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地域社会との連携における私立大学経営戦略の一考察 -M大学の事例

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地域社会との連携における私立大学経営戦略の一考察 -M大学の事例
第 1 章
第1章
第1節
序論
序論
背景
優 れ た 人 材 を 社 会 に 供 給 す る 責 任 の 一 端 を 担 う 大 学 は ,今 岐 路 に 立 た さ れ て い る .
少子化傾向に歯止めがかからないことから,学生数の激減が続くマクロ環境の変化
が,さまざま形で大学運営に深刻な影響をもたらしている.
高等教育を代表する大学において,こうした競争社会は選別化,種別化をもたら
し,学生確保をはじめとする大学の生き残りをかけた戦略の巧拙によっては,大学
自身の存続さえ危ぶまれる時代となった.
大学は人材育成をはじめとする様々な役割が課せられ,高い公共性が求められて
いる.国際的な競争環境の激化,環境問題,産業の空洞化等を始めとする様々な課
題解決に向けて,社会における構成員の一員としての役割が期待されている.もは
や 大 学 は , 社 会 か ら 切 り 離 さ れ た 「象 牙 の 塔 」, 孤 高 の 存 在 と し て は 存 在 し 得 な い の
である.
大 学 の 使 命 は , 「知 の 継 承 ( 教 育 ) 」, 「知 の 創 造 ( 学 術 研 究 ) 」, 「知 の 活 用 ( 社 会
貢 献 )」で あ る と い わ れ て い る .経 営 に お い て ,学 生 納 付 金 に 多 く を 依 存 す る 私 立 大
学 は , こ れ ま で 学 生 と 密 接 に 関 わ る 「教 育 」「研 究 」に は 熱 心 に 取 組 ん で き た も の の ,
「知 の 活 用 」の 部 分 に つ い て は ,な お ざ り に し て き た 向 き が 強 い .そ れ は ,「知 の 活 用 」
すなわち,大学と地域連携の取組みがこれまで大学にとってあまりメリットのない
もの,むしろ負担にさえなる活動として捉えられてきたからである.教員たちは主
に 教 育 研 究 活 動 に 多 く の 時 間 を 割 き , た と え , 「地 域 連 携 」の 中 で 成 果 を 上 げ た と し
ても何ら評価されることがなかった.職員も自らの職務に追われ,一部の職員が公
開講座や生涯学習講座などに携わるというのが現状であった.
しかし,バブル経済崩壊後の長引く不況,企業の業績悪化,政府の財政難などを
背景に,日本経済の立て直しを地域経済の活性化を契機に活発化させようとする動
きに注目が集まるようになった.さらに,米国の産学連携による産業活性化の成功
等をうけて,企業の国際協力の維持・強化や新規産業の創出のために産学連携の重
要 性 が 認 識 さ る よ う に な っ た . 1 9 9 8 年 の 「大 学 等 技 術 移 転 促 進 法 」が 施 行 さ れ た
こ と を 契 機 に ,大 学 の 研 究 成 果 の 社 会 還 元 と い う 社 会 的 ニ ー ズ に 後 押 し さ れ る 形 で ,
産学官連携への気運がさらに高まりを見せ始めるようになった.
政府は,世界最高水準の科学技術創造立国を目指し,産学官連携の強化と地域の
科学技術振興を推進してきた.大学の知的ポテンシャルの活用と新しい技術開拓と
の実用化を目指し,経済産業省や文部科学省によって諸施策が展開されている.
内閣府では,平成13年から総合科学技術会議の科学技術システム改革専門調査
会に産学官連携プロジェクトを設け,産学官連携の推進に関する制度改革・規制緩
和等を含む具体的方策について検討を実施した.
同プロジェクトの最終報告では,今後,技術ライセンスに加えて,産学の共同研
究の企画・立案・インキュベーション機能までを包括的にマネジメントする体制を
構築し,産学のニーズ・シーズのマッチングや事業化支援機能を強化する必要があ
るとしている.
経済産業省では,産学官が連携して研究開発を進める体制を整備し,事業化を目
指す研究への資金援助を行っている.平成13年度においては,地域における産学
官連携を促す委託開発事業として,即効型地域新生コンソーシアム研究開発事業,
1
第 1 章
序論
即効型中小企業地域新生コンソーシアム研究開発事業,即効型地域新規産業創造技
術開発費補助事業,地域創造技術研究開発費補助事業等を行った.
また,内閣府,経済産業省が中心となって平成13年以降,地域産学官連携サミ
ットが開催され,各地方自治体レベルでの産学官連携が進められている.
文部科学省では,知的クラスター創成事業として,全国30地域で実施された可
能性調査に基づき,平成14年に10クラスター(12地域)を選定した.当該地
域では,各地域の大学の共同センター等において,企業ニーズを踏まえた新技術シ
ーズを生み出す産学官共同研究が実施されている.
地域結集型共同研究事業では,地域のポテンシャルを結集し,関係研究機関の有
機 的 連 携 に よ る ネ ッ ト ワ ー ク 型 地 域 COE( セ ン タ ー ・オ ブ・エ ク セ レ ン ス )の 形 式
を図り,集約的な研究開発を実施し,新技術.新産業の創生を目指している.
さらに,地域研究開発促進拠点支援事業では,ネットワーク構築のため,各地域
に設立された地域研究開発促進拠点での研究交流の促進,研究課題等の探索等への
支援が行われている.研究成果活用プラザにおける技術移転の推進事業では,全国
7ヶ所に整備中の研究成果活用プラザにおいて,地域における新産業の創出やベン
チャー支援に資するコーディネート活動,技術開発活動,ベンチャー創業支援活動
を展開し,技術移転を推進するなどの方策がとられている.
産業界側からみれば,これまで企業内で行われてきた研究開発が,不況等の影響
により企業内だけでは対応しきれなくなったことが,産学官連携を誘発する要因の
ひとつとなっている.またクラスターを形成する上で,関連・支援産業の存在は必
要不可欠であり,大学の持つ知的ポテンシャルは,大いに活用すべき資源であると
産業界で広く認識されるようになっていった.企業は,大学の持つポテンシャルを
生かしながら,新たな技術開発や事業化が可能なり,競争力確保の上で重要なイノ
ベーションの創出にも可能性を見出すことが出来るようになったのである.
こ う し た 社 会 的 背 景 を も と に , 大 学 で は 単 な る 「社 会 貢 献 」か ら 産 学 官 連 携 , さ ら
に 発 展 さ せ た 地 域 連 携 を ひ と つ の 大 学 の 経 営 戦 略 と し て 位 置 付 け ,取 組 み を 始 め た .
大 学 は , 「知 」の 源 泉 と し て 教 育 , 研 究 を 行 い , そ の 成 果 を 社 会 に 還 元 す る 使 命 が
あ る . 「知 識 社 会 」到 来 に 伴 っ て こ の 役 割 は ま す ま す 社 会 に と っ て も , 大 学 に と っ て
も必要かつ重要なものとして認識されるようになった.地域連携の取組みは,大学
がその存在理由を社会に対して明らかするとともに,高い公共性を維持し,社会の
構成員としての責務を果たす意味でも重要な取組みのひとつとなっていったのであ
る.
第2節
問題意識と研究対象
こうした背景をもとに,産学官連携,地域連携は国家的政策,産業界からの要請
として,推進されてきた.
し か し ,こ れ ま で の 取 組 み は ,産 業 界 側 あ る い は 行 政 側 か ら の 視 点 で 「成 果 が あ っ
た 」,ま た は 「成 果 が な か っ た 」と 評 価 さ れ て い る .こ の 視 点 を ,大 学 側 へ 移 し た 時 に
大学側にとって地域連携は,大学の生き残り策のひとつとして有為な取組みと言え
るのであろうか.さらに言えば,熾烈な競争下において大学経営や大学そのものの
改革を迫られている多くの私立大学にとって,地域連携はいかなる意味を持つもの
2
第 1 章
序論
であろうか.
産学官連携を始めとする,地域連携はいわば自然発生的に行われてきたが,これ
をクラスター理論に当てはめ,分析することで有為な取組みであることを明らかに
し,さらに地域連携が,より大学経営にとって有効な取組みとして作用するために
は,いかなる方策が必要かを明らかにすることが本稿の目的である.さらに,地域
連携おいて大学が成果をあげるための具体的提言についても言及していきたい.
また,次章以降,拙論を進める前に,本節では本稿で扱われる主な事柄について
の定義をしておきたい.
¾
地域・・
特定の目的(あるいは政策や計画)にとって意味を持つ地理的広
がりのことであり,大きくはいくつかの国を包含するほどの広い範囲をさす
こ と が あ る ( 二 神 [2002]). 本 稿 で 取 り 扱 う 範 囲 は , い く つ か の 自 治 体 , 特 に
事例検証においては,M大学周辺の自治体を中心とした地理的広がりを対象
として取り扱う.
¾
連携・・
経営学において連携は,主として連繋ないし提携とよばれる企業
間 関 係 を さ す ( 二 神 [2002]). 複 数 の 企 業 の 間 で 当 事 者 企 業 そ れ ぞ れ の 思 惑 に
おいて通常の市場関係,競争関係をこえる協力関係が取り結ばれることがあ
る.本稿における地域連携の場合には,企業だけでなく,政府,自治体,大
学,研究機関,地域住民なども連携の当事者として登場する.
¾
産学官連携・・
産,学,官という異なるドメインに所属する組織または人
材がドメインを超えて,知識や技術に関して,ある一定の期間に意図的に協
力する,インターラクティブなプロセス,またはこれを促進する仕組み.
¾
大学活性化・・
大学がその使命(教育・研究・社会貢献)や目的を達成す
る過程において行われる取組み,組織改革等の大学改革など,時代に対応し
た大学づくりを行うプロセス.
¾
ケイパビリティ・・
リソースとともに戦略資産を形成するもので,調達,
生産,販売にあたる情報を基礎にした組織課程全般に及ぶ企業独自の能力.
この能力は,企業活動に不可分に根ざしており,開発,売買,模倣が極めて
困難である.こうした特徴をもつケイパビリティによって,経営資源は活用
さ れ ,競 争 優 位 が も た ら さ れ る( 高 橋 [2004]).こ れ を 大 学 経 営 に も あ て は め ,
研究活動,教育活動,その他大学運営におけるに様々な活動に係る独自の能
力.
¾
クラスター・・
クラスターとは,特定の分野において,相互に関連のある
企業・機関が地理的に集中している状態である.クラスターは,関連する複
数 の 産 業 や 競 争 上 大 き な 意 味 を 持 つ 他 の 団 体 を も 包 摂 す る も の で あ る . 1)
1)
Diamond Harvard Business (1999)p.31
M,E.Poter
3
第 1 章
序論
本 稿 で は ,M 大 学 が 位 置 す る 多 摩 地 域 を ひ と つ の ク ラ ス タ ー と し て ,主 に ポ ー
ターのクラスター理論を分析枠組みとして用いて,検証を行う.
以 上 の と お り ,本 稿 で は 事 例 と し て 取 上 げ る M 大 学 が 位 置 す る 多 摩 地 域 を ひ と つ
の地域連携モデルとして捉え,地域社会との連携から新たに生み出される地域イノ
ベーションシステム,新たな価値創造にむけた取組みの考察を行う.さらに,こう
した取組みを通じて,大学が自己改革を行うことにより,いかに社会から求められ
る存在となり,大学そのものが活性化していくかについても同時に指摘しておきた
い.
第3節
論文の構成
本稿では,地域社会との連携が大学経営にいかに有為であるかを示すために,以
下のとおり論文を構成している.
第2章では,年々増えつづけた18歳人口,受験者数増加の時代から一転して,
18歳人口の減少傾向が止まらない現状,教育行政の改革,日本経済の変容等を踏
まえて,私立大学を取巻く外部環境を整理し,大学が多様化,類型化していくこと
を述べている,さらに,このような外部環境が私立大学の経営にどのような影響を
与えるのか明らかにした.外部環境に対応できないばかりか,第三者機関や民間の
格付け機関による評価も大学経営に重要な影響を与えていることを指摘し,さらに
知識基盤社会における大学の役割がどのように変化し,大学がどのようにそれらを
捉え進むべきか,大学の方向性を示す足がかりとした.
第3章では,産業クラスター論の歴史的系譜を俯瞰し,産業集積からクラスター
への発展過程を整理した.さらに,クラスター戦略から産学官連携を分析し,産学
官連携から,さらにその連携がより強固で密接な関係性の構築に向けて,連携を推
進し発展させるための必要要素について述べている.また,本稿で事例として取上
げている多摩地域を,ポーターのダイヤモンド・モデルにあてはめ,分析を行い,
多摩のポテンシャルに注目した連携構築について考察を行った.
第 4 章 で は ,本 稿 で の 仮 説 を 提 示 し ,仮 説 の 検 証 と し て M 大 学 を 事 例 と し て 取 上
げた.ここでは,M 大学についての内部環境分析,および資源評価を行っている.
さ ら に ,M 大 学 が 現 在 行 っ て い る 地 域 連 携 の 取 組 み に つ い て 具 体 例 を あ げ ,そ の 取
組みについての成果と課題を指摘している.これらを踏まえ,域社会との連携が成
果あるもとのするための要因について,クラスター理論の分析をもとに導き出して
いる.
第5章では,第4章の事例をもとに仮説の検証を行い,私立大学と地域社会との
連携における新たな可能性について述べた.また,地域連携における新たな価値創
造,地域イノベーションシステム構築にむけた課題の整理を行い,今後の活動につ
いて具体的提言を行い,結論へと導いた.
4
地域社会との連携における私立大学経営戦略の一考察
- M大学の事例による大学活性化の可能性 -
Considerations of management strategies at a private university
in cooperation with the local community
― Possible revitalization of university activities :
the case of M University ―
中央大学 総合政策研究科
04X1103009H
村山 光子
Murayama Mitsuko
指導教授:丹沢 安治
目
次
第1章
序論
第1節
背景
・・・1
第2節
問題意識と研究対象
・・・2
第3節
論文の構成
・・・4
第2章
私立大学を取巻く現状
第1節
私立大学を取巻く外部環境
第2節
経営環境の変化・第三者評価と外部評価
・・・10
第3節
知識基盤社会における大学の役割
・・・13
第3章
・・・5
クラスター戦略と産学官連携
第1節
産業クラスター論の系譜
・・・17
第2節
クラスター戦略からみた産学官連携
・・・21
第3節
多摩をクラスターとした競争優位の源泉
・・・23
第4章
地域社会との連携
第1節
仮説の提示
・・・30
第2節
M大学の内部環境分析と資源評価
・・・31
第3節
M大学の地域連携の取組み
・・・32
第4節
M大学の取組みにおける成果と課題
・・・35
第5節
地域社会との連携における成功要因
・・・36
第5章
仮説の検証と今後の課題
第1節
仮説の検証
・・・45
第2節
私立大学と地域社会との連携における推進
・・・46
第3節
今後の課題および提言
・・・48
結論(おわりに)
・・・51
謝辞
参考文献
キイワード
私 立 大 学 (private university) 地 域 社 会 (community) 地 域 連 携 (inter-regional
association) 産 学 官 連 携 (industry-academia-government alliance) 私 立 大 学 の生
き残 り戦 略 (survival strategy of a private university)
i
第2章
第2章
第1節
私立大学を取巻く現状
私立大学を取巻く環境
私立大学を取巻く外部環境
大学経営にとって,18歳人口の動向は学生納付金に大きく依存している上で,
非常に重要である.18歳人口は昭和51年(1976)に154万人となり,平
成4年(1992)の205万人のピークを迎えるまで増加を続けた.その後は一
転して18歳人口は減少し続けており,平成16年(2004)は141万人に至
っている.今後の出生率等からの予測では,18歳人口は更に減少を続け,平成2
3年(2011)には120万人,平成44年(2032)には100万人を下回
る 見 込 み と な っ て い る .( 図 2 - 1 )
こうした状況の中で,文部科学省は当初の予想よりも前倒しして,平成19年度
(2007)には,入学者数と大学入学定員が一致すると発表した.
平成16年度実績に基づいて将来に亘る大学の収容力を試算したところ,①現役
志願率は14年度~16年度の実績で推移,②過年度志願者は14年度~16年度
の実績で推移,③入学定員数は15~16年度の実績を試算,④入学者は入学定員
の 1.1 倍 を 上 限 と す る こ と を 仮 定 し て , 1 8 歳 人 口 が 1 3 0 万 人 と な る 平 成 1 9 年
には全志願者と入学者の数は67万5千人で同数となる.これは学生が大学を選ば
なければ,いずれかの大学には入学できるということを意味している.
