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概観 - 株式会社 一灯舎
Overview 概観 2000 年の同じ日に生まれた南アフリカの 2 人の子 もかかわらず,すばらしい事業アイディア(農業生産 供を考えてみよう.ヌタビセンという女の子は黒人で, を増加させる革新など)を思いついたとしよう.しか ケープタウンから約 700 キロ離れた東ケープ州にあ し,妥当な金利で融資してくれるよう銀行を説得する る農村地帯の貧困家庭に生まれている.母親は正式な のが困難であろう.ピーターが同じようないいアイデ 学校教育を受けたことがない.一方,ピーターという ィア(有望なソフトウェアの改訂版の設計方法など) 男の子は白人で,ケープタウンの裕福な家庭に生まれ を思いついたとすれば,大学卒業の資格に加えて,何 ており,母親は近くの有名なステレンボッシュ大学で らかの担保も保有している可能性が高いことから,融 大学教育を修了している. 資の獲得はもっと容易であろう.南アフリカでは民主 誕生した時点で,人種,両親の所得や教育程度,農 主義に移行する過渡期にあるが,ヌタビセンはアパル 村か都市かという居住地,あるいは性別といった家庭 トヘイト(人種隔離政策)の下では認められていなか 環境の責任はヌタビセンとピーターにはない. しかし, った選挙の投票を通じて,間接的に政府の政策策定に 統計によれば,このようなあらかじめ定められた背景 関与することができる.しかし,アパルトヘイト下に の変数が,子供たちが送ることになる生活に大差をつ おける機会と政治権力の不平等という後遺症は,ここ けている.ヌタビセンが誕生後 1 年以内に死亡する確 当分の間は残るだろう.そういった政治面での根本的 率は 7.2 %と,ピーターの 3 %の 2 倍以上である.寿 な変化が,経済や社会の状況を変化させるようになる 命がどれくらいかをみると,ピーターの 68 歳に対し までの道のりは長いといわざるを得ない. て,ヌタビセンは 50 歳どまりである.ピーターは 12 生活機会という点でピーターとヌタビセンの間には 年間の正式な学校教育が期待できるのに,ヌタビセン 著しい格差があるものの,それは平均的な南アフリカ は 1 年以下である 注1 .ヌタビセンはピーターと比べて 注2 人と先進国の市民との格差に比べれば大したことはな .成 い.同じ日に平均的なスウェーデンの家庭に生まれた 長する過程で彼女が清潔な水や衛生,あるいは良い学 スヴェンに配られたカードを検討してみよう.彼が生 かなり貧しい生涯を送る可能性大なのである 校にアクセスできる可能性は低いだろう. このように, 後 1 年以内に死亡する確率は 0.3 %ときわめて低く, 2 人の子供が人間としての潜在能力をフルに開花させ 80 歳までは生きることができる.これはピーターよ るために目の当たりにしている機会は,自分たちには り 12 年,ヌタビセンよりは 30 年も長生きである.平 責任がないにもかかわらず最初から著しく異なってい 均的な南アフリカ人より 5 年も長い 11.4 年間の学校 るのである. 教育を修了する可能性大である.このような学校教育 このような機会の相違は南アフリカの開発に対する の格差は量だけでなく,質の相違によっても増幅され 貢献能力の違いとなって表れてくる.ヌタビセンの誕 ている.8 年生になれば,スヴェンは国際比較可能な 生時点での健康状態は,妊娠中の母親の栄養が良くな 数学のテストで 500 点はとれるだろうが,南アフリ かったので悪いであろう.ピーターのほうは男である カの生徒の平均点はわずか 254 点にすぎない.それ こと,都市部に住んでいること,および学校が近いこ は経済協力開発機構(OECD)の中央値からその標準 となどのおかげで,正式な教育を受けて,生来の才能 偏差の 2 倍を差し引いた水準よりも低い.ヌタビセン をフルに活用することができるようになる公算大であ はといえば,そもそも同学年にまで到達する可能性が ろう.ヌタビセンが 25 歳になった際,非常な不利に ほとんどないため,そのテストを受けることさえない 2 世界開発報告 2006 であろう注 3. 概 観 公平性と長期的な繁栄に補完性がある第 2 の理由 らの利益を保護しようとする. 3 的発言権の配分に焦点をあてるべきであるということ このように,国,人種,性,および社会集団によっ は,経済的および政治的な不平等が大きいほど,大き このような政治,社会,文化,および経済の各面に を示唆する.そういった政策は競争条件を平準化する て生活機会に相違があることに関して,多くの読者は な影響力をもつ人々の利益を体系的に優遇する経済制 おける不平等は,移動性を窒息させる.日常生活にあ ことによって,「不平等の罠」から公平と成長の好循 根本的に不公正であるとの印象を受けるだろう.それ 度や社会的取り決めができあがる傾向があるからであ まりにも密着しているため,不平等を打破することは 環に移行するのに役立つ.すなわち,最貧層の人的資 は人間の潜在能力を浪費して,開発の機会の喪失にも る.そのような不公平な制度は経済的代償を伴う.人 困難である.それはエリート層によって永続化され, 源に対する投資を増やし,公共サービスや情報へのア つながるだろう.そこで,『世界開発報告 2006 』で 権や財産権が選別的にしか執行されていないのであれ 辺境化ないし抑圧されたグループによっても往々にし クセスを平等化する,全ての人々に財産権を保証し, は,公平性と開発の関係を分析してみたい. ば,予算配分が政治的な影響力をもつ人々をおもに優 て内部化されているため,貧困層が貧困を脱却する道 そして,市場により大きい公正化を図ることからであ 公平性とは,個々人はみずから選択した生活を追求 遇しているのであれば,又,公共サービスの配分が富 を見出すことは困難になっている.つまり,不平等の る.しかし経済的な競争条件を平準化する政策は,大 するという点で平等な機会を有し,結果に関して極端 裕層をえこひいきしているのであれば,中流階層と貧 罠はむしろ安定しており,世代を越えて継続する傾向 きな挑戦課題に直面するであろう.政策課題に対する な収奪を免れるべきだということを意味する.公平性 困層はともに才能を発揮できないことになる.したが が強いのである. 影響力が不平等だからである.不遇な人々の利害は声 はある根本的な面で,長期的繁栄の追求にとって補完 って,社会全体としては非効率的になり,革新と投資 本報告書ではさまざまな形の不平等どうしの相互作 に出されることも,代弁されることも決してない公算 的である,というのが主なメッセージとなる.競争条 の機会を見逃すことになるだろう.グローバルにみる 用に注目して,不平等のしつこさを裏づけてみたい. があろう.また,政策が特権に挑戦しようとすれば, 件の平準化(社会的な活動をし,政治的な影響力を行 と,グローバルなレベルでの統治に関して,途上国に 機会の不平等が浪費的であり,持続的開発と貧困削減 強大なグループが改革の阻止に動く懸念もあろう.し 使し,そして経済的な生産を行うという点で,社会の 発言権がほとんど,あるいはまったくない場合,その にとってマイナスであるという証拠を提示する.政治 たがって,公平性にかかわる政策が成功する可能性を 全成員が同じようなチャンスがもてるようになるとい ルールは貧困諸国にとっては不適切で,コスト高なも 的および経済的に,また,国内的にも国際的にも,競 高めるためには,経済的な競争条件を平準化する際に, うこと)を促進するような制度や政策は持続的な成長 のになってしまうだろう. 争条件の平準化という一般的な概念について政策的含 国内の政治的な競争条件を平準化し,グローバルな統 と開発に寄与する.公平性が高いほど貧困削減に二重 意の抽出にも努める.ヌタビセンのような子供たちを 治にかかわる公正さを高めるための同じような努力を に資する.それは全体として長期的な発展に対して潜 経済的,政治的,および社会的な不平等がやがては世 取り巻く機会が,ピーターやスヴェンのような子供た 同時並行的に行う必要があろう. 在的にプラス効果があり,加えて社会のなかでも貧困 代を越えて再生産される傾向にあるため,ますます大 ちの機会よりも大幅に制約されているのであれば,ま 第 3 に,公平性と効率性の間には,短期的には政策 層により大きい機会が与えられるためである. きな被害をもたらすようになる.このような現象は た,それが全体として開発の進展を阻害しているので レベルでさまざまなトレードオフ(利益相反)が生じ 公平性と繁栄の補完性は広くいって 2 つの理由から 「不平等の罠」と呼ぶことができる.富の分配で最下 あれば,選択肢が本当に制約されている人々の機会を る可能性がある.これは十分認識されており,幅広い 生じる.第 1 に,途上国では特に信用,保険,土地, 位にある家庭に生まれた不遇の子供たちは,良質な教 広げるという公的措置によっては果たすべき正当な役 文献が存在する.