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貿易政策の政治経済学

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貿易政策の政治経済学
269
貿易政策の政治経済学
一新古典派経済学からの諸アプローチー
小 倉 明 浩
1 はじめに
GATTを中心とする自由貿易レジームは,第二次世界大戦後の世界経済の繁
栄の一支柱であったといわれる。その自由貿易レジームは,先進諸国が経済的
困難に陥ったユ970年代以来,先進諸国の貿易政策の焦点と手段の転換によって,
構造的な調整を強いられている。
多国間貿易交渉(MTN)によって,貿易障壁を相互的に引き下げていくとい
うその枠組は,70年代の東京ラウンド,80年代からのウルグアイラウンドと継
続されてはいる。しかし,先進諸国において保護政策の形態が,関税から非関
税障壁(NTBs)に転換していったことによって,従来の関税引き下げを中心と
した交渉が自由貿易拡大を果たし得るものではなくなり,また国際経済活動の
拡がりによって,商品貿易だけでなく,サービス取引などのルールの必要性も
大きくなっている。さらに,それらにともない貿易政策交渉も国境措置にとど
まらず,マクロ経済政策から独占禁止政策,産業育成・科学技術政策など,各
国の国内経済政策をも対象とすることが要求されている。
MTNでは,東京ラウンドから政府調達, NTBsなどを対象とする諸コード
が策定され,さらにウルグアイラウンドでは,サ・・一・ビス,貿易関連投資措置,
知的所有権問題などが新交渉分野として導入され,またGATTの機能強化を
1)
はかる交渉も行われている。しかし,例えば80年代におけるアメリカの貿易政
策の展開だけをとってみても,東京ラウンドNTBsコードが,新しい保護政策
1)GATTのウルグアイラウンドにおける諸問題については,『貿易と関税』(1990)所収の
各論文を参照。
270 蜷木實教授追悼号(第276 ・277号)
を規制することに成功したとは言えないし,ウルグアイラウンドの成功が,日
米間に顕著に見られるような,国内経済政策・制度の国際的なすり合わせが国
際経済取引との関連で問題となるという事態を解決するものとはみることがで
2)
きない。
このような貿易レジームの不安定化を生み出している貿易政策の焦点・手段
の変化,そして,それらをもたらしている要因の分析が,経済学においても,
3)
政治学においても大きな課題となっている。これらは双方ともに貿易政策への
政治経済学的接近と呼ばれている。
経済学においては,従来の分析が,競争を完全なものと想定しての均衡点の
検討を中心にしており,均衡に至る競争プロセスそのもの検討は放置してきた
のに対して,それは,競争プロセスを分析の中心におき,厚生を最大化する完
全競争均衡が,どうして実現されないのかという問題を探るという,「新古典派
4)
の政治経済学」の主要分野として展開してきた。ここでは政府は経済における
内在的行動者として,自身の利害,社会の諸利害を反映した政策を行うものと
して扱われ,また,構成貝は市場のシグナルに従うだけではなくて,自己の利
益に反するような価格の動きを政治運動や,市場支配力などによって妨げよう
とするものと考えられる。本稿では,このような分析視角から行われる貿易政
策の政治経済学が,今日の貿易政策の焦点・手段の変化をとらえることにどの
程度成功しているのかを確認し,またその限界を明らかにしていくことを試み
2)80年代におけるアメリカの貿易政策の一つの重要な特徴は,従来の自由・無差別原則か
ら,結果重視の相互主義への重点の移行である。このことはサービス産業についてみた場
合,外国企業が,アメリカ市場で享受している活動の自由と同程度の自由を外国がアメリ
カ企業に与えることを要求されるということであり,拒否すれば自国企業のアメリカ市場
での自由が制限されることになる。このような問題では国際間での規制政策のすり合わせ
が必要になってくる。さらに貿易摩擦におけるアメリカ側の最:大の課題は,異なった慣習
で動く日本の企業間関係という障壁を克服することにある。他方でアメリカ企業は競争力
強化のために日本企業間関係の組織原理を取り入れる動きを進めており,結果として日本
博,アメリカ側双方が相手システムに歩み寄るということになっている。
3)国際政治学からの貿易政策を含む,対外経済政策への政治経済学接近については,Iken−
berry, Lake and Mastanduno(1988)を参照。
4)新古典派の政治経:済学の生成過程については,Colander(1984)を参照。
貿易政策の政治経済学 271
る。
II 経済学からの貿易政策への政治経済学的接近の基本視角
周知のように比較生産費説,要素賦存理論などの貿易理論においては,自由
5)
貿易が最適な政策であるとされる。これらにおいても自由貿易が国民経済全体
の厚生を引き上げる一方で,それによって損失を被るグループが存在すること
は明瞭に把握されている。そのようなグループの存在が自由貿易政策の妨げと
ならないと考えられるのは,自由貿易によって利益を得るグループは,その利
益のうちから損失を受けるグループに対し所得補償を行っても自由貿易下で厚
生を改善でき,政治プロセスにおいて自由貿易政策支持を常に多数派とするこ
とができるからである。
しかし,そのような所得再分配に,あるいは自由貿易政策を獲得する政治プ
ロセスにコストがかかるとすれば,状況は変わる。貿易政策は国内各グループ,
その構成員にとって公共財的性格をもつので,個々の構成員にとってはそのコ
ストを支払わなくても利益を得られるという,フリーライダー問題が発生する
からである。もし,コストの支払が不足すれば反自由貿易政策が政治的に選択
されることが可能となる。さらに貿易政策による利害についての情報が不完全
であるという条件,そして特に先進諸国では,貿易政策が構成員の直接的な多
