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日本における事業の証券化の進展 (473KB / 4pages)
日本における事業の証券化の進展
日本における事業の証券化の進展
ここ数年、日本において、資金調達手法の1つとして事業の証券化が大いに注
目を集め始めている。日本においては、英国のような倒産法制が存在しない
ため、かつては、日本で事業の証券化を実施することは困難であろうと主張
されていた。しかし、日本法の下での事業の証券化のためのストラクチャーが
発展してきている。
倒産隔離
(i)倒産隔離の必要性
英国とは異なり、日本の倒産手続においては、
担保権者は、倒産手続、
ひいては債務者の事業の
継続企業価値について十分なコントロールを有し
てない。債務者に会社更生法に基づく更生手続
が開始されると、更生会社の事業運営は、裁判所
により選任された更生管財人のコントロールの下
に置かれることになり、更生手続外での担保権の
実行が禁止される。また、担保権者(更生担保権
者)は、債権者および裁判所に更生計画が認可さ
れるまで弁済を受けられなくなるほか、更生計画
上 野 元 、齋 藤 崇
の認可後も、認可された更生計画に従ってのみ弁
西村ときわ法律事務所
済を受けることができるにとどまる。
さらに、更生
手続に服する更生会社の全ての債務について、債
権額の減額や弁済期の猶予がなされる場合もあ
る。加えて、英国におけるフローティングチャージ
と同様またはこれに類似する担保権の形態は日
本において存在しておらず、担保権者は、
ファイナ
特徴
ンス取引の実行後に、倒産手続についてより大きなコントロールを有す
事業の証券化(Whole Business Securitization/以下「WBS」
とい
る債権者が登場するリスクを回避することができない。
また、英国のよう
う)とは、一般に、特定の事業活動から生じる将来キャッシュフローを裏
な管理レシーバーが存在しないことから、特定の債権者ではなく、更生
付けとした証券化取引をいうとされる。WBSは、当初、英国において発
管財人が事業を運営することとなるため、担保権者は、事業運営につい
展してきた金融取引であるが、
その背景には、英国法特有のフローティ
て十分なコントロールを有することができない。
ングチャージおよび管理レシーバー制度の存在があるとされる。
かつて
は、
フローティングチャージおよび管理レシーバー制度と類似の法制度
従って、
日本においてWBSを組成し、証券化対象事業の継続企業価
を持たない日本においては、WBSの実行は困難ではないかとの主張も
値をWBSの投資家の元にとどめておくためには、単にWBSのクロージ
なされていた。
しかし、市場参加者は、
日本の法制度の異なる仕組みを
ング時点で債務者の保有する資産に担保権を設定するだけでは不十
用いて、WBSのためのストラクチャーを工夫するようになり、
日本でも、
分であり、証券化対象事業を関係当事者の倒産から隔離するために、
英国におけるWBSとは異なる特徴を持ったWBSないしはそれに準じ
様々なストラクチャー上の手当てを行うことが必要となる。
た取引も登場するに至っている。
(ii)関係当事者の倒産による影響
WBSは、
しばしば、通常の資産の証券化(以下「ABS」
という)と伝統
WBSには、通常、対象事業を営むために必要な資産を保有する会社
的なコーポレートファイナンス(以下「コーポレートファイナンス」
とい
(以下「WBSビークル」
という)、WBSビークルの株式を保有する会社(以
う)の中間的な取引であると指摘される。WBSは、特定のキャッシュフロ
下「親会社」
という)および対象事業の実際の事業運営を行う会社(以下
ーを裏付けとした資金調達を行う取引であるという点で、通常の資産の
「オペレーター」
という)が関与しているが、それぞれの当事者が倒産し
証券化に類似している。
しかし、WBSにおいては、特定の資産から生じ
た場合に、取引にどのような影響が生じるのかを検討することは重要で
るキャッシュフローではなく、個々の対象事業全体から生じるキャッシ
ある。
ュフローを裏付けとしている点で資産の証券化と異なることになる。
ま
た、WBSにおける投資家と伝統的なコーポレートファイナンス取引にお
(a)
WBSビークル
ける投資家は、
いずれも対象事業または当該対象事業から生じるキャッ
WBSビークルは、証券化対象事業を運営するために必要な資産
シュフローの変動リスクを負担しているため、
この点において、WBSと
を保有している。WBSビークルに倒産手続が開始された場合に
伝統的なコーポレートファイナンス取引は、類似する特徴を有している
は、かかる資産の管理処分が制限され、証券化対象資産から生
といいうる。
しかし、伝統的なコーポレートファイナンスにおいては、
スト
じるキャッシュフローが減少するおそれがある。従って、ストラク
ラクチャー上、
当該変動リスクのコントロールが行われないか、
またはコ
チャー上の手当てを施すことにより、WBSビークルの倒産を可及
