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児童労働の現状と日本人の意識変革

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児童労働の現状と日本人の意識変革
2012 年度卒業論文
児童労働の現状と日本人の意識変革
リベラルアーツ学群 4 年
学籍番号:208D0685
寺田紗季
1
目次
はじめに………………………………………………………………………...…….....................4
第1章
児童労働とは…………………………….………………………….….….....................5
第1節
1-1
児童労働の定義………………………………………………………..……………….6
ILO による児童労働の定義……………………………………………...………………6
1-2 児童労働禁止までの国際的な動き……………………………………….....................7
1-3
子どもの権利条約について……...………………………………………………………8
1-4
子どもの権利条約からみる児童労働…………………………………………………...8
第2節
児童労働の現状…………………………………………………………………………8
2-1 児童労働の分野別統計…………………………………………………………………...9
2-2 把握しにくい児童労働………………………………………………………………….12
第3節
児童労働の発生要因………………………………………………………………….12
3-1 児童労働の発生要因(供給側)…………………………………………………………..13
3-2 児童労働の発生要因(需要側)…………………………………………………………..13
第4節
児童労働の労働環境と労働条件の実態…………………………………………….14
4-1 職種別にみる労働状況………………………………………………………………….14
4-2 最悪の形態の児童労働………………………………………………………………….15
4-3 子どもに与える悪影響………………………………………………………………….16
第2章
インドの児童労働……………………………………………………………………….16
第1節
インドにおける児童労働の実態……………………………………………………..17
1-1 インドという国………………………………………………………………………….17
1-2 インドの児童労働者数の統計………………………………………………………….17
1-3 実話から捉える児童労働の労働条件と労働環境の実態…………………………….18
1-4 インドにおける債務児童労働………………………………………………………….18
第2節
インドに児童労働が多い要因……………………………………………………….20
第3節
インドの政府と地方団体・NGO 団体による取り組み…………………………..21
3-1 インド政府による取り組み…………………………………………………………….22
3-2 地方団体や NGO 団体による取り組み……………………………………………….24
3-3 フェアトレード団体による取り組み………………………………………………….25
第3章
日本人の意識変革……………………………………………………………………….25
第1節
日本人の意識向上のための NGO による取り組み………………………………..26
1-1
ACE の概要………………………………………………………………………………26
1-2
ACE の事業………………………………………………………………………………26
1-3
ACE による日本人の意識向上のための取り組み……………………………………27
第2節
日本人の児童労働に関する意識調査……………………………………………….30
2
2-1 アンケートの内容……………………………………………………………………….30
2-2 アンケート結果の予想………………………………………………………………….31
2-3 アンケート結果………………………………………………………………………….32
2-4 アンケート結果から見る日本人の問題意識の低さ………………………………….32
おわりに…………………………………………………………………………………………….33
参考文献…………………………………………………………………………………………….35
参考資料…………………………………………………………………………………………….35
参考 HP……………………………………………………………………………………………..36
3
はじめに
ILO児童労働グローバル・レポート 2010 1 によると、2008 年度の時点で、約 2 億 1500
万人の子どもたちがまともな教育を受けることなく、劣悪な状況下での過酷な労働を強い
られているという。彼らは児童労働者と言われ、不衛生な環境で長時間、低賃金で働かさ
れており、仕事が原因で体調を崩す、不自由な体になるといった悪影響を受けている。ま
た、学校に通えず字が読めないなど、児童労働は人間にとって大切な子ども時代、そして
将来にまで大きな被害を及ぼす。これは明らかに人権侵害であり、児童労働は違法である 2 。
筆者が児童労働に興味を持つようになったきっかけは、高校生の頃テレビで見た、カカ
オ畑で働かされる子どもたちの様子を映したドキュメンタリー番組である。チョコレート
の存在すら知らない彼らは、カカオ豆がいっぱいに入った重い籠を背負い、高い木の上で
作業をするという危険な仕事をしていた。必死で働いているにも関わらず、雇用主に怒鳴
られ、ときには暴力を振るわれ、休むことさえ許されず、さらに、貰える賃金はほんの一
握りであった。筆者は、このような状況が世界で起きていることをその時初めて知り、毎
日楽しく遊んで生活していた自分の子ども時代と比較した。そこで、生まれた国によって、
なぜこんなにも子どもの置かれる状況に差が出てしまうのか、問題を解決するために自分
は何ができるのか、と考えるようになり、大学で国際協力を学ぶことに繋がった。
筆者は、より現状を知るため、2010 年の夏にインドへ行くスタディー・ツアーに参加し、
児童労働から解放され、リハビリを受けている子どもたちと交流した。彼らの中には、労
働による病気やケガ、また精神的被害を受けている者もおり、過去を思い出したくないと
言う者が大半で、どれほど児童労働が子どもたちの負担になっているのかということ、ま
た、児童労働は早急に取り組まなくてはならない深刻な問題であるということを実感した。
このような現状があるにもかかわらず、多くの日本人は児童労働についてあまり知らな
い。児童労働の存在すら知らない日本人もいる。また、たとえ存在を知っていたとしても、
児童労働は海外の問題である、そう考える日本人は多いだろう。しかし、途上国で児童労
働によって安く生産された物は、先進国で安く売られることが多い。例として、日本に輸
入されるカカオ豆の 7 割はガーナ産であり、ガーナを含む西アフリカ 4 カ国のカカオ生産
地では、数十万人の子どもたちが働いていることが挙げられる[ACE HP 2010,9.29]。また、
それはインドにおいても言える。じゅうたんはインドの代表的な輸出産品であるが、イン
ドで製造される輸出向けじゅうたんの 85 パーセントが、児童労働が頻繁に行われているイ
ンドのウッタルプラデシュ州で生産されている[UNICEF HP 2010,10.9]。つまり、インド
世界労働機関(International Labour Organization, 以下 ILO)が出した、児童労働に関す
る情報がまとめられたレポート。
2 ILO が出した、
ILO 条約第 138 条にて、義務教育が終わる前の子どもの雇用を禁止する、
「就業の最低年齢に関する条約」が定められる。また、第 182 条では、子どもの健やかな
成長を妨げる危険で有害な労働を禁止する、「最悪の形態の児童労働に関する条約」を定め
ている[ILO HP 2010,9.30]。
1
4
産のじゅうたんが先進国で安く売られている場合、それは児童労働によって製造された可
能性が高いと言える。子どもたちが収穫したカカオ豆は、どこへ行くのだろうか。先進国
に住む私たちの口である。子どもたちによって織られたじゅうたんは、誰が使うのだろう
か。先進国に住む私たちである。
こういった先進国の人々の児童労働に関する認知度の低さは、児童労働によって製造さ
れた物を購入し続けてしまうこと、つまり、児童労働を大きく助長してしまうことに繋が
り、問題を解決する上で大きな障害であると筆者は考える。我々が日々、児童労働によっ
て製造された服や物を購入している可能性は大いにある。児童労働は我々日本人に関わっ
た問題であるから、それについて考えることは、我々の消費者としての責任、大人として
の責任でもあると言えるだろう。
そこで、日本人の児童労働に関する認知度を調査し、どれほど児童労働に関心が見られ
るかという現状を把握する。また、日本の NGO では児童労働に関する問題意識向上のため
に、日本人に対してどのような政策や運動を行っているか、効果はあったのかを調べる。
そして、最終的には、どうしたら日本人の意識をより向上できるかを考察したいと思って
いる。
第 1 章では、児童労働の定義をILOと子どもの権利条約 3 の両面から把握し、それを踏ま
え、児童労働の現状、発生要因、労働環境・条件の実態を述べる。第 2 章では、より詳し
く実態を知るため、インドの児童労働に焦点を当てて論文を展開する。世界の中でもその
国を選んだ理由は、自らの目で見てきたインドの現状を伝えたいからであり、また、世界
で最も児童労働の深刻な国とされているからである。インドで児童労働に従事する子ども
の数は、1100 万人とも 1 億人以上とも言われている[UNISEF HP 2010,10.9]。インドにお
ける児童労働について論じ、その中で、児童労働者であった子どもの話を取り上げ、実状
をより鮮明に伝えていきたい。そして、第 3 章で、児童労働に対する日本人の問題意識の
低さの現状をまとめると共に、日本のNGOによる意識向上のための政策や運動について調
査し、最終的に日本人の意識向上に向けて自分なりに考察する。
第1章
児童労働とは
第 1 章では、まず、児童労働の定義を ILO と子どもの権利条約の両面から捉える。また、
児童労働問題が取り上げられるまでの歴史、統計からみる児童労働の現状、発生要因、そ
して、労働環境・労働条件の実態を具体的に述べ、児童労働とは何かを概説する。
3
子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約。18 歳未満を子どもと定
義し、子どもの生存、成長、保護、参加という包括的な権利を実現・確保するために必要
となる具体的な事項を規定している[UNICEF HP 2010,9.30]。
5
第1節
児童労働の定義
昔は子どもが働くのは珍しいことではなく、批判の対象にはあまりならなかった。今で
も、子どもが働くことを悪いことだと思わず、むしろ、家の手伝いをしなくなったと嘆く
人も多い[初岡 1997:2]。今の日本では、高校生からアルバイトすることは普通のことであ
るし、家の手伝いをしない人は批判されるという社会が存在する。では、児童労働を禁止
する日本のこのような子どもたちは、児童労働者とは言わないのか。一体、子どもが行う
どのような形態の労働を児童労働と呼ぶのだろうか。ここでは、ILO による児童労働の定
義と、児童労働がどのように問題として取り上げられるようになったのかという経緯、そ
して、子どもの権利条約から捉える児童労働について述べる。
1-1
ILO による児童労働の定義
子どもが働くこと全てが児童労働ではない。児童労働とは、子どもの心と身体の健康に
害を与えたり、子どもたちが育つための教育の機会を奪ったりするあらゆる種類の労働を
指す。子どもが子どもらしく健康に育つことを妨げるような労働を児童労働と呼ぶのであ
る[岩附 2009:32]。
児童労働を含め、働くということを考えるとき重要になるのがILOである。ILOは 1919
年に誕生した最も古い国際機関である。労働者の権利を保護することを目的に、労働にか
かわる様々な基準や制度を定め、監視を行う。そのILOが定める児童労働の定義は、ILO条
