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訪問歯科診療の現状と将来①

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訪問歯科診療の現状と将来①
歯科医の時間~デンタルサロン~
ラジオ NIKKEI 2007 年 6 月 19 日午後 9 時 15 分~午後 9 時 30 分放送
日本歯科医師会企画
キャドバリー・ジャパン株式会社提供
訪問歯科診療の現状と将来①
日本訪問歯科協会理事長
守口
憲三
●通院できない人のために始めた訪問歯科診療●
第1回目は訪問歯科の現状についてお話しいたします。私は昭和54(1979)年に盛岡市
の団地で歯科医院を開業しました。開業当時、患者さんは、1日100人前後あり、たいへん
忙しい日々を過ごしていました。歯科の外来は、まさに健康で通院できる人たちで成り立
っていました。その頃から医科の先生達と交流があり、老人病院の先生から「入院患者さ
んの口を診てほしい」と依頼されました。私が昼休み時間に往診に行くと、その患者さん
は脳血管障害後遺症の寝たきりの方でした。お口の中を診察しますと、歯石や食物の残渣
で、たいへん汚れた状態でした。お口の中の清掃をしてよく観察しますと、大臼歯が壊れ
て鋭くとがっていて、それが頬や舌を傷つけていることがわかりました。そこを丸く削り
落とすと、もう痛みは消失しました。その時わかったことは、①高齢者や障害のある方は
歯科に通院できずに病院や自宅の中にいるということ、②その患者さんはまず命を救うこ
とが第一で、口の中はあまり見られていないということです。それまで外来患者さんのこ
とだけを考えていた自分が、通院できないでいる患者さんがいるということを改めて考え
させられた最初の出来事でした。
その時から往診の道具を自分で工夫して作り、細々と往診を開始しました。ちょうど、
盛岡にもビデオレンタルの店ができ、新聞にはカタログショッピングの折込み広告が入っ
てきた頃でした。私は、映画もデパートも自宅に来る時代だと感じました。その時「歯科
も通院できない人がいるなら、元気な自分が患者さんの所にうかがおう」と考えました。
そして、入院患者さんの往診に少しずつ力を入れ始めました。四人部屋の一人の患者さん
を往診しますと、隣りの患者さんも「先生診てください」と言うのです。しかし、「病院の
許可と家族の許可をとって下さいね」と言って許可をいただいてから往診します。そのよ
うにして、少しずつ患者さんが増えていきました。しかし、往診したどの患者さんのお口
の中も、たいへん汚れていて、治療の前に口腔の清掃(口腔ケア)をするのが第一でした。
その後で入れ歯の調整や、残存している歯の治療や、入れ歯がない方に新しい入れ歯を作
ったりしました。当時は歯科の往診が珍しいため、病院関係者や家族からも何をするのだ
ろうといぶかしがられました。しかし、口腔ケアや治療をすると患者さんが喜んで下さり、
少し食べられたり、笑顔が戻ったりするのを見て、感謝されました。
一方、私は知的障害のある人たちの授産施設や養護学校の校医を務めておりましたので、
その方たちの往診も少しずつ始めました。知的障害のある方は慣れた環境では、普通どお
り治療が行えます。しかし環境が変わると、つまり歯科の外来などに来てもらうと、落ち
着きを失ったり、暴れることがあります。ですから、施設や自宅で安心して往診させても
らいます。養護学校の子供たちは、登校できる子供はまだいいほうです。障害が重くて、
休みがちな生徒や、卒業して自宅で療養している方は、歯科医院に通院できません。また、
重い障害を抱えている患者さんほど、虫歯が進むと歯の根にばい菌が入り、それが血流に
乗って全身にばらまかれ、重篤な症状を引き起こします。ですから、簡単な処置で終われ
るように、家族に口腔ケアを教えて、常に口の中を注意して見てもらうように話します。
20年くらい前の施設対在宅の往診の比率は、8対2くらいで圧倒的に施設が多かったと
思います。病院での往診した患者さんの主病名は、循環器障害、認知症、パーキンソン、
関節リウマチなどが多数でした。ある認知症の80歳の女性の患者さんは上下とも歯が無い
