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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ

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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ
NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE
Title
日経225先物の価格発見 −大阪証券取引所とシンガポール取引所か
らの証左−
Author(s)
森保, 洋
Citation
東南アジア研究年報, 54, pp.53-69; 2013
Issue Date
2013-03-25
URL
http://hdl.handle.net/10069/31428
Right
This document is downloaded at: 2017-03-30T16:28:28Z
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp
53
日経225先物の価格発見
−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
森
保
洋
Abstract:
This paper investigates the intraday price discovery process among three futures
based on the Nikkei Stock Average: the regular Nikkei 225 futures traded on the
Singapore Exchange (SGX),the Osaka Stock Exchange (OSE) and Nikkei
225 mini futures listed on the OSE, using intraday transaction data. Using the Hasbrouck methodologies, the information shares of the three futures markets are estimated to compare the information efficiency among the Nikkei 225 futures markets. The empirical results show that about 45% of the price discovery occurs in
the Nikkei 225 mini futures market on the OSE, and the regular Nikkei 225 futures
on the OSE has little contribution in terms of price discovery. These results suggest
that price discovery tends to occur in the market with a smaller contract unit and
minimum price fluctuation.
Keywords: Price Discovery, Nikkei 225 Futures
1.はじめに
本稿の目的は先物取引における取引制度の違い,具体的には呼び値の最小単位と取引単位
の違いがどのように価格発見機能に貢献するのかを,シンガポール取引所(以下「SGX」
と略す)と,大阪証券取引所(以下「大証」と略す)に上場している日経225先物とそのミ
ニ取引のティックデータを利用することによって実証的に分析することである。
国際的な市場間競争がますます苛烈になってきていることは周知の事実である。このよう
な状況の中で各証券取引所が生き残るための取るべき方策の一つとして,より魅力的な金融
商品・取引制度の提供があげられよう。日経平均株価を基本証券とする先物が,SGX とほ
ぼ同時刻に並行して取引される大証が,2006年7月に日経225mini の取引を開始したのも,
この流れに沿ったものであると考えられる。日経225mini は従来の日経225先物に比べ,取
引単位は十分の一であり,呼び値の単位も半分であることから,個人投資家が参加しやすく,
54
裁定取引にも適していると考えられる。この結果,日経225mini は着実にその取引量が増加
し,通常の日経225先物と並んで大阪証券取引所を代表する金融先物商品に成長している。
このように成功を収めている日経225mini であるが,価格発見機能の観点からすると,市
場機能向上に貢献しているのだろうか。つまり,日経225mini が上場することによって,大
証の日経225先物(以下「日経225先物(大証)」と記述する)と日経225mini の価格発見機
能が,SGX に上場している日経225先物(以下「日経225先物(SGX)」と記述する)の価格
発見機能と比較して相対的に向上したといえるだろうか。
本稿では,日経225先物(大証),日経225先物(SGX),日経225mini の1秒間隔の日中取
引データを,日中の取引がすべて記録されているティックデータから構築し,Hasbrouck
(1995)の分析モデルを利用することで,3商品が価格発見に貢献する割合を推定し,呼び
値の大きさや取引単位の差異が価格発見に影響するかどうかを検証する1。
本稿は以下のように構成される。第2節では,関連する先行研究について触れる。第3節
では,分析対象である日経225先物の SGX および大証での取引制度について,その概略を
確認する。第4節は分析に利用したモデルの概説である。本稿の分析に利用したデータにつ
いての説明が第5節で行われ,分析結果が第6節で提示される。最後に結論と今後の課題に
ついて,第7節で述べる。
2.先行研究
