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がん患者さんと医療者の より良い コミュニケーションのために 〜難治がんや再発・進行、抗がん治療の中止を伝えるケース〜 がんという悪い知らせの中でも、特に難治がん、再発・進行や、 抗がん治療の中止といった、いずれも死に強く結びつく「悪い知 らせ」を伝える場面に、がん医療に携わる医療者はしばしば遭遇 する。それらの知らせは、患者さんやご家族のその後の生活を根 底から変えてしまうものであり、不安やうつ、さらには自殺を招 いてしまうおそれもある。 本誌では、「悪い知らせ」の後の患者さんの心の軌跡を知り、心 理学的評価と介入や、終末期におけるQOL評価で患者さんやご 家族の見通しを立て直していく方策を解説する。さらにがんに よって生じた患者さんの喪失感、抑うつなどを軽減するコミュニ 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 精神神経病態学教室 教授 内富 庸介 先生 ケーション技法を紹介する。 ※この内容は、2010年のアストラゼネカ主催、日本サイコオンコロジー学会後援で開催 したTVセミナーをもとに制作しています。 1 心理学的評価と介入は 大きく4段階に区分される 非専門家であるすべての医療者や、 「悪い知らせ」を日 インフォームドコンセントは「説明と同意」と訳され 担当する。一方、第3・第4段階は心理職、精神科医、 るが、心の機能を表す「知・情・意」に当てはめると、 「説 精神保健の専門家が担当することとされている(図1)。 明」と「同意」の間の「情」にあたる部分が欠けている。 イギリスでもがん医療、緩和医療の領域で専門職は少 死に直結する難治がんや再発・進行、抗がん治療の中 なく、医療現場では医師、看護師などの患者さんにかか 止という「悪い知らせ」を伝えられると、誰もが感情を わる医療者すべてが連携しながら対応していかなければ 大きく揺さぶられるであろう。インフォームドコンセン ならないと考えられている。 トの場面で、患者さんのつらい気持ちに配慮し、気がか この4段階を大きくまとめると、第4段階のうつ病、 りな点に耳を傾けるスキルなどについて、具体例を挙げ 自殺などを扱う精神医学(Psychiatry)領域以外は、主 て解説する。 に医療心理学(Psychology)の領域である。 オーストラリアでがん患者さんに対する「気持ちのつ 医療心理学の領域である第3段階は専門職が行うとし らさのマネジメントガイドライン」が発刊されたのに続 ても、第1・第2段階の領域は、医師、看護師などすべ いて、アメリカの全米がん情報ネットワーク(NCCN)、 ての医療者がコミュニケーションを図ることで対応が可 カナダ、そしてイギリスのNHS-NICEというように、次々 能な範囲であるとされている。つまりすべての医療者の と支持・緩和ケアマニュアルがつくられてきている。特 コミュニケーションが、がん医療、緩和医療において非 にイギリスのがん患者さんの支持・緩和ケアマニュアル 常に大きな位置を占めるということである。 「NHS-NICE 2004」では、心の側面に対しても説明を加 常的に伝えなければならない心理知識を有する医療者が それによると、心理学的な評価と介入には、大きく分 患者さんのその後の生活を 根底から変えてしまう「悪い知らせ」 けて4つの段階がある。第1・第2段階では精神保健の 次に、がんに対する患者さんの心の反応を解説する。 えている。 縦軸に日常生活への適応を置き、横軸に時間の経過を置 図1 がん患者の心理学的評価と介入の4段階 いた場合(図2)、検査結果を伝えられる前から日常生 活への適応が少しずつ悪くなっている。がんであること Communication 第1段階:すべての医療者 評価:心 理的ニードの認識(必要に応じて精神保健の専門 家に紹介) 介入:適切な情報提供、理解の確認、共感、敬意 第2段階:心理知識を有する医療者(がん専門看護師、 ソーシャルワーカー、家庭医など) 評価:心理的苦痛のスクリーニング(がんの診断時、再発時、 治療中止時などストレス時) 介入:危機介入、支持的精神療法、問題解決技法などの心 理技法 が伝えられると、患者さんは心の“直下型大地震”とも いえる衝撃的な2~3日を過ごすことになる。