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概要(市町村要覧 2) - 北海道上川総合振興局

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概要(市町村要覧 2) - 北海道上川総合振興局
下
川
町
しもかわちょう
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道上川郡下川町幸町63番地
098-1206
(01655)4-2511
(01655)4-2517
014681
I-0
バスターミナル合同センターから徒歩5分
〔地 勢〕
上川支庁管内の北東部に位置し、北部はピヤシリの霊峰が北見国境にそびえ、網走支庁管内雄武町、名寄市と本町の
分水嶺をなしている。中部は名寄川を中心として盆地をなし、農産物の源泉となっており、南部は一般に丘陵地帯であ
る。町の大部分を占めている山林には、広葉樹・針葉樹が繁茂し、木材の供給源となっている。下川鉱山・珊瑠鉱山に
より鉱業基盤を築いていたが現在は休山となっている。
〔歴 史〕
明治34年に開拓の鍬がおろされ、大正13年名寄町から分村して下川村が誕生した。独立後、米作は各地に水利組合が
設立され盛んになり、同15年には、三井珊瑠鉱山が開設、その後下川・一ノ橋両営林署が開庁して、農・林・鉱の三大
産業の町として基盤を築いてきた。自治体の形態も整い、昭和24年には町制を施行した。同31年に一の橋市街、翌32年
に下川市街と連続大火に見舞われたが、その復興はめざましく、同45年に開基70年、同49年に独立50周年記念式典を挙
行、平成2年に開基90周年、町制施行40周年を挙行、平成12年開拓100年記念式典を挙行している。
〔町政のあゆみ〕
明治34年 岐阜団体入地し、開基をみる
大正13年 名寄町から分村して下川村誕生
昭和21年 開拓者集団入地
〃 24年 町制施行
〃 26年 役場庁舎新築落成
〃 31年 一の橋市街地大火(227戸焼失)
〃 32年 下川市街大火(160戸焼失)
〃 33年 下川町章制定
〃 35年 下川高校普通課程設置、公区制施行
〃 41年 町体育館落成(現町民会館)
〃 45年 総合開発計画策定、町営プール設置
〃 47年 統合新設下川小学校舎落成、自動車による
ごみ収集開始
〃 49年 庁舎改築落成、町営バス運行開始
〃 51年 町立幼稚園開設、町立病院増改築落成
〃 53年 町木、町花制定、統合新設下川中学校校舎
落成
〃 55年 廃棄物処理施設の完成
〃 56年 下川公民館落成
〃 57年 下川町特別養護老人ホームあけぼの園、下川
町営野球場、下川町農産物加工研究所の完成
〃 58年 2,000年の森展望台完成、企業誘致工場新設
〃 59年 火葬場管理棟新設
〃 60年 知的障害者更生施設山びこ学園新設(30人
収容)
〃 61年 火葬場新設・万里長城築城開始
〃 62年 町営スキー場ロッジ完成
〃 63年 農業環境改善センター完成、下川商業高等
学校校舎改築
平成元年 第3期下川町総合計画策定
名寄線代替バス運行開始(JR 名寄線廃止)
B&G 財団 下川海洋センター建設
〃
2年 デイサービスセンター開設
〃
3年 バスターミナル合同センター完成、ふるさと
交流館完成
〃
4年 桜ヶ丘アリーナ完成
〃
5年 一の橋コミュニティーセンター、林業総合セ
ンター完成
〃
6年 国有林「21世紀の森」購入開始
〃
7年 カナダケノーラ町との交流始まる
〃
8年 下川町公共下水道供用開始
〃
9年 下川中学校開校50周年記念式典挙行
〃
10年
〃
〃
11年
12年
〃
13年
〃
14年
〃
〃
〃
15年
16年
17年
〃
〃
〃
〃
18年
19年
20年
21年
〃
22年
〃
23年
〃
24年
〃
25年
〃
26年
- 35 -
下川商業高等学校創立50周年記念式典挙行
一の橋小学校創立90周年記念式典挙行
国有林(一の橋地区)購入開始
資源分別収集開始
下川町開拓100年記念式典挙行
第4期下川町総合計画策定
カナダ・ケノーラ市との友好都市提携調印
総合福祉センター完成
一の橋小学校、上名寄小学校休校決定
生活支援ハウス完成
知的障害者グループホーム完成
万里長城パークゴルフ場完成
農村活性化センター完成
五味温泉木質バイオマスエネルギー熱供給施
設完成
幼児センター完成、下川町自治基本条例制定
地域間交流施設完成
環境モデル都市に認定される
環境共生型住宅エコハウス、桜ヶ丘公園セン
ターハウス「フレペ」完成、木質原料製造施
設完成、役場周辺熱供給施設完成
共生型住まいの場「ぬく森」完成、地域情報
通信基盤整備(光ファイバー網等)完成、高
齢者施設熱供給施設完成
環境未来都市に選定
地域活性化総合特区に指定される、町立下川
病院改修(1期工事)
一の橋住民センター完成、第2回「環境未来
都市」構想推進国際フォーラム、第1回国際
森林フォーラム開催、一の橋バイオビレッジ
集住化住宅完成、京都府京丹波町と「友好交
流に関する協定」を締結
バイオマス産業都市選定、高知県梼原町、熊
本県小国町「持続可能な小規模自治体アライ
アンス」締結
下川町特用林産物栽培研究所設置、地域活性
化モデルケース選定
〔行政施策の重点事項〕
「森林と大地と人が輝くまち・しもかわ」をめざす姿とし、平成23年度に第5期総合計画を策定し、下川の新しい
まちづくりを進めていく。
「環境未来都市~人が輝く森林未来都市しもかわ」の具現化
○ 産業振興と雇用機会の創出
基幹産業である農林業をはじめとする既存産業の振興、地域の資源や特性を活かした新たな産業創造などに取り組む
とともに、あらゆる分野において雇用機会の創出を図ります。
○ 少子高齢社会に対応したまちづくり
安心して子どもを産み、健やかに育てることができる子育て環境の充実や、高齢者、障がい者が安心して自立できる
環境づくりを進めます。
○ 森林共生低炭素社会の創造~環境モデル都市の推進~
森林共生低炭素社会の創造のため、地域特性である循環型森林経営を基盤とした、森林バイオマスの利活用等を進め、
二酸化炭素の大幅な削減に取り組むともに、地域産業の振興や環境に配慮した快適な生活環境等の具現化に取り組みま
す。
○ 安全に安心して快適に暮らせる生活環境づくりのため、地域実態に対応した防災、防犯体制の充実、公共交通や住
宅、積雪対策、道路や公園などの生活基盤の整備を進めます。
○ 持続可能な地域社会実現のため、住民自治や地域づくりへ参加するための条件整備及び地域内の多様な主体の連携
などを強化、充実することで、地域の自治、防災、防犯、子育て、教育など、総合的な「地域力」の向上に取り組みま
す。
〔行政管理の特色〕
住民サービス向上と行政事務の効率化を目的として、OA 化を進め職員1人1台の端末を設置し、また、グループウェ
アを導入し、情報の共有を図っている。(総合行政情報システム、財務会計システムの導入)
職員の人材育成基本方針及び倫理規定を定め、分権時代に即応できる職員の養成に努めるとともに職員の意義高揚を
促す自己啓発の支援を行っている。
平成19年4月1日に町政運営の基本的な理念と制度運営の原則を明らかにした自治基本条例が施行になった。
〔財政の概況〕
地方交付税、国、道支出金及び地方債等への依存度が高く80%を占め、町税は4%に止まってる。
第5期総合計画を基本に行財政改革などに伴う社会経済情勢の厳しい条件を考慮しながら、健全財政を堅持しつつ積
極的に各種事業の推進に取り組んでいる。
〔主な公共施設〕
公民館、廃棄物処理場、町立病院、町民会館、スキー場、スキージャンプ台、クロスカントリーコース、小学校、中
学校、高等学校、スポーツセンター、浄水場、町営野球場、総合グランド、特別養護老人ホーム、障害者支援施設、町
営スキー場ロッジ、火葬場、展望台、B&G 財団海洋センター(プール)、町営テニスコート、デイサービスセンター、
バスターミナル合同センター、ふるさと交流館、桜ヶ丘アリーナ、下川浄化センター、総合福祉センター、生活支援ハ
ウス、知的障害者グループホーム、万里長城パークゴルフ場,農村活性化センター、幼児センター、地域間交流施設
〔産業・経済〕
基幹産業の農業は、特色を活かした農業経営の持続的発展のため、生産基盤の整備をはじめ、安全・安心な作物の栽
培、担い手及び新規就農者等の育成支援、環境にやさしい農業の推進、畜産振興に努める。
林業においては、環境に配慮した持続可能な森林経営を目指し、自然環境の保全など公益的機能を発揮できるよう森
林整備を継続している。また、森林資源を有効活用した付加価値の高い木材製品の加工・流通、経営安定・雇用拡大、
担い手の確保・育成に努める。
商工業においては、中小企業振興基本条例に基づき、経営の革新や基盤の強化のための新分野進出、空き店舗対策、
後継者対策を実施していくとともに、誘致企業との連携強化・経済交流、また、新たな企業誘致の促進に努める。
その他、地域資源の活用、また、新たな産業展開・地域経済の活性化を図るため、環境未来都市・地域活性化総合特
区(森林総合産業特区)の具現化に取り組んでいる。
〔文化・観光〕
町指定文化財 はるにれ
樹齢約830年(直径136㎝、樹高23m)と推計され、下川簡易教育所(明治40年12月建設)
の前に切り残されたもので、現在下川小学校舎前にそびえている。
上名寄郷土芸能(麦や節、郡上節、小大尽)
明治34年に岐阜県郡上郡高鷲村から上名寄地区に入植した開拓者が
開拓の苦しみの中で故郷を偲び、唄い踊られ今日まで伝えられてきたものである。
観光
五味温泉、ピヤシリ山と御車の滝、矢文湖、ふるさと2000年の森展望台、サンル牧場、ふるさと交流館、万
里長城、万里長城祭5月、しもかわうどん祭り8月、アイスキャンドルミュージアム2月
〔宿泊施設〕
五味温泉
宿泊定数50人 TEL(01655)4-3311
バスターミナル合同センターから町営バスで15分、五味温泉前で下車
- 36 -
ほかに一般旅館等
美
深
町
びふかちょう
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道中川郡美深町字西町18番地
098-2252
(01656)2-1611
(01656)2-1626
014699
Ⅱ-0
宗谷本線美深町交通ターミナルから徒歩5分
〔地 勢〕
本町は、稚内市と旭川市のほぼ中間にあって、中川郡の南半分を占める広域を有している。東方には函岳(海抜1,12
9m)を主峰とする北見山地が、西方には天塩山地が連なり、ここを源とする大小河川が沢なりの平地を形成しながら、
中央部を南北に貫流する長大河川の天塩川に合流、地味肥沃な盆地を形成している。これらの恵まれた土壌と豊富な林
産資源を利用して、早くから稲作、畑作、酪農、林産工業の町として栄えてきた。
〔歴 史〕
道内屈指の大河天塩川の恩恵を受け、本町の歴史は幕を開けた。天塩川筋には古代先住民の縄文、擦文文化の遺跡、
遺物が多く残っている。和人としての最初の入植は、明治32年に富山県から渡ってきた平喜三郎であり、天塩川沿の美
深8線において最初の鍬が入れられた。同44年鉄道が恩根内まで開通するとともに急速に入植者の数が増し、飛躍的な
発展を遂げるに至った。大正4年下名寄村として初の自治行政を行い、同9年智恵文を分村し美深村と改称、同12年1
級町村制を施行して美深町となり、現在に至っている。昭和30年代は14,000人台が続き、40年頃から人口の減少が目立
つようになった。
昭和3年の大火、たび重なる冷害、天塩川の氾濫など多くの困難を住民の和協一致で乗り越え、平成10年には開基10
0年の記念式典を挙行したほか昭和56年10月には九州福岡県添田町と姉妹町、平成6年7月にはカナダアシュクラフト
村と友好都市提携を結び、また平成8年にスバル北海道美深試験場の一期工事完成など新たな発展を目指している。
また、本町は国道40号線、同275号線、道道49号線の基点など交通の要衝として多大の役割を果たしている。
〔町政のあゆみ〕
大正12年 北海道1級町村施行により美深町と改称
昭和 3年 市街地の大火80%焼失
〃 23年 美深町第1期農業復興計画樹立
〃 37年 低開発地域工業地区に指定される
〃 39年 国鉄美幸線仁宇布まで部分開通
〃 41年 へき地電気導入で未点灯農家解消
〃 44年 山村振興法の指定を受ける
〃 51年 びふか松山湿原が道自然環境保全地域に指
定される。第1回美幸線松山湿原まつり開催
〃 52年 美深歌登スーパー林道開通
〃 56年 福岡県添田町と姉妹町提携
〃 59年 北海道美深高等養護学校開校
〃 60年 国鉄美幸線廃止、バス転換となる
〃 61年 美深町特別養護老人ホーム開所
〃 62年 美深地区農村総合整備モデル事業、北部営
農飲雑用水施設完成、給水開始
平成 4年 物産展示館「双子座館」オープン
〃
5年 スバルテストコース建設決定
〃
6年 カナダアシュクラフト村と友好都市提携
〃
7年 下水道一部供用開始
〃 10年 美深町文化会館COM100完成
開基100周年記念式典挙行
平成11年
〃 12年
〃 16年
〃 17年
〃
18年
〃
〃
〃
19年
20年
22年
〃
23年
〃
25年
〃
26年
森林公園びふかアイランド完成
第4次美深町総合計画樹立
「総合窓口」開設
「自治会地域担当員制度」設置
北海道教育大学と相互協力協定締結
フリースタイルスキー競技エアリアル公認
コース完成
特別養護老人ホーム民間移管
美深町幼児センター開所
第5次美深町総合計画樹立
美深小学校新校舎完成
光ファイバー防災端末機供用開始
美深町史(平成23年刊)刊行
一般国道40号名寄美深道路開通(3.3Km)
美深(びふか)くん&美深(みみ)ちゃん
デビュー
北海道大学大学院水産科研究院及び水産学
部と包括連携協定締結
〔行政施策の重点事項〕
平成23年度から10カ年の第5次美深町総合計画を樹立、まちの将来像に「みんなで築く 輝くまち 美深」を掲げ、
まちの様々な分野の交流・連携を促進し、美しい自然環境・豊かな資源を活用した活力ある産業の振興などの地域特性
を最大限にいかした美深らしさが誇れるまちづくりに向けて取り組んでいます。
1.
