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中東・北アフリカ情勢が世界石油市場 - JOGMEC 石油・天然ガス資源情報
野神 隆之 JOGMEC 石油調査部 アナリシス 中東・北アフリカ情勢が世界石油市場、 産業に及ぼす影響に関わる一考察 はじめに 2 0 1 1 ~ 2 0 1 2 年において、原油価格を変動させた主要因の一つに、特に地政学的リスクの顕在化と いうものがあった (因みにこれは執筆時点でなお一部が進行中である)。もっとも地政学的リスク要因は、 例えばイランのウラン濃縮活動をめぐる西側諸国との対立というものは従来から存在し、また、ナイジェ リア等での原油輸出停止も毎年しばしば発生しているという意味では、このような要因に伴う市場の懸 念は以前からなかったわけではない。ただ、2 0 1 1 ~ 2 0 1 2 年は中東・北アフリカ諸国、つまり、エジ プトやリビアといった諸国で政情不安が高まり、リビアでは実際に自国の石油生産がほぼ皆無となった 時期も見られた他、イランについても、欧米でイランに対する制裁の強化や同国からの原油の輸入禁止 措置を決定するなど、例年になく西側諸国等との対立が深刻化している。このような要因は原油相場を 上昇させたり、下支えさせたりしたわけだが、その背景にはどのようなメカニズムが存在しているのか、 そしてそのような地政学的リスク要因等に伴う 2 0 1 1 ~ 2 0 1 2 年の原油相場の変動は石油市場および産 業にどのような影響を及ぼしているのか、本稿ではこの点につき筆者の見解を記すことにしたい。 筆者は毎月中旬に、石油と天然ガス市 場に関するレポートを作成し、JOGMEC の「石油・天然ガス資源情報」としてホー 130 ムページに掲載している(最新号は原則毎 120 月第 3 月曜日。月曜日が休日の場合には翌 110 日に掲載)が、ここに記載した内容につい 100 ては部分的には触れているものの、包括 90 的に取りまとめられていないうえ、石油 80 市場や産業への影響については、これま 70 で必ずしも体系的に述べてきているわけ ではなかったことから、このレビューに おいて、改めてこれらの点につき議論を 行うものである。 ドル/バレル 1 2 3 4 5 6 7 WTI(NYMEX) 8 9 10 11 12 1 2月 ブレンド(ICE) 出所:筆者作成 図1 原油価格(2011 ~ 2012 年) 1. 中東 ・ 北アフリカ諸国の世界石油市場における位置づけ 世界石油市場において、中東・北アフリカ情勢が重要 原則として投資した資金をできるだけ早期に回収しよう 視される理由はいくつか挙げられる。まず、当該地域に と努力することから、油田での生産開始以降生産能力の 世界石油埋蔵量の過半が集中していることである。また 水準で生産を行うため、事実上余剰生産能力は存在しな 埋蔵量ほどではないが、生産量も世界全体の 3 0 %強を いと考えられる。他方 OPEC 産油国は世界石油市場にお 占める。そして、 生産余力も大きい。非 OPEC 産油国は、 いて需要に見合った適切な供給を行うことを目的として 1 石油・天然ガスレビュー アナリシス いるため、原油生産枠 (ないし上限) を設定して自己規制 2 0 1 1 年 1 2 月時点では日量 2 1 5 万バレルの余剰生産能力 を行っていることから、しばしば生産能力を下回る水準 を保有している(後述)ので、石油市場においても特に重 で生産を行う結果、ここに余剰生産能力が発生する。 要な位置づけとなっている。ただ、そのような豊富な石 そして、万一世界のどこかの産油国で石油供給途絶が 油資源に恵まれている中東・北アフリカ地域は宗教、そ 発生した場合、この余剰生産能力を使用して穴埋めする してその宗派、民族等が異なることから、政治的には不 ことになる。中東・北アフリカの産油国は OPEC 加盟国 安定であると市場では認識されており、それはとりもな である場合も多く、相当量の輸出を行うのみならず、余 おさずこの地域から供給される石油が政治的闘争上の武 剰生産能力も保有している国が多い。特にサウジアラビ 器としても使用されるとの市場での懸念を生みやすい、 アは 2 0 1 0 年時点で日量 6 6 4 万バレルの輸出を行う他、 ということに他ならない。 2. 中東 ・ 北アフリカ政情不安に対する石油市場の蜂起の高まり このような要因から中東・北アフリカ情勢は以前から 油市場は平穏なままであったであろう。ただ、この動き しばしば石油市場を振り回してきた。ただ、2 0 1 1 年初 が 1 月下旬にエジプトに波及して以降、石油市場の懸念 にチュニジアより発生し、その後中東・北アフリカ諸国 は高まることになり、また原油相場等への影響も大きな に拡大した、事実上の一党独裁体制に対する民衆の蜂起 ものとなった。 と政権交代に対する運動の高まりは、どの国もそれまで 実はエジプトは、自国の石油生産量が日量 7 4 万バレ 余り経験した事態ではなかったため、石油市場において ル(2 0 1 0 年)とオマーン(日量 8 6 万バレル)を若干下回る も各国の政治状況と石油供給に関しての先行きの不透明 程度の産油国である。一方、石油消費量が日量 7 3 万バ 性の増大から、原油相場に大きな影響を与えることと レルあり、輸出余力は実質的には殆ど存在しないので、 なった。 産油国としての世界石油市場に占める重要性は小さい。 事の発端は、2 0 1 1 年 1 月 1 4 日にチュニジアで発生し ただ、エジプトの政情不安は別の 2 点で石油市場を揺る た大統領退陣要求デモの各地への波及であった。ただ、 がすことになった。