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第3節 災害と文化的景観

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第3節 災害と文化的景観
第3節 災害と文化的景観
はじめに
和歌山県は災害県と称されるように、梅雨時には前線活動の影響により大雨に見舞われること
が多く、また頻繁に台風の進路にもあたることから、毎年のように風水害による災害を被って来た。
県南部の山地は、年間降水量が 3,000㎜を越える多雨地帯であり、県土の約8割が山地で占められ
ていることから土砂災害が頻繁に発生しやすい気候特性を有している。近年においては、河川改
修が進んだことから、大規模な水害は減少したものの、過去においては有田川や熊野川などの大
規模河川の氾濫による災害が多数発生している(表 3-19)
。また、東南海・南海地震は、約 90 年
から 150 年周期で繰り返し発生しており、近年では 1944 年(昭和 19 年)の昭和東南海地震、1946
年(昭和 21 年)の昭和南海地震によって甚大な被害が発生し、地震災害の発生も危惧されている。
急峻な山地に囲まれ、有田川をはじめとした河川流域や山地斜面に農地や集落が展開する蘭島
の 文 化 的 景 観 地 域 は、 こ れ まで 度 重 なる 有 田 川
の氾濫や土砂災害による被災と復興を繰り返しな
がら現在にいたっている(写真 3-19 ~ 21)
。特に
昭和 28 年7月 18 日に発生したいわゆる7.18 水
害、さらに水害の応急修理を破壊流失させ、惨禍
を加えた同年9月の台 風 13 号は、 景 観のみなら
ず、人々の生活、生業、生態系などあらゆるもの
に甚大な影響を与えた極めて大きな自然災害とし
て人々の記憶に残されている。また、この大水害
の体験者と未体験者では、景観認知が大きく異な
っているなど、近代以降における文化的景観の変
遷において最も大きな時代画期となっている。
写真 3-19 増水に浮かぶ蘭島 提供:西林輝昌氏
以下では、当地域の農村景観を変容させる最も
大きな要因となる災害について、近代以降の主な
初夏の蘭島。大雨によって増水した有田川の中で、
棚田が必死に堪えているようだと表現された一枚。
災害を概観しながら、景観の影響と変化について、
記述を行う。
写真 3-20 流木で埋め尽くされた有田川
写真 3-21 第2室戸台風による河川の増水
昭和 11 年 4 月 25 日撮影 写真奧は清水橋
昭和 36 年 9 月撮影 写真右は清水橋
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
131
表 3-19 近代以降における和歌山県内の主な災害
年号
年
西暦 月日
災害事項
明治
3
1870
9 月 18 日
紀ノ川大洪水、流失家 1000 軒、死者 200 人、新宮藩損壊家屋 630 戸、半壊 800 戸。有田川洪水、家屋の流出多数。
9
1876
9 月 17 日
有田川洪水、鳥尾川の堰切れる。
15
1882
7 月 18 日
有田川洪水
19
1886
9 月 24 日
各河川増水、紀ノ川水位 1 丈 2 尺、和歌山市内の被害、罹災戸数62。有田川の板尾橋流出
22
1889
8 月 19 日
暴風雨により各河川氾濫、浸水家屋2900戸、損壊 3200 戸、流失家屋 2400 戸死者 1221 人その他被害甚大。有田川大洪水。
34
1901
7月2日
有田川洪水、金屋橋流出
36
1903
7 月 8 日~ 9 日
紀ノ川をはじめ、各河川出水、四ヶ郷村のみで死者 2 人。有田川増水により金屋橋・安諦橋流出。
37
1904
7 月 9 日~ 10 日
台風紀伊水道を北上、各地暴風被害あり。24 時間雨量は北山村 521.5㎜、本宮 366.2㎜。
38
1905
7 月 26 日
県北部に雷雨、有田、那賀の山地に200ミリ以上の豪雨。有田川大洪水で鳥屋城村・市場村被害甚大。
43
1910
5 月 10 日~ 11 日
台風紀伊半島に上陸、稀有の暴風雨となり、死者70人に及ぶ。
9 月 22 日
有田川洪水により堤防 10 ヶ所決壊し、橋梁流出、田畑家屋浸水、井堰決壊など被害大。
1
1913
9 月 23 日
台風紀伊水道を北上大阪へ上陸、本県各地風雨高潮となり、被害甚大。
5
1916
9 月 24 日
有田川洪水、一丈5尺、市場稲荷橋流出
6
1917
10 月 10 日~ 11 日