大学入学定員の動向からみると,上記の数字は大学全体としての数値であるが,
個々の大学をみればすでに定員割れを起こしている大学もある.2005年に民事
再生法申請を行った萩国際大学は,いわばその典型であり,定員割れした状態から
充足率をあげることが出来ないまま経営破綻に陥ったケースである.平成17年度
の志願者数の減少は小幅で,入学定員,入学者数は増加している.日本私立学校振
興・共済事業団による平成17年度の「学校法人基礎調査」によると,大学557
校(平成17年5月1日現在)において入学定員は,43万1,037人で前年度
より1.3ポイント上昇している.また,入学者は47万3,714人で前年度よ
り0.8ポイント増である.これに対して,入学定員に対してどれだけ入学者がい
るかを示す入学定員充足率109.9%で前年度比0.59ポイント減となってい
る .( 表 2 - 1, 2 - 2 及 び 図 2 - 2 )
5
第2章
図2-1
私立大学を取巻く現状
18歳人口および高等教育機関への入学者数・進学率等の推移
(出典)文部科学省「学校基本調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」より
文部科学省作成
6
第2章
図2-2
私立大学を取巻く現状
入学定員と入学充足率の推移
(出典)日本私立学校振興・共済事業団
図2-3
私学相談センター
定員割れ学校数の推移
(出典)日本私立学校振興・共済事業団
7
私学相談センター
第2章
表2-1
私立大学を取巻く現状
入学定員充足率の推移
(出典)日本私立学校振興・共済事業団
表2-2
私学相談センター
入学定員充足率の分布推移
(出典)日本私立学校振興・共済事業団
8
私学相談センター
第2章
私立大学を取巻く現状
このように18歳人口が低下しているにも関わらず,全国の大学数は,私立大学
の新設ラッシュに加えて,厳しい経営環境にある短期大学が四年制へ改組改編する
動 き が 見 ら れ る な ど の 要 因 に よ り , 年 々 増 加 傾 向 に あ る ( 図 2 - 4 ). 国 立 大 学 は ,
文 部 科 学 省 が 2 0 0 1 年 1 1 月 に 「国 立 大 学 の 再 編 ・ 統 合 に つ い て の 基 本 的 な 考 え
方 」を 示 し て 各 大 学 へ 検 討 を 促 し た 結 果 , 再 編 . 統 合 が 進 展 し て き た .
一方,私立大学の大学・学部の新設にあたっては,規制緩和,法律改正等によっ
て学校法人の自由な判断に委ねられている.以前のような事前規制はとられておら
ず,むしろ事後のチェックに力が注がれるようになった.これは,以前にもまして
大学運営について各学校法人が責任をもってそれにあたることを意味し,経営的に
苦しくなった私学が淘汰されるのもやむを得ない,という判断になる.
少子化の進行と大学の新設ラッシュにとともに,高等教育はその質と規模が変化
している.18歳人口は減少を続け,一方大学数は一貫して増加の一途を辿ってい
る.その結果,需給の格差は拡大を続けているのが現状である.
図2-4
大学数および私立大学が占める割合の推移
( 出 典 )文 部 科 学 省
9
学校基本調査より作成
第2章
第2節
私立大学を取巻く現状
経営環境の変化・第三者評価と外部評価
年々競争が熾烈になる大学間競争において,私立大学を取巻く環境は大学経営に
いかに影響を与えているのであろうか.また,それはどのように変化しているので
あろうか.
大学をめぐる一般的環境は,連日報道されているように年を追うごとに厳しさを
増している.2005年6月21日に民事再生法申請を行った萩国際大学はその象
徴であり,この事態は決して特殊な例ではなく,まさに「大学倒産時代」の幕開け
とも言える出来事として大きく報道された.
18歳人口は今後確実に減少し,学生確保が困難となる大学は,そのまま大学経
営を圧迫することになるであろう.特に学生納付金に大きく依存している私立大学
の 経 営 は ,学 生 確 保 が そ の ま ま 経 営 状 態 に 直 結 す る 結 果 を 生 む .先 の 萩 国 際 大 学 は ,
学生が定員の一割前後しか集まらない状態が続き,経営不振が続いた結果,ついに
「民事再生法申請」という結論に至った.
このことは,いずれの大学においても起こりうる事態である.建学の理念に基づ
き個性化,差別化された特色ある教育や研究を推進するための自己改革を怠った大
学は,いずれ同様の道筋を辿ることになるだろう.
今日の少子高齢化社会の到来は,大学にとって厳しい現実に立ち向かい自己改革
するチャンスであるとも言える.これまで戦後から右肩上がりに増加し続けてきた
学生数や進学率増加の上に安穏としていた時代は終わった.いまや大学は,厳しい
状況を克服し,私立大学の取組むべき課題を見出し,自らの手によって改革を行う
ことにより,21世紀の日本にとって必要とされる新たなる大学を作り上げていか
なければならない.
現在問題となっている私立大学経営上の内的課題は,様々なものがあるが大きく
分けて(1)定員未充足による学費収入の減少(2)人件費の拡大(3)施設設備
の老朽化(4)構成員の意識改革等が課題として考えられる.
先に述べたとおり,学生納付金に大きく依存している私立大学は定員未充足によ
って引き起こされる学費収入の減少が,ダイレクトに大学経営に打撃を与える.こ
のこととあわせて一般的に終身雇用している大学の専任教職員の人件費が,大きく
経営を圧迫する事態も避けられないことが予想される.さらに,新設校を除けば施
設設備が老朽化することで,アメニティ重視の現代学生の要望に応えるキャンパス
再開発に対する資金余力を持たないことになる.充実した施設設備も大学の魅力の
一つと考えると,厳しい選択を強いられることになるだろう.
また,こうした厳しい経営環境において様々な改革を推進していく上で,弊害と
な っ て 表 れ る の が 教 職 員 の 意 識 改 革 の 遅 れ で あ る . い ま や 「象 牙 の 塔 」と し て の 大 学
は成立しないにも関わらず,旧態依然の価値観でその職務にあたっている教職員が
存在することは,改革の阻害要因として考えなければならない.どのような改革を
進めるかは議論の余地はあるにしても,大学の理念に基づいた改革の推進は,もは
や現代において疑う余地はないと考えられる.
さ ら に , 大 学 経 営 に と っ て 大 き な 影 響 を 与 え る も の の 一 つ と し て , 「第 三 者 評 価 」
「外 部 評 価 」が 挙 げ ら れ る .
教 育 研 究 の 質 を 評 価 す る こ と は 容 易 で は な い が ,外 部 評 価 や 第 三 者 評 価 の 動 き は ,
大 学 運 営 に 大 き な 影 響 を 与 え て い る .行 政 改 革・規 制 緩 和 の 中 で 「事 前 規 制 か ら 事 後
10
第2章
私立大学を取巻く現状
チ ェ ッ ク へ 」と い う 動 き が 台 頭 し ,1 9 9 1 年 に 大 学 設 置 基 準 の 大 綱 化 に よ っ て ,自
己点検・評価を行うことが義務付けられた.さらに2004年度からは国公私立の
区別なく,国の認証評価機関からの第三者評価が義務付けられることとなった.近
年では,私立大学の財務格付けの公表が相次いでおり,しかも総じて高い格付けを
得 て い る .こ れ ら は ,財 務 基 盤 の 秀 逸 さ を 進 学 希 望 者 を 含 め て 対 外 的 に ア ピ ー ル し ,
大学ブランドの評価を高めることで,経営の安定性を向上する狙いがあると思われ
る .( 図 2 - 5 )
私立大学はその財源の4分の3を受験料,入学金,授業料などの学生納付金に依
存しているのが,大きな特徴である.そのため,安定的な経営を行うために,学生
納付金につながる学生数の安定確保は経営上の最優先課題となる.つまり,同時に
志願者数,志願倍率を維持していくことも重要となってくる.
学 校 法 人 へ の 財 務 格 付 け で 実 績 を 先 行 す る 格 付 投 資 情 報 セ ン タ ー ( R&I) に よ れ
ば,格付取得の評価ポイントの中で重視される項目は(1)学生納付金収入の動向
(2)それ以外の収支の構造と状況(3)財務の健全性(4)学校法人運営の能力
の4点であるとしている.
格 付 け の 意 義 は , 資 金 調 達 の 手 段 の 多 様 化 と と も に 「倒 産 す る 大 学 」が 出 現 す る 現
代 に お い て ,大 学 の 信 頼 性 等 ,大 学 の 持 つ 力 を P R の 意 義 も 大 き い .S & P 社 で は ,
格 付 け に 際 し ,設 立 の 経 緯 や 沿 革 ,提 供 し て い る 教 育 内 容 ,就 職 率 や 就 職 先 の 推 移 ,
各種資格の取得状況,学生による授業評価などの教育改善の取組み状況,入試の難
易度の変化,キャンパスを構える立地などをもとにしている.また,理事長など経
営トップのインタビューは不可欠で,現状をどう認識し,中長期的にどのような運
営方針を持っているのか,財務政策など学校法人における将来の政策の方向性,ま
たその実行の能力をも調査している.
先に述べたとおり,私学事業団の調べによれば定員を満たすに至らない私立大学
が3割に上るという厳しい状況にある.私学助成金は定員充足率などから算出され
るが,概ね50%割れという状況になると原則助成金を受け取ることが出来なくな
る.つまり,学生確保が困難になると,学生納付金だけではなく,私学助成金も見
込めなくなりさらに,厳しい事態に直面することになるのである.このように,学
生確保は安定した大学経営を維持する上で,最重要課題の一つと捉えなければなら
ない.
さらに,大学経営において注目すべき点は,大学経営におけるキャッシュフロー
である.一般的には半期ごとに学生納付金が入金されることからつねに手元資金を
確保しながら経営が可能という恵まれた環境にある.また学校法人は文部科学大臣
が 定 め る 「学 校 会 計 基 準 」に し た が っ て 会 計 処 理 を 行 い , 財 務 計 算 書 類 を 作 成 し て い
る.その際,基本金積み立て制度という独特の会計処理によって収入額からあらか
じめ積み立て相当額を控除して処理を行う.このため,会計上の損益と実態とで乖
離が生じ,誤解を招きやすい.
こうしたことの改善策として,私立学校法の改正により,私立大学は積極的な情
報開示によって,学校法人が公共性の高い法人としてのアカウンタビリティーを果
たしていくことが求められるようになった.国・公共団体等から補助金・助成金を
受けている学校法人において,学校運営の透明性・適切性は民間企業以上に求めら
れているといっても良い.同時に,こうした動きは近年クローズアップされてきて
11
第2章
私立大学を取巻く現状
い る USR( 大 学 の 社 会 的 責 任 )の コ ン セ プ ト に も 合 致 し た も の と 言 え る .私 立 大 学
は透明性のある大学経営を求められ,これまでみられたようなガバナンスの未整備
による曖昧な大学経営では立ち行かなくなってきている.
以上のように,外部環境の変化から大学経営は利用者のニーズの動向,あるいは
関係機関や民教育機関等々,社会のニーズ,状況に応じた対応が求められている.
こうした動向を見据えながら,市場や社会に必要とされるサービスを提供するため
に,大学は大学改革を推進していく必要がある.
図2-5
名
第三者機関による評価体制
称
特
徴
大学評価・学位授与機構
国の設置する第三者評価機関(16年度より独立行
( NIAD-UE )
政法人).大学等の教育研究活動等の状況について
評価を行い,その結果について公表する.
国立大学法人の教育・研究に対する評価を実施.
大 学 基 準 協 会 ( JUAA)
国・公・私立の4 年制大学を会員校とする自立的
な大学団体.評価は,「加盟判定審査」と「相互評
価」の2 種類がある.
日本技術者教育認定機構
理工農学系大学における技術者教育プログラムの認
( J A B E E )
定を行う.国際的品質保証加盟を目指している.
長期債務格付機関
学校法人格付取得の目的として,①資金調達手段の
多様化,②学校法人のPR,③第三者の視点を法人
経営に活用,など.
R & I に よ る 格 付: 法 政 大 学( A A - ) ,
日 本 大 学( A A ) ,早 稲 田 大 学( A A + ) ,
大 阪 経 済 大 学( A + ) ,成 蹊 学 園( A A - ) ,
千 葉 工 業 大 学( A A - ) ,修 道 学 園( A + ) ,
慶應義塾( A A + )
S & P に よ る 格 付 : 慶 應 義 塾( A A ) ,東
京理科大学( A A - )
J C R による格付: 共立女子学園( A + )
( 出 典 ) 各 関 係 機 関 HP よ り 作 成
12
第2章
第3節
私立大学を取巻く現状
知識基盤社会における大学の役割
経 済 の グ ロ ー バ ル 化 が 進 み , 世 界 的 に 知 識 基 盤 社 会 1) が 進 行 し , 産 業 構 造 を は じ
めとする社会構造や価値観が変化している.文部科学省が指摘するように,知識基
盤 社 会 と は 「 Higher education for all」 で も あ る . こ の 社 会 の 形 成 を 目 指 し て 大 学
の果たす役割は,地域社会の切実なニーズに大学が自治体や団体と協働して教育・
研究で応えること,質を保証した教育を提供することにより社会の信用を得て,大
学 の 知 を 地 域 に 還 元 す る よ う な 活 動 を 活 発 に す る こ と 2) が 必 要 で あ る .
高等教育の受益者は,学生個人のみならず社会全体であるという視点から,知識
基盤社会の多様な要請に対応していくために,高等教育と社会との連携を一層強化
する必要がある.具体的には,社会の人材需要への対応,教育内容への社会的なニ
ーズの反映,研究面での社会との連携や貢献などが考えられる.
日本の社会構造が大きく変化する中,少子高齢化にともなう生活機能の開発やグ
ローバル社会が生み出す日本産業の空洞化に対する地域産業の振興といった,地域
において発生する課題への対応に対して,地域行政などが大学にその役割を求めて
い る .ま た ,企 業 内 人 材 の 育 成 だ け で は な く ,NPO や ボ ラ ン テ ィ ア 活 動 な ど を 担 う
人材の育成も大学に求められており,これらの人材育成ニーズ対応していく必要が
あるだろう.
さらに最近では一旦就職はしてみたものの新しい分野へチャレンジしたくなった
り,就業環境の厳しさからより高度な専門知識を学びたいと思ったりする要望が増
え,大学院へ入学・再入学する社会人が増え,リカレント教育が職業能力開発とし
て着目されている.
このような社会人の需要に対して,大学側も社会人学生の確保に向けて大学院入
試 の 時 期 を 増 や し た り ,秋 入 学 の 実 施 ,選 抜 方 法 の 配 慮 な ど の 方 策 が 必 要 と な っ た .
また,授業についても勤務を続けながら学べるように夜間や土曜日開講,1年コー
スや長期在学コース開設などメニューを増やして対応している.大学設置基準や建
築基準法等の緩和により,都市部にサテライトキャンパスの開設が可能となって,
よ り 社 会 人 の 学 び や す い 環 境 が 整 え ら れ つ つ あ る .( 図 2 - 6 , 2 - 7 )
1)
2)
あらゆる活動が高度な知識や情報を直接的な基盤とする社会
文 部 科 学 省 ホ ー ム ペ ー ジ http://www.mext.go.jp/
13
第2章
図2-6
私立大学を取巻く現状
社会人選抜を実施する大学院(研究科数)
図2-7
夜間大学院をおく大学院数
( 出 典 ) 文 部 科 学 省 「大 学 に お け る 教 育 改 革 内 容 等 に お け る 状 況 調 査 」 (平 成 1 7 年 度 )
図2-7
夜間大学院をおく大学院数
( 出 典 ) 文 部 科 学 省 「大 学 に お け る 教 育 改 革 内 容 等 に お け る 状 況 調 査 」 (平 成 1 7 年 度 )
図2-8
サテライトを置く大学院数
( 出 典 ) 文 部 科 学 省 「大 学 に お け る 教 育 改 革 内 容 等 に お け る 状 況 調 査 」 (平 成 1 7 年 度 )
14
第2章
私立大学を取巻く現状
このように,生涯学習や社会人のキャリア開発ニーズも高く,高校生等の若年層
だけではなく,卒業生,地域の社会人への対応も大学として対応が必要となってく
るであろう.さらに,国際化に対応したアジア地域からの留学生などに対する教育
サービスの拡大なども視野に入れるべきである.
こうした教育機会の拡大の他に,企業等の研究連携の拡大,地域との連携による
役割について,大学は新たな組織体制,意識改革が必要である.中長期的な技術開
発目標の実現に向けた産学連携のもとでは多様な技術開発ニーズがあり,企業が積
極的な研究開発投資を行うことで,大学においても収益拡大の可能性がある.さら
に こ れ を 発 展 さ せ , 大 学 が 立 地 し て い る 地 域 に お け る 課 題 に 対 し て , 行 政 や NPO
などの組織と連携して積極的に活動を行うことで,あらたな研究領域やシーズの発
見に繋げることができる.
地域において,地域行政との産業振興,地域開発,生活文化活動などにおける拠
点機能等の役割も期待され,学内のシーズとのマッチングにより,新たな価値創造
にむけて大学の活性化が期待される.さらに,地域高校においては,進学への目的
意識の形成や学習能力の向上にむけたと活動と結びつけ,高大連携を推進していく
ことが可能となるだろう.