自然環境と調和する安全・安心なまち「美深」
環境保全・環境衛生の推進、道路・交通網等の整備、住宅の整備、計画的な土地利用、消防・防災体制の充実
交通安全・防犯対策の推進、情報化の推進、消費生活対策の推進
2. 資源をいかす活力に満ちたまち「美深」
農業の振興、林業の振興、商工業の振興、観光の振興、新たな地場産業の創出、就労対策・勤労者福祉の充実
3. 次代を創る人を育てるまち「美深」
幼児教育の充実、学校教育の充実、家庭・地域教育の充実、社会教育の充実、芸術・文化活動の推進、スポーツ活
動の充実
4. 健康で明るく暮らせるまち「美深」
- 37 -
健康づくり・医療の充実、子育て支援の充実、高齢者支援の充実、障がい者支援の充実、地域福祉の充実、社会保
障の充実
5. みんなでつくる心かようまち「美深」
住民主体のまちづくりの推進、コミュニティ活動の充実、男女共同参画の推進、交流活動の推進、行政経営の充実
〔行政管理の特色〕
1.職場環境の整備
2.住民との対話
3.行政の近代化
住民サービスと能率的な行政処理のため、平成23年6月から従来のグループ制に加え係長を
配置し、担当業務を明確にすると共に、事務を横断的に進めている。
「住民参加のまちづくり」を基本とし、自治会組織を確立、町政懇談会等の機会をとらえ、
住民の声を直接聞き、活発な広報活動を展開、住民と直結した、町政施行に努めている。
平成23年度から全町光ファイバー網の供用開始によって、防災・緊急情報の伝達手段と美深
全域における超高速通信環境を整備し、行政情報の効率的な伝達を図っている。
〔財政の概況〕
町税が伸び悩む中、一般財源の確保は益々厳しくなり地方交付税に依存する財政運営が続き、歳出においても少子高
齢化が進み扶助費の増加や他会計への繰出金などが増加していくことが予想される状況である。このため、第4次美深
町行政改革大綱を推進し、スリムで効率的な行財政の維持・確立を目指している。
〔主な公共施設〕
1.スポーツ施設
2.福祉施設
3.その他
町民体育館、町民プール、町営球場、美深スキー場、弓道場、全天候テニスコート、ゲートボー
ル場、キャンプ場、ゴルフ練習場、運動広場(ソフトボール場、パークゴルフ場)、エアリアル
公認コース
特別養護老人ホーム、デイサービスセンター、ケアハウス
高等学校(1)、高等養護学校、中学校(2)、小学校(2)、幼児センター、児童館、文化会館COM100、地域
コミュニティーセンター(16)
〔産業・経済〕
本町の主要産業は農業と林業の二大基幹産業で構成され、農業については水稲、畑作、酪農・畜産の3形態を主軸と
して経営され、特に畑作は野菜の導入促進が図られ有機物を利用したクリーン農業が進められている。さらに近年では、
春小麦初冬まき栽培「ハルユタカ」の日本最北の生産地域として、安心安全な小麦づくりと地産地消に取り組んでいる。
林業については全道一広大な道有林を有し、上川総合振興局北部森林室が置かれるまど民有林を含め育林・造林等が
進められ、豊富な森林資源を利用した生産活動が行われている。
商業も過疎の中にあって常に新しい感覚、アイディアで対策を講じ購買力の伸長を期している。
〔文化・観光〕
○文化会館COM100
450人収容の文化ホールを中心に、図書室、郷土資料室を併設した生涯学習施設として、平成10
年に開基100年を記念して建設した。
○びふか松山湿原
海抜797mの最北限の高層湿原で、百余種の高山・湿原性植物、そして矮性のアカエゾマツ、ハ
イマツの群生と大小数個の高原沼とのコントラストは、とりわけ趣がある。北海道自然環境保全
地域に指定されている。
○仁宇布の冷水と十六滝
「仁宇布の十六滝」とは、仁宇布地域に点在している16ヶ所の滝のことで、それぞれに
個性的な表情があり、中でも雨霧の滝など5つの滝は車で行くことが可能で、間近で見る滝は迫
力がある。また、真夏でも6℃と冷たくおいしい仁宇布の冷水は、おいしい水の要件を全てみた
しているミネラル豊富な湧水で、十六滝と併せて環境省から「平成の名水百選」に認定されてい
る。
○森林公園びふかアイランド
国道40号道の駅「びふか」に隣接する観光レクリエーション施設で、園内にはびふか
温泉、ふるさと館、ログコテージなどの宿泊施設をはじめ、物産展示館「双子座館」、キャンプ
場、パークゴルフ場、テニスコート、カヌーポート、ゲートボール場などのほか、ロシア原産の
チョウザメを飼育展示している「チョウザメ館」があり、カナディアンカヌーによる三日月湖遊
覧もできる。
○函岳
標高1,129mの頂上まで車で行くことができる全国的にも珍しい山で、頂上からは360度の絶
景大パノラマが広がる。頂上へ続く約27㎞の砂利道はオフロードライダーに人気があり、頂上に
は休憩小屋であるヒュッテのほか、トイレ、駐車場なども完備されている。
〔宿泊施設〕
びふか温泉
一般旅館5軒
128人収容(国道40号線)美深市街から北へ約8㎞
115人収容
- 38 -
電話(01656-2-2900)
音威子府村
おといねっぷむら
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道中川郡音威子府村字音威子府444番地1
098-2501
(01656)5-3311
(01656)5-3837
014702
I-2
宗谷本線音威子府駅から徒歩5分国道40号線沿い
〔地 勢〕
本村は北海道上川総合振興局管内の北部に位置し、まわりの四方を山に囲まれている。地形は村の中央を天塩川が貫
流し、北西地域は段丘又は扇状地で平地は少なく、南東部地域は概ね扇状地で15%の平坦地があり耕地は1,600ha にす
ぎず、酪農・畑作がその主たるもので、面積の80%は山林である。気象は寒暖の差が極めて大きく、冬季間は国内屈指
の豪雪地で積雪量は2mを超える状況である。
〔歴 史〕
本村は明治34年帝室御料地に編入され、同36年初めて農地として貸付の制度が開け、同37年長村秀氏が下名寄村より
川船で天塩川を下って咲来に上陸し、常盤駅逓所取扱人として居を構えたのが開拓の起源である。当時は士別村戸長役
場に属し、同40年下名寄村ほか1か村戸長役場所管となり、更に同45年中川村戸長役場が開庁となり、本村も中川戸長
役場に属し、大正5年4月1日より現在地を割き分村し、新たに常盤村戸長役場を咲来に設置し、同8年に2級町村制
が施行され同14年11月現在の音威子府に役場を移転し、昭和38年4月1日「常盤村」から「音威子府村」に村名を改め
た。
本村は開拓以来馬鈴薯を主とする畑作農業であったが、昭和初期に乳牛が導入され酪農へと移り変わってきた。また、
大正元年には国鉄宗谷本線が音威子府まで開通、翌2年には天北線が小頓別まで、同11年には天北線、同15年には宗谷
本線が全線開通したことにより開発が一段と進み、宗谷・天北の分岐点として各産業が発展してきた。
しかし、国鉄の民営合理化による天北線の廃止は、国鉄職員の減少による過疎化をまねき、全道一のミニ村となる。
〔村政のあゆみ〕
大正 5年 中川村から分村し常盤村となる
〃 14年 役場庁舎を咲来から音威子府に移転
昭和27年 役場庁舎新築
〃 38年 村名を「音威子府村」に改称
〃 40年 開村(分村)50周年記念式典
〃 46年 音威子府総合計画樹立(第1期)
〃 47年 村民憲章制定、音威子府医院新築
〃 48年 住民保養センター(天塩川温泉)新築
〃 54年 役場庁舎新築
〃 56年 音威子府総合計画樹立(第2期)
〃 57年 第1回全日本クロスカントリースキー大会開催
〃 60年 咲来小学校新築
〃 61年 高等学校新築
〃 63年 レストハウス新築
平成元年 住民保養センター(天塩川温泉)改築
〃
2年 山村都市交流センター新築、交通ターミナル
新築
〃
4年 高齢者生活福祉センター新築
農畜産物処理加工施設新築
〃
5年 住民保養センターログハウス新築
青少年宿泊研修施設新築
地域交流センター新築
音威子府総合計画樹立(第3期)
〔行政施策の重点事項〕
音威子府村の将来像を「森と水と人が織りなす匠の里
・おといねっぷ」とし、3つの基本目標と6つの施策
の柱を設定し、村民全体で個性のある匠の里を創って
いきます。
平成 7年
〃
9年
〃 10年
〃 11~12年
〃
12年
〃
14年
〃
15年
〃
16年
〃
〃
18年
20年
〃
〃
23年
24年
〃
25年
音威子府小学校改築
音威子府村幼児センター新築
住民保養センター(天塩川温泉)増築
保健福祉センター・介護支援センター新築
音威子府医院改築
下水道(農業集落排水事業)供用開始
生ごみコンポストプラント施設新築
地域情報提供システム供用開始
音威子府村総合計画樹立(第4期)
エコミュージアムおさしま(砂澤ビッキ記念
館)オープン
音威子府村100周年記念式典
住民保養センター(天塩川温泉)改築
咲来小学校100周年記念式典
アジアプリントアドベンチャー in
おといねっぷ開催
松浦武四郎「北海道命名之地」木碑建替
第49回全国中学校スキー大会クロスカント
リー競技開催
第30回全日本クロスカントリースキー大会
開催
音威子府村総合計画樹立(第5期)
(2) 地域資源を活かした産業が活力を持つむらを創る。
① 足腰の強い農林業の基盤整備と新規参入者の促進
② 地場産品開発による付加価値の高い商工業の振興
③ 地場産品開発による付加価値の高い商工業の振興
1.
