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国際協力事業への米国大学・大学人の参加インセンティブに関する調査

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国際協力事業への米国大学・大学人の参加インセンティブに関する調査
広島大学教育開発国際協力研究センター『国際教育協力論集』第 4 巻第2号(2001)pp.147∼153
国際協力事業への米国大学・大学人の参加インセンティブに関する調査報告
黒
田
一
雄
(広島大学教育開発国際協力研究センター)
1.調査の概要
大学は特に国際開発援助における実績
を考慮しながら、州立と私立のバランスを
(1)調査の目的
とって選択した。しかし、特に米国の大学
日本の政府開発援助は援助の対象分野
は日本の大学に比して、より高い独自性を
においても、援助手法においても、「ハー
有しており、わずか 6 大学の事例をもって
ド」から「ソフト」への転換を遂げつつあ
米国の大学全てに一般的に通じる議論と
る。社会資本整備等の経済開発中心から教
することは非常に危険である。また、多国
育・保健・制度構築等の人間開発中心へ、
間援助機関として世界銀行を、二国間援助
資本財の提供から技術協力や知識の共有
機関として米国国際開発庁を調査の対象
へ、という転換は、21世紀の日本の国際
としたが、国際連合系の専門機関や地域開
協力の明らかな流れになりつつある。この
発銀行を調査しておらず、この点でも限定
ように国際協力の変容を背景に、人的な貢
的な議論とならざるを得ない。
献をより効果的・効率的に行うため、国際
協力における大学の関与の促進が求めら
れている。本調査は、既に大学の国際協力
2.米国における大学・大学人の国際
協力への関与の方法
事業への参加が活発に行われている米国
を事例に、そのインセンティブ体系を明確
にすることにより、日本に対する示唆を得
ることを目的に実施された。
(1)大学人個人としての関与
米国の大学人が政府や国際機関の実施
する国際協力活動に関わる場合には次の
3つの方法が存在する。第一に大学人が個
(2)調査対象とその限界
人としてコンサルタント契約を結ぶ場合
本調査報告は、米国の大学関係者と国際
である。米国においては通常、大学人は私
援助機関の担当者との面談調査を主な情
立大学・公立大学を問わず、1 年のうち 9
報源としている。調査の対象とした大学と
ヶ月ないしは 10 ヶ月の契約で雇用されて
国際援助機関は以下の通りである。
おり、給与も 9−10 ヶ月のベースで支給さ
①大学―スタンフォード大学、ハーバード
れている。医学部などでは12ヶ月ベース
大学、インディアナ大学、カリフォルニア
のところもあり、またサマースクール等で
大学バークレー校、チュレーン大学
教えることにより、同じ大学から 1 年ベー
②国際援助機関―世界銀行、米国国際開発
スの給与を得ることも可能であるが、基本
庁
的にこの 2−3 ヶ月に関しては国際協力事
国際協力事業への米国大学・大学人の参加インセンティブに関する調査報告
業等のコンサルタントとして外部機関に
職務内容や雇用条件を定めたコンサルタ
雇用され、報酬を得ることは大学人の権利
ント契約をその機関と取り交わし、職務に
となっている。また、契約期間中(学期中)
就 く 。 職 務 内 容 を 定 め た 「 Terms of
であっても、通常 1 週間に 1 日の割合で、
Reference」は重要な人材募集の際に既に
外部の仕事を受けることは可能であり、こ
文書化されている場合と人材を特定した
れをまとめて取得することが出来る。この
上で、その専門分野や条件を考慮し、両者
ような場合の報酬には大学はオーバーヘ
が交渉しながら文書化される場合の2通
ッドを課し得ない。
りがある。
また、大学人が大学から無給休暇( Leave
of Absence)をとり、長期で国際協力に携
(2)大学としての組織的な実施
わることもできる。大学は浮いた資金を利
第二に、研修事業やプロジェクト型国際
用して、他の教員または任期採用の教員
協力、研究調査を、大学が組織として請け
(大学院生のこともある)を雇い、授業を
負う方法がある。この場合は、大学に研究
補完する。この場合、医療保健や年金につ
開発を担当する部局が国際協力機関と正
いての補填をどうするか等は、ケースバイ