ま た ,現 代 の め ざ ま し い IT 技 術 の 発 展 ,情 報 化 の 進 展 に よ り ,高 度 情 報 シ ス テ ム
の 構 築 や , Web 等 を 利 用 し た 情 報 発 信 , e-ラ ー ニ ン グ な ど IT 技 術 を 駆 使 し て , 広
く社会へ教育サービスを提供できる時代になっていることも教育機会の拡大のチャ
ンスとすることが出来る.
こうした機会を活用することで,大学は教育,研究,連携,大学機能等の強化を
推進し,大学改革へつなげていかなければならない.
一方,大学は先に述べたとおり18歳人口が低下の一途をたどり,市場衰退化の
危険性がある.さらに,高学歴層の早期囲い込みや低学力層への対応強化など学生
の獲得がより困難になることも予想されている.さらに,文部科学省の政策,教育
改 革 の 推 進 ,構 造 改 革 等 に よ り ,NPO や 民 間 教 育 機 関 な ど の 新 た な 大 学 運 営 主 体 が
出現している.効率的で目的志向の大学運営の実現により,学生獲得競争や地域・
企業との連携構築において既存の私立大学などに先行する恐れがある.
社会からニーズの高い専門能力開発や時代にあったカリキュラム開発等の教育体
系や研究機能を進化させる必要性があり,学生満足を考えた情報端末による対応,
民間教育機関の能力開発などの外部資源等活用の必要性などが認められている.ま
た大学改革が必要となる中,改革を推進する教職員の能力開発など,こうしたこと
に対し,十分な対応が出来ないことは,大学の競争力低下の原因になるであろう.
さらに,先の第三者評価の導入に見られるように,大学の教育研究成果がそのま
ま,大学の評価を左右するようになり,その品質の確保と保証のための対応が必要
になってきている.同時に収支状況や活動状況などの情報開示も必要になってきて
おり,透明性の高い大学経営の実現と情報発信力が大学評価を左右するようになっ
た.これらについても,その対応が後手に回れば大学の信用を失いかねない事態へ
と発展することも考えられる.
米国の社会学者M.トロウ氏によれば大学進学率の向上に伴って,大学の社会的
役割は「エリート型→マス型→ユニバーサル・アクセス型」と移行するとされてい
る.進学率が50%に達しつつある日本の高等教育はまさに転換期にあり,ユニバ
15
第2章
私立大学を取巻く現状
ーサル・アクセス型へとその役割を変えつつある.
また少子高齢化の社会を迎え,大学は若年層だけでなくリカレント教育等を含め
た本格的な生涯学習時代が到来したとも言える.
以上のように,私立大学を取巻く現状は次ぎのよう整理できる.
1.
高等教育の質的変化と規模の推移
2.
少子化の進行と大学の新設ラッシュ
3.
入学志願者・進学率等
4.
高齢社会の到来と本格的な生涯学習時代の到来
5.
国立大学の法人化
6.
特区株式会社立大学のスタート,構造改革
7.
高校生の変化・入学者の多様化
エリート養成からユニバーサル段階へ
こうしたことを通じて大学はこれらに対応し,結果として多様化するとともに,
種別化・類型化していくのではないかといわれている.
類 型 と し て は , 「教 養 教 育 型 大 学 」, 「専 門 職 能 力 養 成 型 大 学 」, 「研 究 型 大 学 」な ど
が 指 摘 さ れ て い る . 大 学 側 に も , そ れ ぞ れ 大 学 の 独 自 性 ( UI: ユ ニ バ ー シ テ ィ ・ ア
イデンティティ)を強めていくことで,棲み分けを行う必要があるという指摘もあ
る.
以上のように,大学を取巻く環境のうち,特に大学経営に直接的に影響を与える
要 因 と し て は ,( 1 ) 少 子 高 齢 化 社 会 移 行 に 伴 う 学 生 数 の 減 少 ,( 2 ) 第 三 者 評 価 を
はじめとする外部評価,
( 3 )知 識 基 盤 社 会 到 来 に 伴 う 大 学 の 対 応 の あ り 方 ,が 挙 げ
られる.
私立大学は,こうした急激な環境変化への不適応が,そのまま経営悪化を招くこ
とになると念頭におき,大学運営・大学改革を推進していかなければならない.
大学は,大学が置かれている状況を的確に判断し,時代のニーズにあった質の高
いサービス提供を行っていく必要があり,社会環境に適応していかなければ,生き
残れないという,厳しい環境下での大学運営の舵取りを迫られていると言える.
16
第3章
第 3章
クラスター戦略と産学官連携
クラスター戦略と産学官連携
産学連携については,決して新しい概念ではない.古くは,明治時代にわが国の
大学が創設されてから第二次世界大戦前まで,教員と企業による共同研究など行わ
れ工業化等に至ったケースもある.しかし,この段階ではまだインフォーマルな結
び付きを基にして研究開発が行われていた.
戦後から1970年代までの期間,連携はあまり行われなくなるものの,198
0 年 代 か ら 9 0 年 代 に か け て 再 び , 「産 学 連 携 」を 奨 励 す る 流 れ が 起 こ り , 法 整 備 が
進 め ら れ る な ど 国 家 的 プ ロ ジ ェ ク ト と し て 「産 学 官 連 携 」と し て 発 展 し て い っ た .
さ ら に 2 0 0 0 年 代 に 入 り , 従 来 の 学 術 研 究 と 教 育 と 並 ん で 「産 学 官 連 携 」は , 大
学における最重要課題の一つとして認識されるようになった.
こうした流れの中で,米国のシリコンバレー等技術革新型クラスターにおける成
功が注目されるようになり,クラスターが地域あるいは,国の競争優位の源泉の一
つとして認められるようになった.
こ の 中 で , 国 は 知 的 創 造 拠 点 の 核 と し て 大 学 の 持 つ 「ポ テ ン シ ャ ル 」に 注 目 し , 国
際 的 な 優 位 性 を 確 保 し う る 特 定 の 技 術 領 域 に 特 化 し ,特 定 領 域 に 関 連 す る 研 究 機 関 ,
関連企業等が集積し,地理的な「葡萄の房」が徐々に形成され,結果として集積効
果が発揮され,巨大なクラスターに成長すること事を目指した.
こ う し て , 従 来 行 わ れ て き た 産 学 官 連 携 が 「ク ラ ス タ ー 」と し て さ ら に 発 展 し , 地
域や国の競争優位の源泉として推進されていった.
本章では,はじめに古くからある産業集積の理論から,産業クラスター論までの
系譜を整理し,第2節ではクラスター戦略から産学官連携の意義について述べる.
第3節では,これらを踏まえ,多摩をクラスターとした競争優位の源泉について述
べていくこととする.
第 1節
産業クラスター論の系譜
産 業 の ク ラ ス タ ー 現 象 に つ い て は 古 く か ら 認 識 さ れ て い る . 「ク ラ ス タ ー 」は ぶ ど
う な ど の 「ふ さ 」を 意 味 し , 企 業 , 大 学 , 各 種 関 係 機 関 な ど が 特 定 地 域 に お い て 有 機
的 に 集 積 し た 状 態 を ,そ れ ぞ れ が 種( シ ー ズ )を も つ 実 が 集 ま っ た 房 に な ぞ ら え て 「産
業 ク ラ ス タ ー 」と 呼 ん で い る .
産業クラスターについては,マーシャル以降,経済地理学,地域地理学,空間経
済学等の各経済学だけでなく,経営学の分野でもポーターによって競争戦略の概念
に 基 づ い て 展 開 さ れ て き て い る .( 図 3 - 1 )
産業集積は,規模の経済,近接性の利益(物流や情報コストの削減)によって生
産 性 の 上 昇 を も た ら し て い る .こ の 集 積 効 果 に つ い て は ,古 く は マ ー シ ャ ル( Alfred
Marshall[1890]) の 外 部 経 済 論 や ウ ェ ー バ ー ( Alfred Weber[1991]) の 工 業 立 地 論
等に述べられている.
17
第3章
図3-1
クラスター戦略と産学官連携
産業クラスターに関する理論の系譜
( 出 典 ) 「日 本 の 産 業 ク ラ ス タ ー 戦 略 」金 井 一 頼 [2003]
伝統的な産業集積論では,土地,労働力,天然資源,資本といった古典的な生産
要 素 の 比 較 優 位 と 外 部 経 済 の 概 念 で あ っ た . マ ー シ ャ ル は 『 経 済 学 原 理 [1890] 』
で産業集積の地理的集中を取り上げ,はじめて産業集積の経済分析を試みた.その
中では,ある特定の地域において気候,天然資源などの伝統的な生産要素の比較優
位が存在し,これらの要素がその時期の経済,政治,社会,技術あるいは宗教等と
の要因が相互に絡み合って産業の局地化を生み出し,経済波及効果や外部経済性が
あり,補助産業の発達を促すとした.
また,マーシャルは生産性の側面だけではなく,購買者,消費者の考察も同時に
行っている.購買者は重要な買い物のためなら高価でよい品物が集積している場所
ま で 行 く こ と ,技 能 を も っ た 熟 練 工 た ち は ,そ の 製 品 を 買 っ て く れ る 顧 客 の 近 く に ,
仕事場さえ移してしまう傾向があることを指摘している.
こうしたことを踏まえ,マーシャルは以下のような理由により産業の局地化現象
は持続性があるとしている.つまり,産業の集積する場において,技術や知識がス
ピルオーバーし,地域における学習が進みよい仕事が評価され生産工程やビジネス
組織に関する改善が行われ,さらなるアイディアの源泉となることが常に展開され
18
第3章
クラスター戦略と産学官連携
ているとしている.
これに対して,ウェーバーは企業その他の事業所が,どの場所に位置するのが,
経 済 的 ・ 技 術 競 争 的 に 有 利 で あ る か 検 討 す る 工 業 立 地 論 [1909]に よ っ て 指 摘 し て い
る.ウェーバーは,地域立地因子として,労働費,輸送費の二つ,特に輸送費に着
目した.輸送費を地域的因子と考えたとき,どの地点に工業立地するかの問題は,
輸送費負担が最小となる地点で解を見出した.ウェーバーはこうした集積の利点と
して,規模の経済の利益と,多数の経営が空間的に集合している集積メリットとし
て,以下の点を上げている.
(1)生産費の節約
(2)専門化した職業(例えば,会計士や弁護士)が成立し,利用できる
(3)大規模取引による節約
(4)ガス,水道,道路費用等が少なくてすむ
こうした利点に対して,集積による弊害も指摘している.例えば,地価の高騰,
それに伴い一般間接費,原料の貯蔵費,労働費の上昇となり,分散による費用の低
減化の作用が働くとした.
このように,ウェーバーはきわめて限定的に集積論を展開しており,費用の最小
化が集積の促進要因として明確に示されている.
このような産業集積論に対して,初めてクラスターという概念を提示し,経営戦
略論の視点から国や地域の要素コストの優位を越えた競争力について分析を行った
の が , ポ ー タ ー で あ る .( M,E.Porter[1990])
ポーターは,クラスターを次のように規定した.
「ク ラ ス タ ー と は す な わ ち ,特 定 分 野 の 競 争 に お け る 突 出 し た 成 功 が ,一 つ の 場 所
に十分に集積されている状態である.クラスターは,事実上すべての国家・地域・
州の経済,さらには都市経済にさえ見られる顕著な特性となっており,経済先進国
ほ ど そ の 傾 向 は 強 い 1) 」
「ク ラ ス タ ー と は ,特 定 の 分 野 に お い て ,相 互 に 関 連 の あ る 企 業・機 関 が 地 理 的 に
集中している状態である.クラスターは,関連する複数の産業や競争上大きな意味
を 持 つ 団 体 を も 包 摂 す る も の で あ る . 2) 」
このようにクラスターとは,ポーターによれば,相互に関連する企業・機関が地
理的に集中している状態をいうのである.
こうしたクラスターの特性は,競争と協力の双方を刺激する存在であるというこ
とである.クラスターの地域における協力は,産業のつながりや補完性を促し,こ
れが競争においても最も重要な意味を持つものであった.
他方で,クラスターは内部で顧客を獲得,維持しようと激しく競争する.これこ
そがクラスターを発展させる重要な要素である.一方で対等な市場競争,他方に階
層的な関係(ないしは,垂直統合)-その両者をつなぐ新しい空間的な組織連携の
あり方がクラスターである.この意味でクラスターとはバリューチェーンを構成す
1)
2)
Diamond Harvard Business,1999 p.29 M,E.Porter
同 p.30
19
第3章
クラスター戦略と産学官連携
る新たな手法とも言える.
このクラスターが競争優位をもちうる要因として,ポーターは次の3点が挙げて
い る .( 1 ) そ の 地 域 に 本 拠 を 置 く 企 業 の 生 産 性 を 増 大 さ せ る .( 2 ) イ ノ ベ ー シ ョ
ンの方向とペースに影響を与える.
( 3 )新 規 事 業 の 形 成 を 刺 激 し ,そ れ が ク ラ ス タ
ーそのものの強さを増加させる,としている.さらにポーターは,クラスターの機
能・役割については,生産性増強,イノベーション推進,新規事業促進の実現にあ
た っ て ,人 材 の 獲 得 ,サ プ ラ イ ヤ ー の 確 保 ,フ レ キ シ ブ ル な 組 織 運 営 ,市 場・技 術 ・
競争に関する情報の蓄積,メンバーの補完性,公共財へのアクセス,市場・競争・
マーケティング・ハイテク等情報のいち早い入手,イノベーションへのフレキシブ
ルな対応,起業への経営資源の蓄積,起業への人脈といったものを上げている.
以上を踏まえた上でポーターは,クラスターを強める要素を 4 つに分類し,ダイ
ヤモンド・モデルとして整理した.すなわち,クラスターを強める要素は,
① 要素条件(人,資本,研究等)
② 需要条件(質の高い顧客)
③ 企業戦略・競争環境
④ 関連産業・支援産業
であるとした.
こうした,ポーターの産業クラスター理論とは別の視点で,伊丹・橘川は,産業
集積を経営組織論・ネットワーク論的な観点から,産業集積の分析を行っている.
産 業 集 積 の 定 義 は ,「1 つ の 比 較 的 狭 い 地 域 に 相 互 の 関 連 の 深 い 多 く の 企 業 が 集 積
し て い る 状 態 」で あ る .企 業 群 の 関 連 の あ り 方 は ,「同 一 業 種( 競 争 相 手 ),あ る い は
生産工程上の川上・川下の関連など様々である.そうした地域的な巨大な数の企業
の 集 積 の 主 体 は ,中 小 企 業 で あ る こ と が 圧 倒 的 に 多 い .そ の 集 合 体 と し て の 集 積 が ,
全 体 と し て 個 々 の 企 業 の 単 純 和 を 越 え た 効 果・機 能 を も っ て い る 」形 と な る .い っ た
ん発生した集積が拡大するのは,
「 集 積 外 部 か ら 需 要 を 搬 入 す る 企 業 の 存 在 」と「 分
業 集 積 群 の 柔 軟 性 」に よ る も の で あ る .
「 柔 軟 性 の た め の 基 礎 要 件 」は「 技 術 蓄 積 の
深 さ 」,「 分 業 間 調 整 費 用 の 低 さ 」,「 創 業 の 容 易 さ 」 の 三 つ で あ る . さ ら に 「 分 業 ・
集積要件」
( 分 業 の 単 位 が 細 か い ,分 業 の 集 ま り の 規 模 が 大 き い ,分 業 の 間 に 濃 密 な
情報の流れと共有がある)が揃うと,集積が柔軟になりやすくなる.
さらに伊丹は.
「 場 の マ ネ ジ メ ン ト 」論 を 展 開 し て お り ,産 業 が 集 積 す る 理 由 と し
て「 場 」の も つ 三 つ の よ さ に 言 及 し て い る .そ れ は 第 一 に ,
「場の中では個人の自律
と 全 体 の 統 合 と い う ,一 見 矛 盾 し て い る よ う な こ と が 起 き う る こ と 」.第 二 に「 情 報
的秩序形成の場として機能するばかりでなく,共振の場として心理的エネルギーの
供給の作用をも果たしうる」こと.第三に「予測していなかった事態が生まれたと
き,それへの対処として場が自発的グループを創発し,そのグループが中心となっ
て問題解決することがある」ことである.
藤 田・ク ル ー グ マ ン・ベ ナ ブ ル ズ ら は ,
「 新 し い 空 間 経 済 学 」を 展 開 し て い る .藤
田・久武によれば,新しい空間経済学の中心概念は,規模の経済と輸送費用との相
互作用により内生的に生じる「集積の経済」である.各々の集積は,集積の経済に
よ り ,立 地 空 間 に お い て「 ロ ッ ク イ ン 効 果 」
( 財 や 技 術 の 集 積 が ,そ の 地 域 で 経 済 的
20
第3章
クラスター戦略と産学官連携
コアを形成し,様々な機能や主体を引き寄せつなぎ止めること)をもたらし,地域
経済システム全体は,強い慣性を持った一つの空間構造を具現する.いったん集積
が始まると,外部経済的な「収穫逓増効果」により,ポジティブなフィードバック
が働き,雪だるま式に集積が増大していくとしている.