台風の影響で死者、有田郡5人、西牟婁郡13人、東牟婁郡3人。
7
1918
7 月 12 日~ 13 日
12日未明~13日夕刻にかけ、暴風雨となり、人畜の死傷、家屋倒壊等被害大。
9 月 24 日
台風により暴風雨となり、死者5人、家屋倒壊111戸、家屋浸水340戸。
10
1921
7 月 13 日
台風、四国中国を縦断、北上したため本県では被害続出、死者3人、家屋損壊、流失138戸。
9 月 25 日~ 26 日
台風、紀伊半島南端に上陸北進、全県下暴風雨となり被害甚大。死者12人、家屋流失、全壊279戸。
大正
昭和
12
1923
6 月 22 日
各河川出水、紀ノ川増水15尺、御坊町、家屋損壊3戸、死者2人。豪雨、出水
14
1925
8 月 14 日
東牟婁山地に300ミリを超える所多く、熊野川出水、浸水流失家屋を出し、太田川、紀ノ川も出水、被害を出した。
7月7日
県下各河川増水、電車橋本付近で転覆。有田川出水、金屋橋通行止め
9月4日
東牟婁郡で死者4人、負傷者21人、行方不明21人、家屋流失、損壊、浸水573戸。暴風雨
1
1926
7月7日
有田川出水。金屋橋通行止め
7
1932
7 月 1 日~ 2 日
各地で 200㎜以上の降雨。有田川増水、田殿橋・金屋橋流失。日高川、日置川流木被害あり、各所に山崩れあり。
8
1933
10 月 19 日
暴風雨により紀北の被害大。有田川洪水
9 月 21 日
室戸台風。死者31人、行方不明者6人、住家全壊 2,628 戸、半壊 2,602 戸、浸水 4,365 戸の被害あり。 3 月 23 日~ 24 日
高野山から有田奥地烈風、八幡村納屋倒壊1戸、半壊家屋5戸、半壊付属建物2戸、損害家屋13戸。
6 月 24 日
高野山一帯豪雨、有田川、貴志川洪水。被害は木材流失 90,000 本、橋梁の流失 21、耕地浸水 60 町歩。
10
11
1936
4 月 21 日~ 22 日
21日から22日明け方にかけ県下一帯強風豪雨、有田川、日高川、十津川増水、木材流失の被害莫大。
14
1939
10 月 15 日
暴風雨により 24 時間雨量、下里で 480㎜、潮岬で 479.1㎜、1時間最大雨量 112.5㎜の豪雨。有田川洪水。
16
1941
6 月 11 日~ 29 日 300㎜を超える豪雨あり、紀ノ川の重要橋梁ことごとく流失。和歌山で 436㎜の降雨を記録。有田川洪水。
17
1942
9 月 19 日
暴風雨により各河川増水被害大。有田川田殿橋流出。
10 月 3 日~ 8 日 暴風雨により各河川警戒水位を突破し、道路、橋梁の被害大。暴風雨洪水
19
1944
12 月 7 日
東南海大地震、死者34人に上り被害甚大。
20
1945
9月 17 日~ 18 日
枕崎台風、この台風の余波をうけた本県では潮岬風速27mに達した。被害大。
10 月 3 日~ 11 日
アグネス台風による暴風雨となり、雨量は下神野 591㎜、龍神 513㎜をはじめ、各地で洪水となる。
21
1946
12 月 21 日
南海地震、4時19分県下全域は強震に襲われ、大津波を伴い稀有の被害をもたらした。
23
1948
8 月 26 日~ 27 日
有田水害。有田郡中部を中心に猛烈な豪雨あり。各地で河川が増水、特に有田川、日高川は氾濫被害甚大。
24
1949
6 月 18 日~ 21 日
梅雨前線、デラ台風のため県下暴風雨となり、特に紀南に甚だしく、被害続出した。
25
1950
9月3日
ジェーン台風が紀伊水道を北上し、和歌山県下各地に稀有の大風水害をまねいた。
26
1951
10 月 14 日~ 15 日
ルース台風の余波により、負傷者、家屋倒壊、浸水等、被害16億円に上った。
27
1952
6 月 23 日
ダイナ台風上陸により死者4人はじめ被害大。
28
1953
7 月 10 日~ 11 日
7 月 10 日大洪水、和歌山気象台観測開始以来、最大の豪雨で、被害総額51億円余に上る甚大な被害をうけた。
7 月 18 日
7.18 水害。死者 615 人、行方不明者 431 人、住家全壊 4,231 戸、半壊 5,820 戸、流失 4,451 戸、浸水 273,997 戸、被害総額約 807 億円 9 月 25 日
台風 13 号により全県下にわたり大暴風となり、7.18 水害の応急修理を破壊流失させ、さらに惨禍を加えた。
2 月 27 日~ 28 日
有田川増水。八幡村で仮橋流失、岩倉、城山村で山崩れ5ヶ所、木材 3,000 本流失。
4 月 12 日
