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第2回 -次世代農業への挑戦

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第2回 -次世代農業への挑戦
公開シンポジウム
「ポストゲノム時代の害虫防除研究のあり方」
第2回
次世代農薬への挑戦
−抵抗性機構の解明と環境調和型殺虫剤の開発−
講演要旨集
開催日:平成 21 年 7 月 24 日
場所:秋葉原コンベンションホール 5B
主催:(独)農業生物資源研究所、(独)農業環境技術研究所
はじめに
カイコは産業上の重要な昆虫であるとともに、大きな被害をもたらす鱗翅目農業害虫のモデル
生物でもあります。農業生物資源研究所では、カイコゲノム研究を推進し、全ゲノム塩基配列情
報、連鎖地図、BAC 物理地図、発現遺伝子情報等が統合されたデータベースの整備を進めて、デ
ータの利用が可能になっています。また、国外においてはアブラムシや寄生蜂など農業上重要な
昆虫種のゲノム解読も行われています。以上のような状況を背景にして、カイコおよび他種昆虫
のゲノム情報の活用による、
環境負荷の低い新しい害虫防除手法の実現の可能性が急速に高まっ
ています。
そこで、独法、大学、県、民間に所属する研究者が、それぞれの立場で情報の提供と収集を行
い、害虫防除に関わる農業現場のニーズ、社会的ニーズ、技術的ニーズ及びシーズを相互に把握
し、ゲノム情報から害虫防除の実現に至る研究開発の道筋を検討することを目的に、2回にわた
ってシンポジウムを開催致します。
第2回
次世代農薬への挑戦−抵抗性機構の解明と環境調和型殺虫剤の開発−
プログラム・目次
9:50 - 10:00 開会挨拶
10:00 - 10:40 講演1.カイコゲノム研究の現状と害虫防除研究への展望
農業生物資源研究所 山本公子・・・・ 1-4
10:40 - 11:20 講演2.ポストゲノム時代のアブラムシ防除研究
−抵抗性の発達を追い越せるのかー
農業環境技術研究所 鈴木健・・・・5-10
11:20 - 12:00 講演3.アジア地域イネウンカ類の殺虫剤抵抗性の現状と今後の課題
農研機構・九州沖縄農業研究センター 松村正哉・・・・11-16
12:00 - 13:00 昼食
13:00 - 13:40 講演4.カイコゲノム情報を利用した BT 剤抵抗性メカニズムの解明と
対抗技術開発の可能性
農業生物資源研究所 宮本和久・・・・17-26
13:40 - 14:20 講演5.リアノジン受容体をターゲットとする新たな殺虫剤の開発
日本農薬株式会社総合研究所 正木隆男・・・・27-30
14:20 - 15:00 講演6.神経作用性制御剤のターゲット:ゲノム情報,多様化および調節
近畿大学農学部 松田一彦・・・・31-34
15:00 - 15:20 休憩
15:20 - 16:00 講演7.RNAi を利用した非モデル昆虫での新規害虫制御ターゲットの探索
名古屋大学大学院生命農学研究科 三浦健・・・・35-38
16:00 - 16:40 講演8.昆虫ホルモン作用メカニズムの解明と IGR 開発への利用
農業生物資源研究所 篠田徹郎・・・・39-42
16:40 - 17:10 総合討論
17:10 - 17:20 閉会挨拶
カイコゲノム研究の現状と害虫防除研究への展望
(独)農業生物資源研究所 昆虫ゲノム研究・情報解析ユニット
山本公子
はじめに
昆虫全般のゲノム研究の現状については、4 月 24 日に開催された第1回シンポジウムにお
ける、農業生物資源研究所 野田博明博士の講演で、的確に整理されているので、ここでは、
対象をカイコに絞って、そのゲノム研究の成果を詳細に述べる。その上で、ゲノム研究と害
虫防除研究を今後どのように結びつけていくべきか探っていきたいと思う。
カイコゲノム研究は、開始当初から目的の一つに大規模被害をもたらす鱗翅目農業害虫の
モデル昆虫として位置づけられており、ハスモンヨトウやコナガへの展開は比較的考えやす
い。しかし、農業害虫は、非常に多くの種類があり、近年、殺虫剤抵抗性が問題になりつつ
あるトビイロウンカや現場からのニーズが高いアザミウマ等の微小害虫に対して、ゲノム研
究的アプローチをどう考えるべきかについて、多くの方からの意見を伺えれば幸いである。
カイコゲノム研究のこれまでの進捗
以下にカイコゲノム研究における主要な成果を要約して示す。
以下にカイコゲノム研究における主要な成果を要約して示す。
1.ゲノム塩基配列解析
・2004年に日本1)と中国2)各々からの全ゲノムショットガン塩基配列公開
・2008年両国のデータを統合した8.48倍のシーケンスサイズデータを再アセンブル3)
・ゲノムサイズ(475 Mb)の91%に相当する432 Mbのアセンブリデータ
・N50スキャフォルドサイズは、3.7Mb
・多くのtransposable elementを含んでおり、43.6%がリピート配列4)
2.地図情報
BAC物理地図
・カイコBACライブラリー(81,024クローン)の整備と両末端塩基配列解析5)
・フィンガープリント法による物理地図の構築
・ミニマムタイリングBACの構築
SNP連鎖地図
・2,256個のBACマーカーが座乗した高密度一塩基多型(SNP)連鎖地図の構築6,7)
・28本の染色体に対してゲノムの87.4%に相当するアセンブリスキャフォルドを添付
3.発現遺伝子解析
・EST(36ライブラリー)の整備、3万5千クローンの塩基配列決定8)
・完全長cDNAライブラリー(20ライブラリー)の整備、1万クローンの塩基配列決定
・カイコマイクロアレイ(44K,13,000遺伝子)の整備
4.データベース
・カイコ統合化データベース KAIKObase(図1)の整備・公開
・KAIKObase とカイコ・プロテオームデータベースの統合
・カイコ・トラップデータベースを構築9)し、KAIKObaseと統合
1
・カイコ完全長 cDNA によるカイコゲノムアノテーションの開始
図1.KAIKObaseの画面例
カイコゲノムの特徴
上記の様々な解析から得られたデータにより、以下のようなカイコゲノムに特徴的な情報
が明らかになった。
1.絹の成分であるセリシンとフィブロインの合成に係わる特定のtRNA遺伝子がクラスター
を形成しており、大量の絹生産に適応したゲノム構造をとっていることがわかった。
2.カイコは動物からは発見されていなかったβ-フルクトフラノシダーゼを有しており、カ
イコの餌であるクワに高濃度で含まれるアルカロイド系の糖代謝阻害物質を分解し、糖
代謝阻害を受けることなく糖の利用ができる。カイコは水平移動によって、この遺伝子
を細菌から獲得したものと推定される。
3.カイコは他の昆虫に比べて味覚受容体の数がかなり少ないことが判明し、これはカイコ
がクワ単食であることや人為的にクワを与えられるという家畜化が関係しているためで
はないかとの推測がされている。
4.クチクラタンパク質遺伝子の構造解析から、遺伝子クラスターの存在や進化的に早い段
階での構造上異なるクチクラ遺伝子の分岐などが示唆されている。
カイコゲノム研究がもたらすもの-成果と注意点
1.ヒト型糖鎖構造を持つタンパク質の大量生産
カイコの持つ糖鎖遺伝子が網羅的に解析され、カイコタンパク質の糖鎖構造決定機構の
2
解明が進行中であり、カイコでヒト型タンパク質生産への道がみえてきた。
2.各種突然変異遺伝子の同定
ゲノム情報を利用して、形質変異体の原因遺伝子(黄体色lem10)、赤蟻ch11)、油蚕ow12)、
黄血Y13)など)が同定された。また、カイコ膿核病ウイルスに対する抵抗性遺伝子14)をは
じめ、重要な遺伝子のクローニングが進んでいる。現在、20以上の遺伝子のポジショナ
ルクローニングが進んでおり、10個近くの遺伝子が同定されつつある。これらの遺伝子
機能の解明から、組換えカイコを作出するための新しいベクターの作出や、ジーンター
ゲッティングなどの遺伝子改変技術の開発、および、抵抗性メカニズムの解明や昆虫特
異的な性質の解明への手がかりが得られるものと期待される。
3.この他、既に論文化されているもので以下のカイコ研究分野へ貢献がみられた。マイク
ロRNA、性染色体、核多角体病ウイルス(NPV)、免疫関連遺伝子、ジンクフィンガータン
パク質遺伝子、核内レセプター、神経ペプチド遺伝子等の構造ならびに機能研究。
4.世界中からのカイコゲノムデータベースの利用
データベースを公開し、論文も発表したことで、KAIKObaseへのアクセス数が増加してお
り、平成20年度のアクセス数は1,500万件を超えた。特に、海外からのアクセス数の増加
が目立つ。ゲノム情報は即時公開が原則であるので、成果の活用は国際規模で早い者勝
ちになる。
カイコゲノム研究の今後の課題
・最重要課題;カイコゲノムシーケンスのアノテーション
完全長cDNAデータベースをさらに充実させる。
国際コンソーシアムを組織して取り組む。
・RNAi、ジーンターゲッティングなど、より簡便な遺伝子機能解析手法の開発
・重要機能遺伝子の同定→農薬の標的タンパク質などの遺伝子機能解析
・KAIKObaseを軸に他の鱗翅目昆虫ゲノム情報を取り込んだデータベースの構築
これからの害虫防除研究とゲノム研究
1.次世代シーケンサーがもたらすもの — これまでとは桁違いの情報が得られる
ゲノム研究の分野では、ここ数年、大きな変革が進行している。次世代シークエンサーと
総称される新手の塩基配列解析装置が開発され、続々とデータが産出され始めた。次世代シ
ークエンサーは、連続解読塩基長が50bp程度のものと400bp程度に大別され、少々乱暴に説明
すると、従来型のサンガー法と比べて、コスト、時間両面で、前者は100倍、後者でも10倍以
上のパフォーマンスを持っている。しかも未だ進化をつづけており、数年後には、さらにパ
フォーマンスの向上した第3世代シークエンサーが登場する可能性がある。
昆虫においても、今後数年間で、世界中の研究機関からこれまでとは桁違いに多いゲノム情
報が公開されると思われる。このような状況に対処するには、膨大な情報を迅速に収集し、
必要とする研究者が活用可能なデータベース環境を早急に整えることが、最低限必須である。
しかし、日本国内の重要害虫に関して、研究者に有用で、産業利用につながる情報を最速で
獲得するためには、ターゲットや優先順位を考慮して選別した上で、効率的に必要な情報を
得ることが必要であろう。このことは、特許戦略や研究の優位性を確保する上でも重要であ
る。
2.ゲノム情報を害虫防除研究にどう利用するか — 必要な情報の優先順位は?
