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退職給付会計の動きを読み解く

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退職給付会計の動きを読み解く
特集2
退職給付会計の動きを読み解く
企業会計基準委員会(ASBJ)は平成 22年 3月 18日に、公開草案「退職給付に関する会計基
準(案)」及び「退職給付に関する会計基準の適用指針(案)」を公表しました。ASBJの退職給
付プロジェクトは、2つのステップに分けられており、ステップ 1に位置付けられる今回の公開
草案は、これに寄せられるコメントを踏まえて再検討をした後に、最終基準として本年中に公表
される予定になっています。また、国際会計基準審議会(I
ASB)も、国際財務報告基準(I
FRS)
の退職給付会計基準の見直し作業を進めており、平成 22年(2
010年)4月 2
9日に公開草案「確
定給付制度:I
AS第 19号の修正の提案」を公表しています。
今回は、ASBJ前副委員長の逆瀬重郎氏を司会に、財務諸表利用者、財務諸表作成者、監査人
のそれぞれのお立場でご活躍されている皆様にお集まり頂き、ASBJの公開草案について実務家
の視点から貴重なご意見を頂戴いたしました(4月 23日開催)。
また、併せて読者の理解に資するよう ASBJ研究員による解説を別途掲載しています。
※座談会では、開催時に公表されている企業会計基準及び同適用指針の公開草案の内容に基づい
て発言して頂いておりますが、公開草案は最終的なものではなく、その内容は変更される可能
性があることをあらかじめお断りいたします。
(敬称略)
(社)
日本証券アナリスト協会
理事・教育第二企画部長
富士通(株) 財務経理本部
I
FRS推進室
有限責任監査法人トーマツ
室長
パートナー
かね こ
せいいち
金子 誠一
ゆ あさ かづ お
湯浅 一生
いずもと
さ よ こ
泉本 小夜子
ASBJ専門研究員
なか ね
まさふみ
さか せ
しげ お
中根 正文
(司会)ASBJ副委員長(前)
(株)日立製作所 顧問
特集2
座談会「退職給付に関する会計基準の見直し」について
逆瀬 重郎
2
39
「退職給付に関する会計基準(案)」及び同適用指針(案)の解説
57
まえ だ
けい
ASBJ専門研究員 前田 啓
I
ASB公開草案「確定給付制度:I
AS第 19号の修正提案」の概要
67
なか ね まさふみ
ASBJ専門研究員 中根正文
特集2
退職給付会計の動きを読み解く
座談会
「退職給付に関する会計基準
の見直し」について
を頂戴したいと思います。最後に、中根さんは
Ⅰ
はじめに
ASBJの事務局であり、退職給付のプロジェク
ト・マネジャーとして、公開草案とその基となっ
逆
瀬
株式会社日立製作所、顧問の逆瀬で
た論点整理の作成に携わりました。
す。任期満了となった本年 3月まで ASBJの副
それでは、早速中根さんから、公開草案を公
委員長、退職給付専門委員会の専門委員長の立
表するに至った経緯について、簡単にご説明を
場にあり、今回の公開草案をとりまとめました
頂きたいと思います。
関係で、本日の司会進行を務めさせていただき
ます。よろしくお願いいたします。
中
根
現在進められている ASBJの退職給
付プロジェクトは、東京合意を踏まえたもので
まず、この座談会にご出席いただく皆様のご
あり、 I
ASBによる国際会計基準 ( I
AS第 1
9
紹介をしたいと思います。社団法人 日本証券
号「従業員給付」
(以下「I
AS第 19号」という。
))
アナリスト協会の理事、教育第二企画部長であ
の見直しの議論等を踏まえて中長期的に取り組
る金子さんは、I
ASBのアドバイザリー・ボディー
むこととされています。 ASBJは平成 2
1年 1
である基準諮問会議(SAC)とアナリスト代表
月に退職給付会計に関する論点を幅広く取り上
グループ (ARG) の両委員でもいらっしゃい
げた「退職給付会計の見直しに関する論点の整
ます。金子さんからは財務諸表利用者の視点か
理」(以下「論点整理」という。)を公表し、こ
らご意見を頂戴したいと思います。富士通株式
の中長期的な取組みの中で、退職給付に関する
会社 財務経理本部 I
FRS推進室 室長の湯浅さ
会計基準等をどのように見直していくかについ
んは、I
ASBのアドバイザリー・ボディーであ
ての検討に資するよう広く意見を求め、その後
る、グローバル作成者フォーラム(GPF)の委
に審議をした結果、プロジェクトを 2つのステッ
員でもいらっしゃいます。湯浅さんからは財務
プに分けることにしました。公開草案は、ステッ
諸表作成者の視点からご意見を頂戴したいと思
プ 1に係るものであり、これに寄せられるコメ
います。そして、有限責任監査法人トーマツ
ントを踏まえて再検討をした後に、最終基準を
パートナーの泉本さんは、企業会計審議会の委
本年中に公表する予定になっています。
員など多くの役職をお持ちであり、ASBJの退
また、ステップ 2では、数理計算上の差異や
職給付専門委員会の専門委員でもいらっしゃい
過去勤務費用の包括利益計算書(損益及び包括
ます。泉本さんからは監査人の視点からご意見
利益計算書を含む。以下同じ。)上での扱いな
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29 季刊 会計基準
39
どについて、I
ASBの動向を踏まえて検討する
財務諸表利用者の理解可能性を妨げる場合があ
見込であり、平成 23年上半期に改めて論点整
るという問題がありました。これまでも、積立
理を公表する予定となっています。
状況を示す額は有価証券報告書などにおいて財
務諸表注記として開示されていたわけですが、
未認識数理計算上の差異及び
Ⅱ 未認識過去勤務費用の処理方法
(B/S即時認識)
その他の包括利益の組替調整を用いた積立
状況を示す額の負債計上
公開草案ではそのような問題に対処するため、
積立状況を示す額をそのまま負債として B/S
上で認識することにしています。
逆 瀬 いま中根さんが説明した処理により、
B/S上は遅延認識を廃止することになりますが、
ありがとうございました。公開草案
公開草案では費用の処理については遅延認識が
によって変更される従来の取扱いとしては、確
存続されています。これが B/S即時認識とい
定給付制度に係る、未認識数理計算上の差異な
われる所以ですが、公開草案では、こうした処
どの貸借対照表(B/S)上での処理、退職給付
理を具体化するために包括利益計算書における
債務の計算方法、開示の拡充の 3点が主なもの
その他の包括利益(以下「OCI
(Ot
h
e
rCompr
e
-
として挙げられますが、中根さん、「B/
S即時
h
e
n
s
i
v
eI
nc
ome
)」と表記する。)の組替調整を
認識」と呼ばれることも多い、未認識数理計算
用いているということが特徴として挙げられる
上の差異などの処理の見直しから早速説明をお
と思います。
逆 瀬
願いできますか。
中 根
中
根
これまで認識していなかった遅延認
退職給付会計では、従業員等に将来
識部分を負債として計上するわけですから、一
支払う退職給付見込額のうち、当期までに発生
見、従来よりも費用が多額に生じるようにも思
している部分に相当する「退職給付債務」から
われます。しかし、公開草案は数理計算上の差
「年金資産」を控除した差額を負債として認識
異などの費用処理方法を何ら変更しておらず、
するというのが基本的な考え方です。この差額
当期純利益に及ぼす影響はありません。それで
を公開草案では「積立状況を示す額」と呼びま
はどうなるのかということになりますが、費用
す。制度変更や割引率の変動に伴う退職給付債
処理されなかった部分は、発生時点で OCIを
務の変動、運用実績等に伴う年金資産の変動に
通じて純資産の部のその他の包括利益累計額
よって、積立状況を示す額も変動しますが、従
(以下「AOCI
(Ac
c
u
mul
a
t
e
dOt
he
rCompr
e
h
e
n-
来の取扱いでは、このすべてを負債や費用とし
s
i
veI
n
c
o
me
)」と表記する。)に計上され、そ
て直ちに認識せず、「遅延認識」することが認
の後に遅延認識によって費用処理される時点で、
められていました。この遅延認識によって負債
OCIを通じる形で AOCIから取り崩されること
や費用として認識されていなかった部分が、未
になります。この取崩しの処理が組替調整、い
認識数理計算上の差異や未認識過去勤務費用と
わゆるリサイクルとよばれるものです。また、
呼ばれるものです。
ご承知のとおり、 包括利益とは ASBJが平成
しかし、こうした処理によった場合、例えば
21年 1
2月に公表した公開草案「包括利益の表
積立超過の状態から急激に運用状況が悪化して
示に関する会計基準(案)」の中でも示されて
積立不足に陥った場合でも、遅延認識の結果と
いる概念であり、 その内訳には当期純利益と
して引き続き資産が認識され得るなど、実際の
OCIが含まれます。その他有価証券評価差額金
積立状況を示す額が B/Sに計上されないため、