数決による意思決定によってではなく,代議制の政治機関によって決定される
ものであるということを考慮にいれた場合,自己の利害についての情報をより
把握し,政治家に対して投票による支持,選挙資金の供与,政策のためのロビ
ー活動などのコストを支払うことのできるグループが,その利益に沿う政策を
5)もっとも,周知のように,要素賦存理論下でも,大国の場合には関税を設けることによ
り,他国の犠牲の上にその厚生水準を改善させ得ることが,最適関税論によって知られて
いる。また,80年代に大きく発展した,新貿易理論ないし,戦略的貿易政策論によれば,
規模の経済や寡占,生産活動における習熱効果が存在する場合,貿易政策により厚生水準
を改善できる可能性が議論されている。戦略的貿易政策論については,Grossman and
Richardson(1985),Krugman(1986)を参照。また,それに基づく政策提案としては,と
りあえず,Tyson(1990)を参照。
272 蜷木實教授追悼号(第276・277号)
実現するより大きな力を持つと考えられる。さらに政策担当者自身が何らかの
政治的配慮によって特定の政策を選考することも考えられるようになる。この
6)
ような条件下では自由貿易は実現されないことが十分に可能なのである。
このことを踏まえて,経済学からの貿易政策への政治経済学的接近は,まず
現実に貿易政策上の配慮(具体的には保護)が特定の産業に与えられているこ
との理由を仮説に基づいて実証的に検討していく方向から始まり,貿易政策の
政治市場モデルによって理論的に保護政策がどうして導かれるのかを分析する
方向,そして経済環境・構造変化が貿易政策(保護政策)にどう影響するかを
7)
探る方向で行われてきた。
III貿易政策の諸説明仮説
現実の諸政府は様々な貿易政策を行っている。しかし,関税の構造や,MTN
の結果行われる関税引き下げ幅が産業間で異なること,セーフガードやアンチ
ダンピングなどの救済措置があたえられる産業と拒否される産業が存在するこ
とに見られるように,産業間で貿易政策上の配慮を受ける能力に格差が存在し
ている。このことを説明するために数々の仮説が提示され,検討されている。
共通利害(Common Interest)あるいは圧力集団(Pressure Group)モデル
では,貿易政策要求運動でのフリーライダー問題を重視して,より集中度の高
い産業,企業数の少ない産業が,より有効な運動を展開できるので優位を持つ
とする(Olson 1965)。集中度が高ければ,大企業は中小企業のフリーライドを
許しても,そのコスト負担をおぎなうに十分な政策からの利益を得られるであ
ろうし,企業数が少なければ,相互の監視がより有効に働き,フリーライドを
妨げることができると考えられるからである。またPincus(1975)は産業配置
の地理的集中性も,政治家への圧力の強さに影響するとしている(p.765)。こ
6)これら自由貿易政策の政治的障害についての議論は,Baldwin(1985)pp.6−11を参照。
7)本稿では取り扱わないが,これらとは別に,貿易政策がもたらす特定グループへの利益
と,それが行われることの社会の厚生水準への効果の問題を扱う,より規範論的性格の強
い諸議論が存在する。この草分けとなった論文は,Krueger(1974),Bhagwati(!982b)
である。
貿易政策の政治経済学 273
のモデルはPincusのアメリカ, Caves(1976)のカナダの関税構造の実証分析
で支持されている。またこのモデルは,消費者が圧力集団として弱い力しか持
たないことの説明としても有効である。
これに対して,政治プロセスでの投票の数の力を重視する仮説がある(Ad−
ding Machine Model)。ここでは情報の不完全性が存在し,一般有権者は特定
の貿易政策決定に関心を持たず,それによって大きな利益を受けるグループと
損失を受けるグループの票の力が,再選を重視する政治家にとっての考慮の対
象となるという枠組の下で,票を多く持つ産業,つまり雇用量が大きい産業が
保護を受けられる可能性が高くなるとするものである(Caves 1976 pp.282∼
285)。Cavesの実証では必ずしも強く支持されてはいないが,70∼80年代の
NTBsの供与を見れば,繊維・衣類産業など,圧力集団モデルでは説明できず
(この産業の集中度,企業数を想起すればわかるように),それによって説明で
きる例は少なくはない。
以上二つの仮説は,産業,その構成員,そして政治家が,それぞれ自己利益
にしたがって行動した場合,どのような産業が政治プロセスで政治家に圧力を
8)
より有効に加える力を持つか,という観点からのものである。しかし,実際に
は貿易政策での配慮は,そのような力をもっていない産業に対しても与えられ
ている。Baldwin(1985)は,ケネディ・東京ラウンドのアメリカの関税引き下
げの産業間構造が国内のグループからの圧力という観点からだけでは説明でき
ないとしている(p.165)。個別例を見ても,履物産業は,70年代から80年代前
半にかけて,先進諸国を通じて保護されていたが,産業の集中度・企業数,雇
用数で,二仮説ともに当てはまらない(Hamilton 1989 p.541,542)。アメリカ
が,85年半ら輸出自主規制を日本などに要求した工作機械産業も同様である
(Dinopoulos and Kteinin 1991 p.114∼117)。そして,先進諸国で最も保護が
8)このような見方は当然,保護政策に対して反対する産業についても成立する。したがっ
て,実際の政策決定プロセスでは,特定の保護政策について,それを要求する産業,圧力
集団と,反対するものの力関係として結果する。このことを重視して,80年代のアメリカ
の保護政策の採用如何を個別ケースごとに分析したものとして,Destler and Odell(1987)
がある。
274 蜷木實教授追悼号(第276・277号)
定着している農業分野が,単純にはどちらにも当てはまらないことは容易に理
