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発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング

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発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング
発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング
大 村 一 史
地域教育文化学部
山形大学紀要(教育科学)第16巻第
平成27年(2015)
月
号別刷
山 形 大 学 紀 要(教育科学)第1
6巻 第2号 平成2
7年2月
Bul
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1
5
2
5
発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング
大村 一史
地域教育文化学部
(平成2
6年10月1日受理)
要 旨
従来、発達障害児の行動改善は、薬物療法や行動療法が中心であったが、これに加えて、
最近は、発達障害児の示す実行機能の不全を改善することに焦点をあてた認知トレーニン
グが注目されている。この背景には、近年、ニューロイメージングを用いた認知神経科学
研究の飛躍的な進展によって発達障害児の脳内メカニズムが徐々に解明され、支援・介入
方法につながるヒントが見えてきたことによるところが大きい。このような認知トレーニ
ングは、対象者の心理・行動面から実行機能を向上させ、行動改善に働きかけることを目
的とする。研究室レベルから商用レベルまで、様々な認知トレーニングが提案されてお
り、発達障害に携わる者たちの関心も高まっている。最近の研究では、よく条件統制され
た実験の下で、効果の有効性を支持する研究結果が多数報告されるようになってきた。タ
ブレット型端末や携帯型ゲーム機の普及により、誰もが手軽にこのような認知トレーニン
グに触れることができる環境が整ってきた現代、実行機能の認知トレーニングは今後の発
達障害の代替治療・支援の一つとしてより広く活用されていくことが期待される。本論文
では、発達障害児を対象とした認知トレーニング研究を概観し、今後の発展可能性を論じ
ていく。
1 はじめに
発達障害児への対応が喫緊の課題となっている教育現場から脳研究に寄せられる期待は
年々高まっている。脳研究の教育分野への貢献は、言語や記憶といった学習に関する神経
メカニズムとその可塑性および発達的変化の理解を中心に、学習障害(l
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LD)、注意欠陥・多動性障害(at
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ADHD)、自閉症
スペクトラム(a
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r
de
r:
ASD)といった発達障害のメカニズムの解明へ
と広がってきた。このような研究成果は、すでに障害児の行動特性を把握する認知機能検
査の基礎となる土台を提供しており、さらに今後は、認知能力の向上や行動改善をめざし
た支援の開発が期待されているところである1)。従来、発達障害児の行動改善は、医学領
域から薬物療法や行動療法が中心であったが、これに加えて、最近は、発達障害児の示す
実行機能の不全を改善することに焦点をあてたトレーニング技法が注目されている2)。こ
のようなトレーニング技法は、脳神経活動の適正化をめざし、自身の脳活動をリアルタイ
ムにモニタリングしながらコントロールするニューロフィードバックに代表される‘神経
93
大村 一史
2
6
トレーニング’と、心理・行動面から認知機能の向上をめざす、ゲームのような遊戯性を
持たせた‘認知トレーニング’の二つに大別される。本論文では、トレーニングに働きか
ける接点として、生理面からのアプローチか、あるいは行動面からのアプローチかによっ
て、便宜的に‘神経’と‘認知’という言葉を使い分けた。実際には両者は相互に影響し
合い、神経トレーニングは、脳機能を最適化することで、行動の改善につながり、認知ト
レーニングは、行動パフォーマンスの向上をめざすことによって、行動改善はもとより、
脳機能・脳構造の変化をも引き起こす3)。神経トレーニングの代表であるニューロフィード
バックについては拙著にて取り上げているため4,5)、ここでは、行動面に焦点を当てた認知
トレーニングについて議論していく。
認知トレーニングとは、広義にとらえれば、
「脳トレーニング」と同義と考えても良いだ
ろう。任天堂DSのゲームソフトで一斉を風靡した「脳を鍛える大人のDSトレーニング
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)」の成功もあり、ここ数年来、
「脳トレーニング」
という言葉自体は日本の社会では広く認知されてきた。この言葉は、脳機能を高め、行動
を改善し、機能回復を導くという社会的なコンセンサスを得ていると言える。より狭義で
学術的な用語を使用すれば、脳機能は実行機能に置き換えられる。つまり、神経科学研究
の知見をもとに考案され、楽しみながら取り組むことができるゲーミフィケーションの要
素を備えた実行機能の向上を狙う認知行動のトレーニングと定義できる。Kes
ha
va
nら
(2
0
1
4
)の総説論文では、認知トレーニングを「潜在的に神経システムの向上をめざし、認
知的あるいは社会-感情的な学習事態を、特別にデザインし、行動的な制約をかせた上で、
測定可能および繰り返し実施可能な様式で行う介入」と定義している6)。また医療的背景
を持つリハビリテーションの視点からは、認知リハビリテーションという用語が使われる
ことも多い2)。
神経可塑性をテーマとしたニューロイメージング研究から、認知トレーニングは、行動
レベルの変化だけでなく、脳機能あるいは脳構造といった神経レベルでの変化をも引き起