や為替換算調整勘定などの増減も OCIを通じ
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29 季刊 会計基準
特集2
退職給付会計の動きを読み解く
て純資産の部に認識され、それらの基礎となる
資産や負債の認識中止等の時点で組替調整が行
われることになります。
さきほど申し上げたように、今回の退職給付
の公開草案によっても B/S即時認識の部分に
おいては当期純利益の金額はこれまでと変わら
ないのですが、これとは別に包括利益全体でみ
た場合、数理計算上の差異などを発生時点で全
額認識する一方で、その後に包括利益計算書で
費用処理する時点では、当期純利益中に認識さ
れ る 費 用 処 理 額 と OCIの 組 替 調 整 が 相 殺 さ
れる結果、包括利益はゼロという結果になりま
す。つまり、包括利益全体では、積立状況を示
す額の変動がそのまま反映されることになりま
す。
逆
瀬
(社)日本証券アナリスト協会
理事・教育第二企画部長
金子誠一氏
企業にとっての大きなリスクエクスポージャーで
財務諸表利用者の理解可能性を損な
あり、その結果はすぐに見たい。これまでも注
わないために、積立状況を示す額をそのまま負
記されていたとはいえ、注記と本表記載では数
債として B/
Sに計上する一方で、当期純利益に
字の重みが違う。また、注記情報はある程度ソ
ついては従来どおり遅延認識を行うという今回
フィスティケイト、洗練された投資家でないと
の取扱いは、米国の会計基準と同様ですね。こう
利用が難しいので、機関投資家と個人投資家の
した取扱いとすることについて、財務諸表利用者
間で不公平が生じていたともいえると思います。
である金子さんはどのようなご意見でしょうか。
金
子
さらに、企業年金については、従業員や年金
これまでの退職給付会計を一言でい
受給者も重要なステークホルダーです。投資環
えば、わかりづらく見るからに怪しげだったと
境が激変したような場合、即時認識し、情報を
思います。未認識数理計算上の差異、未認識過
公開していれば労使の間で予定利率の変更等、
去勤務債務、遅延認識など、いかにもちゃんと
忌憚のない話を早期に開始するのも可能となる
処理していませんよという言葉の羅列(笑)
。
のではないかと思います。
今回の公開草案によって B/
Sで積立状況を示
逆
瀬
ありがとうございます。財務諸表利
す額が即時認識されることは、透明性の向上と
用者にとっては、公開草案は歓迎されるものか
して大いに評価したい点です。即時認識する場
と思いますが、財務諸表作成者としては違う見
合、全額を当期純利益で認識するか、OCIで認識
方もあるかもしれません。湯浅さん、B/
S即時
するかが論点になりますが、マネジメントコント
認識について何かご意見はありますか。
ロールが及ばない資産価格変化の影響を業績と
湯
浅
金子さんに酷評されてしまいました
呼ぶことはどうかと思うので、OCIで認識する
が、やはり遅延することはちゃんとやっていな
のが妥当であると思います。企業の側からは、従
い、といった悪いイメージがあるのでしょうね
来どおりの方法でよいのではないかという声も聞
(笑)。日本の作成者は大抵すごくまじめですか
こえてきそうだが、やはりすっぱりと認識したほ
ら、「怪しげな」などといわれてしまうと辛い
うがいい。投資家から見ると、確定給付年金は
ですが。それでも即時認識にはかなり抵抗感が
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あったことは確かです。
いうまでもなく退職給付は、従業員が企業で
働き続け、退職した後に受領する一時金や年金
それぞれのスタンスからある程度歩み寄ったも
のといえるのではないでしょうか。
逆
瀬
ありがとうございます。公開草案で
です。弊社の場合も従業員と会社で将来の長期
示された B/S即時認識は、B/Sと当期純利益
的な給付に備えて年金基金に積立をし、基金が
の双方のあり方に配慮をした方法ともいえそう
その資金を運用するといった状況にあります。
ですが、泉本さん、監査人としての視点からは
年金基金の積立状況を期末時点で会計的に評価
ご意見はありますか。
するために、かなりの見積りが行われています。
泉
本
そうですね、金子さんや湯浅さんの
割引率、退職率、予想昇給率などといったいわ
ご指摘どおり、B/S即時認識によって退職給付
ゆる基礎率を前提として設定し、非常に複雑な
に係る負債なのか資産なのかという状況の見た
計算手続を経て算出されます。弊社グループは、
目がそのまま B/
Sに計上されることについては
国内の現役従業員だけでも約 10万人いて、 1
非常にわかりやすくなるものと思います。従来
兆円を超える退職給付債務がありますので、基
は確かに多額の前払年金費用が計上されていて
礎率がちょっと動いただけで債務残高は大きく
も、必ずしも年金資産が潤沢だから資産計上な
変動します。
のではなく、費用の繰延としての遅延認識項目
また、年金資産については、現在回復基調に
が多額であるが故に資産計上であるという場合
あるとはいえ、景気が低迷して株価が伸び悩み、
も多く、年度の有価証券報告書の注記内容でし
かつ低金利の状態では、運用が非常に難しくなっ
かその実態が見えないということがありました。
ています。他方、この世界は結果が厳しく出ま
しかし、遅延項目の費用処理方法について従
す。長期のスパンで年金の支払いに備えるとい
来の遅延処理を踏襲するが故に、B/
Sの AOCIと
う性格上、運用についても短期的な実績に一喜
包括利益計算書の OCIを通じて「リサイクル」
一憂するのではなく、長期的な視点での対応が
するという方式は、非常にわかりにくいという側
必要なはずですが、なかなか理解されにくい状
面があるのは否めないのではないでしょうか。包
況だと思っています。
括利益計算書がまだ適用されていないため慣れ
こうした退職給付債務と年金資産の両面で、
ていないということが大きな原因かも知れませ
長期的に評価されるべきという考えから、作成
んが、退職給付のワークシートが非常に複雑と
者としては即時認識に抵抗があるのです。一方
なり、計算の確認ができるか心配してしまいます。
で、従来のやり方では B/Sに実際の積立状況
また、B/S即時認識といっても、退職給付債
が正しく反映されない、という批判もよくわか
務は多くの年金数理に基づく基礎率を用いて計
ります。国際的な会計基準の流れからも、少な
算され、その基礎率は毎決算で必ずしも見直す
くとも B/
S上の即時認識はコンセンサスを得
ものではありませんし、一番の影響のある割引
つつあるということだと理解しています。ただ、
率について、従来の重要性基準 1が存続してい
即時認識しても当期の業績を表す利益に含まれ
る以上、退職給付債務は期末の状況を真に表現
てしまうと、本来の企業努力が見えなくなると
したものではありませんし、年金資産が時価(公
いう懸念がありました。その点で、今回の公開
正価値)だといっても、差額である積立状況を示
草案のやり方は、財務諸表の作成者も利用者も
す額は中途半端なものではないかと考えられま
1
退職給付債務の10%の幅内での変動であれば、前期末の割引率を見直すことなく踏襲できる。
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特集2
退職給付会計の動きを読み解く
す。 そのような債務計算の結果を即時に B/S
比率などいくつかの比率を例示列挙しています
認識するのは、最善の額ではなく次善である
が、公開草案ではこれに、年金財政計算におけ
ということを、財務諸表の作成者も利用者もよ
る資産分割の額を新たに加えました。このよう
く理解する必要があるのではないかと考えていま
に会計基準ではいくつかの比率の中から選択し
す。
て年金資産を区分することを認める一方で、確
ありがとうございます。補足をする
定給付企業年金法では、組織再編行為によって
と、いま泉本さんが指摘をされた重要性基準の
逆
瀬
グループ年金から他の制度に資産移管を行うと
見直しについては、国際的な会計基準で採用さ
きに数理債務比を用いて算定した資産の金額を
れている回廊アプローチとの比較で検討される
用いる規制があることから、個別企業の経営者
べきものと思いますが、これらは数理計算上の
が年金資産をコントロールしきれず、個別財務
差異の取扱いの見直しの要否として、ステップ
諸表への思わぬインパクトが生じるといったこ
2で検討される見込みになっています。
と、あるいは掛金拠出の規制など、会計基準と
当局による規制の兼ね合いの問題があります。
B/S即時認識が実務に与える影響
逆 瀬 今回の B/S即時認識への変更は、
これらの問題は、そもそも会計上の問題として
ASBJが直接検討すべきものとは性格が異なる
もともと注記されていた情報を財務諸表の本体
と思われますが、まず、ASBJには関連する諸
に記載するという変更とも理解でき、財務情報
団体や関連省庁への情報提供をぜひとも行って
自体はそれほど大きな変更にならないという見
いただきたいと思います。
方もあるようです。しかし、実際に実務に与え