9)
解されよう。
このように政治的圧力をかける力と貿易政策上の配慮が必ずしも相関しない
ことを考慮すれば,政治家,あるいは政府は,それら直接的政治圧力から独立
10)
した政策目標を持っており,それにしたがって政策判断を下すという仮説が考
えられる。Baldwin(1989),(1991)によって,社会的配慮による接近(Social
Concern Approach)としてまとめられる諸仮説である。
第一に,政府は貿易政策の変更,ないしは貿易環境の変化が,国内経済の現
状を急激に変えることを避ける,という目標を持つと考えるものがある。現状
維持(Status quo)モデル,あるいは調整援助(Adjustment Assistance)モデ
ルと呼ばれるものである。Corden(1974)は,政府は重要な社会集団であれ
ば,どのような手段についてもその厚生水準が低下することを避けるという,
保守的社会厚生関数(Conservative Social Welfare Function)を持つとする
(p.107)。その下では,政府はあるグループの所得上昇と他のグループの所得
低下を比較考慮する際に,低下する側をより重視することになる。その結果,
自由貿易の厚生改善効果よりも,輸入競争産業の所得低下の阻止が,政府の政
策目標となるために保護主義が行われるのだとする。
確かに,このことは保護を選択する可能性を示すものだが,この説明だけで
9)特に圧力集団モデルの仮説については,Lenway and Sculer(1991)の鉄鋼産業の各部
業の保護政策要求活動(ロビィイング)についての実証研究は疑問を投げかけることにな
っている。その研究結果では,保護政策から受けると期待できる潜在的利益の大きさと,
企業の政治活動の強さとの間には相関が見いだされていない。このことは仮説が想定する
公共財の利益の大きさとコスト負担についての関係に反している。また,農業のケースを
見れば,それは多数の小規模経営の集団であり,圧力集団として強力で有り得ないと考え
られる。しかも,その労働力人口に占める比率も大きなものではなく,圧力集団としての
結束無しに政治的力を持ち得るとも考えられない。それにもかかわらず,実際にその政治
力が強いことからすれば,フリーライドへのインセンティブが必ずしも構成員の間で旧き
くないこと,あるいはそれを妨げる組織原理が存在することの可能性を示唆するものと見
ることができよう。
10)この点についてのアメリカの政治制度に基づいた分析は,Baldwin(1985)pp.14−19を
参照。
貿易政策の政治経済学 275
は一般的に過ぎる。Cheh(1974)は,より限定的に,政府は短期の労働の調整
コストを最少化しようとするという仮説を検証している。政府は貿易によって
職を失う労働者が新しい職に就くまでに支払わねばならないコスト(新しい職
での賃金の低下も含めて)を最少化しようとすると考えるのである。そこで
Chehは,アメリカにおいてケネディラウンドにおける一律50%の関税カット
の例外措置を適用された産業を調べ,労働の年齢構成,不熟練労働の比率,地
域的限定性などでとった,産業の短期的労働調整コストの水準と,例外措置の
適用に相関を見いだしている。しかし,Reidel(1977)は西ドイツについて同仮
説が拒否されることを示している。
これらに対して,政府はより積極的に政策目標,具体的には所得分配の不公
正の改善ないしは悪化の阻止,を目指して行動するとするモデルがある(平等
性への配慮(equity concern)モデル)。 Ball(1967)は1962年のアメリカの実
11)
効関税水準が,低賃金・不熟練産業で高いことを示している。このような産業
12)
への保護は,単に調整コストの発生による所得低下を防ぐというだけでなく,
さらに低賃金・不熟練労働が先進諸国で希少要素であることを考慮にいれれば,
積極的な所得支持政策になる。繊維・衣類産業など不熟練労働の比率が高く,
賃金が低い産業が保護されていることは広く見られる。また,アメリカが,東
京ラウンド政府調達コードの例外として,国内の少数民族所有企業,中小企業
への優先調達制度を持続したことも,この例としてあげられる(Baldwin 1991
p. 127)o
また,そのほかの政策目標としては,産業の育成,安全保障の確保などが考
えられる。MacDouga1(1951)は,アメリカの第二次世界大戦前の関税水準
が,ほぼイギリスとの間の比較劣位を相殺するように設定されていることを見
いだしているし,Ray and Marvel(1984)は日本, EC諸国はアメリカが強い
競争力を持つ部門で,それを相殺しようとする関税構造である傾向があること
を指摘している(p.457)。これらは政府の産業育成という目標が貿易政策に反
11)Ba11が,この実証結果を社会的配慮によるものとしているわけではない。
12)輸入競争と雇用,賃金への影響については,Grossman(1988)を参照。
276 心木實教授追悼号(第276・277号)
映されているものと見ることができる。近年において,アメリカが比較優位を
持つ産業分野で,他国の産業政策排除を要求したり,74年通商法上の301条,88
年包括通商競争力法上のスーパー301条,スペシャル301条を用いての市場開放
13)
要求などの政策もこの範疇に含め得る。その他,Dinopoulos and Kreinin(1991)
は,アメリカ政府が工作機械産業に保護を与える考慮において,決定的な影響
力をもったのは同産業の防衛基礎産業としての重要性,つまりは安全保障への
危惧であったとしている(p.121)。さらに発展途上諸国に対する一般特恵関税
制度(GSP)は,政府が国際間の所得分配の改善を目標にしていることを示す
ものとも見ることができる。但し実際のGSPでは,国内に大きな影響を及ぼさ
ないことが同時に政策課題として追求されているのであるが(Ray 1989)。
