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4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化 に関する検証
4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化 に関する検証 ――雇用創出・消失の動向と存続・開廃効果への分解 照山博司 玄田有史 要 旨 本稿では,厚生労働省「雇用動向調査」の個票データを用いて,1990 年 代から 2005 年までのマクロ的な雇用環境の変化を分析した.その主な結果 は,次のとおりである. 1990 年代初めのバブル経済崩壊と,1997 年以降の金融不況を経て,深 刻化した日本の雇用状況も,2001 年以降になり一定の改善傾向が見られ る.2001 年に存続事業所における雇用消失はピークに達したが,その後 に雇用削減は大幅に縮小されていった. 反対に,2000 年代における存続事業所での雇用創出力の高まりは, 2005 年にいたるまで観察されていない.2001 年を中心に既存の雇用機会 の削減が集中的に行われ,それが段階的に抑制されていったことが,結果 的にトータルとしての雇用確保につながったのであり,全般的に新たな就 業機会の創出に乏しい雇用回復であったといえる. 全事業所の 3%程度が雇用創出全体の 37%を生む一方,雇用消失の 31%は全事業所の 1.2%から発生するなど,雇用創出・消失は一部の事業 所に集中する傾向が見られる.今後の安定的な雇用創出には,大規模な雇 138 用変動の背景となる個別要因の解明が重要となる. マクロ経済全体の雇用の純増減を,存続事業所における変動と事業所の 開廃業における変動に分解すると,1990 年代と 2000 年代前半を通じて, 一貫して開廃業による変動がより支配的な影響を及ぼしている. ただし,1998 年と 2002 年には,開廃効果による雇用拡大が大きく停滞 した.金融不況および不良債権処理の集中等により,事業所の閉鎖をとも なう再編を進めた結果としての雇用削減が,同時期の失業率の大幅な上昇 をもたらすこととなった. さらに 2003 年以降,マクロ的な雇用環境は全般的に改善傾向が見られ たが,2005 年時点では,1998 年と 2002 年と同様に事業所開廃による雇用 純増は見られない.2000 年代半ば以降,事業所の代謝による雇用拡大に 構造的な変化が生じている可能性もある. 「雇用動向調査(事業所票)」の特別集計に際し,内閣府経済社会総合研究所の酒巻哲朗氏をはじ め,厚生労働省,総務省統計局の担当者の方々にご協力いただいた.中間報告会における参加者の 方々からいただいたコメントも,改訂に際して有益だった.心より感謝申し上げたい. 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 139 1 はじめに 日本の完全失業率は,1990 年代初頭に生じたいわゆるバブル経済の崩壊 以降,年間平均失業率は上昇を続け,金融不況後の 1998 年に初めて 4%を 超えた後,2002 年に調査実施以来最高となる 5.4%を記録した.高度成長期 から 1990 年代初めにかけて,他の先進諸国に比べて著しい低水準を維持し, 優れた日本の雇用システムの成果として賞賛された,日本の低失業率も,い まとなっては完全に過去の栄光に聞こえる. では,そのような雇用状況の急速な悪化をもたらした背景には,どのよう なマクロ的要因があったのだろうか.この点に関する分析としては,まず失 業率の推移を丹念に考察する方法があるだろう.たとえば『日本労働研究雑 誌』ではここ数年間失業に関する特集記事を組み,長期失業や地域失業など 詳細な検証が行われてきた(2003 年 7 月号「構造的失業とその対策」,2004 年 7 月号「長期失業」 ,2005 年 6 月号「地域雇用」等).さらに失業分析に加え, 1990 年代以降,「雇用創出・消失(job creation and destruction) 」と呼ばれ るアプローチに注目が集まった(日本では樋口[1998]等).雇用創出・消失分 析は,個別事業所の雇用変動に着目し,雇用が拡大した雇用創出部門と雇用 が縮小した雇用消失部門に区分したうえで,それぞれの雇用変動(フロー) のあり方を詳しく考察する点に特徴がある. 雇用創出・消失分析において,あえて雇用変動を拡大部門と縮小部門に分 割することには理由がある.以下で詳しく述べるとおり,雇用機会が新しく 創り出されるプロセスと,既存の雇用が消失するプロセスには,一般に非対 称性がある.採用等の雇用拡大にともなうコストと離職の促進などによって 雇用を削減するときに発生するコストが異なるのであれば,雇用創出と雇用 消失の水準には少なからぬ相違が生まれ,さらにはそれぞれ独自の時系列的 な変動に従う可能性がある. 140 実際,OECD 報告である (1994)は,雇用創出と雇 用消失の水準に OECD 加盟国間で違いが大きいことを指摘している.また 米国の製造業における雇用創出・消失を詳しく検証した Davis, Haltiwanger, and Schuh[1996]によれば,景気の変動に対し,採用には一定のコストがか かることから雇用創出は比較的安定的になるのに対し,解雇などの人員調整 が比較的に自由で雇用調整がしやすい結果,雇用消失の変動幅が大きくなり やすいことなどを主張してきた. ひるがえって日本では雇用創出や雇用消失にどのような特徴が見られたの だろうか.