ここでは,本稿と同様に同一時間帯に,単一あるいは複数の市場でほぼ同様の金融資産が
取引されている場合の価格発見機能について,実証的に分析している先行研究を概観する。
Roope and Zurbruegg(2002)は SGX と台湾先物取引所に上場している台湾指数先物の
価格形成を,Hasbrouck(1995)と Gonzalo and Granger(1995)のモデルを利用し検証し
ている。その結果,大部分の価格発見が SGX にて行われていることを示した。
Hasbrouck(2003)は,Hasbrouck(1995)の手法を利用し,S&P500,Nasdaq-100,
S&P400MidCap に関する先物と対応するミニ先物(E-mini)および ETF の間の価格発見機
能について分析を行っている。分析の結果,S&P500とNasdaq-100に関しては価格発見がミ
ニ取引において行われていること,S&P400MidCap については通常の先物と ETF におけ
る価格発見機能が拮抗していることを明らかにしている。
また,1分間隔の取引データを用いて,So and Tse(2004)はハンセン指数とハンセン指
数先物および対応する ETF の価格形成機能を Hasbrouck(1995)の手法で分析した。その
結果,指数先物の価格発見機能が他の2金融資産に比べ高いことを示している。
同様に,Tse, Bandyopadhyay et al.(2006)はダウ・ジョーンズ工業株価平均に関連す
1
以下では,日経225先物(大証),日経225先物(SGX),日経225mini の3金融資産をまとめて「日経225
先物3商品」と呼ぶことにする。
日経225先物の価格発見−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
55
る先物,ミニ先物および ETF の価格発見機能を検証している。分析結果はミニ先物取引の
価格発見能力が高い一方,通常の先物は価格発見にほとんど貢献していないというものであ
った。ここでも Hasbrouck(1995)の手法が利用されている。
Kurov(2008)は縮小されたティックサイズが価格発見にどのような影響を与えるかにつ
いて,Nasdaq-100先物とその E-mini 先物市場を対象に分析している。Hasbrouck(1995)
の手法を用いた結果から,ティックサイズの縮小は価格発見に貢献することが示されている。
日経225先物市場を対象として価格発見能力について分析を行ったものとして,Covrig,
Ding et al.(2004)が挙げられる。彼らは Hasbrouck(1995)と Gonzalo and Granger
(1995)の手法を利用し,大証と SGX に上場されている日経225先物および日経平均株価
指数の情報シェアを推定した。その結果,取引量が少ない SGX において33%程度の価格発
見が行われていることを示している。この研究は,日経225先物市場の価格発見能力に着目
した先駆的な論文であるが,分析に利用されたデータは日経225mini が上場される前の2000
年のものであり,日経225mini 上場後の価格形成は,彼らの分析結果と異なることが予想さ
れる。
森保(2 01 0)は,日経225 mini が大証に上場される前後の時期に着目し,日経225
mini 上場前後において,Hasbrouck の情報シェアがどのように変化するかを検証している。
分析の結果から,日経225先物(SGX)のシェアが高く,価格発見機能の観点からすると,
大証より SGX が優れていることを示した。しかし,日経225mini の上場によって大証全体
の情報シェアの合計は大きく向上しており,日経225mini の上場は,大証の日経225先物に
おける価格発見能力の向上に貢献していることが示唆された。ただし,この分析は日経
225mini 上場前後60取引日のデータを利用しており,この期間において,市場参加者が日経
225mini の取引に習熟していない可能性があることに注意が必要である。
3.日経225先物の取引制度
日経225先物は,東京証券取引所第1部に関する代表的な株価指数の一つである日経平均
株価を基本証券とする先物である。1986年9月にシンガポール国際金融取引所(現在の
SGX)に始めて上場し,そのおよそ2年後の1988年6月には大証に上場している。さらに
1990年9月には米国シカゴ・マーカンタイル取引所にも上場され,国際金融市場における日
本株式市場に対する有力なリスクヘッジの手段の一つとして着実に成長を遂げてきた。さら
に,取引単位と呼び値の最小単位が通常の先物より縮小されたミニ取引が大証に2006年7月
に上場された。これに追従する形で2007年11月に SGX においてもミニ取引が取引を開始さ
れている。
大証と SGX における取引は重複した時間帯に行われるため,各取引所は投資家にとって
より容易に取引できるよう,その取引制度を工夫することによって,取引を各市場に呼び込
56
もうとしている。そのため,SGX と大証で取引される通常の先物取引と先物ミニ取引では
取引制度が異なっている。ここでは,本稿の分析対象である日経225先物3商品の取引制度
について概観する2。
まず,SGX と大証の取引時間帯について確認しよう3。SGX の取引時間は前場が8時45
分から11時15分,後場が12時15分から15時30分である。これに対し,大証での取引時間帯は
前場が9時から11時まで,後場が12時30分から15時10分までとなっており,SGX での取引
時間帯に大証のすべての取引時間が含まれる形になっている。
取引における取引単位も各商品において異なっている。日経225(大証)の取引単位は日
経平均の1000倍である一方,日経225(SGX)のそれは500倍と日経225(大証)の半分であ
り,より小口の取引が可能になっている。日経225mini ではさらに売買が容易になるよう,
取引単位は100倍に設定されている。