1 点目は、エジプトには、紅海と地 この国は小規模な産油国であった (2 0 1 0 年の同国の石油 中海を結ぶスエズ運河(原油および石油輸送量は北行き 生産量は日量 8 万バレルであった)こともあり、この時 日量 1 1 5 万バレル、南行き日量 8 1 万バレル(2 0 1 0 年 1 点で石油市場への影響は殆どなく、もしチュニジアにお 月~ 11 月)と紅海から地中海へと原油を輸送する いて大統領が退陣して、それでこの流れが他の近隣諸国 SUMED パイプライン(輸送量日量 1 1 5 万バレル(2 0 1 0 に波及することなく終結する、ということであれば、石 年 1 月~ 1 1 月))がある(図 2)など、同国は石油輸送上 ほとん の要所となっており、これらがもし政情不安の深刻化に より閉鎖された場合、タンカーは南アフリカの喜望峰を 地中海 経由しなければならなくなり、この分だけ余計な日数を スエズ運河 Sidi kerir 的航行距離が発生し約 2 週間程度長い期間が必要とな カイロ Sumed パイプライン エジプト 要する(欧州までは約 6,0 0 0 マイル(約 9,6 0 0km)の追加 る) 。特に運河等閉鎖直後には、その分だけ原油および Ain Sukhna 石油製品の到着が遅延することになるので、エジプトか ら地理的に近い地中海等欧州では石油供給不足との懸念 が高まり、それが欧州の代表的原油である北海ブレント 紅海 出所:筆者作成 図2 スエズ運河と Sumed パイプライン の価格に織り込まれた格好となった(ただ、実は、同国 での政情不安時においても、スエズ運河や SUMED パイ プライン(軍が監視体制を強化したと伝えられる) での操 業は平常どおりとなっており、実際に途絶が発生したわ けではなかった。また、2 0 1 1 年 2 月 1 1 日にはムバラク 2012.3 Vol.46 No.2 2 中東・北アフリカ情勢が世界石油市場、産業に及ぼす影響に関わる一考察 大統領が退陣する旨発表があったことで、この面では両 ンは全人口の 8 0 %を占めるイスラム教徒のうちスンニ 輸送施設における操業停止の可能性に対する懸念は低下 派が 3 0 %、シーア派が 7 0 %を占める一方、スンニ派に した) 。 よる支配が行われているが、サウジアラビアはスンニ派 2 点目は、エジプトの政情不安をもたらす原因となっ が 8 5 %、シーア派が 1 5 %を占め、スンニ派による支配 た、いわゆる独裁政権に対する民衆の不満が、他の中東 となっているなど宗派構成と政治的支配構造が異なって や北アフリカ諸国に波及し、その結果、当該地域の産油 いる。したがって、シーア派住民が蜂起したバーレーン 国での石油供給に支障を来するのではないか、という懸 での政情不安が即サウジアラビアに波及し大規模な政情 念が市場で発生したことである。前述のとおりエジプト 不安が発生するかというと、絶対的な意味ではその確率 の政情不安はチュニジアでの大統領追放に触発されたも は低いと市場では見られた。しかしながらチュニジアや のであるが、それまで問題を抱えつつも比較的安定的な エジプトといった諸国は 1 人あたり GDP がサウジアラ 政権運営を行っていたと見られた北アフリカの主要国で ビアを大幅に下回っていたことから住民の政権に対する あるエジプトが突然深刻な政情不安に陥ることについて 不満が高まりやすいと市場が見ていたのに対し、バー は、多くの市場関係者は予想していなかった。したがっ レーンは 1 人あたり GDP がサウジアラビアを上回るこ て、例えば、中東湾岸主要産油国(サウジアラビア、ク とで、1 人あたり GDP が高水準だからといって住民の不 ウェート、UAE)などは、他の中東・北アフリカ諸国と 満が高まらないという理由は成り立たなくなったこと、 比較して 1 人あたり国内総生産(GDP)が圧倒的に高く また、サウジアラビアにおけるシーア派は油田地帯であ (図 3)、民衆が既存の独裁政権運営についての不満を爆 る東部海岸沿いに集中して居住していることから、サウ 発させる可能性は極めて低い、とはいうものの、そのよ ジアラビアでの政情不安の確率も相対的には上昇してき うに安定的に見えても突然状況が変化する、といった可 た、との懸念が市場で増大、それらが原油価格に織り込 能性もありえないわけではない、という不安感が市場で まれる結果となった。 高まってしまった。 ドル をあわせた余剰生産能力は日産 2 5 3 万バレルである。加 30,000 えて、この中東湾岸諸国 3 カ国の原油生産量は日量 1,4 3 5 25,000 万バレル(2 0 1 1 年)となり、世界全体の石油需要の約 20,000 1 5 %を占めることから、これらの諸国等において、政 15,000 イエメン、シリア、オマーンのみならず、バーレーンに でん ぱ 伝播したことも、市場の不安感を高める結果となってし まった。 バーレーン自体は大産油国ではなく、また、バーレー イ ラ ン リ ビ サ ア ウ ジ ア ラ ビ ア バ ー レ ー ン になった。そして、エジプトでの政情不安が、ヨルダン、 0 エ ジ プト ア ル ジ ェ リ ア チ ュ ニ ジ ア となる恐れがあることが、市場の懸念を増大させること 5,000 ヨ ル ダ ン それを埋め合わせする余剰生産能力も併せて利用不可能 10,000 イ エ メ ン 情不安が深刻化した場合、供給が途絶するだけでなく、 シ リ ア 後にも触れるがサウジアラビア、クウェート、UAE 出所:IMF による推定データを基に作成 中東・北アフリカ各国の 1 人あたり 図3 GDP(2010 年名目) 3. リビアをめぐる情勢 さらに、2 0 1 1 年 2 月 2 0 日にリビア東部の都市ベンガ 産を行う独石油会社 Wintershall(独化学会社 BASF の子 ジ(Benghazi)において、カダフィ大佐の支配終結を求 会社)が政情不安に伴い生産を停止させる方針である旨 める反体制派と治安部隊との衝突が激化、反体制派が同 報じられるなど、同国をめぐる混乱の度合いが強まり、 市の大部分を掌握した他、首都トリポリでも両者による また、2 月 2 2 日には退陣を求める反体制派に対してカ 衝突が発生したうえ、同国で日量 1 0 万バレルの石油生 ダフィ大佐がそれを拒否、反体制派の弾圧を継続する 3 石油・天然ガスレビュー アナリシス 方針である旨表明した一方で、同国の複数の外交官が 置を持たないところは、サウジアラビア等からの重質高 辞表を提出するなど、政権内部にも混乱が及び始めた 硫黄原油を全面的に受け入れることは困難であった。