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英衛星放送事業者BSkyBによる “マージン・スクイーズ”事例について
(22.09.10) 英衛星放送事業者BSkyBによる “マージン・スクイーズ”事例について -EU競争法と英国競争法、競争法と事業法の狭間で- 1 英国有料放送のバリューチェーン 2 事件の概要 3 Ofcomの決定 【決定】 • 2003年コミュニケーション法(Communications Act 2003) 316条(許可されたサービスについて、「公正で有効な競争を 確保する」(to ensure fair and effective competition))に基 づき、Skyに対し、最も重要なスポーツチャンネルであるSky Sports 1, Sky Sports 2を、他のプラットフォーム上の小売業 者に提供させる。 • 効率的な競合事業者がSkyの小売価格に対抗できるよう、 小売マイナス(‘retail-minus’)方式にて、コミュニケーション庁 Ofcom(Office of Communications)が卸売価格の設定も行 う。 4 法的枠組み 【2003年コミュニケーション法】 • 目的規定 3条(Part I・Ofcomの一般的義務)*免許条件等で具現化 (1) 目的:コミュニケーション分野における市民(citizen)の利益増大、及び 適切ならば競争の促進による、関連市場における消費者(consumer)の利 益の増大) (4)(執行に当たっての考慮事項) (d) the desirability of encouraging investment and innovation in relevant markets; (5) OFCOM must have regard, in particular, to the interests of those consumers in respect of choice, price, quality of service and value for money • 具体規定 316条 被免許サービスにおいて、公正で有効な競争の保障を確保 317条 放送法に基づく権限行使よりも、1998年競争法での措置を優先 371条 Ofcomが1998年競争法をOFTと共管することを規定 5 法的枠組み 【1998年競争法】 • TFEU101条・102条(旧EC条約81条・82条)に倣って策定された英国競 争法(Chapter I・II)。担当官庁は公正取引庁OFT(Office of Fair Trading) 〔免許条件〕 • TLCS(Television Licensable Content Services): 2003年コミュニケーション法・232条以下により、衛星等電気通信ネット ワークで配信され、公衆によって受信されるテレビ番組等の放送サービス に必要とされる免許 (BBC, ITV(チャンネル3)、チャンネル4、チャンネル5等主要チャンネルは 別途規定あり) 具体内容は、技術要件、放送コードの遵守、公正かつ有効な競争の維持 義務、所有規制の遵守等 6 有料テレビセクターの概況 7 有料テレビセクターの概況(先行介入事例) • 1996年 OFTによる市場レビュー~BSkyBはケーブル事業者に対するチャンネル 卸売に関してコミットメント締結 • 2002年 Chapter II違反(マージン・スクイーズ)でOFTがBSkyBを調査 (以降、SkyはOFTのマージン・スクイーズテストに沿って価格を設定) • 2004年 欧州委員会、FAPL(プレミアリーグ運営団体)を調査~全権利を一括で 単一事業者に販売しないコミットメント 8 検討のアプローチ • 消費者に便益を提供できる、競争が有効な状況であるかど うかは、消費者にプラットフォーム・コンテンツの「選択肢」 (choice)があるか、「イノベーション」(innovation)があるか、 「競争的価格」(competitive pricing)が提示されているか、 で評価(2003年コミュニケーション法・目的規定等参照) ⇒OfcomはSkyの小売市場・卸売市場における市場支配力を それぞれ検討することで、この評価を実施 9 市場画定 • Ofcomは(純)競争当局であるOFTのガイドラインに則り、検討を実施 