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周産期における夫婦間関係性に働きかける援助 - R-Cube
周産期における夫婦間関係性に働きかける援助(小嶋) 研究論文 周産期における夫婦間関係性に働きかける援助 ―助産院助産師の実践についての質的研究― 小 嶋 理恵子 (立命館大学大学院社会学研究科) 親移行に影響する夫婦間関係性に対する援助実践の研究は少ない。本研究は ,1999 年から 2010 年 にかけて ,2 カ所の助産院助産師の援助実践を明らかにすることを目的に行った。研究協力者は , 各施 設の助産師 2 名 , 妊娠から産褥期までのケアを受けた夫婦 7 組 , 女性 1 人であった。参与観察および 各助産師 , 夫婦 , 女性に対するインタビューによりデータを収集した。インタビューは , 妊娠期に 2 ∼ 3 回,分娩から産後 1,2 か月までに 1 ∼ 3 回行った。研究者が , データを質的記述的手法によって 分析し , 助産学・母性看護学研究者のスーパーバイズ , 研究協力者のメンバーチェックを受けた。助 産師の援助として 【夫婦間葛藤に至った要因への気づきを促す援助】 , 【夫婦間の対話を促す援助】, 【新 たなパートナーシップを築く援助】の 3 カテゴリーが抽出された。また , 助産師は妊婦健診から退院 までの様々な場面において , 男性性の多様性や夫婦の関係性の質的な差異への熟練した援助を実践し ていた。以上より , 助産師は夫婦(ペア)の視点からみた役割アイデンティティ形成に対する援助を 行なっており,この援助が , 親移行に向けた夫婦間関係性への再構築につながったと考えられた。 キーワード:夫婦の関係性に働きかける援助,夫婦間の対話,熟練助産師のケア 立命館人間科学研究,No.29,35 47,2014. される「個としてのアイデンティティ」と,他者 Ⅰ.研究の背景と目的 の成長・自己実現への援助を通して形成される 「関 係性にもとづくアイデンティティ」の 2 つの軸が 筆者は,修士論文で,妊娠中に胎児の異常が 相互に関係しあって発達していくことを示してい わかった夫婦に対する助産師としての自己の援 る。父親アイデンティティは,パートナーや子供 助を振り,女性が子どもや親としての自分を受 に対して行われる親としての成長や,子の成長, け入れていく過程には,妊娠中や出産後に生じ 自己実現への関与・援助を通して形成される「関 た自分の感情や子どもに対する認識を,助産師 係性にもとづくアイデンティティ」であり,その に表出する場を継続して持つことが重要である 形成過程は,国内外の研究者等(Hofner et al. ことを明らかにした(小嶋 2001)。また,そこ 2011; 木越・泊 2006; Ramona 1990; Sevil & Özkan での父親の語りから,男性に対する援助は不十 2009)によって明らかにされ,父親としての自 分であり,親になることが困難な状況にあるこ 己像の形成を促進するケアについても,胎児画 とにも気づくことができた。 像や胎動触知という児の存在を実感する援助(小 岡本(1999)は,成人期のアイデンティティは, 積極的な自己実現の達成という方向性の中で形成 林 2002) ,出産準備教室受講(永森 2005)等の 効果が示されている。しかし,このアイデンティ 35 立命館人間科学研究 第29号 2014. 2 ティ形成には,援助者の認識や援助の在り方, 熟練の技として認識され(二川・永山 2005; 長谷 夫婦の関係性も影響を与えている。例えば May 川・村上 2005; 渡邊・恵三須 2010; 渡邊他 2010) , (2013)は,多くの父親が心理的・社会的孤立感 そこに内在する「暗黙知」を「形式知」へと転 や,自分のパートナーや子供との関係を形成す 換する試み(福島 2001)が行われてきた。筆者 ることが難しいと感じてしまう要因の一つに, はシンポジウムの男性の語りから,親になるプ 助産師が,父親へと移行している当事者という ロセスにおいても,助産院助産師による夫婦の より,母親のサポート者であるという認識を抱 関係性に対する熟練の援助があるのではないか き援助を行っていることを挙げている。また, と考えている。そこで本稿では,援助の受け手 同様の研究は,海外で蓄積されており,男性は, である女性や男性の語り,そして,そこに働き 「疎外感」や, 「とまどい」,「自分の能力の無さ」 かける助産院助産師の援助観や援助行動を分析 を感じながらも,周囲にはパートナーを支える し,夫婦間の関係性に働きかけた援助のパター 強い自分しか出すことができなくなってしまう ンを明らかにすることを目的とする。 (Buist et al. 2002; Hallgren 1999; Longworth & Kingdon 2011)。 Ⅱ.研究方法 さらに,妊娠によって,お互いのパートナー に生じた感情面での変化は簡単には話せない 1.