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牛乳がわかる50問 - J-milk

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牛乳がわかる50問 - J-milk
目次
はじめに
1
1 牛乳の栄養成分
2
概論
3
Q1
牛乳は完全栄養食品ですか?
5
Q2
栄養素密度って何ですか?牛乳とはどんな関係があるのですか?
6
Q3
高温殺菌すると牛乳の栄養成分が損なわれることはないのですか?
7
Q4
現在の日本人はどんなミネラルが不足しているのですか?
8
Q5
日本人に必要なカルシウムの摂取量はどのくらいなのですか?
9
Q6
欧米のカルシウム摂取の目安量はどのくらいなのですか?
11
Q7
成分表では牛乳のカルシウムは、他の食品と比べてそれほど多くないようですが?
13
Q8
牛乳は他の食品と比較してカルシウムの吸収率が優れているのですか?
14
Q9
牛乳のカルシウムの吸収率が優れているのはなぜですか?
15
Q10 牛乳に含まれるリンがカルシウムの吸収・利用を妨げることはありませんか?
17
Q11 牛乳の脂質はカルシウムの吸収を妨げることはありませんか?
19
Q12 カルシウムを過剰に摂取すると、
なにか健康に障害が起こりますか?
20
Q13 牛乳のカルシウムは、腎臓結石と関係があるのですか?
21
Q14 女性にとってつらい月経前症候群に牛乳は効果がありますか?
22
Q15 日本人には乳糖不耐症が多いといわれますが?
23
Q16 乳糖不耐症の人が牛乳を飲むためには、
どんな工夫をすればよいのですか?
25
Q17 牛乳のコレステロールや脂肪が健康に悪影響を及ぼすことはありませんか?
26
Q18 牛乳のたんぱく質はヒトにとって異種たんぱく質ですが、
なにか問題はあるのですか?
28
Q19 牛乳は中耳炎と関係があるのですか?
29
Q20 牛乳アレルギーはなぜ起こるのですか?どのような注意をすればよいのですか?
31
Q21 牛乳は貧血や腸内出血と関係があるのですか?
32
Q22 牛乳は白内障と関係があるのですか?
34
Q23 牛乳に含まれているビタミンB12は、乳幼児の脳の発達や高齢者の認知症に影響するのですか?
35
Q24 牛乳は1型糖尿病と関係があるのですか?
36
Q25 牛乳はクローン病や潰瘍性大腸炎の発症と関係があるのですか?
38
Q26 牛乳には便秘を予防する作用があるって本当ですか?
39
Q27 牛乳中の共役リノール酸(CLA)とはどのような脂肪酸で、
ヒトの健康に影響するのですか?
40
Q28 乳脂肪中のトランス脂肪酸は、硬化油脂中のトランス脂肪酸と同様にヒトの健康に有害なのでしょうか?
42
海外事情 アメリカにおける食育プログラムの現状
43
2 牛乳とライフステージ
概論
44
45
Q29 乳幼児期の牛乳の摂取では、
どんなことに注意すればよいのですか?
47
Q30 成長期の牛乳の摂取量は、身長の伸びと関係するのですか?
48
Q31 成長期の牛乳摂取量と体脂肪率には関係があるのですか?
49
Q32 牛乳には女性の関心が高い美肌効果があるって本当ですか?
50
Q33 妊娠・授乳期には積極的に牛乳を摂取したほうがよいのですか?
52
Q34 壮年期の牛乳摂取は生活習慣病の予防になるのですか?
54
Q35 更年期の女性にとって牛乳摂取にはどんな効果が期待できるのですか?
55
Q36 高齢期の牛乳摂取にはどんな効果が期待できるのですか?
57
Q37 アスリートにとって牛乳摂取はどんなメリットがあるのですか?
59
Q38 牛乳は1日のうち、
いつ飲むのが健康に効果的なのですか?
61
牛乳の安全性 牛乳には農薬や抗生物質が残っている心配はありませんか?
3 牛乳と生活習慣病
概論
63
64
65
Q39 牛乳・乳製品の摂取が体重減少に効果があるって本当ですか?
68
Q40 インスリン抵抗性症候群ってなんですか?牛乳・乳製品とはどんな関係があるのですか?
70
Q41 GI(グリセミック・インデックス)
ってなんですか?牛乳とはどんな関係があるのですか?
72
Q42 牛乳を摂取していると高脂血症になる心配はありませんか?
74
Q43 牛乳・乳製品のカルシウムが血圧を下げるって本当ですか?
76
Q44 牛乳・乳製品は動脈硬化、心疾患の原因になるのですか?
78
Q45 乳製品からのカルシウム摂取は脳卒中のリスクを低減させるのですか?
80
Q46 牛乳はがんの発生に関連があるのですか?
82
Q47 骨粗鬆症を予防するためには、
どんなことに気をつければよいのでしょうか?
84
Q48 牛乳を摂取していると骨折しにくいって本当ですか?
86
Q49 痛風の予防に乳製品は効果があるって本当ですか?
88
Q50 胃・十二指腸潰瘍には牛乳を積極的に摂取したほうがよいのですか?
90
Q51 肝臓病には牛乳を積極的に摂取したほうがよいのですか?
92
Q52 う蝕(虫歯)の予防に牛乳の摂取は効果があるのですか?
94
Q53 歯周病の進行に対して、牛乳・乳製品の摂取は予防的な効果を有するのですか?
96
[資料]日本人の食事摂取基準について
97
はじめに
牛乳は、古くから栄養バランスの優れた食品として、広く知られ
ています。昨今の健康ブームのなかで、食品の新たな健康効用が
次々と解明されています。牛乳の健康効用についても、研究によっ
て新しい知見が数多く発表されています。
平成17年に、牛乳と健康・ファクトブック『牛乳がわかる50問』
を刊行して、すでに4年が経過いたしました。
牛乳と健康・ファクトブック『牛乳がわかる50問』は、消費者と
接する最前線の皆様の牛乳と健康について理解を深め、その業務の
一助になったのではないかと確信しております。
今回、新たに改訂版を作成いたしました。内容につきましては、
新たな研究成果が加わるなどで項目の見直しを行い、削除したもの
と追加したもので、計53問といたしました。さらに資料の充実化
を図り、引用文献と参考資料をすべて記載しております。なお原稿
作成に際して、参考資料と引用文献については、特定の個所を引用
したものについては、文中に記載していますが、全般を参考にした
ものについては、文中に記載しておりません。
牛乳の栄養面の素晴らしさや健康効用について、科学的根拠に基
づいてわかりやすく解説しております。現場の皆様の牛乳に対する
ご理解を一層深めるのに、お役に立てればと考えております。
最後になりますが、制作をご担当いただいた先生方のご協力に対
し、厚く御礼申し上げます。
平成21年6月
社団法人 日本酪農乳業協会
牛乳乳製品健康科学委員会
委員長 本田 浩次
1
●
PART.1
牛乳の栄養成分
牛乳は非常に栄養バランスの
優れた食品です。
牛乳は栄養バランスに優れた食品ですが、乳児にとっ
て完全栄養食品である母乳と牛乳とを比較・混同す
ることは無意味なことです。母乳と比較するなら、対象
はあくまでも乳児用調製乳であって牛乳ではありません。
ヒトが食べ物として口にするたんぱく質は、
ヒトの母乳
を除けばすべて異種たんぱく質ですから、異種たんぱ
く質を目の敵にするのは当を得ません。火の利用を覚
えた人類は、やがて食べ物を焼いたり煮たりと加工す
るようになりました。この過程でたんぱく質は加熱変性
し、食べやすく、消化性も良くなり、
さらにアレルゲン性
の低下もみられました。これは人類にとって一大進歩
です。たんぱく質の「変性」とは、栄養価を高めるとい
うプラスの面こそあれ、
マイナスになるようなものではあ
りません。
2
●
概論
栄養評価の新しい尺度・栄養素密度でみると
さらに牛乳のメリットがわかります。
牛乳は比喩的に“完全栄養食品”といわれるように、非常に栄養バランスのとれた食品です。牛乳
の栄養成分の主なものは、糖質、脂質、
たんぱく質、
ミネラル、
ビタミンですが、牛乳は栄養が豊富なため、
エネルギー量が多いと誤解されがちです。
しかし日本人の食事摂取基準でみると、多いのはカルシウム
などのミネラルとビタミンB群で、通常の摂取では肥満に結び付くことはありません。
最近、食品の栄養価を評価する尺度として栄養素密度が用いられるようになりました。エネルギー
100kcal当たりの栄養素の量を比較するのが栄養素密度の考え方で、牛乳は栄養素密度が高い食品
牛
乳
の
栄
養
成
分
です。栄養素密度が高いということは、少ないエネルギー量で必要な栄養素が摂取できるということで、
牛乳は肥満の予防やエネルギー摂取量の少ない高齢者の食事にも幅広く推奨できる食品です。
ホエーたんぱく質は加熱変性によって
消化・吸収性が高まり、栄養価が向上します。
コップ1杯(200mL)の牛乳には6.8gのたんぱく質が含まれ、1日当たりのたんぱく質推奨量の10%
程度摂取できます。牛乳に含まれるたんぱく質は、80%を占めるカゼインと20%のホエー(乳清)
たんぱ
く質、非たんぱく態窒素化合物に大別されます。
カゼインは乳に特有のリン含有たんぱく質で、
カルシウムと結合してカゼインカルシウムとなり、
リン酸
カルシウムとも結合して複合体をつくり、牛乳中にコロイド状に分散しています。この複合体をカゼインミ
セルと呼びます。このカゼインミセルが牛乳特有の白濁を作りだしています。
ホエーたんぱく質は、
α-ラクトアルブミン、
β-ラクトグロブリン、免疫グロブリンなど加熱で凝固する成分
から構成されています。加熱によってたんぱく質は変性しますが、
たんぱく質のアミノ酸組成が変わるわ
けではなく、栄養価にも変化はありません。むしろ消化・吸収性が高まり、利用性が向上します。
たんぱく質の栄養価は、
それを構成する必須アミノ酸の含量とその比率によって決まるとされています。
牛乳のたんぱく質に含まれる必須アミノ酸は、人体に不可欠なアミノ酸パターンを十分に満たしていま
す。
さらに牛乳のたんぱく質には栄養成分としてだけではなく、感染防御機能、免疫調整機能、整腸作用
などの三次機能といわれる生体調節機能があることが、最近の動物実験による基礎研究でわかってき
ました。
牛乳の脂質は消化・吸収が良いのが特徴で、
血清総コレステロール値を上昇させません。
コップ1杯(200mL)の牛乳には7.8gの脂質が含まれ、脂質由来のエネルギー量は70kcalで、牛乳全
体のエネルギー量の約半分に相当します。牛乳の脂質は微細な脂肪球として存在しており、表面積が
大きく消化酵素による働きを受けやすいため、消化・吸収が良いのが特徴です。乳脂肪の成分はトリグ
リセリド
(中性脂肪)が97∼98%を占めています。
動物性脂質は、肥満や高脂血症のリスク要因として避けられる傾向がありますが、牛乳と血清総コレ
ステロール値の関係を調べた各種の調査では、1日600mL程度の牛乳摂取は、血清総コレステロール
値を上昇させないことが確認されています。
●
3
また、乳脂肪中の共役リノール酸、
スフィンゴミエリン、酪酸には、疫学調査や動物実験でがんの抑制
効果が認められており、
その機序などの今後の研究解明が期待されています。
牛乳の炭水化物の99.9%は乳糖(ラクトース)
です。乳糖は哺乳動物の乳以外にはほとんど存在し
ない特有の炭水化物です。乳糖は、体内で乳糖分解酵素(ラクターゼ)によってグルコース
(ブドウ糖)
とガラクトースに分解されて吸収されます。
乳糖には整腸作用が認められています。乳糖は難消化性であるため、一部が未消化のまま大腸に達
し、腸内の善玉菌の栄養源となり善玉菌優位の腸内環境を作りあげ、善玉菌が乳酸や酢酸を産生し
ます。これらの酸には悪玉菌の増殖を抑制する働きがあります。その結果、便秘の解消にも寄与してい
ます。また乳糖には、
カルシウムや鉄などのミネラルの吸収を促進する働きも認められています。
ただ日本人には、乳糖分解酵素の働きが弱いために、牛乳を飲むとお腹がゴロゴロしたり、下痢をす
る乳糖不耐症の人がいます。乳糖不耐症であっても、牛乳を温めて飲む、少しずつ飲むなどの工夫をす
れば症状を抑えることができます。
牛
乳
の
栄
養
成
分
カルシウムには、骨粗鬆症の予防だけではなく、血圧のコントロールや
月経前症候群の症状軽減などの働きが認められています。
飽食の時代になっても日本人に一貫して不足している栄養素がカルシウムです。カルシウムは、
ヒトの
体内に体重の1.5∼2%あり、
その99%は骨と歯に、残りの1%は血液・筋肉・神経などの組織に存在し
ます。カルシウムの摂取不足が続くと骨密度が下がり、将来、骨粗鬆症を招く危険性があります。骨粗
鬆症は高齢の女性に多い病気で、転倒・骨折を招いて寝たきりになる主要な要因になります。
カルシウムには骨粗鬆症の予防だけではなく、高血圧の予防、月経前症候群の症状の軽減、体脂肪
率の低下などの働きも認められているほか、
ストレスを和らげる働きもあるといわれています。
日本人に不足しているカルシウムの補給源として、牛乳は最も手軽な食品です。牛乳のカルシウムの
吸収率について、牛乳に含まれているリンが阻害するという主張が一部にありますが、牛乳に含まれて
いるカルシウムとリンの比率をみると、吸収を阻害することはありません。むしろ、牛乳のたんぱく質が消
化される過程でできるカゼインホスホペプチド
(CPP)が、
カルシウムの吸収を促進することがわかってい
ます。また、乳糖も腸管壁のカルシウムの透過性を高めて、吸収を促進する働きがあります。
以前、牛乳のカルシウムが腎臓結石のリスク要因になるという懸念がありましたが、実際には、腎臓結
石の成分であるシュウ酸と同時に牛乳を摂取すると、腎臓結石のリスクが低下するという報告が出され
ています。
カルシウムのほかに、牛乳に含まれるミネラルで含有率の高いものは、
カリウム、
ナトリウム、
マグネシウ
ム、
リン、硫黄、塩素です。いずれも大切なミネラルですが、血圧を調節する働きがあるカリウムが豊富に
含まれています。
牛乳には、
ビタミンA、
ビタミンB1、B2、B6、パントテン酸、B12などのビタミンB群が比較的多く含まれて
います。このうち、生活習慣病や老化を防ぐ働きがあるビタミンB2が豊富に含まれているのが特徴です。
4
●
1
牛乳は完全栄養食品ですか?
牛乳は完全栄養食品ではありませんが、
栄養バランスに優れた食品です。
牛乳はたんぱく質、脂質、糖質、
ミネラル(カルシウム)
、
ビタミンをバランスよく含んでいます。他
の食品と比較して栄養バランスが非常に良いため、昔から“完全栄養食品”と考えられていたの
牛
乳
の
栄
養
成
分
かも知れません。
牛乳には1日の摂取必要量に比べて、鉄、ビタミンC、食物繊維の
含有量は少ないです1、2)。
栄養バランスが良いからといって、牛乳ばかりを多量に摂取すると健康を損ねてしまう可能性が
あります。国が進める食育政策で示されている食生活指針でも、食事のバランスを考慮し、
「食事
バランスガイド」などを参考に、
1日30品目の食品を摂取するなどバラエティーに富んだ食生活を
送ることが推奨されています3)。
●表 牛乳(200mL当たり)の栄養成分4)
エネルギー
138kcal
578kj
水分
180.
4g
ビタミン
レチノール
78μg
カロテン
12μg
たんぱく質
6.
8g
レチノール当量
80μg
脂質
7.
8g
ビタミンD
0.
6μg
炭水化物
9.
9g
ビタミンE
0.
2mg
灰分
1.
4g
ビタミンK
無機質
4μg
ビタミンB1
0.
08mg
85mg
ビタミンB2
0.
31mg
カリウム
310mg
ナイアシン
0.
2mg
カルシウム
227mg
ビタミンB6
0.
06mg
21mg
ビタミンB12
0.
6μg
10μg
ナトリウム
マグネシウム
リン
192mg
葉酸
鉄分
0.
04mg
パントテン酸
亜鉛
0.
8mg
銅
0.
02mg
ビタミンC
1.
14mg
2mg
脂肪酸
飽和
4.
81g
一価不飽和
1.
80g
多価不飽和
0.
25g
コレステロール
25mg
出典:五訂増補日本食品標準成分表より計算
参考資料
1)
(社)中央酪農会議. 牛乳の栄養学的および生理学的効用に関する総合研究(1978).
2)飴谷章夫, 他 : 乳の栄養・生理学的効果. ミルク総合事典(朝倉書店), 113-123, 1992.
3)食生活指針, 農林水産省ホームページ
(http://www.maff.go.jp/sogo_shokuryo/syokuseikatu-hp/sisin1.htm)
5
●
4)文部科学省. 五訂増補日本食品標準成分表. 科学技術・学術審議会・資源調査分科会 報告
書 文部科学省ホームページ, 2005/1/24.
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/05031802/002.htm)
2
栄養素密度って何ですか?
牛乳とはどんな関係があるのですか?
牛乳は、栄養素密度が高く、少ないエネルギー量で
同じ量の栄養素を摂取できる食品です。
従来食品の栄養価は、食品重量100g当たりにどれだけ栄養素が含まれているかで表していま
した。この場合、食品に含まれる水分量により実際の栄養素の量は違ってきます
(例えば水分88%
の牛乳と水分50%の“めざし”では、
100g中にめざしのほうがはるかに多くのカルシウムを含む)。
栄養素密度とは食品のエネルギー100kcal当たりに含まれる
栄養素の量です。
牛
乳
の
栄
養
成
分
これに対して、食品のエネルギー量当たりの栄養素量を比較するのが栄養素密度の考え方で
す。
すなわち食品のエネルギー100kcal当たりにどれだけの量の栄養素が含まれているかで表します。
上記の牛乳とめざしのカルシウム量を栄養素密度で比較すると、牛乳は100kcal当たり164mg、
めざ
しは131mgで逆転します
(表)
。
最近肥満の増加にともないダイエットに対する関心が高まっています。ダイエットの基本は摂取
エネルギー量を減らすことです。
しかし必要な栄養素が不足すると健康に害があります。また高齢
者では必要とするエネルギー量は少なくなりますが、必要とする栄養素成分の量は大きくは変わり
ません。
したがって、
より少ないエネルギーで効率よく必要とされる栄養素を摂取するために、栄養
素密度の考え方が重要となってきます。
●表 食品別栄養素密度(100kcal当たり)の比較1、2)
重量
たんぱく質
カルシウム
単位
(g)
(g)
(mg)
牛乳(普通)
149
4.
9
164
低脂肪加工乳
リン
鉄
(mg) (mg)
139
ビタミンA
ビタミンB1
ビタミンB2
ナイアシン
ビタミンC
(μg)
(mg)
(mg)
(mg)
(mg)
0.
06
0.
22
0.
1
1
0.
03
58
217
8.
3
283
196
0.
2
28
0.
09
0.
39
0.
2
微量
プロセスチーズ
29
6.
7
186
215
0.
1
83
0.
01
0.
11
微量
0
和牛肉(肩)
35
6.
2
1
52
0.
3
微量
0.
03
0.
07
1.
5
微量
全卵(生)
66
8.
1
34
119
1.
2
99
0.
04
0.
28
0.
1
0
黒鮪(赤身)
80
21.
1
4
216
0.
9
66
0.
08
0.
04
11.
4
2
めざし(焼)
41
6.
1
131
119
1.
7
70
微量
0.
11
5.
0
微量
139
9.
2
167
153
1.
2
0
0.
10
0.
04
0.
1
微量
60
1.
5
2
20
0.
1
0
0.
01
0.
01
0.
1
0
217
1.
5
46
33
0.
4
370
0.
22
0.
07
0.
7
70
木綿豆腐
飯(精白米)
温州みかん
出典:五訂増補日本食品標準成分表より計算
参考資料
1)土屋文安 : 栄養評価の新基準「栄養素密度」を取り入れ、太らない牛乳で適正体重維持を!MILK
通信Ⅱ ほわいと
(2003・2004年冬号より)
(http://www.j-milk.jp/library/seminner/8d863s000000q9en.html)
2)健康日本21 各論, 財団法人健康・体力づくり事業団ホームページ
(http://www.kenkounippon21.gr.jp/kenkounippon21/about/kakuron/index.html)
6
●
3
高温殺菌すると牛乳の栄養成分が
損なわれることはないのですか?
牛乳成分は高温殺菌の加熱で大きく変化することはあ
りません。牛乳のたんぱく質は加熱により変性します
が、栄養価には変化はありません。
日本の牛乳殺菌方法の主なものは、超高温瞬間殺菌(UHT
:
120∼130℃、
2∼3秒)
、高温短時
間殺菌(HTST
:
72℃以上、
15秒)
、
および低温保持殺菌(LTLT
:
63∼65℃、
30分)
で、
UHTが90%
牛
乳
の
栄
養
成
分
以上を占めています。
120℃以上で加熱すると、牛乳中のたんぱく質は変性を起こします。たんぱく
質のうち、
カゼインは変性を起こしにくく、
ホエー
(乳清)
たんぱく質は80℃程度でも変性が起こります。
“変性”という言葉が、悪いものに変わると誤解されているようです。
変性とは図のように、
たんぱく質の立体構造が変化することで、卵を加熱してゆで卵や目玉焼
きにしたり、肉や魚を煮たり焼いたりするときに起こる変化と全く同じです。焦げのできるような極
端に厳しい加熱温度、加熱時間の場合は別ですが、加熱による変性によりたんぱく質のアミノ酸
組成が変わるわけではなく、栄養価には変化はありません。むしろ加熱変性により消化性が高まる
ため、相対的な栄養価は上昇します。
牛乳中のカルシウムはUHT殺菌により一部が不溶化しますが、冷えると大部分がもとの状態
B2は加熱による影響は受けません。
に戻ります。ビタミンCは熱に弱いですが、他のビタミンA、
B1、
殺菌方法によって栄養価は変わりませんが、
風味は違います。
どの風味を好むかは個人の嗜好です。
●図 たんぱく質の変性:立体構造の変化
天然のたんぱく質
変性し始めたたんぱく質
変性の終わったたんぱく質
参考資料
1)足立達 : 牛乳の化学的変化. ミルク総合事典(朝倉書店), 60-67, 1992.
2)Andersson I, et al. : Nutritional Quality of Heat Processed Liquid Milk. Heat-Induced
changes in Milk second edition(International Dairy Federation), 279-307, 1995.
3)Graham DM. : Alteration of nutritive value resulting from processing and fortification of milk
and milk products. Journal of Dairy Science, 57(6): 738-745, 1974.
4)W.L.Dunkley, et. al. : Ultra-High Temperature Processing and Aseptic Packaging of Dairy
Products. Journal of Dairy Science, 70(10): 2192-2202, 1987.
7
●
5)Alkanhal H.A., et al. : Changes in protein nutritional quality in fresh and recombined ultra
high temperature treated milk during storage. International Journal of Food Sciences and
Nutrition, 52(6): 509-514, 2001.
4
現在の日本人はどんなミネラルが
不足しているのですか?
日本人のカルシウム摂取不足は長年の問題で、
いまだに解決されていません。
日本人の食生活が豊かになり、主たる栄養素の必要な摂取量は充足され、一部では過剰な摂
取も問題となっていますが、
カルシウムの摂取量だけは一貫して不足しています。平成16年に厚
生労働省から発表された「日本人の食事摂取基準」
(97ページ参照)
では、
カルシウムは従来の
栄養所要量に替わり目安量が設定されています。栄養所要量と目安量を単純に比較することは
できませんが、便宜的に両者を比較すると、
ほぼ全ての年齢でカルシウムの目安量が所要量より
も高くなっています。
したがって目安量に対するカルシウムの不足は大きくなっています。
牛
乳
の
栄
養
成
分
「平成16年度国民健康・栄養調査」の結果をみると、
カルシウムの摂取は男性平均で549.
6mg、女性平均で528mgで
いまだ不十分という結果になっています。
この結果からは、幼児期を除くすべての年齢層で目安量、
あるいは目標量のいずれに対しても
摂取量は不足しており、特に成長期(10∼17歳頃)の不足が著しくなっています。一生の骨量を
決定するカルシウムの蓄積が最も盛んな成長期はもちろんのこと、
カルシウムの骨からの流出を
予防することが必要な青年期以降、男女各層とも70∼80%台の充足率です。将来のリスクを考
えると非常に大きな課題であるといえます。
●図 カルシウム摂取量の充足率(性・年齢別)
(%)
120
100
9897
98
90
103
101
95
88
87
83
89
8786
8689
80
80
7271
85
82
74
65
充
足 60
率
40
20
0
1∼2
3∼5
6∼7
8∼9
10∼11 12∼14 15∼17 18∼29 30∼49 50∼69 70歳以上
年齢(歳)
男性
女性
出典:日本人の食事摂取基準(厚生労働省策定、
2005年版)
要因加算法によって求めたカルシウムの目標量、現在の摂取量(中央値)より計算
参考資料
1)厚生労働省 : カルシウム補助食品等の摂取の有無別,栄養素等摂取量(第13表の2,
3).