自然を守り、自然を活かしたむらの活力の創造
2. 村民の支え合いと、快適な住みよいむらの創造
(1)
自然を守り、自然に学び、美しいむらを創る。
(1) 一人ひとりが健やかで、支え合うむらを創る
①
次世代に引き継ぐ自然環境の保全
①
②
森とともに生きる美しいむらづくり
② 誰もが生きがいを持って暮らせる仕組みづくり
③
環境負荷の軽減と自然エネルギーの活用
③ 安心して子どもを産み育てることができる環境整備
④
災害から村民の命を守る
- 39 -
生涯を通じて健康で自立した生活の確保
(2) 快適で住みやすいむらを創る
(2) みんなで築くむらを創る
①
誰もが安心して暮らせる住環境の整備
① 住民参加・活動への支援
②
暮らしを支える生活基盤の充実
② 協働の仕組みづくり
③
交流を支える広域交通ネットワークの整備
③ 村民への行政サービスの充実
④
村と村民、村民相互間の情報化の促進
④ 効率的・効果的な行財政の運営
2. 人が育ち・みんなが参加するむらの創造
⑤ 広域的な連携・協力体制の充実
(1) 豊かな心と学びのむらを創る
①
自主性と協調性を育む教育環境の整備
②
村の顔となる高校づくり
③
先人が残した歴史文化の継承と活用
④
世代間・地域間交流による生涯学習の推進
⑤
村民一人ひとりが先生となる人材育成
〔行政管理の特色〕
本村の行政組織機構は、平成17年度に住民課と保健福祉課、産業振興課と環境整備課を統合し、総務課・住民課・経
済課の3課と教育委員会の体制となっている。係の配置は平成13年度からスタッフ制を採用し課付けの発令をしている。
職員定数も減とし、適正な定員管理と適正配置に努める一方、増大する行政事務量の対応には、事務処理の円滑化且
つ合理的なOA化の推進を図り、効率的な行政運営と行政サービスの向上に努めている。
〔財政の概況〕
歳入は、人口の減少と零細な農業、商業の経営者が多いため、税収の割合が僅か4%と少なく、地方交付税の占める
割合が58.8%とその依存度は大きなものとなっている。歳出は、大型の施設整備等の投資的経費は抑制されているが、
義務的経費、特に公債費、人件費の占める割合が44.6%と多く、また施設管理費を含めた経常経費の増加もあり、歳出
に見合った財源確保が厳しい状況にあり、住民福祉の向上と充実を図るため経費節減に努めているところであるが、今
後も更なる経費削減対策が必要である。
〔主な公共施設〕
1.住民保養センター「天塩川温泉」
全面に天塩川、函岳を望む絶景の地にあり、泉質も他に類のない良質のた
め村外各地から多数の保養客がある。(宿泊定員72名)
2.その他
診療所、歯科診療所、公民館、野球場、スキー場(ペアーリフト765m)、山村広場、トレーニング
センター、レストハウス、チニタ、山村都市交流センター、交通ターミナル、農畜産物処理加工施設、高齢者生活福祉
センター、青少年宿泊研修施設・トムテ、地域交流センター、幼児センター、保健福祉センター、エコミュージアムお
さしまセンター
〔産業・経済〕
音威子府村は、天塩川流域を中心とする山間地における農業と、国道の宗谷・天北への分岐点という交通機関の要衝
として各産業が発展してきたが、豪雪地という自然的条件もあり離農と国鉄の分割民営化により過疎化が進んでいる。
1.農林業
山間地のため農地が少なく、後継者問題及び所得水準が低いため離農が進んでいるが、跡地利用によ
る経営規模の拡大と近代化により小麦・馬鈴薯・ビートを主作とする畑作と酪農が主として営まれてきた。
平成19年度以降は農政の基本政策の転換にともない畑作の主作物がそばになっている、田は皆無である。林業は全面
積の約80%が森林であるが、道有林、北大研究林を除くと民有林はわずか5%で出荷額は少ない。
2.商工業
村内には、日用食糧雑貨を中心とする小規模な商店があるのみで、人口の減少とともに近隣市町への
購買力の流出が相当見受けられる。
〔文化・観光〕
天塩川
国道40号線の音威子府村~中川間は天塩川に沿っており、その山間の景観は目を見張るものがあり絶好の
ドライブウェイである。支流にはヤマベが多く生息する。
天塩川温泉
天塩川、函岳を望むこの温泉は泉質もよく自然に恵まれた絶好の保養所である(名物カモ鍋・生そば
・おといねっぷ羊かん・木工品)
音威富士スキー場
全長850mのグレンデと1,300mの林間コースがあり、初心者から中級者まで幅広く利用されて
おり、村外の利用者も多い。
道北中学校野球大会
昭和22年から毎年6月下旬に開催され、50年以上の歴史がある。
全日本クロスカントリー音威子府大会
昭和57年から毎年12月下旬に開催され全日本A級選手参加による。
〔宿泊施設〕
住民保養センター「天塩川温泉」 宿泊定員72人 TEL(01656)5-3678 JR北海道天塩川温泉駅から徒歩5分、ほか
に音威子府市街に、青少年宿泊研修施設・トムテ 32名収容 TEL(01656)5-3157
- 40 -
中
川
町
なかがわちょう
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道中川郡中川町字中川337番地
098-2892
(01656)7-2811
(01656)7-2594
014711
I-0
宗谷本線(天塩中川駅)から徒歩5分
〔地 勢〕
上川総合振興局管内の最北端に位置し、東に北見、西に天塩の両山脈を擁し、この中央を流れる天塩川と、これに合
流する安平志内川の流域に沿って南北に細長く開け、一部の緩傾斜地を除き平坦であり、土地は概ね肥沃で農林業が発
達している。農業は酪農が主体であるが畑作も行われており、また、山地から大量の木材が生産されている。
〔歴 史〕
明治36年に御料地の受付が開始され、初めて入地者をみた、翌37年には天塩川-大富間の道道開さくにより入地者も
増加し、同39年に中川村が誕生し人口もとみに増加した。大正5年には音威子府村を分村し、次いで同8年に2級町村
制を施行、同11年には国鉄宗谷本線が開通し急激に発展の一途をたどってきた。その後幾多の冷水害を繰り返したが、
昭和39年町制が施行され、産業や生活基盤が充実してきた。このころ農業は、畑作から酪農へと移行し、国営パイロッ
ト事業、国営草地開発事業等により、酪農基盤の確保が図られ、現在乳牛2,600頭を数え、酪農郷「中川町」へと発展
してきた。
〔町政のあゆみ〕
昭和42年 保健センターオープン、中川商業高校、道
に移管、山村振興第2期対策地域の指定を
受く、消防庁舎落成
〃 49年 国営草地開発事業全計着工、治水顕彰碑建
立、中川幼稚園園舎落成
〃 50年 歌内中学校統合により開校、中川町史完成、
佐久小開校70周年記念式典、国根府川浚渫
工事通水
〃 51年 中川中学校校舎及び体育館完成、板谷岩魚
沢にて山にて山火事発生
〃 52年 役場庁舎移転、中川町民憲章制定、佐久中
学校校舎及び中川診療所新築
〃 53年 歌人斎藤茂吉来町記念碑建立
〃 54年 第2次中川町総合振興計画樹立、佐久小学
校校舎竣功
〃 56年 長野県中川村と友好姉妹都市締結、国営草
地開発事業完了
〃 57年 名誉町民第1号岡田国一氏に贈られる、農
業者トレーニングセンター着工、町開基80
年記念式典挙行
〃 58年 森林公園竣工
〃 59年 町文化賞スポーツ賞制定
〃 60年 地場産品加工研究センター竣功、名誉町民
2号立石宏行氏に贈られる。
〃 61年 中国残留日本人孤児受入基本構想策定
〃 62年 中川町地場産業研修センター竣功
〃 63年 寿の家竣功
平成元年 第3次中川町総合振興計画樹立
〃
2年 企業誘致(繊維工場)に成功、佐久ふるさ
と伝承館建設、若者定住マンション建設(1
棟13戸)
〃
3年 12年ぶりの町長選挙、2度目のクビナガリュ
ウの化石発掘
平成 4年
〃
5年
〃
〃
〃
6年
7年
8年
〃
9年
〃
11年
〃
12年
〃
14年
〃
15年
〃
16年
〃
20年
〃
〃
〃
21年
22年
23年
〃
〃
24年
25年
〃
26年
フィットン浴健康センター着工
2棟目の若者定住マンション建設(1棟18戸)
町開基90周年記念式典挙行
ポンピラアクアリズイング開業(フィットン
浴健康センター)
カヌー工房竣功、町民プール竣功
オートキャンプ場竣功
特別養護老人ホーム心苑にショートステイ施
設6床増床
天塩川リバーサイドパーク整備事業(パーク
ゴルフ場完成)
第4次中川町総合計画樹立
農業集落排水事業、一部供用開始
佐久中学校統合により廃校
中川町総合保健福祉センター竣功
エコミュージアム構想樹立
中川町エコミュージアムセンター(愛称「エ
コール」)供用開始
道の駅なかがわ竣功
12年ぶりの町長選挙
中川町100周年記念式典挙行
各合併協議(上川北部6市町村、西天北4町、
中川郡3町村、音威子府村)相次ぎ破綻
中川町幼児センター開設
中川町診療所移転新築
農業集落排水事業、佐久地区で一部供用開始
第1回町民植樹祭開催
夏期の集中豪雨により甚大な被害が発生
光ファイバー網が布設され、IP告知端末機の
運用開始
ゆるキャラ「じゅえる」誕生
北海道中川商業高等学校閉校
中川町自給飼料生産施設「自給飼料センター」
開設
中川町交流プラザ(天塩中川駅)リニューアル
〔行政施策の重点事項〕
「町民参加の町政」を基本とし、第5次中川町総合計画の実現に向けて町政を執行する必要がある。
そのために
1.徹底した節減・合理化を図り、産業の振興や人づくり、介護保険制度及び少子高齢社会に向けた諸施策の充実に
努めていく。
2.本格的な少子、高齢化時代を迎え、町民誰もが住み慣れた地域で安心して暮らすことのできる地域福祉の実現に
- 41 -
努めていく。
3.平成14年度に策定した「第5次中川町農業振興計画」を基本に、畑作・野菜振興対策、畜産振興対策、畜産基盤
再編総合整備事業、農業担い手対策等の推進に努めていくとともに、林業・林産業の活性化を推進していく。
4.商工業をとりまく環境は近年にない厳しい経営環境にあることから、引き続き金融支援対策の措置を講じていく。
5.公共事業の導入による本町経済の活性化を図るため、国費、道費を積極的に活用した適正な事業の実施に努め、
併せて地域経済の振興と雇用の安定に努めていく。
6.次代を担う青少年が「ふるさと中川」に愛着と誇りをもって、たくましく学び続けるとともに、町民一人一人が
心身ともに健康で生きがいをもって、心豊かに生活できるマチづくりに努めていく。
〔行政管理の特色〕
1. し尿・ゴミ処理施設
中川、幌延、豊富、天塩、遠別の5町の一部事務組合による近代化施設による共同処理
を行っている。
2. 消防行政
上川北部消防事務組合中川消防支署を設置し、広域消防活動に努めている。
〔財政の概況〕
歳入においては地方交付税等に依存し、自主財源は16%前後を推移しており、財政上のゆとりは極めて少ない。しか
しながら、行政改革、組織機構改革が進捗状況にあり、今後も事務事業評価システムの導入など新しい時代に対応した
