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特殊感染症の治療(破傷風・壊死性軟部組織感染症)

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特殊感染症の治療(破傷風・壊死性軟部組織感染症)
特殊感染症の治療(破傷風・壊死性軟部組織感染症)
土田芳彦
はじめに
我々整形外科医が日常扱う骨軟部組織感染症は数多いが、その中には四肢そのものの温存
ばかりでなく生命までをも脅かす感染症がある。それらは主として外傷に起因する感染症であり、
一つは破傷風であり、もう一つは壊死性軟部組織感染症である。これらは救急治療および集中治
療を要する感染症であり、治療開始時期および内容の適否が患者の生命予後・機能予後を大き
く左右することとなる。しかし、これらの感染症は整形外科医にとってなじみが薄く、予防法や治療
法については、あまり良く知られていないのが現実である。本稿では、破傷風および壊死性軟部
組織感染症の診断と治療のポイントについて記述する。
破傷風
(1)概念
破傷風の英語での病名 tetanus は、ギリシア語で「張り詰めた」を意味する tetanos に由来し、
紀元前 4-5 世紀に古代ギリシアの医師ヒポクラテスによって記述されている。我々整形外科医は
日常診療で開放創を取り扱うことが多く、その際に破傷風予防に対して非常に気を配っている。し
かし、先進国である日本においては、実のところ破傷風の患者に遭遇することは少なく、近年、日
本全体で年間百名程度が発生しているに過ぎない(2000 年の破傷風患者は 92 人)。しかし、破傷
風はひとたび発症すれば致命的になりうる感染症であり、死亡率は 30%を超えている。適切な創
処置と免疫処置が運命を分けるので、初療にあたる整形外科医は十分な知識を持ち合わせてい
る必要がある。
(2)破傷風菌とは
偏性嫌気性グラム陽性杆菌である Clostridium tetani による感染症である。この菌は、1889 年に
北里柴三郎博士により分離・培養されたことは良く知られている。
破傷風菌は熱や乾燥に対し高い抵抗性を示す芽胞の形態で広く土壌中に分布している。破傷
風菌を殺菌するには数時間の煮沸か、10 分間のオートクレーブが必要である。また、破傷風菌は
土壌中の常在菌と言われるほど広く分布しており、どのような創傷であっても破傷風感染の可能
性がある。通常は、創部が土壌により汚染され、十分なデブリドマンを受けないままに閉鎖されると、
嫌気的状態となり、破傷風菌が発芽・増殖して外毒素を産生し発症する。典型的な受傷状況は、
釘を踏み抜いた場合や刺が刺さった場合などで、創が小さくとも深い場合に問題となる。消毒など
するのみで、閉鎖腔となり嫌気性の条件が整うからである。
(3)病態
破傷風の特有な神経症状は運動神経系の活動亢進と自律神経系の異常である。これは菌増
殖により産生された菌体外毒素である Tetanospasmin の働きによる。Tetanospasmin は血行運搬に
より末梢から神経筋接合部へ運ばれる。その後運動神経軸索内を逆行輸送され、脊髄前角ある
いは脳神経核前シナプス部位に作用する。このとき興奮性シナプスより抑制性シナプスのほうが、
Tetanospasmin に対して感受性が高いために、運動神経系の活動亢進が生じるのである。また
Tetanospasmin は自律神経系にも作用し、自律神経過剰反応(autonomic overactivity)とよばれる
特徴的な循環変動を呈する。
(4)臨床経過
破傷風の臨床経過は次の 4 期に分けられる。
第 1 期:潜伏期と呼ばれ、外傷から 1-2 週間の後に、初期症状としての開口障害が出現するま
での期間である。前駆症状として全身倦怠感、項部痛、微熱などがある。
第 2 期:onset time と呼ばれ、初期症状としての開口障害(trismus)から全身痙攣(後弓反張
opisthotonos)が起こるまでの期間である。筋硬直、嚥下障害(dysphagia)、痙笑(risus sardonicus)、
1
項部硬直なども認められる。
第 3 期:痙攣持続期と呼ばれ、痙攣の持続により呼吸停止と呼吸障害が生じる。重症化すると
