運んで相 に戻 ったあ とに、飯 を一 口食べなけれ ば、すべての食糧が
(T
炭 に見 えて何 も口にできな くな るの も、同様 な例 である。死者 の ゴとの間で越境 が発生す
ることを示唆 してい る。葬式 に行 われ るスケのよ うな遊びであって も、兎が虎 に勝 って終
is
わ らせなけれ ばな らない。
es
埋葬場で死者 に祈 るのが立ち枯れの木の根元であるよ うに、立 ち枯れの木 は二つ の ゴの
Th
境界 に存在す る。立ち枯れ の木 は 「さか さま」 ゆえに死者 の国では立ち木 として現れ るの
である。根元 に置 く烏龍 も死者 の国か ら見 えるよ うに上下 をひっ く り返 して置かれ る。 ま
or
al
た死者が持参す る竹筒 は節 の下を切 り落 として切 り口を逆 さまにす るな どである。
19世紀前半のカ レンの宗教 についての記述で、クロスは死者 が 「
固有の図-行 き、 この世の仕事 を再
cross 1854:
313)、そ こでは太陽が 「この世 と反対の位置にある」(
ibld:
313) として
び始 める」 (
調査地 と同 じよ うな他界観 を示 している。 死者 の国の場所 は特定で きず 、地下や天空や地上 (
霧 で遮 ら
れて人 には見 ることができない場所) をあげている。 メイ ソンも冥界の生活は この世 と同 じだが、夜昼
Mason1865:
19617) とす るOマーシャルは さらに葬儀 を詳 しく記述 してい るが、葬
が逆転 してい る (
Marshall1922:
193-209)
. ミッシ
儀 の手順や他界観 について調査地 とほ とん ど相違 がみ られ ない (
功徳 を積む」、死者 の供物 に 「
仏塔」を捧 げる、「
死
ュンは 1970年代のタイでの調査で、葬式 において 「
者 の唄」 で唄われ る 「
下方 」 を 「
地獄」 とす るな ど仏教の影響 を示 してい るが、基本的な相違 はない
(
Mischung1980:69-81)
。 カ レン分布の東辺 にあた るチ ェンマイ近郊 では 1990年代 までアニ ミス ト
の間ではほぼ一貫 して伝統的な葬儀お よび他界観 が保持 されていた と考 え られ る。
Do
ct
10
65
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
死者 の ゴを統治 してい るのは コセである。 コセ とは個人名 ではな く役職名 で、「
領主」に
相 当す る。送魂の唄では 「
領主」 は大 (ド) と小 (
ポプ リ) に分 け られてい るが、 これ は
St
u
そのほかナ ドと呼ばれ る死神 、む しろ死そのものを具現化 してい る存在 がい る。 12 コセ
die
を補佐す る役 がカモで、これ も役職名 である。 ll
s)
対で構成 され る唄の形式 ゆえであって、二体存在 してい る とい うわけではない。 その領 主
(
領主)やヵモ (
補佐)が ヒ ト的イ メー ジであるのに対 して、ナ ドは死体 を諌 め、血 を集
める (
畷 る) とあるよ うに獣的イ メージで語 られ る。血 を流す死 とは事故死であ り、不慮
gn
の死であ り、カ レン族 に とって悪霊 を生み出す忌むべ き死であった。 しか し 「
死神 の唄 」
Fo
re
i
は必ず しも葬式の最後 に唄われ るわけではなかった。ナ ドは死 においてあ くまで も副次的
存在 なのである。
死者 の ゴの領主 (
コセ)は道や川 のそばに村 を建 てて、迷 い込んだ人 を捉 える。 それ が
死であった。立 ち枯れ の木 を介 して、死者 の ゴはその姿が人 には見えな くとも、人間の ゴ
of
のす ぐ隣にある。 あたか も 「
消 えた村」のよ うに、人間の ゴとは同一地平線上 に存在 して
ity
いた。 それ ゆえに柑人たちは山中で死者 の ゴの村 と出 くわす ことがあるとい う。 た とえば
山歩 き してい る最 中に、突然 、気分が悪 くなった り、手足が冷 えてきた りす る。 それ と同
rs
時 に、結婚式で唄われ る国 (
ゴ)入 りの 「
歓迎の唄 (トロク レ)」が どこか らとも聞 こえて
ive
くるときに、死者 のゴが間近 に迫 る。 唄に誘 われて行 けば、そのまま死者 の ゴ- と入 って
しま う。や り過 ごせ は、やがて唄は遠 のき、手足は再び温 か くな り、死者 の ゴか ら遠 ざか
Un
る。
また山の中で土砂崩れが起 きた り、山道 を歩いていて山側 か ら土が落 ちてきた りす る と、
yo
それ は死者 の ゴの子供たちが川上 で走 り回って騒いでいるか らだ と言 った りす る。 だか ら
ok
「
大領主の唄」で領主の在所 としてタ ウングーの地名 が出てきて も不思議はないのである。
(T
さらに付 け加 えれ ば、タウングー とはカ レン族 に とって分布 の中心地であ り、カ レン初 の
伝道師 コタ ビューが伝道 の地 として選んだ ところで もあ り、民族起源 の探索においてはギ
is
ルモアがカ レン族 の故地であるとした場所 で もあったO
es
調査地では死者 の ゴで太陽が昇 る とい うコ川 は西方 の どこかに、太陽が沈むエ ロ山は東
方 の どこかにあるとい う説明 しか得 られなかったが、一人 だけコ川 をメコン川 だ と述べた。
Th
彼 はメコン川 の地理上の位置 は把握 していなかったが (
なぜ な らメコン川 は調査相 の西方
「
川」を
al
でな く東方 にある)、川 の名 はタイ人 との接触で聞き知 っていた。タイ語 ではメが
or
意味す るので、 コン川 とい うことになる。音韻上では コ川 と類似 してい る。死者 の国の川
(
/kha:
/) は 「
頭」、セ (
/S卓:
/) は 「
敬称の呼びかけ」である。 クロスが記す 「
死者の王」
となるコテイ (
cootay)/テ ド (
Theedo)に相 当す る (
cross1854:
314)
oマーシャルは ウエー ド、
Hku Te) は夫婦で娘婿 を殺そ うとして失敗、夫
メイ ソン、クロスか らの引用 として、冥界の王クテ (
Marshall1922:
227-28)
O
は土中にもぐり死者の王 とな り、妻は天に逃げて虹 になった と記 している (
LordofDeath)、
マーシャル は葬式の唄を訳すにあた り、コセ とカモに相 当す る部分 を 「
死者の王 」(
the servant5 0f Death) としている (
ib土d:
199)
0
「
死の従者 」 (
Do
ct
11コセのコ
ミッシュンはチェンマイ近郊の村落でナ ドの姿は 「
象のよ うに大きく」、「目玉は車の車輪のごとく」 と
語 られているとしている (
Mischu
n g 1980:
77)
o
1
2
66
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
として実在す る川名 を挙げることが矛盾 しない とい うことを示 していた。
第 2節参照)
。死者 は この親元か ら人間
ない。死者 の ゴにいる死者 の 「
本来の親 」である (
St
ud
の ゴに移住 してきたのである。死者 のゴの方がむ しろ 「
本来」 の場所 なのである。 ここで
ie
ときの 「
親」 は人間の ゴ (
国)で彼/彼女 を生み育てた (
血のつなが りがある)両親 では
s)
立 ち枯れ の木 の根元で死者 に対 して 「どうぞ親 の家-戻 って くだ さい。」 と祈 るが、この
は人間の ゴにお ける親子 関係や祖先代々 とい う時系列のつなが りは断たれ てい る。 だか ら
故人 は死者 のゴ-戻 って も死別 した生前の愛 しい肉親や知人 と再会す るわけではない。死
gn
者 の ゴ- は人間のゴにお ける関係 が もちこまれないのである。人間の ゴと死者 の ゴは隣 り
re
i
合 う領域 で しかない。死者 の ゴの住人側か らいわせれ ば、ある とき誰かが近隣の別 の ゴ移住 していき、 しば らく不在であったが、やがて戻 ってきた とい うことになろ う。
Fo
では死者 の ゴで住人 たちは どのよ うに暮 らしているのだ ろ うか。死者 の ゴには さま ざま
な 「さか さま」はあるが、おお よそ人の国 と同 じよ うに暮 らしてい る と考 え られ ていた。
of
遺体の準備 にみ られ るよ うに死者 は死者 の ゴで 目や手 を働 かせ て暮 らしてい る。「
果樹 に登
y
る唄」で吟 じられた よ うに森 に生育す る樹木か ら生活 の糧 を手 に入れ る。猟 を して獲物 を
rs
it
狩 り、獲物 を解体 して肉を食 し、植物 (
ゲ) を材料 に龍 を編み、果樹 を取 って暮 らしてい
る。 カ レン族 の伝統的な暮 らし、すなわち山中の村 で、森 の恵みを手に し、焼畑 で稲や ト
ive
ウモ ロコシや トウガラシな どを栽培 し、豚や鶏 を飼 い、水汲み を し、薪割 りし、飯 を炊い
sa:
・
t。′
/) や煮込みオジヤ (
タポポ /taI
Ph〇:
・
ph
B=
/) を作 って
て、唐辛子味噌 (
ムサート /皿d・
Un
暮 らしてい ることになる。それ は葬式 にお ける遺体の準備や副葬品にも現れ てい る。死者
の ゴ-移 る ときに持参す るものはすべて生前 に (
人間の ゴで)使用 していた ものばか りで
(T
ok
y
o
ある。
この よ うにゴの暮 しは質的には同 じだが、量的には差 があるよ うだ。 た とえば死者 の ゴ
では一年 の収積量が人間の ゴの半分 に しかな らない とか、人間のゴの一握 りの米 は死者 の
ゴでは龍一杯 になる とか語 られ たo また時間の流れ も異 なっていた0人間の ゴの一年 は死
es
is
本
者 の ゴの一 日に しかな らない.死者の ゴはある意味で 「
長泉」の国であったoすなわち 「
来」の場所 では時がほぼ止まっている といえる。 だか ら死者 の ゴの住人の生死や その世代
Th
交代 について語 られ ることはない。 た とえ誰かが人間の ゴにや ってきて何十年 も生 きた と
して も、それ は死者の ゴではほんの しば らくの不在 で しかな く、やがて彼/彼女 はまた戻
Do
ct
or
al
って来 るか らである。
②
ゴか らゴ-の移住
葬式で遺体 に手向け られ る品々が、故人が死者 の ゴ-携 えてい くものである。 これ らは
人が ゴか らゴ- と移 り住む ときに持参す るもので もある。死者 はカ レン族 の衣装 に身 を包
み、カ レン族 の赤 い布製カバ ンを肩 に下げ、そ してカバ ンの中には道 中の食料 (
竹筒のお
こわやバナナの葉 に包 んだ飯)や水 (
竹筒の水筒)、そのほかに、愛用の喫煙道具 (
パイプ、
マ ッチ、 タバ コの葉)や キンマや錠
(
/
ⅩS
'
/
)が入 ってい る、そ して行 った先 の ゴで使 う種
67
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
籾や機織用 の赤い糸、松明、塩 があった。 さらに籾 を運ぶ背負い韓、精米用 の平ザル 、そ
して龍 には彼女の儀礼用 の豚、烏龍には同 じく儀礼用 の鶏が入れ られ る
頭 に紐 を掛 けて龍 を背負 い、赤 い布カバ ンを下げ、少 し前屈みになって、新 たな ゴ- 向
ud
ie
か って坂道 を上 ってい く故人の姿が、(
なぜか若返 った壮年の姿であったが)まるで 目に浮
s)
。
かぶ よ うだった。 なぜ な らそ うい う姿で夫のあ とに続 く妻 、あるいは数人の女性 の グルー
St
プを私 はフィール ドで 日常的に観 察 していたか らであるo但 し、 ゴか らゴ-移 るよ うな豚
も鶏 もすべて運んで行 く姿は見 る機会 がなかった。
ign
別 な見方 をすれば、新 たな ゴ-移 るのにあたって、それ らの品々だけを持 って行 けば事
足 りるとい うことである。 さらに加 えれ ば、それ らは新天地での必需品 とい うよ り、む し
re
ろほ とん どが道 中の携帯品や道具であった。新 たな ゴ-移れば、(
錠や穂籾や苗木 を持参す
Fo
れ ば)生活 の必需品はそ こですべて手に入 るはずであった。森 があ り、そ して森 に焼畑 を
拓 けば、食料 も家 も衣服 も、塩 と鉄製品以外 な らすべて入手できるのである。
of
しか し彼女が連れて行 く供儀用 の豚 と鶏 は新 たな移住先で調達す ることはできなかった。
ity
供儀 用の豚 と鶏 は血統 を守 らなけれ ばな らない。 その仔 がつ ぎの供儀用 の豚 と鶏 になる。
死後 に家 を壊す とい うの も、彼女が家 を共 に連れ て行 くと解釈す ることもできた。供儀 は
rs
高床式の家の囲炉裏 を囲む一間で行われ る (
第 5章 4節参照)
。彼女はその場 も共 に運 んで
ive
い くのである。運ぶ とい うよ りは新たなゴ-移す とい うことである。
ゴか らゴ-移 るとき、た とえば村移動の場合 で も、あるいは他村へ引っ越 す場合 で も必
Un
ず元 の家の柱 を抜いて、家 を壊 して移 っていった。柱 を残 してお くと移住先 で うま く暮 ら
していけないか らだ とい う。すなわち生活 の拠点 を以前 の ゴに残 したまま とい うこ とにな
yo
り、新 たな ゴ-移 った として も.