【小売市場】 • 需要者グループを判断 ⇒Sky Sports 1, 2, ESPNを含むパッケージ の提供市場を検討対象市場に10 市場画定 【卸売市場】 • 小売市場(最終財)に対するインプットであることに留意し、画定された小 売市場をベースに、直接的な競争圧力の有無を判断することで、それよ りも狭いかどうかを検討 • コアプレミアムスポーツチャンネルに対する代替性の高いチャンネルはな く、ケーブルテレビ事業者も、たとえ値段が上げられても、Sky Sportsを 捨てられないと判断 • 供給サイドの代替性も、参入障壁が高く困難と判断 ⇒ Sky Sports 1, 2が含まれる抱き合わせ卸売供給、EPSNが含まれる抱 き合わせ卸売供給の市場を検討対象市場に 11 市場支配力の評価 • 判断基準: 既存事業者からの競争圧力、潜在競争者からの競争圧力、需要者によ る競争圧力 【卸売市場】 • • 参入障壁や需要者による競争圧力を考慮しつつ、マーケットシェアが市 場支配力の証拠となるかどうかを検討 ⇒50%を超える市場シェアの計算に。また、プレミアリーグ放送権も当面 保持し、他事業者による奪回も困難 価格が競争水準を超えている証拠が、市場支配力の存在を支持し、矛 盾していないかを確認 ⇒IRRモデルでの利益と資本コストを比較 ⇒ 検討の結果、コアプレミアムスポーツチャンネルの卸売において、Skyは 市場支配力を持つと判断。また、支配的地位を持ち、それは3、4年継続 されると判断 12 市場支配力の評価 【小売市場】 ⇒ Skyのコアプレミアムスポーツチャンネルへのアクセスが無いことは大き な参入障壁であり、需要者による牽制力も無い。Skyの高い市場シェアと 参入障壁の存在は、支配的地位の存在を証明 Skyには、小売価格を高めてVirgin Mediaに高いマージンを与えるような インセンティブはなく(収奪機会は対小売事業者の方がある)、小売市場 ではなく、卸売市場で市場支配力を行使すると考えられる →焦点は上流市場に 13 競争上の問題(Competition Issues) • コアプレミアムチャンネルの流通制限 コアプレミアムチャンネルは、有料テレビの需要の牽引役として重要 Skyは卸売申込みに消極的(Skyは商業的な判断として妥当であるとして 正当化を主張) ⇒ Skyの2つの戦略的インセンティブに基づく行動 ・自らの衛星プラットフォームにおける小売ビジネスを守ること ・コンテンツ権利の競争が強まるリスクを減らすこと (ケーブル事業者への提供はスイッチングコストの高さゆえ) ⇒ 公正で有効な競争を妨げ、結果、「選択」(choice)、「イノベーション」 (innovation)、「競争的な価格設定」(pricing)を制限 (一般競争法の文脈でも同じ内容の指摘(OFTの取引拒絶のケース) 14 消費者への悪影響(Consumer Harm) • 「選択」 コアプレミアムチャンネルの入手可能性の問題 • 「イノベーション」 Skyのイノベーターとしての役割は認識するが、コンテンツによる参入障 壁は革新的なサービス提供を阻害(access to ‘must-have’ content) • 「競争的価格」 提供パッケージが狭まり、小売レベル競争が不活発になる 15 問題解消措置 • 選択肢の検討 申告者等からは、構造・機能分離、コンテンツ権利取引レベルでの規制 も主張されたが、プレミアリーグ放送権販売に関する欧州委員会とのコ ミットメント等の存在も • 価格規制について 16 問題解消措置 • スポーツに関する卸売マスト・オファー(must-offer)を決定 Ofcomの提示額によるSky Sports 1, 2のマスト・オファー (イノベーションを伴うハイビジョン版については価格設定をせず、FRND (on a fair, reasonable and non-discriminatory basis)提供) (法的根拠) コミュニケーション法・317条テスト:1998年競争法での対処を検討 ⇒関連する市場全体の問題について、包括的な解決をもたらす事前規 制の必要があるため、316条に • 卸売価格設定の基本方針 17 問題解消措置 •小売マイナス(retail-minus)価格方式 ・効率的な競争者は、コストと合理的な投資回収を考慮に入れた場合、いく