効果的政策運営を実施し、益々進展する少子高齢化への対応や低迷する地域経済の振興等と町発展に邁進したい。
〔主な公共施設〕
1.山村開発センター
町民の日常生活における拠点的複合施設として、集会、生活向上等に供している。
2.その他
公民館、幼児センター、小学校、中学校、高校、自然公園、農業者トレーニングセンター、地場産品
研究センター、町民野球場、町民プール、オートキャンプ場(ナポートパーク)、総合保健福祉センター、エコミュー
ジアムセンター
〔産業・経済〕
本町の産業動向をみると第一次産業の割合は低下しているのに対し、第2次産業・第3次産業とも若干ではあるが伸
びている。生産所得については全体的にあまり伸びはみられず、経済の低迷が感じられる。
本町の基幹産業である酪農は、国営草地開発事業等により、酪農基盤が整備され、公共草地での育成牛預託事業を利
用し規模拡大が図られ、現在は環境保全に配慮した、ゆとりある安定した経営を目指し、地域酪農の再編が進められつ
つある。
〔文化・観光〕
中川町エコミュージアムセンター
本町が推進する「エコミュージアム構想」のコア施設として位置づけられた自
然誌博物館/宿泊型体験・研修複合施設である。当センターは廃校となった旧佐久中学校を全面改装し、1)学術情報発
信の場、2)学びと交流の場、3)地域住民のマチづくり参画の場、として2002年7月にオープンした。旧体育館部分の「自
然誌博物館」は町内で発見された国内最大のクビナガリュウ(全長11m)やアンモナイトなどの化石、アカエゾマツを
はじめとする巨木群、考古学や産業に関する資料など約100点を展示し、町の自然・歴史を解説した総合的な博物館で
ある。旧校舎部分は宿泊・研修施設で、約100名収容の視聴覚室、宿泊室、大小の浴室、クリーニング室、研修室、図
書室などがある。当センターを中心に、「森の学校」をはじめとする普及事業や斉藤茂吉由来の地「志文内峠」の復元
など中川町の自然・産業・文化・生活史に関する地域財産の調査・研究活動およびそれらの普及・保全活動が展開され
ており、斉藤茂吉の歌碑が北海道第2の長流・天塩川と中川市街を眼下に一望できる「見晴公園」に1基、昭和7年8
月に茂吉が兄の守谷富太郎氏を訪れた共和地区「茂吉小公園」に1基建てられている。
〔宿泊施設〕
旅館は、中川市街地にポンピラアクアリズイング(ぽんぴら温泉)を含めて2軒、佐久市街地に1軒ある。
- 42 -
幌加内町
ほろかないちょう
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道雨竜郡幌加内町字幌加内4699番地
074-0492
(0165)35-2121
(0165)35-2127
014729
Ⅰー0
JR北海道バス幌加内停留所から徒歩3分
〔地 勢〕
本町は、上川管内西部に位置し、東西方向約24㎞、南北方向約63㎞と、南北に長い形をしている。行政面積は767㎢
と広大であり、東には名寄、士別、旭川の各市及び和寒町、西には小平・苫前・羽幌・遠別の各町、南に深川市、北に
美深町、中川町と11の市町に隣接しており、町役場所在地より札幌市まで道路で149.1㎞、旭川市は44.8㎞、名寄市は7
1.8㎞、深川市には45.5㎞の地点にある。
町の周囲は国有林や北大雨竜研究林の森林に囲まれ、おおむね山岳が多い地勢となっており、天塩山系のピッシリ山
の1,031mをもっとも高い標高として、幌加内市街地で標高156m、朱鞠内地区で標高250m、母子里で287mとなっている。
町の中央を貫流する雨竜川は石狩川の一大支流で、雨竜・天塩・苫前の三郡に跨る高峰ピッシリ山に源を発し南流す
ること82㎞で石狩川に合流する。この流域には大小の盆地が形成されており、肥沃な農耕地、草木地とともに、母子里
・朱鞠内・添牛内・政和・幌加内の5つの市街地が形成されている。
また、北部には、日本最大の広さを誇る人造湖の朱鞠内湖(表面積23.73㎢)があり、周辺一体は道立自然公園に指
定されている。
〔歴 史〕
明治20年代後半、浅羽靖あるいは浦音吉親子によって幌加内原野が発見され、世間に紹介されたと伝えられている。
明治30年7月、道庁によって幌加内原野の植民地区画に着手、内田瀞、小野政衛により測量が進められた。同年吉田
正義外が幌加内原野未墾地の貸付を請け、同年8月19日吉田三郎ら4名が鷹泊から雨竜川を遡り入地した。同31年大塚
常次郎、大島信、菅丈吉らも大地積の貸付を受け同時に多くの移住者が入地し実質的に開発が緒についたのである。
明治32年鷹泊・幌加内間道路が開通し官設幌加内駅逓所が設けられる。同41年には幌加内市街区画を設定し翌年から
北大雨竜演習林の殖民が開始され、続いて同44年3月添牛内御料地の貸付が決定、入植が進められるに至った。幌加内
方面も御料・演習林の植民により漸く人口も増加し、独立の機運が熱し大正7年4月3日住民待望の幌加内村戸長役場
が設置されたのである。
〔町政のあゆみ〕
明治30年 雨竜川を遡りホロカナイ原野に入地
大正 7年 幌加内村戸長役場設置
昭和13年 雨竜ダム起工式(昭和18年10月完成)
〃 16年 深名線鉄道全線開通
〃 30年 水害発生 有史以来最大被害となる
〃 33年 村章および村歌制定
〃 34年 町制施行
〃 39年 朱鞠内大火(116戸焼失)
〃 42年 町民憲章制定
〃 49年 朱鞠内道立自然公園の指定
〃 54年 学校給食センター建設
〃 55年 山村広場落成
〃 58年 町民研修センター、役場新庁舎落成
〃 61年 ふれあいの家「まどか」オープン
〃 63年 幌加内高等学校新校舎落成
平成元年 農産加工総合研究センター落成
〃
2年 朱鞠内湖畔にさわやかトイレ設置
〃
6年 せいわ温泉「ルオント」オープン
第1回新そば祭り開催
〃
7年 JR深名線廃止
〃
8年 保健福祉総合総合センター「アルク」落成
〃
9年 開基百年記念式典
生涯学習センター「あえる97」オープン
平成10年
〃 11年
〃 12年
〃
〃
〃
〃
〃
13年
15年
20年
21年
22年
〃
24年
〃
25年
〃
26年
交流プラザオープン
農業活性化センター「アグリ21」落成
幌加内町農業協同組合解散式
新きたそらち農協幌加内支所記念式典
そば乾燥調製施設「そば日本一の館」竣工式
老人福祉寮「福寿荘」移転
第10回新そば祭り(世界そばフェスタ)
朱鞠内湖淡水魚種苗生産供給施設落成
町制施行50周年記念式典
上川総合振興局の所管区域となる
国道275号幌加内トンネル開通
穀類乾燥調整貯留施設「そば日本一の牙城」竣
工式
幌加内簡易水道前処理施設落成
農産物処理加工施設「そばの実工房」竣工式
第20回新そば祭り(第19回日本そば博覧会・世
界そばフェスタ)
農産物低温貯蔵施設「雪乃御殿」竣工式
〔行政施策の重点事項〕
人に自然に優しい故郷づくりをコンセプトに、第6次総合振興計画を策定し、計画的で着実な町づくりを進めていま
す。
地域の個性や資源を活かしながら、町民と行政が積極的に意見交換し、行政だけでは担えない地域課題の解決と目標
の達成に向けともに協力しあい、連携・補完しあって町民参加によるまちづくりを進めています。
Ⅰ.町民と行政の協働によるまち
1 町民参加による住民自治の推進
- 43 -
2 行財政改革の推進
Ⅱ.自然にやさしい安全でうるおいのあるまち
1 自然に共生した美しいまちの形成
2 快適で便利な生活施設の充実
3 安心して暮らせるまちづくり
Ⅲ.交流を促進し、にぎわいと活気にあふれたまち
1 農林漁業生産の振興
2 心ふれあう交流の推進
3 商工業の活性化と消費生活の向上
4 新たな地域産業の振興
Ⅳ.ともに支えあう人にやさしいまち
1 ともに支えあう福祉社会の実現
2 健康で前向きに暮らすための保健・医療の充実
Ⅴ.故郷を愛し、豊かな心と文化を育むまち
1 元気で心豊かに育つ学習環境の整備
2 生涯学習・生涯スポーツの推進
3 地域活動・地域文化の振興
〔行政管理の特色〕
平成22年度より幌加内町第4次行政改革大網を策定し、行財政改革を実施しております。また、平成23年度より第2
次幌加内町地球温暖化対策実行計画により、温室効果ガスの削減を図っております。
〔財政の概況〕
歳入の約59%を地方交付税が占めており、町税は約4%に過ぎず、町債が約9%となっている。厳しい財政状況にある
が、行財政改革を図りながら経常経費の削減に努め、町総合振興計画に掲げる重点事業を着実に遂行し、健全な財政運
営を図っている。
〔主な公共施設〕
町立病院、町立歯科診療所、生涯学習センター「あえる97」、保健福祉総合センター「アルク」、農業活性化セン
ター「アグリ21」、高齢者コミュニティーセンター、老人福祉寮「福寿荘」「延寿荘」、北部地域包括ケアセンター、
除雪センター、給食センター、ゴミ最終処分場、山村広場、火葬場、町営バーク堆肥場、ほろたちスキー場、百年記念
公園
〔産業・経済〕
1970年(昭和45年)、米の生産調整政策が長期化していく中で、幌加内町の基幹産業である農業は米からそば栽培へ
と転作されました。これは、幌加内町の冷涼な気候、昼夜の寒暖差、そして夜の冷え込みと日中の温度差を和らげる朝
霧の発生等々の自然条件がそば栽培に適していたことや2~3ヶ月の短い生育期間で収穫できることからでした。以来、
栽培技術の向上に努め、そばの作付面積は増加を続け、1980年(昭和55年)には、作付面積が日本一となり、現在では、
作付面積3,190ha、生産量は2,270トン以上で、そばの作付面積、生産量ともに日本一の生産地となっています。
〔文化・観光〕
道立自然公園朱鞠内湖
何処よりも厳しく、何処よりも優しい。だからこそ何処よりも美しい四季がある。
昭和49年に道立自然公園に指定された朱鞠内湖一帯は自然保護上の厳しい規制を受ける原生林が広がり、今もなお自
然の原形をとどめています。深い原生林に囲まれた湖には、大小13の島々が浮かび幻想的な雰囲気醸し出し、幻の魚「イ
トウ」も潜む神秘の湖です。
新そば祭り
「日本一のそばの生産地・幌加内」をPRしようと平成6年より開催された「新そば祭り」は、純白
のそばの花が見頃を終えた9月上旬に開催されます。
旬の「新そば」を食材に用いて繰り広げられる「全国食べ歩き広場」には、地元のそば打ち愛好家はもとより、札幌
・広島・福島・静岡県などの老舗のそば処が軒を連ね、来場者は次々とはしごをしながら各店自慢の味を堪能する事が
できます。
同時に、全国麺類文化推進協議会が共催する「そば打ち段位認定大会」では、そば打ちの技術が審査され、段位認定
を目指した手打ちそば愛好家が一堂に会し、日頃の練習の成果を競い合います。
また、手軽にそば打ち体験ができる「そば打ち講習会」や「そば早食い大会」、多彩な芸能が催される「ステージシ
ョー」など見所いっぱいで、そば好きならずとも楽しんでいただける「新そば祭り」は、道内屈指の秋の食祭として多
くの観光客が訪れます。
百年記念公園