朝から暴風雨となり、有田川、日高川上流と東西牟婁郡の所々は 100㎜前後に及び、各河川増水。
5 月 24 日
低気圧による暴風雨となり、有田川、由良川、熊野川流域で被害大。
29
1954
30
1955
6 月 30 日
梅雨前線により暴風雨となり、死者 4 人、負傷者 30 人。家屋の全壊、半壊流失等被害は紀ノ川流域に特に多い。
32
1957
4月
暴風雨により清水橋流出
9 月 26 日~ 27 日
台風15号により、和歌山市で24時間雨量 296.1㎜、紀ノ川船戸の水位 5.1 mに達し、被害甚大。
33
1958
8 月 25 日
台風17号の影響で、南部8市町村に災害救助法が発動。被害甚大、罹災者 14,720 人。
9 月 26 日
伊勢湾台風。死者 6 人、行方不明 12 人、住家全壊 221 戸、半壊 901 戸、流失 157 戸、浸水 9722 戸、被害額約 71 億 4,500 万円
35
1960
8 月 29 日
台風 16 号。死者 2 人、全壊 28 戸、流失 1 戸、半壊 109 戸、床上浸水 2,169 戸、非住家被害 297 戸、罹災者数 10,429 戸、被害額約 24 億 8000 万円。
36
1961
9 月 16 日
第2室戸台風。死者 15 人、行方不明 1 人、全壊 2,845 戸、半壊 8,556 戸、流失 145 戸、浸水 25,368 戸、被害額約 339 億円。
40
1965
9 月 16 日~ 17 日
台風 24 号により、死者 3 人、行方不明 2 人、負傷者 3 人、住家全壊 8 棟、半壊 30 棟、浸水 2099 棟。
44
1969
8 月 13 日~ 15 日 台風 13 号により、住家全壊 2 棟、半壊 2 棟、浸水 1503 棟。
45
1970
7 月 28 日
台風 4 号により、負傷者 5 人、住家全壊 2 棟、半壊 2 棟、浸水 766 棟。
46
1971
8 月 25 日~ 29 日
台風 10 号、秋雨前線による大雨により、死者 10 人、住家全壊 6 人、半壊 15 人、浸水 2275 棟。
47
1972
6 月 20 日~ 7 月 18 日
豪雨により、負傷者 4 人、住家全壊 7 棟、半壊 14 棟、浸水 4899 棟。
6 月 15 日~ 7 月 6 日
梅雨前線及び台風 2 号により、住家全壊 2 棟、半壊 1 棟、浸水 577 棟。
7 月 24 日~ 25 日 豪雨により、住家全壊 1 棟、半壊 2 棟、浸水 2119 棟。
49
1974
8 月 30 日~ 31 日 台風 22 号により、死者 1 人、浸水 311 棟。
50
1975
6月6日~8日、
6月12日
豪雨により、住家全壊 2 棟、半壊 2 棟、浸水 575 棟。
7 月 4 日~ 6 日、
7 月豪雨により、住家全壊 3 棟、半壊 8 棟、浸水 1662 棟。
51
1976
9 月 16 日
台風 20 号により、住家全壊 14 棟、半壊 167 棟、浸水 5365 棟。
7 月 4 日~ 7 日
豪雨により、負傷者 4 人、住家全壊 6 棟、半壊 13 棟、浸水 5011 棟。
53
1978
6 月 21 日~ 26 日 梅雨前線豪雨により、浸水 501 棟。
54
1979
8 月 23 日~ 24 日
台風 6 号により、負傷者 2 人、住家全壊 7 棟、半壊 5 棟、浸水 7990 棟。
9 月 8 日~ 13 日 台風 17 号により、住家半壊 3 棟、浸水 14985 棟。
1980
5 月 7 日~ 9 日 豪雨により、浸水 567 棟。
6 月 16 日~ 8 月 7 日
豪雨により、死者 1 人、住家半壊 3 棟、浸水 2723 棟。
9 月 24 日~ 10 月 1 日
台風 16 号により、死者1人、負傷者 21 人、住家全壊 35 棟、半壊 228 棟、浸水 3522 棟。
56
1981
10 月 14 日~ 20 日 台風 20 号により、死者 2 人、浸水 420 棟。
57
1982
10 月 4 日
台風 19 号により、死者 1 人、負傷者 5 人、住家全壊 1 棟、半壊 1 棟。
55
1980
10 月 18 日~ 19 日 豪雨により、死者 2 人、浸水 851 棟。
57
1982
7 月 31 日~ 8 月 3 日
台風 10 号により、死者 5 人、住家全壊 7 棟、半壊 3 棟、浸水 6150 棟。
59
1984
4 月 19 日
豪雨により、住家全壊 1 棟、浸水 997 棟。
61
1986