これまでみて来たように,古典的な産業集積論と産業クラスター理論の違いを整
理すると,次のように言える.すなわち,産業クラスター論は従来の地域の産業集
積や単なるネットワークとは違い,
( 1 )企 業 だ け で は な く ,大 学 や 関 連 機 関 も 含 む .
( 2 )協 調 的 な ネ ッ ト ワ ー ク だ け で な く ,競 合 関 係 も 含 む .
( 3 )コ ス ト 削 減 メ リ ッ
ト よ り も ,知 的 創 造 シ ナ ジ ー 効 果 が 大 き い .
( 4 )イ ノ ベ ー シ ョ ン 志 向 で あ り ,自 己
組織的発展が可能である,ということである.
最後に,クラスターをポーターのクラスター理論を中心に整理すると,以下のと
おりとなる.
(1)クラスターとは
① 一定の分野で相互に関連する企業と機関が,一定地域に集積
② 競争しつつ協調している
③ シナジー効果が発揮されている
(2)クラスターの効果
① 生産性の向上
② イノベーションの誘発(新規事業,ベンチャー創造を含む)
(3)クラスターの形成を促す要因
① 地域独自の資源
② 厳しい需要条件
③ 革新的企業がある
④ 関連・支援産業の存在
(4)クラスターを活性化させる要因
① 学習が存在する
② イノベーション競争
③ 「場 」が あ る
第2節
クラスター戦略からみた産学官連携
古典的な産業集積論からクラスター理論へ発展することによって,クラスターが
その地域の競争優位の源泉となることはこれまで述べてきたとおりである.そのク
ラスター発展の一つの要因としてあげられるのが,多彩な構成員による競合・協調
関係が上げられている.構成員間の競争あるいは協調関係は新たな価値を創造して
いる.
ポーターによると,クラスターの発展要因は①連携支援機関が重要である.②大
学と企業を結ぶ機関が必要である.③政府は促進役である.④民間センターにも役
割がある.⑤大学はクラスターの発展に必要不可欠である,と指摘している.
現在日本で行われている産学官連携は,まさに地域におけるクラスターの構成員
そのものである.産学官連携が地域経済の活性化や地域の競争力強化としての役割
を期待されているのはこのためである.
21
第3章
クラスター戦略と産学官連携
バブル崩壊以降の長期不況,グローバリゼーションの進展等めまぐるしく変化す
る社会環境の中で,各地の工業振興は地元企業,誘致企業の経営基盤強化に乗り出
し た り ,新 事 業 の 創 出 や 技 術 力 向 上 の た め の 支 援・施 策 を 打 ち 出 す 例 が 増 え て い る .
そして,これらを可能にとするために産学官連携が注目されるようになった.
つまり,地域が更なる工業振興により発展するためには,地域全体が総合的に高
度化を図るなど新たな産業創造の芽を育てることが必要であり,その一つの手法と
して産学官連携の重要性が認知されたに他ならない.
1973年のオイルショックを契機に,わが国の経済成長を推進してきた諸条件
は一転して不況の要因となり,産業構造の改革に迫られた.つまり,それまでの重
厚 長 大 型 産 業 か ら 軽 薄 短 小 型 産 業 へ の 転 換 が 求 め ら れ て い っ た .そ の た め に ,「立 ち
遅 れ て い た 中 小 企 業 や 流 通 の 技 術 向 上 を 図 れ ば 新 産 業 分 野 が 形 成 さ れ る 」あ る い は ,
「潜 在 能 力 を 持 つ 地 域 開 発 を 行 え ば 新 た な 市 場 が 形 成 さ れ る 」と い う 考 え 方 が 登 場 し
てきたのである.
さらに,1980年代に入ると,先端技術の研究開発等をテーマにした新産業都
市づくりが,テクノポリス,ハイテクパーク,インダストリアルパーク,リサーチ
コアという名称で展開していった.そして,地方がそれら都市づくりに名乗りをあ
げる条件として,産学官連携が指定要件とされたのであった.
こうした中,1983年国立大学における産学官共同研究が文教政策の一環とし
て 登 場 す る . 1 9 8 8 年 ご ろ か ら は , 各 国 立 大 学 に お い て 「地 域 共 同 研 究 セ ン タ ー 」
が設立され,プロジェクト研究領域もこれまでの材料開発や機器開発からバイオテ
クノロジー関係,エレクトロニクス関係等へ広がりを見せた.しかし,この時期の
産学官連携は特定の研究者と産業界の連携が主であった.
産学官連携が少しずつ形となって認知されてきたのは,1990年代に入ってか
ら で あ る . 1 9 9 5 年 に 「科 学 技 術 基 本 法 」が 制 定 さ れ , こ れ を 受 け て 1 9 9 6 年 に
は文部省,科学技術庁だけでなく,厚生省,農水省,通商産業省,郵政省の6省庁
に 科 学 技 術 振 興 政 策 の 樹 立 と そ の 出 資 制 度 が 整 備 さ れ た .こ う し て ,わ が 国 は 「科 学
技 術 立 国 」( 1996 年 )を 目 指 し ,研 究 開 発 基 盤 を 充 実 さ せ な が ら 新 技 術 開 発 を 図 り ,
わが国における基礎研究を抜本的に強化するとともに,その成果を民間企業へ応用
する道を開くこととなった.そして,このために既存の法律等の改正を行いつつ大
学 制 度 改 革 が 着 手 さ れ て い っ た の で あ る .( 図 3 - 2 )
このように産学官連携は,地域や大学側から登場したというよりはむしろ国家的
政策のもとに推進されていったのである.
近年では,それまでの産学官連携ではなく,構造改革プロジェクトのもとで地域
貢献と大学自体の活性化という新しい機能を産学官連携が担うようになっていった.
このため,これまで特定の教員と特定の企業を中心としたものから,大学全体と地
域の連携へ,工業技術だけでなく,社会科学,人文科学も含めた連携へと拡充して
いる.その現われとして産学官連携の形態は,現在,連携先が特定の企業だけでは
なく地域全体へと広がりを見せている.
このように,従来行われてきた単なる特定教員と特定企業であった連携が,地域
全 体 に 広 が り を み せ は じ め , 産 学 官 連 携 か ら 「民 」を も 取 り 込 ん だ 「産 学 官 民 連 携 」が
新しい地域における連携の様態を示し始めたことは非常に重要である.ポーターの
ダイヤモンド・モデルにおけるそれぞれの構成要素の中では,産学官だけが構成要
22
第3章
クラスター戦略と産学官連携
素 で は な く , 市 民 や NPO 等 の 「民 」の 部 分 の 果 た す 役 割 も 大 き い . 産 学 官 連 携 が 本
当 の 意 味 で 地 域 活 性 化 や 競 争 力 を も ち う る に は , 「民 」を も 巻 き 込 ん だ 連 携 は 必 要 不
可欠であると言える.
すなわち,産学官民連携は,クラスターを基軸として機能することで地域のイノ
ベーションシステムとしての役割を果たし,機能していく.大学等の研究機関,特
定分野における関連産業,専門性の高い供給業者,サービス提供者,関連業界に属
する企業,関連機関などが地理的に集中しつつ同時に協力し,そして,これらの機
関と企業は,共通性や補完性によって結ばれ,クラスター全体として個々が持つ機
能 価 値 を 高 め ,イ ノ ベ ー シ ョ ン の 創 出 に 効 果 的 に 機 能 し て い く こ と に な る の で あ る .
図3-2
政策の主な取組み
文部科学省関連
経済産業省関連
„
大学等技術移転促進法
„
大学等技術移転促進法
„
受 託・共 同 研 究 に お け る 複 数 年 度
„
マッチングファンド方 式 に よ る
„
契 約 可 能 、研 究 費 使 途 区 分 の 廃 止
„
産学連携研究開発事業
„
研究交流促進法の一部改正
„
産業活力再生特別措置法
„
兼業規制緩和
„
インターンシップ受 入 れ 企 業 に
„
インターンシップ受 入 れ 企 業 に 関 す る
„
関する助成措置
„
助成措置
„
産業技術力強化法
„
大学を起点とする日本経済活性
„
„
„
新市場・雇用創出に向けた
化のための構造改革プラン
(遠山プラン)
„
重点プラン (平沼プラン)
産業クラスター計画
産学官連携システム改革プラン
( H 14 年 度 予 算 )
„
知的クラスター創成事業
第3節
多摩をクラスターとした競争優位の源泉
本 稿 で は ,事 例 と し て あ げ る M 大 学 が 多 摩 地 域 に あ り ,そ の 在 校 生 の 約 7 割 が 多
摩地域およびその近隣から通学していることから,クラスターの範囲を多摩地域と
し て 取 り 扱 う . 多 摩 地 域 に お け る 産 学 官 連 携 , さ ら に 先 に 述 べ た よ う に 「民 」の 構 成
員としての重要性も踏まえつつ,多摩を一つのクラスターとしてその競争優位の源
泉を整理していきたい.
多 摩 地 域 は ,2 6 市 3 町 1 村 か ら な り ,人 口 は 3 9 7 万 人( 2003 年 現 在 )で あ る .
わが国の総人口は平成18年にピークを迎え,多摩地域では,平成27年頃人口が
最 大 に な る と 思 わ れ る .( 図 3 - 3 )
23
第3章
クラスター戦略と産学官連携
また,多摩地域には80を超える大学(短大を含む)があり,人口10万人当り
の大学等立地数は京都府に次ぐ,全国第2位.学生数は36万5000人である.
豊富な知識と人材を有する世界でも類を見ない大学集中地域であり,研究機関も多
数存在している.
図3-3
多摩地域の年齢3区分別人口推移
出 典 : 「東 京 都 総 務 局 ( 平 成 15 年 ) 」
産業では,電気・電子機械製造業をはじめとする大企業の有力工場及び開発拠点
であり,市場把握力に裏付けられた製品の企画開発力を持つ製品開発型中小企業,
高精度,短納期の外注加工に対応できる基盤技術型中小企業が集積している.
例えば,全国における多摩地域の品目別推定シェア(30%以上のもの)は以下
のようになっている.
1. 補 聴 器 ( 60.4% )
2. 航 空 機 用 エ ン ジ ン の 部 分 品 ・取 付 具 ・付 属 品 ( 52.9% )
3. 医 療 用 電 子 応 用 装 置 ( 52.1% )
4. ラ ジ オ 放 送 装 置 , テ レ ビ ジ ョ ン 放 送 装 置 ( 47.7% )
5. 超 音 波 応 用 装 置 ( 42.9% )
6. 電 子 顕 微 鏡 ( 41.8% )
7. パ ー ソ ナ ル コ ン ピ ュ ー タ ( 36.1% )
8. 産 業 用 X 線 装 置 ( 36.1% )
9. 工 業 計 器 ( 30.3%)
( 参 考 ) 地 域 工 業 活 性 化 支 援 事 業 報 告 書 (多 摩 全 域 ) 平 成 13 年 度 東 京 都
24
第3章
クラスター戦略と産学官連携
また,23区の事業所数は約59万ヶ所,多摩地域は約14万ヶ所だが,製造品
出荷額や付加価値額では23区を上回る.
( 図 3 - 4 ,3 - 5 ,3 - 6 )都 道 府 県 別
人 口 1 万 人 当 り の 認 証 NPO の 数 は , 東 京 都 が 全 国 第 1 位 ( 1. 58), 2 位 は 京 都 府
( 0.95)と な っ て い る .
( 図 3 - 7 )多 摩 地 域 は 1.34 と 東 京 都 に 及 ば な い も の の ,
第 2 位 の 京 都 府 よ り 多 い .( 介 護 保 険 事 業 者 の NPO 法 人 が 多 い ) ま た , 都 市 部 に は
ない自然環境が残されていることも一つの特徴といえるであろう.
以上から,多摩地域の特性を整理すると,次のようになる.
(1)豊富な人材と多数の大学立地
世界でも類を見ない大学の集積,そのため周辺に学生,教員,住民活動
に関心の高い住民が多数居住している
( 2 ) 盛 ん な 「も の づ く り 」と 産 学 官 の 連 携
先端技術産業・研究開発企業・コンテンツ産業が多数集積しており,産
学官による新たな産業創設の萌芽が見られる
(3)豊かな自然環境
多摩の豊かな自然が,魅力ある街づくりの資源となり都民の憩い・レク
リエーションの場として期待される
(4)利便性を高める交通網
多摩都市モノレールの開通・道路整備等により,南北方向の交通網が充
実し,交通の利便性が高まり,交通の結節点としての機能が期待される
(5)豊富なゆとり空間
基地跡地や大規模工場の移転跡地などの有効利用が促進される
(6)良好な居住空間
多摩は居住水準が高く,魅力ある居住環境を形成している
(7)魅力ある伝統と文化
多摩固有の伝統や文化,新しい若者文化などは地域発展の大きな力とな
る
こうした多摩のポテンシャルに注目し,M 大学を事例として取り上げていること
から,大学を中心に捉えた場合をポーターのダイヤモンド・モデルにあてはめ,競
争 優 位 の 源 泉 を さ ら に 分 析 し て い き た い .( 図 3 - 8 )
図3-4
製造品出荷額等
図3-5
図3-6
事務所数
25
付加価値額
第3章
(出典)図3-4,5,6
図3-7
平成16年工業統計調査
人 口 1 万 人 当 た り NPO 数
( 出 典 ) 多 摩 ビ ジ ョ ン 2020 研 究 会
図 3-8
クラスター戦略と産学官連携
中 間 報 告 書 ( 平 成 15 年 )
多 摩 をクラスターとしたM大 学 を取 り巻 く環 境 における
競 争 優 位 の源 泉 (ダイヤモンド・モデル)
26
第3章
クラスター戦略と産学官連携
企 業 戦 略 および競 争 環 境
○
適 度 な投 資 と持 続 的 なグ
レ ー ド アッ プを 促 す よう な 状
況
○
地 域 にある競 合 企 業 間 の
激 しい競 争
◆ 約 80校 ある大 学 ・短 大
◆ 専門学校
◆ 教 育 産 業 (教 育 特 区 活 用
など)
要 素 (投 入 資 源 条 件 )
○
需要条件
○
要 素 (投 入 資 源 )の量 とコ
スト
高 度 で要 求 水 準 の激 しい
顧客
○
別 の場 所 での先 行 ニーズ
◆ 研 究 機 関 ・企 業 の研 究 者
◆ 高 等 学 校 、高 校 生 、受 験
とそのスキル
◆ 豊 かな自 然 環 境
生 、その保 護 者
◆ 学生
◆ 小 中 学 校 、児 童 、生 徒 、そ
◆ NPO
の保 護 者
◆ 行政
◆ 地域住民
◆ 情 報 ネットワークシステム
◆ 大 学 の卒 業 生
◆ TLO
◆ 企業
◆ 卒業生
◆ 学 内 資 源 (人 、施 設 、資
金 、情 報 等 )
関 連 産 業 ・支 援 産 業
○
有 能 な供 給 業 者 の存 在
○
競 争 力 のある関 連 産 業 の
存在
◆ 他大学
◆ 高等学校
◆専 門 学 校
◆予 備 校
◆ 行 政 ◆NPO
(出典)ダイヤモンド・モデル
をもとに筆者作成
◆ 企業
M 大学がクラスターの構成員のメンバーととらえ,多摩をクラスターとした時,
ダイヤモンド・モデルの 4 つの要因から分析すると,
27
第3章
クラスター戦略と産学官連携
① 要素条件
要 素 ( 投 入 資 源 ) の 量 と コ ス ト か ら み る と , 多 摩 地 域 に は NEC, 東 芝 , 日 野 自
動車など大企業の有力生産工場及び研究所が多数存在している.そこで働く研
究 者 や 研 究 者 た ち の ス キ ル は 重 要 な 要 素 条 件 で あ る .さ ら に 大 学 側 か ら み れ ば ,
学生やNPO,行政,情報ネットワークシステム,TLO,卒業生,さらに多
数存在する大学自身の学内資源(人,施設,資金,情報等)も要素条件の一つ
として考えられる.
② 関連・支援産業
有能な供給業者や競争力のある関連産業の存在として,企業でいえば,先にあ
げた市場把握力に裏付けられた製品の企画開発力を持つ製品開発型中小企業,
高精度,短納期の外注加工に対応できる基盤技術型中小企業が集積している.
ま た ,大 学 か ら み れ ば ,関 連 支 援 産 業 は 他 大 学 や 予 備 校 ,専 門 学 校 ,行 政 ,NPO
なども上げられるであろう
③ 需要条件
高度で要求水準の激しい顧客や別の場所での先行ニーズをみてみると,一般機
械,電機,輸送用機器など大手製造業の研究開発部門や設計・施策部門が顧客
企業に多く存在し,また大学が多数存在していることから,大学の研究用に高
度な測定器や試験機が必要とされるニーズもある.また大学側からみれば,大
学をはじめとする教育機関が多数存在していることなどから,そこには,高校
生小中学校の生徒・児童及びその保護者,地域住民なども考えられる.
