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ポスト・モダン社会の政治経済学(1)
小野塚, 佳光
愛媛経済論集. vol.10, no.2, p.109-133
1990-12-03
http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/1957
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IYOKAN - Institutional Repository : the EHIME area http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/
愛媛経済治集獅O巻
第2号(1990)
ポスト・モダン社一会の政治経済学(1)
小野塚 佳 光
序
I ポスト・モダニズム論
ω 近代の終焉
ω モダニズム/ポスト・モダニズム
皿 政治経済学の転換
(1) 「時間的・空間的繍減」
ω フレキシビリティー
未完:1・はで
{3〕 “New Times}
㎜ 新しい社会連動と政治
ω 福祉国家の解体
12〕新しい政治
結び
転換しつつある資本主義社会の全体像を描く試みは,ポスト・モダニズムと
して現れた思想や文化の中に,量がで平和な時代に酔う人々を覚竈する「危役」
の意識を取り戻そうとしていん
現代の貸本主義が提供する圧倒的な消費文化の前では,ハクスリーの鴨鯖
一109一
ポスト・モダン社会の政治経済学11〕(小野塚)
らしい新世界』やオーウェルの『1984年』で描かれた陰欝な世界は示されず,
この「豊かさ」を享受する人々は「幸福な奴隷」という意識すら持てない。む
しろ,こうした現在の変化を肯定的に受け入れ,それを押し進めることだけが,
ここでの出発点である。
しかし同時に,近代の本質を成す「破壊と創造」もしくは「創造のための破
壊」は,不断に進行してい乱世界的な規模に達した社会の解体と再編の渦中
に投げ込まれた人々にとって,もはや自分がどこにいて,どこに向かっている
のかを示せる「世界」も「歴史」も失われてしまった。だからこそ彼らは,生
き残るためだけの,ますます孤立した勝ち目のない戦いに追いまくられるので
ある。
例えば,大阪・心斎橋のアーケイド工事によって,溶接の火花の向こうに現
れた東南アジア風繁華街(スラム?)は,この時代の絶え間ない破壊と建設の
重層した無秩序状態を,むしろ超近代の人工楽園と思わせる。リドレイ・スコッ
トの「プレイド・ランナー」に見られた近未来は,すでにこうして身近に出現
している。新たにディスプレイされたそこで,都市は,機能的な美しさを強調
するソニー’ビルに始まり・醜悪なほど混沌としたネオン広告に埋まる道頓堀
と,その脇にそびえ立つ機関車と生物の入り交った異形を誇るキリン会館を経
て,関西新空港を目当てに再開発著しい高層ホテルや難波シティーへと続く。
しかも新しい都市は,いまなお膨張を続けている。博覧会を利用して堅固な
鉄格子で囲い込み,公園から浮浪者を一掃した天王寺界隈の再開発は,底辺労
働者を集めた釜が崎のスラムや・遊郭の格子とのれんが連なる飛田の一角をも,
次第に追いつめて行くだる㌔確かに今やわれわれは,安い労働力や売春婦を
外国で捜せぱよいのかもしれない。しかし追い出された者は,どこに行けばよ
いのか。ボードレールの詩のように・幸せな都市のカップルは,戻ってきた彼
らを軽蔑し,侮辱するだけなのだろうか[Berman(1983)]。
棚く都市や豊かな先進国からの商品,通貨,流行,思想,軍隊などが新しい
生活を支配し,賞賛されるにつれて,平和な農村や漁村の生活は過去のものと
なって行く。東京,ソウル,香港,上海,シンガポール,バンコク,マ三ラな
一110一
愛媛経済論果第10巻第2号 (1990)
ど,近代の光と影はその翼を広げ、ますます多くの人々を巻き込みながら栄光
と悲惨を創り出す。ひとびとはひたすら’成功を夢みながら社会の変貌に圧倒さ
れるばかりで,しかも憎しみ,讃えるべき相手すら容易に見い出せない。
本稿は,世界的な規模で展開する資本主義の転換過程を理論化する様々な試
みの中から,それらを総合するための統一的スケッチを求めたものである。
I ポスト・モダニズム業
(1)近代の暗焉
近代の終焉を意識し;初めて「ポスト・モダン」と名付けたのは,文明史家
のA・トインビーであるようだ。しかし,文化におけるモダニズムの終焉と産
業社会の構造変化とを結び付け,産業社会の文化・政治・経済レベル間の不整
合としてそれを包括的に論じたのは,ダニエル・ベルであった[ベル(1976)]。
彼は,今日の資本主義の危機を,モダニズムにとも一なう快楽主義が蔓延した「ポ
ルノトピア」(ポルノグラフィー・ユートピア)の肥大化と,資本主義の経済
活動が要求する禁欲精神との文化的矛盾である,と捉えた。
すなわち,クレジット・カードに支持された大量生産・大量消費を賛美する
社会は,本来のモダニズムが持っていた革命的衝動や政治参加を体制に取り込
むことに成功したが,その結果,コーポラティズムに支えられた「国家管理祉
会」へと移行した。そこでは,社会を統合する歴史的な時間感覚が失われ,人々
は互いに分裂と孤立化を深めながら,現在の快楽を最大にする競争だけに捕ら
われている。ベルによれば,1950年代に反体制文花を掲げて登場した新しい世
代も,組織的に創り出された消費生活のスタイルに組み込まれ七しまい,アヴァ
ンギャルドや知識人も,今では文化的犬衆相手の人気取りゲームに熱中してい
る。
1960年代には.既存の社会秩序への怒りとブルジョア的な世界観を否定する
モダニズムの極限として,時代の終末を意識した脱近代主義(ポスト・モダニ
ズム)が登場した。芸術という容器を溢れ出たポスト・モダニズムは,世界を
一n1一
ポスト・モダン社会の政治経済学111(小冴塚)
キャンパスとして描き,着古として行動しながら,既存の社会秩序,特に中産
階級の価値体系を否定する連動を組織しれしかしベルは,声高に文明の終焉
を主張する彼らの試みも,たいてい「言葉の遊び」であり,ナンセンスでしか
ない,という。実はその背後で,産業祉会から脱産業(ポスト・インダストリ
アル)社会への移行が進み,伝統的な経験の諸様式が大幅に変化した結果,。』、
さな田舎町の規植であったピューリタニズムは既に衰退していたのである。ペ
ルによれば・ポスト’モダニズムの退廃と大量消費社会における退屈は・歴史
や貸本主簑の終末をではなく,モダニズムの終末を意味している。
こうして矛盾した経済と文化を再び統合し,社会に政治的な統一性を回復す
ることが重要となる。ところが・ベトナム戦争での敗北や黒人暴就学生反乱
などに示されたように,アメリカ社会は問題を解決する政治的能力を失ってし
まった。そこでベルが主張するのは・脱産業社会にふさわしい価値観と政治体
制を確立すること。すなわち「公共家族の理念」による宗教の再生と・全世界
を包み込む単一家族経済,大規模なポリスの建設である。
カリスマも赦簑も・運命も否定された後で誕生する自律的な人間が・自由祉
会を再生させる新しい社会契約を可能にする。まさにペルのこの呼び掛けに
リオタールのポスト・モダニズム論は微妙に通じ合う[リオタールは97g)]。
リオタールは,「高度に発展した先進祉会における知の現在の状況」であるホ
スト・モダンを「大きな物語の死」として捉える。
「啓蒙」という物語や形而上学としての哲学だけがこうした〈物語〉なので
はない。近代的知ですら・テクノクラートたちが自己を正当化するための思想
である。彼は,テロルと支配をもたらす「物語的知」を厳しく批判し,同時に
情報化社会における複数の言語ゲームを「脱正当化」して・効率や「遂行性J
という評価そのものも受け入れない。しかし・こうした近代の終末においてこ
そ,ローカルで暫定的な論証の多様性を保ちつつ・無限に差異化した世界の中
で人々は自由にこれらのゲームに参加できるだろう。こうしてリオタールは
歴史や理性を放素した,柔軟で自由な人々の未来を欲極的に歓迎する。