3
第1回シンポジウムでの参加者アンケートの結果では、身近で一番問題になっている害虫
の種類は?の問いに半数近くが微小害虫を選んでいる。一方で、微小害虫の分子生物学的研
究や遺伝学的研究はこれまであまり進んでいない。ゲノム情報が得られたとしてもそれを活
用するには、ターゲット害虫の研究基盤が整っていることが必要であり、現状のままゲノム
研究を先行させてもデータの持ち腐れになりかねない。上述したカイコはモデル昆虫である
ため、フルセットのゲノム情報が必要であったが、害虫ゲノム研究では、解析する情報の種
類を限定した上で、ターゲット数を増やす方が有効かもしれない。そうなった場合、情報や
ターゲットの優先順位はどうすべきか。このような、害虫ゲノム研究のあり方をいろいろな
角度から検討する場を立ち上げ、一刻も早く進むべき方向を定めることが緊急の課題である
と考える。ゲノム情報の津波警報は既に出されている。迅速かつ万全な対策をたてなければ、
その波に溺れてしまうかもしれない。
図2.第1回シンポジウム時のアンケート調査結果
引用文献
(1)Mita et al. (2004) DNA Research, 11, 27-35
(2)Xia et al.(2004) Science 306, 1937-1940
(3)The Internatioal Silkworm Genome Consortium (2008) Insect Biochem. Mol. Biol. 38:
1036-1045
(4)Osanai-Futahashi et al. (2008) Insects Biochem. Mol. Biol. 38: 1046-1057
(5)Yamamoto et al. (2006) Genetics 173, 151-161
(6)Yamamoto et al. (2008) Genome Biology 9, R21
(7)Suetsugu et al. (2007) BMC Genomics 8, 314
(8)Mita et al. (2003) Proc. Natl. Acad. Soc. USA 100, 14121-14126
(9)Uchino et al. (2008) Insect Biochem. Mol. Biol. 38: 1165-1173
(10)Meng et al. (2009) J. Biol. Chem. 284: 11698-11705
(11)Futahashi et al. (2008) Genetics 180: 1995-2005
(12)Ito et al. (2009) Insect Biochem. Mol. Biol. 39: 287-293
(13)Sakudoh et al. (2007) Proc Natl Acad Sci U S A 104, 8941-8946
(14)Ito et al. (2008) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 105: 7523-7527
4
ポストゲノム時代のアブラムシ防除研究
-抵抗性の発達を追い越せるのか-
農業環境技術研究所 生物多様性研究領域
鈴木
健
はじめに
アブラムシは、日本だけでも約 700 種知られており(松本, 2008)
、このうち約 200 種が農
林害虫に数えられる(浜, 1992)
。アブラムシは概してとても小さく、軟弱な虫だが、増殖力
が非常に旺盛で、植物病原ウィルスの伝搬などによって農業生産に大きな被害を与えること
から重要な防除対象となっている。アブラムシの生活環は極めてユニークかつ巧妙で(図1)、
寄主転換、翅型転換、生殖様式転換など、生態・形態・生理を様々に切り換えて環境変化に
適応していく。アブラムシをさらに厄介ならしめているのは殺虫剤抵抗性の問題である。こ
れまでに様々なタイプの殺虫剤に次々に抵抗性を発達させ、防除が非常に難しい「抵抗性害
虫のエリート」と呼ばれるようになった(浜, 1992)。ネオニコチノイド系殺虫剤の登場で現
在「エリート」の影は薄い状態になっているが、過度の依存はまた新たな抵抗性の発達をも
たらすのではないか・・・との危惧は拭えない。
寄主転換
有翅胎生♀
二次寄主(夏寄主)
(移動虫)
胎生♀
通常草本
夏
春
胎生♀
有翅胎生♀
(移動・分散)
幹母
冬
胎生♀
卵
翅型転換
秋
卵生♀
産雌♀
(移動虫)
※この生活環になじまない
アブラムシも多い。同一種内
でも系統間で異なる場合が
ある。アブラムシの生活環の
♂
一次寄主(冬寄主)
特徴的な部分をほとんど含
生殖様式転換
通常木本
む一例と考えていただきた
い
図1 アブラムシの生活環
ここ数年の間に、様々な昆虫のゲノム解読、発現遺伝子解析が急速に進められてきたが、
5
アブラムシに関しても例外ではない。遺伝子レベルでの抵抗性発現機構の理解が進む中、抵
抗性問題解決にゲノム情報を利用しない手もないと思われるが、では、果たしてどのように
利用し得るのか考えてみたい。
アブラムシの殺虫剤抵抗性
第二次世界大戦後の有機合成殺虫剤(以降「殺虫剤」)の登場以来、アブラムシの防除にも
主として殺虫剤が使われてきた。長い間、アブラムシは感受性の高い(殺虫剤がよく効く)
虫と認識されていたが、1980 年頃からモモアカアブラムシ、ワタアブラムシで有機リン剤や
カーバメート剤に対する抵抗性が目立つようになり(浜, 1987)
、1980 年代の終わりごろに
は代替薬剤としてよく効いていたピレスロイド剤にまで高度の抵抗性が確認され(森下・東,
1990;西東, 1990)
、防除が非常に困難になった。1990 年代に入って登場した新規作用メカ
ニズムを有するネオニコチノイド系殺虫剤は、従来型の殺虫剤に抵抗性を発達させたアブラ
ムシにも優れた効力を示し、アブラムシの抵抗性問題は今のところ沈静化しているといった
状況である。ネオニコチノイド系殺虫剤の登場は、これまでに無い作用機構を有する新たな
殺虫剤の開発が抵抗性問題解決の即効性のある強力な手段であることを明白に示した。しか
しながら、タバココナジラミやコロラドハムシですでにネオニコチノイド系殺虫剤抵抗性が
確認されており(Nauen and Denholm., 2005)、モモアカアブラムシそのものにおいても薬剤
の種類によっては系統間で感受性に 100 倍もの差が見られる(Foster et al., 2008)ことが
報告されている。幸い、まだアブラムシについては圃場レベルで明らかなネオニコチノイド
殺虫剤抵抗性は確認されていないが、警戒を怠るべきではないだろう。
アブラムシは経済上非常に重要な害虫であるため、 抵抗性発達のメカニズムに対する関心
も高く、分子生物学的レベルでの解明がもっとも進んでいる虫のひとつといって差し支えな
い。特に、モモアカアブラムシに関してはイギリスで半世紀も前から先駆的な研究がなされ
てきた。抵抗性のモモアカアブラムシでは、解毒分解酵素の一種カルボキシルエステラーゼ
(CE)が体内で大量に生産され、有機リン剤、カーバメート剤、ピレスロイド剤に対する抵
抗性の原因となっている(Devonshire and Moores, 1982)。この CE の過剰生産は構造遺伝子
のコピー数が倍々と増幅したためである(Field et al., 1999)
。さらに、ピリミカーブなど
カーバメート剤の一部に対する抵抗性には標的酵素アセチルコリンエステラーゼ(AChE,2
種あるうちの一方のみ)の変異が、ピレスロイド剤抵抗性にはナトリウムチャンネルの構造
変異(kdr 因子)が(Martinez-Torres et al., 1999)関わっていることが明らかにされてい
る。ワタアブラムシでは有機リン剤抵抗性に関してはやはり CE の生産量の増大が原因で、抵
抗性系統では感受性系統が持つ CE の2カ所のアミノ酸が置換した変異型の CE が特異的に過
剰生産されている(Suzuki, 未発表)が、モモアカアブラムシの場合とは違ってこれは転写
活性の上昇によるらしい(Cao et al., 2008)。ピリミカーブなどカーバメート剤に対する抵
抗性には AChE の構造変異が(Toda et al., 2004;Andrews et al., 2004)、ピレスロイド剤
抵抗性には kdr 因子が関わっている(土′田・駒崎, 2002)ことはモモアカアブラムシと同様
である。
アブラムシの遺伝子データベース
他の昆虫の例に漏れず,アブラムシの遺伝子データベース(全ゲノム、EST)も「急激に」
充実してきている。数年前なら Blast サーチであっさり“no hits found”と切り捨てられてい
た配列に対して、今改めてサーチしてみると何十もの EST が hit してきてむしろウザいほど
6
である。
アブラムシの中で全ゲノムの解読が行われてい
るのはエンドウヒゲナガアブラムシのみである。
解 読 を 行 っ て い る “The International Aphid
Genomics Consortium (IAGC)” の白書によると、
エンドウヒゲナガアブラムシを対象に選んだ理由
は(ごく手短に要約すれば)
、「扱いやすくてこれ
まで積み上げられてきた研究資産が豊富」という
ことである。白書では、アブラムシの殺虫剤抵抗
性を適応現象の一つのモデルとして重視しており、
アブラムシゲノムが解読されることで、アブラム
図2 AphidBase のホームページ
シ防除のための多くの新たな標的候補が発見され
るだろうと述べている。
エンドウヒゲナガアブラムシのゲノム配列は NCBI でも公開されているが、AphidBase
(http://w3.rennes.inra.fr/AphidBase)という独自のデータベースにも組み上げられ、特
にショウジョウバエおよびハマダラカのゲノムデータベースとの照合による遺伝子機能のア
ノテーションに重点を置いた体裁になっている(図2)。
EST はエンドウヒゲナガアブラムシの他、モモアカアブラムシ、ワタアブラムシ、ミカン
クロアブラムシ、ムギクビレアブラムシといったやはり農業害虫として重要な種について解
析されており、NCBI への登録数は各々、169599、27686、8344、4304、458 となっている(2009.7.6
調べ)。
アブラムシのユニークな生活環形成に関与する遺伝子探索の現状
前述したが、ネオニコチノイド系殺虫剤の例に見るように、新規な作用機作の(新規な標
的に作用する)新たな薬剤の開発は殺虫剤抵抗性問題に対する強力な解決手段の一つである。
この意味で、アブラムシのユニークな生活環の形成に関与する遺伝子(の産物やそれが関与
する生理反応)は新規性・特異性などの点からいって格好の標的候補になるだろう。アブラ
ムシ遺伝子データベースの充実とともにマイクロアレイなどによるこれらの遺伝子の探索研
究も数多く報告されてきている。ここでは、そのような研究の中からほんの一部を紹介する。
もちろん、これらの研究のすべてが新規な薬剤作用点の探索を第一目的としているわけでは
なく、純粋にアカデミックな興味が主であると思われるものも多いが、現時点では基礎志向
も応用志向もまだ遺伝子探索という同じ車両に乗っている状態であると言える。
① 寄主適応
Ramsey ら(2007)は、モモアカアブラムシの消化管で他器官に比べ特に発現の多い遺伝子
の一つをタンパク分解酵素の一種カテプシン B 遺伝子と同定した。さらに、この遺伝子の塩
基配列に、タバコを寄主として選好する系統とそうでない系統との間で複数の(アミノ酸置
換を伴うものも含む)一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphisms; SNPs(スニップス))
を見いだした。この酵素が植物の阻害物質を回避するように進化することでモモアカアブラ
ムシの新しい寄主に対する適応に関わっているのではないかと推測している。
7
② 翅型
Ghanim ら(2006)はモモアカアブラムシの無翅型と有翅型の発現遺伝子をマイクロアレイ
で比較し、有翅型で発現の増大している遺伝子の中から ATP 代謝に関わる酵素(Adenine
Nucleotide Translocase; ANT)
、他の昆虫においてフェロモン等の化学的受容に関わるとさ
れるタンパク質(OS-D like protein)、ショウジョウバエの概日時計変異体で最初に発見さ
れた Takeout と呼ばれるタンパク質の遺伝子と相同性のある遺伝子を同定した。Takeout は
疎水性の低分子物質を結合して輸送する分泌タンパクの一つで JH 結合タンパクと同じファ
ミリーに属する。アブラムシの翅型制御への JH の関与は随分昔から取りざたされてはいたが、
今ひとつ決定打に欠けたまま今日に至っている。Takeout はこのあたりに関係があるのかな
いのか、今後の展開に興味が持たれる。
③ 生殖様式
アブラムシの有性世代は主として秋に日長が短くなることで誘導される。Ramos ら(2003)
は、長日条件あるいは短日条件で飼育した同一系統のエンドウヒゲナガアブラムシで発現量
の異なる遺伝子をディファレンシャルディスプレイ法で探索し、短日条件下で発現が増大す
る遺伝子として GABA 作動性ニューロンのアミノ酸トランスポーター遺伝子を同定した。光周
期情報の伝達に関与し、有性型分化の引き金を引いているではないかと推測している。
④ 遺伝子ノックダウン
ある遺伝子が何らかの表現型の形成に関わっていることを証明するには、その遺伝子が発
現しない状態を作ってやって、その後の表現型にどのような影響が出るかを調べるのが一般
的であろう。アブラムシでは遺伝子ターゲティング(「ノックアウト」)の技術は確立されて
いないが、RNAi を用いた遺伝子「ノックダウン」に関していくつかの報告がある。
Jaubert-Possamai ら(2007)はエンドウ ヒゲ ナガアブラ ムシの 全身で発 現して いる
calreticulin 遺 伝 子 と 消 化 管 で 特 異 的 に 発 現 し て い る cathepsin L 遺 伝 子 に 対 す る
300~400mer の dsRNA をマイクロインジェクションし、5 日目で約 40%発現が抑制されたとし
ている。目的が RNAi のモデル実験だったこともあり、その後の表現型の変化は観察されなか
ったそうである。
Mutti ら(2008)はエンドウヒゲナガアブラムシの唾液腺でもっとも多量に発現している
C002 と命名したタンパク質の遺伝子に対する siRNA(ほぼ全長の dsRNA をインビトロで切断
した 21~23mer の混合物)をインジェクションし、3 日目以降ほぼ完全に発現が抑制されたこ
とを報告している。siRNA をインジェクションされたアブラムシでは、師管の探索行動が抑
制されるとともに、たとえ吸汁を始めたとしても長続きせず(対照群の 50 分の 1 以下)、寿
命も著しく短くなることを観察している。
残念なことに、上記①~③で紹介した遺伝子のノックダウンに関する報告は出ていない。
これから続々と出てくるのか?それとも報告できるような結果が得られていないのか?今し
ばらく見守っていきたいところである。
終わりに
昆虫の場合に限らず抵抗性の研究は宿命的に後手に回らざるを得ない。抵抗性が問題にな
るのはある程度薬剤が効かなくなったことが認識されるようになってからであり、それから
感受性のものと抵抗性のものを比較して抵抗性のメカニズムを明らかにすることになる。こ
8
の時点では抵抗性遺伝子を持った個体は相当な割合になっている。新規作用機構を持つ薬剤
に対して始めから感受性個体の遺伝子と抵抗性個体の遺伝子をそろえて出すことはできない
のである。こういった意味で新規薬剤に対して将来抵抗性が発達するか否かを予測するツー
ルとしての遺伝子データベースの利用については言及しなかった(できなかった)。
抵抗性の発達を回避するには、よく言われるように、同じ作用機構の薬剤を効くからとい
って使い続けないことである。IPM の観点も取り入れ、様々な防除オプションを組み合わせ
たり、ローテーションしたりするのが望ましいだろう。その中で、これからもアブラムシの
防除に殺虫剤は大きな役割を担うことになるだろうが、これもやはりなるべく多くの異なる
作用機構のものを、抵抗性が発達する前に切り替えて使用できるような体制が必要だろう。
アブラムシゲノム研究が新しい標的オプションの探索にうまく生かされれば抵抗性の発達を
追い越した防除が可能になる・・・かも知れない。かなり先は長いような気もするが、期待
したい。
研究が役に立つか立たないかはなどということはひとまず置いといても,アブラムシって
なかなかおもしろい生き物だとは思いませんか。
引用文献
松本嘉幸(2008)
:アブラムシ入門図鑑,全国農村教育協会
浜 弘司(1992)
:害虫はなぜ農薬に強くなるか-薬剤抵抗性のしくみと害虫管理-,農文協
浜 弘司(1978)
:植物防疫 41:159~164.
