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6号( PDF 2.9MB)
2007年 6 月
N―147 N―188
日本産科婦人科学会
研修コーナー
59巻
6
号
2007
日本産科婦人科学会雑誌
JAPAN SOCIETY OF OBSTETRICS AND GYNECOLOGY
N―148
日産婦誌59巻6号
C.産婦人科検査法
11.穿刺診
1)ダグラス窩穿刺 ………………………………………(149)
2)腹水穿刺 ………………………………………………(150)
高知大学教授 深谷 孝夫
同・助教 山本 寄人
12.妊娠初期の超音波診断 …………………………………
(152)
香川大学教授 秦
利之
13.妊娠中の胎児診断
(形態異常のスクリーニング)……(162)
埼玉医科大学総合医療センター教授 馬場 一憲
14.胎児発育・児体重測定 …………………………………
(168)
日本赤十字社医療センター 篠塚 憲男
15.胎児臍帯の血流計測 ……………………………………
(174)
広島大学教授 工藤 美樹
16.骨盤計測 …………………………………………………
(179)
日本医科大学武蔵小杉病院教授 朝倉 啓文
7 月号(予告)
C.産婦人科検査法
17.胎児―胎盤機能検査 ……………………………竹林
18.胎児心拍数モニタリング
1)胎児心拍数の制御機構
2)分娩中の心拍数モニタリング
3)児頭採血による pH 測定
4)妊娠中の心拍数モニタリング…………………岡井
19.羊水検査・絨毛検査
1)羊水穿刺法
2)絨毛検査
3)血清マーカー
(トリプルマーカー)……………鈴森
奈緒他
崇
伸宏
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2007年6月
N―149
C.産婦人科検査法
Obstetrical and Gynecological Examination
11.穿刺診
Paracentesis
漿膜腔または組織内の貯留液や囊腫内容物の種類,性状および量を知る目的で実施する
検査法である.
1)ダグラス窩穿刺
ダグラス窩穿刺は,腹腔内出血や腹水の有無を検査する方法として有用であったが,非
侵襲的である経腟超音波が開発され,この目的だけのために本検査が行われることは少な
くなった.まず,経腟超音波によって,ダグラス窩の状態,液体成分の貯留を確認し,か
つその性状を知ることが診断に有用である場合に限って本検査は施行すべきである.
(1)目的と適応
①腹腔内出血や腹水の性状を確認する.
②腹水の細胞診,生化学検査.
③ダグラス窩膿瘍のドレナージ.
(2)方法と手技
①体位は内診台で砕石位とする.
②内診し,疼痛の有無,その位置,子宮の位置,腫瘤の有無を確認する.
③経腟超音波を用いて液体貯液状況を確認する.
④腟鏡を用いて腟腔を展開する.
⑤子宮腟部を中心に腟内を消毒する.
⑥子宮腟部後唇をマルチン単鉤鉗子で把持し,上手前に牽引し,後腟円蓋部を露出展開
する.
⑦注射筒(10∼20ml 位,あまり大きいとやりにくい)
にカテラン針(21G)
を装着する.
子宮の位置を念頭に置き,膨隆する後腟円蓋中央部を腟に平行に 2 ∼ 3cm 穿刺する.
⑧注射筒に陰圧をかけながら,徐々に注射筒を引き抜く.
⑨穿刺が終了したら,消毒し腟鏡を抜去する.
(3)穿刺液からの診断
血液を吸引した場合には,どのような性状の血液がいかにして得られたかによって腹腔
内出血か血管穿刺かを区別する・岩崎の分類(表 C-11-1)
を参考にするとよい.一般的に,
血液の性状が薄い場合には,月経や流産時の子宮内血液の逆流を考える.血液の性状が濃
い場合にはそのまま注射筒を室温にしばらく放置する.血液が凝固すれば血管から採取さ
れた血液であり,血液が凝固せずいつまでも流動性を保っていれば腹腔内出血と考えるこ
とができる.
何も吸引できない場合は,①貯留液がない,②貯留液はあるが,ダグラス窩が癒着や腫
瘍により閉塞している,③誤穿刺,と考える.
(4)合併症
①損傷による出血:損傷による腹腔内出血に対しては,安静を保ちバイタルサインの経
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N―150
日産婦誌59巻6号
(表 C111) 腹腔貯留血液の鑑別
腹腔貯留血液
色
凝固性
小凝血片
顕微鏡的所見
血沈速度
吸引容易度
2回穿刺
同時に採血した
末梢血との比較
血色素
赤血球数
白血球数
蛋白含量
循環血液
暗赤色
放置しても凝固せず流動性
綿花に吹きつけたり白色磁性皿上で存在を認める
赤血球の変形,凝集を認める
著しく遅い
容易に数 ml
吸引可能
2回とも同様吸引可能
鮮紅色
放置すると凝固する
認めない
末梢血より高い
〃 多い
発熱がない限り少ない
低い
ほぼ同じ
〃
〃
〃
正常
1~ 2ml
以上は不能
方向を変えた穿刺では不能
過を観察する.穿刺部位の出血は圧迫止血する.
②感染:消毒不十分と頻回穿刺などによることが多い.
(5)禁忌
ダグラス窩に広範な腸管の癒着がある場合や腫瘍による占拠が明らかな場合は禁忌であ
る.
2)腹水穿刺
腹腔内の液体貯留を経皮的に穿刺し,検体採取あるいは排液する検査法である.
(1)目的と適応
①腹腔内液体の性状を確認する.
②排液(ドレナージ)
.
③薬剤注入.
腹水の細胞診.
(2)方法と手技
①体位は,仰臥位を原則とする.貯留液が少ない場合は,骨盤低位の半坐位または側臥
位にして液を移動させて穿刺する.
②バイタルサインのチェックを頻回に行う.
③経腹超音波で腹水が貯留しており,腸管やその他の組織が介在していないことを確認
する.
④穿刺部位は,従来安全な部位として,臍と上前腸骨棘を結ぶ線の外側1"
3が腹直筋や
下腹壁動静脈を避けるためとされてきたが,超音波で確認すれば他の部位でも穿刺可能で
ある.
⑤穿刺部位を中心に皮膚消毒後,局所麻酔を行う.
⑥穿刺前に小切開をするときもある.
⑦穿刺針は,テフロン針(16∼21G の側孔付き)
,胸腔穿刺用トロッカーカテーテル,
注射針(18∼21G)
,エラスター針などから選択する.
⑧腹壁に対して垂直に穿刺針を進め,経腹超音波で穿刺針の先端が腹腔内に入ったこと
を確認する.腹膜を貫通したら内筒を抜き,腹腔内貯留液の自然流出を待つ.注射筒をつ
けて軽く吸引してもよい.情報が得られない場合は,そのまま体位を徐々に変えるか,穿
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2007年6月
N―151
(表 C112) 腹腔穿刺液の性状と疾患
腹腔穿刺液の性状
膿性
主な腹部救急疾患
無臭
上部消化管穿孔,非穿孔性虫垂炎,腸間膜リンパ節炎
便臭
下部消化管穿孔・外傷性破裂,穿孔性虫垂炎
胆汁様
十二指腸潰瘍穿孔,胆嚢穿孔,外傷性十二指腸破裂
血性
急性膵炎,腸間膜血栓症,絞扼性イレウス,後腹膜出血,
癌性腹膜炎
血液
肝癌破裂,子宮外妊娠,卵巣出血,腹部大動脈瘤破裂,脾破裂,
外傷性肝破裂,腸間膜破裂,血管損傷
チョコレート色・淡緑色
卵巣嚢腫破裂
淡黄色
肝硬変,癌性腹膜炎による腹水,単純性イレウス
刺部位を変更した方がよいこともある.
⑨排液に伴う循環不全を予防するために排液量は1,000ml"
時を超えないようにし,1回
の排液量は1,000∼3,000ml にとどめる.排液量が2,000ml を超える場合は,代用血漿や
アルブミンの経静脈投与も考慮する.
⑩必要に応じて抗癌剤などの注入を行う.抜針後はガーゼを厚めにし圧迫固定する.
(3)穿刺液からの診断
穿刺液の性状から診断を考えることになり,その判断の基本を示す(表 C-11-2)
.
(4)合併症
①腸管損傷:経時的に腹部所見をとり腹膜刺激症状が明らかであれば開腹する.本法の
合併症で開腹することはあまりない.
②出血:腹壁のものなら圧迫止血で十分であるが,腹腔内のものは有効な方法がなく,
必要ならば開腹により止血処置を行う.
③ショック:急激に大量の排液を行うと,腹圧低下に伴って循環血液の偏在化が起こり
血圧低下を引き起こす.
(5)禁忌
広範な腸管癒着が予想される場合,腸管の著明な拡張を認める場合や手術創瘢痕のある
部位での穿刺などがある.
《参考文献》
1.西田正人.図解日常診療手技ガイド.文光堂,1993 : 107―110
2.岩崎寛和.現代産婦人科学大系7A.中山書店,1972 : 635―645
3.三重野寛治.図解日常診療手技ガイド.文光堂,1993 : 99―101
〈深谷 孝夫*,山本寄人*〉
*
Takao FUKAYA, *Yorito YAMAMOTO
Department of Obstetrics and Gynecology, Kochi Medical School, Kochi
Key words : Puncture of Douglas’
pouch・Abdominal puncture
索引語:ダグラス窩穿刺,腹水穿刺
*
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N―152
日産婦誌59巻6号
C.産婦人科検査法
Obstetrical and Gynecological Examination
12.妊娠初期の超音波診断
Ultrasonographic Diagnosis in the First Trimester of Pregnancy
1)はじめに
妊娠初期の超音波診断は,産婦人科診療においていまや必須の検査法となってきている.
とくに経腟超音波法の登場は,産婦人科診察に革命的変化をもたらした.本稿では,妊娠
初期の超音波診断の重要性について,特に経腟超音波の所見を中心に解説する.さらに,
妊娠初期の三次元超音波診断についても紹介する.
2)正常妊娠および流産
(1)胎囊 gestational sac
(GS)
経腟超音波法を用いると GS は早ければ
妊娠 4 週はじめに,遅くとも妊娠 5 週に
は子宮内に確認できるようになる(図 C12-1)
.その後 GS 内には卵黄囊,これに
接して胎芽心拍動を認めるようになる.次
いで頭臀長計測が可能となり,羊膜も確認
できるようになる.正常な GS は妊娠 5
週までは一定の厚みをもった均一な構造
(白いリング状の構造)
であるが,妊娠 6
週頃から部分的に肥厚した絨毛膜有毛部と
(図 C121) 妊娠 5週 3日の胎嚢
(GS)像.
菲薄化した無毛部に分かれる.
妊娠初期から GS 内に胎芽像を認めない
まま妊娠が経過する場合を枯死卵という.
枯死卵の典型的な超音波像は,GS の輪郭不明瞭・変形,妊娠週数に比べて GS が小さい
ことなどである.妊娠初期は胎芽は小さく,同定できないことがあり,一回の超音波検査
だけで診断を急いではならない.誤診を防ぐには経過を観察しながら再度超音波検査を行
う必要がある.
