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1 / 12 実践ドラッカー研究会 2012 年 10 月 25 日若島敏夫 第 3 章 変化

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1 / 12 実践ドラッカー研究会 2012 年 10 月 25 日若島敏夫 第 3 章 変化
実践ドラッカー研究会
2012 年 10 月 25 日若島敏夫
第3章
変化を捉える企業戦略
164P~
ドラッカーが教えるイノベーションの意味
1 章利益の出し方(経営者が黒字に転換するためにするべきこと)
2 章自ら動く社員をつくるマネジメント(マネジャーが社員の自主性を引き出すためにするべきこと)
Ⅰ.イノベーションなき企業は滅びる
→
変化への対応が企業の生命線
Ⅱ。不況はイノベーションのチャンス Ⅲ.これから生き残る企業の条件
イノベーションの七つの機会
ドラッカーの考えるイノベーションとは、変化をチャンスとして利用し、それまでにない、世の中
を変えていくような新たな価値(製品・サービス)を生み出すことである。技術革新が必要になるこ
ともあるが、イノベーションは技術革新そのものではない。
ドラッカーはいう。
「イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである」「通常それらの変化は、すでに
起こった変化や起こりつつある変化である。成功したイノベーションの圧倒的に多くが、そのよう
な変化を利用している」
(
『イノベーションと企業家精神』ダイヤモンド社)。
そして、変化を探る機会として次の 「七つの機会」をあげる。①~④は企業や業界の内部の要因、
⑤~⑦は企業や業界の外部の要因である。これらはイノベーションに結びつく可能性の高い順番に並
んでいる。
◎イノベーション七つの機会
企業や業界の
① 予期せぬことの生起
内部の要因
予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事、想定
外
② ギャップの存在
あるべき状態やレベルと現実の乖離、不一致
③ ニーズの存在
「プロセス・ニーズ」と「労働ニーズ」
④ 産業構造の変化
脆弱で壊れやすい
企業や業界の
⑤ 人口構造の変化
人口増加や少子高齢化、人口減少
外部の要因
⑥ 認識の変化
日本では水はタダで飲むもの⇒お金を払う
⑦ 新しい知識の出現
新しい技術やノウハウ
(『イノベーションと企業家精神』
)
まず、①予期せぬことの生起だが、これは予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事をいう。
たとえば、勃起不全(ED=Erectile
Dysfunction)の治療薬のバイアグラは、もともとは狭心症の
薬として開発が進められていたが、たまたま勃起を促す効果が見つかり商品化された。育毛剤のリア
ップにしても、もともとは高血圧の薬だった。
つまり想定外のことが起きたら、それが成功であれ、失敗であれ、そこにはイノベーションのチャ
ンスが隠れている可能性がありますよ、ということだ。
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次に②ギャップの存在。これはあるべき状態やレベルと現実の乖離、不一致をいう。たとえば、イ
ンターネットが普及し始めた当初は、大きな画像ファイルなどをダウンロードするにはとても時間が
かかった。もっと速くしてほしいのにできないという「技術的なギャップ」があったからだ。これを
解消したのは ADSL や光ファイバーなどの技術開発であり、こうしたギャップの存在はイノベーショ
ンの有力な機会となる。
需給ギャップや思い込みと現実との認識の違い、消費者不在の一方的な作り手発想なども、それに
気づくことによってイノベーションの機会とすることができる。たとえば、一方的な作り手発想であ
れば、その誤りに気づくことで消費者がほんとうに望んでいる商品作りができるようになる。ギャッ
プを埋めることでチャンスが広がるのである。
③二-ズの存在。これは、顕在化していない潜在的なニーズを探し出し、イノベーションの機会に
することをいう。これについてドラッカーは主に「プロセス・ニーズ」と「労働ニーズ」をあげる。