森下正彦・東勝千代(1990)
:日本応用動物昆虫学会誌 34:163~165.
西東 力(1990)
:日本応用動物昆虫学会誌 34:174~176.
Nauen, R and I. Denholm (2005):Arch. Ins. Biochem. Physiol. 58:200~205.
Foster, S. P. et al.(2008)
:Pest. Manag. Sci. 64:1111~1114.
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:Pestic. Biochem. Physiol. 18:235~246.
Martinez-Torres, D. et al.(1999)
:Insect Mol. Biol. 8:339~346.
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Toda, S. et al.(2004):Insect Mol. Biol. 13:549~553.
Andrews, M. C. et al.(2004):Insect Mol. Biol. 13:555~561.
土′田・駒崎(2002)
:平成 14 年度果樹研究成果情報.
Ramsey, J. S. et al.(2007)
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9
10
アジア地域イネウンカ類の殺虫剤抵抗性の現状と今後の課題
農研機構・九州沖縄農業研究センター
松村正哉
はじめに
アジア地域のイネを加害する主要なウンカ類には,トビイロウンカ,セジロウンカ,ヒメ
トビウンカの3種が存在する。このうち,トビイロウンカとセジロウンカは寄主植物がイネ
にほぼ限定されるため,イネの周年栽培が可能であるベトナム北部や中国最南端の海南島な
どが越冬可能な北限となっている。これらの地域より北に位置する中国大陸中南部,台湾,
日本,韓国など亜熱帯から温帯地域にかけては,これらの2種は,毎年,梅雨時期に前線に
沿って発達する下層ジェット気流に乗って,越冬可能地から長距離移動する。一方,ヒメト
ビウンカは多くのイネ科植物を寄主として利用可能で,また休眠性を持つことから,中国,
台湾,日本,韓国などの温帯地域で周年発生することが可能である。
これらのイネウンカ類が水稲に及ぼす被害も種によって異なり,トビイロウンカは稲作後
期に坪枯れと呼ばれる大きな被害を起こす。これに対して,セジロウンカは稲作後期の被害
は少なく,成虫の産卵による葉鞘の褐変などが主な被害様相である。ヒメトビウンカは,直
接の吸汁害は少ないものの,イネ縞葉枯病ウイルスを媒介することで,イネに大きな被害を
もたらす。これらのイネウンカ類の防除対策として,フィリピンなどの熱帯地域では抵抗性
品種の導入と在来天敵の働きを生かしたIPMが普及している。在来天敵の働きが比較的弱
い東アジア地域などの温帯では,殺虫剤による防除が主体となっている。
1990 年代中頃からネオニコチノイド系の殺虫剤が開発され,イネウンカ類の防除にも使わ
れるようになった。これに伴い,日本におけるトビイロウンカとセジロウンカの発生面積は
減少し(図1)
,2000 年代中頃までの間,東アジア地域全体でイネウンカ類の大発生はみら
れなかった。しかし,東アジア地域,とりわけベトナム,中国,日本において,2005 年以降,
3年続きのトビイロウンカが多発生した(図1)。また,2000 年以降,中国,韓国,日本に
おいて,ヒメトビウンカとイネ縞葉枯病の発生量が増加傾向にあり,昨年からは,日本や韓
国においても多発生が起こっている。これらイネウンカ類の多発生は,それぞれのイネウン
カの薬剤抵抗性発達と大きく関係していることが明らかになった。本講演ではその概略と今
後の課題について紹介する。
Ⅰ.アジア地域のトビイロウンカとセジロウンカの種特異的な薬剤抵抗性発達
トビイロウンカのイミダクロプリドに対する抵抗性発達は,東アジア地域では 2003 年にタ
イで最初に見つかり,その後東アジア地域の多くで 2005 年頃から報告されるようになった
(松村ら,2007)
。薬剤抵抗性検定については,Wang Y. H. et al. (2008a,b)が中国国内の
トビイロウンカ個体群について葉鞘浸漬法による LC50 値を報告しているが,微量局所施用法
による調査事例はなかった。そこで,アジア地域イネウンカ類の薬剤抵抗性の現状を把握す
るために,2006 年にベトナム北部(紅川流域),ベトナム南部(メコン川流域),フィリピン,
中国,台湾,および日本においてトビイロウンカとセジロウンカ個体群を採集し,微量局所
施用法(福田・永田 ,1969)によって薬剤感受性検定を行った(Matsumura et al., 2008)。
イミダクロプリド,フィプロニル,チアメトキサム(トビイロウンカのみ),BPMC の4薬剤
を供試した。
11
100
発生面積率 %
80
60
40
20
セジロウンカ
トビイロウンカ
0
1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010
年次
図1.九州におけるイネウンカ類の発生面積率の年次変動(JPP-NET のデータから作図)
1992 年から 2003 年までに行われた調査によれば,ベトナム,中国,日本のトビイロウン
カのイミダクロプリドに対する LD50 値は 0.09~2μg/g の範囲にあった(Endo & Tsurumachi,
2001; Liu et al., 2003a,b;永田・上室,2002;Nagata et al., 2002;平ら,2001)。しか
し,2006 年に日本,中国,台湾,ベトナムで採集したトビイロウンカの LD50 値は 2003 年以
前に比べて高い値を示した(図2)
。LD50 値が最も高かったベトナム南部では,1992 年に比べ
て約 240 倍の値であった。一方,フィリピンのトビイロウンカのイミダクロプリドに対する
,抵抗性発達は東アジア地域とインドシナ半島のみで起こっていると考
LD50 値は低く(図2)
えられた。トビイロウンカとは対称的に,セジロウンカのイミダクロプリドに対する LD50 値
はいずれの個体群でも低く,抵抗性発達は起こっていなかった(図2)。
東アジアおよびベトナムのトビイロウンカのチアメトキサムに対する LD50 値は,フィリピ
ンのものに比べて高く(図2)
,イミダクロプリドとの間に交差抵抗性が起こっているものと
考えられた。しかし,ネオニコチノイド剤のうち,ジノテフランについては,イミダクロプ
リドとの間に交差抵抗性はみられなかった(Matsumura et al., 未発表)。
アジア地域のセジロウンカのフィプロニルに対する LD50 値はいずれの個体群でも高かった
(図2)。セジロウンカについては,微量局所施用法による過去のデータがないものの,セジ
ロウンカのフィプロニルに対する抵抗性発達は東アジアから東南アジア地域の広範囲で起こ
っているものと考えられた。
12
図2.2006 年にアジア地域から採集したトビイロウンカ(左)とセジロウンカ(右)の
各種薬剤に対する LD50 値 (Matsumura et al., 2008 より作図)
BPMC については,トビイロウンカ,セジロウンカともに,地域による明瞭な差はみられな
かった(図2)
。
以上から,アジア地域のイネウンカ類は,トビイロウンカはイミダクロプリドに対して,
セジロウンカはフィプロニルに対して種特異的に抵抗性を発達させていることが明らかにな
った。日本に飛来するトビイロウンカとセジロウンカ個体群については,2005 年にこのよう
な種特異的な薬剤抵抗性発達が認められ,その後 2008 年まで,抵抗性のレベルはほぼ同様の
数値で推移している(松村ら,2007;Matsumura et al., 未発表)。
Ⅱ.種特異的な抵抗性発達の要因
ベトナム北部の紅河デルタ地域は,中国や日本に飛来するイネウンカの一次飛来源とされ
ており,ここでのイネウンカ類の発生状況が,中国や日本での発生に大きく影響している。
紅河デルタ地域では,1990 年代後半から中国品種を用いたハイブリッド稲の栽培面積が増加
しており,2002 年以降には栽培面積が 50 万 ha を超えている。中国のハイブリッド稲はウン
カに対する抵抗性を持たないため,セジロウンカ・トビイロウンカの増殖率が高い。中国に
おいて 1980 年代後半からセジロウンカが多発生したのもハイブリッド稲の栽培に関係が深
いといわれている。多収・良食味等の品種への移行によってウンカの増殖しやすい稲を栽培
することになり,その結果ウンカが多発し,それを抑えるために殺虫剤を多用している。こ
のようなベトナム北部での稲作栽培の変化が,近年の東アジア地域でのトビイロウンカの多
発生に大きく関与している。そして,多発生を抑えるためのイミダクロプリドを主体とした
殺虫剤の多用が,薬剤抵抗性の発達を引き起こしたと考えられる。
種特異的な抵抗性発達の要因については,いくつかの可能性が考えられるが,その一つと
して,殺虫剤散布対象害虫と散布時期の違いが考えられる。ベトナム北部の冬春作水稲では,
稲作後期にあたる5月から6月上旬に,トビイロウンカ防除のためにイミダクロプリドなど
13
のネオニコチノイド系殺虫剤が散布される(図3)。一方,フィプロニルは4月上旬頃の稲作
中期に,コブノメイガやメイチュウ類の防除のために散布される。この時期には水田にはト
ビイロウンカは少なくセジロウンカが多いため,セジロウンカのほうがフィプロニルの影響
を受けやすい。このような薬剤の散布時期の違いが,種特異的な抵抗性発達を生み出した可
能性がある。
フィプロニル
(Regent)
イミダクロプリド
チアメトキサム
(Gaucho, Confidor, Actara)
コブノメイガ,
メイチュウ類
セジロウンカ
トビイロウンカ
移植
1月
収穫
4月
5月
6月
図3.ベトナム北部(紅河流域)の冬春作水稲における殺虫剤散布対象害虫と散布時期
フィリピンではトビイロウンカの薬剤抵抗性発達はみられず,セジロウンカのフィプロニ
ル抵抗性発達のみがみられた。この理由としては,フィリピンではトビイロウンカは現在も
小発生傾向が続いており,イミダクロプリドがほとんど使われていないのに対して,多発し
ているメイチュウ類の防除にフィプロニルが多用されているためと考えられる。
異なる薬剤に対する種特異的な抵抗性発達の原因として,系統の異なる殺虫剤に対する作
用機作の違いについても今後検討する必要がある。トビイロウンカのイミダクロプリド抵抗
性については,その作用機作や遺伝子発現等に関する研究が,中国南京大学のグループを中
心に精力的に進められている(Liu et al., 2003a,b,2005; Wen et al., 2009)。しかし,
セジロウンカのフィプロニル抵抗性発達メカニズムについては明らかにされていない。
ベトナム南部のメコンデルタ流域では,2005 年以降,トビイロウンカが媒介する2種のウ
イルス病(グラッシースタント病とラギットスタント病)の大発生が続いており,とりわけ
殺虫剤が多用されている。この地域では,トビイロウンカのイミダクロプリドに対する LD50
値は,2007~2008 年にかけてさらに上昇を続けており(Matsumura et al., 未発表),今後の
動向に注意する必要がある。
Ⅲ.東アジア地域のヒメトビウンカの薬剤抵抗性の地域間差異
近年,ヒメトビウンカについても,中国や日本において薬剤抵抗性の発達が報告されてい
る。Ma et al.(2007)は,2006 年に浙江省と江蘇省で採集したヒメトビウンカの薬剤抵抗
性検定を行い,イミダクロプリドに対する感受性が大きく低下していることを報告している。
この背景には,2000 年以降の江蘇省を中心とするヒメトビウンカの多発生とイネ縞葉枯病の
流行を受けて,4 月中下旬の麦の出穂期と,イネの苗代および早植え本田の時期にイミダク
ロプリド水和剤を中心とした防除が行われていることがある(寒川,2005)
。一方,フィプロ
ニル剤は価格が高く使用量が少ない(寒川,2005)ことからか,2007 年までの調査では,中
国において薬剤感受性の低下は報告されていない(Ma. et al., 2007;Wang et al., 2008)。
14
これに対して,日本の九州地域では,福岡県(村上ら,2007),熊本県(行徳ら,2008;西
本ら,2008),佐賀県(口木,2007)においてフィプロニルに対して感受性が低下した個体群
の存在が報告されている。また,佐賀県では,ブプロフェジンに対する感受性低下も報告さ
れている(口木,2007)
。一方,イミダクロプリドに対する感受性の低下は,これまで日本で
は報告されていない。
ヒメトビウンカは日本で越冬可能であるため,薬剤抵抗性の発達にはその地域での薬剤使
用履歴が大きく影響すると考えられる。薬剤抵抗性検定が行われた調査地点もそれほど多く
ない中で,画一的な区分はできないものの,上記の結果から,中国江蘇省を中心とした地域
ではイミダクロプリド抵抗性が,九州の多くの地域ではフィプロニル抵抗性が,それぞれ発
達しているものと考えられる。
このように,ヒメトビウンカの場合には,同じ種でありながら,国によって異なる薬剤に
対する抵抗性発達がみられている。このような状況の中で,昨年から,中国から日本あるい
は韓国などへ,5月下旬から6月上旬にかけてヒメトビウンカが大量に飛来する現象が起こ
っている(松村・大塚,2009;Otuka et al.,未発表)。このため,今後は薬剤抵抗性の異な