血圧と脈拍の急激な変動を呈する。これを自律神経過剰反応、autonomic overactivity と呼ぶ。
第 4 期:回復期と呼ばれ、痙攣が徐々に軽減していく。
(5)免疫学的予防方法
開放創部の適切な処置は整形外科医の得意とするところであるので、あらためてここで記載す
るようなことは省きたい。創傷部位を適切に治療することにより、感染の可能性が低くなることは確
かであるが、破傷風菌の芽胞は極めて些細な創傷部位からでも侵入すると考えられており、侵入
部位が特定されていない報告事例も多い。よって最も重要なことは免疫学的予防にある。
まず、患者に破傷風の追加免疫の時期について聴取する必要がある。予防接種法によるジフ
テリア・百日咳・破傷風 3 種混合ワクチン(DTP)の定期予防接種が開始されたのは昭和 43 年のこ
とであり、日本人成人にはワクチンを接種していないものも多い。また最終ワクチン接種は通常小
学校 6 年であり、有効な抗体保有は 10 年ほどしか継続しない。よって特に成人傷病者の場合は、
破傷風予防接種は受けていないものと考えて予防処置をとるのが安全である。表1に予防処置プ
ロトコールを提示しておくので参考にされたい。
表1 破傷風予防処置プロトコール
免疫治療
1、 過去10年以内に能動免疫あり
過去5年以内に追加免疫 (+)
⇒
(-)
2、 10年以上前に能動免疫あり
通常の創傷
汚染された創傷(放置された創傷)
3、
⇒
破傷風トキソイド0.5ml
⇒
破傷風トキソイド0.5ml
⇒
予防接種を受けていない場合
きれいな小さな創傷
不要
破傷風トキソイド0.5ml
+破傷風ヒト免疫グロブリン250単位
⇒
破傷風トキソイド0.5ml
通常の創傷
⇒
破傷風トキソイド0.5ml
+破傷風ヒト免疫グロブリン250単位
汚染された創傷(放置された創傷)
⇒
破傷風トキソイド0.5ml
+破傷風ヒト免疫グロブリン500単位
また外傷をうけて医療機関を受診した患者には、4-6 週間後にもう一度破傷風トキソイドを投与
し、さらに 6-12 ヵ月後にもう一度破傷風トキソイドを投与することを勧めておくのが良い。また農作
業従事者など創傷の機会の多い職種では、5-10 年毎に破傷風トキソイドの定期的予防接種を
2
受けられるよう指導する。
(6)破傷風診断のポイント
適切な創処置と免疫学的処置により十分予防できる感染症であり、実際日本では年間 100 名
弱が発生しているに過ぎない。すなわち、多くの医師が破傷風の存在を知り、適切な予防処置を
とってはいるが、実際はほとんどの医師が破傷風患者を診たことがないのである。どこかに傷があ
り、全身がだるい、首が硬い、口が開きづらいなどの症状があれば強く疑い、専門医(発症前は神
経内科、発症後は救命センターが適当)を紹介する。開口障害で歯科を初診することも多い。(7)
治療方法
治療は感染創部のデブリドマンと破傷風菌に対する大量ペニシリン療法、毒素に対する免疫グ
ロブリン療法、そして毒素によって引き起こされる随意筋攣縮、呼吸筋麻痺、自律神経過緊張に
対する対症療法である。
創傷の治療;
創部は開放とし、洗浄とデブリドマンを施行するのは創傷に対する基本的処置である。
薬物療法;
破傷風菌はペニシリン G に対して感受性を示すので、大量ペニシリン療法が有効である。具体
的にはペニシリン G 1000 万単位を 1 日 2 回投与するか、600 万単位を 1 日 4 回投与する。
受動免疫療法として、破傷風毒素に対して特異的な治療薬である破傷風ヒト免疫グロブリンを
投与する。グロブリンは組織に結合していない血中の遊離毒素を特異的に中和することができる
が、既に組織に結合した毒素を中和することはできない。よって、その投与はできるだけ早期に実
施することが望ましいと考えられる。グロブリン療法としては、外傷患者に 1,500 ~3,000 単位を 1
回投与するのが良い。
また受動免疫としての破傷風ヒト免疫グロブリンは 3 週間程度しか有効抗体価を保持しないの
で、破傷風トキソイド投与による能動免疫を追加する。
支持療法
破傷風が重症化した場合には特異的療法はない。ICU管理による支持療法を強力に遂行する