(2)胎児生存の確認(心拍動の確認)
a.正常心拍
経腹超音波法では,正常妊娠の場合,妊娠 8 週になれば胎児心拍動が全例で確認され
る.また,一度胎児心拍動を確認できた場合,95∼99%の確率で妊娠予後が良好である
といわれている.
一方,経腟超音波法で胎児心拍動を検出できるのは,早ければ妊娠 5 週のはじめ,遅
くとも 6 週末には全例に確認でき,胎児頭臀長(crown-rump length,CRL)
が 2mm か
ら可能となる.しかし,経腟超音波法の場合,胎児心拍動確認後の流産率が16∼36%と
高いため,たとえ胎児心拍動が確認されてもその時点での児の生存は証明できるが,その
後の妊娠継続への言及については慎重でなければならない1).
正常胎児心拍数の推移については,妊娠 5 週に90∼100bpm で始まり, 9 週までほぼ
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2007年6月
N―153
(図 C122) Mmode法による胎芽心拍の検出.
直線的に増加し, 9 週中頃に170∼180bpm のピークを示し(CRL,35mm)
, 9 週以降
漸減し,16週には150bpm となる.
胎児心拍動の計算上の注意点としては,妊娠 5 ∼ 6 週では卵黄囊付着部付近の脱落膜
血管の拍動が胎児心拍動と混同されやすく,また CRL が12mm ぐらいになると生じる胎
動や母体の呼吸,検者の手のブレなどが胎児心拍動の確認そして計測に影響を与える可能
性があることなどがあげられる.したがって,胎児心拍動を観察する場合は胎芽像を拡大
したうえで,M-mode
(図 C-12-2)
または Doppler 法を使用することが薦められる.
b.異常心拍
妊娠初期の胎芽不整脈のなかで最もよく経験するのが徐脈である.徐脈を認めた場合,
流産率が高くなることが報告されており,注意深い観察が必要である.胎芽頻脈は非常に
少ないが,予後の悪い場合もある.一方,他の胎芽不整脈も予後の悪いことが多い.
c.臍帯動脈血流速度波形
正常妊娠では妊娠初期には拡張期血流は途絶しており,妊娠週数が進むにつれてその血
流速度は増加し,妊娠13週頃から拡張期血流が出現してくる(付図 C-12-1)
.一方,妊
娠初期における臍帯動脈血流速度波形拡張期逆流波(付図 C-12-2)
は流産あるいは染色体
異常との関連が強く示唆されている2)∼4).
(3)妊娠週数の確認と予定日の修正
妊娠週数を推定するための胎児計測には,GS 径,CRL,児頭大横径
(biparietal diameter, BPD)
,大腿骨長などがあるが,妊娠初期の CRL 計測が最も信頼性が高い.CRL は
真の妊娠週数との誤差が大体 4 日ぐらいとされており,最終月経起算の妊娠週数と CRL
からの妊娠週数に 4 日以上の解離がある場合は,CRL 起算の週数を使用することが薦め
られている5).経腟超音波法では,走査断面の制約から前額断面で計測せざるをえないこ
とも少なくないが,正確に計測するには矢状断面で行うことが望ましい6)
(図 C-12-3)
.
妊娠11週(CRL で約60mm 以上)
以降は,CRL による妊娠週数修正の精度は低下してく
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N―154
日産婦誌59巻6号
(図 C123) 妊娠 9週 4日の胎児像.a:矢状断像,b:mul
t
i
pl
anarvi
ew.
(図 C124) 三次元超音波法による胎児像.a:11週胎児,b:12週胎児,c:13週胎児.
る.そのため,妊娠12週頃からは BPD を計測して修正する.
(4)三次元超音波法による正常胎児像
妊娠 5 週頃から三次元超音波法による胎芽表面表示が可能である.その全体像を描出
するには,妊娠 8 ∼11週が適している.しかしながら,その小部分(耳介,指など)
の描
出が可能となるのは妊娠11∼12週頃からである(図 C-12-4)
.
(5)絨毛膜下血腫
絨毛膜下血腫は GS に接したエコーフリースペースとして観察される(図 C-12-5)
.こ
のような所見が認められ,性器出血,下腹痛などの症状が出現すれば,適切な治療を必要
とする場合がある.しかしながら,エコーフリースペースが認められてもなんら臨床症状
を示さないときは,自然に消失することもある.その予後に関しては,エコーフリースペー
スの大きさよりもその部位が問題となるとの報告がある.
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2007年6月
N―155
(図 C125) 絨毛膜下血腫
(*)の経膣超音波断層図.a:妊娠 9週の単胎妊娠,b:妊娠
12週の双胎妊娠.矢印は内子宮口.F:胎児.
3)多胎妊娠
(1)Vanishing twin
一般的に単胎妊娠に比べて,多胎妊娠で
は子宮内胎児死亡が起こりやすいとされて
いる.妊娠初期の双胎妊娠において一方の
GS には卵黄囊,胎芽を認めるが,他方の
GS が 枯 死 卵 の ま ま で 消 滅 す る 場 合 を
vanishing twin という.
(2)一絨毛膜性双胎と二絨毛膜性双胎
一絨毛膜性双胎は二絨毛膜性双胎に比べ
て胎児奇形(図 C-12-6)
,双胎間輸血症候
群,双胎児一児死亡などの合併症が多い.
(図 C126) 無心体(A)の超音波断層図.
したがって,妊娠初期に双胎妊娠と診断し
F:胎児.
た際には一絨毛膜性双胎か二絨毛膜性双胎
の膜性診断をしておくことが重要である.
一絨毛膜性双胎では GS 内に 2 つの胎児が認められ,二絨毛膜性双胎では GS が 2 つ存
在し,それぞれの GS のなかにひとつずつ胎児が認められる(図 C-12-7)
.また,一絨毛
膜性双胎ではひとつの GS のなかの羊膜,卵黄囊の数で一羊膜性,二羊膜性を診断する7).
(3)多胎妊娠
多胎妊娠の場合,妊娠早期に経腟超音波法を行い,GS,胎芽の数により多胎の数を知
ることができる(図 C-12-8)
.
4)胎児異常
(1)胎児異常の早期診断
胎児形態異常の妊娠早期診断報告例は,大体妊娠10週から15週の間である8).とくに
中枢神経系異常(図 C-12-9,10)
,囊胞性ヒグローマ(図 C-12-11)
,胎児水腫(付図 C12-2)
,腹壁破裂,羊膜索症候群(図 C-12-12)
,body stalk anomaly,Potter 症候群な
ど生命予後不良のものが多いようである6)
(図 C-12-13)
.
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N―156
日産婦誌59巻6号
(図 C127) 双胎妊娠の超音波断層図.F:胎児.a:一絨毛膜性双胎,b:二絨毛膜性
双胎.
(図 C128) 多胎妊娠の超音波断層図.a:三胎,b:四胎,c:五胎.
(図 C129) 無脳児(矢印)の超音波断層図.
3D:三次元像.
(図 C1210) Exencephal
y
(外脳症)の超
音波断層図.
(2)一過性の胎児異常所見
生理的臍帯ヘルニアは,妊娠 8 ∼10週頃にしばしば観察されるが,妊娠12週になると
腹腔内に還納される(図 C-12-14)
.妊娠初期にみられる胎児水腫や nuchal translucency
も一過性で,その後異常の認められなくなる場合も少なくない8).
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2007年6月
N―157
(図 C1211) 嚢胞性ヒグローマ
(a:*,b:矢印)の超音波断層図.2D:二次元
像 .3D:三次元像.
(図 C1212) 羊膜索症候群の超音波断層図.無頭蓋症(A)と腹壁破裂が明瞭に認めら
れる.I
:腸管 .L:肝臓 .矢印:羊膜索.
(図C1213) 四肢短縮症の超音波断層図.
(図 C1214) 生理的臍帯ヘルニア
(矢印)
上肢
(矢印)の著明な短縮が認められる.
の超音波断層図.
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N―158
(図 C1215) Nuchalt
r
ansl
ucency
(*)
の超音波断層図.AM:羊膜.
日産婦誌59巻6号
(図 C1216) 正常胎児鼻骨(矢印)の超音
波断層図.
(3)Nuchal translucency
妊娠10週から14週において,胎児後頸部に認められる一過性の皮下浮腫を nuchal
translucency という(図 C-12-15)
.異常肥厚を 3mm 以上とする報告がほとんどで,染
色体異常の検出率は28∼100%とばらついている9).検出できる染色体異常は,21トリソ
ミー,13トリソミー,18トリソミー,ターナー症候群などであるが,そのなかでも21ト
リソミーの検出に優れているといわれている.Nuchal translucency により染色体異常
をある程度の確率で予測できれば,胎児に対しては早期診断を行うことによって予後を改
善し,また母体に対しては早期からのカウンセリングを行うことにより精神的負担を軽減
し,さらには無用な侵襲的検査による肉体的負担も回避することができる.しかしながら,
その精度や取り扱いについてはいまだ議論の余地があり,慎重な対処が望まれる.
(4)妊娠初期の胎児鼻骨(Nasal bone)
最近,妊娠初期の胎児鼻骨(nasal bone)
の同定が21トリソミーの検出に有用であると
の報告が相次いでいる10)
(図 C-12-16)
.妊娠11週から14週では21トリソミーの60∼
70%で鼻骨がみえない,あるいは妊娠15週から20週では21トリソミーの37%で鼻骨が
みえないと報告されている.また妊娠15週から22週で,21トリソミーの61.8%で鼻骨低
形成が認められるのに対し,正常胎児ではわずかに1.2%であった.今後,従来の検出法
と組み合わせることによって,21トリソミーの検出率の向上が期待されるところである.
しかしながら,その同定は検者の経験が必要とされており11),nuchal translucency と同
様にその取り扱いについては慎重でなければならない.
5)胞状奇胎
胞状奇胎の超音波像は以前は snow storm pattern などと表現されていた.これは経腹
走査でしかも解像力の低い装置を用いていた頃の所見である.現在使用されている経腟超
音波法では,解像力が格段に向上したため,囊胞部分,出血巣,高輝度エコーの充実性部
分の混在した混合パターンとして描出される(図 C-12-17)
.部分胞状奇胎では絨毛の内
部に一部囊胞化した部分が鮮明に描出される(図 C-12-18)
.ときに,生存胎児と共存す
る場合もある.侵入奇胎では子宮筋層内に高輝度エコーの充実性パターンや,充実部分と
囊胞部分が混在した混合パターンとして描出される(付図 C-12-3)
.またカラードプラで
豊富な血流が検出される(付図 C-12-3)
.
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2007年6月
N―159
(図 C1217) 全胞状奇胎の超音波断層図.
6)子宮外妊娠
超音波検査で子宮外に GS および胎児像
が証明されれば子宮外妊娠の確定診断とな
る(心拍動が確認できればより確実)
(図 C12-19,
付図 C-12-4)
.しかしながら,最
近は不妊治療の進歩により子宮内外同時妊
娠の頻度が増えてきたので,たとえ子宮内
に妊娠が確認できても子宮外の注意深い観
察を怠ってはならない.