呼び値の最小単位も各先物によって異なっている。日経225(大証)の価格変動の最小単
位は10円であるが,日経225(SGX)と日経225mini の呼び値の最小単位は5円である。
限月の設定については,日経225(大証)が3月,6月,9月,12月を限月(これらを四
半期限月と呼ぶ)とし,常に取引日に最も近い5つの限月が並行して取引されている。日経
225mini では,四半期限月のうち,直近2限月の取引に加え,この2限月以外の直近3限月
の合計5限月の取引が並行して行われている。日経225(SGX)では直近12個の四半期限月
と,直近3限月が設定されている。また,最終取引日はすべての商品において,各限月の第
2金曜日の前日である。
以上のように,限月の設定方法は日経225先物3商品によって異なるが,すべての先物に
おいて,最も取引が活発に行われているのは直近の四半期限月であり,その売買高の比率は
全取引の90%以上を占めている。
4.モデル
日経225先物3商品の価格発見機能を分析するために,本稿では Hasbrouck(1995)の分
析モデルを採用する。第2節で言及したように,このモデルは他市場において多くの実証分
析が集積されている。したがって,本稿で得られる結果と先行研究の分析結果の比較が容易
であると考えられるため,このモデルを採用する。以下では Hasbrouck(1995)のモデル
を概説する。
理論的には同一の価格を持つはずの n 個の金融商品があり,その商品の t 期における価格
2
この節における取引制度は,後述するサンプル期間におけるものであり,現在のそれとは異なっている部
分があることに注意が必要である。例えば,2012年末時点で大証の前場と後場は統一され,日中取引時間は
9時から15時15分(日本時間)である。
SGX,大証共に前場・後場の他,ナイトセッションを設けているが,本稿では分析対象としていないため,
3
ナイトセッションに関する説明は割愛する。
日経225先物の価格発見−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
57
のベクトル pt=(p1t ,p2t,…,pnt)' をとする。これらの価格は,取引制度や市場に流入する情
報の到達速度などから厳密には一致しないものの,裁定取引によって長期的には p1t=p2t,p1t
=p3t,…,p1t=pnt が成立する。時系列分析においてはこのような関係を共和分関係と呼び,
以下の Vector Error Correction モデルで表現できる。
Δpt=A1Δpt−1+A2Δpt−2+…+AkΔpt−k+γ(zt−1−μz)+ut
(1)
ここで,Δpt=pt−pt−1 であり,Ai(i=1,…,k)とγはそれぞれ(n×n)と(n×(n−1))係数行
列である。また,z t−1−μz は誤差修正項であり,z t=(p1t−p2t,p1t−p3t,…,p1t−pnt)' ,μz は z t
の平均を表すベクトル,ut は誤差項である。
(1)式の推定結果を用いて,Hasbrouck(1995)では第 j 番目の金融商品の情報シェア Sj
を以下のように定義している。
Sj=
Ψj2Ωjj
ΨΩΨ'
(2)
ここで,Ωは(1)式の残差から得られる分散共分散行列でありΩjj はその第 j 番目の対角成分
である。また,Ψ は(1)式を MA(∞)表現
Δpt=B0ut+B1ut−1+B2 ut−2+…
(3)
に変換した結果得られる B0,B1,…を利用して,以下のように計算される累積インパルス応
答関数
k
Ψk=ΣBk
i=0
(4)
において k→∞としたときの,任意の行を取り出した行ベクトルである。
直感的に言えば,この情報シェアは関連する n 個の金融資産価格全てに永久に織り込ま
れる情報の合計に対する各金融資産の情報の割合といえる。
実際の情報シェアの計算では,Ωが対角行列にならないため,(2)式の情報シェアの和は
1にならない。この問題を回避するため,Hasbrouck(1995)では2つの方法を提案してい
る。
第一の方法は,できるだけ時系列データのサンプリング間隔を短くし,(1)式を推定する
ことである。これにより,サンプリング間隔を長く取ることによって生じる同時点における
情報の集約を避けることが可能になり,市場のイノベーションを無相関に近づけることがで
きる。
第二の手法はΩを Cholesky 分解することにより,同時点での相関を減少させる方法であ
る。この方法では以下のように情報シェアの上限と下限を計算することにより,情報シェア
を区間で表現する。まず,Ωの Cholesky 分解を F としたときに,
Sj=
([Ψ F]j)2
ΨΩΨ'
(5)
58
を計算する。ここで,F はΩを Cholesky 分解することによって得られる下三角行列であり,
Ω=FF' をみたす。また,[Ψ F]j はΨ Fの第 j 番目の成分である。(1)式を推定する際に金融
資産の順番を入れ替えれば F も変化する。したがって,全ての順列について(5)式を計算し,
その最大値と最小値を各金融資産の情報シェアの上限と下限とする。
本分析では,上記2手法のうち,前者のアプローチを採用することにする。つまり,1秒
単位という極めて短い時間間隔の時系列データを構築し分析を行う。
Hasbrouck(1995)では,各取引日において(1)式のモデルを推定することで各商品の情
報シェア(2)式を計算し,価格発見機能の優劣を議論している。すべての時系列データを連
結し,1度に推定を行わない理由は,観測時間間隔が大きく異なるオーバーナイト・リター
ンの影響を避けるためである。本稿においても基本的にこの方法を踏襲するが,日経225先
物の場合,昼休みによる取引中断があるため,各取引日の前場と後場のデータについてそれ
ぞれモデル推定を行う。また,各取引日の情報シェアは,前場と後場の情報シェアを取引時
間の長さをウエイトとし加重平均することによって求める。