ことが患者の救命率を向上させる14)。
①痙攣に対する治療;ジアゼパムやミダゾラムを用いる。痙攣が強い場合には人工呼吸管理を
行い、筋弛緩薬(臭化パンクロニウム、臭化ベクロニウム)を投与する。特に第 3 期には軽微な刺
激によって痙攣が誘発されるので十分な鎮静が必要である。
②呼吸の管理;重症例になると 3 週間以上の人工呼吸管理が必要になる。その場合は気管切
開を考慮する。人工呼吸管理中は無気肺や肺炎などの合併症が起こりやすいので、体位変換、
呼吸終末期陽圧呼吸を行う。
③循環の管理;重症例では血圧、脈拍の変動が激しく、αブロッカーやβブロッカー、麻薬など
では対処が困難である。持続硬膜外麻酔、持続脊髄麻酔、サイアミラール大量持続投与が有効
であるとの報告もある9,17)。
(8)症例提示(症例1、77 歳、女性)<既往歴> 糖尿病,虚血性心疾患(CABG 施行)
<現病歴> 7 月の夏に、右足底部に古釘が刺さり受傷し近医を受診し、消毒処置と破傷風ト
キソイドの投与を受けた。受傷 3 日後に頚部のこわばり感が出現し再度近医を受診した。受傷 4
日後に頭頚部運動障害と著明な開口障害が出現したため、破傷風を疑い当救命救急センターへ
転院となった。受傷時に抗生剤および抗破傷風免疫グロブリンは投与されていない。<搬入時所
見> 当センター搬入時意識は清明,血圧は 152/72 mmHg で脈拍は 88 bpm。呼吸数は 34 回
/min で体温は 38.4℃であった。また右踵部に古釘による小さな刺創が認められた。患者は頚部
硬直と開口障害を認め、刺激にて腹筋収縮と緊張が誘発された。血液学的所見では CRP が
3.90mg/dl,WBC が 9800/µl,BS が 279mg/dl であった。
<治療経過> 右踵部創部を切開開放とした(図 1)。抗破傷風ヒト免疫グロブリン 3000 単位を投
与し、PIPC(ペントシリン)1g×4 回/日投与を開始した。人工呼吸管理とし、痙攣に対してフェノ
3
バルビタール、ベクロニウム、ミダゾラム,ブプレノルフィンを投与した。また autonomic overactivity
による収縮期血圧変動が激しく(250~60mmHg)、持続硬膜外麻酔、ドプタミン・ニカルジピンによ
る支持療法を行った。ICU 管理を離脱するのに 43 病日を要し、第 60 病日にリハビリ科へ転科し
た。
図1
症例1;77歳、女性。破傷風症例
右踵部の古釘が刺さった部位、 開放処置とした。
壊死性軟部組織感染症
1、重篤な軟部組織感染症を考えるにあたって
軟部組織感染症は日常診療でよく遭遇するものであり、そのほとんどは診断が容易で、そして
治療も難しくない。しかし軟部組織壊死を引き起こすような重度の感染症が、その初期臨床像に
おいて軽度の感染症と同じような所見を呈することであるので注意をしなければならない。すなわ
ち重症軟部組織感染症は、時にそれが単純な蜂窩織炎の様相を呈し、診断と治療を遅らせること
になる。診断と治療の遅れは四肢のみならず生命をも失われる8)。このような悲惨な結果を避ける
ためには、初療にあたる医師が感染症に対する豊富な知識を持ち、そして注意深く鋭いアンテナ
を張り巡らせておく必要がある。まずは強く疑うことが早期の診断と治療のために必須である。免
疫能が低下する糖尿病や末梢血管疾患が基礎にあるときは、特に強い疑いを持たねばならない。
しかし近年記述されている、Toxic Shock Syndrome(TSS)を伴うA群β溶連菌感染症は健康な若者
にも起りうるものである。
また重症軟部感染症は表2に示すように歴史上様々な名称が用いられてきた。そのために医師
の頭を非常に混乱させてきたのが現実である。「ガス壊疽」とは深部に感染が存在しガスが産生さ
れるか否かによる名称であり、「壊死性筋膜炎」とは感染の病巣が筋膜にあることを示しているに
過ぎない。近年これら重度軟部組織感染症は、壊死性軟部組織感染症として命名されるようにな
った。(表 3)
4
表2 壊死性軟部組織感染症の様々な病名
・クロストリジウム性ガス壊疽
・クロストリジウム蜂窩織炎
・非クロストリジウム性ガス壊疽
・Meleneyの溶血性連鎖球菌壊疽
・Fournier‘s 壊疽