研究デザイン (Cowan 2000=2007)ことも考えると,妊娠期か 質的記述的研究手法を用いた。この研究手法 ら夫婦の関係性を援助していくことは重要であ は,前提として,人はさまざまな社会的文脈で る。これまでの研究を概観してみると,その援 他者とかかわりを持ち,それらの経験をその人 助実践は,海外において,出産準備クラスとい の現実として語ることができるという立場にた う集団の中で行われている(Buist et al. 2002; つ。また,研究者が,語られた現実を抽象化し Diemer 1997; 堀口 2005; 岩田・森 2004) 。しかし, て記述することで,研究対象となっている現象 助産師としての自分の援助を振り返ってみても, を理解するための手法である。この研究手法は, 夫婦の関係性への援助は,出産準備教室という その現象が殆ど明らかにされていないときに適 一場面でのケアだけでなく,何より助産師が, していると言われている(グレッグ 2007)。今 妊婦健康診査や周産期の様々な場面において, 回明らかにしたいと考えていた現象については, 男性自身も親移行の当事者であると認識し,援 海外の資料しかなく,その援助実践も集団を対 助をしていくことも重要であると考えている。 象とした援助であったため,この手法を選択し 筆者は,シンポジウムにおいて,助産院で立会 た。本研究のデザインは,助産院という場での 出産を経験した男性が「自分は,助産院での出 妊婦健診や集団教室,出産の場への参加観察や 産を経験したから父親になれた。 」,「僕たちの子 インタビューを通して,熟練助産師による夫婦 どもだから出産に立ち会おうと思った。」という の関係性形成に向けた援助を明らかにすること 語りをする場面に出会った。この「僕たち,私 である。 たち」といった表現は夫婦の絆を表す言語シス テムに明確に表れる心理構造である(Reid et al. 2006)。これまでも,助産師教育・研究分野では, 2.研究参加への手続き 助産師には,助産院の場での熟練助産師の援 地域で開業する助産師による女性の主体的な出 助について明らかにするという本研究の主旨を 産体験に向けた援助,安全な出産に向けた技は, 説明し,研究参加の同意を得た。また,対象者 36 周産期における夫婦間関係性に働きかける援助(小嶋) に対しては,助産師から研究参加の意思を確認 表 1.研究参加者:助産師 して頂き,了承を得られた夫婦に対して,研究 助産師 者から助産院の場で夫婦や家族がどの様な体験 A 助産師 70 代 助産院の 2 代目の院長。出産 年齢 経験内容や理念 や認識を持つようになるのかを明らかにすると は家族のものであるという理 いう目的と方法について説明し,研究参加の同 念のもと援助を実践してい 意を得た。 る。 B 助産師 60 代 出産が女性や子供だけのもの 3.フィールドの説明 ではないことを理解してもら 2 か所の助産院で調査を行った。助産院(助 うことをねらいとして,助産 産所)は,助産師が公衆又は特定多数人のため 院で立会出産経験のある男性 その業務を行う場所である(医療法第 2 条)。院 をアドバイザーにして,男性 長である助産師と,その助産師のケアやお産に だけで気持ちを語る場を設け 対する考え,理念に賛同した助産師が勤務して ている。 いる。ケアは院長の理念をもとに展開され,話 し合いの中でケア目標が共有されている。今回, 研究参加を承諾された助産院は,ともに住宅街 の中にあり,助産院を示す看板が無ければ他の 民家と変わらない佇まいである。妊婦健康診査 を受けている部屋まで,新生児の泣き声が聞こ え,出産を終えた家族が新生児の沐浴を練習す る姿がみえる場でもある。 表 2.研究参加者:対象者 A 助産院 A 夫婦:夫 20 代前半 妻 20 代前半。 初めての出産 B 夫婦:夫 20 代前半 妻 20 代前半。 初めての出産 C 夫婦:夫 20 代後半 妻 20 代後半。 初めての出産 D 夫婦:夫 30 代半ば 妻 30 代前半。 3 回目の出産 4.研究参加者 インタビューを行った助産師は以下の 2 名で あるが,参与観察では,そこで勤務している助 産師のケアも分析している。対象者については, 第 1 回目,2 回目ともに調査期間中に 1 か月健 E 夫婦:夫 30 代前半 妻 30 代前半。 3 回目の出産 F 夫婦:妻 30 代前半のみ参加承諾。 2 回目の出産 B 助産院 G 夫婦:夫 20 代半ば 妻 20 代後半。 診まで終了することを条件とした。第 1 回目で 初めての出産 は,12 組に研究参加の意思を確認し,7 組の夫 H 夫婦: 夫 20 代後半 妻 20 代後半。 婦と 1 人の女性から承諾を得た。しかし,調査 初めての出産 期間中に総合病院への転院等により 2 組の夫婦 から研究辞退の連絡を受けた。第 2 回目では,3 組に依頼をし,2 組の夫婦から承諾を得た。 5.