仮暮 らしに しかな らない。
ok
葬式 とは死者 の ゴ-移住す ることであるか ら、女性 と男性 の場合では携帯品が異 なって
い る。女性 の場合 は事例であげた よ うに供儀用 の家畜や機織用の糸束 をもってい くが、男
(T
性 は代わ りに狩猟 の道具 を携 えてい く。女性 は死者 の ゴで も機織 を し、男性 は野生獣 を狩
is
る。 だか ら男性が死亡 した ときは故人が愛用 していた鉄砲や 弓矢が遺体 に添 え られ る。
es
人は もちろん徒歩で移動す る。 だか らその道 中が快適 であるよ うに と遺体の上 に服 で木
陰を作 り、唄で鳥 の さえず りや小川 のせせ らぎを奏で る。家 で看取 られて逝 く死 は一人だ
Th
けでの出立を想像 させ るが、たった一人で ゴか らゴ-歩 いてい くとい うことが実際 にあ り
えない よ うに、死 において も実は一人で移動す るわけではない。呪術節 (
スラ)が語 った
Do
ct
or
al
以下の伝承がそれ を明示 している。
人間のゴ (
国)-共にやってきた 7人がいた。彼 らは同 じときに死者のゴ-戻 ること
になっていた。ある日、彼 らが死ぬ と、一人の孤児の (
親 を幼い ときに亡くした)呪術
師 13 が死者の家-やってきて残 された子供たちに、
カレン族の口承伝承において トリックスターが活躍する伝承が多くある.孤児 (
ジョボケ)は、嘘ツキ
氏 (
ソカイ)や野兎とともにその一人である。彼らは (
悪)知恵や機転で簡主 (
ジョパ)や虎をやっつ
13
68
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
「
死体に手を触れてはいけない。そのままに して置 きな さい。私が生き返 らせ るか ら」
人のゴか ら出立 した 7人は連れ立って死者の国- と赴いた。呪術師はその道 を先回 り
St
ud
ie
して、途 中で大火事 を起 こしたO来 るときにはなかったのになぜ火が燃 えてい るのだろ
s)
といった。
うか と 7人は不思議 に思ったが、ともか く火が鎮まるのを待 とうとみなで食事 をす るこ
とに した。だが食べ終えて もまだ火は消えない。一行の中に呪術師が一人いた。そ こで
彼 は 自分の腕輪を一つはず して、火の中-投げ込んだ。火が鎮ま り、またみなは先- と
gn
歩 き出 した。
re
i
孤児の呪術師はまた先回 りして、途 中に深い川 を作 った。一行は長い ことそ こで待 っ
ていたが、水は一向に引かない。再び呪術師が 自分の腕輪 を一つ外 して投げ込んだ。水
Fo
が引いたので、また歩 き始めた。
孤児の呪術師は さらに先回 りしてバナナの樹木 と糸を使 って深い崖 を作 り出 した。一
of
行の呪術師が最後の腕輪を外 して投 げ込んだが、腕輪はむな しく深い底-吸い込まれて
ity
しまった。そこで 7人はそれ以上先-進む ことができず に、仕方 な く今来た道 を戻 って
rs
人の国 (ゴ)- と戻ってきた。
ive
この よ うに死者 の ゴ- の移住 で あって も、 ゴか らゴ- の移動 時 は何人 か で共 に行 くこ と
を当然 と していた。厳密 に言 えば、 ゴ間の移 動 だ けでな く、村外 -一人 で行 く姿 を見 るこ
Un
ともめった になかった。 焼畑 -行 くに しろ、森 へ採集 に行 くに しろ、狩 に行 くに しろ、少
な くとも数人が連れ 立 って出か けた。
ky
o
そ して、 この伝承 を語 った呪術 師 は最後 に 「自分 も米やバ ナナやサ トウキ ビな どを用 い
て この延命術 ができる」 と明言 した。寿命 は定 まってい る とす るカ レン族 の他界観 の 中で
(T
o
この呪術 師 の言動 は明 らかに特異 で あった。
is
そ こで霊魂 を扱 う職能者 で あるス ラについて少 し説 明 したい。
he
s
(
4)塞魂 の職 能者 -ス ラ (/
S
'
R
a
:
/)
カ レン族 には外来語 由来の名 称 を もつ呪術 師がい る。調査 地 の 「
スラ」はシ ャ ン語 の 「
先
al
T
坐/教師 (
ス ラ)」 か らの借用語 であ るが、 1
9 世紀 中頃 には ウイ とブ コと呼ばれ る呪術 師
(
あるい は予言者)がいた
(
Cr
o
s
s1
853:305) ウイは ビル マ語 か らの (
速水 1
992:
278)、
O
Do
ct
or
ブ コはパー リ語 か ら (
St
e
r
n1
968:
297・
328)の借用 とされ てい る。また 20世紀 に入 ってか
ける。 トリックスターの知恵、単独行動、反社会的な性格は呪術師 (
スラ)と類似性をもつ。それゆえ
より呪力のある呪術師を表するときに、しばしば 「
孤児Jが形容詞として用いられる。 1950年代以降
Loo Shwe 1962:10、21-22、大田
に自民族を孤児と同一視する言説が広く流布するようになるが (
1959:57、Hinton 1979:86-87、速水 1992:280-81)、これはキリス ト教にもとづく民族意識形成
の過程で、創造神ユワの神話が再解釈されたものと考えられる。自民族 (
カレン)の姿を保護者に見捨
てられた弱小の孤児とし、保護者の代理人として再来した白人の庇護のもとで勢力を取 り戻すという期
待を込めて (
あるいは自民族を周辺の諸民族より劣勢な民族として)語るようになったからである。「
孤
吉松 1998) を参照のこと。
児」に多彩な顔があることは 「
孤児はいかにして民族の象徴となったか」 (
69
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
らも 「
クティ (
薬) トウラ (
先生)」 (
Mar
s
hau1
922:
269)や 「
スラ」 (
速水 1
922:
279)の
ウイは 「
死者の"
生命"あるいは霊 (
意識 ある魂)の出立を見ることができ、そ して、そ
の霊 を呼び戻 し、身体に戻 し入れ、そ うして死者 を生 き返 らす ことさえできる」 (
Cr
o
s
s
St
ud
1
853:
305) また一種の精神錯乱 (トランス)を通 じて未来を予見 した とい う。 「
彼 らの人
。
間の霊に対す る仮想 された能力のために、 ウイ、あるいは予言者は人々に非常な恐怖 をも
たれているo」 (
i
bi
d:
306)
O-方、ブコと呼ばれる予言者はその呪術を未来の透視 よ りも病
ign
気治療に用い、さまざまな宗教儀式の方向性 を決める役割 を担っていた としている。
調査地のスラはウイ的性格が強かったがブコをも包括す る形で存在 していた。但 しトラ
re
ンスに入 ることはなく、呪術師は 自らが習得 した呪術で、た とえば鶏の骨や豆、卵な どを
Fo
用いる方法で占いを行 っていた。
カ レン族にとって呪術 とは 「
民間療法」 と似ていた。誰 もが長ず るに従って霊魂 を扱 う
of
方法をそれな りに学んでい く。 だが中にはより強力な呪力 を手に入れたい と望む ものもい
rs
ity
る。外来語 由来の呼称が明示す るよ うに呪術師は、(
よ り強力な)呪文や呪術 を しば しば異
民族 と接触す ることによって入手 した。 あるいは呪術 を広 く外の世界-求めた。呪術は伝
授や購入な どを通 して一つ一つ習得 してい くのだが、周辺の異民族か ら呪術を学ぶ ことは
ive
彼 らの呪力を取 り込む (
呪力の及ぶ範囲をよ り広げる) ことでもあった。
こ うして さまざまな呪術を習得 し、その呪力を人々に認 められ るよ うになるとスラ (
先
Un
坐) と呼ばれ るよ うになるが、それまでかな りの年月 を要す る。それ ゆえスラは老人 (
サ
ブガ)男性 14であ り、その数 も多 くはなかった。調査地の盆地に分布する 9 村でスラと呼
ok
yo
ばれる呪術師は二人だけであった。
スラは霊魂 を扱 う職能者であるが、調査地では病気や旅立ちに際 して霊魂 を呼び寄せ る
儀式や、中年期 にさしかかった夫婦に霊魂 を縛 り付 ける儀式、子供のない夫婦に子 となる
(T
霊魂 を呼び寄せ る儀式な どを行って謝礼を受け取っていた。スラはこのほかにも、悪霊や
es
is
死霊、生霊 を追い払った り、 ときに人を意のままに換 った り、殺傷す ら可能であるとされ
ていた。
それ ゆえにスラに対す る村人の思いには複雑なものがあった。延命 の伝承 を語 った呪術
Th
師が付 け加 えた一言のよ うに、呪術師は自らの力 を確信す るゆえ、あるいは誇示 をす るた
めか、カ レン族の伝統的な価値観 を超 えることが しば しばあった。呪術師は雄弁で尊大で
Do
ct
or
al
攻撃的な傾向をもっていた。そ してそれはカ レン族の 日常にあって明 らかに異端であった。
調査 中にも、かつてスラが相 に属す るのを嫌って (
あるいは忌まれて)山中に一軒だけ
で家を構 えた とい う話や、反社会的あるいは利 己的行為が行 き過 ぎて、その代償 として邪
術師 として撃ち殺 された とい う話が聞 こえてきたOスラはその呪力ゆえに村人に求められ、
その呪力ゆえに忌まれた。つま り 1
9世紀のウイ (
呪術師)に対する村人の恐怖が調査地で
も共有 されていたのである。
1
4
ie
s)
存在が確認 されている。
女性は霊魂の力が弱く、霊魂を扱うことはできず、また女性は異民族との接触もほとんどない。
70
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
この よ うな二律背反的な呪術師であるが、それ ゆえに文化的危機状況 には中心的存在 と
らの呪術師が予言者 としての能力 を如何 な く発揮 した り (
Ke
yes 1
977:
5
51
5
6,
)、異民族 と
i
bi
d:
の接触 とい う特質か ら仏教や キ リス ト教 の導入や融合 で中心的な役割 を果 た した り (
St
ud
5
45
5
)
、また千年王国的 (ビルマ族 による迫害が終わ り、カ レン族 の理想 の王国が出現す
るとす る)カル トで も主役 を演 じた とされ る (
速水 1
9
2
2:
2
81
2
83)
0
ie
s)
して躍 り出た よ うである。 1
9世紀か ら 2
0世紀にかけての ミャンマー史の激動期 に、 これ
調査地 に在住 していた二人 のス ラはそれ ほ ど強力 な呪力 を もっ とはみな され てお らず 、
ign
「日常」の範囲内で呪術 を施 していた。 それで も不慮の死の場合 、霊魂 の職能者 としてそ
の力 を発揮す ることになる。た とえば森の中での流血 を伴 う事故死 (
虎や象 に襲われた り、
re
崖や木か ら落下 した りした)の場合、死者 の霊魂 、あるいは流 され た血が悪霊 に変化す る
Fo
ことがあるか らである。
以下は現地で観 察 された二 E
l
一晩の葬式の事例である。葬儀 は村 の外 で一晩だけ行われ
of
る。村外 での不慮 の死の場合 、遺体 は柑-持 ち帰 ることはできない。葬式 は必ず村 の外、
rs
ity
つま り死亡 した森 の中で行われ る。
ive
2.二 日一晩の葬式の事例 (
1
98
8年 2月 21日-2
2日)
(
1
) 17歳の娘の死
Un
(
D 埋葬場 にて
李川村 の村人が森 で首 吊 り自殺 を してい るムグノ (
娘) を発 見 した。 この よ うな死は危
ok
yo
険な死であるために、村人は遺体 を木か らお ろす ことができなかった。直 ちに山芋村-呪
術師 を呼び に行 った。呪術師がや ってきて、綱 を切 って遺体 を下 し、村 か らや って来た父
親 と数人の男性 が一緒 に村 の埋葬場-運び込み、 当 日の夕方 までに遺体 を火葬 したO火葬
(T
のあ とに行 われ る手続 きも、森 の中での不慮の事故なので、すべてその場で終わ らせ た。
es
is
す なわち手や顔 を清め、少量の飯 も埋葬場 で食べて戻 ってきたのである。
②村 の外 で
Th
李川村 の二人 の若者 が近隣の村 々-葬式が行 われ る旨を伝 えに行 った。 これ らの村 か ら
さらに周辺の村 々に伝 え られた。筆者 が知 ったのはその時点である。
al
村 では死亡 した娘の遺品が集 め られて森- と運び出 され た。村外 の死 であるか ら村 内で
Do
ct
or
は唄を吟 じることはできない。森 で立ち枯れの木 を探 し、その近 くに唄 を吟 じるための三
本 の木 の柱が立て られた。枯れ木 のす ぐ隣が主柱で、主柱 の先端 には (
帰路の木陰を作 る
ために)既婚女性 の衣服、ターバ ン、肩掛、毛布 が束に して掛 け られ、枯れ木 の根元 には
1
0)
。これが
精米用の平ザル と竹筒 の水筒 が入 った小 さな背負 い龍 が置かれ ていた (
写真 3・
彼女 の携帯品であった。す なわち小 さな龍 に水筒 を携 えるだけで彼女 は死者 の ゴ-戻 って
い くのである。
71
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
別 の柱 には酒 ビンが二本ぶ らさげ られた。 これ は母親 か らの申 し出だった。 カ レン族 は
酒 はないのだが、 これ は娘の結婚式用 に準備 されていた ものだった。
彼女が使 っていた毛布やそのほかの連晶は焼却す るために-ま とめに括 られていたO
ud
ie
そ して も うー本の柱 には彼女が身に付 けていた布製カバ ンが掛 け られ たo残 りの衣服や
St
夜の帳が下 り、す っか り暗 くなった森の中を、つ ぎつ ぎ と他村か ら若者 たちが集 まって
きた。送魂唄は 9時過 ぎに始 まった。若い娘の高い声 と青年 たちの低い声が三本 の柱の回
ign
りでハーモニーをな して響いていた (
写真 3l
l
)
。一方、年配の男たちは平ザル を使 って唄
を吟 じることもな く、闇の中に腰 を下ろ し、彼女の死 についてぼそぼそ と語 り合 っていた。
re
深刻 な様子は見て取れたが、その ときはそれが何なのか分か らなかった。論 じてい るのは、
Fo
どうや ら果 た して唄を吟 じてよいのだろ うか、 とい うことらしいが、彼 らは問題 が重大 な
ほ ど、あいまいな言い方に終始す る。言葉 に出す こと、明示す ることによって、発話 の現
ity
of
実化 を、あるいは実行 を強い られ ることを恐れてい るか らだった。
③翌 日
rs
翌 日、村 の全員が霊魂 を留 める儀式 (
キー
ジュ)を行い。 また他村 に在住す る近親者 (
祖
ive
父母、オバ、オジ、イ トコら) も自分の村で同様 な儀式 を行 った。
父親 とオジ二人が彼女の身の回 りの品々や食べ物 を入れ た龍 を立 ち枯れ の木の根元-運
Un
び、彼女の服 をまわ りの木に掛 け、二人で祈 って戻 ってきた。
yo
この頃になって筆者 にもよ うや く事情が分かってきた。筆者 が居住 している薄水川源流
ok
村の村長が珍 しく道端 に しゃがみ こんで、 も う一人の老人 と長い こと話 しこんでいた。老
(T
齢の村長 はあま り出歩 くことはな く、家で話 をす ることが多かった。 こ うい う村長 の姿 を