実 ことから、リビアからの石油供給途絶懸念が増大するな 際欧州でリビア原油を大量に輸入していたイタリア、ド どしたことが、原油相場に大きな影響を与え、例えばリ イツ、スペインの各国はリビアからの原油輸入の減少を ビアでの政情不安激化直後の 2 月 2 2 日の米国原油先物 サウジアラビアの原油で補い切った形跡は見られない 市場(なお前日の 2 1 日は米国市場はプレジデント・デー (図 3)。そして、それは、リビアでの政情不安激化以降 に伴う休日で先物市場は休場となっていた)では、WTI は総じて軽質低硫黄原油(例えばブレント)と中質ないし が前週末終値比で 1 バレルあたり 7.3 7 ドル上昇し 9 3.5 7 は重質高硫黄原油との価格差が総じて拡大する傾向を示 ドルとなるなど、相当程度の変動が見られた。 したことによっても示されている。実際欧州では、この そして、2 0 1 1 年 3 月 1 7 日夕方国連安全保障理事会で ように原油で調達できなかった分を米国、ロシア、イン リビア上空に飛行禁止区域を設定する等の決議案が賛成 ド、シンガポールからの石油製品輸入で補っていた格好 多数で可決された後、4 月 7 日には、その前の数日間、 になっていた。 リビア東部にある Sarir 油田を含む複数の油田関連施設 その後リビアについては、2 0 1 1 年 8 月には原油生産 が攻撃され被害を受けた、との情報が流れ、同国での石 量がほぼゼロとなり(図 4)、また 8 月 2 1 日には首都トリ 油生産低迷がさらに一層長期化するとの懸念が市場で増 ポリが国民評議会派によってほぼ制圧されたものの、ど 大したことが、原油相場を揺さぶる結果となった。 れくらいの原油生産量がどれくらいの期間で回復するか リビアで生産される原油は主に欧州に輸出されていた については、市場関係者の間で見解が分かれる状態と ので、同国での原油生産の停止は、特にブレント価格に なっていた。9月10日には同国のアリー・タルフーニ (Ali 上方圧力を加えることになった。さらに、リビアでの原 Tarhouni)暫定石油・財務大臣が同国の石油生産は今後 油生産停止により不足した供給は、余剰生産能力を持つ 3 ~ 4 日以内に再開し 1 年以内に内戦前の水準に戻ると サウジアラビア等の中東湾岸 OPEC 産油国によりなされ 発言したと伝えられたが、内戦前の生産水準に回復する るわけだが、これら産油国での余剰生産能力により生産 までには2 ~ 3年を要するとの見方も市場にはあるなど、 される原油は重質高硫黄原油(硫黄含有分が高く、かつ 同国の原油生産回復に対する展望は不安定であったこと 比重が重いので、製油所でガソリンや軽油(そして最近 から、リビアの内戦終了による原油価格への下方圧力は ではこれらの製品の需要が高まる傾向にある)を多く生 比較的ゆるやかなものであった(ただ、実際にはリビア 産するには残渣分からガソリン等を生産できる分解装置 は当初の市場の予想を上回る勢いで原油生産を回復しつ や硫黄分を除去するための脱硫装置が必要となる。もち つある。終戦当初 IEA は 2 0 1 1 年末に日量 4 0 万バレル ろんそれら装置を設置するためには追加投資を行わなけ の原油生産となると予想していたが、既に 2 0 1 1 年 1 2 月 ればならない)である一方、リビアで生産される原油は 時点では同国の原油生産量は日量 8 0 万バレルに到達し 主に軽質低硫黄のものであることから、リビアからの供 ていると伝えられる)。 ざん さ 給が停止した欧州の製油所のなかで、分解装置や脱硫装 リビア 日量万バレル サウジアラビア 50 日量万バレル 160 140 120 0 100 80 -50 60 40 -100 20 -150 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 出所:IEA データを基に作成 欧州のリビアおよびサウジアラビア 図4 からの原油輸入の前年同月比増減 (2011 年) 10月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12月 出所:IEA データを基に作成 リビアの原油生産量 図5 (2011 年) 2012.3 Vol.46 No.2 4 中東・北アフリカ情勢が世界石油市場、産業に及ぼす影響に関わる一考察 4. イランのウラン濃縮活動をめぐる西側諸国との対立激化 一方内戦が終了したリビアに代わって市場の心理をと 保と輸送のためにある程度の猶予期間を設けることが必 らえた地政学的リスク要因はイランである。2 0 1 1 年 1 1 要になろう)(図 6)。ただ、そのような場合市場参加者 月 8 日に加盟国に配布された国際原子力機関(IAEA)に から見れば一時的にせよ市場で利用可能な余剰生産能力 よるイランのウラン濃縮プログラムに関する四半期報告 が減少することから、他にもナイジェリア等の地政学的 で、イランが核兵器製造段階へと接近しつつある旨報告 リスク要因の存在する状況では、石油供給途絶懸念が高 されたことから、欧米諸国の態度が硬化、イランと西側 まりやすくなり、結果として原油相場が支持されている。 諸国との対立が深刻化し、それが原油相場に影響を及ぼ また、米国でのイランに対する事実上の制裁強化に関 す結果となった。 