こす可能性が示されてきた7)。この神経可塑性の考え方にもとづけば、適切な時期に、適切
な認知トレーニングを行うことに対して、神経システムの変容から導かれる行動改善が期
待されることは合理的であろう。しかしながら、現在の認知トレーニングは研究室レベル
から商用レベルのものまで、様々な種類のトレーニングが玉石混淆している状態で、無批
判で安易な利用は推奨できず、批判的検討を踏まえた上で、実証にもとづく効果を見定め
た利用が重要となる。冒頭で喚起した脳科学と教育を適切に融合させ、社会の期待に応え
る一つのカギとしても、この認知トレーニングは今後の脳科学と教育の橋渡しにおいて大
きな役割を果たす可能性が高い。本論文では、科学的根拠の蓄積を着実に重ねている認知
トレーニング研究のうち、特に実行機能の観点から発達障害を対象とした研究を中心に概
観する。発達障害児に対する従来からの医学的治療や教育支援を補完する新しい支援の形
としての認知トレーニングのあり方を論ずる。
2 発達障害における実行機能
実行機能とは、将来の目標を達成するために、適切に問題処理をこなしていく処理過程
であり8)、ワーキングメモリと文脈情報の統合によって、現在の状況に対処して最適な行
94
発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング
2
7
動を導き出し、遂行するための選択肢に関する情報を維持しながら意思決定を促進する
トップダウン処理である9,10)。実行機能の領域には、
(1
)行動の抑制と実行、
(2
)ワーキン
グメモリと情報のアップデート、
(3
)セットシフトとタスクの切り替え、(4
)干渉の制御
があるとされており、その内容は、言語性と視覚性ワーキングメモリに大別され、これら
に加え、行動抑制、計画性、ヴィジランスなどが含まれるとされる8)。実行機能のモデルは
諸説存在するが、森口(2
0
1
2
)は11)、最近広く受け入れられているのは、Mi
ya
kee
ta
l
(2
0
0
0
)
のモデル12) であるとまとめている。このモデルでは、(1
)抑制機能、(2
)シフティング、
(3
)アップデーティング/
ワーキングメモリの3
要素が高次の認知的制御において特に重要
だと主張している11)。抑制機能とは、当該状況において優位な行動・思考を抑制する能力、
シフティングとは、柔軟な課題切替能力、アップデーティングとは、ワーキングメモリに
保持されている情報を監視し、更新する能力である。この実行機能を実現する脳内の神経
ネットワークは、視床、大脳基底核および前頭皮質含む広範な領域に広く分布していると
されている8)。実行機能は前頭葉と密接に関連しており、特に前頭前野がそのパフォーマ
ンスに関して重要な役割を担っている。後述する注意機能を含めた実行機能系の下位構成
要素間の関係を図1に示しておく。
ታⴕᯏ⢻
ᵈᗧᯏ⢻
ᛥ೙ᯏ⢻
Phonological
loop
䉲䊐䊁䉞䊮䉫
䉝䉾䊒䊂䊷䊁䉞䊮䉫/
䊪䊷䉨䊮䉫䊜䊝䊥
Alerng
Orienng
Execuve
Visuospaal
Sketchpad
Execuve
funcon
Storage/
Rehearsal
Connuous
updang
Control
execuve
Manipulaon/
Dual processing
Orienng/
Alertness
Selected/
Focused
Vigilance/
Sustained
Divided
Serial
reordering
図1.注意機能を含めた実行機能系の下位構成要素間の関係
灰色の構成要素は、ADHDの示す機能不全と特に関係が深いとされるもの
95
大村 一史
2
8
ADHD、LD、ASD等の発達障害児は、脳機能の不全から引き起こされる実行機能の弱さ
が社会的な生きにくさにつながっており、発達障害の理解における実行機能からの研究ア
プローチの重要性は拙著においても指摘している1)。発達障害全般に言えることだが、残
念ながら現段階では、決定的な治療法は存在しない。治療効果が比較的高いADHDへの薬
物療法にもその限界はある2)。そのため、可能であるならば、薬物の力に頼らず、症状を改
善したいという要望は必然的に大きくなっており、その一つが、ニューロフィードバック
への大きな期待の現れとなっている2,5)。このような薬物に頼らない治療法は、障害のある
子どもたちの保護者にとっては特に関心が高い3)。ところが、ニューロフィードバックの
ような神経トレーニングは利用できる施設や機関が限られていたりして敷居が高い。しか
し、行動面に働きかける認知トレーニングならば手軽に利用できるというメリットがあ
る。この認知トレーニングが確実に実行機能の向上に寄与するならば、発達障害領域への
積極的な利用は大変魅力的なものと言える。特に近年は、障害特徴を古典的な類型論的記
述から捉えるよりも、実行機能のプロフィールとして障害児の認知特性を把握することを
重要視するようになってきた1)。このような背景から、発達障害の実行機能の改善をめざ
した認知トレーニングの社会的ニーズは今後ますます高まっていくことが予想される。
これまでに刊行されている学術論文数を探索的に知るために、アメリカ国立医学図書館
の国立生物工学情報センター(NCBI
)が運営する医学・生物学分野の学術文献検索サービ
スPubMe
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p:
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d)を用いて、
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ng”AND“l
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ng
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”
」をキーワード検索した。その結果、2
0
1
4
年9月1
6
日現在、ADHDに関する文献
は2
9
件、ASDに関する文献5件、そして、LDに関する文献は0件であった。ただし、