見たのは調査 中に一度だけだった.つま り、事はそれ ほ ど重要な懸案 であった ことを示 し
sis
てい る。 だが村長が仔細 を教 えて くれたわけではない。 それ は噂好 きの隣人か ら入 って き
た。
he
事件 は以下のよ うに起 きた。
lT
亡 くなった娘 は翌月にある若者 と結婚式 を挙 げることになっていた。その準備 も整いつ
つあった。 ところが彼女は体調不良を訴 え、村人はそれ を妊娠 のせいではないか と眉 をひ
Do
c
to
ra
そめて不安がっていたのである。彼女の体調 を気遣 って婚約者 が家 にや ってきて、泊ま り
込みで看病 を していた。その彼が二、三 日前に 自分の村-一度帰った。
す るとその直後に、彼 の父親が彼女の家にや ってきて、彼女の 「
お腹 の子供」は 自分 の
息子の子ではない。彼女は息子だ けでな くほかの男性 たち (
この場合、カ レン族の男性 で
な く、開発 プ ロジェク トな どに関わ るタイ人男性や近隣村 のモ ン族の男性 を指 してい る)
とも遊んでいるか らだ と断 じた。 そ ういわれた彼女 は動転 し、 も う結婚式 を行 うのは不可
能だ とふ さぎ込んで しまった。そ してその二 日後に首 を吊ってい るのが発見 された。
72
s)
酒 を自家醸造す るので、仕込み期 間が十分にある儀礼 に しか酒 を供 さない。だか ら葬式 に
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
この事件で誰 もが気 に していたのは、彼女 の死で もなけれ ば、婚約者 の不実で もな く、
p
h
o
‥
/
)と認識 できるほ ど育 った胎児 を宿 してい るか
い るか どうか、すなわち 「
子供」(
ポ /
die
ど うかであった。 もし 「
子供 」 がいた場合、村 の存続 に重大な危機 が生 じるこ とを意味 し
s)
彼女が妊娠 していたのか、否 か、であった。妊娠 とい うよ りは、彼女の 「
お腹 に子供」が
St
u
ていた。 だか ら遺体 を火葬 した男性 たちはその ときの状態 を繰 り返 し説明 しなけれ ばな ら
なかった。彼 らは遺体が燃 え落 ちるときに、彼女の腹 の中をよく見て、「
子供」がい るか ど
うか をはっき り確 かめた とい う。 そ して 「
子供」はいなかった といった。葬式 の晩 に老人
gn
たちが話 していた ことや、また村長 が しゃがみ こんで話 し込んでいた ことはこの辺 りの こ
Fo
re
i
とだった らしい。
「
子供」がいなかったゆえに、彼女は送魂 の唄を聞 きなが ら旅立つ ことができたのであ
る。 も しいた とした ら唄 どころではなかった。それ どころか、一騒動起 こることは間違 い
なかった。
of
薄水川源流村 の村長 は、それ を 「
一昔前な ら村 を移 したのだが ・・・」 と表現 した。 「
今
ity
は も う移 る場所 もない し、パ ッ ドパイ も したか ら、まあ、いいだろ うが ・・・」 と困惑 し
たよ うに言葉 を濁 した。 だが、そ う言 ったあ とに 「(
ああゆ うことがあったか ら) ここ二、
rs
三 日太陽がまった く顔 を出 さない奇妙 な天気 が続いてい る し、今年 はあの村 の種籾 は誰 も
ive
使 うことができない。あの相 も他 の村か ら種籾 をもらわなきゃな らないだろ うなあ。」と続
けた。
Un
亡 くなった彼女は二重の意味で規範 に抵触 していた。一つは未婚の妊娠 である。それ は
ゴ (
国)の神 が統治す るゴ内の秩序 を乱 した ことになる。 ゆえに村 にゴの神 による災厄 が
yo
. も う一つは悪霊 タプ レ (
/t
a=
・
pl
s:
/) を生み出 した (
かも
降 りかか る (
第 4章 5節参照)
ok
しれ ない) ことであった。
(T
一方、村長 とは対照的に呪術師は 「
パ ッ ドパイ を したか ら村 を動かす ことはない」 と言
い切 ったO村移動 については村長 とかな り温度差があったCパ ッ ドパイ とは北 タイ語で 「
悪
is
霊 を払 う」とい う意味である。彼 はその呪術 を低地の北 タイ人 の呪術師か ら習得 してい る。
es
彼 は 自分の施術 に絶対の 自信 をもってお り、「
も う死者 の霊魂 は村 に もどって こない し、悪
Th
さも しないか ら、村 を移 さな くて も大丈夫だ」 と私 に告 げた。
だが、そ うはいいつつ も、 も し施術 を しなけれ ば、村人 は怖 がって とて も村 に住み続 け
al
られないだろ うとも答 えた。村人が恐れてい るのは悪霊 タプ レである。 タプ レは胎児 ある
Do
ct
or
いは生後一年以内の新生児 の霊魂 で、 もっ とも危険な悪霊であった。
そ うい うわけで、胎児 がいたのか、いないのかが重大 な関心事 となったのである。遺体
を火葬 した男 たちはいなかった と結論付 けたわけだが、村人 たちはそれ を疑 ってい るわけ
であるO だが、結局、霊的指導者 である呪術師や村長 たちはいなかった と声 を揃 えた
O
そ
れ にもかかわ らず悪霊払いの施術 は してい る。
調査地 には超 自然的存在 に関す るさま ざまな決 ま り事があったが、問題 が現実化 した と
き、必ず しもそれが厳格 に運用 され るわけではなかった。村 の老人が集 まって車座 にな り
73
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
なが ら、長い間、 とりとめのない よ うな会話 を繰 り返 しなが ら、結局、できるだけ事 を荒
この場合 もそ うだった。すでに村 を移す ことが難 しくなっている調査地周辺で、彼女 に
ud
ie
「
子供」がいた となる と、いたず らに村人 を恐怖 と混乱に陥れ ることにな る。真偽 を確認
s)
立てぬよ うな温厚な解決法、あるいは現実的な対処法が取 られ ることが多かった。
したわけではないので事実は筆者 には分か らないが、遺体 を確認 した者 たちはいなかった
St
とい う、またそ うである方が望ま しいの も明 らかである。 それ に さらに悪霊払いを施す こ
とで、二重の保障 を与 えたことになる。 も し、それで も悪霊が村-舞い戻 って くるのを恐
ign
れるな ら、村 を出て他 の柑-移 るとい う手段が残 されていた。 これは当時で も可能 な選択
肢だった。だが、結局、そこまです る者 はお らず、村人た ちはそれぞれ に 自らを納得 させ
re
て 日常-復帰 していった。
Fo
しか し、彼女 を失 った家の者 たち (
父母 キ ョウダイ)はそれ だけでは納得できなかった。
呪術師)では不足である と、徒歩二 日かけて
約 1カ月後に兄姉二人が、この辺 りのスラ (
of
サンバ トンの著名 なスラを訪ね、「
一体、妹の身 に何が起 こったのか、妹 は今、何 を欲 しが
ity
死者 の ゴにいる親 たちが早 く
っているのだろ うか」な どを尋ねた。それ に対 してスラは、「
帰って来い と強 く望んだので、彼女 は戻ったのだo今、彼女は満足 して暮 らしてい る」 と
ive
rs
答 えた とい う。そ して結局、それで この事件 は終わ りとなったのである。
Un
3.埋葬 のみの事例 (
1
987年 6月 6日)
(
1)子供 の死
yo
葬式の もっとも簡略化 された形式は埋葬 のみである。 これ は成人 (
ムグノ ・ポサ クワ)
ok
に達 しない子供 (
ポサホ)の葬儀 である。子供が死亡 した場合は、その 日の うちに、土葬
(T
あるいは火葬 され る。年長の男性 (
祖父や父)がア ゴか ら額 にかけて糸で遺体の顔 を洗い、
ゴザに包 んで結び、埋葬 の場所-運ぶだけである。死 を知 らせ ることも、唄を吟 じること
sis
も、家の者 の霊魂 を留める儀式 もす ることはない。
he
以下の事例 も埋葬 のみのであった。
lT
1
987年 6月 6日の夜半、山芋村の女性 が流産 した。大量の出血 と共 に掌大の胎児が流れ
出 した とい う。病院 に搬送 しよ うにも当時メカプ村 区内で筆者 自身 も含 めて搬送手段 をも
Do
c
to
ra
つ ものはいなかったo結局、モ ン族の村 まで行 って盆地内で唯一車 を所有 していた村長 に
頼んで、倒れてか ら半 日後 に彼女 は低地の病院- と送 られた。
彼女の夫 にその後 を尋ねると、彼 は流れ 出た胎児 を (
慣 わ し通 りに)古布 に包んでクル
の大木の根元に埋 めた とい う。 この木 の 白い樹液が乳 となって赤子 を養 うか らだ とい う。
だか ら胎児が餓 えて悪霊 タプ レになることはない と続 けた。 だがそ うはいいなが らも、彼
は呪術師 を呼んで悪霊払いの施術 を して もらっている。後 日、数人か ら 「
本 当は相 を移 し
た方がいいのだが ・・・」 とい うぼや きを聞 くことになった。
74
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
(
2)悪妻 タプ レ
(
/
t
色
:
pl
c:
/)一新生児 の死重
それ を村人 は、胎児や新生児 は (
乳 を飲む ことができないので)ひ も じくて、乳 を求 めて
St
ud
ie
相へ舞い戻 って くるか らだ と説明す る。 それが悪霊 タプ レである。 そ うして村人 を病気 に
し、 ときに死 に至 らしめる。 タプ レが引き起 こす病状の一つ として夜 たま らな く空腹 を覚
え、あ りとあ らゆるものを食べた くなる とい うのがあったが、葬式をめ ぐる口承伝承 15 に
み られ るよ うに死者 の霊魂 はもともと非常に危険な存在である。
gn
その中でタプ レだけが問題 となるのは、それが村-戻 って くる とい う点にあった。通常、
ei
カ レン族の死者 は柑-戻ってこない。それ ゆえにそ うい う事態が発生す ると、(
想定 され て
Fo
r
いないゆえに)、それ を防 ぐ、あるいはそれ に対抗す る呪術 をもっていないのである。それ
よ りもむ しろ村 がそ こにあ りさえ しなければ良いのだ と考 えてい るよ うであった。 タプ レ
となって戻 って来 よ うとして も、戻 る村 がなけれ ばそれ までである。悪霊か らみた 「
消え
of
た村」である。だか ら一昔前までは胎児や新生児が死亡す ると必ず村 を移 したのである。
rs
ity
四 日三晩の葬式 を行 な う場合 は、死者 の霊魂 が村-戻 ることはあ りえなかった。 二 日一
晩の葬式 の場合、 とくに森 での事故死の場合、その可能性 はな くもなかったが低か った。
だが胎児や新生児の場合 は戻 って来 るとされ るのである。 そ こにあるのはカ レン族 の 「
寿
Un
ive
寿命)が
命 」 とい う概念であった。人間は生まれた ときにすでに人間の ゴで過 ごす年数 (
決 まってい るとい うのである。 四 日三晩の葬式 とはその 「
寿命 」 を生 き切 った者 を送 る儀
礼であった。 「
寿命 」 をまっ とうして、予定通 りに死者 の ゴ-戻 ってい くのである。だか ら
人間のゴ-は戻ってこない。
yo
それ を迎 えず に死んだ場合が問題 となるのである。死でい えば不慮の死がそれ にあたる。
(T
ok
それはほ とん どが村外の死である。つま り森 で事故死 を遂 げた場合 には、 どうなるか とい
う問題 であった。
しか しそれ については 「
寿命 」ほ どには意見の一致 をみていない。不慮の死であって も、
sis
死ねばそれが 「
寿命」であるか ら死者 の霊魂 はまっす ぐ死者 の ゴ-戻 るのだ とい う者 もい
残 り」の期 間を さ迷 える悪霊 (
タ
れ ば、予定 した 「
寿命 」がまだ残 ってい るか ら、その 「
Th
e
ムカ 16) になる とい う者 もいた。霊魂はまっす ぐ死者 の ゴ-帰 る として も、死体か ら血が流
れ る と、その血が悪霊 になるのだ とい うもの もいた。 だが悪霊 に化 した として も、少 な く
とも死んだ場所、す なわち森の中に留まってい るだけで、村- は戻 って こなかった。その
Do
ct
or
al
ために遺体 は村-持 ち込まないのである。 必ず相の外、森 の中で葬儀 を執 り行 う。
村 内にお ける子供 の死であって もすでに物心がついていれ ば村へ舞 い戻 る心配 なかった。
「
死者 の唄」 にあるよ うに彼 らは死ぬ と走 って死者 のゴ-行 って しま う。人間のゴ-や っ
てきた ものの、新たな移住先である人間の ゴに適応 できず に、死者 の ゴや本来の親 を恋 し
1
5
第 3章脚注 8お よび添付資料の 口承伝承 を参照の こと0
ダムカ (
/ta:
mu 、
:
Xa:
/)は悪霊だけでな く霊的存在 を範噂 に含む ことが あるO例 えばグチャ (
/k'
C占
_
:
/
霊的所有者) はタムカバ ド (
/
ta:
・
m山、
:
Xa:
phかda/大 タムカ) ともいわれ るO
1
6
75
s)
胎児や新生児 の霊魂がなぜ悪霊 になるのか。 どうして村 を移す までに恐れ られ るのか。
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
がって死者 のゴ-戻 るか らである。
中」 であるとい うことがあげ られ る。彼 らは人間の ゴ-到着す るやいなや、厳密 にい えば
ud
ie
到着す る直前に、あるいは死者 の ゴか ら移 り住 も うとす る道 中で 「
死ぬ」 ことにな る。 だ
s)
胎児や新生児の霊魂が 「
戻って くる」 とされ る理 由を考 えてみ ると、彼 らが移動 の 「
途
か ら自分の到着 を確認 できぬままに、あるいは どち ら-行 くべ きかを見失 って、 自分が今
St
ある状況 を判断できぬままに、乳 を求めて人間の ゴ- と向かって しま うとい うことはあ り
えそ うに思えた。
ign
悪霊 タプ レが示すのは、死者 の ゴには領主 コセだけではな く、生死に関わる超 自然的存
re
在 が も う一体、別 に存在 していることであった。それは死者 の ゴか ら移 り住む道 中にいて、
死者の ゴか ら人間のゴへ移 る
of
第 2蔀
Fo
人間の生を司 り、 「
寿命」を決 めてい る。それがムカ と呼ばれ る神である。
ity
1.生 を司る神 ムカ (
/
mu、
:
・
Ⅹa:
/)
rs
(
1
) ムカの神 の伝乗
ive
人間の誕生 とは死者の ゴか らや って来 ることである。 カ レン族の 「
寿命」は決 まってい
る と述べたが、「
寿命」が決まるのは死者の ゴか ら人間の ゴ-移動す る道 中である。そ こに
Un
はそれ を聞き届 けるムカ と呼ばれ る超 自然的存在がい るO死者 のゴか らやって来 るときも、
移住者 は寵 を背負 って赤い布カバ ンを下げて、何人かのグループで一緒 に徒歩でや って く
yo
る。 だか ら双子が誕生す ると、同性 な ら兄弟 あるいは姉妹 が一緒 にや って来た とし、異性