普選化し,正当化する「理性」の死を正当化し・「脱正当化」を正当化する
一n2一
愛媛経済り集第10岩第2号 (1990)
のは,情報化社会もしくはポスト・インダストリアル社会の到来という現実把
握である。他方,彼が依拠する現実とは何であり,どれほど正当化されるのか
は,もはや問われない。しかし,ポスト・モダニズムについてマルクス主義者
や批判家たちが注目するのは,その同じ現実であり.それを現実化するもので
ある。
ハル・フォスターは.単に黙示録的な信念としてではなく,資本主義の新し
いモードと古いモード,またそれらが帯びている様々な利害間の闘争と・して,
ポスト・モダニズムを捉える[フォスター(1983)]。社会の変革を求めるポス
ト・モダニズムの中にも,現状への抵抗と近代化への反動とが対抗的に内在し
ているのである。
ポスト・モダニズム論の,二一チエにまで遡る政治的な反切性を厳し<批判
したのは,「近代のプロジェクト」の継承を主張するハーバマスであった[ハー
パマス11985);11981),ただしフ方スター{1983)所収]。モダニズムが代
表する不満や反発をもたらした本当の原因は,社会の近代化過程にある。彼は,
その結果,生活世界のコミュニケーション的内部構造がシステムの至上命令に
従属させられてしまった状態を問題。とする。これに対して,彼が継承し占うと
する「近代のプロジェクト」とは,r客観的科学,普遍的道徳及び法,そして
自律的芸術を,それぞれ固有の論理にそって発展させようと努力すること」で
あった[同28頁]。そうすることで,。宗教から解放された専門化した文化の誓
様を日常生活の合理的組織化に利用できる,という。
それ故,ポスト・モダニズム論がこうした専門分化した美的近代の止場を試
みることは,自律的な文化領域の破壊.も.しくは現実と芸術との犠極的同一視
に向かうものとして,批判されろ。前者はシ戸Fルリアリズムのナンセンスに
至り,後者はあらゆるユートピアの放奏と政治の美学化をもたらす。これに対
して彼は,絶対的な歴史的主体を畏錆する,主観の反省によって得られる理性
ではなく,相互性を前提とした生活世界を構成する言語的コミュニケーション
によって,理性を捉え直そうとする。こ.うした転回を遂げること李く∴理性を
権力としてしか捉えず,啓難の失敗を啓夢それ自体の脱神話化で示そうとする
一n3一
ポスト・モダン社会の政治経済学ω(小動塚)
ポスト・モダニズム論は,近代以前の神話と暴力を準備するものである。
またイーグルトンも,ポスト・モダニズムの政治的反動性を厳し<批判した
[Eag1et㎝(1985)]。ポスト・モダニズムにおいては「ユートピアが末来に属
することはあり得ない。未来は,テクノロジーというかたちですでにこの場に
あり,現在とまったく同時に存在しているからである。」それはシステムに完
全に統合されているために,日常の秩序と化した物象化された商品の自律性に
依拠できる。そこにはもはや,無政府主義的な認識論と行動主義しか残らない。
「錆押分裂病患者をヒーローとする,この欲望の明証主義にあっては,真正の
政治的言説が占めるべき場は存在するべくもない。」
こうした意味で,ポスト・モダニズムは,何よりも,現実社会の転換に対す
る既存意識(思想や芸術etC)の棚極的対応であることがわかる。それらは現
れつつある未来を意味付け,現代の危機を意識しながら,むしろ新しいものを
歓迎する。さらに,それを批判する者も含めて,ポスト・モダニズムはモダニ
ズムの終焉を意識する立場そのものを指している。
(2)そ≡ダニズム/ホスト・モダニズム
しかし,ポースト・モダニズムは単にモダニズムの否定として登場したのでは
ない。むしろポスト・モダニズムが意味するものは,モダニズムと多分に共通
し,同じ一つの連動にすら見える。
カリネスクは,ポスト・モダニズム論の多くに見られる安直な二分法を批判
し,ポスト・モダニズムをモダニズムの新たな問題提起として捉える。「ポストJ
という接頭辞は一 Cモダンの終わりを示すとともに,未だ棚極的な時代区分の悲
草が存在しな三いことを意味している。予言者としての一トインビーが使ったポス
ト・モダンは,「不明瞭な悪質的な力を指す,唆昧で偽・黙示録的な観念」であっ
た。しかしその後,この語が現れる文脈のτ意味論的インフレーション」によっ
て,それらはついにあらゆるモダニズムとポスト・・モダニズムの二項対立を包
括する文化論へと拡張されたのである’[カリネスク(1987)]。
このようなポメト・モダニズムに対して1カリネスクは,それが仮説として
使用されて,そのご一とにより「新しい,刺激的な,そしてほんとうにはテスト
一n4一
愛媛経済舗第第10巻第2号 (1990)
できないにせよ,議論しうる洞察を生産する能力」を持ることに注目する。そ
れはモダニズムに対立するものではなく’,それとの「家族的類似」を示してお
り,むしろモダンのひとつの頼である。ただし,ポスト・モダニズムが抵抗す
るのは,モダニストの一部が崇拝した「ユートピア的理性と,ユートピア的非
理性」である。ポスト・モダニズムは,現実の変革過程に示されるモダニズム
の新しい姿なのである。
そもそもモダニズム自体が、伝統からの離脱と新しい歴史(時間)意識を表
す概念であった。例えばイーグルトンは,「用語としての「モダニズム』は,
なにか特異なかたちで危機と変化の兆しをはらむ.主体に固有の歴史的めぐり
合わせという感覚を,表現すると同時に神秘化するものである」一という。それ
に続くモダニズムに関する以下の指摘は,そのままポスト・モダニズムにも当
てはまる。「それは,自己への懐疑と同時に自己の称揚を目ざし,不安と同時
に勝利感に満ちあふれている。また,この語によってほのめかされているのは,
人びとが直面一している現在の暴力的な激動のなかで,歴史を食い止め否定する
ことでもある。」それは同時に,「切実な現実性をもちながらじれったいほど不
明確な,主体の直接的経験の内部で特異な力と切迫性とをともなって作動する,
五里夢中の歴史感覚である。」[Eagleton(1985)訳241−242頁]
またペルと同様,カリネスクも,ブルジョア的なモダンの観念と,ロマン主
義から始まってアーヴァンギャルドに至る,急進的な反ブルジョワ的姿算をとら
た,その否定的で破壊的な情熱に表される文化的モダンとの分裂と散村関係を
指摘している。モダニズムに関するバーマンの研究は,近代の請託市,疎外さ
れた個人の夢,民衆の反乱,などを通じて,この互いに否定する二つめ力がモ
ダニセイション(近代化)とモダニズムに一貫して存在してきたことを説得的
に展開した[Berman(1983)]。
バーマンによれば、モダニズムは三つの時期に分けることができる。16世紀
初頭から18世紀末までの第一の時期ε二は,人々は近代的生活を経験し始めた一
方,未だそれがもたらすものもわからザ,近代的な公兼(p㎜bHc)としての共
通の経験や言葉を獲得していなかった。第二期は,1790年代のフランス革命と
一115一
ポスト・モダン社会の琢治経済学11〕(小野塚)
それに続く・革命の時代であ私この時代に,繰発的な個人的・社会的・政治的
激変を経験した公衆は,生活感を共有するようになった。しかし同時に,物質
的にも拍神的にも決して近代的ではない革界に生きていることを意識するよう
に奉り,近代化とモダニズムの観念が登場しれ第三に,20世紀のわれわれの
時代には,近代化過程が事実上全世界におよび,途上国の文化が芸術や思想を
席巻する一方で・近代的公衆は解体しつつあ糺「もはやモダニズムは生気も
共鳴も深さも失い,人々の生活を.組織し,意味付ける力を失っている。」[Ibid.、
P,17,1
各々g時期に。それを代表する都市と思想家を取り上げて,バーマンは.近
代化の経験とモダニズムg本質をゲrテやマルクス,パリgボードレール,ペ
テルスブルク,ニューヨークなどに求める。特に彼は,“Allthatissolidmelts
into air”に象徴される,{共産党宣言』に現れたマルクスg思想をMelti㎎Vi.
