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第14回帝京国際文化学会 - 教務グループ 2009

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第14回帝京国際文化学会 - 教務グループ 2009
《報 告》
第 14 回帝京国際文化学会
梶谷真司
第 14 回帝京国際文化学会は、11 月 25 日(金)、11 号館の 1181 教室で開
催された。参加者は会員9 人、準会員2 人の他、文学部の他学科、法学部、
経済学部から合計9 人が参加した。さらに、来賓として久米あつみ先生と
呉忠根先生、唐津康夫先生もお越し下さった。また大学院生が留学生 3 名
を含め 9 人、大学院 OB や学外の院生も参加し、さらに今年は学部生も 15
人ほどが来聴。予想をはるかに超える盛会となった。
午後 3 時に開会し、まず河村錠一郎学会長から挨拶があり、報告者であ
る李賢起先生と岩切正介先生、およびそれぞれのテーマについての簡単
な紹介がなされた。
続いて第 1 報告者、
李賢起先生から「日韓の歌――その愛と夢」いうテー
シジョ
マで発表がなされた。これは、日本の短歌と韓国の時調を、とくに夢と愛
を詠んだ歌を取り上げて比較するものであった。夢と愛の様々な形の絡
み合いが、万葉集、古今集、新古今集の和歌と、高麗後期の時調の歌から
紹介された。夢での出来事を現実に重ね合わ
せたもの、現実の世界で満たされぬ恋心が夢
で叶うのを願ったもの、愛する人を夢にも見
ないもどかしさを歌ったもの、恋わずらいで
眠れず、愛する人を夢にも見られない苦しさを
詠んだもの、夢の愛はしょせん夢でしかないと
いうあきらめの気持ちを吐露したもの、現実
の恋が夢の恋よりはかないことを嘆いたもの
報告をする李賢起会員
など、夢と愛の諸相を通じて、李先生は、日韓
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帝京国際文化 第 19 号
報告を聞く出席者
の歌の心に通じるものと、それぞれの文化に特有の感性を説明した。そし
て、日韓ともに夢と愛を関連させて歌う点は似ているが、日本は夢と現実
の区別が曖昧であるのに対して、韓国ではその区別が明確であるという
言葉で締めくくった。講演に続けて行なわれた質疑応答では、田村先生か
ら日韓の詩の影響関係についての質問があった。これに対しては、漢詩を
介したつながりはあるかもしれないが、李先生としてはそのような見方
はとらず、それぞれの歌の本質を見て、そこに通底するものを捉えたいと
のことであった。次に溝尾先生から、漢詩からの影響で押韻についての質
問があった。それについては、時調のリズムは、和歌のように音節ではな
く、文字数によるもので、3・4 や 3・4・4・3 となっており、また脚韻は一
般的ではないが、踏んでいるものもあるとのことだった。続いて久米先生
から、呪術的な発想が日本の和歌には見られ、韓国の時調には見られない
のは、宗教性の違いによるのかという質問がなされた。これに対して李会
員は、呪術的な考え方は韓国文化にもあるが、歌の世界には出てこないと
説明した。また呉先生は、韓国の学校で時調を学んだが、日本のように恋
の歌は少なかったように思えるが、日本のほうがその点に関して寛容だっ
たのではないかとの質問があった。それについては、そういう面はあるの
ではないかとの答えだったが、それに加えて李先生は、女流詩人に名作が
多いのは、男性から教養を受け取ったからではないかという説があるが、
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実際にはそうではなく、詩人には第 2 婦人
の子が多く、身分が低いため、それを乗り
越えるべく、女性自身が修養を積んだこと
によるのだという考えを述べた。次に小坂
先生が時調は日本の和歌のように、今でも
韓国で新たに作られているのかとの質問が
あった。それに対しては、作られてはいる
が、日本ほど盛んではないとのことであっ
た。
報告をする岩切正介会員
その後 15 分間の小休止を取り、4 時 30 分から第 2 報告として、岩切正
介先生が「イギリスの庭園」というテーマで発表を行なった。ビデオと
写真を使って、イギリスの風景式庭園の誕生と発展についての説明がな
された。まずビデオの映像で、風景式庭園を誕生させたウィリアム・ケ
ントの作品ロウシャム庭園、そのあと、素人造園家による稀有の傑作と