・劇症型A群β溶連菌感染症 「人食いバクテリア」
・Wilsonの壊死性筋膜炎
・Stoneグラム陰性菌相互作用的壊死性蜂窩織炎
・ビブリオ感染症
表3
壊死性軟部組織感染症の分類
クロストリジウム性ガス壊疽
ガス壊疽
非クロストリジウム性ガス壊疽
通常の壊死性筋膜炎
壊死性筋膜炎
特殊な壊死性筋膜炎
劇症型A群β溶連菌感染症
ビブリオ壊死性筋膜炎
2、壊死性軟部組織感染症の診断・治療総論
壊死性軟部組織感染症の最も早い局所臨床的徴候は、紅斑に不釣合いな浮腫と皮下ガス像
の存在(単純 X 線、触診)、さらに皮膚水泡の存在である。一般的に非壊死性の蜂窩織炎に認め
られるリンパ管炎とリンパ節炎は、通常認められない。早期徴候が見逃され進行すると皮膚の局所
知覚麻痺と皮膚壊死が生じる。このように通常観察する蜂窩織炎と異なる臨床学的所見があれば
壊死性軟部組織感染症を疑い、局所試験切開にて筋膜(あるいは筋組織)の正常を観察する。も
し筋膜あるいは筋組織に変性があり、ゾンデが抵抗なく挿入できるような場合は壊死性軟部組織
感染症と考えて間違いがない。また画像所見は有用であり、単純 X 線画像にてガス像の有無を観
察することができる。さらに CT 画像は最も有用であり、感染の水平方向の広がりと深達度(皮下・
筋膜か、筋肉に及ぶか)、膿瘍形成や隣接臓器との関連などを知ることが出来る。一方全身症状
として抗生剤に抵抗性の発熱と低血圧が生じる。
これらの所見が認められた場合は、緊急に広域スペクトル抗生物質療法と外科的デブリドマン
を必要とする6)。これは緊急であり、数時間の遅れを許容してはならない。局所試験切開時の細菌
培養による起因菌同定は当然必要であるが、結果には数日を要する。そこで、組織の迅速凍結
切片とグラム染色が重要となる3)。何故ならクロストリジウム性ガス壊疽(炎症性反応はほとんどおこ
さない)と炎症反応が著明な非クロストリジウム性の壊死性疾患とは治療法が異なるためである。も
しグラム染色にてグラム陽性杆菌が認められれば、クロストリジウム性ガス壊疽と診断し、大量ペニ
5
シリン投与と高圧酸素療法を考慮する。
表 4、5 に壊死性軟部組織感染症を疑った際の鑑別診断の要点、および治療法総論をまとめて
おくので参考にしていただきたい。以下順に、Clostridium 性ガス壊疽、非 Clostridium 性ガス壊疽、
壊死性筋膜炎、劇症型 A 群β溶連菌感染症、ビブリオ壊死性筋膜炎について解説する。
表4
壊死性軟部組織感染症を診断する際の要点
①基礎疾患の有無
健常人
⇒クロストリジウム性ガス壊疽
激症型A群β溶連菌感染症
糖尿病、血管病変
⇒ 非クロストリジウム性ガス壊疽
肝疾患、アルコール中毒 ⇒ビブリオ感染症
②エピソードの有無
外傷歴
咽頭炎、扁桃腺炎
魚介類摂取
⇒クロストリジウム性ガス壊疽
⇒激症型A群溶連菌感染症
⇒ビブリオ感染症
③病巣部位
筋層
筋膜
⇒ガス壊疽
⇒筋膜炎
③グラム染色
グラム陽性杆菌
⇒クロストリジウム性ガス壊疽
表5
壊死性軟部組織感染症治療の基本的事項
① 抗ショック療法(蘇生処置)
② 起因菌を推量し適切な抗生剤投与
③ 筋膜・筋層に壊死があれば広範囲の外科的デブリドマン
(④ 高圧酸素療法)
3、クロストリジウム性ガス壊疽
(1)概念と病態
一般的にガス壊疽と呼ばれているのはクロストリジウム性筋壊死である。この感染症はヒポクラテ
スらによって既に知られていたが、その後忘れ去られ、1745 年に Quesnay によって再認識された
1)。病原菌となるクロストリジウム属菌は芽胞を形成するグラム陽性嫌気性杆菌である。最も起因
菌として認められるのは Clostridium perfringens であり(70%)、土壌や動物糞便中の常在菌である
が、皮膚や病院の廊下などいたるところに認められる。また Clostridium novyi が 40%,Clostridium
septicum が 10%で、まれに Clostridium histolyticum, Clostridium bifermentans, Clostridium fallax
などが認められる。また通常はクロストリジウム属と他の嫌気性菌、好気性菌との混合感染となる。
