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見る/開く - ROSEリポジトリいばらき

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見る/開く - ROSEリポジトリいばらき
ROSEリポジトリいばらき (茨城大学学術情報リポジトリ)
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大学における外国語教育--Communicative approachに言語
学的視点を加えて
大久保, 伸子
茨城大学教養部紀要(24): 259-277
1992-03-25
http://hdl.handle.net/10109/4619
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します。引用、転載、複製等される場合は、著作権法を遵守してください。
お問合せ先
茨城大学学術企画部学術情報課(図書館) 情報支援係
http://www.lib.ibaraki.ac.jp/toiawase/toiawase.html
大学における外国語教育
一Communicative approachに言語学的視点を加えて一
大久保 伸 子
1. はじめに
大学の教師は研究者の側面と教育者の側面とを持っている。しかし,その研究内容に関しては論
文などで知ることができても,教育内容に関してはなかなか知る機会がない。授業を少しでも実り
あるものにしていこうという試みは各人各様に行っていると思うが,それが公開されずに,一教師
の創意工夫にとどまっているというのが現状であろう。研究と教育は別のものであり,特に初級の
語学の授業で自らの研究成果をそのまま提示するということは現実的でない。しかし,研究の成果
が全く教育に反映されないような状態は不健全であり,逆に教育の過程において研究への刺激にな
るものが全く得られないというような状態は,学生にとっても教師にとっても好ましいことではな
いだろう。大学における外国語教育というものは,学生に語学力をつけるということだけでなく,
このような特別な要請を満たさない限り健全なものとならない,という難しい問題を抱えている。
本稿ではこのような要請を満たしつつ,普通の大学の第二外国語の授業という枠の中で,実際にど
の程度のことができるかという具体例を,初級フランス語の授業を例にとって示していきたいと思
う。
なぜ初級の授業を例にとるかというと,それは外国語学習の場合,初級でどのような学び方をし
たかということが,その後の学習の成否を握っているからである。例えば,初め悪い発音の癖をつ
けてしまうと,それを修正するのには習得した時の何倍もの努力を必要とする。初級の授業を受け
持つ教師の責任は大きいと言えるだろう。私が初級の授業を行う際に基本方針としていることはこ
つある。一つは新しい教授法1)(Approche communicative, Communicative Approach,以下ACと
略す)を使って時代の要請に合った「聞く・話す」を重視した実際的な語学力をつけるということ
であり,もう一つは文法の説明や練習問題の内容に言語学的な視点をとり入れて,自分の専門性を
外国語の授業の中に有機的につなげるということである。
2.訳読偏重の授業からACへ
2.1.ここ20年来の外国語の教授法の変化はめざましいものがあり,新しい教授法に関する論文が
数多く書かれている一方で,その変化がどういうものなのかということが,一般の人はもとより,
当の語学担当教師にさえあまり知られていないという現実がある。多くの人が自分がやってきた学
260 茨城大学教養部紀要(第24号)
習法(辞書を丹念に引き,単語を覚え,文法を覚える)が全てであり,他にやりようがあるとは
思っていない。勿論,新しい教授法は努力なしに語学力がつく,といった魔法ではないし,そこで
行われていることは語学の堪能な人が昔から無意識に行ってきた学習法を顕在化し,体系化したも
のであるとも言えるだろう。そのことが,新しい教授法による教科書が続々と出ているにもかかわ
らず,その変化に気がつきにくいということの背景になっているかもしれない。
伝統的教授法が文字中心の読み書き習得に偏りすぎていたということは,多くの人が感じている
ことだろう。語学習得の初めの段階において「聞く・話す」という,音から入る教授法の有効性は
強調してもしすぎることはない。耳慣れない音を聞き取り,繰り返すということは集中力を要し,
時間もかかるが,そのかわり一度覚えた文は何年経ってもふしぎに忘れないものである。発音の正
確さ,自然さに関して優れているのは言うまでもない。しかし,音から入る教授法が優れているこ
とが分かっていても,それが実際の大学の第二外国語の授業で使えるようなものでなければどうし
ようもない。つまり,90分授業で週2回という条件でそれなりの効果があがらないといけないので
ある。私自身伝統的な文法訳読方式の授業を長く続けてきたが,それはその当時の新しい教授法
(M6thode audiovisuelle)がこの条件では使えないと判断したからであった2)。しかし,その後に
出てきたACはこの条件下でそれなりに実践可能な教授法であり,この教授法に基づいた,優れた
教科書も日本で次々と出てきた。ここ数年来「聞く・話す」を重視した教授法を試みるようになっ
たのは,このような新しい教授法の登場がその契機の一つになっている。
2.2.もう一つの契機は,学生の語学学習に対する要求の急速な変化である。担当している初級ク
ラスの学生にアンケート3)をとって,中学,高校時代の語学教育に対する不満を聞くと「受験の為
だけの勉強で生きた英語の勉強ではなかった」という意見が52%で大半を占める(54例中28)。それ
では,フランス語を履修してどのような力をつけたいかという質問をすると,それに対する上位三
位の回答(自由回答)は次のようである。
日常会話ができる 57.4%(54例中31)
辞書を引いて簡単なものが読める 22.2%(54例中12)
映画・シャンソンを楽しめる 9.2%(54例中 5)
学生の意向が「聞く・話す」指向に変化していることが窺える。この傾向は「第4回フランス語教
育に関する調査集計報告書」(日本フランス語フランス文学会,1991年)においても確かめられる。
この報告書では同じ質問(複数回答)を教師と学生と両方に行っているが,そこには教師と学生の
間の意識のずれが現れていて興味深い。
日常会話ができる 学生53.9% 教師38.4%
フランス語でのコミュニケーション 学生37.0% 教師12.0%
映画・シャンソンを楽しめる 学生23.7% 教師 3.7%
手紙や簡単な文章が書ける 学生20.7% 教師 7.7%
簡単なものが読める 学生27.6% 教師62.1%
新聞・雑誌が読める 学生16.5% 教師 7.7%
文学作品が読める 学生 8.8% 教師 5.5%
専門書が読める 学生 7.6% 教師27.7%
(サンプル数:学生7463, 教師800)
大久保:大学における外国語教育一Communicative apProachに言語学的視点を加えて一 261
教師としては不安になるような著しい会話指向であるが,これはある意味で従来の訳読偏重の授業
に対する反動とも考えられる。この点に関しては,教師が学生の「聞く・話す」指向を満たしつ
つ,読み書き能力の大切さをも示し,バランスのとれた語学力を身につけさせていく必要があるだ
ろう。
3.授業の実際
3.1.授業形態と目標: 対象学生は今まで一度もフランス語を学んだことがない初心者であり,
学部,専攻は様々な混合クラスである。1クラス20人位が理想であるが,30人位までは何とかAC
方式の有効性を生かしながらやっていかれるようである。この人数を超えると個々の学生の発音を
直したり,宿題のテープもチェックすることができなくなる。週2回4)の90分授業で1年間で達成
すべき目標は,聞く,話す力としては簡単な日常会話ができる程度,読み書き能力としては,辞書
を引いて簡単な文を読める程度である。つまり,教師がいなくても自立してやっていかれる能力を
身に着けるということである。教授法としてはACを骨格として,そこにアルファベヅトから接続