7)腫瘍
(腫瘤)
合併妊娠
(図 C1218) 部分胞状奇胎の超音波断層
妊娠に合併した腫瘍(腫瘤)
は,その診断
図.
に際しできるだけ早期に超音波検査を行う
ことが望ましい.妊娠子宮に対する関係,
つまり子宮内の腫瘍(腫瘤)
であるか,子宮外の腫瘍(腫瘤)
であるかを鑑別し,次にその内
部エコーが cystic なのか solid なのか,あるいは complex mass であるのかを判断する
ことが,診断のポイントとなる.しかしながら超音波診断において,原則的には非妊時の
それと同じであることを忘れてはならない.
子宮筋腫は,壁がやや不整で正常子宮筋層との境界も不明瞭であり,また妊娠に伴う軟
化と変性のために種々の内部エコーパターンを呈する
(図 C-12-20)
.ときに子宮筋層の
局所収縮が認められることがあるが,一過性であり,長くても30分から40分以内で消失
する.
妊娠中の卵巣腫瘍(腫瘤)
の診断は,非妊時のそれと変わらない.妊娠中に認められる最
も頻度の多い卵巣腫瘍(腫瘤)
は corpus-luteum cyst であり,妊娠16週までに消失する
が,なかには10cm 大まで増大するものもあり,他の cystic mass を呈する腫瘍(腫瘤)
と
の鑑別が必要となる場合もある.類皮囊胞腫は complex mass を呈する卵巣腫瘍(腫瘤)
のなかでは最も頻度の高いものであり,そのエコーパターンから診断は比較的容易である.
妊娠に合併した卵巣腫瘍(腫瘤)
のうち 3 ∼ 5%が悪性であり,とくに solid mass を呈す
る場合には注意深い観察が必要である.
その他,妊娠中に認められる骨盤内腫瘍(腫瘤)
には,双角子宮(図 C-12-21)
,子宮破
裂,炎症性腫瘤,pelvic kidney,腹壁血腫,腸管内糞便などがあり,鑑別が必要となる
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N―160
日産婦誌59巻6号
(図 C1219) 子宮外妊娠の超音波断層図.F:胎児.
(図 C1220) 子宮筋腫
(M)合併妊娠.F:
胎児.
(図 C1221) 双角子宮妊娠の超音波断層
図.LUt
:左側子宮.
こともある.
8)おわりに
妊娠初期の超音波診断について,産婦人科医にとって知っておかなければならない事項
を解説した.実地診療において超音波検査は必要欠くべからざる診断法であり,その手技
に習熟し,産婦人科専門医にふさわしい医師となって頂きたい.
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2007年6月
N―161
《参考文献》
1. 秦 利之,青木昭和.心拍動.臨婦産 1997 ; 51 : 1046―1049
2. Ariyuki Y, Hata T, Kitao M. Reverse end-diastolic umbilical artery velocity in a
case of intrauterine fetal death at 14 weeks’gestation. Am J Obstet Gynecol
1993 ; 169 : 1621―1622
3. Hata T, Fujiwaki R, Hata K, Kitao M. Reverse end-diastolic umbilical artery velocity in a case of fetal hydrops at 9 weeks, J Clin Ultrasound 1996 ; 24 : 145―
147
4. Comas C, Carrera M, Devesa R, Munoz A, Torrents M, Cusi V, Ribas I, de la
Iglesia C, Carrera J. Early detection of reversed diastolic umbilical flow : should
we offer karyotyping? Ultrasound Obstet Gynecol 1997 ; 10 : 400―402
5. 名取道也.妊婦の超音波診断とそのチェックポイント.産婦人科治療 2000 ; 80 :
129―134
6. 竹村秀雄.経腟超音波による妊娠初期の胎児スクリーニング.小児科診療 2000 ;
63 : 311―315
7. 秦 利之,秦 幸吉,北尾 学.GS の異常.産婦実際 1995 ; 44 : 1783―1788
8. 竹村秀雄.妊娠初期異常と超音波診断.産婦人科治療 2000 ; 80 : 717―722
9. 秦 利之.胎児ダウン症の超音波スクリーニング.産科と婦人科 1996 ; 63 : 1647―
1654
10. Shin JS, Yang JH, Chung JH, Kim MY, Ryu HM, Han JY, Choi JS. The relation
between fetal nasal bone length and biparietal diameter in the Korean population. Prenat Diagn 2006 ; 26 : 321―323
11. Cicero S, Longo D, Rembouskos G, Sacchini C, Nicolaides KH. Absent nasal
bone at 11-14 weeks of gestation and chromosomal defects. Ultrasound Obstet Gynecol 2003 ; 22 : 31―35
〈秦
利之*〉
※付図は巻末に掲載しています.
*
Toshiyuki HATA
Department of Perinatology and Gynecology, Kagawa University School of Medicine, Kagawa
Key words : Ultrasonographic diagnosis・First half of pregnancy・Normal pregnancy・
Abnomal pregnancy・Three-dimensional ultrasound
索引語:超音波診断,妊娠前半期,正常妊娠,異常妊娠,三次元超音波
*
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
N―162
日産婦誌59巻6号
C.産婦人科検査法
Obstetrical and Gynecological Examination
13.妊娠中の胎児診断
(形態異常のスクリーニング)
Diagnosis of Fetal Abnormalities
妊娠中,すなわち出生前に胎児の異常が正しく診断されるかどうかは,児の予後を大き
く左右することがあり,胎児診断は重要である.超音波検査は簡便で,胎児発育の評価や
形態異常の診断に有用,かつ診断能力の高い検査法である.妊婦健診を行う産婦人科医は
超音波による胎児診断に精通している必要がある.
胎児発育については,
「胎児発育・児体重測定」の項に記載されており,本項では,超音
波専門医でない一般の産婦人科医が行い得る超音波断層法を用いた胎児形態異常のスク
リーニングを中心に述べる.具体的な胎児形態異常については,本誌59巻12号掲載予定
の「胎児形態異常」の項に記載予定である.
1.胎児形態異常スクリーニングの時期
超音波検査による形態異常のスクリーニングは,頻回に行えば行うほど異常の発見率は
上がると考えられるが,検査時間やマンパワーなどの制約がある.しかし,少なくとも,
妊娠10∼11週頃に外表の大きな異常のチェックと,妊娠18∼20週頃に外表と内臓の
チェックを行うことが望ましい.
Down 症を主とする染色体異常スクリーニングのため,妊娠11∼13週に NT
(nuchal
translucency)の計測を積極的に行っている国もあるが,わが国では倫理的な問題などの
ためにスクリーニングとして全例実施することには議論がある.NT 計測については「妊
娠初期の超音波診断」の項を参照.
その他の時期にも胎児発育評価のための胎児計測を行う際に,頭部,胸部,腹部に異常
な液体貯留像などが出現していないかを一瞬でもよいので確認するよう心がけることが大
切である.
2.胎児形態異常スクリーニングの方法
1)妊娠10∼11週頃
この時期になると,図 C-13-1に示すように,外見上,胎児が人間の形をしてきて,外
表の大きな異常をみつけやすくなる.3 次元超音波は胎児の立体的な構造を把握するのに
有用であり,超音波断層法では分かりにくい異常の診断に有用であるが1),スクリーニン
グにおいては超音波断層法が第一選択となる.経腹法でも胎児を観察できるが,この時期
では,詳細な画像が得られる経腟法を用いて検査することが望ましい.この時期のチェッ
ク項目を表 C-13-1に示す.
頭部が半球状でなく不整な形をしている場合は,頭蓋骨が欠損した無頭蓋症
(妊娠週数
が進むと無脳症になる)
が疑われる.胎児の一部が羊膜を突き破って外側,すなわち絨毛
膜腔に突出してみえる場合は,body stalk anomaly のような重篤な異常が疑われる.両
足が 1 つに癒合している場合は,人魚体のような異常が疑われる.この時期は生理的臍
帯ヘルニアを認める時期であり,臍帯内に腸管が脱出しているようにみえても,妊娠12
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2007年6月
N―163
(表 C131) 妊娠 10~ 11週の
チェック項目
1)胎児頭部が半球状で不整はないか
2)胎児全体が羊膜腔の中にあるか
3)四肢は 4本確認できるか
(表 C132) 妊娠 12~ 15週のチェッ
ク項目
(図 C131) 妊娠 11週の正常胎児の超音
波3次元像
1)頭部横断面で左右対称に脳や脈絡叢(図
C132)を認めるか
2)胸部横断面で拍動する心臓がやや左寄り
に位置しているか
3)腹壁外に突出した臓器を認めないか
週までに腹腔内に還納することが多い.
この時期には,
「妊娠初期の超音波診断」の項に書かれてあるように,妊娠週数の確認
(CRL 計測)
と胎児の数のチェックを行わなくてはならない.また,多胎妊娠であること
が分かった場合は,絨毛膜の数(GS の数)
と羊膜の数の確認(膜性診断)
が必須である.
2)妊娠12∼15週頃
この時期になると,経腹法でも胎児の大きな異常が認識できるようになる.妊娠18∼20
週のスクリーニングの時期まで待ってもよいが,超音波診断装置を用いて,BPD の計測
や胎児心拍動の確認を行う場合は,表 C-13-2に示す項目にも注意するとよい.
児頭大横径(BPD)
を測定しながら頭蓋内に注意し,脳が全くない水無脳症や,脳の一
部しか認めない全前脳胞症などを否定する.胸部横断面で心臓が規則的に拍動しているこ
とを確認すると同時に,右に寄っていないか,極端に左に寄っていないかをチェックする.
もし異常があれば,内臓逆位症,胸腔内腫瘍などの存在が考えられる.腹部では臍部に注
目し,腹壁からの内臓の脱出(臍帯ヘルニアや腹壁破裂)
がないかを確認する.
3)妊娠18∼20週頃
この時期になると,心臓をはじめ胎児の内臓が小さいながらもかなりみえるようになっ
てくるため2),この時期に多少時間をかけてでも重点的にスクリーニング検査することが
望ましい.検査に時間をかければかけるほど,チェック項目を増やせば増やすほど異常の
発見率は上がると期待されるが,どれだけの時間,どれだけのマンパワーを割けるかは施
設によって異なる.
ここでは,限られた時間でも施行可能なように,主として生命予後に関係するような重
篤な異常,高次周産期センターでの分娩が望ましい異常などをみつけ出す簡便なスクリー
ニング法(表 C-13-3)
について述べる.
(1)頭部
頭蓋骨が不明瞭で BPD が計測できない場合や頭部(多くは眼窩より上部)
が認められな
い場合は,無脳症(妊娠初期には,露出した脳組織が残存しているため,無頭蓋症と呼ば
れる)
のような重篤な異常が疑われる.