る影響は非常に大きいものと考えられます。例
えば、いわゆるリーマン・ショック以降の運用
中根さん、審議の過程ではほかにどのような
意見がありましたか。
中
根
ASBJでの審議の中では、年金資産
状況の著しい悪化を踏まえれば、B/S即時認識
の時価情報や退職給付債務の計算結果を適時に
によって負債の増加と AOCIの減少、つまり、
入手できるのかということを懸念する意見もあ
純資産の減少が生じる企業が多いものと考えら
りました。従来の取扱いによれば、当期に発生
れます。AOCIの計上の際には税効果会計の分
した数理計算上の差異を翌期以降に費用処理す
だけ負担軽減がありますが、繰延税金資産の回
るという会計方針を採用している場合、これら
収可能性がないと判断されれば、その影響はさ
は注記にしか出てこないため、注記の作成まで
らに大きくなることも予想されます。
に金額を把握すれば足りました。しかし、B/
S
また、純資産の部にマイナスの AOCIが認識
即時認識を行う場合、これらを B/
S本体に記
される場合、会社法上の分配可能額に影響を及
載することになる、言い換えれば、積立状況を
ぼすのかという問題も考えられます。さらに、
示す額を B/Sにそのまま計上することになる
本座談会のメインのテーマではないのですが、
ので、その基礎となる年金資産の時価情報や退
最近作成者サイドから出ている話として、複数
職給付債務の計算結果を B/
S金額の確定まで
事業主制度への参加企業がそれぞれの個別財務
に入手しなければなりません。
諸表において確定給付制度の会計処理を求めら
逆
瀬
審議の中で出たものも含め、B/
S即
れるケースに関する懸念もあります。改正前の
時認識が実務に与える影響は大きいといえます
会計基準は、参加企業ごとの年金資産等の計算
ね。企業に与え得る影響などについて、湯浅さ
を行うときの合理的な基準として、数理債務の
んにお伺いしたいと思います。
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29 季刊 会計基準
43
見積残高としてほぼ確定するのが 12月ごろに
なります。この残高を、当年度の退職者等の異
動情報を使って補正することで確定させます。
弊社ではグループ内の人材ローテーションが活
発なので、各社別残高を確定するためには、転
社・出向に伴うグループ会社間の調整も必要で
す。年度末明けに作業が集中しないように工夫
してはいますが、年金資産の時価評価は当然年
度末実績を待たないといけないので、スピード
アップにも限界があります。
一方、決算日程は年々早くなっていて、現在
は数日で各社からの決算数値を集約しています。
富士通(株) 財務経理本部 I
FRS推進室 室長
グループ各社はまず本決算をとりまとめた後、
湯浅一生氏
今まさに逆瀬さんと中根さんがおっ
退職給付債務に関するデータを確認・調整した
しゃったことが、私どもにとって大きな影響に
しても 10日以上かかっているのが実情ですが、
なると考えています。弊社が公開草案を適用し
注記としての情報だからこそこの日程で成り立っ
た場合、お恥ずかしい話ですが純資産はかなり
ています。本決算に反映させるとなると、この
目減りしてしまいます。現在も注記で開示して
日数のギャップをどう埋めるかが大きな課題で、
いるので利用者の皆様はご存知のはずだ、とは
決算スケジュールが大幅に遅れてしまいかねな
いうものの、実際に財務諸表本体に反映させ自
いと懸念しています。弊社としてはもともと
湯 浅
上で確定しています。確定までの日数は、どう
己資本比率が低くなってしまうと、それこそ印
I
FRSを任意適用するための課題として検討し
象が悪いです。また、もし分配可能額がこの積
ていたことではあるのですが、相当に知恵を絞ら
立不足によって左右されるとなると、配当政策
ないと、データの質を損なわずにスピードを上
に影響がないかどうか、確認しておく必要があ
げることは難しいと思っています。
ります。単独としての影響はもちろんですが、
逆
瀬
ありがとうございます。監査や会計
むしろグループ会社のマネジメントとして、子
に与える影響について、泉本さんはご意見があ
会社からの配当方針について再検討する必要が
りますか。
あると考えています。
泉
本
監査人として監査の手間暇が増える
逆 瀬
決算実務についてはどうですか。
湯 浅
それについてはもっと深刻な問題で
題として、先ほども申し上げましたが退職給付
す。退職給付債務の複雑な見積りや年金資産の
のワークシートが非常に複雑になります。従来
時価評価は、社外に委託して大変なご協力をい
は繰越を考えなければ退職給付費用を加算して、
ただいているのですが、それでも債務の算定に
掛金を減額する、結果として退職給付引当金の
は数か月単位の時間がかかります。まず前年度
残高が法人税申告書の別表五の残高になります
末をデータ基準日として基金が財政計算を実施
ので、長期性として繰延税金資産の回収可能性
します。その結果が出てくる 5~6月ごろから
を検討すればよかったわけです。それが、仕訳
基礎データの更新をし、退職給付債務の当年度
段階からよく考えないと、直接、繰延税金資産・
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29 季刊 会計基準
(笑)ということもありますが、それ以前の問
特集2
退職給付会計の動きを読み解く
負債に加減するとき(年度末の数理計算上の差
いたのでいまだに愛しているのだ」と答えたら、
異が発生したとき)と、法人税等調整額に影響
皆に笑われた。I
ASBのトゥイーディー議長は、
するとき(翌期以降の未認識数理計算上の差異
会計基準の設定に当たっては社会的影響も十分
の費用処理(組替調整)のとき)があり、回収
配慮するとしながら、年金時価評価を先行した
可能性の判断も複雑になります。いままでのよ
英国の例 3について、経営者が制度のリスクを
うに単純な繰延税金資産の残高にはならないよ
初めて認識したのが大きな効果だったと述べて
うですので、税効果の設例もほしいですね。
いた。こうした成功体験が P/
L(損益計算書)
逆
瀬
ありがとうございます。今回の改正
即時認識論の背景にあったと思います。もう 1
によって多額に生じ得る繰延税金資産の回収可
つ、勘ぐって考えれば、P/
L即時認識論には永
能性の考え方については ASBJの審議の中でも
続的な給付を約束する確定給付年金は傲慢な制
指摘されましたが、発生年度やその翌年に直ち
度だという思想があるのかもしれません。あの
に費用処理している場合と同じですので、公開
ゼネラル・モーターズでさえ年金を払えずに倒
草案の中では特に書き込まれませんでした。た
産してしまった、ゴーイング・コンサーンとは
だ、ご指摘のように何らかの手当は必要かもし
いうが企業の寿命はせいぜい 1
00年で、確定給付
れませんね。
年金を提供できる身分ではないという考えです。
金子さんは、生命保険会社からご自身のキャ
こうした考えに立つと、ポータビリティを持
リアをスタートされたとお聞きしていますが、
たせた確定拠出年金がベストだという短絡的結
そうしたご経験からご意見がありますか。
論を抱きがちだが、確定拠出年金は従業員が資
OCIを通じて純資産に計上すること
産運用責任を一手に背負うという欠点がある。
になると、企業側からは確定給付企業年金のエ
金
子
確定拠出・確定給付の双方のメリットをとった年
クスポージャーがリスクとして認識され、確定
金制度の構築が、実務的な課題になるでしょう。
給付年金の普及に一定の影響が出るのではない
もう 1つ、卑近なところで実務への影響があ
かと思います。とりわけ、I
ASBの以前の案の
ります。アナリスト協会は、アナリスト教育と
ように当期純利益で即時認識すると 2、当期純
検定試験を行っていますが、長期の資産配分実
利益の変動に与える影響が極めて大きくなる。
務は確定給付年金をモデルにテキストを書き、
逆瀬さんにご紹介いただいた ARG会議は年 3
試験を行っています。もし、確定給付年金が世
回あり、去年の会議で、I
ASBの当時の案は、
の中に存在しなくなったらどうやって試験をや
労働者にとって最善の年金制度である確定給付
ろうかと夢でうなされるほど恐れている(笑)
。
年金への死刑宣告だ、会計基準が価値ある社会
逆
瀬
ありがとうございます。大変興味深
的制度をつぶしてもいいのかと演説したら、英
いお話でした。現下の厳しい景況において、経
国の女性アナリストに「組合の委員長みたいね」
営上の課題として退職給付の仕組自体の見直し
とからかわれました。「委員長ではないが、以
に取り組んでいる企業も多いと思います。
前、生保で確定給付企業年金のセールスをして
2
I
ASBは平成 21年(2009年)1月に、数理計算上の差異を OCIではなく当期純利益で即時認識するこ
とを暫定合意していたが、その後の 11月に改めて OCIで即時認識する(リサイクルなし)という暫定
合意をし、公開草案の公表に至っている。
3 現行 I
FRSに先立ち、英国の会計基準では数理計算上の差異を OCIに相当する部分で即時認識するこ
とが求められた。
2010.