法までという従来通りの文法項目を組み入れていく。教科書は水林「モンパルナス大通り106番地」
を使用しているが,それはこの教科書がACに基づいているということだけでなく,話し言葉と書
き言葉とのバランス,録音されたフランス語の美しさなどの点でかなり満足できるレベルのものだ
からである。但し,文法部分はかなり使いづらいので,今年から自分で作り替え,機能項目の練習
問題と仏作文を補充したものと共に学生にコピーして渡した。
3.2.第一時間目一授業のやり方の紹介: 授業の第一時問目ではまずはじめに授業のやりかた
を説明する。
〈Je m’appelle Nobuko OKUBO. Et vous?〉と私が言い,前の方に居る学生にフランス語で返答
を求める。フランス語を習っていないので,困ってしまって何も答えない学生も居るが,何人かあ
てていくうちに〈Je m’appelle Taro SUZUKI.〉と答える学生もでてくる。ただ単にくTaro
SUZUKI.〉と,自分の名前を言うだけであっても構わない。要は,教師が自己紹介していて,自分
も同じことを求められているということが分かれば良いのである。同じ質問を数人にしていく。こ
の間,声が小さい場合には〈Pardon?〉と聞く。これで名前の言い方と聞き返す時の言い方が分かる
訳である。次に〈J’habite a Toride.Et vous?〉と聞くと,今度は〈J’habite a Mito.〉と比較的簡単
に答えられるようになる。そこで二人一組で前に出てこさせて,名前と住んでいる場所を言う簡単
な自己紹介の会話をクラス全員にさせる。第一時間目の授業はこの自己紹介で大体終わりになる。
授業はこのように聞く,話すということを重視していくが,そのやりかたに納得いかない学生はも
う一つのクラスに移ってほしいと頼む。この段階で疑問を感じて他のクラスに移る学生は殆どいな
いが,年に二回行うアンケート調査によると,このような方法に納得していない学生が毎年一人か
二人はいるようである。翌週には自己紹介をもう一度させるので覚えてくるように,という宿題を
出す。その時,自己紹介の文を黒板に発音記号5)で書くことにしている。そうでないと学生はあわ
てて片仮名でノートに「ジュマペル…」と書いて日本式発音で覚えてくるからである。
この第一時間目の授業の作業目的は二つある。一つは,学習したことしか分かろうとしないとい
262 茨城大学教養部紀要(第24号)
う学生の固定観念を破ることである。言語習得の過程では,言語的に知っていることは僅かであ
り,具体的な状況や一般的知識で補いながら,話されている内容を理解するということが多い。そ
の実際の言語状況に少しでも近づけるということである。何もフランス語を勉強していない第一時
問目で,名前と住んでいる場所が言えるようになったという経験は,学生にとっても貴重なものの
ようだ。
もう一つの目的は耳で聞き取り,口に出すという作業を実感させることである。語学学習の基本
であるこの作業を,残念ながら殆どの学生は体験してきていない。これがいかに集中力を要するか
(学生にとっても,教師にとっても)ということは体験してみないと分からないものである。しか
し,会話能力をつけるには,少なくとも初めの段階では,この不断の集中力抜きには無理であろう。
この事を納得して履修してもらわないと困るので,第一時問目のこの作業はとても重要な意味を
もっている。
3.3.発音記号と音韻体系の説明: 二三回目は母音と子音の発音の仕方とその音素に対応する発
音記号を教える。ここ数年来,英語学習の過程で発音記号をきちんと教わっていない学生が増加し
ているのは,中学校で英語が週3時間になったことと関係があるのだろうか。一年間の授業で一応
自立できるだけの学力を身につけることを目標としているので,教師が居なくても辞書を引けばそ
の単語の発音が分かるようになる発音記号は,その第一歩として重要な意味を持っている。これは
同時に発音を片仮名で書くことがなぜいけないか,ということを示す良い機会でもある。片仮名は
日本語の音素と,それによって構成される音節を表記する為の表記法であり,フランス語の19の母
音,17の子音を表記しきれない,ということを具体的に個々の発音の仕方を練習していく中で説明
していく。各言語は固有の音韻体系を持っていて,ある言語では弁別的特徴になる要素が,他の言
語ではならないということを具体的に教えることができる良い例である6).言語学の成果を最も端
的に示し得る項目として私自身教えていて手応えを感じるが,学生の方でも前述(2.2,)したアン
ケートの中で「授業を受けていて言語学的な物の考え方や知識を感じた点」としてこの発音記号と
発音の仕方の説明をあげている学生が多かった。一見無味乾燥な内容のこの単元も,音声学の知識
を入れて,舌や歯や唇の使い方を図示しながら説明し,実際にその音が見事出せるようになると,
教師にとっても学生にとっても手応えを感じるものとなる。綴り字と発音の関係は別にプリントを
作って,教科書とは別に毎時間少しずつ教えていく。大体後期に入って数回の頃に終わり,基本的
には初めての単語でも辞書を引かずに発音できるようになる。
3.4.各課の構成: さて,いよいよ教科書の第1課に入る。各課は次のような順番で進めていく.
(a)その課のdialogueの内容把握(文化的背景などは主にここで教える)
(b)dlalogueの発音練習
(c)機能項目の説明と練習
(d)文法項目の説明と練習
(・)仏作文
(f)lecture(dialogueに対応する内容を書き言葉で記述したもの)
(9)実演(ロール・プレー)
大久保:大学における外国語教育一Communicative approachセこ言語学的視点を加えて一 263
(a)まずビデオを見せてどういうことが話されているかを学生に当てさせる。日本の女子学生が
フランスの飛行場に着き,出迎えに来ていたフランス人の夫婦と会い,挨拶を交わし,タクシーに
乗ってどこかに行く,という内容を大体理解すればそれで良い。
(b)次にテープで発音練習に入る7)。初めの一二ヵ月はこの発音練習にかなり力を注がないとい
けない。従来の勉強法が身に染みついている学生に,新しい勉強法の要点を理解してもらう時の最
初の関門が,この発音練習なのである。文字を全然見ず,テープの音だけを聞いて,その文を繰り
返すということを求められる時,多くの学生は口をつぐんでしまう。聞き取れない部分があると
「できません」と言って,不完全で不正確な発音をするよりは,何もしないという行動をとるので
ある。そこで「初めてフランス語を勉強するのだから,聞き取れない音があるのは当たり前であ
り,恥でも何でもない」ということを強調し,「今の段階では個々の音を正確に発音することより
もprosodique(リズム,イントネーション,アクセント)面に注意を払うことの方が大切である」と
いうことを日本語を例にとって説明する8)。総じて,一年の半分は学生の中にある「完全な答か,
さもなくぼ沈黙か」という二者択一的態度を打破することに費やされる。次にその課の文の和訳を
与える。学生は家で和訳を見ながら何回もテープを聞いて,フランス語を聞けばその意味が分かる
ようにし,その課が終わりになる時までには,逆に和訳を見れぼ該当するフランス語が口をついて
出てくるまでにしておかねばならない。
(c)機能項目は,第1課では「挨拶」,「自分の名前と住んでいる所を言う」,「相手の名前,職業
を聞く」である。説明をした後,二人一組になって練習をし,最後に前に出てきて実際にやっても
らう。
(d)文法項目は人称代名詞主格,−er動詞,不定冠詞,名詞の性,名詞の複数形,所有形容詞,
6tre動詞,疑問文の作り方である。後述するように(4.5.2.),文法の説明も練習もまず口頭で行う
ことを基本とする。例えば,−er動詞の活用を教える時,初め綴りは示さず(発音記号で示すことは
ある),発音上の規則9)だけを教え練習させる。発音上の活用ができるようになると,具体的状況を
伴った,日常ごく普通に使われる次のような小会話によって,−er動詞の活用の口頭練習をする。
(1) Vous parlez frangais?(un peu)− Oui, je parie frangais un peu.