平成16年度国民健康・栄養調査報告(第一出版), 116-119, 2006.
2)文部科学省. 五訂増補日本食品標準成分表. 科学技術・学術審議会・資源調査分科会 報告書
文部科学省ホームページ, 2005/1/24.
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/05031802/002.htm)
8
●
5
日本人に必要なカルシウムの
摂取量はどのくらいなのですか?
カルシウム摂取の目安量は、男女とも
ほぼすべての年齢層で50∼300mg引き上げられました。
平成16年11月に厚生労働省は、
「日本人の食事摂取基準」
(97ページ参照)
を発表しました。
平成16年度までの「第六次改定日本人の栄養所要量」に替わるもので、平成17∼21年度まで
牛
乳
の
栄
養
成
分
使用されます。生活習慣病予防に重点をおいた内容で、
「増やすべき栄養素」に日本人に慢性
的に不足しているカルシウムが入っています。
生活習慣病の一次予防をするために、
当面の目標とすべき摂取量の目標量が設定されました。
従来、
カルシウム摂取量の指標として、
栄養所要量と許容上限摂取量が定められていましたが、
今回から新しい考え方の目安量、目標量、上限量に替わっています(表)。
目安量は良好な栄養状態を維持するのに十分な摂取量、目標量は生活習慣病の一次予防
をするための当面の目標とすべき摂取量、上限量は過剰摂取による健康障害を起こすことのな
い最大限の摂取量と定義されています。
●表 カルシウムの食事摂取基準(mg/日)
性別 年齢 1
2
3
4
男性
女性
目安量
目標量
上限量2
目安量
目標量
上限量2
0∼5
(月)母乳栄養児
200
−
−
200
−
−
人工乳栄養児
300
−
−
300
−
−
6∼11
(月)母乳栄養児
250
−
−
250
−
−
人工乳栄養児
400
−
−
400
−
−
1∼2
(歳)
450
4503
−
400
400
−
3∼5
600
550
−
550
5503
−
6∼7
600
600
−
650
600
−
8∼9
7004
700
−
800
700
−
10∼11
950
800
−
950
800
−
12∼14
1,
000
900
−
850
750
−
15∼17
1,
100
850
−
850
650
−
18∼29
900
650
2,
300
700
6004
2,
300
30∼49
650
6004
2,
300
6004
6004
2,
300
50∼69
700
600
2,
300
700
600
2,
300
70以上
750
600
2,
300
650
550
2,
300
妊婦(付加量)1
+0
−
−
授乳婦(付加量)1
+0
−
−
付加量は設けないが、目安量を目指して摂取することが勧められる。
妊娠中毒症等の胎盤機能低下がある場合は積極的なカルシウム摂取が必要である。
上限量は十分な研究報告がないため、
17歳以下では定めない。しかし、
これは多量摂取を勧めるものでも、多量摂取
の安全性を保障するものでもない。
目安量と現在の摂取量の中央値とが接近しているため、目安量を採用した。
前後の年齢階級の値を考慮して、値の平滑化を行った。
出典:厚生労働省「日本人の食事摂取基準」
9
●
従来の栄養所要量と新たな目安量は、考え方が違うため単純に比較することはできませんが、
便宜的に両者を比べると、
ほぼすべての年齢層で目安量は50∼300mg引き上げられました。目
安量が最も多い年齢層は15∼17歳男性で、
300mg増えて1,
100mgに、同年齢層の女性も150
mg増えて850mgに設定されています。これは給食が終って牛乳の飲用が減るこの年齢が、骨の
量を増やす大事な時期で、
カルシウムを多く摂取しなくてはならない年齢層であるからです。
これまで妊婦・授乳婦に対してあった付加量がなくなりました。目標量は目安量より各年齢層
で0∼250mg低い値が設定されています。上限量は2,
500mgから2,
300mgに引き下げられまし
牛
乳
の
栄
養
成
分
た。
10
●
6
欧米のカルシウム摂取の目安量は
どのくらいなのですか?
平成16年11月の改定でカルシウムの目安量は
欧米との格差がかなり縮まってきました。
欧米では、骨折予防や骨量増加を目的としたカルシウム摂取や投与の大規模試験を行い、
そ
の研究成果を目安量に反映しています。
牛
乳
の
栄
養
成
分
表は日米欧の年齢・男女別のカルシウム摂取の目安量を比較したものです。わが国で平成16
年度まで使用されていた「第六次改定日本人の栄養所要量―食事摂取基準―」では、欧米に
比べてかなり低い数値が設定されていました。
しかし平成16年11月に発表された「日本人の食
事摂取基準」(97ページ参照)では、
カルシウムの目安量は男女ともほぼすべての年齢層で、
●表 各国の性別・年齢別カルシウム目安量1、2)
年齢(歳)
日本(2005)
男
女
男
英国2)
(1991)
男
女
0∼0.
5
300*
300*
210
210
525
525
0.
5∼1
400**
400**
270
270
525
525
1
450
400
500
500
350
350
2
450
400
500
500
350
350
3
600
550
500
500
350
350
4
600
550
800
800
450
450
5
600
550
800
800
450
450
6
600
650
800
800
450
450
7
600
650
800
800
550
550
8
700
800
800
800
550
550
9
700
800
1,
300
1,
300
550
550
10
950
950
1,
300
1,
300
550
550
11
950
950
1,
300
1,
300
1,
000
800
12
1,
000
850
1,
300
1,
300
1,
000
800
13
1,
000
850
1,
300
1,
300
1,
000
800
14
1,
000
850
1,
300
1,
300
1,
000
800
15
1,
100
850
1,
300
1,
300
1,
000
800
16
1,
100
850
1,
300
1,
300
1,
000
800
17
1,
100
850
1,
300
1,
300
1,
000
800
18
900
700
1,
300
1,
300
1,
000
800
19∼24
900
700
1,
000
1,
000
700
700
25∼29
900
700
1,
000
1,
000
700
700
30∼49
650
600
1,
000
1,
000
700
700
50∼69
700
700
1,
200
1,
200
700
700
70∼
750
650
1,
200
1,
200
700
700
妊婦
19∼30
+0
(付加量)
19∼30
2,
500
2,
500
1,
000
700
2,
500
1,
000
31∼50
1,
300
14∼18
授乳婦
なし
1,
300
14∼18
+0
(付加量)
31∼50
*人工乳栄養児の値。母乳栄養児の値は200mg
**人工乳栄養児の値。母乳栄養児の値は250mg
11
●
(mg/日)
(1997)
米国1)
上限値
女
1,
000
1,
000
2,
500
1,
250
50∼300mg引き上げられたため、欧米との格差はかなり縮まってきました注)。
注)「第六次改定日本人の栄養所要量」で使用されてきた栄養所要量と平成16年11月に発表された「日本人の食事
摂取基準」で設定されている目安量は、考え方が違うため単純には比較できないが、便宜上比較しています。
参考資料
1)National Research Council : Recommended Dietary Allowances 10th ED. National
Academy Press, Washington DC, 1998.
2)Department of Health : Report on Health and Social Subject 41 Dietary Reference Values
for Food, Energy and Nutrients for the United Kingdom, HMSO, London, 1997.
牛
乳
の
栄
養
成
分
12
●
7
成分表では牛乳のカルシウムは、他の食品と
比べてそれほど多くないようですが?
成分表の数値では、牛乳よりカルシウムの含有量が
ずっと多い食品がありますが、1食分に換算すると、
牛乳の含有量が抜きん出ています。
食品の栄養素の成分量の基準として、五訂増補日本食品標準成分表が広く用いられていま
す。五訂増補日本食品標準成分表の数値は、食品100g当たりの含有量を示していますが、食
牛
乳
の
栄
養
成
分
品間の栄養成分量を比較する場合、1食分の量で比較しなくては現実的とはいえません。
表でみると、
サクラエビは2,
000mg、干しヒジキは1,
400mgで、牛乳の110mgと比較すると、
そ
れぞれ約18倍、
13倍も含まれています。ところが1食分に換算すると、
サクラエビ
(8g)
は160mg、
干しヒジキ(8g)
は112mgで、牛乳コップ1杯(200mL)の227mgと比較すると、
サクラエビは約4
分の3、干しヒジキは約2分の1と逆転しています。
さらに牛乳には吸収率の高さ、栄養素密度の高さ、
手軽に摂取できるなどのメリットがあります。
1食分に換算すると、
カルシウムが豊富に含まれている食品のなかでも、牛乳が抜きん出ていま
す。さらに、牛乳の体内での吸収率の高さ、栄養素密度(6ページ参照)の高さを考え合わせると、
カルシウムの補給源として牛乳の素晴らしさがわかります。
牛乳はどこの家庭でも冷蔵庫に常備されていますし、
そのまま調理をしなくても摂取できる手軽
な食品です。ちなみに、
コップ1杯(200mL)の牛乳で、成人が1日に必要なカルシウム量の約3
分の1を摂ることができます。
●図 カルシウムの多い食品
1食分1)
含有量(1食分中1))
110mg
206g
227mg
しらす干し
210mg
5g
15mg
サクラエビ
2,
000mg
8g
160mg
含有量(100g中)
普通牛乳
マイワシ
干しヒジキ
コマツナ
70mg
60g
42mg
1,
400mg
8g
112mg
170mg
80g
136mg
出典:五訂増補日本食品標準成分表
参考資料
1)塚原典子, 他 : カルシウムの豊富な食品. カルシウム その基礎・臨床・栄養, 212-220, 1995.
13
●
8
牛乳は他の食品と比較してカルシウムの
吸収率が優れているのですか?
牛乳のカルシウム吸収率は40%と高く、カルシウムが
豊富な小魚の33%、野莱の19%より優っています。
日本人の成人女性(19歳から29歳、平均21.
4歳)
を対象にした調査で、牛乳、小魚(ワカサギ、
イワシ)
、野菜(コマツナ、
モロヘイヤ、
オカヒジキ)
でカルシウム量として400mgを4日間摂取し、各
食品群別のカルシウム吸収率が検討されました。その結果、牛乳のカルシウム吸収率が一番高
1)
。
くて40%でした。以下小魚が33%、野莱が19%でした(図)
各食品の1食分のカルシウム含有量に吸収率を掛け合わせると、牛乳コップ1杯(200mL)の
カルシウム吸収量は91mg、
イワシは60gで14mg、
コマツナは80gで26mgと、牛乳の多さが際立
っています。
牛
乳
の
栄
養
成
分
もともとカルシウムは糖質やたんぱく質に比べて
消化吸収率の低い栄養素です。
栄養素別の消化吸収率をみると、糖質は99%、
たんぱく質は80∼85%程度ですが、
カルシウ
ムは消化吸収率の優れている牛乳でも40%程度と、
もともと消化吸収率の低い栄養素です。
しかも体内で作りだすことができないため、毎日食事から摂取しなくてはいけません。牛乳は身近
に摂取できるカルシウム補給源として最適な食品です。
●図 食品別のカルシウムの吸収率1)
40%
牛乳
33%
小魚
19%
野菜
参考資料
1)上西一弘, 他 : 日本人若年成人女性における牛乳、小魚(ワカサギ、
イワシ)
、野菜(コマツナ、
モロ
ヘイヤ、
オカヒジキ)のカルシウム吸収率. 日本栄養・食糧学会誌, 51(5): 259-299, 1998.
14
●
9
牛乳のカルシウムの吸収率が
優れているのはなぜですか?
牛乳のたんぱく質からできるCPPという物質には、
カルシウムの吸収を促進する働きが認められています。
効率の良いカルシウムの吸収に関わっているのが、
カゼインホスホペプチド
(CPP)
です。CPP
は牛乳中のたんぱく質の8割を占めるカゼインが、小腸下部で酵素によって分解されてできる物
牛
乳
の
栄
養
成
分
質です。
摂取されたカルシウムは胃の中で可溶化され、小腸で体内へ吸収されます。小腸は上部ほど
pHが低く吸収されやすい環境にみえますが、小腸上部で吸収されるのは一部で、大部分のカル
シウムは小腸下部まで降りてきます。下部にいくほど管腔内のpHが上昇(弱アルカリ)するので、
一般的にはリン酸と結合し、不溶化して吸収されにくくなりますが、CPPは小腸下部において、
こ
のカルシウムの不溶化を阻止し、
カルシウムを吸収しやすい状態にする働きが認められています
1)
。
(図)
牛乳の炭水化物の乳糖にもカルシウムの吸収を
促進する働きが認められています2)。
そのメカニズムは、乳糖が小腸の腸壁のカルシウム透過性を高めるためだと考えられます3)。
また、野菜に含まれるシュウ酸や、穀類・豆類に含まれるフィチン酸、食物繊維はカルシウムの
吸収を阻害するといわれています。牛乳にはこれらの物質がほとんど含まれていないことも、吸収
率を高める要因となっています。
●図 小腸内でのカルシウムの吸収の模式図
胃・十二指腸
カルシウム
カルシウム
リン
リン
CPP
CPPはリンとカルシウムの
結合を阻止する
リン
カルシウム
カルシウム
リン
小腸下部
リン
カルシウム
カルシウム
吸収
大腸
15
●
リンとカルシウムが結合して
不溶性になると吸収できない
参考資料
1)内藤博 : カゼインの消化時生成するホスホペプチドのカルシウム吸収促進機構. 日本栄養・食糧学
会誌, 36(6): 433-439, 1986.
2)Kocián J, et al. : Calcium absorption from milk and lactose-free milk in healthy subjects
and patients with lactose intolerance. Digestion, 9(4): 317-324, 1973.
3)Allen LH. : Calcium bioavailability and absorption: a review. The American Journal of
Clinical Nutrition, 35(4): 783-808, 1982.
牛
乳
の
栄
養
成
分
16
●
10
牛乳に含まれるリンがカルシウムの
吸収・利用を妨げることはありませんか?
牛乳のリンはカルシウムの吸収・利用には問題なく、
骨や歯の形成・維持に適切な比率で含まれています。
牛乳中のリンの多くはリンたんぱく質であるカゼインの構成成分として存在し、
カルシウムを介
してカゼインミセルの構成に寄与しています。これらのリンはカゼインの消化の過程でカゼインホ
牛
乳
の
栄
養
成
分
スホペプチド
(CPP)に分解され、
カルシウムの吸収を助けます1、2)。
カルシウムの利用において適量のリンは必要不可欠な存在です。
市販のカルシウム製剤を使った動物実験でカルシウムの吸収・利用率を検討したところ、炭酸
カルシウムは天然ボーンアッシュ
(リンが含有されている)
と比べて消化吸収率は高かったが、大
腿骨でみた骨量・骨破断力の上昇は低く
(図・実験1)
、炭酸カルシウムにリン酸塩を加えてリン
のレベルを上げると骨量・骨破断力が上昇するという結果が報告されています(図・実験2)。
●図 カルシウムの吸収・利用率の比較
実験1 炭酸カルシウムと天然ボーンアッシュ
大
腿(%)
骨 60
量
︵
乾
燥 50
重
量
当 40
た
り
の 30
灰
分
量 0
︶
(×106dyn)
(%)
10
100
大
腿
骨
破
断
力
Ⅰ
炭酸カルシウム
カ
ル
シ
ウ
ム
吸 50
収
率
5
0
Ⅱ
天然ボーンアッシュ
Ⅰ
Ⅱ
0
Ⅰ
Ⅱ
Wistar系ラット
Ⅰ:離乳後8∼14日
Ⅱ:離乳後22∼28日
大腿骨の骨塩量、骨破断力は各測定期終了時に採骨、測定
実験2 リン酸塩を強化した炭酸カルシウムと天然ボーンアッシュ
大
腿(%)
骨 60
量
︵
乾
燥 50
重
量
当 40
た
り
の 30
灰
分
量 0
︶
(×106dyn)
(%)
10
大
腿
骨
破
断
力
Ⅰ
Ⅱ
リン酸塩を強化した炭酸カルシウム
100
カ
ル
シ
ウ
ム
吸 50
収
率
5
0
Ⅰ
Ⅱ
0
Ⅰ
Ⅱ
天然ボーンアッシュ
出典:山本、飯田、
1986
17
●
このようにリンは、
カルシウムの代謝に間接的に影響を与えると考えられますが、通常の食生活
ではそれほど問題になることはありません。カルシウムとリンの摂取量の比率(Ca:P)
は1
:
0.
5∼2
の範囲であれば、
カルシウムの吸収・利用に支障がないとされています3)。牛乳のCa:Pの比率
は1
:
0.
85であることから、
カルシウムの吸収・利用になんら問題はなく、
むしろ骨や歯の形成・維持
に適切な割合となっています。
なお、
リンは加工食品の添加剤などに多用されています。インスタント食品中心の食生活を送
っているとリンの過剰摂取が考えられます。偏った食事にならないよう牛乳・乳製品を摂るなどし
牛
乳
の
栄
養
成
分
て、常に栄養バランスを考えたいものです。
参考資料
1)Guéguen L, et al. : The bioavailability of dietary calcium. Journal of the American College
of Nutrition, 19(2 Suppl): 119S-136S, 2000.
2)Tsuchita H, et al. : The effect of casein phosphopeptides on calcium absorption from
calcium-fortified milk in growing rats. British Journal of Nutrition 85(1): 5-10, 2001.
3)江澤郁子 : 食品とカルシウム吸収について (http://milk.asm.ne.jp/jimu/ca/52.htm)
18
●
11
牛乳の脂質はカルシウムの吸収を
妨げることはありませんか?
飽和脂肪酸はカルシウムの吸収を妨げるといわれていますが、
牛乳の脂肪はカルシウムの吸収を阻害するわけではありません。
カルシウムの吸収については、脂肪をはじめ摂取する食物の影響についていくつかの報告があ
ります。
牛
乳
の
栄
養
成
分
脂肪については、健康人であればカルシウムの吸収に影響を与えません1)。ただし、部分的に
胃を切除した患者さんや吸収不良を患った患者さんの場合、パーム油がカルシウム吸収に影響
を与え、中鎖脂肪酸を含んだ油では影響がないことが報告されています2)。カルシウムが脂肪酸
と不溶性の石けんを形成し排泄させるためにカルシウム吸収量が減少するといわれていますが、
しかしながら、
2gを超えるよう
牛乳中の脂肪はカルシウムの吸収に良いという報告があります3、4)。
なカルシウムの大量摂取は、糞への脂肪とカルシウムの排泄を促すことが示されています。
また、牛乳中のカルシウムは、牛乳に含まれている乳糖やカゼインホスホペプチド(CPP)
との
共存により吸収が促進されます。このように、牛乳は様々な成分を含んでいることから、脂肪によ
るカルシウム吸収への影響は少ないといえます。
参考資料
1)Allen LH. : Calcium bioavailability and absorption: a review. The American Journal of
Clinical Nutrition, 35(4): 783-808, 1982.
2)Agnew JE, et al. : The effect of fat on calcium absorption from a mixed meal in normal
subjects, patients with malabsorptive disease, and patients with a partial gastrectomy.
Gut, 12(12): 973-977, 1971.
3)江澤郁子 : 食品とカルシウム吸収について(http://milk.asm.ne.jp/jimu/ca/52.htm)
4)Bendsen NT, et al. : Effect of dairy calcium on fecal fat excretion: a randomized crossover
trial. International Journal of Obesity, online, 2008.
19
●
12
カルシウムを過剰に摂取すると、
なにか健康に障害が起こりますか?
通常の食生活では過剰になることはありません。
上限量の1日2,
300mgを摂取しても便秘症になる程度です。
カルシウムの過剰摂取によって起こる障害には、尿路結石、
ミルクアルカリ症候群、鉄、亜鉛、
マグネシウム、
リンなどのミネラルの吸収抑制、便秘症などが報告されています。
もともとカルシウムは、摂取量が増えると吸収率が低下し、摂取量が少ないと吸収率が高まりま
す。吸収率が低下するとはいえ、
カルシウムの摂取量が増えると体内への吸収量も増え、通常は
骨形成が進み、常に血液中のカルシウム濃度を一定に保つ調節機能が働きます。この調節機
能を上回る量のカルシウムを摂取した場合に、過剰症が起こります。特に腎機能障害がある人で
は注意が必要です。
牛
乳
の
栄
養
成
分
わが国の上限量(9ページ参照)の1日2,
300mg(18歳以上)
を継続的に摂取しても、便秘に
なる程度で、尿路結石の可能性はありますが、
むしろ重篤な腎臓結石の発症リスクを低下させる
という報告もあります。ただし、
ビタミンDを同時に大量に摂ると腸の調節力が失われ、危険です。
1日1パック(1,
000mL)の牛乳を摂取しても、
カルシウム摂取量は1,
135mgで上限量の1日
2,
300mgの半分弱です。現在の日本人の1日当たりの平均カルシウム摂取量は、
546mg(平
成14年度)程度であることを考慮に入れると、通常の食事ではカルシウムの過剰摂取になること
はまずないでしょう。
健康食品やサプリメントで一度に多量のカルシウムを摂取すると、
上限量を上回ってしまう危険性があります。
ただ最近では、不足している栄養素を健康食品やサプリメントで手軽に補おうとする傾向がみ
られます。カルシウム製剤などで一度に多量のカルシウムを摂取すると、上限量の2,
300mgを上
回って、高カルシウム血症、
いわゆるミルクアルカリ症候群を生じる危険性がありますから、注意が
必要です。
参考資料
1)健康局総務課生活習慣病対策室 栄養指導係. : 日本人の食事摂取基準について. 2005年版 厚
生労働省ホームページ
(http://www-bm.mhlw.go.jp/houdou/2004/11/h1122-2.html)
2)Caruso JB, et al. : Health-behavior induced disease: return of the milk-alkali syndrome.
Journal of General Internal Medicine, 22(7): 1053-1055, 2007.
20
●
13
牛乳のカルシウムは、
腎臓結石と関係があるのですか?
腎臓結石の予防には、カルシウムをシュウ酸を含む食品と
同時に摂取すると、効果があるという報告が出されています。
腎臓結石の大部分は、
シュウ酸カルシウムの結晶です。食品で摂ったシュウ酸は体内に吸収
され、腎臓から排泄される際に、
カルシウムと結合して結石ができます。
したがって長年、腎臓結石
牛
乳
の
栄
養
成
分
の予防には、牛乳・乳製品などのカルシウムを豊富に含んだ食品の摂取を控えるように指導され
てきました。欧米ではカルシウム摂取量を1日400mg(摂取の目安量は700∼1,
200mg)に制限
することもまれではありませんでした。
しかし最近の研究では、
カルシウムの制限が腎臓結石の予防に結び付かないということ1)や、
むしろカルシウム摂取量が増えると60歳未満の人では、腎臓結石の発症数が減少するとの報告
も出ています2)。
腎臓結石を予防するには、
シュウ酸を多く含んだ食品を摂取するときに、同時にカルシウムを摂
ると効果的であるという報告が出されています。シュウ酸とカルシウムを同時に摂取すると、腸管
内でカルシウムがシュウ酸を中和し、難溶性のシュウ酸カルシウムを形成し、
シュウ酸塩の吸収を
抑制します。
そこで、
シュウ酸塩の尿中濃度が低下し、
腎臓で結石ができにくくなるというものです。
例えば、
シュウ酸の多いコーヒー、紅茶、
ナッツ、
チョコレートには牛乳・乳製品を、
ほうれん草、小松
菜のおひたしには鰹節を組み合わせて摂ると、結石の予防につながります。
低カルシウム食では、腎臓結石の予防効果よりも、骨密度の低下をもたらします。
1998年にTrinchieriによって発表された腎臓結石患者(男性、
48名)の骨密度と食事摂取の
関係についての調査では、低カルシウム食では、将来の腎臓結石の予防効果よりも、骨密度の
低下をもたらすと述べています3)。
寝たきりの人は骨のカルシウムが尿に溶け出し、尿路結石ができやすいので、水分補給と適度
なカルシウム摂取が大切です。
参考資料
1)Curhan G. C. : Dietary calcium, dietary protein, and kidney stone formation. Mineral and
Electrolyte Metabolism, 23(3-6): 261-264, 1997.
2)Borghi L, et al. : Comparison of two diets for the prevention of recurrent stones in
idiopathic hypercalciuria. The New England journal of Medicine, 346(2): 77-84, 2002.
3)Trinchieri A, et al. : The influence of diet on urinary risk factors for stones in healthy
subjects and idiopathic renal calcium stone formers. British Journal of Urology, 67(3):
230-236, 1991.