式な契約を結び(あるいは契約を受注した
ケースで、大学と大学人、大学と国際協力
コンサルタント会社のサブコントラクタ
機関の間で交渉が行なわれる。このような
ーとして結び)、大学は資金を得ながら、
かたちで無給休暇をとることは、大学と大
組織として実施にあたるため、参画する大
学人の双方に無理のないような形態を模
学人は授業負担の減免等優遇され、大学人
索していくフレキシビリティが大学にあ
個人の国際協力参加は容易になる。この場
るため、日本に比べて困難ではないとの印
合、大学は大学施設や図書等の使用料とし
象を得た。国際協力だけではなく、期間限
てしばしば 50%に及ぶ高額のオーバーヘ
定の官界での活動や長期の集中的なコミ
ッドを徴収する。
ットメントを要する研究活動にも、この無
大学が組織として、国際協力に関与する
給休暇の制度は活用されている。また、大
場合、形としては大学が組織として請け負
学によって規制が異なるものの、サバティ
っているが、そのプロジェクトの形成にあ
カル年(7 年間に 1 年間または半年間とる
たっては大学人の個人的なイニシアティ
ことが出来る有給研究休暇)を国際協力事
ブによることが多い。また、その形成が国
業への参加に使うことも可能である。
際協力機関や財団の公募に入札する場合
このように国際協力において有用な技
も、事前に大学人と国際協力機関の間で内
術を有する大学人を把握するため、世界銀
諾がある場合も、事業内容・日程や予算、
行や USAID などの国際協力機関やコンサル
大学からの確認書、関係者の履歴書を含む
タント会社では人材ロースターが構築さ
事業提案書(Proposal)を提出して、資金
れているが結局は個人のネットワークや
を提供する機関の審査を受けることが基
紹介が優先し、あまり活用されていないと
本となる。これは国際協力だけではなく、
のことであった。任用の決定した大学人は
研究・事業に対する寄付( Grant)や研究・
黒田
一雄
事業契約(Contract)全般において必要と
れる。BRIDGES プロジェクトにおいても大
なるので、米国の大学にはこの実務の担当
学人だけでチームを構成したスタンフォ
職員が学部レベル、大学事務局レベルの各
ードを負かして、民間を含めたハーバード
所におかれ、財務計画や大学の倫理基準と
が受注に成功したのはこの理由によると
の照合という専門的な知識を必要とする
の見方もあった。
業務を含めて、大学人との共同作業を行っ
複数の大学や大学以外の団体と連合し
て い る 。 特 に 大 学 の 倫 理 基 準 ( Human
て国際協力事業に参加する場合には、資金
Subject 等)との照合は規制の厳しい米国
の分配や事業分担等が事前の契約書によ
大学では、事務職員の重要な仕事となって
って、取り交わされる。この際にも事務局
いる。また、大学によっては国際関係の研
において、研究・事業部の専門家がその任
究・事業を専門に担当する職員を設置して
にあたる。
いる大学もあり(例:インディアナ大学)、
この場合は、大学内の国際関係に専門性の
ある教官のロースターの開発、USAID や国
3.大学・大学人の国際協力参加とイ
ンセンティブ
務省、国際関係に関心の高い財団等との定
期的な協議等の、事業ニーズの把握・新規
事業の開拓に努めている。
(1)大学人のインセンティブ
教育と研究において厳しい評価を受け
なければならない米国の大学人が 国際協
(3)大学を含む連合体としての実施
力事業に参加するインセンティブには次
規模が大きな国際協力プロジェクトや
の4つがあげられる。第一に自らの研究・
プロジェクトの形成時点で複数の大学の
勉学の成果を途上国の状況改善のために
大学人が関わっていた場合には、大学が大
役立てたいという人道的インセンティブ
学同士で連合を組んだり、大学以外の団体
である。当然のことであるが、このような
との連携して国際協力プロジェクトに参
人道的動機は、本調査中、大学人にとって
加する場合もある。大学連合としては、
の国際協力参画のインセンティブに関す
Midwest
る当方からの質問において、ほとんど全て
University
Consortium
for
International Assistance (MUCIA) 等 の
の大学人から第一に挙げられた。
地域連合が、これまで活発な活動を続けて
第二に国際協力事業に参加することに