平等性への配慮モデルを裏づけた,先進諸国では不熟練労働・低賃金労働産
業部門での保護が高いという事実は,関税引き下げ交渉が国際間で相互譲許に
もとづいて行われるということを考慮にいれた場合,それら部門に比較優位を
持つ諸国,つまりは発展途上諸国の対先進諸国交渉力が弱いということにも,
14>
根拠を求め得る(Helleiner 1976 p.319, Ray and Marvel 1984 p.453)。
IV 政治的市場理論モデルによる分析
以上が実際に保護が,どのような要因によって,どのような産業に与えられ
ているのかを実証的に検討するものであったのに対し,この項で検討される諸
議論は,政治市場の理論モデルによって,特定の貿易政策(関税率)が経済の
構成員・グループ間の競争の結果として導かれることを示そうとするものであ
る(それゆえ,その中心的議論は内生的関税決定論: Endogenous Tariff The−
oriesと呼ばれる)。それらに共通する枠組は,以下のようにまとめられる。
・貿易政策がこの市場における商品である。
13)さらに,近年アメリカにおいても,自国産業育成のための科学技術政策,産業政策と貿
易,投資政策が連関をもってきていることについては,Mowery and Rosenberg(1989)。
14)Helleinerでは,関税の構造は交渉力を反映しているが,関税の引き下げ幅については相
関が見いだされていない。Helleinerは,後者が途上国の輸出部門へのNTBsの適用と関連
している可能性を示唆している。Ray and Marvelはこのことを確認している。
貿易政策の政治経済学 277
・政府,政党(政治家)が貿易政策の供給者であり,経済の構成員・グループ
が需要者である。
・経済の各構成員・グループは,投票,政治資金供与によって,自己の利害に
沿う政策を要求していく(政策の政治的価格付けを行う)。
・その利害は貿易理論に基づいて規定されている。つまり要素賦存理論にした
がう場合は,その国の希少要素の保有者は保護政策(正の関税率)を選好し,
豊富な要素の保有者は自由貿易,ないしは輸入補助金(負の関税率)を選好
するとされ,特殊要素理論にしたがう場合は,国際競争力劣位部門の特殊要
素(労資双方ともであり得る)は,保護政策によって利益を受けるものとさ
れる。消費者が導入される場合は自由貿易支持者として考えられる。
・政府,政党はその利害,再選可能性の最大化原理にしたがって行動する。
Mayer(1984)は,以上の枠組みで,全ての構成員が,自己の利益にしたが
って政策に直接賛否を投じるという手続きで政策決定が行われるモデルで,要
素賦存理論,特殊要素理論のそれぞれの揚合を検討している。Mayerがその結
論を導くうえで重要となっているのは,構成員が複数の生産要素を保有してい
るいう前提である。要素賦存理論モデルの場合,構成員は資本,労働を異なっ
た比率で持ち,その比率に比例して,経済全体の要素賦存比率との関連で貿
易政策の利益,損失を受けるものと考えられる。経済が相対的に労働希少の特
徴を持てば,保有要素の労働の比率が高い構成貝は労働集約財の保護政策を支
持し,資本の比率が高い構成員は負の保護政策を求めるのである。一人一票で
決定されるこの経済での政策は,要素保有比率が全体のメディアンである構成
貝の求める政策,つまりそれが全体の要素賦存比率より労働の比率が高ければ
保護政策,逆であれば逆,一致していれば自由貿易になる。したがって,経済
全体の要素賦存,各構成員へのその配分,どのような財が輸入財になるか(外
国との相対的な要素賦存率)によって関税水準(貿易政策)が決まることにな
る。
この議論によって,Mayerは保護政策が行われる可能性を示すことに成功し
ているわけだが,実際の保護政策を見れば,一つの産業の労資がともに同じ政
278 三木實教授追悼号(第276・277号)
15}
策を支持するという,特殊要素理論に適合するケースが一般的であることを踏
まえれば,要素賦存理論下の分析のみでは不十分であろう。それに対応するた
め,構成貝が共通要素(労働)と特殊要素を持つという特殊要素理論モデルに
分析を進めている。ここで保護政策は,それが特殊要素間の価格比率を変える
(保護される部門の特殊要素価格の上昇,その他全ての特殊要素の相対価格下
落),そのように変化させられた要素価格の平均(平均要素収入)との関係で共
通要素の相対価格(相対賃金率)を変化させる,そして保護政策によって生ず
る総実質所得の低下の三つの系路によって,各構成員の所得に影響する。もし
保護される産業が共通要素を相対的に多く使用するものであり,保護政策によ
り大きな総実質所得低下をもたらさないほど十分に小さいとすると,この産業
の保護により,他部門の構成員も共通要素の価格上昇による所得増を得うるた
め,その保護を支持する可能性が考えられる。さらに投票にコストがかかるも
のとすれば,小さな部門の保護は,他部門に広く薄い損失しかおよぼさないの
で,個々の部門の損失が投票コストを下回り,それらが反対投票を行わないこ
とも考えられることになる。このMayerの特殊要素モデルでの分析は,直接投
票による政策決定という非現実性という限界を持つが,実際に政治的に脆弱な
産業が保護を受けていることを理論的に裏づける試みとして意味を持つ。
Brock and Magee(1978)は,2政党が,高い関税率体系,低い関税率体系
をそれぞれ選好し,その立場に近い関税率体系を提案する政党を支持する2つの
圧力集団(そしてより重要でない考慮対象として,自由貿易を支持する一般公
衆が存在)の支持を得て競争するという,ゲーム論の枠組で分析を行っている。
両政党は相手党の提案する関税体系を所与として,自政党の選出可能性を最大
化するようにその関税体系を提案するという行動仮説がおかれ,この仮説の下
で帝政党の関税体系提案の反応曲線を導き,その交点で両党の均衡関税率体系
の提案が得られ,それを両党の選出可能性で加重平均することによって,均衡