“c
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gni
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ng”という言葉だけではなく、類語として、
“e
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ng”、
“wo
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、
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ng”、または“at
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(a
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i
ni
ng”
などが使われることも多く、ニューロフィードバックや社会的スキルトレーニングなどを
含めてc
o
gni
t
i
vet
r
a
i
ni
ngとする場合も散見されるため、この数字は正確な文献数とは言い
がたい。しかし、この検索結果から、発達障害と認知トレーニングを扱った論文は、その
ほとんどがADHDを対象としたものであることをうかがい知ることができる。そこで、本
論文では、障害種によらず、実行機能関連の能力のうち、研究が盛んな(1
)注意機能、
(2
)ワーキングメモリ、
(3
)抑制機能の3
つを取り上げて、それぞれの認知能力の中で各障
害について言及していく。
上記の検索結果を反映するように、様々な精神障害に対する認知トレーニングの現状を
まとめ上げた総説においても、ADHDに関しては多くの記述がなされているが、ASDに関
しては、社会的スキルや社会的認知の向上に関する研究が中心で、本論文で取り上げるよ
うな認知トレーニング研究は極端に限定されているのが現状である6)。さらに、LDに至っ
ては、発達性読み書き障害(dys
l
e
xi
a
)児への音韻知覚のトレーニングに限られている程
度に留まっている6,13)。このようにADHDが認知トレーニングの主なターゲットとなって
いる理由は、ADHDの障害特性の多くが、比較的容易に実行機能の不全から説明できるこ
とにあるからであろう。ADHDは、衝動性、注意散漫や多動を特徴とする発達障害であ
り、その行動特徴の組合せから、不注意優勢型、多動性-衝動性優勢型および混合型に分
類される10,14)。その背景にある生物学的メカニズムとして、神経伝達物質であるドーパミ
96
発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング
2
9
ンの異常や、前頭葉-線条体(f
r
o
nt
o
s
t
r
i
a
t
a
l
)のシステム不全が指摘されており、この実
行機能と深く結びついた神経基盤と表出する認知行動との関連性から、現時点で、認知ト
レーニングの効果が最も期待できる障害がADHDなのである。さらに最近では、ADHDの
二重処理理論(Dua
l
Pr
o
c
e
s
sThe
o
r
y)が提唱され、行動抑制に代表される認知コントロー
ル機能(実行機能系)と将来の報酬の価値を適切に判断する機能(報酬系)の二つの処理
系統の不全が指摘されている15,16)。今後は実行機能の認知トレーニングに加えて、報酬機
能系をターゲットとした認知トレーニングも登場してくるものと思われる。
(1) 注意機能
注意機能は、非常に汎用的な認知機能であるため、実行機能の理論モデルの枠組みの外
に位置づけられてはいるが、実際には、実行機能全体に影響する認知機能として、認知ト
レーニングの中心的な対象となっている。現在の注意機能の理論モデルでは、注意は単一
の機能ではなく、複数の独立した下位機能(Al
e
r
t
i
ng、Or
i
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nt
i
ng、Exe
c
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i
ve
)からなるネッ
トワークにより構成されていると考えられている(図1)17)。Al
e
r
t
i
ng(注意の喚起機能)
は、予測される刺激に対して、反応準備を高め、維持しておく能力である。Or
i
e
nt
i
ng(注
意の定位機能)は、複数の選択肢からある情報を特定し、選択する能力である。Exe
c
ut
i
ve
(注意の実行機能)は、対象をモニタリングし、複数の処理を同時に遂行する能力である。
Po
s
ne
r
の研究チームは、刺激の一致・不一致のコンフリクトを検出する能力を測定する
Fl
a
nke
r
課題18) を応用した「At
t
e
nt
i
o
nNe
t
wo
r
kTe
s
t(ANT)」を開発して、上記3
つの注
意機能の測定を可能にした19)。ADHDにおける注意機能の総説では、Po
s
ne
r
ら(1
9
9
0
)の
モデルをさらに細分化あるいは統合した上で、以下の4
つの下位構成要素に焦点をあてて
いる(図1
)20):Or
i
e
nt
i
ng/Al
e
r
t
ne
s
s(優先度の高い刺激に対する覚醒を促進する能力)
、
Se
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f
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t
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n(他の処理を抑えつつ、注意すべき対象へ注意を向ける能力)、
Di
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t
t
e
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i
o
n(複数の課題に対して、同時に注意を向けたり、反応したりする能力)、