プロセス・ニーズとは、何かを達成するプロセス(工程、過程)で解決を必要としている弱みや欠点
(=まだ顕在化していない潜在的なニーズ)のこと。労働ニーズとは、人手を必要とする繁雑な仕事
を簡単にできるようにする機会のことだ。
ドラッカーは、これらを見つけることができれば、イノベーションのチャンスになるとしている。
そして具体例として、前者については、印刷の過程で高度の熟練工を必要とした植字作業を自動的
に活字が組める植字機の開発で劇的に変えたドイツのオットマー・メルゲンターラーのケースを、後
者については、電話の急激な普及を予測し、電話交換手から自動交換機への切り替えを進めた AT&T
のケースをあげる。
要するに、必要はイノベーションの母ということだ。
④産業構造の変化。ドラッカーは、産業や市場の構造は安定的に見えるが、実は極めて脆弱で壊れ
やすいという。そのとき、
「昨日までと同じ仕事のやり方をしていたのでは惨事を避けられない」としていち早く変化に目を
向け、イノベーションのチャンスとすべきと説く(
「イノベーションと企業家精神」)。
前世紀の初頭に訪れた自動車の大衆化の波をいち早く捉え、大量生産方式を生み出したフォード社の
T 型フォードはその典型的なケースとドラッカーはいう。
また産業や市場の枠組みが崩れるときは新規参入の最大のチャンスであり、携帯電話で通信事業に
参入したソフトバンクや KDDI などはその最たるものといえる。
⑤人口構造の変化。いうまでもなく人口増加や少子高齢化などのことである。ドラッカーは、
「産業や市場の外部における変化のうち、人口の増減、年齢構成、雇用、教育水準、所得など人口
構造の変化ほど明白なものはない。いずれも見誤りようがない。それらの変化がもたらすものは予
測が容易である。
しかもリードタイムまで明らかである」という(『イノベーションと企業家精神』)。
それはドラッカーのいう「すでに起こった未来」であり、そんな当たり前のことがなぜイノベーシ
ョンのチャンスになるかというと、
「ひとえに既存の企業や公的機関の多くが、それを無視してくれ
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るからである」
(
『イノベーションと企業家精神』)。
つまり、多くの企業は「必ず来る未来」がわかっているにもかかわらず、それを無視して、対応を
考えようとしないのだ。だからこそ、イノベーションのチャンスがあるのだ。
たとえば、少子化による若年層の働き手の減少に対応するため労働生産性を劇的に上げるような製
品開発をする。あるいはシルバー市場の主役になる団塊世代向けにより便利に楽しく暮らせるような
商品・サービスを考える。
このような発想を持てば、人口構造の変化をイノベーションのチャンスとすることができる。
⑥認識の変化。ドラッカーはいう。
「コップに『半分入っている』と『半分空である』とは、量的には同じである。だが、意味はまっ
たく違う。とるべき行動も違う。世の中の認識が『半分入っている』から『半分空である』に変わ
るとき、イノベーションの機会が生まれる」と(『イノベーションと企業家精神』)。
これはたとえば、水を考えるとよくわかる。かつて日本では水はタダで飲むもので、お金を払って
飲むものではなかった。しかしいまではペットボトルに入ったミネラルウォーターを誰もが当たり前
のように買って飲むようになった。同様のことは緑茶についてもいえる。「お金を出して買ってもい
い」と消費者が思うようになったから商品化できたわけで、そうした認識の変化をいち早く捉えるこ
とがイノベーションにつながるのである。
それには常識や固定観念、思い込みを疑ってかかることだ。そうでないといつまでたっても「水に
お金を払う人などいるはずがない」で終わってしまう。
⑦新しい知識の出現。これは、いままでになかった新しい技術やノウハウによってイノベーション
をめざすもので、一般に多くの人がイノベーションとしてイメージする発明、発見による新製品開発
などがそうだ。
ただし、これは不確実で失敗の確率が高い。実用化までのリードタイムが 20 年、30 年単位と極め
て長いうえ、すでに知られている複数の知識をうまく組み合わせる作業も必須になる。それに耐えら
れる資金力と広範な知識や豊かな発想力がないとイノベーションの機会にするのは難しい、とドラッ
カーは指摘する。