す法律の成立に先立つ 2 0 1 1 年 1 2 月 2 7 日には、イラン 2 0 1 1 年 1 2 月 3 1 日にオバマ大統領は米国議会が 1 2 月 国営通信社 IRNA が、ラヒミ・イラン第一副大統領の発 1 5 日に承認した 2 0 1 2 会計年度国防授権法案に署名し、 言として同国の原油輸出に対する制裁が実施された場合 同法案は法律として発効した。これによれば同法発効か イランはホルムズ海峡を封鎖することにより当該海峡で ら 1 8 0 日経過(つまり 6 月 2 8 日)以降、イランからの石 の石油輸送を阻止する旨の警告を伝えており、欧米等で 油購入に関連した取引を行う外国金融機関に対して制裁 のイラン原油輸入制限の動きで、イラン側の感情が刺激 を科する権限を大統領が有することになる。但し当該銀 されることにより同国が当該海峡封鎖を実施するかもし 行が 「相当程度」 イランからの石油購入に関する取引を減 れない、といった市場の懸念も以前に比べて高まった。 少させたと大統領が判断すれば当該銀行に対する制裁適 ホルムズ海峡が封鎖された場合には、サウジアラビア、 用を除外することができる他、米国の国家安全保障上の クウェート、イラク、カタール、UAE といった中東湾 利害から必要と大統領が認めた場合には適用を放棄する 岸の余剰生産能力を持つ OPEC 産油国で追加生産が期待 ことができると同法には定められている。なお、何を以 できなくなるが、これらの諸国で OPEC 産油国の余剰生 て「相当程度」 イランからの原油購入に関する取引が減少 産能力全体(2 0 1 1 年 1 1 月現在で日量 3 9 5 万バレル)のう していると認められるかについては、法律には定められ ちの約4分の3(イランを含めれば約80%)を占めるため、 ておらず、大統領の判断を待つことになる。 湾岸 OPEC 産油国からの余剰生産能力が利用不可能と 米国はオバマ政権の関係者を他の各国政府に派遣して なった場合に代替できるような、残された余剰生産能力 イランからの原油の購入を控えるよう協議している。た は 日 量 6 0 万 バ レ ル と 限 定 的 で あ る ば か り か、 湾 岸 だ、このなかには中国のように反対を表明する(1 月 1 1 OPEC産油国からの石油輸出(原油で日量1,265万バレル、 日に中国外務省の劉為民報道局参事官は、国際法を超越 イランを含めると 1,4 9 0 万バレル(2 0 1 0 年)、またこの する形で一国家の法律を他国家に事実上適用するよう要 他に湾岸 OPEC 産油国(イラン含む)からの石油製品の輸 望することは非合理的である旨明らかにしている)とこ 出が日量 2 4 7 万バレル(同)ある)のうちサウジアラビア ただ もっ ろもある。他方、EU においても、別途イランからの原 油の禁輸につき協議が行われた結果、1 月 2 3 日開催の EU 外相会議においては、イランとの新規の石油売買契 約については即時禁止となったが、既存の契約について イラン 6 その他OPEC 60 は 7 月 1 日までに終了させる旨決定された。このように イラク 53 イランと西側諸国との対立は深刻化する方向に向かって いることから、この面が少なくとも原油相場の下落を抑 制する状況となっている。イランからの原油の輸出量は 日量 2 2 0 万バレル(2 0 1 1 年 1 ~ 6 月)である。ただ、こ れらが全量停止した場合でも、 サウジアラビア、 クウェー ト、イラク、カタール、UAE における余剰原油生産能 力(合計日量 3 1 4 バレル(2 0 1 1 年 1 2 月現在) )で対応は可 能である(但し欧州やアジアの石油消費国と中東産油国 では距離的に大きく離れていることから、代替調達先確 5 石油・天然ガスレビュー サウジアラビア 215 カタール 8 クウェート 22 UAE 16 単位:日量万バレル 出所:IEA データを基に作成 OPEC 産油国の余剰原油生産能力 図6 (2011 年 12 月現在) アナリシス イラク 原油パイプライン 原油パイプライン (建設中) イラン クウェート 湾 ャ シ ル ペ ホルムズ海峡 サウジアラビア ラス・タヌラ (Ras Tanura) バーレーン フジャイラ (Fujairah) カタール エジプト ハブシャン (Habshan)UAE ヤンブー (Yanbu) ペトロライン(Petroline) 200 海 0 紅 スーダン (東西パイプライン : East-West Pipeline) 総輸送能力:日量500万バレル (余剰輸送能力:日量300万バレル) 400 600 アブダビ原油パイプライン (ADCOP : Abu Dhabi Crude Oil Pipeline) 総輸送能力:日量150∼180万バレル オマーン 800km 出所:各種資料より筆者作成 図7 ホルムズ海峡の代替原油輸送ルート のパイプライン~紅海へと輸送されている原油(推定日 れが 2 0 1 2 年 1 1 月に完成する予定で(2 0 1 2 年 4 月に操業 量 2 0 0 万バレル)を除いた 1,5 5 0 万バレル弱の輸出も影 開始予定であったが建設上の問題で完成が延期されたと 響を受ける。 伝えられる)、このパイプラインの能力は日量 1 5 0 万バ う ホルムズ海峡を迂回するパイプラインでの余剰輸送能 レル(2 0 1 2 年 1 月 9 日には同国のハミリ(Hamili)エネル 力としては既存のものはサウジアラビアのペトロライン ギー大臣が日量 1 8 0 万バレルにまで輸送能力を増強でき (Petroline(東西(East-West)パイプラインともいう): る旨明らかにしている)であるが、その両者を合計して サウジアラビア東部と紅海沿岸港ヤンブー(Yanbu)を も、当該海峡封鎖によって支障を来す可能性がある石油 結ぶパイプライン、総輸送能力は日量 5 0 0 万バレル程度 輸出量には遠く及ばないことになる。