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アミノ酸・ペプチド・タンパク質:生命を支える主役たち

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アミノ酸・ペプチド・タンパク質:生命を支える主役たち
アミノ酸・ペプチド・タンパク質:生命を支える主役たち
富山大学工学部
准教授
小野
慎
1.はじめに
“アミノ酸・ペプチド・タンパク質”、この中で聞いたことのある言葉はどれでしょうか。
「三つとも知っている。」「一つも知らない。」「聞いたことはあるけれど、何だっけ?---。
」
私たちの体を作り、人としての活動を続けるために、最も重要な働きをしているのがタンパ
ク質という分子です。アミノ酸やペプチドも生命の活動には必要なもので、これらはタンパ
ク質と同じ系列の分子です。何となく気になる私たちの体に関係する、これら三つの分子の
秘密をちょっぴり覗いてみましょう。
2.どんどん小さく考えて
私たちの体はおよそ 60 兆個の細胞で作られているそうです。一体誰が数えたか?という
ことはさておいて、細胞を考えましょう。いろいろな細胞がありますね。皮膚、筋肉、心臓、
骨、内臓、脳、いろいろな細胞が集まって体を作っています。私たちは、普段、自分のこと
を細胞の集まりだと感じることは少ないでしょう。目に見えないような小さな細胞が、人間
という一つの複雑な生物を作っています。とても不思議なことです。
さらに細胞を見てみましょう。細胞の中には核があります。リソソーム、ゴルジ体、ミト
コンドリアもありますね。これらは肉眼では見えませんが、顕微鏡では見えますね。一つの
細胞も、それより小さなものが集まって作られています。
核の中には遺伝子があります。遺伝子の正体は DNA、デオキシリボ核酸です。DNA は、
4種類のちょっと違う仲間(ヌクレオチド)が繋がってできています。4種類というのは、
アデニン、チミン、グアニン、シトシンという塩基に由来しています。遺伝子は一体何をや
っているのでしょうか。遺伝子はタンパク質の設計図です。タンパク質とその設計図(遺伝
子)との関係はどうなっているのでしょうか。
2.タンパク質はどうやって作られる?
タンパク質は細胞の中で作られます。細胞の中の遺伝子が設計図となって、タンパク質を
作り出す(合成)仕組みが存在しています。この仕組みはセントラルドグマと呼ばれ、タン
パク質の設計図である DNA、その鋳型となる RNA という分子、リボソームというタンパク
質合成装置が活躍します。このタンパク質を合成する仕組みの中でも、酵素や転写因子など
のタンパク質が働いて、いろいろなタンパク質を作り出します。日々繰り返される、この仕
組みによって、私たちの人としての活動が維持されているのです。
3.タンパク質は働きもの
タンパク質は体の中でどのような働きをしているのでしょうか。血液中にあって、体中に
必要な物質を運ぶ血清アルブミンや酸素を運ぶヘモグロビンに代表される輸送タンパク質。
体の中でおこる様々な化学反応の手助けをする酵素。食べたものを栄養成分に変えるのは酵
素の働きです。免疫グロブリン(抗体ともいう)などの防御タンパク質は、病原菌やウイル
スなどの外敵から私たちを守ってくれます。この他、セントラルドグマのところで出てきた
転写因子(調節タンパク質に分類される)や受容体タンパク質などもあります。これらのタ
ンパク質の働きは、目に見えない大きさということもあって、実感することは少ないでしょ
うね。
一方、体を作ったり、保持したりするタンパク質は実感できます。コラーゲンは柔軟性あ
る皮下組織を作り、腱やじん帯の中では非常に強い力に抵抗する成分になります。ツメや毛
髪の主成分はケラチンというタンパク質です。ともに構造タンパク質に分類されます。筋肉
が動くのは、アクチンとミオシンという収縮性タンパク質がエネルギーを使って伸び縮みす
るからです。動かないもので実感できるのは、卵の白身の成分、卵白アルブミンでしょう。
私たちの大事な栄養源になります。これらのタンパク質は目に見える形で実感できますが、