玄田[2004](第 1 章)は,厚生労働省(旧労働省)が常用労働者 5 人以上の事業所を対象に毎年実施している「雇用動向調査」を個票レベル に遡り分析することで,1990 年代における日本の雇用創出と雇用消失の状 況を検証した.その結果,日本では雇用創出ならびに雇用消失が,国際的に 見ても低水準で推移してきたことを指摘した.また日本の場合,雇用創出と 雇用消失の連動性が高く(具体的には,その時系列的な相関係数がマイナス 1 に近く) ,背景には各部門内特有のショックよりも部門を越えたマクロ的 なショックが支配的だった可能性も述べている. では,2000 年代前半期に,雇用情勢を急速に悪化させた日本の労働市場 において,1990 年代に見られた事実と同様の傾向が観察されるのだろうか. 日本全体で雇用機会が純減していったこの時期,それは主として雇用創出の 停滞からもたらされていたのだろうか.それとも雇用消失の拡大によるもの が大きかったのだろうか. さらに玄田[2004](第 2 章)では,日本の雇用創出と雇用消失にとって, 1990 年代には 2 度の大きな転換点があったことを述べている.1 つはバブル 経済崩壊直後の 1993 年であり,製造業や流通業,そして大企業からの雇用 削減傾向が強まった.もう 1 つが 1997 年である.金融不況が叫ばれたこの 年を境に,それまで雇用を下支えしてきた建設業と中小企業からの雇用創出 力が急速に衰え,雇用状況の悪化をもたらしたと指摘した. 2000 年代前半期の雇用変動のなかで,雇用情勢がもっとも深刻化した 2001 年から 2002 年にかけての時期は,もう 1 つの大きな転換点だった可能 性がある.さらに 2003 年以降,労働市場全体の雇用状況に一定の改善傾向 が観察されつつある.だとすれば,そこにはどのような雇用回復のメカニズ 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 141 ムが強く働いていたのだろうか. 本稿では,厚生労働省「雇用動向調査」の個票データを分析することで, 1990 年代から 2000 年代前半期における日本のマクロ経済全体における労働 市場の変動を雇用創出・消失分析により展望する.そこでは上記の玄田 [2004],玄田・太田[2007]および玄田・照山ほか[2003]に,2005 年時点ま での「雇用動向調査」の分析結果を新たに接合し,同時期のマクロ的雇用変 動の特徴を浮き彫りにする. 2 マクロ的雇用動向の推移 詳細な分析を始める前に,まず雇用環境のマクロ的変動についての基本事 実を確認しておきたい. 図表 4 1 には,総務省統計局『労働力調査年報』より 1973 年から 2007 年 にかけての完全失業率の年平均値の推移を示した.1980 年代まで先進国の なかでも抜きん出た低失業率を誇っていた日本では,3%未満の水準を続け てきた.プラザ合意以後に生じた円高不況による 1986 年と 1987 年の 2.8% が,その期間中における最高水準であった. それがバブル経済の隆盛にともない失業率が低下し,1990 年と 1991 年に は続けて年平均 2.1%を記録した.しかしその後,バブル経済の崩壊が実体 経済に影響を及ぼし始めた 1992 年以降,完全失業率は趨勢的かつ急速な上 昇傾向を見せ始めることになる.なかでも金融不況が生じた 1997 年から 98 年には 3.4%から 4.1%へと 0.7 ポイント増加し,続く 1998 年から 99 年も 4.1%から 4.7%へ 0.6 ポイント増と,2 年続けてかつてない急速な失業率の 大幅な上昇を経験した. 1999 年から 2000 年には 4.7%に高止まりをした後,2000 年から 01 年に かけて 5.0%へと 0.3 ポイントの増加,さらには 01 年から 02 年にかけて 0.4 ポイント上昇した.その結果,2002 年には完全失業率の年平均値が 5.4%と史上最高の水準へと達し,完全失業者数も 359 万人に及ぶ状況と なった(月次では 2002 年 3 月における 379 万人が過去最高水準である) . 2003 年にも 5.3%と高水準を依然として続けた失業率は,2003 年から 2007 年にかけて急速な低下を始める.とくに 2003 年から 04 年にかけての 142 図表 4 1 完全失業率の推移(年平均) (%) 6.0 5.4 5.5 5.0 4.7 4.5 4.1 4.0 3.9 3.5 3.0 2.7 2.5 2.0 1.5 3.4 2.8 2.2 1.0 1973 75 2.1 2.0 1.3 77 79 81 83 85 87 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 07(年) 出所)『労働力調査年報』より. 減少幅は 0.6 ポイントと大きく,その後も年平均で 0.2 から 0.3%との減少 を続けた結果,2007 年には 1997 年以来の 4%未満の水準(3.9%)まで回復 した.ただし,図表 4 1 には示されていないものの 2008 年以降,米国発金 融不況の影響を受け,失業率は再び上昇することが懸念されている. 以上のように失業率の長期的推移を概観すると,いわゆる失われた 10 年 はマクロ的な労働市場の観点からは,1992 93 年頃から 2002 03 年頃を指す のが妥当に思われる.