政策当局者が多種多様な政策の利点 および人的資本の面で,市場の失敗が多く見受けられ 育を受けるのに,裕福な家庭に生まれた子供たちと同 割があろう. を評価する際に用いる(しばしば暗黙の)費用便益計 るためである.その結果として,資源が収益率の高い じだけの機会が与えられていない.したがって,この 冒頭で 3 つの重要な検討課題を明らかにしておきた 算は,往々にして長期的で計測はむずかしいものの, ところに流れていないおそれがある.たとえば,ヌタ ような不利を背負った子供は大人になっても稼ぎが少 い.第 1 に,競争条件を平準化すれば,教育の達成度, 公平性の高まりという真の便益を無視している.公平 ビセンのように非常に優秀な子供が初等教育を修了で ないであろう.貧困層は政治的プロセスにおける発言 健康状態,および所得などについて,観察される不平 性が高まれば,経済的な機能が効率化し,対立が減少 きない一方で,さほど優秀でない子供が大学を卒業し 権が小さいため,自分たちの子供のために公立学校を 等は縮小する公算大であろうが,政策目的は結果とし し,信頼が高まり,そして制度が改善するため,投資 たりしている.農民は小作の場合より土地を所有して 改善するという支出決定に,自分たちの親と同様,大 ての平等ではない.機会が真に平等であっても,選好, と成長にとってダイナミックな利益がもたらされる. いるほうが一生懸命働く.途上国の効率的な農産物や きな影響力をおよぼすことができないであろう.そし 才能,努力,および運の違いから,結果には確かにあ そのような利益を無視しているかぎり,政策当局者は 繊維製品の生産者は OECD 市場から締め出されてい るし,貧しい未熟練労働者は豊かな諸国で働くための 機会と政治力の不平等が開発におよぼす悪影響は, て,過少達成という悪循環が継続するのである. る程度の相違が生じるのが常である 注4 .これは,教 公平化の効果が薄い政策を選択してしまう公算大とい 富の配分は,人々,コミュニティ,および国を,支 育や実物資産に投資し,働き,およびリスクを取ると 配側と被支配側に階層化している社会的な区別と密接 いうインセンティブになるという点で,所得格差が重 しかし,同じ理由で,より大きい公平化の推進に関 市場が存在しない場合や不完全な場合,富と権力の に関連している.このような支配パターンは,経済的 要な役割を果たすということと矛盾するものではな 心をもつ人々も,短期的なトレードオフを看過すべき 配分が投資機会の割当に影響する.市場の失敗を是正 および社会的な区別が陰に陽に権力が介入することで い.もちろん,結果は重要であるが,ここでは主とし ではない.仮に個々のインセンティブの有効性が,投 することが理想的な対策であるが,それが実行不可能 強化されるため,ずっと持続することになる.エリー てそれが絶対的な収奪に対する影響力と機会の形成に 資と生産にとってあまりにも負担の大きい所得再分配 であるか,またはあまりにもコスト高である場合には, ト層は,たとえば,婚姻や血縁制度に関する排他的な 対して果たす役割の面に注目する. 制度によって低下することがあれば,革新,投資,お サービス,資産,あるいは政治的影響力に対するアク 慣習などを通じた巧妙な方法によって,また,政治権 第 2 に,機会の平等について懸念があるということ セスを何らかの形で再分配できれば,経済的効率性を 力の積極的な操縦ないし明示的な暴力の行使などとい は,公的政策は所得の不平等に直接的に焦点をあてる 史は,設計の悪い政策が公平性の名の下に追求され, 向上させることができる. った必ずしも隠然とはいえない方法によって,みずか のではなくて,むしろ資産,経済的機会,および政治 個々のインセンティブを無視することによって,成長 移住機会が極度に制限されている. わざるを得ない. よび成長が伸び悩むという結果に陥る.20 世紀の歴 4 世界開発報告 2006 概 観 5 プロセスを促進するどころか,大きく阻害した実例で 主張を行う.国際面では,世界市場の機能およびそ える予防接種状況が,富裕層か貧困層かによって,国 就学者は女子よりも男子のほうが多い.途上国世界全 あふれている.個別インセンティブに対する当面のコ れを統治するルールに関係する競争条件を平準化 ごとにいかに違っているかを検討してみよう(図 1). 体で何百万人もいる身体障害児童も,健常児童とはま ストと,包容的な制度と広範な機会が存在する一体感 し,貧困国と貧困層に与えられた現在の状況の改善 たとえば,ほぼ全員が対象になっているエジプト の強い社会という長期的な利益の両方を考慮しなが 努力を後押しするための援助についての補完的な規 (左端)と,児童の 40 %が対象外となっているチャド ら,バランスを追求すべきである. 定を検討する. (右端)とでは,予防接種のアクセスに著しい不公平 にかかわる格差と関係している.エイジンシーとは自 がみられる.しかし,そのような格差が一国内でも同 分の周辺の世界を形作る能力のことで,それは社会経 じくらい大きいところがサンプル国のなかにはある. 済的,文化的,および政治的に決定づけられている. たとえば,エリトリアでは,5 分位層でみて最富裕層 このような格差が制度やルールのなかに,権力や特権 はほぼ 100 %対象になっているのに対して,最貧層 を有するグループを優遇する歪みを生み出すのであ の児童の約半数は対象外となっているのである. る.これは,インドの農村における指定カースト(不 現地事情を考慮しながら政策設計を慎重に評価する というのは確かに重要なことであるはが,公平性の配 慮というのは診断と政策の両面において真正面から取 以下,この概観では主要な発見をあらかじめ要約し ておこう. り組むべきものである.これは新たな枠組みが必要だ ということではなくて,既存の枠組みを統合して拡張 国内および各国相互間の不公平 するということを意味する.公平性は投資環境とエン ったく異なる機会に直面している. このような不公平は通常は個人の 「エージェンシー」 性別による大幅な相違も世界中の至るところで見受 可触民のこと)は移動性が低いとか,エクアドルのケ パワメントという両方の課題にとってきわめて重要で 公平性の観点からすると,機会の配分は結果の配分 けられる.東アジアおよび南アジアの一部,特に中国 チュア族差別に関する多数の逸話とかいったさまざま あり,それは制度や個別の政策設計に対するインパク よりも重要である.しかし,現実のものではなくて潜 農村部とインド北西部の一部では,生活機会そのもの な現実にみられる.権力や地位に関してグループ間に トを通じて作用する.公平性に関してはそれ自体に価 在的なものである機会は,結果よりも観察や測定がむ が性別という単一の既与の特性によって左右されてい 存在する格差は,不公平の永続化に貢献するような行 値を認める向きがあるし,また,世界銀行の主たる使 ずかしい. る.このような地域には女子よりも男子のほうが圧倒 動,抱負,および選好として内部化されていることも 的に多い.これは性別に基づいて選別的な中絶が行な ある. 命である絶対的貧困を削減する手段としての役割を評 本報告書は公平性の本質的な価値を認めるものでは 国内の不公平の諸側面 機会の不公平を直接定量化するのは困難であるが, あるが,公平性に注目することがなぜ長期的な発展に ブラジルに関するある分析は適例を示してくれている とって重要なのかを裏づけることに主眼をおく.本報 (第 2 章).1996 年における賃金の不公平が個人のコ 告書は次の通り 3 部構成になっている. る.貧しく地位の低い親の子供は,教育,健康,所得, 図1 子供の予防接種にとっては富が重要 非接種比率(%) 親の教育程度,および親の職業)に基づく部分と,そ 70 れ以外による部分とに分けられている.労働者の賃金 の不平等に関するデータを検討する.機会の不平等 格差全体の約 4 分の 1 は,このような 4 つの環境で説 を定量化したこれまでのいくつかの試みをレビュー 明されることになる.議論の余地はあるものの,機会 はするものの,機会の不平等を示す指標としては, に関するこれ以外の決定要因もこれには含まれていな 基本的に,性,人種,家庭環境,出生国など先験的 いものの,同じく既与のものである.たとえば,性別, な事情で定義された,グループ相互間にみられる著 家庭の財産,あるいは小学校の質などである.このよ しい不平等な結果にかかわるデータに依拠する. うな変数は不公平の「分解」に織り込まれていないた ・第Ⅱ部では,公平性がなぜ重要なのかを考慮する. め,この研究結果はブラジルにおける機会の不公平に 60 50 40 最貧層 30 20 関しては下限推定値とみなすことができよう. の経路(市場が不完全な場合に機会の不平等がもた 不幸なことに,既存の(したがって道徳性には無関 らす影響と,各社会に整備されている制度の質に対 係な)環境は,単なる将来の賃金以上のものを決定す して不公平性がおよぼす影響)を検討する. る.