Vi
gi
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s
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t
t
e
nt
i
o
n
(警戒状態を保持しつつ精神活動を維持する能力)。Rappo
r
t
ら(2
0
1
3
)は、それぞれ4つの能力が、ADHDではどの程度損なわれているのかを、効果
量を指標にした研究を総合的に検討することで、ADHDではVi
gi
l
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t
t
e
nt
i
o
n
の不全が最も大きく、他の3
つはそれほど問題ではないという結論を導いている20)。
ADHD研究ほど数は多くないが、ASDでは、顔認知の特異性や固執傾向に関連して選択的
注 意(Se
l
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i
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f
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c
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t
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i
o
n)の 問 題 が 指 摘 で き21)、LDで は、持 続 的 注 意 機 能
(Vi
gi
l
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e
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ne
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t
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e
nt
i
o
n)の不全が指摘されている22)。
(2) ワーキングメモリ
ワーキングメモリ(wo
r
ki
ngme
mor
y)は、限られた記憶容量の中で、一時的に内部に
蓄えられた情報を保存、リハーサル、アップデート、操作し、それらを統合する認知シス
テムである20)。理論的には、音韻ループ(pho
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l
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gi
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ll
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p:
言語情報の維持と操作)、視空
間スケッチパッド(vi
s
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pa
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ke
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c
hpa
d:
視空間情報の維持と操作)と、両者を監督し、作
業を統合する中央実行系 (e
xe
c
ut
i
vef
unc
t
i
o
n)から構成される(図1)23)。最近は、さら
にモデルが異なった視点から細分化され、ワーキングメモリをワーキング(wo
r
ki
ng:
c
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i
ve
)とメモリ(memo
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s
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r
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he
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r
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l
)の二つの下位構成要素に分け
97
大村 一史
3
0
て論じられることがある(図1)20)。従来の区分方法である音韻ループと視空間スケッチ
パッドの下位構成要素は、短期記憶(s
ho
r
t
t
e
r
m me
mor
y)の視点から捉えられた区分と
いえる。メタ分析的なニューロイメージング研究から、連続的アップデート(c
o
nt
i
nuo
us
upda
t
i
ng)、操作/二重処理(mani
pul
a
t
i
o
n/
dua
lpr
o
c
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s
s
i
ng)、および直列的再整理(s
e
r
i
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r
de
r
i
ng)が、それぞれが互いに関連しあうワーキング(c
e
nt
r
a
le
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c
ut
i
ve
)の下位構成
要素として仮定されている24)。
ワーキングメモリは、発達障害を考える上でも、非常に重要な概念として捉えられてお
り、いずれの発達障害においても関与することが認められている。Ra
ppo
r
t
ら(2
0
1
3
)は、
ワーキング(c
e
nt
r
a
le
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c
ut