なかでも 1998 年前後と 2002 年前後を中心とした, 1990 年代後半から 2000 年代前半における,急速な雇用環境の悪化をもたら した背景を把握することが重要な検討課題であろう. あわせて図表 4 2 には,同じく『労働力調査年報』を用いて,就業率の 1983 年以降の推移を示した.就業率は 15 歳以上人口に占める就業者の割合 の他,高齢化による引退者増加の影響を考慮し,15 歳から 64 歳に限定した 就業率も記している. 15 歳以上全体の就業率は 1992 年をピークに,その後緩やかな減少傾向を 続けている.背景としては,やはり高齢化の進展による非労働力人口の増加 の影響もあるだろう.ただ 1996 年から 97 年にかけてわずかに就業率が上昇 した後に 2002 年まで減少のペースが強まったこと,さらにその後に就業率 がほぼ一定であることなどを考えると,就業率の推移には高齢化以外にも, 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 図表 4 2 143 就業率の推移(年平均) (%) 75.0 70.0 65.0 70.7 70.0 69.6 67.4 68.3 62.6 62.1 61.5 60.0 58.1 57.9 55.0 就業率(15歳以上) 50.0 1983 85 87 89 91 93 95 97 99 就業率(15 64歳) 2001 03 05 07(年) 出所)『労働力調査年報』より. やはり金融不況などの経済環境の影響も少なくないと考えられる. 同様の印象は,64 歳以下に限定した就業率の推移からも確認できる.65 歳未満就業率は 92 年頃のバブル経済崩壊以後もしばらくの間は,はっきり とした減少傾向は観察されず,むしろ 1997 年には 70.0%と当時の最高水準 に到達していた.それもその後も深刻化する不況などの影響を受けて下落し, 2002 年には 68.3%と,1990 年時点の水準まで低下している.だがそれも, その後の経済回復に併せて再び上昇傾向を見せ始め,2007 年には 70.7%と, 史上最高の水準まで到達している. 失業率および就業率の推移には,厳密には雇用環境の変化だけではなく, 自営業・家事手伝いなどの就業者の動向の他,高齢者に限らず,専業主婦, 学生,ニートなど非労働力人口の状況にも左右される.さらには両変数に含 まれる雇用者には,正規雇用者を中心とした常用労働者のほか,増加の著し い派遣,請負などの非正規雇用が混在している.以下で着目する雇用動向調 査の分析は,常用労働者を対象としているため,以下の議論との整合性を考 慮するには,常用雇用者の動向も確認しておくことも望ましいだろう. 図表 4 3 には,厚生労働省「毎月勤労統計調査」より,事業所規模 30 人 以上と 5 人以上のそれぞれについて,2005 年を 100 とする常用雇用指数を 記した.この図からは,先の失業率および就業率の推移と若干異なる雇用状 144 図表 4 3 常用雇用指数の推移(2005 年=100) 110.0 105.0 100.0 95.0 90.0 85.0 80.0 75.0 30人以上 5 人以上 70.0 1970 72 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06(年) 出所)「毎月勤労統計調査」より. 況が見られる.第 1 に,失業率がもっとも深刻化したのは 2002 年であった が,常用雇用指数で見るかぎり,2000 年代前半における雇用環境でもっと も厳しい状況にあったのは,むしろ 2003 年であり,その後緩やかな回復が 見られている. このような微妙なズレが起こった原因は,いまのところ,明確ではない. 1 つには,常用労働者とは異なる臨時労働者および自営部門などの影響が, 失業や就業者全体の動向を大きく左右していることが考えられよう.さらに はのちに詳しく分析するように,雇用の創出と消失の非対称性がもたらす影 響のほか,事業所そのものに関する新設や閉鎖などのダイナミズムのとらえ 方が統計によって違うことも何らかの影響を及ぼすかもしれない. そこで,以下では常用労働者の雇用変動を詳しく検討する. 3 雇用創出・雇用消失 定義 ここでは,民営事業所の 1 年を通じた雇用創出および雇用消失を検討する. 用いる統計は 1989 年から 2005 年にかけての「雇用動向調査(事業所票)」 個票データである.各事業所の 1 月初から 12 月末にかけての 1 年を通じた 雇用変動を調べる. 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 145 対象となる事業所とは,年 2 回(7 月と 1 月)の調査にわたり「雇用動向 調査(事業所票)」に回答し,1 年を通じて存続していることが確認された 民営事業所である.その数は,1990 年代には 1 万件前後で推移してきたが, 2000 年代になると事業所の廃業や閉鎖の影響を受けてか,やや減り気味と なり,9,000 件台が対象標本となっている.調査対象となる雇用者は,それ ぞれの事業所における常用労働者である.そして,各事業所には事業所規模 や産業属性に併せて推計乗率が決められており,調査された労働者数にその 乗率を掛け合わせることで,全体数を復元できるように設定されている. それらの事業所のうち,年初から年末にかけて雇用が増加した事業所を選 び出し,その事業所群を雇用拡大部門と呼ぶ.