約 4 の中の 2 つの条約に則して定められている。
第 1 が、1973 年に採択された、ILO条約第 138 条の「就業の最低年齢に関する条約」で
ある。ここでは、原則 15 歳未満の子どもが大人のように働くことを禁止している。しかし、
経済と教育施設が十分に発達していない国については、当初は最低年齢を 14 歳とすること
ができる。また、軽易労働 5 については、13 歳以上 15 歳未満の者の就業を認めている。具
体的な軽易労働については、各国の機関が決定することとしており、この場合にも、経済・
教育施設が不十分な国については、最低年齢を 12 歳以上 14 歳未満とすることができる。
さらに、危険有害な労働 6 については、最低年齢を 18 歳とし、具体的な危険有害な業務の
決定は、各国に委ねている。しかし、年少者がその健康、安全および道徳について十分に
保護され、適切な教育・職業訓練を受ける場合には、最低年齢を 16 歳と定めることができ
るとしている[初岡 1997:110](表 1)。第 138 条は、2009 年の時点で、ILO加盟国 183 カ国
中、154 カ国が批准している[ACE HP 2010,11.18]。
ILO の総会が採択する、条約形式の国際的な労働基準。国際労働条約。2007 年の時点で
188 の条約と 199 の勧告がある[ILO HP 2010,11.18]。
5 健康、発達に有害となる恐れがなく、学校・訓練課程などへの出席・参加などを妨げるよ
うなものでないという条件を満たす労働[初岡 1997:110-111]。
6 業務の性質またはそれが行われる状況から年少者の健康、
安全または道徳を損なう恐れの
ある業務[初岡 1997:110]。
4
6
表 1 ILO による児童労働の定義
最低年齢
軽度な労働
危険な労働
15 歳(途上国は 14 歳でも可) 13 歳(途上国は 12 歳でも可) 18 歳(健康・安全・道徳が保
義務教育修了年齢を下回らな
護され、適切な職業訓練を受け
い
る場合は 16 歳)
([ILO HP (2010,11.18)]より筆者作成)
そして、2 つ目は、1999 年に採択された、ILO 条約第 182 条の「最悪の形態の児童労働
に関する条約」である。最悪の形態の児童労働とは、①人身取引、債務奴隷、強制的な子
ども兵士、その他の強制労働、②売春、ポルノ、麻薬の製造・密売などの不正な活動、③
子どもの健康・安全・道徳を害し、心身の健全な成長を妨げる危険で有害な労働、の 3 つ
に当てはまる労働である[ILO HP 2010,11.18]。第 182 条は、批准国に対し最悪の形態の児
童労働を禁止しており、2009 年の時点で、ILO 加盟国 183 カ国中、171 カ国が批准してい
る[ACE HP 2010,11.18]。
ILO では、この 2 つの条約から、原則 15 歳未満の子どもが大人のように働く労働、18
歳未満の子どもが行う最悪の形態の労働を児童労働としている。
1-2
児童労働禁止までの国際的な動き
児童労働は世界において、どのように「問題」として考えられるようになっていったの
だろうか。
児童労働に対する態度は時代によって変化してきた。工業化以前の社会では、子どもが
働くことはその福祉に反するとは考えられず、むしろ、働くことは学ぶことであり、社会
に踏み出す正道であるとみなされていた。こうしたなかで、欧米では工業化が進み、親元
から離れて働く子どもが激増し、1870 年から 1900 年の間に児童労働が急増した。しかし、
19 世紀末に民主主義と人権思想の確立によって義務教育制度が導入され始めると、将来の
ためには子どもを働かせるよりも、教育することが重要である、子どもの本来の居場所は
「職場ではなく、学校」という考えが広まったため、児童労働は禁止すべきだという考え
方が強くなっていったのである[初岡 1997:3-4]。
かつては、貧困や子どもの労働は、個々の家族の問題だとみなされていたが、次第に個々
の国の社会政策上の課題とみなされ始めた。それをグローバルな視点で取り上げ、国際的
にその根絶を目指すようになったのは、比較的最近のことである。1948 年には世界人権宣
言 7 が行われ、さらに、1924 年に国連によって採択された「子どもの権利宣言 8 」によって、
1948 年 12 月 10 日に第 3 回国連総会において採択された、全ての人民と国民が達成すべ
き基本的人権についての宣言。
8 1959 年 11 月 20 日に国連総会で採択された、
子どもが、幸福な子ども時代を送り、かつ、
7
7
子どもが能力と意見を持ち、成人と同じように尊重されるべきであり、子どもも権利を持
っていることが初めて国際的に認められた。その後、ILOが就業最低年齢に関する条約を採
択、国際連合(以下、国連)は子どもの権利に関する条約の準備を開始し、1989 年、
「子ども
の権利条約」が採択された。このように、児童労働は国際的な問題として世界中で取り上
げられるようになった[初岡 1997:4-5]。
1-3
子どもの権利条約について
子どもの権利条約は、1989 年、国連において満場一致で採択された、基本的人権が子ど
もにも保障されるべきことを国際的に定めている条約である。前文と本文 54 条からなる子
どもの権利条約は、子どもの生存、発達、保護、参加という包括的な権利を子どもに保障
したものとなっており、子どもに関する法律や法律を守るための文書、ガイドラインなど
を作るときに必ず参考にされる、もっとも基本的な文書のひとつとして考えられている。
現在、日本を含めた世界の 193 の国と地域が批准している[岩附 2009:116]。子どもを権利
侵害状況からいかに救済・保護するかとともに、どのような権利が現在の世界の子どもた
ちに必要かを示す子どもの権利条約は、児童労働による子どもの人権侵害が叫ばれる今、
大きな役割を果たすであろう。
1-4
子どもの権利条約からみる児童労働
子どもの権利条約においては、18 歳未満のすべての人間を「子ども」と定義している。
54 の条項は、①命そのものが大切に扱われ、生きていくために必要なものが与えられる権
利を持つ「生きる権利」
、②教育を受けたり、休んだり遊んだりできる権利を持つ「育つ権
利」、③経済的な搾取や暴力、性的搾取などから保護される権利を持つ「守られる権利」、
④意思を表現したり、自由に活動できるなどという権利を持つ「参加する権利」と、大き
く 4 つの権利に分けられている[岩附 2009:116-117]。児童労働は、子どもの権利条約で認
められるほとんどの権利を侵害する。つまり、児童労働者は、子どもとしての人権が認め
られていないのである。
こう見ると、子どもの権利条約の観点は ILO の定義に比べて、より広い視点から児童労
働に適用できることが分かる。権利条約で児童労働が定義されているわけではないのだ。
本論文では、ILO 条約および、子どもの権利条約に基づき児童労働を捉えていくが、筆者
は、児童労働は明らかな子どもの権利侵害であることを強調したいと考えるので、主に、
子どもの権利条約の視点から論文を展開していく。
第2節
児童労働の現状
自己および社会の幸福のためにこの宣言に掲げる権利および自由を享有することができる
ようにするために、親、個人としての男女、民間団体、地方行政機関および政府に対して
要請した宣言。
8
2010 年 5 月 8 日、ILO から児童労働に関するグローバルレポート“Accelerating action
against child labour”(邦題「反児童労働行動の加速化」)が発表された。ILO は、児童労働
の実効的な廃止を目指し、これまで 2002 年と 2006 年にグローバルレポートを発行してお
り、今回は 3 回目のレポートである。今回のレポートでは、2008 年時点のデータから算出
した児童労働者数の統計や傾向を記しており、また、2006 年以降の取り組みの進展と、前
回のレポートで掲げられた「最悪の形態の児童労働を 2016 年までに撤廃する」という目標
達成へ向けた課題と展望を述べている[ACE(a) 2010:1]。
第 2 節では、この 2010 年のグローバルレポートを基に、全体・年齢別・男女別・地域別・
職業別の分野から見た児童労働の統計や傾向を示し、児童労働の現状を把握する。
2-1
児童労働の分野別統計
<児童労働の統計>
現在、世界には何人の児童労働者が存在するのか。2008 年の時点で、世界の児童労働者
(5~17 歳)は、2 億 1500 万人と推定されている。これは、5~17 歳の子ども 15 億 8600 万
人の 13.6%にあたり、世界の子どもの 7 人に 1 人が児童労働に従事していることになる。
また、その
うち 1 億 1500 万人は危険労働 9 に就いており、児童労働者全体の 54%を占めている
[ACE(a)2010:2]。
世界全体の児童労働者数は、2004 年に比べ 3.2%減少し、さらに、危険労働に携わる子
どもの数も 10.2%減少した。世界の子ども人口は増えつつあるのに対し、児童労働者数は
減少傾向にあるのだ。しかし、2000 年から 2004 年にかけて、児童労働者数は 9.5%、危険
労働に従事する子どもの数は 24.7%の減少が見られたことに比べると、2004 年から 2008
年にかけての減少はわずかなものであった[ACE(a) 2010:2]。図 1 を見ると、グラフの下が
り方が緩やかになってきており、減少のペースが落ちているのが分かる。
9
労働の性質や環境により、子どもの安全、健康、発達に著しく悪影響を及ぼしうるあらゆ
る労働。危険労働は「最悪の形態の児童労働」の 90%を占め、強制労働などの最悪の形態
は統計上捕捉できないので、危険労働の統計は最悪の形態の児童労働の代理としてみなす
ことができる[ACE(a) 2010:1]。
9
図 1 児童労働者の推移(2000~2008 年)
([ACE(a) 2010:2]より筆者作成)
<年齢別の統計>
年齢別に見てみると、5~14 歳の義務教育年齢層は児童労働、危険労働のいずれでも 2000
年から減少を続けているのに対し、15~17 歳の年齢層では、2000 年から 2004 年には減少
したが、2004 年から 2008 年にかけては、5200 万人から 6200 万人へと 1000 万人も増加
している。また、児童労働者数が減少にある中で、危険労働に従事する 15~17 歳の子ども
は増加傾向にある[ACE(a) 2010:2]。
<男女別の統計>
次に、男女別に統計を見てみる。2008 年の 5~17 歳の児童労働者の男女の割合は、男子
が 59.3%、女子が 40.7%で、男子のほうが女子より 4000 万人多いという結果が出た。こ
れは、以前から見られる傾向で、全体的にみると、児童労働者は比較的男子の方が多い。
さらに、15~17 歳の年齢層では、男子が 66.2%、女子が 33.8%を占めていることから、男
女の差は年齢層が上がるにつれて広がるということがわかる[ACE(a) 2010:2]。
しかし、この男女別統計には大きな落とし穴がある。政府の公式統計では現れにくいが、
フォーマル・セクターよりも、実際は、零細企業、家族農業、家内労働、家事労働、行商
などのインフォーマル・セクター 10 に 8~9 割の子どもが働いているという現状がある[初岡
1997:8]。男子の場合はその多くが生産的な経済活動をしており、賃金を得るために工場で
働いたり、農場で家畜の世話をしたりするが、女子の場合は年少者の世話をしたり、料理
や掃除といった家事労働に多くの時間を費やしているとされている。したがって、女子の
10
家庭内の労働・路上販売・農業など、監督や統計の対象となっていない部門。
10
場合ほとんどが無報酬の労働者であるため、その労働は過小評価され、男子に比べて労働
力として統計上現れにくい傾向があるのだ[藤野 1997:81]。
<児童労働の地域分布>
児童労働は、世界のどの地域に多く見られるのだろうか。5~17 歳の児童労働者の地域分
布を見ると、アジア太平洋地域が児童労働全体の 53%(1 億 1360 万人)を占めており、児童
労働者の数が最も多いことがわかる。次に多いのがサハラ以南アフリカで 30%(6500 万人)、
その後にラテンアメリカ・カリブ海、その他地域と続く(図 2 を参照)。2004 年と 2008 年の
児童労働者(5~14 歳)の地域分布を比較してみると、やはりアジア・太平洋地域が最も割合