i
ve
:
中央実行系)とメモリ(s
t
o
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r
e
he
a
r
s
a
l
:
貯蔵/
リハーサ
ル)を区別した上で、発達障害、とりわけADHDの治療にあたることが重要であると主張
している20)。ワーキング(c
e
nt
r
a
le
xe
c
ut
i
ve
)は、記憶機能だけに留まらず、算数、読み、
聴理解、問題解決、流動的推論などにおよぶ学業・知的活動に至るまでの幅広い領域で重
要な役割を担うことが指摘されている25)。これに対して、メモリ(s
t
o
r
a
ge
/
r
e
he
a
r
s
a
l
)は、
より限局した領域である学習成果との関連が強い26)。効果量を指標として、どちらが
ADHDにとって重大な問題を引き起こしうるかを検討した研究から、ADHDではワーキン
グ
(c
e
nt
r
a
le
xe
c
ut
i
ve
)
の効果量が大きく、ADHDの約8
1
%にワーキング(c
e
nt
r
a
le
xe
c
ut
i
ve
)
の不全が見られることが報告されている27)。そして、このワーキング(c
e
nt
r
a
le
xe
c
ut
i
ve
)
の不全とADHDに関連した主症状と低い学習成果・教育成果との間には強い相関が見出さ
れている28-30)。Ra
ppo
r
t
ら(2
0
1
3
)は、ADHDに対しては、ワーキング(c
e
nt
r
a
le
xe
c
ut
i
ve
)
への介入を中心としたトレーニングを行うことが効果的であるとまとめている20)。
室橋(2
0
0
9
)は、LDの読み書き障害に関して、読み能力の獲得と流暢な使用に際してワー
キングメモリが重要な役割を担うことを指摘している23)。また、ASDでは音韻性のワーキ
ングメモリと視空間ワーキングメモリの容量との間に乖離があることが報告されており31)、
定型発達圏内でもASD傾向の高低によって、同様の傾向があることが見出されている32)。
(3) 抑制機能
行動抑制は行動の新規発現を抑えておくことや現在進行中の行動の制止に関わる行動制
御の認知的処理である20)。この行動抑制の制御能力が適切に機能しないと、衝動性という
表出行動となって観察される。衝動性とは、考えや行動の抑制に困難を示すことに特徴づ
けられるパーソナリティ特性であり、ADHD、統合失調症や反社会的人格障害等の様々な
精神疾患、前頭葉症状などで共通してみられる9)。従来、Ba
r
kl
e
yら(1
9
9
7
)の理論から33)、
この衝動性に起因する行動制御の困難さがADHDの本質的な障害であるとの考え方が支
持されてきたが、最近のメタ分析研究からは、ADHDが示す行動抑制課題での成績の低下
は、衝動性そのものよりも、むしろ注意機能やワーキングメモリの不全から説明されうる
可能性が高いことが報告されている20,34,35)。ADHDの行動抑制についてまとめたRa
ppo
r
t
ら
(2
0
1
3)は、上記の仮説を支持し、ADHDの衝動性に対する行動抑制の不全の影響は弱い
かほとんどないと結論づけている20)。この主張は、これまでのADHDにおける認知機能観
を大きく変え、教育支援のあり方にまで影響すると考えられ、大変興味深い。認知トレー
ニングの立場から考えれば、行動の制御に困難を示すADHD児に、注意機能やワーキング
メモリを向上させるトレーニングを実施することによって、結果として、行動抑制の不全
98
発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング
3
1
に起因する衝動性を低減させることが可能なことを意味している。このように、実行機能
の下位構成要素間の関係を適切に把握することは、トレーニングの般化をより効果的に促
進する上で重要になるだろう。
3 認知トレーニング
認知トレーニング研究の関心は、高次脳機能障害、高齢者やアルツハイマー病などの精
神障害のリハビリテーション、発達障害を含む子どもの認知発達に焦点が当てられてきた
背景がある。さらに最近では、障害の有無によらず、健常者までを含めて広く人間全体の
認知能力の向上までも見据えた研究が展開されつつある7)。基本的に、トレーニングはコ
ンピュータプログラム上でゲーム様の認知課題を継続して行うことで、ターゲットとする
認知能力を高めることを狙いとする。通常、トレーニング群と統制群に分け、ある程度の
トレーニング実施期間を経た上で、トレーニング前後で認知機能の評価を比較する研究ス
タイルをとっている。最近は、倫理的な配慮から、完全な統制群ではなく、研究終了後に、
トレーニング群と同様のトレーニングを受けることが可能なWa
i
t
i
ngl
i
s
t
に載せることを
条件に実験参加を求めることが多い20)。また群分けを完全ランダム化し、二重盲検プラセ
ボ対照試験によって計画された研究が要求されるようになり、より厳密で結果の確証度が
高い研究が実施されている。本章では、発達障害を対象にした認知トレーニング研究がど
のように展開されているかをまとめる。研究の動向を鑑み、ここでは発達障害の中で
ADHDを中心に取り上げ、ASDおよびLDは補足程度にとどめ、全体の概要をまとめ上げ
ることにする。
(1) 注意機能を対象とした認知トレーニング
注意機能に働きかける認知トレーニングの始まりは、脳障害のリハビリテーションから
であった3,36)。注意機能は、社会的行動や学業成績においても中心的な役割を果たしている
ことから、教育分野、特に子どもの学習にとっては大きな影響力を持つ。神経可塑性の観
点から、注意のコントロール機能が向上すれば、それに関連した脳機能・脳構造の変化が
期待できる。Po
s
ne
r
ら(2
0
0
5
)も注意機能のトレーニングの学校場面での介入効果を行動
面および神経学的な面から指摘している37)。そして、子どもを対象として注意機能の測定
を可能にする「Chi
l
dve
r
s
i
o
no
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heAt
t
e