頭蓋内の脳構造は,正常では正中を示す midline echo を挟んで左右対称であるが,非
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N―164
日産婦誌59巻6号
(表 C133) 妊娠 18~ 20週のチェック項目
1.頭部(図 C133a)
・BPDは妊娠週数相当か
・頭部横断面で内部は左右対称で頭蓋内に異常像を認めないか
・頭蓋外に突出する異常像を認めないか
2.上唇(図 C133b)
・口唇裂はないか
3.胸部
・心臓の位置と軸は左に寄っているか(図 C133c)
・左右心房心室の大きさのバランスはよいか(図 C133c)
・胸腔内に異常な像を認めないか(図 C133c)
・大動脈と肺動脈がラセン状に走行しているか(図 C133d)
・大動脈と肺動脈の太さは略同じか(図 C133d)
4.腹部
・胃胞が左側にあるか
・胃胞,膀胱,胆嚢以外に嚢胞を認めないか
・腹壁(臍部)から臓器の脱出を認めないか(図 C133e)
5.脊柱,臀部(図 C133f
)
・椎体と棘突起が欠損なく並んでいるか
・背中,臀部に異常な隆起を認めないか
6.四肢(図 C133g,h)
・十分な長さの四肢が確認できるか
7.羊水
・羊水過多も過少も認めないか
対称であれば脳腫瘍や片側の水頭症などが
疑われる.頭蓋内に構造物が認められない
か,わずかに認めるだけで大半が反射のな
い液体貯留像であれば,水無脳症や全前脳
胞症などの異常が疑われる.
輪郭が明瞭な異常囊胞部分を認めた場合
は,く も 膜 囊 胞(arachnoid cyst)
,孔 脳
症(porencephaly),ガレン静脈瘤(vein of
Galen aneurysm)
などが疑われる.ガレ
ン静脈瘤の場合は,超音波ドプラ法で囊胞
内に血流が確認できる.
(図 C132) 妊娠 13週の正常胎児の頭部
この時期の脈絡叢には,18トリソミー
横断像
のマーカーといわれている脈絡叢囊胞
(choroid plexus cyst)
を認めることがあ
るが,ほかに奇形を認めない場合は染色体異常である可能性は少ない.
二分脊椎による 2 次的変化として頭部に形態異常をきたすこともあるため,頭部の異
常を認めた場合は脊柱のチェックも忘れてはならない.
頭蓋外に突出する異常像を認める場合は,髄膜瘤や脳髄膜瘤などの異常が疑われる.
(2)上唇
顔の前額断面(上唇に合わせて少し斜めの断面)
で上唇を確認する.上唇の一部欠損ある
いは切れ込みがあれば,口唇裂が疑われる.口唇裂は,重篤な染色体異常や全前脳胞症に
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2007年6月
N―165
b
c
a
e
d
f
g
h
(図 C133) 妊娠 20週頃の正常胎児の各断面(表 C133,本文参照)
合併して認められることもあり,ほかの形態異常の有無を注意深く検索する必要がある.
(3)胸部
胸部の異常は,出生直後の呼吸・循環に影響する可能性があり,出生前診断が重要であ
る.まず,四腔断面で,心臓の位置および心尖部が左寄りであること,左右心房心室の 4
つの部屋がほぼ均等の大きさであることを確認する.
もし,心臓が右に変位していれば,左胸腔内の肺に注目する.正常な肺は,ほぼ均一の
輝度を有しており,もし輝度の違う部分が含まれている場合は,横隔膜ヘルニア,Congenital cystic adenomatoid malformation(CCAM)
,肺分画症などが疑われる.CCAM
は囊胞性の疾患であるが,囊胞の大きさと数により,単一または少数の大きな囊胞が片側
の胸腔を占めているようにみえる場合や,肺の中に輝度の高い充実性の腫瘍があるように
みえる場合など,さまざまな超音波像を示す.左胸腔内に異常を認めず心尖部が右を向い
ている場合は,内臓逆位を疑う.
左右心房心室の 4 つの部屋の大きさが不均等である場合は, 左心低形成, 右心低形成,
大血管の異常など何らかの異常が疑われる.
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N―166
(図 C134) 四腔断面から大血管流出路の
断面を描出するためのプローブ回転方向 3)
日産婦誌59巻6号
(図 C135) 大 動 脈 と 肺 動 脈 と の 位 置 関
係 3)
大血管の走行は,四腔断面から,図 C-13-4のように背中側を頭側に向けるようにプロー
ブを回転すると左心室(LV)
から大動脈が出て行く断面が認められる3).その断面からプ
ローブを胎児の前方に少し平行移動すると右心室(RV)
から肺動脈が出て行く断面が認め
られる(図 C-13-3d)
.大血管転位症の場合は,四腔断面はまったく正常にみえるため,
大動脈と肺動脈の走行(図 C-13-5)
まで確認する必要がある.
超音波検査に習熟してきたら,大動脈弓から動脈管が合流する部分までを確認して大動
脈縮窄がないかを,また,肺からの静脈血流が左心房に流入していることをカラードプラ
法を併用しながら確認して総肺静脈還流異常がないかもチェックできるようになるとよ
い.
(4)腹部
胃が胎児の左側にあることを確認することは内臓逆位を見逃さないために必要である.
内臓逆位は,重篤な心奇形を伴っていることがある.胃胞がまったく認められない場合は
食道閉鎖が疑われる.
腹部で黒く囊胞状にみえるのは,胃胞,膀胱,胆囊,血管であり,それらが極端に大き
くみえる場合や,それ以外に囊胞部分を認めた場合は,消化管の閉鎖に伴う胃や腸の拡張,
尿路系の閉鎖に伴う水腎症,水尿管,巨大膀胱,あるいは腎臓や肝臓の囊胞など,何らか
の異常が疑われる.
臍部で臓器が腹腔から脱出している場合は,
臍帯ヘルニア,
腹壁破裂,
body stalk anomaly などの異常が疑われる.臍部より下方で腹壁から突出した不整な構造物を認めた場合
は,膀胱外反や,腸や膀胱が外反した総排泄腔外反症などが疑われる.
(5)脊柱,臀部
正中矢状断面で椎体と棘突起が 2 列に並んで観察されるが,棘突起が欠損している場
合は二分脊椎を疑う.二分脊椎は脊柱のどの部分でも起こりうるが,腰部に多い.
背中に隆起を認めた場合は,二分脊椎に伴う髄膜瘤や脊髄髄膜瘤が疑われる.臀部では,
仙尾部奇形腫の可能性もある.仙尾部奇形腫では,囊胞部分と反射が強い部分を含む充実
部分が混在していることが多い.
(6)四肢
全身的な骨系統の異常の 1 症状として,四肢短縮を認めることがある.多くはこの時
期に,一見して大腿骨や上腕骨が短いことで気づかれる.ただし,軟骨無形成症(achon!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2007年6月
N―167
droplasia)
のように妊娠20週くらいまでは正常の長さで,それ以降,徐々に発育不良に
なるものもある.四肢短縮を疑った場合は頭蓋骨や胸郭をはじめ全身をチェックする.
労力対効果を考慮すると指の数まではチェックする必要はないが,上腕,前腕,手と,
大腿,下腿,足先までをそれぞれ長軸に沿って確認していくと,手首の異常屈曲や内反足
などの異常がみつかる場合もある.
(7)羊水
この時期の羊水は大半が胎児の尿に置き換わるため,破水をしていないにもかかわらず
羊水が極度に減少し,胎児の体内に尿貯留像が認められない場合は,腎臓の無形成あるい
は常染色体劣性囊胞腎(autosomal recessive polycystic kidney)のような重篤な腎疾患
が疑われる.腎の無形成であっても,妊娠12週頃までは十分な量の羊水が認められるこ
とが多い.
一絨毛膜二羊膜双胎が双胎間輸血症候群を起こすと,受血児が羊水過多を示す.
4)妊娠20週以降
妊娠20週頃に異常がなくても,それ以降に胸水,腹水,卵巣囊腫などが出現したり,
胎児の発育に異常をきたしたりすることもある.そのため,妊婦健診時に,可能な限り,
胎児計測(児頭大横径,腹部,大腿骨長)
を行い,同時に頭蓋内,胸腔内,腹腔内に異常な
液体貯留や腫瘤像がないかをごく短時間でもチェックすることが望ましい.
3. MRI の応用
超音波検査は,診断能力の高い検査法であるが,骨に囲まれた部分は音響陰影のために
明瞭な画像が得られないという欠点がある.MRI は骨に囲まれた部分でも明瞭な画像が
得られるため,頭蓋内の異常,あるいは胸腔内の異常が疑われるにもかかわらず,頭蓋骨
や肋骨のために明瞭な超音波画像が得られない場合は MRI を考慮する.
胎児に対する安全性が確認されていないとして,放射線科から MRI 検査を拒否される
場合もあるが,あらかじめ超音波検査で異常が疑われている場合は,検査を受けるメリッ
トのほうが大きいと考えられる.ただし,古い MRI 装置や不適切な撮像方法では,超音
波画像以上に有用な画像が得られないこともあり,検査前に放射線科と話し合っておく必
要がある.
《参考文献》
1. 馬場一憲,井尾裕子.産婦人科における 3 次元超音波.東京:メジカルビュー社,2000
2. 馬場一憲.http:"
"
www2.ocn.ne.jp"
~baba(ホームページ)
3. 馬場一憲,木下勝之.正しい超音波診断のために―妊娠中後期正常篇(ビデオ)
.東京:
メジカルビュー社,1991
〈馬場 一憲*〉
*
Kazunori BABA
Center for Maternal, Fetal and Neonatal Medicine, Saitama Medical Center, Saitama Medical University, Saitama
Key words : Ultrasonography・Prenatal diagnosis・Screening
索引語:超音波検査,出生前診断,スクリーニング
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N―168
日産婦誌59巻6号
C.産婦人科検査法
Obstetrical and Gynecological Examination
14.胎児発育・児体重推定
Fetal Development and Estimated Fetal Weight
妊娠中後期の胎児発育評価における超音波胎児計測法と推定児体重(Estimated fetal
weight)
の算出法および臨床評価法について述べる.
1)発育評価の臨床意義
胎児の発育の指標として,出生時の大きさ,すなわち体重あるいは体重と身長が用いら
れてきた.この目的で作られたのが出生時基準曲線である1).これらの基準値を用いて出
生児の当該週数での新生児の体重が10∼90パーセンタイルのものを appropriate for
date
(AFD)
,出生体重が10パーセンタイル未満の症例を light for date
(LFD)
,90パー
センタイル以上ものを heavy for date
(HFD)
とする分類が行われてきた.出生体重の基
準に身長の基準を考慮したときには体格という観点から small または large の言葉を使用
し,small for date
(SFD)
"
small for gestational age
(SGA)
という表現を用いる.胎児
の大きさが正常であることは,子宮内の胎児環境が良好かつ,機能発育過程も正常であっ
たことを示唆する所見と考えられる.LFD は子宮内での発育の遅延(retardation)
あるい
は制限(restriction)
があったことを示す所見として重要である.このような胎児の子宮内
で発育障害の病態,すなわち Intrauterine Growth Restriction
(IUGR)
はその周産期臨床
のみならず基礎研究においても重要な課題となっている.
2)胎児超音波計測法と胎児体重の推定
妊娠中期以降の胎児計測は,妊娠週日が正しいことを前提として行われる.本稿では日
本超音波医学会推奨方式2)3)を基本に,胎児計測の基本計測手法,EFW の計算法および評
価法について概説する.
