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「ベースロード電源」は時代遅れ
化学プラントから見た原発 その32 「ベースロード電源」は時代遅れ 2015 年 3 月 8 日 筒井哲郎 3 月 4 日に、自然エネルギー財団の、 「Revision 2015 自然エネルギー拡大のための日本 の挑戦」と題する国際シンポジウムを聴講してきた。この財団は孫正義氏が 4 年前に福島 原発事故を受けて設立し、再生可能エネルギー普及のために活発な啓発活動を行っている。 今回の話題の中心は、 どうしても昨年 4 月に現政権が閣議決定した「エネルギー基本計画」 の基調をなす原発回帰、再生エネルギー抑圧政策にならざるを得なかった。折しも、この 日から 12 日にかけて経済産業省が全国 5 都市で、2030 年の電源構成を市民に聞くシンポ ジウムを、開催し始めたところである(注 1) 。かつて、民主党政権が同様の意見募集を行 ったところ、圧倒的多数が原発 0%を望み、政府として「30 年代に原発をゼロにする」と いう方針を決めた。しかるに、現行の「エネルギー基本計画」は原発を「重要なベースロード 電源」と位置付け、現在問題になっている再生可能エネルギーの受け入れ枠も、既存の原発 がすべて動くという前提の上で、残りわずかな枠の中で再生可能エネルギーを受け入れる という方針を打ち出している(注 2)。結果として、再生可能エネルギーを推進しようとする 多くの人々の計画を頓挫させて、日本を再生可能エネルギーの最後進国にしている。 このシンポジウムで、とくに注目されることは「ベースロードという概念はもはや必要 ないのではないか」 「ベースロードが必要だから原子力発電は欠かせないという議論は無意 味だ」という議論が多数の講演者からこもごも語られたことである。 1. 「ベースロード」とは何か 電力需要は、昼夜の変動が 2 対 1 くらいの差がある。その変動に対応するために、40% くらいを一定出力の電源で供給し、日中の増える部分を火力発電で賄い、短時間のピー ク需要に対しては揚水式水力発電のようにそれ自体の効率は悪くても全体の効率を上げ るシステムを使うという構成にする。火力発電は夜間といえども暖機運転が必要なので、 夜間需要の 10%程度の供給量を賄うようにする。そうすると、ベースロード電源の必要 量は 40%ということになる。このことは、ヨーロッパでもアメリカでも日本でもほぼ共 通である。 ベースロード電源を選ぶ基準は、限界費用が低い電源から選ぶ(「メリット・オーダー」 という)のが経済合理性である。過去には、運転のための追加費用が安価な水力発電を 第 1 位、原子力発電を第 2 位として、ベースロードを構成していた(図 1) 。 しかるに、再生可能エネルギーが出現し、その限界費用が原子力よりも安いという事 1 実が判明したことによって、風力・太陽光などが従来のベースロード電源の上位に位置 することになる。その結果、限界費用の高い石油・ガスなどの占める割合が低下し、か つ卸電力価格も低下することになる(図 2) 。 図 1.高橋洋 「優先給電と出力抑制」2015 年 3 月 4 日自然エネルギー財団シンポジウム資料、 P.2 2 図 2.高橋洋、前掲資料、P.4 現在の問題は、メリット・オーダーの原則からいったら原発は再生可能エネルギーに その座を明け渡さなければいけない事態になったのに、既得権益を主張して、居座って いるということである。 2.再生可能エネルギーの価格見通し エネルギーの設備は、設備費が高くてランニングコストが低いことが多い。再生可能 エネルギーもその例に漏れず、いったん設備を作れば、風や太陽光は無料で供給される が、初期投資コストはバカにならない。それで、既存設備と競争するための初期条件を 緩和し普及を促進するために、どの国でもスタート時点では FIT 制度で費用の補助を行 う。そして、市場規模が大きくなれば設備費用も他の電力システムと競合できるように なる。今は風力も太陽光も設備費用がどんどん低下している。いずれ FIT による補助も 必要がなくなる見通しだという。 講演者の一人、John Mathews 氏(オーストラリア・マッコーリー大学教授)は、 「再 生可能エネルギーは究極の工業生産品だ」という。つまり、 「設備は工場で作れるものだ から、量産効果が働き、今後もコスト低下が期待できる」という意味である。