SiOnとして強請した。というのも,.マルクスは,経済学や政治学における「モ
ダニセイション」と芸術や文化における「モダニズム」とを意識的に関連づけ
て理解し牟からであ孔「共産党宣言』は・あらゆる恒常的なものを空中に溶
解する,この強烈な拡張過程の,主体であると同時に客体でもある人々に呼び
かけた,1世紀におよぶモダニズム連動と宣言の原型であった[Ibid・.P・89.]。
モダニズムを生んだ近代的世界を・マルクスは・世界市場の出現と拡大,そ
れにともなう資本の集中や生産の合理化・法的・財政的’行政的な集権化,産
業労働者の形成と階級意識の高揚・などによって描き出し・人々に歴史と埠界
を意味付け今観念を与えた。この世界を煮え立たせて・芸術家を興書させたの
は,.モダニズム芸術や文化ではなく・近代汽本主擁であった。ゲ□テは世界文
学」
夢想し,マルクスは国際的モダニズムのためのプログラムを描いた[Ibid,、
P..工23.]。
このように社会のモダニセイションとモダニティの経験・モダニズム思想や
運動を開連づけたハーマンは・そ.れ与か都市に集中し・都市の路上に現れる公
衆の反乱を頂点として繰・り返し提発したきたことを示そうξす払いかなる時
代のいかなる制度においても,.都市の矛盾と民衆の不満はモダニズムの核心で
一116一
愛媛経済着集制0巻第2号(1990)
あったし,都市の荒廃と無秩序を]帰一し,一層大規模に計画し再生することが
近代化の中枢であった。資本主義が可能にした世界を作=り変える絶大な力をめ
ぐって,政府や資本家のもつ近代的権力とモダニスト・たちの反抗とが散対し,
楮力の崩壊と新たな社会の建設に公衆が参加する歴史の瞳問を除けば,それら
は永遠に対立し続けたのである。
アメリカ再建とニュー・ディール政策の熱気に包まれ,1700もの公園を建設
したこと・に始まって,近代的なテメリカ諸都市とそれらを結ぶ高速道路網を作
り上げたロバート・モーセスを支えたのも,モダニセイションとモダニズムの
融合した建設への近代的旬マンであった。・その建設に参加する者は,・自分もそ
の一部となるコミュニティーの価値を信じ,建設全体への展望を共有していた。
しかし,モーセスはそこに現実に住む人々を愛していたので但なく,再建され
る都市の公衆を夢みていたのであった。近代化を組織し,諸都市の再建によっ
て権力と栄光を手に入れたときから,多くの人々によって彼は憎まれる・ように
なった。アメリカが近代化の力によってその内的矛麿を克服する過程で,それ
を夢みた多くの人々を疎外し,一不幸にしたからである。
バーマンは,単に精力を批判しているのではない。一方では,人類の社会的
なカが強まると同時に自立化し,制度やイデオロギーとして人々を抑圧し支配
する可能性がモダニズムの現実には潜んでいる。他方,住みなれた町を追い出
され,近代化された都市の間部や周辺に押し込められた人々は,伝統的な価値
や信仰を失い、現奏の激変に対して自身の無力を自覚するだ一ろう。しかし同時
に,だからこそ人々は,自分たちの住むこの世界を本当に心安らぐ地とする新
しいモダニティーを求め始めるのである。モダニズムは,こうして近代化の嵐
を通って現実の世界を越え出る可能性をも秘めている。バーマンは,それら二
つの可能性を「高遠道路の世界“the飢pressway worlゴ」と「街路の喚声‘.a
Sh㎝tmtheStreeピ’」とに見い出す。「われわれとわれわれに続く人々がこの世
界に安住の地を創り出す習いを続ける一だろうと,私は信じ一る。たとえわれわれ
の集いた住処や新しい通り,新しい構神が次々と長散篠消していくとしても・。」
口bid.,p.348J
一117一
ポスト・モダン社会の政治経済学111(小野塚)
同様にジェイムソンは,ポスト・モダニズムの両簑的可能性を主張する。す
なわち,一方では資本主簑の以前と異なる姿を消費社会の現実に認めつつ,ホ
スト・モダニズムが単にそれを賛美する政治的な保守主義に限らず,そこから
「歴史」と「世界」を再生し,未来の新しい可能性を模索する試みとしても評
価すべきである,という[フォスター(1983)7;James㎝(1984a)]。その場
合,ジェイムソンにとって,ポスト・モダニズムとは後期資本主義もしくは「消
費社会」の新しい「文化革命」なのであり,さらにはその「生産様式」そのも
のをも意味している[ジェイムソン(1981)訳 第1章 参照]。
文化の現象として顕著に現れたポスト・モダニズムを,モダニズムの新たな
展開と見なすとき,人々のそのような新しい意識の形成を媒介する世界の変化,
そして日常経験の変化とは何であったのか。ハーヴェイは,まさにこうし一た問
題を「弾力的害税体制」の出現と「時間的・空間的縮減」とによって捉えよう
とした[Harwy(1989)]。
I 政治権済学の略握
(1)「時間的・空間的業誠」
「ポスト・モダニズム,あるいは後期資本主義の文化的ロジック」一と題した
論文において,ジエイムソンはポスト・モダニズムを文化の一つのスタイルと
してではなく,文化的な支配(扇権)“a㎝ltmidominant’’と捉えた。この新
たな支配的文化の特徴とは,底が浅く表面的で,歴史感覚が喪失された,新た
な情緒的基礎として,新しい世界経済システムを形作る技術革新と深く結び付