④ 企業戦略および競争環境
適度な投資と持続的なグレードアップを促すような状況や地域にある競合企業
間 の 激 し い 競 争 を 大 学 側 か ら み れ ば ,約 8 0 校 あ る 大 学・短 大 専 門 学 校 は そ れ ぞ
れ が 競 争 環 境 に お か れ て い る .ま た 先 駆 的 な 取 組 み を 行 っ て い る 教 育 産 業( 教 育
特 区 活 用 な ど )を 視 野 に 入 れ た と き ,自 身 の 改 革 改 善 は 競 争 環 境 を 勝 ち 抜 く た め
には必要不可欠であるといえる.
クラスターを形成する 4 つの要因から考えると,多摩地域におけるクラスターの
要素条件,関連・支援産業,需要条件,企業戦略および競争環境はいずれもクラス
ターとして機能し発展するポテンシャルを持っている.
M 大学からみれば,多摩に集積する多くの大学と競合関係を持ちつつも,協調関
係を構築し連携強化をはかることは,非常に重要なテーマである.要素条件にある
と お り ,企 業 や 研 究 所 と の ス キ ル を 活 用 し ,NPO や 行 政 と の 連 携 ,さ ら に は 自 大 学
も含めた多数の大学内にある資源の活用により新たなシーズの発掘も可能であろう.
さらに先に述べた需要条件や関連・支援産業との有機的な連携が,新たな価値の創
造に繋がっていくことになる.
こうした多摩地域のポテンシャルを活かしていくことによって,地域連携構築か
ら新たな価値の創造が始まり,同時にこれが地域の競争優位の源泉となり,大学自
28
第3章
クラスター戦略と産学官連携
身の発展はもとより,多摩のさらなる発展が可能となっていくのである.
29
第4章
第 4章
地域社会との連携
地域社会との連携
第4章では,はじめに仮説の提示を行い,仮説の検証として取上げるM大学の内
部環境分析とその資源評価を行った上で,M大学が現在行っている取組みについて
いくつか具体例を示し,その成果と課題を指摘していく.さらに,いくつかの成功
事例とあわせて,地域社会との連携において必要な成功要因について提示する.
ま た , 本 章 で は , 前 章 に 述 べ た ク ラ ス タ ー 戦 略 の 枠 組 み を も と に , 「大 学 の 知 」ま
た は 「大 学 の ポ テ ン シ ャ ル 」と 地 域 と が ,い か に 有 機 的 結 合 し 発 展 し て い く か を 述 べ ,
クラスター戦略の根幹となる各構成員との連携の中で,大学の果たす役割,そして
「大 学 と 地 域 と の 関 わ り 」の 中 に お い て 生 ま れ る 新 た な 価 値 に つ い て 述 べ て い く .
第 1節
仮説の提示
第 1 章,第 2 章でも述べたとおり,大学を取巻く環境が劇的に変化する中で,今
後も私立大学が存続していくためには,学生を確保していくことは大前提である.
そのために,大学の建学の精神や教育理念に基づいた個性や独自性を維持しつつ,
時代や環境に適応していくための改革が必要である.大学間競争が激化する状況の
中で,好むと好まざるとに関わらず,大学自身が自己改革を重ねることは必至であ
り,時代の要請に対応できる存在であり続けることはすなわち,大学が存続してい
くことである.
こうした中,大学の役割は,知識基盤社会の到来により変化が生じている.これ
ま で の エ リ ー ト 型 か ら ,マ ス 型 さ ら に は グ ロ ー バ ル・ア ク セ ス 型 の 時 代 へ と 移 行 し ,
大学はただ教育と研究だけをしていれば役割を果たしたと言われる時代ではなくな
っ た . 大 学 は 「Higher education for all」と し て の 役 割 が 求 め ら れ , 社 会 や 地 域 と の
協働の中で社会的役割を果たすことによって,社会から必要とされる大学になるの
である.さらに,大学が社会や地域と協働していくことは,社会的役割を果たすだ
けでなく,現代の社会において,どのような研究や教育が求められているのか認識
するチャンスでもある.時代のニーズをキャッチし,それに対応していくことは,
大学そのものの変革を促し,柔軟性の高い対応型大学へと生まれ変わることが可能
となる.企業と同様に大学は,顧客(学生や人材を求める企業等)のニーズを的確
に判断し,顧客に対し質の高いサービスや商品(教育や研究)を提供することで社
会から信頼を得て,さらなる顧客獲得を目指すことが可能となる.
つまり,地域連携は,大学が生き残るための学生確保を目的とする手段の一つと
して,より強固な地域連携を構築することによって,社会や地域,学生のニーズに
応え,要請に対応できる大学へと改革を促すことが可能となる.結果として,学生
や企業等,多くのステークホルダーから信頼を得,社会から必要とされる大学への
プロセスとして有為な取組みである,というのが本稿の仮説である.
言い換えれば,社会の変化に適応できない大学は,いずれ社会から必要とされな
くなる.社会環境への不適応が経営悪化に繋がり,学生確保が危ぶまれる.大学は
こうした事態を避けるために,これまで漫然と行ってきた地域連携を,より戦略的
で 「強 固 な 地 域 連 携 」を 構 築 す る こ と に よ り , 大 学 自 身 の 改 革 を 促 し , 大 学 が 活 性 化
することで,社会の様々な変化に対応可能な大学へと変革することが可能となる.
地域連携がその大学にとって意味のあるものとなるのか否なのかは,大学自身の
30
第4章
地域社会との連携
取組み方如何によってその成否を左右する.大学は,大学独自のケイパビリティに
注目し,独自の地域連携を構築することで学内組織の改編や意識改革を加速させる
ことができる.
また,先に述べたポーターのクラスター理論のとおり,グローバル経済における
持続的な競争優位は,遠隔地のライバルには真似の出来ないローカルな要因,すな
わ ち 知 識 や 地 域 で の 関 係 性 , モ チ ベ ー シ ョ ン 等 に 依 存 す る よ う に な っ て い る 1) と す
れ ば , こ れ は そ の ま ま 産 学 官 連 携 あ る い は , 「民 」を 含 め た 強 固 な 地 域 連 携 が 競 争 優
位の源泉となることを意味し,その構成員はその地域での役割を積極的に果たすこ
とで,自らも競争力をつけることができるといえるのではないだろうか.
第2節
M 大学の内部環境分析と資源評価
M 大学は多摩に位置し,約40年前に創設された.設置されている学部は理工学
部( 物 理 ,化 学 ,電 気 ,機 械 ,建 築 ,環 境 の 各 分 野 ,計 6 学 科 ),人 文 学 部( 国 際 コ
ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ,社 会 ,心 理 ・ 教 育 の 各 分 野 ,計 4 学 科 ),経 済 学 部( 経 済 ,経 営
の 各 分 野 , 計 2 学 科 ), 情 報 学 部 ( 情 報 学 科 , 1 学 科 ), 日 本 文 化 学 部 ( 言 語 文 化 学
科 ,1 学 科 ),造 形 芸 術 学 部( 造 形 芸 術 学 科 ,1 学 科 )及 び ,理 工 ・ 人 文 ・ 情 報 の 各
分野の研究科,通信教育部(人文学研究科,心理・教育学科)が設置されている総
合大学であり,さらに11の各研究分野の附属研究教育機関が存在する.
M 大 学 で は ,こ う し た 組 織 を も と に 「時 代 が 求 め る 実 践 力 と 国 際 性 を 兼 ね 備 え た 人
材 の 育 成 」と い う 建 学 の 精 神 に 則 っ て ,大 学 運 営 を 行 っ て い る .施 設 設 備 の 面 か ら 言
えば,通常設置されている図書館の他に東京リンカーンセンターやシェイクスピア
センターなど稀覯書などの展示を行っている施設,演劇などを行うシェクスピアホ
ールやフィットネスルームを併設する新体育館やマルチメディア設備を完備した講
義棟などがある.
大 学 全 体 の 学 生 数 の 定 員 は 8.000 名 弱 で あ る が , 現 在 学 生 数 は 9,000 名 を 超 え ,
十分に定員を満たしており,財務体制においても健全な財政のもと,当面の投資余
力を確保しており,収益基盤も確保されている.
学 問 的 に は ,前 述 の と お り 総 合 大 学 と し て の 学 問 的 広 が り を 有 し ,各 学 部 と も 「少
人 数 教 育 」「 体 験 教 育 」を 重 視 し ,カ リ キ ュ ラ ム に 反 映 さ せ て い る .大 学 の 教 育 理 念
の 一 つ に 「国 家 , 社 会 に 貢 献 し う る 有 能 な 人 材 を 育 成 す る こ と 」を 目 標 に 掲 げ て い る
と お り , 社 会 に 貢 献 で き る た め の 人 材 育 成 と し て 「教 育 」に つ い て 特 に 力 を 入 れ て い
る.心理・教育学科では,小学校教員1種免許取得や幼稚園教諭,保育士資格免許
の取得が可能であり,多くの教育者を輩出している.また,大学院に臨床心理学コ
ースが設置され,心理カウンセラーの養成など行っている.
多 摩 地 域 に お け る M 大 学 の 存 在 は ,学 苑 創 立 か ら 多 摩 地 域 に 立 脚 し た( 学 苑 創 立
は80年を超える)教育研究活動の歴史とその成果としての卒業生の存在がある.
入学者は,多摩地域及びその周辺からの出身者で70%を超え,地域高校出身者が
多く,かつ附属高校出身者も定量的に入学していることから,卒業生も含めると地
域との関係が基盤となっていることがわかる.
1)
Diamond Harvard Business(1999)p.29
31
M,E.Porter
第4章
地域社会との連携
一方で,大学の運営機能の整備や大学改革を推進していく教職員の能力開発や意
識開発は十分とは言えないのが現状である.学問的領域においても,各学部・学科
での取組みに格差があり,大学全体としての教育サービスの構築はまだ改革段階に
ある.総合大学であるにも関わらず,大学としての研究テーマ,あるいは横断的学
際的な学部連携による共同研究は一部で行われているのみで,大学の個性化基盤と
しての機能を果たすまでには至っていない.
地域連携の側面から言えば,リエゾンオフィスが設置され,公開講座や生涯学習
講座等の各種講座や教員と企業等との共同研究のマッチング等が行われているが,
大学全体としての仕組みとしてはまだ十分とは言い難い.また,学生募集の対象の
多くが多摩地域及びその周辺からであるにも関わらず,高大連携による出前講義,
事前講義,共通テーマのカリキュラム,単位認定などほとんど行われておらず,高
校との連携関係は弱いというのが現状である.
以上のように,M 大学の建学の精神をもとに,これまでの多摩における歴史の中
で培われてきた地域での立脚基盤を活かして,少子高齢化社会等さまざまな社会変
化,課題に対応するための人材育成ニーズに対応するために,さらに大学組織・運
営の改革が必要であるといえる.
ま た ,地 域 企 業 ,行 政 ,NPO 等 と の 連 携 ・ 交 流 は ,様 々 な 現 実 課 題 対 応 型 研 究 プ
ロジェクトを誘発し,教員,学生が参加する共同研究や共同開発へと発展していく
こ と が 考 え ら れ る . し か し , M 大 学 で は 未 だ 地 域 企 業 , 行 政 , NPO 等 と の 連 携 ・
交流は発展途上にあり,さらに拡充されることが望まれる.このような外部との交
流関係の中から,今後の社会に必要な教育体系やカリキュラム・ニーズをくみ取る
ことで,学内組織の再編やカリキュラム改革の方向性の再検討も必要となり,これ
ら地域連携が教職員の社会環境変化への対応・適応能力を高め改革意識の啓発にも
つながると考えられる.
第3節
M 大学の地域連携の取組み
前述のとおり,M 大学ではリエゾンオフィスが設置され,これまで学内シーズの
発掘や地域のニーズ抽出などを行い,共同研究におけるマッチングなど,大学の窓
口として地域連携の取組みを徐々に活発化させる取組みを行っている.
本節では,教員と企業との共同研究,いわゆる産学連携のみならず大学独自の資
源を利用し,行っている地域連携(産学官民)の主な取組みをいくつか提示する.
(1)夏休み科学体験教室
理工学部の教員が講師となり,大学の設備を活用して,子どもたちの科学
技術に対する興味関心を育み,多摩地域小中学生の学習意欲の向上に貢献す
る こ と を 目 的 と し て い る . テ ー マ は 以 下 の と お り で あ る .( 図 4 - 1 )
32
第4章
図4-1
1.手作り望遠鏡を作ろう
2 . "虹 色
発見
~光のスペクトルを
観察しよう~
M 大学夏休み科学体験教室
10.形状記憶合金で
遊ぼう!
地域社会との連携
テーマ一覧
19.はがきの秘密~暗号
(バーコード)を解読しよ
う
1 1 . "エ ン ジ ン は ど う し て
回るの?
~エンジンを分解して調べ
よう!~"
20.プラズマ・ロケット
UFO ( リ フ タ ー ) を 飛 ば そ
う
2 1 . "手 作 り マ イ コ ン で
3.クリップモータと
12.太陽エネルギーで
かごの鳥
ゲーム
何ができるかな?
~電子工作でものづ
くりを楽しむ~"
13.思い通りに上下する
4.サイダーの大噴火
水中浮遊物体のおも
ちゃをつくろう
5.君だけのオリジナル
14.金属の棒を引き
Tシャツをつくろう
6.不思議な物質スライム
を作ろう
7 .マ ー ブ リ ン グ を 楽 し も う
ちぎってみよう
1 5 .オ リ ジ ナ ル な バ ラ ン ス
の良い弥次郎兵衛人形を作
ろう
2 2 . ”力 ”を 目 で 見 て
みよう
23.水に浮かぶ土?!
24.超ミクロの世界を
探検しよう
1 6 .手 作 り 楽 器( ヴ ァ イ オ
リ ン )を 作 っ て ,音 を 出 し て 2 5 . 太 陽 黒 点 観 測
みよう
8.割れないシャボン玉を
つくろう
9 . "遠 く ! 長 く !
~紙飛行機を作って
飛ばそう~"
17.ロボットを動か
そう
26.金星,木星の観測
1 8 . "ブ ラ ッ ク ボ ッ ク ス
を開けよう!!
~モーターの中を
のぞいてみよう~"
以上のように,理工学部の各専門分野の教員が,小中学生に興味を持って
も ら え る よ う な 実 験 を 用 意 し ,参 加 募 集 を 行 っ て い る が ,毎 年 参 加 者 は 増 加 し
ている.取組みの初年度である2003年は86名,2004年は141名,
2 0 0 5 年 は 2 8 5 名 の 参 加( す べ て 実 数 )が あ っ た .小 中 学 生 の 保 護 者 も 参
加 す る こ と が 可 能 で ,実 際 の 参 加 者 は ,こ の 2 倍 程 度 の 数 字 に な る .多 摩 地 域
の 小 中 学 生 及 び そ の 保 護 者 が 対 象 で あ る こ と か ら ,広 報 戦 略 の ひ と つ と も 考 え
られている.
33
第4章
地域社会との連携
(2)サマースクール
こ の プ ロ ジ ェ ク ト は ,夏 休 み の 空 き 教 室 を 活 用 し て ,学 生 が 小 ・ 中 学 生 に 英
語 の 基 礎 を 教 え る も の で あ る .教 室 で は な く ,教 室 で 学 習 し た こ と を 実 際 の 社
会( フ ィ ー ル ド )の 中 に 適 用 し ,そ の 中 か ら さ ら に 学 習 を 進 め て い く ,と い う
サ イ ク ル を 形 成 し て い く こ と が 目 的 で あ る .そ の た め に は ,学 生 が 自 ら 考 え て ,
自 ら す す め て い く こ と が 重 要 で あ り ,「 言 わ れ た こ と を い わ れ た と お り に や る
能 力 」で は な く「 自 ら 考 え ,自 ら 決 断 し ,自 ら 実 行 す る 」こ と が 学 生 の 学 習 に
最 終 的 に 結 び つ く と い う 考 え 方 を 基 本 と し て い る .教 職 員 は あ く ま で も 案 内 人
の 役 割 を 果 た す だ け で あ り ,大 学 で 学 習 し た こ と を そ の ま ま 地 域 貢 献 と い う 形
で 還 元 し ,さ ら に 学 生 が そ の 結 果 を フ ィ ー ド バ ッ ク し て い く こ と で さ ら な る 学
習効果を期待するものである.具体的な学習項目は,教科指導だけではなく,
プ ロ ジ ェ ク ト 全 体 の 運 営( ト ー タ ル な プ ロ ジ ェ ク ト 管 理 )の 学 習 も 含 む .プ ロ
ジ ェ ク ト 管 理 と は ,例 え ば 予 算 の 管 理 ,人 員 の 管 理 ,計 画 の 管 理 ,リ ス ク の 管
理なども含まれている.