6 月 21 日~ 7 月 4 日
梅雨前線による豪雨により、住家一部損壊 1 棟、浸水 869 棟。
63
1988
6 月 2 日~ 3 日 豪雨により、死者 1 人、住家半壊 1 棟、浸水 14 棟。
1
1989
9月6日
豪雨により、住家半壊 1 棟、浸水 1916 棟。
9 月 24 日~ 25 日
豪雨により、負傷者 21 人、住家全壊 1 棟、住家半壊 20 棟、住家一部損壊 326 棟、浸水 808 棟。
2
1990
9 月 2 日~ 7 日 豪雨により、住家全壊 2 棟、住家一部損壊 3 棟、浸水 9492 棟。
9 月 19 日~ 20 日 台風 22 号により、死者 1 人、浸水 2606 棟。
3
1991
9 月 17 日~ 21 日
台風 19 号により、行方不明 1 人、負傷者 7 人、住家全壊 2 棟、半壊 79 棟、一部損壊 7022 棟、浸水 589 棟。
7
1995
8 月 22 日~ 23 日 豪雨により、浸水 632 棟。
9
1997
1 月 17 日
兵庫県南部地震(阪神大震災)により、負傷者 7 人、住家一部損壊 171 棟。
10
1998
7 月 1 日~ 6 日 豪雨により、住家一部損壊 14 棟、浸水 2267 棟。
10 月 1 日~ 2 日
豪雨により、死者 3 人、負傷者 4 人、住家全壊 5 棟、半壊 5 棟、一部損壊 2 棟、浸水 193 棟。
7 月 26 日
台風 9 号により、負傷者 2 人、住家一部損壊 28 棟、浸水 1011 棟。
5 月 16 日
豪雨により、住家一部損壊 1 棟、浸水 616 棟。
55
平成
1935
11
1999
12
2000
9 月 21 日
台風 7 号により、行方不明 1 人、負傷者 56 人、住家全壊 10 棟、半壊 104 棟、一部損壊 4790 棟、浸水 75 棟。
13
2001
9 月 10 日~ 12 日 豪雨により、住家一部損壊 1 棟、浸水 1081 棟。
6 月 19 日
豪雨により、負傷者 3 人、住家全壊 1 棟、半壊 1 棟、浸水 314 棟。
15
2003
8 月 19 日
台風 11 号により、住家一部損壊 7 棟、浸水 443 棟。
16
2004
9 月 30 日
豪雨により、負傷者 1 人、住家一部損壊 91 棟、浸水 1129 棟。
6 月 20 日~ 21 日
台風 6 号により、行方不明 2 人、負傷者 5 人、住家半壊 2 棟、一部損壊 2 棟、浸水 6 棟。
18
2006
9月5日
紀伊半島沖を震源とする地震及び東海道沖を震源とする地震により、負傷者 5 人。
10 月 20 日~ 21 日
台風 23 号により、死者 2 人、負傷者 6 人、住家一部損壊 26 棟、浸水 147 棟。
23
2011
8 月 30 日~ 9 月 4 日
紀伊半島大水害。死者 56 名、行方不明者 5 名、住宅の全壊 367 戸、半壊 1,840 戸、住宅の床上浸水 2,680 棟、床下浸水 3,147 棟。
出典:和歌山県災害史・和歌山県地域防災計画
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
132
(1)明治 22 年大水害
明治年間において、最も大きな被害を出した水害で
ある。四国中部を北上した台風は、8月 18 日から 19
日にかけて紀南地方を直撃し、県内全域に大きな被害
をもたらしたが、特に被害が大きかったのは西牟呂郡、
東牟呂郡、日高郡、有田郡であった。各河川は氾濫し、
県内における浸水家屋は 33,081 戸、流出家屋 3,675 戸、
全 壊 家 屋 1,524 戸、 半 壊 家 屋 2,344 戸、 死 者 1,247 人、
牛馬死亡 229 頭、橋梁流出 931 ヶ所、船舶流失 247 艘、
被害農地・宅地 8,372 町歩、山崩れ 31,400 ヶ所に及ん
だ。
有田郡では、湯浅で 24 時間雨量が 520㎜を観測し、
8月 18 日午後 10 時には有田川の水位が約5m上昇し、
所々で堤防が決壊した。有田郡における被害状況は、
流出家屋 282 戸、被災家屋 518 戸、死者 25 人、負傷
者 40 人、牛馬死亡 36 頭と甚大であり、当時の回想に
よると、1ヶ月が経過しても茫然自失してなすすべが
写真 3-22 明治 22 年(1889)有田川流域水害図
なかったという。
(蘭島の文化的景観地関係部分)
当時の被災状況を描いた有田川流域水害図をみると、有田
川上流域では堤防の決壊や家屋の影響は少ないが、有田川と