きた。最近の傾向としては、大学が国際協
よって、自らの研究を量的にも質的にも伸
力のメインコントラクターとはならずに
ばすことが出来るというインセンティブ
コンサルタント会社のサブコントラクタ
がある。国際協力事業を前提とした情報収
ーとして国際協力案件を受注する場合も
集・データ分析は、純粋に研究として行う
多い。その理由として、大学は国際協力の
場合よりもはるかに効率的で大規模なも
構成要素である調査・訓練・評価にはその
のとなることが多く、また質的にも高いこ
実力を発揮するが、マーケティングや実施
とが多い。援助資金を得て実施する研究調
においては弱い場合が多いことが挙げら
査は著作権の問題がクリアしなくてはな
国際協力事業への米国大学・大学人の参加インセンティブに関する調査報告
らないが、これはその大学人が国際協力機
績に比して低く見られる場合には、こうし
関や途上国政府と成果発表を意識した個
たインセンティブはおこりにくい。
別の契約を結ぶことによって解決できる。
第四に経済的なインセンティブである。
例えば BRIDGES プロジェクトは多くの研究
国際協力の分野で通用する技術を有する
成果を生み出し、これに携わった大学人の
米国の大学人にとっては国際協力に参加
研究を飛躍的に豊かなものとした。こうし
することは、重要な副収入源となっている。
たメリットは、大学人だけではなく、その
前述のとおり、1 年のうち 9−10 ヶ月ベー
大学人の指導を受ける大学院生にも共有
スで給与を得る米国の大学人にとっては、
され、学位論文を指導教授の関わっている
大学が公立私立であるかを問わずに、また
国際協力プロジェクトに関連して執筆し、
国際協力だけではなく他の社会サービス
データや研究資金において、通常の場合よ
の提供に関しても、残りの 2−3 ヶ月の収
りも優遇された環境で学位取得を行うこ
入源として、個人としてのコンサルタント
とができた学生も多い。
や大学として行う事業が用いられること
また、多額の資金を大学へもたらすこと
が多い。しかし、一方でこの枠を超えて、
ができた場合には、大学院生の助手
収入を得ることは禁じられており、例えば
(Graduate Assistant)に授業や事務作業
非常に多額の研究費や事業費を大学にも
を委ねて、教育負担から逃れ(勤務時間を
たらした場合でも、それを財源として収入
「Buy Out」するという言い方をする)、そ
の加算をすることは不可能である。このよ
の事業や研究に専念することができるた
うな成果は、毎年の勤務評定で評価されて、
め、教育よりも研究・事業に優先順位をお
初めて大学からの給与の増額という形で
く大学人の場合には、こうした資金を得る
研究者個人の経済的な報奨となる。
ことは大きなインセンティブとなる。
また、研究者以外の大学関係者にも、国
第三に国際協力事業に参加した 経験が
際協力参画への経済的インセンティブは
大学での昇進、テニュア審査、大学への採
及ぶ。大学院生の場合には上記のように研
用において積極的に評価される場合があ
究的なインセンティブも存在するが、指導
るというインセンティブである。特にプロ
教授がこうした案件を有している場合に
フェッショナルスクールや国際関係を中
は、Graduate Assistant として学費の免除
心とした学部ではこうしたインセンティ
や生活費の確保の可能性が高くなるため、
ブが働きやすい。また、大規模なプロジェ
優秀な学生がその教授の下に集まる動機
クトをもってくることで、学部や研究セン
となる。通常米国の大学の事務職員は大学
ターの運営に資金的にも貢献し、これがプ
自体が雇用し、雇用がより安定しているい
ロフェッショナルな得点として評価につ
わゆる「ハード」資金による職員と、プロ
ながることもある。しかし、一方で教育学
ジェクトなどの期間限定の「ソフト」資金
部のように国内的な視野に限られた構成
による任期制の職員とに大別されるが、プ
員によって評価される場合や既存の純粋
ロジェクトを受注することは、「ハード」
学問的な学部で実務での貢献が学問的業
の事務職員にとっては、勤務評価の対象と
黒田
一雄
してのインセンティブを持ち、「ソフト」
部門・留学生担当職員からは強く意識され
の職員にとってはまさに自らの雇用確保
ていた。
のために、さらに強いインセンティブを持
つことになる。
第三に、上述のように大学人や学生の研
究活動が国際協力への参加によって活性