胎児計測法
a:頭部
児頭大横径(BPD : Biparietal diameter)
:胎児頭部の正中線エコー(midline-echo)
が
中央に描出され,透明中隔腔(septum pellucidum)
および,四丘体槽(cisterna corpora
quadrigermina)
が描出される断面で計測する.計測法:超音波プローブに近い,頭蓋骨
外側(O)
から対側の頭蓋骨内側(I)
までの距離を計測する.外側−外側を計る(O-O)
法と
いう計測法も提唱された.本邦では青木らの発表した BPD の計測法がそれに当たる.OI 法は超音波診断の歴史の中で,まず応用された A-モード法による BPD 計測法に由来し,
諸外国も含め BPD 計測は O-I 法が一般的である.
児頭前後径(FOD : front-occipital diameter):BPD の計測断面で児頭の前後径(骨中
央から骨中央の長さ)
を FOD として計測する.骨盤位の胎児の場合,頭位の胎児に比べ
長頭を示す場合があるときや,小頭症の疑いがあるときに参考の指標として用いられるこ
とがある.BPD と FOD より児頭周囲長(HC : head circumference)を求めることもある.
b:腹部
躯幹部分の計測が軟部組織の発育の指標として用いられる.
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2007年6月
N―169
腹 部 前 後 径×腹 部 横 経(APTD
(antero-posterior trunk diameter )×
TTD(transverse trunk diameter ))ま
たはエリプス(近似楕円)
計測法による腹
部 周 囲 長(AC
(abdominal circumference)
)
を計測する.
胎児の腹部大動脈に直交する断面で,
胎児の腹壁から脊椎までの距離の前方
1"
3から1"
4の部位に肝内臍静脈が描出
され,同時に胃胞が描出される断面を設
定する.腹壁から脊椎棘突起先端までを
APTD,これに直交する横径を TTD,
腹部の外周の周囲長を AC として計測す
る.AC は直交する 2 直線(通常は前後
径と横径)
により作成される楕円で腹部
周囲長を近似計測するエリプス法による
計測とする(図 C-14-1)
.日本超音波医
学会では腹部の計測法として簡便なエリ
プス法による AC 計測を基準手法として
推奨している.APTD×TTD とエリプ
ス法による AC を用いることに測定精度
上の差異がないことは統計学的に示され
ている.胎児体重の推定法との関連もあ
(図 C141) 胎児腹部計測を行う断面
り,どちらか慣れた手法で腹部計測を行
胎児の腹部大動脈に直交する断面 Aで腹部
えばよい.欧米で行われている腹部躯幹
の計測を行う.この断面ではで,胎児の腹壁
の計測法では臍静脈が長く描出される断
から脊椎までの距離の前方 1/
3から 1/
4の
面を設定している.肝内臍静脈の走行は
部位に肝内臍静脈が描出される.臍静脈が長
躯幹の長軸に垂直ではなく,このような
く描出される断面 Bでは躯幹の長軸に垂直
躯幹計測の断面とは我々の設定している
ではなく計測値が大きくなる.まず大動脈の
計測断面とは異なる.EFW の誤差要因
長軸が描出される断面を描出し,これに直交
に最も関与するのがこの腹部計測値であ
する断面を設定するとよい.躯幹計測が,
り,正確な基準断面での計測が重要であ
EFW の精度をあげるポイントである.
る.
c:長管骨
大腿骨長 FL
(Femur length)
が一般的に骨発育の指標として用いられる.大腿骨の長軸
が最も長く,両端の骨端部まで描出される断面で化骨部分の両端のエコーの中央から中央
を計測する.骨は超音波の反射が強く,後面の音響陰影を伴いやすい.正確に計測するた
めには,超音波ビームに対しなるべく骨長軸が直交する断面を設定する必要がある.
上腕骨長 HL
(Humerus length)
;FL が短いなど計測値に異常がありそうな場合には
HL も計測するとよい.FL と同様に化骨部の長軸を計る.四肢短縮症など骨系統疾患で
は FL 同様,計測意義は高い.
脊椎長 SL
(spine length)
;Th6-L3間の10本の脊椎骨の長さを計測する.具体的には
promontorium(L5)
を同定し L3中央から脊椎骨10本分の長さを測る.胎児身長の指標と
して考按され,EFW 式の基本モデルのパラメータであった.SL は計測がやや煩雑であ
ることから,FL を用いる EFW 式が広まった.
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N―170
日産婦誌59巻6号
推定児体重式
胎児体重の推定を行う臨床的な意義は主に通常とは発育のプロポーションの異なる
IUGR 児や,病的な胎児など,周産期医療のケアが必要になると考えられる胎児をいかに,
速く正確に発見・評価できるかということにある.本邦で汎用される EFW 式はこの目的
で開発されたもので胎児を頭部と躯幹に分けた胎児のモデルに基づいた理論式である
(Shinozuka et al., 19874);20002)3))
.本式は他の式と異なり以下の特徴を持っている.
1)出生直後の新生児の比重・体積の実測値を用いて胎児の体重を頭部の重さ+躯幹の重
さで表した理論式である.2)実測の超音波計測値を多数集積することにより作成された,
いわゆる回帰式ではない.3)IUGR などプロポーションの異なる胎児での推定精度の向
上,週数,体重に偏らない一定の誤差範囲での体重推定を目的としたものである.
EFW は以下の式で計算される.
EFW=1.07×BPD3+3.42×APTD×TTD×FL
EFW=1.07×BPD3+0.30×AC2×FL
APTD×TTD のパラメータを用いたものがオリジナルの式4)であるが,エリプス法による
AC 計測値を用いた式が日本超音波医学会の推奨式である.種々の超音波計測値を用いた
推定式が報告されているが超音波の原理的な誤差,計測誤差を考えれば,10%程度の誤
差は避け得ないと考えられる.本式は一つの式で胎児のプロポーションや妊娠週数,体重
域に偏りない体重推定を目的としているため,体重が大きいほど誤差が大きいような誤解
がある.偏りのない一定の推定誤差とは,たとえば10%とすれば1,000g の体重では±100
g,3,000g では±300g の推定精度を持つということを意味する.推定誤差の意味をよ
く理解したうえで EFW を評価すべきである.APTD×TTD または AC のどちらか慣れた
腹部計測法の計算式を用いて EFW を算出すればよい.超音波専門医による分娩 1 日以内
の計測値を用いた前方視的検討でもオリジナルの式と AC を用いた式の体重推定精度は同
等であり,これらの式が日本人胎児に対して他の推定式の比較で最も精度が高いことが示
されている2)3).三次元超音波や画像認識による自動計測など EFW 推定精度の向上に関す
る研究報告もあるが,現時点では超音波という方法論に伴う原理的誤差,計測に伴う人的
あるいは機械的誤差要因によるばらつきのほうが大きく,いまだ日常臨床的手法にはなっ
ていない.
3)発育診断の基準値;発育曲線
各超音波計測値の基準値,推定児体重評価の基準値はデータの分布の正規性が確認され
ているため+1.64SD
(標準偏差)
が95パーセンタイル,+1.28SD が90パーセンタイル,
−1.28SD が10パーセンタイル, −1.64SD が 5 パーセンタイルに相当することになる.
BPD は BPD の基準値で評価をするように,EFW の評価を行うときには出生児基準値で
なく EFW の基準値で行うべきである.新生児の出生体重を評価する目的で出生時基準体
重曲線1)が用いられているが,EFW の評価にこの基準値を用いることには問題がある.
なぜなら,この種の出生時基準体重曲線は早産児を多く含む出生児の体重の値を集積して
作られたもの,37週以前の基準値はあくまでも“早産に至った児”の基準値1)で,基本的
に理想的な子宮内環境の正常発育を必ずしも表してはいないと考えられるからである.実
際に出生時基準体重曲線と EFW の基準曲線の曲線を比較すると,20週から34週のあた
りで,出生時基準体重曲線(neonatal birth weight)
が下方にふくらんでいる2)
(図 C-142)
.EFW の評価に際し,出生時基準体重曲線を用いて評価を行うと早い時期から発症す
る IUGR を見逃す可能性があるので,EFW の評価には EFW の基準値・曲線を使用すべ
きである.このようなことから,34週以前の出生児では EFW より IUGR,LFD と診断
されたが新生児の基準では AFD であったというような事態が生じることがある.これは
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2007年6月
N―171
4,000
4,500
4,000
3,500
3,500
3,000
+2.0SD
+1.5SD
3,000
2,500
2,500
2,000
2,000
1,500
1,500
1,000
−1.5SD
−2.0SD
36w3d
EFW2181g
−1.34SD
500
34w1d
1,000
500
EFW
Neonatal birth weight
0
20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 42
Gestational week
(図 C142) 出生時基準体重曲線と EFW
の基準曲線の相違
早産児の出生体重を用いてつくられた出生時
基準曲線(neonat
albi
r
t
hwei
ght
)は基本的
に出生した新生児を評価するもので,理想的
な子宮内環境での胎児体重の推移を表してい
るとはいえない.20週から 34週のあたりで
下方に広く偏位している.32週以前では平
均値で約 5~ 9%,5パーセンタイル値は 15
~ 17%EFW の基準値は重い.すなわち実際
に早産に至った児は,理想的な子宮内環境に
いた場合より発育が悪い可能性があるという
ことを示唆する.
0
20 22 24 26 28 30 32 34 36 3840 42
gestational week
(図 C143) EFW の評価法
妊娠週日に対する計測値の偏差(devi
at
i
on)
で評価する.
何週相当の発育・体重であるという記述はす
べきはない.
結果的に早産児の中では基準範囲内の体重
であったが,理想的子宮内環境にある胎児
の体重の基準からすれば小さいということ
意味するもので,EFW による IUGR,LFD
の診断として誤っているわけではない.
4)発育の評価法
発育の評価は時系列データとして扱い,
チャート上にデータをプロットして行うの
が望ましい.超音波機器にはこのようなプ
ログラムが搭載されているが,個体差や計
測技量に起因する誤差があることを念頭において発育の時系列として計測値,EFW を評
価すべきである.胎児発育評価はすでに決定された妊娠週数という時間軸における計測値
を評価するものであり,基準値(曲線)
は計測値 y に対する妊娠週数の関数 (x)
f
として算
出されていることを理解すべきである.当該妊娠週数における分布,すなわち○週○日で,
推定××グラム,であるから△SD というように評価するのが正しい方法である.超音波
機器には計測値が何週相当であるか表示をするものがあるが,本来の使い方ではなく当該
計測値が何週何日の平均値であるというだけの参考値である.たとえば36週 3 日の計測
で EFW が2,181g と算出されたとき,超音波機器に搭載されたプログラムは fetal age ;
34w1d という値を出してくる.この値に頼ると胎児の発育が 2 週も小さい,あるいは34
週の発育しかないとか,未熟であるという誤った印象を与えてしまうことになる.これは
発育の評価(y 軸の評価)
と発達・成熟のスケールとしての x 軸の評価を混同した表現であ
る.この場合,当該週数の偏差は−1.34SD であり,平均よりは小さめではあるが基準(正
常)
範囲内の発育なのである(図 C-14-3)
.諸外国のように超音波検査を頻回に行わない
ところや,妊娠週数が定かではない時には,このような何週相当であるかという値は有用
ではあろうが,個別の胎児発育の評価法の指標として根本的に意味がない.おそらく臨床
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N―172
日産婦誌59巻6号
現場でよく行われているであろうこのような△週相当という誤った表現は厳に慎むべきで
ある.