実際の推定では,(1)式におけるラグの次数を決定しなければならない。また,(4)式にお
いて無限次ラグを計算する代わりに十分大きな k の値を設定しなければならない。本稿では
全ての取引セッションにおいて今期の先物価格は5分前の先物価格までに影響を受けるとし
て(1)式を推定する。すなわちラグの次数を300とする。また,先物価格へのショックは15分
後まで影響が残るとし(4)式における k の値を600としてΨk を推定し,情報シェアの計算に
利用する。
5.データ
本稿では大証と SGX に上場されている日経225先物および大証上場の日経225mini のティ
ックデータを利用する。SGX にも通常の先物取引よりも小さな取引単位で売買できる mini
先物が上場されているが,後述のサンプル期間においてはその取引量が極めて少なく,価格
発見に貢献しているとは考えにくいため,分析から除外する4。
大証上場の日経225先物と日経225mini のデータは日経メディアマーケティングが提供し
ている「日経 NEEDS ティックデータ」を,SGX 上場の日経225先物については SGX が提
供している“Tick Data and Daily Statistics”から約定レコードを抽出し利用する。これら
のデータには,各取引の約定時間(タイムスタンプは秒単位まで),限月,約定価格,約定
数量が記録されている。
分析期間は2008年1月から2009年11月する。このサンプル期間に含まれる半日取引日であ
る2008年1月4日,2008年12月30日,2009年1月5日は他の取引日と取引の特徴が異なる可
本稿の分析期間における SGX 上場の mini 先物の取引回数は約900回程度であり,大証上場の mini 先物の
4
0.05%程度の約定しか行われていない。
日経225先物の価格発見−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
59
能性があることから除外する。この結果,サンプル期間中の取引日は464日である。
ティックデータはその性質上,観測時間が等間隔ではないが,情報シェアの推定に必要な
モデルは時系列モデルであり等間隔のサンプリング間隔を持つデータが必要である。また,
前節で述べたように,(1)式を推定する際のイノベーションにおける同時点の相関を避ける
ためにはできるだけ短い間隔でサンプリングを行った方がよい。そこで,本稿ではティック
データから構築可能な最短間隔である1秒間隔のデータを作成し,分析を行う。1秒間に複
数の約定がある場合には,同一タイムスタンプ付与されている最後のレコードの価格をその
時点の約定価格として扱う。また,ある時点において約定コードが存在しない場合は,直近
の約定価格をその時点の約定価格として使用する。
日経225先物3商品は,限月が異なる複数の先物が取引されているが,本分析ではもっと
も取引量の多い限月の先物価格を当該取引日の先物価格として分析対象を行う。サンプル期
間において,SGX・大証での先物取引の90%以上が期近物に集中しており,この処理を行
うことでの情報の損失は非常に少ないと考えられる。
前述の分析手法では,同時刻に取引される複数の金融資産価格の関連に着目するため,
SGX・大証において同時に取引されている時間帯のデータのみを利用しなければならない。
一方,前述のように,SGX と大証では取引の時間帯は異なっており,SGX の取引時間帯が
大証のそれを包含している。したがって,本稿では大証における日経225先物の前場取引時
間帯である9時から11時と後場取引時間帯である12時30分から15時10分(両者とも日本標準
時)を分析対象時間帯とする5。この結果,日経225先物(SGX),日経225先物(大証),日
経225mini の約定レコードから1秒単位の時系列データが3系列構築された。各取引日にお
けるサンプルサイズは前場で7201,後場で9601となる。
6.分
析
6.1 記述統計的分析
情報シェアの計算の前に,分析対象である日経225先物3商品と,その基本証券である日
経平均株価の記述統計を分析することによって,3商品の特徴を概観する。
6.1.1 基本証券価格の推移
日経平均先物に関する分析の前に,先物の基本証券である日経平均株価について,サンプ
ル期間中の推移を確認しておく。図1はサンプル期間中の日経平均株価終値と,日次変化率
の推移を表す時系列グラフである。
日経平均株価は2008年9月中旬まで1万2千円から1万4千円の価格帯を推移していた
5
大証における後場の取引時間帯は12時30分から15時15分であるが,最後の5分間はクロージング・オーク
ションと呼ばれ,注文のみを受け付けマッチングは行わない。そして,15時15分に板寄せによって終値を決
定する。
60
図1:日経平均株価とその変化率の推移
が,9月15日に米投資銀行のリーマン・ブラザーズが破綻したことを契機に急速に下落し8
千円前後の価格を推移している。その後,2009年3月頃から緩やかな上昇局面に入り,サン
プル期間末期では1万円前後の価格帯を推移している。
日次変化率については,リーマン・ブラザーズ破綻後のボラティリティが急速に増加した
ことが見て取れる。株価が上昇する局面より,下落するときのボラティリティの増加量が大
きいことはレバレッジ効果として知られているが,本サンプルにおいてもこの効果が確認さ
れているといえよう。この金融危機以後のボラティリティ増加のインパクトは,日経平均株
価が上昇トレンドに入る2009年3月頃まで持続しているように見受けられる。
表1:日経平均株価の日次変化率に関する基本統計量
サンプル期間
N
mean
sd
min
p25
p50
p75
max
金融危機前
163
-0.072
1.810
-5.816
-1.240
-0.042
1.174
4.182
金融危機中
140
-0.341
3.677
-12.111
-2.027
-0.353
1.748
13.235
金融危機後
163
0.087
1.503
-3.268
-0.790