そして拡大部門における雇用 増加数を,各事業所についての推計乗率を乗じたうえですべて足し合わせた ものを,1 年間における雇用創出と定義する. そのうえで,調査対象となった事業所全体の年初における復元常用労働者 数の総和を分母とし,分子を雇用創出とした値が,雇用創出率となる.それ は既存の常用雇用機会に対して,どれだけ新たな雇用機会が創出されたのか を表す指標である. 反対に,年初から年末にかけて雇用が減った雇用縮小部門における事業所 の減少量の総和が,雇用消失と定義できる.同様に事業所全体の常用労働者 数に対する値が,雇用消失率となり,既存の常用雇用のうち,どれだけ雇用 機会が失われていったのかを表している. 雇用創出率(JCR と記す)と雇用消失率(JDR)は,既存の常用雇用者数 に対する雇用創出および消失の比率として定義する.具体的には次のとおり. ∑ ( N − N ) JCR = ∑N ∑ ( N − N ) JDR = ∑N (4.1) (4.2) N は t 年末における個別事業所の常用雇用者数であり, (4.1)式右辺分子 の“+”に関する総和とは,年間を通じて雇用量が増加した事業所について の集計を意味し,(4.2)式の“−”の総和とは年間の雇用量が減少した事業 146 所の集計を意味する.両式の右辺分母は,共にすべての事業所の雇用者数を 合計した値である. 1 年間存続した事業所は,雇用拡大部門,雇用縮小部門のほか,年初と年 末を通じて常用労働者数が同数であった雇用安定部門に区分できる.定義上, 雇用安定部門からの雇用変動率はゼロとなる.定義からは労働市場全体の雇 用純増減率(純効果)は,雇用創出率と雇用消失率の差として定義される. また雇用創出率と雇用消失率の和は,経済全体での労働力の再配分の度合い を表す指標の 1 つとして理解できる. 雇用動向調査は,年間を通じた雇用変動が調査されており,雇用創出・消 失の検証にきわめて適した調査である.ただし一方で,いくつかの留意点も ある.1 つには対象が 1 年を通じて存続した事業所のみであるため,年内に 新設された事業所における雇用創出ならびに閉鎖された事業所の雇用消失を 把握することができない.また対象が事業所に雇用された常用労働者であり, 近年増加傾向にある派遣,請負労働などは雇用変動には含まれない.さらに は従業員 5 人未満の零細事業所や自営業も以下の調査対象には含まれていな いこと等にも注意を要する. 時系列推移 以下,上記の方法に基づき,雇用創出率ならびに雇用消失率を求めた時系 列動向を示していく.最初に経済全体における常用労働者の雇用変動状況を 示したのが,図表 4 4 である. 図表 4 4 によれば,1989 年には 4.9%に達していた雇用創出率は,1996 年ごろを除けば 90 年代を通じて趨勢的に下落し,1998 年には 3.4%まで低 下した.その後,2000 年代に入って数回にわたり 3.7%を記録するなど,一 定の拡大傾向こそ見られはするものの,その回復の足取りはきわめて重く, ほぼ横ばいで推移してきた. それに対し 2000 年代前半期において,雇用消失率は大幅な変化を経験し てきた.雇用創出率とは対照的に,1990 年に趨勢的な増加傾向を続けた雇 用消失率は,2000 年代に入ってさらなる増加をたどった.かつて 1991 年に は 3.4%という低水準にあったのが,10 年後の 2001 年には,5.5%と過去最 高の水準にまで上昇している.このような雇用消失の大幅な増加が,翌 4 図表 4 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 経済全体(常用労働者,従業員 5 人以上事業所) (%) 6.0 5.0 4.0 147 5.5 4.9 4.9 4.7 3.9 3.7 3.4 3.4 3.0 2.0 1.0 雇用創出率(存続) 0.0 1989 90 91 92 93 94 95 96 97 98 雇用消失率(存続) 99 2000 01 02 03 04 05(年) 出所)「雇用動向調査事業所票(上期・下期)」 (各年)を特別集計. 2002 年における調査以来最高水準となる完全失業率につながったことが予 想される. 伊藤・玄田・高橋[2008]によれば,上場企業に 1998 年から 2004 年にかけ て,上場企業の 17%が希望退職を実施している.そして,その大部分が 1999 年と 2002 年に集中していたという.さらに上場企業の雇用変動に関す る推定から,希望退職の実施は追加的に年率 2.7%の雇用削減効果があった と述べている. 図表 4 4 を見ると,2002 年の雇用消失率も 5.2%と,前年に次ぐ高い水準 にあったことがわかる.しかし,経済全体の雇用消失は,2002 年に上場企 業で希望退職の頻度が集中する以前の 2001 年から,すでに大規模に実施さ れていたことが見てとれる. これらの雇用調整が相次いだ 2001 年から 2002 年を経た後,とくに 2003 年から 2004 年にかけて雇用消失率は,5%から 4%へと大きく低下した.年 間の変化として,1%の変化を記録したことは過去になく,それだけ大規模 な雇用消失の削減がこの時期に起こったことがわかる. 