5)発育異常の診断
a:IUGR
これまで IUGR に関する臨床,基礎研究の多くは後方視的な視点から行われてきた.
すなわち,結果的に LFD であった児を IUGR として検討したものが多い.しかしながら,
EFW の基準値で示したように,必ずしも IUGR=LFD とは限らないことに留意すべきで
ある.したがって実際の臨床場面で遭遇する前方視的な観点での IUGR の診断・管理は
必ずしも容易であるとはいえない部分がある.早期発症の IUGR は hypoplastic type と
呼ばれる均整のとれた symmetrical な体型を示し,胎児の先天的要因や感染症,薬物に
起因するものが多いとされる.妊娠中期以降はいわゆる母体合併症や,子宮内環境因子に
起因するやせ型の malnourish type を示す asymmetrical な体型のものが多いとされる.
このような発育のプロポーションの差,すなわち頭部と躯幹などの発育程度の差を評価し
て,IUGR を診断・評価しようとする考え方がある.このような目的で,AC と BPD や
FL の比をとる手法も提案されているが,
それぞれの計測値の発育パタンがリニアでなく,
妊娠週数という因子が関与すること,腹部・躯幹の計測は技術上の誤差を伴いやすいこと
などから,このような比をもって IUGR の発育パタンが symmetrical か asymmetrical
なのかを早期に鑑別し,議論することは現実的には難しいと思われる.IUGR が疑われる
場合にはまず妊娠週数の妥当性を確認したうえで,妊娠週日に対する計測値・体重の位置
(分布・偏差値)
を評価する.IUGR とは,元来その胎児が持っている発育のポテンシャル
が母体合併症などの外的要因あるいは胎児側による内的要因等により抑制
(restrict)
され
た状況にある疾患群と理解して,ある単一時点での計測値や推定体重のみでなく,妊娠週
数という時間軸上を推移する発育経過のベクトルをみて診断されるべきものであると考え
られる.この意味では超音波診断による IUGR の診断に関しては,成書の記述にも曖昧
な部分がある.
超音波計測値,推定児体重値のみの絶対値だけでの評価では,常に妊娠週数との関連で,
個別化が難しいと考えられる.計測値の平均値からの偏差(SD)
で基準化して評価するこ
とにより胎児状況の変化がより理解しやすくなる.このような妊娠週数に対する計測値・
EFW の偏差の変化・傾きを記録することにより,発育障害の重症度をより客観的に評価
できる可能性がある.どの時点で IUGR を疑うか・あるいは診断するかについては現実
的に明確な基準はないが,通常は EFW が−1.5SD を下回る時点ではすくなくとも IUGR
予備群と判断して監視すべきであろう.また EFW だけでなく AC 等の腹部計測などの
個々の超音波計測値も−1.5SD を基準とし,その他の部位の計測値と比較しながら監視
すべきである.
b : HFD
HFD は妊娠母体管理という観点では糖尿病との関連から,分娩・出産時に伴うリスク
という観点からは難産,CPD や分娩時外傷との関連から,その予測は重要と考えられる.
出生体重4,000g 以上の児を巨大児と定義するが,HFD であることが現実的な臨床問題
となるのは主に後者の予知ということになろう.出産直前の計測値による推定と実際の出
生時の体重との相違は誤差±10%程度であるとすれば,4,000g の推定では±400g ぐら
いの誤差範囲の精度ということになる.このような相対的に誤差が大きくなるような印象
が生ずるのは EFW 推定の方法論的限界であり,誤差が大きいわけではない.いわゆる難
産・CPD 等の分娩進行の異常に関する予測は単に胎児体重のみで決まるわけではないこ
とを考えれば,EFW のみで難産を予測はすることは難しい.しかしながら4,000g 以上
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2007年6月
N―173
の EFW が計算されれば,選択的な帝王切開や double set up の分娩方針を選択せざるを
得ない場合も多い.児の大きさと難産や分娩進行の異常の予測に関して言えば,EFW だ
けでなく,BPD や他の胎児計測のパラメータなど用いたほうがより精度の高い予測がで
きる可能性はある.しかしながら,このようなマルチパラメータによる難産予測に関する
研究は過去いくつか報告例があるが現実的な方法論となっていない.
c:時系列データの定量的評価の重要性
発育というものを評価するときには単一時点の絶対値の評価ではなく,時系列データと
して複数の時点での計測値の変化を評価すべきである.発育の速度,発育予測といった観
点からデータを評価できれば臨床的により有効な情報を得られる可能性がある.超音波に
より得られる他の胎児の機能情報,すなわち,臍帯などの血流情報,心拍モニタリングの
情報,羊水量の情報も子宮内環境の変化を反映することから,その時系列データの変化が
重要であることはいうまでもない.日常臨床における最初のステップは外来レベルの超音
波診断で発育異常のサインをいかに早い段階で捕捉しうるかにある.
《参考文献》
1.小川雄之亮,岩村 透,栗谷典量,仁志田博司,竹内久彌,高田昌亮,板橋家頭夫,
井村総一,磯部健一.日本人の在胎週数別出生時体格基準値.新生児誌 1998 ; 34 :
624―632
2.Shinozuka N. Fetal biometry and fetal weight estimation : JSUM standardization. Ultrasound Rev Obst Gynecol 2002 ; 2 : 156―161
3.Shinozuka N, Akamatsu N, Sato S, Kanzaki T, Takeuchi H, Natori M, Chiba Y,
Okai T. Ellipse Tracing Fetal Growth Assessment Using Abdominal Circumference : JSUM Standardization Committee for Fetal Measurements. J Med Ultrasound 2000 ; 8 : 87―94
4.Shinozuka N, Okai T, Kozuma S, Mukubo M, Shih CT, Maeda T, Kuwabara Y,
Mizuno M. Formulas for Fetal Weight Estimation by Ultrasound Measurements
Based on Neonatal Specific Gravities and Volumes. Am J Obstet Gynecol
1987 ; 157 : 1140―1145
〈篠塚 憲男*〉
*
Norio SHINOZUKA
Department of Obstetrics and Gynecology, Japan Cross Medical Center, Tokyo
Key words : Ultrasound・Fetus・Estimated weight
索引語:IUGR(子宮内発育遅延)
,Fetal growth(胎児発育)
,Ultrasound(超音波)
*
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N―174
日産婦誌59巻6号
C.産婦人科検査法
Obstetrical and Gynecological Examination
15.胎児臍帯の血流計測
Assessment of Fetal Umbilical Blood Flow
超音波パルスドップラー法による胎児および臍帯の血流計測は,非侵襲的で非常に有用
な胎児 well-being の評価方法である.リアルタイムで胎児の循環動態の評価が可能であ
り,経時的な観察により胎児の低酸素状態に対する機能代償から代償不全に至る時期を判
定し,分娩の時期を決定する.
1)超音波血流評価方法
胎児,臍帯の血流は,カラードップラー法あるいはパワードップラー法で描出した血流
をパルスドップラー法によりサンプリングし,血流速度波形から定量的に評価を行う.
(1)パルスドップラー法
パルスドップラー法の原理は,周波数 f の超音波パルス波を血流に乗って移動する赤血
球にあてると,反射してくる周波数 f’
は“ドップラー効果”を受け,血流速度 V に応じ
て偏移する.これより血流速度 V は,V=c∆f"
2f cosθ(c:超音波の音速,θ :血流と超
音波ビームのなす角度)
によって求めることができる(図 C-15-1)
.実際のパルスドップ
ラー装置では,サンプリング部位の血流速度の経時的変化が実時間でかつ連続的に表示さ
れる.これは高速フーリエ変換方式などの高速演算処理を用いて解析した,偏移周波数ス
ペクトルを時間軸方向に連続記録し,血流速度波形として表示している.プローブに対し,
近付いてくる血流がベースラインより上向き,遠ざかる血流が下向きに表示され,血流の
途絶や逆流は容易に検出可能である.
(2)カラードップラー法
カラードップラー法は,赤血球からの連続した反射波の周波数スペクトル分布における
平均周波数,分散および反射強度を色調変
換し,これを二次元的に展開することに
よって観察断面内の血流をカラー表示する
超音波プローブ
ものである.プローブに対する血流の方向
体表
によって,プローブに向かう血流を赤色,
f
’
f=f−
f
’
Δ
遠ざかる血流を青色とし,さらに流速が輝
f
θ
度変調で表示される.カラードップラー法
血管
を用いれば,細い末梢血管でも容易にサン
プリングすることが可能である.
(3)パワードップラー法
パワードップラー法は,さらに周波数の
超音波ビーム
低いドップラー成分を検出することが可能
θ
Δ
血流速度V=c f/2fcos
である.したがって,カラードップラー法
(c:超音波の音速,θ
:血流と超音波ビームの
で描出できない微小血管,非常に速度の遅
なす角度)
い静脈血流,超音波ビームに直交する血流
をも表示することができ,血管分布の評価
(図 C151) パルスドップラ-法の原理
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2007年6月
N―175
や形態診断に有用である.
2)胎児評価に用いる血流計測
超音波パルスドップラー法による胎児血流の評価には動脈系では,臍帯動脈や中大脳動
脈,静脈系では臍帯静脈や下大静脈の血流を計測する.血流計測を行う際には,胎児呼吸
様運動や胎動,母体腹壁の動きのない安定した状態で行うことが重要である.
(1)胎児動脈系血流計測
動脈系の血流計測では末梢血管抵抗を評価する.血管抵抗は血圧がかかっていない状態
での血流の状態,つまり拡張期の血流速度により規定される.血管抵抗の指標として resistance index
(RI)と pulsatility index(PI)を用いて検討する.パルスドップラー法による
血流波形と RI 値,PI 値の計算方法を図 C-15-2に示す.RI 値が収縮期血流速度と拡張期
血流速度から計算されるのに対し,PI 値は平均血流速度を加味している.血流プロフィー
ル全体の形状を含めて算出している PI 値で評価するほうが望ましいとする意見もあるが,
いずれの指標も臨床的意義には差はないと
されている.図 C-15-3に臍帯動脈および
胎児中大脳動脈の血流計測の超音波写真を
示す.超音波ビームと対象血管とのなす角
度は60度未満が好ましいとされている.