21
●
14
女性にとってつらい月経前症候群に
牛乳は効果がありますか?
牛乳のカルシウムにより、月経前症候群(PMS)の
症状が改善するとの研究報告があります。
月経前症候群(PMS)
は、生理の2週間前ころから精神的、肉体的に不快な症状が現れる病
気です。正常な月経サイクルを持っている女性の40%が、
なんらかのPMS症状を有しており、
うち
5%が重症例と推定されます。
PMSの原因についての研究はまだ継続中ですが、各種の栄養素との関連について検討され、
カルシウムが症状の軽減に有効であることが報告されています。Bertone-Johnsonらが2005年
に発表した調査ではPMS患者にカルシウムを増量して摂取させたところ、食物渇望、抑うつ傾向
ならびに苦痛スコアが改善されたと報告されています1)。また福岡はPMS、特に子宮内膜症に対
牛
乳
の
栄
養
成
分
する乳清ミネラルの治療効果について報告しています2)。子宮内膜症の患者25例に乳清ミネラ
ルをカルシウムとして1日600mgを投与したところ、治療効果の指標となる特異マーカーが改善さ
れました。また浜田は工場勤務の月経困難症患者に対して乳清ミネラルによる治療で、
QOL、
お
よび腰痛の改善もみられたと報告しています3)。
これらの研究はさらに多くの症例で検証する必要はありますが、牛乳のカルシウムが効果的で
あることを期待させる結果と考えられます。
●図 子宮内膜症(改善群)での乳清ミネラル投与によるマーカー(CA125)の推移
投与前のCA125を100%としたもので、その減少推移を示した。
Mean±SD. *<0.
05、
**<0.
01
(vs投与前値)
(%)
100
*
**
60
**
0
2
4
6(ヵ月)
参考資料
1)Bertone-Johnson ER, et al. : Calcium and vitamin D intake and risk of incident
premenstrual syndrome. Archives of Internal Medicine, 165(11): 1246-1252, 2005.
2)福岡秀興 : 乳清ミネラルの月経困難症特に子宮内膜症に対する治療効果の検討. 平成13年度
牛乳栄養学術研究会委託研究報告書, 178-183, 2002.
3)浜田雄行, 他 : 勤労女性における原発性月経困難症の疫学調査と乳清ミネラルによる治療. 松仁
会医学誌, 30(2): 115-125, 1991.
22
●
15
日本人には乳糖不耐症が
多いといわれますが?
統計的には日本人のかなりの人が
乳糖不耐症といわれています。
牛乳を飲むことによって、
お腹が張る、
ゴロゴロする、下痢をする、
などの症状が現れるのを乳糖
不耐症と呼んでいます。乳糖不耐症は、乳糖の分解酵素ラクターゼが先天的に欠乏しているか、
牛
乳
の
栄
養
成
分
活性が低いために乳糖が消化・吸収されずに大腸に送り込まれるために起こると考えられていま
す。乳糖不耐症は、白人に比べて有色人種に多くみられます1)。
しかし実際には乳糖による下痢発生割合は、
それほど高くはありません。
日本人での乳糖の摂取と下痢発生の実験で、乳糖30g(牛乳600mL)
では下痢発生は全く
なく、
40g(牛乳800mL)
でわずか11%でした。
乳糖分解酵素ラクターゼの活性は、一般的に離乳期以降低下します。成人でのラクターゼ活
性は、最大活性時(乳児期)
と比べて著しく低下しますが、
けっしてゼロになるわけではなく、一時
に大量の乳糖(牛乳)
を摂取するのでなければ、
ある程度分解できます。
乳糖不耐症の診断基準では、欧米では乳糖50g(牛乳コップ5杯〈1,
000mL〉相当量)
を、日
本では乳糖30g(牛乳コップ3杯〈600mL〉相当量)
を一気に摂取したときの血糖値を計測して
診断します。
奥によって乳糖の摂取量と下痢発生に関する研究が報告されています。胃腸障害がなく、下
痢や便秘症状を持たない健康人を対象に、乳糖を30g、
40g、
50g、
60g摂取してもらい下痢発生
の頻度を検討しました。その結果、
30gでは下痢は観察されず、
40gで11%、
50gで39%、
60gで55%
60gを1回に摂取することは、実生活においてあ
に下痢が発生しました(図)2)。ただ、乳糖50g、
りえないことです。
●図 乳糖の摂取量別の下痢発生率
(%)
60
54.
5%
(12名/22名)
50
39.
0%
(16名/41名)
40
下
痢
発
生
率
30
20
10.
9%
(5名/46名)
10
0
0%
(0名/49名)
30g
40g
50g
乳糖の摂取量
23
●
60g
また日本酪農乳業協会の調査では、牛乳を飲むといつもお腹の調子が悪くなる人は6%、
とき
どき悪くなる人は8%弱です。ただ、牛乳を飲んでお腹が張ったり、
ゴロゴロしたりするのは、腸内細
菌が乳糖を発酵する時に生成されるガスが原因です4)。この分解能以上を摂取すると下痢を起
こすことがありますが、
このような症状を起こす人が、
すべて乳糖不耐症というわけではありません。
冷たさに対する過敏反応のケースもあります。
海外でも、
22編の臨床研究をメタアナリシスした結果、乳糖は、
コップ1杯程度の牛乳を飲んで
発生する消化不良症状の主たる原因ではないと述べています5)。
牛
乳
の
栄
養
成
分
参考資料
1)Vesa TH, et al. : Lactose intolerance. Journal of the American College of Nutrition, 19
(2 Suppl), : 165S-175S, 2000.
2)奥恒行 : ヒトにおける乳糖の一過性下痢に対する最大無作用量とそれに及ぼす食べ方に関する研
究. 平成13年度牛乳栄養学術研究会委託研究報告書, 123-141, 2002.
3)足立達 : 液状牛乳および発酵乳における糖質の生理機能. 牛乳成分の特性と健康(光生館),
139-156, 1993.
4)奥恒行 : ヒトの乳糖利用性に係わる乳糖の消化性と腸内細菌による分解性に関する研究. 平成
14年度牛乳栄養学術研究会委託研究報告書, 68-86, 2003.
5)Savaiano DA, et al. : Lactose intolerance symptoms assessed by meta-analysis: a grain of
truth that leads to exaggeration. The Journal of Nutrition, 136(4): 1107-1113, 2006.
24
●
16
乳糖不耐症の人が牛乳を飲むためには、
どんな工夫をすればよいのですか?
人肌に温めて少量ずつ飲んだり、
コーヒー、紅茶に入れて飲むのも良い方法です。
牛乳を飲むとお腹の調子が悪くなる人が、
どんな工夫をして飲んでいるかを調べた結果が報告
1)
。温めて飲むのが43.
8%で最も多く、以下飲む量を控えめにする37.0%、
コー
されています(図)
牛
乳
の
栄
養
成
分
ヒーと混ぜる32.
3%、
ココアと混ぜて飲む17.
9%などです。人肌くらいに温めてゆっくり飲むと、胃
腸に冷たい刺激を与えずにすみ、乳糖の分解酵素の働きも盛んになります。乳糖不耐症を改善
するには、調査結果にみられるように、摂取量を少量ずつから始めて徐々に量を増やしてみたり、1
日に何回かに分けて飲む、
コーヒーや紅茶などに混ぜて飲むなどの工夫をしてみてください。
乳糖を分解した乳飲料やヨーグルトを試してみる方法もいいでしょう。
乳糖をあらかじめブドウ糖とガラクトースに分解してある乳飲料も市販されています。また、
ヨーグ
ルトは乳酸菌による発酵によって、乳糖が20∼30%分解されて減少しています。ヨーグルト製造
に使用されている乳酸菌はラクターゼを産生しますので、生菌タイプのヨーグルト中にはラクターゼ
活性が残っており、乳糖の分解が進みます。チーズは製造過程で乳糖の大部分がホエー
(乳清)
画分に移行して取り除かれているので、牛乳で下痢をする人に勧められます2、3)。
●図 牛乳飲用でお腹の調子が悪くなる人の牛乳飲用対策
(%)
60
50
43.
8%
37.
0%
40
32.
3%
30
17.
9%
20
14.
7%
11.
9%
10
3.
9%
0
温める
飲む量を
控えめにする
コーヒーと
混ぜる
ココアと
混ぜる
牛乳を
飲まない
紅茶と
混ぜる
その他のものと
混ぜる
参考資料
1)牛乳・乳製品の消費動向に関する調査(日本酪農乳業協会)2004.
2)足立達 : 乳糖不耐症と牛乳の飲み方. 日本家政学会誌, 38(1): 77-82, 1987.
3)浦島匡 : 低ラクターゼ症(乳糖不耐症)
と対策. ミルクの先端機能(弘学出版), 112-118, 1998.
25
●
17
牛乳のコレステロールや脂肪が
健康に悪影響を及ぼすことはありませんか?
牛乳の脂肪は体に蓄積されにくい中鎖脂肪酸を多く含み、
健康に悪影響を及ぼすことはありません。
牛乳・乳製品から摂取するコレステロールは多くありません。牛乳600mL程度を毎日飲み続け
てもコレステロールは増加しません。また血清総コレステロール値は低すぎても健康には悪く、適
度なレベルを維持することが必要です。牛乳の脂肪は中鎖脂肪酸を多く含み、全体として体に蓄
積されにくく、健康に悪影響を及ぼすことはありません。
日本人が牛乳・乳製品から摂取するコレステロールの割合は
約5%と非常に少ない量です。
牛
乳
の
栄
養
成
分
日本人が1日に摂るコレステロールは300∼500mgで、
そのうち牛乳・乳製品から摂取する割
合は約5%と非常に少ない量です(牛乳200mLのコレステロールはわずか25mg)。またコレステ
ロールは体内で1日1,000∼1,500mg作られており、細胞成分やホルモンなどの基として、生命
維持になくてはならない物質です。コレステロールは高すぎても体に良くありませんが、低くても体
に良くないことが知られています1、2)。牛乳600mL程度を3週間飲み続けても血清総コレステロー
ル値は増加しません3)。
また脂肪は栄養的に重要なエネルギー源であり、体内で合成されない必須脂肪酸、脂溶性ビ
タミン(A、
D、
E)
などを含みます。乳脂肪は飽和脂肪酸を60∼70%と多く含み、
その中で中鎖飽
和脂肪酸(n=12以上)が高い割合で含まれています。またモノ不飽和脂肪酸の多いことが特徴
です4)。さらに中鎖脂肪酸は体に蓄積されにくいことが見出されています5)。脂肪は体にとって重
要な栄養素ですから、動物性脂肪、植物性脂肪にこだわることなくバランスよく摂取することが大
切です。
●表 各食品の脂肪酸組成
(単位:%)
飽
和
脂
肪
酸
不
飽
和
脂
肪
酸
牛乳
人乳
牛肉
いわし
植物油
酪酸
C4
:
0
3.
9
−
−
−
−
カプロン酸
C6
:
0
2.
4
−
−
−
−
カプリル酸
C8
:
0
1.
4
0.
2
−
−
−
カプリン酸
C10
:
0
2.
9
1.
2
−
−
−
ラウリン酸
C12
:
0
3.
4
4.
6
0
−
−
ミルスチン酸
C14
:
0
10.
8
5.
5
2.
7
7.
9
−
パルミチン酸
C16
:
0
28.
4
20.
5
25.
2
19
8.
4
ステアリン酸
C18
:
0
11.
4
6.
8
11.
4
3.
3
3.
3
パルミトレイン酸
C16
:
1
1.
7
3.
2
5
7.
7
0.
1
オレイン酸
C18
:
1
24.
9
36.
4
11.
4
13
34.
5
リノール酸
C18
:
2
2.
7
15
5.
2
2.
6
43.
4
リノレン酸
C18
:
3
0.
4
2.
1
0.
2
1
8.
8
EPA
C20
:
5
−
0.
1
−
13
−
DHA
C22
:
6
−
0.
5
−
10.
7
−
出典:科学技術庁資源調査会編「日本食品脂溶性成分表」より抜粋
26
●
●図1 食品1食当たりのコレステロールの量(mg)
食品名
目安量(g)
鶏卵
185
276
1串(120)
まいわし
中1匹 (70)
46
豚もも肉
(80)
57
普通牛乳
1本(206)
クリーム
大さじ1 (15)
プレーンヨーグルト
プロセスチーズ
300
210
(50)
うなぎ(かば焼き)
バター
200
1個 (50)
鶏レバー
牛
乳
の
栄
養
成
分
100
25
18
(100) 12
スライス1枚 (20)
(10)
16
21
出典:五訂増補日本食品標準成分表より
●図2 血清総コレステロール値と死因(J-LIT一次予防群)
9
死
亡
率
︵
人
/
1
0
0
0
人
・
年
︶
事故・自殺
8
原因不明
7
その他
6
他血管系
5
脳血管系
突然死
4
他心疾患
3
心筋梗塞
2
がん
1
0
180未満
180∼199 200∼219 220∼239 240∼279 280以上(mg/dL)
出典:柴田博著「中高年健康常識を疑う」より
参考資料
(講談社), 2003.
1)柴田博 : 中高年健康常識を疑う
2)Kagan A, et al. : Serum cholesterol and mortality in a Japanese-American population: the
Honolulu Heart program. American Journal of Epidemiology, 114(1): 11-20, 1981.
3)内藤周幸 : 牛乳摂取と血清コレステロールについて. 牛乳栄養学術研究会第15回国際学術フォ
ーラム, 8-22, 2001.
4)上野川修一, 他 : 牛乳の栄養. ミルクのサイエンス, 46, 1999.
●
27
5)Hyon K, et al. : Dairy Consumption and Risk of Type 2 Diabetes Mellitus in Men: A
Prospective Study. Archives of Internal Medicine, 165(9): 997-1003, 2005.
18
牛乳のたんぱく質はヒトにとって異種たんぱく
質ですが、なにか問題はあるのですか?
食品で摂取するたんぱく質は動物性・植物性を問わず、
すべて異種たんぱく質です。異種たんぱく質を消化して、
必要なたんぱく質につくり変えるのが栄養代謝です。
異種たんぱく質の対語は同種たんぱく質です。ヒトが摂取するたんぱく質で唯一の同種たんぱ
く質は、乳児が摂取する母乳だけです。
したがって、動物性たんぱく質の牛乳はヒトにとって異種
たんぱく質になります。
良質なたんぱく質のひとつといわれている大豆などの植物性たんぱく質は、
動物性たんぱく質よりもさらに遠い異種となってしまいます。
「乳児に母乳を注射してもなんともないが、牛乳を注射すると死んでしまう」という報告について
は、
どのように検証されたのかは不明ですが、牛乳を注射された乳児が死に至ることは、火を見る
より明らかです。そもそも、口から摂取するものを直接血液中に投与することなど、医学・栄養学で
牛
乳
の
栄
養
成
分
は考えられない無謀なことです。
同種たんぱく質でなければ食品として危険というならば、
共食い以外にはたんぱく質の摂取法はありません。
もし、同種たんぱく質でなければ食品として危険というならば、
タコが自分の足を食べるように、
共食い以外にはたんぱく質の摂取法はありません。
ヒトにとって、異種たんぱく質を摂取して消化し、自分の体に必要なたんぱく質をつくることは栄
養代謝であり、生命活動そのものです。牛乳は、有史以来数千年にわたり世界中で消費されてき
た、人間にとって大切な異種たんぱく質源です。
28
●
19
牛乳は中耳炎と
関係があるのですか?
幼児の中耳炎の発症にはさまざまな要因が関与していますが、
牛乳と中耳炎の発症には直接的な関係はありません。
授乳する際の乳児の姿勢がひとつの要因と考えられています。
中耳炎は乳幼児に多くみられる一般的な病気です。海外データですが、
2歳未満では80%が
罹り、
また3分の2の子どもは、
3歳までに少なくとも1回は中耳炎に罹るといわれています1)。乳幼
児の中耳炎の発症には、上部呼吸器感染、耳管の機能不全、外的な要因として家族による喫
牛
乳
の
栄
養
成
分
煙などが関わっています。
中耳炎は、鼓膜の奥(中耳腔)に細菌が入り込み炎症を起こす病気です。海外データですが、
1∼2歳時における中耳炎の平均罹患期間は、
12ヵ月齢まで母乳栄養であった児のほうが、人工
栄養であった児に比べて短かったと報告されています2)。その原因として、母乳中には母親から移
行した免疫抗体が含まれている3)ことと、母乳を与えるときの乳児の姿勢4)の2つが考えられま
す。
哺乳瓶でミルクを与える場合、母乳を飲ませるときと同様に
乳児を立てた姿勢で与えることが望ましいとされています。
母乳は乳児を立てた姿勢で抱いて飲ませますが、哺乳瓶の場合には、母乳を飲ませるときの姿
勢と異なり、多くは乳児を上向きに抱いて与えます。上向きの姿勢では、乳が中耳の中に逆流す
る可能性があります。図のように乳幼児では、成人に比べて耳管が太く、短く、中耳への傾斜も
●図 成人と乳幼児の耳管の模式図
中耳
耳管
鼓膜
成
人
中耳
耳管
29
●
乳
幼
児
鼓膜
水平に近いために、逆流しやすくなっています。その結果、局所的な炎症を起こし、中耳炎を発症
するものと考えられます。人工栄養における中耳炎の発症を極力抑制するためには、
ミルクは母
乳を飲ませるときと同様に、乳児を立てた姿勢で与えることが望ましいのです。
牛乳そのものを乳児期早期に与えることは好ましいことではありませんが、海外で6ヵ月齢から
牛乳を与えた乳児と乳児用調製乳を与えた乳児の中耳炎の発症頻度が比較検討され、両者間
では有意な差が認められなかったと報告されています5、6)。
参考資料
牛
乳
の
栄
養
成
分
1)Teele D, et al. : Epidemiology of otitis media during the first seven years of life in children
in greater Boston: a prospective, cohort study. The Journal of Infectious Diseases, 160
(1): 83-94, 1989.
2)Dewey K, et al. : Differences in morbidity between breast-fed and formula-fed infants. The
Journal of Pediatrics, 126(5 Pt 1): 696-702, 1995.
3)早川浩 : 特集 母乳 母乳とアレルギー. 小児医学, 22(5): 821-832, 1989.
4)Tully S, et al. : Abnormal tympanography after supine bottle feeding. The Journal of
Pediatrics, 126(6):S105-S111, 1995.
5)Tunnessen W, et al. : Consequences of starting whole cow milk at 6 months of age. The
Journal of Pediatrics, 111(6 Pt 1): 813-816, 1987.
6)兼定啓子 :0歳児の急性中耳炎−2006.1-2006.6−. 化学療法の領域, 23(5): 813-815, 2007.
30
●
20
牛乳アレルギーはなぜ起こるのですか?
どのような注意をすればよいのですか?
牛乳に限らず食物アレルギーは、アレルギー体質の
遺伝が大きく影響するといわれています。
消化機能と免疫機能が未発達な乳幼児が牛乳を飲んだ場合、
アミノ酸にまで分解されずに残
った牛乳たんぱく質の一部が体内に取り込まれ抗原(アレルゲン)
となり、
それに対する抗体がで
牛
乳
の
栄
養
成
分
きます。再びそのたんぱく質を摂ったときに、下痢、湿疹、気管支喘息などのアレルギー症状を一
したがって1歳未満の乳幼児には牛乳を与えないほうがよいとさ
過性に起こすことがあります1)。
れています。
牛乳アレルギーが発症した場合には、牛乳の摂取は避けなくては
なりません。乳幼児の牛乳アレルギーは1∼2%で、
これは成長に伴って2∼3歳までに治ることが多いです。
厚生労働省の研究班がまとめた内容によると、子どもの食物アレルギーでは、血液検査や皮
膚テストで陽性であっても、実際に食物制限が必要になるのは半分以下にすぎません2)。牛乳ア
レルギーは生後2∼3ヵ月の乳児に発症しますが、一般に症状は軽く、多くは2∼3歳までに治癒し
てしまい、成人まで続くことはまれです。もちろん牛乳アレルギーが発症した場合には、牛乳の摂
取は避けなくてはなりません。
なお、
たんぱく質を含む食品は、
すべてアレルゲンとなり得ますが、厚生労働省では、平成13年
4月から、発症例数が多いことから卵、乳、小麦を、
また発症したときに生命に関わるほど症状が重
いものとして、
そば、落花生の計5品目をアレルギー誘発物質を含む「特定原材料」として法令上
表示を義務づけました3)。このほかにも表示奨励品目として魚介類、肉類、大豆、果実類を含め
20品目が示されています。
参考資料
1)早川浩 : 乳児期の栄養を考える−離乳をポイントに− 離乳と食物アレルギー. 日本小児栄養消
化器病学会雑誌, 7(1): 33-38, 1993.
2)田中景子, 他 : 乳製品摂取とアレルギー疾患との関連に関する疫学研究の系統的レビュー. ヒトの
栄養、健康へ及ぼす牛乳乳製品の効果に関する研究報告書, 36-65, 2008.
3)
アレルギー物質を含む食品に関する表示について. 厚生労働省ホームページ
(http://www.mhlw.go.jp/topics/0103/tp0329-2b.html), アレルギー物質を含む食品の表示につい
ての考え方. 財団法人日本食品化学研究振興財団ホームページ
(http://www.ffcr.or.jp/Zaidan/mhwinfo.nsf/48b1f48352378e7e492565a1002ecd5e/4b2dbdd
6a9db9aff492569cf000cef82?OpenDocument).
31
●
21
牛乳は貧血や腸内出血と
関係があるのですか?
貧血を予防する鉄分は、
牛乳には少量しか含まれていません。
昭和56年2月に植田教授らによって、一般的に認められる単なる食事性の鉄欠乏性貧血とは
異なって、幼児期に牛乳を1日600mL以上3ヵ月以上にわたって摂取すると、他の離乳食の摂取
量が少なくなり、
その結果、血清鉄低値となり、鉄剤使用によって貧血は改善傾向を示すが、消
化管の異常出血は続き、牛乳を中止するか、減量しないと貧血が再燃することを特徴とする症例
が、本邦で初めて報告されました。
いわゆる「牛乳貧血」という症例です。これには、浮腫、蛋白漏出性胃腸症、便潜血反応陽性
などの症状を呈することがあります。偏った離乳食の摂取、
とりわけ牛乳の多量摂取によって、他
牛
乳
の
栄
養
成
分
の離乳食の摂取量が少なくなり、鉄欠乏状態となって、胃腸管粘膜に種々の変化をもたらし、
ま
た多量の牛乳たんぱく質がこれら粘膜に影響を与えて、
その悪循環によって鉄欠乏性貧血、
さら
には低蛋白血症がもたらされるのではないかと考えられています1)。
幼児期の牛乳だけに頼った食生活は極めて危険です。
牛乳を飲みすぎると貧血になるという主張がありますが、非常にあいまいな表現です。
牛乳コップ1杯(200mL)に鉄分は0.
04mgしか含まれません。一方、日本人の鉄分摂取の推
奨量は、
1∼2歳児で1日当たり男5.
5mg、女5.
0mg、成人男性で1日当たり7.
5mgですから、牛乳
だけで必要鉄分を摂取することは不可能です。
したがって、
「牛乳だけの食生活では鉄分は不足
する」ことはあきらかで、離乳後の幼児に牛乳だけしか与えないというのではなく、
きちんとした食事
による栄養が大切です。
近年、世界的に鉄欠乏による障害が深刻な問題となっています。鉄欠乏による病気として鉄
欠乏性貧血はよく知られています。成人男女の貧血に関連する血液生化学値の基準範囲(こ
れらの数値を下回る場合は、貧血の疑いがあり)
を表に記載します。そこに至る前の鉄不足、鉄
欠乏の状態が持続するだけで、
いろいろな神経機能の異常が生じます。この状態は早期に鉄が
補給されれば回復も可能ですが、鉄不足が幼児期早期から始まれば始まるほど、
また不足の状態
が持続すればするほど、鉄補給による機能回復は認められなくなり、予後が悪くなります。
●表 貧血を診断する際の基準範囲(成人)
男性
女性
赤血球数
420∼554万/μL
384∼488万/μL
ヘモグロビン濃度
13.
8∼16.
6g/dL
11.
3∼15.
5g/dL
40.
2∼49.
4%
34.
4∼45.
6%
ヘマトクリット
血清鉄
64∼187μg/dL
40∼162μg/dL
出典:東京大学医学部付属病院検査部 平成20年5月版
32
●
乳幼児期に、消化機能や免疫機能が未発達な状態で毎日大量の牛乳を摂取していれば、
ア
レルギーによる腸管出血を起こす可能性も否定できません。こうなれば「牛乳だけの食生活では
牛
乳
の
栄
養
成
分
33
●
鉄分が不足する」だけでなく鉄分の喪失を伴い、極めて異常な事態です。
参考資料
1)赤塚順一 : 小児貧血の分類と特徴. 小児貧血の臨床(金原出版), 1-9, 1992.