での期待関税率が得られるという枠組である。ここで両政党の関税率体系の提
15)1973年の議会での通商法についての公聴会では,各産業の労使が,ともに同じ立場の意
見を述べている(Brock and Magee 1978 p.246)
貿易政策の政治経済学 279
案に影響するのは政党の戦略(両党は同種の戦略をとるものとされている)で
ある。戦略については以下の3つのケースが想定されている。第一に,両党が
それぞれの支持圧力集団の支援をより多く集めようとして行動する場合,その
関税率体系の提案は,支持集団の選好に近づくように乖離する傾向になる。第
二に,両党が相手党への相手圧力集団の支持を減らそうという戦略をとった場
合,両党の関税率提案はより接近したものになると考えられる。そして,両党
が一般公衆の支持を直接的に(選挙運動によってではなく,この政策への支持
でという意味)獲得しようとして行動すれば,提案される関税率体系はともに
16)
低下する。
Hillman(1982)はStigliz−Peltzmanの政治的支援モデルをもちいて,政府
はその貿易政策(関税率の決定)によって得られる,国内圧力集団からの政治
的支援の限界利益と,損失を受ける集団の支持を失うという限界不利益を均等
化することで,政治的支持を最大化するという枠組で分析を行っている。この
論文の貢献の一つは,保護を受ける部門が保護にもかかわらず衰退し続けてい
くことへのインプリケーションにある。世界市場価格が輸入競争産業で低下し
たとして,政治運動の結果,関税が輸入財の国内生産価格と世界市場価格差を
相殺するように課されたとしても,そのこと自体は(関税収入の増加の使途,
運動のコストを無視すれば)国内相対価格を維持するだけだから,国内圧力集
団の厚生水準を世界市場価格下落前と比べて変化させるわけではない。しかし
このような結果を得るためには,世界市場価格が低下した分,より高い関税率,
したがって輸入競争産業のより強い政治運動が必要となっている。この運動の
コストは世界市場価格が低下するにしたがって上昇し,そのコスト支出の限界
的な利益(防止される不利益)は小さくなる。他方,保護を受けない部門が保
護反対のための運動がもたらす利益は,価格差の増加に伴ってより大きくなり,
世界市場価格低下にしたがって反保護政策政治運動はより強化される。このよ
うな環境の下で支持最大化原則に基づいて行動する政府は,国内価格の下落を
16)このようなゲーム論の枠組を用いた議論としては,このほか2つの圧力集団間のゲーム
として考えるFindlay and Welliz(1982),Young and Magee(1986)などがある。
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許すような関税率を選択するようになる。従って輸入競合産業は増加する政治
運動コストと,それにもかかわらず低下する国内価格という事態によって,保
17)
護にもかかわらず衰退を続けるとされるのである。
これらが,貿易政策がもたらす所得上昇,低下という利害によって,国内の
構成員・集団が行動するものという想定の分析であったのに対して,不確実性
が存在し,保険市場が完全でないという市場の失敗が存在するという環境下で
の危険回避的個人の選好から,保護政策の可能性を導く議論がある(Eaton and
Grossman 1985, Dixit 1989)。保護政策が価格の変動1生を減らす(不確実性を
減らす)ことで,各個人の期待利益をそれが行われない場合よりも上昇させる
ことができるとするのである。
このような不確実性はDeardorf(1987)によって,政府が保護政策として関
税よりも,輸出自主規制(VERs),市場秩序協定(OMA)を選考する傾向があ二
ることの説明にも使われている。輸入競合部門の世界市場価格の将来の動向が
不確実であることは,関税による保護の効果が将来損なわれる可能性を生ぜし
め,このことが危険回避的な政府(あるいは保護を要求する圧力集団)により
確実な数量制限を選択させるものと考えられている。
実際に行われる保護が,短期の調整支援という性格を当初持っていたとして
も,調整が行われず,保護が長期にわたる傾向について,Staiger and Tabellini
(1987),(1991)の,政府の政策へのコミットメントと裁量性に関する議論が有
効である。政府が自由貿易政策を行うというコミットメントをしている場合,
輸入競合産業の労働者は,その所得が低下することを予想し,熟練の喪失など
による賃金低下を被っても他部門に移動することを選び,輸入競合部門の所得
は低下しても,それによって調整が行われると考えられる。ここで政府がその
コミットメントに反して,輸入競合部門の所得低下を防ぐために(社会的配慮
から受け入れられないものとして),保護政策を行えば,輸入競合部門に残った
17)このタイプのモデルで,外国の政府・民間利益も政策決定プロセスに参加することを想
定した分析が,Hillman and Ursprung(1988>,Das(1990),Fisher(1992)で行われて
いる。
貿易政策の政治経済学 281
労働者の所得は回復される一方で,移動した労働者は損失を受けることになる。
このような場合各労働者には,輸入競争から生じる損失と政府が保護を行う可
能性の評価の間での選択問題が生じることになる。より多くの労働者が政府の
保護可能性に高い期待を持つほど,輸入競合部門に残る労働者は多くなり,政
府がその所得低下を防ぐための政策のコストは上昇し,効果は小さくなる。そ
18)
して保護は次第に調整の目的も所得改善の目的も果たせなくなるのである。こ
のことは,繊維・衣類産業と履物産業の保護政策を比較した研究で,Hamilton
(1989)が,繊維産業での保護の長期化と,履物産業の非保護一保護一非保護
という過程の進行という差を,前者の保護がMFA(国際繊維協定)という形
で,より制度化されたものであることに求めていることとも照応する(p.