6 vol
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29 季刊 会計基準
45
Ⅲ
退職給付債務及び勤務費用の
計算
逆 瀬 原則的には、複数の割引率を用いた、
いわゆるイールド・カーブでの割引が求められる
ことになりますが、実務上はキャッシュ・フロー
割引率と予想昇給率の見直し
逆 瀬 続いて、公開草案による 2つ目の変
ごとの金額や支払時期を考慮した、単一の加重
更点として、退職給付債務の計算方法を取り上
ます。この見直しについてご意見はありますか。
げたいと思います。退職給付債務の計算方法の
平均割引率の使用も認められることとされてい
湯
浅
いろいろと検討を重ねられた末での
見直しは、退職給付見込額の期間帰属方法の見
結論でしょうし、私は数理計算実務についてよ
直し、割引率の見直し、予想昇給率の見直しの
くわかっていませんので、誤解があるかもしれ
3つに分けられますが、まず、中根さんから概
ません。正直に申し上げて、なぜそんなに細か
要をご説明頂きたいと思います。
く区分しなければならないのか、という感覚を
今回の見直しは、国際的な会計基準
持っています。長期になればなるほど、見積り
とのコンバージェンスを進めるものであり、こ
中 根
変動の可能性が高くなるという意味で基本的に
の変更の結果、例えば、連結財務諸表に I
FRS
予想が難しい中、何らかの前提を置いて算定し
を任意適用する企業では、改正後の日本基準が
ているものに過ぎません。継続的に一貫性のあ
適用される個別財務諸表と同じ退職給付債務の
る方法で算定していれば、複雑な手続を経て算
計算結果を用いることができるのではないかと
定された数値よりも、よほど有用性があるので
思います。
はないかと思います。いずれにしても実務に耐
まず、割引率と予想昇給率の見直しですが、
えられるかが鍵となりますので、まずその観点
これらは一言でいえば退職給付債務の数理計算
から検討したいと思っています。I
FRSに合わ
の原則化ということができ、また、退職給付の計
せるためということですが、結果的にほとんど
算が超長期の予想に基づくものであることの確
差異がないことを適宜説明することで、簡便的
認という側面もあります。退職給付債務は、短期
な方法、例えばイールド・カーブでの割引では
から超長期にわたる将来のキャッシュ・フロー、つ
なく、加重平均などを利用した単一の割引率な
まり、退職給付見込額の集合の現在価値として計
どを使うなどといったことを考えたいですね。
算されますので、割引率はこのそれぞれのキャッ
泉
本
いまお話にでた加重平均された単一
シュ・フローごとに応じたものを使用するととも
の割引率を用いる方法ですが、専門委員会でも
に、超長期のキャッシュ・フローを予想できるよ
指摘をしたように、実務的な対応が間に合うの
うな予想昇給率を用いる必要があります。しか
かが心配です。実際に加重平均計算するために
し、現在の取扱いでは、将来キャッシュ・フロー
は支払の時期ごとの退職給付見込額を加味する
の金額や時期と必ずしも一致しない単一の割引
必要がありますが、現状の計算受託機関での退
率の使用が認められており、また、予想昇給率
職給付債務計算システムは、割引率の加重平均
も確実な部分だけを考慮する結果、不確実性を
計算に対応したものとなっていないものと思わ
伴う超長期の将来キャッシュ・フローの金額を
れるので、平成 2
3年 3月末(早期適用の会社
合理的に計算できない可能性があったので、こ
では平成 2
3年 4月 1日から適用するために、計
れを見直したことになります。また、年金資産に
算上は 3月 31日となる。)の退職給付債務計算
係る期待運用収益率についても、超長期の予想
のための加重平均割引率の計算は間に合わない
に基づくものであることが明確化されています。
のではないでしょうか。なお、一度計算した加
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2010.