[フランス語を話せますか?(少し)一ええ,少し話せます。]
(e)文法練習問題が終わるとその課の学習項目を織り込んだ仏作文をするが,全くこれくらい授
業のやり方ひとつで,実り豊かなものとなるか,虚しいものとなるかの差が出てくるものは無いと
思う。まず,教師自身,一つの日本語文に対してなるべく複数の答を用意してくる。次に,学生の
出した正答誤答とりまぜて代表的な数種類の答を板書してもらう。正答に対しては,その間に意
味の差異があるならなるべく説明する。誤答に対しては,誤りの理由を語彙的・文法的になるべく
説明するゆ。該当する日本語に当たる「正しいフランス語」がただ示されるだけでは,対訳本で独習
する方がましで,教師が居る意味がない。仏作文の問題で学生が誤った答をだした時,それがなぜ
誤りなのかを説明しなければ,学生は何度でも同じ種類の誤りをし続けるだろう。教師の役割は学
生が自立する力をつけることであるので,できる限り学生の「誤りの理由」を説明することが是非
とも必要である。問題なのは,正しいか誤りか,教師自身判断できない場合である。次の例は2課
で男性国名/女性国名によって変わる前置詞と冠詞の違いを理解したかどうか,確かめる為に出し
た問題であるが,難問は予想しなかったところに出てきた。
264 茨城大学教養部紀要(第24号)
(2) 「ロンドソはどこにありますか?」 「イギリスにあります。」
一〇むest Londres?一(*Il/*Elle/?Londres/C’est)en Angleterre。(*は非文の印)
まず,人称代名詞で受けるか,指示代名詞で受けるかの問題がある。次に,人称代名詞である場合
は都市名が男性か女性u)かによって,人称代名詞の性が異なってくる。Londresを繰り返すのは安
全ではあるが,質問に対する答としては繰り返しは避けるべきである。というわけで,これら種々
の解答を睨んだまま,黒板の前で立ち往生してしまった。こういう時はいつも保留にしておいて
native speakerに聞いたり,参考書で調べたりして次の授業の時にできる限り説明することにして
いる。native speakerに聞いた結果は上に示した通りである。なぜil, elleはだめなのか,都市名のよ
うに性が明確でない場合は,まだ正式の名詞としての地位を獲得していないからなのか,と思い正
式の名詞に格上げした文を作って質問してみると,思った通りこの場合はelleが可能になる。
(3) −0むest la vllle de Londres? −Elle/C’est en Angleterre.
しかし,すぐに反例がでてくる。正式の名詞であっても人称代名詞で受けられない次のような場合
はどう説明したら良いのか。
(4) 「あなたの電話番号は何番ですか?」 「26−1621です。」
一Quel est votre num6ro de t616phone? −C’/*Il est 26−1621.
正解を示すことはそれなりに可能だが,誤りの理由が説明できないということは,作文をやってい
ると日常茶飯事である。まだいかに多くのことが解明されずに残されていることか,と敬度な気持
ちにさえなる。このような作文の授業は,教師にとって大変であると同時に多くの刺激を与えてく
れ,教えることより教わることの方が多い。
(f)次にLectureを従来通りの「訳読形式」によって行う。学生はあらかじめ家で辞書を引き,意
味を調べてくることになっている。その課の文法項目が理解できていれば大体できるような内容で
あるが,文化的背景(教育制度,労働形態,生活形態等)を理解していないと難しいところはその
都度説明することにしている。
(g)終わりに,二人または三人一組になってその課の会話全文を暗記してきて実演(ロール・プ
レー)をする。これは口頭試験の予行演習にもなるので全員にやってもらう。この授業の中で従来
の授業と一番違って見えるのがおそらく,この実演であろう。実演は単に会話文を丸暗記してくれ
ば良いというものではない。フランスの飛行場に着いた日本の女子留学生と迎えに来たフランス人
夫婦の姿が,見ている人達の目の前に浮かぶ位の迫真の演技でなければならない。このような演技
力をなぜ重要視するかというと,迫真の演技の役者は,ただ単に文を丸暗記してきただけの棒読み
調の大根役者に比べて,なぜかフランス語そのものも流暢で自然であり,発音も美しい。その上,
そのようにして覚えた会話文は何ヵ月たってもよく覚えているのである。文を丸暗記するという勉
強法は一見幼稚に思えるが,会話力をつけるという点でも,また文法力をつけるという点でも,極
めて有効な方法である。例えば,6tre動詞の活用を,
je SUiS/tU eS/il eSt/nOUS SOmmeS/VOUS 6teS..
とよどみなく書けたり,言えたりしても,自分の名前を言う時にje suls,相手の名前を言う時vous
6tesを使うということが分かっていなければ何にもならない。しかし,
(5)Bonjour, je suis Frangois Moreau. Vous 6tes Mademoiselle Ito?