2000 年代前半期を通じてほぼ安定的に推移してきた雇用創出に対し,雇 用消失はきわめて大きな変動を記録した.ちなみに,雇用創出率と雇用消失 率のあいだの時系列変化について相関係数を求めると,1989 年から 1999 年 148 図表 4 5 事業所当たり 常用労働者 年間純増減数 25 人以上 10 24 人 5 9人 3 4人 1 2人 事業所当たり 常用労働者 年間純増減数 25 人以上 10 24 人 5 9人 3 4人 1 2人 雇用創出・消失の集中度(2002 年) 雇用拡大部門 全事業所に占 める割合 (%) 0.9 2.0 3.8 5.9 17.3 雇用拡大事業所に占める 比率 (%) 3.0 6.8 12.7 19.6 57.8 雇用創出に占める 累積 割合 (%) 累積 9.8 22.6 42.2 100.0 18.6 18.0 15.4 20.8 27.1 36.7 52.1 72.9 100.0 雇用縮小部門 全事業所に占 める割合 (%) 1.2 2.2 4.5 6.8 21.9 雇用減少事業所に占める 比率 (%) 3.3 5.9 12.2 18.7 60.0 雇用消失に占める 累積 割合 (%) 累積 9.2 21.3 40.0 100.0 30.8 13.7 15.3 16.5 23.7 44.5 59.8 76.3 100.0 出所)「雇用動向調査事業所票(上期・下期)」(2002 年)を特別集計. にかけてはマイナス 0.855 を記録した.それが 1989 年から 2004 年に拡張し 計算すると,係数はマイナス 0.763 と低下する.その結果から,2000 年代 に入って,雇用消失には,雇用創出とは異なる固有の変動要因が影響を与え ていたことが示唆されよう. 以上から,2000 年代半ばにおける雇用回復は,雇用創出の新たな拡大に よってもたらされたのではなく,2001 年に展開された大規模な雇用の削減 に,その後急速に歯止めがかかった結果として生じていたことがわかる. 集中度 また時系列分析とは別の観点から確認するため,図表 4 5 に雇用創出と雇 用消失の集中度を求めた.具体的には,失業率がもっとも高くなった 2002 年時点において,雇用の拡大部門と縮小部門について,常用労働者年間純増 減数別に区分し,それぞれに占める事業所構成比と雇用創出(消失)に占め る割合を計算した. 年間 10 人以上の雇用純増事業所は,全事業所の 2.9%,さらに雇用拡大 事業所全体の 9.8%にすぎない.だが,それらのわずかな事業所が,雇用創 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 149 出全体の 36.7%を生み出している.全体では年間 1 人もしくは 2 人の増加 が,拡大事業所の 57.8%と最大の構成となっているが,雇用創出全体に占 める貢献度は 27.1%にとどまっている. 同様に雇用消失の集中度についても一定の偏りが観察される.年間の雇用 純減が 1 人もしくは 2 人という事業所が,縮小部門全体の 60%を占めるも のの,雇用消失に占める割合は 23.7%にとどまる.一方,2002 年には年間 25 人以上の大規模な雇用純減が見られた事業所は,全事業所の 1.2%,縮小 部門のうち 3.3%と,全体のなかでは少数であった.ところが,雇用消失全 体のうちの 30.8%と,少なからずの部分が,これらの大規模な雇用純減が 生じた事業所から発生しているのである. これらの結果からは,雇用創出ならびに雇用消失が,多くの事業所から一 律に発生しているわけではなく,一部の事業所に集中していることが示唆さ れる(Davis, Haltiwanger, and Schuh[1996]でも,雇用創出・消失は,一部 に集中する傾向があることを指摘している) . 今回の分析のなかで,どのような個別事業所がとくに多くの雇用創出・消 失をもたらしているかをさまざまな推定で試算してみた.ただ現段階では, 特定の産業等について顕著な雇用の拡大および縮小傾向は見出せなかった. 雇用の創出や消失も,特定の業種に集中しているとは必ずしもいえず,大規 模な雇用創出の背景となっている個別要因(idiosyncratic factor)の解明が, 今後の持続的な雇用創出策の立案には求められよう. 4 雇用変動の開廃効果と存続効果への分解 分解方法 次に「雇用動向調査」事業所票を用いて,経済全体の雇用の年変動を,存 続事業所内部での雇用変動と事業所の開廃による雇用変動へ分解することを 試みる.以下の推計方法および推計結果は照山・玄田[2001,2002]に基づい ている. 「雇用動向調査」は,1 年を 1 月から 6 月末の上期と,7 月から 12 月末の 下期に区分し,各半年間での雇用変動状況を調べている.抽出された事業所 は,原則として上期(=1 期と呼ぶ)と下期(=2 期と呼ぶ)の両方で調査 150 されている.第 i 事業所の各期初常用雇用者数をそれぞれ n,n とし, 各期末の常用雇用者数を n,n とする(定義上,n=n) .さらに抽出 事業所から,全体の動向を復元するために産業,事業所規模ごとに設定され る「推計乗率」を,1 期が m,2 期が m とする. このとき,事業所 i が代表する産業・事業所規模別のグループ全体の 1 年 を通じた推計雇用純増数は, m n − m n (4.3) と定義できる.