逆にいえば、それらの条件を満たせるなら、それこそ世の中を大きく変えるような革新的な製品・
サービスを生み出せる可能性がある、ということだ。
■犯してはならない基本的な五つの過ち
ドラッカーは、これらの「七つの機会」をうまく捉え、その変化に対応することで、イノベーショ
ンのチャンスが開けるといっている。そして組織は、イノベーションをもたらすべく組織されなけれ
ばならない、と述べている。
シュンペーターはイノベーションを「創造的破壊」といったが、ドラッカーは「体系的廃棄」と考
えた。
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「イノベーションの戦略の一歩は、古いもの、死につつあるもの、陳腐化したものを計画的かつ体
系的に捨てることである。イノベーションを行う組織は、昨日を守るために時間と資源を使わない。
昨日を捨ててこそ、資源、特に人材という貴重な資源を新しいもののために解放できる」といって
いる(
『マネジメント〔エッセンシャル版〕』)。
時代に合わなくなった古いものは捨てるべしとドラッカーは繰り返しいう。そうやって自ら変わら
なければ、イノベーションのチャンスとなる変化に対応できないからだ。
ところが、前にも述べたように古いものを捨てるのは簡単なことではない。ドラッカーが指摘する
ようなイノベーションの機会に気づきながら、古いものが足かせとなり、革新の機会をみすみす逃し
て市場から消えていく企業は多い。
ドラッカーは、体系的廃棄を進めるうえで注意すべき点として、次の五つを指摘する。
◎犯してはならない基本的な五つの過ち
①市場が変わろうとしているのに時代遅れの事
鉄道や車の時代⇒馬車
業を放棄できない
②製品やエ程や市場に対して過剰な愛着を持っ
赤字でも簡単には撤退できない
てしまう
③消費者がほしがるすべての種類の製品を持ち
「あれもこれも病」
たがる
④財務面から製品を揃えておくほうが都合がい
儲からない製品でも間接費(減価償却費や人件費
いと考えてしまう
など)の吸収
⑤ほんとうは贅肉なのに筋肉と勘違いしてしま
利益を圧迫するムダな贅肉
う
(『経営の適格者』より構成)
まず①の時代遅れの事業を捨てられない過ち。これについてドラッカーは、
「この製品はすでに流行おくれになっている。どのくらい迅速に製造を止めることができるか」と
考えるべきだといっている(
『経営の適格者』)。
前にも述べたように、鉄道や車の時代がやってきているのに、馬車用のムチも、すぐれたデザインの
ものは市場として生き残りつづけるだろうなどと考えるのは誤りなのだ。
②の製品などへの過剰な愛着。これは、「この企業を作り上げてくれた、この製品を捨てては相す
まんという気持」であり、そういう過剰な愛着は廃棄を妨げるとする(『経営の適格者』)。こういっ
た例はよくあることで、創業者が始めた事業だから、赤字でも簡単には撤退できない、というような
話はよく耳にする。
③のすべての種類の製品を揃えたがる「あれもこれも病」についてドラッカーは、
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「四十回ばかりいろいろと試してみて、一回としてそういう考え方が正しいという結論を得たこと
はない」といっている(
『経営の適格者』)。
あれもこれもでは企業のエネルギーが分散してしまう。強みに集中すべき、ということである。
④の財務面から製品を揃えたがる傾向。これは、あれこれ製品を揃えておけば、儲からない製品で
も間接費(減価償却費や人件費など)の吸収に利用できると考えるからだが、それは違うとドラッカ
ーはいう。儲からない製品を勇気を持って捨てる会社は、すぐに新製品を開発し、それが捨てた製品
に代わって間接費を吸収し、利益も上げる。
儲からない製品を間接費の吸収のために抱えるなど愚の骨頂で、新製品開発を阻害するだけだ。
⑤の贅肉を筋肉と勘違いするケース。これはつまり、売上の割に利益が少ない場合を考えればわか
りやすい。それは利益を圧迫するムダな贅肉がたくさんついている証拠で、それをそぎ落とせば、筋
肉質な利益率の高い会社になれる。ドラッカーはいう。
「組織は油断するとすぐ体型を崩し、しまりをなくし、扱いがたいものとなる。人からなる組織も、
生物の組織と同じようにスマートかつ筋肉質であり続けなければならない」(『経営者の条件』)。