る個体群の混在あるいは交配などが起こる可能性がある(Sanada et al., 未発表)。ヒメト
ビウンカの海外飛来とそれによって起こる新たな問題についての詳細は,松村・大塚 (2009)
を参照されたい。
Ⅳ.今後の課題
これまで紹介したように,現在,アジア地域のイネウンカ類の薬剤抵抗性については,種
によって,また地域によって大きく異なる状況にあり,今後も抵抗性発達がさらに進む可能
性がある。このため,アジア地域各地で,相互に比較可能な手法で薬剤抵抗性モニタリング
を行うことが重要である。本年5月に IRRI(国際イネ研究所)において,イネウンカ類の薬
剤抵抗性モニタリングの情報ネットワーク確立に向けたワークショップとトレーニングコー
スが開催された。このトレーニングコースを通じて,今後,微量局所施用法を標準としてベ
トナム,中国,タイ,マレーシアの各国においてイネウンカ類の薬剤抵抗性モニタリングを
行うこととなった。
現在,薬剤抵抗性のモニタリングは微量局所施用法をはじめとしたバイオアッセイによっ
て行わざるをえないため,供試虫の増殖から結果を出すまでに時間がかかる。今後,薬剤抵
抗性の遺伝的背景の解析を進めることによって,遺伝子配列を見ることによって薬剤抵抗性
モニタリングが可能になるならば,発生予察が迅速化されるなどメリットは大きい。
冒頭に述べたように,イネウンカ類はアジア地域全体を長距離移動するため,発生時期や
発生量を予測するためには,薬剤抵抗性等の形質が異なるウンカの広域移動動態の解析が必
要となる。移動の検証の際には,地域個体群間の差異を遺伝子型の違いなどによって明瞭に
区別できることが望ましい。このような研究を進める上でも,ウンカの遺伝子多型などの情
報とともに,今後,薬剤抵抗性などのターゲット遺伝子の変異性解析も重要となるだろう。
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16
カイコゲノム情報を利用した BT 剤抵抗性メカニズムの解明と
対抗技術開発の可能性
農業生物資源研究所 昆虫・微生物間相互作用研究ユニット
宮本和久
はじめに
昆虫病原細菌 Bacillus thuringiensis(Bt 菌)は殺虫作用を示す数種類の毒素を産生す
る。そのうち代表的な毒素は Bt 菌の芽胞形成時に作られるタンパク質の結晶体でありδ-内
毒素あるいはクリスタルなどと呼ばれる。ここではこの毒素を BT トキシンと呼ぶことにす
るる。BT トキシンは結晶体のままでは殺虫活性はなく、感受性昆虫がこの結晶体を食下する
と中腸消化液のアルカリ性とタンパク質分解酵素により可溶化と部分消化を受けて真の毒
素となる。この活性化された毒素が中腸細胞に作用して細胞を破壊し、昆虫は死に至るとさ
れている。
Bt 菌は 1960 年代初頭より微生物殺虫剤(BT 剤)として使用されはじめた(Tanada and Kaya,
1993)。さらに 1990 年代半ばからは遺伝子組換え技術により BT トキシンの遺伝子を組み込
んで耐虫性を獲得したトウモロコシやワタがアメリカを中心に商業栽培されはじめた。そし
て 2006 年には世界におけるその栽培面積が 1 億 6200 万 ha 以上に及んでいる(Tabashnik et
al., 2008)。
BT 剤は、当初、有機リン剤や合成ピレスロイド剤に対して抵抗性を獲得したアブラナ科作
物の害虫であるコナガなどの防除剤として圃場や温室で盛んに使用されたが、1980 年代後半
から、BT 剤抵抗性のコナガが出現し問題となった(Tabashnik et. al. 1990)。我が国でも
1988 年に温室で栽培されていたクレソンでコナガの kurstaki 系 BT 剤抵抗性発達が確認され
た(田中、木村 1991)。なお、この BT 剤抵抗性獲得系統は aizawai 系の BT 剤に対しては交
差抵抗性発達が認められなかったため、散布する BT 剤の系統を換えるなどの対処方法がと
られた。なお、現在は我が国におけるコナガの発生は減少傾向にあり、被害はあまり問題と
なっていないが、これには、BT 剤の他、ネオニコチノイド系、ピリミジン系、フェニルピ
ラゾール系などの作用を異にする各種薬剤のローテーション散布も寄与しているものと考
えられる。
一方、BT トキシンを発現させることで害虫耐性を付与された遺伝子組換え作物では薬剤散
布をしないのが基本であるため、BT トキシン抵抗性害虫の出現はより深刻な問題である。こ
のような状況を背景に、チョウ目昆虫を中心に害虫の BT 剤あるいは BT トキシンに対する抵
抗性や抵抗性発達の機構等に関する研究が海外で盛んに行われている。
ところで Bt 菌はカイコに卒倒病を引き起こす細菌として 1901 年に我が国で石渡繁胤によ
り世界に先駆けて報告された。また、本菌は蚕室の塵埃から高頻度で分離されるなど養蚕と
。そのため、これまで我が国で
の関連も深い細菌である(Ohba et al., 1979; 鮎沢, 1984)
はカイコ(Bombyx mori)を用いた BT トキシンの作用機構の研究が盛んに行われ、害虫におけ
る抵抗性機構究明にも少なからず寄与してきている。
演者らは現在、カイコのゲノム情報を用いて BT トキシン抵抗性遺伝子の究明を行っている。
そこでこの分野の研究の現状を報告すると共に、カイコゲノム情報を用いた抵抗性遺伝子究
17
明の現状、および、今後の BT トキシン抵抗性メカニズム解明や対抗技術開発への貢献の可
能性について述べたい。
1. チョウ目昆虫における BT 剤および BT トキシン抵抗性の発達
BT 剤は昆虫の病原細菌由来であるため、害虫の抵抗性は発達しにくいと考えられていたが、
1985 年に室内実験で貯穀害虫ノシメマダラメイガ(Plodia interpunctella)で抵抗性の発達
が認められ(McGaughey, 1985)、その後、他のチョウ目害虫においても BT 剤による選抜で
抵抗性が容易に発達することが報告された。さらに、前述のように、農業現場に於いて、化
学合成殺虫剤に対する抵抗性発達が問題となったコナガで BT 剤抵抗性が発達した。一方、
抵抗性になった個体群で BT 剤の散布を中止すると、十数世代で抵抗性はかなり低下するこ
。
とも明らかにされた(Hama et al., 1992; Tabashunik et al., 1994)
コナガ 以外で農業現 場で BT 剤抵抗 性が発達した害 虫としてはイ ラクサキンウ ワバ
(Trichoplusia ni)個体群がある(Janmaat et al., 2003)。この場合も温室から採集したウ
ワバを BT 剤による選抜なしに継代すると急速に抵抗性は低下している。さらに、近年世界的
に栽培されている、BT トキシンの遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え作物に関しても、BT トキ
シンの一種である Cry1Ac を組み込んだ BT ワタに対するタバコガの近縁種(Helicoverpa
zea)の抵抗性が発達したとの報告がなされている(Tabashnik et al., 2008)。
2. 交差抵抗性
BT 剤は複数の BT トキシンを含んでいる場合が多い。BT 剤製造によく使用される B.
thuringiensis serovar. kursitaki HD-1 株が産生する結晶タンパク質は Cry1Aa, Cry1Ab,
Cry1Ac, Cry2Aa, Cry2Ab の各 BT トキシンを含んでいる。また、B. thuringiensis serovar.
aizawai に属する HD-112 株の結晶タンパク質は Cry1Aa, Cry1Ab, Cry1C, Cry1D, Cry1G およ
び Cry2A に属する未同定の BT トキシン計 6 種類のトキシンを含んでいる(McGaughey and
Johnson, 1994)。HD-1 株や HD-112 株に対して抵抗性を得た昆虫は複数の毒素に対して抵抗
性になっている可能性も考えられる。実際に HD-112 株に対して抵抗性になったノシメマダ
ラメイガ系統は Cry1Aa、Cry1Ab、Cry1Ac、Cry1B、Cry1C および Cry2A トキシンに対する抵
抗性が、対照系統に比べ数倍から数十倍強くなっていた(McGaughey and Johnson, 1994)。
一方、1種類の BT トキシンで選抜したにもかかわらず複数のトキシンに対して抵抗性を獲
得した例もある。コナガでは、Cry1Ca による選抜で Cry1Ca に 1090 倍抵抗性になった個体群
は Cry1Aa、Cry1Ab、Cry1Ac、Cry1Fa および Cry1Ja に対して 390 倍以上の交差抵抗性を示し
た。他方、同じく Cry1Ca による選抜で約 500 倍の抵抗性を示した別のコナガ個体群は他の
。このように供試した毒素
毒素に対しては交差抵抗性を示さなかった(Zhao et al., 2001)
や昆虫種さらには同じ種でも系統の違い等によって抵抗性の発達が異なる場合が見られて
いる。
3. 抵抗性発達のメカニズム
前述のように、チョウ目の幼虫が結晶タンパク質を餌と一緒に食下すると、結晶タンパク
質は消化液のアルカリ条件と消化液中に存在するタンパク質分解酵素により可溶化と分解
を受ける。Cry1 毒素の場合、プロトキシンと呼ばれる殺虫活性を示さない分子量約 13 万ダ
ルトンのタンパク質が消化され、分子量約 6 万ダルトンの活性化毒素となる。活性化された
18
毒素は中腸円筒細胞の微絨毛表面にあるとされる受容体に結合して細胞を破壊し昆虫は死
に至るとされている。このような BT トキシンの作用プロセスごとに抵抗性の機構が推定さ
れる。そこでこれまでわかっている、あるいは推定されている抵抗性機構の概要をプロセス
別に以下のようにまとめた。
i)プロトキシン(結晶タンパク質)の活性化から中腸細胞への結合に至る段階
毒素の活性化に重要な中腸消化液のアルカリ条件やタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)
の活性の変異が抵抗性の発達に関与すると考えられている。
ノシメマダラメイガの抵抗性系統では中腸消化液中のプロテアーゼ活性の低下が認められ、
主要なセリンプロテアーゼ活性を欠いていた。このプロテアーゼは BT トキシンを加水分解
し、その消失は抵抗性の発達と遺伝的にリンクしていた(Oppert, 1999)。一方、トウヒノシ
ントメハマキ(Choristoneura fumiferana)消化液中には、活性化された毒素タンパク質のC
末端に結合して毒素を沈殿させるエラスターゼ様セリンプロテアーゼが存在している
(Milne et al., 1998 )。また、オオタバコガ(Helicoverpa armigera)の Cry1Ac 抵抗性系統
では感受性系統に比較して消化液中のエステラーゼ活性が 3 倍から 12 倍になっている。抵
抗性系統のエステラーゼはプロトキシンや活性化されたトキシンに結合する性質があり、エ
ステラーゼが毒素に結合して隔離することで抵抗性を示すという説が提唱されている
(Gunning et al., 2005)。さらに、Cry1Ac に対し抵抗性のカイコで、Cry1Ac 毒素が囲食膜
に結合してしまうことが認められ、それが抵抗性の一因ではないかと考えられている
(Hayakawa et al., 2004)。
ii)中腸細胞の BT トキシン受容体の変異
ノシメマダラメイガの Cry1Ab 抵抗性系統と感受性系統における中腸細胞由来の刷子縁膜
小胞(BBMV: brush border membrane vesicle)で Cry1Ab の結合親和力を比較したところ、感
受性系統では抵抗性系統の約 50 倍であったが、両者の結合部位の数には差はなかった(Van
Rie et al., 1990)。
コナガにおいて、Cry1Ab 感受性系統の BBMV には、供試した Cry1Ab 毒素の約 4%が結合した
が、Cry1Ab に 200 倍以上の抵抗性を示す系統の BBMV へは Cry1Ab 毒素の結合はほとんど認め
られなかった (Ferre et al., 1991)。毒素が結合する受容体に関してコナガで作製された
モデルでは、BBMV は Cry1Aa、Cry1Ab、Cry1Ac、Cry1Ja が共に認識する受容体を持っている。
一方、BBMV には Cry1Aa、Cry1Ba、Cry1Ca がそれぞれ個別に認識する受容体もあるとされて
いる(Ferre and Van Rie, 2002)。
ニセアメリカタバコガ(Heliothis virescens)では Cry1Ac による選抜で 50 倍の抵抗性
を示した系統が Cry1Ab に対しても約 13 倍の抵抗性を示した。しかし、抵抗性系統と感受性
系統それぞれの BBMV に結合する毒素量には顕著な差異は認められなかった(Gould et al.,
1992)。一方、Gahan ら(2001)は同じニセアメリカタバコガで、Cry1 に対する受容体の一
つと考えられているカドヘリン様タンパク質の変異が Cry1Ac 抵抗性の原因であることを遺
伝子解析により明らかにした。また、ワタアカミムシ(Pectinophora ossypiella)の Cry1Ac
に対する抵抗性、およびオオタバコガ(Helicoverpa armigera)の Cry1Ac 抵抗性についても
同じカドヘリン樣タンパク質遺伝子の変異が関与しているとの報告がなされた(Morin et