ントロールの程度が低いのが通常であるのに対して、WBSにおいては、
的に回避することが必要となる。
ストラクチャー上の手当てにより、事業キャッシュフローの変動リスクを
低減させることが企図される。
(b)
親会社
WBSにおいては、担保権を設定するため、通常は、(社債ではな
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日本における事業の証券化の進展
ャッシュフローを裏付けとして資金調達を行うストラクチャー(以下「会
図1: SPC化型ストラクチャー
社分割型ストラクチャー」
という)および(iii)対象事業またはそれに用い
る資産を、事業譲渡または資産譲渡によって新設のエンティティ(多く
親会社
の場合、
当該エンティティは倒産隔離性の高いSPCである)に譲渡した
上で、当該エンティティが対象事業から生じるキャッシュフローを裏付
けとして資金調達を行うストラクチャー(以下「真正譲渡型ストラクチャ
ー」
という)に大別することができる。
中間持株会社
(i)SPC化型ストラクチャー
SPC化型ストラクチャーにおいては、WBSビークルとオペレーターが
WBSビークル兼オ
ペレーター
ローン等
投資家
一致することになる。オペレーターの倒産後にバックアップオペレータ
ーが対象事業を承継することが困難であるため、WBSビークル兼オペ
レーターの倒産を可能な限り回避することが極めて重要となる。
そのた
め、WBSビークル兼オペレーターをSPC化または準SPC化することが
く)ローンの形態で資金調達が行われる(日本法においては、担
必要となる。
保付の社債を発行することについて一定の障害が存在する)。こ
の場合、通常、WBSビークルの発行済み全株式に担保権が設定
WBSビークル兼オペレーターをSPC化する具体的な方法としては、
される。しかし、担保の対象となる株式を保有する親会社に更
全部または実質的全部の事業用資産への担保権の設定、
内部規則にお
生手続が開始された場合には、かかる担保権の実行が制限され
ける事業目的の制限、独立取締役の選任、WBSビークル兼オペレータ
る可能性があり、証券化対象事業の継続企業価値の実現が妨げ
ー親会社による株主権の濫用リスの極小化、拒否権付種類株式の発行
られるおそれがある。従って、WBSビークルの株式に設定され
等のWBSビークル兼オペレーターの管理能力を制限するための方策
た担保権の実行可能性を確保するため、親会社に対して更生倒
や、SPC性または準SPC性を維持するためのコベナンツ、偶発債務の極
産が開始されることを可能な限り回避することが重要となる。
小化(過去の偶発債務を可能な限り遮断するため、元々の事業会社を
再組成することも考えうる)、事業パフォーマンスに関するトリガーの設
(c)
オペレーター
定、期限の利益喪失事由等の契約上の手当てが考えられよう。
オペレーターは、通常、取引実行の前後においてWBSの対象事
業を運営する元々の事業運営者である。オペレーターは通常の
SPC化型ストラクチャーは、通常の事業運営会社が子会社の事業を
事業会社であるため、事業遂行の過程で倒産手続の開始原因の
証券化する場合にしばしば採用されているようであるが、
かかる場合に
発生を、ストラクチャー上回避することは困難である。他方で、
おいては、WBSビークル兼オペレーターの親会社自体も通常の事業会
WBSのストラクチャーの背後には、オペレーターについて倒産
社である。
そのため、WBSビークル兼オペレーターの発行済み全株式に
手続が開始されたとしても、オペレーターからバックアップオペ
投資家のための担保権が設定されたとしても、担保権設定者である親
レーター(または証券化対象事業を適切に運用できることが見
会社に更生手続が開始された場合には、
当該担保権は更生手続に服す
込まれる第三者)への適切な交代により、バックアップオペレー
ることとなるため、当該担保権の設定は、投資家保護にとって十分なも
ターをして証券化対象事業を継続的に運営せしめるという発想
のではないことに留意する必要がある。
この点で、WBSの実施にあたっ
がある。換言すれば、オペレーターの倒産自体を回避するという
ては、親会社の倒産が証券化対象事業に与える影響を可能な限り排除
実現可能性の乏しいことを試みるよりも、オペレーターの倒産に
より生じるおそれのある案件への影響を極小化するための手当
てが追求されることとなる。
図2: 会社分割型ストラクチャー
親会社兼オペレ
ーター
取引ストラクチャー
ストラクチャーの違いという観点から、公表されたWBSを分類すれ
ば、(i)元々の事業運営者(通常の事業会社)をストラクチャー上の手当
てにより比較的倒産隔離性の高いSPCまたは準SPCに組成した上で、
投資家が対象事業から生じるキャッシュフローを裏付けとして、
当該事
業運営者に対して(ローンまたは社債の買受けにより)資金を提供する
会
社
分
割
業
務
委
託
中間持株会社
ストラクチャー(以下「SPC化型ストラクチャー」
という)、(ii)既存の事業