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29 季刊 会計基準
特集2
退職給付会計の動きを読み解く
重平均期間は、毎期加重平均計算する必要があ
的に捉える見解と否定的に捉える見解が対立し、
るのか、例えば、年金財政の見直しに合わせた
I
FRSなどと同様に給付算定式に従う方法だけと
数年に一度でよいのか等々、実務ではそのよう
するのか、あるいは期間定額基準も選択適用で
な質問が今後出てくるのではないかと思います。
認めるのかについて多くの議論を行いました。肯
単一の加重平均割引率の基礎となる
定的に捉える見解は、期間帰属方法を合理的な
債券利回りの期間の求め方については、泉本さ
仮定に基づく労働サービスの費用配分方法の一
んがご指摘された方法以外にも、微小な差の割
種と考えるものであり、時の経過に基づく配分
引率による複数の退職給付債務の計算結果を利
も否定されないという、従来の考え方によるもの
用すればより簡単である という意見もありま
です。一方で、否定的に捉える見解は、労働サー
すが、これは設例などで少し説明が必要かもし
ビスは給付算定式に従ったパターンで費消され
れません。付け加えになりますが、単一の加重
ているとみるべきというものです。専門委員会
平均割引率を使用する場合には、重要性基準の
の議論の中では、否定的に捉える見解も多かっ
適用によって割引率を見直さないことができる
たのですが、最終的には期間定額基準を選択適
範囲を、従来と同様に簡単に把握できるという
用で残すべきという結論になりました。中根さ
面もあります。
ん、この背景について説明をしてもらえますか。
期間帰属方法の見直し
逆 瀬 それでは次に、期間帰属方法の見直
法の適用に伴ういくつかの問題、難しさがあり
しの説明をお願いします。
付算定式に従う給付額が著しく後加重である場
逆
瀬
4
中
中
根
根
この背景には、給付算定式に従う方
ます。I
FRSの給付算定式に従う方法では、給
これまでの我が国の退職給付見込額
合、その部分を定額で補正することが求められ
の期間帰属方法としては「期間定額基準」を原
ますが、具体的にどのような場合に後加重とい
則的な方法としつつ、一定の場合には支給倍率
えるかは明確に定められておらず、さらに、こ
基準やポイント基準などを認めており、「給付
の判断にあたって将来昇給の影響をどこまで考
算定式に従う方法」のみの使用を認める I
FRS
慮するかという点についても現時点では明らか
や米国の会計基準とは異なっていました。ごく
ではありません。
簡単にいえば、期間定額基準は時の経過に応じ
また、給付算定式に従う方法をポイント制に
て毎期均等に退職給付見込額の期間帰属額が増
適用する場合の適用方法が不明確ということも
加すると仮定する計算方法であり、給付算定式
あります。時間の関係もあるのでここではご説
に従う方法は、退職金規程などで定められた給
明しませんが、我が国のポイント基準と同様の
付算定式、つまり、支給倍率に基づく退職金で
結果となるか否かが不明であり、I
ASBは平成
は、支給倍率の増加に比例して期間帰属額が増
23年(2
011年)以後に開始する包括的な見直
加すると仮定する計算方法です。公開草案では、
しの中で、この点の検討をする見込みです5。
期間定額基準と給付算定式に従う方法の選択適
用を認めることに変更しています。
逆
瀬
専門委員会では期間定額基準を肯定
逆
瀬
この点、今回の公開草案における給
付算定式に従う方法は、ポイント基準と同様の
結果になると考えてよいと結論の背景に明確に
4
割引率の微小変化に対する退職給付債務の変化量を用いて、退職給付債務に係るキャッシュ・フロー
が生じる時間の加重平均(いわゆるデュレーション)を求めることができる。
5 会計基準案第 60項及び適用指針案第 77項参照。
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29 季刊 会計基準
47
泉
本
公開草案が、2つの方式を選択適用
で併記したという点は、今回の基準の改正・統
合がコンバージェンスを目的にしているという
点からみると一歩尻込みしているような感があ
ります。いずれどこかで I
FRSと合わせる必要
があるなら、給付算定式に従う方法が原則であ
るという位置付けにすべきではないかと考えて
います。
期間定額基準については、企業会計審議会か
ら改正前の基準が公表された平成 1
0年当時に、
すでに I
AS第 1
9号ではこれを採用せずに給付
算定式に従う方式だった、日本は出遅れた、と
(株)日立製作所 顧問
ASBJ副委員長(前)
いう意見も聞かれます。退職給付会計導入前で
逆瀬重郎氏
書かれていますね。
はまだまだ退職給付制度のカーブが S字で年
功序列型が多かったという背景から期間定額基
ところで、給付見込額の期間帰属方法の変更
準が簡単でわかりやすいとして採用されたもの
は会計方針の変更であることから、その変更に
ではないかと思われますが、この会計が導入さ
は正当な理由が必要となり、また、変更をする
れた後は、多くの会社で退職給付制度の変更や
場合には原則として過去の退職給付債務を遡及
規程の改訂が実行され、単純な年功序列型の制
的に計算し直す必要が生じるので、そのハード
度は少なくなっているということもあるのでは
ルは高いともいえます。しかし、適用初年度に
ないでしょうか。その場合、確かに給付算定式
おいては自由な選択が認められており、かつ、
に従う方法を採用する場合の「種々の難しさ」
遡及を伴わずに変更することが認められていま
はあるとは思いますが、いま申し上げたように
すので、実際にはこの時点で期間帰属方法の選
退職給付制度や規程そのものが大きく変化して
択が行われることになると思います。ただ、変
きているので、それほど適用の難しさを強調す
更をするか否かの判断や、実際の変更のために
る必要はないのではないかと考えています。期
必要となる準備、これには個々の制度の実情を
間定額基準のまま制度移行をすると、現状の基
踏まえたアクチュアリーのコンサルテーション
準では多額の負の過去勤務費用(債務の減少方
が行われるケースも多いと思うのですが、これ
向)が発生するという点も気になります 6。将
を適用初年度までに終えることができるのかと
来的に I
AS第 19号の過去勤務費用と同じ規定
いう懸念が、ASBJの審議の中では出されてい
が採用されるまでは、日本基準としての過去勤
ます。こうした点についても、最終基準の公表
務費用は一括で利益計上するのも遅延処理する
までに追加検討が必要かもしれません。
のも会社の方針次第というところで、経営者に
泉本さんは、会計士、監査人としてのお立場
判断を委ねるところとなっています。そのよう
から、今回の見直しについてどのようにお考え
な現実の悩ましい問題を解決するためにも、給
ですか。
付算定式に従う方法に一本化してしまった方が
6
ASBJの論点整理の[論点 7]を参照。
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29 季刊 会計基準
特集2
よいのではないかとも考えられます。
逆
瀬
いまお話のあった、適用の難しさで
すが、実務で対応可能でしょうか。
泉
本
退職給付会計の動きを読み解く
て選択するという観点で、期間定額法か給付算
定式に従う方法のどちらがよいのか、よく検討
する必要があると思っています。弊社の制度の
そうですね、I
FRSや米国等では、
実態を申しましたが、年齢ではなく成果を重視
既に給付算定式に従う方法で退職給付債務を計
して評価する体系に変わっていく動きも確かに
算しており、実務的に対応しているという現実
あります。こうした状況、今後の報酬のあり方
を踏まえれば、
「基準や適用指針に書いてない」
も含めて社内でよく議論した上で、会計方針と
から計算できないのではなく、アクチュアリー
して決めたいと思います。
など専門家の意見をよく聞いて計算することで
対応できるのではないか、と考えます。
逆
瀬
ありがとうございます。公開草案で
導入される給付算定式に従う方法は、原則主義
逆
瀬
ありがとうございます。利用者とし
てのお立場から、金子さんはこの点について何
かご意見はありますか。
金
子
何しろ元セールスマンで、細かいと
といわれる I
FRSの考え方を参考にしたもので
ころはアクチュアリーに任せっきりだったので、
すので、会計基準案や適用指針案に詳細なこと
難しいことを聞かれても困ります(笑)。ただ、
が書かれていません。泉本さんのおっしゃるよ
皆さんのお話を聞いていて、ちょっとポイント
うに、作成者や監査人、アクチュアリーの方々
が見えてきた気がします。基本的にユーザーと
が個々に判断を求められる局面が増えるのでは
しては比較可能性の観点から、会計基準はでき
ないかとも思われます。
る限り統一されていることが望ましい。また、
作成者としてのお立場から、湯浅さんは今回
の見直しについて何かご意見はありますか。
湯
浅
選択が許された 2方式のうちでは給付算定式に
従う方法のほうが、期間定額基準よりも合理的
弊社は I
FRS適用の準備を進める過
だと思う。日本企業の年金は給付算定式が後加
程で、従来の期間定額基準をそのまま適用でき
重である場合が多く、このときには期間定額基
ないかと考えていました。今回の公開草案の給
準がふさわしいというが、企業内の人員構成が
付算定式に従う方式を採用する場合にも同様の
大きく変わらなければ、後加重は大きな問題で
規程があるのですが、後期の給付額が初期より
はないのではないか。こうした意味で、公開草
も著しく高い水準になるときに定額で補正しな
案が I
FRSで採用している給付算定式に従う方法
ければならない、という部分を拠り所にしたも
に一本化しなかったのはちょっと残念な気がして
のです。弊社の退職給付制度は、長期に就労し
おり、ステップ 2で見直して欲しいと思います。
ていた方が有利になる給付体系が主流となって
逆
瀬
ありがとうございます。金子さんと
いることと、補正の期間についても、勤続年数
泉本さんからは、給付算定式に従う方法に一本
による給付額の加算時期の実態を鑑みると、定
化した方がよいのではないかというご意見をい
年時までの単純期間均等割りの期間定額基準を
ただきましたが、論点整理に寄せられたコメン
適用してもほとんど差がなかったからです。また、
トや、公開草案のための ASBJの審議の中では、
期間定額方式はわかりやすく、より簡便的に対応
期間定額基準を支持する意見が大変多かったこ
できるという実務的な理由ももちろんあります。
とも事実です。公開草案には改めてコメントが
ただ、日本基準でも給付算定方式に従う方法
寄せられることになりますので、ASBJにはこ
が選択可能になったことを受けて、逆瀬さんが
うした意見について、慎重に検討していただく
おっしゃられたように、適用初年度として改め
ことをお願いしたいと思います。
2010.