それぞれのタンパク質分子が見えているわけではなく、タンパク質分子の集まりが実感でき
るようになっているのです。ここでも小さなものが大きなものを作っていることに気づきま
すね。
4.タンパク質はアミノ酸からできている
タンパク質という分子は目に見えない大きさですが、これよりもさらに小さなアミノ酸と
いう分子がたくさん集まってできています。タンパク質を作る材料になるのは、20 種類の
α-アミノ酸です。α-アミノ酸の中心には炭素原子(α-炭素)があり、これにアミノ基(-NH2)
とカルボキシ基(-COOH)、水素原子(H)が結合しています。科学の世界では、カルボキ
さん
シ基が結合している物質を酸と呼ぶことがよくあります。それで、アミノ基とカルボキシ基
を持っている物質として、アミノ酸と名づけられました。このアミノ基とカルボキシ基がペ
プチド・タンパク質を作ることに繋がります。そのことはもう少し後でお話しします。
5.右と左はやっぱり違う(キラルと鏡像異性)
アミノ酸には、もう一つ面白い特徴があります。それは形のお話です。私たちのタンパク
質の材料になるのは、L体という性質を持ったアミノ酸です。この反対の性質を持つアミノ
酸をD型と呼んでいます。つまり、20 種類のL体のα-アミノ酸がタンパク質を作ります。
私たちの右手は左手とほとんど同じですが、右手をそのまま左手に付け替えると大変なこ
とになることは容易に想像できますね。右足と左足を例にしても同様です。鏡に映った自分
の顔は実際の顔とかなり似ていますが、決定的に違うところがあります。実際の顔の右側に
...
ホクロがあれば、鏡の中の顔では左側にあるはずです。これと同じ性質がアミノ酸にもあり
ます。このように、鏡に映った姿(鏡像)と実際の姿(実像)が重なり合わないという性質
をキラルといい、アミノ酸のL体とD体を鏡像異性体と呼んでいます。
このような性質を持つアミノ酸からできているタンパク質も同じような性質を示します。
体の中には他にもキラルな性質を持っている物質がたくさんあり、それらの物質で作られて
いる人間もまた同様な性質を持っています。それで、右と左はほとんど同じようですが、や
っぱり違うということになります。
CH 3
H2 N
C
CH 3
CO OH
HOO C
C
NH 2
H
H
L-アラニン
D-アラニン
6.いろいろあるアミノ酸
タンパク質の材料になる 20 種類のアミノ酸には、その側鎖(R)によっていろいろな性質
のものがあります。水になじみやすい性質のアミノ酸(親水性)と逆に水となじみにくいア
そすいせい
ミノ酸(疎水性)に大きく分けることができます。親水性アミノ酸はさらに酸性、中性、塩
基性に分けられます。疎水性アミノ酸では、炭素の枝がついているもの、ベンゼン環などの
ほうこうぞく
芳香族環がついているもの、イオウ原子(S)がついているものに分類できます。一風変わっ
たものとして、プロリンという環状のものもあります。このバリエーションの豊富さが、何
万種のタンパク質を作り出します。
R
H2 N CH COOH L-アミ ノ酸の一 般型
OH
芳香族
HN
CH 2
フェニル アラニン
Phe (F)
CH 3
アラニン
Ala (A)
CH 2
CH 2
チロシン
Tyr (Y)
ト リプトファ ン
T rp (W)
CH 3
CH 3
CH CH 3
CH 2
CH CH3
CH 2
CH CH 3
ロイシン
Leu (L)
C
プ ロリン
Pro (P)
CH 3
イソ ロイシン
Ile (I)
S
H
グリシン
Gly (G)
SH
CH 2
CH 2
CH 2
シ ステイン メチオニ ン
Met (M)
Cys (C)
中性
NH 2
NH 2
C O
OH
CH 3
C O
CH 2
CH 2
CH OH
CH 2
CH 2
セ リン
Ser (S)
スレオニン
Thr (T)
OH
O
CH 3
バリン
Val (V)
HN
アスパラ ギン グ ルタミン
Asn (N)
Gln (Q)
NH 2
塩基性
NH
N
CH 2
ヒス チジン
His (H)
NH 2
C