開基百年を記念して建設されたメモリアルパーク。公園内に建てられたモニュメントは、高さ21m、
東西に連なる山々を2本の塔で表現し、その間を流れる雨竜川をS字状のラインで表しています。公園内には、100年
記念広場、ジョギングコース、54ホールのコースからなるパークゴルフ場が整備され、連日多くのプレーヤーで賑わい
を見せます。子供向け用具の貸出もあり家族連れでも楽しめます。売店では名物のそばも堪能できます。
せいわ温泉「ルオント」
天塩山脈の麓、そばの里に湧き出す「三頭の湯」は人々のふれあいを生むくつろぎの場
として、また健康長寿のための保養施設としてご利用いただけます。泉質は、ナトリウム塩化物泉で、浴用では神経痛、
筋肉痛、健康増進、慢性婦人病、冷え性、痔疾慢性皮膚病に効果を顕します。
ほろたちスキー場
北緯44度、マイナス41.2℃の日本最寒の地、この恵まれた自然環境、そして、急斜面が揃い踏
みとなれば楽しくないわけがない、雪質は夜のしばれにより水分をほとんど含まないサラサラの粉雪。北海道でも有数
の豪雪地だから、降雪は十分。最大斜度44°の名物コースほろたちコースをはじめ各コースに非圧雪部を残してある。
ほろたちはまさにパウダーの楽園。
- 44 -
〔宿泊施設〕
ふれあいの家「まどか」
レークハウスしゅまりない
吉野屋旅館
手打ち蕎麦の宿 朱鞠内湖そばの花
- 45 -
ほろたち山荘(ほろたちスキー場)冬期間
旭
川
市
あさひかわし
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
ホ ー ム ペ ー ジ
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道旭川市6条通9丁目46番地
070-8525
(0166)26-1111
(0166)24-7833
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp
012041
中核市
旭川駅から徒歩17分
〔歴 史〕
14世紀前後にアイヌ文化が形成され、上川もその文化の担い手であるアイヌの人たちの世界であった。
18世紀に入ると徳川幕府は多くの探検隊を蝦夷地に送っている。明治2年に開拓使が設けられ、蝦夷地が北海道と改
称され、上川盆地一帯は石狩国上川郡となった。明治18年に岩村通俊らが近文山から上川原野を視察、同22年には第二
代北海道庁長官永山武四郎により上川離宮設置計画が建言、同23年9月20日に上川郡に初めて旭川村、永山村、神居村
の3村が置かれ、明治24年から屯田兵が入植。明治31年には鉄道が開通、明治33年には旭川村から旭川町に改称、第7
師団の移転が開始されるなど道北の要としての使命を担ってきた。大正11年8月市制施行、昭和30年から近隣町村との
合併が進み、昭和45年に人口30万人、昭和58年には人口36万人を超え、札幌に次ぐ北海道第2の都市となった。また、
主要国道4本、JR4線の始終点となっているほか、平成2年10月道央自動車道が旭川まで開通、さらに平成9年2月
旭川空港2,500m滑走路が供用開始されるなど、北北海道の中核都市のみならず、道北・道東地域の商業流通の拠点都市
として着実に発展を遂げている。平成12年4月1日、道内初の中核市に移行し、
「人が輝く 北の文化のかおる まち」
を目指す都市像として掲げ、市民が高い志と誇りを持ちながら、いつまでも住み続けたいと思えるまちづくりを進めて
いる。
〔市政のあゆみ〕
明治23年 神居、旭川、永山の3村が置かれる。
大正11年 市制施行
昭和33年 市総合庁舎(現)完成
〃 35年 第1回旭川冬まつり開催、市民憲章制定
〃 37年 米国ブルーミントン市と姉妹都市提携、安
全都市宣言
〃 41年 旭川空港開港、東京便就航
〃 42年 旭山動物園開園、ソ連邦ユジノ・サハリン
スク市(現ロシア)と友好都市提携
〃 43年 詩の第1回小熊秀雄賞授賞式挙行
〃 45年 彫刻の第1回中原悌二郎賞授賞式挙行
〃 47年 全国初の恒久的歩行者天国「平和通買物公
園」オープン
〃 50年 身障者福祉モデル都市指定
旭川市民文化会館完成
〃 51年 市民の木(ナナカマド)・花(ツツジ)制定
〃 53年 市民の鳥(キレンジャク)・虫(カンタン)制定
〃 56年 第1回旭川国際バーサースキー大会開催
〃 58年 人口36万人突破、平和都市宣言
〃 59年 スタルヒン球場オープン
〃 60年 小林光一、囲碁三冠達成に初の市民栄
誉賞贈呈
〃 62年 米国ノーマル市と姉妹都市提携
平成元年 旧旭川偕行社、国の重要文化財に指定
韓国水原市と姉妹都市提携
〃
2年 旭川開基100年記念式典挙行、同記念イベ
ント「日本のまつり・旭川」開催
健康都市宣言
〃
5年 井上靖記念館開館、大雪クリスタルホール
開館
〃
6年 中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館開館
旭川冬まつりのメイン雪像「水原城」が世
界一の大雪像としてギネス社に認定される
平成 7年
〃
9年
〃 10年
〃
〃
11年
12年
〃
〃
14年
16年
〃
〃
17年
19年
〃
〃
20年
22年
〃
〃
23年
24年
〃
25年
中国哈爾濱(ハルビン)市と友好都市提携
旭川空港2,500m新滑走路供用開始
国内最大規模「西部融雪槽」利用開始
「北彩都」あさひかわ整備事業本格着工
三浦綾子記念文学館オープン
FIS ワールドカップスノーボード大会開催
中核市へ移行
「日本のまつりふるさと・旭川2000」開催
障害者福祉センター「おぴった」がオープン
旭山動物園の7月と8月の月間入園者数が日
本一になる
旭川市科学館「サイパル」オープン
旭山動物園開園40周年(平成18年度入園者数が
初の300万人突破)
総合防災センター運用開始
「ふるさと・旭川120年 北の恵み 食べ
マルシェ」開催
氷点橋開通、JR 旭川駅新駅舎全面開業
平和通買物公園40周年、動物愛護センター「あ
にまある」オープン
クリスタル橋開通、スタルヒン球場ナイター
照明設備完成
〔文化・観光〕
旭川市旭山動物園
動物達の生育環境や生態を生かした展示の工夫(行動展示)が入園者数の増加につながり、国
内外の専門家の注目をあびている。
旭川市科学館「サイパル」
平成17年に開館し、最先端技術を駆使した展示を楽しめる常設展示室、170人収容
のプラネタリウム、大小2基の天文台など、楽しみながら科学を総合的に学ぶことができる。
神居古潭
大雪山連峰を水源とする石狩川が市の西側の山間に囲まれた狭あいの地で蛇行急流をなし、奇岩や山々
- 46 -
の四季の彩りとともに水面も変わる景勝地。旭川サイクリングロード(現在通行止め、開通時期未定)の終点でもあり、
先住民の遺跡、アイヌの伝説の多いところ。神居古潭渓谷の変成岩は「日本の地質100選」に選定された。
旭川市彫刻美術館
重要文化財である旧偕行社を活用し、中原悌二郎を始めとする著名作家の作品を収蔵している
彫刻専門美術館。JR旭川駅ステーションギャラリー、文化会館、買物公園、7条緑道等にも内外の作家の彫刻が展示
されている。
外国樹種見本林
明治31年に植栽が始まった北海道で最も古い外国樹種人工植栽地の1つ。旭川在住の作家、故三
浦綾子のデビュー作「氷点」で有名になったところで、一角には三浦綾子記念文学館が建てられている。
旭川冬まつり
2月上旬、旭橋河畔、平和通買物公園には大小の雪像や氷彫刻、あかりのオブジェが並び、この期
間、街は雪と氷とあかりの幻想的な世界、メルヘンの街に変貌する。
バーサーロペット・ジャパン
3月上旬、北国の冬に別れを告げるフィナーレとして、毎年 FIS 及び SAJ 公認のク
ロスカントリーと歩くスキー大会が開催される。
北の嵐山
嵐山の麓にある陶芸の窯元、ガラス、染色・木工などの工房ギャラリー、カフェ、レストランなどが十
数件集まっているエリア。嵐山からは旭川を一望することができるなど、地域一帯が市民の散歩スポットとなっている。
7月にはギャラリーウォークなどのイベントも開催される。
旭川家具センター
旭川および近隣町村の統一ブランドである「旭川家具」が一堂に会しており、自由に見学する
ことができる。3年に1度、国際家具デザインフェア旭川(IFDA)も開催されており、世界水準の家具が誕生する場
所でもある。
旭川夏まつり
8月上旬、旭橋河畔、平和通買物公園、昭和通りを中心にまつりが繰り広げられる。道新花火大会
や市民舞踏パレード、大雪連合御輿などのほか、同時開催される大雪さんろくまつりや烈夏七夕まつりで旭川の街が一
気に燃え上がる。
〔視察のみどころ〕
買物公園
昭和47年、日本で初めての、恒久歩行者天国「平和通買物公園」が創られた。百貨店や多彩な専門店が
軒を連ねるメインストリートとして多くの市民や観光客に親しまれている。平成15年春にリニューアルオープンした。
北邦野草園
野草の女王といわれるシラネアオイをはじめカタクリ、エゾエンゴサク、ウコンウツギなど約600種も
の植物が生息し、北方系植物の集成群落としても国内有数。遊歩道に沿って季節の花が咲き誇り、訪れる人の目を楽し
ませてくれる。また、園内はエゾリス、シマリス、キツツキなどの珍しい北の動物もすみつき訪れる人を出迎えてくれ
る。
北海道伝統美術工芸村(優佳良織工芸館・国際染織美術館・雪の美術館)
優佳良織は、北海道の美しい自然をテ
ーマに創作された独創的な北海道唯一の織物で、絵画を思わせる華麗な色調は、国内はもとより、海外でも高い評価を
得ている。
また、国際染織美術館は、日本ではじめての染織専門の美術館で、古今東西の貴重な作品を展示しており、雪の美術
館は雪の結晶と自然の美をテーマに構成され、白を基調とした建物そのものが美術品といえる。
伝承のコタン
アイヌ文化の保存と伝承のため、往時の姿を市北部の嵐山に復元したコタン(集落の意)。3棟のチ
セ(笹葺き住居)や食料庫などが正確に復元されており、資料館ではアイヌの風俗・文化を伝える品々を展示している。
旭川市博物館
アイヌ民族資料、近代の生活資料、自然科学資料等が豊富に展示され、古代から現代まで続く旭川
市の歴史を学ぶことができる。平成20年11月にリニューアルオープンし、最新の学説に基づいてアイヌの文化や生活を
従来より更にダイナミックに表現している。
- 47 -
士
別
市
しべつし
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
ホ ー ム ペ ー ジ
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道士別市東6条4丁目1番地
095-8686
(0165)23-3121
(0165)22-1934
http://www.city.shibetsu.lg.jp
012203
I-1
宗谷本線士別駅から徒歩15分
〔市名の由来〕