会社が営む一定の対象事業(証券化対象事業)を会社法における会社
分割によって新設会社(多くの場合、
当該新設会社は当該事業会社の子
WBSビークル
債券
投資家
会社である)に承継させ、
当該新設会社が証券化対象事業から生じるキ
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July 2007
日本における事業の証券化の進展
するためのストラクチャー上の仕組みを作り出すことが極めて重要とな
る。
その方法の1つとしては、株式移転または株式交換により、親会社と
図3: 真正譲渡型ストラクチャー
WBSビークル兼オペレーターとの間に中間持株会社を設立することで
中間持株会社
WBSビークル兼オペレーターの株式を当該中間持株会社に保有させ、
当該中間持株会社を倒産隔離されたSPC化することが考えられ、他の
方法としては、投資家が(WBSビークル兼オペレーターの普通株式の上
に担保権を取得することとは別に、)直接または間接的に拒否権付株式
を取得することが考えられる。
(ii)会社分割型ストラクチャー
SPC化型ストラクチャーにおいては、WBSビークルとオペレーターが
オリジネーター/
オペレーター
事業譲渡/
資産譲渡
WBSビークル
業務委託
ローン等
投資家
一致することになる。オペレーターの倒産後にバックアップオペレータ
ーが対象事業を承継することが困難であるため、WBSビークル兼オペ
レーターの倒産を可能な限り回避することが極めて重要となる。
そのた
め、WBSビークル兼オペレーターをSPC化または準SPC化することが
時間およびコストがかかることとなる等のデメリットがあることに留意
必要となる。
する必要がある。
会 社 分 割 型ストラクチャー においては 、適 切 にストラクチャリ
ングがなされ、かつ、適 切に会 社 分 割 手 続を遂 行することにより、
さらに、対象事業を営むために一定の許認可が必要な場合には、当
該許認可の取扱いについても留意する必要がある。具体的には、会社
たとえ 対 象 事 業 に関 連 する偶 発 債 務であっても、当 該 偶 発 債 務
分割により当該許認可を新設会社または承継会社に承継させることが
が 譲 受 人 に承 継されることを回 避 することができる。そのため 、
できるかについて検討することが必要となる。会社分割により許認可を
SPC化型ストラクチャーに比べて、より倒産隔離性の高いストラク
承継できない場合には、対象事業の中断を回避するため、予め新会社
チャーを組 成することが 可 能となる。もっとも、分 割 会 社にとって
を設立し、
当該新会社において事前に許認可を取得した上で、
当該新会
手続上および運営上の負担が重くなる、案件の組成のため一定の
社に吸収分割により対象事業を移転させることが必要となる。
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asialaw Ja p a n R ev i e w - 15
日本における事業の証券化の進展
(iii)真正譲渡型ストラクチャー
このストラクチャーによる取引は、特に、資産のみが譲渡される場合
執筆者略歴
上野 元
には、通常の資産の証券化により類似することとなる。真正譲渡型スト
1999年に西村ときわ法律事務所に入所以来、
ストラクチャード・ファイ
ラクチャーにおいては、譲渡人および/または譲受人の倒産から対象事
ナンスや企業買収ファイナンスをはじめとするファイナンス取引を主に
業またはそれに関連する資産を切り離し、
または隔離することが企図さ
扱う。1997年に東京大学法学部法学士、2004年にハーバード大学ロ
れる。
しかし、同時に、かかる取引は、特に当該譲渡対象の資産が流動
ースクール法学修士(LL.M.)を取得し、
ニューヨークのスキャデン・アー
性の低い資産である場合にはキャッシュフローの発生がオペレーター
プス・スレート・マー・アンド・フロム法律事務所にて執務を経験。
日本お
の信用力に大きく依存することになるため、通常のコーポレートファイナ
よびニューヨーク州の弁護士資格を有し、
日英での著書・論文多数。
ンス取引としての特徴を有することとなる。
齋藤 崇
対象事業を営むために一定の許認可が必要な場合には、会社分割
2000年に早稲田大学法学部を卒業し、2002年に西村ときわ法律事
型ストラクチャーにおけるのと同様、
かかる許認可の取扱いについての
務所に入所。金銭債権、不動産等の証券化・流動化、事業の証券化、
そ
検討が必要となる。特に、一定の資産については、保有するために許認
の他のストラクチャード・ファイナンスを扱う。共著書に、
「ファイナンス
可が必要となることがあるため、譲受人を信託その他のSPVとする場合
法大全アップデート」(共著、商事法務、06年)等がある。
には、譲受人による許認可の取得が困難ないしは実務上不可能となる
ことがありうるため、特に注意が必要となろう。
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