その後、 2週間から3カ月を経て、ようやく日常生活を過ごすこ とができるようになる。しかし外見は落ち着いているよ うに見えたとしても、心の中では“余震”が続いている 状況であり、がんであることが伝えられる前の心の状態 図2 がんに対する心の反応 Psychology 検査 第3段階:訓練と認定を受けた専門家(心理職) Psychiatry 第4段階:精神保健専門家(精神科医) 評価:精 神疾患の診断(重症の気分障害、人格障害、薬物 乱用、精神病性障害を含む、複雑な精神的問題、自殺) 介入:薬物療法と心理療法(認知行動療法) NHS-NICE 2004 英国がん患者の支持・緩和ケアマニュアル 2 日常生活への適応 評価:心 理的苦痛の評価と精神疾患の診断(重症度を識別 し必要に応じ精神科医に紹介) 介入:カ ウンセリングと心理療法(不安マネジメント、解 決志向的アプローチ) がん } 日常生活に支障なし 衝撃 否認 集中力低下 食欲低下・不眠 不安 絶望 怒り 悲嘆・落胆・うつ 0 2週 現時的対応、情報収集 孤立感、疎外感 楽観的見通し vs 絶望的 「自分のがんは 治るのでは?」 「いや、 もう絶対だめだ!」 3カ月 時間 山脇・内富, サイコオンコロジー ,1997 この時点では、がんに対する知識が比較的少ない方が 患者さんの人生に散りばめられた それぞれのQOLを探る 多く、楽観的な見方をする方もいれば、少なく偏った知 乳がんを再々発した症例を1つ紹介する。 識のために絶望する方もいる。楽観的な見方をする方の 症例は、48歳のパート事務員。乳がん再発後、 化学療法、 中には、末期のがんでも「自分は治るのではないか」と 放射線療法を行い、日常生活に軽度の支障がみられる。 悪い面を否認しながら、がんを受け入れようとしている 主訴は、不安。何を目標にすればよいのかを担当医に 方が数多く見受けられる。 相談。家族構成は夫、長男、不登校の次男の4人家族。 に戻ったわけではない。 現病歴は、再発乳がん治療後いったんは復職したが、上 肢しびれがあり休職。その後、再々発し、不安、目標喪 悪い知らせを伝える 失感などを担当医に繰り返し訴えたため、精神腫瘍科に 再発・転移という「悪い知らせ」で 4〜5割の患者さんが不安・うつを示す 紹介された。 当科での初診時、「治療をはじめて3年になりますが、 図3は、早期乳がん患者さんが、がんを伝えられ、治 これまで精一杯やってきました。これからは何を目標に 療が必要なうつと不安を呈した割合を5年間追跡したも すればよいのでしょうか」と訴えていた。 のである。 腕のしびれに加えて、治療が必要な程度の不安とうつ がんと伝えられると、最初は患者さんの30%以上の方 病と診断されたため、しびれの治療と同時に、抗うつ薬 が不安・うつに相当するつらさを抱えていることが示さ の投与が開始され、症状は軽減された。患者さんの希望 れている。その後、約半年を経てようやくその割合が により、これからの目標について意向を確かめながら診 20%を下回り、一般人口と変わらない割合(10%以下) 療を継続することとなった。 となるのが3〜4年あまりを経過した頃である。 その診療の中で、患者さんは、パートで家計を支えな しかしこの時期に、今回のテーマである再発や抗がん がら子育てをしてきたが、その時期に次男が不登校とな 治療の中止という「悪い知らせ」が伝えられた場合、あ り、その問題に向き合わず仕事に没頭していたことに対 る程度がんに対する知識が蓄積しているため、自分の置 して罪悪感を持っていることが明らかになった。また、 かれた状況を否認することもできず、再発後のがん患者 乳がんが再々発した時期に、次男が退学したことが重な さんの特徴として4~5割と非常に高率で不安・うつを り、絶望感、無力感、人生の意味の喪失を感じていた。 示すようになる。 このようなケースで、患者さん・ご家族と一緒にもう 「悪い知らせ」は、 「患者さんの見通しを根底から変え 一度、人生を立て直すには、どうすべきなのか。 てしまうもの」といえる。