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29 季刊 会計基準
49
年金資産の運用状況によって株価が動く度合い
Ⅳ
開示項目の拡充
が強まるでしょう。株価に過度な反応を起こさ
せないためには、投資家が OCIに表示される
逆
3つ目の主な変更点は、開示項目の
数理計算上の差異が意味することを正しく理解
拡充です。中根さんから変更点の概要をご説明
することが必要で、このために開示の拡充が肝
頂きたいと思います。
要になります。
中
瀬
根
公開草案では、現行の I
AS第 19号
この意味で、今回の公開草案はかなり踏み込
などを参考にして注記項目の拡充を図っており、
んだ開示の充実を盛り込んでおり、ユーザーと
従来の取扱いと比較をすると、まず、年金資産
しては大いに歓迎したい。とりわけ、退職給付
と退職給付債務の増減の要因別内訳の注記が求
債務と年金資産の期首残高と期末残高の調整表
められています。年金資産と退職給付債務は財
は、それぞれの変動理由が一覧できる利便性の
務諸表に占める金額の重要性が高いことが多い
高い資料です。
にもかかわらず、従来の注記ではこれらの期末
資産運用の専門家という視点からは、年金資
残高しか開示されておらず、財務諸表利用者は
産の主な内訳、及びこれと関連させた長期期待
退職給付に関連する項目がなぜ増減したのかを
運用収益率の設定方法が開示されることになっ
把握することが難しかったのではないかと思い
たのは、年金運用が市民権を得たような気がし
ますが、今回の増減内訳の注記の追加により、
てとても嬉しい。ただ、実務の立場からいうと、
有用性の向上につながると期待されます。一方
年金はまず運用の基本方針を定め、その中で基
の企業サイドの負担ですが、この増減項目につ
本的なポートフォリオとして政策ポートフォリ
いては退職給付会計に係る決算業務の中で把握
オを設定する。これは原則として 3
~5年間く
されていることが多く、金額そのものを把握す
らい変えないが、市場動向によって意図的に若
ることに重要な追加コストは生じないものと思
干乖離させることもあり、これを戦術的ポート
います。
フォリオと呼びます。年金運用の結果を予測す
この他に、年金資産の株式や債券などの項目
るためにも、政策ポートフォリオと現在のポー
ごとの内訳の開示や、事業主が翌年度に支払う
トフォリオの両方を知りたいところであり、適
と予想されるキャッシュ・フローの概算額の注
記なども求められています。ただ、4月中に公
用指針案 59項のとして「年金運用の基本的
な考え方(政策ポートフォリオを含む。
)」とい
表される I
ASBの公開草案では、開示も大きく
う 1文を加えて欲しいと思います。会計基準が
見直される見込みである点にも注意が必要かも
このように規定することによって、企業側の年
しれません。
金運用に対する意識をさらに向上させる効果も
逆 瀬
今回の開示の拡充は、財務諸表利用
者にとっても有用性が増したと評価できると思
あると思います。
逆
瀬
ありがとうございます。専門的なお
うのですが、この点について金子さんのご意見
話であり、大変参考になりました。難しいかも
はいかがですか。
しれないと思うのは、連結子会社が数百社もあ
金 子
そうですね。米国での実証研究によ
るような企業の場合、制度も相当数になります
ると、年金情報は株価にかなり強く影響します。
ので、開示も全体的なものとせざるを得ないこ
今回の公開草案の結果、基本的に日本でも米国
とがある点です。国際的な議論の中では、制度
と同じ年金会計が導入されるようになるので、
に係るリスクにも着眼した開示を拡充する動き
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29 季刊 会計基準
特集2
退職給付会計の動きを読み解く
がありますので、いただいたご意見は、ASBJ
の次のステップの検討の中で取り上げられるの
ではないかという気がします。
財務諸表作成者としてのお立場から、湯浅さ
んは今回の開示について何かご意見はありますか。
湯
浅
開示については、まだ詳しく見てい
ないので中根さんのお言葉を信じたいと思いま
す。負担にならないようにご配慮いただいてい
るものと期待しています。
ただちょっとひっかかったのは、言葉尻を捉
えて申し訳ないのですが、増減項目について決
算業務の中で把握しているはずだから企業の負
担は少ないだろうとのご認識です。確かにそう
ではあるのですが、開示の必要がなければ、い
有限責任監査法人トーマツ
パートナー
かに簡便的に行うかを考えるのが実務です。開
泉本小夜子氏
期待できます。監査上は情報が増えた分、監査
示に対応するとなると作成者としても、また監
手続も増えますが…。従来の開示では、期末の
査人としてもチェックのレベルが高くなります
状態は読めても、期中の変動が見えず、制度移
ので、普通は負荷が増えます。把握の仕方その
行などを行った場合にはその処理がどういうも
ものについても簡便的に済ませているケースは
のだったのかということがわかりませんでした。
あります。例えば弊社では海外の退職給付債務
数理計算上の計算基礎に関する事項では、従
の増減については外貨でのみ捉えて、残高を期
来開示のなかった予想昇給率、一時金選択率が
末レートで換算して開示しています。増減もす
例示されていますが、いずれもアクチュアリー
べて換算して開示するとなると、平均レートと
等の計算委託機関で実際に使用している基礎率
の調整などを含めてどうするか、追加で検討し
であり、注記作成の工数がそれほど増えるもの
ないといけません。開示の項目が増えることは、
ではないのではないかと思います。それよりも、
やはり作成者の負荷が高くなるということは確
公開草案はいまだ数理計算上の差異等の費用処
実にあります。
理は現行基準の「平均残存勤務期間以内の一定
逆
瀬
ありがとうございます。湯浅さんの
おっしゃるとおりですね。
中
根
先ほど、私から企業サイドの負担は
年数」を採用しているものですので、「平均残
存勤務期間」を開示することが必要ではないか
と思います。
あまりないと申し上げましたが、年金資産の内訳
また、割引率の算定方法について、先ほどの
や翌年に支払うと予想される金額の開示など、作
論点にもあったようにそれぞれの支払時期に対
成者の負担が増す部分もない訳ではありませんの
応した割引率を採用しているのか、支払時期と
で、この点は補足させていただきたいと思います。
金額を加重した平均期間に対応したものなのか、
逆
瀬
監査人としてのお立場から、泉本さ
んは今回の開示について何かご意見はありますか。
泉
本
今回、開示の充実が図られ、財務諸
表の読者には非常に有用な情報が増えるものと
という割引率の算定方法についての記述も必要
ではないでしょうか。
なお、長期期待運用収益率と「長期」がつき、
その決定方法を開示することとされました。年
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29 季刊 会計基準
51
金制度はたしかに長期であり、年金資産の運用
も長期期待かもしれませんが、決算は年度で切
について、簡単にご説明を頂きたいと思います。
中
根
現行 I
AS第 19号は回廊アプローチ
るものであり、時価変動が否応なしに期末の数
という処理を使用する点で若干の相違があるの
理計算上の差異になります。いくら長期に 5%
ですが、基本的には現在の我が国の取扱いと同
を期待しても、期末に年金資産が暴落すれば期
様に遅延認識を認めています。今回の I
ASBの
中の期待収益はそのまま期末のマイナスの数理
公開草案は、ASBJの公開草案と同様に未認識
計算上の差異になってしまい、次期以降の費用
数理計算上の差異や未認識過去勤務費用の処理
処理負担が増します。そのような仕組みを考え
に係る遅延認識の見直しを提案する見込みです。
ると、I
ASBの公開草案で検討されているよう
ただし、数理計算上の差異をまったく費用処理
な、期待運用収益率を会社が決定する必要のな
しないという点で、ASBJの公開草案とは大き
い方法にいち早く移行したほうがよいのではな
な違いがあります。つまり、数理計算上の差異
いかとも思います。
をその発生時点で OCIに計上するところまで
金
子 いま泉本さんがおっしゃった I
ASBの
は同じなのですが、AOCIではなく利益剰余金
公開草案の話は、年金資産に期待運用収益率で
にそのまま振り替え、その後はリサイクルを含
はなく、割引率と同じ優良社債の利回りを適用
めて一切処理しません。言い換えれば、いわゆ
した利息収益を当期純利益で認識する方法だと
るクリーン・サープラス関係 8が保たれていな