0.193
0.902
4.448
466
-0.097
2.450
-12.111
-1.325
0.023
1.199
13.235
Total
注)サンプル期間における,金融危機前,金融危機中,金融危機後は,それぞれ2008年1月から2008年
8月,2008年9月から2009年3月,2009年4月から11月を表す。N, mean, sd, min, maxはそれぞれサ
ンプルサイズ,平均,標準偏差,最大値,最小値を表し,p25,p50,p75はそれぞれ25%分位点,中
央値,75%分位点を表す。各基本統計量の単位はパーセントである。
日経225先物の価格発見−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
61
表1はサンプル期間を金融危機以前(2008年8月以前)・危機中(2008年9月から2009年
3月まで)・危機以後(2009年4月以降)と便宜的に分割した場合の,日経平均株価の変化
率に関する基本統計量である。金融危機時の日次変化の標準偏差はその前後に比べ2倍程度
大きく,最大値および最小値も金融危機時が3倍程度大きいことからも,期間のボラティリ
ティの高さを確認できる。
6.1.2 取引量
図2はサンプル期間における日経225先物3商品の月次取引量の推移を表したグラフであ
る。全ての期間において日経225mini の取引量が最も多く,他の2商品と比べ3倍程度の取
引量で推移している。しかしながら,取引単位が各商品で異なるため,売買金額の観点から
すると,日経225(大証)が最も大きなシェアを占めており,依然として日経平均先物の代
表的な商品であることが分かる。
図2:日経225先物3商品の月次取引量の推移
注)SGX regular, OSE regular, OSE mini はそれぞれ SGX 上場の日経225先物,大証上場の日経225先
物,大証上場の日経225mini を表す。取引量は当該取引日において最も取引量が多かった限月のみを
集計している。取引量の単位は100万枚である。
3商品ともに2008年の金融危機時に伴う高ボラティリティの期間に多くの取引がなされて
おり,リスクヘッジの手段として先物取引が有効に機能していることが分かる。
サンプル期間全てにわたり,日経225先物3商品の取引量は連動しているように見受けら
62
れる。この点を検証するため,取引量の相関係数を計算することにする。表2は日次取引量
に関する相関係数行列である。日経225先物(SGX)と日経225mini の相関係数が0.58とや
や低い一方,日経225先物(SGX)と日経225先物(大証),日経225先物(SGX)と日経
225mini の相関はそれぞれ,0.73と0.86である。大証内で取引されている先物の相関係数よ
り,SGX-大証間で取引される先物の相関係数が高いことから,SGX と大証の間で先物同士
の裁定取引が活発であることが示唆される。また,日経225先物(SGX)と日経225mini の
相関が日経225先物3商品の中で一番高いことは,両商品の呼び値の単位が同一であること
による裁定取引の容易さを裏付ける結果といえよう。
表2:日次取引量の相関係数行列
日経225(SGX)
日経225(SGX)
日経225(大証)
日経225mini
1.00
日経225(大証)
0.73
1.00
日経225mini
0.86
0.58
1.00
注)日経225(SGX),日経225(大証),日経225mini はそれぞれ SGX
上場の日経225先物,大証上場の日経225先物,大証上場の日経
225mini である。相関係数は2008年1月から2009年11月における最も
取引量が多かった限月の日次取引量から計算された。
表3は取引時間中における1約定あたりの取引量の基本統計量を日経225先物3商品につ
いて求めたものである。平均値をみると,日経225(大証)が9.51枚と最も多く,日経
225mini の7.85枚が最も少ない。しかし,各分位点を見るとこの分布は右に大きくゆがんで
いることが分かり,平均値で1回の取引における取引量の傾向をつかもうとするのは不適切
であることが分かる。
表3:1回の取引における取引量の基本統計量
N
日経225(SGX)
日経225(大証)
日経225mini
8237088
mean
3.85
sd
6.31
min
p1
1
1
p5
1
p25
p50
p75
p95
p99
1
2
4
11
30
max
602
4344886
9.51
28.75
1
1
1
1
2
5
43
140
3492
19601284
7.85
29.09
1
1
1
1
1
4
30
115
2912
注)日経225(SGX),日経225(大証),日経225mini はそれぞれ SGX 上場の日経225先物,大証上場の
日経225先物,大証上場の日経225mini である。N, mean, sd, min, max はそれぞれサンプルサイズ,
平均,標準偏差,最大値,最小値を表し,p1,p5,…,p99はそれぞれ1%分位点,5%分位点,99%
分位点を表す。取引量はザラ場において取引されたもののみを利用し,板寄せによる約定は除外して
いる。
中央値を見ると,日経225(SGX),日経225(大証)
,日経225mini の値はそれぞれ2,2,
63
日経225先物の価格発見−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
1であり,日経225mini が最も小さな単位で取引される傾向が強いことがわかる。日経225
(SGX),日経225(大証)においても中央値は2であり,約定回数の半数以上において,
2枚以下の取引量で約定されていることがわかる。
6.1.3 約定時間間隔
価格発見が効率的に行われているのであれば,金融市場にもたらされるニュースは即座に
価格に反映されるはずである。したがって,日中における取引と取引の時間間隔は価格発見
が健全に行われている市場ほど短くなることが予想される。ここでは,日中の約定間の時間