また、患者さんのご家族も同 重要なキーワードは、患者さんがこれまでの人生で じくストレスを受けていると考えられ、 「家庭の将来を 培ってきた価値観や、QOLの“Life”の部分である。そ 根底から変えてしまう」と言い換えることもできる。 れは生活なのか人生計画なのか患者さんによって異な るが、患者さんの過去の人生に必ず散りばめられてい 図3 早期乳がん患者のうつと不安の時間的推移 40 る。患者さんとコミュニケーションを図る際には、その QOLを確かめていく必要がある。 割合︵%︶ QOLを改善するには まず身体症状から :一月有病率 30 QOLの評価とほぼ同義であるが、心の評価の進め方 20 について確認していく(図4) 。 10 0 ①まず、心を入れている一番大きな器は体であること 0 6 12 18 24 30 36 42 48 54 60 診断後の月数 Burgess, C. et al.:BMJ,2005 から、身体症状の緩和のターゲットになるものはな いか評価をはじめる。 ②次の心の器は脳となるため、うつ病やせん妄、認知 症などの精神症状がないかを評価する。 3 図4 心の評価の進め方 身体症状:痛みがとれているか、だるさはないか 精神症状:うつ病、せん妄・認知症はないか 社会経済的問題:経済的負担は大丈夫か、介護負担はないか 心理・社会的問題:病気との取り組み方、家族・医療者との関係 実存的な問題、スピリチュアルな問題 図5 日本における終末期のQOL評価 共通性が高いQOLの要素 身体的、 心理的苦痛 がないこと 望んだ場所で 過ごすこと 医療スタッフ との良好な 関係 希望をもって 生きること 他者の 負担になら ないこと 家族との 良好な関係 自立して いること 落ち着いた 環境で 過ごすこと 人として尊重 されること 人生を 全うしたと 感じられること 自然な かたちで 亡くなること 他人に感謝し、 役割を 心の準備が 果たせること できること 死を意識 しないで 過ごすこと 共通性が低いQOLの要素 ③その後に、心を不安にする最大の問題である経済的 負担や介護負担などの社会経済的問題を評価する。 ④それらを経てはじめて、病気や死との向き合い方、 ご家族や医療者との人間関係といった心理・社会的 納得するまで がんと 闘うこと 自尊心を 保つこと 残された 時間を知り、 準備をすること 信仰を もつこと 対象 4都道府県の無作為抽出した一般人口 2,548名、 12緩和ケア病棟の遺族 513名 Miyashita et al. 2007 問題を扱うことができるようになる。 ⑤そして最後に実存的、 スピリチュアルな問題を扱う。 これらの評価を全人的に同時に扱うべきとの見解も 限らず共通である。終末期は特に、人の負担にならない あるが、QOLの改善には、まず身体症状からはじ こと、落ち着いたおだやかな環境で過ごすこと、死を意 めるという優先順位を理解していただきたい。 識せずに過ごすこと、最後まで役割を果たすこと、など 患者さん・ご家族のQOLを評価・共有し 治療・ケアを組み立てる 親業、主婦業をもう一度果たしたいという希望と、何よ り重要であったのは、ご家族との和解、家族との時間を 先ほどの症例をこの順序に当てはめて評価すると、 もう一度つくりたいという願望であった。そのための治 ①しびれの緩和 療は何かと考え、在宅で行える抗がん剤治療が選択され ②不安・うつ病の治療 ている。 ③介護は家族で協力して行う 患者さん・ご家族の今後の生活を立て直すためには、 ④本人が一番気にしていた罪悪感、その対象となる次 これまでの患者さんの人生の中に大きな手がかりがあ 男や夫との和解 ると考えられる。この症例のようにコミュニケーショ ⑤人生の振り返り ンを通して医療者は患者さん・ご家族のQOLを共有し、 という道を辿っている。 QOLを最大限実現するために、どのような治療法が組 その後、この女性は、不登校のときに仕事に没頭して み立てられるかをともに考えることで、希望や生きがい きた罪悪感を次男と夫に語り、和解を進めるためにご家 という架け橋を築くことができる。 族の時間を持とうと田舎巡りの旅行に出かけ、その1年 4 が大切とされている。先ほどの乳がんの症例の場合、母 後、緩和ケア病棟で亡くなられた。 