2)横山信子, 他 : 消化管シンチグラフィーにより小腸からの蛋白漏出を証明した牛乳貧血の1例. 小
児科臨床, 50(2): 233-238, 1997.
22
牛乳は白内障と
関係があるのですか?
極めてまれな先天性疾患のガラクトース血症以外、
牛乳の摂取によって白内障になるというデータはありません。
白内障は眼の水晶体が濁り視力が低下する病気で、高齢者に多く発生します。
65歳では
60%が白内障の症状を呈するといわれています。白内障の最大の要因は老化(加齢)
で、
それ
以外に疾病、光(活性酸素生成)
、薬物、外傷、先天性代謝異常なども影響します。
このうち牛乳の摂取と関係があると考えられるのが、
ガラクトース血症という先天性代謝異常
で、極めてまれな遺伝性疾患です。牛乳中の乳糖が小腸でラクターゼという酵素によって、ぶどう
糖とガラクトースという単糖に分解されますが、
このガラクトースの代謝に関連する酵素(ガラクト
ース-1-リン酸ウリジルトランスフェラーゼ、
あるいは、
ガラクトキナーゼ)が欠損している場合(病
牛
乳
の
栄
養
成
分
Ⅰ型、
あるいはⅡ型と呼ぶ)
、血中のガラクトース濃度が高まります。これをガラクトース血症とい
型;
います。
ガラクトース血症では、
ガラクトースが眼球の水晶体でアルドースレダクターゼという酵素により
ガラクチトールになり、
これが結晶となって析出する結果、水晶体が白濁し白内障になるといわれ
ています1)。
青木らの調査(1990∼1997年)によれば、白内障の障害を起こすⅠ型、
Ⅱ型の遺伝性疾患の
発症頻度は、
Ⅰ型で918,
530分の1、
Ⅱ型で1,
026,
593分の1であり、約100万人に1人といった割
合です2)。
ガラクトース血症は劣性遺伝するもので、症状には軽いものから重いものまでありますが、通常
は家族歴で出産前に予測するか、新生児で発見され、母乳や乳児用調製乳を避け、乳糖(ガラ
クトース)
を含まないミルクを与えることで、正常な発育が可能になっています。
昭和52年度からマススクリーニングが実施されていますが、
ガラクトース血症患者の発生数、発生率には一定の経年的な
傾向は認められていません。
動物実験でラットにヨーグルトを摂取させたところ、白内障が発生したという報告があります。
この実験におけるラットのヨーグルト摂取量は、体重60kgのヒトに換算すると、
1日21.
6kg∼24
kgと非常に極端な条件の実験で、現実離れした摂取量です。
したがって、通常の食生活におけ
る摂取と同列に考えるべきではないでしょう3)。
参考資料
.
, 47-49,2001.
1)土屋文安 : 牛乳読本(NHK出版)
2)大和田操, 他 : 特集 小児難病の診断と扱い方 代謝異常 ガラクトース血症. 小児科診療 , 55
(11): 2281-2287, 1992.
3)Richter CP, et al. : Cataracts produced in rats by yogurt. Science, 168(937): 1372-1374,
1970.
34
●
23
牛乳に含まれているビタミンB12は、
乳幼児の脳の発達や高齢者の認知症に
影響するのですか?
ビタミンB12不足は脳の発達だけではなく、
アルツハイマー症候群などの老人性の認知症にも
関与していると報告されています。
ビタミンB12は、牛乳・乳製品、肉、魚、卵などの動物性食品からしか摂取できないビタミンです。
ビタミンB12は、赤いビタミンといわれ、赤血球の合成を促進するビタミンとして知られていました
牛
乳
の
栄
養
成
分
アルツハイマー症候群などの老人性の認知症にも関わって
が、最近、
ビタミンB12が脳の発達や、
いることが注目されています1)。
海外で実施されたビタミンB12欠乏児(菜食主義の母親に育てられた小児を含む)に関する調
査では、身体および脳の発育不全、貧血、過敏症、食欲不振などの症状が報告されています。
6
その後ビタミンB12を摂取していても、欠乏によ
歳までの成長過程でビタミンB12が欠乏していると、
って生じた障害は改善されませんでした2)。
ビタミンB12は、推理力、抽象的思考力および学習能力に
影響するという報告も出ています。
および学習能力を測定する知
ビタミンB12の摂取量が低い人たちは、推理力、抽象的思考力、
能テストで、有意に低いスコアを示したという報告も出ています。
しかし、通常の状態では欠乏症
になることは極めてまれです。ビタミンB12の乳児期の推奨所要量は0.3μgとされ、普通、母乳中
には0.
11μg/dL含まれており、
1日0.
5μg程度供給され、所要量を満たしています。牛乳には母
乳よりやや多く含まれています3)。
60歳を超えると増加し、
アルツハイマー症候群ではしばしばビタミンB12の
ビタミンB12の欠乏は、
欠乏が認められています。ただし、
ビタミンB12の欠乏を伴う認知症では、
ビタミンB12を投与しても
症状は改善されないという結果が出ています。英国では認知症の日常の診断にビタミンB12の測
定が用いられています1)。
日頃から牛乳・乳製品などでビタミンB12を摂取することが大切です。
参考資料
1)Seshadri S, et al. : Plasma homocysteine as a risk factor for dementia and alzheimer's
disease. The New England Journal of Medicine, 346(7): 476-483, 2002.
2)Casella EB, et al. : Vitamin B12 deficiency in infancy as a cause of developmental
regression. Brain & development, 27(8): 592-594, 2005.
3)Graham SM, et al. : Long-term neurologic consequences of nutritional vitamin B12
deficiency in infants. The Journal of Pediatrics, 121(5 Pt 1): 710-714, 1992.
35
●
24
牛乳は1型糖尿病と
関係があるのですか?
牛乳が1型糖尿病の直接的原因とは
認められていません。1型糖尿病の病因については、
今後の解明が待たれます。
糖尿病には1型(インスリン依存性)糖尿病と2型(インスリン非依存性)糖尿病があります。
1型は膵臓にある膵島のβ細胞が何らかの原因で損傷され、
その結果インスリンの分泌が低下、
ないし欠損するために発症し、
2型は肥満などが原因で耐糖能が低下して発症します。
β細胞が破壊される原因として、
ウイルス感染や自己免疫反応など諸説がありますが、決着は
していないようです。自己免疫は、遺伝的素因がある人で、食物たんぱく質の抗体が原因となる
という考えがあり、特に牛乳たんぱく質は人工栄養で生後初期に用いられることがあるので、原因
として重視され、1型糖尿病の小児で、牛乳たんぱく質に対する抗体価が高いという報告があり
牛
乳
の
栄
養
成
分
しかし、
このことが1型糖尿病の原因なのか、単に相関があるだけなのかは、
さらなる研究
ます1、2)。
が必要です。
わが国の小児の1型糖尿病の発症頻度は、
欧米白人の10分の1から30分の1程度です。
北川は1型糖尿病の頻度について、
わが国のそれは1988∼1989年で、人口10万人当たり
1.
5人で、
この値は欧米白人の10分の1から30分の1であり、日本人では1型糖尿病発症につい
ての感受性を高める遺伝子型のひとつが極めてまれであることが、差異の一因であろうとしてい
ます。そして、
1型糖尿病患児の血清中に牛乳たんぱく質に対する抗体価の上昇がみられなかっ
たのも、
この感受性の違いにあろうといっています3)。
●図 調製粉乳生産量の推移
(万トン)
9
8
6
4
2
0
昭和30年
35
40
45
50
55
60
平成元 2 3 4
出典:農林水産省経済局「牛乳乳製品統計」
36
●
一方、日本人でも患児では、牛血清アルブミン、
βラクトグロブリン、卵アルブミンに対するIgA、
IgG抗体価が有意に上昇していたとする報告があります。
しかし、
この報告は平均14.
5歳である
牛
乳
の
栄
養
成
分
こと、特定たんぱく質についてのみ検討していることから、乳児期の栄養法との関係、他の食物
たんぱく質についてのさらなる検討が必要でしょう。
牛乳は育児用調製乳の主成分であり、人工栄養児では生後早期に与えられるため、含まれて
いる牛乳たんぱく質が、上記のように問題とされることがあります。わが国の母乳栄養の比率は、
1950年代後半で60%でしたが、
その後低下して30%以下になり、
1975年以降は母乳栄養が
見直され再び増加してきました。これに伴って育児用調製粉乳の使用量も増減しました。
しかし、
北川によれば1型糖尿病の発症頻度はこれと関係がないと報告されています。
しかし、母乳栄養
が減少しても1型糖尿病の頻度が上昇しなかったからといって、牛乳たんぱく質が全く関与しない
とはいえないので、白人での成績に注意して、日本人でも1型糖尿病が増加しないように対応す
る必要があると述べています。
少なくともわが国では、牛乳が1型糖尿病の直接的原因とは認められていませんが、牛乳のβ‐
カゼインの遺伝子多型が、
ヒトの1型糖尿病の発症に関連するとの報告があり、今後研究を進め
1型糖尿病の病因については、今後
る必要がありますが、現時点では仮説にとどまっています4)。
の研究の発展が望まれます。
参考資料
1)Vaarala O. : Is type 1 diabetes a disease of the gut immune system triggered by cow's milk
insulin? Advances in Experimental Medicine and Biology, 569:151-156, 2005.
2)Kimpimaaki T, et al : Short-term exclusive breastfeeding predisposes young children with
increased genetic risk of Type I diabetes to progressive beta-cell autoimmunity.
Diabetologia, 44(1): 63-69, 2001.
3)北川照男 : 子どもの糖尿病は増えているか. 国際学院埼玉短期大学研究紀要, 16:89-96, 1995.
4)Kaminski S, et al. : Polymorphism of bovine beta-casein and its potential effect on human
health. Journal of Applied Genetics, 48(3): 189-198, 2007.
´
37
●
25
牛乳はクローン病や潰瘍性大腸炎の
発症と関係があるのですか?
クローン病、潰瘍性大腸炎は肉類を中心とした
西洋型の食生活がリスク要因になります。
クローン病、潰瘍性大腸炎は若年者に多い難病で、厚生労働省では特定疾患に指定してい
ます。両疾患は異なる病気ですが、共通点も多く炎症性腸疾患と呼ばれています。
クローン病の患者数の推移を医療受給者証交付件数でみると、2004年には23,
188人の患
者が登録されています。
したがって人口10万人当たり18.
3人の発生頻度です。一方、潰瘍性大
腸炎は、
2002年には77,
073人の患者が登録されています1)。
牛乳が両疾患の発症に直接的に関わっているとは認められていません。
牛
乳
の
栄
養
成
分
厚生労働省の「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班の千葉は、
クローン病、潰瘍性
大腸炎と食事との相関について報告しています。肉類、脂肪、砂糖、菓子などの過剰摂取、
およ
び野菜、果物、食物繊維の摂取不足による西洋食を主とした偏った食事は、腸内の善玉菌の減
少を招き、腸粘膜の炎症を誘起し、腸内細菌の大腸粘膜進入を容易にします。細菌の粘膜進入
があると免疫反応が生じ、
その結果、炎症反応を起こし、炎症性腸管疾患が発症すると考えられ
ます。両疾患の糞便細菌叢において、Bifidobacterium、Lactobacillusをはじめとする偏性嫌気
性菌の減少、好気性菌の増加が示されています2)。
また同研究班の吉野も、西洋型の食事、特にファーストフードが、両疾患の発症のリスク要因
となっていると報告しています3)。
クローン病、潰瘍性大腸炎は、若年者の肉類に偏った食生活に起因する生活習慣病と考えら
れます。牛乳が両疾患の発症に直接的に関わっているとは認められていません。偏った食生活を
改め、バランスのとれた食生活を送ることが大切です。
参考資料
1)難病情報センターホームページ,
クローン病(http://www.nanbyou.or.jp/sikkan/023.htm)
潰瘍性大腸炎(http://www.nanbyou.or.jp/sikkan/009.htm)
2)千葉満郎 : 炎症性腸疾患(クローン病,
潰瘍性大腸炎)
は食事を主とした生活習慣病と考えらえる.
「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班 平成13年度研究報告書, 126-130, 2002.
3)吉野純典 : 炎症性腸疾患の患者対象研究. 「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班 平
成13年度研究報告書, 118-120, 2002.
38
●
26
牛乳には便秘を予防する作用が
あるって本当ですか?
牛乳に含まれる乳糖には、便秘を改善する働きがあり
ます。またκ-カゼインやオリゴ糖は善玉菌を増やして
腸内環境を改善します。
ヒトの腸内には約1,
000種類、
100兆個の細菌が生息しています。これらの細菌は腸内で相互
に関係して、腸内フローラという生態系を形成しています。腸内細菌には消化・吸収を助けて腸
牛
乳
の
栄
養
成
分
内環境をきれいにする善玉菌と、腐敗物質を作り体に害を及ぼす悪玉菌の2種類があり、
お互い
に拮抗しあっています。
牛乳に含まれる乳糖は難消化性のため、一部は未消化のまま大腸に到達して、
そこで腸内細
菌による発酵を受け、有機酸を生じます。有機酸のあるものは大腸壁細胞の栄養源となり、
また
腸内のpHを酸性側に傾かせて、
いわゆる善玉菌優位の腸内環境を作り上げます。これらの有機
酸は、回腸や大腸を刺激し腸の蠕動運動を高め、便秘の改善に寄与しています。また乳糖は腸
内の浸透圧を高め、平衡化するために周囲から水分を取り込み、腸内の内容物を軟らかくする働
きもあり、
スムーズな排便を促進します。
善玉菌を増やすことで、腸の老化の予防や腸管由来の感染、
病気などを予防することが明らかにされています。
最近の研究では、悪玉菌を抑え込み、善玉菌を増やすことが、便秘の解消・整腸作用のほかに
腸の老化を遅らせ、
さまざまな腸管由来の感染、病気などを予防することが明らかにされています。
乳糖以外に牛乳には、善玉菌の代表であるビフィズス菌の増殖を助ける成分として、
オリゴ糖や
カゼインの消化物も含まれています。
一方、便秘者に対する4週間の介入試験では、便秘者(3日に1回未満排便する者)
26名、非
便秘者(3日に1回以上排便する者)
25名の女子大生に1回200mLの牛乳を付加して、便秘症
状の改善効果を調査したところ、牛乳の飲用によって、両群の排便頻度、回数、排便量は増加す
るものの、便秘の改善には至りませんでした。被験者の食事内容、
ダイエット志向、運動不足、精
神的なストレスの要因が大きく、
200mLの牛乳付加量では不十分であったと考えられました。
参考資料
1)Szilagyi A : 乳糖のプレバイオティクスとしての可能性. 牛乳栄養学術研究会第18回国際学術フ
ォーラム報告書, 59-73,2003.(社団法人全国牛乳普及協会)
2)Hamilton-Miller JMT : Probiotics and prebiotics in the elderly. Postgraduate Medical
Journal, 80(946): 447-451, 2004.
3)江指隆年 : 牛乳摂取が便秘に及ぼす影響に関する介入試験. 平成16年度牛乳栄養学術研究会
委託研究会報告書, 151-175, 2005.
39
●
27
牛乳中の共役リノール酸(CLA)とは
どのような脂肪酸で、
ヒトの健康に
影響するのですか?
CLAのがん抑制効果は動物実験では多数示されていますが、
ヒトでの研究では、確かな結果は得らていれません。
CLAは反芻動物のルーメン内の嫌気性菌、Butyrivibrio fibrisolvensのリノール酸イソメラー
ゼによって、
リノール酸が水素添加反応を受けて反応の中間体として生成されることが認められ
ています1)。
ル
牛乳中の平均的なCLA含量は、全脂肪酸の0.
3∼0.
6%と報告されています2)。飼料組成、
ーメンの微生物菌相や季節によっても含量は異なります。
CLAは、
リノール酸と同じく2つの二重結合を持っていますが、二重結合の位置が共役してい
て、
リノール酸のように必須脂肪酸としての機能は持っていません。CLAは多様な生理作用を有
牛
乳
の
栄
養
成
分
しますが、
とくにがん抑制作用、脂質代謝、免疫調節作用、骨代謝への影響、
2型糖尿病予防作
用などが報告されています。
がんの抑制作用については、CLAそのものではないですが、CLAを多く含む牛乳や乳製品の
摂取と乳がん発症リスクについて、
リスク評価が行われました。
表に示すように乳がん発症を抑制する報告、促進する報告、関与しないとの報告はほぼ同数で
した3)。
動物実験では、CLAのがん抑制効果が多数示されてきていますが、
ヒトでの疫学研究ではいま
だ、確かな結果は得られていません。
●表 乳製品の摂取と乳がん発症のリスク
<0.
8*
乳がん発症のリスク
0.
8−1.3
≧1.4**
牛乳および乳製品全般
3/3***
0/3
3/4
牛乳
3/5
0/6
6/7
チーズ
2/2
0/4
4/6
発酵乳
2/2
0/1
0/1
バター
1/2
0/7
4/5
−
0/2
−
アイスクリーム
0/1
0/1
−
乳脂
1/2
0/1
−
摂取乳製品
クリーム
*
乳がん発生のリスクは小さい
** 乳がん発生のリスクは大きい
*** 分母は全報告数、分子は全報告数中の有意差のあるものの数を示す。
40
●
多くの動物実験から、CLAが体脂肪の減少に有効との報告がありますが、
ヒトでの介入研究
のメタアナリシスの結果では健常者、肥満者いずれにおいても有意な体重減少は観察されてい
牛
乳
の
栄
養
成
分
ません4)。
参考資料
1)Kepler CR, et al. : Intermediates and products of the biohydrogenation of linoleic acid by
Butyrinvibrio fibrisolvens. The Journal of Biological Chemistry, 241(6): 1350-1354, 1966.
2)Jahreis G, et al. : The potential anticarcinogenic conjugated linoleic acid, cis-9,trans-11
C18:2, in milk of different species: Cow, goat, ewe, sow, mare, woman. Nutrition
Research, 19(10): 1541-1549, 1999.
3)Knekt P, et al. : Intake of dairy products and breast cancer risk. Advances in Conjugated
Linoleic Acid Research, 1:444-470, 1999.
4)Plourde M, et al. : Conjugated linoleic acids : why the discrepancy between animal and
human studies? Nutrition Reviews, 66(7): 415-421, 2008.
41
●
28
乳脂肪中のトランス脂肪酸は、
硬化油脂中のトランス脂肪酸と同様に
ヒトの健康に有害なのでしょうか?
ミルク由来のトランス脂肪酸は、
心疾患に結びつかないという報告もあり、
現時点では有害かどうかの結論は出ていません。
グリセロールに脂肪酸が3つ結合した中性脂肪をトリグリセリドと称していますが、
この脂肪酸には飽和
脂肪酸と不飽和脂肪酸があります。炭素と炭素が二重結合したものが不飽和脂肪酸で、炭素に結合
する水素の向きで、
シス型とトランス型の2種類に分かれます。
天然の不飽和脂肪酸のほとんどがシス型で存在していますが、水素添加の工程で一部がトランス型
に変化します。
トランス脂肪酸は酸化されにくく、優れた特性を持つ特徴があり、
ショートニングやマーガリ
ンなどに含まれています。その他、精製植物油に2%ほど含まれています。
反芻動物の体脂肪、乳汁中にも約5%含まれています。反芻動物のルーメン内で微生物が作るもの
牛
乳
の
栄
養
成
分
で、バクセン酸のような限られた種類です。バクセン酸は体内で、一部が健康に好ましい影響を持つとさ
れている共役リノール酸(CLA)に転換されます。
トランス脂肪酸には血清コレステロール濃度への悪影響と動脈硬化促進作用があります。
トランス脂
肪酸は悪玉のLDL-コレステロールを増加させ、善玉のHDL-コレステロールを減少させることから、飽和
脂肪酸より悪い作用をします1)。
また、疫学研究から、
がん、糖尿病、肥満、肝機能障害や多価不飽和脂肪酸代謝への干渉などの関
係が報告されています。
そのような背景から、脂肪摂取の高い国々では、
トランス脂肪酸量の表示の義務化が進められていま
す。例えば、米国FDAは「2006年1月1日からトランス脂肪酸の表示の義務化」が開始されています。
WHOは、
トランス脂肪酸の摂取を総エネルギーの1%以下にするように勧告していますが、日本人は平
均0.
7%程度摂取しています。日本は欧米に比較して魚類などからの多価不飽和脂肪酸の摂取が多く、
肉や硬化油脂の摂取が少ないため、平均的な食生活であれば、
トランス脂肪酸の悪影響は心配ないと
考えられますが、若い女性でのトランス脂肪酸摂取量の測定結果では、
ショートニング、
マーガリンなどを多
量に使用した加工食品を常用すると、基準値を超える可能性があると注意が喚起されています2)。
一方、自然界に存在するトランス脂肪酸と水素添加により生成されるトランス脂肪酸との間に生理機
能に差があるか否か、議論されています3)。
ミルク由来のトランス脂肪酸は、心疾患に結びつかないとの報告もありますが、現時点では両方の脂
肪酸で代謝的リスクパラメーターに及ぼす影響に違いがあるかどうか結論は出ていません4)。
参考資料
1)食品安全委員会 :トランス脂肪酸について. ファクトシート, 平成19年6月21日更新.
2)川端輝江, 他 : 食事の実測による若年女性のトランス脂肪酸摂取量. 日本栄養・食糧学会誌, 61(4):
161-168, 2008.
3)Stender S, et al. : Ruminant and industrially produced trans fatty acids - health aspects. Food &
Nutrition Research, 52(Online), 2008.
4)Rianne M, et al. : Intake of ruminant versus industrial trans fatty acids and risk of coronary heart
disease - what is the evidence? European Journal of Lipid Science and Technology, 106(6):
390-397, 2004.