2 0 0 5 年 度 か ら は NGO と 提 携 し て 海 外 か ら の 国 際 ボ ラ ン テ ィ ア が , 8 名
参 加 し た .全 員 英 語 を 第 二 外 国 語 と し て い た 人 た ち で ,そ の 習 得 の 難 し さ を よ
く 理 解 し て お り 彼 ら の 体 験 と 交 え な が ら ,学 生 た ち は 積 極 的 に 授 業 を 運 営 し て
い っ た .参 加 者 は 毎 年 増 加 し て お り ,2 0 0 2 年 度 は 2 5 人 の 大 学 生・3 5 人
の 中 学 生 の 参 加 ,2 0 0 3 年 度 は 4 0 人 の 大 学 生・4 5 人 の 中 学 生 の 参 加 ,2
0 0 4 年 度 は 5 0 人 の 大 学 生・7 2 人 の 小・中 学 生 の 参 加 ,2 0 0 5 年 度 は 3
1人の大学生・81人の小・中学生の参加があった.
(3)心理相談センター
M 大 学 で は ,2 0 0 2 年 に 大 学 院 心 理 学 専 攻 臨 床 心 理 学 コ ー ス が 財 団 法 人 日
本 臨 床 心 理 士 資 格 認 定 協 会 に よ る 第 1 種 指 定 校 に 認 定 さ れ ,そ れ に 伴 っ て 地 域
の 心 理 相 談 サ ー ビ ス 機 関 と と も に ,高 度 専 門 職 業 人 養 成 の た め の 実 習 教 育 機 関
の 役 割 と し て 心 理 相 談 セ ン タ ー が 機 能 し て い る .つ ま り ,心 理 相 談 セ ン タ ー は
主に3つの機能として臨床相談機能,教育養成機能,研究機能を有している.
相 談 機 能 の 他 に ,心 理 相 談 セ ン タ ー で の 公 開 講 座・研 究 機 会 の 提 供 ,心 理 相 談
セ ン タ ー ス タ ッ フ の 派 遣 ( 人 的 資 源 の 提 供 ), 心 理 相 談 セ ン タ ー と 他 機 関 の 連
携( 日 野 市 と の 連 携 プ ロ グ ラ ム )な ど ,地 域 社 会 を 意 識 し た 連 携 の 取 組 み が 行
われている.
ま た ,こ う し た 取 組 み を 教 育 あ る い は 研 究 の 場 に フ ィ ー ド バ ッ ク さ れ る 仕 組
み づ く り も 進 め ら れ て い る .相 談 件 数 は ,不 登 校・引 き こ も り な ど の 社 会 環 境
を 背 景 に 年 々 増 加 し ,昨 年 度 は 総 数 1 8 3 2 件 ,今 年 度 は 1 1 月 現 在 1 6 2 5
件に上っている.
以 上 の 他 に も ,八 王 子 市 教 育 委 員 会 の 要 請 を 受 け ,心 理・教 育 学 科 教 育 学 専 修 で は ,
近 隣 の 市 の 教 育 委 員 会・学 校 と 連 携 し ,2 年 生 以 上 を 対 象 に 教 職 イ ン タ ー ン シ ッ プ を
行 っ て い る .教 職 イ ン タ ー ン シ ッ プ で は 週 に 1 回 小 中 学 校 で の 教 育 活 動 の サ ポ ー ト を
行 う .大 学 の 講 義 で 学 ん だ こ と を も と に ,近 隣 の 小・中 学 校 な ど の 現 場 に 立 ち ,教 師
を ア シ ス ト し な が ら 実 践 力 を 養 い ,学 校 の 現 場 を 肌 で 感 じ 体 験 す る 貴 重 な 機 会 に も な
34
第4章
地域社会との連携
っている.こうして体験しながら学んだことは,所定の成果をあげることによって,
大 学 の 単 位 と し て 認 定 さ れ て い る .こ の ほ か に ,小 中 学 校 で の ボ ラ ン テ ィ ア ,テ ィ ー
チングアシスタント等の紹介も行っており,行政との連携も進められている.
こ れ ま で 紹 介 し た も の の 他 に は ,当 然 他 大 学 も 行 っ て い る 企 業 と の 共 同 研 究 ,公 開
講座,生涯学習講座など行われており地域連携の取組みは進められている.
第4節
M 大学の取組みおける成果と課題
M 大 学 が こ れ ま で 行 っ て き た 地 域 連 携 に つ い て ,そ の 成 果 と 課 題 に つ い て 分 析 を し
ていきたい.
第3節で述べた事例をもとに,成果と課題を整理すると,
( 1 )こ れ ま で 多 く の 事 務 組 織 が 縦 割 り で 業 務 に あ た っ て い る こ と が 通 常 で あ る が ,
「夏 休 み 科 学 体 験 教 室 」 は プ ロ ジ ェ ク ト チ ー ム を 編 成 し , 組 織 の 枠 に と ら わ れ ず 運 営 さ
れ た .職 員 の う ち 新 人 も メ ン バ ー と し て 投 入 さ れ ,新 人 研 修 ,OJTと し て も 機 能 し て
い る .大 学 組 織 が 硬 直 化 し て い る と 言 わ れ て い る が ,こ う し た プ ロ ジ ェ ク ト チ ー ム に
よ る 地 域 連 携 は ,学 内 の 横 断 的 な 組 織 を つ く り ,さ ら に 教 職 員 一 体 と な っ た 取 組 み と
し て ,地 域 貢 献 あ る い は 大 学 運 営 に つ い て の 意 識 改 革 を 促 進 し た と 思 わ れ る .た だ し ,
こ の 取 組 み に 参 加 す る 教 員 は 全 体 か ら 見 れ ば ま だ 一 部 で あ り ,大 学 全 体 に そ の 効 果 が
波及するには,まだ時間がかかるものと思われる.
( 2 )サ マ ー ス ク ー ル は 当 初 の 目 的 ど お り ,授 業 で 学 習 し た こ と を 実 際 の 社 会( フ
ィールド)の中に適用し,その中からさらに学習を進めていくという目的を達成し,
そ の 成 果 は 教 育 現 場 で 評 価 さ れ て い る .年 々 学 内 外 と も に 参 加 者 が 増 え ,参 加 す る 小
中 学 生 が リ ピ ー タ ー で あ っ た り ,友 達 の 口 コ ミ で 参 加 す る な ど ,地 域 の 中 で も 徐 々 に
認 知 さ れ る よ う に な っ て き た .さ ら に 2 0 0 4 年 か ら は ,八 王 子 市 や 日 野 市 の 校 長 会
で サ マ ー ス ク ー ル の 説 明 を 行 い ,さ ら に 直 接 小・中 学 校 へ 赴 き 広 報 活 動 な ど を 行 う な
ど,積極的に地域への働きかけを行っている.
こ の よ う に ,は じ め は 一 部 の 教 員 ,学 生 に よ る 地 域 連 携 の 取 組 み の 一 環 で あ っ た が ,
最 近 で は ,市 や 教 育 委 員 会 と い っ た 行 政 も 巻 き 込 ん だ 形 と な っ て い る .ま た 国 際 ボ ラ
ン テ ィ ア の 募 集 を 行 う な ど ,よ り 開 か れ た 形 で の 取 組 み と な り つ つ あ る .し か し ,一
方 で こ の プ ロ ジ ェ ク ト に 関 わ る 大 学 教 職 員 は ま だ 僅 か で あ り ,大 学 全 体 の 取 組 み と は
言 い 難 い .専 門 分 野 で の 取 組 み で は あ る が ,違 っ た 専 門 分 野 で も 同 様 の プ ロ ジ ェ ク ト
立ち上げは可能なはずである.
( 3 )心 理 相 談 セ ン タ ー の 運 営 に お い て ,臨 床 相 談 機 能 ,教 育 養 成 機 能 ,研 究 機 能
と し て の 役 割 が 学 内 で 連 携 が 取 れ る 体 制 が 整 っ て お り ,相 乗 効 果 を 上 げ て い る .地 域
貢 献 を 通 し て 教 育・研 究 活 動 に そ の 成 果 が フ ィ ー ド バ ッ ク さ れ て い る .ま た フ ィ ー ド
バックされた成果をさらに,公開講座・研修等で地域社会に積極的に還元している.
こ う し た 取 組 み か ら ,今 後 は さ ら に 行 政 と の 連 携 を 深 め ,自 治 体 の 相 談 シ ス テ ム の 構
築や公立学校などの相談体制を整備するなどのコンサルタント業務など考えられる
で あ ろ う .た だ し ,こ う し た 体 制 を 整 え る に は 大 学 で の 教 育・研 究 体 制 の 充 実 ,そ れ
にともなう人的資源の確保が課題となっていくであろう.
35
第4章
地域社会との連携
以 上 の よ う に ,そ れ ぞ れ の 取 組 み お い て は ,教 職 員 の 意 識 改 革 や 大 学 組 織 の 改 革 の
一 助 と な っ て い る こ と が わ か る .し か し ,依 然 と し て こ れ ら の 取 組 み が 大 学 の 一 部 の
教 職 員 に よ っ て 行 わ れ て い る こ と に よ っ て ,参 画 し て い な い 教 職 員 に と っ て は 地 域 連
携の意味を見出せていないのが現状である.
ま た ,こ こ で は 共 同 研 究 等 産 学 連 携 以 外 の 地 域 連 携 と し て ,学 - 官 ,あ る い は 学 -
民 が 主 な も の を 紹 介 し た が ,多 摩 に 位 置 す る 大 学 数 は 約 8 0 も あ り ,そ れ ぞ れ が 資 源
を 互 い に 有 効 に 活 用 す る こ と で 新 た な 連 携 構 築 が 可 能 で あ る .今 後 は ,大 学 の 地 域 連
携 の 中 で 産 学 官 民 の 連 携 だ け で な く ,学 - 学 の 連 携 も 注 目 し 地 域 連 携 を 行 っ て い く こ
とは,新たな連携構築の足がかりとなるであろう.
第5節
地域社会との連携における成功要因
こ こ で は ,社 会 的 に 評 価 さ れ て い る 他 大 学 の 地 域 連 携 の 事 例 と と も に ,一 般 的 に 地
域 連 携 が 現 在 ど の よ う に 評 価 さ れ て い る の か を 俯 瞰 し て い く .さ ら に ,こ れ ら を も と
にして,地域連携に必要な要素を抽出し成功要因を分析していきたい.
(1)立命館大学
立 命 館 大 学 で 地 域 貢 献 活 動 が 活 発 化 し た の は 1 9 9 4 年 に 「立 命 館 大 学 び わ こ ・ く
さ つ キ ャ ン パ ス ( BKC) 」が オ ー プ ン 後 で あ る . 同 大 学 が , 新 キ ャ ン パ ス 建 設 の た め
の 資 金 と し て 「プ ロ ジ ェ ク ト 6 0 」と い う 構 想 を 立 て 寄 付 金 集 め を 行 っ た .こ の 際 ,寄
付 集 め を 事 務 職 員 だ け が 行 う の で は な く ,事 務 職 員 と 理 工 学 部 教 員 が 2 人 一 組 の ペ ア
となり,地域社会に出向いていった.
こ の 結 果 ,プ ロ ジ ェ ク ト は 成 功 し た が ,こ の 活 動 を 行 う う ち に ,大 学 の 教 育 ・ 研 究
活 動 を 学 内 に 止 め る の で は な く ,広 く 地 域 社 会 と 関 わ り な が ら 実 践 す る 必 要 性 を 感 じ
始 め る よ う に な っ た .こ う し て ,立 命 館 大 学 で は ,教 育・研 究 ,そ し て 「知 」の 循 環 シ
ステムとしての社会貢献を3本柱とする取組みが始まった.
同 大 学 に は 現 在 , 総 合 窓 口 と し て 1 9 9 5 年 か ら 「リ エ ゾ ン オ フ ィ ス 」を 京 都 ・ 滋
賀・大 阪・東 京 の 4 ヶ 所 に 設 置 し て い る .4 6 名 の ス タ ッ フ( う ち 専 任 は 1 0 名 )が ,
研 究 プ ロ ジ ェ ク ト の 企 画・申 請・運 営・受 託 研 究 や 共 同 研 究 の コ ー デ ィ ネ ー ト ,知 的
財 産 の ラ イ セ ン ス ,大 学 発 ベ ン チ ャ ー 支 援 な ど ,豊 富 な プ ラ ン で 多 様 な ニ ー ズ に 対 応
している.
こ の よ う に ,立 命 館 大 学 で は ,地 域 貢 献 の 窓 口 を リ エ ゾ ン オ フ ィ ス に 一 本 化 し ,ベ
ン チ ャ ー イ ン キ ュ ベ ー シ ョ ン の 推 進 ,知 的 財 産 の 発 掘・活 用 ,産 学 官 連 携 等 に よ る 研
究交流等の事業を行っている.
こ う し た リ エ ゾ ン オ フ ィ ス の 活 躍 に よ っ て , 立 命 館 が 目 指 す 「大 学 の 研 究 成 果 を 社
会 に 還 元 す る 」と い う 仕 組 み が 完 成 し て い る . 当 初 , こ う い っ た 社 会 貢 献 活 動 の 必 要
性 を 認 め る 教 員 数 は 2 ~ 3 割 程 度 し か み ら れ な か っ た も の の ,そ の 後 の 社 会 貢 献 活 動
の 推 進 と 新 学 部 創 設 等 に よ る 教 員 数 増 加 の 中 で ,消 極 派 の 教 員 数 は 相 対 的 に 数 が 減 り ,
現在では7~8割の教員が積極的に社会貢献活動に参加する体制となった.
大 学 が 生 み 出 す 研 究 成 果 ,教 育 活 動 な ど 大 学 の 「知 」を 地 域 に 還 元 し な が ら ,大 学 は
地 域 の ニ ー ズ を 吸 収 し ,そ れ に 即 し た 研 究 ,教 育 活 動 を 実 践 し ,そ れ を ま た 社 会 に 還
36
第4章
地域社会との連携
元 す る . こ れ を 「産 」と 「学 」に 置 き 換 え た 時 , 大 学 に お け る 「知 の 創 造 」が 産 業 界 の 「事
業 の 創 造 」を 生 み 出 し , そ し て 再 び 「知 の 創 造 」へ と 還 元 さ れ る と い う 「イ ノ ベ ー シ ョ
ン ・ サ イ ク ル 」を 見 出 す こ と が 出 来 る . こ う し た サ イ ク ル が 地 域 に 根 ざ す こ と に よ っ
て ,地 域 が 活 性 化 し ,同 時 に 大 学 は 社 会 や 地 域 に 必 要 と さ れ る 存 在 に な る と い え よ う .
(2)岩手大学
岩 手 大 学 は ,岩 手 大 学 の 地 域 共 同 研 究 セ ン タ ー を 中 心 す る リ エ ゾ ン の 組 織 化 や INS
( 岩 手 ネ ッ ト ワ ー ク シ ス テ ム )と い う 異 業 種 交 流 会 の ネ ッ ト ワ ー ク シ ス テ ム を は じ め
と し て , 多 様 な 社 会 的 連 携 活 動 を 展 開 し て い る ( 図 4 - 2 ).
図4-2
岩手大学地域連携・地域貢献取組み体制
( 出 典 )岩 手 大 学 ホ ー ム ペ ー ジ
岩 手 大 学 の モ デ ル は ,産 学 官 連 携 の リ エ ゾ ン 機 能 が『 平 成 9 年 度 版 中 小 企 業 白 書 』
の中で,全国のベストプラクティス事例の一つとして取上げられているほか,旧文
部 省 の 「2 1 世 紀 型 産 学 連 携 手 法 の 構 築 に 係 る モ デ ル 事 業 」( 1999 年 )の 指 定 を 受 け ,
さらに,第二回産学官連携推進会議でINSが産学官連携功労者として経済産業大
臣賞を受賞するなど社会的に評価されている.
37
第4章
地域社会との連携
岩 手 大 学 の 産 学 官 連 携 は 1 9 8 7 年 ご ろ か ら イ ン フ ォ ー マ ル な 形 と し て INS の 母
体となるものが形成されはじめた.当初は,少人数の産学官メンバーによって交流
会が発足し,地域共同研究センター設置への構想と働きかけがおこなわれるように
な っ て い っ た . 1 9 9 2 年 , 交 流 会 が 「INS( 岩 手 ネ ッ ト ワ ー ク シ ス テ ム ) 」と し て
任意団体へ発展していく.また,この頃には官主導のリエゾン組織化が進み産学官
大型プロジェクトの採択が続くようになり,大学地域共同研究センターも整式に設
置された.
1 9 9 9 年 ご ろ か ら ,大 学 地 域 共 同 研 究 セ ン タ ー が 第 2 フ ェ ー ズ の 戦 略 と し て 「リ
エ ゾ ン 機 能 の 強 化 」を 打 ち 出 し ( 図 4 - 3 ), 2 0 0 年 度 か ら リ エ ゾ ン 組 織 は 急 速 に
拡 充 し て い っ た . こ う し た 中 , INS の 公 共 意 識 が 高 ま り , 2 0 0 4 年 に は , 個 人 資
格で産関係者524名,学関係者201名,官関係者302名の合計1036名で
組織され,研究会も30を超えるなど会員数,研究会数等が飛躍的に増進していく
ようになった.