士別は、アイヌ語の「シュペッ」(大いなる川)から転訛したものである。
〔市章の由来〕
大きな楕円は大地を意味し、合併した士別市と朝日町を表している。中心のSは士別市の英字頭文字と天塩川の流れ
を、小さな楕円との組み合わせで駆ける人を表し、大地と共に躍動し、自然の中にすなおに溶け込む士別市の姿を表現
している。
〔地 勢〕
上川盆地のほぼ中央部に位置し、東南端には北見山地の最高峰天塩岳(標高1,577.6m)があり、この頂を源とする
天塩川が中央部をゆるやかにカーブして北上し地域一帯は、標高200m以下の肥沃な沖積平野であり、水利に恵まれた
広大な農業地帯を形成している。
また、東部、南部西部地域は、山岳森林をもって占められその大半は国有林であり、豊富な森林資源を擁している。
〔歴 史〕
明治32年7月1日屯田兵の入植で開かれ、明治後期から大正時代は澱粉製造、木材産出の街として栄えた。一方、稲
作は大正末期から本格的な造田が始まり、極寒の地は全国屈指の水田地帯に生まれ変わり、北海道北部の中心都市とし
て急速に人口も増加した。大正4年には町制を施行し、更に昭和29年には士別町、上士別村、多寄町及び温根別村の近
隣4町村が合併し市制を施行した。
朝日地区においては、明治38年道内各地から100戸が移住し開拓が始められ、大正6年には帝室林野管理局分担区
員駐在所(旧営林署)が設置され、森林資源の管理、開発が行われた。その後、昭和24年に上士別村から分村独立し、
朝日村が誕生し、同37年には町制を施行した。
そして、平成17年9月1日、士別市と朝日町は対等合併により新生「士別市」となり、新たな歴史をスタートさせた
ところである。この合併を契機として、これまで両市町が培ってきた貴重な宝である「この地域の特性を生かしたまち
づくり」を推し進めるべく、肥沃で広大な大地・自然環境という恵まれた共通した財産を融合し有効活用した中で、
「新
市建設計画」及び「士別市過疎地域自立促進市町村計画」を基本としたまちづくりを展開している。
〔市政のあゆみ〕
明治32年 7月1日士別市に屯田兵100戸が入植
(のちに1戸焼失)
〃 38年 朝日地区に道内各地から100戸が入植
大正 4年 士別村が町制施行
昭和24年 上士別村から朝日村が分村し独立
〃 29年 7月1日1町3村が合併し市制施行
〃 37年 朝日村が町制施行
〃
低工法の地区指定、士別-紋別間道路開通
〃 40年 士別-苫前道路開通
〃 45年 岩尾内ダム完成
〃 47年 下水道終末処理場着工、士別地方消防事務
組合・士別地方衛生事務組合設立
〃 49年 士別市総合体育館完成、朝日簡易水道完成
〃 53年 天塩岳道立自然公園に指定
〃 55年 つくも水郷公園の完成
56年 士別市立博物館完成、上士別集落排水施設
供用開始
〃 57年 一般廃棄物最終処理場完成
〃 58年 ポンテシオ発電所発電開始
〃 60年 温根別ダム完成
〃 62年 市立士別総合病院完成
平成元年 瑞穂獅子舞伝習館完成、公会堂展示館開館
〃
3年 士別地方卸売市場完成、特別養護老人ホーム
「朝日美土里ハイツ」完成
桜丘荘・桜丘デイサービスセンター完成
〃
4年 体験型学習施設「羊飼いの家」完成、全天
候型陸上競技場完成
平成 6年
〃
〃
〃
〃
8年
9年
11年
12年
〃
〃
〃
14年
15年
17年
〃
21年
〃
〃
22年
24年
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あさひサンライズホール完成、特別養護老人
ホーム「コスモス苑」完成
市民文化センター完成
スポーツ合宿センター(士別 inn 翠月)完成
オーストラリアゴールバーン市と姉妹都市提携
愛知県三好町と友好都市提携
朝日地区公共下水道供用開始
活性化施設「まなべーる」完成
農村公園「わんパーク」完成
士別市中心市街地交流施設「ぷらっと」完成
道央自動車道和寒IC-士別剣淵IC開通
生涯学習情報センター「いぶき」完成
9月1日士別市・朝日町対等合併により新生
「士別市」誕生
農畜産物加工体験交流工房「の~む」完成
めん羊工芸館「くるるん」完成
朝日地域交流センター「和が舎」完成
士別市まちづくり基本条例・士別市議会基本
条例施行
〔行政施策の重点事項〕
1. 元気でいきいきと交流が盛んなまちづくり
2. 誰もが健やかに安心して暮らせるまちづくり
3. 北の大地に根ざした活気みなぎるまちづくり
4. いつまでも住みつづけられる快適環境へのまちづくり
5. 風土に調和し個性と文化を育むまちづくり
〔産業・経済〕
1. 農 業
本市の基幹産業である農業は豊かな土地と水に恵まれ発展してきた。現在、稲作を中心に小麦、大豆、小豆、馬鈴
薯、てん菜等の畑作物も幅広く生産し、アスパラ等の特産化も進んでいる。また、乳・肉牛をはじめ養豚、養鶏など
の酪農、畜産業も本市農業の重要な役割を果たしており、近年サフォーク種めん羊普及拡大に取り組んでおり、全国
的な羊肉ブームにより道内外から注目を集めているところである。
2. 林 業
本市の林野面積は82,362ha、林野率は約74%であり、朝日地区においては、46,865ha と総土地面積の約90%を占
めておりほとんどが国有林となっている。近年は、伐採量や良質材の減少など大きな課題を抱えているなか、小径木
を利用した木工品や集成材、朝日駒や銘木表札など付加価値の高い製品を生産している。
3. 商工業
多様化する消費者のニーズに対応し、市民が楽しいショッピングができる環境づくりを進めている。
本市では、商店街の活性化を図り、魅力ある商店街の形成に向け、官民一体となって商業都市づくりを目指してい
る。又、農業の主産物を活用した食品工業、農業関連、木材、木製品工業など地域の特性を生かした製品づくりを進
める一方、将来の安定した工業の発展に向け、工業基盤、企業の誘致を努めている。
〔文化・観光〕
屯田兵屋
士別が屯田兵の入植で開かれたことから、当時の苦労をしのんで明治32年建設の旧兵屋が保存されてい
る。
祖神の松
樹齢1千数百年のイチイの大樹で、荘厳な姿形は他に比類なく、環境庁が実施した巨木・巨樹調査の部
で全国2位にランクされ、山の守り神として崇められている。
九十九山
屯田兵99戸の入植にちなんで名付けられた山で、5月にはエゾヤマザクラなどの桜が咲き競い多くの花
見客でにぎわう。
不動尊霊水
古くから不治の病に効くと言い伝えられる一条の滝があり、北海道の名水100選にも選ばれている。
天塩川まつり 士別の発展を見守り続けてきた母なる川・天塩川の恩恵に感謝する祭り。例年8月中旬に開催され、
納涼花火大会を皮切りに、川舟みこしや千人踊り、飲み食い天国など様々なイベントが行われ、市民をはじめ多くの人
たちで賑わう。
瑞穂獅子舞
明治38年の入植時に富山県人により伝えられた越中獅子舞をもとに創舞され、昭和44年には旧朝日町
において無形文化財に指定された。現在も神社祭や記念式典などさまざまな場所において華麗な舞を披露している。
あさひサンライズホール
例年多くの舞台やコンサートが行われ、多くの人々が訪れる。近年は従来の鑑賞型事業
を土台とした地域住民が参加する参加型の事業を展開しており、こういった活動が高く評価され2005年(財)地域創造
JAFRAアワードにおいて総理大臣表彰を受賞した。
天塩岳道立自然公園
標高1,577.6mを誇る北見山地の最高峰天塩岳の山頂を目指しビギナーからベテランまで例
年多くの登山客が訪れている。山開きは例年6月上旬頃で、登山道周辺には多くの貴重な高山植物が美しく彩り登山客
の目を楽しませている。
〔視察のみどころ〕
つくも水郷公園
駅から約2㎞、年間利用者数4万人と市民をはじめ多くの人々に利用されている天塩川の旧河川
敷に造成された総合公園。公園内には「つくも青少年の家」「士別市サイクリングターミナル」がある。隣接する天塩
川水郷緑地には4面の天然芝サッカー場やテニスコート、ソフトボール場が整備されている。
日向森林公園
多寄市街より約4㎞、自然に囲まれた山あいの20ha という広大な敷地に、林間キャンプ場、バン
ガローなどが整備されているほか、日向スキー場、日向温泉が隣接している。
羊と雲の丘
士別駅から3.5㎞西側の丘陵地帯の37.4ha 草原に羊がのどかに草を喰んでいる。春には羊の毛刈り体
験、夏には牧羊犬のシープドッグショーが行われる。また、丘の中腹にある「世界のめん羊館」では30種類のめん羊が
飼育され、丘の頂上にある「羊飼いの家」ではサフォーク料理をメインとしたレストランがあり、雄大な自然を満喫し
ながら食事を楽しむこともできる。
ふどう運動公園
スポーツ総合センター「しべつ inn 翠月」に隣接し、公園内には全天候型の陸上競技場や市営球
場が設備され、グリーンスポーツ施設内には、足に優しいアスファルト乳化剤が施されたクロスカントリーコースやキ
ャンプ場・ロッジが整備されている。また、市立博物館や公会堂などの文化施設も設備されている。
岩尾内湖
昭和45年に天塩川をせき止めた人造湖「岩尾内湖」は、年中通しドライブコースとして親しまれている。
夏はキャンプ地、秋は紅葉と多くの観光客が訪れる、例年7月には湖水まつりが行われる。
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名
寄
市
なよろし
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
ホ ー ム ペ ー ジ
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道名寄市大通南1丁目1番地
096-8686
(01654)3-2111
(01654)2-5644
http://www.city.nayoro.hokkaido.jp
012211
I-1
宗谷本線名寄駅から徒歩8分
〔市名の由来〕
アイヌ語の「ナイ・オロ・プト」(渓流に注ぐ口)に由来し「なよろ」となり「名寄」と表現された。
〔市章の由来〕
平成18年、旧風連町と旧名寄市の合併を機に制定された。名寄市の頭文字「N」をモチーフに、溢れる自然の恵みに
天を仰ぎ感謝し、北の都をみんなで力を合わせ造り上げ発展していく様子を表現。新市を誇りに、市政と共に飛躍して
いく、躍動感のあるデザインとしている。
〔地 勢〕
本市は、北・北海道の長流天塩川が形成する名寄盆地のほぼ中央に位置し、東は雄武町と下川町、西は幌加内町、南
は士別市、北は美深町に接している。その市域は、東西に約30㎞、南方に約35㎞の四角形に近い形となっており、行政
面積は535.23㎢である。主な山岳には市北東部にピヤシリ山(987m)があり、一級河川には士別市から市内を経て天
塩町に続く天塩川が流れており、東方から名寄川が合流している。
道路は南北に国道40号、東側に国道239号が通り、また鉄道は南北に宗谷本線が走っており、古くから交通の要衝と
して幅広い生活圏域を形成した本市は、道北圏の中心都市として発展してきた。