間隔に着目し,日経225先物3商品の特性を検証する。
表4は,日中における取引間の時間間隔に関する基本統計量である。まず,時間間隔を計
算するために用いられた約定レコード数から確認しよう。サンプル期間における取引回数は
日経225mini が突出して大きく,日経225(SGX)の2倍以上,日経225(大証)の約5倍の
値である。前述のように,日経225mini の取引量は他の2先物より多く,かつ,小口に取引
されるため,結果として日経225mini の約定回数が顕著に大きく現れている。
表4:日中における取引と取引の時間間隔
N
mean
sd
日経225(SGX)
8236160
0.946
3.427
0
0
日経225(大証)
4344886
1.789
4.089
0
0
19601284
0.396
0.849
0
0
日経225mini
min
p1
p5
p25
p50
p75
p95
p99
max
0
0
0
1
5
16
363
0
0
1
2
8
19
933
0
0
0
1
2
4
930
注)日経225(SGX),日経225(大証),日経225miniはそれぞれ SGX 上場の日経225先物,大証上場の
日経225先物,大証上場の日経225mini である。N, mean, sd, min, max はそれぞれサンプルサイズ,
平均,標準偏差,最大値,最小値を表し,p1,p5,…,p99はそれぞれ1%分位点,5%分位点,99%
分位点を表す。
取引量同様,約定時間間隔の分布は大きく右に歪んでいる。日経225(SGX),日経
225mini の2先物については,中央値が0であり,50%以上のサンプルにおいて,約定時間
間隔が1秒以下であるという結果であった。日経225(大証)についても,その中央値は1
であり,1∼2秒の時間間隔で約定される場合が半数以上であることを示している6。99%
分位点においても,日経225mini で4秒,他の2先物でも20秒以下となっており,極めて頻
繁に取引が行われていることがこの結果から確認される。
6.1.4 約定回数
約定時間間隔の分析では,その間隔が1秒以下になる場合が大半を占め,タイムスタンプ
6
今回利用したティックデータは SGX・大証共にタイムスタンプが秒単位までしか記録されておらず,約
定時間間隔の1秒未満の部分については切り捨てられていることに気をつけなければならない。
64
が秒単位までしか記録されていないティックデータを用いた分析の精度に疑問が残る結果と
なった。ここでは,日中取引の活発さを単位時間あたりの約定回数という観点から再度検証
することにする。単位時間として,データから求めることができる最小の時間単位である1
秒間を採用する。
表5は日経225先物3商品に関する日中1秒あたりの約定回数について基本統計量を計算
したものである。平均値を見ると,日経225mini,日経225(SGX),日経225(大証)の順
で大きな値をとり,これまで検証してきた指標同様に,日経225mini の取引の活発さを示唆
する結果となっている。分布に関しては,約定回数も他の指標と同様に右に大きく歪んでい
る。中央値は3商品共に0回であり,取引時間の半分以上の時間で約定が行われていない事
を示している。一方,最大値は日経225(SGX),日経225(大証),日経225mini それぞれ
171回,83回,86回となっている。単純にこれらの約定が1秒間の間で等間隔で行われたと
仮定すれば,約定時間間隔はそれぞれ6,12,12ミリ秒となり,極めて短時間に約定が行わ
れていることになる。
この結果から,通常の取引の活発さと,市場に重要な情報が流入する状況での取引の活発
さが極端に異なっており,特に日経225(SGX)において,その傾向が顕著であることが示
唆される。
表5:1秒あたりの約定回数
N
mean
sd
min
p1
p5
p25
p50
p75
p95
p99
max
日経225(SGX) 11660544
0.706
2.512
0
0
0
0
0
0
4
12
日経225(大証) 11660544
0.373
1.165
0
0
0
0
0
0
2
5
83
日経225mini
1.681
3.536
0
0
0
0
0
2
7
15
86
11660544
171
注)日経225(SGX),日経225(大証),日経225mini はそれぞれ SGX 上場の日経225先物,大証上場の
日経225先物,大証上場の日経225mini である。N, mean, sd, min, max はそれぞれサンプルサイズ,
平均,標準偏差,最大値,最小値を表し,p1,p5,…,p99はそれぞれ1%分位点,5%分位点,99%
分位点を表す。
6.1.5 価格変化
価格発見が効率的に行われていれば,市場に流入するニュースに応じて,価格も素早く変
化するはずである。このことから日中の取引時間における直前の約定価格からの価格変化の
頻度について分析する。
表6は現在の約定価格と一つ前の取引における価格との差についての度数分布表である。
日経225先物3商品間で呼び値の最小単位が異なるため,ここでは価格差ではなく,呼び値
の最小単位の倍数を階級として利用する。
3先物ともに,分布は0を基準に極めて対称に近い形をしており,価格変化がランダム・
ウォークにしたがっている可能性が高いことを示唆している。また,2ティック以上の価格
65
日経225先物の価格発見−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
表6:約定に伴う価格変化の度数分布
日経225(SGX)
呼び値単位
-3以下
度数
相対度数
日経225(大証)
度数
日経225mini
相対度数
0.00%
相対度数
401
0.00%
-2
5949
0.07%
303
0.01%
32273
0.16%
-1
437309
5.31%
454596
10.47%
3132672
15.98%
0
7349232
89.23%