ok
の組み合 わせ な ら夫婦が ともに移 ってきた とす るのである。
では、死者 のゴの住人たちは どの よ うな動機 で ゴを移 るのだろ うか。死者 のゴでは人 間
(T
の ゴよ り生活が苦 しい とい う。 前述 にあるよ うにゴの暮 しに質的な差 はな くて も量的な差
がある。 だか らよ り豊かな、 よ り楽な生活 を求めて死者 の ゴか ら多 くが移 り住 んで くるの
is
だ とい う。それ ゆえにつぎっぎと多 くの人間が生 まれ て くる。また少数意見ではあったが、
es
単に物見遊 山で人間の ゴ- 「
遊びに行 く (レハ /
1g :
・
ha/)」 のだ とい う説明 もあったo
Th
死者 のゴを出て、歩いてい くと、その途 中にクル の大木がある。
1
7
クル (
/khl
a/) の木
は学名 をベ ンジャ ミン ・フイカス といい、菩提樹 に似 たクワ科イチジク属 に属す る高木常
Do
ct
or
al
5メー トルか ら 20メー トル にもな り、
緑樹である。東南アジアに広 く自生 し、
成長す ると 1
樹冠 を大 きく広 げる。 あたかも両手 を大 きく広 げて伸 ば し、その両手の間に帽子 を被 るか
のよ うに、濃緑 の密生 した枝や葉 を繁茂 させ てい る。調査村 の村 はずれ にも二人で も抱 え
きれぬほ どの幹 をもつ クル の大木があった。
ムカの神 はクル の木の樹冠に宿 ってい る。 よ り正確 にいえば、 とまってい る。 なぜ な ら
17 マーシャル
(
Marshall1922:
224)、ミッシュン (
Mischung1980:69)、クワンチ- ワン (
Kwanchewan
2003:
55-56) もクルの木 に宿 るムカの神ついて言及 してい るDマー シャル はクル の木 を菩提樹 とし
てい る。
7
6
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
ムカの神 には しば しば鳥 のイ メー ジが重ね られ るか らであ る。 18 死者 の ゴか らや ってきた
何 を Lに行 くのか を述 べ る。す る と神 はそれ を聞 き取 って、各人 に戻 る予定 の時期 を記す
St
u
のである。 それ が 「
寿命 」であった。す なわち 「
寿命 」 とは 自己申告 に基 づ く人間 の ゴの
die
ゴを出て行 くこ とを伝 え、どの くらい不在 にす るのか (どの くらい人間の ゴに滞在す るか)、
滞在期 間であった。死 とはその期 限が きて死者 の ゴ-戻 るこ とで ある。 もちろん人 間の ゴ
に来 て しま うと、神 が記 した滞在期 間 (
寿命) を見 る こ とも、知 る こともで きない が、そ
gn
れ が どこに記 されてい るかを誰 もが周知 していた。 それが前頭部で あった。
Fo
re
i
葬式では故人が死者 の ゴで使用す る品 々を龍 に入れ たが、人間の ゴ-移 って くる とき も、
死者 の ゴの住人 はや は り荷 を龍 に入れ て背負 って くる。 その荷 が新 しい ゴで重要 とな る。
それ に よって人 間の ゴにお ける身 の立て方や暮 らしぶ りが決 まるか らであ る。 苗 (
種籾)
を多 く入れ てい けば、稲 を上手に栽培 で き、鉄砲 を入れ てい けば、獲物 を容 易 く入 手でき、
ity
rs
(
訂 死者 の ゴか ら人間のゴ-移 り住 む話
of
糸 を入れ てい けば、機 織 を得意 とす るこ とがで きる とい うよ うに。
それ を語 る口承伝承 につ ぎの よ うな話 があった。
ive
死者のゴか ら移 るときに、 (
移住先の人間の ゴで役立てようと)誰 もが龍 に何かを入
れて、背負って歩いていたOところが一人だけ重いのは嫌だ と寵 を背負わない男がいたO
yo
と尋ねた。男は
Un
クルの木 までやって くると、ムカの神 はその男 をみて
「
なぜ、何 も運ばないのかね」
ok
「
必要な物は向こ うで見つけるか らいいのです」
(T
と答えた。
「
で、お前は人間のゴ-行って何にな りたいのかね」
is
と神 は尋ねたO
es
「
金持ちにな りたい」 と男は答 えた。
人間の ゴ (
国)にやってきてか ら、男はいろいろな作物を栽培 したが、どれ も収穫 を
Th
得 られなかった。男は生 きてい くためのすべてを近隣の人々に乞わなければな らなかっ
or
al
た。それが恥ずか しくて、 19 とうとう耐 えられなくなった。そ こで 1
7歳の ときに喉 を
8r
プェカレンの守護神はメスの鳥で、人の身体と鳥の脚と羽をもつ」 (
Boon Chuey 1963:142) と記
されている。調査村ではそれほどはっきりとした鳥のイメージはなかったが、鳥のように語られること
があった。
Do
ct
1
「
恥ずかしい」は平等性から逸脱する行為に対してよく用いられる表現である。第 5章 3節の夫婦に関
して 「
離婚をするとすれば子や孫が恥ずかしい」 という表現も同様である。寺島は狩猟採集民における
平等性とは受容と結びつき、彼らの自立は他人と結ばれることによって表現され、他者との秤を保って
いることが 「
社会生活の全般を律する基盤」となるとしているoオース トラリアのピン トウ族 (
Myers
わがままや利己的な要求などは,個人の自立や自由の証明でなく、たんに 『
恥ずか
1986) を例にして 「
19
77
s)
一団 はクル の木 までや って くる と、樹冠 にい るムカの神 に これ か ら自分 た ちが (
死者 の)
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
掻 き切 って死の うとした。呪術師が来て、彼 を助 けよ うとしたが、
といって、意識 を失 った。
St
ud
ie
彼は死者 の ゴ-戻 ってい く途 中でムカの神 と会 った。神 は男 を見て驚 いて言 った。
「
おまえは 7
0歳 になった ら戻 って くるはず だったのではないかね。それ に金持 ちにな
りたい と言 っていたではないか。」
彼 はそれ に答 え、 「
何 も栽培 で きないのです。年が ら年 中、み なに頼 んで、分 けて もら
gn
わなけれ ばな らないのは本 当に恥ずか しい ことで した。」
ei
といった。
Fo
r
そ こで今回は、た くさんの ものを龍 に入れ、それ を背負 って人間の ゴ-戻 った。今度
は うま く作物 を栽培で き、収穫 した作物 を売 って水牛や牛や象 を買 って、お金持 ちにな
った0
of
70 歳 になって、死者 のゴ-帰 る ときがや ってきた。 ところが彼 の息子 は父親 に戻 っ
rs
ity
て欲 しくなかった。そ こで大 きな喪 を買って、父親 をその中に入れ て、バナナの葉 で密
封 して川 に沈 めた。 ムカの神 が彼 に会いに来て、息子 に聞いた。
「
彼 は どこにい るのかね」 と。
Un
ive
息子は
「さあ、知 りません、たぶん 山へ行 ったのではないで しょ うか 」
とわ ざと答 えたO
この ときムカの神 はお腹 がすいていたので、魚 を食べたい と思 った。そ こで川-行 っ
yo
て釣竿 をた らした。釣竿 に大 きな聾がひっかかった.あま りに も重いので-体 中に何が
ok
はいってい るのだ ろ うか と興味 を覚 えた。 そ こで聾 をひ っぼ りあげて中を覗いてみた。
(T
神 はそ こに男がい るのを見つ けて尋ねた、
「
なんでお前が こんな ところに居 るのだね。お前 は も う今頃戻 ってきていて、私 に会 っ
sis
ているはずではないかね」 とo
男は
Th
e
「
はい、私 も戻 りたかったのです。で も、息子が私 を帰 した くない といって、嚢 に隠 し
たのです 」
ct
or
al
と答 えた。
Do
s)
「
私はあなたに謝礼 として渡せ るよ うな もの を何 ももっていない」
神 は彼 を家 に連れて戻って、息子 に尋ねた、
「
一体なぜ 、おまえは こんな真似 をす るのか」 と。
息子は
「
父 とず っ と一緒 にいたいのですOず っ と、ず っ と」 と答 えたo
「
分かった。 それ な らこの服 をや ろ う」
と神 は言 うと、父親が着ていた赤い服 (
チェガ)を屋根 の梁 に向かって投 げた。そ して、
しい』ことにすぎない」と記している (
寺島 2009:198)。カレン族も同様である。
78
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
この伝承は、人間のゴ (
国)での滞在期間 (
寿命)は早めることも、また延ばす ことも
ud
ie
できないことを語っている。カ レン族 にとって生の時間は決まっているのである。20 だか
s)
神は消えた。息子が梁を見ると、そこには父親の死体がぶ ら下がっていた。
ら延命術を施術できると言明 した前述の呪術師はやは り呪力 ゆえに異端であった といえる。
St
また葬式の事例でも述べたよ うに、死亡 した胎児や新生児はクルの木の根元に埋葬 され
るが、 これ もクルの木に生を司る神 ムカが宿っているゆえである。 ムカのもと- と戻すの
ign
である。人間のゴ (
国)においても、クルの木は伐採 はもちろんのこと、矢や銃で木 を狙
えに人の手が加 えられ ることなく大木へ と成長 していたのである。
re
うことさえ忌まれた。樹冠には神が宿っているか らである。村外れのクルの木は、それ ゆ
Fo
ところがこの伝承に異議を唱える者たちがいた。何人かの老人たちがムカの神は確かに
人間のゴでの滞在期間を頭部に記すのだが、神 自身が死 と関わることはあ り得ない と言い
of
切った。だか ら滞在期限が切れたか らといって、呼び戻 しにやって来るのはムカの神のは
ity
ずはない と。来 るとすればそれは死者のゴを治める領主コセであると。彼 らは葬式の唄を
その論拠 としてあげた。 自分たちが知っている葬式の どの唄の中にも、ムカについて吟 じ
rs
る唄はない とい う。葬式で唄われ るのは領主 コセであ り、死者 の霊魂を捕まえるのは領主
ive
コセである。
さらに筆者が居住 している薄水川源流村の老村長はこの二体の超 自然的存在の所在が異
Un
なる可能性 さえも示唆 した。死を扱 うのは死者のゴの簡主 コセであ り、死者が死者のゴ行 くとい うのは確かだ といいっつ、死者の うち何人かは死んだのちに空に上がってムカの
yo
神 とともに留まると、かつて聞いたことがあるといった。 しか し誰が行 くのか、行かない
ok
のかは分か らない、葬式のときに雨が降った り、雷が鳴った りす るときっと空-上ってい
ったのだろ うと。 さらにサンバ トン出身のある老人は、クルの木に宿 るムカはムカード (
大
(T
ムカ/ムカの王) と呼ばれていて、ムカ とだけい う場合 は、死んだ人のことである、 と辛
sis
は りもう一つの他界の存在を示唆 した。
この異議 申し立ては実は重要だったのである。図 らず も共時的な超 自然的存在 と適時的
he
な存在が同一視 されたこと-の抗議だったのであるo同一地平線上にある死者のゴの領主、
lT
すなわち共時を前提 とす る超 自然的存在 と、世代をつな ぐ生を司る神 ムカ、つま り時系列
とい う縦糸を編む超 自然的存在は異なる法則 に則 って存在 していた (
第 4章 5章を参照)a
ra
ここではこの異議申し立てが両者の混同を批判 した とい う点を述べておきたい。
Do
c
to
先行研究においてムカを巡る儀礼については盛んに議論 された (
Cr
o
s
s1
85
4,
Wade1
847
,
メイ ソンは死に方や死ぬ時期 も神 がこの世に送 り出す ときに決 まるとし、スゴーカ レンの老人の話 とし
「
病気で死ぬ」
「
溺れ死ぬ J 「
人に殺 され る」「
転落 して死ぬ」「
矢
て霊魂 (
ガラ)は 「
虎 に喰われで死ぬ」
で射 られて死ぬ」「
老衰で死ぬ」か ら一つ を選 んで神 と約束す るとしている (
Mas
on1
868:
1
98)
.マー
シャル も 「
誕生の ときに死に方や死ぬ時期が決まる」(
Marsha111922;
193) とし、ミッシュン (
MisI
chung 1980:69)も同様 に記 しているO
20
7
9
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
Mas
o
n1
865,Mar
s
hal
11
922,Lo
oShwe1
962,Mar
l
o
we1
97
9,飯島 1
971
,I
i
j
i
ma1
979,
水 20
09)
。 なぜ な らそれが 「
祖先」 を煎 る儀礼であ り、カ レン独 自の信仰 であ り、 「
民族」
ud
ie
宗教 と呼ばれ るものだ と考え られ たか らである (
第 5章 1節参照)
0
先行研究は儀礼 を詳 しく論 じてい るが、面
巳る対象 であるムカについては 「
祖先 」 とい う
St
9世紀の宣教師が断片的な記録 を残 しているだけである。 クロス
説 明以外 ほ とん どな く、 1
はムカ とは死後 に天上の王国-入 った 「
カ レンの両親 であ り祖先 であ り」、ムカの王は 「
生
ign
まれて くる人間を形作 る神 であ り」、誕生 と結婚 を司 る としてい る (
Cr
os
s1
854:
31
5)
oマ
ー シャル は 1
9 世紀前半の先行研究 (
Wade 1
8
47
1
1
91
5:
455・
484,Cr
os
81
85
4:
31
2,Mas
on
re
文明の影響 によって乱 され る以前の」 (
Mar
S
han 1
922:
223)カ
1
858:
1
95) を引用 して、 「
Fo
レン族 は、ムカを人間 よ り先に存在 した天上人 とし、行いが良い と人は死後 に天空 で彼 ら
とともに暮 らす としている。生前の行為の善悪 は ともか くとして、21 これ らは前述 の老村
of
長や老人 よ りもさらに踏み込んでお り、死者 の ゴとは異な る他界が存在 してい るこ とを明
ity
示 してい る。
マー シャル は さらにムカが出産 を司る存在 であ り、家族 の神 であるプガ を紀 る儀礼で、
rs
呼びかけられ供物 を供 され る存在であるとしている (
i
bi
d:
22324)
Oところが儀礼 を記述す
ive
i
bi
d:
248・
261
)それ を例外 とし、ス ゴーカ レンのほ とん どは家族の神 のプ
る段階になると (
ガ とムカ を別 の存在 として認識 してお り、家族の神 を煎 る儀礼 (
オブガ) で経 られ るのは
Un
家族 の神 ブガであるとす る。但 し、シュエ ジン地方 (
バ ゴー県)のカ レンだけがオ ブガの
ThiHkoM屯Ⅹa)に祈 りを捧げる とある.そ してテ ィコムカ とはムカ儀礼でテ ィコムカ (
yo
ド (
ムカの王/大 ムカ)の儀式上 の呼称であると記 してい る。彼 はテ ィコムカが家族の守
ok
Mar
s
hau1
922:
248)
護神 といえな くもない としなが らも、結局、テ ィコムカ を 「
悪魔 の王」(