CH 2
NH
CH 2
CH 2
OH
CH 2
CH 2
C
CH 2
CH 2
CH 2
リシン
Lys (K)
NH
アルギニ ン
Arg (R)
酸性
OH
C
O
アスパ ラギン酸
Asp (D)
O
CH 2
CH 2
グ ルタミン酸
Glu (E)
タンパク質を作る20種類の天然アミノ酸の構造と名称、略号
7.アミノ酸とアミノ酸がくっついてペプチドへ
1 分子のアミノ酸のアミノ基ともう 1 分子のアミノ酸のカルボキシ基が反応して結合する
だっすいしゅくごう
と、ペプチドができます。このとき、1 分子の水が飛び出すことから、この反応を脱水 縮 合
といいます。同じ反応が次のアミノ酸でも起これば、いくつものアミノ酸が繋がったペプチ
ドができます。10 個前後のアミノ酸が繋がったペプチドをオリゴペプチド、それ以上のも
のをポリペプチドと呼びます。
アミノ酸が 100 個以上繋がったポリペプチドで特有の構造や
機能を持ったものがタンパク質と呼ばれます(50 個程度のものでもタンパク質といわれる
こともある)。タンパク質ほど大きくないポリペプチドで、私たちの体の中で重要な働きをし
ているものは生理活性ペプチドと呼ばれ、もう一つの主役です。
R1
H 2N
CH
R2
COOH
H 2N
CH
COOH
水分子
H 2N
R1
O
CH
C
R2
H
N
CH
COOH
8.ペプチドも働きます!
生理活性ペプチドは主にホルモンとして、体の中で働いています。ホルモンは、私たちの
体を一定の状態に保つ(恒常性の維持)ために内分泌系で働きます。血流中を流れて作用す
るためその発現は緩やかで、比較的長く効果が続きます。身近なペプチドホルモンの例はイ
ンスリンです。これは血糖値を下げる効果があり、インスリンの分泌や作用に異常があると
高血糖状態(糖尿病)になってしまいます。それでインスリンが治療に用いられています。
この他、ペプチドホルモンは血圧の調節、胃酸分泌の調節、骨からのカルシウム放出の調節
など、恒常性の維持に重要な働きをしています。
最近では、大豆や魚のタンパク質を酵素で分解したものから、血圧降下作用や血糖値降下
作用を示すペプチドが見つかっています。これらのペプチドは健康維持の観点から、容易に
摂取できる機能性食品としての利用が注目されています。
9.ポリペプチドは形も面白い
ペプチドはタンパク質の部品と考えることもできます。この場合には、ポリペプチドと呼
びましょう。ポリペプチドは特有の形(構造)を作る性質を持っています。その形とは、αへリックス、β構造、ターンの 3 種類です。これら 3 種類の形を組み合わせて、タンパク質
は特有の構造(立体構造)を作り、それぞれ体の中で機能しています。
このように、アミノ酸・ペプチド・タンパク質の体の中での働きには違いがありますが、
お互いに関連した分子です。アミノ酸が基本分子になり、これがいくつか集まるとペプチド
やタンパク質となり、全く別の形になって別の作用を発揮します。不思議ですね。
プロフィール
小野 慎
(Ono Shin)(富山大学工学部
准教授)
<略歴>
昭和
平成
60年
九州大学理学部卒業
62年
九州大学大学院理学研究科修士課程修了(前期と後期それぞれ)
元年
九州大学大学院理学研究科博士後期課程退学
元年
熊本工業大学(現崇城大学)助手
4年
富山大学工学部助手
6年
博士(理学)九州大学大学院
7年
米国ジョージア工科大学
8年
富山大学工学部講師
文部省在外研究員
13 年
富山大学工学部助教授
19年
富山大学理工学研究部准教授
<受賞暦>
なし
<研究分野と抱負>
ペプチド科学、生命分子化学、生化学
ポリペプチドをベースにした機能性分子の開発を通して、新しいポリペプチドの利用方法
を提案していきたい。
<連絡先>
〒930-8555 富山市五福 3190
富山大学大学院
理工学研究部(工学)
ナノ・新機能材料
TEL&FAX: 076-445-6845
E-mail: [email protected]
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