このような面から と言われている) において日量300万バレル (図7) 、 また、 も市場での石油供給途絶懸念が煽られることになり原油 この他に UAE がアブダビからホルムズ海峡の外に位置 相場を高止まりさせることとなった。 するフジャイラまでパイプラインを建設しつつあり、こ 5. 2 0 1 1 年の地政学的リスク顕在化が原油市場等に与えた影響 ここまで、2 0 1 1 年において発生した中東・北アフリ お、本件について論じる前に、もう 1 点ほど、2 0 1 1 年 カ地域における地政学的リスクの顕在化が原油相場にど の原油市場における特徴的現象について触れることとし のように影響したか、ということについて述べてきた。 たい。 いずれも、当事者となる産油国の生産や輸出に影響を及 それは、WTI とブレントの価格差の拡大である。こ ぼすのみならず、 それが周辺諸国に波及する恐れもあり、 れについては、NYMEX の WTI 原油の引き渡し地点で なおかつ石油輸送上の重要地点が脅威に晒されることか あるオクラホマ州クッシング(Cushing)において、2 0 1 1 ら、原油市場関係者の懸念が高じることにより、原油相 年2月8日にカナダのパイプライン会社である 場に上方圧力を加えやすくなる、というものであった。 TransCanada がネブラスカ州スティール・シティ(Steele さて、2 0 1 1 年の地政学的リスク要因の顕在化はその City)からクッシングまでのパイプラインの操業を開始 他の要因とともにさらに石油市場および産業より深部に したことから、その前後以降、カナダからさらなる原油 も影響を与えている。この面について見ていきたい。な がクッシングを目指して流入し、その結果よりクッシン さら 2012.3 Vol.46 No.2 6 中東・北アフリカ情勢が世界石油市場、産業に及ぼす影響に関わる一考察 グでの原油在庫が高水準(つまり WTI の引き渡し地点で へと原油を逆方向に輸送することになったこともあり、 あるクッシングでの石油需給緩和状態)を維持する状態 一時は 1 バレルあたり 2 8 ドル近くまで拡大したブレン が顕著になるとの市場の観測が増大したことが、WTI トと WTI の価格差は 2 0 1 2 年初時点では 1 0 ドル程度と 価格に対して継続的に押し下げの圧力を加える結果と なっている(ただ、一方で、2 0 1 1 年 1 1 月以降は、イラ なった面が大きい。 ンのウラン濃縮問題に絡むイランと西側諸国との対立の もっとも、 この現象はブレント側にも要因が見られる。 深刻化の流れから、イランから原油を輸入しており、か リビアでは 2 0 1 1 年 2 月 2 0 日にカダフィ政権派と反政権 つ市場の近い欧州の代表油種であるブレントの価格が支 派との衝突が激化するとともに事実上の内戦状態に突入 持される状態となっている)。 したことで、同国の軽質低硫黄原油を中心とする原油の 他方、2 0 1 1 年は石油製品市場は必ずしも全世界的に 輸出先である欧州において当該輸出が途絶するのではな 堅調であったというわけではない。留出油需要について いかとの市場の懸念が増大した。ただこれは、ブレント は米国や南米等で一時堅調になっていた模様ではあるも と WTI の価格差にそれなりの影響を与えたと考えられ のの、欧州においては前年割れがしばしば発生していた るものの、例えば 2 0 1 1 年 2 ~ 4 月においては、リビア 他米国でも速報値ベースではあるが 2 0 1 1 年末には失速 での内戦状況等において新たな展開が発生した時には してきた感があり、また日本においても東日本大震災後 WTI とブレントの価格差が拡大する場合もあったが、 の復興による留出油需要は大きく伸びた、というわけで その後は再び縮小するなど、リビアの要因だけでは、ブ はない。他方ガソリン需要は米国では 2 0 1 1 年 3 月以来 レントと WTI との価格差拡大に対する影響力としては 前年割れが続いている他、欧州や日本においても不振で 不安定であった。 ある。ただ、だからといって石油需給が緩和しているの しかしながら、その後リビアからの原油輸出停止状態 かというと、必ずしもそうとも言えない状況が発生して が続くとともに、ブレントと同じ英領北海で生産される いた。これを説明するために、ここでは、石油在庫を主 原油という理由からブレント原油価格に影響を与える 要各製品に分解して説明することとしたい。 Forties Blend(API 比重 4 4.1 度、硫黄分 0.1 9 %の軽質低 まずガソリンであるが、ガソリンは米国を含めた北米、 硫黄原油で、生産量は日量 6 0 万バレル程度と言われて 欧州、およびアジア太平洋の OECD 諸国においては需 いる)を構成する原油を供給する Buzzard 油田(生産量日 要が不振であり、2 0 1 1 年は前年割れが継続している状 量 2 0 万バレル)において資機材の不具合により原油生産 態にある(図 8)。また、このようなことから、在庫もこ が半減したことから、6 月に入って Forties Blend の出荷 の時期としては比較的多い状態にある(図9)。このため、 数量の低下が目立ってきた(Forties Blend については、 これらの高水準の在庫がガソリンの価格を抑制する格好 1 0 月分の出荷についても依然 2 ~ 8 日程度の遅延や出荷 となった(また、ナフサについても、ガソリン需要が不 取り消しが発生するなど混乱した) 。 振であることに加え中国等での石油化学産業向け需要も このため、市場関係者の間で北海地域からの原油供給 弱いことから、需給についてはむしろ緩和感が発生し 低下に伴う石油需給の引き締まり感が増大した。