という文の中で6tre動詞の使い方をこの会話の状況と共に覚えていた場合には, Fran⊆ois Moreau
大久保:大学における外国語教育一Communicative apProachに言語学的視点を加えて一 265
の代わりに自分の名前を入れ,MademolseUe Itoの代わりに相手の名前を入れるということは大体
の人にとってそれほど難しい作業ではない。仮にεtre動詞の活用としてはこの文にでてくるje
sulsとvous 6tesしか記憶していないとしても,その他の人称の活用はまた別の会話文に出てくる機
会もあるだろうし,それよりもこのような具体的な構文の中でδtre動詞が使えるようになる効用の
方が大きい。もっとも,丸暗記という勉強法の有効性が十分に発揮されるには,暗記する会話の文
の善し悪しが問題である。会話の状況と目的が明確で12),その状況におかれた平均的フラソス人が
ごく普通に話すようなやりとりが散りばめられた会話文でないといけない。その為,どういう教科
書を使うかによって,その一年の成否のかなりの部分が決まってしまうので,学年の最初の教科書
選びは慎重にする必要がある。
3.5. テスト
3.5.1。テストは前期1回,後期1回行う。今年は,1クラス30人の同一クラスを週2回受け持つ
ことができたので,講読にあたる方のテストは試験的に全員に口頭試験を義務づけた。去年までは
1クラス50人近かったので,全員に口頭試験を課すことができず,口頭試験を希望する学生は予約
することにしていた。年によるが,大体20%の希望者がいた。2年になってからの学力を見ている
と,口頭試験を受けた学生は概して出来が良い。これは大多数の学生が筆記試験を受ける中で,敢
えて未経験の口頭試験を受ける位の意欲があるということの為か,それとも口頭試験という形式そ
のものに教育力があるからなのかは,全員に口頭試験を義務づけてからもう少し時間が経ってみな
いと分からない。試験の2週間前位になると口頭試験がどのようなものなのか,授業中にやってみ
せる。やったところまでの会話を暗記してきて,二人一組で実演するというのが試験の中心である。
その後一人一人に幾つか質問(会話の内容であることもあるし,その学生個人の年齢,趣味などの
こともある)をする。部屋に入ってくる時の挨拶から,質問まで全てフランス語で行う。評価はそ
の場で出すが,この評価の基準は相当主観的であり,棒読み調の大根役者か,迫真の演技かで印象
が相当違ってくるということを,学生には納得しておいてもらわねばならない。会話を丸暗記して
くることが原則であるが,必ずしも教科書の文の通りである必要はない。その場の状況,内容にか
なったフランス語であるならば,教科書と異なった文になっても構わない。しかし,台詞を忘れる
などの為に黙り込んだり,時間かせぎをする為の様々な表現(euh.._eh blen, comment dire,)
を使わずに,「え一と,なんだったっけ」などと日本語で言うことはかなりの減点になる。
3.5.2.口頭試験は学生にとっても1組15分の問にそれまでの努力の成果を全て出し切らねばなら
ない,緊張を強いられるものであるが,教師にとってもこの15分間に0点から100点までの評価を
下すという,大変な集中力を要するものである。もっとも,音楽の演奏や,体操の演技などの実技
試験は皆同じ問題をかかえているが,だからといって実技試験の代わりに筆記試験で「客観的」に
評価を出すということにはならないだろう。語学の口頭試験もその意味で筆記試験で代替できるも
のではないと思うのだが,口頭試験があまり行われないというのは,1クラスあたりの学生数が多
すぎることと,教師の負担が増える為だと思う。教師が許容できる負担ということからすると,口
頭試験をすることができるぎりぎりの限度は30人までである。
3.5.3.様々な問題点を含みつつも,なお口頭試験はやってみる価値がある試験方法だと思う。学
生は通常の授業でいくら力説されたことでも,それが試験に出ない限り真剣に勉強しようとはしな
266 茨城大学教養部紀要(第24号)
い。この口頭試験の準備の為に,学生は模範テープを飽きる位何回も何回も聞き,繰り返し,暗記
し,相手と組んで実演の練習をする。フランス語の自然なリズム・イントネーションはこの過程で
身につき,文字だけで勉強した場合よりもはるかにフランス語らしさが身につく。
4,文法の教え方
4.1.文法をどう教えるかということはなかなか難しい問題である。伝統的教授法が様々な文法用
語を用いて明示的,演繹的に説明し,文の意味を母国語に訳して理解させるのに対し,M6thode
audiovisuelleにおいては文法を明示的な形で教えることはしない。ある文法項目を中心にした会話
と反復練習を通じて,学生がその文法項目を無意識のうちに帰納的に理解し(grammaire
implicite),同時に実際の会話の中で使えるように仕向けている。冠詞の項目でのそれぞれの教え方
を伝統的教授法として〈MAuGER>, M6thode audiovlsuelleとして〈Voix et image de France>を例
にとって次に比べてみよう。
4.2.伝統的教授法: 伝統的教授法では,不定冠詞,定冠詞,単数,複数,男性形,女性形など
の文法用語と共に,それぞれの形が文字で示される。教師はその文字を読み,学生は教師の発音を
真似をして,その文字の読み方と共に,不定冠詞と定冠詞の形を覚える。
不定冠詞
表1.不定冠詞(MAUGER)
¢》・−1㎞ 麟・伽1㎞
Un, Une : SingUlier
@ ・一 騨・伽一
鶏
@ des pluriel
浮氏@livre, une chaise
図1.不定冠詞(MAUGER)
singulier
des livres, des chaises pluriel
練習問題
qu,est−ce queσ・θsf P [これは何ですか]
、。・Il21
Q
⊆ 9」一の■−3
8 4
V65
… 弱・ 黙 ll
漉 ㍑多. 口
慶
図2.
大久保:大学における外国語教育一Communicative apProachに言語学的視点を加えて一 267
定冠詞
一一→ ^ −1㎞→
臨一t・
表2.定冠詞(MAUGER)
?t圃一一圃1㎞
図3.定冠詞(MAUGER)
le,1a : singulier
les :pluriel
練習問題 Ecrivez偽ぬou♂ [le, la l’を書き入れなさい]
._livre,...montre,...6tudiant,...sac,...plafond,...r6gle,
....homme,...professeur,...oiseau,...tableau,...horloge,。..mur.