al., 2003; Xu et al., 2005; Yang et al., 2007)。さらには、ニセアメリカタバコガの別
の系統で GPI-アンカリングされたアルカリフォスファターゼの変異が Cry1Ac 抵抗性と関連
しているとの報告もなされている(Jurat-Fuentes and Adang, 2004) 。この場合、アルカリ
19
フォスファターゼは受容体として機能していると考えられている。
カドヘリン様タンパク質と同様に以前から受容体の候補として知られているアミノペプチ
ダーゼ N について、そのグループの一つの遺伝子がシロイチモジヨトウ(Spodoptera exigua)
の抵抗性系統で発現していないことから、この遺伝子の抵抗性への関与が示唆されている
(Herrero et al., 2005)。
iii) その他
上に示した、プロトキシンの活性化の段階で働くプロテアーゼ活性の低下や活性化された
トキシンが中腸上皮細胞に結合する際に重要となる受容体の変異では説明できない抵抗性
もある。丸山ら(1999)が作出した Cry1Ac 抵抗性コナガの場合は、毒素は感受性コナガと同
様に中腸上皮細胞膜タンパク質に結合する。このことは、結合能以外の要因が抵抗性の原因
となっていると考えられ、それが、両者の微細な膜構造の違いによると推察されている。両
系統の中腸上皮細胞の中性オリゴ糖セラミドの含量および長鎖のオリゴ糖含量を比べると、
抵抗性系統で顕著に低いことから、抵抗性に上皮細胞膜糖脂質のオリゴ糖部分の関与が示唆
。
された(Kumaraswami et al., 2001)
4. 抵抗性遺伝子
チョウ目昆虫における BT 剤や BT トシキン抵抗性の遺伝様式については多くの研究がなさ
れている。抵抗性は、劣性あるいは不完全な劣性を示す場合が多い。しかし、共優性に近い
様式や、完全優性に近い遺伝様式も報告されている(Ferré and Van Rie, 2002)
。コナガに
おいては、B. thuringiensis serovar. kurstaki HD-1 株抵抗性は、劣性の単一遺伝子座モ
デルによく適合していた(Tabashnik et al., 1992)。一方、同じコナガでも、マレーシア
の Cry1Ac 抵抗性系統では、抵抗性遺伝子は不完全優性であった(Sayyed and Wright, 2001)。
優性遺伝をする抵抗性遺伝子の発見は、後述する抵抗性発達に対する対抗手段の一つとして、
抵抗性遺伝子が劣性遺伝をすることを前提に BT ワタや BT コーン栽培等において実施されて
いる refuge strategy が、害虫個体群における抵抗性の発達を防ぐ上で常に有効な手段とは
言えないことを示している。
ノシメマダラメイガでは抵抗性に消化液中のプロテアーゼが関与しており、これがないと
プロトキシンの活性化が起きない。このガで抵抗性と感受性を交配した F1 は感受性で、主要
なプロテアーゼ T1 を持っていた。つまり、このプロテアーゼの欠如すなわち抵抗性は劣性
の形質として遺伝することが示された(Oppert et al., 1997)。
抵抗性遺伝子の座位さらにはその本体の究明を目指した研究も行われている。コナガや
ニセアメリカタバコガでそれぞれの分子遺伝子地図上への抵抗性遺伝子のマッピングが行
われた。ニセアメリカタバコガでは劣性の抵抗性遺伝子座位はカドヘリン様タンパク質をコ
ードしている遺伝子座位とほぼ一致した。遺伝子解析の結果より、抵抗性系統の遺伝子はレ
トロトランスポゾンの挿入により崩壊していたことから、カドヘリン様遺伝子が抵抗性遺伝
子であろうと推定された(Gahan et. al. 2001)。その後、前述のようにワタアカミムシとオ
オタバコガでも同じ遺伝子が抵抗性に関与していることが報告された。一方、コナガではカ
ドヘリン様タンパク質、アミノペプチダーゼ N、糖転移酵素などの抵抗性候補遺伝子の遺伝
子地図上へのマッピングが行われたが、これらの座位は抵抗性遺伝子の座位と異なっており
直接の関連は認められなかった(Baxter et al., 2008)。
20
5. カイコの BT トキシン抵抗性
Bt 菌はカイコの卒倒病の病原細菌として世界に先駆けて我が国で発見された。Bt 菌は養
蚕農家の塵埃などから多く分離されているが、その検出率と養蚕の作柄との間には直接の
関連は認められておらず、Bt 菌による流行病の報告もほとんどない(Ohba et al., 1979、
鮎沢 1984)
。そのため、養蚕における卒倒病の防除を目的とする Bt 菌研究は少なかったが、
我が国で Bt 菌を微生物殺虫剤として利用するための研究が盛んになった 1960 年代以降に、
Bt 菌の農作物への散布が養蚕業に及ぼす影響を調べる研究が盛んに行われた。
i)カイコ品種の Bt 菌およびそのトキシンに対する抵抗性
BT 剤の養蚕業への影響を調べるため、あるいは BT 剤に強いカイコ系統の探索を目的にカ
イコ品種の Bt 菌に対する抵抗性の程度が調査された。鮎沢ら(1962)は2種類の Bt 菌に対
するカイコ交雑種3品種の感受性調査で、カイコ品種の感受性が有意に異なることを明ら
かにした。さらに、小野(1966)は B. thuringiensis serovar sotto を用い、品種の感受
性に 100 倍近い差異があることを示した。オーストラリアではカイコ3系統の BT 製剤に対
する感受性に有意な差があることが示された(Begum et al., 2004)。 Liu(1984)は中国の
亜熱帯から熱帯地域用の耐病性品種育成を目的に、Bt 菌を含む 6 種類の病原微生物に対す
るカイコ 33 系統の感受性を比較し、Bt 菌感受性については 134 倍の系統間差異を認めて
いる。
筆者らは BT トキシン抵抗性遺伝子の解明にチョウ目昆虫の中で最もゲノム解析が進んで
いるカイコを利用できないかと考え、カイコ品種の BT トキシン抵抗性を調査した。カイコ
地理的品種 114 種の Cry1Ab 感受性を調べたところ、最大約 2 万 5 千倍の差異があった。抵
抗性の品種は日本種や中国種で多く認められ、感受性の品種は欧州種や熱帯種に多かった
(宮本ら, 1999)。次に、Cry1Ab に対する感受性に特徴のあったカイコ品種について Cry1Aa、
Cry1Ab、Cry1Ac および Cry2Aa に対する感受性を比較したところ、Cry1Ab と Cry1Ac の品種
間差異に関連が認められた。すなわち、供試したほとんどの品種が両毒素に対して同様の
感受性を示した。一方、Cry1Ab と Cry1Aa および Cry2Aa 間には関連は認められなかった。
(宮本, 2004; 宮本ら, 2007)。
Cry1Ab 抵抗性系統 1 系統と感受性系 1 系統間の比較では消化液中における Cry1Ab 毒素の
活性化や分解に関しては大きな差異は認められなかった(Ibiza-Palaciosa, 2008)。この
ことから中腸上皮細胞への結合の段階で差異があるのではないかと推定される。今後、受
容体と系統間差異の関連性などについて比較研究を進める必要がある。さらに、カイコ品
種の Cry1Ab と Cry1Ac に対する感受性に関連性があるという事実は、Cry1Ab と Cry1Ac が
共通の受容体を持っているというコナガにおいて推定された結果と符合しており、こうし
た面からも、今後カイコの感受性差異について究明を進めることでチョウ目害虫の抵抗性
機構究明に貢献できると思われる。
ii) カイコの持つ Cry1Ab 毒素抵抗性遺伝子
カイコの持つ Cry1Ab 毒素抵抗性遺伝子の遺伝学的性状を調べるため、Cry1Ab 毒素抵抗性
の支 2 号(系統番号:401)と感受性の輪月(系統番号:606)との間で交配した雑種第一代
(F1)の感受性を調査した。F1 はすべて感受性であった。さらに、F1 を 401 と交配した戻し交
雑種は抵抗性個体と感受性個体が1:1に近い比率で存在していた。このことはコナガな
どで報告されているように、抵抗性は劣性の主遺伝子により支配されていることを示して
いる。そこで、Hara et al. (2001)が EST(expressed sequence tag)について構築した
21
カイコの分子遺伝子地図上における座位を調査したところ、この遺伝子は第 15 連関群に座
乗していることが分かった。一方、受容体の候補タンパク質であるカドヘリン樣遺伝子と
アミノペプチダーゼ N 遺伝子は第 15 連関群とは別の連関群に座位していた。この結果から、
カイコの Cry1Ab 抵抗性に関与する遺伝子は、これら、受容体候補遺伝子とは直接の関連は
。
ないことが分かった(Hara et al., 2005)
現在、演者らは当研究所の昆虫ゲノム研究・情報解析ユニトおよび遺伝子組換えカイコ
研究センターと共同でマップベースドクローニング法によるこの遺伝子のクローニングを
試みている。カイコでは雄のみで起きる染色体交叉による遺伝子組換えを利用して、遺伝
子座位情報の高度化が図られている。抵抗性遺伝子が劣性の場合、F1 を抵抗性の親と交雑
して得た戻し交雑個体では抵抗性個体と感受性個体の割合が1:1に分離する。このこと
を利用して抵抗性の雌と F1 の雄との間で交配して得た戻し交雑個体のうち、毒素を与えて
も生存する個体を飼育して遺伝子解析を進めている。現在までに、戻し交雑個体のうちで、
抵抗性を示した約 1350 個体の遺伝子を解析して、抵抗性遺伝子が座乗する領域を 81.9kbp
まで絞り込んだ(渥美ら, 2007)
。さらに、絞り込んだ領域ではスプライシング部位予測ソ
フトウェアにより 17 個の遺伝子が予測された。それらの予想された遺伝子の中腸における
発現解析を RT-PCR 法によって行った結果、2つの遺伝子の中腸組織における発現が確認さ
れた。次に 401 と 606 それぞれのタンパク質をコードする領域の塩基配列を比較するなど
して候補遺伝子を一つに絞り込んだ。現在、この絞り込んだ候補遺伝子が真の抵抗性遺伝
子か否かの確認のため、感受性系統由来の遺伝子を抵抗性のカイコにトランスポゾンを用
いて導入して中腸で発現させ、抵抗性の変化を調査中である。
なお、Cry1Ab や Cry1Ac に対して抵抗性を示すカイコ系統の中に優性の抵抗性を持つ系
統があることがわかってきた(原ら, 2007; 滝口ら, 2006)
。優性の遺伝子は他のチョウ
目害虫でも見つかっており、今後、これらの遺伝子を究明することでチョウ目害虫の類似
した遺伝子の究明に貢献することが可能と考える。
6. 組換え作物に対する害虫の抵抗性発達への対抗技術
組換え作物に対する害虫の抵抗性発達を抑制する手法として、(1)抵抗性遺伝子が劣性で
あることを利用して組換えを行っていない作物を一定の面積栽培して優性の感受性遺伝子
を個体群内で維持させる手法(refuge strategy)さらに、(2)殺虫作用の異なる二種類の毒素
を組換え体で発現させ抵抗性の発達を遅らせる方法(cry gene stacking)の二つが実施さ
れている。(1)の方法を実施するには前提として抵抗性遺伝子が劣性であること、害虫個体
群内の抵抗性の対立遺伝子の頻度が十分低いこと、さらに抵抗性と感受性の個体がランダ
ムに交尾することが求められる。(2)についてはいうまでもなく交差抵抗性が発達しにくい
毒素を組み合わせることが前提となっている。現在は作用がかなり異なるとされる二つの BT
トキシン遺伝子 Cry1Ac と Cry2Ab を同時に発現する BT ワタが開発されている。しかし前述
のように、優性の抵抗性遺伝子の存在が明らかにされ、さらにはニセアメリカタバコガで
Cry1Ac 抵抗性系統を Cry2Aa で選抜すると両毒素に強い抵抗性を示す系統が得られ、この系
統は二つの別の抵抗性のメカニズムを併せ持っていると推定されるなど(Jurat-Fuentes,
2003)、(1)や(2)の手法が抵抗性発達を回避する手段として有効であるとは必ずしも言えな
くなってきている(Bates et. al., 2005; Tabashnik et al., 2008; Bravo and Soberón, 2008)。
22
終わりに
チョウ目昆虫の BT トキシン抵抗性については BT 毒素遺伝子を組み込んだ作物に対する
害虫側の抵抗性発達に関する懸念もあって多くの研究が行なわれてきた。そして、すでに
述べたように抵抗性遺伝子としてニセアメリカタバコガでトキシンの受容体とされるカド
ヘリン樣タンパク質をコードする遺伝子が明らかにされている。この発見にはカイコで初
めてクローニングされ、Cry1Aa の受容体であることが示されたカドヘリン様タンパク質遺
伝子(BTR175)の研究成果(Nagamatsu et. al. 1998)が大きく貢献している。そして、
抵抗性遺伝子などの究明において必要となるゲノム情報については、我が国と中国とで独
立に解析されてきたカイコの全ゲノムの塩基配列が統合され、利用可能となっている(独
立行政法人
農業生物資源研究所
NIAS
DNA Bank
ホームページ参照
http://sgp.dna.affrc.go.jp/seq/index.html)。今後、カイコゲノム解析により得られた
BT トキシン抵抗性遺伝子の情報が害虫の抵抗性遺伝子究明に役立つことが実証されれば、
標的害虫における新たな抵抗性遺伝子の究明、害虫個体群における抵抗性遺伝子頻度のモ
ニタリング技術開発や抵抗性機構解明による新たな対抗技術開発へのカイコゲノム情報の