以上の「五つの過ち」に注意し、先の「七つの機会」から革新のチャンスをうかがうなら、企業
には必ずイノベーションのチャンスが訪れる。
私はキヤノン電子の社長を引き受けるとき、ドラッカーの主要作品を読み返した。そして改めて心に
留め置いたのが、
「七つの機会」と「五つの過ち」だった。
この二つは、すべての経営者が旨とすべき最高の経営指南であり、羅針盤であると思う。
■自動車、複写機……「王様」の地位は、すぐに変わるのが市場
ある自動車メーカーの開発部門の責任者からこんな話を聞いた。
「これからまだしばらくは電気自動車は市場として成り立たない。いまの内燃機関のエンジンとハイ
ブリッド型のエンジンがあれば、当分、大丈夫だ。そもそも内燃機関のエンジンは絶対になくならな
い。だから、焦る必要はない。社員にもそういっている」
それを聞いて私は、変化に対する認識がちょっと甘いのではないだろうかと思った。すでに電気自
動車は、明らかに自動車産業に新たな構造変化をもたらしつつあり、チャンスとみた世界中のベンチ
ャーが市場参入を始めている。
というのも電気自動車は、モーターとインバーター(電力変換装置)、電池が主要な構成要素で、
従来の化石燃料を燃やして走る内燃機関の自動車に較べて、やれエンジンだ、トランスミッションだ
などと複雑で膨大な数の部品を必要としない比較的簡単な構造だからだ。必要な部品さえ調達できれ
ば、あとは組み立てるだけで、さほど苦労なく完成できる。
それを考えると、ドラッカーの 「七つの機会」でいえば、四番目の「産業構造の変化」に対して
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あまりにものんびり構えているように見える。そしてそれはまさに「五つの過ち」の一番目、「時代
遅れの事業を捨てられない」過ちにも通じるものを感じる。
何もいますぐに内燃機関のエンジンを捨てる必要はないが、「ハイブリッド型エンジンがあるから
大丈夫」などといって、変化への対応を怠るなら、気がつけば、ドラッカーのいう「馬車のムチ」に
しがみつく愚を犯さないとも限らない。
そういえば、私もずいぶん開発に携わった複写機にしても、かつてはオフィスになくてはならない
「王様」だった。複写機は、何かを書き写す作業を一瞬で代替してくれるまさに革新的な製品で、
「プ
ロセス・ニーズ」の掘り起こしの最大級の成功例の一つだが、いまではコンピュータにオフィスでの
王様の地位を明け渡し、忠実な下僕の地位に甘んじている。コンピュータが普及し始めたとき、それ
がもたらす世の中の変化を予想しきれず、複写機はいつまでもオフィスの王様でいられるという勘違
いがあった。
時代は日々刻々と変化している。ネット販売にしても、あんなものはダメだという人もいたが、い
まではアマゾンもヤフーも楽天もすごい勢いで伸びている。
繰り返すが、イノベーションとは、意識的かつ組織的に変化を探すことである。変化への対応を自
ら怠るなら、大企業といえども市場から退場せざるを得ない。
市場は適者生存の過酷な世界である。
■ギャップの存在に気づいたら、すぐに動けるかどうか
ドラッカーは、
「七つの機会」
の二つ目として、ギャップの存在に気づけば、イノベーションの
チャンスにできるとしている。ギャップの一つに、消費者不在の一方的な作り手発想があるが、キヤ
ノン電子でつい最近、こんなことがあった。
実は、工場でどんなに注意するように指導しても、取り付け作業中に手から落としてしまう部品が
あることがわかった。落とす確率は実に 25%にものぼり(100 回やったら 25 回も落とす!)、新入社
員などはさらに高い確率で落とした。これだけ落とすのは明らかに異常で、要するにその部品が持ち
にくいのだ。普通に持てる部品であれば、そんなに落とすはずがない。使う人の立場に立った設計が
されていないのである。
この間題に関しては何度か「部品落下について指導を徹底中」というレポートが工場の責任者から
上がってきていた。私はその部品の設計開発の担当者が自主的にギャップの存在に気づいて設計変更
に動いてほしかったので、そのレポートが上がってくるたびに「根本的な対策が必要」と書いて開発
部門にも回覧したのだが、担当者は一向に設計変更に動かない。
部品の落下に関する 5 回目のレポートが上がってきたとき、これ以上放置しておくと現場の士気に
かかわると思い、直接、担当者にいった。