4.3.M6thode audiovisuelle: M6thode audiovisuelleでは,学生には絵(又はスライド)とそれ
1). に対応する文を録音したテープのみが与えられ,文字は示されな
げり[肖げげ
毒∴1,ボ1☆穀:獲簾欝雛裏欝鞭諮鑑
2) 1)Qu’est−ce que c’est?[これは何ですか]
テ響翻灘臨;雛翻欄1‘熊]
・藷 慧 4)C廊tZ・cami・nd・b・u・h・・[肉屋さんのトラ・クです]_ 、綴 Qu’est−ce que c’est?[これは何ですか]翼 ,鱗_、 。_灘灘 簸 C℃st躍θporte.[ドアです]
3) Quelle porte?[何のドアですか]
C’est Zαporte de la pharmacie.[薬局のドアです]
毅 Qu’est−ce que c’est?[これは何ですか]
齢 Ce sont 463 portes.[ドアです]
,l Quelles portes?[何のドアですか]
Ce sont 1θ3portes du magasin.[店のドアです]
4) (イタリック,和訳は筆者による。以下同様)
s鍔二戸劃このようなM6融…㎞v㎞1㎏の文法の撚方は伝統的な教
了 「P 1
D 授法に対する批判13)から出てきたものであるが,しかし,これは
} これでまた問題を含んでいる。ACからの批判としては,ここで
展開されているような会話が,実際の大人の人間関係において殆
綱鞭期… 節絞わされることのない極めて柏然なものであるということで
図4.不定冠詞と定冠詞 ある。つまりその意図とは逆に,このような反復練習は実際の会
(M6thode audiovisue81e) 話に役立たないということになる。
268 茨城大学教養部紀要(第24号)
4.4. AC
4.4.1.ACにおいては,明示的な文法説明が復活し,必要な時には学生の母国語を使用すること
も許されるようになった14)。また,必要性が高い表現は文法の難易度とは別に,機能項目において
どんどん初歩の段階から教えていくという,画期的な転換ももたらされた。例えば,代名動詞を用
いた文〈Je m’appelle. 〉,〈Il s’appelle..〉はACの〈Sans frontiさre I>,全20課の第1課目の機能
項目「自分の名前,他の人の名前を言う表現」として出てくるが,文法項目で代名動詞を教えるのはそ
れよりずっと後の〈Sans frontiさre∬〉に入ってからである。一方,伝統的教授法の〈MAuGER>では,代
名動詞を用いた文は文法で代名動詞が説明されるまで登場しない(〈MAuGER I>,全65課の25課
目)。その課に登場してくる文章や会話は,既習の,あるいはその課で習う語彙と文法を組み合わせ
て作り,段階的に難しい表現に導くというのが伝統的教授法の教え方だからである。
文法の教え方におけるACの功績は,このような,何もかも段階的に教えていくという呪縛から
私たちを解き放ってくれたことであろう。必要性の高い文はまず定型表現として覚え,後で文法構
造を分析的に学習するというというやりかたは,実際に授業をしてみると殆ど抵抗がない。かえっ
て文法を教える時に「そうか!〈Je m’appelle. 〉の〈m’〉は代名詞だったのか。だから他の代
名詞と同じように動詞の前にくるのか!」という発見の楽しみを学生にもたらすことになり,授業
に活気が出てくるという副産物もある。
4.4,2. しかし,ACで教える文法の中身自体に目を向けると,そこには問題がないわけではない。
段階的な教え方に縛られないという発想法の転換が,ややもすると文法を教える順序自体もあまり
考えないという無秩序につながることもある(後述4.4.3.,4.4.8.)。また,文法の内容自体は最近
の言語学の成果もあまり取り入れられていず15),伝統的なものとさして変わることがない。練習問
題も,ACの良さを生かすような実際の会話に使えるような必要性の高い表現に組み込まれたもの
でないことが多い(後述4.4.4.)。以下,ACの中でも比較的文法を詳しく記述しているくSans
fronti6re>を例にとって,これまで比較してきた冠詞の項目について,その記述の仕方と問題点を
検討していこう。
4.4.3.定冠詞は16),主人公Jacquesが警官に挨拶する会話〈Bonjour, monsleur Z’agent.〉の中に出
てきて,表3.のようにまとめられている。
表3.定冠詞(AC)
masculin
coiffeur
zθ domicile
f6minin
conClerge
zα malson
masculin ou f6minin
z’
agent一るtudiante
@ escalir−adresse
ここで困るのは第一に,これらの名詞が定冠詞をとる例として,必然性を持たないということであ
る。定冠詞を説明する例としては,原則として定冠詞がつくような名詞と文脈で示されるべきてあ
る(後述4.4.4.,4.5.2、)。第二に,coiffeur(美容師),concierge(管理人),agent(警官),
6tudiante(女子学生)などの身分・職業を表す名詞が定冠詞をとる例として出ていることである.
大久保:大学における外国語教育一Communicative apProachセこ言語学的視点を加えて_ 269
これを見た学生は,身分・職業を表す名詞は定冠詞をとると考えてしまうだろう。しかし,フラン
ス語の身分,職業,国籍を表す名詞は,冠詞の問題の中でも最もデリケートな問題を含んでいる。
これらの名詞が出てきた時,教師は次のような点について学生に注意を喚起しなければならない。
(a)フランス語の名詞は人名,都市名を除いて,全ての名詞が冠詞(及び冠詞に準じる指示詞,
所有形容詞など)をとる。固有名詞にさえも冠詞がつく(ex. La France)。
(b)しかし,構文上冠詞をとらない場合がある。その一つが身分,職業,国籍を示す名詞が6tre
動詞の後に出てきた場合である(ex. EUeθ5孟6tudiante,彼女は学生です)1%しかし,主語が
指示代名詞ceの場合には,冠詞をとる(ex. C’θ3蝕ηθ6tudiante.この人は学生です)。
この問題は冠詞の機能の根幹にふれる問題である上に,ごく初歩の段階から使わねばならない文に
登場するので,いつかは説明せざるをえないのだが,それにしても定冠詞が初めて登場するところ
に出てくる例としては,明らかにふさわしくない。
4.4.4.練習問題も伝統的教授法の〈MAUGER>と基本的には変わることがない。
Choisissez:le−la−1’[le−la d’のいずれかをつけなさい]
pf6sident journaliste architecte rue profession
agent de police coiffeuse 逢tudiant oP6ra nom
acteur secr6taire m6decin malson domicile
infirmiさre concierge coiffeur escalier pr6nom
文脈が示されていず,単に名詞の性と数に応じた定冠詞の形を書き入れるだけ,というこの種の問
題は機械的で面白みがなく,学生は退屈するばかりである。これでは,まだM6thode
audiovisuelleの会話の方がましである。文法を単に機械的に覚えねぼならないものとしてではな
く,日常の会話のやりとり(後述4.5.3.,4.5.5.)の中で自然に定冠詞を使うような練習問題を考
ェ・職業を表す名詞であり,前述の通り問題がある。ACとしては逆に「身分・職業」という概念項
目のまとめも兼ねてこのような例を出したのかもしれないが,文法上有効なまとめかたと,概念上
有効なまとめかたと一致するとは限らない。ここは定冠詞という文法項目としての練習問題なのだ
から,文脈がないのだとしたら,せめてciel(空),lune(月),terre(地球),Japon(日本),
Viδt−name(ベトナム),Canada(カナダ),Mexique(メキシコ)などの原則として定冠詞をとる名
詞を例にあげるべきである。
4.4.5.不定冠詞は,取材しに来た記者に,主人公Jacquesがコーヒーやタバコをすすめる文,
〈Voulez−vous襯caf6?〉,〈Voulez−vous襯θ
表4.不定冠詞(AC)
masculin
f6minin
cigarette?〉の中に出てきて,表4.のようにま
とめられている。
ここでも例として示されている名詞が適切でな
cafξZ己π
騨
@ Clgarettez¢πθ
6tudlant
6tudiante
い。cigarette(タバコ)は良いとしても,caf6
(コーヒー)は物質名詞として,部分冠詞をとる
例にも出てくるのであまり好ましくない。
6tudianteが適切でないのは定冠詞のところで述べた通りである。
4.4.6.定冠詞と不定冠詞の複数形の例はくAu programme, ii y a 4召εoeuvres de Berlioz et
270 茨城大学教養部紀要(第24号)
Mozart.ムθ3 musiciens arrivent.〉[プログラムはベルリオーズとモーツァルトの作品です。楽団員が
登場します。]に出てきて,図5の絵と共にそれぞれの複数形と単数形が表5.にまとめられてい
る。
le−lq−IOS
un−une−dOS .、
los musiciens
de rorChes↑re Lorentz °
v 憂
’
@、un musicien 篇
V
縄
「−転
1
藁 4
箪
臥 {蕎
、
一
「
響層
ら
, ● ・邑
7
. 弓’ ,
・A
竿『
@ .,」”
一 dos musiciens
lO musicien Jocques Mqr†hequ
弩
レ㌧
図5.定冠詞と不定冠詞の複数形(AC)
表5.定冠詞と不定冠詞(AC)
article
d6fini
4.4.7.