らを卸売チャンネルに払うことができるか、という観点 18 →では、略奪的価格設定を判断基準とできるか 問題解消措置 • 具体的な手順 参照する小売価格を確定 Sky Sports 1, 2及び1・2抱き合わせという商品について、非テレビサービス、複 数室サービスといった付加サービスを除いた後、加重平均で算出 (他社が同じ卸売サービスを使って自由にサービスを設定できるように設定) Sky小売部門に発生するコストを算出 追加費用と一定割合の共通費用を配賦するFAC(’Fully Allocated Cost’(全部 配賦費用)方式…2002年のOFTの事案も同じ考え方で算出) Skyと比較しつつ、新規小売参入事業者のマージンを確定 DCF法を用い、一定期間における収益を想定。キャッシュフローをNPV(現在価 値)で判断(資本コストにはSkyのWACCを使用) →ex postテストではなく、競争促進を企図するex anteテストに 19 問題解消措置 • 最終価格 • 影響判断 • 免許条件の変更 20 決定後の訴訟 • 差止請求 British Sky Broadcasting Limited v Office of Communications (Interim relief) Case number: 1152/8/3/10 (IR)(2010年4月29日命令) 和解:TLCS licenceのCondition 14Aを変更して合意(rate cardとの差 額は預託) • 本訴 British Sky Broadcasting Limited v Office of Communications Case number: 1158/8/3/10, Registered: 1/6/2010 (316条範囲外の権限行使、316条が遵守しなくてはならない競争法ベー ス(competition law based approach)に即せず、取引拒絶インセンティ ブの誤認、卸売マスト・オファーの比例(性)原則判断の誤認、等) 21 “マージン・スクイーズ” • 本事案は、いわゆる“マージン・スクイーズ”の類型 ⇒一般には、取引拒絶・略奪的価格設定の問題に還元 他方、埋め合わせ可能性基準が適用できない、真のコストよりも高い卸 22 売価格を抑止できない等の指摘 “マージン・スクイーズ” • 独自の類型となるのか、どのようなテストを行うのか ⇒事案に応じて実質的な判断?恣意的な判断? ('form’>’effect’のきらい、異なる事案で異なる当局が異なるテストの適用) 23 EU競争法と英国競争法の狭間で • 1998年競争法・Section 60の存在 • “効果主義”を最も推し進める英国競争当局 • 英国では、マージン・スクイーズの判断においては、原則、市場支配力は 上流市場にのみ存在すればよいとしつつ、一般には上下両市場に存す る時に問題となるとする (なお、AKZO事件の費用基準等も「機械的に適用されるものではない(not act as a straitjacket)」とされ、recoupment基準を推定理由として採用(Aberdeen Journals事件)) • 米国は独自の理論として認めないが、EUは上流の価格それ自体の高価 格設定、下流の価格それ自体の略奪的価格設定がなくても、上流/下流 のアンバランス(imbalance)で違反とされる 24 競争法と事業法の狭間で この事案では、問題解消措置の設計を除き、基本的に競争法の枠組み で判断 → 事業法目的に競争政策要素が入っていることが常であり、競争法ではな く事業法行使が多い(規則1/2003による統一もあって、この形で外す方 が無難) • • • • • • • 競争法執行を優先する場合に、実質的な議論は少ない 問題解消措置として、競争法では、ready-made、価格コントロール、競 争促進、自由化途上の差配は困難、という問題 経路依存性 価格コントロールに踏み出すことへの競争当局の懸念 新規参入増加誘引と既存事業者の投資誘因のトレードオフをどう考える か 新規参入者と規制機関が共依存(’co-dependency’)関係になるのでは25 ないか おわりにかえて • 今後の検討課題 • 規制緩和(ソフトな規制)のなかの競争法の役割・規制の失 敗をどう考えるか • 競争観の異なるEU/英国の衝突とその止揚について 26