教育と健康はそれ自体に価値があり,個人が経済 ・第Ⅲ部では,公的措置がどのようにして政治的およ 機会の不公平は世代を越えて継承されることもあ いる.多くの(すべてということではない)地域では, ントールがおよばない 4 つの既与の環境(人種,宗教, ・第Ⅰ部では,各国内および各国相互間における機会 本質的な動機に加えて,インパクトに関しては 2 つ われたり,生後の育児法が異なることが一因となって 的,社会的,および政治的な生活に関与する能力に影 び経済的な競争条件を平準化するのかを検討する. 響する.ところが,子供たちが学んだり,健康な生活 国内面では,人に投資すること,司法,土地,およ を送ったりするための機会は,どこの国でも,特に資 びインフラへのアクセスを拡充すること,そして市 産の保有状況,地理的な居住場所,あるいは親の教育 場における公正化を促進すること必要であるという 水準などに応じて,大幅に異なっている.基本的とい 10 0 エジ プ ヨル ト コロ ダン ンビ * ルワ ア ンダ ペ 南ア ルー フリ カ ケニ マラ ア ウ ブラ イ ザン ジル ビ ベト ア* ナム ト グア ルコ テ タン マラ イン ザニ トル ア ド クメ ネシ ニス ア タ モロ ン* ッコ ガー ナ ベニ フ バン ィリ ン グラ ピン デシ ュ コモ ボリ ロ パラ ビア カザ グア フス イ タン ブル イエ * キナ メン フ カメ ァソ ルー ウガ ン ンダ モー イン リタ ド ニア ハイ チ トー 中央 エ アフ チオ ゴ リカ ピア マダ 共和 国 ガ モザ スカ ンビ ル ーク ギニ ア カン マリ ボジ パキ ア ス エリ タン ト ニジ リア ェー ル チャ ド 価する意見もある. 出所:人口動態保健調査(DHS)のデータに基づく筆者の試算. 注: * は子供の予防接種へのアクセス度について,最貧 5 分位層のほうが最富裕 5 分位層よりも高いことを示す.オレンジ色の連続線は各国で基本 的な予防接種パッケージにアクセスがない子供の割合,国別の縦線の両端は資産保有分布でみて最上位 5 分位層と最下位 5 分位層の同割合を表わす. 6 世界開発報告 2006 概 観 7 図2 機会は早期に決定 エクアドルにおける3-5歳児の認知発達度は家庭環境によって大きく異なっている 4分位の最富裕層と最貧層 点数(中央値) 母親の教育水準 点数(中央値) 110 110 100 100 最富裕25%層 90 90 80 80 70 最貧25%層 12年以上 0-5年 70 60 60 40 50 60 70 40 月齢 50 60 70 月齢 出所: Paxson and Schady (2005). 注:言語認識テスト(TVIP)の点数(スペイン語の言語認識にかかわる測定値で,それを国際基準に対して 標準化したもの)にかかわる中央値を,子供の月齢に対応して図示.正確な月齢別の中央値は,帯域幅を 3 として,月齢別の点数(中央値)についてファン回帰式を推定することによってならしてある. ラ以南アフリカで 1975-79 年の間に生まれた平均的 顕著な低下がみられた(図 3 ).この歓迎すべき動き な子供は,わずか 5.4 年間の学校教育しか受けていな は医療技術の世界的な普及と,死亡率が高い諸国にお い.この数字は南アジアでは 6.3 年,OECD 諸国では ける懸命な公衆衛生改善努力の賜物である.しかし, 13.4 年ともっと高い. 1990 年以降になると,HIV/エイズの蔓延(主として 教育と健康におけるこのような格差に,インフラを 多くのアフリカ諸国)と体制移行国(主として東ヨー 初めとするほかの公共サービス・アクセスにかかわる ロッパ・中央アジア)における死亡率の上昇が,それ 大きな格差が加わるため,私的財の消費にかかわる機 までの改善を後戻りさせることになった.エイズ危機 会が富裕国と貧困国との間で大幅な格差が存在するの が原因で,出生時における平均余命が最貧国では大幅 も当然であろう.年間の消費支出の中央値は購買力平 に減少したため,それら諸国と先進国との格差が急拡 価( PPP )でみて,ナイジェリアの 279 ドルに対し 大したのである. てルクセンブルクの 17,232 ドルと開きが大きい.こ 学校教育アクセスの不平等も各国間だけでなく国内 れはルクセンブルクの平均的な市民は,平均的なナイ 的にも世界中で縮小し,学校教育の平均水準が多数の ジェリア人の 62 倍に達する金銭的資源を享受してい 国で上昇した.これも喜ばしい傾向である.ただし, および地位に関して,いいチャンスに恵まれることは 性大であり,それ以降も継続することになるだろう. るということを意味する.平均的なナイジェリア人は 学校教育の質に関しては懸念があるため,それが自己 ないだろう.これは生後すぐに始まる.エクアドルで 世代間の固定性は富裕国でも見受けられる.機会の平 栄養が十分な食事を毎日とるのがむずかしいのに対し 満足に陥ることがないよう警戒すべきである. は,3 歳児は社会経済的階層にかかわりなく,語彙認 等にかかわる神話が根強いアメリカにおいてさえ,新 て,ルクセンブルクの平均的な市民は市場で最新世代 われわれの主たる関心事項は機会の不平等ではある 識に関するテストではほぼ同じくらいの得点をあげ, たなデータによれば,社会経済的な地位は世代を越え の携帯電話を購入できるかどうかを,あまり心配する が,所得や消費にかかわる国別格差は各国で誕生した それは標準的な国際的な参照グループに近い. しかし, てきわめて固定的である.最近の推計では,所得が全 必要がないというほどの差である.国際的な人の移動 子供たちの生活機会に影響を与えずにはおかない.出 5 歳になると,最富裕層で親の教育程度が最高水準に 国平均の半分の世帯が平均水準に到達するには 5 世代 については国内の移動よりもずっと厳しい制限がある 生時の平均余命と学校教育年数は少なくとも 1990 年 ため,結果にかかわる各国間のこのような大きな格差 までは収斂するトレンドにあったが,所得と消費では は,国内的な格差の場合よりも機会の不平等に起因し 違った姿がうかがえる.最近のトレンドは具体的にど ている可能性がより大きいといえよう. のような概念(第 3 章で詳論)に基づくかによって左 注5 .この固定性は低所 あるグループを例外として,全員が国際的な参照グル を要することが示されている ープを下回るようになる(図 2).学校教育が 0 から 5 得のアフリカ系アメリカ人の間で特に顕著である. 年の親をもつ子供と同 12 年以上の親をもつ子供との 間でみられる,語彙認識におけるこのような顕著な格 差は,小学校に入ると学校の成績に受け継がれる可能 図3 エイズ危機の発生まで,平均余命は改善し国際的にも平 準化 人口で加重した平均余命の 国際的な分布状況(1960-2000年) 0.05 グローバルな不公平は巨大 グローバルな不平等のトレンドは変化してきてい 右されるが,グローバルな所得の不平等は 1980 年代 機会の不平等は多くの諸国で国内的に大きいだけで る. 1960-80 年には最貧国における大幅な上昇が牽 に中国とインドで高成長が始まるまでは,長期的に一 なく,グローバルにみるとまさに驚くほどである.第 引力となって,平均余命に関する各国間の不平等には 貫して拡大していたのである(図 4). 3 章では国別格差は生活機会そのものにまず表れてい ることが示されている.アメリカの乳児で生後 1 年以 内に死亡するのは 1,000 人あたり 7 人であるのに対し 図4 所得の不平等が長期的に拡大する傾向は,中国とインド の成長を受けて,逆転し始めている て,マリーの乳児の場合は同 126 人にも達している. 平均対数偏差 マリーだけでなくアフリカの多くの諸国,およびアジ アやラテンアメリカの貧困国の幼児は,1 年を越えて 1990 1960 個人間の不平等は各国相互間の格差と各国内の格差 きなリスクにさらされている.そして,彼らが学校に 行ったとすれば(途上国では 4 億人以上の大人は就学 いはアメリカの子供たちが通学する学校と比べて,は 0 27 39 51 63 年 出所: Schady (2005). 75 87 るかに劣悪である.学校の質の低さ,栄養失調,およ び勉強する代わりに働けば賃金がもらえることなどが 要因で,多くの子供が早い時期に退学している.サハ ドを除くと,その他低所得国のほとんどと富裕国との 0.83 0.8 グローバルな不平等 0.6 0.69 国内不平等 0.42 0.37 0.33 0.50 公平性は開発にとってなぜ重要なのか? 0.33 0.2 0.05 0 格差は引き続き拡大しているため,グローバルな不平 等も大きくなっているのである. 0.36 0.4 の経験がない),その学校はヨーロッパ,日本,ある 頭には比較小さかったが,20 世紀末にかけて不平等 全体の大きな部分を占めるようになった.