支流沿いが広く浸水被害を被っている状況がみられ、蘭島の
文化的景観地域においても蘭島、西原湯子田、湯子川の大半
の水田が浸水し、耕地の流出をはじめとした大きな影響を受
けたことが想像される(写真 3-22)
。また、有田川下流域では、
各所で堤防が決壊したことによって広範囲に被害が及び、甚
大な被害を被ったことが分かる。その被災状況は、昭和 28 年
写真 3-23 有田川流域水害図凡例
の 7.18 水害と同程度の大水害であったことが想定される。
写真 3-24 明治 22 年(1889)有田川流域水害図 和歌山県立文書館藏
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
133
(2)昭和 28 年7.18 水害
昭和 28 年7月 15 日、梅雨前線上を低気圧が発達しながら日本海に進み、低気圧の通過後、前
線は 20 日まで関東から九州地方にかけて停滞した。前線の活動により、九州から東北地方にかけ
て日降水量が 200mm を超える大雨となった。
表 3-20 昭和28年7月17日~18日の降水量
特に紀伊半島においては、有田川、日高川上流の護摩
檀山を中心とした紀伊半島中部の山岳地帯で 18 日未明
から早朝にかけての数時間に集中豪雨が降り注ぎ、山間
部では 500 ~ 600 ミリを越える記録的な雨量となり、期
間 降 水 量 が 700mm を 超 え た 所 が あ っ た。 高 野 山 で は
450 ミリという記録があるが(表 3-20)
、その下流にあた
る有田川上流域では 600 ミリを越える雨量とも想定され
ている。
この年の6月上旬から7月上旬にかけては、降雨のな
い日は6月で6~8日程度、7月上旬で5日程度であり、
山間部にあってはほぼ毎日雨が降る状態が続き、山地は
既に飽和状態に近かったことが想定されている。これに
加えての集中豪雨によって、有田川、日高川へ雨水が流
入、増水し、本支流河川が決壊して大氾濫となった。山
間部では大規模な山崩れが各所で発生し、有史以来の山
津波が起こった。
18 日の午前4時半には、蘭島の上流に位置する清水
橋の上を超流しているとの第一報が八幡村駐在の技師よ
り湯浅土木出張所に入っており、この段階で既に6mを
越える増水であったことが想定される。最終的には、有
田川下流域で 10 mを越える増水を記録し、18 日午前6
時頃からは各河川で堤防が決壊し始め、田畑、人家を押
し流して一面泥海と化した。
県 内 に おけ る人 的 被 害 は、 死 者 615 人、 行 方 不 明 者
地名
和歌山
応其
橋本
高野山
竜神
清川
田殿
湯浅
御坊
田辺
日置
潮岬
栗栖川
色川
七川
近野
市鹿野
真国
上山路
玉置山
五條
猿谷
立里
平谷
前鬼
河合
大台ヶ原
寺垣内
五郷
大沼
八鹿
17日
46.5
119
140
387
450
357
152.1
187.1
99.7
87
58.9
21
204
56
122.7
300
137.2
388
337
323
109.7
484.2
483
410
564.7
404
276.8
348.5
292
200
170
18日
85.6
37
100
65
100
175
92.7
94.6
埋没
158.8
93.7
75.1
125
88
74.5
136
117.2
44
130
166.8
20.1
45.6
155
210.6
100.9
99
75.5
99.2
72
60
54.7
出典:和歌山県災害史
431 人、重軽傷者 6,600 人以上、家屋の全壊
流出 8,600 棟余り、被害者総数 25 万人とい
う大惨事となり、県下史上最悪の気象被害
となった(表 3-21)
。最も被害の大きかった
有田郡では、総人口の約6割が水害の被災
者となり、 旧 清 水 町 でも 90 人 近 い 犠 牲 者
を出した。
県はただちに災害救助法を発動し、警察
保安隊や米軍の救援を得て、復旧作業に取
りかかったが、食糧や救援物資は空からと
人力による以外になかった。橋梁、道路の
写真 3-25 水害直後の粟生小学校
大半が流出したため交通網が寸断され、復
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
134
計
132.1
156
240
452
550
532
244.8
281.7
99.7
245.8
152.6
96.1
329
144
197.2
436
254.4
432