singulier
pluriel
article
singulier
ind6fini
pluriel
masculin
f6minin
le musicien
la mUSiCienne
rinfirmier
1’infirmiere
1eS mUSiCienS
leS mUSiCienneS
les infirmiers
les infirmiさres
・ ・
浮氏@mUSICIen
des muslciens
・ 謄
tne mUSICIenne
des musiciennes
ここで学生の注意を喚起しようとしているのは,あくまでも性と数により変化する冠詞の
形態であって,定冠詞と不定冠詞の機能の違いではない。これは多かれ少なかれ,伝統的教授法か
らずっと変わらない姿勢である。しかし,冠詞体系を持たない日本語を母国語とする私達にとっ
て,冠詞はその性と数により変化する形(un, une, des/le, la, les)を記憶することよりも,どのよ
うな場合に不定冠詞/定冠詞を使うかということの方が問題であり,その理解に少しでも近づける
ような記述,例文,練習問題が欲しいのである。ここに描かれている絵と記述で,定冠詞と不定冠
詞の違いに注意を向けようとしても,私たち日本人の何割がその違いを把握できるだろうか。教師
大久保:大学における外国語教育一Communicative apProachに言語学的視点を加えて_ 271
用手引き書には「指しているものが明確である時には定冠詞をつけるように教えなさい」とある
が,〈4θ30euvres de Berlioz et Mozart>と〈‘θ3 musiciens de l’orchestre Lorentz>のどちらも補
語がついているという共通性の方はすぐ分かっても,前者が明確でなくて不定冠詞,後者が明確で
定冠詞,という違いをもたらすものが何なのかは,そう簡単には分からない。
4.4.8.不定冠詞単数形と冠詞の複数形の項目では練習問題が無いというのも不親切な感じがする
が,まとめのところの次の練習問題もあまり適切なものとは言えない。
Emploi de UN/UNE, LE/LA:Recopiez et compl6tez. [UN/UNE, LE/LAを入れなさい]
Veux.tu. clgarette? [タノくコ要る?]
pr6sentateur dit bonsolr. [司会者はこんぼんは,と言う]
Vous ne regardez pas. t616vislon? [テレビを見ないのですか]
Jacques a. r6p6tltion a l7 heures. [ジャックは17時にリハーサルがある]
Au revoir, je vais chez. coiffeur。 [さようなら,私,美容院に行くわ]
前述の不定冠詞と定冠詞の違い(指すものが明確である時は定冠詞)から,t歪16vision, coiffeurに迷
いなく定冠詞をつけられる人が,私たちの中にどの位居るだろうか。また,pr6sentateurは定冠詞
も不定冠詞もどちらもとるが,このような例を初歩の段階の練習問題で出すべきではない。不定冠
詞と定冠詞の機能を理解した後で,不定冠詞の場合と定冠詞の場合とではどのような意味の違いが
あるかを,学生が自分で文脈を作って説明することができる位のレベルになって,初めて意味があ
る練習問題である。
4.5.幾っかの提案
4.5.1.ACが,それまでなおざりにされていた機能項目(挨拶,依頼など),概念項目(時間,理
由など)による分類,各言語位相に対応する文の記述,談話レベルでの文の扱いなど,様々な点に
おいて従来より優れた教授法であることは疑う余地がない。しかし,文法の内容に関してはこれま
で述べてきたように,伝統的教授法,M6thode audiovisuelleを経てACに至るまで本質的に変わっ
ていないことが多い。その間にもたらされた言語学上の成果を文法に生かすということは,ACの
理念に反するものではないと思う。次に示すのは,文法項目に言語学的視点を加えた場合の幾つか
の具体例である。
4。5.2,不定冠詞と定冠詞: 性と数によって変化する形態の示し方は伝統的教授法やACの方法
と同じで良いが,注意を払わなければならないのは,その文法項目の機能を端的に表すような語彙
的,構文的に適切な文を,その課の会話や文章に入れることである。
(6) Qu’est−ce que vous faites dans la vie? −Je travaille dansπηθわαη9κθ.
[(職業は)何をなさっていますか? 一銀行で働いています。]
定冠詞のところでは同じ質問に対する次のような答によって,定冠詞と不定冠詞の違いを気づかせ
るような例文を考える必要がある。
(7) Qu’est−ce que vous faltes dans la vie? −Je travaiUe a ZαB劾Zガo〃Lδ9麗θノVα蕩oηα」θ.
[何をなさっていますか? 一国立図書館で働いています。]
練習問題も原則的に会話形式の口頭練習で,ACの良さを生かすような実際に使える会話の中で練
272 茨城大学教養部紀要(第24号)
習する。文法の学習までも音を中心にして教える,というと驚く人が多い。しかし,文法をつまら
なくしてきたのは,従来の文法教育が「規則の為の規則」としてしか受け止められないようなもの
だったからではないか。もう大人である大学生の語学学習において,文法は本当はとても役に立つ
ものであり,面白いものである筈である。ただ,その為には文法練習はなるべく会話形式の口頭練
習で行うということが,重要な要件になる(文字は初めに理解する過程と,後で記憶を補強する時
に有効である)。音を中心にした会話形式を重要視するのには,二つの理由がある。学習する初めの
段階では文法を意識的,分析的に適用していても良いが,いつまでもそのような状態にとどまって
いては本当に生きた文法知識にならない。話をする時に一々「この名詞は女性名詞で単数形,前置
詞はaだから,玉aをつける」と考えていたら間に合わない。瞬間的にala Blblloth的ue Nationaleと
口をついて出てこないといけないのである。このような状態にもっていく為には口頭練習の方が適
している,というのが第一の理由である。第二の理由は,筆記練習の場合どうしても綴り字の問題
に注意が分散してしまい,文法項目の習得に絞りきれないということである。経験上,作業は別々
に行ったほうが効率的である。口頭練習ですらすら言えるようになった後に,覚えた文の文字表記
を集中して練習するほうが有効である。
4.5.3.このような口頭の練習問題として,不定冠詞については,例えば(6)の文の肱ηq麗の代わ
りにsoci6t6(会社), pharmacie(薬局),boulanger(パン屋),hδpital(病院)と,その名詞の性に
合う不定冠詞を入れる問題を考えることができるだろう。同様に定冠詞については,B弼∫o読的麗
Nα’foπαZθの代わりにSNCF(国鉄),mairie(市役所),Banque de France(フランス銀行)と,そ
の名詞の性に合う定冠詞を入れる問題を行う。(6)と(7)の例文と練習問題を通して,国立図書館,国
鉄,市役所などのような唯一性を持つ場合には定冠詞,そのような唯一性を持たない場合には不定
冠詞,という違いを示す。と同時に,定冠詞の場合には前置詞dansは使わずaになり18〕,前置詞aに
は不定冠詞は組み合わされないという,前置詞と冠詞の相関関係も示すことができる。教師は以上
のことを学生が理解したかどうかを聞いて確かめても良いし,その他のところで学生が誤答をだし
た時(冠詞は使用頻度が高いので,作文の時にそのような機会はいくらでもある),この項目に戻っ
て説明しても良い。どの文法項目においても言えることだが,特に冠詞のようにその意味が抽象的
で把握しにくい品詞の場合は,なるべく語彙上,構文上それしか使えないという例文において示す
必要がある。その意味で,定冠詞と不定冠詞の問題はilya構文が出てきたところで再び登場させる
と良いだろう。存在表現として競合関係にあるril y a構文」と「主語+atre+場所の状況補語構
文」の違いは,不定冠詞と定冠詞の機能に密接に結びついているからである。
(8)Il y a襯6 pharmacle pr6s de chez moi. [私の家の近くに薬局がある]
*びηθpharmacie est prδs de chez moL
(9)ムαmairie est en face de r6giise. [市役所は教会の向かいにある]
*llyaZαmairie en face de r691ise.