42
●
海
外
事
情
アメリカにおける食育プログラムの現状
子どもを対象とした食育プログラムは農務省が、
1966年から実験的に実施、
75年に、
アメリカ議会で児童栄養法のもとに立法化されています。
学校昼食プログラム、学校朝食プログラム、特別ミルクプログラムがあり、
そ
れらに加えて、
NPOレベルにおいてもI
LS
I
(国際生命科学研究機構)が提案し
た“テイク10プログラム”
(1日10分間、学業の間に食べ物、栄養、人体、運動
などの基本的な事柄を学ぶ)
などの健康教育が幅広く実践され、期待された成
果が出てきています。学校朝食プログラムの家庭の負担は、全額、減額、無料
に3分類されています。学校朝食では1日のエネルギー所要量の25%、及び選
ばれた栄養素を提供するものでなければならないと規定されています。
各種のメニューを提供できますが、
おおむね、
236mLの全乳あるいは無脂肪
乳、果物、
フルーツジュース、パンを中心に、肉類や穀類が提供されるようになっ
てきています。最近ではこのプログラムに参加している学校は約84,
000校、
1,
000万人、農務省の予算は年間約20億ドルです。
これらのプログラムにより、児童の短期的、長期的な栄養状態、健康状態の
改善、適切な食事摂取の習慣付けと合わせて学業成績の改善効果が出てき
ています。学業成績に及ぼす朝食プログラムの厳密な研究が学校単位で実
施され、
プログラム導入前後で、欠席率が改善され、遅刻率も減少、算数のテ
ストでの成績の向上、運動能力や視覚認知能力への効果が報告されていま
す。
特別ミルクプログラムは対象が学童だけではなく、幼稚園、半日の保育園の園
児にまで拡充されていますが、学校朝食プログラムの普及に反比例して、
1980
年以降予算規模は減少し、
2000年では10分の1までに縮小してきています。
現段階で確定的な評価はできませんが、家庭や学校で質の高い朝食を摂って
いる学童のほうが、栄養摂取が良好で、
カルシウム、
ビタミンC、
エネルギー摂取
量が高い傾向にありました。
参考資料
http://www.fns.usda.gov/cnd/Breakfast/Default.htm
43
●
PART.2
牛乳とライフステージ
牛乳はどのライフステージの
食生活にも推奨できる食品です。
離乳期の早すぎる牛乳摂取には注意が必要ですが、
成長期のカルシウム補給、若い女性のダイエット・健
康な肌対策、妊婦・授乳期のカルシウム・栄養補給、
壮年期の生活習慣病予防、更年期の骨粗鬆症予防、
高齢期の低栄養状態の改善など、牛乳は各ライフス
テージで、健康を維持・増進させるためには欠かせない
有効な食品です。
44
●
概論
アレルギーを避けるために、牛乳そのものは生後1年を
過ぎてから与えるのが望ましいとされています。
子育てをする母親にとっての悩みの種は、離乳食へのスムーズな移行です。なかでも食物アレルギー
に対する心配です。乳幼児で食物アレルギーが多いのは牛乳と卵です。乳幼児は消化機能や免疫機
能が未発達なため、牛乳や卵に限らずたんぱく質をたくさん摂取すると、
アレルギーを起こす危険性があ
ります。
したがって牛乳そのものを与えるのは、生後1年を過ぎてからが望ましいとされています。万一ア
レルギーが発症した場合には、
その食品の摂取は中止しなくてはいけません。牛乳アレルギーは多くの
場合、2∼3歳までに寛解するといわれています。
成長期における牛乳によるカルシウム摂取が
将来の骨粗鬆症の予防に大きく貢献します。
飽食の時代にあって、朝食の欠食、
ファーストフード、
スナック食品や清涼飲料の過剰摂取など、青少
年の食生活の乱れが指摘されています。
そこで成長期の健康的なライフスタイルを取り戻すために、
牛乳の役割がクローズアップされています。
牛乳は栄養バランスの良い食品であるだけではなく、牛乳の摂取量が身長の伸びに関係しているとい
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
う疫学データが報告されていますし、体脂肪率を低下させ、肥満を予防する働きもあることがわかってい
ます。
さらに成長期にカルシウムの摂取を怠ると、健康を損なうとともに、数十年後に骨粗鬆症という大きな
ツケを払うことになるかもしれません。骨粗鬆症は、骨の量(骨量)が低下して起こる病気で、老年期の
女性に多く発症しますが男性にもみられます。
骨量が一生のうちで最大になる最大骨量(ピーク・ボーン・マス)に達する年齢は、18歳くらいです。こ
の時期にカルシウムを十分に摂取して、最大骨量を増やしておくことが、将来の骨粗鬆症を予防する上
で一番効果があるとされています。
したがって、骨粗鬆症の予防の面でも牛乳の摂取が勧められます。
牛乳には、女性にとって大きな関心事のダイエットと
肌の健康に対する効果が認められています。
女性にとっては、
ダイエットと肌の健康は大きな関心事です。
食事量を減らすだけなどの無理なダイエットを行うと、必要な栄養素を摂取できなくなり、健康を損ねる
危険性があります。若い女性では、
カルシウムと鉄分の不足が目立ちます。カルシウムの不足は、骨量の
低下を招き、将来、骨粗鬆症の発症リスクを高めることとなります。鉄分不足は貧血だけではなく、免疫
力の主体となる白血球の活動を低下させます。
牛乳はカルシウム含有量が多く栄養バランスに優れている上に、体脂肪を減らす効果が認められてい
ますから、
ダイエットにはぜひ採り入れたい食品です。
また牛乳には、肌の健康を守る働きが認められています。牛乳中のたんぱく質とビタミンA、
ビタミンB
群、
カリウムなどには美肌効果が、
カルシウムには、
ストレスからくる肌荒れ予防効果が、
さらに、乳糖には
便秘を解消する働きが認められ、便秘に伴うお肌の荒れを防ぐ効果が期待できます。
妊娠・授乳期はすべての栄養素を十分に摂取する必要があります。特に、胎児の骨格の材料となる
カルシウムと血液成分となる鉄分の不足は、生まれてくる赤ちゃんの健康状態に大きな影響を与えます。
●
45
しかし、栄養素を十分に摂取するためにエネルギー量を過剰摂取すると、出産後の肥満を招く可能性が
あります。
牛乳は、妊娠・授乳期のカルシウム摂取の目安量を確保できる最も手軽な食品といえます。カルシウ
ムは、妊娠中毒症の予防や妊娠中に多い便秘の解消にも効果があります。さらに牛乳は、体脂肪を減
らす働きがあるため、出産後の肥満の予防にも寄与します。
不規則な食生活、
アルコールの過剰摂取、運動不足、
ストレスなどは、
いずれも生活習慣病のリスク
要因となります。特に壮年期の男性にとって健康管理の基本は、生活習慣病の予防です。なかでも中
年太りといわれるように肥満の解消が重要です。肥満は、糖尿病や高血圧、痛風(高尿酸血症)
、心臓
病などの生活習慣病のリスクを高めることが知られています。
牛乳には、体脂肪率を低下させる働きが認められ、中年太りの予防・解消に役立つことがわかってい
ます。さらに牛乳には、高血圧、糖尿病、痛風(高尿酸血症)
、高脂血症、心臓病、
がんなどの生活習慣
病のリスク要因の進行を抑える働きや、予防効果が数多くの研究で実証されています。
したがって牛乳
は、中高年の食生活に加えたい一品です。
更年期を境に女性の健康管理は難しくなります。女性では更年期以降に生活習慣病の発症率が上
昇します。
その理由は、
更年期まで女性ホルモンのエストロゲンが、
女性としての機能を維持するとともに、
生活習慣病のリスク要因から体を守っているためです。
更年期後、特に気をつけなくてはいけないのが骨粗鬆症です。骨粗鬆症は転倒や骨折を招き、寝た
きりの原因となり、老年期の女性のQOLを著しく損なってしまいます。そのほかに更年期後には高血圧、
高脂血症、糖尿病などの発症の頻度も増加します。
牛乳は骨粗鬆症の予防に必要なカルシウムを豊富に含む食品ですから、更年期を迎えた女性には必
須な食品といえます。さらに牛乳には生活習慣病の予防・進展防止にも効果が認められています。
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
牛乳を習慣的に摂取している高齢者は
長寿だというデータが報告されています。
老年期になると、摂取するエネルギー量は減ってきますが、必要な各栄養成分の目安量は大きくは変
わりません。
したがって慢性的に食事の摂取量が低下すると、低栄養状態に陥る可能性があります。
老年期で低栄養状態が長く続くとうつ病などの原因となり、QOLが低下するだけではなく、老化を早
めるといわれています。特に血清総コレステロール値の低値は、死亡のリスク要因になるといわれていま
す。牛乳は、低エネルギーで良質なたんぱく質やビタミンB群、
カルシウムなどのミネラルがバランスよく含
まれている上、消化・吸収が良いことから、消化・吸収機能が低下している高齢者の食生活に推奨され
る食品です。
牛乳を習慣的に摂取している高齢者は、長命であるという疫学調査のデータが報告されています。さ
らに老年期のカルシウム摂取は、骨量の増加は期待できないものの、骨量の減少を防ぎ、骨粗鬆症の
予防に寄与します。
また、最近の研究で、
アスリートにとって牛乳の良質たんぱく質が、筋肉の消耗抑制、運動後の筋肉
の回復などに効果があることが報告されています。
46
●
29
乳幼児期の牛乳の摂取では、
どんなことに注意すればよいのですか?
乳幼児期には、
多くのカルシウムが必要です。
乳幼児期は、丈夫な歯と骨格をつくる大切な時期です。歯と骨格をつくるカルシウムが不足す
ると、健康な土台が築けません。
1∼2歳児のカルシウム摂取の目安量は、1日当たり男450mg、
女400mgで、体の大きさが違う成人(30∼49歳・男性650mg、女性600mg)
と比較すると、相
対的に多いことがわかります。牛乳・乳製品は、
カルシウムの補給源として重要なだけではなく、栄
養バランスのとれた食品として幅広く摂取されています。
乳幼児期の牛乳そのものの摂取は、
少なくとも生後1年を過ぎてからが望ましいとされています。
一方、牛乳は、カルシウム、リンの含有量が多いため、鉄の腸からの吸収を抑制します。さらに、1
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
歳未満の乳児に与えた場合、消化管出血の起こることが知られています。これは、消化管が未成
熟のためで、これらにより鉄欠乏症になる可能性があります1)。
なお、1歳以降では、消化管が成熟してきますし、離乳食からも、鉄を多く摂取できるようになりま
すので、通常の範囲での牛乳の摂取には問題になるようなことはありません。
また、鉄を強化したフォローアップ・ミルクを使用するのもひとつの方法です。
●図 乳児用調製乳などの切り替え時期の目安
2年
月齢
3年
乳児用調製乳
フォローアップ・ミルク
牛乳
離乳食
離乳初期 離乳中期 離乳後期
離乳完了期
※個人差がありますので、切り替えの時期には幅をもたせてあります。
※母乳だけで育てている場合は、上記のような切り替えは必要ありません。
出典:全国牛乳普及協会、離乳指導のコツ
参考資料
1)母子衛生研究会. 改訂 離乳の基本 理論編, 30, 1998.
47
●
30
成長期の牛乳の摂取量は、
身長の伸びと関係するのですか?
日本および海外の調査で牛乳の摂取量が多いほうが、
身長の伸びが大きいという報告があります。
身長の伸びは、両親からの遺伝が大きな要因といわれています。さらに成長ホルモンなどの内
分泌、性成熟度などと共に、食生活も影響しています。
このうち身長と食生活の関わりについて、成長期の牛乳摂取が体格(身長、体重、肥満度)に
どのような影響を及ぼしているかを追跡調査した結果があります。小学校4年生から中学1年生ま
での3年間、
122名(男子60名、女子62名)
を対象に、牛乳の1日当たりの摂取量が500mL未
満のグループ(A群)
と500mL以上のグループ(B群)に分けて、身長、体重、肥満度を測定して
みました。
牛乳摂取量の違いで2.
5cmも身長差が出ました。
その結果、体重の増加量と肥満度は両群間に有意差は認められませんでしたが、身長はA群
1)
。
で18.
8cm、
B群で21.
3cmと、牛乳摂取量の違いで2.
5cmも差が出ました(図)
そのほかにニュージーランド2)や米国3)でも牛乳摂取量が身長と関係するとの報告があります。
1)
●図 牛乳摂取が体格に与える影響(3年間の変化)
身長
A群
(500mL未満)
18.
8±0.
5
B群
(500mL以上)
21.
3±1.
1
0
5
10
15
20
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
Mann-Whitney
p=0.
042
25(cm)
体重
A群
(500mL未満)
13.
3±0.
5
B群
(500mL以上)
13.
3±0.
8
0
p=0.
8551
5
10
15(kg)
参考資料
1)岡田知雄 : 子どもの生活習慣病の改善と牛乳摂取の効果. 食の科学,(310): 4-8, 2003.
2)Black RE, et al. : Children who avoid drinking cow milk have low dietary calcium intakes
and poor bone health. The American Journal of Clinical Nutrition, 76(3): 675-680, 2002.
3)Wiley AS. : Does milk make children grow? Relationships between milk consumption and
height in NHANES 1999-2002. American Journal of Human Biology, 17(4): 425-441,
2005.
4)Mohammad A, et al. : High dairy calcium intake in pubertal girls: relation to weight gain
and bone mineral status. Journal of Medical Sciences, 6(4): 631-635, 2006.
48
●
31
成長期の牛乳摂取量と
体脂肪率には関係があるのですか?
中高生(女子)の調査では、牛乳の摂取量が多いほど
体脂肪率が低いという結果が報告されています。
肥満とは、
体重に占める脂肪の割合が多いことを指します。体重は体脂肪とそれを除いた筋肉、
骨、内臓の重量のトータルによって構成されます。
したがって体脂肪率を落とすことが減量につな
がります。
男女中高生延べ6,
000人を対象に、
4年間にわたって実施された食事と健康に関する実態調
査によると、牛乳の摂取量が多いと体脂肪率が低下するという結果になりました。牛乳の摂取状
況を、1日当たり①400mL以上、②200∼400mL、③100∼200mL、④100mL未満、⑤ほとんど
飲まない、の5グループに分けて検討しました。男子では差がありませんでしたが、女子では牛乳
摂取量の違いによって体重は変化がなく、体脂肪率は牛乳摂取量の多いグループが低いとの結
果になりました1)。
またダイエット中の女性で試験した結果、低脂肪牛乳を摂取する群の体脂肪の低下が牛乳非
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
摂取群に比べて大きいとの報告もあります2)。さらにアメリカの少女で1日当たり3品目以上の乳
製品を摂取している子どもの方がBMIのZ値注)、体脂肪が低いとの報告もあります3)。
注)Z値:標準偏差を一単位として表されたスコアで、平均値からの偏差を示す。
1)
●図 牛乳の摂取量と体脂肪率(中高生女子)
(%)
30
24.
8
25
体
脂
肪
率
25.
6
25.
4
100mL未満
ほとんど飲まない
24.
1
23.
6
20
0
400mL以上
200∼400mL
100∼200mL
1日平均の牛乳摂取量
参考資料
1)上西一弘, 他 : 牛乳摂取を中心とした中高生の食生活の実態と身体組成. 食の科学,(295):
4-11, 2002.
2)広田孝子, 他 : ダイエット
(減量)中の若年女性において牛乳・乳製品摂取は体脂肪の減少に影響
を与えるか? 平成15年度牛乳栄養学術研究会委託研究報告書, 191-206, 2004.
49
●
3)Fiorito LM, et al. : Girls' dairy intake, energy intake, and weight status. Journal of the
American Dietetic Association, 106(11): 1851-1855, 2006.
32
牛乳には女性の関心が高い
美肌効果があるって本当ですか?
牛乳・乳製品の摂取で皮膚の潤いが改善され、
保湿力が高まり、脂っぽさが減少したと報告されています。
牛乳に含まれているいろいろな栄養素には、女性にとって気になる美肌効果が認められていま
す。
牛乳・ヨーグルト・チーズの摂取と美肌の関係について、
20歳代女性を対象とした調査があり
ます(図)。調査方法は、
4週にわたり牛乳・ヨーグルト・チーズのいずれかを、
1日3回摂取する体
験者群(20名)
と非体験者群(10名)に分けて、
スタート前と4週目に肌の状態を自己評価して
もらいました。その結果、体験者群では、非体験者群に比べて皮膚の潤いが改善され、保湿力が
高まり、脂っぽさが減少したと報告されています1)。
牛乳に含まれているいろいろな栄養素には、
肌を生き生きさせる作用が期待されます。
牛乳中に含まれるビタミンAは、皮膚や粘膜などの表皮細胞を正常に保つ作用があり、
ビタミン
ニキビや
B2はたんぱく質や脂質、糖質の代謝に関係し健康な皮膚や毛髪、爪を作ります。また、
吹き出もの、皮膚炎の防止にも役立ちます2∼4)。
カルシウムの摂取にはストレスからくる肌荒
カルシウム不足はストレス感受性を高めるとされ5)、
れの予防効果が期待されます6)。
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
●図 牛乳・ヨーグルト・チーズの摂取後4週目の肌の自己評価(スタート前との比較)
▲ 1.
50
改
善
00
1.
50
0.
00
変化なし
0.
50
−0.
悪
化
▼ −1.
00
シミ
そばかす
くま
肌のつや
ニキビ
肌のキメ
吹き出もの
眼の下の
たるみ
潤い感
体験者群
脂っぽさ
肌のハリ
非体験者群
出典:
3-A-Dayをはじめよう (株)エフシージー総合研究所 美容科学研究所調べ
50
●
さらに、牛乳の炭水化物成分の乳糖は、
オリゴ糖、食物繊維と同様、腸内の善玉菌の栄養源
となって善玉菌を増やし、同時に悪玉菌を減らして腸内細菌のバランスを改善する働きがありま
す7)。その結果、便秘や宿便によるお肌の荒れも防ぐことができます。
参考資料
1)菅沼薫 : 牛乳・ヨーグルト・チーズとお肌のステキな関係 うるおい美肌に「3-A-Day」
(2). 社団法人
日本酪農乳業協会ホームページ
2)
(http://www.j-milk.jp/white/health_care/8d863s00000359jp.html)
2)厚生労働省ホームページ「栄養機能食品」
2)
(http://www-bm.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/hokenkinou/hyouziseido3.html)
3)香川芳子 : 五訂食品成分表(女子栄養大学出版部), 206-207, 2002.
4)山田和彦, 他 : 健康・栄養食品アドバイザリースタッフ・テキストブック, 13-15, 21-22, 36, 2006.
牛
乳
と
ラ
イ
フ
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テ
ー
ジ
51
●
5)木村美恵子, 他 : ストレスによるカテコールアミン、
セロトニンおよびその代謝物の変化とカルシウム
欠乏の影響. Therapeutic Research, 13(7): 2526-2530, 1992.
6)佐藤育子, 他 : 看護師におけるストレスと肌荒れとの関係. 月刊ナーシング, 26(9): 98-103, 2006.
7)高橋毅 : 乳糖. 乳の科学(朝倉書店), 118-119, 1996.
33
妊娠・授乳期には積極的に牛乳を
摂取したほうがよいのですか?
妊娠・授乳期には十分な栄養、
特にカルシウムと鉄を摂取することが必要です。
妊娠・授乳期には、
すべての栄養素を十分に摂取することが必要です。その中でも特に重要
な栄養素は、胎児の骨格の材料となるカルシウムと血液成分となる鉄分です。胎児は母体から栄
養分を吸収して成長しますから、母体から十分な栄養分が供給できないと、生まれてくる赤ちゃん
の発育にも悪い影響が出てきます。
妊娠中は母体から胎児へ約30gのカルシウムが移行し、
授乳期では母乳を通して1日約220mgのカルシウムが喪失します。
妊娠・授乳期は母体のカルシウムが激しく流出する時期です。妊娠中は母体から胎児へ約30g
のカルシウムが移行し1)、授乳期では母乳を通して1日約220mgのカルシウムが喪失します2)。
平成16年11月に厚生労働省から発表された日本人の食事摂取基準では、妊娠・授乳期のカ
ルシウム摂取の付加量は設定されていませんが、十分なカルシウムの摂取が必要なことは変わり
ません。女性が主に妊娠、出産する年齢層におけるカルシウム摂取の目安量は、
20歳代で1日
700mg、
30歳代で600mgですが、実際の摂取量(平成16年度)
は20歳代で432mg、
30歳代
で455mgと極端に不足していることがわかります3)。
妊娠・授乳期におけるカルシウム摂取の目安量を手軽に毎日摂れる食品として、牛乳・乳製
品は最適といえます。
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
英国では女性の摂取必要量の策定に当たって、授乳中の付加量を策定していますが、北米で
は妊娠・授乳による付加を推奨していません。これは、
カルシウムを多く補給しても授乳に伴う骨
喪失の予防に役立たないこと、
また、骨喪失は離乳と共に快復することによります4)。
参考資料
1)山本珠生, 他 : 妊婦と骨代謝疾患. 周産期医学, 36(11): 1355-1359, 2006.
2)福岡秀興, 他 : 妊娠期と授乳期の骨代謝−CaとビタミンDの意義−. 周産期医学 , 36(11):
1349-1354, 2006.
3)厚生労働省 : 第4部 「健康日本21」中間評価関連表 栄養素等摂取量(1日当たり平均)
(女
性)−性・年齢階級別−. 平成16年度国民健康・栄養調査報告(厚生労働省ホームページ), 表33, 2006.
3)
(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/05/h0508-1a.html)
4)Kalkwarf HJ, et al.: The effect of calcium supplementation on bone density during lactation
and after weaning. The New England Journal of Medicine, 337(8): 523-528, 1997.
5)太田博明 : 妊娠・産褥期における骨・カルシウム代謝と骨量の変化. Clinical Calcium, 10(12):
1601-1605, 2000.
6)米山京子, 他 : 妊娠中の母体の骨密度変化および骨密度と胎児発育との関係. 日本公衆衛生雑
誌, 47(8): 661-669, 2000.
52
●
34
壮年期の牛乳摂取は
生活習慣病の予防になるのですか?
多くの研究データで、牛乳には様々な生活習慣病を
予防する働きが認められています。
中高年は生活習慣病予備軍といわれるように、
この世代の健康管理のポイントは生活習慣病
の予防です。生活習慣病の発症は、遺伝的な要因もありますが、文字通り食生活を含む生活習
慣が大きな要因となっています。
中高年に多くみられる肥満は、糖尿病、高血圧、高脂血症、胆石症、痛風などの生活習慣病の
リスクとなります。生活習慣病はコントロールしないで放置しておくと、日本人の死亡原因の上位
を占める心疾患(心筋梗塞)
、脳卒中などの致命的な病気に発展する危険性があります。肥満
をはじめ生活習慣病のリスクファクターを持っている中高年は、
そのリスクファクターを減らすため
の第一歩として、食生活の改善に取り組むことが大切です。
牛乳は中高年の食生活の改善にはぜひ加えたい一品です。
牛
乳
と
ラ
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フ
ス
テ
ー
ジ
牛乳には様々な生活習慣病を予防する働きが認められています。体脂肪を低下させることによ
る肥満予防、血清総コレステロール値を上昇させないことによる高脂血症の予防、痛風の予防、
高血圧の予防、食後の血糖値を上昇させないことによる糖尿病の予防など、多くのデータが示さ
れています。
●図 肥満と生活習慣病の危険度
6
5
正
常
値
を 4
1
と
し
た 3
と
き
の
危
険 2
度
1
0
糖尿病
高血圧
胆石症
痛風
心臓病
関節炎
不妊症
出典:井上修二「そのやりかたではやせられません」
(ごま書房)
53
●
さらに、
がんについても、胃がん、大腸がん、乳がんなどの発生が抑制されるというデータも示さ
れています。牛乳は女性に多い骨粗鬆症を予防するカルシウムを多く含むだけではなく、栄養バ
ランスのとれた食品です。中高年の食生活の改善にはぜひ加えたい一品です。
参考資料
1)上西一弘 : 牛乳・乳製品の摂取と生活習慣病−3-A-Dayを指標として−. Milk Science, 55(4):
277-286, 2007.
2)Eva-Elisa Ávarez-León, et al. : Dairy products and health: a review of the epidemiological
evidence. British Journal of Nutrition, 96(Supplement S1): S94-S99, 2006.
3)Elwood PC, et al. : Milk and dairy consumption, diabetes and the metabolic syndrome: the
Caerphilly prospective study. Journal of Epidemiology Community Health, 61(8): 695698, 2007.
4)Azadbakht L, et al. : Dairy consumption is inversely associated with the prevalence of the
metabolic syndrome in Tehranian adults. The American Journal of Clinical Nutrition,
82(3): 523-530, 2005.
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
54
●
35
更年期の女性にとって牛乳摂取には
どんな効果が期待できるのですか?
牛乳は、更年期以後に発症リスクが高まる
骨粗鬆症の予防に推奨される食品です。
更年期(一般的に閉経前後の各5年間、計10年間)に起こる更年期障害は、卵巣の働きが
低下し、ホルモンバランスが崩れることが原因です。思春期以後ずっと体をコントロールしていた
女性ホルモンの分泌が、
40歳代後半から50歳代の更年期に急激に低下します。
女性ホルモンのエストロゲンには、骨からカルシウムが溶出するのを防ぐ働きがありますが、更年
期を迎え、
そのエストロゲンが激減するため、骨量が減り骨粗鬆症の発症の危険率が格段に高
まります。閉経前の骨量を100%とすると、
50歳代では17.
7%減少し、
60歳代では25.
6%、
70歳
1)
。女性は男性に比べて、
もともと骨量が少ないため、骨粗鬆症
代では30.
4%も減少します(図)
になる危険性が高いわけです。
牛乳や乳製品の摂取は閉経期以降の骨密度低下を抑制します。
牛
乳
と
ラ
イ
フ
ス
テ
ー
ジ
50∼69歳の女性のカルシウム摂取目安量は1日当たり700mgですが、
2006年に出された
「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン」では、骨粗鬆症や骨折の予防のために、
さらに多い1日
800mgの摂取が勧められています。特に、若い女性では、
カルシウム摂取量が多いと骨密度が
上昇する傾向がはっきりしていますが、残念なことに、閉経後はその効果が薄いようです。ですか
●図 閉経前後の腰椎骨密度の推移1)
(%)
100
100
90
第
2
∼
4
腰
椎
骨
密
度
92
84
80
79
76
70
72
60
0
55
●
閉経前
月経不順
閉経後
0∼5年
6∼10年
11∼15年
16∼20年
ら、女性においては若年期に十分なカルシウムを摂取して骨密度を高くし、閉経期以降の急速な
骨密度の低下を予防することが重要なのです2)。牛乳や乳製品は吸収率の高いカルシウムが豊
富に含まれているので、牛乳・乳製品の摂取は、若年期の高い骨密度の獲得に寄与し、閉経期
においても、
その後の骨密度低下を抑制するとの報告があります 3)。更年期の女性にとって牛
乳・乳製品の摂取は、減少した骨量の回復を期待することはできませんが、骨量の減少を抑制す
ることで骨粗鬆症の予防に役立つでしょう。
参考資料
1)井上哲郎, 他 : 骨粗鬆症のなりたち. Clinical Calcium, 2(1): 16-20, 1992.
2)骨粗鬆症の予防と治療のガイドライン作成委員会 : Ⅳ 骨粗鬆症の予防. 骨粗鬆症の予防と治療
ガイドライン2006年版(ライフサイエンス出版), 37-46, 2007.
3)伊木雅之 : 総括研究報告書. 骨粗鬆症検診の有効性に関する研究(厚生労働科学研究費補助
金), 平成14年度:2-16, 2003.