中国とイン 1 生き延びたとしても,栄養面で富裕国の幼児よりも大 2000 に分解することができる.各国間の格差は 19 世紀初 このように国内的に国際的にも執拗な不平等がなぜ 各国間不平等 1820 1850 1870 1890 1910 1929 1950 1960 1970 1980 1992 出所: Bourguignon and Morrisson (2002)のデータに基づく筆者の 試算. 問題なのか? 第 1 の理由は,このような不平等の相 互関連と執拗さは,あるグループがほかの市民と比べ て一貫して(経済的,社会的,および政治的な)機会 8 世界開発報告 2006 概 観 に恵まれてないということを示唆するからである.そ ・市場が不完全な場合,権力と富の不平等は機会の不 のようなひどい格差は,特に影響を受けている個人に 9 差別を受けたグループに属する個人の自尊心, 努力, 数の人々が投資と革新に積極的になるようなインセ 平等をもたらし,生産的な潜在能力の浪費と資源の および行動力を低下させることが知られている.そ ンティブが創出されなければならない.しかし,そ とってなすすべがない場合には,公正感に反している 非効率な配分につながる.多くの国では市場はしば の結果,個人としての成長の可能性と経済全体に貢 のような良い経済制度というものは権力の配分があ と人々は感じる(第 4 章).そのような感覚は政治哲 しば不完全な機能しか果たしていない.これは情報 献する能力が低下する. まり不平等ではなく,官僚の権力行使に制約が課せ 学の教えや人権にかかわる国際的な制度とも整合す の非対称性に関連した本質的な失敗や,政策が誘発 ステレオタイプ化が行動力に及ぼす影響に関し られているような状況下でしか出現しない.国際比 る.世界の主要宗教のコアとなる道徳や倫理の教えに する歪みが原因である.ミクロ経済学的な事例研究 て,驚くべき証拠がインドにおける最近の実験で示 較に基づく基本的なパターンや歴史的な事実によれ は公正さへの関心が含まれている.ただし,その多く によれば,資源が生産的な代替物相互間で非効率に 唆されている.さまざまなカーストの子供たちに, ば,制度の面で持続的な繁栄が促進される軌道に乗 はかえって不公平の源となり,歴史的にみると,その 配分されているのは,往々にして富や地位の格差が 成績に応じて金銭的なインセンティブを付与すると っている諸国というのは,政治的影響力と権力のバ 不公平性は権力構造に結びついてきたことも確かであ 理由になっていることが示唆されている(第 5 章). いう条件の下で,迷路を潜り抜けるといった単純な ランスが公平化したおかげでそうなっているのであ 作業をしてもらった.この実験の重要な結果として, る. る.さらに,全員ではないが多くの人々は自分が個人 もし資本市場の機能が完全であれば,投資と富の としてどうやっているかについて関心があるだけでな 配分との間には何の関係もないであろう.儲かる投 実験者がカーストを公表しなかった場合には,低カ 一例として,南北アメリカそれぞれにおけるヨー く,公正さに配慮しながら行動しているということを 資機会さえあれば,だれでもそれをファイナンスす ーストの子供の成績は高カーストの子供と同程度だ ロッパ植民地の初期の制度と長期的な発展軌道を比 示す実験的な証拠もある. るためにお金を借りるか,あるいは事業を行なうた ったのに,それを公表した場合には成績は著しく悪 較してみよう.南アメリカ植民地には原住民や輸入 このような機会の不平等や不公正なプロセスにかか めに設立された会社の株式を売却することができる かったのである(図 5 ).現実の世界で同じような されたアフリカ人奴隷という未熟練労働が豊富に存 わる関心という本質的な理由は重要であるが,本報告 であろう.しかし,ほぼすべての国で資本市場は完 才能の抑制が起こっているのであれば,社会的なス 在しており,それに鉱山技術と大規模なプランテー 書の主眼は公平性が開発にとって手段としてかかわっ 全というにはほど遠い.信用は有望な客の間で割り テレオタイプ化によって潜在的な産出の損失が発生 ション農業が加わって,階層的で略奪的な社会の経 ているという点にある.特に,市場が不完全な場合に 振られ,金利は借り手に応じて,また貸し手と借り していることを示唆する. 済的な基盤が形成された.土地の所有と政治権力は おける機会の不平等がもたらす効果と,社会が発展さ 手との力関係で大幅に異なるだろう.その金利格差 せている制度の質に対して不公平さがもたらす結果, はデフォルト・リスクや,貸し手の期待収益率に影 ・経済的および政治的な不平等は制度的な発展の阻害 照的に,北アメリカでは階層的な構造を導入しよう 響するそのほかの経済的要因に基づくとは思えない に関係する.不公平さが開発の長期的プロセスに影 という試みは,労働が稀少だったため挫折する.た ほどになっている.たとえば,インドのケララ州や 響する第 2 の経路は,経済的および政治的な制度の だし,アメリカの南部地域では気候条件が農業に適 タミールナードゥ州では金利はローン金額が大きい 形成を通じてである(第 6 章).制度は人々を取り していたため,奴隷制も経済的に可能であった.北 ほど低くなっているし,ケニアやジンバブエでは貿 巻くインセンティブや制約を決定し,市場が機能す アメリカの北部地域では自由労働を確保する競争が 易商社に関してはリスク格差では説明できないほど る状況を規定する.さまざまな制度は社会における 生じたおかげで,それほど不平等でない土地所有の .メキシコでは,資本収益率は さまざまな個人やグループの利害や,政治的影響力 パターン,フランチャイズの急拡大,識字率と基礎 非公式部門では零細企業のほうが大企業よりも大幅 を反映した複雑な歴史的プロセスの結果なのであ 教育の急速な普及などがもたらされた.それに伴っ に高いのである. という 2 つの経路に注目したい 注6 . 図5 カーストが明らかになると,子供の成績には格差が生じる カースト別にみた迷路の平均解明回数 (5回の実験による) 低くなっている 8 出来高制 勝抜き戦 6 4 2 高カースト 低カースト 0 カースト カースト カースト カースト 非公表 公表 非公表 公表 カースト 公表&分離 出所: Hoff and Pandey (2004). 注:数字はインドの村落における多数のさまざまな実験で,高カース トと低カーストの子供たちが迷路を正しく通過した回数を示す.初め の 2 欄と後の 3 欄の相違は報奨金にある.すなわち,子供たちが迷路を 正しく通過するごとに報奨金がもらえるか(出来高制),それとも単に たくさんの迷路を正しく通過できたかどうか(勝抜き戦)の違いであ る. 注7 少数の人々に極度に集中したのである.これとは対 る.この視点からすると,市場の不完全性は偶然の て形成された経済および政治の制度は時を越えて維 土地市場にも不完全さがみられる.これは明確な 所産ではなく,所得ないし権力を特定の形に配分す 持され,長期的な発展にとってプラス効果をおよぼ 所有権の欠如,土地所有の集中という歴史,および るためにできあがっているといえる.この考え方に したのである. 賃貸市場の不完全性などに関連している.ガーナで よれば,社会的対立が社会の制度や権力者(自分の は,女性の保有権に不確実性があるため,非効率な 利益になるような制度を形成する権力をコントロー ことに土地をすき耕す頻度が低く,そのため土地の ルしている人々)のインセンティブをめぐって発生 生産性の逓減につながっている. することになる. 人的資源の市場も不完全である.というのは,両 ここで重要なのは,権力が不平等だと,権力,地 経済的および政治的な競争条件の平準化 このように,世界中で観察される経済的および政治 的な不平等の一部は,機会の不平等に起因している. 親が子供に代わって決定を下すからであり,また, 位,および富の不平等を永続化させ,通常は長期的 この不平等は本質的な観点と手段としての観点の両方 投資の期待収益率は居住地,コネ,および性別,カ な成長を下支えする投資,革新,およびリスクテー から,好ましくない.経済的な非効率性,政治的な対 ースト,宗教,あるいは人種などの基づく差別によ キングにとって悪い制度の形成につながるという点 立,制度的な脆弱性につながるからである.政策にと って影響を受けるからである.差別とステレオタイ である.良い経済制度というものは基本的に公平で ってはどのような含意があるだろうか? また,世界 プ化(グループ間の不平等を再生産する仕組み)は, なければならない.社会が繁栄するためには,大多 銀行,その他国際機関,および各国政府がすでに取り 10 世界開発報告 2006 概 観 11 組んでいる貧困削減とは違った課題を提起するのだろ ービスの提供や市場の機能が歪むことになる.これ は,開発政策のコア分野に焦点をしぼることにしたい. 