各標本事業所の雇用者数を各々の「推計乗率」倍した値を合 計して全数に復元するという推計方法のもっとも自然な解釈は,各標本事業 所がその事業所に付された「推計乗率」だけの数の同質な事業所を代表して いるとする. すなわち事業所 i と同質な事業所のグループが存在し,グループ内の事業 所数が 1,2 期各々 m ならびに m と考える. さらに雇用純増減は,次のように分解できる. m n − m n = { m ( n − n ) + m ( n − n )} + ( m − m ) n 右辺{ (4.4) }内は,1 期または 2 期またはその両方を通じて存続した事業所内 部における雇用純増の推計値であり,その第 1 項と第 2 項はそれぞれ 1 期と 2 期に発生した雇用純増の復元数を示す.この部分を,事業所 i が代表する グループ全体での「存続事業所による雇用純増」と呼ぶ.一方,右辺第 2 項 は,1 期末から 2 期末の半年間にかけて,事業所 i の属する事業所グループ 内の事業所数が,事業所の開廃および事業所規模・産業の変更等により変化 したことを通じて,グループ内雇用者数が変化した効果と解釈できる.この 部分を事業所 i が代表するグループ全体の「事業所開廃による雇用純増」と 呼ぶことにする. 事業所 i が代表する産業・事業所規模別のグループ全体での 1 年を通じた 雇用純増である(4.3)式をすべての i について合計すれば全体の雇用純増 となり,次の分解ができる. 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 151 ∑ ( m n − m n ) = ∑ { m ( n − n ) + m ( n − n )} + ∑ ( m − m ) n (4.5) 集計された雇用純増は,「存続事業所による雇用純増減」と「事業所開廃に よる雇用純増減」に分解される. (4.3)式左辺のその年の 1 期初雇用者数に 対する比率 ∑ ( m n − m n ) ∑ m n を全体の「雇用純増減率」とする.同様に, ∑ { m ( n − n ) + m ( n − n )} ∑ m n を「存続事業所による雇用純増減率」 , ∑ {( m − m ) n } ∑ m n を「事業所開廃による雇用純増減率」と定義する. さらに事業所 i が代表するグループについて見た(4.4)式右辺{ }内 が正である場合には,グループ内の存続事業所が全体として雇用機会を創出 していることになる.年初の常用労働者数 mn に対するその値を「存続 事業所(内雇用拡大)による雇用創出率」と定義する.同様に, { }が負 のグループは,グループ内の存続事業所が全体として雇用機会を消失してい ることになり,年初の常用労働者数に対するその絶対値を「存続事業所(内 雇用縮小)による雇用消失率」とする.存続事業所における雇用創出率およ び雇用消失率は,1 年を通じて存続していた事業所に限定し,雇用創出・消 失率を求めた図表 4 4 の動きと,おおむね一致することになる. 一方,(4.2)式右辺の第 2 項 ( m−m )n は事業所開廃による雇用者数 変化であるが,そのうち,( m−m ) が正の場合,グループ全体では事業 所の開設によって事業所数が増加していることになる.そのときの年初の常 用労働者数に対する ( m−m )n を「事業所開設による雇用創出率」とす 152 る.反対に,( m−m ) が負の場合,グループ全体では事業所廃止によっ て事業所数が減少していることから,年初の常用労働者数に対する( m− m )n の絶対値を「事業所廃止による雇用消失率」と定義する. 開廃効果と存続効果の動向 以上の分析方法を用いて,まず 1989 年から 2000 年における雇用変動を開 廃効果と存続効果に分解した,玄田・照山ほか[2003]の結果を,玄田[2004] の解釈を踏まえながら,図表 4 6 より確認しておきたい. 存続事業所による雇用純増減率は 1980 年代後半から 90 年代初めはネット で雇用機会を増加させた後,1993 年以降,雇用は純減した.1995 年から 96 年に雇用水準に回復の兆しは見られたが,97 年以降再び減少,98 年は 91 年 以降最大の雇用純減率となっていた. 一方,図表 4 6 を見ると,事業所開廃による雇用純増減率は,一貫して存 続事業所による雇用純増減率を上回りながら推移してきたことがわかる.さ らに存続事業所による雇用純増減に比べて事業所開廃による雇用純増は,短 期的な変動幅が大きい.事業所開廃による雇用純増率は,1990 年代初頭に 高水準を続けたが,94 年をピークに減少へ転じ,98 年には 91 年以降,最低 水準まで落ち込んだ. これらの結果,両者を総合した経済全体の雇用純増減率は,事業所開廃に よる雇用純増率の動きとほとんど並行するかたちで推移していることもわか る.そこからは,事業所の開廃効果が経済全体の雇用純増率の水準を左右し ていること,さらにはその循環的変動を左右していることが見てとれる. 1998 年には全体の雇用純増率がはじめてマイナスに転じているが,背後に は存続事業所の雇用純増減率が大きくマイナスになったこととあわせ,事業 所開廃による雇用純増率が最低水準まで落ち込んだことの両方が影響してい たのである. さらに同期間について,存続事業所と事業所開廃による雇用純増減を,雇 用創出率と雇用消失率に分解したのが,図表 4 7 である. 