現場で作業をしている人が 25%も落として因っているのに、知らんぷりして放っておくようではい
けない。それでは、俺は悪くない、落とすのが悪いと思っているか、所詮、俺の作ったのはその程度
だと開き直っているか、どちらかだ。どのみち、そんな考えでは技術者として進歩はない。自分の設
計した部品に問題があると知ったら、すぐにも現場に足を運んで、なぜ落とすのか、そばで食い入る
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ように見て、場合によっては自分でやってみて、その理由を確かめなければならない。そのうえで落
とさなくてすむような持ちやすい設計に改める。それが次の進歩につながるのだ、と―。
これはあらゆる仕事についていえることである。相手(顧客)のことを考えない仕事では、決してう
まくいかない。ドラッカーもいう。
「イノベーションは常に市場に焦点を合わせなければならない。市場ではなく製品に焦点を合わせ
たイノベーションは、新奇な技術は生むかもしれないが、成果は失望すべきものとなる」
(『マネジ
メント〔エッセンシャル版〕
』
)
。
だからギャップの存在に気づいたら、すぐに手を打たなければならない。それこそが次なるイノベ
ーションのチャンスになるかもしれないのである。
ギャップにはイノベーションのチャンスの芽が必ず含まれている。
それを読み取って素早く動けるかどうか、そういう組織をつくれているかどうか―。
企業の将来は、まさにそういうことで決まるのだ。
■ジョブズの凄さは、システムとサービスの構想力
アップルのスティーブ・ジョブズは、一時、会社を追われるが、後に復帰し CEO になると、iPod、
iPhone、iPad といった斬新な製品を次々にリリースし、世界中で多くの消費者の絶大な支持を得てい
る。
彼は、パソコン、インターネット、携帯電話、ネット配信可能なさまざまなコンテンツなどとの親
和性を考えて、これらの製品を開発している。
たとえば、iPod であれば、パソコンでアップルが運営するインターネット上の iTunes Store にア
クセスし、そこから音楽を購入してダウンロードし、それを iPod に取り込んで、持ち運んで音楽を
楽しめるようにした。自社の提供する製品・サービスのなかで「音楽を楽しむ」という行為を完結で
きるようにしたのだ。それは、それまで単独、単体で存在していたものを、既存の知識を結集して連
結させる作業だった。その後、ジョブズは、ミュージックビデオや映画、ゲームなども iPod に取り
込んで楽しめるようにした。
実はジョブズが行ったことに、画期的な新技術といったものは一つもない。たとえば、タッチパネ
ルにしてもジョブズが開発するはるか以前に、日本で開発された技術だ。彼が凄いのは、ニーズの存
在に気づき、既存の技術を組み合わせることで、それを顧客に提供したという、そのビジネスの構想
力である。
ニーズの存在に気づいたのは、ジョブズ自身が音楽好きということも関係している。彼はこれほどハ
ードディスクの容量が増えている時代に、いちいち CD を入れ換えて音楽を聴かないといけないとい
うことに不便さを感じていたのだ。それよりも、パソコンのハードディスクに音楽が保存でき、それ
を簡単に携帯音楽プレーヤーに移し替えて持ち運ぶことができたら、どんなに便利か。その自分の思
い(ニーズ)をビジネスに結びつけていったのだ。ジョブズは音楽に限らず、絵画などアート全般に
教養が深い。彼のアイデアの源泉は、幅広い教養にあると私は思っている。
同じことが、残念ながら日本のメーカーにはできなかった。たとえば 1970 年代末にウォークマン
という革命的な商品を生み出したソニーは、パソコンを作っているし、グループ内にはレコード会社
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も映画会社もあった。それらが所有するコンテンツをインターネットを介してパソコンやウォークマ
ンと結びつけるという発想があれば、ジョブズより先に市場を制することも可能であったかもしれな
いのだ。
一般に産業における「収益源」というのは、原材料に始まり、機器へと進み、次いでそれを統合す
る仕組み作りへと展開し、最後はサービスで売り上げる方向へ向かう(図 6)。ただし、産業における