さらに た) 。 このような状況を材料として、市場では両者の価格差拡 他方、北米においても原油価格は WTI の価格の影響 大を見込みつつ原油相場全体を変動させるリスクを回避 した取引(つまり WTI 先物契約を売却する一方でブレン ト先物契約を購入)が発生したことにより、それが実際 % 4 0 2 0 1 1 年 8 月下旬以降は、リビアで内戦が事実上終結 -2 状態となっており、内戦前に同国で活動していた外国石 -4 伝えられる。同国での原油生産は当初の推定よりも早く 回復してきており、他方、Buzzard 油田の生産状況も回 復してきたと伝えられることから、この面ではブレント 欧州 アジア太平洋 2 に両者の価格差拡大に寄与していると見る向きもある。 油会社の一部もリビアでの操業再開作業を進めていると 北米 -6 -8 -10 1 2 3 4 5 6 7 8 出所:IEA データを基に作成 原油に対する押し上げ圧力は低減してきている一方で、 従来ヒューストンからクッシングへと原油を輸送してい た Seaway パイプラインがクッシングからヒューストン 7 石油・天然ガスレビュー OECD 諸国のガソリン需要増加率 図8 (2011 年、前年同月比) 9 10月 アナリシス を受ける中西部やカナダといった一部地域を除き、大手 出油在庫はなお一層減少したことにより、これを含めた の地域はブレントの影響を受けやすいが、2 0 1 1 年はリ 中間留分の在庫は、2 0 1 1 年 1 0 月末時点では、この時期 ビアでの内戦に伴う軽質低硫黄原油 (主に欧州向け)の輸 としてもかなりな低水準となった(図 1 3 参照、但し、 出停止、ナイジェリアからの輸出停止、北海 Forties 油 2 0 0 9 および 2 0 1 0 年よりは相当程度減少しているが、 田群での不安定な原油生産等を反映してブレントの価格 実は 2 0 0 8 年以前の水準に比べればまだ多い)ことから、 は高水準で推移した。この結果ガソリンと原油の価格差 冬場の暖房油需要期を前にして市場では需給逼迫懸念が が縮小し精製利幅が確保できなくなった(図 1 0)。欧州 発生、欧州の留出油価格が米国のそれに比べて上昇する においては軽油および暖房油といったいわゆる留出油に ことになった。 ついても 2 0 1 1 年の需要はガソリンほどではないにせよ 他方、欧州に石油製品を輸出していたシンガポールで 低下している(図 1 1)ことから、特に欧州においては製 は 9 月 2 8 日に Shell のプラウブコム(Pulau Bukom)製油 油所において精製利幅が伸び悩んだこともあり、製油所 所(精製能力日量 5 0 万バレルで Shell の保有する製油所 の稼働が 3 月以降 9 月までほぼ継続して前年割れするほ としては世界最大の原油処理能力を有する)が火災で操 どの状態であった(図 1 2) 。そして製油所の稼働が低下 業を停止、1 0 月 2 日には当該製油所からの石油製品の出 したことに伴い製油所も必要以上の原油在庫の保有に消 荷に対して不可抗力条項を適用する旨同社が発表した 極的となり、その結果原油在庫が低下するとともに、留 (1 0 月 1 0 日には部分的に操業を再開する作業に入った ひっぱく 出油の生産と在庫も減少気味となった。 ことが明らかになっているが、火災前の操業状態になる そして、欧州では秋場のメンテナンス時期に突入、留 のは 2 0 1 1 年末になると Shell 側は見込んでいると伝えら OECD全体 日 50 北米 欧州 アジア太平洋 45 % 8 6 40 4 35 30 2 25 0 20 15 -2 10 -4 5 0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011年 ※:在庫日数=月末在庫量÷直後 3 カ月間の 1 日あたり需要 出所:IEA データ他を基に推定 -6 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10月 出所:IEA データを基に作成 OECD 諸国の各年 10 月の 欧州 OECD 諸国の留出油需要増加率 図9 ガソリン在庫日数推移 図11 (2011 年、前年同月比) ドル/バレル 25 日量百万バレル 1.0 20 0.5 15 10 0.0 5 0 -0.5 -5 -10 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11月 出所:NYMEX、ICE データを基に作成 米国ガソリン先物価格とブレント先物価格の差 図10 (2011 年) -1.0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12月 出所:IEA データ他より推定 欧州 OECD 諸国の原油処理量増減 図12 (2011 年、前年同月比) 2012.3 Vol.46 No.2 8 中東・北アフリカ情勢が世界石油市場、産業に及ぼす影響に関わる一考察 れている)ことに加え、中国でも冬場を控えて電力向け 出油を含めた中間留分の在庫が低下するなどの影響が生 の軽油に関して品薄感が出てきた。これは、中国政府が じ始めた(図 1 4)。その結果、アジアと欧州での留出油 電力料金を抑制したことにより、利幅が確保できない発 価格差の拡大が限定的なものとなったことが、アジア等 電所が稼働を低下させていた結果、冬場に電力不足の可 から欧州向けの留出油の流れを抑制する格好にもなっ 能性が増大したことから、工場等での自家発電向け軽油 た。 