このように米国の大学においては個人
化されることは、大学自体としても歓迎す
が国際協力に携わるインセンティブのシ
べきことであるとの認識は、多くの面談者
ステムが定着したものとなっている。これ
から示された。教育開発のような分野では、
らのインセンティブは複合的に作用しな
大学人の国際協力事業への参加が、この分
がら、大学人の国際協力参加を促進してい
野の研究振興に大きな影響があるのは当
る。
然のことであるが、農学や経済学、地域研
(2)大学のインセンティブ
究等の分野の面談者からも同様の意見が
大学にとっての国際協力参加のインセ
聞かれた。
ンティブは第一に大学の社会における公
第四に、国際協力活動への参加によるオ
共性を確認することにある。米国において
ーバーヘッドを中心とした大学会計への
は公立私立を問わず、大学の社会への貢献
収入が、大学にとっての経済的インセンテ
は、教育と研究とともに大学の使命の一つ
ィブとなっている。ハーバード大学の
として位置づけられている。しかし、これ
International Education Group のように
は地域社会を対象とする場合が多く、途上
独立採算制で、職員の給与までもこうした
国への国際協力を特定して大学の使命と
資金によってまかなわれる大学も存在す
して、位置付けているかどうかは、その大
るが、国際協力に熱心な大学では、特定の
学の沿革や国際性、学長や学部長などの学
国際協力事業への参加による上記の第一、
内リーダーの考え方により、大学によって
第二、第三の効果が著しく期待できる場合
大きく異なるようである。例えば、スタン
には、反対に大学が資金の一部を負担する
フォード大学は90年代初めまで、Food
こともあるとのことである。これは、英国
Research
Institute
や
Stanford
やオーストラリアの大学と比較すると米
Development
Education
国の大学に顕著な傾向であり、米国経済の
Center を中心に活発な国際協力へ関わり
活況も手伝って、調査対象大学の中で国際
を有していたが、90年代の後半にはこれ
協力の経済的インセンティブを重要視し
らの機関が閉鎖され、大学全体としても国
ている大学はハーバード大学のみであっ
際協力への関わりを減速させた。
た。国際協力を含む事業運営によって資金
International
第二のインセンティブは大学の国際化
の還流があることは、営利目的というより
への貢献である。国際協力事業への大学の
も、上述のように優秀な大学院生を確保し、
参加は研究や教育プログラムの国際性を
事務職員(特にソフトの職員)の雇用を安
涵養し、かつその大学の国際的な認知を高
定させ、大学人・大学の研究活動を活性す
める効果をもつ。また外国からの志望者を
るために歓迎すべきこととして捉えられ
増やすなどの間接的な効果も、大学の国際
ているようである。
国際協力事業への米国大学・大学人の参加インセンティブに関する調査報告
院生の奨学資金を確保するという副次的
4.大学(大学人)が国際協力に関わ
るときの諸課題
効果もある。大学院生が授業にあたる場合
には、教授がその質を管理することも多い。
第二に、国際協力への参加によって、大
米国において大学人・大学が国際協力に
学・大学人が専門的な知識の供与だけでな
関わるとき、様々なインセンティブが存在
く、事務的な負担を強いられることがあり、
することをこれまで述べたが、ディスイン
このような場合はディスインセンティブ
センティブ・障害も当然存在する。
となる。これも日本の状況と似通っている
第一に、大学・大学人のとっては、学生
が、米国では上記のように、大学側の事務
の教育が優先するため、大学人が学期中の
的な負担を大学が「ソフト」の職員や大学
出張は授業の調整が困難であることであ
院生の助手を雇用することによって担わ
る。特に終身雇用権取得前の大学人にとっ
せ、逆に大学側にとってのインセンティブ
ては、その審査のための評価にも関係する
(職員の雇用や学生の奨学資金を確保す
ことなので、現実的には長期の出張要請に
る)として転化させていることが多い。
応じることは難しい。また、終身雇用権を
第三に、大学人にとって、国際協力への
既に得ている場合でも、所属長の許可が必
参加が直接的に研究成果に結びつかない
要で、かつ毎年の勤務評定に影響すること
性格のものである場合は、これがディスイ