19)
542)。Staiger and Tabelliniの分析上でこれを読めば,国際協定で保護されて
いる繊維産業の労働者は保護可能性に高い期待をもち,その結果調整が進まず
保護が長;期化するのに対して,履物産業の労働者はより低い期待しか持たない
ために調整が行われやすいということになるのである。
V 経済環境・構造変動と貿易政策
分析の焦点という観点から整理した場合,IIIでの諸研究は,保護への要求の
存在を前提として,どのような産業が政府に圧力を加える能力をもっているか,
政府はどのような産業に保護を与えるインセンティブを持つのかを検討するも
のであった。また,IVでの諸研究も,国際競争の存在が輸入競争産業での保護
要求をもたらすものとして,その後の政治プロセスが分析されていた。これら
に対して,現実の保護政策の展開が,その水準の歴史的な変動を持つこと,よ
り特定して言えば,NTBs, VERsなどの新しい形態での保護政策が,70∼80年
代に頻発するようになったという状況を説明しようとする試みがある。そのた
18)この政策の効果がなくなった段階では,政策のコストのみが経済への負担として存在す
るとされており,この議論は,政府は自由貿易政策へのコミットメントを堅持すべきであ
るという,規範論的結論を持つ。
19)ただし,Hamiltonはこの要因だけではなくて,両産業の雇用数,労働力の部門的特殊性
(労働の調整コストの高さ)の差も無視できないものとしている(p.542)。
282 蜷木實教授追悼号(第276・277号)
めには,保護政策が需給要因によって供給量が変動するものだとすれば,保護
政策の需要の強さや,政府の供給態度の変化にその原因が求められねばならな
い。つまり保護要求の存在,その変化を前提として議論を進めるのではなくて,
それらを左右する要因が実態的に分析されるのである。
この観点からの議論における大きな岐路は,新しい形態の保護主義が出現し
た70年代をどのようにとらえるかという点にある。この時期を単に経済停滞の
時期と見るか,経緕がより構造的な変化を見せていると考えるかによって,保
護主義への見方もかわることになるのである。前者の見方に立てば,マクロ経
済の変動と保護主義水準との相関が強調され,後者では産業構造,経済の前提
となる社会構造,経済システムの機能の仕方の転換が主張されることになる。
Dornbusch and Frankel(1987)によれば,今世紀におけるアメリカの景気
動向と貿易政策との間には,相関が見られるという。また,Salvatore(1987)
20)
では,アメリカにおけるアンチダンピング,補助金対抗関税提訴の数と景気と
の相関が指摘されている。先進国全体を扱ったGrilli(1988)でも世界の景気水
準,国内経済の状態が,各国の保護主義の重要な要因であるとしている。この
ような実証結果に基づけば,70年代からの保護政策の増加は,石油ショック後
の世界的不況による困難が,先進諸国の国内製造業への輸入競争の影響をより
先鋭化することによって,保護政策への要求を強くしたことによるということ
になる。
しかし,80年置の世界的景気回復期にも先進諸国によるNTBsの利用は衰え
20)提訴された全てのケースが,肯定的に裁定され,実際の保護政策に結び付くわけではな
い。しかし,提訴自体が,相手国の輸出行動に影響を及ぼす,政府の注意を引くという点
で保護主義的傾向を反映していることは考え得る。Salvatoreは,提訴の持つこのような効
果をHarassment thesisとして主張しており,実証的には,輸入浸透率が提訴の成功率だ
けではなく,数にも影響されることを示している。またPrusa(1991)では,ダンピング提
訴のうち取り下げられたケースについて,その部門の政治力の強さ,国際問題としての重
大さから,結果として何らかの行政レベルでの保護措置(VERs, OEM)が取られているも
のが大きな割合を占めることを示しており,このことからも,政治的力量を持つ部門の提
訴は政府への保護要求圧力を持つことがわかる。したがって,提訴の数を保護政策,ある
いは保護主義圧力の代理変数とみなす根拠は弱くはないと考えられる。
貿易政策の政治経済学 283
21)
ていない。また70年代からの保護政策は,同じく不況期であった30年代の近隣
窮乏化政策的なものとは異なっている。30年代が自己完結的なブロック経済を
志向し,その他の地域に対しては無差別的に高関税を課していったのに対し,
70年代からのそれは,産業,相手国ともに選択的に実施され,全面的な保護政
策の展開とはなっていない。これらの点が景気循環だけでは説明されないので
ある。経済・社会の構造的な変化を重視する見方がここから出てくることにな
る。
一つのよく行われる説明は,第二次大戦後の先進諸国の福祉国家の経済シス
テムとその硬直性の高まりというものである(Costa 1984, Blackhurst, Marian
22)
and Tumlir 1977, Krauss 1979)。市場に全般の信頼が置かれず,国家に景気
循環調整をはじめ,国民の厚生水準改善の責務を与えられる福祉国家の経済シ
ステムにおいては,国民各層の経済状態に悪影響を与える変化からそれらを守
るということが政策目標になる(Krauss 1978 p. X X)。そしてその一貫として