いていることである1〕ames㎝(1984b),p.62.]。
ポスト・モダニズムの作品が示す,現実からの距離感の喪失あるいは時間意
識の喪失は,.欄押分裂病の示す自己崩壊の感覚にたとえられる。ジェイムソン
ほ,特にラカンの解釈に依拠して・意味の連鎖が破壊されたことが,自己の怒
喩や思考の中で,過去と現在,未来と.を描ぴ付けるこ.とを不可能にし,対案を
意味あるものとして世界に位置づけることも不可能にした,と主張する。その
一118一
愛媛経済讐鼻第10岩第2号 (1990)
結果,人々は現実感覚の喪失と不安に苦しみ,あるいは逆に,意味もない幸福
感に振り回されるようになる[Ibid、.吸71−73、]。
それに対してジェイムソンは「技術」に注目する。ただしここでいう「技術」
とは,資本主義の発展段階(その物質的基礎)を示唆するものである。彼はマ
ンデルに依拠して,資本の蓄積を可能にした機械の発展段階が,機械による動
力機の生産技術における根本的革新によらて示される.と指摘する。すなわち,
1848年以降の蒸気機関,1890年代以降の電力・内燃機関,1940年代以降の電子
機械・原子力である[マンデル(1972)訳I 134−135頁]。これらはそれぞれ,
市場型資本主義,独占も・しくは帝国主義段階,いわゆる脱工業化段階(むしろ
多国籍資本段階)へと資本主義を時期区分することにつながる。そしてこれら
が.文化的時期区分としても,リアリズム,モダニズム,ポスト・モダニズム
の基礎を与えるものとなる口ames㎝(1984b)p.78.〕。
もちろん,ここで彼が示そうとしているのは単なる「技術」の重要性ではな
い。膨大な情報網やコンピューター・ネットワークが;、直接,社会生活や意識
を決定しているわけではない。それらはrもっと深い何ものかを,今日の多国
籍資本主義の世界システム全体を」不完全な形で表しているのである。彼は,
それらを媒介するものとして特にポスト・モダン都市を取り上げ,ロサンジェ
ルスのボナヴェントゥーラ・ホテルに表されるポピュリズムや,そのガラスで
覆われた都市・内・都市空間,象徴的移送識関などが創り出したポスト・モダ
ン・ハイパー・スペースを象徴的に描き出す[Ibid.,PP.79−80]。
しかも,このようなポスト・モダニズム建築や都市は,現代の多国籍企業の
力によって可能となった。・「われわれがポスト・モダン(もしくは多国警)空
間と呼んできたものは,単なる文化的イデオロギーや幻想なのではなく,世界
中を包み込む資本主義の第三の新規拡張として,本当の歴史的(そして社会・
経済的)現実なのである。」[Ibid.,p.88.]・
こうしてジェイムソンのポスト・モダニズム替は,文化や政治のレベルも含
めた新しい「生産様式」’の構築を提唱する。この「生産様式」によ;て彼が求
めているのは,「時代を区切る」ことであり,「地図を作る」ことである。彼に
一119一
ポスト・モダン社会の政治経済学11〕(小野塚)
とってポスト・モダニズムは「歴史分析そのものの再生であり,われわれの現
実の矛盾を思想において解決ナる上での概念の政治的・イデオロギー的な後能
を,止むことなく再検討し,診断を下すもの」なのであるOames㎝(1989)
P.34.]。
すなわち・一方で彼は・モルガンやマルクスに見られる18世紀の4段階発達
史記を「生産様式」概念の前史に位置づけたミークの研究を取り上げ,それか
18世紀半ばのフランスやスコットランドの啓蒙思想に由来することに注目し
た。つまり彼は,「生産様式」概念の成立が,ある極の不均等な発展を前提に
異なる生産様式として認められるような歴史的・社会的状況についての思想蒙
の経験によって制約されていた,と考えた。世界市場に密接に結び付いたグラ
スゴウのような都市や,フランスの先進的地域において,生産の新しい組織と
古い組織が並存し,容易に比較されえたのである[Ibid..pp.37−38、]。
他方,人々は,自分の住む都市や世界についてだけでなく,文化についても
認識地図‘‘C㎎nitivemap”を持っている。この認識地図の形成には,現実にお
ける飛距的草新が必要であった。例えば・羅針盤の発明による海図の作成と世=
界航路の開発・新事実の発見が・まったく新しい地図を作る必要を生じさせた。
三次元の地球を二次元の地図にする問題からは,結局,真実の地図など存在し
ないことが明白になるが,同時に,地図作成の科学は進歩した。彼はこの一よう
な例を上げて,新しい時代には常に,主体の行動を制約している世界や意識の
構造を認識する方法の革新が必要なことを説くDames㎝(1984b)P.90.]。
ポスト・モダニズムによってジェイームソンが試みるのは・現代という「時代J
を新たな一「危識」の意識のもとに再生し・不断に歴史化することであり・また
社会的空間に占める自分たちの位置を示し・新たな世界的構造を理解するため
の有効な「地球規模の翅業地図」を描くことであ乱その意味で・ポスト・モ
ダニズムは単なる後期資本主義のイデオロギー以上のものとなる。ポスト・ミ
ダニズムは・われわれをふくむ現実の全体を「歴史」と「世界」の内に取り戻
す何物か(の篠念)を指してい瓦なぜなら,世界資本は独自の連動を続け.