(T
とし、その悪魔が家族の神 として紀 られ、ゆえにカ レン族 は悪魔 の教 えを 日々実践 してい
る と説 く。
sis
マー シャルが依拠す るのは創造神話である。 22 失楽園に酷似 した創造神話では、悪魔 が
he
ヵ レン族の死生観では生は死者の ゴを出立するときにすでに決まっているので、行為の善悪 を基準 とす
るとい うのは、仏教か らの影響 と考 え られ る。調査地で悪い行為 とされ るのは、噂好 きや怠惰や尻軽で
あったO家には鍵 もな く、収穫 した稲 も焼畑で放置 され る 日常において盗み も生 じ得 なかった し、殺人
は呪術師-の報復以外はなかった。死者 のゴ-行 く場合に生前の行為の善悪 を問われ ることはなかった。
ra
lT
21
Do
c
to
22
マーシャルが記 した伝承 (
Marshal 1922:
213-216) を以下に要約す るO
Y′wa) が訪ねてきたが、礼拝の歌 も聞 こえず、男 も女
「
二人が禁断の果樹 を食べた翌朝、神 (
も御前に現れない。そ こで人間の裏切 りを知 った神 は、人間に病 と老い と死の訪れ を宣 し、子孫
は どの年代で も死に見舞われ、中には半分の六人 しか子 を成 さぬままに死ぬ者 もあろ う、 と断 じ
て去 って しま う。
神の呪いは男 と女だけでな(、その子供にも及んだ。やがて彼 らの子供の一人が病気 になるが、
Mt
iKawli)と称す るその悪魔は、
神 に見捨て られた二人は悪魔にすがる しか術がない。ムコリ (
助 けを求める人間に祖先か らの秘術 を教 えてや ろ うと約束す る。 まず豚 を殺 し、その肝臓が丸々
としていた ら病気は治るだろ うし、 もし、薄 くだ らりとしていれ ば、回復は無理であろ う、 と前
兆を伝授 し、病気が治った ら、必ず悪魔の宴 を催す よ うに と命 じる。
二人がそれに従 うと子供は治癒す るが、やがて、も う一人の子が病気 とな り、今度は豚 の儀式
80
s)
Mi
s
c
hung1
980,
Ra
j
ah1
986,
Yo
S
hi
mat
s
u1
989,
Yamamo
t
o1
991
,
Hayam
i 1
992,
2004,逮
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
蛇 に化身 して登場す る。女が悪魔 に誘惑 され、人間は神 (
Vwa) に背 く。神 に見捨て られ
1
922:
21
321
6)
。神話では悪魔 はムコ リ (
別名 ノクポ) と称 され てい るが、悪魔が伝授 した
St
ud
ie
鶏 と豚 の儀礼はテ ィコムカをI
i
Eる儀礼 である. ムコ リとテ ィコムカ を同一視 してい るのは
明 らかである 神話はム コリが病気治療 をす る存在 であること、その治療法 は祖先 か ら引
。
き継 がれ ていること、豚 と鶏の供儀 を伴 うこと、治療が霊魂 とかかわるこ とが語 られてい
る。供儀 の順序で豚 と鶏が反対であるこ と、ほかの儀礼 とやや混同 していることを除けば、
gn
この神話 は家族の神 (
テ ィコムカ) とその儀礼 についておお よそ的確 に述べてい る とい え
ei
よ う。つま り宗教の起源神話 といえる。
Fo
r
それ では筆者 の調査地 においてムカ とは どのよ うな超 自然的存在 として捉 え られ てい る
のだろ うか。前述の通 り誕生 を司 る神 であることは衆 目一致 していた
。
さらに親 の親 をず
っ と辿 っていけばムカの神 に到 る と始祖 として語 るもの もあった し、人間 (
パ カニ ヨ)の
of
神 である とい う説明 もあった。あるいはタイの行政組織 に愉 えれ ば、行政村 区の村 区長 (
ポ
rs
ity
ル アン) にあた るとい うものもいた。 これ は民族 の神 であると説 明 してい るのに等 しい。
なぜ な ら、カ レン族 の 自然相のい くつかが統合 され て-村 区 とされ 、村長 にカ レン族が任
じられ てい るか らである。誰 もがムカの神 が 自分の前頭部 に寿命 を記 した ことを承知 して
Un
ive
いるのに比 して、先行研 究 と同様 に、調査地で も神 自身の由来や描写 についてほ とん ど語
られ ることがなかった。
カ レンは 「
お話好 きだ」 としば しば語 られ る。そ してあたか も 日常的 に由来や起源 を語
る神話があふれているかのよ うに綴 られ ているが (
Bunke
r1
902:
57,太 田 1
959:
31
5)、調
yo
査地は必ず しもそ うではなかった。部屋 の真 ん中に切 られ た囲炉裏端で談笑 とい うのがな
ok
いわけではなかったが、村の夜 は普段静 かであった。 闇が あた りを包み、囲炉裏 のほの暗
(T
い置火 の もとで、遅い夕食が終わ ると、あ とはただ眠 るだけだった。
談笑が夜 半まで続 くときは客人があるときだけだった。それ を 目当てに子供や若者 たち
is
が集 まって来 る晩である。 こ うい うときは、囲炉裏 の奥に家の主人 たちが、そ して、訪 問
es
者 たちはひ とり、また、ひ とりと車座 に囲炉裏 を囲み、や がて話 に聞き入 る。火 は再びお
Th
こされ、時に明か り取 りの松片が燃や され、樺色の柔 らかい光が老若男女 の顔 を照 らす。
しか し、そ こで語 られ るのは神話や民話 な どの 口承伝承 ではなかった。 大抵 は身 内の こ
al
とであった。離れた村 に暮 らす身内の近況、冠婚葬祭や売買や狩猟 の話、滑稽 な出来事 、
ct
or
病気や怪我 の話 には、 しば しばそれ を引き起 こ した悪霊 の話が付 け加 え られ る。 さらに、
Do
s)
Mar
s
hal
た 男 と女 は 、 悪 魔 の 教 え に従 っ て 病 気 治 癒 の儀 礼 を行 な うこ とに な る (
では効果がない。そ こで二人は再び蛇に訴 えるO悪魔は鶏 を捕まえるよ うに男に命 じ、その鶏 を
もって森-入 り、『
霊魂 よ、霊魂 よ、霊魂は死者の国-行って しまった。霊魂は地獄-行 って し
まった。霊魂 よ、戻ってこい。』と唱えた。そ して、その鶏 を煮て骨 を取 り出 し、予兆を占った。
ところが、悪魔はその骨 占いが解せず、 とりあえず様子 をみよ うと二人に提言 した。
しか し、その子は間 もまもな く亡 くな り、悪魔が した ことといえば、その卦は不吉を意味する
ことになろ うと告げただけだった。また病の ときに唱える呪文 と、糸を手首に七巻 きす ることも
教えた。結局、悪魔はさんざん二人を迷わ しておいて、何の確かな安心 も与えぬまま去 って行っ
た。だが、男 と女はそれか らも悪魔の教 えを子供たちに伝授 し、それが今でも受 け継がれてい る。」
81
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
旅 で見聞 した話、人か ら聞いた話 な ども語 られ る。
た。 だが、森 の中では しば しば動物 た ちの 由来 を聞 くこ ともあった。例 えば、 あの鳥 はな
St
ud
ie
ぜ絵 の具 を散 らした よ うな色 を してい るのか、 とい う類 の話 であ る。 だが、彼 らはむ しろ
兎が虎 を負 かせ た り、孤児が土俵 を懲 らしめた りす る トリックス ター的 な知恵比べ の話 を
好み、それが笑い を誘 ったO
そのために葬式 で必ず 唄に吟 じられ る死者 の ゴの領主 コセ に比べ 、ムカの神 の 由来や伝
gn
承 は断片的で、その知識 は聞 き手 の関心 に大 き く左右 され てい るよ うだ った。個人差が非
re
i
常 に大 きいのである。 だか ら伝 承 を知 ってい る人物 を探 し求 めなけれ ばな らなかった。 そ
してそ うい う人物 にナ とノナブの老夫婦がいた。 ナ老人 は 「
消 えた村 」 の話 を して くれ た
Fo
人物 である。
彼 らが語 った話 は誰 もが知 る とい うわけではなかったが、二人 は この話 を親 か ら聞き、
of
親 は祖 父母 か ら聞いた と説 明す る。 そ して二人 は同村 内の結婚 で、幼馴染 で もあった。彼
ity
らが語 った話 はムカを面
巳る儀礼 の起源 を語 るものである。
神 の出立の話
rs
②
ive
(
世界を創造 した)ゾワ23 は用ができて出掛 けることになった。出掛けるに際 して、
さて自分が去ったあ と、誰に人間を任せ るのがよかろ うか、と考えた。もっとも賢いも
Un
のがよかろ うDそこで後継者 を探 しに行 くと、最初に ドスカ と出会った。 ドスカはこれ
を聞いて、まさに自分 こそ適任だ と
ky
o
「
それな ら私ではいかがで しょうか」
とたずねた。 ゾワは
(T
o
「
それでは隠んばを してみよ う。まず私が隠れ るか ら、それ をあなたが探 しな さい」
といった。ゾワは青々と繁ったクルの木に、一枚の葉 となって隠れた。 ドスカは探せ ど
is
も探せ どもゾワが見つか らず、 とうとう降参 して出て くるよ うに頼んだ。
he
s
つ ぎは ドスカが隠れ る番だった。 ドスカは急 ぎ走って川へ行 き、 ドプンと飛び込んで
水中に隠れた。ところがあま りに急いだので足跡 をくっき りと残 して しまい、その跡を
al
T
追ってゾワは簡単に ドスカを見つけた。ダメだ、こいっはいかんせ ん愚かす ぎる。とて
も人間を任せ られない。
Do
ct
or
そこでゾワはさらに探 しに行った。つ ぎに会ったのがムカだった。ムカも自分 こそ適
任 と、
「
それな ら私はいかかで しょうか」
とゾワにたずねた。
ゾワはやは り隠れんぼに誘い、クルの葉 となって隠れた。ムカはクルの木があや しい
と目星をつけたが、どうも確 かでない。そこで葉 っぱをみな剥いで しまった。山積みに
2
3 調査地では/j/は
s)
相 の 中や焼畑 で も、人 々は三三五五集 う。 ここで も身 内の出来事 が主 な話題 となってい
/
Z/に変化するので、ユワ(
Y'wa)はゾワ (
/zwa:
/) と発音される。
82
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
なった葉はやがて枯れて黄色に変色 してい く。ところがたった一枚だけいつまでたって
もみずみず しく青い。 これがゾワだ、 と確信す るとムカはこ う言 った
これ を聞いてゾワは、焼かれてはたま らん、 と姿 を現 した。
St
u
つ ぎはムカが隠れ る番だったOムカは姿を蝿に変え、ゾワの髪のなかに隠れたOい く
die
s)
「
まだ隠れてい るつ も りなら、 この葉 をみんな燃や して しまお う。」
ら探 して も見つ けられず、とうとうゾワは降参 した。そ こでムカを自分の後継者 に選ん
で、人間を任せ ることに した。
gn
ところがこれ を聞いてお もしろくないのが ドスカだった。ドスカは怒ってゾワに戦い
Fo
re
i
を挑んだ。打ちかかる ドスカをゾワが切 り裂 く。す ると裂かれた肉片か らも う一人の ド
スカが立ち現れ る。切れば切 るほ ど ドスカは増え、戦えば戦 うほ ど戦闘は激 しさを増すO
戦闘は終わ りを知 らなかった ムカ も救援 に馳せ参 じたが、やは り戦いはいっこ うに終
。
わ らない。その上、 ドスカはゾワを脅か してこ う言った、
of
「このまま戦い続 けるなら人をみんな喰っちま うぞ」 と。
ity
仕方がないので ゾワは ドスカ との交渉 に応 じ、 ドスカにも人間を任せ ることに した。
当時、人間のゴ (
国)には十軒の家族が暮 らしていた。そ こで七軒をムカに、三軒 を ド
rs
スカに任せ ることに した。それか らゾワは二人に聞いた、世話す るお礼は何がよかろ う
ive
か と.ムカは豚一匹 と鶏-羽 を年に一度食べたい、と言い、 ドスカは七年 ごとに人をひ
とり喰いたい、 と要求 した。そ してゾワはこれ を承知 した。
Un
こののちゾワは山-登 り、山頂まで来 るとクルの木- と上が り、木のてっぺんまで行
くとどこか-消えていった。その ときゾワが足を掛 けて折った枝が今 もそ こにあるとい
ok
yo
う。
(T
この話 には彼 らが好 む知恵比べ がふんだん に盛 り込 まれ 、かつ 、豚 と鶏 を供物 と して犠
牲 とす る彼 らの儀礼 の始 ま りが述べ られ てい る。 マー シャル の記 した宗教儀礼 の起源神 話
is
と同 じで あ る。 これ に従 えば、ムカ とは人間 の世話 を任せ られ た人 間の守護神 で あ る。 で
es
は人 を喰 うとい う ドスカ とは何 であ る と考 えれ ば良いのだ ろ うか。 24 それ に人 間 を人任 せ
Th
に して出立 して しま う創造神 ゾワ とは一体 どうい う神 なのだ ろ うか.
実 は この伝 承 は移動 の文化 の一 隅 を照 らしていたので あ るO だが、それ を論 じる前 に、
al
世界 を創 造 した とす るゾワについ て多少 な りとも言及 しておか なけれ ばな らない。 なぜ な
作 り上 げ られ た、いわゆる改 ざん され た超 自然的存在 だか らで あ る。 その過程 を知 らず に
Do
ct
or
らこの創 造神 は、「
カ レン」の民族形成過程 において もっ とも注 目され 、論 じられ 、そ して
24
ドスカ (
/d〇′
・
S'
ka/
)の文字通 りの意味は 「
巨人」である。マーシャルの 「
巨人の人種 (
Dawt・ka)」
(
Marshall 1922:
233) に相当するOマーシャルはタイに住むカレンがこの巨人を人間の霊魂を喰ら
う悪霊としてとくに恐れ、それゆえに子供を学校-通わせるのを拒否するとしている。
ノナプ老婆は ドスカとは r
人食い鬼キリス ト」だと解説 した。だからキリス ト教に改宗すると必ず身
内の誰かが 7年ごとに一人死ぬことになるのだと付け加えたoこの解釈はメカプ村区内でおきた最初の
0
キリス ト教改宗事件に端を発 している (
第 6章 4節参照)
83
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
(
2)創造神ユ ワ (
ゾワ)の伝来
St
ud
ie
ユワ (
Ywa)は、1
9世紀初 めにメイ ソンがスゴーカ レンの 「
蛇 に誘惑 され る人間」の 1
s)
理解 に至るのは難 しい。
4行の唄 (
タ)で紹介 して以来、 もっ とも熱心に神話が収集記録 された超 自然的存在 であ
Wade1
8
47,Cr
o
s
s1
854,Mas
o
n1
865,Mac
Maho
n1
87
6,Sme
at
o
n1
887,ThanBya
る (
1
901
,Bunke
r1
902,Gi
l
mo
r
e1
91
1
,
Mar
s
hal
l1
922)
。そ してユ ワの語源がユダヤ教の創造
gn
神 ヤハ ウェに求 め られ (
Cr
o
s
s1
854:
3
00)、ユ ワの伝承 は神 を諌 える序言で飾 り立て られ
re
i
(
Mas
o
n1
865:
97,Sme
at
o
n1
887:
245)
、ますますヤハ ウェ と同一視 されていった.