が高く、次にサハラ以南アフリカと続くのは変わりないが、サハラ以南アフリカが占める
割合が 25%から 33%に増加している。他の地域では減少傾向にあるのに対し、サハラ以南
アフリカの地域だけが、人数、従事率ともに増加傾向にある。また、各地域の子どもの数
に対する児童労働者数は、世界全体およびアジア・太平洋地域が 7 人に 1 人、ラテンアメ
リカ・カリブ海地域が 10 人に 1 人なのに対し、サハラ以南アフリカでは 4 人に 1 人いう計
算になる。児童労働者数が最も多いのはアジア・太平洋地域であるが、児童労働者率が最
も高いのはサハラ以南アフリカである[ACE(a) 2010:3]。
このようにみると、児童労働は途上国に存在するものだと思いがちだが、先進工業国も
無縁ではなく、250 万人ほどの児童労働者が先進国に存在する。例えば、アメリカでは、学
校に入学するものの、仕事をしていくうちに学校の勉強についていけなくなり、退学して
しまうということが多く見られる[岩附 2009:37]。児童労働は、市場経済への移行期にある
アジア諸国や欧米諸国にも見られる現象なのである[初岡 1997:7]。
図 2 児童労働の地域分布
([ILO 2010: 27]より筆者作成)
11
<児童労働者の職業セクター別分布>
次に、児童労働が多くみられる職業をセクター別に見ていく。子どもが働くセクターは、
農林水産業分野が最も多くなっており、全体の 6 割を占めている。農林水産業 11 の後に、サ
ービス業 12 、工業 13 と続く。2004 年から 2008 年を比較すると、農林水産業は 69%から 60%
に、工業は 9%から 7%に減少しているが、サービス業は 22%から 26%に増加している。
ここでの特徴となるのが、セクター別の男女比である。農林水産業では 62.8%、工業では
68.5%を男子が占めているのに対し、サービス業においては女子が 56.2%を占め、男子を
上回っている[ACE(a) 2010:3]。
子どもたちが行っている労働の種類は様々である。カカオやコーヒー、ゴムなどの農場
での農作業、漁業、採掘、採石、建設、レンガやじゅうたんなどを作る工場での製造業、
そして、ホテルやレストラン、家事使用人などのサービス業がある。また、軍隊、雇われ
刺客、麻薬の生産・販売、人身売買、ポルノ、物乞い、血液または臓器提供、債務労働な
どの、違法な活動に従事させられている子どもも多く存在する[初岡 1997:8]。
これらの労働の詳しい内容と、子どもたちに引き起こす影響については、第 2 章におい
て詳しく述べる。
2-2
把握しにくい児童労働
このように、児童労働は年々減少傾向にあるものの、まだまだ世界中に多く存在してい
ることが分かる。しかしながら、これらは正確な数値ではない。それは、先ほど男女別の
傾向において述べたようなインフォーマル・セクターでの労働者であったり、児童労働者
の多くが無報酬の家族従業者であったり、もしくは不法に働かされているからである。実
際の児童労働者の数は誰にも知らされていない [藤野 1997:15]。また、学校に通いながら
働いている子どもは、児童労働に含まれない場合もある。世界で働く子どもの数を正確に
把握することは困難であり、推定のみである[初岡 1997:7]。つまり、児童労働は統計以上
に存在するということである。
第3節
児童労働の発生要因
第 2 節において、児童労働問題の規模の大きさを把握した。では、なぜそのような現状
があるのか、なぜ子どもの労働が求められるのだろうか。第 3 節では児童労働の発生要因
をみていく。
児童労働の発生要因として、供給側と需要側の両面からの要因が存在する。
11
12
13
農業、漁業、林業、狩猟などを含む。
卸売、小売、飲食業、運輸、倉庫、通信、金融などを含む。
鉱山・採石業、製造業、建設業、電気・ガス・水道などの公共工事などを含む。
12
3-1
児童労働の発生要因(供給側)
まず供給の面からみると、貧困の問題がある。貧困家庭は、子どもの労働による収入を
家計の補助的なものとしてあてにする。さらに、事故、親の失業や労働不能などが原因で
子どもが働かなくてはならない状況にあることが多く、子どもの収入が一家を支えること
になる。次に、教育制度や教育機会の欠如の問題がある。教育費や学校までの距離、教育
や教師の質などが貧しい子どもたちを学校から遠ざけている。学校がない、または学校へ
行けないのならば働く方がいい。そう考えてしまうことで、児童労働に従事してしまう危
険性が高まる。また、家族の規模という問題もある。貧困家庭に子どもが多いという傾向
は世界中にある。子どもの多い家庭では、子どもが家で家事を手伝ったり、学費が払えな
かったりという問題があるため、ここでも就学率を低下させ、働く子どもが増えてしまう
原因が見られる[初岡 1997:35-36]。
さらに、債務労働も原因のひとつである。債務労働とは、借金をお金で返せないときに
代わりに労働で返すことをいう。高利貸しから借りたお金は金利が高く、利子を返すのが
やっとなので、いつまでも元金が返せないという繰り返しである。そのため、いつまでも
返し終わることのない借金のために子どもが代わりに働くことになり、まるで借金のため
に人質にとられたような状態になる。奴隷のように子どもが働かされる、これが債務児童
労働である。親の借金が原因で子どもが働かされ、さらに、その借金は親から子へ、その
また子へと代々引き継がれていくため、一度発生した債務児童労働は絶えることなく続い
ていく[岩附 2009:38]。
3-2
児童労働の発生要因(需要側)
次に、需要側の面からみると、まず、子どもを雇うことのメリットが大きい点が挙げら
れる。子どもは低賃金で雇え、さらに、大人のように批判力、反発力を持たない。また、
子どもの体型や手先の器用さが求められる職種においては、児童労働者は欠かせない存在
である。生産のインフォーマル化も原因である。児童労働は、インフォーマル・セクター
において盛んに行われている。これは、法的な規制を避け、コストを最小限にする傾向に
よるもので、児童労働は労働力コストが最も安い国で非常に多いのが特徴である。また、
技術レベルの発展により、労働が単純化され、子どもでも容易に扱える機械が増えたこと、
親の内職を可能にし、子どもが家事を任されるようになったことも原因である[初岡
1997:36-38]。
筆者がここで最も強調したいのは、需要側の要因に我々日本人を含む、消費者の問題が
存在するということである。消費者が商品を購入する際、それが児童労働によって作られ
たものであると知らずに買ってしまうこと、つまり、児童労働によって作られた商品を求
める人が存在することで児童労働は無くなることなく、問題は悪化する。さらに、消費者
がより安価なものを求めることは、生産コスト削減のために利用される児童労働をより活
13
性化させてしまう恐れがある。また、日本は、人身取引された女性や子どもの目的地のひ
とつであり、買春、ポルノ製作、薬物取引などの不正活動に子どもを使っている[アムネス
ティ 2008:89]。我々消費者は、児童労働問題に重大な責任を負っているのである。そして、
消費者に商品を提供する企業にも、社会的責任(CSR 14 )が問われている。
こういった供給側、需要側それぞれの要因が絡み合うことによって、児童労働は廃絶が
難しく、存在し続けてしまう問題となってしまう。
第4節
児童労働の労働環境・労働条件の実態
ここでは、労働環境や労働条件の実態を仕事内容から把握する。農業・製造業・工業・
最悪の形態の児童労働という職種別に子どもが働く状況を捉え、児童労働がなぜ問題とさ
れるのかを考えていく。
4-1
職種別にみる労働状況
<農業>
日本はほとんどの農作物を輸入に頼っている。日常手にするチョコレートやコットンな
どの農作物は、もしかすると、児童労働によって作られているものかもしれない。
機械や殺虫剤、肥料、除草剤などを使って作業をする子どもは、安全面に問題があり、
また有害物質の曝露の危険にもさらされている。殺虫剤への曝露は子どもにとっては成人
よりも危険であるだけでなく、正しい使い方を教えられない、あるいは文字を読めないこ
とによる危険に対する無防備が、慢性および急性の化学中毒を引き起こし、神経障害、が
んの原因ともなる[初岡 1997:8]。
労働者全体として、死亡にいたる重大事故の半分は農業である。子どもたちは、長時間、
危険な農機具を使ったり、重すぎる農作物などを運んだり、有害な農薬、過酷な天候にさ
らされたりする。しかし、家族農園が多いこと、労働法の適用が及ばないこと、文化や伝
統が強いことなどから、子どもたちが組織的に搾取されている事実を認識するのは難しい。
最近、アフリカのココア生産、コーヒープランテーション、商業的農業などの農業分野で
児童労働撤廃の取り組みが始まったが、まだまだ十分ではない[アムネスティ 2008:82]。
<製造業>
日本にも多く輸出されているじゅうたんだが、その中に子どもによって作られたじゅう
たんが存在する可能性がある。狭い部屋でカビに汚染された羊毛の粉塵を吸入し、長時間
うずくまった姿勢で暗い採光と換気設備の無い中で化学染料に触れる作業は、呼吸器疾患、
筋肉疾患、目の疾患を引き起こすという。背骨も変形してしまう[初岡 1997:9,27]。
<工業>
工業においても児童労働が行われている。例えば、陶器・ガラス工場では、1500~1800
Corporate Social Responsibility の略。企業は利益を上げるだけでなく、社会の発展に
貢献し、その役割を果たす責任があるという考え方。
14
14
度の窯から取り出された溶解ガラスを運ぶ子どもたちがいる。また、暗い換気設備もない
部屋での長時間労働、摂氏 40~45 度の室温、床に溶けたガラスの破片、極度の騒音下での
作業は、白内障、熱ストレス、火傷、ガラスによるけが、聴覚障害、呼吸器疾患などを引
き起こす[初岡 1997:9]。
マッチ・花火工場の小さな工場でも児童労働を用いた生産が行われており、火災、爆発
の危険がある。換気装置もなく、粉塵、煙、蒸気およびアスベスト、塩化カリウムなどの
有害物質にさらされ、中毒や皮膚病にもかかる危険性がある。3 歳の子どもも働かされてい
るという報告もされた[初岡 1997:9]。
このほかにも、漁業や鉱山での作業、物売りなどさまざまな分野で子どもたちが働き、
日々危険にさらされている。
4-2
最悪の形態の児童労働
最悪の形態の児童労働においては、どのような実態があるのだろうか。ここでは、児童
売春と子ども兵について述べる。
<児童売春>
児童売春、児童ポルノに関する国連特別報告者の 1996 年の報告によると、アジアの約
100 万人の子どもが、性の犠牲者になっている。子どもたちは、不正取引者によって、合法
的な仕事だとだまされて連れてこられ、売春婦として働かされるのである。日本を含む先
進国では、セックス観光を売り物にするツアーが組まれ、また、その宣伝が行われること、
小児性愛者が放置されていること、子どもを売買する密売人、売春宿、組織暴力団が存在
すること、また、若年者ほどHIVエイズ 15 に感染する危険が少ないという誤った認識などが、
この傾向を助長している[初岡 1997:12-13]。
このような子どもに対する虐待行為は、子どもの一生にわたって、肉体的・精神的・情
緒的に大きなダメージを与える。また、望まない妊娠、HIV エイズ感染、薬物中毒など深
刻な状況に追い込まれ、さらに、あまりにも大きなショックは、普通の生活に復帰するこ
とを困難にするのである[初岡 1997:12-13]。
<子ども兵>
現在、世界中の約 36 の地域で武力紛争が起きている。そして、30 万人にのぼる 18 歳未
満の子どもたちが子ども兵として従軍していると推定される。武器の軽量化や小型化が子
どもたちを戦闘で有能な殺人の機械にしている。また、地雷除去や村の焼き打ちなどの特
殊任務に使われることもある[ILO HP 2011,1.8]。
彼らは戦争による死、怪我、また皮膚炎や性病、精神病を生み出すのはもちろんのこと、
敵や味方からの虐待といった被害を受ける。そして、栄養失調や発達障害、アルコール・
15後天性免疫不全症候群。HIV
ウイルスが免疫細胞に感染し、免疫細胞を破壊して、後天的
に免疫不全を起こす免疫不全症。性行為感染症のひとつである。
15
タバコ・麻薬中毒、なんでも暴力によって問題を解決しようとする感情のコントロールの
出来ない子どもに育ってしまうのだ。保護された後も、麻薬の後遺症に襲われたり、兵士