他方,世界的な規模でプロレタリア化が進行しているからであ糺それが何で
一揃一
酋緩経済識集篇10参第2号(1990)
あれ,「われわれはそのシステムに名付けねばならない。」
ポスト・モダン都市は,コークがそ一の関連を指摘したよ’うに,ポスト・モダ
ニズムが依拠する後期資本主義の現実の政治・経済空間であり,独占を解体す
る弾力的讐秘体制の萌芽を含む,いわば「ポスト・モダニセイション」過程を
代表している。大量生産や福祉国家の終焉など,ポスト・フォーディズムヘの
移行が問題とされ,政党政治に代わってエスニシティーやジェンダーによる「虹
の連合」が注目されるのも,こうした過程においてである。ロサンジェルスと
ロンドンを例として,彼はポスト・モダニズムが支配する窒間を,大量移民や
世界的金融中枢が持つ超弾力性と,言語や地域において再生されたマイノリ
ティー文化などが示す伝統的意味との峨場とみなす[Coock(1988)]。
ハーヴェイに従って要約するなら,ここで,間続とされているのは,世界史
を通じて実現され続けてきた「時間的・空間的縮減’.time・spa㏄comp爬ssi㎝”」
の過程と,それに関わる意識の変革である[特にH舳ey(1988)Par川一]。
それぞれの時代を生きる人々の美的・社会的な経験が,時間・空間の本質と意
味に関する活動と諸理論のあり方を規制し,それらを結合する。「おのおの特
定の生産様式もしくは社会格成体は,要するに,時間的・空間的な実践と概念
の特定のまとまりとして実現するであろう。」[Ibid.,P.204]
諸個人の空間と時間が,いかに祉会生活において層成されているか,に始まっ
て、ハーヴェイは,祉会の一部として農耕や宗赦,政治,詩(想像)などがも
たらす時間や空間の編成とその意味を,歴史的な祉会行動の一体性と社会的権
力の要請とに分割した後,再び統合し,歴史的な問題にしてゆく。そして啓業
主簑以降,こうした時間・空間の編成を決定する支配的力となってきた「資本」
によって,それは「時間による空間の絶誠」として加速され.「地球村」や「宇
宙船地球号」のイメージにまで抽象化されてきた。
例えば,184ト47年にイギリスから資本主業世界市場にまで拡大した恐悦は,
経済の危機であると同時に,「再現;衰桑(爬preSent洲0n)の危機」でもあっ
たという。啓業主業が依拠した「進歩」の課念と,r白蝶」に与えられた無限
に広が6物理的(数学的)時間・空間が,問題とされるようになった。ヨrロツ
一121一
ポスト・モダン社会の政治経済学ω(小野塚)
パ(楮力)の地理的拡大とブルジ目アジーの台頭に支えられていた意識が,こ
の頃から世界市場内部のブルジョア国家の対立と階級対立の激化に調整を迫ら
れたのであ糺貨幣による世界的な再編成に応じて,こうした世界の「国際性,
同時性,不安定な一時性,また金融制度とその貨幣・商品的基礎との価値をめ
ぐる緊張関係」が,例えばマネの絵画やボードレールの詩・散文,フロベール
の小説などとして,芸術様式の変革をもたらした[Ibit.,Ch.16]。
フォーデイズムから弾力的蓄積体制への移行も,同様に,時間的・空間的圧
縮を強め,既存の政治・経済的実践や階級対立,文化的・社会的生活に影響を
与えてい乱すなわち,弾力的な生産体制を可能にした技術革新:大衆消費市
場の流行や・物ではなくサービスの生産への移行など,流通・消費過程の加速
化;投機現象とヤッピー症状:広告産業やマス・メディアが作る記号やイメー
ジの目まぐるしい交代:巨大な多国籍企業や人工衛星による通信システム,航
空路線の拡張,大衆の海外旅行ブーム,映画産業など,地球規模の空間の圧縮
;弾力的生産を支える地域経済や,世界都市の形成に見られる,移動性を高め
た資本による地域戦略の変更;工業化・脱工業化・再工業化:世界的な通貨の
不安定性……「ポスト・モダニズムは,要するに,ある特定の歴史的・地理的
条件として認識できる。」[Ibid..p.328.]
ただし,経験と意識とを媒介とする時間と空間の編成原理を,「資本」(もし
くは「生産様式」)に見る方法の抽象性は,決してこのような全体的世界が観
念的な操作により創り出されたものであることを意味しない。特にこの点につ
いて,ジェイムソンは次のように述べた。「社会生活はその根源の現実におい
てはひとつの分割できぬもの・縫い目のない網状体,単一の想像しがたい超個
人的な過程であること,またこの過程では,言語現象と,社会的動揺あるいは
経済的矛盾は根底において解きほぐしがたく結びついているので,それらを結
びつける方法をあえてこしらえるまでもないこと,こうしたことを理解してお
かねばならない。」【ジェイムソン(1981)訳47頁]
そのことを知った上で,ここではしばらく,ポスト・モダニズムの社会編成
を政治経済学の問題構制から概観する。
一122一
愛媛経済論集第10巻第2号11990)
(2)フレキシビリティ・
戦後蓄積体制の崩壊と再編成が顕著になった1960年代後半から70年代にかけ
て,「国際化」や「脱工業化」,「サービス化」などの観点から,資本主義の転
換が問題にされ始めた。その後もさまざまな対比によって現代資本主義の限界
とその克服の可能性が論じられたが,今やそれらすべての二項対立図式は「硬
直性‘‘rigidity”」と「弾力性‘’flexiblity”」とに集約されつつある。しかし,
歴史的な転換を象徴する表現として意味を持つこの対比には,現在の社会変化
を方向付け,それを正当化し,神秘化する,イデオロギーとしての機能も多分
に含まれている。
ハーヴェイが指摘するように,フレキシビリティーの理論には代表的な三つ
の立場がある[Harvey(1989)Ch.11]。まず第一に,ピオーリとセーブルに
代表される「弾力的分業」論がある。彼らは新しい技術の導入が労働関係や生
産システムを作り変え,それらがまったく異なった社会・経済・地理的世界を
生み出す可能性を強調する。事実認識についての批判にもかかわらず,彼らの
主張は大きな影響力を持ち,現在の論争をr硬直性」対「弾力性」の図式に還
元する基本的な枠組みを提供した。この流れに属する右派から左派にまでおよ
ぶ文献の大部分が,資本主義の決定的な歴史的断絶を受け入れ,かつての思想
や行動が,現れつつあるまったく新しい社会・経済・政治生活において放棄さ
れることを認めている。
しかし第二に,特定の政治的な実践1もっぱら反動的で反労口者的な実践)
を正当化する極端に政治的な用語として,フレキシビリティーを捉える立場が
ある。こうした立場から見ると,むしろ資本主義の連続性,もしくは不変性が
強調されることになる。硬直性を魔素して,資本にとっての弾力性を求めるの
は,決して特定の技術や資本主簑の歴史段階に限定されるものではなく,常に
普偏的な資本の要求であった。このことを労働者から見れば,フレキシビリ
ティーも資本の支配が再生される不断の過程にすぎず,それを抽匁的に隠蔽す
る現代のイデオ白ギーである。
確かに,抽象的なフレキシビリティー書のイデオロギーは,現実を見る眼を
一123一
ポスト・モダン社会の政治経済学ω(小騎塚)
長らせる。しかし他方,その政治的反動性を強調するばかりで現実の変化を無
視することは,脱工業化や工場移転,オートメーション化などに直面している
労働者の問題を過去の図式に還元する危険がある。そこで,ハーヴェイの考え
る第三の立場では,フレキシビリティーをめぐるこれらの極端な抽象化を廃し,
フォーデイズムから弾力的替積体制への歴史的移行を問題にする。彼は,さま
ざまな可能性と徴候の中から,フォーデイズム:ケインズ主義の危機がもたら
した現実の再演成過程を,理論に取り込もうとする。
「弾力的音板体制」として理論化が求められるものこそ,時間的・空間的縮
減の現段階を画するポスト・モダン社会の政治経済学である。ハーヴェイは,
一方で,フォーデイズムの危機を,資本にとって本質的な過剰蓄積の問題を処
理する,価値破壊や制度的調整,時間的・空間的回避1転移)の限界に見る。
そして同時に,弾力的替税体制への移行を,途上国工業化やハイテク都市など・
に見・られる労勧時間の延長,労働強化による絶対的剰余価値の生産と,革新的
技術の導入と普及にともなう組織的変化。特に金融革新に示される投資の世界
的効率化によって労働者の生活水準を切り下げる相対的剰余価値の生産,とし
て把握すん新しい都市,新しい工場,新しい家族,新しい嗜好などに示され
つつある世界を,新たに資本の籍成原理として解読することが求められる
[lbid.,PP.158−88.1。
現実の世界が変化の過程にある以上・そうした試みとしては,実際的な暫定
的モデル化を繰り返すしかない。例えばレギュラシオン学派が注目を集めたの
も,一つには,伝統的な請概念の破壊と再構築を積極的に問題化できる領域を
開いたからであろう。
○ポスト・フォ.ディズム
アグリェッタやボワイェ,リヒェッツなどのレギュラシオン学派は「ポスト.