限界税率が高ければ仕事にとってマイナスのインセン うか? は発言権,影響力,および公的資源が支配グループ ただし,世界銀行としては,政策設計がもっと幅広く ティブになる,あるいは財政赤字のインフレ的なファ から機会に恵まれない人々のほうにシフトしないか 社会的および政治的な事情を考慮に入れていなければ イナンスが暗黙裡に逆進的な税制,経済的な混乱,お ならないことや,説明責任のメカニズムが開発の有効 よび投資と成長の低下につながる,といった事実その 性に影響することは認識しておきたい. ものはまったく変わらない.要するに,公平性を重視 公平性というレンズは貧困削減の課題に貢献すると いうのがわれわれの主張である.貧困層はほかの人々 注9 ぎり,変わる可能性は低いであろう . よりも,総じて発言権が弱く,所得が低く,サービス ・第 2 に,そのような公平性を高める(権力,ないし へのアクセスが制約されている.社会がすべての人々 政府支出や市場へのアクセスにかかわる)再分配政 経済政策は社会政治的な現実の枠内で決定されるた の機会が広がるような形で公平化すれば,貧困層は 策は,通常は効率性を高めるものの,政策設計に際 め,政策がどのように設計され、導入され,あるいは 「二重の配当」を享受することができる.第 1 に,機 してはトレードオフが発生する可能性を評価する必 改革されるかは,どのような具体的な政策が提案され 本報告書では,公的措置が経済的および政治的な競 会の拡大は開発プロセスへの積極的な参加を通じて, 要がある.最貧層向けの学校建設をファイナンスす るのかということと同じくらい重要である.特定のグ 争条件の平準化に果たす役割を,大きく 4 つに分けて 貧困層に直接利益をもたらす.第 2 に,開発プロセス るための税率引き上げが,努力や投資にとってあま ループに損害をもたらす結果になる政策改革に対して 検討する.そのうち 3 つは国内政策にかかわるもので, 自体ももっとうまくいき,強靭になるだろう.公平性 りにも大きなマイナスのインセンティブになるよう は,そのグループからの抵抗に出会うだろう.同グル 具体的には,①人的能力に対する投資,②司法,土地, が高まれば,制度が改善され,対立の管理が有効にで であれば,引き上げはその時点で停止すべきである. ープが力をもっていれば,改革は往々にして覆ってし およびインフラへのアクセス拡大,そして,③市場に きるようになって,貧困層の分も含め,社会に潜在す そのようなトレードオフについて政策の選択を行な まうだろう.したがって,改革が持続できるかどうか おける公正の促進である.4 番目は市場アクセス,資 る資源の有効活用が可能になるからである.その結果 う場合,公平性の改善に伴うすべての利益を額面通 は,配分面での結果にかかわる情報を公開することや, 金の流れ,および統治にかかわるグローバルな公平性 として,貧困諸国における経済成長が高まって,今度 り考慮すべきである.低カースト児童向けの学校建 社会のなかで相対的に恵まれない人々を直接的か間接 を高めるための政策である. はグローバルな不公平の削減に寄与することになる. 設にかかわる支出増加は,学校教育の普及に伴う目 的かは問わず,「エンパワーする」ことによって,利 本報告書では,議論の全体を通じて,政策を具体的 するということが経済政策のまずさの弁解になっては ならないのである. 経済成長に対する貧困層の寄与が大きい証拠とし 先の具体的な利益に加えて,長期的にも社会でステ 益が享受できる中間層と貧困層が連帯を形成できるか かつ現実的にしたいという要請と,個別に最善のポリ て,貧困削減の成長弾力性は所得の不平等が大きいほ レオタイプ化が減少し,それに伴って成績が改善す 否かに依存することになる. シーミックス(政策の組み合わせ)は各国事情の関数 ど低くなっているという点が指摘できる. 換言すれば, るということであれば,このような利益は無視すべ (同等の)成長が貧困削減に及ぼすインパクトは,当 きではないのである. 政策がどのように実施されるかについては技術的な であるという事実とを比較考量している.スーダンが 側面もある.政策選択に際しては再分配の長期的な利 教育について直面している挑戦課題はエジプトのもの 初における所得の不平等が小さいほど大きいというこ ・第 3 に,成長のための政策と公平性をめざす政策と 益を十分に考慮すべきであると強調したが,コストも とは異なる.ラトビアとボリビアにおける公共部門改 とである.平均すると,所得の不平等が小さい諸国で いう二分法は誤りである.機会の分配と成長プロセ やはりすべて考慮に入れる必要がある.公平性を強調 革の最適な順序が同じである公算は低い.中国とレソ は,所得の中央値が 1 %上昇すると,1 日1ドル未満 スは同時に決定することができる.一方に影響する したからといって,資産の接収が(歴史的な恨みを晴 トでは医療財政改革を実施する能力が異なっている. の貧困率は約 4 %ポイント低下する.このような効果 政策は他方にも影響する.これは個々の政策がそれ らす場合でさえ)その後の投資に悪影響をおよぼす, したがって,具体的な政策助言は常に国(さらには地 は所得の不平等が大きい諸国ではゼロ近くにまで低下 ぞれ公平性を考慮する必要があるということではな 注8 .つまり公平性を改善する政策は貧困の い.たとえば,特定の貿易改革がもたらす不公平な 低下につながるのである.これは貧困層の機会を拡大 効果に対処する最善の方法は,必ずしも貿易政策自 することを通じる直接的な効果があるだけでなく,持 体を微調整することではなくて(むしろ支配されや している 続的な開発の高まりを通じた間接的な効果も期待でき るためである. 方)のレベルで策定されなけれ べることに関してはすべてあ 発育指数 る程度の一般性が残存してい 110 正常身長の子供 すくなる懸念さえあるので),セーフティネット (社会的保護政策),労働の移動性,および教育など 公平性というレンズを通して見ると,開発政策立案 といった補完的な政策を通じることにあろう.総合 に関しては以下のような 3 つの視点がつけ加わるであ 的なパッケージと基本的なプロセスの公正さが重要 ろう. なのである. ばならない.つまり,以下で述 図6 早期介入によって追いつく 100 開発経験の分析によれば,総合的な政治状況の重要 るが,そのようなものとして シミュレーション 慎重に解釈していただきたい. 栄養補給 人的資源 95 コントロール・グループ 90 ・第 1 に,貧困削減に最適な政策には,支配グループ シミュレーションと栄養補給 105 上国では,サービスを提供す るという国家的な措置は出生 85 ベースライン ・早期児童開発.多くの途 6 12 18 24 から影響力,優位性,あるいは補助金を再配分する 性が明らかとなっており,最近では統治とエンパワメ ことが含まれるだろう.政治力の不当な集中に基づ ントを強調することが支持されている.しかし,政治 いて富の配分が極度に不平等になっている場合,制 設計問題にかかわる助言は,世界銀行の使命ではない 出所: Grantham-McGregor 他 (1991). 注:発育指数は行動および認知にかかわる 4 つの指標に基づいて,子供の発育状況を示す指数である.月せている.人的能力の獲得は出 数は一般には生後約 9 カ月でプログラムに参加してからの時間をさす. 度は幅広い人権や財産権の執行ができなくなり,サ し,比較優位もない.そこで,政策上の含意に関して 生環境によって決定づけられる 月数 時における不平等を(縮小さ せるどころか)むしろ拡大さ 12 世界開発報告 2006 概 観 13 べきではなく,人々の選好,趣向,および才能を反映 の教育に対して過少投資に陥っている可能性を是正す ない.公的提供ないし全員に何らかの保険を提供する できるだけ少なくすることにある. 税金は労働対余暇, すべきである,というのが指導原理となるべきであろ るなど)需要サイドの政策によって補完する必要があ ような規制のほうがうまく機能する.その実例として および消費対貯蓄という個人の選択に変更をもたらす う. る.このための特効薬はないが,供給サイドの政策に は,コロンビアにおけるリスクプール制度,インドネ という形で, 効率性の面で代価を課すことになるため, 認知発達にかかわる格差は非常に早い段階で拡大し 関していくつか列挙すれば,教員のインセンティブを シアやべトナムにおける保健カード,タイの「30 バ ほとんどの途上国では,所得の限界税率を高くするこ 始めるので(図 2 参照),早期児童開発イニシアティ 増加させる,学校の物理的なインフラの基本的な質を ーツ」の強制加入制度などが指摘できる.教育の場合 とは避けて,消費課税を中心に幅広い課税に依存する ブは機会の平等化にとってきわめて重要である.デー 高める,自由にさせておくと成績の良くない生徒につ と同じく,このような介入策には提供者があらゆるグ ほうがいいように思われる.