の頃の夢にうなされたり、多くの家族を傷つけ、命を奪ったという二度と消えない事実に
向き合わなくてはならないのである。社会復帰をしたとしても社会から拒絶されてしまう
という影響も与えられる[後藤 2005:47]。
4-3
子どもに与える悪影響
前項で述べてきた、児童労働が子どもに与える悪影響についてまとめてみると、次の 4
つに支障をきたすことが言える。
まず第 1 に、身体の発達への支障である。有害な条件の下での労働は、成長期である子
どもの全体的な健康状態や寿命に悪影響を及ぼす。児童労働者の怪我の発生率は、17 パー
セントにも達しているという。第 2 に、認知能力の発達への支障である。長時間労働を強
いられる子どもは通学できないので、識字や算数、暮らしに必要な知識が習得できず、人
的資本を開発する機会を制約される。第 3 に、情緒の発達への支障である。十分な自尊心、
家族への愛着、愛や容認の気持ちがなくなり、人が生きていくのに欠かせない心を持たな
い人間になってしまう。最後は、社会的・道徳的発達への支障である。集団への帰属意識、
他の人々と協調する能力、善悪を判断する能力が身に付かないため、将来の生活が困難な
状況に置かれてしまう [アムネスティ 2008:30-31, OECD 2005:9]。
しかし、必ずしも全ての形態の労働が子どもの健康と人的資本の開発に有害というわけ
ではない。経緯労働や短時間労働、非搾取的な条件下での季節労働は、そうした労働が通
学と両立する限りにおいて有害ではない。そうした形態の労働は、貧しい家庭にとって重
要な労働力の源であり、同時に、人的資本を開発する余地も残されているかもしれない
[OECD 2005:9-10]。
第2章
インドにおける児童労働
インドは、世界で最も児童労働者が多い国だと言われている[ヒューマン・ライツ・ウォ
ッチ 2004:20]。筆者は、最も児童労働の深刻な国に行って現状を知りたいという思いから、
2010 年の夏に、ACE 16 が主催するインドでのスタディー・ツアーに参加した。現地におい
て自らの目で見てきた悲惨な現状や、ILOデリー事務所を訪れて聞いた話などを含めて、第
2 章では、インドの児童労働に焦点を当て、統計や原因、政府とNGOの取り組みなどを述
べる。
16世界の子どもを児童労働から守ることを目的に、児童労働の撤廃と予防の活動を行う日本
の NGO 団体[ACE HP 2011,1.13]。
16
第1節
インドにおける児童労働の実態
ここでは、まず、インドの児童労働の実態を述べる。インドの児童労働者数の統計と、
労働者であった子どもの実話から、インドがどれほど問題の深刻な国であるのか、彼らが
どのような労働環境・条件で労働を強いられているのかを考える。
1-1
インドという国
インドは、南アジアに位置する連邦共和国で、首都はニューデリーである。人口は、2001
年の国勢調査で 10 億 2702 万人であり、世界第 2 位の人口を持つ国である。10 億人を超え
る国民の 8 割はヒンドゥー教徒であり、その他にイスラム教徒、キリスト教、仏教などの
多様な宗教、民族、言語によって構成されている。インドは、25 の州と 7 つの中央政府直
轄領からなる。各州と直轄領はそれぞれ議会と首相を始め各大臣がおり、日本の都道府県
に比べ、はるかに強い政治的な独立性を保つ[外務省 HP 2011,1.8;ヒューマン・ライツ・ウ
ォッチ 2004:10]。
インドは独立以来、輸入代替工業化政策を進めてきたが、1991 年の外貨危機を契機とし
て経済自由化 17 路線に転換し、規制緩和、外資積極活用等を柱とした経済改革政策を断行し
た。その結果、経済危機を克服したのみならず、高い実質成長を続けている。主要貿易品
目として、工業品、石油製品、化学関連製品、繊維・繊維製品、宝石などが挙げられる[外
務省HP 2011,1.8]。
そして、なによりここで主張したいのは、インドは、児童労働に関する最も重要な 2 つ
の国際条約である ILO 条約第 138 条(就業の最低年齢に関する条約)と第 182 条(最悪の形態
の児童労働に関する条約)に未だ批准していないということである。
1-2
インドの児童労働者数の統計
インドの 18 歳未満の人口は、4 億 2068 万人(2005 年)で、全人口の 38.1 パーセントに上
る。ILO グローバルレポート 2010 によると、インドには 840 万~4520 万人の児童労働者
がいると推測されている。児童労働者(5~14 歳)の割合は、全体の 14 パーセント、男子の
12 パーセント、女子の 16 パーセントである[ACE HP 2011,1.8]。
しかし、正確な児童労働者数は把握できない。ヒューマン・ライツ・ウォッチ 18 によると、
インドには 6000 万~1 億 1500 万人の児童労働者がいるといい、文献によっても、その人
数はまちまちである。
17当時のナラシマ・ラオ政権が実施した「新経済政策」で始まった経済改革。市場原理と競
争重視の政策に転換が図られ、産業・貿易の許認可制度を撤廃し、公営企業が独占してい
た産業への民間参入、関税引き下げ、外国企業の出資制限の緩和などを行う[コトバンクHP
2011,1.8]。
18 世界約 70 カ国で、人権侵害の定期的かつ体系的な調査を実施する NGO 団体[ヒューマ
ン・ライツ・ウォッチ 2004:3]。
17
1-3
実話から捉える労働環境・労働条件の実態
インドの児童労働は、主に農業やインフォーマル・セクターで多い。家事労働者として、
また工場で働く子どもも多くいる。じゅうたん製造業や絹織り業などでは債務、強制労働
が存在するという。最悪の形態の児童労働は、主にガラス製造、手巻きタバコ作り、花火・
マッチ製造、レンガ造り、靴・宝石磨き、採石、革製品、スポーツ製品生産などがある。
また、商業的性的搾取の被害に遭う子どももいる。これらは全て法律で禁止されている
[ACE HP 2011,1.8]。
ここで、実際に児童労働者であった子どもの話を挙げようと思う。
パンジャーブ州に住むソニアは、5 歳から 11 歳まで家でサッカーボールを縫う仕事をし
ていた。毎朝 7 時までは家事をし、その後 17 時半までボールを縫っていた。ボール 1 つ縫
って貰える賃金は 5 ルピー(約 10 円)で、1 日に 3 つ縫えればいい方である。針で指を刺し
たり、長時間同じ姿勢のため腹痛になったりしていた。さらにソニアは、暗い室内で仕事
をしていたため、7 歳のとき、急に失明してしまう。しかし、それでもソニアはボールを縫
い続けた。ソニアは幸い、NGO スタッフによって救出され、長年抱いていた学校に行くと
いう夢を叶えることができた[岩附 2009:10-12]。
1998 年の調査では、ソニアと同じ様な仕事をする子どもが、パンジャーブ州だけでも 1
万人いることが分かっている。ソニアは失明という一生に関わる深い傷を負わされたが、
運よく労働から解放された。もし、今でも暗闇の中でボールを縫い続けていたら、一生勉
強することも、外の世界を知ることもなかったかもしれない[岩附 2009:12]。
筆者はインドを訪れた際、児童労働から解放された子どもたちのリハビリ施設を見学し
た。そこで、2 日前に施設に入ってきたばかりだという男の子の話を聞くことができた。彼
は、週 6 日、朝 9 時~朝 2 時まで 16 時間もの間刺繍の仕事をさせられ、極わずかな賃金(一
週間で 260 円程度)しかもらえなかったと話していた。施設には、かつて児童労働者として
働いていたとは思えないほどの子どもたちの明るい声が響いていたが、その一方で、声を
かけると怯えて逃げてしまう子どもや、笑わない子どもも多くいた。これまで本や資料を
読んできて、物語のようにしか感じられなかった児童労働の現状が、目の前にいるこんな
にも幼い子どもたちに起きていたということに衝撃を受けた。そして改めて、子どもを身
体的にも精神的にも傷つけ、大事な子ども時代を奪ってしまう児童労働問題の深刻さを実
感した。
1-4
インドにおける債務児童労働
<インドの債務児童労働の状況>
インドの児童労働の中でも、子どもの債務奴隷(債務児童労働)が最も悲惨である。債務児
童労働とは、第 1 章の第 3 節で述べたように親の借金の返済のため、奴隷状態で子どもが
働かされることである。債権者兼雇用主は、困窮している親たちに子どもの労働を担保に
18
お金を貸すことを申し出る。子どもの労働は常に安く買い叩かれるが、債務労働の場合、
それよりさらに安く雇われることになる。それがわかっていても、親たちは申し出を受け
入れてしまう。それは、このような何かの引き換えに雇用主が労働者の身柄を束縛し働か
せる雇用形態は、インドに古くからあり馴染みが深く、さらに親たちはどうしてもお金を
必要としているからである。この国の親たちは、病気の治療費、結婚する娘の持参金であ
るダウリー、あるいは、単に日々の生活費のために借金をしてしまうのである[初岡
1997:22;ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:20-21]。
少なくとも 1500 万人の子どもが奴隷として働かされている債務児童労働は、最悪の形態
の児童労働として扱われており、なによりも早急に撤廃へ向けて取り組まなければならな
い深刻な問題である[ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:20-21]。
<適用可能な法律>
債務児童労働は、以下の国際人権法、国内法に違反している。
・国際法
奴隷及び奴隷貿易禁止条約(1927 年)
奴隷・奴隷貿易・奴隷と類似する制度及び慣行の禁止に関する補完条約(1956 年)
強制労働条約(1930 年)
市民的及び政治的権利に関する国際規約
第 8 条、第 24 条(1966 年)
経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約
子どもの権利条約
第 7 条、第 10 条(1966 年)
第 32 条、第 35 条、第 36 条(1989 年)
・国内法
インド憲法
第 23 条
債務労働制(廃止)法(1976 年)
児童(担保労働)法(1933 年)
児童労働(禁止及び規制)法(1986 年)
工場法(1946 年)
指定カースト・部族残虐行為防止法(1989 年)
商店及び事業所法(1961 年) など
全ての条約は債務児童労働を認めておらず、締約国は奴隷制度を防止し、禁じる義務を
負う。そして、迅速にまた継続的に、いかなる形態の奴隷も完全に廃止することを定めて
いる。特に、1976 年に制定された債務労働制(廃止)法は、子どもによるものを含む全ての
債務労働を違法とし、政府の介入と債務労働者の社会復帰を義務付けた、効力が及ぶ範囲
の広い法律である。さらに、国の基盤となるインド憲法においても債務労働、そして旧来
19
であれ現代的であれ、いかなる奴隷的形態をも禁止している。インド憲法はもちろん、イ
ンドはこれら全ての条約を締結しており、内容に従う法的義務がある[ヒューマン・ライツ・
ウォッチ 2004:63-66]。法律については、第 3 節で詳しく述べる。
第2節
インドに児童労働者が多い要因
第 1 節で、インドにおける児童労働問題の深刻さを把握したが、では、なぜインドに児
童労働者が多いのだろうか。第 2 節では、その考えられる要因を述べていく。
<貧困>
インドは、1991 年より始まった新たな経済政策によって経済は変容し、急速に成長する
中流階級と、わずかの大富豪層が恩恵を得ている。急激な発展をみせるインドは、世界第 4
位の経済大国になると期待されているほどである。しかし、これにより、人口の大多数を
占める貧困・労働者階級がどんな恩恵を受けたかについてははっきりしていない。むしろ、
経済自由化に伴い、構造調整の反動で貧困層は打撃を受けているとも言われている。生活
に必要な経費が上昇しているが、成人の失業率は相変わらず高く、さらに、子どもを含め
た労働者の 85 パーセントを雇用するインフォーマル・セクターでの労働環境はますます悪
化し、児童労働者の割合も上昇しているという[ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:45-46]。
貧困層の多いインドにおいて、児童労働は、日々の生活のための資金を稼ぐために欠か
せないもの、つまり経済的な必要性があり、家族も子どもの稼ぎに頼ってしまう。債務児
童労働の場合、子どもを雇い主のもとに縛り付ける債務は、子ども自身が作ったものでは