フォーデイズム」9概念を提唱し・ヒルシュやジェソッブなども加わって,積
極的に今日の汽本主簑の変容を理論化するキ 焼念を構想しつつある。レギュ
ラシオン学派は,資本主義的生産様式の概念を保ちつつ,讐横体制の変化やさ
まざまなレベルの調厳様式を扱おうとすんすなわちそれは・「経済的・祉会
一124一
愛蛾董済城県策10着 策2号 (1990)
的動態の時間的・空間的可変性という問題一を扱えるような,媒介のための諸
概念を作る試みである[ホワイエ(1986)]。
例えばリピエッッらは,フォーデイズムの危機に対応する新しい調整様式に
ついて,いくつかの可能性を検討している[Leborgne&Lipie屹.(1988)]。彼
らによれば,賃金関係・大企業の覇権・国家間関係にまでおよぶフォーデイズ
ムの請整様式が,国際競争激化と国内市場の限界(成長の減速)により,オイ
ル・ショックからマネタリスト・ショックヘの過程で再帽成を強いられた。.
彼らは特に,生産性と労使関係に関連して,新しい技術の導入を問題にした。
すなわち,市場の限界と需要の多様化に応じるとともに一,生産性を上昇させる
ことを目指したエレクトロニクスによる弾力的な技術革新は,同時にその操作
や維持に必要な労働者の,戦場における交渉力を強めると・・いう矛盾をはらむ。
そこで新しい調整様式が依拠する労働の組織化に注目するならば,中央計画機
能の完全な分離か,逆に労働過程の再統合化が必要になる。労働過程の再組織
化について,A:非熟練化,18:個別的統合,C:業団的統合を区別し,貨金
交渉については,1:硬直的な形態とφ:弾力的な形態に区別して.A1から
C2までの六つのケースを指摘している・(表1)。
表1券○選種の日続合
1:硬直的な貨金交渉
A:
非熟練化
A1:フォーデイズムの延長
(機論化と分断化:1970年代の欧
米における主要な傾向〕
B:
伺別的統合
C:
桑団的統合
B1.:労働者個人の続合強化
{E1本で広く見られる「蟹祉構神」
2:.弾力率枷金交渉
《睾:貸金交渉の弾力化
1市場に対応したエレク・トロニク
スと低資金労働者の導入〕
B2:自由主奏原理の実現
倣誠を逃れるため労働者は管別
による労働管理〕
に弾力的な只金を容認する)
C1:「社会民主主業」型統合
C2:「コミュニティー」再生
{桑団交渉によって訓カ的生産と
労働者の安定を調盤する)
{企奏と日用者との運命共同体を
基礎に再統合する).
‘出鼻〕し。borgIlo&L1210屹Ω988〕 pp270−271により、筆者が作成した。
咄鼻〕し伽卿。&LiOi池Ω988〕.oo.270−271.により. 業者が作成した。
そ。して,A1からA−2への発展を「ネオ・デイラ㌣主業」と呼び,フォーデイ
ズムのもっとも「白燃な」属聞として捉え,またC1を労働者の,C2を経普者
一一
モ一
ポスト・モダン祉会の政治経済掌ω(小野塚〕
の理想モデルであると指摘する。しかし,この「サターン・モデル」もしくは
「21世紀のニュー・ディール」は,資本集約的でない高利潤一をもたらす技術の
開発と,高貸金・労働時間短縮・安定的な戦場を前提とした,フォーデイズム
の再欄を意味する。また,賃金関係の「再商品化」あるいは市場重視を目指す
B2は,独立したモデルと認めることに疑問もある。すなわち,シリコン・ヴァ
レーに代表されるそれは,「カリフォルニア・モデル」と呼ばれるが,祉会の
瀬成としてはむしろA2に近い。
こうしてもっとも基本的な調整様式である賃金関係の諸類型に基づいて,硬
直性と弾力性,労働者の統合という視点から,ポスト・フォーデイズムの可能
な諸形態が示唆される。その結果。現実の徴候は,フォーデイズムの世界的段階
(A2)を軸に,マネタリスト的変型(B2,ただしB1:日本型は事実上不
可能とみなされている)とハ・イテク・ユートピア的変型(しかも左派から弾力
的分業まで含むC1と,企業国家C2〕に位置づけられる。
またヒルシュも,ポスト・フォーデイズムの概念を新しい社会の編成全体に
およぶものとして捉えてい糺というのも,資本書棚は決して同一の社会条件
を繰り返すのではなく,生活全般にわたる商品関係の拡大,世界的な規模での
分業の編成,そして特に貨金労働の一般化を通じた社会構造の変革によって可
能となるからである。社会関係の商品化が進むにつれて,資本主義的な時間の
リズムと労働規律が社会的な再生産を決定するようになる。ポスト・フォ、
ディズムとは,資本による社会化の新しい形態である[附sch(1983)]。
こうした視点から・彼はポスト・フォー・ディズムの都市・地域構造を間電
にする。「祉会発農の包括的理論」すなわちレギュラシオン理論「においては
都市を,生産と再生産,社会化,政治,イデオロギー間の特殊な歴史的結合と
して見ることができるのであり・その結合の形態は調整手段全体によって決定
され,また国際的な着積様式やその空間的表現と結び付いている。」[Esser&
Hi・・oh(1989)PP.419−20.]