されるファウンテンズ修道院とスタッドリー・ロイヤル庭園、そしても
う一つ、ヴェルギリウスの古典世界とクロード・ロランの風景画の世界
を具現化したスタウアヘッド庭園が紹介された。そのあとこの風景式
庭園の成立や歴史、思想についての説明がなされた。それはイギリスの
土地貴族の庭が舞台となって成立したもので、フランスの人工的な印象
を与える幾何学的整形庭園へ対抗し、自然をコンセプトとするものであ
る。ゲニウス・ロキ(土地の霊)を生かすという思想により、その土地
に潜在する美を造形化すること、歴史的風景画をモデルとして、庭の中
を散策するにつれて様々な風景が順次展開するように構想された。そし
て、農牧地の景色に神殿などの古代ローマの建造物やイギリス中世のゴ
シック様式の建造物を加え、自然と文化の二重空間として作られ、さら
に放牧地や鹿苑を取り込むため、羊や牛や鹿などの動物も見られた。プ
ロと素人の造園家が作っていたことが特徴で、イギリスの風景を変え
るほど流行した。こうした流れを岩切会員は、様々な映像や図版を用い
て説明した。講演の後に行われた質疑応答では、まず西尾先生からロマ
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ン主義との影響関係について質問があった。これについては、ロマン主
義がイギリス式風景庭園の誘因になったと言われることがあるが、実情
はむしろ逆で、実際の庭園が作られ始めるのは、コールリッジやワーズ
ワースのロマン主義より先で、イギリス式庭園の方がロマン主義に影響
したとの答えであった。イギリス式庭園は実作よりも言説が先行し、フ
ランスの幾何学的規則性に対して、自由で不規則な多様性を対置するも
ので、そこにルソーが共感を覚えたということであった。次にサンミゲ
ル先生から、建物の中から鑑賞するということは意識されて作られてい
たのかと質問があった。これに対しては、建物から見ても美しく作られ
てはいたが、基本はやはり実際に戸外に出て庭の中を移動して楽しむた
めのものであったというのが答えであった。続いて久米先生から、風景
の維持のために何かしていたのかとの質問があり、それに対して岩切先
生は、庭師が大勢いたので、風景を維持するためにある程度のことはし
ていたのではないかと答えた。次に西尾先生から「借景」のようなもの
はあったのかとの質問があった。これについては、外の景色を内に取り
込むようなものではなく、むしろ外の世界を眺める「眺望」であり、この
ような発想の庭園はルネサンス様式にも見られると述べられた。続いて
呉先生から、庭園内の水は、もともと流れている川を利用するのか、そ
れとも人工的に引いてくるのかという質問があった。これについては、
出席者一同
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もともとある川を堰き止めて池を作ったり、瀧を作ったりしているとの
答えであった。次に二村先生からアメリカのワシントンにもイギリス式
の庭園があるが、イギリスから移入したものなのかという質問があり、
これはその通りだとのことであった。また溝尾先生からは、動物が多い
のは、もともと構想の中に入っていたのかという質問があり、これもそ
の通りだと説明がなされた。
例年より少し時間を延長して 5 時 50 分に閉会。記念の全体写真を撮影
して終了した。その後、6 時 20 分より蔦友館の 1 階の教職員食堂で懇親
会を行ない、多くの教員、事務職員、大学院生が出席し、交流を深める
ことができた。今回の国際文化学会は、李教授と岩切教授はともに、今
年赴任してこられた先生で、さっそく長年の研究成果を拝聴させていた
だいた。テーマも岩切先生が庭園、李先生が詩歌と、いつになく芸術の
薫り高い学会となり、来聴者一同にとってことのほか楽しい時間であっ
た。また今回は、退職なさった久米先生と呉先生と唐津先生も来ていた
だいた。樋口先生は残念ながら都合がつかず、お越しいただけなかった
が、来年は退職した先生方もみなおいでになり、現教員と再会できれば
と願う次第である。
学会の開催にあたっては、今回も植村事務部長、利根川教務グループ
長、濱野茂人さん、秋谷淳史さん他、事務の方々に多大なご協力をいた
だいた。また学会の準備や当日の手伝いとして、大学院生諸君にもいろ
いろと助けてもらった。最後に今一度ここで謝意を表したい。
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