データ収集期間とデータ収集方法 第 1 回目:1999 年 9 月から 2000 年 9 月まで 第 2 回目:2009 年 8 月から 2010 年 3 月まで (1)分析対象データ ①出産を終えた夫婦がそれぞれの出産体験を記 述したノート計 30 冊。このノートは妊婦健康診 37 立命館人間科学研究 第29号 2014. 2 査(以下妊婦健診)を待つまでの間に,夫婦で 娩から,産後 1,2 か月までに 1 ∼ 3 回であった。 読まれている姿もあった。ノートには,女性が, 初回面接から,女性の場合は,30 分近く語るこ 自分の夫が助産院に来ることによって,出産に ともあったが,男性は出産を終えるまでは,そ ついて一緒に考えることができるようになった の時の自分の感情や認識の多くは語らなかった。 喜びや,自分たちが望む出産ができたことによ 出産後は妊娠中の自己体験を振り返り,助産師 る達成感が記されていた。また,男性も最初に から問いかけられることで,自分たちがやりた 抱いていた戸惑いから,自分の出産,子育てに い出産に向けて学習し,親を説得する行動をとっ 対する役割を考え,家族や職場との関係を調整 たことを 30 分かけて表出していた。インタビュー したこと,自分の気持ちや感情を助産師に受け 中はメモを取るだけにとどめ,終了後,妊婦健 止めてもらった喜びなどを記載していた。その 診での様子や言動,インタビューの内容につい プロセスで夫婦間葛藤を体験した際も,助産師 て文脈を思い出しながらノートに記述した。 からの助言でお互いの理解が深まったことが, 各自の言葉で綴られていた。これらのデータは, 参加観察の場の設定,および研究参加者へのイ 6.データ分析 1 回目の研究協力者のデータ(参加観察やイ ンタビューガイドを作成する際に反映させた。 ンタビュー,バースプラン,バースレビューの ②助産師へのインタビュー:2 か所の助産師に 紙から収集したデータ)を一次コーディング後, 対して,助産師として,何を大事に思い援助を サブカテゴリーを抽出した。次に,サブカテゴ 行っているか,出産や家族に対する認識および リーの類似性をもとにカテゴリーにまとめた。 実施した援助の意図,対象者の変化について 30 2005 年には,A 助産院助産師と,第 1 回目の研 分から 40 分のインタビューを行った。 究参加者のうち助産院の助産師を通して連絡を ③妊婦健診・出産準備教室・産後健診での参加 取り,了承が得られた夫婦 2 組,女性 1 人に対 観察と夫婦に対するインタビュー:研究協力者 して,結果を説明しながら補足することは無い の同意を得て参与観察とインタビューを行った。 か,納得のいくものであるか,当事者たちの認 そこでの目的は,夫婦の関係性への援助は,何 識や思いで新たなデータがないかを確認した。 がきっかけで行われるようになるのか,どちら 次に B 助産院での調査を通して新たなカテゴ からの相談なのか,助産師はどの様な方法で夫 リーの抽出があるかどうかを確認した。データ 婦の関係性への援助を行っているのかであった。 分析は,妥当性を高めるために,助産学・看護 B,C 夫婦および F 妻については,出産の場に 学分野の研究者にスーパーバイズを受けた。デー 立ち会えたが,助産院での出産は自然出産のた タの信頼性については,第 1 回目は再度インタ め,それ以外の夫婦については立ち会うことが ビューを通して,第 2 回目では了承を得られた できなかった。また,妊婦健診は 1 時間近く行 研究参加者に結果を文書で確認し,信頼性の確 われているため,妊婦健診後の対象者へのイン 保を行った。 タビューは,その時の場面で起こっていた援助 のきっかけとなった対象者の言動の意味や,気 7. 用語の定義 持ちについて聞くようにした。出産後,1 か月 本論文で使用する「夫婦の関係性」は,Pia S. 健診時には,夫婦に対して,これまでの経過を Schober(2012)の「夫婦(カップル)における ともに振り返りながら,確認していった。イン パートナーとの関係の中で生じる感覚や,感情 タビューの回数は,妊娠期に 2 回から 3 回,分 的な親密さ,お互いの話に耳を傾けること,そ 38 周産期における夫婦間関係性に働きかける援助(小嶋) して,その関係にいかに満足しているかといっ 対象者の語りについては,カテゴリーの特徴を た関係性の質も含む」用語である。 よく表していると思われるものを選び A 夫のよ 「男性性」とは男性としての自己認識を持ち, うに表記した。 男性に期待される性別役割を遂行することであ る。「男性性の程度」とは,助産院で出産する男 表 3.助産院助産師の夫婦の関係性に 性にも「男性は自分の感情を表には出してはい 働きかけた援助 けない」等の伝統的な男性規範を内在化してい る人から,ケア役割を担うことに対する抵抗が カテゴリー サブカテゴリー 【 夫 婦 間 葛 ・夫婦間葛藤に至った自分の行動 それ程ない人まで様々な男性がいることを表す 藤に至った に意識を向かせる 用語である。 