牛
乳
と
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テ
ー
ジ
56
●
36
高齢期の牛乳摂取には
どんな効果が期待できるのですか?
牛乳を摂取することで高齢者の低栄養状態が改善され、
QOLが向上し、寿命が伸びるというデータが
報告されています。
かつて粗食は長生きの秘訣だといわれてきました。
しかし、高齢者にとって低栄養状態を続ける
ことは、老化を促進させ余命を縮める原因となり、QOLの低下を招きます。東京都老人総合研究
所の疫学調査によると、東京都で最も長寿命地域である小金井市の70歳以上の男性195名、
女性225名を対象とした試験で、
10年間追跡調査した結果、牛乳を毎日飲むグループは、
そうで
ないグループに比べて、追跡5年目以降の男性では生存率が有意に高く、女性についても追跡
1)
6年目以降で生存率が高い傾向にあったと報告されています(図)
。
牛乳の摂取はメタボリック・シンドロームの予防や
高齢期の栄養状態の改善に役立ちます。
牛
乳
と
ラ
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フ
ス
テ
ー
ジ
また、寝たきりの高齢者に多い床ずれの発症には、
たんぱく質、
エネルギーなどの低栄養状態
が関与しています。手軽に良質のたんぱく質を摂ることのできる食品のひとつとして、牛乳は床ず
れ予防にも役立つと思われます。
さらに、
アメリカでは中年以降の女性を対象とした試験で、乳製品の摂取とメタボリック・シンド
ロームとの間に負の相関がみられたという報告もあり2)、乳製品の摂取がメタボリック・シンドロー
ムの予防や、高齢期の健康につながるものと期待されます。
●図 70歳時の牛乳飲用習慣別10年間の生存率1)
(%)
100
90
生
存 80
率
70
60
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10(年後)
女性:毎日飲む
男性:毎日飲む
女性:ときどき飲む、
または飲まない
男性:ときどき飲む、
または飲まない
注:毎日牛乳を飲むグループの生存率は高かった。つまり長生きであった。毎日飲む男性と飲まない女性の生存率は等しい。
70歳で男性の46.
2%、女性の35.
5%が毎日飲んでいた。
57
●
老人保健施設で、通常の食事に牛乳200mLあるいは麦茶、
またはジュース200mLを摂取した
場合の高齢者に対する健康増進効果を調査した結果では、牛乳の継続飲用により栄養状態、
皮膚の新陳代謝、および腸内環境に関する改善傾向が認められ、
むくみの改善が観察されまし
た3)。
高齢者では推定エネルギー必要量は少なくなりますが、各々の栄養成分の推奨量、目安量は
大きく変わりません。より少ないエネルギー量で効率良く必要な栄養素を摂取するには、牛乳は最
適な食品といえます。また、高齢者では骨粗鬆症が増えてくるため、
カルシウムの補給源としても
牛乳の摂取は有効です4)。
参考資料
1)須山靖男 : 8.食品摂取状況−10年間の生命予後への影響と食品摂取状況の変化−. 「老化の
社会医学的背景」報告書 小金井市70歳老人の総合健康調査−第2報・10年間の追跡調査−
1982-1986年度, 63-69.
2)Liu S, et al. : A prospective study of dairy intake and the risk of type 2 diabetes in women.
Diabetes Care, 29(7): 1579-1584, 2006.
3)大室弘美, 他 :「健康寿命」の延長と食生活−皮膚の変化等を指標とした牛乳の高齢者に対する
健康増進作用の検討−. 平成19年度牛乳栄養学術研究会委託研究報告書, 91-120, 2008.
4)柴田博 : 地域高齢者の牛乳、乳製品摂取の血清アルブミン値への影響−4年間食生活改善の啓
発を受けた地域高齢者の縦断的観察−
牛
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58
●
37
アスリートにとって牛乳摂取は
どんなメリットがあるのですか?
牛乳には、運動中の筋肉の消耗抑制や運動後の筋疲労
の軽減、脳の疲労を抑制する働き1)のある分岐鎖アミ
ノ酸が豊富に含まれています。
アスリートにとって筋肉づくりは非常に重要な課題です。その筋肉づくりに必要な栄養素はた
んぱく質で、最近、分岐鎖アミノ酸が注目されています。分岐鎖アミノ酸は食事中のたんぱく質に
含まれる必須アミノ酸の約50%、筋たんぱく質の約35%を占めています2)。分岐鎖アミノ酸の生
理作用には、運動中の筋肉の消耗抑制3)、運動後の筋疲労の軽減4)などの働きがあるといわれ
ています。牛乳のたんぱく質に含まれる分岐鎖アミノ酸量は21.
4%で、大豆の18.
5%、豚肉の
18.
3%に比べて多く5)、激しい運動をするアスリートにとって、牛乳は有利なたんぱく質補給源と
いえます。
牛乳介入群では骨密度、骨量、筋量が増加し、
疲労度の減少も観察されました6)。
牛
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ジ
また、日本人のアメリカンフットボール選手(平均26.
9歳)
38名を対象に、
16週間にわたり牛乳
介入群(栄養指導介入を行い、牛乳を1日500mL、
さらに週3回のトレーニング直後に500mL上
乗せ摂取した)
と牛乳介入を行わなかった群(牛乳摂取量は平均1日117mL)に分けて比較検
討しました。その結果、牛乳介入を行わなかった群では、骨密度および骨量、
トレーニング後の疲
●図 トレーニング直後における自覚疲労度の推移6)
10
自
覚
症
状
調
べ
疲
労
度
ス
コ
ア
8
6
4
2
0
0週
8週
16週
0週
牛乳介入を行わなかった群
眠 気 、だ るさ などの
全身自覚症状
59
●
注意集中の困難や焦燥感や精神
的へばりなどの精神症候群
8週
16週
牛乳介入群
自律神経調節異常や不安などに
関連した局所的特殊症候群
労度の変化は観察されませんでしたが、体脂肪量の増加と筋量の減少が認められ、一方、牛乳
介入群では体脂肪量の増加は認められず、骨密度、骨量(体幹部)
、筋量(体幹部)が有意に増
加しました。またトレーニング直後の疲労度は、牛乳介入群では8週、
16週と経時的な低下が観
察されました(図)。
最近のアスリートは、大量のサプリメントに依存する傾向がみられ、
サプリメントの過剰摂取によ
る健康障害を危惧する声もあります。その点、激しいスポーツをするアスリートにとって牛乳は、良
質なたんぱく質と豊富なカルシウムを安心して補給できる食品といえます。
参考資料
1)Blomstrand E, et al. : Influence of ingesting a solution of branched-chain amino acids on
perceived exertion during exercise. Acta Physiologica Scandinavica, 159(1): 41-49, 1997.
2)Harper AE, et al. : Branched-chain amino acid metabolism. Annual Review of Nutrition, 4 :
409-454, 1984.
3)MacLean DA, et al. : Branched-chain amino acids augment ammonia metabolism while
attenuating protein breakdown during exercise. The American Journal of Physiology, 267
(6 Pt 1): E1010-E1022, 1994.
4)Shimomura Y, et al. : Nutraceutical effects of branched-chain amino acids on skeletal
muscle. The Journal of Nutrition, 136(2): 529S-532S, 2006.
牛
乳
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イ
フ
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テ
ー
ジ
5)香川芳子 : 五訂食品成分表(女子栄養大学出版部), 278-279, 288-289, 2002.
6)広田孝子, 他 : 社会人アメリカンフットボール選手において練習直後の牛乳摂取を伴った栄養指導
は疲労回復や競技力向上に有効であろうか. 平成13年度牛乳栄養学術研究会委託研究報告書,
199-211, 2002.
60
●
38
牛乳は1日のうち、
いつ飲むのが健康に効果的なのですか?
牛乳はいつ飲んでもかまいません。
目的に応じてお好きな時間にお飲みください。
牛乳はいつ飲んでもかまいません。
①運動前後の飲用
牛乳中に多く含まれる分岐鎖アミノ酸は、運動中の筋肉の消耗抑制1)、運動後の筋疲労の軽
減2)などの働きがあるといわれ、特に激しい運動をするアスリートにとって、牛乳は有利なたんぱ
く質補給源となります。
②夜の飲用
睡眠中は成長ホルモンの分泌が活発になるので、牛乳中のたんぱく質やカルシウムが骨や骨
格を形成するのに役立ちます。特に成長期には効果的です。
③就寝前の飲用
就寝前の飲用は睡眠の質を向上させるというデータがあります3)。
牛
乳
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ラ
イ
フ
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テ
ー
ジ
就寝前の牛乳飲用には、睡眠の質を向上させるという
研究データが報告されています3)。
鏡森が、就寝前の牛乳、
およびアルコール飲用の睡眠の質への影響について研究したデータ
があります。それによると、睡眠の質の自覚的総合判定であるスタンフォード睡眠スコア(睡眠の
質が最低の場合7点となり、値が低いほど睡眠の質が高い)
では、牛乳200mL飲用が熟睡に相
当する2点台のスコアを示しています(表)。同様にアルコール+牛乳飲用も2.
5点と近い数値を
示しました。また別の睡眠指標による考察でも、牛乳は睡眠の質を向上させました。
●表 各種飲用物別にみたスタンフォード睡眠スコア3)
61
●
*:p<0.
05
対照
牛乳
アルコール+牛乳
アルコール
アルコール+水
スタンフォード睡眠スコアの平均値
3.
1
2.
2*
2.
5*
3.
6
3.
3
標準偏差
0.
8
0.
8
0.
8
1.
0
1.
2
このほかに、
カルシウムは神経の興奮性を低下させ安定化させる作用を担っています。ストレス
からくるイライラや不安、緊張などは自律神経が交感神経優位のときに起こりがちです4)。こんな
とき温めた牛乳が、適度に空腹感を満たし気分をリラックスさせて、安眠へ導いてくれるでしょう。
参考資料
1)MacLean DA, et al. : Branched-chain amino acids augment ammonia metabolism while
attenuating protein breakdown during exercise. The American Journal of Physiology, 267
(6 Pt 1): E1010-E1022, 1994.
2)Shimomura Y, et al. : Nutraceutical effects of branched-chain amino acids on skeletal
muscle. The Journal of Nutrition, 136(2): 529S-532S, 2006.
3)鏡森定信 : ホットミルク・ミルクカクテル飲用の睡眠の質への作用に関する実験的研究. 平成14年
度牛乳栄養学術研究会委託研究報告書, 107-123, 2003.
4)横越英彦, 他 : 脳機能と栄養(幸書房), 130-149,208-218, 2004.
牛
乳
と
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62
●
牛
Q
A
乳
の
安
全
性
牛乳には農薬や抗生物質が
残っている心配はありませんか?
農薬が残留していることはありませんし、
搾乳される牛に対して抗生物質、
成長ホルモンの投与は禁止されています。
農薬には、国で決めた使用基準と残留基準があります。輸入される飼料は、
厳しい検査をパスした国の基準に合ったものしか乳牛には与えられていません。
国内では平成18年から食品に残留する農薬等へのポジティブリスト制度が導
入され、以前にも増して安全な生乳が供給されるようになっています。万一、農
薬の残留の疑いがある場合には、生乳等の段階での検査でチェックされますか
ら、製品に含まれる危険性はありません。
乳等省令で薬剤の使用等については
厳しく規制されています。
抗生物質については、飼料への添加は禁止されています。抗生物質の使用
が認められているのは、乳房炎、肺炎、外傷などの治療時に限られています。そ
の場合も、乳等省令で「乳に影響のある薬剤を服用させ、
または注射した後、
その薬剤が乳に残留している期間中のものは、搾乳してはならない」と規定さ
れています。さらに、検査は酪農家から出荷されるときと工場で受け入れるとき
に毎回実施されています。特に抗生物質のチェックは厳しく、
もし抗生物質が
検出された場合には、集められた牛乳は廃棄処分されます。
なお、
わが国では成長ホルモンの投与は禁止されていますから、牛乳に成長
ホルモンが含まれることはありません。
●図 食品に残留する農薬等へのポジティブリスト制度の導入
【現行の規制】
(平成17.
11現在)
【ポジティブリスト制度】 平成18.
5.
29施行
農薬、飼料添加物及び動物用医薬品
食品の成分に係る規格(残留
基準)が定められているもの
250農薬、
33動物用医薬品
等に残留基準を設定
残留基準を超えて農薬等が
残留する食品の販売等を禁止
食品の成分に係る規格(残
留基準 )が定められてい
ないもの
農薬等が残留していて
も原則販売禁止等の規
制はない。
(食品衛生法第11条第3項関係)
農薬、飼料添加物及び動物用医薬品
食品の成分に係る規格(残留
基準)が定められているもの
799農薬等
ポジティブリスト制度の施行ま
でに、現行法第11条第1項に基
づき、
農薬取締法に基づく基準、
国際基準、欧米の基準等を踏
まえた基準を暫定的に設定
+
農薬取締法に基づく登録等と
同時に残留基準設定など残留
基準設定の促進
食品の成分に係
る規格(残留基
準 )が定められ
ていないもの
人の健康を損な
うお そ れ の な い
量 とし て 厚 生 労
働大臣が一定量
を告示
厚生労働大臣
が指定する物質
人の健康を損な
うお そ れ の な い
ことが明らかであ
るものを告示
65物質
ポジティブリスト
制度の対象外
一定量(0.01ppm)を超えて農薬等
が残留する食品の販売等を禁止
残留基準を超えて農薬等が残留
する食品の販売等を禁止
出典:厚生労働省ホームページより
●
63
PART.3
牛乳と生活習慣病
牛乳には生活習慣病を予防する
働きのあることが認められています。
栄養成分が豊富な牛乳の摂取は栄養過剰になり、生
活習慣病のリスク要因になるという誤解が一部にあり
ます。
しかし各種の研究データでは、牛乳はがん、高血
圧、高脂血症、糖尿病などのリスク要因にならないば
かりか、
そのリスクをコントロールしたり、低減させる働
きが認められており、生活習慣病の予防に貢献してい
ると考えられます。
64
●
概論
「過ぎたるはなお、及ばざるがごとし」といわれるように、牛乳が栄養バランスに優れた食品だからとい
って、毎日牛乳だけといった極端に偏った食生活を続けていると、生活習慣病を招きかねません。これは
牛乳にかぎらず、
どの食品についてもいえることです。
牛乳だけを摂取して健康を損ね、「牛乳は体に良くない」といった主張は、栄養学の基本を無視した考
えといえるでしょう。
生活習慣病の予防の基本は、食生活の改善です。平成12年に策定された国の食生活指針に示さ
れているように、「主食、主菜、副菜を基本に食事のバランスを考え」
、
「野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、
魚などを組み合わせて摂る」ことが、健康を増進、QOLを向上させるための必須条件です。1日30品目
の食品を摂るという食生活の基本を守り、
その中に牛乳を上手に取り入れることが大切です。
牛乳のカルシウムには、生活習慣病の第一歩である
肥満を予防する働きが認められています。
肥満は中高年だけでなく、若者、子どもにまで幅広い年齢層に広がっています。肥満は万病の元とい
われるように、
さまざまな生活習慣病の引き金になります。
したがって肥満の解消は、生活習慣病予防の
第一歩といえます。
米国の疫学調査で、摂取カロリーを一定量に制限した条件下で、牛乳・乳製品に含まれるカルシウム
には、体脂肪率や体重を下げる働きがあることが明らかになっています。
糖尿病は、血液中の糖(血糖)の濃度が慢性的に高くなる病気です。糖尿病は、予備軍も含めると
1,620万人もいるといわれています。糖尿病は、初期の段階では自覚症状がないため、半数以上の罹患
者が治療を受けていません。糖尿病は放置しておくと、網膜症、腎症、神経障害などの合併症を引き起
こします。さらに動脈硬化を進展させ、心筋梗塞や脳梗塞などの発症のリスク要因となります。
糖尿病には、
インスリンを分泌する膵臓のβ細胞が破壊されてインスリンが欠乏する1型糖尿病と、肥
満などでインスリンは分泌されていてもその働きが不足して発症する2型糖尿病があります。日本人では
2型糖尿病が大多数を占めています。
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
2型糖尿病では、
インスリンが分泌されてもその作用が十分でないインスリン抵抗性症候群という病
態がありますが、牛乳・乳製品の摂取によって、
インスリン抵抗性が改善されるという報告が出されてい
ます。
また、最近GI(グリセミック・インデックス)
という新しい栄養指導の指標が導入され、糖尿病の食事指
導にも採用されています。GIは食後の血糖値の変化を示す指標で、糖尿病では、食後の血糖値の上昇
を抑えることが、糖尿病の悪化を防ぐカギとなっています。牛乳はこのGIが低く、肥満や糖尿病の予防・
改善につながる食品として期待されています。
なお、牛乳が1型糖尿病の発症と関係があるという主張が一部にありますが、
その関係は証明されて
いません。
日本人に多い高血圧、高脂血症のコントロールにも
牛乳の効用が認められています。
日本人の高脂血症は約2,000万人といわれています。高脂血症も自覚症状がないため、未治療の
65
●
患者さんが少なくありません。最近では、高脂血症は中高年だけではなく、子どもや若者にも増加してい
ますが、油脂に加えて糖質の多い清涼飲料やアルコールの過剰摂取などが大きな原因となっています。
高脂血症には、血清総コレステロール値が高い高コレステロール血症、中性脂肪が多い高トリグリセ
リド血症、悪玉コレステロールといわれるLDLコレステロール値が高い高LDLコレステロール血症があり
ます。
高脂血症は肥満、糖尿病、高血圧を合併すると動脈硬化を促進し、心筋梗塞を招く「死の四重奏」
となります。
牛乳には脂質が含まれるため、
その摂取はコレステロール値を上昇させるように思われますが、
いくつ
かの調査によると1日600mL程度までは、血清総コレステロール値を上昇させないことがわかっていま
す。
日本には高血圧の人が3,000万人もいるといわれています。高血圧の85∼90%を占めるのが本態
性高血圧で、加齢とともに患者数が増えてきます。本態性高血圧の発症には、遺伝的素因と環境要因
が影響しています。環境要因には、肥満、塩分の過剰摂取のほか、運動不足、喫煙、
ストレスなどが挙げ
られます。
牛乳に含まれているカルシウムが、
高血圧を予防することが疫学調査で明らかになっています。ただし、
そのメカニズムは解明されていません。
また糖尿病、高脂血症、高血圧などによって動脈硬化が進み、心疾患(心筋梗塞・狭心症)
を発症し
ますが、牛乳・乳製品の摂取は、心疾患のリスク要因にはならないことが、欧米の疫学調査で明らかに
なっています。
牛乳には、がんの発生率を低下させるという
データが出されています。
日本人の死亡原因で最も多いのががんで、全死亡数の約3分の1を占めています。がんの原因とな
るものは、喫煙、食事、放射線、紫外線、環境汚染、食品添加物、
ウイルスなどで、
いずれもわれわれの身
の周りにあるものです。
したがって、
がんを予防するためには、
これらの要因を避けることと、
がんに対する
免疫力、抵抗力を強くすることです。この免疫力、抵抗力は、生活習慣、特に食生活と深く関わっていま
す。
最近日本人に増えている大腸がんや乳がんは、動物性脂肪の過剰摂取が、胃がんは塩分の過剰摂
取が関与していると指摘されています。
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
牛乳とがんの関係ですが、疫学調査によると牛乳の摂取により、胃がんや大腸がん、乳がんの発生
率が低下するというデータが出ています。また、牛乳の三次機能の研究で、動物実験段階ではあります
が、免疫力、抵抗力を高める働きがあることが認められています。
寝たきりの原因となる骨粗鬆症の予防には
牛乳は欠かせない食品です。
高齢化社会のなかで介護が必要となる原因として、脳血管疾患に次いで多いのが、転倒・骨折です。
転倒・骨折は骨粗鬆症が背景要因となっているケースが大半です。骨粗鬆症は閉経後の女性に急増
66
●
する病気で、日本では約1,000万人の患者さんがいるといわれています。
骨粗鬆症の予防にはカルシウムの摂取が重要であることはよく知られています。牛乳はそのカルシウ
ムの補給源として最適な食品です。牛乳の積極的な摂取により、骨折率も低下するというデータが報
告されています。
このほか、関節に激痛の発作を起こす痛風(高尿酸血症)についても、牛乳の摂取により、
その発症
リスクが低下するという疫学調査が報告されています。
歯の健康に牛乳・乳製品の摂取は大切です。
長寿社会で長く食生活を楽しむには歯の健康が欠かせません。虫歯と共に歯を失う歯周病は40歳前
後から発症し50歳代には国民の50%以上が罹患する生活習慣病のひとつです。歯周病は口腔内細
菌による感染症です。細菌の住処である歯垢や歯石を蓄積しないように、生活習慣としての喫煙、過度
のストレス、栄養バランスの乱れ、
などの是正が歯周病予防に重要です。歯周病と全身性疾患(特に呼
吸器系疾患、心疾患、糖尿病)や妊娠などとの関連に関する報告が多数発表されてきています。中でも
糖尿病は歯周病を悪化させる大きな原因のひとつです。
牛乳には歯に対する抗う蝕(虫歯)性のあることが、動物とヒトについて認められています。この効果
はカゼインホスホペプチドによるものだと考えられています。歯周病の発症と乳製品の摂取量との間に
は逆の相関関係のあることが、米国と日本における観察疫学研究によって認められています。
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
67
●
39
牛乳・乳製品の摂取が体重減少に
効果があるって本当ですか?
牛乳・乳製品の摂取により、体重、体脂肪率が低下する
という試験データが米国で報告されています。
カルシウムがウエイトコントロールに関わっているという研究報告が、米国から相次いで出され
ています。米テネシー大学のゼメル教授のグループが、
カルシウムの摂取量とダイエットについて
の研究を発表しています。
68名を対象に12週間、
1日当たりカロリーを500kcalに減らした上で、
1日当たりカルシウム600mg摂取群(LC群)
、
カルシウム1,400mg摂取群(HC群)
(牛乳・乳製
品以外から摂取)
、
カルシウム1,400mg摂取群(HD群)
(牛乳・乳製品で1日3回摂取)の3群に
分けてダイエット療法を実施しました1)。
牛乳・乳製品を十分に摂取しながらダイエットを行うと、
脂肪分を減少させる健康的なダイエットができます。
その結果、牛乳・乳製品を十分に摂取したHD群は、他の2群と比べて、体重の減少、体脂肪
分の減少が大きいことが認められました。さらに興味深いことは、
HD群は脂肪以外の重量が増え
ていることです。牛乳・乳製品を十分に摂取しながらダイエットを行うと、脂肪分を減少させる健康
的なダイエットができるということです(図)。
また米パデュー大学の研究では、若い女性を対象に2年間、
カルシウム摂取量が1日780mgの
グループと、
780mg未満のグループに分けて比較すると、前者は体脂肪率が低下、
または維持
されましたが、後者は体脂肪率が上昇していました。
●図 カルシウムの摂取量、摂取方法とダイエット効果4)
体重の変化(kg)
脂肪の変化(kg)
脂肪以外の体重の変化(kg)
0
0
4
−1
−1
3
−2
−2
2
−3
−3
−4
−4
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
1
−5
LC群
HC群
HD群
−5
LC群
HC群
HD群
0
LC群
HC群
HD群
68
●
カルシウムが欠乏すると増加する1,
25-ジヒドロキシビタミンD3が脂肪細胞を刺激して、脂肪分
解が抑制され、脂肪蓄積が増加します。一方、
カルシウムが増加すると、逆の作用が働き、減量が
促進されるものと考えられます。
しかしながら、
その後のランダム化ヒト試験(主としてカルシウムの補給源が乳製品の国)
では、
子ども、成人、高齢者と対象別の研究では必ずしも、体重、体脂肪低下のデータは得られていませ
ん。一方、日本での観察研究においては、牛乳の摂取は体重、体脂肪率の減少をもたらす効果
が報告されています。
参考資料
1)Shahar DR, et al. : Does dairy calcium intake enhance weight loss among overweight
diabetic patients? Diabetes Care, 30(3): 485-489, 2007.
2)Teegarden D. : The influence of dairy product consumption on body composition. The
Journal of Nutrition, 135(12): 2749-2752, 2005.
3)Rosell M, et al. : Association between dairy food consumption and weight change over 9 y
in 19,352 perimenopausal women. The American Journal of Clinical Nutrition, 84(6):
1481-1488, 2006.
4)Zemel MB. : Role of calcium and dairy products in energy partitioning and weight
management. The American Journal of Clinical Nutrition, 79(5): 907S-912S, 2004.
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
69
●
40
インスリン抵抗性症候群ってなんですか?
牛乳・乳製品とはどんな関係があるのですか?