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i
o
nNe
t
wo
r
kTe
s
t
(Chi
l
dANT)」38) を利用し
て、4
歳~6
歳の子どもに対する注意機能のトレーニングが、遺伝的な修飾を受けながら、
実行機能と知能に影響することを報告した39)。
ADHDへの実際的な適用はKe
r
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ら(1
9
9
9)の研究で試みられ、注意機能のトレーニン
グが他の認知領域の機能改善までに転移(般化)するかまでも検討された40)。1
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」)が、週2回として8週間続けられたところ、注意機能の向上だけでなく、そ
の効能が学業効率の上昇までに転移した40)。その後も同様の研究報告は続き、Ta
mmら
(2
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1
0
)は、同じ「Pa
ya
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」プログラムを用いた1
6
回のセッション後、注意機能の
向上と共に、流動性推論とワーキングメモリの改善を確認した41)。注意機能のトレーニン
グの他の認知領域への転移例としては、読み理解の向上など、学力との関連が直接的な能
99
大村 一史
3
2
力との関連も報告されている42)。Ra
bi
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r
ら(2
0
1
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)は、注意機能向上が厳密に学力向上に
転移しうるかを「Co
mput
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ra
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mput
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(CAI
)」の二つのトレーニングを用いたランダム化した実験計画によって検討した43)。
CATは視聴覚課題において、s
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i
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nを高めることを目的とした統合的プログ
ラムで、CAI
はドリル的な繰り返しにより読み能力や算数能力を高めることを目的とした
教示を主体としたプログラムであり、前者は認知機能を高め、後者は学力を高めるように
用意された。どちらも注意機能を高めることが確認され、特にCAI
は即時的な読みの流暢
さや学力の教師評価につながっていた。ターゲットとする学力領域に直接働きかけるCAI
トレーニングの方が短い時間軸で捉えた場合には効果が高いことが示されたが、今後は、
長期的な効果としては、両者がどのように影響するのかを詳細に検討していく必要があ
る。また現段階ではASDやLDを対象とした研究はほとんどないので、ADHD以外の発達
障害への適用可能性もあわせて行っていくことが必要であろう。
(2) ワーキングメモリを対象とした認知トレーニング
これまでの研究から、ワーキングメモリの不全は発達障害の根底に共通して存在する可
能性が高いことが指摘されている。注意機能の改善同様に、ワーキングメモリ容量の拡大
が、知能など他の認知領域への転移効果があると考えられており、とりわけ、ワーキング
メモリの改善がADHDの症状を低減することは繰り返し報告されている3,44)。基本的に、
トレーニング方法は、現在呈示されている刺激がn回前の刺激と同じかどうかを判断する
nba
c
k課題にもとづいて構成される事が多い45,46)。代表的な例として、Kl
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ngbe
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gら(2
0
0
2
)
の視空間-言語性ワーキングメモリ課題をプログラムとして用いた研究が挙げられる。サ
ンプルサイズは各群7
名ほどと少ないものの、5~6週間に及ぶ約2
5
セッションを実施し、
個人個人の能力にあわせて難易度を調整したトレーニングの結果、トレーニングを行った
視空間ワーキングメモリ課題だけでなく、トレーニングを行っていない同様の課題におい
ても成績向上が確認された47)。続く、2
0
0
5年の研究では、サンプルサイズを約5
0
人と大幅
に増やし、よく統制された実験計画に則って、
「Co
gMe
d」という視空間ワーキングメモリ
のトレーニングプログラムを実施した。その結果、ワーキングメモリそのものの改善に加
えて、St
r
o
o
p課題やレーヴン色彩マトリックス検査の成績までも向上したことを認めた48)。
同研究チームのOl
e
s
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nら(2
0
0
4
)は、このワーキングメモリトレーニングによって、行動
面の変化だけでなく、前頭前野と頭頂葉の脳活動が増加することも示しており、脳機能の
面からも科学的実証に基づくトレーニング効果の裏付けを提出している49)。その後、
Kl
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ngbe
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gの研究チームはワーキングメモリのトレーニングの有効性を数多く示し、
「Co
gMe
d」
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gme
d.