要因への気 ・夫婦間葛藤の裏にある思い(自 づきを促す 分・相手)に気づくよう導く Ⅲ.倫理的配慮 援助】 ・夫婦間葛藤に至った理由を通訳 する 第 1 回目の調査は,立命館大学社会学研究科 【 夫 婦 間 の ・男性性に合わせた対応の仕方の 修士課程に在籍中に実施しており,倫理審査委 対話を促す 伝達 員会がなかったため,研究参加者である助産師 援助】 ・それぞれの夫婦の関係性に基づ とご夫婦に対して,口頭で研究の目的,参加の いた援助 自由意思,データの匿名性を説明し同意を得た。 ・夫婦間の対話を促進するコミュ 第 2 回目の調査は,第 1 回目の理論的サンプリ ニケーション方法の伝達 ングのため実施した。この調査は,日本赤十字 北海道看護大学の研究倫理審査委員会で承認 (No 352)を受けて実施した。また,研究参加者 には口頭,および書面にて研究の目的,参加の 【 新 た な ・互いのニーズに気づき折り合い パートナー をつけるよう促す シップを築 ・私達が可能な方法を見いだすよ く援助】 うな援助 自由意思,データの匿名性を説明し,同意書に 署名を得た。 1. 【夫婦間葛藤に至った要因への気づきを促す 援助】 Ⅳ.結果 このカテゴリーは,≪夫婦間葛藤に至った自 分の行動に意識を向かせる≫,≪夫婦間葛藤の 2 か所の助産院で得られたデータを分析した 裏にある思い(自分・相手)に気づくよう導く≫, 結果,夫婦の関係性に働きかけた援助として【夫 ≪夫婦間葛藤に至った理由を通訳する≫という 婦間葛藤に至った要因への気づきを促す援助】 3 つのサブカテゴリーで構成された。 【夫婦間の対話を促す援助】,【新たなパートナー シップを築く援助】の 3 つのカテゴリーと 8 つ ≪夫婦間葛藤に至った自分の行動に意識を のサブカテゴリー,25 コードが抽出された(表 向かせる≫援助とは,夫婦間葛藤の原因を 3 参照)。以下,文章中ではサブカテゴリーを≪ 相手だけに求めるのではなく,自分自身の ≫,そのカテゴリーを表している助産師, 行動を振り返ることで自分にも原因がある 対象者の語りは,「 」で記した。助産師につい ことに気づくよう導く援助のことである。 ては,A もしくは B 助産師,と表記した。また, 例えば,A 助産師は夫に対しての不満や葛 39 立命館人間科学研究 第29号 2014. 2 藤を話す女性に対して,思いを表出させた いろいろ変化するので,体調が悪くなるこ 後,以下のような言葉で,夫婦間葛藤に至っ ともあるんですよ。今までやっていた家事 た女性自身の行動に意識をむかせていた。 もできない日もあるんです。だけどね,(お (女性に対して),「なんで,これもしてくれ 父さんに)お願いしたいのは,家に帰った ないの,あれもしてくれないの?って相手 ときに,掃除してなくて散らかってたとき を責めてばかりいたら,相手は向こうをむ にでも,「なんで,掃除ぐらいできないの いてしまうよ。」と伝えている(A 助産師)。 か。」って怒るんじゃなくて,一呼吸おいて 「どうしたんだ。今日は辛かったのか?」っ ≪夫婦間葛藤の裏にある思い(自分・相手) て聞いてほしいんです。そういう言葉をか に気づくよう導く≫援助とは,その行動に けてもらうことが女性はうれしいんです」 至った自分の思いを引き起こした要因につ と保健指導を行う。 いて振り返る援助のことである。助産師は, 「男性自身は経験できないでしょう?お産や 対象に応じて最初の出産体験の振り返りも 子育てについて,男性が自分の言葉で語れ 妊婦健診の場で行っていた。この援助によ るようになるのは,同じ立場の男性と話す り,自分の行動の原因となっていた自分の 機会と場を持つことですね。そこで自分の 気持ちにも気づくようになっていた。 気持ちに気づいたりできる。」 F 妻は,妊婦健診で助産師から出産体験の 振り返りを促される中で,相手を責めてい たのは,第 1 子の出産体験の辛さを夫にわ このカテゴリーは,≪男性性の程度合わせた かってほしいという思いが満たされなかっ 対応の仕方の伝達≫,≪それぞれの夫婦の関係 たことがあったこと,そしてそれを夫にも 性に基づいた援助≫,≪夫婦間の対話を促進す わかってほしいという気持ちがあったから るコミュニケーション方法の伝達≫という 3 つ だということを振り返っていた。 のサブカテゴリーで構成された。 ≪夫婦間葛藤に至った理由を通訳する≫援 ≪男性性の程度に合わせた対応の仕方の伝 助は,女性の心身の変化に共感しにくい男 達≫という援助は,妻に対して,それぞれ 性に対して,できなくなる行動をわかりや の夫の男性性に応じて,葛藤にならないよ すく説明し,職場の上下関係の中で,なか うに対応を示し,対話を促す援助のことで なか立会出産を言い出せない男性の心情を ある。A 助産師は,相手の男性性をアセス 女性に説明するという援助のことである。 メントし,これまでの経験から,どの様に 例えば,出産準備教育場面で,A 助産師は, 対応したら良いか助言をしていた。 