収益源は、市場環境の変化でぐるぐると循環する。たとえば、サービスの段階まで収益源が進んでい
るような場合でも、新しい技術開発で新素材が開発されると、たちまち原材料で利益が出るようにな
る。この収益源の推移を予測し、手を打っていくとともに、新たな技術開発などのブレークスルーに
も、常に目を配る必要がある。
(図 6)産業における収益源の推移
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ジョブズの凄さは、システム、サービスへの事業の構想力、展開力が図抜けていることである。
たとえば、iPhone には 10 万本以上の専用のアプリケーション(アプリ)があるが、あれはアプリ
を開発しやすいようにミドルウエア(OS 上で動作し、アプリケーションに対して OS よりも高度で具
体的な機能を提供するソフトウェア)を設計してあるからだ。このためマイクロソフトの OS では動
かないアプリが、どんどん iPhone に持ち込まれる。
アップルの審査に通って、アップルが運営する APP Store で販売されて評判になれば、大金が手に
入るかもしれない。開発者の夢は膨らむ。それで iPhone 用のアプリはますます増える。アップルは
どこで儲けているかというと、アプリの開発者から売上の 30%を手数料として受け取っているのだ。
アプリが乗せやすいデバイス(電子端末)を作り、アプリをアップル社外からも集め、アップルは
アプリを載せるフォーマットをコントロールすることで収益をあげる―。
ジョブズは、そうやってシステム、サービスで儲けるのが実にうまい。
しかも彼が凄いのは、設計から生産までちゃんとわかっていることだ。彼がアップルを追われてい
るときに、私はコンピュータの開発を一緒に手がけたことがあるが、その際彼が一番こだわったのは
生産方式で、いかに少ない人間で速く大量に作るか、当時からとても先進的なアイデアを持っていた。
生産までわかる設計者はめったにいない。ジョブズはやはり稀有な才能とセンスの持ち主なのだ。
もともと手作りでパソコンを作っていた人だから、効率よくものを作るにはどうすればいいか、そも
そもそういうことを考えるのが好きなのかもしれない。
そのアップルもいまや自社工場を持たないファブレス企業である。製造自体は受託生産を専門に行
う企業に出したほうが効率がいいと、ジョブズは考えたのだろう。いま iPhone などの多くは中国で
製造されている。
いずれにしろ、たとえば、日本が海外に新幹線を売り込むなら、車両だけ売っているようではダメ
だ。それでは大した収益はあがらない。ジョブズのように新幹線の運行システム、ノウハウまでをト
ータルで売り込むことが必要である。
■温故知新 ― 古い技術に新たな着想を得る
世の中を変えるような革新的な製品は、既知の技術の組み合わせでできていることが多い。ジョブ
ズの例をみてもわかるように、新しい知識の獲得とは、実は既存の古い技術の組み合わせであること
が多いのだ。
問題は、何をどう組み合わせるかで、その場合、古い技術がヒントになることが多い。25 年、30
年前に出されたまま使われることなく眠っている期限切れの古い特許などはまさに隠れた宝の山で、
私は若い頃は暇さえあれば、特許庁に行って古い特許をあれこれながめていた。
いまはデータベース(特許電子図書館)が構築されており、特許庁が保有する 7700 万件以上の情
報をパソコンで検索することができるが、当時は自分で特許庁に足を運ぶしかなかった。
そうやって古い技術を丹念に調べていると、当時の技術レベルや市場環境ではできなかったが、い
まの技術や市場環境なら十分にニーズがあるかもしれない、という新しいもの作りの着想を突如とし
て得ることがある。
前にも述べたように、ジョブズが iPad を構想したのは 25 年ほど前だったが、当時の技術レベルや
市場環境では、到底実現不可能だった。
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メモリーは高価で容量が小さいし、画面も CRT(ブラウン管)で液晶のタッチセンサーはまだ実用
化されていなかった。逆にいえば、ジョブズは、当時のその程度の技術レベルで、あれだけの製品の
構想をすでに得ていたことになる。
特許は未来を描く。古い特許のなかには、ジョブズが 25 年ほど前に構想した iPad のような革新的