この菌による感染症成立は、菌が創内に存在するだけでは発症せず、宿主の体内環境が菌増
殖に適しているかによる。すなわち外傷後の不適切な治療が原因となり、創内に残存する汚染異
物、壊死組織の存在、血行不良、宿主免疫能の低下などが菌増殖を助長する。
ガス壊疽に特有の臨床徴候は、菌が産生する外毒素によって生じる筋壊死と全身性の毒素症
状である。最も重要なのは alpha-toxin レシチナーゼであり、細胞膜を破壊し出血を起こす。また
6
theta-toxin は出血、筋壊死、心筋障害をおこす。挫滅創における低い酸化還元能、あるいは阻
血肢の皮下脂肪織はクロストリジウムの芽胞を、外毒素を産生しやすい状態に変える。
(2)臨床症状と診断のポイント
次のような局所的・全身的状況がそろうとガス壊疽が発生しやすい。①汚染された創が閉鎖さ
れること、②創が筋層部まで深く到達していること、③糖尿病あるいは血管病変を持つ
compromised host であることである。
臨床症状は激烈で、また急激に変化するのが特徴である。クロストリジウムの潜伏期は 6 時間か
ら 2 日と非常に短く、激烈な筋組織破壊に伴う激しい疼痛と著明な腫脹で始まる。また精神障害あ
るいは頻脈などの重度全身状態を呈する。創部からは漿液性、血性の浸出液を排出し、実に激
烈な鼡臭がする。症状はあっという間に進行し、受傷した四肢全体が緊満し、皮膚水泡形成、暗
赤色~黒色の皮膚壊死、組織内ガス像を呈するようになる。単純 X 線画像では筋内に無数の小
さな泡沫ガス像が認められるが、ガス産生はそれ程著明でないこともあるし、認められないこともあ
る。
局所身体所見から予見されるよりも、はるかに広範な筋組織が壊死している。毒素の直接作用
および組織破壊に伴う二次的血管透過性亢進のために浮腫が増大し、hypovolemic shock を呈
する。さらに毒素は心筋機能を抑制し循環不全を惹起する。また hypovolemic shock と筋崩壊によ
るミオグロビン血症のために腎不全を生じる。
早期にデブリドマンを行わなければ、短時間のうちに昏睡に至り、死亡してしまうこともある。そ
れゆえ排出された液をグラム染色し、グラム陽性杆菌の存在を確認し早期デブリドマンに移行する
ことが出来るかどうかが治療の鍵である。
(3)治療
壊死組織の早期外科的除去は最も重要である。感染した筋組織は徹底的に除去しなければな
らない。また救命のため四肢切断を余儀なくされることもある。
高力価ペニシリンが第 1 選択である。Clostridium 性ガス壊疽を疑わせる症状があり、グラム染色
で芽胞形成の杆菌を見つけたら直ちに開始する。ペニシリン G 1000 万単位を 1 日 2 回点滴静注、
あるいは 1 回 300 万単位を 1 日 4~6 回点滴静注する。ペニシリンは早期投与では効果があるが、
遅れて投与すると効果がなくなる。その場合はクリンダマイシンを投与する。クリンダマイシンには
外毒素産生を抑制する効果がある。また混合感染していることが多いので、通常はペニシリンとア
ミノグリコシドの組み合わせ投与から開始し、48 時間後に再評価し抗生剤を変更する方法をとる。
高圧酸素療法は有効であるとされている。クロストリジウムは高い酸素分圧により活動性が抑え
られる。動物実験によればPO2 が 240 mmHgになるとalpha-toxinの産生が止まるとされている2,4)。
しかし高圧酸素は、広範囲外科的デブリドマンに取って代わることは出来ないことを強調してお
く。
4、非クロストリジウム性ガス壊疽
(1)概念と病態
好気性菌と嫌気性のグラム陰性菌の相互作用によって生じる。これは深筋膜におこり通常の壊
死性筋膜炎よりも進行が緩やかである。通常は大腸菌、Bacteroides fragilis, 嫌気性連鎖球菌や
Klebsiella などの菌の混合感染で起る。ほとんどの場合糖尿病や肝機能不全、悪性腫瘍などの
compromised host におこり、高齢者に多く、また外傷の既往は通常認められない。う歯、虫垂炎、
痔核、靴擦れ、糖尿病性壊疽に続発することが多い。病巣が深部であることは診断が遅れると共
に嫌気性菌増殖において好都合な場を与える。進行は緩徐で皮膚に壊死斑が現れるころには筋
組織を含めた広範囲な壊死となっている。