牛乳・乳製品の摂取によって、インスリン抵抗性が
改善されるという報告が出されています。
膵臓から分泌されるインスリンは、筋肉や脂肪細胞などの細胞に働きかけ、細胞内に糖を取り
込ませることで、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)
を低下させます。
しかしインスリンが分泌されて
も、
その働きが悪くなってスムーズに糖を細胞内に取り込めなくなり、血糖値が下がらない現象が
起こります。この状態をインスリン抵抗性症候群といいます。
インスリン抵抗性症候群を放置しておくと、糖尿病を
発症するだけではなく、高血圧、高脂血症とも深く関与します。
インスリン抵抗性症候群を放置しておくと、糖尿病を発症するだけではなく、高血圧、高脂血症
とも深く関与するといわれています。最近では、肥満やインスリン抵抗性症候群と関連して糖尿
病、高血圧、高脂血症を合併して発症する状態を、「メタボリック・シンドローム」と呼び、心筋梗塞、
脳梗塞のハイリスク群として捉えられています。
ボストンのPereiraらが、牛乳・乳製品の摂取頻度とインスリン抵抗性症候群の関係について、
18∼30歳の若年成人3,
157人を対象に調査しました。その結果、肥満(BMI≧25)症例では、
乳製品を1日5回以上摂取するグループは、1日1.
4回以下しか摂取しないグループに比べて、
イ
ンスリン抵抗性症候群の発症率(調整オッズ比)が71%低かったと報告しています(図)。
●図 肥満(BMI≧25)症例の乳製品の摂取頻度とインスリン抵抗性症候群の発症頻度1)
1日0∼1.
4回摂取のグループの発症頻度を100とした
p<0.
01
乳
製
品
の
1
日
当
た
り
の
摂
取
回
数
5回以上
(n=116)
29
3.
4∼5回
(n=161)
41
2.
3∼3.
4回
(n=212)
58
1.
4∼2.
3回
(n=201)
115
0∼1.
4回
(n=219)
0
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
100
20
40
60
80
100
120
70
●
さらに詳しく解析すると、1日の牛乳・乳製品の消費回数が1回増えるごとに、
インスリン抵抗性
症候群の発症率は21%低下しました。
このメカニズムについてはいまだ解明されていませんが、牛乳・乳製品を積極的に摂取すると、
インスリン抵抗性症候群になりにくく、糖尿病の発症を予防することが期待できます。
過剰な動物性たんぱく質(53g/日)
を牛乳、
あるいは肉製品の形態で8歳齢の男児に7日間
摂取させた場合、
インスリン分泌の増加とインスリン抵抗性の亢進を認めていますが、長期間の
影響については、
さらなる検討が求められます4)。
参考資料
1)Pereira MA, et al. : Dairy Consumption, Obesity, and the Insulin Resistance Syndrome in
Young Adults The CARDIA Study. JAMA, 287(16): 2081-2089, 2002.
2)Huerta MG, et al. : Magnesium Deficiency Is Associated With Insulin Resistance in Obese
Children. Diabetes Care, 28(5): 1175-1181,2005.
3)藤田敏郎 : 食事性カルシウムとマグネシウムのインスリン抵抗性に対する改善効果に関する研究.
平成16年度牛乳栄養学術研究会委託研究報告書, 1-11, 2005.
4)Hoppe C, et al. : High intakes of milk, but not meat, increase s-insulin and insulin
resistance in 8-year-old boys. European Journal of Clinical Nutrition, 59(3): 393-398,
2005.
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
71
●
41
GI(グリセミック・インデックス)ってなんですか?
牛乳とはどんな関係があるのですか?
GIは食後の血糖値の変化を示す指標で、
栄養指導に活用されています。低GI食の牛乳は、
肥満や糖尿病の予防・改善につながります。
GI(グリセミック・インデックス)
は、
「同量の糖質摂取でも素材やその組み合わせによって血糖
値への影響が異なる」という食後血糖値上昇反応の面に注目した考え方で、糖尿病の食事指
導にも活用されています。最近、
わが国でもGIを取り入れた食事指導が注目されています。
GIは、食後の血糖値の変化を示す指標のひとつで、
ブドウ糖(グルコース)摂取後2時間の血
糖上昇曲線下面積(IAUC)
を100としたときの、各食品のIAUCの比率で示されます。牛乳・乳
製品は国際表(表1)
でみると、牛乳、
ヨーグルトともGIは27、
スキムミルクは32で、一般に低GI食
は72以下とされていますから、
かなり低値を示す食品といえます。
米飯単独ではGIは100ですが、
牛乳と米飯を組み合わせて摂ると、GIは69に下がります。
わが国では米飯を基準食(GI:
100)に設定して、各食品のGIを算出しています。杉山らの調査
では、米飯と同様に糖質のせんべいは111、赤飯は105、
もちは101、パンは92と、単独で摂取した
場合は、
これらは米飯と同様に高GIを示しています。ところが牛乳と米飯を組み合わせると69に、
米飯を摂取する前にヨーグルトを摂ると72に、
チーズと白パンでは71とGIが下がります(表2)。こ
のように牛乳・乳製品と組み合わせることでGIが下がるのは、牛乳のたんぱく質や脂質が胃の中
で糖質の消化吸収の時間を遅延させ、血糖値の上昇を抑えるように働くためと考えられます。
●表1 国際表における牛乳・乳製品のGI
GI
カスタード(3研究)
38
アイスクリーム(5研究)
61
牛乳(5研究)
27
スキムミルク(1研究)
32
プディング(2研究)
44
ヨーグルト(低脂肪、
3研究)
27
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
出典:
2002,GI国際表
●表2 検査食品(組み合わせ食)のGI
人数
せんべい
GI( 平均)
SD
10名
111
44
赤飯
6
105
20
もち
8
101
18
パン
10
92
38
牛乳と米飯 7
69
19
チーズと白パン
10
71
11
米飯摂取前にヨーグルト
10
72
28
出典:杉山、若木らより抜粋
72
●
肥満に関する研究で、低GI食は満腹感を延長させ食物摂取量を減少させるという報告が、逆
に高GI食は肥満を促進するという報告が出されています。GIの低い牛乳・乳製品は、食後血糖
値の上昇を抑え、体脂肪の蓄積を抑制するため、肥満や糖尿病などの生活習慣病の予防・改善
につながる食品といえます。
参考資料
1)杉山みち子, 他 : 牛乳・乳製品を活用したグリセミック・インデックス
(GI)教育法に関する研究. 平成
15年度牛乳栄養学術研究会委託研究報告書, 99-109, 2004.
2)杉山みち子 : 「米飯と牛乳」のGI(グリセミック・インデックス)−牛乳・乳製品による食後血糖上昇
(2002年冬号より)
の抑制効果−. MILK通信Ⅱほわいと
2)
(http://www.j-milk.jp/library/seminner/8d863s000000qazh.html)
3)Glycemic Index How quickly to foods raise your blood sugar?
(http://www.diabetesnet.com/diabetes food diet/glycemic index.php)
4)Marten B, et al. : Medium-chain triglycerides. International Dairy Journal, 16(11): 13741382, 2006.
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
73
●
42
牛乳を摂取していると高脂血症に
なる心配はありませんか?
長期的にみた場合、
1日にコップ3杯(600mL)程度ま
では、血清総コレステロール値の上昇は認められない
という報告が出されています。
血清総コレステロール値が上昇する高脂血症は、動脈硬化を進展させ、心筋梗塞や脳梗塞の
発症の危険因子とされています。血清総コレステロール値を上昇させる原因には、肝臓病や腎臓
病、
ホルモン系の病気が挙げられますが、毎日の食生活が深く関与しています。
コレステロールは食事から摂取される量に応じて、肝臓でも合成され、血清総コレステロール値
を一定に保っています。
牛乳の摂取と血清総コレステロール値の関係については、
これまで循環器や脂質代謝の専門
医から多くの試験報告が出されています。なかでも日本人を対象とした試験では、健康人が1日
600mL程度までの牛乳を毎日摂取した場合、最初の4∼8週間は血清総コレステロール値が一
時的に上昇するものの、
その後は減少傾向を示し、
やがて試験開始時の値に戻ることが確認さ
れています1、2)。
また高脂血症の患者に対して行われた試験では、
1日に400mLの牛乳摂取によって、血清総
コレステロール値が上昇することはありませんでした1)。
血清総コレステロール値が低値になると、
うつ病やがんの危険因子となり、高齢者の寿命にも影響します。
コレステロールは悪者扱いされていますが、人間の身体にとって欠かせない生体構成成分で、
下の表に示すような大事な働きがあります。また、血清総コレステロール値が低値になると、
うつ
病やがんの危険因子となるだけでなく、高齢者の寿命にも影響しているといわれています3、4)。
●表 コレステロールの役割
1. 細胞膜の構成材料となる
2. 脳細胞の神経線維を包む鞘の成分となる
3. 性ホルモンや副腎皮質ホルモンの材料になる
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
4. 脂肪の消化に必要な胆汁酸の材料になる
5. カルシウムの吸収を良くするビタミンDの材料となる
74
●
参考資料
1)内藤周幸 : 牛乳摂取と血清コレステロールについて. 牛乳栄養学術研究会第15回国際学術フォ
ーラム, 8-22, 2001.
2)Naito C : The effect of milk intake on serum cholesterol in healthy young females.
Randomized controlled studies. Annals of the New York Academy of Sciences, 598:482490, 1990.
3)村上英之, 他 : スタチン 注目される多面的作用と新規薬剤 治療の歴史 コレステロール低下療法
と総死亡率. 治療学, 36(5): 539-543, 2002.
4)奥山治美 : コレステロール医療の方向転換─緊急の課題. 薬学雑誌, 125(11): 833-852, 2005.
5)Sjogren P, et al. : Milk-derived fatty acids are associated with a more favorable LDL
particle size distribution in healthy men. The Journal of Nutrition, 134(7):1729-1735,
2004.
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
75
●
牛乳・乳製品のカルシウムが
血圧を下げるって本当ですか?
1日のカルシウム摂取量が400∼500mgより少ないと、
高血圧の発症頻度が上昇する可能性が高いと
指摘されています。
古くから飲料水の硬度(硬度が高いほどカルシウムの含有量が多い)
と心血管合併症の死亡
率との間に密接な関係があることが報告されてきました。また内外の疫学調査で、
カルシウムの
摂取量の少ない地域では、高血圧の人が多いという報告も出ています。
1971∼1975年に米 国で行われた「健 康と栄 養に関する調 査」の調 査 資 料を基に、
McCarronが、
10,
372人の血圧値と17種類の栄養摂取量との関係を解析した結果を報告して
います。
米国の調査で高血圧例は、カルシウム摂取量が1日当たり
300mg以下では11∼14%、
1,
200mg以上では3∼6%でした。
その結果、
カルシウム摂取量が1日当たり300mg以下では高血圧例が11∼14%であったの
に対して、
1,
200mg以上では3∼6%でした(図)。このことからカルシウムの摂取量が高血圧の
発症に深く関与していることが示唆されました。
わが国でも、東北地方で実施された疫学調査で、
カルシウムの摂取量が少ないと高血圧、脳卒
中の発生が増加するというデータが報告されています。これらの調査から、
1日のカルシウム摂取
量が400∼500mgより少ない場合には、高血圧の発症頻度が上昇する可能性が高いと指摘さ
れています。
●図 カルシウム摂取量と高血圧発症頻度の関係
(%)
14
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
13
収縮期血圧160mmHg以上の人口比
43
12
11
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
0
200
400
600
800
1,
000 1,
200 1,
400 1,
600 1,
800 2,
000<
1日当たりのカルシウム摂取量(mg)
出典:
1)McCarron DA,Morris CD et al,:Dietary calcium in human hypertension.Science217:267-269,1982
2)中橋毅,森本茂人ほか:カルシウム代謝異常,クリニカルカルシウム4
:
8-14,1994
76
●
ちなみに日本人の平均カルシウム摂取量は、男性549.
6mg、女性528mg(平成16年度)
で、
高血圧のリスクの高い400∼500mgをわずかに上回る数値です。
カルシウムと血圧の関係については、高血圧のリスク要因となる食塩(ナトリウム)の排泄にカ
ルシウムが関与しているといわれていますが、詳しいメカニズムはまだわかっていません。
参考資料
1)河野雅和, 他 : カルシウム不足と高血圧. カルシウム その基礎・臨床・栄養(全国牛乳普及協会),
191-196, 1999.
2)土田満 : カルシウム摂取量と高血圧の疫学. CLINICAL CALCIUM, 2(2): 31-36,1992.
3)中橋毅, 他 : 高血圧とカルシウム代謝異常. CLINICAL CALCIUM, 4(9): 8-14,1994.
4)Mccarron D, et al. : Hypertensive cardiovascular disease: risk reduction by dietary calcium
and dairy foods. Sciences des Aliments, 22(4): 415-421, 2002.
5)S Kaneta, et al. : An Epidemiological Study on Nutrition and Cerebrovascular Lesions in
Tohoku Area of Japan.
6)Ruidavets JB, et al. : Independent contribution of dairy products and calcium intake to
blood pressure variations at a population level. Journal of Hypertensions, 24(4): 671-681,
2006.
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
77
●
44
牛乳・乳製品は動脈硬化、
心疾患の原因になるのですか?
日本や欧米で実施された牛乳・乳製品摂取と心疾患の
関係についての調査では、心疾患の発症に牛乳・乳製品が
リスク要因になるという結果は出ていません。
心疾患(心筋梗塞)
は血管の病気で、主に動脈硬化によって発症します。
したがって心疾患に
ならないためには、動脈硬化の進展を予防することが必要です。
乳製品を含む食事と動脈硬化、心疾患の関係について、日本や欧米で多くの疫学調査が実
施され、牛乳・乳製品は心疾患のリスク要因にはなっていないと報告されています1、2)。
乳製品の摂取量が多いグループは、心疾患の発生率が低い傾向にあります。
日本人を対象として行われた、乳製品の摂取と心疾患の関係を調べた研究では、乳製品を摂
取する量が最も多いグループで、心疾患の発症リスクが低い傾向にありました。この研究では、
1988∼1990年にかけて約11万人の40∼79歳の日本人を対象としてライフスタイルと過去の
心疾患、
およびがんの既往歴に関するアンケートを行いました。このうち病歴のない53,
387人に
ついて、乳製品摂取と心疾患との関係を調べました。その結果、乳製品を摂らないグループの発
症リスクを1.
0とすると、乳製品の摂取量が最も多いグループ(乳製品由来のカルシウム量換算
で、男性で1日128mg以上、女性で1日144mg以上)
では、心疾患の発症リスクは男性0.
73倍、
女性0.
77倍と低くなりました3)。
●図 乳製品からのカルシウム摂取と脳卒中死亡リスク
1.2
1.0
1.
1
1.
0
1.
0 1.
0
1.
0
0.
9
0.
8
0.8
死
亡
リ
ス
ク
0.
6
0.6
0.
5
0.
5
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
0.4
0.2
0.0
←少ない
多い→
乳製品からのカルシウム摂取量
男性
女性
78
●
古くから実施されている疫学調査として知られているフラミンガム・コホート
(冠動脈疾患につい
てアメリカ・フラミンガム地域の集団を長年追跡調査する研究)
では、
832名の男性を対象にマー
ガリンの摂取量と冠状動脈性心臓病(CHD)の発症率の関係について検討しています。
21年
間の追跡調査の結果、
マーガリンの摂取によりCHDの発症率は上がるが、バターの摂取に関し
ては明らかな傾向がみられなかったため、バターの摂取とCHDの発症にはほとんど関連性がない
と報告しています4)。マーガリンには他の油脂よりもトランス型脂肪酸が多く含まれており、
これが
CHDのリスク要因となっていると考えられています。そのような状況を受けて、最近日本国内で販
売されているマーガリン類はトランス酸の含量を低下させています。
参考資料
1)Elwood P.C, et al. : Milk drinking, ischaemic heart disease and ischaemic stroke Ⅱ.
Evidence from cohort studies. European Journal of Clinical Nutrition, 56(5): 718-724,
2004.
2)Tholstrup T. : Dairy products and cardiovascular disease. Current Opinion in Lipidology,
17(1): 1-10, 2006.
3)Umesawa M, et al. : Dietary intake of calcium in relation to mortality from cardiovascular
disease the JACC study. Stroke, 37 : 20-26, 2006.
4)Matthew W, et al. : Margarine Intake and Subsequent Coronary Heart Desease in Men.
Epidemiology, 8 : 144-149, 1997.
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
79
●
45
乳製品からのカルシウム摂取は
脳卒中のリスクを低減させるのですか?
乳製品からのカルシウム摂取量が多いと脳卒中、
脳梗塞の発症リスクが低下することがわかりました。
厚生労働省研究班「多目的コホート研究(JPHC研究)
」のデータによると、
1990年から岩手
県二戸市、秋田県横手市、長野県佐久市、沖縄県中部の4保健所管内の住人で、循環器病、
がんに罹患していなかった40∼59歳の男女41,
526人を2003年まで追跡しました。
研究開始時と、
その5年後に実施した食事調査を含む生活習慣についてのアンケート調査か
ら、総カルシウム摂取量、牛乳、
チーズ、
ヨーグルトなどの乳製品からのカルシウム摂取量、大豆製
品、野菜などの乳製品以外からのカルシウム摂取量を算出し、
その後約13年間の追跡期間中に
発症した脳卒中、虚血性心疾患との関連データを報告しています。
それらの報告によると、追跡調査中に脳卒中は1,
321人(うち、脳梗塞664人、脳出血425人)
、
虚血性心疾患は322人が発症しました。
総カルシウム摂取量によって5つのグループに分け、脳卒中、虚血性心疾患の発症リスクとの
関連を調べました。すると、総カルシウム摂取量の最も多い1日753mg(中央値)
グループでは最
も少ない1日233mg(中央値)
グループに比べて脳卒中の発症リスクが0.
7倍(95%信頼区間:
0.
56-0.
88)
と低いことがわかりました。
乳製品以外からのカルシウムでは、摂取量が増えても
脳卒中の発症リスクの低下はみられませんでした。
乳製品からのカルシウム摂取量によって5つのグループに分け、脳卒中、虚血性心疾患の発
●図 乳製品からのカルシウム摂取量と脳卒中発症との関係
1.
5
* 統計学的に有意
1
1.
001.
00
1.
05
0.
95
0.
930.
93
0.
97
0.
86
0.
84
リ
ス
ク
比
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
0.
69*
0.
5
0
最少群
第2群
第3群
第4群
最大群
カルシウム摂取量
乳製品からのカルシウム摂取量 乳製品以外からのカルシウム摂取量
80
●
症リスクとの関連を調べました。乳製品からのカルシウム摂取量が最も多いグループ(1日116
mg〈中央値〉)
では最も少ないグループ(ほとんどゼロ)に比べて、脳卒中の発症リスクが0.
69倍
(95%信頼区間:
0.
56-0.
85)
と低いことがわかりました。
一方、乳製品以外からのカルシウム摂取の場合では、摂取量が増えても脳卒中の発症リスク
に統計学的に有意な低下はみられませんでした。
日本人では総カルシウム摂取量や乳製品からのカルシウム摂取量が多い人は、少ない人に比
べて血圧値が低いことが、
これまでの研究により明らかとなっています。
また、血圧値だけではなく、
カルシウム摂取は血小板凝集やコレステロールの吸収を抑えること
も報告されており、
これらが脳卒中に対して予防効果が示された理由と考えられます。
参考資料
1)Umesawa M, et al. : Dietary calcium intake and risks of stroke, its subtypes, and coronary
heart disease in Japanese: the JPHC Study Cohort I. Stroke, 39(9): 2449-2456, 2008.
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
81
●
46
牛乳はがんの発生に
関連があるのですか?
牛乳の摂取により、胃がんだけではなく、大腸がん、乳がん
の発生率が低下するという疫学調査が報告されています。
牛乳の摂取によって、胃がんの発生率が低下するという疫学調査があります。また、最近、大
腸がんや乳がんの発生率の低下にも牛乳が関わっているという調査データが報告されています。
大腸(結腸、直腸)がんの発生と食事の関係についての疫学調査結果が、米国・ハーバード
大学チームから報告されました。欧米の5ヵ国(米国、
カナダ、
オランダ、
スウェーデン、
フィンランド)
で6∼16年間にわたり実施された10件の疫学調査を解析したもので、男女53万人を対象に行わ
れました。調査期間内に4,
992人に大腸がんが発生しました。調査方法は、乳製品(牛乳、
チー
ズ、
ヨーグルト)やそれ以外の食物の摂取頻度と大腸がんの発生頻度を比較検討しました。
その結果、図のように牛乳を1日70g未満しか飲まないグループの発生率を100とすると、
70∼
174g、
175∼249g、
250g以上飲むグループでは、大腸がんの発生率が、
それぞれ94%、
88%、
85%と低下しました。次に、
カルシウムの摂取量との関係を検討したところ、1日500mg未満の
グループと比較して、
700∼799mgのグループは大腸がんの発生リスクが79%に低下しました。
牛乳の脂肪に含まれる共役リノール酸には、
がんの発生を抑制する効果が報告されています。
牛乳・乳製品の摂取量と乳がんとの関係についてフィンランド
(4,
697名)
とニューヨークでな
された2つの疫学調査では、
いずれも牛乳・乳製品の摂取量が多いほど乳がんの発生が少ない
と報告されています。
●図 牛乳の摂取量別の大腸がんの発生リスク1)
1日70g未満しか飲まないグループの発生率を100とする
100
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
100
94
大
腸
が
ん
の
発
生
頻
度
90
88
85
80
0
70g未満
70∼174g
175∼249g
250g以上
1日当たりの牛乳摂取量
82
●
牛の成長ホルモンやIGF-1、
およびエストロゲンのような生理活性物質が乳がんの発症に関連してい
るとの説もありますが、牛成長ホルモンはヒトでは活性がなく、
また、牛乳由来のIGF-1、
エストロゲンは女
性が生体内で内因性に分泌する量と比較するとごく微量です。
また、牛乳の脂肪に含まれる共役リノール酸には、乳がんの発生を抑制する働きのあることが、海外
で実施された動物実験で確かめられています。さらに悪性黒色腫、結腸・直腸がん、肝がん、肺がん、前
立腺がんに対して、共役リノール酸が抑制効果を示すというデータも報告されています。
乳清たんぱく質は、
シスチン/システインとγ-グルタミルシステインペプチドを含み、
これらは、
グルタチ
オンの生合成の基質として有用であり、活性酸素種を破壊し、発がん物質の発がん作用をなくしてしま
うため、
がんの発症予防に関連すると考えられています。
一方、乳製品の摂取が、一部のがんのリスクを増加させるとの報告もあります。これらについては今後
の評価が必要と考えます。
参考資料
1)Cho E, et al. : Dairy foods, calcium, and colorectal cancer: a pooled analysis of 10 cohort
studies. Journal of the National Cancer Institute, 96(13): 1015-1022, 2004.
2)Knekt P, et al. : Intake of dairy products and the risk of breast cancer. British Journal of Cancer,
73(5): 687-691, 1996.
3)Song-Yi Park, et al. : Calcium and vitamin D intake and risk of colorectal cancer: the Multiethnic
Cohort Study. American Journal of Epidemiology, 165(7): 784-793, 2007.
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
4)Eva-Elisa Ávarez-León, et al. : Dairy products and health: a review of the epidemiological
evidence. British Journal of Nutrition, 96(Supplement S1): S94-S99, 2006.
5)
(社)日本酪農乳業協会. 牛乳・乳製品消費と健康 最新トピックスにみる科学的見解, 平成18年7月.
6)Susanna C. et al. : High-fat dairy food and conjugated linoleic acid intakes in relation to
colorectal cancer incidence in the swedish mammography cohort. The American Journal of
Clinical Nutrition, 82(4): 894-900, 2005.
7)原健次 : 乳製品の摂取と乳癌発症のリスク. 共役リノール酸の生化学と応用, 74, 2000.
8)Neuhouser ML. et al. :(n-6)PUFA increase and dairy foods decrease prostate cancer risk in
heavy smokers. The Journal of Nutrition, 137(7): 1821-1827, 2007.
9)Matsumoto M. et al. : Consumption of dairy products and cancer risks. Journal of Epidemiology,
17(2): 38-44, 2007.
83
●
47
骨粗鬆症を予防するためには、
どんなこと
に気をつければよいのでしょうか?
若年期にはカルシウムの摂取と身体活動により、
高い骨密度を獲得することが大切です。
骨粗鬆症を予防するには特に若年期に高い骨量を得ることが重要ですが、若年者におけるカ
ルシウム摂取量を高めることで高い骨密度を得られるとの多くの研究報告があります。例えば「小
児期・思春期の男女で1日に900mg以上のカルシウムを摂取することが骨量の増加に有効であ
、
また「乳製品からのカルシウム摂取が骨量増加に効果がある2)」などが最近の報告です。
る1)」
また運動の重要性とその効果についても多くの研究報告があり、例えば1日1時間程度の運動
でも骨量に良い効果をもたらすことが認められています3)。
中高年においては、骨量の維持、特に女性では
閉経後の骨量減少を抑えることが重要です。
高齢者において骨量の減少は避けられないことですが、骨量の減少を抑えるために食品からの
カルシウムの摂取を増やすことが推奨され、同時にビタミンDの摂取も重要であるといわれていま
す。また運動の重要性も述べられており、自宅での踵上げなどの軽い運動でも骨量の維持に有
効との報告もあります4、5)。
●図 年齢と平均骨塩量※の変化
4
(g/cm3)1.