な製品のアイデアの種がたくさん埋もれている可能性がある。
この開発者は、この技術の向こうにどんな未来を思い描いていたのだろうか―。
単に特許に示された上っ面の技術を見るのではなく、そうやって埋もれた技術の本質を読み解くこ
とである。そうすれば、その技術が潜在的に持っている驚くべきパワーが見えてくる可能性がある。
古い埋もれた技術のなかに、誰にも気づかれないまま眠っている、とてつもないイノベーションのチ
ャンスがあるかもしれないのだ。
だから古い技術を丹念に調べて、新たな発想のきっかけにする。そうやって古い技術からヒントを
もらい、いくつかの技術を整理統合すれば、それまで誰も思いつかなかった、まったく新しい発想の
製品を構想できるかもしれない。
イノベーションの大きなチャンスとなる新しい知識の獲得(既知の技術の組み合わせ)には、故き
を温ねて新しきを知る「温故知新」の発想がとても役に立つのだ。
■新製品の開発への挑戦は、失敗しても大した損害ではない
不景気になると新たな開発への挑戦意欲をなくす経営者がいる。お金がかかる、というのが理由だ
が、それは誤解である。
新製品や新技術の開発に挑戦して失敗したとしても、実は損害は大した額にはならない。損害が大
きくなるのは、開発段階から、販売へと向けた「生産」のステップに進む段階である。ここできちん
と精査をしないで、
「次は製造だな」と安易にことを進めて失敗すると、多額の損害が発生すること
になる。開発段階とは損失の桁が違ってくるのだ。
だから、新製品や新技術の開発に対する挑戦を怠ってはいけない。技術開発というものは、一度歩
みを止めてしまうと、元に戻すのは容易ではない。その会社で脈々と培われてきた研究ノウハウを経
営者は大事にしないといけないのだ。
変化へのチャレンジに意欲的な会社は、「アンダーテーブル」を黙認していることが多い。アンダ
ーテーブルとは、机の下で会社に隠れてこっそりと業務外の研究をするという意味だ。いまの自分の
業務とは直接関係しなくても、興味があるテーマをこっそりと研究するのを会社も黙認しているのだ。
そもそも、アンダーテーブルをやるのは優秀な人間が多い。並の技術者であれば日々の業務で手いっ
ぱいで、そこまで余裕がない。
アンダーテーブルを認めている会社は伸びることが多い。有名なのはポストイットを開発したアメ
リカのスリーエムという会社で、勤務時間の 15%以内のアンダーテーブルを昔から認めていた。最
近ではグーグルが業務時間の 20%を新しい研究に振り分けるよう、社員に義務として課している。
業務時間の 15~20%は、経験的にいっても、本業が疎かにならない、ちょうどいい割合だと思われ
る。この割合を超えてアンダーテーブルにエネルギーを注ぎ込んでしまうと、本業に影響が出てきて、
競争相手に負けてしまう可能性がある。
また、アンダーテーブルは時間だけを使うものではない。研究によっては、試作品をつくるなど、
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多少のお金がかかる。会社はその費用も、ある程度までは黙認する度量が必要である。
アンダーテーブルの研究テーマが、ものになりそうだとなったら、会社としてきちんと審議をして、
認められれば、正式に開発がスタートする。
その場合は、前にも述べたように、新しい組織を立ち上げ、その分野のエースを責任者に据える。
従来の組織のなかでやったり、新たに組織を立ち上げても誰かが兼務する形は取らない。古いものを
引きずっていたら、新しい挑戦はうまくいかない。それでは新しい酒を古い革袋に入れるようなもの
だ。
もとより兼務は、
「あちらが忙しくて」などと言い訳の機会を生みやすい。それを許さないために
も、エースを立てて新組織で開発に取り組む。 そうやって退路を断ってことに当たる。背水の陣で
臨まなければ、世の中を変えるようなイノベーションなど生まれてこないのだ。
以上
---------------------------------------------------------補遺(感想)
1. そもそも変化対応業が企業の事業持続可能なものにする。
2. その意味で変化対応も幾段階がある。
① 気が付かない
② 気がついても一部の声
③ 気づいており後追い型変化
④ 変化を先取りし組織的に対応
⑤ 変化を組織風土としてリーダーのもとに変化対応