4.5.4.部分冠詞: この問題も定冠詞と不定冠詞のそれと同じで,その形を覚えることよりもど
のような時に部分冠詞が使われるかということの方が重要である。部分冠詞の説明としては「数え
られない名詞に使われる」ということはどの教科書にも必ず書いてあるが,これだけでは物質名詞
などの数えられない名詞は,常に部分冠詞をとると勘違いする恐れがある。物質名詞も部分冠詞を
大久保:大学における外国語教育一Communicative apProachに言語学的視点を加えて一 273
とらない場合がある,ということを知らないとフランス語の冠詞体系の本当の面白さは分からない。
冠詞というものがただ単に名詞に機械的につけなくてはならない無意味な代物としか思えないから
である。現在使用している教科書「モンパルナス大通り106番地」においては,同じ物質名詞〈riz>
「米」でも部分冠詞を使わねばならない場合と,定冠詞を使わねばならない場合の両方の表現が,
適切な会話の文脈の中で次のように示されている。
⑩ 一Ar6cole, la ma↑tresse a dit qu’au Japon, on mangeぬriz a tous les repas, c’est
vrai ga, Yoko?
[学校で,先生が言ったの。日本では毎食お米を食べるって。洋子さん,それ本当?]
一〇ui, c’est vrai.ムθriz, c’est raliment le plus important pour les Japonals.
[ええ,本当よ。お米は日本人にとって一番大切な食料なの。]
練習問題も定冠詞と部分冠詞を文脈によって使い分ける会話形式19)であり,出色である。
GD−Vous prenez
一〇houi, je veux
vin?−Non, pas vln pour mol.− bi6re?『_ 『
b三en. J’adore biさre. Je bois biさre tous les soirs.
しかし,実際に学生にこの練習問題をさせてみると,単語の意味や構文の問題でつまずいて,肝心
の部分冠詞の機能そのものの理解にまで到達しないことがよくある。定冠詞や不定冠詞のように,
英語にもあるものは具体的なフランス語の中で直接練習していくことができるが,相当するものが
英語にない部分冠詞のようなものは,まずそれがどのような機能を持つものか,ということを直観
的に把握させてから練習に入る方が効果的である。そこで,まず日本語の次のような幾つかの文を
示して,これをフランス語にした場合,同じ「パン」という名詞に対し,部分冠詞,定冠詞のどち
らが使われるかを当てさせる2°)。この種の文を10例位示すうちに,大半の学生は間違いなく当てら
れるようになる。
⑫ 次の「パン」には定冠詞Ge)/部分冠詞(du)のどちらがつくでしょう。
パンは小麦から作られる。
朝食にはパンを食べますが,夕食は御飯です。
一
私はパンよりご飯の方が好きです。
一
もうパンはありませんよ。パン屋さんに買いに行かないと。
この練習はいつもふしぎに評判が良い。部分冠詞は具体的な部分量を示す,ということの意味が実
感を伴って分かるだけでなく,ある名詞が表す「種」が問題になる時,物質名詞のように数えられ
ない名詞では,定冠詞単数形が使われるのだ,ということも同時に分かるようになる。すると面白
いことに,冠詞というもの自体が何を表すものなのかということも,漠然とではあるが分かるよう
になる学生も出てくる。
4.5.5.半過去と複合過去: 大方の教科書において半過去の説明は「過去の線的行為(持続,状
態,反復)を表す」となっていて,私自身長い間その通り教えてきた。この説明が間違っていると
いうわけではないが,しかしこれだけの説明では「私は20年間パリに住んでいました」という文を
仏訳させると,学生の大半が次のような半過去の文にする。
⑬ *J’habitais
J’ai habi亀6
aParis pendant 20 ans.
!
274 茨城大学教養部紀要(第24号)
行為の始まりと終わりが明確であるこのような場合は,いくら期間が長くても半過去は使えず,複
合過去にしなくてはならない21)。半過去の本質は,過去の事柄の渦中に視点があるということで,
そこが現時点に視点がある複合過去との違いであるが,そのような説明の仕方をした教科書は稀で
ある。「モンパルナス大通り106番地」はその稀な例の一つであり,現在の状態と過去の状態の対比
を表す次のような文で,半過去の本質をよく示す優れた練習問題を作っている。
⑭ En France, elleηαsouvent au cin6ma, mais au Japon elle n’α伽鉱pas souvent au
cin6ma.
[フランスでは彼女はよく映画に行くが,日本ではあまり映画に行かなかった]
〈Sans frontiδre皿〉の半過去と複合過去の説明は平凡だが,練習問題は半過去の本質を暗示する適
切な文で構成されている。
⑮ 一Je suis sortie seule rautre soir.[私,この前の晩,一人で出掛けたの]
一Ah bon?Mais tu ne sortais pas seule avant.[そう。でも以前は一人では出掛けな
かったじゃないか]
モデルに従って,〈Je suis all6e dans une bo↑te>[私,ディスコにいったの]/〈J’ai dans6 toute
la nuit.〉[一晩中踊ったの]/〈J’ai bu du wisky.〉[ウィスキーを飲んだの]の後に半過去の文を
作っていくのである。その後に〈Eh, oui. J’ai deaucoup chang6, tu vois.〉[そうよ,私,とっても
変わったのよ]という落ちがついているのもしゃれている。しかし,ここに更に⑯のような期間の
明示がある文と共に,複合過去と半過去の違いを示す説明と,それに則した次のような質疑応答形
式の練習問題があれば,学生の理解はもっと深まったことであろう。
⑯ [質問]−Est−ce qu’il a travaill610ngtemps hier?(pendant 5 heures)
[答]−Oh oui, il a travaill6 pendant 5 heures.