467
489.8
129.8
529.8
638
620.6
665.6
503
352.3
447.7
364
260
224.7
表3-21 郡別被害状況(昭和28年9月和歌山県調査)
海草郡
死者(人)
行方不明者(人)
那賀郡
21
7
伊都郡
2
‐
有田郡
日高郡
西牟婁郡
105
242
243
85
284
55
東牟婁郡
2
‐
計
‐
615
‐
431
負傷者(人)
735
280
701
4,365
1,470
5
107
7,663
住家全壊(戸)
254
39
85
2,096
1,552
5
199
4,230
住家流失(戸)
471
124
191
2,022
1,380
2
251
4,441
床上浸水(戸)
1,496
1,362
741
3,707
5,109
197
271
12,883
床下浸水(戸)
6,010
4,817
3,348
3,513
3,291
1,111
160
22,250
農業被害(千円)
158,365
709,507
202,230
1,804,312
1,123,478
36,754
41,463
4,076,109
林業被害(千円)
120,310
39,002
292,511
1,006,379
817,633
34,650
146,554
2,457,039
77,378
79,923
120
5,644
201,895
水産業被害(千円)
38,830
‐
‐
出典:和歌山県災害史
旧作業は困難を極めた。特に陸の孤島と化した有田川上流部の中でも、奧有田地域では、完全に
交通網が途絶し、1ヶ月を経過してようやく連絡がつくようになったが、食糧をはじめとする物資
輸送は女性、子供も総動員して道なき道を人肩で運ぶ、いわゆる蟻輸送が続けられた(写真 3-26)
。
災害復旧の過程で建築された仮設住宅は、一戸5坪の応急住宅の他、災害で流出した戸数の五
割について災害公営住宅が建てられたが、これらの仮設住宅は、その多くが解体や改築を伴いな
がらも、増築によって家屋として今も使用され
ているものや現 在も納屋として使 用され、 現
在の景観の一部を構成している。
(3)蘭島の文化的景観と 7.18 水害
有田川流域に壊滅的な被害をもたらした 7.18
水害は、蘭島の文化的景観地域にも大きな影
響を及ぼした。7.18 水害後に林野庁によって撮
影された空中写真を解析した結果、有田川流
域の農地が 大きく冠 水し、その中でも蘭島の
写真 3-26 蟻輸送
低位段丘面の水田、西原湯子田地区のほぼ全
域が洪水深度が大きく、甚大な被害を受けた
状 況 が 確 認され た(図 3-9)
。 また、 蘭 島 の 北
側対岸にあたる三田地区では、土砂災害が多
数 発 生し、現在、展望所としての空間利用に
繋がる土砂崩れもこの水害によって発生した
(写真 3-27)
。
7.18 水 害 時 の 蘭島 の 状 況について、 聞き取
り調査をもとに復元したものが図 3-10 である。
蘭島では、段丘崖を境に、低位側の広い範囲
が冠水し、特に河川に面した 1ha 以上の水田と、
写真 3-27 蘭島の対岸(三田区)昭和 43 年 (1968)
2軒の家屋が流出している。河川際の水田は、
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
135
図 3-9 7.18 水害被害状況図
小屋
じゃ淵
夫婦岩(巨岩2つ) (鮎がよくかかった)
小峠名所 前に前山 後ろに城山 川の中には夫婦岩
丸木橋
石組の橋脚
(海老がよくとれた)
昭和28年の水害により
失われた棚田
井戸の淵
(湯が出たという伝承地)
牛小屋
(現存)
堰堤構造物(波頭)
かつての水田区画
家屋
冠水範囲
竹薮
竹薮
家屋
(発電所の水守)
家屋(主屋、長屋)
家屋
図 3-10 7.18 水害前後の蘭島の状況図(S=1/3000)
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
136
昭和28年の水害により
失われた棚田
写真 3-28 小峠から水害以前の蘭島を望む
写真 3-31 水害以前の西原
河川は竹藪で覆われ、写真奧に民家が確認される
有田川に面して棚田景観が確認される
写真 3-29 水害後の蘭島 写真 3-32 水害直後の西原湯子田地区
昭和 29 年撮影(「ふるさと清水」より抜粋)
僅かながら、棚田の石積みが確認できる
写真 3-30 護岸工事後の蘭島 写真 3-33 圃場整備後の西原湯子田地区