男性に対して妊娠という女性の心身の変化 「人前で,手をつなぐことができない男性は, が原因で夫婦間葛藤に至る理由を男性にも (お産に立ち会うとか)急に変化を求めると, わかりやく通訳していた。また B 助産師は, 倒れちゃうから,ゆっくり,ゆっくりとい 立会出産や,自分の気持ち等,男性同士だ うペースで最終的に気づいたらお産に立ち から話せることもあることを女性たちに説 会っていたぐらいにしたほうがいいよ。と 明していた。 伝えました。」A 助産師 「(A 助産師)妊娠するということは,体が 40 2. 【夫婦間の対話を促す援助】 周産期における夫婦間関係性に働きかける援助(小嶋) ≪それぞれの夫婦の関係性に基づいた援助 れてありがとうと伝えたらと言いました。」 ≫とは,父母連合(父親と母親の親密さ) の程度(鈴木 2010)や,対等な話し合いが 3. 【新たなパートナーシップを築く援助】 できる機会や関係が形成されているかどう このカテゴリーは,≪互いのニーズに気づき か等,助産師がその夫婦の関係性をアセス 折り合いをつけるよう促す≫≪私達が可能な方 メントした結果をもとに行っていた個別的 法を見いだすような援助≫という 2 つのサブカ な援助のことであった。助産師達は,それ テゴリーから構成された。そして,この援助は, ぞれの夫婦に合わせて,援助の程度も変え バースプランにそれぞれの役割やニーズを話し ていた。 合い書いていくという行為によっても促進され ていた。また,この援助では,夫婦が双方の両 「あのご夫婦は,いつも手をつないで助産院 親の意見に左右さたり,理想の父親・母親像を に来ていたし,なかなかお産にならないこ 相手に求めるのではなく,今,そこにいるパー とにイライラしていたから,二人で手をつ トナーとともに関係を築く援助でもあった。 ないで,夕日でも見ておいでと伝えたんで す。そうしたら落ち着いたみたいで,二人 ≪互いのニーズに気づき折り合いをつける とも(生まれる日)をまとうと思われたみ よう促す≫とは,夫婦間の対話を通して, たいですね。」A 助産師 双方のニーズを共通認識したうえで,どの 「(別のカップルについて)あの二人は,学 ようにしたら自分たちのニーズに合うのか, 生のころからお互いのことをよく知ってい 夫婦が納得できるように導く援助のことで るし,二人でいろいろと話し合われている ある。これには,夫婦間の折り合いだけで みたいなので,(介入しなくても)大丈夫か なく,双方の両親との間で折り合いをつけ と。」B 助産師 ていくための援助も含んでいる。例えば, B 助産師は,個人や集団を対象とした保健 ≪夫婦間の対話を促進するコミュニケー 指導の中で,以下のようなメッセージを伝 ション方法の伝達≫とは,夫婦双方に,葛 えていた。また,分娩が進行しているとき 藤に至らないようなコミュニケーションの にも夫婦のニーズを踏まえた援助を瞬時に 方法を伝えて対話を促進する援助のことで 行っていた。 ある。 A 助産師は,出産準備教室の場面や妊婦健診 の場を利用し,男性や女性に対して共感的コ バースプランについて(カップルに対して) 「私の父親はこうだったとか,誰かれの旦那 ミュニケーションの方法を説明していた。 さんはこうだとか,そういうことではなく A 助産師 て,二人でどうしていったらいいか,考え (男性に対して) 「(部屋が散らかっていても) ていくことが必要だと思います。私はお産 「なんで片付けしてないんだ」と怒るんじゃ をするときには,まず夫婦の結びつきが一 なくて,まず「どうしたんだ,つらかった 番大切だと思っています。」B 助産師 のか?」と聞いてほしいですね。」 (女性に対して)「(相手に対して)何でして 「入院時に,夫の両親が来ていた時に,(助 くれないのではなくて,まず○○をしてく 産師が G 妻に)素早く,(お産に立ち会っ 41 立命館人間科学研究 第29号 2014. 2 てほしいか,欲しくないかを聞いてくれて, に意識を向かせる≫,≪夫婦間葛藤の裏にある 欲しくないという思いを伝えたら,それを 思い(自分・相手)に気づくよう導く≫という 生むために必要なこととして,夫の両親に 援助を行っていた。これは,夫婦間葛藤に至っ 伝えてくれた。」(G 妻:1 か月健診後) た要因を,相手だけに原因があるのではなく, 自分自身の行動にも原因があるという「認知」 ≪私達が可能な方法を見いだすように支援 を変える援助でもあった。諸井(2003)も,夫 する≫とは,互いのニーズに対して折り合 婦が直面する種々の出来事を,どのように認知 いをつけた中で,自分たちはどうしたいの するかが,夫婦間のコミュニケーションを円滑 かを見いだせるように支援することである。 に行う鍵であるとしている。 例えば A 助産師から,様々な場面で投げか また, (Lewis et al. 2003=2006)も関係性の修 けられていた言葉をきっかけに,男性は, 復の援助として,認知的再構成という方法を紹 自分たちが可能な方法を見出してきたプロ 介している。