[昨日彼は長いこと勉強した?(5時間) 一うん,5時間も勉強したよ。]
このような期間を明示する状況補語と半過去の共起制限にまで説明が及んで初めて,学生は「線的
過去」という言葉で言おうとしていたことの中身を理解するようである。
5.おわりに
大学における外国語学習の目的は何か,という問いに対して様々な論議が行われる中で,各人の
主張に対応する授業の実際はどのようなものかという,授業の中身の問題が抜け落ちていることが
多いような気がする。訳読偏重の授業に対する批判としては,加藤(1990)に余すところなく論じ
られているので,本稿ではそれ以上付け加えることはしない。これからは批判の上に各人,何をな
し得るかということを模索していく段階であると考えて,私自身が試みている様々な授業の改善の
試みの一端を表してみた。このような具体例が数多く示されて,より健全な外国語教育に近づいて
いくことを願っている。
大久保:大学における外国語教育一Communlcative apProachに言語学的視点を加えて一 275
[注]
1)教授法の変還の中で本稿が比較の対象としているのは,年代順に,伝統的教授法,M6thode
audiovisuelle(視聴覚教授法),AC(コミュニカティブ・アプローチ)である。教授法の変還に関し
てはリヴァーズ(1987),ジョンソン・モロワ(1984),長澤(1988),フランス語の分野では藤田
(1989),(1990)を参照。
2)Mξthode audiovisuelleセこ対して感じていた主な問題点は,クラスサイズが小さくないと効果が
あがらない(15∼20人),必要時間数が膨大である(例えばM6thode audiovisuelleのくVoix et
lmage de France>を終了するには380∼450時間必要である。一方ACの〈Sans froutiさre I>では
120∼150時間で良い),母国語を介在することが許されない,文法を明示的に教えない,などであっ
た。
3)アンケートは今年度担当の2つの初級クラス(34人,29人)に対して無記名で行った。回収数
はそれぞれ30例,24例である。
4)実際には時間割の関係で難しい問題があるが,効率良く教える為には,この2回の授業は同じ
教科書を使って,同じ教師が行う方が望ましい。違う教師の場合には余程両者の間で緊密な連絡を
とりあって,教授項目の順番を統一し,重複を避けないといけない。
5)フランス語の綴り字(Je m’mappelle. )で書かずに発音記号で書くのは,片仮名でふりが
なをふる学生は日本式の発音で覚えてくるし,ふりがなをふらない学生は英語式読み([3εmapε1ε]
で覚えてくるからである。本当は発音記号も綴り字も示さず,自己紹介の文を録音したテープを第
1時間目から渡し,それで練習してくるようにする方が良いだろう。
6)例えぼ[1/s]の対立は日本語では意味の相違をもたらさないが,フランス語ではchien(=
dog)[∫j乙]に対し, sien(=his, hers, lts)[sjε]という意味の相違をもたらすことになる。逆
に,日本語では長母音/短母音(塔/戸,高貴/呼気)が意味の相違をもたらすが,フランス語で
は音声環境が長短を決定し,それによって意味の相違がもたらされることはない。cf. gris[gri]/
griSe [gri:Z], Vert [Vε :r] /Verte [Vεrt],
7)学生にはこの授業を履修することを決めた時点でカセットテープを渡しておき,新しい課に入
る前には家でその課の会話を聞き,できたら真似して繰り返して言ってみることを宿題にしてある。
8)例えば「私,今日彼とデートするんだ」と報告する女の子に対して「あ,そう」という返事
を,嫉妬,羨望,無関心,驚きなどの感情をこめて様々に変化させ,学生にその感情を当てさせる
とprosodiqueの要素がいかに「物を言うか」を理解するようである。
9)不定法(ex. parler[parle])の語末の[e]を取ると,je, tu, il, ilsの活用形になり(ex.[parl]),
nousはそれに語尾[5]を, vousは[e]を加えると教える。同様に,形容詞の性の変化も口頭で教
える。その場合は,文字の場合とは逆に女性形を元にして(ex. grande[grad])その語末子音を取っ
た男性形(ex. grand[gra])を数例示すうちに,学生は両者の関係を理解するようになる。
10)大賀・メランベルジェ(1987)を読むと,誤りの理由を追求していく過程にこそ仏作文の醍醐
味があるということを実感するであろう。
11)GR醐ssE(1969,§268)によれば,都市名の性は,扱いが流動的であるが,口語では男性扱い
にすることが多いという。
276 茨城大学教養部紀要(第24号)
12)状況と目的が明確な会話文である為には,全課を通しての中心的登場人物が居る方が望ましい。
例えぼ「モンパルナス大通り106番地」で,日本の女子学生,洋子とホームステイ先のモロー一家と
を中心としているように。
13)伝統的な文法教育というものは,言葉を通じての知的訓練とでもいうべき性格をもち,専ら書
き言葉の解読,分析の為のものであった。例文は古典から引用された格調高いものであり,日常生
活で実際にその言葉を使うためのものではなかった。
14)異文化間の差異を意識させることが外国語によるコミュニケーションを円滑にする,という立
場に立つACにおいては,同様に文法構造の差異を意識させることがプラスに働くと考えるからで
ある。
15)朝倉(1967),(1981),(1984),(1988),松原(1975),(1978)を読むと,初等文法を教えると
いうことが実は大変難しいことであり,言語学的な難問に満ちているということがよく分かり,目
を開かれる思いがする。フランス語の教師は,殊に教科書を作る場合には,その専門を問わずこれ
らの著作を一度は読む必要があるだろう。しかし,実際にはその成果がフランス語の教科書に殆ど
反映されていないというのが現状である。
16)冠詞自体は第1−1課で〈J’hablte a Paris, place de ZαContrescarpe.〉の文中に説明無しで登
場しているが(このような非段階的な登場の仕方は別に構わない),文法項目としては定冠詞単数
(1−2課),不定冠詞単数(1−4課),最後にそれぞれの複数形(1−5課)というように分か
れて説明されている。
17)実際にはこの問題は更に複雑であり,主語が人称代名詞であっても冠詞をとる場合もある。詳
しくはJEuNoT(1983),及び藤田(1985)を参照。
18)dansを使うことが可能な場合もあるが(dans la Bibtiothbque 7Vationale),その場合には意味が
異なり,「職場」としての意味ではなく「国立図書館という建物の中で」働いているということにな
る。
19)文としては会話文であるが,実際にはこの問題は口頭練習で行うことはできない。欲を言え
ば,質疑応答形式の練習問題があると更に良いだろう。
20)答:上から順に,定冠詞,部分冠詞,定冠詞,部分冠詞
21)初・中級の学生によく見られるこのような半過去の誤用とその原因の言語学的考察に関しては
古石(1982−83,p.10以下)を参照。期間を明示する状況補語と半過去の共起制限については大久
保(1990,p.294)を参照。
[参 考 文 献]
朝倉(1955):rフランス文法事典』 白水社.
朝倉(1967):rフランス文法覚書』 白水社.
朝倉(1981):rフランス文法ノート』 白水社.
朝倉(1984):『フランス文法メモ』 白水社.
朝倉(1988):『フランス文法論』 白水社.
藤田(1985):「フランス語の属詞構文について」,『フランス語学研究』19号,日本フランス語学
大久保:大学における外国語教育一Communicative approachに言語学的視点を加えて一 277
研究会.
藤田(1989):「フランス語教授法の現在」,『玉川学園学術教育研究所 所報』31.
藤田(1990):「ExerciceからActivit6へ」,『玉川大学文学部紀要「論叢」』31.
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