思いますが、私は少し異なる視点から意見があり
いことになります。
ます。毎年の実際運用収益率は期待運用収益率
もっとも、現行 I
AS第 19号では回廊アプロー
と大きく乖離する場合があるが、期待運用収益率
チによる遅延認識以外にも、この I
ASBの公開
は恣意的な数字ではなく運用資産に裏付けられ
草案で提案されるような、リサイクルを伴わず
た数字であると思います。この点では算出根拠
に OCIで認識する選択肢がすでに認められて
となる年金資産の開示を求めつつ、合理的に期待
おり、今回の提案は、選択肢の中から遅延認識
できる収益率を意味する期待運用収益率を用い
を排除するものともいえます。ただし、今回の
る ASBJ案の方が優れているといえると思います。
提案では、従来は容認であった退職給付費用の
分解表示が強制とされ、また、期待運用収益を
割引率と同じ優良社債の利回りで計算した上で
Ⅴ
I
ASBの公開草案について
利息費用とネットする、「利息の総額」という
考え方が導入されているなど、残った方法につ
逆
瀬
本日は、次に I
ASBの公開草案を取
り上げたいと考えていたのですが、計ったよう
いてもいくつか変更をしているのですけれども。
逆
瀬
ASBJと I
ASBの公開草案と比べた場
に泉本さんと金子さんからその話が出ました。
合、リサイクルの有無が最も大きな相違点であ
大変ありがとうございます(笑)。
るといえますが、I
ASBがリサイクルを採用しな
ご承知のように、現在、I
ASBは I
AS第 19号
を見直す作業を進めており、今月中には公開草
かった理由についても説明をお願いできますか。
中
根
数理計算上の差異や過去勤務費用に
7
案を公表する予定です 。中根さんから、この
係るリサイクルは、今回の ASBJの公開草案だけ
公開草案で提案される見込みとなっている内容
でなく現在の米国の会計基準でも採用されてい
7 本座談会は 4月 23日に行われており、I
ASBの公開草案は 4月 29日に公表されている。
8 当期純利益と株主資本(ここでは利益剰余金)の連繋関係。
52
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29 季刊 会計基準
特集2
退職給付会計の動きを読み解く
ら支払うというのは給与を資本から直接支払う
のと一緒で、従来の企業会計制度の根幹を変え
ることになるのではないか。I
ASBはリサイク
ルを行う場合は、一定期間に償却する形になる
ので従来と同じ費用の平準化になってしまうこ
とを懸念しているようですが、問題は、このよ
うな平準化と、給与を資本から払うことのどち
らが罪が重いかということです。個人的には給
与を資本から支払うほうが悪いと思う。
ただし、海外の有力なアナリストの中にも、
年金は毎年の人件費という側面と長期の資産運
用の側面に二分できるので、後者を OCIで認
企業会計基準委員会
識しリサイクルしないのは妥当だという意見の
専門研究員
中根正文氏
持ち主もいます。この二分法は説得力があるが、
るのですが、I
ASBはこれを採用しなかった理由
確定給付企業年金は企業が運用リスクを負担す
の 1つとして、退職給付会計についてはリサイ
るスキームなので、このリスク管理能力の反映
クルの根拠がないという点を審議の過程で指摘
である運用結果を当期純利益にリサイクルする
しています。例えば、為替換算調整勘定やその
というのも合理的だと思う。
他有価証券評価差額金の場合では、その基礎と
年金問題からちょっと離れますが、I
ASBは
なる資産や負債が認識中止される時点でリサイ
当期純利益の経常利益化を狙っているように思
クルが生じますが、数理計算上の差異などの場
えます。確かに、持ち合い株の売却益を当期純
合では認識中止とは無関係に、遅延認識という
利益で認識することは将来キャッシュ・フロー
考え方に基づいてリサイクルが生じます。I
ASB
の予測に役立ちません。ただし、リサイクルを
は、遅延認識を単なる損益の繰延べにすぎず、正
やめると、発生主義会計に準拠し、当期の実現
当化できないものと捉えているものと思います。
損益をすべて反映した税引後のボトムラインと
今回の I
ASBの公開草案で提案され
いう当期純利益の特質が失われます。一般に投
る見込みの処理を我が国でも導入すべきかにつ
逆
瀬
資家がキャッシュ・フローの源泉として最も重
いては、今回のステップ 1の審議終了後に開始
視するのは営業利益です。今後、包括利益が明
される、ASBJの退職給付プロジェクトのステッ
示的に開示される中で、営業利益と包括利益の
プ 2で検討されることになる見込みです。金子
中間に位置する当期純利益にどういう性格を持
さん、今回の I
ASBの公開草案での提案につい
たせるべきか。 現在の I
ASBは2
011年 (平成
て、何かご意見やお考えはありますか。
金
子
23年) に向けて MOU項目の開発に多忙を極
I
ASBの案は OCIで認識した数理計
めていますが、 当期純利益の問題は 20
11年
算上の差異をリサイクルしないというものです
(平成 23年)以後に概念フレームワーク・プロ
が、これは結果として費用認識をしないため、
ジェクトの中で真剣に検討すべき課題です。そ
退職給付費用を資本から直接払っているのと同
の結果、数理計算上の差異のリサイクルについ
じではないかと思います。退職給付費用は従業
ても違った結論が出るのではないかと希望を含
員への報酬の重要な一部であり、これを資本か
めて考えています。
2010.
6 vol
.
29 季刊 会計基準
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湯浅さんも GPFでいろいろお話をされてい
ますよね。
湯
浅
用に伴って獲得したその金利以上の収益は OCI
にするということですね。
そうですね。GPFでは作成者の意
わかりにくいのですが、説明をよく聞いてみ
見は世界中どこでも同じということが多いので
ると、I
ASBのスタッフもいろいろと考えて知
すが、リサイクルについてはちょっと様子が違
恵を出してくれているな、という印象を受けま
うと感じています。米国の作成者は日本と同様
す。もちろん、年金資産の運用は立派な経営成
リサイクル支持なのですが、欧州の人たちから
績であるのに、それが当期純利益に反映されな
すれば全く受け入れられない、というスタンス
いことは問題だと主張することはできるかもし
のように思えることがあります。中根さんにご
れません。でも全額を当期純利益にヒットさせ
説明いただいたリサイクルの根拠の問題もそう
るのは反対という主張がある中、ではあなた方
ですが、それ以前に、包括利益計算書の中でいっ
はどうしたいんだ、リサイクルを認めない人た
たん計上した OCIという「利益」を、再度当
ちを説得できる考え方を示してくれ、といわれ
期純利益に計上し直すというやり方そのものが
ているように思います。これからよく検討して、
気に入らないという印象です。当期純利益は包
議論させていただきたいと思っています。
括利益の内訳に過ぎず、OCIで計上したものを
戻して、再度当期純利益という科目に計上し直
すということは、彼らからすれば許しがたい暴
Ⅵ
挙だと見えるようです。このこだわりは非常に
強くて、I
FRS第 9号「金融商品」でのいわゆ
逆
適用時期等・包括利益計算書上で
の取扱いの見直し(ステップ2)
瀬
ありがとうございます。最後に、適
る持ち合い株、戦略株式投資の時価評価の際に
用時期などについて、ご意見があればお伺いし
も同様の主張がありました。この議論をすると、
たいと思います。
ある意味信仰の問題のような様相になってしまっ
湯
浅 この基準の適用開始日ですが、B/Sで
て、折り合うことはできないような気がします。
の即時認識や開示対応は平成 24年 3月期末から、
数理計算上の差異のすべてを当期純利益に計
それ以外の決算処理は平成 24年 4月から開始す
上することも反対、利息費用や利息収益を含む
る年度の期首からとされています。実質的に今
すべてを OCIに計上するのもおかしい、とい
から 1年半ぐらいで様々な準備をして適用に備
う我が国を始めとする多くの作成者の主張に対
えることになります。経理・財務あるいは人事
して提案されてきたのが、今回の I
ASBの公開
部門としては、さきほどお話しさせていただい
草案に含まれているという理解です。退職給付
た実務上の高いハードルをいくつもクリアする
債務と年金資産をネットして、その純額(通常
必要があります。これだけでも時間がないと思っ
は負債側になると思いますが)に対して優良社
ているのですが、あと 2点追加させてください。
債のレートで算出した利息の総額を当期純利益