公平性の促進には公共支 タによれば,幼児期の投資は子供の健康と学習意欲に いて学習成績を上げるための授業方法を研究して実施 ループのニーズに感応的になるようなインセンティブ 出が主たる役割を果たすべきであろう. しかしながら, 大きなインパクトを与え,後の人生で重要な経済的な するなどが考えられるだろう. を組み合わせることが必要である. 効率性の犠牲を大きくしないで,税制全体をやや累進 見返りをもたらす(正式な教育や訓練に対する投資の 需要サイドに関しては,出席を条件として与える奨 見返りを凌駕するのが普通),という意見が裏づけら 学金には大きな効果があることを示す膨大なデータが ・リスク管理.社会保護制度は人々に安全ネットを れている. 蓄積されている.そのような移転支出はバングラデシ 提供することによって,機会を形成する.不健康に加 的な食料品を単純に非課税にする一方で, 一例として, ジャマイカにおける実験は標準以下の大きさの幼児 ュからブラジルに至るまでさまざまな諸国でうまく機 えて,マクロ経済危機,産業再編,天候,および自然 財産課税の役割を拡張することを検討すればいいだろ (生後 9-24 カ月)に焦点をあてたもので,標準身長の 能し,その効果はしばしば女子のほうが大きい.疎外 災害も,投資や革新を阻害する.ショックを管理する う. 幼児との比較では認知発達が遅れていることがわかっ されていたグループを取り込んだり(ブルガリアにお 能力がもっとも低い貧困層は,総じてリスク管理制度 税収力にとって徴税能力や経済構造が影響するだけ た.栄養補助食品と定期的に精神的な刺激を与えるプ けるロマ族を支援するヴィディン・モデルなど),取 の対象外となっていることが多い.ただし,多くの諸 でなく,制度の質や社会協約の性格も非常に重要とな ログラムが,この不利の相殺に役立った.24 カ月後, り残された生徒たちを救済教育を通じて引き上げるの 国では非貧困層の多くも貧困に陥るリスクにさらされ る.実際に提供されているサービスが頼りになる場合, 栄養補助と精神的刺激の両方を受けた児童は,認知発 に有望なアプローチもあるのに有望なアプローチもあ ている.社会保護制度を拡張すれば,現在の不平等 市民は喜んで税金を負担するだろう.逆に,国家が腐 達の面で,標準身長でこの世に生まれたきた幼児にほ る(インドの 20 都市における若い女性を準教員とし (単に悪運が原因のこともある)が定着するのを防ぎ, 敗していて,収奪的であれば,市民は権威をほとんど ぼ追いついたのである(図 6 ).これは公的措置が決 て活用するバルサキ・プログラムなど) .『世界開発報 さらに将来の不平等につながっていくことを阻止する 信用せず,協力するインセンティブも生まれないだろ 然とした良い設計になっていれば,不遇な人々と標準 告 2004』でも検討したように,生徒,親,および社 のに有益であろう.安全ネットがあれば,高リターン う.一般的なルールとしては,国家の正当性が明確で, 的な人々の間に存在する機会のギャップを大幅に縮小 会一般に対する学校や教員の説明責任を推進すること を生むリスキーな活動に手を染めることに家計が積極 市民の良い代弁者になっていることが,適切な税制の することができるということを証明している.貧困層 も,サービス提供者の有効な行動を確保するのに役立 的になるのとちょうど同じように,敗者を生み出すよ 前提条件となる.ただし,適切さの概念は国ごとに異 にとっては幼児期に早期投資をすることが,競争条件 つ. うな改革を防ぐのにも有益であろう. なる. 的にする余地は若干ながらはあるかもしれない.その ような形のほうが望ましいと考えられ社会では,基礎 安全ネットは典型的には 3 つのグループを対象にす の平準化に役立つのである. 司法,土地,およびインフラ ・保健.保健サービスの提供にかかわる不公平の縮 る.勤労貧困層,働けない,ないし働かせることが望 小や経済的な歪みに対する取り組みでは,2 つの分野 ましくないと考えられる人々,および特殊な弱者グル 人々が自分の能力について不公正な収益率しか獲得 ても継続しなければならない.正式教育のなかで機会 が際立っている.第 1 に,予防接種,水やトイレ,お ープの 3 つである.もし安全ネットが各国の現場の実 できず,自分の権利について不平等な保護しか受けら の平準化を図る措置は,すべての子供たちが社会と現 よび衛生や育児に関する情報など,各種のサービス提 情にそくした形で設計されていれば,このような 3 種 れず,また,補完的な生産要素についてアクセスが不 代のグローバルな経済に参加するために必要とされる 供については,その利益が直接の受益者を超えて波及 類に対象を限定した個別の介入策は,実質的には普遍 平等であるならば,そういった人々の能力を開発して 基本的な水準のスキルを確実に修得できるようにしな する場合が多い.このような分野では公的提供の保証 的な公的保険制度の提供に統合化することができよ も機会の拡大につながらない. ければならない.ところが,コロンビア,モロッコ, が合理的である.メキシコのオポルトゥニダーデスと う.そのような制度の下では,マイナスのショックを およびフィリピンなど中所得国においてさえ,基礎教 いうプログラムにおけるように,母子にとって健康増 受けて,あらかじめ設定されていた生活水準の下限を ・公平な司法制度の構築.司法制度は政治的,経済 育を修了した子供たちのほとんどは,国際的に比較可 進のインセンティブになるように需要サイドの補助金 下回った各世帯は,何らかの形で国家支援を受けられ 的,および社会文化的な分野における競争条件の平準 能なテストの得点でみると,十分な習熟水準に届いて を提供すれば利用度が高まるだろう. ることになる. 化に大きな役割を果たすことができるだけでなく,既 ・学校教育.このようなプロセスは学校制度を通じ いないのが現実である(第 2 および第 7 章). 第 2 に,破局的な健康問題に対して保険市場は失敗 存の不平等を強化することもできる.本報告書では, 学校教育のアクセスは(特に最貧国では)重要であ している(家計の直接的費用や収入損失にかかわる対 ・公平化のための課税.競争条件の平等化をめざす 成文法と法律の適用・実施方法の両面に注目する.法 るが,多くの諸国ではそれは問題のごく一部でしかな 応能力との関係で「破局的」という意味).公立病院 介入策が成功するためには,十分な財源が必要とされ 律制度は市民の政治的権利を支持し,エリート層によ い.アクセスを拡大するためには,(質の向上など) に依存するという伝統的な供給サイド型モデルは,貧 る.良い税政策の主題は十分な資金を動員する一方、 る国家支配を抑制することができる.また,すべての 供給サイドの政策と(両親がさまざまな理由から子供 困層や疎外されたグループを中心にうまく機能してい インセンティブの歪みと成長に対するマイナス要因を 人々の財産権を保護し,市場における非差別を確保す 14 世界開発報告 2006 概 観 15 ることによって,経済的機会を平等化することもでき かかわる不平等があまりにも極端で,制度的な面でも したがって,民営化は合理的であるかどうかは不透明 る.それは社会におけるゲームのルールを下支えする 大きな過渡的なコストなしに,実質的に土地を小農に であり,それは現地事情いかんという政策の典型例であ しかし,このような関係は単に示唆的なものにとど とともに,それを反映したものであることから,公正 再配分し,これを補完的なサービスで支持するような るといえる.もし公的制度がきわめて腐敗しているとか まっているので,本報告書では,もっと具体的な証拠 なプロセスにとって,また,幅広い財産権と投資にき 設計が可能な場合がこれにあたる.しかし,これはむ 非効率であるとかいう場合で,民営化をめぐる規制能力 を提示するために,韓国,マレーシア,メキシコ,お わめて重要な不偏の紛争解決メカニズムにとって,決 ずかしいこともあり,財産権に高度な正当性がある場 も十分整備されていると期待できるならば,民営化は有 よびロシアなど中所得国と,インドネシアやパキスタ 定的に重要なのである. 合にはトレードオフが大きくなる. 用な手段となろう.それ以外で民営化の設計が悪い場合 ンを含む低所得国にかかわる事例研究も援用してい には,支配を受けてしまい,公的資産が異常な低価格で る.このような研究によれば,明らかなパラドックス 一部の民間人の手に落ちるだけとなろう. が示唆される.権力と富の不平等が広範囲にわたり, だろう. 法律は規範の変化を加速することもできので,司法 有償の土地収用はおそらくもっとも有害な再分配法 制度は不平等な慣行に挑戦することによって,社会的 であろう.国有地の売却と(おそらく居住地の一部に な変化にとって進歩的な力として機能できるだろう. 対する所有権付与を交換条件にした)不法居住地の回 たとえば,アメリカの 1964 年の市民権法や 65 年の 収の 2 つは,費用対効果的な代案となる.