なく、その子の親戚や保護者、特に親によるものが多い[同上 2004:45-46]。
<文化>
インドには、カースト制度が存在する。カースト制度とは、司祭階級のブラフマン(バラ
モン)、戦士階級のクシャトリア、庶民・商人階級のバイシャ、そして、隷属民などと言わ
れる農民・職人階級のシュードラ、さらにその下の、アウトカーストと呼ばれる被差別カ
ースト(指定カースト)からなる、ヒンドゥー教における身分制度である。インド憲法ではカ
ースト制度は禁止されている。また、近代化によりカースト制度は崩れつつあるが、農村
部では依然として根強く影響しており、差別が残っている[初岡 1997:72-77]。
一般的に言って、広大な土地を持つ地主は、ブラフマンやクシャトリアの上位カースト
であり、シュードラや指定カーストなど低位カーストの多くは、わずかな土地しか持たな
い零細農民 19 か全く土地を持たない土地なし農民で、彼らは小作農あるいは農業労働者とし
て、上位カーストの地主の土地で働くことに生存を託している。児童労働者の多くは、指
定カーストといった下層階級の出身なのである[初岡 1997:68]。
ダウリー 20 の風習や奴隷制・債務労働制が昔からの伝統であることも児童労働、特に債務
19
農地が少なく、賃労働などを兼ねて生計を立てる農民。
女性が結婚するときに、花嫁の家族から花婿の家族に対して家財道具や現金などを持参
するというヒンドゥー教徒の慣習。
20
20
児童労働がなくならない要因のひとつとして考えられる。
<先進国との貿易の面>
今、インドの筆頭輸出品目は製造業分野では軽工業品、特に伝統的インドカーペット、
宝石、銀製品、染織品類が主力を占めている。しかし、これらの商品の裏には児童労働問
題が存在している[田部 2010:70]。もちろん日本も、これらの商品を安く輸入している。日
本のような先進国が安価な製品を求めることは、より安い労働力を求めることになり、児
童労働を助長していることに繋がると筆者は強く主張したい。
<政府の児童労働への問題意識の低さ>
児童労働の廃止を実行するよう、インド政府に対して何度も勧告してきた ILO 条約勧告
適用専門家委員会は、政府当局が実行意欲を欠いていることを一貫して指摘している。イ
ンドには児童労働廃止に向けたさまざまな法律が存在するが、すべての労働関連法が軽ん
じられ、法を犯しても罰せられる危険はないに等しい。彼らは、「子どもが働くのは貧困が
原因だから」、「これは自然の成り行きで、力でもって急に変革することなどできない」な
どというのだ。さらに、労働法担当役人の腐敗は悪名高く、広範囲に見られる。労働監督
者、医務官、村長、判事などはすべて賄賂に弱い[ヒューマン・ライツ・ウォッチ
2004:21-22,227]。法律や政策については第 3 節で詳しく述べる。
また、インドの労働組合運動にも責任がある。しかし、組合の主導権はエリート層に独
占されており、貧しい労働者の利益よりも、指導層の政治的・経済的・社会的上昇の階段
として利用されてきた。彼らは、児童労働問題に本気で取り組む姿勢を見せない[初岡
1997:24-25]。
さらには、インドは ILO 条約第 138 条と第 182 条に批准していないという点からも、政
府の意思の低さが感じられる。児童労働撤廃を目指すためには、法律や政策を作るだけで
はなく、その法律が守られているかどうかを調査し、違反があった場合には処罰を受ける
べき人が適切に処罰されるように、法律を確実に運用するという強い政治的意思が欠かせ
ない。しかし、インドにはこの政治的意思が全くと言っていいほど欠けている[岩附
2009:59;ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:22]。
<社会構造>
都市農村を問わず、貧困層のための小規模融資が他にないこと、また、病気や空腹から
人々を守りうる社会福祉制度が確立されていないこと、事実上、教育制度が義務化されて
おらず不平等なものであること、大人が就職の機会や生活費を得ることが困難であること
など、重要な要因は他にも多くある[ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:45]。このように、
インドの社会そのものに問題がある。
第3節
インド政府と地方団体・NGO 団体の取り組み
インドに行った際、ILO デリー事務所と日本の援助を受けながら活動する現地の NGO 団
体を訪問した。そこで知ったインドにおける取り組みを含めて、第 3 節では、インド政府
21
と地方団体・NGO による取り組みと、その効果について見ていく。
3-1
インド政府による取り組み
<法律の制定>
第 2 節で述べたように、インド憲法では、第 23 条で債務労働を禁止し、第 24 条で 14 歳
未満の児童の危険労働での雇用を禁止している。さらに、第 39 条では子どもの人権を守る
ために国が政策を講じるよう求めている[ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:68-69]。
1986 年に定められ、2006 年に改正された児童労働(禁止及び規制)法というものがある。
この法律の趣旨は、働く子どもの労働時間と労働環境を定めること、そして一連の有害産
業における児童労働を禁止することにある。しかし、この法律は、児童労働の使用を全面
的に禁止するものではなく、児童労働の最低年齢を規定するものでもない。また、インド
では子どもを「14 歳以下の者」と定義しており、ILO の定める 18 歳未満という子どもの
定義と大きな差がある[ヒューマン・ライツ・ウォッチ 2004:76-77]。
このように政策は存在するが、それを実施するという政治的意思が欠けていること、そ
して、その内容が不十分であるということが問題である[同上 2004:22]。
<ILO-IPEC>
児童労働をなくすための具体的な国際計画が存在する。それが、1992 年から ILO が行っ
ている児童労働撤廃国際計画(International Program on the Elimination of Child Labour,
以下 IPEC)である。IPEC は、児童労働を撲滅するために 2 つのアプローチをとる。第一は、
児童労働問題に取り組む各国の能力・役割を強化することであり、第二には、児童労働問
題が世界規模で取り組まれるようにイニシアチブをとっていくことである。また、IPEC は、
優先する目的を最悪の形態の児童労働の廃絶とし、最終的には全ての児童労働をなくすこ
とを目標としている。IPEC の活動は、政府、労働者・使用者団体、NGO、学校、メディ
アなど多くのパートナーシップのもとで、状況分析、実行委員会などの組織の結成、国内
政策の立案・実施、保護法制の整備と適用の促進といった段階を経て実施される。IPEC は
約 10 年間の支援を行い、これによって、各国が関係者の協力のもとに独力で、持続的に児
童労働問題に取り組むようになることを期待している[初岡 1997:118-119]。インド政府は、
この ILO-IPEC を基本に、さまざまな児童労働対策プロジェクトを実施している。次にあ
げるようなプロジェクトも、この計画の基に成り立っている。
<集中的児童労働対策プロジェクト>
インドにおける児童労働撤廃計画として、最も新しいのが”Project on Converging
Against Child Labour(集中的な児童労働対策プロジェクト)”である。これは、INDAS 21 な
ILO-IPEC が実施するインドの児童労働プロジェクトの1つ。学齢期の子どもたちへの
教育や義務教育終了年齢の若者に対する職業訓練のほか、予防のための親や地域住民に対
する啓発活動や収入向上、法律の整備・執行に関する政府への助言など、包括的な取り組
みを行っている[ACE HP 2011,1.13]。
21
22
どのこれまでの児童労働プロジェクトで得た教訓を踏まえ、持続可能な、そして反復可能
な発展を目指した、インド政府とILOによる集中的プログラムである。児童労働の撤廃、教
育環境の改善、社会的な発展をテーマとし、2010 年に開始された。ビハール州、グジャラ
ート州、マディヤ・プラデシュ州、オリッサ州、ジャルカンド州という児童労働が多い、
貧困、教育水準が低い、社会的格差などの条件で選定された 5 つの州を対象地域としてい
る。対象者は、5~14 歳の子ども 48000 人とし、うち直接受益者となる 19000 人は、危険
労働から救出され、教育などのリハビリ自立支援を受けることを目標としている。このよ
うに、集中的に政策を行う州、個人というターゲットを明確に示しているのが特徴と言え
る[ILO 2010b:1-9]。
また、このプロジェクトを実施するにあたり、中央・州・地方レベルの政府間の調整・
連携を強化し、社会パートナー(雇用者、労働団体、NGO など)とも連携して、持続可能な
事業実施体制を構築することを期待している。その他に期待される相乗効果として、この
政策によって得た効果的な成功モデルを他の地域や国へ波及すること、児童労働のない環
境を作ることで社会構造を改善すること、人々の児童労働に対する意識を高められること
などが挙げられる。さらに、このプロジェクトは児童労働対策、初等教育政策、雇用や職
業訓練といった政府の開発政策を活用した包括的アプローチといえる。さまざまな効果が
みられるとされるこのプロジェクトに、今、大きな期待がかかっている[ILO 2010b:1-9]。
<教育>
児童労働を予防するために教育は最も大切な手段である。インドでは、初等教育の完全
普及を目指し、2001 年から初等・中等教育を広めるプログラムが始まった。これにより、
6 歳から 14 歳までの全ての子どもが学校に通えるよう、新しく学校を建設する、教室やト
イレなどの設備や教材を充実させる、教師を増やすなどの対策が進められている。また、
児童労働を廃止し、学校に通うようにするための全国児童労働プログラム(NCLP) 22 も実施
されている。政府の報告によると、このような取り組みによって、2002 年から 2006 年の
間に学校に通っていない子どもの数が約 3200 万人から約 705 万人に減少したという。その
ほかにも、学校で給食を支給したり、家族に対して食べ物を配給したりすることによって、
貧しい家庭が子どもを学校に通わせやすくする取り組みも存在する[岩附 2009:80-82]。
2010 年 4 月 1 日、アンドーラ・プラデーシュ州の州都ハイデラバードにて、6~14 歳ま
での子どもの無償義務教育を基本的権利とし、これを義務化する法律が施行された。この
法律は、学校教育の質や施設などの教育環境を一定レベルに保つため、教員と生徒の割合、
訓練を受けた教員の配置、居住地周辺の小学校の設置、トイレや飲料施設の設置などにつ
いて守るべき基準を規定している。また、女子、指定カースト・部族や貧困層の子どもな
ど、これまで教育を受けることが困難であった子どもが継続的に就学できるよう保障する。
22仕事を辞めた子どもが通う特別学校や公立の学校に編入するための補習コースを設けた
り、義務教育を終える年齢の子どもたち向けの職業訓練プログラムを行ったりしている[岩
附 2009:81]。
23
そして、全ての私立学校では、貧困層出身の子どもの入学枠を 25 パーセント設けなければ
ならず、その費用を政府が補助すると定めた。インド全体で未就学の子どもは約 800 万~
900 万人と推測される。こういった政府の教育に対する政策は、児童労働撤廃へ向けた大き
な一歩となるだろう[ACE HP 2011,1.9]。
3-2
地方団体や NGO 団体による取り組み
<BBA>
ACEがサポートを行うBBA(Bachpan Bachao Andolan:ヒンディー語で「子ども時代を救
え運動」)は、1980 年に開始された児童労働廃止運動である。これまでに約 7 万人の児童労
働者を救出している。リハビリ施設の運営、児童労働者の親からの相談、子どもたちの救
出活動、学校に通っていない子どもの親の説得、農村の児童労働を防ぐための「子どもに
やさしい村」プロジェクト 23 の実施などといった活動を行っている[ACE HP 2011,1.14]。
実際に、BBA の「子どもにやさしい村」プロジェクトを実施しているチタウリ村とスラ
ジプラ村の住民に話を聞いたところ、これまで学校に通っていなかった子ども全員が就学