図4-3
第2フェーズのリエゾン機能ビジョン
( 出 典 ) 岩 手 大 学 地 域 共 同 研 究 セ ン タ ー ( 1999)
こ の よ う に , INS は 岩 手 県 内 の 科 学 技 術 ・ 研 究 開 発 に 関 わ る 産 学 官 交 流 の 場 と し
て機能し,次世代に向けた岩手の科学技術・産業の振興を図る役割として拡充して
いった.ここで注目すべきは,この組織が個人を基本としたボトムアップ型の自発
38
第4章
地域社会との連携
的組織として形成されていたことにある.こうした自発的組織であるからこそ,各
機関各人の垣根が低くなり,様々な情報を互いに共有しやすい環境になっていった
の で あ る . 岩 手 大 学 の 取 組 み は , INS と い う イ ン フ ォ ー マ ル な 組 織 と フ ォ ー マ ル な
組織体として産学官連携を行うという複合的要素の中で発展しているところに,そ
の独自性と地域連携の優位性を見出すことが出来るのである.
以上のように,社会的に評価されている各大学の事例をみてきたが,現在どのよ
うな形で産学官連携が行われ,また,地域連携が社会的に評価されているのか見て
いきたい.
図 4 - 4 ,4 - 5 か ら も わ か る よ う に ,こ の 5 年 間 程 度 の 間 に ,外 部 他 機 関 と の 研
究 協 力 の 有 無 を 質 問 し た と こ ろ ,全 体 で は 87.1%の 企 業 が「 研 究 協 力 を 行 っ た 」と 回
答 し て い る .製 造 業 と 非 製 造 業 で は 大 き な 差 は 認 め ら れ な い も の の ,資 本 金 の 規 模 別
に 見 る と 資 本 金 が 大 き く な る ほ ど ,「 研 究 協 力 を 行 っ た 」と 回 答 し た 企 業 の 割 合 は 多
い .さ ら に ,国 内 で は ,企 業 と 大 学 の 共 同 研 究 ,共 同 開 発 が 最 も 多 く ,次 い で 企 業 同
士 の 共 同 研 究 ,共 同 開 発 と な っ て い る .ま た ,企 業 が 大 学 に 研 究 委 託 ,技 術 指 導 ,技
術供与を受けている割合も高く,産学提携が進んでいる様子がうかがわれる.
図4-4
企業による国内外の大学,公的機関,企業等との研究協力の有無について
出 典 : 文 部 科 学 省 「民 間 企 業 の 研 究 活 動 に 関 す る 調 査 」( 平 成 16 年 度 )
図4-5
39
第4章
地域社会との連携
企業による国内外の大学等との研究協力形態について
出 典 : 文 部 科 学 省 「民 間 企 業 の 研 究 活 動 に 関 す る 調 査 」( 平 成 16 年 度 )
地域貢献の将来のあり方について,全国7県を対象に1999年から2000年
に 行 わ れ た ア ン ケ ー ト を み る と , 「現 状 で よ い 」が す べ て の 項 目 に 対 し 教 員 が 上 回 っ
て い る の に 対 し , 有 識 者 は 「も っ と 貢 献 す べ き で あ る 」と 回 答 し て い る . 地 域 の 連 携
について,構成員の中で温度差が見られ,それぞれが必要としている連携について
の 情 報 の 共 有 が 遅 れ て い る こ と を 示 し て い る ( 図 4 - 6 ).
さらに,地域連携を行う上で,大学側がもつ障害についてのアンケート結果をみ
ると,大学は社会に求められているほど,地域貢献に積極的でなく,活動内容の認
知 度 が 低 い 理 由 は ,地 域 に 貢 献 で き る 研 究 が あ っ た と し て も ,「忙 し く 」「評 価 さ れ な
い 」た め に ,還 元 し て こ な か っ た と い う の が 理 由 と し て 挙 げ ら れ ,正 当 な 評 価 は 地 域
連 携 を 行 う 上 で , 重 要 な 要 素 と な る こ と が わ か る ( 図 4 - 7 ).
図4-6
地域連携の将来のあり方(上段:教員,下段:有識者※)
40
第4章
もっと
現状で良い
地域社会との連携
あまり
貢献す
貢献し
べき
なくて
無回答
もよい
地域の高校生の進学機会
地域で活躍する人材の養成
職業人の再教育
地域住民の教養の向上
地域の文化の振興
地域の教育機関の活性化
地域における国際交流
地域の政界・行政
地域の企業・産業界
地域の保健・医療・福祉
市民団体・ボランティア
32.9
60.0
2.7
4.4
54.7
37.0
0.6
7.7
53.1
41.8
0.8
4.3
71.6
21.1
0.2
7.1
70.2
23.6
1.8
4.3
78.5
12.7
0.7
8.1
55.1
36.9
1.0
7.1
73.5
16.2
0.4
9.9
56.0
35.9
1.1
7.0
74.6
15.2
0.3
9.9
57.2
35.0
0.8
7.0
74.4
15.5
0.3
9.9
58.8
33.3
0.8
7.0
71.5
17.6
0.3
10.5
37.2
51.4
4.0
7.3
59.0
28.9
1.3
10.8
51.8
39.4
1.4
7.5
71.9
16.9
0.4
10.7
51.0
40.4
1.0
7.6
67.7
20.9
0.4
10.9
53.8
35.9
2.5
7.8
67.8
19.4
1.1
11.7
(%)
※ 有識者:行政,経済,教育,ボランティアなどの各組織の団体の代表や幹部
( 出 典 )「 国 立 学 校 財 務 セ ン タ ー 研 究 報 告 第 3 号 ・ 第 5 号 」 よ り 作 成
41
第4章
図4-7
地域社会との連携
地域連携に行う上で大学側が持つ障害
( 出 典 )「 国 立 学 校 財 務 セ ン タ ー 研 究 報 告 第 3 号 ・ 第 5 号 」 よ り 作 成
さらに,地域連携の中でも産学連携に注目し,産学連携推進に必要な施策,事業
等 に つ い て ,参 考 ま で に 以 下 に 示 し た( 図 4 - 8 ).こ れ に よ れ ば ,機 関 に よ っ て ば
らつきがあるものの,全体では民間の研究者の大学等への受け入れ,民間からの研
究委託などの割合が大きいことがわかる.また,連携に関しての積極的な評価や処
遇工場を求めるものや,連携に関して大学全体の取組みを求める回答が大きいこと
がわかる.機関別に見ると大学は勤務形態の多様化や柔軟化,公的機関は大学等の
契約事務等,各種手続きの簡素化をもとめる結果となった.
これまでみてきたように社会的評価をうけた地域連携構築システム,あるいはそ
こから見えてくる様々な課題を元に,地域連携の成功要因をまとめると次のとおり
となる.
(1) 強力なリーダーシップ
(2) 迅速な意思決定
(3) 戦略的な目的・目標の存在
(4) 明確なテーマ設定と役割分担
( 5 ) 「場 」の 提 供
(6) 人材の交流による相互理解
(7) 産学官民等の取りまとめ役となるコーディネーターの存在
(8) 成果創出に必要な資源の調達と提供
(9) 客観的・定量的な評価
( 10) 一 貫 し た 担 当 と 支 援 体 制
地域が一体となって地域連携システムを構築,拡充していくには,それを強力に
推 進 し て い く た め の 強 力 な リ ー ダ ー シ ッ プ が 必 要 で あ る .岩 手 県 に お け る INS の よ
うにボトムアップ型で拡充している例はまだ少なく,地域連携にはリーダーシップ
42
第4章
地域社会との連携
を取るような人,機関,企業などの存在は必要不可欠である.また,大学の取組み
としても,学長等がリーダーシップを発揮し大学全体として取り組んでいくことを
学内に浸透させていくことにより,積極的に地域へ関わろうとする意識が芽生え,
学内においてもその必要性,重要性が認識されるようになる.さらに,そこには具
体的で戦略的な目的・目標の存在がなければならない.地域全体あるいは,それぞ
れの構成員がそれぞれ明確な目的・目標を意識していくことで,連携メニューをい
かにするか,また関係機関間での問題意識の共有化や確固たる連携体制の構築の土
台になり,地域全体としての発展あるいは活性化といった成果につながることが可
能になる.
社会全体にスピードが要求される現代において,それぞれの取組みには迅速な意
思決定が必要になってくる.地域社会,企業,大学,各関係機関のニーズをすばや
くキャッチし,対応し,さらに還元していくといったサイクルが構築されていく.
こうしたサイクルが地域連携をより強固にしていくためには,それぞれのニーズ
やシーズのマッチングを行うようなコーディネーターの存在は必要不可欠である.
コーディネーターは単に大学,企業,行政等を取りまとめるだけでなく,連携の進
捗状況やステージの段階に合わせて様々な役割が存在する.連携を行う当初は,専
門知識よりもむしろ多方面に人脈,ネットワークを有する人が望ましいし,連携が
進み実践的研究が成果へと結びつき起業化の段階に入れば,販路開拓,マーケティ
ングなどの専門知識のあるコーディネーターが必要になる.このようにコーディネ
ーターは様々な場面ごとに役割が変化し,その場面に対応可能な人材の確保・要請
が必要となってくるのである.それに合わせて同時に,フォーマル,インフォーマ
ル に 関 わ ら ず 積 極 的 に 情 報 交 換 が 行 え る よ う な 「場 」が 必 要 で あ る , 「場 」存 在 す る こ
と に よ っ て ,人 材 が 交 流 し 相 互 の 理 解 が 深 ま り ,あ ら た な 課 題 や ア イ デ ィ ア ,人 脈 ,
情報といったソフトの面でより連携が深化していくことが考えられる.
また,地域連携が発展・拡充していくには,地域内において成果創出に必要な資
源の調達と提供がスムーズに行える仕組みが重要である.必要な資源の調達や提供
に時間がかかってしまえば,同時に成果創出にも時間がかかり,結果として重要な
タイミングを逸したり,成果が成果でなくなってしまうことも考えられる.
先のアンケート結果からもわかるように,大学教員にとって,地域連携によって
割かれる時間と労力が必ずしも評価されていないケースがある.大学の使命が研
究・教育・社会貢献であるといくら強調しても,教員自身に何らかの形で評価とし
て認められなければ,なかなか積極的に取組むには難しいのが現状である.大学内
で地域連携を拡充していくためには,評価システムの構築も地域連携を推進するの
に重要なインセンティブとして作用していく.
最後に,コーディネーターの存在と共に大学ではリエゾン機能が地域連携に重要
な役割を果たす.先の立命館大学の例からもわかるように,大学が地域連携を推進
していく上で果たす役割は計り知れない.
リエゾン機能は,研究プロジェクトの企画・申請・運営・受託研究や共同研究の
コ ー デ ィ ネ ー ト ,知 的 財 産 の ラ イ セ ン ス ,大 学 発 ベ ン チ ャ ー 支 援 な ど 多 岐 に わ た り ,
大学の窓口となって,地域連携の運営をサポートしていく.リエゾン機能の如何が
大 学 の 地 域 連 携 推 進 の 成 否 を 握 っ て い る と い っ て も 過 言 で は な く ,ど の よ う な 人 材 ,
資源等を配分し運営していくかは,大学の一つの戦略となってくるであろう.
43
第4章
図4-8
地域社会との連携
産学連携促進のための環境整備(複数回答)~機関別~
(出典)文部科学省
我 が 国 の 研 究 活 動 の 実 態 に 関 す る 調 査 報 告 ( 平 成 13 年 度 )
44
第5章
第5章
仮説の検証と今後の課題
仮説の検証と今後の課題
第 1 節仮説の検証
大学が様々な環境変化の中で,時代に対応した大学のあり方の再構築を求められ
て い る .大 学 間 で の 競 争 も 激 化 し ,い か に 社 会 か ら 求 め ら れ 続 け る か と い う こ と が ,
そのまま大学存続できるか否かということになった.大学の使命といわれている教
育 ・ 研 究 ・ 社 会 貢 献 の う ち , 国 家 的 政 策 あ る い は 社 会 の 要 請 と し て の 「社 会 貢 献 」が
ク ロ ー ズ ア ッ プ さ れ ,大 学 は お の ず と 地 域 社 会 へ の 連 携 が 求 め ら れ る よ う に な っ た .
一方で,日本の産業が空洞化し,産業の構造改革,さらに大学の研究成果をもと
にした新しい付加価値の創造が日本の産業を再生されるものと期待され,産官学連
携 は 「産 業 ク ラ ス タ ー 計 画 」等 に お い て 地 域 経 済 の 活 性 化 , 産 業 の 再 生 を 目 指 す 形 で
国家的プロジェクトとして推進されるようになった.
こうした社会的背景をもとに,大学は地域連携に取組みはじめ,さらに大学は積
極的に地域連携を推進することで,大学自身の改革へとその活動を結び付けるよう
になった.こうして,地域連携は,大学がその社会的責務を積極的に引き受けると
いうだけではなく,社会の信頼を得て,社会や地域から必要とされる質の高い教育
やサービスを提供できる大学への変革をも促す取組みであるといえる.
大学存続には学生確保が前提であるが,大学が地域連携の取組みを通じて,社会
や地域と密接に関わることによって,学生たち(あるいはその保護者など)のニー
ズを的確に捉える機会を得ることが出来る.これは,地域連携が大学にとって,有
為なものとして作用するひとつの根拠であるといえよう.
はっきりとした検証とは言い難いが,地域連携を推進していくことで,先にのべ
た M大 学 の 心 理 ・ 教 育 学 科 教 育 学 専 修 に よ る イ ン タ ー ン シ ッ プ 等 の 地 域 連 携 の 積 極
的 な 取 組 み に よ り , 「東 京 都 教 師 養 成 塾 1 」 」の 受 講 者 の 増 加 , あ る い は , 心 理 ・ 教 育
学科心理学専修の地域連携の取組みが進み,本年度は日野市からの予算措置などが
あり,連携強化による成果が徐々に現れてきたといえよう.
また,地域連携の成功要因を実際実践しようとすれば,それはそのまま大学内部
の改革へと結びつく.現代において社会のニーズに対応するための変革は企業ばか
りでなく,大学においても求められ,その変革には同時にスピードも要求されてい
る.地域連携においてその課題とニーズをすばやくキャッチし,大学が対応と課題
解決へと活動を行うことで創出された成果を,さらに教育現場や社会へと還元して
いく.このサイクルに対して的確ですばやい対応が求められれば,自らの大学改革
も加速し,社会に適応した形に変革のスピードを上げざるを得ない.社会・地域か
ら評価されるような地域連携を推進するには,こうしたことに対応可能な組織が必
要となり,同時に大学の教職員の意識改革が行われ大学自体の活性化へと波及して
いく.
1)
東 京 都 教 育 委 員 会 は ,教 育 の 担 い 手 で あ る 教 員 の 資 質 ・ 能 力 の 向 上 が 重 要 と 考 え ,教 育 に
対する熱意と使命感,豊かな人間性と組織人としての協調性,そして実践的指導力や社会性
の あ る 教 員 を 求 め ,平 成 16 年 4 月 か ら ,高 い 志 を も っ た 教 員 を 学 生 の 段 階 か ら 養 成 す る た め ,
教 員 を 養 成 し て い る 大 学 と 連 携 し ,「 東 京 教 師 養 成 塾 」 を 開 塾 し た . 定 員 は 約 100 名 .
45
第5章
仮説の検証と今後の課題
また,地域連携によって直接大学へもたらされる具体的成果について言えば,研
究者が自らと異なる目的意識や価値観に触れることにより,革新的な技術開発につ
ながる新しいコンセプトが生まれる.また,社会的ニーズが刺激となり,従来の学
術研究では考えられなかったような新しい研究の萌芽,新たなシーズの発見が期待
され,学問領域の中で広がりがもたらされる.さらに,大学等の研究に民間の発想
が組み込まれ,社会との連携が一層進展し,大学における教育の活性化,地域連携
によって教員が得た知見や経験が教育活動を通じて,学生へ還元されるといった教
育的効果が高いことが指摘されている.こした活動を通じて,地域連携を大学全体
で実行するにあたっては,やはり学内組織の改編,教職員の意識改革といった大学
改革が必要となってくる.
繰 り 返 し 述 べ て い る よ う に , 大 学 は 「大 学 運 営 」か ら 「大 学 経 営 」と い う 視 点 に 立 つ
ことが要求されている.ますます激しくなる競争の中で生き残るためには,大学は
社会あるいは市場から評価されなければならない.つまり,すべての大学は大学経
営の視点に立ち,企業と同様に社会的にニーズのあるサービスを提供しつづけるこ
とが求められている.大学が地域連携に積極的に取組むことによって,こうした社
会的なニーズに対する情報をいち早くキャッチすることが可能となるであろう.
また,クラスター理論が示しているとおり,地域の中のポテンシャルに注目し,
ク ラ ス タ ー 内 で の 「競 争 と 協 調 」を も と に し た 連 携 は , 地 域 そ の も の の 持 続 的 な 競 争
優位とともに,地域内でのイノベーションを促し,構成員そのものの競争力も強化
する働きがある.大学がその地域の構成員として,積極的にその責務を果たそうと
するならば,企業と同様に大学自身も改革を続け地域に必要とされる存在でなけれ
ばならない.つまり,クラスターの構成員として,大学自身の競争力も強化するこ
とが可能である.
