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うつ病の薬物療法 ―日本うつ病学会治療ガイドラインを中心に―
病薬アワー 2013 年 7 月 1 日放送 企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会 協 賛:MSD 株式会社 うつ病の薬物療法 ―日本うつ病学会治療ガイドラインを中心に― 防衛医科大学校病院 病院長 野村 総一郎 ●日本うつ病学会治療ガイドライン● どの病気についても標準的な治療を示したガイドラインが必要なことは言うまでもあり ませんが、こと精神疾患に関しては、患者さんごとの個別性が非常に大きいことから、治 療指針を一般論として定めることが難しいと考えられてきました。このことから、精神科 ではともすれば一貫性の乏しい経験論的な治療法が長く行われてきましたが、最近になっ て、臨床治験のデータ蓄積が進み、統計学的な解析も盛んとなり、証拠に基づく医療、EBM の方法を駆使したガイドラインがつくられるようになってきました。今回は、日本うつ病 学会が2012年に策定した最新のうつ病治療ガイドラインについて述べたいと思います。 このガイドラインは日本うつ病学会のホームページに掲載され、どなたでも利用するこ とができますので、詳細はこれをじっくりと読んでいただきたいと思いますが、今日はそ のポイントだけをかいつまんで紹介いたします。 ●治療前の二つのポイント● まず、治療の前に治療計画を立てることが大事です。それは目の前にいる患者さん一人 一人の個別情報をきちんと把握することに他なりません。どのような項目をチェックすべ きかは、「把握すべき情報のリスト」としてガイドラインに掲げてありますので、参照して ください。簡単に言えば、身体所見、神経学的所見、既往歴、家族歴、うつになった誘因、 生活背景、生活歴、性格傾向などですが、これらを一挙に聞くというのではなく、あくま で自然な診察の流れを重視します。情報リストには「治療者と患者関係の形成を考えつつ 確認する」という一文があえて入れられています。これは、まるで検事が犯人を取り調べ る時のように追及していく調子ではなく、患者さんがどう感じ、何が気がかりなのかを聞 き取る作業であるべきということであり、「それはよくわかる」 「無理もない」「つらかった でしょう」などの言葉を必要に応じて入れていくことに他なりません。 もう一つ大事なのは、「器質的な疾患を見逃さない」ということです。このためにはたと えば、患者さんの言葉のなかから、言い間違いや同じ話の繰り返し、くどさなどに注目す ることもコツかと思われます。また、うつ病のなかには双極性障害、つまり躁うつ病が混 じっている可能性にも留意する必要があります。双極性とうつ病とは治療法や対応法が異 なるので、鑑別は重要です。そのポイントは、一言でいえばうつの正反対の躁状態の既往 があるかどうかを見出すことにつきますが、その他の鑑別点も表にまとめられていますの で参考にしてください。 ●薬物治療のポイント● さて、ここで薬物療法、特に抗うつ薬の使用法を簡単に述べることにします。うつ病急 性期には、まず治療開始前に薬についてのていねいな説明をし、抗うつ薬を低用量から開 始、有害作用に注意しつつすみやかに増量、十分な最終投与量を投与、3週間位の十分期 間効果判定を待つ、ということです。寛解維持期には、十分な継続療法・維持療法を行い、 薬物療法の終結を急ぎすぎないこと、などとなります。 臨床家としての関心事は、第一選択薬は何かという点でしょうが、SSRI、SNRI、ミルタザ ピンなどいわゆる新規抗うつ薬の間での有効率についての優劣はほとんど無いと考えてよ いでしょう。つまり数字的には、どれを用いてもだいたい同じくらい効く、ということに なります。ただ、旧来の三環系抗うつ薬、たとえばイミプラミンとか、アミトリプチリン などですが、これらについては効果において新規抗うつ薬に大きく勝るというデータは出 ていないうえに、抗コリン作用や心循環系への有害作用があり、その点ではリスクが高く、 第一選択にはなりにくいと言えるでしょう。