⑥ 従業員が積極的に変化に参画し組織ぐるみで未来変化先取り対応
3. 特に変化を阻害するものとは何か
◎犯してはならない基本的な五つの過ちはあるが、組織は必ず保守化する。成功体験が壁となる。
そして、大企業病など。他力本願型経営が横行している。業界横並び。
4. 社会的イノベーション日本の成功について(ドラッカー:イノベーションと企業家精神)
「イノベーションは技術に限ったことではない。モノである必要はない。それどころか社会に与
える影響力において、新聞や保険をはじめとする社会的イノベーションに匹敵するイノベーショ
ンはない。
」そこで日本の明治維新以降の「日本は柔道の精神により欧米の道具を使って欧米の侵
略を食い止め、日本であり続けることを目指した。」
「学校や大学、官僚機構、銀行、労使関係の
ような社会的発展、すなわち社会的イノベーションのほうが、蒸気機関や電報の発明よりもはる
かに難しかった。
」
5. イノベーションの原理
① 目的意識 ②分析 ③体系によるイノベーションだけが論ずるに値する。
(1) なすべきこと:①機会の分析、②理論的な分析の問題であり知覚的な問題(現場を見聞
き)③単純かつ具体的なものに的を絞る
④成功のために小さくスタート。
(2) なすべきでないこと:①利口であろうとしてはいけない②多角化してはならない③明日
のためにイノベーションしてはならない
(3) 成功するための3条件:①イノベーションとは仕事でなければならない②イノベーショ
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ンは強みを基礎としなければならない③イノベーションはつまるところ経済や社会を変
えるものでなければならない。
6. 創造的模倣:製品・サービスを発明せず、製品・サービスを完成させポジショニングを確立する。
(顧客の目で見る)生産者でなく、顧客からスタートする。(IBMのパソコンのチャネル戦略)
「但しリスクもある」成功するには市場が明らかで需要もすでに生まれている。鋭敏な触覚、柔
軟さ、市場への即応性、厳しい仕事と膨大な努力を必要とする。
7. 起業家的柔道:もっともリスクが小さく、もっとも成功しやすい戦略。ソニーのベル研究所から
のトランジスタライセンス購入による最初のポータブルラジオの製品化。ゼロックスに対する日
本のコピーメーカーのユーザー志向型製品化。
■まとめ((ドラッカー:イノベーションと企業家精神)
「企業には二つの基本的機能が存在する。すなわち、マーケティングとイノベーションである。こ
の二つの機能こそ企業家的機能である」
(現代の経営)
(1)
イノベーションとは:イノベーションとは偶然の賜物ではなく、目的意識に基づいて行う
体系的な仕事でなければならない。そこで、イノベーションの方法には次の7機会がある。
イノベーションとは:その新奇性、科学性、知的卓越性によってではなく、市場に受け入れられ
るかどうかで決まる。
「より優れた、財やサービスを創造することである。」
「顧客にとっての効用、顧客にとっての価格、顧客の事情、顧客にとっての価値とは何であるか。
」
「顧客が製品に対して支払うものは、われわれにドルをもたらさなければならない。しかし、顧
客がいかに支払うかは顧客次第である。製品が顧客のためにできること次第である。顧客の事情
に合うもの次第である。顧客が価値とするもの次第である。」
(2)
起業家精神とは
起業家精神とは、いかに人を組織し、配置すべきかを通じて、イノベーションを起こすことであ
る。その際のポイントは3つある。
①
イノベーションを受け入れ、変化を脅威ではなく機会とみなす組織をつくりあげる必要
がある。起業家としての厳しい仕事を遂行できる組織をつくる必要がある。起業家的な
環境を整えるための経営政策と具体的な方策。
②
イノベーションを組織に組み込むとともに、イノベーションの成果を体系的に測定す
る必要がある。あるいは、少なくとも評価する必要がある。
③
3組織、人事、報酬について、特別の措置を講じる必要がある。
(3)起業家のとりうべき戦略
① 総力による攻撃
② 創造的模倣と起業家的柔道
③ ニッチの占領(関所戦略、専門技術戦略、専門市場戦略)
④ 価値の創造(効用戦略、価格戦略、顧客戦略、価値戦略)
以上
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