の位置付けを貿易政策も与えられることになる。従って自由貿易システムが国
内経済のある部門に多大の調整コストをもたらすような場合,それを避けるた
めの選択的保護政策がとられるのである。問題は,70年代以降傾向的な(循環
的にではなくて)経済成長率低下によって生産要素の部門間移動が,より難し
く,より所得の低下を伴うものになってきたことにより,より広範な分野で,
その調整が困難になってきたことにある。Kraussは,福祉国家自体がそのよう
な経済の硬直性をもたらす内部矛盾を抱えているとしている(p.XXIII)。それ
に対し,Costaは,特にヨーロッパについて,石油ショックによる交易条件悪化
によって本来であれば必要であった賃金切り下げなどの国内調整が行われず,
国内の所得,購買力を維持する政策が取られたことに保護主義政策の原因を見
ている(p.1055)。実際,70年代後半のヨーvッパの失業率はアメリカの2/3程度
で推移している。
21)NTBsの実態については,当面, Kostecki(1987),GriHi(1991)を参照。
22)戦後の福祉国家システムと貿易レジームの関係について,政治学からの分析は,Ruggie
(1982)を参照。
284 蜷木實教授追悼号(第276・277号)
世界経済の構造変動ということから見た場合,保護主義が高まってきた時期
は,アメリカの経済力が相対的に低下してきた時期と重なっている。この点か
23)
ら,国際政治学の覇権安定理論と同様の見方に立って,Baldwin(1987)は国際
的な経済力,比較優位構造のシフト,特にアメリカの覇権国としての地位低下
との関連から,保護主義の強まりを説明している。
以上が,全般的な保護要求の強まりをもたらした経済の構造変化が何かとい
う視角からの議論であるのに対し,Hughes and Krueger(1984)は,より有
効に保護要求圧力を政府に及ぼせるような経済グループが勢力を強めてきたと
いう構造変化を重視している。新しい保護主義が適用された産業分野は,鉄鋼,
家電,自動車のように寡占的産業構造をもっているものが多い。このような産
業構造を持つ分野では,寡占によるレソトがあり,それを守るという点で政府
の保護政策から得る利益が大きい上に,圧力集団モデルで要求される強い圧力
を働かせる条件も満たしている。Hughes and Kruegerはこのことを踏まえて,
経済の寡占化の進行に保護主義政策の広がりの原因を求めている。
またBhagwati(1982)は,先進諸国間の貿易を,同種の差別化された財につ
いて,プロダクトサイクルの起点となる地位を持つ各国間のものとしてとらえ
24)
ている。そして,このような同種商品間の競争の激化の結果として,相互の相
手国市場への直接投資,さらには一定シェアを相互に分け合うというような要
求を,また,急激な消費者の嗜好変化によって悪影響を受ける企業が保護政策
への要求を強めるものと説明している。
しかし,寡占化と表裏一体で進む企業の多国籍化は,企業内貿易など国際的
活動を保証する柱としての自由貿易を支持する力となるという面を持つ。70年
代には国際生産の額は貿易の額を上回り,単に貿易制限だけでなく,投資への
制限という外国の報復可能性をも考慮すれば,自由貿易政策が企業にとって重
25)
要になっているのである(Helleineir 1977)。
23)覇権安定理論は,Gilpin(1987),Keohane(1984)を参照。
24)例えば,自動車産業の場合,アメリカは,大型・高級車のプロダクトサイクルの起点と
しての地位を持ち,日本は中小型車でのそれを持つという比較優位構造が想起される。
25)Pugel and Walter(1985)では,アメ1)カの企業のR&D投資の大きさ(これが大きい/
貿易政策の政治経済学 285
寡占化,多国籍化のこの両面がどう統一的に理解されるかは課題として残さ
れている。しかし,全体的に,あるいは建前として自由貿易が支持され続けな
がら,選択的に個別産業に対する保護政策が頻繁化しているという現状は,こ
れらによって説明可能かもしれない。
VI 貿易政策の政治経済学の課題と展望
以上3つの貿易政策の政治経済学の研究方向は,今日,先進諸国を中心とし
て起こっている貿易政策の焦点・手段の変化に接近していく上で,相互補完的
な役割を担っている。IVでの理論的分析は,従来の貿易理論からすれば非効率
的であるとされる保護政策が,たとえそうであっても,政治市場のプロセスを
考慮に入れれば,政府を含む各行動主体の合理的な選択の結果として成立し得
ることを示した。このことは,個人の利己的,合理的行動にもとづいて経済現
象を説明していくという,新古典派の経済学が重視する分析のミクロ的基礎を
貿易政策の政治経済学に与えるものである。この政治市場の枠組に立って,III
の実証的諸仮説は理論による裏づけを与えられ,またVの分析も政治市場での
政策の需給変動要因を探るものとして位置付けられることになる。反対に,III,
V実証的諸研究は,理論的に導かれる保護政策の可能性が,現実のものである
こを示すことで,理論の正しさを証明していく役割を担い得る。
この3つの方向を総合したものとしての新古典派の貿易政策の政治経済学は,
自由貿易政策を規範論的に支持するだけであった従来の主流の貿易理論からす
れば,現実の分析に大きく踏み込んでいるものであるし,実際の貿易政策の動