これは,対象者が,自分の認知が セスを以下のように語った。 感情にどう影響し,ストレス反応をどう促進す るかを理解できるようにすること,そして,自 「ずっと,A 助産師から,あなたはどうした 分自身の思考スタイルを検討し,思考の再構成 いの? お父さんになるんでしょって言わ を行うことを援助する過程である。今回の助産 れて,それで自分でも勉強するようになっ 師が行っていた援助は,対象者の認知的再構成 て。助産院で大丈夫かって,自分の親から を促す働きがあり,行動の変容につながったの は色々言われたから。僕もお産のことにつ ではないかと考える。さらに,≪夫婦間葛藤に いては勉強して,親に説明できるようにし 至った理由を通訳する≫では,妊娠・出産の場 ました。そして,二人で話し合って,自分 面では,共感的役割遂行(高木・森川 2010)が の親に伝えました「僕たちは,助産院で産 スムーズに遂行されない場合があるということも むことに決めたから」と。(C 夫:1 か月健 明らかになった。 また, Belsky & John(1994=1995) 診後) は,夫婦間の葛藤を解決する際に,カップルが 破壊的なけんかを行う場合,議論しても望むも V.考察 のがほとんど得られず,喧嘩を繰りかえす結果 になったことを指摘しているが,今回の調査で 今回の研究では,助産院助産師の夫婦の関係 も同様の現象が見られた。当初,夫に対して「な 性に働きかける援助として,【夫婦間葛藤に至っ んであれもしてくれないの,これもしてくれな た要因への気づきを促す援助】【夫婦間の対話を いの?」という破滅的なけんかを行っていた妊 促す援助】 ,【新たなパートナーシップを築く援 婦に対して,助産師が自分の行為について振り 助】の 3 つのカテゴリーが抽出された。それぞ 返るよう促すことで,その裏にある思いや感情 れのカテゴリーについて検討を行ったうえで助 に気づき,【夫婦間の対話】が促されていくよう 産師の援助について考察をしていく。 なコミュニケーションスタイルへと変更して いった。堀口(2005)は米国で実施されている 1.【夫婦間葛藤に至った要因への気づきを促す 援助】について 助産師は,≪夫婦間葛藤に至った自分の行動 42 集団教育として妊娠期のペアレンティング教育 プログラムに注目し,夫婦の親移行を促進する 予防的プログラムであると評価している。そこ 周産期における夫婦間関係性に働きかける援助(小嶋) では, 「配偶者の満足や不満を引き起こす双方の に進まないことが生じる。助産院の助産師は, 役割期待」を学ぶことが行われており,今回の 個々のカップルに対して,男性の状況や関係性 ≪夫婦間葛藤に至った理由を通訳する≫援助に を見極めながら援助を実践しており,男性特有 類似する援助でもあった。 の悩みに対して有効だといわれているピアサ ポ ー ト も 活 用 す る こ と で(Trent, W. M 2007; 2.【夫婦間の対話を促す援助】について 助産院では,≪男性性に合わせた対応の仕方 Roy & Dyson 2010) ,夫婦間の対話を促進して いたのではないかと考える。 の伝達≫,≪それぞれの夫婦の関係性に基づい た援助≫,≪夫婦間の対話を促進するコミュニ 3.【新たなパートナーシップを築く援助】では, ケーション方法の伝達≫が行われていたが,堀 ≪互いのニーズに気づき折り合いをつけるよう 口(2005)の示すプログラムでは,集団を対象 促す≫,≪私達が可能な方法を見いだすような とした教育であったため,≪夫婦間の対話を促 援助≫が行われていた。 進するコミュニケーション方法の伝達≫に相当 Belsky & John(1994=1995) ; Brad & Christine する援助のみが行われていた。しかし,Cowan (2003)は, 「私たち」という 1 対(ペア)の視 (2000=2007)は,お互いのパートナーに生じた 点からみた,役割アイデンティティの形成が, 感情面での変化は,簡単には話せないこと,特に, カップルとして,また親へと移行する際に求め 夫はどのような心配事でも,妻よりも話たがら られると指摘している。Reid et al. (2006)も,カッ ないという傾向があることを指摘している。集 プルが自分たちについて話す時に「われわれ」 団を対象としたプログラムでは,それぞれの夫 や「私たち」として語られる「われわれ意識」 婦の関係性を男性自身が本音を話せないことも という感覚は,夫婦の絆を形成する言語システ 予想されるため,集団を対象とした援助(Buist ムに明確に表れる心理構造であることを明らか et al. 2002; Diemer 1997; 堀口 2005)と,それぞ にした。また,「私たちらしさ」という感覚を, れの夫婦に対して,≪男性性に合わせた対応の 各パートナーが相手との関係において確立する 仕方の伝達≫,≪それぞれの夫婦の関係性に基 同一性(カップルアイデンティティ)と定義し, づいた援助≫を組み合わせることが有効ではな 3 つの構成要素として,『他者との関係において いかと考える。 