日本超音波医学会が2003年に公示し,日
S
本産科 婦 人 科 学 会 が2005年 に 採 用 し た
Mean
“超音波胎児計測の標準化と日本人の基準
値”の臍帯動脈および胎児中大脳動脈の RI
値,PI 値の各妊娠週数における基準値を
D
図 C-15-4に示す1).臍帯動脈での RI,PI
の正常値は,いずれも妊娠20週以降は妊
娠週数とともに低下する.正常妊娠では妊
S:収縮期最高血流速度
D:拡張末期血流速度
娠の進行とともに血管抵抗が減少して,胎
Mean:平均血流速度
児胎盤循環が維持されていると考えられ
Resistance Index(RI)=(S-D)/S
る.一方,子宮内胎児発育遅延や妊娠高血
Pulsatility Index(PI)=(S-D)/Mean
圧症候群などでは,胎児胎盤循環の増悪が
進行するにつれて臍帯動脈 RI 値,PI 値が
(図 C152) パルスドップラ-法での血流
計測
高値となり,終末には臍帯血流の途絶やさ
臍帯動脈
中大脳動脈
(図 C153) 臍帯動脈および胎児中大脳動脈の血流波形
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N―176
日産婦誌59巻6号
臍帯動脈RI
胎児中大脳動脈動脈RI
1.0
1.1
0.9
1.0
0.8
95%ile
0.7
90%ile
0.6
0.9
95%ile
0.8
90%ile
50%ile
10%ile
5%ile 0.7
0.5
50%ile
10%ile
0.4
0.6
0.3
0.2
192021222324252627282930 313233343536373839404142
gestational weeks
0.5
5%ile
19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42
gestational weeks
胎児中大脳動脈動脈PI
臍帯動脈PI
1.8
3.0
1.6
2.5
1.4
95%ile
1.0
90%ile
1.5
0.8
50%ile
10%ile
1.0
0.6
5%ile
90%ile
50%ile
10%ile
5%ile
0.5
0.4
0.2
95%ile
2.0
1.2
192021222324252627282930 313233343536373839404142
gestational weeks
0.0
19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42
gestational weeks
(図 C154) 臍帯動脈および胎児中大脳動脈の RI
,PIの基準値
らには逆流がみられるようになる.また,胎児の心機能の悪化(血圧や心拍出量の低下)
や
臍帯の卵膜付着でも臍帯動脈 RI 値,PI 値の異常の原因となることもある.
胎児中大脳動脈 RI,PI の正常値は,妊娠20週から29週頃までは上昇したのち,30週
以降は低下する.胎児の慢性低酸素血症が生じるとこれらの値は低下する.
(2)胎児静脈系血流計測
臍帯静脈の血流計測は,血流量と共に血流波形の観察が重要である.臍帯静脈の血流量
は,胎児胎盤循環の指標とされており90∼126ml"
kg"
min が正常範囲で妊娠週数にかか
わらずほぼ一定である.血流量が異常低値の85%に IUGR や胎児発育の停止を認めたの
に対し,血流量が正常な場合には95%が胎児は正常発育であり,臍帯静脈血流量は胎児
発育に影響する.胎児に心不全が進行すると中心静脈圧が上昇して,臍帯静脈波形に波動
(臍帯動脈波形に逆同期した波形)
が認めるようになる.この臍帯静脈の波動は胎児の心不
全の徴候として重要である.また,臍帯巻絡や臍帯過捻転による部分絞扼が存在すると,
それより胎盤側で臍帯静脈の血流うっ滞が起こり臍帯静脈波形に波動を生じる.
胎児下大静脈の血流も胎児循環動態の評価に使用される.測定は下大静脈の右心房への
流入部で行い,心房収縮期の逆流波,心室収縮・心房拡張期の流入波,心室拡張期の流入
波の三相性波形である.Preload index
(PLI)
は,心房収縮期の逆流速度と心室収縮期の
流入速度の比であり,胎児の心機能の指標となる(図 C-15-5)
.胎児心機能の低下は,低
酸素血症,TTTS,胎児水腫などが進行した場合にみられる.心機能低下により心拍出量
が低下し, 右心房の収縮に伴って下大静脈への逆流が増大し, その結果 PLI が上昇する.
0.5以上は異常値と考える.
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2007年6月
N―177
逆流波
収縮期流入波
PLI=0.16
PLI=0.61
逆流速度
Preload index =
収縮期流入速度
(PLI)
心拍出量が低下し,下大静脈の右心房収縮時の逆流が増加している.
(図 C155) 胎児下大静脈の血流
1
臍帯動脈RI
1
胎児中大脳動脈動脈RI
0.9
0.9
0.8
0.7
0.8
0.6
0.7
0.5
0.4
12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 42
0.6
12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 42
妊娠週数(週)
妊娠週数(週)
臍帯動脈の循環抵抗は上昇し,胎児中大脳動脈の循環抵抗は低下している.
(図 C156) 血流の再分配現象
3)血流計測による胎児 well-being の評価
上述の血流は,胎児慢性低酸素血症の進行に伴って変化を示す(表 C-15-1)
.慢性低酸
素血症が存在すると体血管抵抗が上昇するため臍帯動脈での RI 値,PI 値の上昇として変
化が捕らえられる.低酸素血症が進行すると脳への酸素供給を確保するために,代償機構
として血流の再分配(brain sparing effect)が起こり(図 C-15-6)
,中大脳動脈での抵抗
の指標である RI 値,PI 値の低下として捕らえられるようになるが,この時点では心拍出
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N―178
日産婦誌59巻6号
量は正常範囲内に保たれている.さら
(表 C151) 胎児低酸素血症の病態と血流
の変化
に低酸素血症が進行すると代償機能の
破綻をきたして心不全の状態となっ
子宮胎盤機能不全(慢性低酸素血症)
て,心拍出量が低下し右心房の収縮に
臍帯動脈の循環抵抗(RI
,PI
)の上昇
伴って下大静脈への逆流が増大し,
機能代償
PLI の上昇として捕らえられる(図 C血流の再分配現象
中大脳動脈の循環抵抗(RI
,PI
)の低下
15-5)
.さらに心不全が進行すると中
臍帯動脈 RI
,PI
/
中大脳動脈 RI
,PI比の上昇
心静脈圧も上昇して,臍帯静脈に波動
代償不全
が認めるようになる.このように,胎
胎児心不全状態
児循環動態の評価では経時的な観察に
下大静脈の心房収縮時の逆流(PLIの上昇)
より,機能代償から代償不全に至る時
臍帯静脈波動
期を明確に評価することが大切であ
る.
IUGR などの慢性低酸素血症に曝されている胎児の管理の基本は,経時的な well-being
の評価により胎児アシドーシスの出現する前に児を娩出させて胎外治療を施すことであ
る.児のインタクトサーバイバルを目指すには,超音波パルスドップラー法による血流計
測に加えて,胎児心拍変動に基づく胎児心拍監視,超音波断層法による biophysical profile や胎児の頭部の発育を観察し,胎児 well-being を総合的に判断することが重要であ
る.
《参考文献》
1.会告 超音波胎児計の標準化と基準値の公示について.超音波医学 2003 ; 30 :
J415―438
〈工藤 美樹*〉
*
Yoshiki KUDO
Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Biomedical Sciences, Hiroshima
University, Hiroshima
Key words : Doppler velocimetry ・ Umbilical blood flow ・ Fetal circulation ・ Fetal wellbeing
索引語:ドップラー血流速度計測,臍帯血流,胎児循環,胎児健康度
*
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2007年6月
N―179
C.産婦人科検査法
Obstetrical and Gynecological Examination
16.骨盤計測
Pelvimetry
1)はじめに
骨産道の計測の目的は,狭骨盤や CPD を診断し,経腟分娩可能な妊婦を選択すること
である.骨盤を骨盤計や内診にて計測する骨盤外計測と骨盤内計測,および X 線による
ものとが従来の方法である.最近では MRI による報告もみられるが,臨床応用は今後の
課題であり,本稿では従来の骨盤計側を中心に述べる.
2)骨産道の構造
X 線による診断が一般的であるが,骨産道の構造を理解するためにも,簡便な外計測法
を理解しておくことが望ましい.
骨盤は,仙骨,尾骨,および左右の寛骨(腸骨,恥骨,坐骨の融合したもの)
からなる(図
C-16-1)
. 骨盤は骨盤分界線(ilio-pectineal line)
によって大骨盤と小骨盤に分けられる.
骨盤分界線は岬角から側方の腸骨弓状線と,前方の恥骨結合上縁に至る線である(図 C16-2)
.分娩に関与する部分は分界線より下の骨産道である小骨盤で,小骨盤腔は上から
入口部,濶部,狭部および出口部の 4 部分に分けられる(図 C-16-3)
.骨盤形側はこの小
骨盤腔の大きさを推定するために行われる.
3)骨盤計測
(1)骨盤外計測(external pelvimetry)
外計測は皮膚の上から骨盤の一定部分を触知し,その 2 点間の直線距離を測定するも
1寛骨
os coxae
腸骨稜
2仙骨
os sacrum
腸骨
os ilium
1寛骨
os coxae
腸骨,恥骨,坐骨
腸骨窩
前腸骨棘
大坐骨切痕
坐骨棘
坐骨結節
恥
os 骨
pub
i
寛骨臼(髀臼)
s
坐骨
os ishii
閉鎖孔
3尾骨
os coccygis
坐骨体
(図 C161) 骨盤諸骨
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N―180
日産婦誌59巻6号
小骨盤
small pelvis
小骨盤
(骨産道)
骨盤分界線
大骨盤
大骨盤
large pelvis
骨盤分界線 ilio-pectineal line,
linea terminalis
(無名線 linea innominata)
恥骨結合
symphysis pubis
pelvis
minor
恥骨弓
arcus pubis
(図 C162) 骨産道
a
口部
入
1.
b
2. 濶部
上腔
下腔
c
3. 峡部
d
Breisky型
4. 出口部
Martin型
(図 C164) 骨盤計
(図 C163) 小骨盤腔
のである.計測は妊婦を仰臥させるか,両脚を正中線に並列して伸ばし両膝を密着させて
起立させた状態で行う.計測は骨盤計(Breisky 型と Martin 型がある(図 C-16-4)
を用い,
以下に記す順に計測する(図 C-16-5a,b,c)
.
①棘間径(interspinous diameter)
左右の上前腸骨棘間の距離,左右の前腸骨棘を触知してこの間を測る(平均:23cm)
.
②稜間径(intercristal diameter)
左右の腸骨稜外縁の距離を測る(平均26cm)
.
③転子間径(intertrochanteric diameter)
左右の転子外縁間の距離を測る(平均28cm)
.
④外結合線(external conjugate)
恥骨結合の上縁中央部と第 5 腰椎棘突起先端を測る(平均19cm)
.
⑤外斜径(external conjugate)
一方の前腸骨棘と他方の上後腸骨棘との距離を測る.第一外斜径とは左上前腸骨棘と右
上後腸骨棘間で,逆は第 2 斜径である(平均21cm)
.
⑥側結合線(lateral conjugate)
一側の上前腸骨棘から同側の上後腸骨棘までの距離を測る(平均15cm)
.
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2007年6月
N―181
a
稜間径
棘間径
転子間径
b
産科真結合線
外結合線
⑦骨盤周囲,腰囲(circumferance of the
pelvis)
恥骨結合上縁から腸骨稜,大転子と第 5
腰 椎 棘 突 起 に 至 る 周 囲 で あ る(平 均80
cm)
.