存続事業所内部の雇用創出率および雇用消失率は安定的に推移し,1993 年以降,消失率は創出率を上回り続けてきた一方,開廃効果では事業所開設 による雇用創出率が高水準で推移してきた.その意味でも,雇用機会の純増 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 153 図表 4 6 開廃効果と存続効果(雇用純増減) (%) 8 雇用純増率 開廃効果による純増 存続効果による純増 7 6 5 4 3 2 1 0 −1 −2 −3 1991 92 93 94 95 96 97 98 99 2000(年) 出所) 玄田・照山ほか[2003]より. 図表 4 7 開廃効果と存続効果(雇用創出と雇用消失) (%) 10 9.1 9 8 7 6 5 4 3 2 雇用消失率(存続) 雇用消失率 (廃業) 6.9 6.1 4.7 4.6 3.6 3.6 2.5 1.3 1991 92 4.0 4.0 4.6 4.5 3.8 3.5 3.0 1.7 1.8 93 94 6.5 6.2 6.0 5.4 1 0 雇用創出率 (存続) 雇用創出率 (開業) 5.7 4.1 4.0 4.5 3.6 5.1 4.9 3.6 4.4 3.5 2.9 4.6 3.3 2.8 2.1 95 96 97 98 99 5.0 3.4 2.6 2000(年) 出所) 玄田・照山ほか[2003]より. を生み出すうえで,事業開設の影響が大きかったことが示唆される.しかし 同時に,開業による雇用創出率は年変動も大きく,94 年以後になると,そ の減少傾向も著しい.なかでも 1996 年から 1998 年にかけて開業による雇用 創出率は大きく低下し,98 年は 90 年代で最低水準にまで落ち込んでいたこ ともわかる. 一方で事業所閉鎖による雇用消失率も,92 年以降ゆるやかに上昇し,98 154 年には事業所開廃による雇用機会の創出率と消失率は 4%前後で拮抗してい た.低水準にあった廃業による雇用機会の消失率は,1998 年にはかつて経 験のないほど高水準に達していたのである. これらの開廃効果に関する事実からは,97 年から 98 年にかけての失業率 上昇などに見られる雇用情勢の急速な悪化は,既存事業所内の雇用縮小に加 え,多くが事業所そのものの開廃を通じた雇用機会の減退によってもたらさ れていることが理解できる. では,2002 年前後の雇用機会の悪化については,どうだったのだろうか. 今回の研究プロジェクトでは,分析期間を 1997 年から 2005 年まで拡張し, 雇用変動を開廃効果と存続効果に分解した.その結果を示したのが,図表 4 8 である 1). 図表 4 8 からまず注目されるのは,1998 年に匹敵する 2002 年における開 廃効果の落ち込みである.1999 年から 2001 年にかけて開廃効果は回復して いたが,2002 年には一転して雇用は純減となっている.先の図表 4 6 で見 た 1990 年代の分析と同様に,開廃効果はつねに全体の雇用の増加をもたら している一方,この期間,存続事業所における雇用変動は一貫して純減を続 けている.開廃効果による純増が存続効果の純減を多くの期間上回っていた ために,両効果を総合した全体の雇用は増加していたのであるが,2002 年 には 1998 年と同様の開廃効果による雇用増加が大きく低下したために,全 体での雇用純減をもたらしたのである. 同時に図表 4 8 でもう 1 つ注目されるのが,2005 年の状況である.この 年には全体としての雇用は純増減がなく,前年と同程度の水準をほぼ維持し た.その背景にあるのは,それまでの年次のように開廃効果による雇用純増 ではない.むしろ 2005 年は,1998 年,2002 年以上に,開廃効果は衰退して おり,はじめてネットで雇用を減らしている.すなわち開業による雇用創出 が廃業による雇用消失を下回っていた.いい換えれば 2005 年における雇用 動向には,事業所の廃止を上回る新設による雇用拡大の効果がほとんど見ら 1) なお,細かい点として,図では,都道府県および事業所番号が同じであれば同一事業所と見な し,利用可能なすべての標本を使用した.ただし,「上期末と下期初の雇用者数が一致し,上期 と下期で産業分類,事業所規模区分,抽出番号が同じである事業所を,同一事業所と見なす」 「上期末と下期初の雇用者数が一致していれば,産業分類,事業所規模区分,抽出番号が異なっ ていても,同一事業所と見なす」といった別の区分方法によっても,主な結果に変更はなかった. 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 155 図表 4 8 開廃効果と存続効果(雇用純増減) (%) 6 5 雇用純増率 存続効果による純増 開廃効果による純増 4 3 2 1 0 −1 −2 −3 1997 98 99 2000 01 02 03 04 05(年) 出所) 図表 4 4 に同じ. 図表 4 9 (%) 9 8 開廃効果の雇用創出と雇用消失への分解 開廃効果による純増 雇用創出率(開業) 雇用消失率(廃業) 7 6 5 4 3 2 1 0 1997 98 99 2000 01 02 03 04 05(年) 出所) 図表 4 4 に同じ. れなかったところにこそ,特徴がある. さらに,図表 4 9 は 1997 年から 2005 年における事業所新設による雇用創 出率と事業所廃止による雇用消失率を求めた結果である.