の需要が増加する恐れが出てきたうえ、中国では従来か 米国では夏場のドライブシーズン到来から製油所での ら原油相場上昇に対して政府が石油製品の小売販売価格 ガソリン生産増加とともに、留出油の生産と在庫も増加 を規制してきたこともあり、製油所でも精製利幅の確保 したが、秋場のガソリン不需要期に入るとともに製油所 が困難であったことから稼働が低下していたことにより のメンテナンスシーズンに突入したこともあり、石油製 軽油等の在庫が堅調に積み上がっていたわけではなかっ 品の生産が伸び悩んだ。他方米国では、2 0 1 1 年央に比 たことに加え、秋場の製油所メンテナンス作業が当初予 べて経済が安定してきていることによる物流部門等向け 想よりも大規模なものとなったことから供給が伸び悩ん の軽油需要が比較的堅調であったことに加え、中西部で だことが一因と言われる。 は、秋場の穀物収穫作業に伴う農機具稼働や、ノース・ このようなことから、予想される冬場の自国の軽油不 ダコタ州におけるシェール・オイル開発事業向けの軽油 足に対処するために 1 1 月初めに中国の石油会社が軽油 需要が発生したうえ、欧米間での当該製品価格差拡大が の輸入を行い始めたことから、アジア市場でも軽油需給 見られたことから欧州への留出油輸出も活発化した模様 が引き締まり始め、シンガポールでの中間留分の在庫が であり、同国を含む北米での留出油在庫も減少、2 0 1 1 低下した他、アジア太平洋の OECD 諸国においても留 年 1 0 月末時点においては、この時期としては、欧州同 様 2 0 0 9 年および 2 0 1 0 年と比較して相当程度低い水準 となっている(図 1 5)(但しこれも欧州同様 2 0 0 8 年依 日 42 然と比較すると、必ずしもそれほど低いというわけでは 40 ない)。 38 このように、特に 2 0 1 1 年後半はガソリンの需要が弱 36 かったことが当該製品価格を抑制した一方で、原油相場 34 が高止まったことから、製油所での精製稼働が低迷し、 32 そこに種々の要因が加わった結果、留出油の在庫が世界 30 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011年 ※:在庫日数=月末在庫量÷直後 3 カ月間の 1 日あたりの需要 出所:IEA データ他を基に推定 的に減少し、冬場の北半球での暖房シーズン突入を前に して市場での需給逼迫感が強まる、といった状態で混乱 を見せた。 欧州 OECD 諸国の各年 10 月の 図13 留出油在庫日数推移 日 28 日 40 27 38 26 36 25 34 24 32 23 30 22 28 21 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011年 ※:在庫日数=月末在庫量÷直後 3 カ月間の 1 日あたりの需要 出所:IEA データ他を基に推定 アジア太平洋 OECD 諸国の各年 10 月の 図14 留出油在庫日数推移 9 石油・天然ガスレビュー 26 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011年 ※:在庫日数=月末在庫量÷直後 3 カ月間の 1 日あたりの需要 出所:IEA データ他を基に推定 北米 OECD 諸国の各年 10 月の 図15 留出油在庫日数推移 アナリシス 6. 世界精製産業の動きが原油価格に影響を及ぼす 低迷する製品需要と製品価格、そして高止まる原油価 ある程度石油販売先を確保しておく必要があることから 格、その結果は以上見てきたように、精製利幅に伴う製 精製・販売部門からの完全撤退や分社化には否定的であ 油所の稼働の低下である。さらに、最近では事態はそれ るとされる)。 ではすまなくなってきている。欧米等先進国では精製利 これにより世界的に精製部門における需給が引き締ま 幅が確保できないことから、 製油所が操業を停止したり、 り製品価格が上昇するかというと、そういうわけではな また売却等を行うことを通じて撤退したりするところが いかもしれない。中国やインド等では、今後も精製能力 出てきている(表) 。このなかには Sunoco のような、下 の拡大が旺盛に行われていくと見られる(図 1 6) 。その 流専業の企業ですら、製油所の操業から撤退する意向を 製油所は大規模かつ最新鋭のものであり、軽質製品の生 示している一方で、欧州ではスイスの独立系精製会社で 産(但し量的にはどちからかというとガソリン)に優れ世 あった Petroplus が破たんする、といった例 が見られる他、ConocoPhillips、Marathon 等 OECD 日量百万バレル の企業は精製・販売部門を分社化、Hess は 3.0 米国ヴァージン諸島で操業していたベネズエ 2.5 ラ国営石油会社 PDVSA との共同事業である 2.0 旧ソ 連 中東 中国 その他アジア アフリカ その他 南米 需要増加 1.5 Hovensa の St. Croix 製油所(精製能力日量 5 0 1.0 万バレルだが、最近では日量 3 5 万バレル程 0.5 度で操業していたとされる)の操業を停止、 0.0 Murphy も精製・販売部門を売却しつつある。 -0.5 他方、ConocoPhillips を除く大手国際石油 -1.0 -1.5 会社も、欧州を中心として製油所の売却や石 油貯蔵基地等への転換を検討している。