(2)臨床症状と診断のポイント
創部の局所所見はクロストリジウム性ガス壊疽とは大きく異なる。すなわち初期の疼痛は軽度で
あり、通常の蜂窩織炎と同様の発赤・浮腫・熱感が認められ、重篤感は少ない。進行は緩除であ
7
るが、進行した場合の予後は不良であり、早期切断術に踏み切らなければ死亡率は高い(30%程
度)。
(3)治療
クロストリジウム性ガス壊疽と同様に、感染した筋組織は徹底的に除去しなければならない。感
染 創 は 一 期 的 創 閉 鎖 を 行 わ ず 、 開 放 創 と し て 管 理 す る 。 非 ク ロ ス ト リ ジウ ム 性 ガ ス壊 疽 は
compromised host に生じるので、全身状態が不良の場合は、ためらわずに四肢切断術を選択す
る。
起因菌の感受性に応じた抗生剤を投与する。しかし、細菌培養や感受性検査の結果が判明す
るまでには数日を要するので、グラム陰性杆菌と嫌気性に対して感受性のある第 3.4 世代セフェム
系抗生剤やカルバペネム系抗生剤を投与する。クロストリジウム性ガス壊疽と異なり、高圧酸素療
法の適応はない。表6に Clostridium 性ガス壊疽と非 Clostridium 性ガス壊疽の相違点を示してお
く。
表6
クロストリジウム性ガス壊疽と非クロストリジウム性ガス壊疽の相違点
クロストリジウム性
非クロストリジウム性
Clostridium perfringens
大腸菌、Bacteroides fragilis,
嫌気性連鎖球菌、Klebsiella
初期激痛
黒色・暗赤色
猛烈な腐敗臭
腐肉汁・どぶ水
軽度
発赤・浮腫
感染臭・腐敗臭
膿汁
ガス像
皮下から筋層内
皮下から筋膜まで
伸展速度
きわめて急速
緩徐
全身状態
急速に悪化
徐々に悪化
基礎疾患
特になし
糖尿病,悪性疾患
患肢予後
早期に治療すれば切断を免れる
切断となることが多い
予後
早期に治療すれば良好
不良
原因菌
局所所見
疼痛
色調
におい
膿汁
(4)症例提示(症例 2、53 歳、男性)<既往歴> 未治療糖尿病、患者は 1 人暮らしである。
<現病歴> 9 月 18 日、近所の人が様子を見に行ったところ、患者の左手から肘にかけて腐敗
と悪臭が認められたため、救急車を要請し近医へ搬入となった。近医にてガス壊疽と診断され、当
救命救急センターに転院となる。
<搬入時所見> 搬入時 Japan Coma Scale(JCS)は 2 点, 血圧は 144/80 mmHg、脈拍は
110/min で、体温は 38.2℃,であった。左上肢は悪臭をはなっており、左手背と前腕背側に皮膚壊
8
死部が認められた。上腕中央まで発赤が著明である。単純 X 線画像, CT 画像では皮下のみなら
ず筋内にもガス像を認めた。(図2)
<治療経過> 救急処置室にて鎮静下にデブリドマンと洗浄を予定したが、筋の壊死、感染が
高度かつ広範囲であり、緊急切断術が必要と判断した。緊急手術にて左上腕切断術施行。切断
端の感染徴候は認められなかった。術前よりチエナム 0.5g×2回/日にて抗生剤治療を開始した。
また持続インシュリン投与にて血糖のコントロールを施行した。起因菌は Klebsiella、大腸菌であっ
た。術後、感染症併発なく、術創は治癒した。
A
図2
B
C
症例2;53歳、男性。非クロストリジウム性ガス壊疽症例
A,; 左手背と前腕背側に皮膚壊死部が認められる。
B,C; 単純X線画像, CT画像では皮下のみならず筋内にもガス像を認める。
5、壊死性筋膜炎
(1)概念と病態
壊死性筋膜炎という言葉は、Wilsonにより深筋膜や筋組織ではなく浅筋膜の壊死であると特徴
づけられたが16)、現在においてはガス壊疽を除くびまん性の軟部組織壊死感染症全般を包括す
るようになった。ガスの有無を除けば非クロストリジウム性ガス壊疽と似通った病態である。感染は
皮下組織の深部に起るため、臨床上の発症時期はゆっくりしている。起因菌はA群β溶連菌単独
によるものは少なく、様々な細菌(グラム陽性球菌とグラム陰性菌)によっても引き起こされる。
Compromised hostにおきやすいが、非Clostridium性ガス壊疽と異なり基礎疾患が特になくとも生
じる。