その過程でユ ワは神 としての性格 を変 えていった。「
父なる神」 として、不死 なる全知全
Fo
能 の男神 として装い直 し (
Cr
o
s
s1
85
4:
39,
Bunke
r1
902:
84)、 さらに世界 を創造 したあ と
Mar
s
ha
l11
922:
21
321
6) あるいは死んだ (
Mac
Mahon1
876:
1
03、Har
r
i
s1
940:
に出立 (
of
復活)までが約束 され るよ うになる
1
31
)はずなのに廷 らされ、とうとうその栄光の帰還 (
ity
(
Bunke
r1
902:
92、97・
98)のである。
こ うしたユ ワの神 としての改 ざんは必然的に矛盾 を生みだ した。研究者 たちがそれ に気
。
rs
Mas
o
n1
865:
205) なぜな らユ ワは神話上では、完壁 なまでに全
づかぬはずはなかった (
ive
知全能、不変不滅 の至高神 として存在 してい るのにもかかわ らず、カ レンの 日常生活 にお
いてはまった く存在 しないか らである。 日常でユ ワに祈 りを捧 げることも、貢 ぎ物す るこ
Un
とも、供儀 をす ることもな く、 どのよ うな儀式 も行われていない。 またユ ワの神 の方 も人
間の営み には何 の関心 も示 していなかった。彼 らの 日常 を支配 しているのは、 もっ と別 の
ky
o
さまざまな超 自然的存在や霊魂であった。
マーシャルのカ レン族の 日常は 「
悪魔ムコ リ」 に仕 え、「
悪魔の儀式 」 を行 なってい る と
(T
o
い うのもそれ ゆえであるともいえる (
Mar
s
hal
l1
922:
21
3・
21
6)
。矛盾の説明 としてはユ ワ
の出立や死亡が解決策 となってい るのだ と論 じられた り、つま りユ ワ (
一神教) を拝 しな
is
Mac
Mabo
n
が ら、旅 立 ち とい う形 で 日常儀礼 (
精霊信仰) を維 持 してい るので あ る (
he
s
1
876:
1
201
26、I
,
o
oShwe1
962:
25) とか、あるいは、少 な くとも宣教師 と接触す る以前 に
はカ レンに とってユ ワとは至高神 ではな く、民族差異 も含 めた '自然状儀 一を意味 し、ム
al
T
コ リは悪魔ではな く、カ レンを人 となす '文化状態 'を表 した と解説 された りした(
Ee
yes
のである。
1
977:
5
2
)
Do
ct
or
では調査地においてゾワ (
ユ ワ)は どの よ うに語 られていたのだろ うか。 この創造神 に
ついてはムカの神 の話 を探す よ り遥かに難 しかったO よ うや く探 し当てたのは蜂蜜 の木川
村 に住むパナポ老人であった。彼 な ら伝承に詳 しいのできっ と知 っているのではないか と
い うことだった。彼の祖父は好人物 として この辺 りで広 く知 られていたが、その息子、つ
ま りパナポの父についてはほ とん ど語 られない。村移動がまだ頻繁 に行 われていた頃、彼
の父親 は どの村 にも居 を移 さず 山中で一軒だけで居 を構 えていた。そ して早世 した。その
長男、つま りパナポの長兄は呪術師 (
スラ)であったが、邪術 を使 うとして忌 まれ て死ん
84
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
でい る。パナポ老人 もまた民話 に長 じてい る と知 られ てい る。知識 に通 じる とい うこ とは
呪力 と同義 で、諸刃 の剣 であ るよ うだった。
(
丑 天地創造
St
u
世界はは じめ水だけが満 ちていた。水面はまるで湯が沸騰 しているかのごとく泡だち、
die
s)
パ ナポ老人が語 った天地創造 の話 は以下の通 りである。
沸 き出す泡はあたか も花ひ らく花冠のよ うにみ える。 メス25 のゾワは初 め水面に宿 っ
gn
ていたが、つ ぎに抱の花冠の上に木 を作 り、その木に移 り住んだ。ある日、一片の葉が
ひ らひ らと水面に散 り落ちたOその葉には一匹の幼 虫 (
タポカ)が住んでいたo幼 虫は
Fo
re
i
葉 を食い、糞 (
ふん)をしたoその糞が土 くれ となって漂い出る。
空を飛んでいたクル鳥が水面に浮かぶ土 くれ を見つけ、驚 き急いでゾワに知 らせた。
ゾワがそれを竹の匙で とん とん と打つ と、土 くれは どん どん大きくなって とうとう陸地
of
となった。
ity
ゾワは木の上で四つの卵を産み暖 めていた。豪雨が激 しく降 り続 き、とうとう洪水 と
rs
なって地上を覆い、ゾワのいる木の上まで押 し寄せてきた。四つの卵は溢れ る水に洗い
流 され、それぞれ四方に漂い散った。雨 もやみ、しだいに水が引いて くると、やがて卵
ive
も地上に落ち、そ して割れた。割れた卵か らは言葉の違 う十一の集団がそれぞれに生ま
Un
れ出て、世界の果てまで広がっていったOゾワは洪水が引いたのちに、卵か ら生まれた
子供たちを訪ね、カ レン、タイ、 ビルマ、 白人 とつぎつぎに名付けていった
yo
。
ゾワ とともに天地創造 に携 わ った クル鳥 (
/
t
h
a:
・
k
hl
a
/)とはガザ リオ ウチ ュ ウ (
Gr
e
at
e
r
ok
Rac
ke
t
t
ai
l
e
dDr
o
ng
o
)であるO 二つ に分 かれ た尾羽 の先 にそれ ぞれ ラケ ッ トをつ けた よ
(T
うな細長 く先端 が円形 の羽 を もつ黒色の 中型 の鳥 で、広 く東南 アジアの森林 に生息 してい
る。クル の木 と同様 に聖 なる鳥 であ る。カ レンの創 造神話で 1
9世紀 の ミャンマー に 「
神 (
ユ
is
ワ) とクル鳥 と虫の幼 虫が天地 を作 った」 (
ThanBya1
906:
51
) とい う話や 「
水 の満 ちた
es
世界 か ら創造 され た」 (
Ma
c
Maho
n1
87
6:
1
90) とい う話 がなかったわ けではない。 だがユ
Th
ワがキ リス ト教的絶対神 ヤハ ウェ- と神格化 され てい く潮流 のなかで、それ らが改 めて拾
い上 げ られ ることはなかった。
al
変貌 した神 ゆえに研 究者 を悩 ま し続 けたユ ワではあるが、実 はそれ ほ ど難 しい神 で もな
Do
ct
or
いのである。ユ ワ (
ゾワ) と類似 す る創 造神 は、他 の地域 で も数多 く登場 してい る。エ リ
ア-デ はそれ を 「
『未 開』宗教 にお けるひ まな神 」 としてい る。
エ リア-デ は北 アジア、中央 ア ジア を中心 と してイ ン ド、東南 アジア、北米 大陸-至 る
広 い地域で語 られ る 「
原初の水」型 の天地創造神話 を提示 してい る (
エ リア-デ 1
991
a:
27)
0
それ は原初 の海洋 にい る神 が鳥 を助手 として、その鳥 が水 中か らもた ら した土か ら陸地 を
25
伝承ではゾワアモ (
/zwa:
・
ama
:
/
)と称されるoモ (
/
me
■
:
/
)は 「
母」 と 「
メス」の両義であるが、こ
こでは 「
メス」であることを確認した。鳥のイメージと重ねられるゆえであろう。
85
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
創造す る神話である。
わ ち神 とそ の敵対者 とな って 、 「
悪 や 死」 の侵 入 が語 られ るの で あ る (
ェ リア- デ
St
ud
ie
1
991
b:
1
0・
1
1
)
。そ して、「
神は、世界 と人間を創造 したあと、みずか らの創造物の成 り行 き
s)
アジア と東 ヨー ロッパではさらにそれが 「
二元論」 的意味合い- と展開 してい く、すな
に興味を失って天上に引きこもり、 自分の仕事の完成はほかのある超 自然的存在、ない し
一種のデ ミウル ゴスに委ねて しま うのである。」(
エ リア-デ 1
991
b:
21
9)
。創造神はもはや
人間 との関わ りを失い 「
ひまな神 」 (
デ ウス ・オティオースス) となるのである。
gn
この創造神の引退は、ナ とノナブ老夫婦が語った伝承 と完全 に一致 している。創造神 ゾ
re
i
ワ (
ユ ワ)は、創造物である人間をムカ と ドスカ とい う超 自然的存在 に任せたまま消えて
行 く。人の世話 を任 されたムカは死者のゴ (
国)か ら移住 してい く人々か ら滞在期間 (
寿
Fo
命)や生計の立て方に関する申告 を聞き、人々を送 り出 したのちも、人間のゴで豚や鶏の
犠牲を供 されなが ら、 さまざまな庇護 を与えていたO-方、 ドスカは 「
一種のデ ミウル ゴ
of
ス」(
悪魔)である。カ レン族のゾワ (
ユ ワ)はまさに原初洪水神話の潜水型の 「
ひまな神」
y
なのである。26
rs
it
エ リア-デ と同様 に大林 も 「
人類文化史上の主な諸時期 ない し文化形態によって支配的
な神話や世界像が異なっているとい う見方 自体は正 しい」とし、「
未開な採集狩猟民におい
ive
ても高神 の観念はあ り、創造神 として語 られ る場合が多いが、その創造行為は必ず しも神
話 として詳細に語 られ るとはかざらない」 (
大林 1
975:
37・
38) と指摘す る。彼 も潜水型創
Un
造神話 を紹介 しているが、創造が詳細 に語 られない とい う点において も、創造神 ゾワはこ
のタイプの高神 に相 当 している。
yo
そ して何 よりも重要なのは、両者が指摘す るよ うに、 この型の創造神話が狩猟採集の生
ok
活様式 と分かちがた く結びついているとい うことである。狩猟、漁労、採集 とい う生業形
(T
態 とは、すなわち小集団での移動、分散 してい く形態である。それは人類初期の生業形態
でもある。27 神話 とい う文化の深層心理においても、カ レン族は移動の文化を刻印 してい
is
たのである。
he
s
2.死者のゴと人間のゴを往来す る
lT
(
1
)霊魂 (
ガラ /
k
'
1
a:
/)
姿を見 ることはできないが、確 かにす ぐそばにある死者 のゴ-、あるいはその死者のゴ
Do
ct
or
a
か ら移 り住むのはもちろん生身の人間ではない。霊魂 (
ガラ)である。
タイラーは 「
宗教」の起源 を人の死を巡 る人間心理にあるとした (
吋l
o
r1
871
)
0人が死
ぬ こと、死んだ人の夢 を見ること、その夢の説明 としてある種の実在 を認 めること、それ
26
宣教師が記 した 「
失楽園」版の神話 に、この痕跡がないわけでもなかった。 「
悪魔」 として記 されてい
るム コ リで あるが、かつ ては正義 で あ り聖で あった (
cross 1854:
39) とか、神 の使徒 であった
(
Marshall 1922:
213) とかい う注釈 もあるOだがそれが注釈 を超 えて論 じられ ることはなかった。
27 ェ リア-デはアルカイ ックな構造 をもつ
「
原初の水」型神話 を、先史時代最古期か ら継承 された伝承の
存在 を示す ものであるとしている (
1
9
91
a:
2
3
2
9
)
。
86
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
によって死後まで存続す る 「
霊魂 」 を信仰す るに至ること、 さらに夢における人間以外の
は区別 されて 「
精霊」 とい う存在 にな り、 自然物に 「
精霊 」 が宿 るとす る霊的信仰- と展
開 した とす る。つま り、この 「
霊的存在への信仰 」 がアニ ミズムである。アニ ミズムは 日
St
ud
本語では 「
精霊信仰 」 と訳 され るが、私がカ レン族の宗教 を記述す るのに 「
精霊信仰 」 を
用いない、 さらにいえば 「
アニ ミズム」 さえも用いるのをため らうのは、彼 らの場合、 自
然物に広 く 「
精霊」が宿 るとは とても言い難いか らである。
ign
アニ ミズムは草木虫魚、あるいは森羅万象 に霊的存在 を認 めると想定 されているが、カ
レン族において 「
霊魂」は人間にだけあ り、動物や植物 に霊魂 も精霊 もない。土地の先住
re
者 とい う意味で、た とえば死者のゴを治める領主コセのよ うに、超 自然的存在はいるが、
Fo
彼 らの 「
霊的存在-の信仰」は人間のゴと死者のゴを往来する人間の霊魂に集 中 している0
夢を介 してその実在が証明 され ることはタイ ラーが述べた通 りであるが、だか らといっ
of
て人間を核 に して現 し身 と欝 が合わせ鏡のよ うに二重世界 を構成 しているわけではないO
rs
ity
人間は自然界のほんの片隅に位置 している。む しろ多種多様の動物のほんの一部 として人
間が存在 しているとい う印象を否 めない。なぜな らカ レン族は動物そのものに霊魂 の存在
を認 めないのだが、霊魂 をもつ唯一の動物である人間は、その霊魂のほとん どが動物の霊
ive
魂 によって構成 されているか らである。人間を成 してい るのは動物の霊魂なのである。そ
してそれ らは遊動する霊魂で人間の身体を気ままに出入 りしている。
Un
先行研究でも人間の霊魂については しば しば言及 されてお り (
Cr
o
s
s1
854,Wade1
847,
Mas
o
n1
865,
Mar
s
ha
l11
922,
Mi
s
c
hung1
980)、その数 は 7体 (
Cr
o
s
s1
854:
31
1
) とも 32
ok
yo
体 (
Kuns
t
adt
e
r
,
Ke
s
mane
eandPo
t
hi
a
r
t1
987:
1
57) とも 33体 (
Mi
s
c
hung1
980:
69) と
も、また筆者 の調査地 と同様 に 37体 (
Ra
j
ah 1
984:
349、Kwanc
he
wan2003:
63) とも記
(T
されている。人間 とは、たやす く迷い出て しま う目には見えない霊魂の集合体であって、
それ らの霊魂 をいかに落ち着かせてお くか とい うことが、身体そのもののあ り方 を決 める
is
と考え られていた。あ らゆる体調不良は、抜け出 して しまった、あるいは捉えられて しま
es
った霊魂のせいである。
辺境の地にフィール ドワーク-出ると、その地の人々の壮健 さが讃 えられ ることがよく
Th
あるが、私の調査地では人々はそれ ほど強壮ではなかった。雨季の田植 えで、雨に打たれ
る 日が続 けば風邪 を引き、傷んだ ものを食べて下痢 を し、田起 こしや伐採では隆我 を した
Do
ct
or
al
り、筋肉痛に悩ま された り、毎 日繰 り返 される薪の収集や水汲みは倦怠感 を引き起 こし、
年老いれ ば足や腰が痛み、 目や耳も悪 くな り、子供はす ぐに熱 をだ した り、怪我 を した り
した。そんな調子で村ではいつ も誰かが具合が悪かった。その具合の悪 さが常に霊魂 との
関わ りで理解 され る。ヤーシャル は、カ レンは悪霊におぴ えて暮 らしていると記 している
が(
Mar
s
hal
l1
922:
233・
234
)
、彼 らの 日常は見よ うによってはそ う映ったかもしれない。
村人は人ひ とりにつき霊魂 は 37体あるとしていたが、その うち 1体がもっとも重要で、
それは生命そのものであった。 この霊魂が身体に残 っている限 り、人間のゴ (
国) に在住
87
ie
s)
事物において も、同 じようにも う一つの実在があるとい う観念が生まれ、人の 「
霊魂」 と
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
し続 け、それが身体か ら離れた ら死者 のゴ-戻 る。そ して、死者 の ゴか ら人間の ゴ-移住
よって集 め られ るのがこの霊魂であった。人間のゴにおいて この霊魂 は前頭部の大泉門に
die
/k'
l
a:
・
khb:
・
t
hi
:
/) と呼ばれた.28 ガ ラは 「
霊魂」を意味 し、 コ
宿 ってお り、ガラコテ イ (
s)
す る途 中でムカの神 によって寿命 を記 され るのが この霊魂 であ り、死者 の ゴの領主 コセ に
St
u
テ イは 「
頭部の、最初の」 を意味す る。それ ゆえ誰 もが 自分の前頭部 には 「
寿命」が記 さ
れているとい うのである。
残 りの 3
6体の霊魂 はそれぞれ大 (ド)小 (
チ)の一対か らなっていた。例 えば、ガラー
gn
ズード (
大鼠魂)、ガラ・
ズ・
チ (
小鼠魂)のよ うに、である。 これ らの霊魂が身体 の特定部位
Fo
re
i
に結びつ くことはな く、漠然 と身体全体 に留まってい る。一群 は放浪癖があ り、死者 の ゴ
の住人に誘 われた り、驚いた りす るだけです ぐに体か ら抜 け出 して しま う。 また森 に潜む
悪霊に もたやす くつかまる。む しろ、人か ら積極的に働 きかけなけれ ば身体に定着 させ続
けるのは難 しい一群 であった。 それ ゆえ 日常の さま ざまな機会 にゴガラ (
呼ぶ ・霊魂) と
of
いわれ る招魂儀礼が行われていた。
ity
37体 とい う霊魂 の数か らす ると、一体のガラコテ イ (
主魂)を除いて 1
8組 36体か ら構
成 され るはずだが、必ず しもその内訳は統一 されていなかった。ただ、彼 らの生活 と関わ
rs
りの深い動物群か らなっているのは共通 してい る。豚 (トッ)、蝶蝉 (
サキ)、虎 (
ポ リ)、
ive
負 (
グチ ョ)、犬 (
チュイ)、猿 (
モ リ)、バ ッタ (ドゥエ)、蝶 (
ジ ョゴぺ)、蛇 (
グ)、熊
(
タス)、 トカゲ (ピルボ)、カメ レオ ン (ドレ)な どがあるが、一つ一つ列挙 してもらう
Un
と一般的に数 が増 える傾 向があった (
表3
1参照).