ここからは,2002 年における事業所開廃による雇用減退も,1998 年時点と同様,事業所新設 による雇用創出の大幅な落ち込みと,事業所廃止による雇用消失の高まりの 両方によってもたらされたことが確認できる.同じく 2005 年における開廃 156 効果による雇用純増の低下についても,新設による雇用創出が,1998 年以 上に縮小されたことと,廃止による雇用消失も 2004 年と同水準に高止まり していたことからもたらされていることがわかる. 2005 年時点に,1998 年と 2002 年と同様に事業所開廃による雇用純増が消 失している事実は,2000 年代半ば以降,事業所の代謝による雇用拡大に構 造的な変化が生じている可能性を示唆している.今後の課題として,この点 をより詳細に検討するには,今後 2006 年以降のデータを用いて引き続き, 開廃効果の計測が求められる. なお,1997 年から 2005 年における産業別・企業規模別の開廃効果と存続 効果の分析を別途行った.照山・玄田[2002]および玄田[2004]等でも指摘し たように,開廃効果の部門別の分解には,事業所の新設・廃止のみならず, 別の産業や規模に移行したことの影響も加味されるため,その結果の解釈に は注意を要する.ただしその結果からは,2002 年および 2005 年の開廃効果 の落ち込みは,30 人未満などの小規模企業ほど顕著である一方,産業別に 見ると製造業だけはそのような傾向が見られないなど,今後検討が必要に思 える興味深い事実も見てとれる. 5 分析結果の要約 本稿では,厚生労働省「雇用動向調査」の個票データを用いて,1990 年 代から 2005 年までのマクロ的な雇用環境の変化を分析した.その主な結果 は,次のとおりである. 1990 年代初めのバブル経済崩壊と,1997 年以降の金融不況を経て,深 刻化した日本の雇用状況も,2001 年以降になり一定の改善傾向が見られ る.2001 年に存続事業所における雇用消失はピークに達したが,その後 に雇用削減は大幅に縮小されていった. 反対に,2000 年代における存続事業所での雇用創出力の高まりは, 2005 年にいたるまで観察されていない.2001 年を中心に既存の雇用機会 の削減が集中的に行われ,それが段階的に抑制されていったことが,結果 的にトータルとしての雇用確保につながったのであり,全般的に新たな就 4 1990 年代後半から 2000 年代前半の雇用深刻化に関する検証 157 業機会の創出に乏しい雇用回復であったといえる. 全事業所の 3%程度が雇用創出全体の 37%を生む一方,雇用消失の 31%は全事業所の 1.2%から発生するなど,雇用創出・消失は一部の事業 所に集中する傾向が見られる.今後の安定的な雇用創出には,大規模な雇 用変動の背景となる個別要因の解明が重要となる. マクロ経済全体の雇用の純増減を,存続事業所における変動と事業所の 開廃業における変動に分解すると,1990 年代と 2000 年代前半を通じて, 一貫して開廃業による変動がより支配的な影響を及ぼしている. ただし,1998 年と 2002 年には,開廃効果による雇用拡大が大きく停滞 した.金融不況および不良債権処理の集中等により,事業所の閉鎖をとも なう再編を進めた結果としての雇用削減が,同時期の失業率の大幅な上昇 をもたらすこととなった. さらに 2003 年以降,マクロ的な雇用環境は全般的に改善傾向が見られ たが,2005 年時点では,1998 年と 2002 年と同様に事業所開廃による雇用 純増は見られない.2000 年代半ば以降,事業所の代謝による雇用拡大に 新たな構造的変化が生じている可能性もある. 今後は,同様な手法による分析を 2006 年以降も継続することにより, 2008 年以降の雇用環境の悪化の詳細と,それに対応するための政策的検討 のための基礎データの蓄積が望まれる. 参考文献 伊藤由樹子・玄田有史・高橋陽子[2008], 「希望退職とは何だったのか――2000 年前後の 大規模雇用調整」,香西泰・宮川努・日本経済研究センター(編)『日本経済グローバル 競争の再生――ヒト・モノ・カネの歪みの実証分析』日本経済新聞出版社. 玄田有史[2004],『ジョブ・クリエイション』日本経済新聞社. 玄田有史・太田聰一[2007],「拡大なき雇用回復」『就業環境と労働市場の持続的改善に向 けた政策課題に関する調査研究報告書』財団法人統計研究会. 玄田有史・照山博司・太田聰一・神林龍・石原真三子・瀬沼雄二・佐々木和裕・阿部健太 郎・草嶋隆行・森藤拓[2003],『雇用創出と失業に関する実証研究』,内閣府経済社会総 合研究所『経済分析』第 168 号. 照山博司・玄田有史[2001], 「雇用機会の創出と喪失の変動:1986 年から 1998 年の『雇 158 用動向調査』に基づく分析」京都大学経済研究所ディスカッション・ペーパー,No. 0007. 照山博司・玄田有史[2002],「雇用機会の創出と喪失の変動――1986 年から 1998 年の 『雇用動向調査』に基づく分析」『日本労働研究雑誌』499,pp. 86 100. 樋口美雄[1998],「日本の雇用創出と雇用安定」,小宮隆太郎・奥野正寛(編) 『日本経済 21 世紀への課題』東洋経済新報社,pp. 239 280. Davis, Steven J., John C. Haltiwanger, and Scott Schuh [1996], , Cambridge: MIT Press. -