〔歴 史〕
本市開拓の歴史は、旧風連町が明治32年、旧村名「多寄村」の名称のもとに剣淵村外3ヵ村戸長役場の管轄に入った
ことにはじまり、その後同35年に上名寄村戸長役場の管轄に入って以来、風連村を経て昭和28年町制施行で風連町にな
り、旧名寄市は明治33年、山形県東田川郡東栄村(藤島町を経て鶴岡市)の有志により市内曙地区に開拓の鍬が下ろさ
れて以来、上名寄村、名寄町を経て、昭和29年に智恵文村と合併後、昭和31年に道内21番目の市として市制を施行して
いる。さらに、平成18年3月、風連町と名寄市が合併して新「名寄市」が誕生し、新たな歴史をスタートさせたところ
である。
〔市政のあゆみ〕
明治32年 多寄村(旧風連町)、上名寄村(旧名寄市)
剣淵外3ヵ村戸長役場の管轄に入る
〃 33年 本格的な開拓が始まる
〃 35年 上名寄外2ヵ村戸長役場設置
〃 42年 多寄村、上名寄村としてそれぞれが独立
風連市街地に多寄村役場庁舎完成
大正 4年 上多寄村が名寄町に改称
〃
9年 下名寄村(美深町)から智恵文村が分離
〃 11年 名寄町役場庁舎落成
昭和 7年 忠烈布貯水池完成
〃 12年 名寄町立社会病院開設
(現 市立総合病院)
〃 13年 多寄村が風連村に改称
〃 18年 雨龍発電所完成、発電開始
〃 23年 風連村国民健康保険病院開設
〃 28年 町制施行で風連村が風連町に改称
〃 29年 名寄町と智恵文村が合併し新名寄町が発足
〃 31年 市制施行で名寄市に改称
〃 35年 市立名寄女子短期大学開校
〃 43年 名寄市庁舎新築落成(現庁舎)
〃 44年 名寄市がカナダ・オンタリオ州リンゼイ市と
姉妹都市宣言
〃 45年 名寄市立図書館新築落成
〃 48年 国設名寄ピヤシリスキー場オープン
〃 50年 名寄市スポーツセンター完成
〃 55年 風連町役場新庁舎完成
〃 56年
〃 58年
〃 62年
平成元年
2年
〃
3年
〃
4年
〃
〃
6年
8年
〃
〃
〃
〃
9年
10年
16年
18年
〃
〃
〃
19年
20年
22年
〃
23年
〃
25年
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ふうれん望湖台自然公園オープン
名寄市民文化センター開館
開発道路名寄・遠別線「名母トンネル」貫通
風連町が東京都杉並区と友好交流自治体の調印
広域火葬場「名楓聖苑」開所
名寄市がロシア共和国サハリン州ドリンスク市
と友好都市提携
名寄市立総合病院改築 名寄市立木原天文台
開設
ピヤシリシャンツェ・ミディアムヒル完成
名寄市北国博物館オープン
なよろ健康の森開園
名寄市が山形県藤島町姉妹都市提携調印
名寄バイパス(1工区)供用開始
市立総合病院が地方センター病院に指定
風連町・名寄市合併協議会設置
風連町と名寄市が新設合併し、「名寄市」となる
道立サンピラーパーク開園
名寄市立大学開学
北国雪国ふるさと交流館「雪あかり館」開設
道の駅「もち米の里☆なよろ」オープン
なよろ市立天文台「きたすばる」オープン
ふうれん地域交流センター「風っ子ホール」
オープン
風連国民健康保険診療所、ふうれん健康
センター開所
駅前交流プラザ「よろーな」オープン
〔行政施策の重点事項〕
新名寄市総合計画(第1次)の推進を基本とし、「自然の恵みが人と地域を育み市民みんなで創る心豊かな北のまち
・名寄」を将来像に掲げ、「協働」「健康」「生活」「活力」「人づくり」の5つを基本理念とし、この基本理念を具体的
に推進するため、5つの基本目標を掲げ施策を展開する。
(1)市民と行政との協働によるまちづくり(市民参画・健全財政)
市民がまちづくりに参加できる機会を広げ、市民自治の制度的な仕組みづくりに努めていく。また、情報公開を積
極的に進め、市政に関する情報の共有化を図り、コミュニティ活動の推進、人権尊重、男女共同参画の推進に努める
とともに、情報通信技術を活用した市民サービスの向上を図る。さらに、行財政改革を推進し、行政評価、行政組織
の見直しなど、効果的な行政運営を進める。
(2)安心して健やかに暮らせるまちづくり(保健・医療・福祉)
市民の健康づくりを促進するとともに、地域医療の充実を図る。また、子どもがのびのびと育ち、女性が仕事を続
けながら安心して子どもを産み育てられるよう、子育て環境の整備を進める。さらに、地域福祉社会づくりを進め、
福祉・介護保険サービスの提供体制の充実に努めていく。
(3)自然と環境にやさしく快適で安全なまちづくり(生活環境・都市基盤)
自然環境の保全を図るとともに、景観の整備や、ごみの排出抑制・再利用や処理体制の整備など、生活環境の整備
を進める。また、消防・救急、防災対策など、生活安全対策の強化に努めていく。さらに、市街地の計画的整備や道
路・交通ネットワークの整備、雪に強い除排雪体制の確立に努める。
(4)創造力と活力にあふれたまちづくり(産業振興)
収益性の高い農業生産や農畜産物の加工・ブランド化などを推進する。また、林業の育成や森林の活用に努める。
さらに、魅力ある商店街づくり、農林業と商工業が融合した産業の振興を図るとともに、雇用の安定向上に努め、自
然体験型観光・農業体験など地域の特性を活かしたメニューを充実していく。
(5)心豊かな人と文化を育むまちづくり(教育・文化・スポーツ)
子どもたちの学ぶ意欲を育み、将来を担う人材の育成を図り、市立大学を市民の共有財産として最大限活用すると
ともに、幼児教育から大学までの連携を一層深め、生涯学習環境の整備に努める。また、年齢や体力に応じて参加で
きるスポーツ・レクの推進、地域文化の伝承と創造を積極的に進める。
〔文化・観光〕〔視察のみどころ〕
天然記念物「名寄鈴石」
5~6㎝くらいの固い殻と核心となる内容物とからなり、殻は珪質の粘土と酸化鉄と微砂
が固形化したもので、中には球顆の入ったものもあり、振ると「カラカラ」又は「シャンシャン」と音がする。
昭和14年9月天然記念物指定。
天然記念物「名寄高師小僧」
植物の根茎を核心に珪質の粘土、酸化鉄、微砂などが膠結した管状の塊で、外面、
断面とも褐色のものが多く、根茎の部分は滅失して空になり、細い穴が貫通し、管状になっている。昭和14年9月天然
記念物指定。
智恵文沼
天塩川により半月湖で、ヒブナ、コイ、などがいる。釣り場として全道的に有名。
ピヤシリ登山道路
標高968.8mのピヤシリ山は、名寄市の象徴である。車と徒歩で1時間で頂上を臨むことがで
き、晴天のときには、遠くオホーツク海、利尻富士を望むことができる。頂上付近のはい松、岳樺、高原湖は奇観とい
える。冬の樹氷は美しい。
ふうれん望湖台自然公園 風連市街から車で20分、忠烈布湖周辺を観光レクリエーションの場として整備。水と緑に
囲まれ四季折々の花でにぎわう自然景観に恵まれた憩いの場として利用されている。主な施設として、キャンプ場、オ
ートキャンプ場、バーベキューハウス、コテージ、遊歩道がある。
道立サンピラーパーク 平成18年11月に供用を開始した道立広域公園。公園内にはオートキャンプ場やコテージが整
備されており、8月には一面のひまわり畑が広がり心が癒される魅力的な公園空間の整備が整えられている。また、サ
ンピラー交流館は国内最大級のカーリング場や室内遊具などを備えており、多くの利用者が訪れている。
ピヤシリスキー場 ビギナーからスペシャリストまで美しい樹氷をバックに、変化に富んだ9つのコースにチャレン
ジでき、4基のスキーリフト、ふもとには「なよろ温泉サンピラー」が、多くの宿泊客(合宿客)を迎える本格派スキ
ー場。昭和54年及び平成15年には冬季国体も開催された。雪質日本一がキャッチフレーズ。昭和63年7月FIS公認。
ピヤシリシャンツェ
昭和46年に開設され、毎年国内最初の公式大会を開催している。また、平成7年にサマージ
ャンプも可能なミディアムヒル(50m級)が新設され、既設のノーマルヒル(70m級)を平成14年にサマージャンプも
可能な台に整備し2基のジャンプ台が並んでいる。
なよろ健康の森
総面積200ha の壮大な広さを誇り、健康と生きがいを高めるスポーツ文化交流のための施設、夏
は陸上競技、パークゴルフ、キャンプ場として利用される他、森林浴を楽しむ事ができる。冬は、クロスカントリーや
歩くスキーコースとしても利用され、各種スキー大会が行われている。
なよろ市立天文台 従来の名寄市立木原天文台と名寄市プラネタリウム館を引き継ぎ、統合する形で平成22年4月に
オープンした天文台。名寄市の施設だが、観測ドーム内には北海道大学が公開天文台として国内2番目の大きさとなる
口径1.6mの大型望遠鏡を設置している。また、最新のデジタルプラネタリウムも設置されている。
名勝「ピリカノカ 九度山」 九度山は名寄市内から望める673.6m の山で、アイヌ語の「クトゥンヌプリ」(岩崖
がある山)に由来し、別名「チノミシリ」(我々が祀る山)とも呼ばれ、非対称の山稜と山頂に岩稜のある山容は、先
住のアイヌの人たちにとって日々の祈りの対象であり、狩猟の時の目印の山として大切な存在であった。また、現在で
はウィンタースポーツや登山道を利用した自然探訪に多くの市民に活用されており、アイヌの時代から現在に至るまで
生活領域から望まれ四季を通じて親しまれている地域のシンボル的な山であった。こうした事から、九度山はアイヌの
物語・伝承、祈りの場、言葉に彩られた優秀な景勝地群を「ピリカノカ(美しい形)」と総称して保護を図る目的で、
平成21年に国の名勝としてその山頂部が指定された。
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富 良 野 市
ふらのし
役 場 所 在 地
郵
便
番
号
電
話
番
号
F A X 番 号
ホ ー ム ペ ー ジ
市町村コード番号
市 町 村 別 類 型
交
通
機
関
北海道富良野市弥生町1番1号
076-8555
(0167)39-2300(総務課)
(0167)23-2120(総務課)
http://www.city.furano.hokkaido.jp
012297
I-1
根室本線富良野駅から徒歩10分
〔市名の由来〕
「フラヌイ」と称する硫黄臭き火炎の土地というアイヌ語より「富良野」と転化したものであると云われている。
〔市章の由来〕
富良野市の「フ」と外周の輪は富良野、山部、東山の三つの部分を組み合わせて悠久の平和と市民の融和をデザイン
し、鋭角、陵線は富良野をとりまく山岳美と市勢の雄飛発展を表している。
〔地 勢〕
北海道のほぼ中央に位置し、上川地方の南部に広がる富良野盆地の中心にあり、東には大雪山系十勝連峰を望み、日
高山系に続いて北方に伸びる夕張山系の芦別岳を西に仰ぐ。北海道の代表的な山系に囲まれた盆地には、空知川が南北
に貫流し、豊穣肥沃な土地は、稲作をはじめ玉ねぎ・アスパラ・ぶどう果樹など道内において産するほとんどの作物が
栽培に適している。
〔歴 史〕