以上の計測は骨盤計測を目的に行われ
る.しかし,実際には軟部組織や骨組織の
厚さの個人差や,外結合と産科真結合線と
が同一平面にはないなど正確な骨盤形側は
望むべくもない.しかし,X 線被曝など母
児への侵襲もなく,簡単に施行しうる点か
ら骨盤の簡便なスクリーニングとはなりう
る.
(2)骨盤内計測
恥骨から岬角までの距離を対角結合線と
して内診指で計測する方法があるが,最近
ではなされない.
4)X 線による骨盤計測
c
側結合線
19.0cm
15
.0c
m
第1外斜径
26.0cm
稜間径
21
.0c
m
23.0cm
棘間径
外結合線
(図 C165) a.稜間径,棘間径,転子間径
b.外結合線
c.
女性骨盤の計測値(新井正治:日本産婦人科
全書,金原出版,東京,1967より改写)
(表 C161) X線骨盤計測の適応
1.帝王切開後の経膣分娩(VBAC)
2.難産既往(遷延分娩など)
3.身長 150cm未満,とくに 145cm未満
4.子宮底 38cm以上,とくに 40cm以上
5.初産婦の f
l
oat
i
nghead,Sei
t
z
(+)
6.骨盤位(経膣分娩)
7.分娩停止
陣痛開始後,とくに破水後で子宮収縮が整調
なのに分娩が進行しない場合.
(1)X 線骨盤計測の適応(表 C-16-1)
適応を表 C-16-1に示した.
(2)撮影方法
一般には入口面撮影法と側面撮影法を同
時に行う.この二法で通過可能と判断され
る場合,大部分はたとえ鉗子,吸引分娩と
なっても経腟分娩が可能という.
①骨盤側面撮影法(Guthmann 法)
外結合線をフィルムと平行にした骨盤の
縦断像で,骨盤腔の前後の形態,仙骨形態,
骨盤開角などが調べられ,児頭の下降度,
進入,骨重責などの骨盤内の児頭の情報が
得られる.
身体の正中線上である股間中央や背中中
央に Guthmann Scale を置き撮影し,そ
の目盛りを計測に用いる.撮影時の注意は,
恥骨結合の中心と岬角の中心からフィルム
にいたる距離を等しくし,真結合線をフィ
ルムと平行にすることである.真結合線は
図C-16-6の VS で,フ ィ ル ム 上 の V’
S’
であり,真結合線 VS=V’
S’
(FC−AC)
"
FC)
として算出される(図 C-16-6)
.
外結合線に平行に撮影がなされていれ
ば,左右の寛骨臼像が同心円上に並ぶ.そ
うでない時には,正確な計測はできない(図
C-16-7)
.
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N―182
日産婦誌59巻6号
岬角から恥骨結合後面までの最短距離が産科真結合線である.恥骨結合後面から仙骨ま
での距離で最も短い径線を最短前後径といい,通常は産科真結合線と一致する.しかし,
平仙骨や重複岬角などの場合には最短前後径は産科真結合線より下方にあり(図 C-168)
,児頭の下降が困難で難産になりやす
い.
F
②骨盤入口撮影法(Martius 法)
骨盤入口の撮影法で,フィルム上に半坐
位にさせ,上方から撮影する(図 C-16-9)
.
骨盤と同時に児頭も撮影される.撮影時に
は骨盤入口面(外結合線上の平面)
とフィル
ムを平行にすべきで,閉鎖孔や寛臼像が著
しく離れるものは正しい撮影ではなく,正
V A S
確な診断にはならない(図 C-16-7)
.
骨盤入口横径10.5cm 未満は,狭骨盤と
b
診断する(表 C-16-2)
.
V’
S’
P
(3)撮影結果の評価
c
①骨盤入口面(図 C-16-10)
骨盤入口を形態学的特徴から 4 型に分
(図 C166) Gut
hmann骨 盤 側 面 撮 影 法
ける.
から真結合線を算出する方法
(図 C167) 入口像における閉鎖孔像と側面像における左右寛臼像の非
同心性を示す(歪んだ像)
a.
最小前後径と産科真結
合線との一致する場合
b.
最小前後径が濶部に
ある場合
c.
重複岬角
d.
最小前後径が峡部
にある場合
(図 C168) 最小前後径の位置
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2007年6月
N―183
a.anthropoid type
(類人猿型,細長型)
楕円形で,横径より前後径が長い.
b.gynecoid type
(女性型)
ほぼ円形,横径が前後径とほぼ等しい.分娩予後は最も良い.
c.platypelloid type
( 平型)
横長の楕円形である.
d.android type
(男性型)
前半部は V 字型で狭く,後半部は平坦.児頭が通過する際,前方と後方とで死腔にな
る部分が大きくなるため分娩予後は不良となることが多い.
②入口面法による CPD 診断(図 C-16-11)
Martius 法により,骨盤入口に児頭が入るかどうかをみる簡便法である.X 線フィルム
上の児頭をトレーシングペーパーで切り抜き,児頭が骨盤入口面に入るかどうかで CPD
の有無を判定する.入口面に児頭が入れば通過可,接すれば境界,入口面より児頭が大き
ければ通過不可とする.児頭が骨盤入口よ
り高位では実際よりも大きく写るため,診
断時には注意すべきである.
通過可能と診断した場合は93∼95%が
経腟分娩可能である.しかし,不可能と診
断 し た 場 合 で も15∼35%は 分 娩 可 能
で1),CPD の目安とすべき診断方法であ
る.
③骨盤の大きさの評価(表 C-16-2)
日本産科婦人科学会による狭骨盤の定義
(図 C169) Mar
t
i
us坐位骨盤撮影法
は産科真結合線9.5cm 未満であり(表 C16-2)
,帝王切開すべきである.しかし,
(表 C162) 骨盤の大きさの基準
産科真結合線
入口横径
外結合線(参考)
a. 女性型骨盤
Gynecoid
狭骨盤
比較的狭骨盤
正常骨盤(平均値)
9.
5cm未満
10.
5cm未満
18.
0cm未満
9.
5~ 10.
5cm未満
10.
5~ 11.
5cm未満
10.
5~ 12.
5cm(11.
5cm)
11.
5~ 13.
0cm(12.
3cm)
18.
0~ 20.
0cm(19.
3cm)
b. 細長型
(類人猿型)
骨盤
Anthropoid
c. 平骨盤
Platypelloid
d. 男性型骨盤
Android
(図 C1610) 入口面の分類
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N―184
日産婦誌59巻6号
(表 C163) 児頭大横径と骨盤入口部
最短前後径または骨盤狭部前後径とを用
いた CPDの判定
骨盤入口部最短前後径―児頭大横径
A. 通過可能例
B. 通過可能例
2.
5cm以上
1.
5~ 2.
5cm
0.
5~ 1.
5cm
0.
5cm未満
経膣分娩可能
大部分経膣分娩可能
帝王切開 50%
大部分帝王切開
骨盤狭部前後径―児頭大横径
C. 接触例
D. 通過不可能例
1.
5cm以上
0.
5~ 1.
5cm
- 1.
0~ 0.
5cm
- 1.
0cm未満
経膣分娩可能
大部分経膣分娩可能
試験分娩
帝王切開
(図 C1611) 鈴村らの入口面法
近年の日本人で狭骨盤の婦人は非常に珍しい.9.5∼10.5cm 未満の時は比較的狭骨盤で
試験分娩の対象で,10.5cm 以上は正常骨盤である.
④超音波断層法との組み合わせ
最短前後径が児頭大横径より2.5cm 以上ある時は,経腟分娩は可能であるが,一方,
児頭大横径が最短前後径より大きい場合や,その差が1cm 未満の場合には,CPD と診断
2)
し,両者の差が1.5cm 未満の場合には borderline として試験分娩を行う(表 C-16-3)
.
⑤仙骨形態評価やその他の評価
a.前述したとおり仙骨の 平度が強いと分娩は難産の程度は増す.
b.陣痛時の Guthmann 法で,児頭と仙骨または岬角との間隔が2.5cm 以上離れる場
合は,後在低置胎盤や,卵巣腫瘍,子宮筋腫などが児頭の下降を妨げている可能性があり,
超音波診断を行う.
c.分娩進行の悪い例で Guthmann 法で児頭に骨重責が著明であれば経腟分娩困難と
考える.
5)EBM
(evidence based medicine)
における X 線骨盤計測
もともと,放射線による骨盤計測は prospective な検討なしに広く行われてきた診断
技法である.EBM として X 線骨盤計側を考える時,診断の有効性は不確実である.Cochrane のデータベースでは,頭位における X 線骨盤計測は,帝王切開率を増したという
報告以外,母児にとって benefit になるものは明らかでないという3).
6)X 線以外の画像診断による骨盤形側
欧米では,胎児の被曝を危惧し,X 線による骨盤計測は,既往帝王切開後の経腟分娩
(VBAC)
の症例以外では用いられる頻度が減少しているという.近年では,MRI を用い
た骨盤計測が多数報告されている4)5).MRI は骨産道のみでなく軟産道をも評価できるた
め,CPD の診断に期待がかけられている.
日本では保険医療の制約からか MRI 診断はいまだ一般的ではないが,今後,臨床応用
が進むと考えられる.
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2007年6月
N―185
《参考文献》
1.鈴村正勝.産科診断法,ⅡCPD の診断,現代産婦人科学大系,第15巻 B2,
東京:中
山書店,1975 : 159−200
2.須川 佶.産婦人科臨床教本,東京:六法教本,1982
3.Pattison RC. Pelvimetry for fetal cephalic presentations at term. The Cochrane
Library 2004, Issue 3, The Cochrane collaboration and published.
4.Sporri S, Thoeny HC, Raio L, Lachat R, Vock P, Schneider H. MRI imaging
pelvimetry : a useful adjunct in the treatment of women at risk for dystocia?
AJR Am J Roentgenol 2002 ; 179 : 137―144
5.Zaretsky MV, Alexander JM, McIntire DD, Hatab MR, Twickler DM, Leveno KJ.
Magnetic resonance imaging pelvimetry and the prediction of labor dystocia.
Obstet Gynecol 2005 ; 106 : 919―926
〈朝倉 啓文*〉
*
Hirobumi ASAKURA
Department of Obstetrics and Gynecology Nippon Medical School, Musasikosugi Hospital,
Kanagawa
Key words : Pelvimetry・X-ray pelvimetry・Narrow pelvis
索引語:骨盤計側,X 線骨盤計側,狭骨盤
*
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N―186
日産婦誌59巻6号
(付図 C121) 妊娠週数の進行に伴う臍帯動脈血流速度波形の変化
(付図 C122) 妊娠 9週の胎児水腫
(皮下浮腫
(矢印))
例で認められた臍帯動脈血流速度
波形拡張期逆流波.
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2007年6月
N―187
(付図 C123) 侵入奇胎
(矢印)の超音波断層図.Ut
:子宮.2D:二次元像 .CD:カラー
ドプラ像,
(付図 C124) 子宮頸管妊娠の超音波断層図.胎芽心拍動が明瞭に認められる.GS:胎
嚢.I
O:内子宮口.CD&PD:カラードプラ像およびプルスドプラ図 .3D:三次元像.
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N―188
日産婦誌59巻6号
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