向を解明することにも部分的に成功している。保護政策が所得を維持,あるい
は拡大しようとする国内の個人,集団からの政治的圧力によって採用されるこ
とを示し得たということは,単純なことのようであっても,意義は大きい。し
かし,以下のように,依然として課題は残されているし,分析枠組そのものに
も限界がみられる。
\ものは比較優位産業である可能性が高い),外国市場販売額の総売上に占める比率の高さ
と,自由貿易政策への選好に相関を見いだしている。
286 蜷木實教授追悼号(第276・277号〉
第一に,社会的配慮モデルの諸仮説で示されるように,政府は必ずしもその
政策を政治的圧力に対する反応として決定しているわけではない。この点が理
論分析では取り入れられていない(逆に言えば,社会的配慮モデルはミクロ的
基礎をもち得ていないということだが)。このことは,理論での行動仮説,自己
利益最大化仮説の正当性を否定してしまうわけではない。政府が社会的目標の
達成をも再選可能性を高めるものと考えると想定すればよい。ただしその場合,
社会の構成員の側でも,政治的財としての貿易政策がもたらす効用に,単に自
己の所得上昇だけでなく,社会的安定への影響といったものへの評価が含まれ
るように調整が行われることが必要になる。けれども,問題を踏み込んで考え
れば,理論の自己利益最大化の結果としての保護政策という分析視角に疑問が
ないわけではない。政治市場における政策の需要者が圧力集団であることを考
えれば,社会的安定というような一般的目標がその獲得目標となることは想像
しにくい。このような配慮による保護政策の場合,政府は自由貿易の利益に対
して,社会的安定などの一般的目標を対峙させ,比較衡量していると考えるほ
うが合理的である。さらに,政府の政策スタンスによってはある政策への同水
準の需要下でも,異なる政策が結果することは十分考えられる。このような点
を考慮すれば,政府の機能は,政治市場の利己的行動の結果としてよりも,そ
れが経済,社会において,独立した役割を担っているものとして分析されたほ
うがよいのではないか。このような見方は,新古典派の経済学からは成立しが
たいものかもしれないけれども。
第二に,これまでの分析は要素賦存理論,特殊要素理論に基づき,経済的市
場自体は完全で,自由貿易が最適であるという前提の下に議論が行われている。
従って貿易政策の検討も,保護政策,それ.も社会的には好ましくないが,一部
のグループに対し利益を与えるものが対象とされてきた。しかし,80年代に発
展した戦略的貿易政策論では,寡占構造,規模の経済などが存在する下で,輸
出援助,外国市場開放,産業育成政策が一国の厚生水準を改善するとされてい
る。また,実際の貿易政策も日米半導体協定や,ヨーロッパの航空機産業育成
政策のように,この理論を踏まえたものが多くなっている。輸入だけでなく,
貿易政策の政治経済学 287
輸出の側も重要な貿易政策の一面になっているのである。どのような部門が,
その恩恵をうけているのかについて,IIIの諸仮説が適用可能かどうかが検討さ
れねばならないであろうし,また戦略的貿易政策論の枠組の中で,自己利益に
よる行動仮説によって,政策の合理性を理論的に導くことができるかどうか確
かめれることが必要であろう。
第三に,貿易政策の需要変動の要因についての議論も,十分なものとは言え
ない。先にも述べたように,保護政策への要求と経済循環との相関は実証的に
は支持されているが,保護政策の水準との関係は明確ではない。少なくとも,
70年春の景気停滞期に頻繁に採用された保護政策は,80年代の好況期にはいっ
ても継続して実施されているし,新しい産業分野へも適用されている。福祉国
家のシステム下での構造的変化によって説明しようとする議論についても,70
年代はともかく,80年代については先進諸国の新自由主義的政策への志向の転
換との整合性を明確にする必要があろう。80年代,各国の国内政策については
市場・競争重視,規制緩和の方向が進む中で,貿易政策については管理貿易へ
の傾向が強くなっていくという,一見背反した現象がみられたのであり,この
ことは,保護政策を福祉国家のシステムにおける構造的成長率低下への対応と
してのみ把握することの再検討を要求する。つまり,国内的な政策の動向を見
れば,政府の政策供給者としての役割の基盤を与えるものとしての福祉国家の
システム,という理解がそのまま適用可能かどうかに疑問があり,その点を明
確にすることが前提として求められているといえよう。さらに,特にアメリカ
については,輸出面での政策への要求が80年代一層強くなってきている状況が,
どのような経済環境・構造変動によってもたらされているのかも問題である。
以上3点をまとめれば,貿易政策の政治経済学にとっての課題は,利己的行
動という仮説を基礎とする,その分析枠組の枠内では,輸出面への政策の分析
への拡大(そのような政策への要求が強くなった原因の検討を含めて)にある
といえるだろう。ただし,その理論的基礎をなす政治市場による分析枠組は,
政府の経済・社会における位置付けの点で限界があり,政府の政策供給を左右
する要因が十分には明らかにはされていないことは認識されておかれねばなら
288
蜷木實教授追悼号(第276・277号)
ない。
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