コミュニテ インフラ・サービスの提供が民間業者によるのか,あ は,典型的には影響力をもつ人々を取引相手とし,資 メディケア法は病院における差別撤廃を義務化したた ィのメンバーが土地の賃貸に関して補助金がもらえ るいは公益事業によるのかは,提供者を取り巻くイン 産の質の悪さを隠蔽している小さな金融部門しか存在 め,アフリカ系アメリカ人の幼児死亡率は大幅に低下 る,あるいはブラジルや南アフリカにおけるように, センティブ構造や,提供者が一般大衆にどの程度の説 していないのである.金融システムを開放することが, した.積極的差別是正措置のプログラムは所得や教育 市場価格による売買(willing-buyer-willing-seller)原 明責任を負っているのかに比べると,重要性が低いよ 自明の解決策のように思われる.しかし,メキシコ について,グループ別格差の縮小につながったことが 則に基づいて購入できるような,市場ベースないしコ うである.われわれの考えでは,政策当局は貧困層お ( 1990 年代初期)からチェコ共和国やロシアなど体 示されている.しかし,政治的な膠着を起こして,弱 ミュニティ・ベースのアプローチは有望なようであ よび貧困地域に対する手頃なアクセスの拡大(これは 制移行国に至るまで,多くの諸国では自由化そのもの 者グループのなかで比較的恵まれた層だけを支援する る.土地課税は有益な補完策であり,再配分用に土地 非公式な提供者との協働と的をしぼった補助金という が往々にして有力者や金持ちに支配されたのである. ということなりがちでもある. を購入するための収入を生み出し,大規模ないし過少 ことを意味することが多い)と,提供者の説明責任強 したがって,金融システムの漸進的な深化と拡張を 使用の土地に重税をかけることによって再配分を促進 化と受益者の発言権増大を通じた当該部門の統治強化 図るためには,(規制構造にかかわる)水平的な説明 することができる. を重視することによって,インフラ・サービスの公平 責任の強化,社会的説明責任の開放性強化,そして, な提供を改善することができる. 可能ならば,(中央ヨーロッパやバルチック諸国の欧 法律の下の公平性やその実施における公正さを確保 するためには,司法制度の独立性強化と説明責任の増 大の間でバランスをとる必要がある.権力者や富裕層 が法律を腐敗させ,法律に影響力を与え,あるいは法 これまでの経験によれば, 公平性の観点からすると, 制度が脆弱で,金融システムが規制されている社会に 州連合加盟のように)対外公約の工夫と組み合わせる ・インフラの公平な提供.道路,電気,水,トイレ, 市場とマクロ経済 律を無視するリスクに対処するためには,特にバラン 通信などインフラに対するアクセスは,グループごと スが必要といえる.移動裁判所,法律扶助,慣習的な に非常に不平等なのが普通である.途上国の大勢に 市場は人々が自分の資産を結果に転換できる潜在能 制度の活用など,司法制度にアクセスしやすくするた 人々にとっては,手頃なインフラへのアクセスがない 力の形成にとって決定的に重要である.市場取引が参 めの措置はすべて,疎外されたグループが直面してい ということは,市場やサービスから隔離された生活と, 加者の富や地位に影響されるようであれば,不公平か る障壁の削減に役立つ.慣習的な制度は複雑な問題を 生産的な活動や日常生活のための電気や水の供給が断 つ非効率であり,各グループがその資産を増加させる 提起し,(たとえば,性別の尊重など)不公平を含ん 続的であるか,またはまったく存在しないということ インセンティブにも影響するだろう(第 9 章). でいる可能性もあるが,無視するにはあまりに重要で を意味する.これはしばしば経済的機会の大幅な削減 ある.南アフリカは慣習上の認識と国法上の権利や責 に帰結する. 必要がある.貧困層を対象とした零細融資のプログラ ムも助けにはなるが,総合的なアクセス拡大に取って 代わるものではない. ・労働市場.労働市場における競争条件を平準化す るためには,できるだけ多くの労働者向けに平等な雇 用に対する平等なアクセスを提供すべく,柔軟性と保 ・金融市場.支配されてしまった銀行システムの下 護の間で(各国ごとに)最適なバランスをとることが 持たざる者の機会を拡大するためにはインフラ投資 ではひいきが取引される.市場支配力は一握りの大手 必要である.多くの諸国では,公式部門の労働者に関 が必要となる.その資金の主要な出所となるのは普通 銀行のために保護されており,そういった銀行はリス しては非常に広範な規則や規定があるものの,規制さ は公共部門であろうが,民間部門の効率性も活用でき ク調整後でみて期待収益率が必ずしも最高ではない少 れていない(往々にして安全性に劣る)非公式部門の ・土地アクセスにかかわる公平性に向けて.土地ア る.公益事業の民営化はしばしば不平等な効果がある 数のエリート企業向けに優遇ローンを行う.国際比較 「部外者」に関してはそれがあまりにも少ない.部門 クセスの拡大は必ずしも所有権を通じる必要はない と批判されているが,現実にはもっと複雑であるとい によれば,金融市場に深みがあるほど所得の不平等が 間ではある程度の自発的な移動と,非公式部門内では (第 8 章).そうではなく,土地市場の機能を改善し, う証拠もある.ラテンアメリカにおける特に電力と通 小さいという関係がみられるが,その背景にはこのよ 大きな多様性がみられることがしばしばである.後者 貧困層に保有権の確実性を付与するほうが,タイの農 信の民営化では,通常はサービスへのアクセス拡大が うな現実があるということであろう.したがって,金 についていえば,零細企業家,公式部門の労働者を上 村地帯やペルーの都市部におけるように,政策として 生じている.しかし,価格の上昇が質や対象範囲の面 融システムを拡充することによって金融アクセスの平 回るほどの所得がある少数の自営業者,雇用環境がも はもっと成果があがるだろう.状況次第では再配分を からみた利益を凌駕してしまい,広範な大衆の不満に 等化を達成すれば,これまで公式ファイナンスに手が っと悪い大多数などさまざまな人がいる.非公式部門 目的とした土地改革が合理的な場合もあろう.土地に つながったケースもなかにはある. 届かなかった生産的な企業を後押しすることができる ではこのような多様性のゆえに貧困層の保護が不十分 任との間でバランスをとる政策を追求している国の例 である. 16 世界開発報告 2006 概 観 17 図7 経済的機会の近くにいたほうがいい 1990年代の貿易自由化を受けたメキシコにおける家計福祉の変化 と主張している.制度が脆弱で支配されていると,そ 家計福祉の変化 5%以上 4-5% 2-4% 0-2% 出所: Nicita (2004). と国内的な措置は補完的であるといえる. の国はマクロ経済危機を経験する傾向が高くなる.危 われわれは人間,財,アイディア,資本が国境を越 機が発生すると,ショックを管理する手段をほとんど えて移動する統合化された世界に生きている.貧困国 もっていない貧困層にとっては大きな被害がおよぶ. が過去数十年間にわたり受けてきた政策助言は世界銀 しかも,危機克服は往々にして各種の(ほとんどが伝 行からのものも含めて,確かに,グローバルな経済へ 統的な家計調査では把握できない)メカニズムを通じ の参加に伴う利点を強調している.しかし,グローバ た逆進的なものとなる.少なくとも公式部門の労働者 ルな市場は公平というにはほど遠く,その機能を支配 に関するかぎり労働分配率の低下,資金を海外逃避さ しているルールのなかには途上国にとって不当なマイ せた者のキャピタルゲイン,および膨大なコストをか ナス効果をもたらすものもある(第 10 章).このよう けた有力企業の救済という財政政策などが指摘でき なルールは複雑な交渉プロセスの結果ではあるが,そ る.そのような救済は増税と支出削減の組み合わせで れに対する途上国の発言権は小さかった.さらに,仮 負担されなければならない.税金は典型的には比例的 に市場が公平に機能したとしても,賦存状況がそもそ なのに対して,支出は限界的にはしばしば累進的なた も不公平であるため,貧困国がグローバルな機会から なままである一方,公式部門では労働者にかかわる規 険制度と,低所得国でもうまく採用できる(理想的に め(特にラテンアメリカでは),貧困層が救済コスト 利益を享受できる能力には制約があろう. したがって, 制が雇用の柔軟性を損なうとともに,就業関連の社会 は雇用保証を伴う)低賃金雇用制度がある. について不相応な負担を強いられることになる.高イ グローバルな経済的および政治的な競争条件を平準化 ンフレは成長にとって悪いだけでなく,逆進的な効果 するためには,グローバル市場の機能に関してより公 をもたらす. 平なルール,グローバルなルール策定プロセスについ 保障制度が非効率な場合には,労働者にしばしば不利 益をもたらしている. ・製品市場.一国の製品市場を貿易に開放すること 公平性のためには,2 つの幅広い労働市場アプロー に伴う効果は,少なくとも短中期的には国よって著し 公平性への懸念から,マクロ経済管理と金融規制に て貧困国のより有効な参加,および貧困国と貧困層が チが適切である.