したという変化が見られたという。子どもだけで話し合われる議会によって出された、中
学校の増設やトイレの建設、教員の増員などの要望を、村の自治組織に伝え反映させるこ
とで学校に通いやすい環境への改善を試みている。また、女性グループにおいては、女子
の教育を推進したことで子ども婚がなくなったり、母子の保健医療を充実化させたり、さ
らに、自助グループの結成や貯蓄・少額融資による小規模ビジネスの起業などの収入向上
の取り組みを行ったりするなどの変化が見られている。
<バル・アシュラム>
児童労働から解放された子どもは、親元に送り返されることになるが、帰ってもすぐに
日常の生活に戻れるとは限らない。そこで、心の傷を回復させ、日常生活に戻れるように
一定期間、保護施設でリハビリを受けながら生活を送るのである。ラジャスターン州にあ
るバル・アシュラム(Bal Ashram)は、BBA によって 1998 年に設立された、男子のための
リハビリ施設である。活動内容として、カウンセリングによる精神的ケア、ノンフォーマ
ル教育、職業訓練、子どもの権利や児童労働に関する社会教育、医療ケア、衛生教育、当
番制や役割制によるリーダーシップ育成、踊りや歌などの文化教育、住民への啓発活動を
行う社会活動がある。共同で規則正しい生活を送りながら、同時に自由であることを覚え、
一般の社会生活に戻れるよう訓練を受けている [岩附 2009:87-90]。
筆者はそこで、15 歳のキンシュ君に話を聞くことができた。彼は、バル・アシュラムに
来る前は、7 歳の頃から父親と車の窓拭きの仕事をしていた。学校に行きたかったが、貧し
いため働くしかなかったという。しかし、BBAにより救出されて施設に入り、勉強の楽し
23子どもによる議会を行い、子どもの声を村の自治に反映させることで、村の全ての子ども
を労働から解放し、学校で質の良い教育が受けられるようにすることを目的としたプロジ
ェクト。
24
さ、教育の大切さ、友達がいることの素晴らしさがわかったと嬉しそうに話してくれた。
今では、両親に教育の大切さを教えることができ、それによって、弟や妹は学校に通うよ
うになったという。彼の将来の夢は、コンピュータのエンジニアになることだそうだ 24 。
3-3
フェアトレード団体による取り組み
フェアトレード 25 団体も積極的に児童労働に取り組んでいる。筆者が訪問したのは、デリ
ー市内に事務所を置くタラ・プロジェクトというNGO団体である。タラ・プロジェクトは、
手工芸品の生産・販売を行っている。インドでは、児童労働によって作られたガラスのブ
レスレットや宝石などのアクセサリー、民族風の小箱や手鏡などの名産品が安く売られて
いることがよくある。我々はそれらを買うことで、児童労働に加担することになる。そこ
で、タラ・プロジェクトでは、貧困家庭の大人たちに、賃金水準や労働環境が整った正当
な雇用の機会を提供する。そうすることで、それらの家庭が正当な収入を得、貧困から抜
け出すとともに、子どもたちが教育を受けられるようにすることを目指している。つまり、
大人が雇用の機会を得るとともに、児童労働が減り、子どもたちに教育の機会を提供する
ことができるのである。また、収益の一部を子どもの学校建設、教育支援に充てている。
児童労働防止に向けたひとつの効果的なアドボカシー活動である。
筆者が訪れた際、印象的だったのが、男女が同じテーブルで作業をしていたことである。
性別役割分担が色濃く残っているインドにおいて、男女が同じ席について同じ仕事をする
ことは珍しいことである。また、立場の弱い女性たちが、持っているスキルでできる仕事
をすることで一定の収入を得られるだけでなく、女性同士で集まって話をしたり、よい情
報交換の場となったりする。フェアトレード団体の活動は、児童労働の防止だけでなく、
女性の地位向上や貧困の解消に極めて効果的である。
第3章
日本人の意識変革
インドを含む世界の児童労働の発生要因の中に、先進国との貿易の関係があると述べた。
日本人には、問題に対して責任を負い、それを果たしていく義務があると筆者は考える。
しかし、日本人は児童労働についてあまり知らないという現状がある。そこで、第 3 章で
は、児童労働に対する日本人の問題意識の低さの現状をまとめる。まず、日本の NGO によ
る意識向上のための政策や運動について調査する。次に、大学生を対象に児童労働に対す
る意識調査を行う。そして、最終的に、日本人が負うべき責任とは何か、どのようにその
24
2010 年 8 月 30 日、バル・アシュラムにて筆者インタビュー。
25公正な賃金を支払うことで、不利な立場にある生産者や労働者に対してより良い取引の機
会を提供し、とりわけ開発途上国の生産者・労働者の権利を保護することを目的とした「公
正貿易」のこと。
25
責任を果たしていくべきなのか、また、日本人の意識向上に向けて自分なりに考察する。
第1節
日本人の意識向上のための NGO による取り組み
児童労働問題を解決するには、まず、児童労働について知る必要がある。そのためには、
児童労働について知るきっかけづくりが何より重要である。筆者は、日本人に児童労働を
伝える、情報の発信源として大きな役割を果たしているのは NGO であると考える。そこで、
日本の NGO は、日本人に児童労働を知ってもらうために、どのような取り組みを行ってい
るのかを調査する。
第 1 節では、特定非営利活動法人ACEの成田由香子さんへのインタビュー 26 に基づき、
ACEの取り組みについて述べていく。
1-1
ACE の概要
ACE(Action against Child Exploitation)は、世界の子どもを児童労働から守ることを目
的に、児童労働の撤廃と予防の活動を行う日本の国際協力 NGO であり、107 カ国で行われ
た「児童労働に反対するグローバルマーチ」をきっかけに 1997 年 12 月に設立された。イ
ンドとガーナで子どもを危険な労働から守り、教育を受けられるようにする現地プロジェ
クトの実施、日本で児童労働の問題を伝える啓発活動、政府や企業への提言活動、ネット
ワークやソーシャルビジネスを通じた問題解決の活動を行う。ACE は、子どもの権利が保
障され、全ての子どもが希望を持って安心して暮らせる社会を実現するために、市民と共
に行動し、児童労働の撤廃と予防に取り組むことをミッションとして掲げている。そして、
ACE は、2012 年までに 1 千人の子どもを児童労働から救い、1 万人の子どもの教育を支援
し、100 万人に児童労働を伝え、共に行動し、1 万人の支援者を募り ACE の活動を全国に
広げる、という具体的な目標である ACE111(エーストリプルワン)を掲げている[ACE HP
2011,12.9]。2011 年現在、スタッフ 7 人、バイト 2 人、インターン 4 人で運営している。
1-2
ACE の事業
ACE は児童労働をなくすため、国際協力事業、啓発事業、政策提言事業、ネットワーク
構築・協働事業、ソーシャルビジネス事業、広報事業の 6 つの事業を行っている。
国際協力事業としては、2003 年から 2009 年までに、インドとガーナで 418 人の子ども
を児童労働から救い、5387 人の子どもの学校環境を改善してきた。2003 年からインド「子
どもにやさしい村」プロジェクトを実施し、2009 年からは、ガーナのカカオ産業での支援
プロジェクト「スマイル・ガーナ
プロジェクト」を行っている。2010 年度の事業報告書
によると、人身取引の被害児童 2 名を保護し、親元へ帰還させることができ、さらに、32
人の子どもの新規就学を達成したという(累計 94 人)。また、2010 年から現地の NGO と共
に始めた、インドのコットン産業でのプロジェクト「ピース・インド
26
2011 年 11 月 7 日、ACE 事務局にて筆者インタビュー。
26
プロジェクト」に
て、児童労働者として特定された 157 人の子どものうち、107 人の新規就学を達成した。
毎年、インドへのスタディー・ツアーも実施している[ACE HP 2011,12.9, ACE 2011b:2]。
啓発活動事業としては、チョコレートから働く子どもの問題を考える参加型学習やチャ
リティ・フットサル大会などを実施し、どこか遠くのことではない、身近な問題だと気づ
くきっかけづくりを行っている[ACE HP 2011,12.9]。筆者が注目しているのは、この啓発
活動の事業である。詳細は、2-3「ACE による日本人の意識向上のための取り組み」で述べ
る。
政策提言事業では、企業や政府に対する働きかけを行っている。アドボカシー戦略を策
定したり、企業へ児童労働に関する調査・情報収集・情報提供を行ったり、児童労働予防・
改善を目的とした CSR 促進のためのセミナーを実施したりしている[ACE HP 2011,12.9]。
2010 年には、CSR コンサルティングを 1 件受注し、企業の原料調達現場において、現地レ
ビューを実施したり、「社会的責任に関する円卓会議」において運営委員を務めたりするな
どした[ACE 2011b:1]。著者は、企業や政府が児童労働について知ることで、企業や政府か
ら市民に児童労働問題が伝わっていくとも考えるので、政策提言事業についても後に触れ
る。
ネットワーク構築事業・協働事業は、他団体・企業等とのネットワークを構築し、協力
を通じて政府・企業・市民団体の関係者の児童労働についての認識、ACEの認知度を向上
させることを目的とした事業である。ACEは、児童労働ネットワーク(CL-Net) 27 や、NGO労働組合国際協働フォーラム、国際協力NGOセンターなどの 14 の組織に加盟している
[ACE HP 2011,12.9]。
ソーシャルビジネス事業においては、売り上げの一部が世界の子どもを児童労働から守
るための寄付になる寄付付き商品の開発や、「ブランド品」を集めて支援にする、新しい国
際協力の仕組みを作っている[ACE HP 2011,12.9]。寄付つきのものを買ってもらう、また、
それをプレゼントするというような小さな、身近なもので、参加しやすい行動を呼びかけ
ているのである。
広報事業では、ウェブサイトやメールマガジン、メディアを通じて「児童労働」を広く
市民へ発信するための活動を行っている[ACE HP 2011,12.9,]。児童労働を広く多くの人々
に知ってもらうには、メディアを通じての広報が有効的である。
1-3
ACE による日本人の意識向上のための取り組み
先ほども述べたように、ACE は、児童労働が身近な問題であると気づくためのきっかけ
づくり、行動するきっかけづくりとして、啓発活動事業を行っている。新規教材開発、学
校との連携促進、参加者対象別学習プログラムの作成を通じて、啓発活動の参加者を増や
し、啓発活動を担う市民、ボランティア、および支援者や会員へと育成することを方針と
児童労働に問題意識を持ち、日本からこの問題の解決に貢献することを目指す NGO、労
働組合などが加盟するネットワーク[児童労働ネットワーク HP 2011,12.9]。
27
27
して掲げる[ACE HP 2011,12.9]。
啓発活動の第一として、講師派遣・出張講演と参加型学習の実施がある。依頼があった
学校や企業、自治体などへ講師を派遣し、初めて児童労働を知る人にもわかりやすく学べ
るように、時間や参加者に合わせて、ビデオや教材を使用したワークショップを行ったり、
講演を行ったりしている。ACE は、サッカーボールを縫う体験ができる教材や、働く子ど
もの気持ちを感じることができるワークショップキットなど、子どもでもわかりやすく、
かつ、楽しく児童労働を学べる教材を開発している[ACE HP 2011,12.9]。また、子どもた
ちが理解しやすいように、関心を持ちやすいように、身近なチョコレートを使ったゲーム
を行うといった工夫をしている。授業を受けた子どもたちは、自発的にガーナの子どもた
ちへの募金活動(チョコ募金)を始めたり、ガーナの子どもたちと手紙のやり取りをし始めた
りしているという。
第二の活動として、2001 年から行っているチャリティ・フットサル大会の開催が挙げら
れる。大会の参加費の一部を ACE の活動資金として寄付してもらい、フットサル大会の一
環として、児童労働を知ってもらうためのゲームを行う。そうすることで、単にフットサ
ルをしに来た人にも児童労働を知るきっかけを与えられる。また、自分たちが使っている
ボールも児童労働かも知れないということを考えるきっかけにもなり、サッカーボール産
業での児童労働問題を解決していくことに繋がるだろう。