1つは会計制度の面から。I
FRSがいわゆる回
に計上し、数理計算上の差異(再測定)は OCI
廊アプローチという遅延認識を現行基準で容認
に計上する、という理解でいます。別のいい方
していて、改訂の時期がまだ決まっていない中
をすれば、退職給付債務の支払利息を当期純利
で、日本基準が先駆けて遅延認識を廃止しなく
益で認識する一方、年金資産については、運用
てもよいのではないかと思います。
収益のすべてではなく、支払利息と同率の金利
もう 1つは、せっかく退職給付制度という本
で計算した利息収入相当のみ利益に計上し、運
質的な経営課題について企業内部で検討するよ
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特集2
い機会になるのに、もう少し余裕を持って対応
退職給付会計の動きを読み解く
くのではなく遠のいてしまった部分もあるよう
した方がみんなのためになると思います。これ
に思います。もちろん、すべて現状の I
AS第
までオフバランスだったものがオンバランスに
19号が素晴らしい基準であるということを考
なることで、確定給付制度から確定拠出制度に
えているものではありませんが、日本基準が日
移行しなければならない、などと短絡的に考え
本基準として独立したものなのか、I
FRSに近
る必要はまったくありません。ですが、今回の
づくことのみが目標なのか、わかりにくい中途
会計基準の変更をきっかけとして、改めて自社
半端なものでもあるように思います。
の退職給付制度そのものについて、よく考える
一番の点は、B/S即時認識を急ぐあまり P/L
必要はあると思います。その上で、仮に制度を
は現状の遅延処理を踏襲するためにリサイクル
見直すとなると、報酬体系全体の枠組みの中で
方式を採用しようという点です。いくつか議論の
の検討になりますし、組合との調整を踏まえて
中で出てきたと思いますが、重要性基準や基礎
従業員からも納得感を得る必要があります。こ
率の採用において中途半端なものと考えられま
うした制度の見直しを実施する時期として、基
すので、B/
S即時認識は今回の改正で取り入れず
準の施行日をターゲットにすることは極めて普
に次回のステップ 2でもよいのではないかと考
通に起こり得ます。そう考えると、制度を見直
えられます。次の改訂計画があるということは、
す選択肢やタイミングは多い方がよいのですが、
基準の利用者にとっては何回も改正があり、理
せっかく株価が持ち直そうとしているこれから
解と対応に時間を要したことが無駄になるので
の時期に、平成 2
4年 3月までというスパンで
はないかという意見も聞かれます。また今回提案
十分かどうか。会計の問題を越えた話ではある
のリサイクル方式は、包括利益計算書の導入の
のですが、このあたりの配慮も必要ではないか
タイミングに合わせた改訂だと思いますが、そ
と思います。
の包括利益計算書についての理解が深まってい
逆
瀬
適用時期については、ASBJの審議の
中でもさらなる検討が必要ではないかという意見
も出ました。ASBJには公開草案に寄せられるコ
メントにも留意をしていただきたいところです。
泉
本
ない段階では、ことさら難しいだけのようにも
思います。
ステップ 1の検討も ASBJスタッフのみなさん
の大変なご努力があったものと思いますが、退職
湯浅さんから遅延認識の廃止の時期
給付会計はともかく難解です。基準の利用者に
についてご意見が出たので、最後に私からも意
簡明でわかりやすく、財務諸表の利用者には情
見を述べたいと思います。
報が明瞭に表示されるものという難題は今後も
現状の退職給付に係る基準や指針は 3つの機
0年間に種々のものが公表され、複雑
関9から 1
になっており、今回これを整理統合することは、
継続するようですので、この両者の要請を宜し
くご理解くださるようお願いしたいと思います。
逆
瀬
座談会の最後に、 ステップ 1での
利便性の向上が図られるものと期待できます。
B/
S上の遅延認識の廃止と、I
FRSの見直しの
ただ、ASBJの立場はコンバージェンスである
動向の関係という、非常に大きな点についてご
ということだったのに、いくつかの点で現行基
意見をいただきました。この点は確かにわかり
準のまま(若干古くなったかの感があるものも
づらい部分かと思います。中根さん、なぜステッ
含めて)を踏襲され、コンバージェンスに近づ
プ 1では B/S即時認識だけが取り上げられ、
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企業会計審議会、日本公認会計士協会及び企業会計基準委員会。
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55
また、包括利益計算書上の扱いはステップ 2に
ただ、だからといってその他の見直しをそれ
まわされたのか、その理由について説明してい
に合わせる必要もありません。B/
S即時認識と、
ただけますか。
これに伴う積立状況を示す額の変動の OCIへ
中 根
論点整理では数理計算上の差異の処
FRSも米国の会計基準も
の計上については、I
理方法について、①貸借対照表上で遅延認識を
採用することがほぼ確実と見込まれ、将来的に
廃止するか(論点 32)、②包括利益計算書上
も変わらないと思います。さらに、論点整理に
で遅延認識を廃止するか、廃止する場合には当
寄せられたコメントも B/S即時認識を支持し
期 純 利 益 と OCIの い ず れ で 即 時 認 識 す る か
ています。そして、この変更は当期純利益や原
(論点 4
1)、③仮に包括利益計算書上で遅延認
価計算に影響を及ぼすこともありません。こう
識を存続する場合、重要性基準を廃止するか、
したこともあり、ASBJは B/S即時認識につい
回廊アプローチを導入するか(論点 4
2)とい
てはステップ 1で取り上げることとしています。
う 3つに分けて議論を整理しました。このうち、
逆
瀬
I
FRSと米国の会計基準が包括利益
論点 4
ASBの公開草案で提案
1では、今回の I
計算書上での取扱いが大きく異なり、今後の見
される見込みの内容についても問いかけられま
直しの可能性も否定されない中で、我が国の会
した。論点整理に寄せられたコメントの大半は、
計基準に B/S即時認識を導入する結果、 B/
S
B/
S即時認識に肯定的であった一方で、包括利
に計上される負債金額と、包括利益合計で比較
益計算書上の処理については I
ASBの見直しの
をすれば、これらの会計基準が整合しているこ
動向に関わらず、現在の遅延認識を継続すべき
とになるということですね。
というものでした。
また、I
ASBの公開草案での提案と現行の米
国の会計基準には、リサイクルの有無や退職給
Ⅶ
おわりに
付費用の構成要素の分解の有無などの点で現状
では大きな相違があることや、I
ASBと米国財
逆
瀬
そろそろ予定の時間となりました。
務会計基準審議会(FASB)が 2011年(平成 23
退職給付会計は大変複雑な会計の領域であると
年)7月以降に退職給付会計の包括的な見直し
同時に、企業会計のみならず退職給付制度の運
を進める見込みであることを踏まえると、この
営実務や法規制などの分野にも影響を及ぼし得
I
ASBの公開草案での包括利益計算書上での取
る大変重要なものです。会社法の分配規制への
扱いが近い将来に再度見直される可能性がある
影響、企業年金に係る規制法規との関連、ある
のではないかという意見もあります。さらに、
いは I
ASBにおける検討の進捗状況との関連な
リサイクルを巡る点は、財務諸表の枠組みも含
どから、B/
S即時認識については、その適用時
めた大きな論点です。
期や方法について、公開草案の提案とは異なる
こうしたことを踏まえると、数理計算上の差
ご意見もいただきました。この他、本日は、示
異に係る包括利益計算書上の取扱いについては
唆に富む多くのご意見を伺うことができ、非常
より慎重な検討を行う必要があるという意見も
に有意義な座談会ができたと思います。
あったため、ステップ 1では扱わないこととさ
れました。つまり、ステップ 1では重要性基準
も含め、当期純利益に影響を及ぼすような変更
は行っていません。
56
2010.
6 vol
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29 季刊 会計基準
ASBJには最終基準の開発に当たり、是非、
ご参考にしていただければと思います。
本日はお忙しい中、ご出席を頂きまして誠に
ありがとうございました。
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