みられる「自己」のありかたを相互作用的に考 Hofner et al.(2011)は,父親としてのアイデ えてみること』,『感情移入によって,他者の視 ンティティを形成する際に,その男性の男性性 点を取り入れること』,そして,これらを行うこ の程度によっては,これまで所属していた男性 とによって,『パートナー同士が互いに相手の考 社会から離れることへの不安,女性中心の子育 えをどのように理解しているかを精神的又は感 て環境の中で,自分だけが特別と思われること 情的に把握する』というプロセスを提示した。 への孤独,家族のニーズに応えなければならな しかし,個人の内部における役割間の葛藤や他 いという思いを感じていることを明らかにした。 者役割との葛藤を体験している当事者同士で, このように,男性性が強い場合,感情や悩みを この葛藤の解決をすることが難しい場合もある 言い出せないことも多い。女性が「父親になる (Cowan 2000=2007; Glaser & Strauss 1971; こと」を強く求めた場合には,男性の中の男性 Sheldon 1968; 1987) 。その場合には,助産師な 性の崩壊と戦わなければならず(Hofner et al. どの援助者が,その葛藤を解消し,役割移行を 2011),今回のケースのように,対話がスムーズ 促 進 す る 働 き を も つ と 考 え ら れ る(Glaser & 43 立命館人間科学研究 第29号 2014. 2 Strauss 1971) 。 明らかになった。初めての妊娠・出産を体験す 今回調査を行った助産師の【新たなパートナー るカップルと,2 回目,3 回目の妊娠・出産を体 シップを築く援助】は,何より,助産師自身が, 験するカップルではニーズの違いも研究では明 男性を親へと移行する当事者として認識したこ らかになっているため,今後は,その対象属性 とによって提供されていた援助だった(May に応じた調査を行うことで,それぞれのニーズ 2013)。そしてその援助は,「関係性にもとづく に応じた援助を構築することが求められると考 アイデンティティ」形成に向けた援助ともいえ える。 るのではないだろうか。 また,達人と呼ばれる援助者の極めて優れた Ⅶ.結論 一つの特徴は,患者の予後に思いをめぐらせて 発生する可能性のある問題を予測し,それに対 2 か所の助産院で得られたデータを分析した してどの様に対処するかを考えることに,かな 結果,夫婦の関係性に働きかけた援助として【夫 りの時間を費やし「先の見通し」を立てること 婦間葛藤に至った要因への気づきを促す援助】 である(Benner 2001=2010)。今回の研究に協 【夫婦間の対話を促す援助】,【新たなパートナー 力した助産師達は,妊娠・出産を医学的な問題 シップを築く援助】の 3 つのカテゴリーが抽出 だけでなく,夫婦や家族の関係性が変化する時 された。これらの援助は夫婦間葛藤に至った要 期であり,親への移行を支援するには,その関 因を相手だけに原因があるのではなく自分自身 係性を考慮した援助が必要であるという共通認 の行動にも原因があるという認知を再構成する 識を持っていた。また,男性性の多様性や,夫 援助,米国で実施されている夫婦の親移行を促 婦の関係性の違いといった質的な差異の識別を 進する予防的プログラムの内容と類似した援助 行い,それぞれの対象に応じた援助をおこなっ 実践が行われていた。また,この一連の援助は, ていた。また, 「人前で手をつなげない男性」と 男性性の多様性や,夫婦の関係性の質的な差異 いったシンボルは,これまでの経験から親役割 に応じた援助もおこなっており,これは Benner 移行が難しくなると予測できたことで,長期的 (2001=2010)が定義する達人と呼ばれるレベル に援助するという個別性に応じた援助が実践さ の援助であった。 れていた。以上のことを踏まえると,妊娠出産 期における夫婦の関係性の形成に向けた援助は, 謝辞 集団教育といった場だけではなく,妊婦健診や 出産から退院までの様々な場面の中で,カップ 第 2 回目の調査は,平成 21 年度科学研究費補 ルとしての関係性をアセスメントしながら提供 助金(基盤研究 C)課題番号 21592807「妊娠・ されていくことが望まれると考える。 出産における男性の当事者化過程」によって実 施した。 Ⅵ.本研究の限界 本研究の一部は,小嶋理恵子,「妊娠・出産に おける男性の親への移行過程」として,第 37 回 今回の調査は 2 か所の助産院とそこで研究参 日本保健医療社会学会学術集会,および 25th 加を同意されたカップルや家族に限定されてい Conference of the European Health Psychology るが,これまで,日本において蓄積されてこな Society(ヨーロッパ健康心理学会カンファレン かった助産師の夫婦の関係性についての援助が ス)で発表した。 