第三に、ACEは、様々なイベントへ参加、出展、協力することで、児童労働を知っても
らう機会を増やしている。ACEは、児童労働ネットワークに加盟している。児童労働ネッ
トワークは、毎年、児童労働反対世界デー 28 をまたぐ 5 月から 6 月の期間に、「児童労働反
対世界デーキャンペーン」を実施し、キャンペーンを通じて児童労働のことを知る人、行
動する人を増やし、児童労働のない世界を目指している。その一環として、2008 年から「児
童労働をなくそう!」署名活動を行っているが、2008 年では 1 万 2004 筆の署名(目標は 1
万人)、2009 年には 7 万 4396 筆(目標は 3 万人)、2010 年には 20 万 36 筆(目標 10 万人)と
いう、目標をはるかに上回る署名が集まった。そして、児童労働反対世界デーキャンペー
ン 2011 では、21 万 2346 筆もの署名を集め、その署名を文部科学省、外務省、厚生労働省
へ提出し、要請事項の実現に向けて働きかけた。署名数は年々増加している[児童労働ネッ
トワーク 2011:1,3]。
第四に、論文ネットライブラリ・資料室の運営がある。論文ネットライブラリは、児童
労働に関する論文をウェブ上で閲覧できる、バーチャル図書館サービスである。ACE は、
児童労働に関する研究促進と情報発信を目的に、関連する論文の収集、掲示を行っている
[ACE HP 2011,12.10]。
そして、第五に、ファシリテーター 29 の育成活動が挙げられる。ACEだけでファシリテ
毎年 6 月 12 日は、ILO が定めた「児童労働反対世界デー」である。
ここでのファシリテーターの意味は、児童労働について正しい知識を持ち、ワークショ
ップなどを開いて周りの人に伝えていくことのできる人である。
28
29
28
ーターをやるのではなくて、ワークショップや講演などを開くことによって児童労働につ
いて周りの人に伝えていくことができる人を増やすために、2009 年からファシリテーター
育成講座というものを行っている。児童労働を多くの人に知ってもらうためには、児童労
働問題を人に伝えることのできる人も増やすことも必要なのである。
1-2 で述べたように、ACE は、市民だけに児童労働について伝えるのではなく、企業や
政府に対する働きかけ(政策提言事業)も行っている。著者は、企業や政府が児童労働につい
て知ることで、問題解決に向けて取り組みを始め、そこから市民に児童労働問題が伝わっ
ていくと考える。市民であり、消費者である私たちに直接的な関係のある企業・政府は、
問題解決の上で大きなカギを握っている。
そこで ACE は、アドボカシー戦略というものを掲げている。このアドボカシー戦略にお
ける活動は、児童労働をしている子どもが教育を受けられるようになることを目指した「現
状の改善」と、日本が児童労働を容認しない仕組みを作る「児童労働発生の予防」の 2 つ
の観点から、①日本政府による児童労働に対する取り組みを増加させる、②市民団体によ
る児童労働に対する取り組みを増加させる、③企業による児童労働に対する直接介入を増
加させる、④日本企業が児童労働を使用しない、⑤児童労働に反対し行動する市民を増や
すという 5 つを目標としている[ACE HP 2011,12.10]。このアドボカシー戦略を元に、企業
や政府に対して働きかけを行っている。
例えば、2008 年 2 月には、ミニストップ株式会社と協働し、フェアトレードのカカオを
使ったチョコソフトクリームの開発、販売を行った。2011 年 1 月には、森永製菓株式会社
主催のキャンペーン「1 チョコfor 1 スマイル 30 」の支援パートナー団体になり、森永のチ
ョコレート 1 個につき 1 円がACEのガーナでの活動資金のために寄付された。このように、
大手の企業と手を組むことで、多くの人に児童労働について知ってもらえるというメリッ
トがある。また、企業の児童労働への関心も深まり、社員が現地に調査をしにいくように
なったという効果がみられた。その他にも、ACEは、株式会社Shinzoneと協働し、売り上
げの 0.5%がACEの活動に寄付されている[Shinzone HP 2011,12.10]。Shinzoneのホームペ
ージには児童労働問題を訴えるページが大きく掲載されている。
ACEは、CSRコンサルティングという活動も行っている。企業は、自分たちのビジネス
の中で児童労働が起きていないか、つまり、サプライチェーン管理 31 を徹底する必要がある。
そこでACEが、サプライチェーン管理の手伝いをするのだ。ウガンダのコットンを使って
いるリー・ジャパン株式会社が、ACEにウガンダへの実態調査を依頼したり、今後児童労
働が起きないようにするにはどうすべきか方針を一緒に考えたりするなど、児童労働に対
する企業の関心は高まってきている。ACEスタッフの成田は、このような企業が他の企業
の見本になり、児童労働問題に積極的な企業が増えることを期待している。企業が積極的
年間を通じた支援と共に、年に 2 回、森永のチョコレート 1 個につき 1 円がカカオの国
の教育支援のために寄付されるというキャンペーンを行っている[森永製菓 HP 2011,12.10]。
31 商品の製造工程における管理。
30
29
に児童労働の問題解決への取り組みを行うことは、企業の信頼性や高感度を上げると共に、
消費者に児童労働について知らせるきっかけになり、児童労働の解決へ向けて大きく前進
できる。企業による取り組みが、人々と児童労働問題に与える影響は大きい。
NGO から企業や政府に伝わり、企業や政府から市民へと伝わっていくようになると、最
も重要になるのは NGO の役割である。政府や国際機関は、ODA の中で資金活動を行った
り、教育支援をしたり、IPEC を行ったりしているが、児童労働に特化して、日本人の意識
向上に向けて何かしているというわけではない。そこで活躍するのが、NGO である。NGO
が企業や政府、国際機関などに、児童労働の現状だけではなく、日本人や世界中の人々の
児童労働問題に対する意識向上を促す必要があることを伝える役割も担っているのである。
そこで問われるのが、NGO の信頼性、専門性である。信頼性がないと企業や政府は相手に
してくれないであろうし、専門性がないと企業や政府への説得力のあるアドボカシー活動
はできない。相手の環境や関心に合わせなくてはならないことも難しいところである。ま
た、ACE のような比較的小さな NGO が行える活動には限界がある。そこで重要なのが、
児童労働ネットワークなどの組織での協力なのである。NGO は、児童労働をなくしていく
上で、必要不可欠な存在である。
第2節
日本人の児童労働に関する意識調査
ここでは、児童労働に対する日本人の問題意識の低さについて述べる。筆者は、自分の
周りで児童労働の存在を知らない者が多いことに大きな違和感を抱いていた。児童労働は
消費者である日本人と密接に関係した問題であるにもかかわらず、児童労働を知らない日
本人は多い。第 3 章第 1 節で述べたように、ACE のような日本の NGO は、日本人の問題
意識向上のために様々な取り組みを行っているが、実際には、どれ程の日本人に児童労働
の存在が伝わっているのかという現状をここで調査しようと思う。方法としては、桜美林
大学の 4 年生の学生 100 人を対象とし、児童労働に関する簡単なアンケートを取ることで
調査を行う。
2-1 アンケートの内容
アンケートは、桜美林大学の 4 年生の学生 100 人を対象に行う。大学 4 年生を対象とし
た理由は、筆者と同じ学年の問題意識の高さを知りたかったため、そして、これまでの学
生生活の中で、児童労働を知る機会があったのかどうかを調べたかったためである。学群(リ
ベラルアーツ学群、ビジネスマネジメント学群、健康福祉学群、総合文化学群)によって調
査結果に差があると予想したので、学群の項目を作る。
100 人を対象に行うが、学群によって人数の割合にばらつきがあるため、その比率を考慮
し、リベラルアーツ学群 50 人、ビジネスマネジメント学群 20 人、健康福祉学群 15 人、総
合文化学群 15 人にアンケートを実施する。
30
アンケートの内容は、最初に「児童労働を知っていますか」の設問があり、YES か NO
で答える。YES であれば、どこで何をきっかけに児童労働を知ったのかを問う。次に、児
童労働に関する正しい知識を持っているのかを調べるため、①「子ども」とは何歳未満で
あると定義されるか、②児童労働者である子どもたちのためには、児童労働で作られた商
品を買う方がいいと思うか、買わない方がいいと思うか、③学校に行かずに家の手伝いを
している子どもは児童労働者に含まれるか、含まれないか、という 3 つの問題を設ける。
そして、最後に児童労働をなくすために、行動に起こしているかを問う質問を設ける。3 つ
の問い全てに正解すれば、正しい知識を持っている者としてカウントする。
NO であれば、児童労働の概要を簡単に説明し、それを読んで、児童労働問題に関心を持
ったかどうかを YES か NO で問う。次に、児童労働問題が生まれる要因に、消費者である
私たち日本人の存在が含まれることを簡単に伝え、再度、児童労働に関心を持ったかどう
かを問う。関心を持った人に対しては、児童労働をなくすためにやってみたいことはある
かどうかを、買い物の時、どこでだれが作ったものかを考えて買う、フェアトレード商品
を買う、イベントに参加するなどいくつか項目を作り、やってみたいことにチェックを入
れてもらう形で問う。これは同時に、児童労働をなくすためにできる行動を伝えることに
もなると考える。最後まで児童労働に関心を持たなかった人については、その理由を尋ね
る。彼らがどうしたら関心を持ってくれるようになるのか考えることが 1 つのポイントと
なるだろう。また、関心は持っているが、詳しく知るきっかけのない人にどうしたらきっ
かけを与えられるかを考えることも重要である。
このアンケート結果から、①児童労働の存在を知っている者・知らない者の割合、②児
童労働に関する正しい理解を持っている者の割合、③児童労働をなくすために行動に移し
ている者の割合、④児童労働を知ったきっかけは何か、の 4 つの情報を得ることができる。
また、このアンケート調査を行うことで、児童労働を知らなかった人々に児童労働の存
在を知ってもらう、児童労働の原因が私たちにあることを知ってもらうきっかけづくりに
なると考える。
2-2 アンケート結果の予想
大学 4 年生であれば、大半の学生は知っていてほしいというのが望みである。学群別で
は、リベラルアーツ学群は、国際協力や国際関係といった専攻があるので、児童労働につ
いて知る機会は他の学群に比べて多いと考え、70%は児童労働を知っており、そのうち 20%
は正しい知識を持っていると予想する。ビジネスマネジメント学群と健康福祉学群は 40%
(そのうち、正しい知識を持っているのは 10%)、総合文化学群は 20%(そのうち、正しい知
識を持っているのは 5%)の学生が「児童労働を知っている」と回答すると予想する。全体
では、
「児童労働を知っている」のは 50%で、そのうち、正しい知識を持っているのは、20%
だと予想する。また、行動に起こしている人は、児童労働を知っている人の中の 10%だと
予想する。
31
2-3 アンケートの結果
「児童労働を知っている」と答えた人・・・26%(26 人)
「児童労働を知らない」と答えた人・・・74%(74 人)
児童労働について正しい知識を持っている人・・・7%(7 人)
児童労働をなくすために行動に起こしている人・・・12%(12 人)
リベラルアーツ学群で「児童労働を知っている」と答えた人・・・32%(そのうち、正し
い知識のある人は 10%)
リベラルアーツ学群で「児童労働を知らない」と答えた人・・・68%
ビジネスマネジメント学群で「児童労働を知っている」と答えた人・・・30%(そのうち、
正しい知識のある人は 10%)
ビジネスマネジメント学群で「児童労働を知らない」と答えた人・・・70%
健康福祉学群で「児童労働を知っている」と答えた人・・・約 14%(そのうち、正しい知
識を持っている人 0%)
健康福祉学群で「児童労働を知らない」と答えた人・・・約 86%
総合文化学群で「児童労働を知っている」と答えた人・・・約 14%(そのうち、正しい知
識を持っている人 0%)
総合文化学群で「児童労働を知らない」と答えた人・・・約 86%
児童労働を「テレビ番組」で知った・・・約 65%