精神療法の4つの基本と「受容」を学ぶ この症例で重要なことは、患者さんやご家族のQOL 基本的なコミュニケーションスキルについては習得し が大きな手がかりになったことである。 ているという前提で、ここでは、さらに「悪い知らせ」 一般的に日本で重要と考えられているQOLの要素を を伝える場合のスキルであり、カウンセリングの基本と 図5で示す。身体的、心理的苦痛がないことは終末期に なる支持的精神療法(サポーティブケア)を紹介する。 「悪い知らせ」を伝えた後のカウンセリング技法では、 ングを待つべきである。 病気の受容や死の受容を目指すのではなく、がんによっ 以上の配慮ができれば、患者さんの意向を十分尊重で て生じた喪失感、抑うつなどを軽減することを目標とす きると考えられる。 る。個々の患者さんにおける病気が与える意味を探り、 ■受容 それを理解し、これまで行ってきたその人なりの病気へ 次に③で紹介した「受容」について考えてみよう。受 の取り組み方で困難を乗り越えられるよう支えることが 容とは、患者さんをあるがまま受け入れることで、受容 重要である。 なしにカウンセリングを行うのはむしろ有害である。し 多くの患者さんには、人生の中で一度くらいはがんに かし、人を受容したりされたりすることは、私たちの職 匹敵するほどの困難に向き合ってきた実績があるであろ 場でさえ非日常的といえるため、特に注意が必要である。 う。医療者は、その際、患者さんが困難とどう向き合っ 例えば痛みのある患者さんに医療者が接する場合、次 たかを掘り起こし、がんへの取り組みに当てはめること のような例が散見される。 によって患者さんを支えるのである。 「どこがどう痛いのかはっきり表現してください」 (批判) そのため医療者はまず、患者さんが今まさに感じてい 「痛みの訴えが少ないほうだ」(評価) る気持ち、特に恐れや不安の表出を促し、それらを支持・ 「痛みの訴えが大げさだ」(レッテル付け) 共感し、現実的な範囲でできることを保証していく。苦 患者さんをこのように評価・批判する前に、痛みの表 しみがまさに理解されつつあると患者さんが感じたとき 現を通して患者さんの気持ち、感情を汲み取る態度が医 が治療のはじまりである。患者さんの眉間のしわがフッ 療者には要求されている。 と緩んだときが、まさに自分の苦しみが理解されたと思 患者さんの話を傾聴する(できる)ためには、医療者 えた瞬間である。 の忍耐と安定感、そのための医療者自身の健康が重要で ■精神療法 ある。医療者自身がスタッフと関係を悪くしていたり、 さて、精神療法の基本には4つのポイントがある(松 プライベートの問題に気をとられたりしていると、患者 木,臨床精神医学,2005) 。 さんの気持ちや感情に関心を注ぐことができず、患者さ ①治療環境 んのひと言にすぐ言い返したくなりやすい。患者さんを 好ましい環境は患者さんを人として尊重している姿勢 批判、評価、レッテル付け、指摘することなく、自己抑 が伝わる。限られたスペースや時間であるが、最大限配 制して話に集中することは非日常的作業である。日頃か 慮して、さまざまな工夫を凝らしていると積極的に伝え ら自身の状態をチェックし、自分が患者さんやご家族、 る。そのためにも部屋や時間のセッティングには重要な 同僚、後輩にどのような態度をとっているかをアドバイ 意味合いがある。 スしてくれる先輩を持つことは大切である。 ②医療者の一貫性と恒常性 がん患者さんと相対したとき、医療者の人生観、人格 人と人との関係において信頼の基盤となるので、対話 の成熟度(幅、深み)が否応なく引きずり出される。自 中は医療者自身の気分に左右されることなく、常に同じ 分の人生観を押し付けることなく、むしろそこから自由 トーンやムードで向き合うことが大切である。 になって、患者さんの人生観や価値観に寄り添い、その ③受容的傾聴に持ちこたえる 内面にアプローチできる可能性を持つよう心がけたい。 がんの説明をしているときは医療者のイニシアチブで 話が進むため、相手が話したい場面でも言葉を続けてし まいがちになる。しかし、 「悪い知らせ」を伝えられた 直後だけは、相手の話をさえぎらずに必死に持ちこたえ ま ること。