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「墓地」から「路地」
69 「墓地」から「路地」へ ミサワホーム㈱ 小林秀和 22 家とまちなみ 73〈2016.3〉 原風景としての墓地 路地や広場などの外部空間や、ま ちなみが自分にとって気になり出し たきっかけは何だろうか。ふと思い 返してみた。それは「墓地」ではな いかと唐突に思い至った。 私は大学受験の浪人時代、池袋の 予備校に通っていた。昼休みになる と特に親しい友人もいなかったので、 よく近所に散歩に出掛けた。英単語 写真1 雑司が谷霊園(東京都豊島区) の一つでも覚えればよいものを、毎日 の象徴的空間として視覚的・心理的 のように外に出ていた。それで予備校 に奥行きを感じさせるものとして取り のそばにあった鬼子母神社や雑司ヶ 入れることにした。恐らくこの設計過 谷霊園によく行ったのだ。今思えば神 程のなかで、建築とランドスケープの 社の鬱蒼とした森や墓地の風景が、 関係について一体的に考える面白さ 当時の孤独な心情を癒してくれてい を感じたのだと思う。 たのだと思う。雑司ヶ谷霊園には私の 好きな夏目漱石や永井荷風、竹久夢 〈鷲の巣村〉ヴァンスの 二らが眠っているので、彼らに会いに タウンスケープ 行くような心持ちでもあった。 大学院に進学した後も、研究室の この経験が強く心に残っていたた 研究対象がイギリス風景庭園や日本 め、私は大学の卒業設計の敷地に雑 庭園、都市景観であったため、実際 司ヶ谷霊園を選び、そこに葬斎場を に庭園や古建築を見に行った。その 計画することにした。その概要は、現 どれもが興味深いもので貴重な体験 実の墓地レイアウトは無視して葬斎場 ばかりであったが、私が卒論のテー を計画し、火葬場の中心に塔を建て、 マに選んだのは都市景観──タウン そこに至る道筋に回廊を巡らし、霊園 スケープについての研究である。特 全体にその他施設の斎場や納骨堂を にフランスのコートダジュールに点 点在させながら最後の別れの場まで 在する、通称「鷲の巣村」と呼ばれ のシークエンスを演出するものだっ る中世の山岳城塞都市の一つ、ヴァ た。設計に当たっては、いくつか事例 ンスを研究対象とした。ヴァンスは を参考にしたわけだが、なかでも影響 マティスのロザリオ礼拝堂がそばに を受けたのがアスプルンドの〈森の火 あることでも有名であるが、外周部 葬場 / 森の墓地〉と槇文彦氏の〈風 を城壁が楕円状に取り囲み、内部は の丘葬斎場〉である。別れの空間演 外周に沿って円環状に道路が構成さ 出として、その道行きの空間をいかに れ、中心に広場と塔を持つ教会と市 印象的なものにするかが設計の課題 庁舎が隣接するという典型的でわか となった。そしてエスキスを重ねるな りやすい街区の構成とヴィジュアル かで、塔と回廊が重要なデザインエレ がまずは研究・分析しやすいように メントとなっていく。塔は道行きのシ 思えたからである。 ークエンスの「死を想う」フォーカル 事前にどのようにヴァンスのタウン ポイントとして、回廊は雁行すること スケープを分析するか検討したうえで によって厳島神社の回廊のように日本 若干の不安を抱えつつ現地に入った。 初めて見るヴァンスのま ちなみ。特に魅力的に映 ったのは、 「みち空間」と その利用のされ方であっ た。建物の外壁と石畳の 路地で構成される街路は その他の西欧のまちなみ と同様であるが、さらに 特徴的なのは、まちの所々 に城塞都市ならではの狭 い路地が一部セットバッ クして広場的なスペース があったり、その上部を 住居の居室や廊下が渡っ 写真2 フランス・コートダジュール、ヴァンスの360°パノラマ写真 ていたりすることによる、外部空間の 室内化または公共空間のプライベート も大切にしたい概念だと思っている。 イサム・ノグチの作品「カリフォル 化とでも呼べるような空間の質であ 論文のなかでもヴァンスのタウンス ニア・シナリオ」が偶然宿泊先のホ る。西欧では広場はまちのリビングで ケープが内包する視覚的・心理的に テルのそばにあって見ることができ あると言われるが、住人が路地脇や 連続する関係性をなんとか伝えられ たのが実は一番印象に残っている。 突き当りの小さな空間でもテーブルや ないかと現地を実測調査し、まちの 「墓地」から「路地」へ。墓地は ベンチを置いて、まさしく自分たちの 一部の3Dモデリングデータや 360 度 死後の分譲地。そんな強引に結び付 リビング・ダイニングとしてまち全体 パノラマ写真を作成して分析を行っ けた私自身のこれまでの道行きだっ を室内化して楽しそうに過ごしている た。 たが、学生の頃から早や15 年近く経 のを実際に目の当たりにし、私自身も とうとしている。今後の15 年も何か その空間に居心地の良さを感じること まちなみ塾と海外視察 連続性のあるものとして地続きに感 ができた。私はまず始めにその魅力的 その後、ミサワホームで仕事を始 じられるような道行きであるよう願 な場を支える空間の質を抽出し類型 めてから最初の配属先は商品開発の っている。 化できないか試みることにした。次に、 部署であったが、ひょんなことから 抽出されたそれぞれの空間の性質(入 まちづくりの部署に異動になった。 隅性や求心性等)とその空間から受 その間、出向先で営業をしたりして ける印象(キタイやシンミツ等)の関 いたのだが、今思うのは巡り合わせ 係性がヴァンスの豊かなタウンスケー というのはやはりあって、学生時代 プを構成しているのではないかと仮説 考えていたり見ていたものが繋がる を立てた。その際、タウンスケープの ものだなと感じている。ここ数年で 分析方法として参考にしたのは、ゴ 住宅生産振興財団のまちなみ塾や海 ードン・カレンの『都市の景観』であ 外視察にも参加することができた。 る。なかでも記憶に残っているのは まちなみ塾では、土地利用─造成─ 〈here and there〉 、 〈ここ─あそこ〉 建築─外構─販売までの一体的デザ というキーワードで、タウンスケープ インの理想的なステップを経験でき、 は一つの建物、一本の樹木だけでで 課題提出用に作成した全体計画図面 きるのではなく、その関係性として立 は一生ものの財産である。 ち現れるというのである。この考え方 また平成 26 年に参加した海外視察 は今でもまちなみを考えるうえでとて では、学生の頃に雑誌で知っていた 写真3 イサム・ノグチ「カリフォルニア・シ ナリオ」 小林秀和(こばやし・ひでかず) 2002年明治大学大学院理工学研究 科建築学専攻前期博士課程修了。現 在、ミサワホーム株式会社営業本部 分譲開発事業部分譲企画部企画設計 課在籍。一級建築士。自社分譲事業 や住宅生産振興財団等のJV事業に おけるコンセプト立案から土地利用 計画、建築設計までを手掛ける。主 な参加プロジェクト「リファージュ 高坂」 「ウェルネスシティつくば桜」 など。 家とまちなみ 73〈2016.3〉 23