c
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m)を商用ベースに乗せるまでに発展させた。現在で
は、
「Co
gMe
d」は多くの研究者によって広く利用されe.g.,50,51)、ワーキングメモリのトレー
ニングプログラムのゴールドスタンダードとしての地位を築いている。Hol
me
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ら(2
0
1
0)
の研究では、トレーニング終了後6ヶ月程度でも、その持続効果が認められており50)、効
果的な適用を行えば、永続的な行動改善につながる可能性が示唆される。注意機能のト
レーニングと同様に、ASDやLDにおける研究報告が極端に少ないが、前章で述べたとお
り、ワーキングメモリの発達障害共通の普遍的特性を考慮すると、十分に効果を上げるこ
とが期待できる。
10
0
発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング
3
3
(3) 抑制機能を対象とした認知トレーニング
前述の注意機能とワーキングメモリに比べて、抑制機能のトレーニングを直接謳った研
究は報告が少ない。注意機能やワーキングメモリのトレーニングの中で、行動抑制を測定
する実験課題として広く用いられているGo
/
No
go
課題、St
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課題、St
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p課題ある
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課題などが組み合わされることがほとんどである。昼田(2
0
1
1
)の論文では、
認知トレーニングというよりも身体的なリラックスを通じたセルフコントロールの視点か
ら、ヨガや座禅などで行われる調息法が紹介されている2)。
直接、抑制機能をターゲットにした認知トレーニングが、注意機能やワーキングメモリ
を対象としたものと比較して極端に少ないのは、これまでの認知トレーニングの視点が、
実行機能系のみに偏っていたためかもしれない。2章で述べたように、最新のADHDモデ
ルでは、実行機能系と報酬機能系の二重処理理論が提案され、認知のコントロールに加え
て、報酬のコントロールの重要性も指摘されている3,15)。これまで報酬機能系の議論は、心
理学よりもむしろ行動経済学の分野でなされることが多かった。一般的に、人は報酬獲得
の選択場面において、目先の小さい報酬を得るか、我慢して将来のより大きな報酬を得る
かを天秤に計り、現時点で最適な意思決定を行うのであるが、抑制機能が十分に機能して
いないと、即時低報酬を選択しやすく、結果として、効率的に生きていくことに困難さが
生じやすい。Mi
s
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ら(1
9
7
2
)のマシュマロテストの実験結果に示されているように、報
酬の価値判断に対するセルフコントロール能力は、将来の社会生活を営む上で非常に大き
な比重を占めている52)。また、教育投資効果の視点から、就学前の抑制機能の高低が将来
の社会的成功に結びつくことが報告されている53)。He
c
kma
n(2
0
1
2
)は、1
9
6
0年代に、経
済的に恵まれない3歳~4歳のアフリカ系アメリカ人の子どもたちを対象に就学前教育を
行ったペリー就学前計画の介入結果を分析した。介入を受けた子どもと、受けていない子
どもを4
0
歳時点で比較したところ、介入を受けた子どもは、高校卒業率や持ち家率、平均
所得が高く、生活保護受給率や逮捕者率などが低いことが見出された。Sc
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ら
(1
9
8
8
)は、就学前の子どもたちに対して、この目先の欲求を我慢するセルフコントロール
能力をトレーニングすることを試みた54)。その結果、このトレーニングにより、目先の小
さな報酬よりも、将来の大きな報酬を待てるまでに十分なセルフコントロール能力を向上
させることが可能なことを示した。
抑制機能のトレーニングが非常に重要なことは示されているが、単独での利用では、そ
の効果が発揮されない可能性がある。本論文で扱うコンピュータベースの狭義の認知ト
レーニングの範疇では、抑制機能のトレーニングは、単独というよりも、注意機能やワー
キングメモリのトレーニングに内包されることが多いようである55)。これは、ワーキング
メモリと抑制機能がかなり密接に関連し合い、それらの神経基盤にも共通部分が多く存在
することからも合理的であると言える56)。その証左にワーキングメモリのトレーニング
効果が抑制機能の向上に般化することも報告されている 46)。行動療法的な観点からは、
学 校 場 面 に お い て 抑 制 機 能 の 向 上 を 図 る「To
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g)
」57,58) というプログラムなどが利用されているが、今後
は、実行機能系と報酬機能系の能力を相乗的かつ効果的に向上させる認知トレーニングの
登場が期待されるところである。
10
1
大村 一史
3
4
4 効果の評価と適切な利用
本論文で対象とした認知トレーニングをまとめると、(1
)コンピュータ上のソフトウェ
アで行うプログラムで提供される、
(2
)注意機能あるいはワーキングメモリを主なター
ゲットとする、(3
)研究報告はADHDに関するものが圧倒的に多く、ASDおよびLDに関
するものは少ない、
(4
)トレーニング期間は1週間程度から半年近くまで様々である、
(5
)
直接ターゲットとしていない認知機能や学力まで転移(般化)する可能性が高い、
(6
)
ADHDに対しては、注意機能ではVi
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n、ワーキングメモリでは
ワーキング(c