また一部の細菌感染例では菌体外毒素による特異な病態を表すものがある。「人食いバクテリ
ア」として注目されている劇症型 A 群β溶連菌感染症や、好塩性ビブリオ菌による壊死性筋膜炎
などである。これらは急激な全身状態悪化をもたらす toxic shock syndrome を呈するため、別に記
載する。
(2)臨床症状と診断のポイント
9
典型的な臨床症状は蜂窩織炎の様相を呈する。しかし通常の抗生剤は効果がなく、急速に進
行する。やがて皮膚水泡を形成し、皮膚皮下組織の壊死を呈するようになる。ガス壊疽と異なり壊
死性筋膜炎では通常筋組織は侵されない。
(3)治療
全ての壊死性感染症に共通したことであるが、感染した領域の広範囲にわたる外科的デブリド
マンと感受性のある抗生剤投与が必須である。
6、劇症型 A 群β溶連菌感染症
(1)概念と病態
劇症型A群β溶連菌感染症は突発的に発症し、急速に多臓器不全に進行するA群β溶連菌
による敗血症性ショック病態である。発生は流行的であり、「人食いバクテリア」などと呼ばれている。
本感染症は1987年に米国で最初に報告され、1992年に日本で最初の典型的が報告されており、
現在までに200人を超える患者が確認されている。さらに、このうち約30%が死亡しており、きわめて
致死率の高い感染症である。
ところで連鎖球菌はコロニー溶血環の性状、群抗原の種類により細分されている。血液寒天培
地で完全溶血するものをβ溶連菌と呼び、これに比較して不完全な溶血を起こし暗い緑色の変
色でコロニーが囲まれるものをα溶連菌と呼ぶ。また群抗原はA群~G群まで存在する。この悲惨
な感染症を起こす原因菌はA群β溶連菌で化膿性連鎖球菌と呼ばれている。しかし近年は、A群
のみならずB群、C群、G群による劇症型溶連菌感染症も報告されている。
病態は化膿性連鎖球菌が出す連鎖球菌発熱性外毒素(spe)の働きによるとされている。この外
毒素には米国で主に認められるspe A、欧州・カナダで多いspe B and spe Cなどがある10)。外毒素
の生成はM蛋白に刺激される。1 型・3 型のM蛋白は多核白血球の連鎖球菌貪食作用を減弱させ
る。連鎖球菌発熱性外毒素は 2 通りの働きがある。一つは単核球を刺激すること。もう一つはTリン
パ球を刺激するスーパー抗原として働くことである15)。
(2)臨床症状と診断のポイント
本感染症の最も典型的な所見は、突発的に始まる四肢の疼痛であり、急激なショックから多臓
器不全、そして死にいたる敗血症である11)。初期症状として皮膚腫脹、発赤、水泡が 80%、壊死
性軟部組織炎が 55%に認められる。また錯乱状態が患者の 55%でみられ、昏睡や好戦的な姿勢
がみられることもある。発熱や中毒症状を示す患者で紫色の水疱が認められれば、壊死性筋膜炎
や筋炎のような深部の軟部組織感染を起こしている可能性が示唆される12)。
A 群β溶連菌は組織浸潤性の強い菌であり、免疫不全を来たす基礎疾患を有する患者では、
広範囲の組織壊死を起こし、敗血症に至る。しかし、劇症型 A 群β溶連菌感染症の半数以上の
症例は特別な基礎疾患を認めずに発症している。しかも、通常の A 群β溶連菌感染症と異なり、
急激に全身状態が悪化し 24 時間以内に多臓器不全に陥る。
通常無菌的である部位(血液、脳脊髄液、胸水、腹水、生検組織、手術創など)からA群β溶連
菌が検出されることが確定診断の根拠となる。よって臨床所見で疑われれば、試験切開を行い、
グラム染色をすることが必要である。診断の基準について表7に記載しておく。
(3)治療
グラム染色にて連鎖球菌が認められたならば、抗生剤投与と緊急外科的デブリドマンを施行す
る。抗生剤はペニシリンが第一選択薬である。また、組織内の菌密度が上昇すると菌の発育が抑
制され、βラクタム系抗生剤の効果が低下する現象が知られているので、本症のように極端な敗
血症病態では、細胞内移行性の高いクリンダマイシンが推奨されている13)。
一方壊死に陥った軟部組織は細菌繁殖の温床となり、筋壊死により腎不全および代謝性アシ
ドーシスの悪化が助長されるため、可及的に広範囲デブリドマンが必要である。
(4)症例提示(症例 3、75才、男性)(図3)<既往歴> 昭和14年にノモンハン事件にて左大腿部