なので、長期の出張要請には慎重に対応す
ンセンティブとなる。これには、協力内容
る必要があるとのことであった。この傾向
が研修などの研究的でない活動の場合や、
は、学生の教育の質を特に重視するリベラ
協力内容が調査的なものであったとして
ルアーツ大学・私立大学に強く、研究や大
も、データの公表について国際協力機関の
学の公的責務の優先順位が高い研究大
許諾が得られず、研究成果とならない場合
学・州立大学では比較的弱いと指摘する識
がある。米国における大学・大学人の国際
者もあった。いずれにしても、授業との調
協力への参加では、日本に比して調査的な
整は最も大きな国際協力への参加の最も
調査的な活動の割合が大きいことや、研修
大きな障害と捉えられている。これは、日
のような活動では、前述の経済的インセン
本の大学と似通っているが、米国では、無
ティブや国際化インセンティブが働いて
給休暇の活用や、大学人が国際協力に携わ
いることで、大学・大学人は国際協力への
っている間の教育負担を軽減・免除するた
参加が確保されている。調査データの研究
め国際協力機関が大学から大学人の時間
への使用・公表についても、世界銀行では
を「買い取る(Buy Out)」する制度がある
あまり活発でないが、情報公開と大学との
などの方策が存在する。無給休暇や国際協
組織的連携の進んだ USAID では相当程度行
力機関から得られた資金は、常勤的な任期
われている。
制の助教授や非常勤の講師を雇用し教育
を行うために活用される。この制度は博士
を取得したばかりの研究者の雇用や大学
5.国際協力における大学のリソース
活用−日本への示唆
黒田
一雄
によって、大学・大学人の国際協力への貢
(1)大学のリソースの調査への活用
米国の大学の国際協力への取り組みを
取材して気付いたことは、米国の大学が研
献は促進されると考えられる。
(3)大学・大学人への経済的インセンテ
ィブの供与
究調査と教育の双方で国際協力に携わっ
米国の大学では国際協力への参加が、大
ているのに対し、日本は未だ専門家派遣や
学人・大学ともに経済的な利益をもたらし
研修員の受入れといった教育の分野でし
ている。日本の大学でも大学の国際協力参
か大学の役割が期待されていないという
加を促すためには、大学人・大学に経済的
ことである。日本ではいわば調査ものとい
な収益がもたらされ、その使用について十
えるプロジェクト形成調査、企画調査、開
分な柔軟性が担保される必要がある。現在、
発調査に、ほとんど大学のリソースが生か
例えば国立大学がプロジェクト方式技術
されていない。しかし、逆に大学・大学人
協力や研修員の受け入れ、開発調査の作業
が国際協力への関与によって、経済的イン
監理に関わっても、収益を得ることのでき
センティブをもちにくい現行のシステム
るシステムにはなっていない。研修員の受
においては、研究へのインセンティブとな
け入れでは、大学に資金は還流するが、こ
りやすい調査案件への大学・大学人の協力
れも現行では研修員のために使用するこ
を仰ぐ方が、より積極的な関与を得られる
とが規則として定められており、大学人・
と考えられる。日本においても、大学・大
大学にとっての経済的インセンティブと
学人が教育機関・教育者としてだけではな
はなりえていない。例えば、この資金の一
く、研究機関・研究者として国際協力に参
部を委任経理金のような形で、研究費とし
加できるような施策が望まれる。またこの
て使用できるようなシステムを構築する
際、調査によって得られたデータについて
ことが望まれる。しかし、このような収益
は可能な限り公開を原則とし、必要な場合
を大学人個人の収入にすることは、独立行
は相手国政府の了解を取り付けるような
政法人化のプロセスにおける議論を待つ
配慮を日本の国際協力機関にシステム化
べきであろう。米国においては、大学から
するべきである。
給与が支払われていない、年に2ヶ月ない
し3ヶ月の代替として、大学人が国際協力
(2)大学・大学人の評価対象としての国
から収益を得ることがあっても、この枠を
際協力
大きく超えたかたちで大学人が個人で収
米国の国際協力や社会的サービスに熱
益を得ることはなかった。一方、大学に研
心な大学では、大学人の国際協力への参加
究・教育や経済的な面で利益をもたらす国
が、人事評価の際に積極的に評価されてい
際協力プロジェクトを形成・協力した大学
る。日本においても採用や昇任の際に、国