明治29年に植民地区画が設定され同30年8月民間人最初の入植者が千古のなぞを秘める原始林と蒼芒たる湿地原野に
開拓の鍬をふるったことによって拓かれ、国鉄根室本線・富良野線の分岐点や国道38号線・237号線が交差する道東、
道南、道北への交通の要衝で、林産物や農産物の集積地として発展した。
昭和41年山部町と合併して市制を施行した青年産業都市であり、農村人口の都市あるいは他産業への流出も若干みら
れたが近年はむしろ郷土にとどまる傾向も強く、産業生産物の2次3次加工事業を積極的に取り組み着実にその成果をあ
げている。
また、昭和44年広域市町村圏の指定を受け、農業を基盤とする富良野地方1市3町1村の拠点都市とした恵まれた自然
条件を最大限に活用し活気ある豊かな生活圏と美しい快適な生活環境を創造するよう鋭意努力を重ねている。また、日
本のスイスと自負する山紫水明の里富良野は道立自然公園の指定もうけ観光開発はもちろん、冬季スキー国体やワール
ドカップスキー大会を開催するなどの世界に誇る富良野スキー場がある。
〔市政のあゆみ〕
昭和31年 東山村と合併して新富良野町となる。
〃 41年 山部町と合併して富良野市となる、市政及
び市章を制定
〃 42年 市立農業高校を山部に開校、富良野・中富
良野学校給食センターを開設、交通安全・
青少年健全育成都市宣言
〃 43年 八幡丘パイロット事業着工、市立郷土館を
建設
〃 44年 市民憲章制定、市役所庁舎落成
〃 46年 老人ホーム「寿光園」落成
〃 47年 文化会館落成
〃 48年 開基70周年
〃 49年 消防組合設立、スポーツセンター落成、ふ
らのワイン研究体制確立
〃 50年 福祉施設「北の峯学園」開設、第30回国体
スキー競技会開催
〃 51年 陸上競技場落成、シュラートミンク市との
姉妹都市提携を議決
〃 52年 FIS ワールドカップ富良野大会開催
〃 53年 ふらのワインの販売開始、西脇市との友好
都市提携を議決
〃 54年 FIS ワールドカップ富良野大会開催、屋内
水泳プール落成
〃 55年 公共下水道事業に着手、ワイン製造永久免
許下附、老人福祉センター完成
〃 56年 FIS ワールドカップ富良野大会開催
〃 58年 開基80周年市制施行18年記念式典、FIS ワ
ールドカップ富良野大会開催
昭和59年
〃
60年
〃
61年
〃
62年
〃
63年
平成元年
〃
2年
〃
3年
〃
5年
〃
〃
〃
〃
〃
〃
〃
〃
6年
7年
8年
9年
12年
13年
14年
15年
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ふらのチーズ販売開始、有機物供給センタ
ー落成
FIS ワールドカップ富良野大会開催、
布部小中学校校舎落成
FIS ワールドカップ富良野大会開催、
布札別小中学校校舎落成
FIS ワールドカップ富良野大会開催、
山部小学校校舎落成
農業廃棄物処理施設操業開始、
山部福祉センター完成
布札別小中学校校舎落成
FIS ワールドカップ富良野大会開催
富良野市特産開発センター完成
公共下水道供用開始、住民情報システムス
タート、国際交流派遣事業始まる
FIS ワールドカップ富良野大会開催、図書
館・情報プラザオープン、島の下・滝里ト
ンネル開通
開基90周年
富良野チーズ工房オープン、チーズ公園完成
富良野看護専門学校開校
FIS ワールドカップ富良野大会開催
市制施行30周年
富良野市地域福祉センター完成
富良野演劇工場オープン
ごみの14種分別開始
富良野市生涯学習センター完成
開庁100周年
平成15年
〃 17年
〃 18年
〃
〃
〃
〃
19年
20年
21年
22年
富良野市民野球場完成
全国高等学校選抜スキー大会開催
全国高等学校選抜スキー大会開催
FIS ワールドカップスノーボード富良野
大会開催
全国高等学校選抜スキー大会開催
全国高等学校選抜スキー大会開催
全国高等学校選抜スキー大会開催
第59回全国高等学校スキー大会開催
山部小学校体育館落成
旧屋内水泳プールのサブアリーナ化
富良野西中学校体育館落成
フラノ・マルシェオープン
全国高等学校選抜スキー大会開催
平成23年
〃
24年
〃
25年
〃
26年
東日本大震災復興支援
「北の国から」放映30周年事業
富良野スキー場開設50周年事業
全国高等学校選抜スキー大会開催
全国高等学校選抜スキー大会開催
ASEAN 諸国へのトップセールス
北海道大学農学研究院及び観光学高等教育
センターとの連携協定締結
富良野東中学校体育館落成
定住自立圏形成協定(中富・南富・占冠)
全国高等学校選抜スキー大会開催
富良野市農業担い手育成センター開設
東小学校校舎及び屋内運動場落成
全国高等学校選抜スキー大会開催
〔行政施策の重点事項〕
昭和56年に、市民対話と参加を基調とした「富良野市まちづくり計画」を策定(20ヵ年計画)以来、「豊かな自然、
たゆまぬ進歩、さわやかな交流が支える『創造的な田園都市』をめざして」を掲げてまちづくりを進めてきた。平成13
年からは、新たに策定された「富良野市総合計画」により、ふれあい、やさしさ『感動ふらの』をまちづくりのテーマ
として、快適な環境、創造性豊かな人を育む『協働・感動・生き活きふらの』を将来像として掲げ「市民と行政の協働」
によるまちづくりを確立し、活力ある市民生活の実現に向け全力を傾注していく。とりわけ、公正で透明な行政運営と
計画的・効率的な財政運営をはじめ、郷土に根ざした個性あふれる文化の創造、多様化する環境問題への対応や安全な
市民生活の確保、すべての世代の人が助け合い、自立して生活できる健康なまちづくり、雄大な自然環境と豊富な資源
を活かし、創造性豊かな産業を育むまちづくりを進める。
富良野市のまちづくりの課題や地域特性を踏まえて、基本構想全体を貫く考え方として、下記の基本理念を掲げる。
【基本理念1】市民の暮らしを地域と行政がともに支えるまちづくり
○ 市民一人ひとりが自立を尊び、健康に対する意識を高め、自己実現をめざすまち
○ 高齢者や障がい者など誰もが自らの能力を発揮し、住み慣れた地域で安心して暮らせる思いやりのあるまち
○ 若い世代が子育てに自信と喜びを持ち、子供たちの笑顔があふれ、家庭、学校、地域が連携した教育環境
○ 災害や犯罪からの安全や住みよさを高め、助け合い、支えあって地域課題の解決に取り組むコミュニティ
○ 地域組織や NPO、企業など地域を構成する主体が連携し、民間や公共のサービスを補完する共助、協働のまち
【基本理念2】富良野の魅力や強みを活かし創造するまちづくり
○ 市民一人ひとりが美しい自然環境との共生を考え、ごみの減量や資源の節約に工夫し、実践するまち
○ 農業を基幹産業に据え、新規就農者の育成と環境負荷の少ない安全安心な食料を提供する農村社会の形成
○ 豊かな田園環境の中で体験学習、環境教育、地産地消を通じて、観光客や移住希望者を優しく迎えるまち
○ 商店街や事業者がしっかりと連携し、まちなかに賑わいと利便性の高い都市機能を創出するコンパクトなまち
○ 多様な就労形態や起業化を尊重し、安定した雇用と産業・生活基盤の確立に必要な人材を育成するまち
〔産業・経済〕
富良野市の産業は、農業が基幹であるが、近年では、第3次産業、主にサービス業が高い伸び率を示している。
農業は肥沃な土地と水資源を背景に米作・畑作・野菜・家畜を中心に多種多様な農畜産物を生産している。商工業で
は、富良野地区広域市町村圏の中心都市としての役割を担い、買物客が快適なショッピングを楽しめるように、中心商
店街では、積極的に組合を設立し法人化を進め、アーケード等、施設の近代化と喚起要整備に努めている。
〔文化・観光〕
〈郷土の文化〉 開拓の先人が築いた古い歴史を大切にしながら、地域開発の発展と自然保護の調和を保ち、文化
財、史跡等の遺産や、伝統的に伝わる文化風土の保存、保護に努めるとともに、文化会館を活動の場として新しい時代
を切り拓く独自の市民文化を創造する。
先住民族鳥沼遺跡、開拓の人中村千幹像、北海道中央経緯度観測標(北海道中心標)・富良野獅子舞・山部獅子 舞
など、古い歴史を大切に保存継承するほか、富良野弥栄太鼓をはじめ新しい文化の創造にもたゆみない努力が払われて
いる。
また、文化連盟を中心とするグループ・サークルも50余団体を数え中央文化導入など活発な活動が展開されている。
〈観 光〉 桜の名所として知られる朝日ヶ丘からの展望は富良野平原を一望でき、日本百景の一つに選ばれてい
る。北海道のどまん中の観測標もあり、へそ神社、へそ松、へそ岩もある。また、市民あげての「北海へそ祭り」も大
自然の中に溶け込んでいる。道立自然公園の指定を受けた代表的なものに、芦別岳、富良野岳、原始ヶ原、東大樹木園、
樹海、鳥沼公園、朝日ヶ丘などがある。また、美しい眺めと良質な雪質、変化に富んだ4,000m のダイナミックなスロ
ープの富良野スキー場は日本屈指のスキー場としてその名を知られ、現在までに10回、FIS ワールドカップが開催され
ている。
〔視察のみどころ〕
ふらのワインハウス
から松林の美しい清水山グリーンランドの山頂にあるワインハウスで美しいパノラマ風景を
眺望して食すステーキ、地場酒「ふらのワイン」は一段とその味を増す。
ふらのワイン工場
地場産業の一環として、多年にわたる試験研究と技術開発を進め、原料生産から販売まで一環
体制の確立を図り、良質な原料と優れた技術から生まれた「ふらのワイン」は芳醇な味と香りを誇りとしている。また、
ふらのワインの第2弾としてジュースの王様「ふらのぶどう果汁」が製造・販売されており、ぶどう100%の芳醇な香り
とさわやかな口あたりが特徴で、ワインを飲まない人の飲物としても好評である。
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北海道中心標
明治42~43年頃、京大教授山本博士(天文学)が星座観測、緯度観測、地球の動測定を行い北海道
の中心標として建立したのが、北海道中央経緯度観測標である。
昭和31年北海タイムス社の北海道文化財百選に選ばれている。
ふらのチーズ工房
富良野の牧場で生産される牛乳を原料に「ふらのチーズ」「ふらの牛乳」を製造・販売し、試
食、製造過程の見学ができ、体験工房では、農産物の加工体験ができる。
富良野演劇工場
演劇活動がもつ生涯学習機能を活用し、演劇を単に「観る」だけでなく「創る」側に参加し、よ
り柔軟で独創的な市民文化の活動拠点となっている。客席の勾配を高くすることによりどの席からも舞台が一望できる
ように工夫されている。客席数314席(森の中の小さな劇場)
フラノ・マルシェ
富良野の「食と農」の魅力を発信する施設。敷地内には農産物直売所やできたてパン、スイー
ツ、カフェが並び、また富良野みやげが一同に揃う物産センター、テイクアウトショップなどがある。
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