例 えば水 田耕作の家畜 として、あるいは動産 として導入 された水牛 (
ブナ)や牛 (
タ ト)
yo
が入 った り、かつて飼育 した と老人か ら聞いた ことがあるとして馬 (
グセ)や 山羊 (
メ)
ok
な ども入れ られた りす る。つま り彼 らに とって、構成要素 となる個 々の動物が重要なので
(T
はな く、む しろ自分たちを囲む動物群 として 自然界 を代表 していることが重要であった。 29
さらにこれ らの霊魂群の中に、人生の時期 によってその重要性 を変化 させ るものがあっ
is
た。例えば子供時代 (
ポサホ)な ら緑鳥 (
ソゴ)で、娘 (
ムグノ)な らリス (リル)、青年
es
(
ポサ クワ) な ら白い鳥 (トリウ)、既婚女性 な ら山猫 (トチ ョ)、既婚男性 な らムササ ビ
(
ゴズプガ)である。 これ らは誰 にで もあるが、人生のステージが変わることによってそ
Th
の重要性が変化す る。
クロスは人間の霊体 として 「
タ(
thahH、「
ゲラ (
kelah)」、「ソ (
tso)」を認 め、善悪の行為 に関わる
として 「
タ」を魂 (
soul) とし、生命 と関わる 「
ゲラ (
ガラ)」を 「
生命の主体 (
shade)」 とし、「ソ」
per50nal土ty.character) とした く
cross 1854:
309-311)
。調査地では 「
タ」に相 当す
を個性 (
る重体はな く、 「ソ」はガラ ・コテイ (
前頭部 に宿 る霊魂)にあたる。 メイ ソンは 「
ガラ」 を 「
ホーマ
psyche)」 (
Mason 1865:
197)として霊魂 (
soul) で も精神
ーにおける息 と生命 を意味す る霊体 (
(
sp⊥r土t)で もない として、「
ガラ」をそのまま用いて、あの世 とこの世の移動 を論 じている。マーシャ
ルは 「
ガラ (
k′1a)
」を 「
身体の存在 」 と深 く関わっていて、r
人間を生存 させ、健康でいるための力 」
(
MarShall1922:
218) であ り、前頭部か ら出入 りする と記 している (
工bd:
221)
。 これ らの先行研究
の 「
ガラ」の定義は調査地にも当てはまる。
Do
ct
or
al
28
29
クワンチ- ワンはメチャム地方では 32/37の霊魂は森の動物 の中に住んでいるとす る (
Kwanchewan
2003:63)。
88
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
表 3・
1 人間の霊魂の構成
/
d
o
/ 小′
qi
:
/
大
/
k
h
a:
t
hi
:
′
(
乱 豚
トツ
/
t
h
〇′
/
⊂)
Cl
④ . コオ ロギ
サキ
′
S
'
k
i
:
/
⊂)
○
⑤ .磨
ボソ
/
b
〇、
:
S
6
/
○
○
㊨ .負
.グチ ヨ
′
k
'
恥:
/
○
○
(
罫.犬
チエイ
付W王
:
/
〔
⊃
(
卦.蘇
モリ
′
m
つ
、
:
l
i
′
○
Fo
re
i
前頭部
gn
コ7一イ
(
⊃
○
(
⊃
⊂)
(
⊃
○
○
○
○
○
○
○
⊂)
○
ドゥエ
′
d
w
g、
:
′
⑲ .煤
ジ ヨゴぺ
/
C
3′
k
'
p
e
:
/
⑪ .舵
グ
/
帥'
:
/
㊨ .熊
タス
/
t
a
:
s
u
:
/
㊨ . トカゲ
ピル ボ
/
pi
1
B
:
Ⅴ
〇
:
′
㊨ . カメ レオン
ドレ
/
d:
1
色
:
/
②
⑮ . ネズ
緑鳥 ミ
(
同定不明)
ズ
ソゴ
/
2
拙
/
S
〇
、
:
一
g
つ:
/
子供期
⊂)
○
㊨ . リス
リル
/
1
i
:
1
Q
:
/
娘期
○
○
/
t
h
b
:
1
wi
:
/
青年期
○
(
〕
/
t
h
〇
ノ
ー
恥:
/
女性既婚期
○
⊂
)
ゴズプガ
/
k
c
l
:
Zu:
pga:
′ 男性既婚期
○
○
ブナ
/
p
'
n
a
/
○
(
⊃
タト
/t
a:
t〇
′
/
○
○
グセ
/
k
'
s
e
:
′
○
○
㊨ . 山猫
㊨ . ムササ ビ
⑳
馬
(T
牛
ity
rs
es
is
⑳
ok
㊨ . 水牛
ive
yo
トチ ヨ
Un
⑰ . 白い鳥 (
同定不明) トリウ
of
⑨ . バ ッタ
コ
s)
○(一体のみ)
(
D. 主魂
die
説明
カ レン語
St
u
名前
Th
ある夜、 リスが騒が しく鳴 き声 をあげた。 リスは娘たちの重要 な霊魂 であった。 そ して
夜 に鳴 くとい うことは彼女たちの誰かの霊魂 が抜 け出 したのだ とされ、翌 日、村の娘たち
al
すべてに霊魂 を呼び戻 して身体 に縛 り付 ける儀式が施 された。 さもなけれ ば、誰かが死者
Do
ct
or
の ゴ-出立 して しま う可能性があった。
初 めにカ レン族 は動物や植物 に霊魂 を認 めない と断 ったが、厳密 にい えば、調査 当時、
人間のために働 く動物、すなわち水牛 と象 には霊魂が一体ずつあるとされ ていた.しか し、
これ らは人間のガラコテ イ (
主魂) のよ うに生命 その ものではな く、失われ たか らといっ
て水牛や象 が死ぬ ことはな く、ただ病気 になった り、弱った りす る とい うものである。つ
ま り人間の遊動す る霊魂 と同 じよ うにみな されてい る.そ して一年 か、二年 に一度、霊魂
1
2)
0
を呼ぶ儀礼が施 され る (
写真 3・
89
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
しか し、 これ らの動物がカ レン族の間で使役 され るよ うになったのはそれ ほ ど昔の話で
水牛の霊魂 は 「
人のために働 く」 とい う意味で擬人化 された と考 え られ る。
die
また植物 に も霊魂 はない としたが、唯一、稲 には霊魂 があるo確 かに米 は主食 とい う意
s)
はない。象 はチー ク材運搬用 に、水牛は水 田の起耕用の使役動物 として導入 された。象や
St
u
味で重要ではあるが、実際は米 ばか りでな く、 トウモ ロコシや芋、 トウガ ラシも食生活で
同 じよ うな価値 が与 え られてい る。 だが これ らの栽培植物 は霊魂 が認 め られ ていない。 ま
た水牛や象 と同 じよ うに稲の霊魂 も抜 け出 したか らといって稲 が枯死す るわけではない。
gn
b
G
)
:
・
k
'
c
a:
/)
む しろ稲 の霊魂は浮遊す る霊魂であったo稲 については 「
稲 の神 (
ブー
グチ ャ /
Fo
re
i
の導入一焼畑 」 (
第 4章 6節)で詳 しく論 じるが、焼畑栽培 とともに稲 の霊魂 も導入 され、
カ レン族 の霊魂観 の中に位置づ け された と考 え られ る。 ゆえにカ レン族 は基本的に動植物
に霊魂の存在 を認 めない と記 したのである。
ここで重要 なのはカ レン族 に とってガ ラと呼ばれ る霊魂 は人 間のみ に宿 る 「
生命 」であ
of
ること、そ してそれ らの霊魂 の中で 「
人間」であるのは 1
/
37だ けで、残 りの 36/
37は動物
ity
の霊魂か ら構成 されていること、そ してそれ らの動物 の霊魂群 は遊動 を性癖 とす る霊魂で
rs
あることである。つま りあち らこちら- と移動す ることが前提 とされてい る。
ive
(
2)蓋魂の経験⊥夢
霊魂 の行 く先 を知 る拠 り所 として夢があるのはタイ ラーが述べた通 りであった。 なぜ な
Un
ら夢 とは霊魂が経験 してい る 「
現実」だか らである。死者 の ゴか ら人間の ゴ- と移住す る
yo
際 にも、ガラコテ イ (
主魂) は夢 において人間の ゴの人間 と接触 を試み る。
ok
「
小 さな女の子がね。龍を背負ってやってきたんだ。 うちに泊めてくれって。でもね、
(T
もうた くさん子供がいたから、だめだって言ったんだOそ したら、隣の家-行ったんだO」
と深い鍵を刻んだ老女は続けた。
es
is
「
そ して、隣に女の子が生まれたんだ。」
Th
「
見知 らぬ男か らから 2タブ (
硬貨)をもらった。そ した ら双子が生まれた。
」
al
と 40代の男性が言った。
Do
ct
or
これ は子 どもの誕生 をめ ぐって話 された夢 の話である。 人間の主魂 (
ガ ラコテ イ)は誕
生す る以前 に、 自分の滞在先 に受 け入れ を打診す るのである。一般的 には夢 の中で銃や硬
貨、指輪 を受 け取 ると、滞在 を承知 した ことにな り、子供 が生 まれて くる とされ た。 また
夢で人 に会 えば、夢 の中のその人 の霊魂が身体 を抜 け出 して死者 の ゴ-行 っているのであ
り、またそれが見知 らぬ人であるな ら、死者 の ゴの住人である。 だか らどの よ うな人 とど
こで会 って何 を話 したかが、来訪 の理 由を知 るための貴重 な判断材料 となった。 また動物
の夢 をみ ると、 自分のその霊魂が抜 け出 した ことになる。
90
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
夢判断は個 々人で も可能であったが、同 じ夢で も微細 な違 いで判断がまった く異 なるこ
師は卵 を使 った り、籾 を使 った り、鶏の骨 を使 った り、とそれぞれ独 自の判別方法 をもち、
ud
ie
抜 け出 した霊魂や、捉 えた悪霊 を特定す るたけでな く、それ に応 じて霊魂 を呼び戻 して身
体 に縛 り付 ける術 を施す。
St
事例 としては、
Fo
re
た ら、森で彼の霊魂が悪霊に捉えられた と判断 された。
ign
20代の男性 :夢で虫に喰われた。起きると胃が痛 く、治 らないので呪術師に見てもらっ
30 代の女性 :夢で象に追いかけられた。そのあとに頭痛が して体がだるかった。呪術師
of
に見てもらったら、悪霊が彼女の霊魂を捉 えたか らだといわれた。
ity
30代の男性 :夢で結婚式へ行った。 自分の霊魂が迷い出た と判断。
ive
rs
20代の女性 :母親は娘が新 しい夫を得た とい う夢で見た。そ してその夫はとてつもなく
大きな顔 をしていた。それ と同じ頃、彼女の弟が、姉が とても良い豊かな暮
らしを送っている夢をみた。死者のゴは人間のゴとあべこべなので、彼女の
Un
両親は彼女の霊魂が死者のゴ-いったと判断 した。
ok
y
o
どの事例 において も呪術師によってのちに招魂の儀礼が施 された。招魂儀礼は大まかに
3つに分 けることができる。簡単な順 か ら述べ る と、まず迷子 の霊魂 を呼び戻す儀礼があ
(T
る。 これ は一般的 に家 の入 り口の階段 で竹 の匙 を叩いて、霊魂 を呼び戻 し、家の中まで誘
導 して、手首に糸 を巻いて身体 に縛 り付 ける。次に、悪霊 に捕 まった霊魂 を奪回 し、呼び
is
戻す儀式がある。 これ は呪術師が行 う。悪霊 とは腹 をすかせ て森 を うろ うろ してい る弱小
es
の超 自然的存在 で、霊魂 が捕 まるのは、たまたま森 で鉢合わせ して、人質に取 られ たか ら
Th
で、人質解放 のために食糧 をその場所 に置 き、悪霊 を佃喝 して解散 させ、そのあ とに家の
入 り口で解放 された霊魂 を呼び寄せ る。
al
最後 に死者 のゴ (
国)-いった霊魂 を呼び戻す儀式がある。 これが もっ とも難 しく、呪
or
力の強い呪術師が行 う必要があった。死者 のゴとつながる立ち枯れの木の根元 に、飯や酒 、
ct
肉や塩、タバ コや キンマな どを用意 して、や は り竹筒 で叩きなが ら霊魂 を呼び戻す。途 中
Do
s)
ともまれ でなかった。それゆえ往 々に して専門家の呪術師 (
スラ)に判断 を任せた。呪術
であちこちを叩きなが ら、家まで霊魂 を誘導 して、家の入 り口で呼び、最後 は本人 を前 に
して呼んで、霊魂 が戻 ったことを確認 してか ら、霊魂 が伝 わ ってきた 白い糸 を断 ち切 り、
手首に結びつける。
霊魂 が不安定になるのは人間の ゴか ら死者 のゴ-、あるいは死者 のゴか ら人間の ゴ-移
動す る ときであった。すなわち葬式 と誕生の ときである。葬式ではすでに論 じた よ うに死
91
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
者 の霊魂 を追 い従 った り、誘 われ て行 って しま うか らであ り、誕生の ときはや って きた霊
ie
s)
魂 が新 しい肉体 に慣れ てお らず 、遊動 したままでい る可能性 が大 きいか らで ある。
では調査地での出産の事例 を取 り上 げて、遊動す る霊魂 について論 じる。
St
ud
3.人 間の ゴ- の移住 を終 える
(
1) 出産
ign
調査期 間 中に村 内で 2件 の出産 があった。
妊娠 が分 か る と、妊婦 には食 に関 しては さま ざまな禁忌 が課せ られ た。例 えば、 ジャ ッ
re
クフルー ツの よ うな粘つ く樹液 の果樹 (
出産困難)、あるい は亀や蛇 の よ うに順行す る動物
Fo
(
愚 かな子供)、サル (
遊 び好 きの娘)、 リス (
頑 固な子 ) を食す るこ とは禁 じられ た。 し
か し、行動 にはほ とん ど禁忌 はな く、出産 の数 日前 まで平常の労働 に従事す るこ とはまれ
of
でない。 ただ、妊娠 中は霊魂 が脆 弱 になってお り、身体 か ら抜 け出 しやす く、また悪霊 に
rs
ity
悪かれやす いために、森-一人で入 った りす るこ とは忌避 され た。
一方 、夫 の方 は食 の禁忌 はなか ったが、行為 の禁 忌 が あった。例 えば、大蛇 を殺 しては
い けない (
子供 の皮膚 に鱗)、刃物 を農具 の柄 に挿 し入れ てはな らない、種 を撒 いた穴 に土
ive
をかけてはい けない (
困難 な出産)、鍛冶仕事 を してはい けない (
子供 の皮膚 にあ ざ)、他
人 の所有 の銃 を使 用 してはい けない (
斜視 ) な どがあった。 また葬式 で妊娠 中の妻 を もつ
Un
男性 が遺体 を埋葬場-運ぶ役 か ら外 され るのは死者 の ゴ (
国)- 限 りな く接近す るた めで
ok
yo
ある。
(
丑 ノジ ェポの第三子 出産 (
1
987年 6月 20 日)
(T
妻 ノジェポ 2
9歳、夫 トウラ 26歳の第三子、妻の母の家に同居。
夜か ら陣痛が始ま り、まもな く子供が生まれそ うに見 えた。
is
明け方の 4時頃に夫が産婆 を呼びに行った。
es
5時頃か ら陣痛の間隔が短 くなった。小 さい子供に出産 を見せ るのは好ま しくないので、
隣の妻の姉の家-行かせた。
Th
妊婦は分娩用に渡 された新 しい竹の横木 に垂 らされた布 をつかみ、夫が妊婦の身体 を支え
るように して、産婆の介助で座位 において 6時頃に出産 した。
Do
ct
or
al
夫は囲炉裏 の四方 を支 えてい る竹 の柱の一本を削って、尖ったナイ フをつ くり、糸で縛 っ
た勝の緒 をそのナイフで切ってか ら、新生児 を水浴 させた。
産婆はそのあ と、まもな く帰宅 した (
産婆 には後 日、服や布な どの謝礼が支払われ る)
0
後産は高床式の竹の床か ら洗い流 されて下-捨て られた。
夫は厨の緒を竹筒に しまったO