人は、これが人事考課で評価され、給与に
際協力を積極的に評価するシステムを構
反映されるとのことであった。
築すること、独立行政法人化における大学
また、米国の大学が国際協力にかかわる
評価の対象として国際協力を含めること
コントラクトを結ぶときのオーバーヘッ
国際協力事業への米国大学・大学人の参加インセンティブに関する調査報告
ドは 20 から 50%を科している。日本では
行に必要な国際的な研修機会を得られる
民間コンサルタントに対しては非常に割
ようにすることだと考えられる。
高な親会社のオーバーヘッドを科すこと
が、ビジネス習慣となっており、民間のコ
(6)柔軟な大学財政とプロポーザルの活
ンサルタントが国際的に活動する際の制
用
約要因になっているほどであるが、反対に
上記のような大学・大学人の国際協力参
近年構築された開発パートナー事業のよ
加システムの構築をするためには、大学財
うな大学向けのスキームの場合、不当にオ
政が国際協力に対応できるように柔軟で
ーバーヘッドが少なく設定されている。米
あることが必要となる。この点に関しては、
国のシステムや基準は、日本の大学・大学
近年急速に文部科学省は国際協力による
人に経済的インセンティブを導入する場
産学連携費の運用について改革を行って
合の参考とすべきであろう。
きており、この点は高く評価したいが、未
だ米国の大学のような柔軟性はない。例え
(4)教育負担の柔軟な運用
ば、研修員受け入れに伴う産学連携費で常
米国の大学でも指摘されたように、大学
勤的な雇用を行うことはできないし、また
人が国際協力に携わる際に教育負担をど
分野を問わず研修員の経費が一律である
うするかは、日本でも共通の課題である。
ことは現実のニーズに対応できていない
しかし、米国の大学では無給休暇の柔軟な
事例であろう。今後の国立大学の独立行政
運用や、国際協力の資金で大学人の教育負
法人化ではさらに柔軟な財政制度が導入
担を軽減・免除するために、勤務時間を Buy
されると思われるので、期待したい。しか
Out する制度が存在し、活用されている。
し、一方で財政の柔軟にする以上、この使
日本でもこのような制度を確立すること
用についての事後評価を厳しくしていく
で、大学人の国際協力への参加を飛躍的に
必要があろう。
促進できよう。
このような改革を行うために、アメリカ
の大学の事例から学びたいのはプロポー
(5)国際協力に伴う事務負担
ザルの活用である。大学が国際協力に携わ
国際協力における大学人の事務負担や
る場合、大学が国際協力機関に対し、事業
大学の事務コストの問題は米国では、国際
内や、予算案、関係者の履歴書、大学側の
協力機関が相応の支出をして、大学におい
受け入れ確認書などを提出し、審査を受け
て「ソフト」の職員や大学院生のアシスタ
て、国際協力事業を受注する制度である。
ントを雇用することで解決している。日本
この制度により、必要に応じた予算を組む
もこの点に関して、米国の事例に学ぶべき
ことができ、また大学が携わる国際協力事
であろう。しかし、重要なことは大学の既
業の審査や評価をシステム化することが
存の職員が国際協力の意義や大学行政に
できる。
おける価値を認識し、このような仕事を行
うための動機付けがなされ、また職務の追
6.結語
黒田
一雄
ビリティの向上につなげて行きたい。
本調査では、米国の大学において一般的
に大学・大学人の社会サービスを円滑に行
謝辞
うことへのインセンティブ体系が構築さ
れており、国際協力への参加もその一環と
本調査は、平成 11−13 年度科学研究費
して行なわれていることが明らかとなっ
助成研究プロジェクト「国際協力のための
た。日本においても国立大学の独立行政法
大学のリソース活用方策に関する国際比
人化をにらみ、こうした大学の社会サービ
較研究」(研究代表者:二宮皓広島大学教
スへの取り組みがシステムとして整備さ
授)の一部として実施したものである。二
れる可能性がある。米国のシステムを無批
宮教授他、関係者の方々に感謝したい。ま
判に日本の大学に持ち込むことはできな
た、米国での調査では、多くの方々にお世
いが、有効なモデルの提示として受け止め、
話になった。併せて、お礼申し上げる次第
日本の国際協力の質と大学のアカウンタ
である。
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