ヒルシュによれば,西ドイツのポスト・フォーデイズムは・次のような特段
を持つ蓄積体制であるという。すなわち
一126一
愛嬢経済論集第10台第2号 (1990)
1)新たな情報・通信技術が,生産と労働のテイラー的組織形態を転換させる。
2)サービス部門の拡大。すなわち一,一個人化と社会的分極化が強まる。
3)新たな資本化。サービスや農業の工業化,家族関係の解体,など。
4)生産性の上昇が大衆の所得上昇をともなわなくなる。
5)「個人主義化」と「生活スタイルの多元化」。
こうした特徴が,以前にも増して強力な政府の市場介入と.新たな独占的調整
手段を準備する。それは,1)産業資本と金融資本との国際的な集中・再帽過程,
中小企業や非賃労螂の利用などを含む,先進的な技術に依拠した耕しし.・産業編
成:2)社会保障の削減・解体:3)労勧組合の衰退:4)技術部門における国家と
産業,さらに特権的労働者との新たな結合,などに示されるだろう[Ibid..P,
422]。
空間構造も,生産・労勧関係や消費,社会化の実現過程で,特に労働の空間
一的再配置や,蓄積と調整との国内および世界的関係の変化を通じて,こうした
社会変化に対応する。例えば,世界的なr都市」と「地域」の分極化,内的「周
辺化」により,中心・周辺橋造が強められ,フォーディスト都市は凝集化を加
速してきた。しかし,ポスト・フォーディスト都市は,新しい国際分業や中心
の脱工業化,資本の高い移動性,労働条件の弾力化や周辺労働の増大,新たな
社会化と行政機能の肥大化などに規定される。その結果,ポスト・フォーディ
スト中枢都市にならんで、サービス都市や,少数民族・周辺化された人口のゲッ
トーが増加し,都市は世界的にも,各都市の内部でも,新たに三極化してゆく。
lb1劇響■資本主8
ラッシュとアーリは,ブルジョアジーが生産力の盲目的拡大を通じて社会の
変化を指導し,時間と空間,経済,文化の転換を担ってきた「組織實本主義
(orgamized capita1ism)」の時代は終わったと主張する[Lash&Urry(1987)
Ch.1〕。19世紀以降の西欧祉会を描いた『共産党宣言’や,資本の美中と桑棚
が『独占」に向かう傾向,「国家独占資本主業」や「後期資本主修」と呼ばれる,
低成長下で増大する国家介入などを取り入れたその後の研究は,もづぱ.ら資本
による祉会の組織化に注目してきた。また,ウェバーも,資本主業国と祉会主
一127一
ポスト・そダン社会の零治経済割1〕(小野塚)
簑国の両方で増大する官僚制度,学校一警察・市民社会・工場・労勧組合など,
制度の全域で進む合理化を主張した。
しかし,ラッシュとアーリは,近年の祉会変化によって,社会の組織化が資
本主義そのものの不変の内容ではないことが判明した,と主張す糺それに代
わって,現代の資本主義社会の転換を「腕組織化(disorgani舳i㎝)」の過程
として捉え糺彼らは,組織資本主義と腕組織資本主義とを対比して,14の特
徴を列挙する。すなわち
1)市場の規制は,世界市場の成長によって後退する。世界的な資本の拡大は
国内的な資本の分散(脱臭中)をもたらす。
2)・所有と経営の分離が企業の規模を拡大するが,そのことがサービス・クラ
スの増大をもたらす。
3)新たな管理・専門識の雇用が増大し,工業労働者が減少する(脱工業化)。
4)国内労働市場における業団交渉が後退し,企業・一工場レベルの交渉が増加
する(労働崎成の弾力化)。
自)国家・巨大独占企業・大衆組織の協調による福祉国家が,企業の国家から
の自立と組織問の対立,より普遍的(世界的)な福祉国家要求に代わる。
6)市場と生産を支配する帝国の拡大は,第三世界への資本主義の拡大と企業
間の競争激化,第一世界’(先進国)の雇用流出・サービス化に変わる。
7)国内政治へのさ一まざ一まな社会業団の包摂は解体し,政党の階級的性格も後
過する。
8)技術や科学を業着するイデオロギーに代わって,時間・空聞の距離が短線
された結果,レージャーから政治まで文化的多元主義が増大する。
9)資本主査的開係は国内の限られた地域,特定の部門から,飛躍的に拡大す
る。
10)採取産業・製造葉は衰退し・サービス産業が成長する(小規模生産,韓カ
化,女性化,「錆神」労働,他)。
11)工業郁市や工築地域に代わって,新たな空固的分業が形成される。
12)工わの日用者数増大(規模の経済)に代わって・工場の坦模縮小と労働喩
一128一
愛螂重言責業鼻白目10書 策2号 (1990)
約的投資,下請け,第三世界への生産移転が進む。
一13〕巨大産業都市の拡大は終わり,衰退に向う。
14)文化的・イデオロギー的編成としそのモダニーズムやナショナリズムに代
わって,ポスト・モダニズムが広まる。
彼らは,このような倉本主簑の転換を,共時的な各国比較と通時的な段階規
定を用いた複合的方法で分析する。・すなわち、現実の先遺諸国経済の変化を以
上のように抽象化しつつ,これらの諸国間に存在する相違も,工業化を開始し
た各国の条件と,前資本主義的組織の残存,そして各国の規模によって関連付
けようとした(表2)。
裏2 資ホ主■の}間的・空間的菱叱
和議の伝達と
責本主業的
発震の階段着
時岡釣・空間笛な
支配的組業構造
各領土内の
空間的変化
自由資本主業
王族史記や世界宗激に
よる大規換な帝国の嶋
壊;弱体な国民国家の
真生
エ業の先追地域の成長
、業村部における脈し
い部市中枢の拡大・実
質的商葉都市の量只性
総業衛本主業
1Oカ国信との主資西賃
国民諸国;それらによ
る躍りの世界の穂民地
化と支配の拡大
戊優する都市中枢の層:
りに祖業される地場経
済;工業的な地域や国
家と非工業的なそれら
との主奏な不平等
よる印騎の発展
世界経済の発農;国際
分貫:大締分の暁目に
おける資本主業の広絶
な識畏
特定の地域・回民章百
や工果部市の表掲:小
着市や地方における工
業成長とサービス産業
の昌震;金融と工業と
の分量
電子的情報伝達によ
る時日・空間塵■の
税制■責本主
義
整梶の支配的手段
手○きと口頭による
指示
「印刷査本主業」に
口的な短資と.整損カ
の誠化
値ωL心.S。ω.u町0987い.16.