3434227
79.06%
13267611
67.69%
1
436866
5.30%
454518
10.46%
3131655
15.98%
2
5997
0.07%
274
0.01%
32642
0.17%
3以上
406
0.00%
21
0.00%
1757
0.01%
8236160
100%
4343958
100%
19600356
100%
合計
19
度数
1746
0.01%
注)日経225(SGX),日経225(大証),日経225mini はそれぞれ SGX 上場の日経225先物,大証上場の
日経225先物,大証上場の日経225mini である。呼び値の単位は,日経225(SGX)および日経
225mini が5円,日経225(大証)が10円である。
変化が生じることは0.3%未満の割合でしか起きず,99.7%以上の価格変動は上下1ティッ
クの範囲内で生じていることが分かる。
直前の約定価格から変化しない確率は日経225(SGX)が最も高く89.2%であった。続い
て日経225(大証)の79.1%,日経225mini の67.7%となっている。日経225(SGX),日経
225(大証)
,日経225mini の呼び値の最小単位がそれぞれ5円,10円,5円であることから,
日経225(SGX),日経225mini において価格変化が頻繁に生じると予想していたが,実際に
は大証での取引において価格が頻繁に変化することが明らかになった。
6.2 情報シェアの計算
日経225先物3商品について,Hasbrouck(1995)の情報シェアを推定した結果を表7に
示す。サンプル期間中の情報シェアの平均は,日経225mini が45.8%と最も高く,この3商
品の中で最も価格発見に貢献していることが明らかになった。続いて,呼び値の最小単位が
日経225mini と同じである日経225(SGX)が30%であり,日経225(大証)は9%とほとん
ど価格発見に貢献していないことがわかる。標準偏差も0.1から0.2程度の値を取り,これら
から計算される95%信頼区間も平均±1.5%程度であり,各取引日間で情報シェアに大きな
変動がないことがうかがえる。その一方,情報シェアの最大値・最小値をみると,日経225
(SGX)や日経225mini の情報シェアが15%程度まで落ち込むこともあれば,日経225(大
証)の情報シェアが46%まで上昇する取引日も存在することに注意が必要である。
日経225先物3商品は24時間取引されているわけではなく,前場・後場・イブニングセッ
ションの3つの時間帯で取引されている。前場の取引開始時には,前日に欧米市場で生じた
ニュースが織り込まれるため,前日の終値と大きく乖離した価格で約定されることが少なく
66
表7:情報シェアの基本統計量
日経225(SGX)
日経225(大証)
464
464
464
mean
0.297
0.090
0.456
sd
0.136
0.076
0.154
min
0.004
0.001
0.051
p25
0.204
0.031
0.350
p50
0.280
0.069
0.458
p75
0.387
0.130
0.567
max
0.705
0.418
0.912
N
日経225mini
注)日経225(SGX),日経225(大証),日経225mini はそれぞれ SGX 上場の日経225先物,大証上場の
日経225先物,大証上場の日経225mini である。N, mean, sd, min, max はそれぞれサンプルサイズ,
平均,標準偏差,最大値,最小値を表し,p25,p50,p75はそれぞれ25%分位点,中央値,75%分位
点を表す。各取引日の情報シェアは,1秒間隔の時系列データから前場・後場それぞれの推定値を
Hasbrouck(1995)の方法にしたがい推定後,前場と後場の取引時間をウエイトとする加重平均とし
て求めた。
ない。もし,市場が効率的であれば前場の始値に,前日のイブニングセッション終了後から,
前場開始時刻までのすべての情報を織り込むはずである。一方,市場が効率的でなければ,
前場開始後も前場取引開始以前のニュースがゆっくりと価格形成に影響を与える事が考えら
れる。したがって,前場と後場の価格発見能力は異なり,価格発見のスピードと取引制度に
関係があることも考えられる。このため,前場と後場で各商品の価格発見能力に違いがある
かを検証する。
表8は日経225先物3商品の情報シェアを前場・後場別に集計したものである。3商品と
表8:情報シェアの基本統計量(前場・後場別)
N
日経225(SGX)
日経225(大証)
前場
前場
後場
後場
日経225mini
前場
後場
464
464
464
464
464
464
mean
0.315
0.310
0.090
0.097
0.487
0.475
sd
0.210
0.192
0.115
0.118
0.236
0.222
min
0.000
0.000
0.000
0.000
0.010
0.000
p25
0.142
0.174
0.010
0.014
0.305
0.320
p50
0.296
0.284
0.047
0.050
0.488
0.476
p75
0.454
0.433
0.119
0.136
0.670
0.635
max
0.956
1.000
0.724
0.722
1.000
0.989
注)日経225(SGX),日経225(大証),日経225mini はそれぞれ SGX 上場の日経225先物,大証上場の
日経225先物,大証上場の日経225mini である。N, mean, sd, min, max はそれぞれサンプルサイズ,
平均,標準偏差,最大値,最小値を表し,p25,p50,p75はそれぞれ25%分位点,中央値,75%分位
点を表す。各取引日の情報シェアは,1秒間隔の時系列データから Hasbrouck(1995)の手法を用い
て計算された。
67
日経225先物の価格発見−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