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ve)への介入が効果的である、
(7
)トレーニング効果はある
程度の期間持続する可能性が高い、
(8
)脳機能・脳構造の変化をもたらす、などが特徴と
してあげられる。
認知トレーニングを適切に利用することで、実行機能の向上のみならず、学校生活での
適応にもつながる学業成績の向上までもめざすことが可能になり、利用方法次第では、従
来型の薬物療法、行動療法、および教育支援を補う有力な技法になることは確かである。
ただし、手放しで受け入れるのではなく、研究に際しては、トレーニング効果の評価を適
切に行うこと、利用に際しては、適切に評価を解釈できることが大切になる。トレーニン
グ効果の評価には、課題成績そのものの変化、教師・保護者からの評定値、学校での学力・
学業成績、時には脳波やf
MRI
等で計測される脳活動などが指標として利用される。トレ
ンドとしては、従来の心理行動の主観的評価に加え、脳活動に代表される生理指標を客観
的評価として積極的に組み合わせることが多くなってきた。また、最近の研究報告は、群
分けを完全ランダム化し、二重盲検プラセボ対照試験によって計画された実験を用いるこ
とで、トレーニング効果の有効性を主張するスタイルをとっているため、論文結果の確証
度はかなり高くなっている。そのため、その研究結果を正しく読み解き、適切に利用する
ユーザー側にこそ、科学リテラシーが必要になってくると言える。Ra
bi
po
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ら(2
0
1
2
)が
指摘しているように、現実的には、認知トレーニングは非常に儲かるビジネスとなってい
て、一定の規模のマーケットを確保している7)。そのため、教育関係者などの指導者側は、
バイアスのない適切な利用を心がけるべきであり、科学的実証のあるトレーニングとそう
でないトレーニングの真贋を見極める目を持たなくてはいけない。
教育関係者が最も興味をひかれる点は、トレーニング効果が、直接トレーニングを行っ
ていない認知機能の向上にまで転移(般化)することであろう。特に、注意機能とワーキ
ングメモリの認知トレーニングは、知能や学力を含めた他の認知機能への般化可能性が高
い。認知機能の転移は、ターゲットとする認知機能の近接領域への転移を“Ne
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”、学力な
どの遠隔領域への転移を
“Fa
r
”とした空間軸から見た視点と、トレーニング効果の出現が
すぐに起こる即時的(“I
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”)なものか、ある程度の時間を経てから起こる継続的
(
“Fo
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wup”)なものかという時間軸から見た視点との二軸構造を考えると理解しやすい20)。
一般的には、ターゲットの近接領域へは転移しやすく、トレーニング効果も早期に出現し
やすい傾向がある。遠隔領域への転移と、効果の長期的持続に関する知見は未だに少な
い。Oe
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nら(2
0
1
3
)は、nba
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k課題にもとづくワーキングメモリのトレーニングが、
どの認知機能に般化するのかを詳細に検討し、リーディングスパンテストで測定される
ワーキングメモリや一般性知能ではなく、ANTで測定される注意機能への般化が高いこ
10
2
発達障害児に対する実行機能の認知トレーニング
3
5
とを、課題成績と脳波計測から明らかにした45)。注意機能、ワーキングメモリ、抑制機能と
いった実行機能は神経基盤をある程度共有しつつ、一方で、独自の神経ネットワークをも
形成している56)。認知トレーニングの般化メカニズムは未だに完全には明らかにされては
いないが、このような神経基盤の考えにもとづいて、今後は、認知トレーニングの効果を
心理・行動・生理の各面より詳細かつ統合的に明らかにしていく必要があるだろう。
さらに、認知トレーニングの利用に際しては、年齢の影響、神経発達の影響、遺伝子多
型の影響、元来有していた認知機能の水準、トレーニングに対するモチベーションなど、
トレーニングを適用する個人個人の背景プロファイルを十分に考慮する必要がある6)。指
導者側の配慮でコントロール可能なモチベーション操作は、アプローチの容易さから積極
的な利用が推奨される。また本論文で扱った認知トレーニング以外にも、音楽、バイリン
ガル教育、フィットネストレーニング、瞑想、そしてキャンプやハイキングなどの自然と
のかかわりに至るまで、実に様々な活動が実行機能の向上に関係することが報告されてい
る 7)。特に有酸素運動に代表される身体的なフィットネストレーニングが神経発達を促
し、実行機能の向上に寄与することは広く知られている59,60)。
現代は、急速なタブレット型端末や携帯型ゲーム機の普及により、誰もが手軽にこのよ
うな認知トレーニングに触れることができる環境が整ってきた。実行機能の認知トレーニ
ングは今後の発達障害の代替治療・支援の一つとしてより広く活用されていく可能性が高
い。将来的には、統合的なプログラムとして、複数のトレーニングを組み合わせて実施す
る効果的なトレーニングバッテリー・プログラムを個人毎の特性に合わせて用意すること
が大切になってくるであろう。トレーニングに際しては、何よりもまず初期状態の各人の
障害の程度を適切に把握する評価(アセスメント)のあり方が重要になる。適切な評価に
もとづいた上で、認知トレーニングとその効果の評価を両輪のように協働させて、トレー
ニングプログラムを推進し、実行機能の効果的な向上とそれにもとづく社会生活場面での
行動改善の実現が期待される。
謝辞
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