こうした特徴や方法から稟える彼らの歴史・世界意議の転換は,先遣諸国の
国民国家内における中心的産業青本・労働者による体制内協湾が,そこに葉か
れた有利な着積条件の結果として,一層の資本の世界化をもたらし,製造実・
一129一
ポスト・モダン社会の啄治経済学ω(小町塚)
サービス業・金融!業などの関係(また,その雇用)や都市・地域関係(もしく
は都市のヒエラルキー構造)の世界的編成を普遍化しつつある,という認識か
ら生じている。資本の歴史的展開という同一の原理に依拠しながら,「組織化」
から「腕組織化」への移行を問うことこそ,彼らの提起した重要な問題なので
ある。
しかしここでも,現実から抽象された「組織化」と「腕組織化」との対比が,
名目的な対立に留まらず,どのような本質的な問題を捉えているのか,は十分
に答えられていない。
同 揮カ的分業
大量生産から弾力的分業への移行は,もっぱら労働過程の観点から,産業祉
会原理の技術的な転換として提唱された[声iore&Sab1e(1984)]。ピオーリと
セーブルによれば,これら二つは歴史的な発展段階を意味するのではなく,む
しろ平行して存在する技術的可能性である。その場合,社会的・政治制度的条
件は,転換の条件として強調されたに過ぎない。しかし,彼らが現代の危機の
克服を説く際には,この移行は進歩であり,選択の余地のない理想社会の建設
と推賞された。そして,弾力的分業論はポスト・フ才一ディズムと同じ文脈で
使われ,さらにその技術的決定論と楽観論を強める(否定的側面を無視する)
ものとなった。
ウィリアムズらの批判は,こうして広まったメタ・ヒストリーとしての弾力
的分業諸に向けられる[Williams,et al.(1987)]。すなわちピオーリらは,、
方で歴史を拒否した不明確な類型論に依拠しながら,先進国経済の借滞という
現実への連用と分析には歴史解釈を援用し,移行を正当化す糺しかし,大量
生産と弾力的分業との区別は現実の産業に適用できず,彼らの類型1やその移
行)が支配的になったという証拠も示されていない。
またウッドも,「フレキシビリティー」概念の混乱を指摘しながら,それが
労働過程論の還元論的欠陥を是正しつつも,支配(c㎝tro1)か弾力性(nexibl11ty)
かという形式的な二元詰に陥っていると批判する[Wood(ユ989)]。その上で
個別的な労働者と貸本の対抗関係や・祉会の技術的抽象モデルだけでなく,現
一130一
愛媛経済論集第10巻第2号 (1990)
実の労働組織の変容(tra皿sfomation of work)に・一層注目することが重要で
ある,と主張する。
他方,スコットは,「弾力的分業」論を積極的にレギュラシオン学派の方法
と折衷することで,より包括的な社会像を描こうと試みた。特に彼は,現実の
地域経済の分析に,社会の新しい編成原理として「弾力的分業」を読み込もう
とする[Scott(1988)、Mouiaert&Swy㎎edo阯w(1989)]。レギュラシオン学
派の枠組みに依拠して,彼は,資本主義の特定の蓄積体制を可能にする社会的
な調整様式には,固有の空間編成が含まれていると考える。そして逆に,ポス
ト・フォーデイズムの具体的な展開を新しい地理的再編過程に見いだそうとす
る。その地理的展開を決定するのが,弾力的分業である。
すなわち,フ才一ディズムの労働管理様式とケインズ主義的なマクロ経済政
策によって,これまで世界的な重工業地帯は,北米および西欧,日本の一部の
地域に集中していた。しかし,1950年代後半から1960年代前半におけるオフショ
ア生産の拡大や,1970年代以降の第三世界工業化,新しい国際分業の展開によっ
て,工業地帯の世界的再配置が進んだ。特に,ハイ・テクノロジーを取り込ん
だ一運の「新しい工業空間1new industriai spa㏄s〕」は,「強力な社会的分業
と中小企業の増加,生産の顕著な再集積」に基づく資本蓄積の新たな中心を形
成しつつある,という[Scott(1988),p.4、]。
ここでは現実の例として,第三のイタリア,フランス南部,シリコン・ヴァ
レーが分析されている。しかし,伝統的な職人的労働社会の継承や,R&D投
資の集中と国家の積極的介入(準国家機関の影響),半導体世界市場の競争・
拡大と密接に結び付いた飛践的成長,など,スコットの示すこれらの地域的特
徴には,相互に通約できない問題がある。それでも彼は,これら弾力的分業の
空間編成(の諸形態,と彼牟今なすもの)が生まれた理由を,企業の地理的な
集積と分散を支配する「分業の利益」もしくは「範囲の経済(㏄㎝omieS Of
SCo脾)」に見いだそうとする。
産業組約の地理的形態は,歴史的に集積と分散を繰り返してきた。スコット
によれば,この集積と分散を支配するのは,生産が企業の組織内で行われるか,
一}31一
ポスト・モダン社会の政治経済学ω(小野握)
それとも市場を通じて行われるか,という問題である[Ibid.、Ch.3.Scott
(1986)]。規模の経済が大きいために巨大企業が生産を集祇するときには,工
場設伽(建造物環境)や労働者が巨大な産業都市に県中する。他方,範囲の経
済が大きければ,市場を通じた分業開係が広がって,分散的な地域経済が実現
される,という。彼はこのこと一を,企業を内的なヒエラルキーと外部の市場と
の複合物,もしくは協請体制と捉える,ウィリアムソンの取引コスト説によっ
て説明する。
規模の経済と範囲の経済とは,市場価格を与件とした,連続した限界的対応
によって企業内部で請整できない。それ故,産業組織は集中化と分散化との交
代する一方の傾向に支配される。しかし,こうした傾向の転換を決定する現実
の条件は無数にあり,中でも次のような五つの条件を特に重視すべきだ,とい
う。1)市場の安定性,確実性。2)生産内部の最連観槙のばらつき。3)独占,労
働編成,情報,などについての市場の失敗。4)労働市場の分割。一5)地理的業種
そのもの。
こうしてスコットは,新たな着横体制の核を成長する産業空間に求め,その
編成原理を弾力的分業’さらには取引コストヘと抽象化する。しかし,セイヤー
も批判するように,「ポスト・フォーデイズム」論や「腕組織資本主義」論も
含めて,「フレキシビリティー」論全体の欠陥は,現実の多様な諸問題を,余
りに安易に,単純な二項対立図式に還元してしまうことであろう[Sa附
(1990)]。
セイヤーによれば,雇用に占める樹合や,生産性上昇と大量生産との因
わり,その普及,さらには大衆消費との結合を前提にした,テイラー主簑
と大量生産からなるフォーデイズムの標念には説得力がない。他方,フォー
デイズムの危機についても,日本の成功はポスト’・フォー一ディ’ズムという
よりむしろ一フォー一ディズムに近く,また「フレキシビリティー」優念は、
層優昧で多機な意味を持ち,二元高的な分割になじまない。例えば,マイ
クロ・エレクトロニクス技術が弾力釣であるとは限らない。「人間の労O
カに比へれば,いかに聴力的な機構でも,予定外の対象を扱う原には,
一1蛇一
愛機経済詰鼻第10巻第2号(1990)
粗雑で硬直した,理解力の乏しいものとなることを,思い起こす必要がある。」
[一bid..p.674」事実,日本の自動車産業でも,アメリカのハイテク部門でも,
しばしば多くの肉体労働が残されている。
注目を集めた市場の多様化も,同一の企業が多様な供給を行えるようになっ
たというよりも,国際化にともない外国製品が市場で競争するようになったこ
とを,多くの場合,混同して理解している。しかも,このことから導かれるも
う一つの対比,巨大企業による生産の統合(規模の経済)から,地域的な企業
連合による生産の垂直的分割雌囲の経済)への移行は,しばしば非常に単純
化された費用パターンから説明される。「しかし問題は,費用パターンもまた
組織形態の副産物であることにある。そして組織形態はある程度,生産組織に
配分された費用パターンが創り出したものであると同時に,それらを創り出す
ものでもある。」[Ibid.、p.679.]このことは地理的パターンについても言える
だろう。
スコットらの取引コスト説は,社会の歴史的転換を単純な硬直的因果関係に
よって根拠づける。しかし「われわれは,既知の代替的費用パターンを選択す
るという無時間的なロジックだけで,産業組織の変化を理解することはできな
い。」[Ibid.,P.681.]他方,歴史的展開を否定した技術決定論は,容易に政治
決定論とも緒ぴ付くのである[Amin&Robins(1890)]。
(1990年7/8月 執筆)
(付記)参考文献は末尾に一括して示します。
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