も前場と後場において情報シェアに大きな違いは見受けられず,価格発見と取引制度の関係
に,前場・後場という取引時間帯が影響を与えている可能性が低いことが示唆される。
次に,情報シェアの多寡が,取引回数や取引量などの市場要因に影響を受けるかどうかを
検証する。表9は情報シェアと,日次取引回数,日次取引量,実現ボラティリティについて,
相関係数行列を求めたものである。実現ボラティリティは,日中の5分間隔の収益率の2乗
和として求めている。すなわち,5分間隔の収益率を ri とすると,第 k 取引日の実現ボラ
ティリティ vk は,
vk=Σri2
i
と定義される。
表9:情報シェアと日次取引回数,日次取引量,実現ボラティリティとの相関係数行列
情報シェア
取引回数
取引量
日経225 日経225 日経225
日経225 日経225 日経225
日経225 日経225 日経225
(SGX) (大証)
mini
(SGX) (大証)
日経225(SGX)
1.00
情報シェア 日経225(大証)
-0.17
1.00
日経225mini
-0.80
-0.37
1.00
日経225(SGX)
-0.07
-0.01
-0.06
1.00
取 引 回 数 日経225(大証)
mini
(SGX) (大証)
-0.05
0.03
-0.16
0.75
1.00
日経225mini
-0.11
-0.05
-0.06
0.78
0.90
1.00
日経225(SGX)
-0.05
0.06
-0.10
0.90
0.73
0.68
1.00
取 引 量 日経225(大証)
-0.04
0.01
-0.16
0.74
0.95
0.86
0.75
1.00
日経225mini
ボラティリティ
ボラティリティ
mini
-0.11
0.00
0.00
0.85
0.63
0.72
0.87
0.63
1.00
-0.10
-0.02
-0.05
0.66
0.76
0.78
0.54
0.68
0.55
1.00
注)日経225(SGX),日経225(大証),日経225mini はそれぞれ SGX 上場の日経225先物,大証上場の
日経225先物,大証上場の日経225mini である。ボラティリティは実現ボラティリティを表し,5分
間隔の日経平均株価から計算を行った。5分間隔の収益率をとしたとき,実現ボラティリティは
vk=Σri2
i
で推定される。
表9によると,情報シェアと相関が高い市場要因指標はほとんど存在しない。市場要因指
標の1次のラグをとって相関係数を計算しても,ほぼ同じ結果となった。また,情報シェア
を被説明変数に,市場要因指標とそのラグを説明変数とする回帰分析も行ったが,ほとんど
の説明変数が有意ではなく,相関係数による単変量分析と整合的な結果であった7。このこ
7
回帰分析の結果は紙幅の関係上割愛する。
68
とから,情報シェアは市場環境に左右されるものでは無く,呼び値の最小単位や売買単位な
ど,取引制度に大きく影響を受ける可能性が高いことが示唆される。
価格発見の50%弱が売買単位と呼び値の単位が最も小さな日経225mini で起きており,売
買単位と呼び値の最小単位が最も大きい日経225(大証)が最も価格発見に貢献していない
という結果は,取引制度に摩擦が少ない方がより市場が効率的になるという直感的理解と整
合的であるといえよう。つまり,呼び値の最小単位が小さければ,株価に関する影響が小さ
な情報が市場に流入した場合でも,呼び値の単位が大きい場合に比べ速やかに価格が更新さ
れるし,取引単位が小さければ売買のタイミングも早くなるため,価格発見に貢献する比率
が高くなるということである。
7.おわりに
本稿では取引制度の違いが価格発見機能に影響を与えるかどうか実証分析を行った。具体
的には,商品特性が取引制度以外ほとんど同じであるが SGX と大証に同時に上場している
日経225先物および日経225mini のティックデータを利用して,各金融資産の価格発見機能
の優劣を,Hasbrouck(1995)の手法を用いて分析した。
記述統計的分析から,日経225先物3商品の中で,日経225mini の一回あたりの取引量が
少なく,約定時間間隔が短く,1日あたりの約定回数が多いことが明らかになった。また,
約定に伴って価格が変化する割合も日経225mini が最も高い事が示された。
価格形成機能の優劣を計る一つの尺度である Hasbrouck(1995)の情報シェアは,日経
225mini のシェアが最も高く,50%弱を示すことが明らかになった。次にシェアが高いのは
日経225(SGX)であり,日経225(大証)はほとんど価格発見には貢献していないことが
示された。日経225mini の取引単位および呼び値の最小単位は,本稿で分析した3商品の中
で最も小さく,日経225(大証)のそれは最も大きい。このことから,取引単位と呼び値の
最小単位は共に価格発見機能向上に寄与することが示唆される。
本稿ではサンプル期間を2009年11月までとしたが,その後も様々な取引制度・取引システ
ムの改善が行われ,国際市場間競争が続いている。例えば,2010年6月には2007年11月に上
場したものの取引が低調であった SGX におけるミニ日経先物に対し,取引制度を改善する
措置が行われている。また,大証は近年急速に拡大しているアルゴリズム取引に対応できる
売買システム J-GATE を2011年2月から稼働させている。アルゴリズム取引によって日経
平均株価関連先物の価格発見能力がどのように変化したのかは意義深い問題であると考え
る。直近のサンプル期間を用いた,この点に関する分析は今後の課題としたい。
日経225先物の価格発見−大阪証券取引所とシンガポール取引所からの証左−
謝
69
辞
本稿は,長崎大学経済学部100周年記念助成による支援を受けた研究成果です。ここに記
して感謝申し上げます。
参
考
文
献
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