しかも、 燃料を輸入したりする必要が無いから、完全な国産エネルギーであり、エネルギー・セ キュリティにもっとも貢献するという。 3 新規投資では、現在すでに原子力発電より経済的であるという。 3.エネルギーの貯蔵 このセミナーとは別に、現在エネルギーの貯蔵のために、水素ガスを利用しようとい う考え(水素社会)が、官民を挙げて進行しつつある。上記第 1 節で述べたように、電 力の需要と消費のタイミングがずれているために、再生可能エネルギーを大量に導入す るには電力の貯蔵手段が必要である。 それには、まず広域連系線を整備することが効果的である。つまり、発送電分離をし、 現在の地域独占電力会社に依存する送配電システムを統合して、日本全国の電力を相互 に融通できるシステムにするということである。市場規模が大きくなれば、地方による 天候の偏りが緩和されるからである。 電力貯蔵手段には、一つの案として当然蓄電池がある。3.11 原発事故直後に注目され た本に、各家庭が持つ自家用車が近いうちに電気自動車になるから、それが分散型の蓄 電システムを兼ねることになるであろう、という説があった(注 3)。もうひとつは、先 述の水素貯蔵システムである。つまり、余剰電力で水を電気分解して水素ガスとして貯 蔵し、それを燃料電池に供給して電力に戻すか、または燃料として利用するか、という システムである。現在のわたしの知識ではどちらがよいか分からないし、新聞を見てい ても両方が開発過程にあって、どちらがより効率がいのか、まだ答えは出ていないよう である。 注意しておきたいのは、現行の原子力発電を担っている軽水炉が評判を落としたから、 新しい炉型である「高温ガス炉」を用いて 900℃の高熱を水のガス分解に利用して水素ガ スを作ろうという説である。これは設備全体の効率が良いとも思えないし、900℃で連続 運転する原子炉をこれから何十年もかけて開発するというのも現実的ではない(しかし、 原子力ムラの生き残りのために、政府が開発予算をつぎ込んで研究を進める方針である) 。 百歩譲って仮に開発が成功したとしても、燃料のウランは輸入に頼るわけであり、究極 の国産エネルギーという理想は実現しない。 4.再生可能エネルギー導入政策の遅れ 2013 年末の、 世界での再生可能エネルギーの電力に占める設備割合は 22.1%である (注 4) 。日本では、このとき未だ 2%台であり、原子力を優先して、再生可能エネルギーの接 続の見通しが不明である。現在も、計画をこれから議論するといって先延ばししている。 しかし、原子力プラントが新たに建てられず、再生可能エネルギーが不透明なために、 石炭火力の計画が各地で発表されている(注 5)。これは完全に時代に逆行しているとい わねばならない。 中国では、2005 年に「再生可能エネルギー法」が公布され、2006 年から施行された。 4 この時点で一次エネルギーに占める再生可能エネルギーの割合は 3%であった。これに対 して旺盛な計画を打ち出した。 ・第 1 段階:2010 年までに、一部の再生可能エネルギー技術の商業化を達成する。 ・第 2 段階:2020 年までに、一次エネルギーに占める再生可能エネルギーの割合を 18% 以上とする。 ・第 3 段階:2050 年までに、上記の割合を 30%以上とする。 ・第 4 段階:2100 年までに、上記の割合を 50%以上とする(注 6) 。 日本は、世界で当たり前の理屈にも逆行する旧体制の国である。 注 1.『朝日新聞』2015 年 3 月 5 日 注 2.前掲『朝日新聞』 注 3.田中優『ヤマダ電機で電気自動車を買おう』武田ランダムハウスジャパン、2010 年 注 4.REN21(Renewable Energy policy Network for the 21st century) http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1406/06/news021.html 注 5.気候ネットワーク「このままでは日本は石炭だらけに?」2015 年 注 6.鎌田文彦「中国における再生可能エネルギーに関する立法動向」 http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/legis/225/022509.pdf 5