寄与が期待される。
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26
リアノジン受容体をターゲットとする新たな殺虫剤の開発
日本農薬(株)総合研究所 正木隆男
1. はじめに
農薬の作用分子はその選択性や安全性を決定する要因の一つであり、作用分子を明らかにする
ことで、抵抗性回避や化学構造の最適化に繋がる、有用な知見を得ることが期待される。しかし、通
常の農薬は、系統的な化学合成と個体レベルでのスクリーニングから創出されるため、開発初期段
階において、その作用機構を詳細に把握することは困難なケースが多い。フルベンジアミド(図1)は
従来の探索手法により見出された新規殺虫剤であるが、開発初期段階から作用機構の解明に向け
た研究が進められ、その結果、農薬としては初めてリアノジン感受性カルシウム放出チャネル(リアノ
ジン受容体、RyR)が標的分子として同定された 2),3)。リアノジン受容体
O O
O
I
が殺虫剤の標的分子となる可能性は既に複数の研究者により指摘され
てきたが、リアノジンを含有する豆科植物根抽出物が農薬として利用さ
れた例(Ryania、 1997 年 EPA 登録失効)を除けば、今日までその具
体例はなかった。以下にフルベンジアミドの作用機構を例として細胞内
Ca2+動態のかく乱による殺虫作用について概説する。
NH
O
S
NH
CF(CF3)2
図1. フルベンジアミド
2. フルベンジアミドの作用症状
フルベンジアミドを処理した昆虫は、虫体の持続的な体収縮や嘔吐、脱糞などの特徴的な症状を
示す 1)。同様の症状は RyR の特異的な機能修飾物質であるリアノジンを処理したハスモンヨトウにお
いても観察された。フルベンジアミドを処理されたハスモンヨトウは、この時点ではまだ生きており、刺
激に対する応答も観察されるが、摂食行動を始めとする統制された行動は不可能である。このような
症状は既存の殺虫剤によるものとは明らかに異なるもので、化合物の特異的な作用を反映したもの
と考えられた。
3. Ca2+ポンプの特異的亢進作用
さらにフルベンジアミドの作用を解明するため、種々の作用点に対する影響について検討してい
く過程において、筋肉収縮を支配する細胞内 Ca2+制御因子、Ca2+ポンプが化合物により特異的に亢
進することを見出した 2)。Ca2+ポンプは小胞体膜上に存在し、細胞質から小胞体に Ca2+を汲み上げる
働きを担う。この Ca2+ 輸送はATPの加水分解と共役していることから、Ca2+依存的なATPの加水分
解の結果生成する無機リン酸量を測定することにより、Ca2+ポンプ活性を知ることが可能である。図 2
に示す様に、フルベンジアミドは Ca2+ポンプ活性を明らかに亢進し、その EC50 値は 10nMであった 2)。
一方でハスモンヨトウ中枢神経系細胞外電位や、アセチルコリンエステラーゼ活性には影響を示さな
かった。また、同様の作用は他の RyR 機能修飾物質であるリアノジンやカフェインでも認められたが、
これらに比較しフルベンジアミドの作用は明らかに顕著であり、本化合物の特徴を示すものと考えら
れた。さらにフルベンジアミドおよびその類縁化合物を用い、Ca2+ポンプ亢進活性における EC50 値と
殺虫活性における LC50 値との関連を検証した結果、極めて良好な相関性を示した 3)。これらの結果
から、本化合物は細胞内 Ca2+動態に対し特異的な影響を及ぼすことにより、殺虫活性を発現するこ
とが示唆された。
27
フルベンジアミド:EC50=0.01 µM
ハスモンヨトウに対する殺虫活性
p[LC50] (M)
Ca2+ ポンプ活性(% of control)
180
160
140
Ryanodine:EC50=1 µM
120
100
80
0.001 0.01
Caffeine
0.1
1
µM
10
100
8
フルベンジアミド
7
R2 = 0.89
6
5
4
3
4
5
6
7
p[EC50] (M)
8
Ca2+ ポンプ亢進作用
図2. 特異的なカルシウムポンプ亢進作用と殺虫活性との関連
4. 細胞内カルシウムへの影響
定常状態の細胞内 Ca2+は細胞内小器官である小胞体内に蓄えられ、細胞の活性化に伴う Ca2+
放出チャネルの開口により細胞質へと放出される。先ず、化合物による小胞体からの Ca2+放出過程
への影響について検討するため、ハスモンヨトウ骨格筋膜画分(小胞体画分)を用いた Ca2+放出実
験を実施した。筋組織より調製した小胞体膜に Ca2+ポンプ活性を利用して Ca2+を能動的に取り込ま
せた後、フルベンジアミドを処理した結果、顕著な Ca2+放出作用が確認された。この結果は、本化合
物が小胞体からの Ca2+の放出に介在する Ca2+放出チャネル、リアノジン受容体を活性化することを
示唆した 2)。
5. リアノジン受容体との分子間相互作用
Ca2+放出チャネルである RyR がこうした特徴的な作用症状や異常な Ca2+放出に関与するとすれば、
フルベンジアミドの結合によりリアノジン受容体分子のコンフォメーションに何らかの変化が生じるは
ずである。 3H-リアノジンを用いた結合アッセイはコンフォメーション変化を直接捉える生化学的手法
として、簡便かつ有効である。この手法はチャネルの開口状態がリアノジンの結合親和性に変化をも
たらすいわゆるアロステリック効果を利用しており、例えば、Ca2+や ATP による RyR の活性化により、
ハスモンヨトウより調製した膜画分に対する 3H-リアノジンの結合は明らかに増加する一方、EGTA の
存在下で系内の Ca2+イオンを除くと、結合はほぼ完全に消失する。このような 3H-リアノジンの結合は
フルベンジアミドにより増加し、300nM 以上の濃度であれば、Ca2+の影響を受けることはない 4)。即ち、
フルベンジアミドはリアノジン受容体コンフォメーションを開口状態へシフトさせることにより、Ca2+の放
出を誘起することが明らかとなった。
28
さらに、フルベンジアミドと RyR との特異的な相互作用の詳細を明らかにするための手法として、
3
H-フルベンジアミドを用いたリガンド結合アッセイ法を確立し、ハスモンヨトウ幼虫骨格筋膜画分に
対する特異的結合の検出を試みると同時に、結合の薬理学的特徴について検討した。3H-フルベン
ジアミドはハスモンヨトウ骨格筋膜画
分に対し特異的に結合し、その結合
は一種類であり、解離定数(Kd)は 7
2+
nM であった。これは、Ca ポンプ亢
進作用における EC50 値とほぼ一致し
た。さらにフルベンジアミドの結合は、
フルベンジアミド
Ca2+
Ca2+
アクチンの活性化
Ca2+
リアノジン受容体
アクチンとミオシンの相互作用
ATP
他の類縁化合物により競合的に阻
害を受け、その IC50 値から推定され
Ca2+
Ca2+
Ca2+ポンプ
Ca2+
た類縁化合物のフルベンジアミド結
ADP+Pi
合部位への親和性は殺虫活性と高
い相関性を示した。これらの結果は、
小胞体(Ca2+ストアー)
筋繊維の収縮
殺虫効果発現
筋、神経等の興奮性細胞
フルベンジアミド結合部位への結合
図3. フルベンジアミドの作用機構
親和性が、本化合物の本質的な生
理活性を規定していることを示すものと考えられる。3 H-フルベンジアミドの結合はリアノジンを始め、
cADP-ribose、カフェイン、ATP、ルテニウムレッドといった既知の RyR 機能修飾物質による阻害を受
けることはなく、フルベンジアミド特有の結合部位が昆虫 RyR 上に存在するものと考えられた。フルベ
ンジアミド作用機構の概要を図 3 に示した。
6. 昆虫リアノジン受容体(RyR)
RyR の生理的な役割は発現する組織により異なり、例えば筋組織においては、RyR を介した Ca2+
放出は筋収縮の導引として作用する。RyR の活性は主に膜電位および Ca2+濃度により制御され、こ
れら以外にもアクセサリータンパク(カルモジュリン、FKBP、カルシニューリン、PKA)、ATP、cADP-リ
ボース、活性チオール基の酸化還元等による機能修飾が知られている。また、数多くの外因性作用
分子が報告されており、とくに本研究において用いた 3H-ryanodine は、RyR 機能修飾物質の作用を
解析するための結合アッセイにおけるリガンドとして重要な役割を果した。この結合アッセイは殺虫剤
の標的となる昆虫由来の分子種に対しても応用され、Casida らは 3H-リアノジンの特異的結合が、イ
エバエやゴキブリなどの昆虫にも存在することを明らかにし、さらに Scott-Ward らは脂質平面膜法に
よるチャネル活性の測定により、鱗翅目昆虫 RyR の基本的な機能を検証し、カフェインに対する非感
受性など、昆虫 RyR 特有の薬理学的特長を明らかにした。昆虫 RyR のクローニングは先ず、ショウジ
ョウバエで成功し、その後、Heliothis-RyR の部分的なクローニングが報告されていたが、最近まで鱗
翅目昆虫 RyR の機能的な発現には至っていなかった。近年、カイコ RyR 全長のクローニングと機能
的発現の報告がなされ、今後の分子生物学的な手法を用いたフルベンジアミド殺虫機構解明の飛
躍的な前進が期待される。
7. 選択的作用
RyR の開口状態への固定は昆虫と同様に哺乳類においても極めて重篤な影響を示すと考えられ
る。これはリアノジンを哺乳動物に投与することにより、極めて強い急性毒性を示し、拘縮や嘔吐、脱
糞など昆虫とよく一致した症状が観察されることからも明らかである。一方、フルベンジアミドの場合、
哺乳動物への投与による急性毒性はこれまで認められていない。哺乳類には骨格筋型(Type-1)、
29
心筋型(Type-2)、脳型(Type-3)の極めて相同性の高い3分子種の存在が知られており、リアノジ
ンは何れの分子種に対しても同等の作用を示す。これは、リアノジン高親和性結合ドメインがこれら
の RyR 分子種に保存されているためで、このドメインは昆虫、線虫など幅広い動物種での存在が確
認されている。一方、フルベンジアミドの正確な結合部位については現在のところ明らかではないが、
フルベンジアミドをリガンドとして用いた結合アッセイの結果からは、フルベンジアミド結合部位は少
なくとも哺乳類 RyR-1には存在しないようである。即ち、フルベンジアミドに選択的に親和性を示す
特有の結合部位が、作用における選択性に関与しているものと考えられる。因みに、鱗翅目昆虫で
ある Heliothis 由来の RyR と哺乳類 RyR(Type-1、Type-2、Type-3)との相同性は 47.9~50.1%であり、
基本的なドメイン構造は保持されているものの、Ca2+高親和性結合部位が、欠落しているなどの相違
が確認されている。また、RyR は 500kDa を超えるサブユニットが4量体をなす巨大分子であり、その
分子上には種々の機能修飾部位が存在することから、さらに、フルベンジアミド結合部位とは異なる、
潜在的な殺虫剤標的部位の存在の可能性も残されている。
8. 今後の展望
本研究の結果、フルベンジアミドが昆虫リアノジン受容体を選択的に活性化することにより殺虫作
用を示すことが明らかとなった。これらの知見は、フルベンジアミドが RyR を標的分子とする新たな作
用機構を有する殺虫剤であることを示すと同時に、RyR が特定の害虫種に対する高度な選択性と哺
乳類に対する安全性を兼ね備えた殺虫剤の有効な標的分子となることを示す証左と考えられる。
引用文献
M. Tohnishi, H. Nakao, T. Furuya, A Seo, H. Kodama, K. Tsubata, S. Fujioka, H. Kodama, T.
1)
Hirooka and T. Nishimatsu: (2005) J. Pestic. Sci. 30, 354-360.
2)
T. Masaki, N. Yasokawa, M. Tohnishi, T. Nishimatsu, K. Tsubata, K. Inoue, K. Motoba and T.
Hirooka: (2006) Mol. Pharmacol. 69, 1733-1739.
3)
T. Masaki, N. Yasokawa, S. Fujioka, K Motoba, M Tohnishi and T Hirooka: (2009) J. Pestic. Sci. 34,
37-42.
4)
U. Ebbinghaus-Kintscher, P. Luemmen, N. Lobitz, T. Schulte, C. Funke, R. Fischer, T. Masaki, N.
Yasokawa and M. Tohnishi: (2006) Cell Calcium 39, 21-33.
30
神経作用性殺虫剤のターゲット:ゲノム情報、多様化および調節
近畿大学農学部・応用生命化学科
松田 一彦
1.はじめに
ヒトゲノムの解読を頂点として,矢次早に生物のゲノムが解読されている今日,昆虫ゲノ
ム情報もその例外ではない。それを後押ししているのが DNA シークエンサーの機能の向上で
ある。最新の機器を用いると,細菌のゲノムは一夜で解読が終了し,高等動物のゲノム情報
のドラフト版についても月レベルで獲得できるという。しかし,豊富な生命情報さえあれば,
斬新な研究ができるというわけではない。お金と人が潤沢にあれば,
「網羅的」に攻め,殺虫
剤の標的を定めることもできよう。しかし,それが可能な研究機関は極めて限られている。
では,残りの大多数が目指すところはどこなのであろうか?