ただ、SSRIやSNRIにも副作用が無いわけではな く、特に若い人に用いた場合、いらつき、不安増大、パニック発作、敵意、攻撃性や衝動 性の亢進などのいわゆるアクティベーション症状が出てくることがあり、特に注意が必要 です。このような症状が出る場合、それはその患者さんにその薬が合っていないわけで、 他剤への変更を行ったほうがよいと考えられます。また特にSSRIの場合、急激に投与を中止 すると抑うつの揺り戻しや不安の増大が出ることがあり、中止はゆっくりと行うことが必 要です。 以上のような点をふまえて、うつ病学会のガイドラインでは第一選択薬がどれと明記す ることはあえて避け、患者さんの臨床特性を考えて決定すべきことを示唆しています。 次に、最初に用いた抗うつ薬の効果が十分でない場合にどうするかを述べます。抗うつ 薬の初回投与の有効率は40%位と言われ、無効な場合にどう手を打つかが非常に重要とな るわけです。これは、まず有害事象に注意しつつ、抗うつ薬の増量を行うこと、4週間効 果がなければ薬物を変更すること、一部改善に留まって十分な寛解が得られなければ、抗 うつ薬以外の薬物、たとえば感情調整薬の併用を行う、という順で行います。やや例外的 ですが、エビデンスのある組み合わせに限り、抗うつ薬の2剤併用も選択肢としてありえ ます。ただ、抗うつ薬は原則1剤の使用に留めるのが基本であることは間違いなく、抗う つ薬同士3~4種類を併用することは有効性を裏付けるエビデンスも無く、むしろ副作用 が確実に増えるのみなので、行うべきではないと言ってよいでしょう。 ●重症度別治療のポイント● 次にうつ病の重症度に応じた治療法の違いについて述べます。まず、軽症うつ病の治療 です。この部分が国際的にもかなり変化が見られ、従来のガイドラインと最も変わった部 分といえるかもしれません。つまり、従来は軽症と中等症の治療法は同じ括りで扱われて いたのですが、今回は「軽症」だけを切り離して別扱いとなっています。これは軽症の場 合、機械的に抗うつ薬を第一選択とせず、心理療法を優先とするガイドラインが国際的に も多くなってきたためです。ただ、エビデンスレベルでいえば、軽症への抗うつ薬の有効 性については意見が分かれています。つまり、軽症であっても抗うつ薬は有効とする所見 と、軽症では抗うつ薬を投与してもプラセボと同じくらいの効果しか得られないとするデ ータの両方があります。そこでうつ病学会のガイドラインでは、軽症うつ病の治療で抗う つ薬を使うかどうかの判断は臨床医にゆだねるものの、「支持的な精神療法を行うこともな しに、安易に薬物療法を行うことを慎むこと」とまとめられています。 これに対して、うつ病の重症度が高くなると、薬物療法の有効性があらゆるデータから 明確に示されています。ただ、それでも先に述べたような抗うつ薬の工夫を行っても30% くらいのケースでは効果がほとんど見られない現状があります。その場合には通電療法な どの特殊な治療や、専門家による特殊な精神療法を必要とします。 ●ガイドラインの全体を把握し個別症例に対応することが重要● 最後にまとめます。日本うつ病学会では、ガイドラインの一部だけをつまみ食いするよ うに読んで、それをマニュアルのように使うことを推奨していません。治療薬の治療手順 をフローチャートのような形式で示したアルゴリズムというのが一般的によく見られます が、このようなスタイルをあえて作成しなかったのもこのためです。あくまでガイドライ ン全体を読み込んで、学習したうえで用いることが大切と考えます。このことを再度強調 したいと思いますが、その一方では「ガイドライン以外の方法を一切認めない」というこ とではなく、ガイドラインが臨床医の個別判断を縛るものでもありません。むしろ個々の 医師のうつ病治療が経験論により肉付けされ、臨床現場でのより的確な治療へとさらに発 展するためのガイドという位置付けであることを強調して終わりたいと思います。