方でした。その方から「死んであの世に行った時、歯が無いとおいしいものが食べられな
いので、入れ歯を作ってほしい」とお願いされました。急いで作ったのですが、入れ歯が
完成する前にその方は亡くなられました。家族の方がお棺の中に、その新しい入れ歯を入
れると聞き、ご冥福を祈ったことがあります。知的障害のある若くて元気な方は、週に1
回通院してもらっています。しかし、通院が無理な方のために、私が週に1回往診してい
ます。この15年以上、簡単な口腔ケアと治療を主としてやっていますが、その施設の方た
ちは、健常者のどの集団よりも、口腔内はきれいで、快適な状態にあると自負しておりま
す。
●治療と同じくらい口腔ケアも重要●
20年くらい前は、訪問歯科で1週間に10~15人くらい診ていました。もっと往診依頼が
あるのですが、時間がとれませんでした。現在は1週間に40~50人くらい往診しています。
その一方、往診している時のいろいろな問題が出てきました。まず往診に行って最初に、
口腔ケアをします。そして治療をすませて終了します。3カ月くらい後に再び往診します
と、口腔の中は往診する前と同じくらい汚れて、見るも無残な状態になっていることがわ
かりました。つまり往診での治療は本当に大切なことですが、口腔ケアはそれと同じくら
い、あるいはそれ以上に大切であるとわかってきました。たとえば、寝たきりの患者さん
がいて、往診で口の中を診ます。何もしないのはもっともひどい状態です。では、次に治
療だけをして口腔ケアをしない場合はどうでしょう?
治療直後はよくても、口腔ケアが
ないと元の木阿弥になります。では、口腔ケアだけをして治療しない場合はどうでしょう?
口腔ケアだけでは、歯のとがった所や入れ歯の合わない所は治りません。しかし口腔内の
汚れはとれ、臭いもなくなり唾液も出やすくなり、口の中の細菌数も減ります。唾液が出
やすくなると、たまった唾液を「ごっくん」と飲み込み、摂食嚥下の訓練にもなります。
つまり、口腔ケアは治療の後にも先にも絶対欠かせないものなのです。ですから、歯科医
師や衛生士は、患者さん自らに口腔ケアの大切さを伝授し、もし患者さんができない時は、
家族やケアマネージャーさん、看護師さんに食後の口腔ケアが十分できるように指導する
必要があります。もちろん、歯科治療も十分行い、口腔ケアがしやすい環境を整えてやる
ことも大事です。
盛岡の松園第一病院での口腔ケアの試みを紹介します。衛生士が週2回6カ月間、口腔
ケアを指導した患者さん10人を比較した表があります。指導した患者さんは、しなかった
患者さんに比べて、熱発が3分の1以下になり、以前より食欲も出て、食事の時間が短く
なり、笑顔が増え、表情が豊かになったと報告されました。
当時、厚生省の人口動態統計により「日本は世界に類のないスピードで超高齢者時代に
突入しつつある」といわれていました。しかし当時、それに対しての歯科医療制度が何一
つなかったのです。いや、むしろ歯科医療制度は往診に対して規制する方向にありました。
往診が必要な患者さんがたくさんいたのにです。個人の歯科医師の努力の限界でした。そ
こで平成12年、私たちは東京で「社会的弱者の患者さんのための訪問歯科」のスローガン
を掲げ、日本訪問歯科協会を設立しました。同時に日本訪問歯科医学会を開催しておりま
す。学会員は現在300名を擁しております。当協会では質の向上のため、年2回全国6のブ
ロック会議、各種のワークショップ、出版事業を行っています。平成19年の要介護認定患
者は450万人に達するといわれています。そのほとんどの方が口腔ケアや治療を必要として
います。しかし歯科訪問をしている歯科医師は、全国で6,000人くらいで、1年に患者さん
を3万人も訪問していないと推定されています。また、この数字の中には身体的障害のあ
る方、知的障害のある方、そして車イス生活をしている方は含まれません。その方たちを
含めると、700万人くらいの患者さんが口腔に障害をかかえたまま、不自由な生活を強いら
れているのです。まだ訪問歯科は端緒についたばかりといっても過言ではありません。
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