昭和 35 年撮影(「ふるさと清水」より抜粋)
昭和 39 年撮影
その後の護岸工事によって完全に失われ、現在みる景観へと変容した(写真 3-28 ~ 30)
。西原湯
子田地区についても、低位段丘面のほぼ全域が冠水し(写真 3-32)
、災害復旧にあたっては圃場整
備が行われ(写真 3-33)
、写真 3-31 にみるようなかつての棚田景観は失われた。中世の開発に起源
する下湯用水路も消滅し、復旧に際して上湯用水路へと統合されることになった。また、復旧の
過程において、上湯用水路も土水路からコンクリートを使用した水路へと変更され、取水口もや
や下流の現在地へと移り、コンクリート構造に改められた。
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
137
地域住民のヒアリング調査の結果、7.18 水害を境にゲンゴロウなどが見られなくなったという話
があり、生態系へも影響を及ぼした可能性が想定されるが、これは水田の被災によって、2・3
年間は水田耕作が中断したことによって水田が干上がり、従来の灌漑システムや農耕サイクルが
途絶したことに起因するものと考えられる。生業の面では、陰りを見せていた保田紙の生産が水
害によって壊滅的な被害を受け、一気に衰退が進んだ。また、復興事業に伴い新たに建築業の従
事者が増加し、建築木材の需要が増加したことによる造林施策が進行し、雑木山から植林山へと
当地域の山容は大きく変化するなど、生活、生業、生態系等あらゆるものに変化をもたらした。
景観認知についても影響が認められ、7.18 水害を体験し、水害以前の景観を知る人々にとっては、
現在の景観が本当の姿ではないとの思いを強く、水害経験者と未経験者の間において大きな景観
認知の相違が生まれていることが看取された。
(4)平成 23 年台風 12 号 紀伊半島大水害
平成 23 年8月 25 日、マリアナ諸島近海で発生した台風 12 号は、強い勢力を保ちながら北上し、
9月3日 10 時頃に高知県東部に上陸した。その後、ほぼ真北に進路をとり、四国地方、中国地方
を縦断し、4日未明に日本海へ抜けた。台風 12 号は、大型で動きが非常に遅かったために、長
時間にわたって台風周辺の非常に湿った空気が流れ込み、西日本から北日本の山沿いを中心に広
範囲かつ長時間にわたって影響を及ぼした。特に台風の進路の東側にあたっていた紀伊半島では、
古座川町西川の 1,114㎜をはじめ、各地で観測史上最高の降雨値を記録し、9月2日から4日の3
日間で、年間降雨量の約半分の降雨量となる記録的な大豪雨となった。
このため、土砂災害、浸水、河川のはん濫や土石流等により、和歌山県、奈良県、三重県など
で多数の死者、行方不明者を伴う被害が発生し、また深層崩壊という大規模な土砂崩れによりせ
き止め湖が発生し、一時避難指示が出されるなど厳戒態勢が続いた。
特に紀伊半島では、那智熊野方面を中心に甚大な被害となり、和歌山県内では死者 56 名、行方
不明者5名、住宅の全壊 367 戸、半壊 1,840 戸、住宅の床上浸水 2,680 棟、床下浸水 3,147 棟など
の被害が出た。また、熊野那智大社では裏山が崩れ、本殿の一部が土砂で埋没するなど世界遺産
「高野熊野の霊場と参詣道」をはじめとした文化遺産にも影響をもたらした。
有田郡では人的被害はなかったが、各地で道路の陥没や土砂災害が多数発生した。有田川流域
図3-11 アメダス時系列(降水)グラフ(8 月 30 日 18 時~ 9 月 4 日 19 時) 和歌山気象台HPより
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
138
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上湯崩落
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図 3-12 蘭島と周辺地域における台風 12 号の被害状況図
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
139
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写真 3-34 水害直後の蘭島
写真 3-35 蘭島の冠水した水田
河川敷の草木が流され、
護岸がはっきり見えるようになった。
蘭島では、水田1枚と獣害対策の網に被害が出た。
写真 3-36 水害直後の三田水力発電