沈黙の“間”には不安・緊張が伴うものであり、 困難なケースに対応する 「死にたい」と訴える患者さんにも 沈黙・共感、承認、探索が基本 特に告知する医師にとっては耐え難い間となるが、その 次に、「死にたい、全部投げ出したい」と訴える難し 場面だけは話をさえぎらずに耐えることが大切である。 い症例への対応について考える。 ④患者さんに受け入れられる話の切り出し方 以下は、20歳代の新聞記者が睾丸腫瘍を再発。化学療 医療者側に伝えたいメッセージや注文があるなら、患 法2クール、超大量化学療法3クールを経験したときの 者さんの心のありようを推し量りながら、適切なタイミ 心境である。(『がんと向き合って』上野創〈朝日新聞社、 5 2007〉からの引用) そこから徐々に食欲低下、不眠、倦怠感、便秘・下痢、 「心がどんどん落ち込んで、もうたくさんだ。竜巻の 抑うつ気分(「落ち込む」)、焦燥感(「いらいらする」 )、 ような激情は3日間続いた。ただ、心が弱気と空しさの 自責感(「他の人に迷惑をかけている」)、希死念慮( 「死 嵐に支配されたときの怖さを知った。そして実際、この にたい」 )が出現。これらの症状が出てから2週間後に自 二ヵ月後、もっとひどいうつの暴風雨に見舞われ、僕の 宅で自殺。 精神はがけっぷちに立つことになった」 このような難しい症例はどの段階で専門医に相談すれ さらに敗血症に陥ったときをこのように綴っている。 ばよいのだろうか。重いうつ病の場合は必ずすぐに相談 「死にたい、全部投げ出したいという願望に取りつか する必要があるが、適応障害等のカウンセリングレベル れて過ごした約一週間の苦しさは、強烈だった。僕がそ なら少し時間の余裕があると考えられる。 れまでに経験したありとあらゆる試練をすべて上回るほ うつ病の診断で評価が必要な項目を示したのが図6で どつらかった」 ある。9項目のうち5項目は心の症状で、4項目は体の 死にたいと思うほどの激痛は自殺につながる。死に匹 症状である。中心となるのは心の症状で、 抑うつ気分 (気 敵するほどの痛みであるから、これが医療者に理解でき 持ちがふさぐ、落ち込む)が24時間毎日続く、興味や喜 るかどうかで対応は大きく異なる。患者さんに死にたい びが低下する(日頃楽しんでいたテレビ、読書、人と会 といわれると足がすくむかもしれないが、この局面でも うといった基本的な喜びが味わえない)── このどちら 重要なのは受容のための沈黙である。 かの中核症状が2週間以上続き、併せて身体症状があれ その上で「今の状況を何とかしようと努力されている ばうつ病と診断される。 こと、それがどんなに大変か、よくわかります」と伝え ると、 患者さんは「自分にチャンネルを合わせてくれた」 早期介入で予後改善も と理解してくれる。 うつ病の身体症状は図6に挙げた以外にもあり多彩で 続いて「がんを抱えると多くの人に一瞬、自殺がよぎ ある(図7)。一見、がんや他の病気の身体症状かと思 ります。特にこんなに絶望的なときには」と承認すると、 われるものや、抗がん剤の有害事象と重なるものもあり、 患者さんは「皆同じなのだ。自分だけが特別ではないの 注意が必要である。 だ」 、そして「理解されている」と感じてくれる。 頭痛、頭重、睡眠障害、疲労、脱力、倦怠感。耳鼻科 さらに「死んだ方がましだと考えたことはあります 症状である、めまい、耳鳴り。また首、肩のこり、腰背 か?」 「具体的な方法や計画を考えましたか?」「これま 部痛、関節痛、四肢痛、しびれ感、冷感。さらに、咽喉 でに自殺を図ったことはありますか?」と探索すること 部異常感、口渇、味覚異常など。これらのうつ病の代表 によって、患者さんは「今の自分に関心を持ってくれた 的な身体症状は、抗がん剤の有害事象の症状と重なるの (助けてくれるかもしれない) 」と希望を見いだすに至る で、見誤ると手遅れになる可能性がある。 のである。 十分なトレーニングを行わなければここまでの対応は 難しいかもしれないが、基本は沈黙、そして共感、承認、 最後に探索へと入っていく手順を理解することである。 精神疾患に対応する 重いうつ病の場合はすぐに専門医に相談 そして最後に重症うつ病、自殺願望への対応である。 症例を紹介する。 症例は、51歳の女性。乳がんであり再発。 経過としては、非定型乳房切除術を受け、2年後に肺 に再発。