昆虫ゲノムの解読により,殺虫剤の開発研究でも遺伝学的アプローチをかなり効率的に行
うことが可能となった。とくに,逆遺伝学的アプローチ,つまりゲノムデータベースに記載
された遺伝子の中からこれと思う遺伝子のはたらきをゼロ(ノックアウト)あるいは抑制(ノ
ックダウン)し,生物の状態を見るアプローチは大変威力があり,魅力的である。しかし,
動物や植物とは違い,昆虫では遺伝子のノックアウトが難しく(できないわけではなく,そ
れをルーティーンワーク的に行っているところもある),RNAi も有効な昆虫とそうでない昆
虫がある。
このような背景の下,筆者自身は神経作用性殺虫剤の活性発現機構の解明を主要な研究テ
ーマの一つとして進めている。この研究テーマの中で,殺虫剤の試験システムを構築するこ
とが重要な課題となっており,しばしば昆虫ゲノムデータベースを活用している。本研究に
おいて,単一ゲノムであってもそのアウトプットが人智を超えていることを知った。その成
果の一部を以下に紹介するが,同様なことは神経イオンチャネルとは別の遺伝子産物を研究
対象としたときにも起こりうると推察される。また,本講演では,ゲノム解読に立脚した研
究手法について筆者が考えていることについても少し触れるので,参考にしていただければ
幸いである。
31
2.リガンド作動性イオンチャネルの多様性
リガンド作動性塩素チャネルは,動物のみならず昆虫の抑制性神経シナプス伝達において
主要な役割を果たしている。ヒトの場合,γ-アミノ酪酸受容体(GABAAR)とグリシン受容体が
その役目にあたる。それに対して昆虫では,GABAAR 受容体とグルタミン酸作動性塩素チャネ
ル(GluCl)が抑制性シナプス伝達を統御する。特に GluCl は,脊椎動物には見られないリガ
ンド作動性塩素チャネルであることから,殺虫剤の標的として重要である。
一般に抑制性塩素チャネルは,興奮性シナプス伝達を媒介するニコチン性アセチルコリン
受容体と同様に5量体構造をとり,リガンドの結合とともに内在するイオンチャネルを開く
ことで,塩素イオンの平衡電位へと膜電位をシフトさせる。神経細胞の興奮時には膜電位は
塩素イオンの平衡電位を超えるので,抑制性塩素チャネルの活性化は膜電位を抑制する方向
にはたらく。
我々は,ショウジョウバエとカイコを対象として,GABAAR と GluCl 遺伝子の発現と調節機
構について研究し,当該遺伝子産物がスプライシングによるバリアントに加えて,RNA 編集
により多様化することを見出した(図1)1)。スプライシングの場合の数と RNA 編集の場合の
数を掛け合わすと,その数の多さは膨大であり,すべての場合についてイオンチャネルの性
質を調べることは不可能であった。しかし実際には,スプライシングパターンにせよ RNA 編
集にせよ,すべてが等しい確率で生じるわけではない。すなわち,スプライシングパターン
と RNA 編集のパターンはどちらも変態ステージに依存した。そして,これらにより生じる受
容体の構造変化に応じてアゴニストに対する感受性も変化した。この現象は,アゴニスト感
受性のみならず,殺虫剤感受性(抵抗性)を考えるうえでも重要である 2)。
図 1.ショウジョウバエ GABA 受容体 RDL のスプライシングと RNA 編集
3.イオンチャネル間のクロストーク
昆虫のニューロンでは,複数のイオンチャネルが発現している。今回の講演で取り上げた
GABAAR と GluCl についても同様で,中枢神経細胞では常に共存している。細胞から溶出しよ
うとすると両イオンチャネルは一塊となって得られることが報告されていることから 3),お
互いに発現を調節している可能性があると考えられた。そこで,GABAAR を構成する
RDL(Resistant to dieldrin)サブユニットと GluCl を単一の細胞で同時に発現させたときと,
単独で発現させたときとの間でアゴニストに対するイオンチャネルの応答を比較した。面白
いことに,RDL の GABA に対する応答の大きさは GluCl と共発現させることにより有意に影響
32
を受けたが,アゴニストである GABA の RDL に対する親和性は,単独で発現させようと GluCl
と共発現させようと,変化しなかった 4)。さらに,膜画分に移行した RDL の量は GluCl の共
発現によって有意に変化したことから,GluCl は RDL と膜上で複合体(ヘテロマー)をつく
Response to GABA (-nA)
るというよりは,RDL の膜への移行を支援する役目を果たしていると推察された。
MdRdl + nuclease-free water
8000
MdRdl + MdGluCl-α
6000
**
4000
**
2000
0
2
3
4
5
Incubation days after injection of MdRdl cRNA
*, p=0.007; **, p<0.005 (two-tailed unpaired t-test)
図2.イエバエ GluCl の共発現により亢進する RDL GABAR の発現
4.おわりに
筆者はこれまで特定のイオンチャネルに焦点を絞り,遺伝子発現の調節の妙について研究
してきたが,この話の原点には当該イオンチャネルを複数の殺虫剤が標的にしているという
前提があった。では,そういった前提がないときには,どのようにして研究対象の遺伝子を
絞りこむことができるのであろうか?筆者は,現象の発見が大切と考えている。ここでいう
現象の発見は,生命現象の発見のみならず,活性発現機構が未知の生理活性物質の発見も含
んでいる。
創農薬という観点から,オーファン神経受容体のリガンドの解明は一つの重要な課題であ
る。その解明にあたり,遺伝子ノックアウト技術が必須であることは言うまでもないが,そ
れに加えて細胞レベルで特定の現象を明確かつ再現性良く見ることが可能な技術を確立して
おくことも大切である。応答があれば,そこには必ず遺伝子産物が存在するからである。
引用文献
1) Jones, T. et al. (2009) J. Neurosci. 29: 4287~4292
2) Yao, X. et al. (2009) Insect Biochem. Mol. Biol. 39: 348~354
3) Ludmerer, S. W. et al. (2002) Biochemistry 41: 6548~6560
4) Eguchi, Y. et al. (2006) Insect Mol. Biol. 15: 773~783
33
34
RNAiを利用した非モデル昆虫での新規害虫制御ターゲットの探索
名古屋大学大学院生命農学研究科
三浦 健
はじめに
演者らはチョウ目害虫がコードする因子のうち解毒代謝系や免疫系、アポトーシ
ス制御系などの恒常性維持システムを構成するもの、また害虫に寄生するハチがコードする
因子のうちホストの制御系に関連したものを対象とした基礎研究を行っており、将来的には
害虫制御での新規戦略、新規ターゲット、また新規ツールの提案につなげてゆきたいと考え
ている。今回はこれらの因子のうち、チョウ目害虫(アワヨトウ)の I. 免疫系と II. アポ
トーシス制御系を構成するいくつかの因子の性状と機能について、また III. 寄生バチ(ギ
ンケハラボソコマユバチ)の毒液腺からクローニングした因子のうち、その配列から寄主の
免疫やアポトーシスの制御に関与すると予想されるものについて、それぞれ最近の知見を報
告する。
I.
免疫関連因子
免疫系は感染体や不要細胞の排除、また創傷の治癒などを担い、個体レベルでの
恒常性維持にとってきわめて重要なシステムである。昆虫の免疫系は脊椎動物のそれとは異
なり、ゲノムの再構成に依存しない自然免疫のみで構成され、非自己の認識を行なうセンサ
ーから実際の防御を行うエフェクターまで数多くの液性および細胞性の因子から構成されて
いる。ここではエフェクター因子のうち、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着
因子・neuroglian、マクログロブリンレセプターや活性化補体レセプターと相同性を有する
膜タンパク質・A2MR、そしてメラニン化反応のキー酵素であるフェノール酸化酵素前駆体に
ついての研究を紹介する。
neuroglian は脊椎動物の神経伸長に関わる接着因子・neural adhesion molecule
Ll の昆虫ホモログであり、昆虫では異物への接着能を持つ血球種の表面に発現していること
が知られている。アワヨトウ全血球から調製した RNA を材料として、neuroglian の cDNA ク
ローニングを行ない、RNA 干渉を用いて neuroglian の細胞性生体防御(貪食、包囲化、ノジ
ュール形成)における役割について検討した。
まず、定量 RT-PCR を用いて発現解析を行なったところ、neuroglian は脂肪体や
前腸・後腸で高発現しており、その mRNA 量は血球でのそれより数倍から数十倍であった。血
球では接着能を持つ血球(プラズマ細胞・顆粒細胞)での mRNA 量が非接着血球よりも 1.5 倍
程度多く、また接着血球ではプラズマ細胞で顆粒細胞の3倍程度の量であった。次に
neuroglian の cDNA 配列に基づいて作成した2本鎖 RNA(dsRNA)をアワヨトウ幼虫の血体腔
に注入し、48時間後に表現型アッセイを行なった。大腸菌の貪食やそれにたいするノジュ
ール形成については dsRNA 注入にともなう表現型のシフトは観察されなかった。一方、包囲
化に関するアッセイでは、dsRNA 注入により、血体腔に打ち込んだラテックスビーズの血球
による包囲化が明瞭に減弱する表現型が得られた。dsRNA 注入にともなう neuroglian mRNA
量の接着血球画分における変化について定量 RT-PCR により測定したところ、mRNA の量は 2
35
割程度の減少しか示さなかった。また、非接着血球画分では dsRNA による mRNA の有意な減少
は観察されなかった。
ショウジョウバエの培養細胞で示されているように、長鎖の dsRNA はスカベンジ
ャーレセプター経由で細胞内に取り込まれる経路が推定され、これらレセプターを有する接
着血球でのみノックダウンが観察されたと考えている。ノックダウン効率が低いものの明瞭
な表現型シフトが観察される点については、包囲化の初期において重要な役割を果たす血球
種画分においては効率的なノックダウンが起こるものの、トータルの接着血球画分での解析
結果では、それが効率的なノックダウンがおこらない他の多数の血球種により希釈されてい
る可能性を考えている。
この包囲化の初期において重要な役割を担うと考えられる特異な血球種について
も報告を行う。この血球はスライドガラス上で一定の時間接着させると円形に伸展し、伸展
した周辺部には当該血球から放出されたと思われる、L-Dopa を基質として与えることにより
黒化する多くの顆粒の沈着が認められた。この血球の同様の挙動は、アワヨトウ幼虫血体腔
にガラス断片を挿入した場合にも観察された。
免疫関連のエフェクタータンパク質は感染により発現増強が起こる例が多く知ら
れている。そこで、固定した大腸菌やラテックスビーズなどのモデル異物を注入した際の、
neuroglian mRNA の誘導について検討したが、これら異物注入により mRNA の量的増加は観察
されなかった。
オプソニンレセプターと相同性を示す、血球に発現する膜タンパク質・A2MR につ
いても同様の検討を行った。この因子の cDNA は全長10数 kbp に達すると予想しており、ま
だ全長のクローニングを完了していないが、得られている配列をもとに、定量 RT-PCR による
発現解析、dsRNA 注入と表現型解析を行なった。
その各組織での分布は上述の neuroglian とは異なり、血球では高い発現を示した
ものの他の組織ではほぼ発現が見られず、血球のマーカーとして利用できる可能性が示唆さ
れた。血球では接着血球画分で非接着の1.5倍程度の発現レベルであり、接着血球のうち
では、顆粒細胞での mRNA 量がプラズマ細胞の3倍程度と、neuroglian とは逆の分布を示し
た。
A2MR 配列に由来する dsRNA で処理したアワヨトウ幼虫の細胞性防御の表現型を検討
したところ、バクテリアの貪食についてのみその関与が示唆された。A2MR は発現量が多く、
またその発現が血球に限定されていることから、微生物の貪食以外の血球における機能につ
いての探索を行なっているところである。
昆虫の代表的な液性生体防御因子のひとつであるフェノール酸化酵素前駆体につ
いてもアワヨトウから2種のアイソフォーム(PPO1 と PPO2)の cDNA クローニングと解析を
行なった。PPO の発現部位を調査したところ、PPO1 と PPO2 はいずれの場合もほぼ同様の傾向
を示した。従来からいわれてるように、エノシトイドを含む非接着血球画分での高い発現が
確認されたが、接着血球画分(プラズマ細胞、顆粒細胞に加えて上述の特異な血球種を含む)
でも比較的高い発現が観察された。血液外組織では消化排泄系の前腸と後腸で比較的強い発
現が見られた。つぎに、dsRNA を作成し RNA 干渉によるノックダウン実験を行なった。
neuroglian の場合と同様に、naive な幼虫に dsRNA を注入した後に定量 RT-PCR による mRNA
量変化のチェックを行なうと、さほど劇的な mRNA 量の減少は観察されなかった。そこで、ノ
36
ックダウンが起こった血球が、その後造血器官から供給される新生血球によって希釈されて
効果が検出されにくくなっている可能性を考慮し、6齢幼虫から造血器官を含まない遊離腹
部を作成し、それに dsRNA を注入した。この手法により PPO1 についてはコントロール比 50%
程度まで mRNA 量が減少した。同様に PPO2 由来配列の dsRNA で処理した場合には mRNA のはっ
きりとした減少は観察されなかったため、現在当該 mRNA 上の別の領域の配列由来の dsRNA を
用いて検討を行っている。
II. アポトーシス制御関連因子
昆虫を含めた多細胞生物が細胞の社会レベルの恒常性を保ちながら生長・生存す
るには細胞の適切な増殖・分化とアポトーシスによる不要細胞の除去が協調して行なわれる
