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病院心理臨床での継時的発達検査の有用性について(V)
病院心理臨床での継時的発達検査の有用性について(V) -Apert 症候群の乳幼児期から学齢期おける脳形態要因での認知発達の検討- ○斉藤和恵1)・野中雄一郎#2) (非会員) (東京慈恵会医科大学小児科学講座1)・脳神経外科学講座2)) キーワード: 頭蓋骨縫合早期癒合症、脳形態要因、継時的認知発達評価 Longitudinal Assessment of Mental Development in Children with Apert Syndrome at University Hospital Kazue SAITO, Yuichiro NONAKA# (Depertment of Pediatrics・Nuerosurgery, The Jikei Univ. School of Medicine) Key words: Craniosynostosis, Brain malfunction, Assessment of successive cognitive development 目 的 Apert症候群とは、複数の特定の奇形を伴う先天性の疾患で ある。主な症状は頭蓋骨縫合早期癒合症・合指症で頭の形と 顔貌が特徴的である。頭蓋骨縫合早期癒合症は、染色体や遺 伝子の異常が原因で頭蓋骨縫合が早い時期に癒合してしまう 疾患であり、眼球突出、両目の離間、歯列の噛み合わせ異常、 高口蓋や口蓋裂などの症状がみられる。また、頭蓋骨の変形 によって脳が圧迫されるなどの障害が発生し、水頭症の合併 や頭蓋内圧の亢進を認めることもあり、聴力の障害、精神発 達障害を伴うことがある。当院では、Apert症候群の治療と指 導において、小児脳神経外科・形成外科による外科学的治療 とフォローアップに加えて小児科での認知発達の支援的フォ ローを行っている。2002年から2010年までの我々のApert症候 群の乳幼児期における認知発達評価の調査では、全DQの分類 比率は、100以上7.9%、70以上42.1%、70以下36.8%、50以 下13.2%であり、50%に精神発達の遅れが認められた。本調 査では、児の就学後を含めた蓄積的発達検査結果をもとに継 時的変化を検討し、発達領域別DQを脳形態要因で比較した。 方 法 対象は、2002 年 4 月から 2014 年 4 月までに小児脳外科フ ォローアップ外来に受診し、幼児期に外科手術・治療を受け 経過観察が行われている Apert 症候群 16 人(男子 9 人、女子 7 人)で、検査平均月齢は 60.6±37.3 ヶ月である。 方法は、乳幼児期から学齢期初期では新版K式発達検査を 用いた。検査の下位領域は、姿勢・運動(以後 P-M と略す) 、 認知・適応(以後 C-A と略す) 、言語・社会(以後 L-S と略す) 、 全領域(全と略す)であり、各領域 DQ・全 DQ を解析した。 学齢期以上では、WISC-IV を用い、全検査と言語理解、知覚 統合、ワ―キングメモリー、処理速度の各合成得点を解析の 対象とした。各年代・各被検者1回のデータを使用し、検査 結果を性差、年代差、脳形態要因による差(脳室拡大、進行 性水頭症、透明中隔嚢胞、皮質形成異常、後頭蓋嚢胞、キア リ奇形の有無)について検討した。統計学的には分散分析、 クラスタ分析を用い、処理は SPSS にて行った。 結 果 と 考 察 乳幼児期から学齢期までの発達検査結果の DQ 平均値±SD (DQ 最小値~最高値)は、P-M DQ(本領域は 3 歳半で上限、 N=50)で 63.7±14.9(33~97) 、C-A DQ(N=80)で 71.7±17.8 (34~121)、L-S DQ(N=83)で 71.5±17.8(37~113)、全 DQ(N=78)で 71.3±16.1(35~111)であった。年代別・各発 達領域 DQ・全 DQ の平均値を図1に示した。0 歳代では、各発 達領域 DQ は 70 前後であるが、P-M 領域は 2 歳代、C-A 領域は 1 歳代、L-S 領域は 2 歳代までそれぞれ 60 前後と停滞する。 2 歳代以降4歳で、C-A、L-S 領域は DQ70 前後となり、5 歳代 から 7 歳代にかけて 80 前後へ catch up する傾向があった。 幼児期における脳形態要因での障害の有無による各発達領 域 DQ の比較では、脳室拡大で C-A 、透明中隔嚢胞で C-A と L-S、全領域、皮質形成異常で C-A と全領域で有意差があり、 脳形態要因の視空間認知発達への影響は大きく、特に透明中 隔嚢胞の発達への影響は顕著であった。 Apert 症候群での各発達領域におけるクラスタ分析の結果 は、群 1(P-M DQ53.3±10.9、C-A DQ49.4±6.7、L-S DQ49.2 ±9.1) 、群 2(P-M 76.0±10.3、C-A DQ66.9±8.0、L-S DQ71.8 ±8.4) 、群 3(P-M DQ59.2±11.5、C-A DQ90.9±10.5、L-S DQ76.7 ±16.1)となり、DQ の低い群1では幼児期の脳形態要因での 脳室拡大、 皮質形成異常、 透明中隔嚢胞などが重複していた。 学齢期以上での WISC-IV(8 例、平均月齢 122.1±33.8 ヶ 月)の全領域 IQ と各下位領域での合成得点の平均値±SD(最 小値~最高値)は、全検査 IQ73.8±19.0(52 ~101) 、言語 理解 80.3 ±20.2(58~111) 、知覚統合 75.8±12.5(62~95)、 ワ―キングメモリー78.1±13.0(60~94) 、処理速度 78.8± 18.3(55 ~104)であった。下位領域間での有意差はなく、 性差はワ―キングメモリーと処理速度において女子の合成得 点が高い傾向があった(p<0.10)。脳形態要因では、透明中隔 嚢胞の既往有群での全検査 IQ が有意に低かった。 Apert 症候群の学齢期初期までの新版K式の全 DQ 平均も学 齢期以降の WISC-IV の全検査 IQ 平均も 70 前半で、発達分類 としては境界域であり、学習面での支援が必要であることが 示唆された。幼児期から学齢期初期では、脳室拡大、透明中 隔嚢胞、皮質形成異常などが発達に影響し、学齢期以降も透 明中隔嚢胞の既往は発達を抑制する因子と考えられた。 Shipster (2002)は、Apert 症候群 10 例の報告で、動作性検 査で平均的であるが言語の困難さがあると指摘しているが、 本調査ではより重篤な発達の問題があることが示唆された。 Apert 症候群については、知的予後の縦断的研究も少なく今 後の長期的発達フォローが望まれるとともに、より早期から の脳形態要因の治療的介入とコントロール、環境調整や教育 を含む発達支援的介入が必要であると考えられた。 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 P-M DQ C-A DQ L-S DQ 全 DQ 0歳代 1歳代 2歳代 3歳代 4歳代 5歳代 6歳代 7歳代 図1.新版K式検査の0歳~7歳までの各発達領域平均DQの変化 (P-M DQ は 0歳~4歳まで) 100 80 60 40 20 0 CA のう胞 無 CA のう胞 有 LS のう胞 無 LS のう胞 有 1歳代 2歳代 3歳代 4歳代 5歳代 6歳代 7歳代 図2. 透明中隔のう胞の有無によるCA・LSDQの比較 引用文献:斉藤和恵、野中雄一郎、他:水頭症、頭蓋骨縫合 早期癒合症を持つ児の乳幼児期から学齢期までの精神運動発 達の継時的変化、小児の脳神経、36-4、378-383、2011.