写真 3-37 水害直後の西原湯子田の状況
旧取水口をはるかに越える水がおしよせたことが分かる。
小峠橋は欄干が流出し、付近の水田も多くが冠水した。
写真 3-38 水害直後の湯子川の状況
写真 3-39 湯子川の冠水した水田
湯川川に面した場所であり、土砂が大きく堆積している。
上湯より河川側にある大半の水田が冠水被害を受けた。
写真 3-40 水害直後の上湯取水口の状況
写真 3-41 上湯の被災状況
写真左端が上湯水路であるが、礫で大きく埋没している。
上部の地すべりによって約 100 mにわたって崩落した。
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
140
では、昭和 28 年の 7.18 水害以来、58 年ぶりとなる大きな水位上昇が確認され、河川の護岸整備が
なされていなければ、それ以上の被害に繋がったという声が多数聞かれた。
蘭島の文化的景観地域が位置する有田川町清水では、9月3日に日降水量が 333㎜を測り、1976
年の統計開始以来記録を更新した他、8月 30 日 18 時~9月4日 24 時における降水量は 548㎜を
記録した(図 3-11)
。蘭島の文化的景観地域における浸水被害範囲を示したものが図 3-12 であるが、
昭和 28 年の 7.18 水害には及ばないものの、低位段丘面にあたる湯子川広井原地区、西原湯子田
地区、蘭島の水田がそれぞれ浸水し、特に湯川川左岸の湯子川広井原地区において広範囲に浸水
被害となった(写真 3-34 ~ 39)
。また、上湯取水口付近では多量の土石が堆積し、上湯用水路も
埋没し、一部の区域では上部の地すべりによって約 100 メートルにわたって上湯用水路が崩壊し
た(写真 3-40・41)
。この他、昭和 28 年の 7.18 水害で地すべりのあった三田区展望所付近において、
新たに地すべりの兆候が現れた。
(5)災害と文化的景観の保全
以上、近代以降における3件の大水害を概観し、景観の変化について概述してきたが、蘭島の
文化的景観は、幾多の洪水や災害に遭いながらも、先人達の努力による復興と代々の耕作の積み
重ねによって受け継がれてきた景観であると言える。当地域においては、古来より蛇行河川によ
って形成された河岸段丘上に耕地や集落が形成されているが、これら蛇行河川の湾曲部内側は洪
水被害が頻発する地域であり、特に堤防を有さない蘭島の農地は冠水被害が起こりやすい環境下
にある。これら自然災害の常襲箇所においては、繰り替えし発生する災害を想定しながら、計画
的な河川整備や治山事業などの減災対策を展開していくことが望まれるが、災害に伴う公共工事
は景観への影響も大きいため、その調整を果たしていくことが必要である。
これら災害史を振り返ると、自然との共生が密接であった過去においては、小規模な災害は身
近なものであり、災害を見越して、共生する生活の在り方が存在していた。むしろ災害対策が進
行し、大災害の記憶が薄れた現代においては、かつての浸水地域にも宅地化が進行するなど土地
利用が変化しつつあり、想定外の災害が発生した際は甚大な影響を被る可能性が高く、警鐘を鳴
らす必要がある。昭和 28 年の 7.18 水害から約 60 年が経過したことにより、水害の体験者も年々
減少し、地域の中でもその記憶は薄れつつある中で平成 23 年
に発生した台風 12 号は、大規模な自然災害は繰り替えし発生
することや、その脅威を改めて認識させる事象となった。
人と自然の共生によって形成された文化的景観は、その保全
によって景観とともに過去の災害の記憶や歴史を後世に伝えて
いく役割を果たしていくことが必要であり、その意味では現在
の景観に息づく 7.18 水害時の災害公営住宅等を保全していくこ
とも意義深いことと考える。
【参考引用文献】
和歌山県『和歌山県水害記録写真集』1953 年
和歌山県『和歌山県災害史』1963 年
株式会社有田タイムス『七・一八水害誌(復刻版)
』
2003 年
二澤久雄「明治四年五月一八日夜の暴風雨について」
(
『清水町文化』
第3号 清水町文化協会 1980 年)
Ⅰ部 保存調査
第 3 章 蘭島の棚田と周辺の歴史的変還
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写真 3-42 7.18 大洪水浸水地の碑
(有田川町清水所在)
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