ことが不可欠である。従って、本来起こるべきではないアポトーシスを誘導、あるいは実行
されるべきアポトーシスを阻害すれば、害虫の生理を撹乱することができると考えられる。
演者らはまず、アポトーシスシグナリング経路上で、アポトーシスの阻止を行なうであろう
因子をいくつかピックアップし、アワヨトウから相同因子のcDNAクローニングを行なった。
そしてそれら阻止因子の配列に由来するdsRNAを用いた当該遺伝子のノックダウンにより人
為的なアポトーシス誘導が可能かどうかを検討した。
IAP (inhibitor of apoptosis protein)はカスパーゼを阻害するタンパク質であ
る 。 ICAD (inhibitor of CAD) は ア ポ ト ー シ ス に お け る DNA ラ ダ ー 生 成 に 関 わ る CAD
(caspase-activated DNase)に結合してアポトーシスを阻止する因子である。14-3-3 タンパ
ク質は種々のアポトーシス誘導因子に結合してそれらを細胞質にとどめる因子である。アワ
ヨトウ血球 RNA を出発材料としてこれらの相同因子の cDNA クローニングを行なった。定量
RT-PCR による各組織での mRNA の分布調査の結果、これら因子について発現レベルに差はあ
るもののユビキタスな分布が認められた。
得られた cDNA 配列をベースに dsRNA を作成してノックダウン・アポトーシス誘導
実験をおこなった。遊離腹部にこれら因子の配列に基づく dsRNA を注入したところ、血球に
おける細胞死の誘導とそれに伴う血球数の減少、カスパーゼ活性の上昇が確認された。また
当該 mRNA の減少にともなうアポトーシスの人為的誘導は、接着血球において顕著であった。
neuroglian の項で論じたものと同様の機構が働いていると考えている。
III. 寄生バチ(ギンケハラボソコマユバチ)毒液腺因子
ギンケハラボソコマユバチは共生ウイルスを持たず、かわりに毒液腺で作られる
virus-like particle(VLP)という粒子をホスト制御に用いる極めてホストレンジの広い寄
生バチである。VLP のはたらきにより、初期には産下された寄生バチ卵へのホスト血球の接
着と伸展が阻害され、次のフェイズでは接着能を持つ血球画分でのアポトーシスが誘導され
る。演者らはこの寄生バチの毒液腺で発現する主要な mRNA 分子種についての解析を進めてお
り、そのうち上述の、血球接着伸展阻止や血球でのアポトーシス誘導などホスト制御に関与
する可能性のあるいくつかの因子の存在について報告する。
おわりに
演者らは今回報告する因子以外にチョウ目害虫の解毒代謝系や水代謝系の構成因
37
子についても同様の解析を行なっている。これらの因子を含めた研究を通じて、基礎研究レ
ベルでは新たな解析手法や方法論の確立、害虫のアキレス腱の発見、寄生バチ由来の害虫制
御に有用な遺伝子資源の発見を目指し、応用レベルでは新たな害虫制御戦略の構築と提案に
つなげていきたいと考えている。
38
昆虫ホルモン作用メカニズムの解明と IGR 開発への利用
(独)農業生物資源研究所制御剤標的遺伝子研究ユニット
篠田徹郎
昆虫の体はキチン質の外骨格で覆われているため、成長するためには脱皮を何度も繰り返
し行う必要がある。また、昆虫は成長の過程で、幼虫から蛹、蛹から成虫へと、劇的に形態
を変化させる。この脱皮・変態は、直接的には、脱皮ホルモン(エクジソン)と幼若ホルモ
ン(JH)の2種類の脂溶性の昆虫ホルモンによって制御されている。また、エクジソンの合成
は、前胸腺刺激ホルモン(PTTH)や前胸腺抑制ホルモン(PTSH)、JH の合成は、アラトトロピン
(AT)やアラトスタチン(AS)などの、昆虫特異的ペプチドホルモンによって制御されてい
る。他にも、昆虫には、羽化ホルモン(EH)や、ecdysis triggering ホルモン(ETH)など、成
長に関わる多数のペプチドホルモンが存在する。これらの昆虫ホルモンの多くは、昆虫特異
的、一部は種特異的である。したがって、その受容体のアゴニストやアンタゴニスト、およ
び合成酵素の阻害物質(脂溶性ホルモンの場合)は、選択性の高い昆虫成長制御物質(IGR)
として利用できる可能性が高い。
現在、昆虫ホルモンを標的とした IGR として、JH アゴニストや、エクジソンアゴニストが、
実用化されているが、JH やエクジソンのアンタゴニストや合成酵素阻害剤、ペプチドホルモ
ン受容体を標的とした剤はまだ開発されていない。私達はここ数年、昆虫ゲノム情報や RNAi
を用いて、昆虫ホルモン、特に JH の分子作用機構の解明に取り組んできた。その中で、JH
生合成やシグナル伝達に関わる重要な遺伝子を同定し、それらを利用した新規薬剤のスクリ
ーニング法について考案したので紹介する。
幼若ホルモン(JH)
幼若ホルモンは、セスキテルペノイド骨格を持つ昆虫特異的なホルモンで、昆虫のグルー
プにより、化学構造に若干の差がある。バッタやハチなど多くの昆虫の JH は、JH III だが、
チョウ目の昆虫では、JH III の他に、JH I や JH II が、高等双翅目昆虫では、JH III
bisepoxide(JHB3)が、主要な JH である。また、カメムシの JH は、JH III skipped bisepoxide
(JHSB3)という新規な構造を持つ JH であることが、ごく最近明らかにされた(小滝ら、未発
表)。また、ミジンコなどの甲殻類には、JH 様のホルモンとして JH III のエポキシ基を欠く
メチルファルネソエート(MF)が存在するが、JH そのものは持たない。このように、JH の構造
は昆虫のグループによって異なるため、特定の害虫グループ(例えばカメムシ類)の JH 生合
成酵素や JH 受容体を標的とすれば、狙った害虫だけを殺し、天敵昆虫や受粉昆虫、環境指標
生物には悪影響の少ない、環境調和型の IGR が開発されることが期待される。以下に、個々
のターゲット遺伝子について紹介する。
1.JH 生合成酵素
1.1. Farnesyl diphosphate synthase (FPPS)
JH生合成経路は、便宜的に前期経路と、後期経路に大別される。前期経路は、アセチルCoA
からファルネシル二リン酸 (FPP)に至る経路で、基本的にコレステロール合成系と同じメバ
ロン酸経路である。カイコゲノム情報を利用して、前期経路の酵素をコードする遺伝子を全
39
て同定した結果、前期経路の最終段階で働くFPPシンターゼ遺伝子 (FPPS) が、ヒトやショウ
ジョウバエでは1種類しかないのに対し、カイコでは3種類あることがわかった[1]。カイコ
などの鱗翅目昆虫は、メバロン酸とともにホモメバロン酸を利用して、複数種のJH(JH 0, I,
II, III)を合成する。そのために基質特異性の異なる複数種のFPPSが存在するのかもしれな
い。FPPSの阻害剤はリン翅目特異的なIGRとなる可能性がある。
1.2. JH 酸メチル基転移酵素(JHAMT)
JH合成の後期経路は、昆虫特異的な経路と考えられる。FPPからファルネセン酸(FA)への変
換には、フォスファターゼとデヒドロゲナーゼが関与すると予想されるが、その実体はまだ
不明である。FAは、最終段階でメチル化とエポキシ化を受けて活性型のJHとなる。鱗翅目昆
虫と、ゴキブリ・バッタとではその順番が異なり、前者では、エポキシ化が先に、後者では
メチル化が先に起こる。FAやJH酸をメチル化する酵素が、JH酸メチル基転移酵素(JHAMT)であ
る。
JHAMT遺伝子は、最初にカイコのアラタ体からクローニングされた[2]。同遺伝子はアラタ
体に限定的に発現しており、また、脱皮・変態に伴う、JHAMT遺伝子の発現パターンはJH合成
活性と非常に良く一致することから、同遺伝子は変態におけるJH生合成制御のキーエンザイ
ムであると予想された。カイコではRNAiによる機能解析が難しいため、RNAiが効率的に働く
コクヌストモドキからJHAMTホモログをクローニングして、その機能解析を試みた。若齢幼虫
に、JHAMT遺伝子の二本鎖RNAを注射すると、早熟変態が誘導されて小型の蛹、成虫となった。
この結果から、JHAMT遺伝子は変態におけるJH合成制御のキーエンザイムであることが確認さ
れ、また、JHAMTがIGR開発のターゲットとして有望なことが示唆された。
JHAMTの組換えタンパク質は大腸菌を用いて大量に調製することが可能で、これを用いて阻
害物質を試験管内でスクリーニングすることができる。これまでに、カイコ[2]・コクヌスト
モドキ[3]・ショウジョウバエ[4]・ネッタイシマカ[5]から、JHAMT遺伝子ホモログをクロー
ニングして、組換えタンパク質を用いて酵素学的な解析を行った。その結果、種間で基質特
異性に差があることがわかってきた。特に、ミジンコのものはFAをメチル化するが、JH酸を
全くメチル化しない(篠田ら、未発表)ことから、環境指標生物であるミジンコに影響の少
ない特異的なJHAMT阻害剤が見つかることが期待される。
1.3.
JH エポキシダーゼ
JH エポキシダーゼは、ゴキブリから初めてクローニングされ、P450 の1種である CYP15A1
であることが明らかになった[6]。この酵素は、アラタ体特異的に発現し、MF を光学特異的
にエポキシ化し、天然型の 10(R)-JH III を生成する。演者らは、カイコからそのホモログで
ある CYP15C1 をクローニングし、昆虫培養細胞(Sf9)で発現させてその酵素活性を解析した
(篠田・古崎ら、未発表)
。その結果、CYP15C1 は、FA をエポキシ化するが、MF をエポキシ
化しないことが判明した。前述したように、鱗翅目とゴキブリでは、JH 生合成の最終ステッ
プが逆転しており、エポキシダーゼの基質特異性の違いがその順番を規定していると考えら
れた。興味深いことに、ショウジョウバエは、JH III とエポキシ環を二つ持つ JHB3 を合成
するが、そのゲノム中に明瞭な CYP15 オルソログは見つかっていない。エポキシダーゼは、
昆虫グループ間で性質が大きくことなり、グループ特異的な制御剤開発のターゲットとして
有望であると考えられる。カイコ CYP15C1 については、恒常発現する細胞株(Sf9)を作製し、
それを用いて阻害物質のスクリーニングを行い、いくつかのイミダゾール系化合物に高い活
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性を見出している(古崎ら、未発表)
。
2.
JH シグナル伝達因子
Krüppel-homolog 1
JH は、エクジソンによって誘導される昆虫の変態を抑制する作用を持つが、その分子機構
については不明な点が多い。最近私達は、Krüppel-homolog 1 (Kr-h1)遺伝子をコクヌストモ
ドキから単離し、これが変態における JH シグナリングに重要な機能を持つことを明らかにし
た[7]。Kr-h1 遺伝子の発現は、幼虫期には体内に高濃度に存在する JH によって維持されて
おり、蛹期になり体内から JH が消失すると発現が停止する。RNAi によって若齢幼虫期に Kr-h1
遺伝子をノックダウンすると JHAMT と同様に早熟変態が誘導される。また、蛹初期に JH を外
部から投与すると、成虫化が妨げられて二次蛹が誘導されるが、この時に Kr-h1 遺伝子も再
誘導される。ところが、あらかじめ前蛹期に Kr-h1 の二本鎖 RNA を注射して RNAi を行った場
合、JH 投与による二次蛹の誘導がおこらず、ほぼ正常な成虫発育が起こる。これらの結果か
ら、Kr−h1遺伝子は JH によって発現誘導され、変態抑制シグナルを伝達する重要な媒介因子
であることが明らかになった。また、Kr−h1遺伝子は、JH 受容体の候補遺伝子である
Methoprene tolerant (Met)遺伝子の下流で働き、蛹期においては蛹化決定因子である Broad
遺伝子の発現を誘導することを明らかにした[7]。これらの結果に基づき、変態における JH
のシグナル伝達機構の新しいモデルを提唱している[7]。
最近、私達はカイコ培養においても Kr-h1 遺伝子が JH によって著しく誘導されることを
見出し、さらに同遺伝子の上流から、JH 応答配列 (JHRE)を同定した(篠田・粥川、未発表
データ)。この JHRE の下流にルシフェラーゼ遺伝子をつないだレポータープラスミドをカ
イコ細胞に導入し、レポーター活性を測定することで、JH アゴニストをハイスループット
でスクリーニングすることができる。また同じ系で、JH 存在下で候補物質に対するレポー
ター活性を調べることで、JH アンタゴニストをスクリーングすることができる(特許申請
中)。この系を利用して、これまで知られていなかった、JH アゴニストやアンタゴニストが
見つかることを期待したい。
引用文献
[1] Kinjoh, T et al. (2007) Insect Biochem Mol Biol. 37:808-818.
[2] Shinoda, T and Itoyama, K (2003) Proc Natl Acad Sci U S A. 100:11986-11991.
[3] Minakuchi, C et al. (2008) FEBS J. 275:2919-2931.
[4] Niwa, R et al. (2008) Insect Biochem Mol Biol. 38:714-720.
[5] Mayoral, JG et al. (2009) Insect Biochem Mol Biol. 39: 31-37.
[6] Helvig, C et al. (2004) Proc Natl Acad Sci U S A. 101: 4024-4029.
[7] Minakuchi, C et al. (2009) Dev Biol. 325:341-350
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メモ
シンポジウム事務局
独立行政法人農業生物資源研究所 篠田徹郎、山本公子
E-mail:[email protected]
FAX:029-838-6121
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