に被弾した。
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<現病歴> 2月4日に風邪症状を呈していたが抜歯を受けた。2月6日に左大腿部内側に腫
脹熱感あり、近医受診したところ単純 X 線画像にて左大腿部にノモンハン事件の弾丸の一部が残
存していることがわかった。異物による蜂窩織炎の診断にて弾丸破片摘出術施行予定であった。
しかし2月10日、左大腿部の局所症状の増悪と腎機能が悪化したため当救命救急センター搬入
となった。
<搬入時所見> 搬入時 Japan Coma Scale(JCS)は 3 点, 血圧は 80/40 mmHg、脈拍は
120/min とショック状態であった。左大腿内側から下腿にかけての浮腫状紅斑と熱感、膝窩部の
水疱を呈しており、圧痛が著明であった。血液学的所見では、白血球増多(24900/μl)、CRP強
陽性(22 mg/dl)、BUN88 mg/dl、Cr3.8,g/dl で急性腎不全の状態であった。
<治療経過> 局所症状の急速な増悪、CRP強陽性、腎不全状態を呈していることより壊死
性筋膜炎を疑い、即日緊急皮膚切開術施行した。皮下には小量の膿汁貯留があり皮下病巣周囲
の死腔形成と、筋膜の広範な壊死を認めた。筋組織は正常であった。広範囲なデブリドマン施行
後創は開放のままとした。術中の創培養でA群β溶連菌が検出された。
術後局症所状、全身症状は鎮静し、第15病日(2月25日)にデブリドマンと植皮術、第47病日
(3月30日)に再度デブリドマンと植皮術を施行した。第94病日(5月17日)に創は完全治癒し独
歩退院となった。
A
B
図3 症例3;75歳、男性、A群β溶連菌性壊死性筋膜炎
A、左大腿部にノモンハン事件の弾丸の一部が残存している
B、左大腿デブリドマン後(腹臥位)
7、ビブリオ壊死性筋膜炎
(1)概念と病態
1970 年にRolandらが報告したビブリオ壊死性筋膜炎7)は、激烈な経過をたどる疾患として劇症
型A群β溶連菌感染症に似通っている。起因菌はVibrio vulnificusでビブリオ属の中で最強の毒
性を有する。この菌は暖かい海水中の甲殻類や魚介類の表面や動物性プランクトンなどに付着し
つつ増殖し、周囲の海水中にも遊出する。2~3%の塩分濃度で良く増殖し、汚染された魚介類
の摂取や皮膚の創傷などから人に感染する。夏場の海水温が高い時期に繁殖するために、わが
国では暖かい西日本に多く発生していたが、地球温暖化の影響により海水温度が上昇し、全国
で発生の危険性が高まった。ビブリオ菌は、夏場に創傷が海水にさらされた時や、ボラ、スズキ 、
かに、貝、えびなどの近海産魚介類を食したことが起因で発症する。健常な人に発生することはま
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れであり、肝疾患、糖尿病、腎不全、アルコール中毒など免疫能が低下した人に発生する。肝臓
でのクリアランスの低下や、血清鉄が細菌の病原性や増殖性を増すことより、細菌が血液中に侵
入し、数時間から1日の潜伏期の後に蜂窩織炎などの皮膚病変の拡大や、発熱、悪寒、血圧の
低下などの敗血症様症状を起こし、生命を脅かす。この細菌が血行性に全身性感染をおこした場
合、致死率は 50~70%と非常に高くなる。
(2)臨床症状と診断のポイント
潜伏期間は、数時間~2日程度で、皮膚(主に下肢)の痛みや腫れ、発熱、発赤などの症状が
あらわれる。健常者では、下痢や腹痛などの消化器症状を起こすこともあるが、重症化することは
少ない。典型的な壊死性筋膜炎では浅筋膜の深層を壊死が拡大する。嫌気性の環境を好んで
細菌は繁殖し、皮膚壊死は皮下血管の血栓形成の結果としておこる。未治療で経過すると、四肢
壊死から敗血症性ショックとなり死亡する。
(3)治療
良い治療結果を生む要点は、早期の診断と、早期の大量抗生剤投与(第 3 世代セフェム系、テ
トラサイクリン)、さらに外科的デブリドマンである。早期診断は最も重要であり、もし 24 時間以内に
治療を開始しなければ、死亡率は非常に高くなる5)。
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