最大骨量(ピーク・ボーン・マス)
1.
2
男性
1.
0
骨
塩
量
0.
8
閉経期
女性
0.
6
0.
4
0.
2
0
10歳
20歳
30歳
40歳
50歳
60歳
70歳
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
80歳
※骨塩量:骨の中のカルシウムを含んだミネラルの部分の量。骨量は正しくは骨塩量のこと。
出典:清野、折茂ら1995年を一部改変
84
●
参考資料
1)久保田恵 : カルシウム摂取による骨折・骨粗鬆症予防のエビデンス. 日本衛生学雑誌, 58(3):
317-327, 2003.
2)Merrilees MJ, et al. : Effects of diary food supplements on bone mineral density in teenage
girls. European Journal of Nutrition, 39(6): 256-262, 2000.
3)Ginty F, et al. : Positive, site-specific associations between bone mineral status, fitness,
and time spent at high-impact activities in 16- to 18-year-old boys. Bone, 36(1): 101-110,
2005.
4)Bassey EJ, et al. : Weight-bearing exercise and ground reaction forces: a 12-month
randomized controlled trial of effects on bone mineral density in healthy postmenopausal
women. Bone, 16(4): 469-476, 1995.
5)Daly RM, et al. : Calcium- and vitamin D3-fortified milk reduces bone loss at clinically
relevant skeletal sites in older men: a 2-year randomized controlled trial. Journal of Bone
and Mineral Research, 21(3): 397-405, 2006.
牛
乳
と
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活
習
慣
病
85
●
48
牛乳を摂取していると
骨折しにくいって本当ですか?
若年者、高齢者を問わず、カルシウムの摂取量が
少ないほど骨折率が高いというデータが出ています。
カルシウムの摂取不足が骨折の危険因子であるといわれていますが、
それを実証する研究デー
タは数多く報告されています。
図1は1992年に発表された牛乳摂取と骨折の関係についての調査結果です。
60歳以上の
女性を対象に大腿骨頸部骨折患者、手首骨折(コーレス骨折)患者、骨粗鬆症患者と健康人
の4グループに分けて、牛乳摂取状況を検討しました。その結果、骨折患者では約半数が牛乳を
飲む習慣がありませんでしたが、健康人では、逆に半数が毎日飲んでいました。骨折患者は日常
の活動量が少なく、大腿骨頸部骨折患者の約74%が、手首骨折患者の約33%が骨粗鬆症を
合併していました。
カリフォルニア大学のT.L.Holbrookらが米国の50∼79歳の男女957名を対象に14年間追
跡調査を実施しています。カルシウム摂取量がエネルギー1,
000kcal当たり283mg以下の群、
284∼440mgの群、
440mg以上の群に分けて骨折率を検討したところ、
カルシウム摂取量が多
い群ほど骨折率が低いという結果が出ています(図2)。
また、旧ユーゴスラビアの調査でも、牛乳摂取量の多い高カルシウム食群は、牛乳摂取の少な
い低カルシウム食群に比べて骨折率が低いという報告が出ています。
●図1 牛乳摂取頻度と骨の健康状態(女性/60歳以上)
●図2 カルシウム摂取レベルと骨折率
(エネルギー1,
000kcal当たりのカルシウム摂取量別)
(%)
100
(%)6
35.
3%
80
5
*p<0.
05
*
牛
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活
習
慣
病
50.
0%
4
60
11.
8%
骨
折 3
率
40
30.
0%
2
52.
9%
20
1
20.
0%
0
健康人
牛乳の摂取状況
大腿骨頸部骨折患者
青壮年期よりほぼ毎日摂取
青壮年期よりときどき摂取
青壮年期より、
まったく摂取しない
0
283mg以下
284∼440mg
440mg以上
男女
出典:T.L.Holbrookら
出典:日整会誌(J.Jpn.Orthop.Assoc.)66:873∼883, 1992
86
●
牛乳嫌いの小児は骨折しやすいだけではなく、
発育も悪く、身長も低いというデータが出ています。
一方、小児の骨折に関するニュージーランドの調査では、牛乳嫌いの3∼10歳の小児は、骨の
発育が悪く、身長も低く、
18%が肥満でした。この調査に参加した小児の24%が、過去に骨折の
経験がありました。この数字は、同じ年齢集団の平均年間骨折率の3.
5倍に達しています。
参考資料
1)Kanis JA, et al. : Assessment of fracture risk. Osteoporosis International, 16(6): 581-589,
2005.
2)Kanis JA, et al. : The use of clinical risk factors enhances the performance of BMD in the
prediction of hip and osteoporotic fractures in men and women. Osteoporosis
International, 18(8): 1033-1046, 2007.
3)The European Prospective Osteoporosis Study(EPOS)Group : Incidence of vertebral
fracture in Europe: results from the European Prospective Osteoporosis Study(EPOS).
Journal of Bone and Mineral Research, 17(4): 716-24, 2002.
4)森井浩世 : カルシウムの適正摂取と骨芽細胞機能. CLINICAL CALCIUM, 16(1): 92-95,
2006.
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87
●
49
痛風の予防に乳製品は
効果があるって本当ですか?
乳製品を多く摂取すると痛風の発症リスクが低下すると
報告されています。
痛風は高尿酸血症ともいわれ、血液中に尿酸が増えることにより起こります。尿酸値は、激しい
運動やストレスなどで体内で多く生成されたり、
プリン体を多く含む肉類、貝類、ナッツ、
かまぼこな
どの過剰摂取によって上昇します。尿酸は健康な人では、溶けた形で血液中に存在しますが、過
飽和濃度の状態になると結晶を生じ、関節などに沈着した場合に激しい痛風発作を起こします。
痛風は男性に多く発症する炎症性関節炎で、米国では340万人の患者がいるといわれています。
痛風の既往歴のない47,
150例の男性(40∼75歳)
を対象にして、
12年超にわたって摂取し
た食品と痛風の発症の関係についての疫学調査が米国で実施されました。この調査期間中に
730例の痛風の新症例が報告されました。この調査では、
プリン体を多く含む肉類、魚貝類など
と、乳製品の摂取量を各々5段階に分けたグループごとの痛風の発症のリスクを検討しました。
プリン体を多く含む肉類、魚貝類は摂取量が増えると
痛風の発症リスクが増えます。
その結果、
プリン体を多く含む肉類、魚貝類では、摂取量が最も多いグループは最も少ないグ
ループを1とすると、
それぞれ1.
41、
1.
51と痛風発症のリスクが高いという結果が出ました。一方、
乳製品では、摂取量が増えるにつれて発症リスクが低下しました。痛風発症のリスクは、乳製品
の摂取量が最も少ないグループを1とすると、最も多いグループでは0.
56でした(図)。
乳製品が痛風の発症を抑制するメカニズムは、乳製品に含まれるたんぱく質(カゼインと乳清
たんぱく質)の尿酸排泄促進作用により、血液中の尿酸値を下げているためと考えられます。
●図 乳製品の摂取量と痛風発症の相対危険度1)
0.
88回未満/日
摂取量
0.
88∼1.
35回/日
牛
乳
と
生
活
習
慣
病
1.
36∼1.
91回/日
1.
92∼2.
88回/日
2.
88回以上/日
多い
0
0.
2
0.
4
0.
6
0.
8
1.
0
発症リスク
88
●
参考資料
1)Choi HK, et al. : Purine-rich foods, dairy and protein intake, and the risk of gout in men.
The New England Journal of Medicine, 350(11): 1093-1103, 2004.
2)Choi HK, et al. : Intake of purine-rich foods, protein, and dairy products and relationship to
serum levels of uric acid: the Third National Health and Nutrition Examination Survey.
Arthritis and Rheumatism, 52(1): 283-289, 2005.
牛
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習
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●
50
胃・十二指腸潰瘍には牛乳を積極的に
摂取したほうがよいのですか?
乳たんぱく質は消化が良く、牛乳は胃酸を中和して
胃粘膜を保護するため、潰瘍の患者さんが
安心して摂取できる食品です。
胃・十二指腸潰瘍は、食物を消化するために分泌される胃酸によって、胃や十二指腸の粘膜
が傷害されて部分的に欠損状態になり発症します。胃粘膜には粘液や粘膜バリア、粘膜血流な
どの防御因子といわれる粘膜を守る機能が備わっています。一方、胃粘膜を攻撃する因子には、
胃酸、
ストレス、
ピロリ菌、薬剤(解熱鎮痛消炎剤等)
、活性酸素などがあります。この防御因子と
攻撃因子のバランスが崩れることによって、潰瘍が発症するといわれています。潰瘍は薬物治療
によって治りますが、再発を繰り返すことが知られています。最近はピロリ菌の感染が注目され、
ピ
ロリ菌を除菌すると潰瘍の再発率が低下するといわれています。
カルシウムには、潰瘍の原因となる
ストレスに対する抵抗力をつける働きが認められています。
潰瘍の患者さんでは、
たんぱく質は胃酸の分泌を促し、胃の中での停滞時間が長いため、一般
的には控えたい栄養成分です。
しかし、
たんぱく質は粘膜の修復に必要な材料になるため、適量
の摂取は必要です。牛乳には胃酸を中和して胃粘膜を保護する働きがありますから、潰瘍の患者
さんが安心して摂取できる食品です。また牛乳のカルシウムには、胃粘膜の攻撃因子となるストレ
スを和らげる働きがあるといわれています。
胃の切除手術をすると、
カルシウムの吸収率が低下します。
したがって術後の患者さんにとっ
てカルシウムの消化・吸収の良い牛乳は最適な食品です。また、冷たい牛乳は口の中で噛むよう
にして飲むと、胃に刺激を与えません。
なお胃・十二指腸潰瘍と胃がんの関係を心配する人がいますが、潰瘍と胃がんはまったく異な
る病気です。胃がんは日本人に多いがんですが、牛乳の摂取によって発生率が低下するという
疫学調査が報告されています。
牛乳は他の食品と同様に、胃の酸を中和しpHを高める効果があります。また牛乳に含まれるた
んぱく質は胃潰瘍を予防する効果があることが動物実験で確認されています。
牛乳を含めた食品が胃酸を中和して胃のpHを高め、胃に対する酸の影響を和らげる効果があ
牛
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慣
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ることは予想されますが、牛乳が他の食品に比べてより高い効果があるかどうかは明確にされて
いません。また牛乳に含まれるホエーたんぱく質の成分が、胃潰瘍に対し予防効果のあることが
その
動物実験で認められています1、2)。以前から牛乳の胃潰瘍予防効果は予測されていますが、
効果はいまだ明確にされていません。今後の検証が必要です。
90
●
参考資料
1)山口和子編/井上和子, 江澤侑子, 他著 : 食事療法の実習, 臨床栄養学.2002.
2)Rosaneli CF, et al. : Protective effect of bovine milk whey protein concentrate on the
ulcerative lesions caused by subcutaneous administration of indomethacin. Journal of
Medicinal Food, 7(3): 309-314, 2004.
3)Ushida Y, et al. : Bovine alpha-lactalbumin stimulates mucus metabolism in gastric
mucosa. Journal of Dairy Science, 90(2): 541-546, 2007.
牛
乳
と
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91
●
51
肝臓病には牛乳を積極的に
摂取したほうがよいのですか?
慢性肝炎の食事療法では、普通食に
プラス1日コップ1杯の牛乳摂取が推奨されています。
肝臓病の食事療法といえば、以前は「十分なエネルギーやたんぱく質を摂り、脂質を控える」と
されてきました。
しかし、
「多くの栄養を摂取することはかえって炎症を起こしている肝臓への負担
が増す」と理解されるようになり、現在では「適正なエネルギー摂取のもと、栄養バランスの取れた
食事」が食事療法の基本とされています。慢性肝炎の食事療法の一例では、普通食を基本にし
た食事を3食規則正しく摂り、
その他に1日コップ1杯の牛乳摂取が推奨されています。
慢性肝炎の患者さんの生体代謝変動の特徴のひとつは、肝臓のたんぱく質不耐症により血
清芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、
チロシン、
トリプトファン)が増加し、一方筋肉での分岐鎖ア
ミノ酸(ロイシン、
イソロイシン、バリン)の取り込みや代謝の亢進などにより、血清分岐鎖アミノ酸
が減少し、
その結果アミノ酸インバランスを生じることで、
さまざまな障害を引き起こします。
分岐鎖アミノ酸は栄養学的に必須アミノ酸であり、
ヒトが必要とする必須アミノ酸の約40%を
占め、
たんぱく質中の含量が大きく、産生エネルギーも大きいことから重要視されています。分岐
鎖アミノ酸は、生体においてエネルギー基質として主に筋肉で利用されるのみならず、血清アルブ
ミンなどのたんぱく質合成に促進的に働きます。代謝経路も他の大部分のアミノ酸が肝臓で代
謝されるのに対し、分岐鎖アミノ酸は、肝臓ではなく主として骨格筋で代謝されるという特異性が
あります。
牛乳は鉄分の含量が少なく、Fisher比の高い
たんぱく質源として極めて有用といえます。
肝硬変が進行した肝不全状態では、血中の芳香族アミノ酸が上昇し、分岐鎖アミノ酸が低下
するため、昏睡状態に陥る肝性脳症を発症する危険性があります。その予防には、Fisher比(分
岐鎖アミノ酸/芳香族アミノ酸)の高いたんぱく質の摂取が有効です。肝臓病の食事療法で、
たんぱく質源として肉や魚よりも牛乳が推奨されるのは、牛乳のホエー(乳清)
たんぱく質が、食
品たんぱく質の中で最もFisher比が高く、
より少ないたんぱく質量で必要なたんぱく質をまかなう
ことができるためです。
牛
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最近は、肝臓病では鉄分の摂取を極力控えるように指導されています。牛乳の鉄分の含量が
とても少ないということは、鉄分の少ないたんぱく質源として極めて有用といえるでしょう。
肝臓病の食生活の基本は朝、昼、晩の食事を規則正しく摂ることにより、肝臓への負担を少な
くすることです。食事の内容はでんぷん、
たんぱく質、脂肪、
ビタミン、
ミネラル、繊維質などのバラ
ンスの良いことが重要ですが、
脂質は摂り過ぎないことも大切です。
中でもたんぱく質は重要です。
肝臓自体は、
ほとんどがたんぱく質でできていることからみても、
たんぱく質は重要な栄養素です。
92
●
健康な成人のたんぱく質必要量は1日60∼70gですが、
肝臓病の人は90gは必要とされています1)。
2)
、鉄含量の低いたんぱく質3)が
また肝臓病には分岐鎖アミノ酸含量が高く
(Fisher比の高い)
望まれています。
たんぱく質の栄養価は必須アミノ酸の量、およびバランスが大きく関係しています。牛乳は卵
に次いで栄養価の高いたんぱく質を含んでいますが、
1日400mLの牛乳で補給できるたんぱく質
は約13gですから、十分な量ではありません。あくまで栄養バランスを良くして、肝臓に負担をかけ
ない食品のひとつとして摂ってください。
参考資料
1)黒田博之, 他 : 肝臓病の人の食事(女子栄養大学出版部), 2007.
2)沖田美佐子, 他 : 肝硬変の栄養管理. 改訂日本食品アミノ酸組成表に基づく食事アミノ酸算出プ
ログラムとその応用. 臨床栄養, 71(6): 749-755, 1987.
3)林久男 : 特集・鉄代謝とその分子基盤, 6. 肝炎と鉄. 血液フロンティア, 10(10): 1297-1303,
2000.
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93
●
52
う蝕(虫歯)の予防に
牛乳の摂取は効果があるのですか?
う蝕予防的効果を示す食品として、WHOの報告では、
牛乳が「可能性あり」の食物として記載されています。
う蝕とは、糖質を基質として口腔内の細菌(特にミュータンス〈連鎖球菌〉)が産生した酸によっ
て歯の表面のエナメル質が溶解を始める
(脱灰)疾患です。
口腔常在菌の中で、
ミュータンス連鎖球菌などのう蝕原因菌と食物残渣、唾液が結合して、歯
垢(プラーク)
を形成し、歯に付着します。プラークは細菌が集まって形成された膜(バイオフィル
ム)
ともとらえられており、歯の表面に強固に結合しているので殺菌剤も効きにくいのです。
英国の青少年の牛乳の摂取量とう蝕の発症は、
反比例の関係にあると報告されています。
う蝕予防的効果を示す食品としては、WHOの2003年の報告では、
「可能性あり」のランクの
食物としてキシリトール、牛乳、食物繊維が、
「可能性が高い」のランクの食物として硬いチーズ、
シュガーレスガムが記載されています1)。
牛乳・乳製品が効果を示す要因として、①う蝕原因菌が産生した酸を中和する、②唾液分泌
の促進、③歯の表面へのバイオフィルムの形成阻止、④カゼインやイオン化した牛乳中のカルシ
ウムとリンによるエナメル質の再石灰化の促進が考えられます2)。
カゼインの酵素分解物カゼインホスホペプチドとリン酸カルシウムの結合物(CPP-ACP)
を牛
乳に加えた試験ミルクが、
ヒトでのう蝕予防に効果を示すとする報告があります3)。
また、英国の青少年の牛乳の摂取量とう蝕の発症は、反比例の関係にあることが、RuggGunnらによって報告されています4)。
●表 う蝕を引き起こすリスクファクター
飲食
: 回数が多く、砂糖などの少糖類の摂取量が多いほど高リスク。
口腔衛生
: プラークの量が増加すると高リスク。
牛
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う蝕原因菌数: 多いほど高リスク。
唾液量
: 少ないほど高リスク。加齢はリスクを高める。
94
●
参考資料
1)Report of a joint WHO/FAO Expert Consultation on Diet, Nutrition and the Prevention of
Chronic Diseases. WHO Technical Report Series, 916:67-70, 73-77, 81-87, 95-101, 107119, 129-132, 135-143, 2003.
2)Silva MF, et al. : Effects of cheese extract and its fractions on enamel demineralization in
vitro and in vivo in humans. Journal of Dental Research, 66(10): 1527-1532, 1987.
3)Walker G, et al. : Increased remineralization of tooth enamel by milk containing added
casein phosphopeptide-amorphous calcium phosphate. The Journal of Dairy Research, 73
(1): 74-78. 2006.
4)Rugg-Gunn AJ, et al. : Changes in consumption of sugars by English adolescents over 20
years. Public Health Nutrition, 10(4): 354-363, 2007.
5)Merritt J, et al. : Milk helps build strong teeth and promotes oral health. Journal of the
California Dental Association, 34(5): 361-366, 2006.
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95
●
53
歯周病の進行に対して、牛乳・乳製品の
摂取は予防的な効果を有するのですか?
歯周病は日本人の成人では90%以上が
罹患している歯の細菌による感染症です。
歯茎からの出血、炎症、歯のグラツキなどの自覚症状があっても、特別な治療を施さずそのまま
放置して、病気を進行させる結果となることが多いといわれています。
そのリスク因子としては、①局所因子:歯垢、歯石の蓄積、歯周病原性細菌の増殖、②全身性
因子:年齢、体質、糖尿病、骨粗鬆症など、③環境因子:喫煙、食事内容、不規則な生活、
ストレ
スなどが挙げられます。
歯周病の予防と治療は、
これらのリスク因子を取り除くか改善することが基本ですが、歯垢、歯
石の除去と歯への結合を阻止することであり、禁煙は習慣的喫煙者には極めて効果的です。
乳製品の摂取増加は、歯周病を予防する効果があるとの
報告がされています。
歯周病と食生活の関係では、歯と歯茎の栄養に不可欠なたんぱく質、
ビタミンCなどの抗酸化
ビタミン類、
ミネラルとして骨形成に重要なカルシウム、
リンとビタミンD、
ビタミンKや食物繊維を含
む硬い食物が適しています。カルシウムの摂取不足は、骨密度低下の一因であり、全身の骨密
度は顎顔面の骨密度、歯槽骨破壊とも関係しています。歯周病は細菌による病気ですが、
カル
シウムの摂取不足は顎骨、歯槽骨での骨代謝に影響して歯周病を進行させます1)。
牛乳・乳製品と歯周病との関連では、乳製品の摂取増加は歯周病を予防する効果があるとの
チーズ、乳酸菌醗酵乳の摂取量で比較した福岡県・久山町
報告がありますが2)、乳製品の牛乳、
での疫学研究では、
ヨーグルトなどの醗酵乳の摂取が最も効果的であったと報告されています3)。
参考資料
1)Nishida M, et al. : Calcium and the risk for periodontal disease. Journal of Periodontology,
71(7): 1057-1066, 2000.
2)Al-Zahrani MS. : Increased intake of dairy products is related to lower periodontitis
prevalence. Journal of Periodontology, 77(2): 289-294, 2006.
3)Shimazaki Y, et al. : Intake of dairy products and periodontal disease: the Hisayama
Study. Journal of Periodontology, 79(1): 131-137, 2008.
牛
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習
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病
4)Yoshihara A, et al. : A longitudinal study of the relationship between periodontal disease
and bone mineral density in community-dwelling older adults. Journal of Clinical
Periodontology, 31(8): 680-684, 2004.
96
●
[資料]日本人の食事摂取基準について
平成16年11月に厚生労働省は、平成17∼21年度まで使用される「日本人の食事摂取基準」
を発表しました。
従来の「第六次改定日本人の栄養所要量―食事摂取基準―」では、摂取基準の指標とし
て、
「平均必要量」
、
「栄養所要量」
、
「許容上限摂取量」が用いられてきましたが、今回から、
エネ
ルギーについては1種類、栄養素については5種類の新しい概念の指標が設定されました。
設定指標
食事摂取基準として、エネルギーについては1種類、栄養素については5種類の指標を設定した。
[エネルギー]
○推定エネルギー必要量(EER:estimated energy requirement)
エネルギーの不足のリスクおよび過剰のリスクの両者が最も小さくなる摂取量
[栄養素]
健康の維持・増進と欠乏症予防のために、
「推定平均必要量」と「推奨量」の2つの値を設定した。しかし、
この2指標を設定することができない栄養素については、
「目安量」を設定した。また、生活習慣病の一次
予防を専ら目的として食事摂取基準を設定する必要がある栄養素については、
「目標量」を設定した。過
剰摂取による健康障害を未然に防ぐことを目的とした「上限量」を設定した。
○推定平均必要量(EAR: estimated average requirement)
特定の集団を対象として測定された必要量から、
性・年齢階級別に日本人の必要量の平均値を推定した。
当該性・年齢階級に属する人々の50%が必要量を満たすと推定される1日の摂取量である。
○推奨量(RDA:recommended dietary allowance)
ある性・年齢階級に属する人々のほとんど(97∼98%)が1日の必要量を満たすと推定される1日の摂取
量である。原則として「推定平均必要量+標準偏差の2倍(2SD)」とした。
○目安量(AI:adequate intake)
推定平均必要量・推奨量を算定するのに十分な科学的根拠が得られない場合に、ある性・年齢階級に属
する人々が、良好な栄養状態を維持するのに十分な量である。
○目標量(DG:tentative dietary goal for preventing life-style related diseases)
生活習慣病の一次予防のために現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量(または、その範囲)であ
る。
○上限量(UL:tolerable upper intake level)
ある性・年齢階級に属するほとんどすべての人々が、過剰摂取による健康障害を起こすことのない栄養
素摂取量の最大限の量である。
<参考>
平成16年度まで使用されていた「第六次改定日本人の栄養所要量―食事摂取基準―」では、各栄養素の摂取基準として
「平均必要量」
、
「栄養所要量」
、
「許容上限摂取量」という指標が設定されていました。
□平均必要量(average requirement)
栄養欠乏症を予防する観点から、特定の年齢層や性別集団の必要量を測定し、その集団における50%の人が必要量を満た
すと推定される1日の摂取量。
□栄養所要量(recommended dietary allowance)
特定の年齢層や性別集団のほとんどの人(97∼98%)が1日の必要量を満たすのに十分な摂取量であり、原則として「平均
必要量+標準偏差の2倍(2SD)」で表される。
□許容上限摂取量(tolerable upper intake level)
過剰摂取による健康障害を予防する観点から、特定の集団においてほとんどすべての人に健康上影響を及ぼす危険のない
栄養素摂取量の最大限の量。
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牛乳と健康・ファクトブック
平成21年6月
編集・発行 社団法人 日本酪農乳業協会
牛乳乳製品健康科学委員会
〒104-0045
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監修 内藤 周幸 東京逓信病院参与
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