44 周産期における夫婦間関係性に働きかける援助(小嶋) 質的記述的研究.グレッグ美鈴・麻原きよみ・横 引用文献 山美江(編)よくわかる質的研究の進め方・まと Belsky, J.and John, K.(1994) め方 . 医歯薬出版社,54―71. 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The present qualitative study aimed to clarify the practice of support services provided by midwives at birthing centers that are tailored to assist marital relationships of couples during the perinatal period. Data regarding the support for marital relationships provided by midwives were collected through participant observations and interviews at two birthing centers from 1999 through 2010. The interviewees consisted of two midwives(each from each center) , and seven married couples and one woman who received prenatal and perinatal care there. Interviews were conducted two to three times during the gestation period and one to three times from the period immediately following childbirth to one or two months postpartum. The acquired data were then analyzed by the author with a qualitative descriptive method and they received supervision from midwifery/maternity nursing scholars and a member check from research collaborators. The following three categories were derived as the support services for marital relationships during the perinatal period provided by the midwives at the birthing centers: promotion of the realization of factors that led to marital conflicts, promotion of dialogue between husband and wife and assistance in building a new partnership. Furthermore, the midwives provided expert care that took account of even the diversity in muscularity and qualitative differences in marital relationships in various situations ranging from prenatal checkups to discharge from the centers. These findings led us to conclude that the series of support services provided by midwives was assisting in the formation of role identities based on the couple s point of view, thereby assisting married couples in rebuilding their relationships to facilitate a smooth transition to parenthood. Key Words : support for marital relationships, dialogue between husband and wife, expert midwifery care , , , 47