第 1 に,労働市場に対する介入策と く異なる.メキシコの貿易自由化に伴う影響が地域ご 関しては,総じて非常に慎重な姿勢がとられるように 基本財産を蓄積し,それを維持するのに助けになるよ しては,コア労働基準が市場全体にわたって有効に適 とに違っていたことで例示されているように(図 7), なるだろう.大衆受けするようなマクロ経済政策は遅 うな措置の増大などが必要とされる. 用されることを確保すべきである.換言すれば,奴隷 地理的な立地が原因であるとみられる.これは国内製 かれ早かれ,公平性と成長にとって悪い.政策設計に 本報告書では,労働,財,アイディア,および資本 ないし年季奉公の禁止,危険な児童労働の禁止,およ 品市場とインフラ提供パターンの相互作用の重要性を 注意すれば,反循環的な財政政策を追求する,危機発 にかかわるグローバル市場の機能について,多数の不 び差別の禁止が確保されなければならない.労働者は 示唆している.労働市場のスキルと強い相互作用があ 生以前に安全ネットを構築する,リスキーな貸出を抑 公平性のなかからその一部を紹介する.富裕国であれ 集会を開き,組合を結成する自由をもたなければなら ることもしばしばである.多くの諸国では,過去 20 制する,および救済にあたっては小口預金者だけを支 ばもっと高い報酬が得られる貧困国の未熟練労働者 ず,労働組合は交渉に関して積極的な役割を自由に果 年間についてみると,貿易の自由化(外国直接投資の 援するなど,公平性を増進させることも可能である. は,移住しようとすれば高いハードルに遭遇する.途 たすことができる.第 2 に,ポリシー・ミックスはあ 自由化と同時期になることが多い)は賃金の不平等拡 しかし,ほかの政策分野と同じく,このような対応策 上国の生産者は農産物,工業品,およびサービスを販 らゆる分野について,(全労働者にかかわる)保護を 大と結びついてきている.これは特にアテンアメリカ は制度の政治的影響力からの自由(独立的な中央銀行 売するのに,先進国では障壁に直面している.貧困国 ダイナミックな成長と,雇用創出にとってきわめて重 を筆頭とする中所得国について当てはまる.貿易の自 や自律的な金融規制機関など)と,情報開示や公開討 は特許による保護のせいで特に医薬品など革新へのア 要なリストラの余地との間で,バランスがとれている 由化は企業が生産プロセスを近代化(経済学者の用語 論を組み合わせた制度的な設計によって裏打ちされな クセスが制限されており,また,新しい研究はおもに かどうかが評価されなければならない. を使えばスキルに偏った技術変化)するのに伴って, ければならない. 富裕国の病気を対象にしている.富裕国の投資家は債 労働者はきわめて厳格なさまざまな形の雇用保護法 しばしばスキルにかかわるプレミアムを押し上げる. 務危機の際には往々にして有利な取引を行っている. グローバルな領域 制によって保証されているのが普通である.そのよう これは労働者の能力が制度的に新しい仕事にシフトす な法制は総じて雇用コストを押し上げ,場合によって ることが規制されている,あるいは将来の労働者の教 ある人が健康で生産的な生活を送るという機会をもっ は,そのような法律がまさに保護しようとしている未 育アクセスが制限されている場合には,公平性にとっ とも強く決定づける既与の環境として,どこの国で生ま う.その利益は市場や国によって大きく異なるものの, 熟練で,若年の,女性労働者の雇用コストをさらに高 ては悪いことになる. れたかという点がある.国際的な不公平は巨大である. 合法的な移住に伴う利益が最大であり(しかも移民が ほとんどの場合,ルールがもっと公平であれば,先進 国および途上国の市民に利益がもたらされるであろ それが縮小できるか否かは,主として成長と開発にイン 直接享受できる),貿易にかかわる利益は最貧途上国 り包容的な代替策を採用すれば,労働市場における競 ・マクロ経済の安定性.本報告書では不公平な制度 パクトを与える貧困国の国内政策しだいといえる.しか ではなくて,ほとんどが中所得国に帰属する可能性大 争条件の平準化に役立つであろう.このような代替策 とマクロ経済危機には両方通行の関係があるが,公平 し,グローバルな措置は対外的環境を変化させて,国内 であろう. としては,(中所得国での採用に適している)失業保 性と長期的な成長にとって生じる悪影響が問題である 政策の効果に影響する.この意味で,グローバルな措置 くしている.多くの諸国では歪みはもっと少なく,よ 本報告書ではグローバル市場の機能にかかわる不公 18 世界開発報告 2006 平を削減するための選択肢を検討するが,それには以 下が含まれる.OECD 諸国向け短期移住拡大の承認, ができる. 援助の水準は 2002 年のモンテレー国際金融会議で ドーハラウンドの下で野心的な貿易自由化の達成,貧 富裕国が行なった公約にしたがって増額される必要が 困国による市販薬使用の承認,および途上国にとって あり,国民総所得の 0.7 %を援助に充当するという目 もっと適切な金融基準の考案などがそれである. 標を達成するための具体案が策定されてしかるべきで グローバル市場を統治している国際法は複雑な交渉 ある.しかし,援助の増大が有益であるためには,そ の産物である.場合によっては,人権条約のように, れが受領国において制約の緩和と開発の加速化に有効 法律を制定するプロセスは公正であると受け止められ でなければならない.有効性の増大は結果を強調し, ていることもある.しかし,公式の規制は公平であっ 事前の供与条件による束縛を緩め,設計と管理を援助 ても,プロセスと結果は不公正であると考えられてい 国から被援助国に漸進的にシフトすることによって達 ることも多い.たとえば,世界貿易機関(WTO)の 成できる.援助が債務によってむしばまれてはならな 下では,一国一票制であるため,どの国でも手続きを い.追加的な資源によってファイナンスされない債務 阻止することが可能である.にもかかわらず,WTO 削減は実際には有効な援助プログラムにとって有害で の手続きは時として不公正だといわれている.これは ある.グローバル課税や民間寄付などを含め,開発援 先進国と途上国の双方で,強大な商業的利害と公益と 助を拡大するための斬新なメカニズムを探求すべきだ の間で基本的な力の不均衡があるためである.このよ ろう. うな不均衡は,たとえば,WTO 加盟各国がジュネー ブに擁しているスタッフの数という形で現れている. 公平性と開発 国際機関で貧困国がもっと有効な発言権を獲得できれ 開発の中心に公平性を持ち込むという考えは,過去 ば,プロセスの改善に役立ち,より公平なルールにつ 10 年から 20 年間における市場,人間開発,統治,お ながるだろう. よびエンパワメントに関する開発理論で強調されてき グローバル市場における不完全さを削減したときの たことをベースとして, それを統合化したものである. インパクトは国により異なる.高成長を遂げている大 この『世界開発報告』と国連開発計画( UNDP )の きな途上国は,グローバルな貿易,移住,および資本 『人間開発報告』の双方で,今年は公平性が主題とな の自由化によって,大きな利益が享受できる立場にあ っていることは注目に値する.途上国の政治と経済の り,高成長の維持に貢献することになろう(公平な国 分野に関して競争条件の平準化を訴えることで,投資 内政策は長期的な成長とその成長の国内における広範 に好意的な制度的環境を構築し,貧困層をエンパワー な共有を下支えするのに役立つ).グローバル経済の するという世界銀行の 2 つの柱の統合化に役立つ.現 なかで取り残されていた諸国は,短期的にはグローバ 在疎外されているグループを含め,すべての人々のた ル市場から恩恵をこうむる度合いは小さく,引き続き めに,人権,政治的権利,および財産権を保証するこ 援助に頼らざるをえないであろう.そういった諸国に とによって,各国はより多くの投資家や革新者を引き とっては,基本財産の不平等を補償するようなグロー つけることができ,市民全員に対するサービス提供を バルな措置がまさに必要不可欠である.基本財産を蓄 より効果的にすることができよう. 公平性が高まれば, 積する措置は主として国内的なものとなり, 人間開発, 長期的には,より高い成長を下支えすることができよ インフラ,および統治構造に対する公共投資を通じる う.国際社会がモンテレーで行った公約の達成も,グ ことになろう.しかし,グローバルな措置も援助とい ローバルな領域における公正さを改善するのに少なか う形態による(債務返済によっても相殺されない)資 らず役立つ.グローバルな不公平を縮小し,ミレニア 源の移転や,国際公共財を初めとするグローバルな公 ム開発目標(MDG)を達成するためには,貧困国に 共財への投資などを通じて,国内政策を支援すること おける成長と人間開発の加速化が必須なのである.