新規化学療法を受ける。同じ治療を受けた同室 の患者さんに効果がなかったことを知り精神的に動揺。 6 図6 うつ病の診断 米国精神医学会編 *いずれか一つが必須、5項目以上でうつ病の診断 抑うつ気分* 睡眠障害 食欲低下 興味・ 喜びの低下* 思考・集中 力低下 自責感 倦怠感 焦燥感 ・制止 希死念慮 図7 うつ病の身体症状 めまい、耳鳴り 首、肩のこり 腰背部痛 関節痛、四肢痛 しびれ感、冷感 咽喉部異常感 100 口渇、味覚異常 心悸亢進、 胸部圧迫感、 呼吸困難感 食欲不振、体重減少、 胃部不快感、悪心、 嘔吐、胃部膨満感 頻尿、排尿困難、 性欲減退 山岡昌之:一般医がうつに気づくために.気分障害(上島国利,監) ,2005 そのほかにも心悸亢進、胸部圧迫感、呼吸困難感、食 欲不振、体重減少、胃部不快感、悪心、嘔吐、胃部膨満 感、頻尿、排尿困難、性欲減退がある。 先の症例を振り返ると、 「徐々に食欲低下」の頃から 身体症状が出はじめ、後で精神症状である落ち込み、イ ライラ、自責感が出ている。こうした症状が出たときは 手遅れに近いと考えられる。特に自分の人生をネガティ ブに評価しはじめたら危険な兆候であるので、すぐに専 80 Patients Surviving (%) 頭痛、頭重、睡眠障害、 疲労、脱力、倦怠感 図8 早期緩和ケアと標準的ケア 60 40 Early palliative care 20 Standard care 0 0 10 20 30 40 Months 【解釈】生存期間を改善した点は、1)早期の症状緩和により良 いQOLやうつ病の減少につながり体調維持に貢献した可能性、2) 抗がん剤の至適(optimal)、適切(appropriate)投与につながっ た可能性が考えられるとのこと。 TemelJSetal.:NEnglJMed,2010;363:733-742 Copyright©2010MassachusettsMedicalSociety.Allrightsreserved. Translatedwithpermission. 門医に相談することを推奨する。 転移のある肺がん患者さんに緩和ケア専門医と 図8は、早期緩和ケアと標準的ケアの生存曲線を示し ナースがチームで早期に12週間介入した報告(NEJM たものである。あくまでも推測であるが、後者との比較 誌;363:733-42,2010.8.19)では、緩和ケア専門医が早期か においては早期の症状緩和により、良いQOLを維持す ら医療に介入することで症状を改善することを示した。 るとともにうつ病の減少につながり、体調維持に貢献し ガイドラインに基づく緩和ケアをベースに、 た可能性があると指摘されている。また、体調が良好に ①身体的・心理社会的症状評価 維持されると抗がん剤の至適、適切投与につながる可能 ②ケアのゴールを確立する 性が高くなるため予後が改善されたのではないかとの解 ③治療に関する意思決定を援助する 釈が報告されている。 ④患者の個別ニードに基づいたケアのコーディネー ション 以上の4点に特に注意が払われた。その結果、標準 的ケアの対象群と比べてQOL(身体)が有意に改善し、 うつ病も少なく(16%対38%) 、アグレッシブ・エンド オブライフ・ケア(死亡前14日間の抗がん剤使用、ホス ピスケアを受けていない、ホスピスケアを受けたとして も3日以内に死亡のいずれかのうち1つ)の頻度にも有 意差(33%対54%)がみられたほか、生存期間も2カ月 あまり延長し、蘇生の意思表明にも大きな差が確認され た。これらの結果はコミュニケーションや早期の身体・ 社会心理的介入、さらにアグレッシブ・エンドオブライ フ・ケアが患者さんの意向どおり十分に行われたためで はないかと考察されている。 7 がんになっても http://www.az-oncology.jp/ このウェブサイトは、患者さんとご家族に向けてのウェブサイトです。 医療者と患者さんのより良いコミュニケーションのために、 患者さんの声(アンケート調査結果)や体験談、医療用語解説などを紹介しています。 提 供:アストラゼネカ株式会社 企画・発行:エルゼビア・ジャパン株式会社 8 ON206イ B410 2012年10月作成