そし 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016年 出所:IEA および BP 統計データを基に推定 てその大部分は収益性の良好な上流部門に集 中していくものと見られる(もっとも大手国 図16 世界の原油精製能力増加実績と見通し 際石油会社は上流部門の規模の大きさゆえに 表 発表日 会社名 2011 年 9 月 27 日 ConocoPhillips 最近の先進国の主な製油所の停止例 製油所名 場所 精製能力 (日量万 バレル) 閉鎖(予定) 時期 Trainer 米国ペンシル ベニア州 19 発表後操業停止 売却先を模索中、6 カ月以内 に買い手が見つからなければ 設備廃棄 2011 年 12 月 1 日 当初の 2012 年 7 月の閉鎖予 定を前倒し 備考 2011 年 12 月 1 日 Sunoco Marcus Hook 米国ペンシル ベニア州 18 2011 年 9 月 6 日 Sunoco Philadelphia 米国ペンシル ベニア州 34 2012 年 売却先を模索中 7 月以前(予定) 2012 年 1 月 19 日 Hovensa St Croix 米国領ヴァー ジン諸島 50 2012 年 貯蔵施設へ転換 2 月半ば(予定) 2011 年 3 月 31 日 Petroplus Reichstett フランス 8 2012 年 1 月 20 日 Petroplus Cressier スイス 7 2011 年 4 月 貯蔵施設へ転換 2012 年 1 月 20 日 Petroplus Antowarp ベルギー 11 資金調達上の問題に絡む労働 争議で事実上停止中 2012 年 1 月 20 日 Petroplus Petit Couronne フランス 16 資金調達上の問題に絡む労働 争議で事実上停止中 資金調達上の問題で停止中 出所:各種資料を基に筆者作成 2012.3 Vol.46 No.2 10 中東・北アフリカ情勢が世界石油市場、産業に及ぼす影響に関わる一考察 界的に見ても競争力の強いものになる。このようなこと 低迷することにより在庫が減少、その結果軽油先物価格 から、引き続き欧米および日本の精製部門は、米国メキ が上昇するのであるが、それ以上に先行き精製利幅の拡 シコ湾岸における製油所のようにさらに高度化や精製能 大から製油所での原油購入意欲増大を見越した原油先物 力の増強を実施することにより競争力を強化するといっ 契約の購入活発化により、原油相場が製品相場以上に上 た動きも一部に見られるものの、特に高度化の程度が低 昇するので、製油所にとっては精製利幅の拡大の機会と く老朽化した中小規模の製油所を中心に、今後も精製能 いった恩恵にあずかれるわけではない状況が出現するこ 力の削減がさらに進むと考えられる。したがって石油市 とも想定される。 場は将来的には、アジア等の発展途上国が精製部門の中 このように、今後世界の石油市場においては原油生産 心を担い、欧米等の先進国はそのような諸国から価格の と石油消費のみならず、その間に存在する精製産業の動 安い石油製品を購入して販売する、といった状況に移行 向も考慮しつつ、原油や石油製品需給と価格に注意して する、といった展開になると思われる。 いくことが肝要であろう。 その意味では 「消費地精製主義」 が崩れていく可能性も 指摘できる。ただ、アジアと欧米では石油を輸送するに も 1 カ月以上を要することから、特に世界の精製産業の 移行期では、例えば欧米での製油所が経済的理由等によ 日量百万バレル り突然操業停止を発表することに伴う状況に市場や産業 7 における他の参加者が迅速に対応できず、その結果製油 6 所メンテナンス時期を中心として、消費地での在庫が予 5 想以上に減少する結果、製品価格や原油価格が大きく変 動するといった影響が発生する恐れがあるので、注意す る必要があろう。また、今後は発展途上国の経済発展に 伴うトラック輸送等物流活動の活発化などに伴い軽油の 需要が増加すると見られている(図 1 7)一方で、それに 対してガソリン需要の増加は後れを取ることから、ガソ リンの需給が緩和する反面、軽油の需給が相対的に引き 4 3 2 1 0 その他 軽油 ジェット燃料/灯油 ガソリン ナフサ エタン/LPG 重油 -1 出所:OPEC World Oil Outlook 2011 データを基に作成 締まることが予想される。そのため、前述のとおり春場 や秋場の製油所メンテナンスシーズン等で、軽油生産が 2010 ~ 2015 年の 図17 世界石油製品需要増加内訳 【主な参考文献】 1.米国エネルギー省エネルギー情報局(U.S. Department of Energy/Energy Information Administration)(EIA) 各種レポート類 2.国際エネルギー機関(International Energy Agency)(IEA)オイル・マーケット・レポート及び世界エネルギー 展望 3.石油輸出国機構(Organization of Petroleum Exporting Countries)(OPEC)月刊オイル・マーケット・レポート 及び世界石油展望 4.野神隆之 , 2 0 1 1 年 1 1 月 「 , 中東・北アフリカ情勢と石油問題」国際問題 2 0 1 1 年 1 1 月号(No. 6 0 6), 日本国際問題 研究所 5.野神隆之 , 2 0 1 1 年 1 1 月 ,「欧州債務問題解決期待と予想を上回る良好な米国経済指標などで、1 バレル当たり 1 0 0 ドルに到達する原油価格」, JOGMEC 石油・天然ガス最新動向 6.野神隆之 , 2 0 1 2 年 1 月 ,「事前予想よりも良好な米国等経済指標と地政学的リスク要因が原油価格を押し上げ」, JOGMEC 石油・天然ガス最新動向 11 石油・天然ガスレビュー アナリシス 執筆者紹介 野神 隆之(のがみ たかゆき) 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。米国ペンシルバニア大学大学院修士課程およびフランス国立石油研究所 付属大学院(ENSPM)修士課程修了。通商産業省(現・経済産業省)資源エネルギー庁長官官房国際資源課(現・ 国際課)、国際エネルギー機関(IEA)石油産業市場課等に勤務の後、石油公団企画調査部調査第一課長を経て、 現在JOGMEC石油調査部上席エコノミスト(石油・天然ガス市場および産業担当)。趣味は旅行(国内・国外を問 わず)。 2012.3 Vol.46 No.2 12