②
1
988年 7月 4日)
デ トウル の第 6子 出産 (
92
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
妻デ トウル 42歳、夫チウイ 47歳、第 6子。彼女にとって 1
0年振 りの出産だった。
母親の家に同居。
s)
逆子だったので、産婆である母親が、頭の位置が下に来るように直 した。
die
夫 と母親の介添えで女児を出産。
St
u
母親が僻の緒を切 り、水浴び させた。
夫が僻の緒を竹筒にしまい、古い布で包んだ。
gn
(
2)霊魂 を呼び寄せ (ゴー
ガラ/
kっ′
・
k
'
1
a:
/)身体 に結ぶ (
ポ・
キ・
ジュ /
p
ho:
I
kュ
:
C
(
d
'
/
)
Fo
re
i
(
丑ノジェポの事例は第一子や第二千 を出産す るときの典型的な事例である。 なぜ な ら子
供が数人誕生す るころには、夫婦 は親 の家か ら独立 してお り、その後 は 自分の家で出産す
るか らである。 その頃になると、夫 もすでに何人かの子供の介助 を経験 してい るので助産
婦の助 けな しでも、妻 の出産 を介助できるよ うにな り、夫婦だけの出産 になる場合が多か
of
った。
ity
第二の事例 は末子誕生か ら十年 を経た高齢出産だったため、妊婦は産月の数 ヶ月前か ら
軽い家事 しか行わず、悪霊 に漬かれ るのを恐れて村か ら出ることはな く、加 えて妊娠後期
rs
に夫 による悪霊払いが行 われた。 また彼女の場合 は母親 が助産婦だったために、助産婦 の
ive
母親 が夫に代わって僻の緒 を切って水浴びをさせた。
村人 に とって出産後 にもっとも大切なのは厨 の緒 の処理である。カ レン族 の家 には四隅
Un
を竹の柱で囲まれた囲炉裏が部屋 の中央 に据 え られている (
第 5章 2節参照)
。分娩 は囲炉
裏の奥で行われ るが、子供が取 り上げ られ ると、夫 はこの竹柱 を削 り取 って、その尖った
yo
先端で僻 の緒 を切 る。家は女性の空間で、囲炉裏 は家の中心である。 そ して、家 と結 ばれ
ok
てい るのがシコムカであった (
第 5章参照)
。贋 の緒 は竹筒 に入れ られて古い布 で包 まれ る。
(T
そ こに新生児の霊魂が宿 っているか らである。
翌 日に、夫 はその竹筒 をもって山-行 き、木 に縛 り付 ける。 30 この 日、村人は誰 も畑仕
is
事に出てはいけない。死 と同様 に誕生 も村の共同作業 であった。三晩過 ぎた四 日目の夕方、
es
父親 は再びその木-向か うOこの儀式 をゴガラ (
呼ぶ霊魂)と呼び、新生児 に霊魂 を結び
Th
つける儀式 をポ・
キ・
ジュ (
子供・
結ぶ・
手首) と呼ぶ。
Do
ct
or
al
(
丑 新生児の招魂儀礼 (
ポキジュ)
父親は森-行って手近な木片を拾 うと、前 日に木-縛 りつけた竹筒を日がけて投げつ
ける。だが、ここで大切なのは必ず左手を使 うとい うことである。脅か し具合が重要だ
か らである。第-投で当てて しま うと霊魂は跳び上がってどこか-飛んで行って しま うO
霊魂をちょっと驚かせて竹筒か ら抜け出させ木-移 らせるのが 目的であった。
父親は近 くの地面を竹の棒で叩きなが ら、霊魂を誘導 し、
「
戻っておいで 戻ってきてお母 さんとお父 さん と一緒にいなさい。森なんかにいるん
。
3
0 マー シャル
(
1922:169) も同様な儀礼を紹介している。
93
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じゃないよ」
を通 り、さらに他の村を通って、念入 りに多 くの場所で呼びなが ら誘導することもある。
翌朝に入 口の階段を竹の匙で再び叩きなが ら、「もう帰ったか」 と父親が三度尋ね、
St
ud
家の中で 「もう帰ったよ」 とその度に答える。
オスとメスの鶏二羽を竹の匙で頭を叩いて殺 して (
血を流 してはいけない)調理 し、
料理を前にもう一度、子供の霊魂を呼び寄せる。
ign
それを白い木綿糸に誘導 し、父親が、次に母親が子供の腕に巻きつけて、霊魂を身体
re
に縛 り付けるのである。家に祖父母がいる場合、まず祖父母か ら、またキ ョウダイ も糸
Fo
を結ぶこともあった。
一方、子供 を送 り出 した死者の ゴの親 たちは、人間のゴ-行 った我 が子 を心配 して、三
of
晩、子供 の様子 を見に来 る。だか ら招魂儀礼が行われ るまでの三 日間はまだ中間的な存在
rs
ity
と考 えられている.その他 に も死者 のゴにおいて、両親が健在である とされ る死 (
1
也:
k∂′
)
がある。つま り帰 るべ き親 の村が死者の ゴにあるとい うことである。一つは 「
一人前 」 に
なったばか りの青年や娘の死で、 も う一つが三番 目の子 を産んだ直後 の産裾死であるbそ
ive
れ ゆえに葬式の事例で示 した 1
7歳の娘の死 も、呪術師が死者の ゴの親が呼び戻 した と説い
たのである。
Un
出産 したばか りの母親 は、産後、身体 を冷やす ことは一切禁 じられ る。そ こで古布 に包
んだ赤子 を抱 きなが ら、火 を焚いた囲炉裏のそばで頭 まです っぽ りと布 をかぶ って身体 を
ok
yo
休 め、水ではな くお湯 を飲み、陰部の傷 口や身体 もぬるま湯で拭 く (
写真 3
1
3
)
O必要 とあ
れ ば傷 口に薬草が塗 られ、あるいは回復 のために煎 じ薬 が与 え られ る。家事 は家の同居者
(T
で分担す るが、た とえ両親がいて も、夫は寄 り添 うよ うに妻 を介護す る。 これは何 をす る
にも夫婦が単位 となるためである。① のノジェポの夫 は妻 の産後 の肥立ちが悪かったため、
is
ほぼ 4ケ月間付 き切 りで妻子の世話 し、その年 の収穫 をほ とん ど得 られ なかった。す なわ
es
ち田畑 よ りも妻 の世話の方が優先 されたのである。
Th
しか し、女性 たちはだいたい産後一週間 くらいで、精米、水汲み、薪割 り、豚や鶏の世
話 な どの家事 をこなす よ うになる。 そ して、一ケ月 もす る と田植 えや稲刈 り、収穫 した米
al
籾の搬入 な どの重労働 にも戻 る。だが、母乳 を与えてい る母親 には依然 として、新たな 「
来
or
子の病気)、野生の豚 肉 (
千
訪者 」である赤子のために食物禁忌が課せ られ る。例 えば、卵 (
Do
ct
も母親 も衰弱)、虎 の肉 (
子の死)、蜂蜜や蜂 の子 (
子の前頭部 に穴)、筒や青 トマ ト (
子の
下痢 による死)、カボチャ (
子 の便秘による死)な どである。
禁忌が解かれ るのは、乳児 の頭蓋骨が成長 して大泉門が閉 じてか らである。大泉門のあ
る前頭部が コテ イと呼ばれ、 この部分 にガラコテ イ (
主魂)が宿 っている。死者 の ゴを出
て くる際に、申請 した滞在期 間 (
寿命)がこの霊魂 に記 されてい る。大泉門が閉 じること
によって、ガラコテ イ (
主魂)が定着 した とみなされ るか らである。
94
ie
s)
と呼びかけて、次第 しだいに家の入 り口の階段まで招 くのである。ときには焼畑や水田
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そ して、その頃 になる と、母親 は初 めての服 を 日中一気 に織 り上げる。夜 を越す と不運
男 の子な ら赤い上着 であった。②デ トウル の一歳 になった娘 が 白い服 を着て外-出て きた
St
ud
1
4)
。それ
ときに、村人たちは 「
女の子だね」、「
娘 らしくなって」 と誉 めそや した (
写真 3-
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子供 に着せ られ る。犬は悪霊が嫌 うか らである。女の子 な らばそれ は白い ワンピー スで、
s)
を招 くか らである。新 しい服は子供の健やかな成長 を願 ってまず石 に、次に犬に、最後 に
まで古着で包まれ ていた子供がその 日を境 に村 の一員 として認 め られた よ うであった.
名前 は誕生後 にす ぐに付 けられ ることは少ない.一年 ほ ど経過 した、 この頃になって よ
ign
うや く名前が付 け られ ることも しば しばである。子供 の名 には両親 の想 い と望みが込 め ら
re
れてい る。男児 には往 々に してパがつ き、女児 にノが付 いたが、 これ は性別 を示す接頭語
である。
Fo
例 えば、男児 な ら、パパ (
正 しい)、バ クチ ョ (
鶏 を見つける)、バル ジェ (
石 と銀)、パ
テ ィゲ (
賢い)、パ リポ (
小 さな花)、ジェクワ (
白い銀)、女児 な ら、ノアプ (
た くさんの
of
稲)、ノ レチ ョ (
前進)、ノケブ (トウモ ロコシ と稲)、ノ トウポ (
一本 の花)な どがあった。
ity
だが、 ときには誕生時の出来事や特徴か ら名づ けることもある。 た とえば、 ノムイ- (
客
が来た)、ノカメ (
がちや 目)、ノニ (しおれた :母親 が出産後 に亡 くな り痩せ ていた)、パ
rs
ウデ (
臭いお頗)、 コデ ィ (
瓶のペニス)な どである。
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男児 にジェ (
銀)が多 く、女児 にプ (
棉)が多いのは、将来-の期待か らである。男子
は現金収入 を得 ることを、女子 は焼畑 で多 くの米 を収穫す るこ とが望まれ た。焼畑 の世話
Un
(
主に除草) をす るのは女性 の役割 である。 こ うして来訪 か ら一年 くらいす る と、す なわ
ち生後一年 くらいす る と、死者 の ゴの住人が人間の ゴ-移 り終 えた ことになる。 それ と前
yo
後す るよ うに行われ るのが、家の神-の報告である。 「
新たな」移住者 の来訪 を神 に伝 えて
ok
来訪者 は人間の ゴの家 の一員 となるO家の神 を紀 る儀礼 に参加す る資格 を得 る (
第 5章 5
(T
節参照)
0
sis
しか し家の一員 となった とはい え、まだ幼児 の霊魂 は安定 してい るわけではない。l
移住
先 である人間の ゴ (
国)が気に入 らなけれ ば、死者 の ゴ-戻 って しま う。それ に加 え、死
者 の ゴの親たちはその後 も しば しば人間の ゴ-行 ったわが子 を心配 して様子 をみに来 る。
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だか ら人間のゴの親 たちは (
や ってきた)子供が人間の ゴを気 に入 るよ うに と、子供 の機
al
T
嫌 を損ねぬ よ うにす る。病気や不機嫌 は子供が居心地 を悪い と感 じてい ることを意味す る。
親 はその恐れ ゆえに家 を移す こともある。
子供 の霊魂は新 しい身体にも慣れていない。だか ら、霊魂 は簡単に抜 け出す。驚 いた り、
Do
ct
or
衝撃 を受 けた りすれ ばす ぐ離散す る。霊魂 が抜 け出せ ばや って来 るのは病気 と死である。
だか ら、決 して子供 を叩いた り、声 を荒 げて叱 った りしない。霊魂 に対す る細心 さは これ
だけではない。幼児 は常 に子安貝や巻 き貝の首飾 りを身 につ けてい るが、 これ は浮遊す る
不安定な魂 の宿 り場所 を提供 しているのである。霊魂 の この よ うな不安定 さゆえに、カ レ
ン族 の子供たちは比較的緩やかな族 の もとに機嫌 の よい楽 しい幼年期 を過 ごす。 31
31
カ レンの育児についてマーシャルは r
私の観察によると、カ レンの両親はあま りにも自分たちの子供 を
95
東京外国語大学博士学位論文 Doctoral thesis (Tokyo University of Foreign Studies)
子供 (
ポサホ)時代は 1
2歳頃に最終段階に入 る。この頃になると霊魂 もそ うやすやす と
ばれ、まだ動物的な、すなわち遊動性 の高 さを残 してい ると考え られ るが、4-5年 ほ ど経
ud
ie
つ と、 この 「
尻尾」が取れ る. そ して一人前の男性 あるいは女性 になった とみな され る.
s)
ポサホ ゴマ) と呼
は抜け出 さな くなる。そ して、その年代は 「
尻尾が残 ってい る子 ども」 (
あるいは男性や女性 の仕事が一人前 に こなせ るよ うになった と認 め られ ることに よって、
St
「
尻尾 」が とれ る。結婚できる状態 になったのである。 その後 しば らくしてか ら、結婚 し、
やがて自分たちの家 をもって人間のゴでの移住 を繰 り返す こととなる0
ign
以上、死 と誕生の事例分析 を通 して、カ レン族のゴ (
国) とは生死 を越 えて同一水平線
上に位置す る共時性 を有す る一つの領域であるとい うことを明 らかにできた。 ゴは太陽の
re
川 下川 上) と上下による方位 を基本 として形成 され てお り、 ゴ
方向 (
東西) と川 の流れ (
Fo
には ゴを支配す る額主がい る。 そ してその額主が建 てた、あるいは蘭主の治める村 (
ジ)
があ り、ジ (
秤)の住人たちはゴ内で森の恵みに拠 って暮 らしを立てている。
of
ゴか ら出て行 くこともあ り得 る。基本的にはよ り豊かなよ り楽な暮 らしを求 めての移動
ity
である。何人かがま とまって集団を成 し、それぞれが新たなゴで生活す るための最小限の
道具を背負 って、徒歩で新たなゴ- と移動す るのである。
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死者のゴか ら人間の ゴ-の移動 は誕生である。ゴは共時的な領域であるゆえに、移住者 、
ive
すなわち子供 には死者の ゴに 「
本来の」親 がい る。 この他界観 は人間の ゴにお ける村や家
の移動を促す ことになる。 なぜ な ら移住先 である人間の ゴが気 に入 らなけれ ば、子供 は死
Un
者のゴ-戻 って しま うか らである。そのために人間の ゴの親たちは子供のためによ りよい
ところ- と家 を移そ うとす る。 また胎児や新生児 は死者 の ゴか らの移住 を確定できないゆ
yo
えに、死 して悪霊 と化す。舞い戻 って くる悪霊 タプ レか ら逃れ るためには村 を移す しか方
ok
法がないのである。
(T
その一方で、死者 の ゴの辺境 には人間の 「
始祖 」 とも呼べ る超 自然的存在 も共存 してい
る。世代か ら世代- とつな ぐ時系列 を体現す る民族的な存在である。 これ らの存在 につい
is
て語 る起源神話 には狩猟、漁労、採集 に基づ く文化が色濃 く反映 されている。 さらに人間
es
を構成す る霊魂 は動物群 か ら成 っていて遊動 を常 としてい る。 この よ うに文化 の深層心理
Do
ct
or
al
Th
ともいえる神話や霊魂 にカ レン族は移動が刻印 され てい るのである。
甘やか しす ぎていて、彼 らのためになるよ うな十分な嫌 を行 っていない」(
Marshall 1922:
170) と
記 している。
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