次節で述べるように,大学はこれまで以上に地域連携を強固にすることで,大学
が 地 域 や 社 会 の ニ ー ズ に 対 応 可 能 な 改 革 を 推 進 し て い く こ と が 出 来 る .地 域 連 携 は ,
大学の持つケイパビリティに注目し,大学の個性と独自性を維持した新しい地域連
携の構築によって,地域の活性化と共に大学自身の活性化の一助となり,大学にと
って十分有為な取組みであると言えるのである.
第2節
私立大学の地域社会との連携における推進
私立大学が地域連携をもとに,大学改革を加速させ大学を活性化していく上で,
今後の地域連携はどのように推進していばよいのだろうか.
これまでの産学官連携に対して,これをさらに一つのクラスターとして形成,発
展 さ せ て い く こ と が 重 要 で あ る . 産 学 官 連 携 か ら , 前 述 し た 通 り さ ら に 「民 」を も 巻
き 込 ん で 新 し い 地 域 連 携 の 構 築 は ま さ に ク ラ ス タ ー 形 成 へ の 道 程 で あ る( 図 5 - 1 ).
クラスターは,地域のポテンシャルや地域の特性を生かした多様性のあるシステム
を組み込むことを可能とし,それぞれの地域内の構成員およびクラスター間の競争
と協力によりイノベーションが活発化していく.クラスターのアクター(大学,企
業,行政,民間等)がそれぞれの役割分担を明確にし,それぞれの目標を達成する
ために競争と協調関係が構築されることによって,シナジー効果が期待される.つ
まり,これまでの点と点の繋がりから,さらに広がりをもった面となり,そこには
46
第5章
仮説の検証と今後の課題
単なるネットワークでは見られないシナジー効果を発揮していくのである.
本 稿 で の 対 象 と な っ た 多 摩 地 域 か ら み る と , 多 摩 地 域 の 特 性 で あ る 「豊 か な 自 然 」
や 「大 学 等 の 知 的 集 積 」を 活 用 し た 多 摩 地 域 の 独 自 の 社 会 基 盤 整 備 , 大 学 ・ 研 究 機 関
等を核とした,新産業を創出するインキュベーターの構築,さらには大学・行政・
NPO な ど が 主 体 と な っ て ,各 企 業 の 技 術 ・ 人 材 な ど の 情 報 を 集 約 ・ 交 換( 交 流 )さ
せるようなネットワークづくりとそれが気軽に行われるようなフォーマル,インフ
ォ ー マ ル を 問 わ な い 「場 」が 提 供 さ れ る こ と で , 多 摩 独 自 の 新 し い 地 域 連 携 が 可 能 と
なるであろう.こうした連携によって生まれた果実を生かして新規事業の創出が可
能となり,雇用拡大にもつながることが期待される.
ま た , 大 学 は 「産 」や 「官 」に は な い 大 学 の 特 性 と し て の 中 立 性 , 公 共 性 , 創 造 性 ,
多様性を含む組織体である.これらの特性を活かすことによって,新しい地域連携
システムや地域社会システムそのもののイノベーションにも貢献していくことが可
能になる.
さらに,これまで大学で行われてきた地域連携の主流となってきたのは,理系の
研 究 領 域 と 企 業 と の 技 術 開 発 ,製 品 開 発 の マ ッ チ ン グ に よ る も の で あ っ た .し か し ,
今後はそれだけではなく,マーケティング,経営戦略,コンサルティング業務,教
育研修などのソフト面での支援も求められており,文系の学問領域での連携も拡充
していく可能性が考えられるであろう.
図5-1
クラスター形成までの発展プロセス
クラスター形成
産 学 官 + 「民 」の 連
個人的なネットワ
ーク
一教員と一企業のつ
ながり.ある特定分
野の連携活動.
産学官連携
携構築.
組織的な取り
地域住民,学生,
組み.
NPO な ど も 含 む .
複数分野にま
地域の独自性を活
たがる連携
かした強固な連携.
活動.
地域のポテンシャ
ル に 注 目 .複 合 的 課
題に対する問題解
決が可能な有機的
(出典)筆者作成
47
第5章
第3節
仮説の検証と今後の課題
今後の課題および提言
今後さらに地域連携を発展させていく上で,いくつかの課題も残されている.先
に述べた地域連携の成功要因として挙げられたいくつかの点に対して,まだ対応が
立ち遅れ,機能が不十分である点がある.
地域連携の発展を阻害する主な課題を整理すると,以下のことが上げられる.
(1) 一般的に制度面や予算面の制約や地域連携に関する専門的人材の確保の遅
れがある.
( 2 ) 教 員 等 の 個 別 の 取 組 み は 進 め ら れ て い る が ,大 学 全 体 と し て の 組 織 的・総 合
的な取組みは遅れている.
( 3 ) 大 学 窓 口 が 一 本 化 さ れ て い な い た め に ,自 治 体 や 住 民 側 等 か ら う ま く ア ク セ
スできない.このため個人のネットワークに大きく依存している.
(4) 全体として大学、地域双方のノウハウやビジョンが不十分・不明確.
(5) 大学での教職員の地域連携に対する意識の違い
このように,様々な課題を抱えてはいるものの,課題を解決し地域連携の構築に
取組くむ必要がある.
これまで地域連携と大学の取組みを見てきたが,以上の議論を踏まえた上で,最
後に事例となった M 大学における新たな地域連携の構築について提言を行いたい.
多 摩 に 位 置 す る M 大 学 は ,多 摩 の 持 つ 特 性 を 生 か し な が ら ,M 大 学 の 個 性 と 独 自
性による(大学の理念,大学の持つケイパビリティ,大学の持つ中立性,公共性,
創造性,多様性など)地域連携の構築を図る必要がある.
M 大学ではリエゾンオフィスが設置されたことから,積極的にリエゾン機能を活
用し,学内の新たなシーズの発掘と多摩地域におけるニーズや課題をくみ上げ,マ
ッチングを行っていくことが求められている.
例えば,今後多摩地域はわが国の全体傾向と同様に少子高齢化が進むといわれて
いる.学内には社会福祉士取得可能な学科があることから,その研究,教員さらに
は学生を含む地域の福祉サービス体制の構築,学生が福祉施設へ積極的にボランテ
ィア活動に参加できるシステムの構築など可能である.
また,心理・教育学科が設置されており,小学校教員・幼稚園教諭・保育士養成
課程があることから,教師のリカレント教育や教育現場における新たな課題解決の
ためのシステムなどさらに推進し,小中高校・行政等との連携を深化させることが
可能である.さらに,現在行われている心理相談センターのサービスを拡充し,社
会的に問題になっている不登校児,ひきこもり,ニート対策などを心理面からサポ
ートするネットワーク体制の構築なども可能であろう.
多摩地域は自然環境に恵まれ,土地利用の4割が山林で,いまだに多くの森林が
残 さ れ て い る .多 摩 振 興 事 業 団 調 査 の 一 環 と し て 行 わ れ た ア ン ケ ー ト に よ る と ,「多
摩 の よ さ や 魅 力 」に つ い て 「森 林 や 里 山 ,雑 木 林 な ど の 緑 の 豊 か さ 」や 「多 摩 川 の 存 在 」
な ど 豊 か な 自 然 環 境 が 高 く 評 価 さ れ て い る .( 図 5 - 2 )
48
第5章
図5-2
仮説の検証と今後の課題
多摩のよさや魅力について
図5-2
多摩のよさや魅力
(出典)東京都総務局:多摩振興研究事業調査
このことから,多摩に住む住民たちは地域環境に対して意識も高く,森林ボラン
テ ィ ア 活 動 , グ リ ー ン ツ ー リ ズ ム , 森 林 ア ド プ ト 制 度 1) な ど に 取 組 む な ど , 様 々 な
環 境 対 策 活 動 を 行 っ て い る .M 大 学 で は ,理 工 学 部 に 環 境 シ ス テ ム 工 学 科 を 設 置 し ,
環 境 問 題 に つ い て 教 育・研 究 を 行 っ て い る .地 域 で の 要 望 の 多 い ,ご み 問 題 ,河 川 ・
土壌汚染問題等について地域と連携を図りながら,多摩独自の循環型地域社会を目
指すことが可能であろう.
以 上 の よ う な ,多 摩 地 域 が 抱 え る 諸 問 題 に つ い て ,大 学 は 課 題 解 決 へ の ノ ウ ハ ウ ,
人的等の資源の提供,大学の知的資源の還元などが考えられる.1分野では解決出
来ない課題に対しても,総合大学である強みを生かし複数分野にまたがる教育研究
の連携も可能であり,大学全体での組織的な取組みとなれば一層の効果が期待され
る .( 図 5 - 3 )
こうした新たな取組みは,地域の新しい価値の創造,システムの構築に繋がると
ともに,大学自身の個性や独自性を発揮しながら大学の活性化を誘発し,大学とし
ての新たな価値の創造へと結びついていくものであろう.
1)
市民や企業などが特定の公園や道路あるいは森林などを養子(アドプト)と見た立
てて,清掃・下草刈などの保全・育成活動を行う制度.
49
第5章
図5-3
仮説の検証と今後の課題
大学の知的資源の循環と大学活性化までのプロセス
大
学
教
育
地域連携
構築
地
域
人口問題
企
業
環境問題
行
政
地域住民
教育問題
研
究
地域の安全
NPO
新規産業の
学
生
等々
創出
産業の活性
対応性の高い大学
化
responsive university
等々
大学改革推進
大学活性化
シーズとニーズのマッチ
ング.新たな研究領域の拡
大.教育・研究へのフィー
ドバック.対応を可能する
ための学内整備の必要性
(出典)筆者作成
50
結論(おわりに)
結論(おわりに)
IT(情報技術)の進展とグローバリゼーション,日本国内の産業の空洞化,少
子高齢化社会の到来,学力の低下等,大学は様々な外的要因から改革を余儀なくさ
れ て い る . 「大 学 倒 産 」の 時 代 を 迎 え , 時 代 の 要 請 に 対 応 で き な い 大 学 は , 今 後 確 実
に社会から必要とされなくなるだろう.大学を取巻く様々なステークホルダーから
の要求に堪えられるだけの大学運営,大学経営をすることで,大学は社会あるいは
市場から評価される存在となる.
近 年 ,大 学 は 外 的 圧 力 ,外 的 要 因 等 の 理 由 に よ り ,大 学 の 一 つ の 使 命 で あ る 「地 域
貢 献 」に 取 組 み 始 め た .当 初 ,大 学 は 公 開 講 座 や 生 涯 学 習 講 座 ,施 設 の 一 部 開 放 な ど
を行っていたが,次第に大学内のシーズと地域(主に企業)のニーズとのマッチン
グ を 図 り ,「産 学 連 携 」と い う 形 で 「地 域 貢 献 」を 発 展 さ せ て い っ た .こ う し た い わ ば ,
自然発生的に行われてきた地域連携を,大学はただ漫然と行うのではなく,今後は
戦 略 的 に 取 組 み 必 要 が あ る .地 域 連 携 を さ ら に 活 発 化 さ せ ,「官 」や 「民 」を 巻 き 込 み ,
有機的連携をもとに地域の特性(産業,環境,歴史,政治等)に注目した新たな地
域連携を図り,競争力のあるクラスターへと発展させることで,地域や大学は今日
の社会において競争力を持ち,持続的発展が可能であるという点について,これま
で整理し,検証を行ってきた.
このことは,地域の競争力ばかりでなく,大学間競争が激化する生き残りをかけ
た大学経営を行う上で,有為な取組みとして作用する.なぜなら,大学は地域に立
地 し , そ の 中 の 地 域 連 携 に お い て , 大 学 の 持 つ 「知 」を 還 元 , 循 環 さ せ る こ と で , 地
域のニーズに対応するための新たな組織体制,運営体制再編の必要に迫られる.つ
まり,大学はこうしたニーズに対応可能な大学改革を行い,対応性の高い大学へと
生まれ変わることを必然とするからである.
これは,地域あるいは社会から必要とされる大学への転換も意味し,地域連携の
取組みが大学活性化への契機となることを示している.
クラスター理論は,構成員の中で協調と競争が存在し,そこにおけるシナジー効
果が結果として,イノベーションを引き起こすし,競争優位の源泉となることを示
している.大学が地域の中核となって連携を促し,地域の競争力とともにクラスタ
ーの構成員である大学自身の競争力を強めていくことは十分に可能である.
デ ュ ー ク は ,次 の よ う に 述 べ て い る .「大 学 に と っ て ,学 習 地 域 は 世 紀 末 の 最 大 の
秘 密 兵 器 に な る で あ ろ う .実 際 的 な 観 点 か ら す れ ば ,そ れ に よ り ,
( 1 )新 し い 事 業
環 境 に お い て 競 争 が 協 働 と 結 び つ き ,融 合 さ せ る .
( 2 )他 組 織 や そ の 異 質 な 文 化 と
効 果 的 に 交 流 す る と い う 点 で 大 学 の 枠 を 越 え て 働 く 「 橋 渡 し 役 ( boundary
spanners) が 奨 励 , 支 援 さ れ る .( 3 ) 学 習 組 織 が 増 加 し , そ れ ら が 共 に さ ま ざ ま
に重なり合う学習地域を豊かにするにつれて,大学においても多くの伝統や信条を
もったパートナーと交流し,協力し合えるように学内文化の変革が進むこととな
る . 」( Duke [1998] )
大学は地域との連携の中で,大学のもつケイパビリティを活用することにより,
模倣困難なあらたな価値の創造を生み出し,地域との共生をもとに発展することが
可能となるだろう.
51
謝
辞
本論文を結ぶにあたり,本研究の機会を与え,ご指導・サポート頂いた方々に心
から感謝の意を表します.
指導教授である中央大学総合政策研究科丹沢安治教授には,研究のすべての段階
で有益なご示唆を頂き,また本論文構成,表現など細部にわたり丁寧にご指導いた
だきました.ここに深く感謝いたします.
ま た ,研 究 過 程 に お い て 貴 重 な ご 助 言 を 頂 き ま し た 佐 久 間 賢 教 授 ,大 橋 正 和 教 授 ,
修士課程1年よりご指導頂きました林曻一教授,総合政策研究科合同ゼミにご参加
いただいている多くの先生方,諸先輩方からご指導・アドバイスを頂きました.厚
く御礼申し上げます.
最後に,事例として取上げたM大学関係者の多くの方から,有益なご助言,各種
資料の提供を頂きました.心から感謝申し上げます.
2006年1月吉日
村 山 光 子
主な参考文献
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石倉洋子
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P.F.ド ラ ッ ガ ー 著
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上 田 惇 生 ・ 田 代 正 美 訳 :( 1 9 9 1 )『 非 営 利 組 織 の 経 営 』
ダイヤモンド社
オルテガ・イ・ガゼット著
井 上 正 訳 :( 1 9 9 6 )『 大 学 の 使 命 』
玉川大学出版部
日 本 教 育 経 営 学 会 編 :( 2 0 0 0 )『 大 学 ・ 高 等 教 育 の 経 営 戦 略 』
玉川大学出版部
日 本 高 等 教 育 学 会 編 :( 2 0 0 1 )『 大 学 ・ 知 識 ・ 市 場 』
玉川大学出版部
青木昌彦
東洋経済
他 著 :( 2 0 0 1 )『 大 学 改 革
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佐 藤 進 著 :( 2 0 0 1 )『 大 学 の 生 き 残 り 戦 略 』
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第 4 号 pp.4 6 1 - 4 9 4
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『福岡大学商学論集』
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藤原書店
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献する大学』玉川大学出版部
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第22巻
第 1 号 pp.1 6 9 - 1 7 4
村 上 孝 三 :( 2 0 0 4 ) 「イ ノ ベ ー シ ョ ン 創 出 の た め の 新 た な 仕 組 み 」
『溶接学会論文集』
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畠 中 祥 :( 2 0 0 4 ) 「イ ノ ベ ー シ ョ ン 政 策 と 産 学 連 携 」
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N O 3 /4
『研究
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二 神 恭 一 :( 2 0 0 2 ) 「地 域 連 携 と 産 業 ク ラ ス タ ー 」
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第 1 1 巻 第 2 号 pp.8 9 - 1 0 2
寺 岡 寛:
( 2 0 0 3 )「産 業 集 積 の 概 念 と 競 争 力 を め ぐ る 諸 問 題 」 『 中 京 経 営 研 究 』
第12巻
第2号
pp.1 0 3 - 1 1 9
文 部 科 学 省 ホ ー ム ペ ー ジ : http://www.mext.go.jp/
立 命 館 大 学 ホ ー ム ペ ー ジ : http://www.ritsumei.ac.jp/
岩 手 大 学 ホ ー ム ペ ー ジ : http://www.iwate-u.ac.jp/index-j.html
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