児童労働を「学校の授業」で知った・・・約 19%
児童労働を「本、新聞」で知った・・・約 7%
児童労働を「家族、友人」から知った・・・約 15%
児童労働を知らなかったが、行動したいと考える人・・・約 98%
今回のアンケートで児童労働に関心を持たなかった人・・・約 2%
2-4
アンケート結果から見る日本人の問題意識の低さ
アンケートの結果から、児童労働を知らないという学生が 74%と大半を占めていること
がわかった。筆者の予想をはるかに下回る結果である。やはり多くの日本人は児童労働を
知らないと言っていいだろう。また、存在は知っているが、詳しくは知らないという人も
多い。児童労働の発生要因の一つに自分の行動が含まれていることを知らない人、つまり、
自分とは関係のない問題であると考えている人が多いのである。
「児童労働を知っている」と答えた人は 26 人であったが、その中で、正しい知識を持っ
ているのは 7 人と少数である。
「児童労働者である子どもたちのためには、児童労働で作ら
れた商品を買う方がいいと思いますか?買わない方がいいと思いますか?」という質問で、
悩んでしまう人が多いことがわかった。彼らは、児童労働で作られたものを買えば買うほ
ど、児童労働者の子どもたちはより多くの収益が得られるのではないかと考えてしまうの
32
である。もちろん、「第 1 章第 3 節の 3-2 児童労働の発生要因(需要側)」で述べたように、
それは誤解である。実際には、利益が上がっても、子どもたちは以前と変わらず、生活す
るには到底足りない、労働内容・労働時間に見合わない少ない賃金、または、無報酬で働
かされる可能性が高い。それどころか、より児童労働の需要が増えてしまう可能性や、児
童労働者の労働環境がさらに悪くなったり、労働時間が長くなったりしてしまう可能性も
ある。間違った知識を持つことは、児童労働問題をより深刻化してしまう危険性があるた
め、全ての人に正しい知識を持ってもらう必要がある。
児童労働を何で知ったかという質問に対しては、
「テレビ番組」と回答した人が 65%と多
数であった。筆者もその一人である。子どもたちの働く様子を実際の映像で見ることは、
児童労働への関心を大きく高める効果があるため、テレビの影響は大きい。テレビの次に
多かった答えは、「学校の授業」であった。しかし、「学校の授業」と答えた学生のほとん
どは、大学の授業で児童労働を学んでいた。小学校や中学校といった義務教育の場でこそ、
児童労働について取り上げるべきである。そうすることで、多くの人に児童労働について
知る機会が与えられると筆者は考える。また、児童労働問題は子どもたちの問題であるか
らこそ、同年代の子どもたちは関心を持ちやすいのではないだろうか。自分と同じ年の子
が、同じ地球上で、なぜこのような問題を抱えて生活しているのだろうかと疑問を抱くこ
とだろう。これからの未来を担う子どもたちに、児童労働問題を知ってもらうことは重要
な課題である。
日本人は、児童労働問題は遠い国で起きているように感じてしまう。それは、児童労働
が私たちから見えにくいところで起きている問題だからである。私たち日本人に、児童労
働を知るきっかけがないことが大きな原因なのだ。だからこそ、より多くの人に知るきっ
かけを提供していく必要がある。アンケートで、「NGO の活動を通して知った」と回答し
た者は 1 人だけであった。NGO が日本人に対して様々な活動をしているにもかかわらず、
まだまだ児童労働を知らない日本人は多い。第 3 章第 1 節 1-3 で述べたように、NGO の活
動には限界があるのだ。しかし、NGO が政府やマスコミに働きかけることで、日本人が児
童労働を知る機会は確実に増え、問題解決へ向けて大きく前進するであろう。情報の発信
源となる NGO は、重要な役割を担っているのである。
おわりに
日本人の問題意識の低さ
なぜ日本人は、児童労働に対する問題意識が低いのだろうか。それは、自分が食べてい
るもの、身につけているもの、使用しているもののほとんどが自分から離れたところで生
産されているもの、どこで誰が作ったものなのか知らないからである。多くの人はそれを
知る必要はないと思っている。しかし、目の前で児童労働が起きていて、自分の持ってい
るものがその目の前の子どもが作ったものであったとしたら、きっと責任感を感じ、早急
に解決しなくてはならない問題であることに気がつくだろう。日本人の多くは、児童労働
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はどこか遠くの国の問題であると感じているのである。また、マスコミがなかなか取り上
げないということも問題である。テレビなどのきっかけがあれば、きっと筆者のように、
児童労働問題に疑問を抱き、焦りを感じることであろう。
教科書に載っていないことも問題であると思う。参考書のような形で載せているものも
あるが、一般的に普及している教科書には載っていない。知る必要がある問題であるのに、
なぜ教科書に載っていないのだろうか。成田は、子ども時代に国際問題を知り、国際理解
を深めることで、将来、児童労働に関心がある大人が増えていくのではないかということ
を期待して、子どもたちに教える事業を続けていくという。筆者も、大人よりも子どもの
方が、同じ子どもの問題である児童労働に関心を持ちやすいであろうから、子どもに伝え
ていくことは重要だと考える。その子どもが自分の親に、そして、将来自分の子どもに伝
えていくことで児童労働問題解決のための活動の輪が広がり、児童労働撤廃へと繋がるこ
とを期待する。
日本は世界に比べて、児童労働の認知度が圧倒的に低い。特にアメリカは、世界でも、
児童労働に対する関心が高く、問題解決に向けて積極的である。例えば、現状を細かく調
査し、まとめたレポート(The department of labor’s list of goods produced by child labor or
forced labor)を毎年国民に公表したり、世界カカオ財団を作り、カカオの調達先で児童労働
が行われていないかを徹底的に調査したりしている。そのため、企業も国民も関心を持ち
やすいのである。これは、アメリカが国で定めたガイドラインがあるため、実現している。
国が定めたら、企業はそれに従わなくてはならないのだ。日本も、国が積極的に児童労働
を解決するためのガイドラインを作成し、企業に取り組ませるべきではないだろうか。
世界には、国連によって作成されたグローバル・コンパクトという取り組みがある。こ
れは、各企業が責任ある創造的なリーダーシップを発揮することによって、社会の良き一
員として行動し、持続可能な成長を実現するための世界的な枠組み作りに参加する自発的
な取り組みである。グローバル・コンパクト署名企業は、人権の保護、不当な労働の排除、
環境への対応、そして腐敗の防止に関わる CSR の基本原則 10 項目に賛同する企業トップ
自らのコミットメントのもとに、その実現に向けて努力を継続することを約束する[グロー
バル・コンパクト・ジャパン・ネットワーク HP 2011,12.12]。しかし、日本でグローバル・
コンパクトを実施している企業は驚くほど少ない。第 3 章第 1 節 1-3 で述べたように、企
業が我々に及ぼす影響は大きい。少しでも多くの日本企業が国連グローバル・コンパクト
に参加し、連携して児童労働をはじめとする国際問題を解決していく必要がある。
日本企業は、環境に対する取り組みは盛んになってきているが、人権に関する問題には
あまり目が向けていない。そこで、我々消費者が、企業に気付かせていく必要もある。児
童労働をしている企業を見抜くことは難しいことだが、「児童労働の商品かもしれない」と
疑いを持ち、フェアトレード商品などの「児童労働を使っていない」と明記された商品を
求める消費者になればよいのだ。消費者の態度を変えることで、企業の体制も変わること
だろう。
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第 2 章第 3 節 3-2 で取り上げたキンシュ君に児童労働についてインタビューをした際、
筆者は、児童労働者であった頃の話をするのは辛くないかと質問した。すると、彼はまっ
すぐな瞳をして、「あまり思い出したくはない。でも、まだ多くの子どもたちが児童労働に
よって苦しめられている。彼らを救うことに繋がるのであれば、自分の経験を伝えること
は苦ではない。」と答えた。これは、我々へのメッセージだと思った。我々は、児童労働に
苦しむ子どもたちの未来を託されているのである。児童労働問題に大きな責任を抱えてい
る我々日本人が、児童労働について自分の周りの児童労働を知らない人々に伝えていく
ことも問題解決には必要なことである。何においても、知ることから始まるのである。
児童労働は消費者である日本人と密接につながった問題である。しかし、その問題は我々
の目からは見えにくい。そのため、日本人は関心を持ちにくく、また、持つきっかけもな
い。児童労働は、決して遠い国で起きている問題ではない。同じ地球上で起きている問題
なのだ。それに、児童労働は無くすことができる問題である。児童労働は企業や消費者、
一人ひとりが問題を知り、業界全体が取り組むことによって解決することができるのだ。
多くの人が知って、多くの人が行動に起こすことで、世界は変わることができる。だから
より多くの人に、児童労働に関心を持ってほしいと思う。
この論文が、児童労働を知るきっかけ、行動するきっかけとなってくれれば嬉しい。
参考文献
アムネスティ・インターナショナル日本 (2008)『児童労働
働かされる子どもたち
世界
の子どもたちは今』リブリオ出版
藤野敦子 (1997) 『発展途上国の児童労働
後藤健二 (2005)
子だくさんは結果なのか原因なのか』明石書店
『ダイヤモンドより平和がほしい
初岡昌一郎編 (1997) 『児童労働
子ども兵士ムリアの告白』汐文社
廃絶に取り組む国際社会』日本評論社
ヒューマン・ライツ・ウォッチ (2004) 『インドの債務児童労働
見えない鎖につながれて』
明石書店
岩附由香・白木朋子他 (2009)
『わたし 8 歳、カカオ畑で働きつづけて~児童労働者と呼
ばれる 2 億 1800 万人の子どもたち』
田部昇 (2010)『インド
合同出版
児童労働の地をゆく』アジア経済研究所
参考資料
児童労働ネットワーク(CL-Net)事務局 (2011)
世界労働機関 ILO (2010a)
「児童労働ネットワーク短信
第 16 号」
“Accelerating action against child labour” ILO
世界労働機関 ILO(b) (2010b) “Converging Against Child Labour: Support for India’s
Model” ILO
特定非営利活動法人 ACE(2010a) 「児童労働の撤廃へ向けた課題と日本ができること」
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ACE
特定非営利活動法人
ACE(2011b)
「2010 年度活動・決算報告」ACE
参考 HP リスト
ACE 世界の子どもを児童労働から守る NGO HP (2010,9.29)
http://acejapan.org/
外務省 HP(2011,1.8)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/india/data.html
グローバル・コンパクト・ジャパン・ネットワーク HP (2011,12.12)
http://www.ungcjn.org/index.html
ILO 駐日事務所 HP (2010,9.30)
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/
児童労働ネットワーク CL-NET HP(2011,12.9)
http://cl-net.org/
コトバンク HP(2011,1.8)
http://kotobank.jp/
森永製菓 HP (2011,12.10)
http://www.morinaga.co.jp/
Shinzone HP (2011,12.10)
http://news.shinzone.com/
UNICEF 日本ユニセフ協会 HP (2010,10.9)
http://www.unicef.or.jp/
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