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不均一分布を通して考える 身近な電場の物理現象
千葉大学教育学部研究紀要 第5 7巻 3 2 5∼3 3 4頁(2 0 0 9) 不均一分布を通して考える 身近な電場の物理現象 加 藤 徹 也 千葉大学教育学部 Inhomogeneous electric fields in daily-life phenomena as physics education material KATO Tetsuya Faculty of Education, Chiba University 電場や磁場の存在を感じ取ることができるような日常現象を,物理教育の導入で説明することは重要だが,物理で 扱うモデルは極端なまでに理想化されていて,日常現象とはかけ離れている。そこで,身近な静電場現象として,体 にたまった静電気が手と接地されたドアノブとのあいだで起こる放電現象を取り上げ,数値シミュレーションをもと に,電気エネルギーが空間に染み出ていることを説明する資料を作成した。特に,とがった部分の近傍では強い電場 が発生していることや,帯電体から離れた遠方では影響が等方化することを説明した。これを用いて,物理未履修生 を主な対象とする高校での出張講義で行った。そのとき使った比喩説明や生徒の感想を紹介し,課題を整理した。こ の資料を使って,電荷と電荷の間の力が空間に静電応力として伝わる様子も議論できる。 Explanations for the daily-life phenomena which show the existence of invisible electric and magnetic fields are quite important for physics education for all, though the models in the current course of physics are too simplified to be applied to these phenomena. In this report, tentative materials are developed in order to encourage students’consideration of a discharge of static electricity between fingers and a doorknob, with a special attention to explain the strong fields around a projected part of the electrified object and to indicate the isotropic influence at distant places. A visiting lecture at a high school was performed using these materials. As an advanced study, the electrostatic stress between charged bodies was discussed on the figure of distribution of electric energy density and equipotential surfaces. キーワード:物理教育(physics education) 静電場(electric field) 電気エネルギー密度(electric energy density) 等電位面(equipotential surface) 不均一場(inhomogeneous field) るだろう。 目には見えない電場や磁場の存在に気づかせるには, それなりに強い場が必要である。電場では帯電体(電気 を帯びた物体) ,磁場では磁石やその近くの鉄板に,そ れぞれ先鋭な部分があると,そのまわりに強い場ができ ることが知られている。特に科学玩具や科学工作での経 験的活用には巧みなものがあり,その仕組みの説明がわ かるという課題設定は,学習の意欲付けにも効果がある はずである。ところが,現状の物理教育では,数量とし ての電荷や磁束の扱いが優先され,解析関数で記述でき るような場だけが扱われているのが現状である。あるい は専門課程の物理学でも,あらゆる電磁気学問題に共通 の微分方程式と,いくつかスマートに得られる解を学ぶ くらいで,現実的で興味深い複雑な現象と対応する電 場・磁場を与えるような境界値問題を解いたり,その解 を見たりする機会はほとんどない。 筆者は,物理学導入のシーンでも,また,高度に専門 的な場面でも,そのような不均一分布を表す解やその表 示の見方を示す資料を作成することによって,今までの 物理教育で行われている筋道の通った教育プログラムと は相補的な教材として相当の教育効果を与えるのではな 1.序論:身近な日常現象と物理モデル 身近な日常現象のうち,手元で何回でも繰り返し試し たり遊んだりできるような現象は,そのほとんどが物理 現象である。しかし,物理の学習内容はそのような日常 現象と切り離されたものと感じられるほど理想化されて いて,その代わり,その論理の中では量に関する議論が 精密にできるようになっている。しかし,日常現象をい ざ,入門教材として使おうとしても,多様な要素が関わ りあっていて,物理の課題問題のように単純には説明で きない。また,電場や磁場などは目に見えないため「不 思議な現象でおもしろいけれど,理解は相当難しい」と いう印象が強い。しかしながら電場・磁場は,日常生活 空間での重力場とは異なり力の原因となる物体や影響の 伝わり方が明確に予想できるため,固体の変形や応力分 布という現象とともに,空間を力が伝わっていることを 考えさせる[1]のに格好の問題である。また,これらの不 思議な現象を巧みに操ることができれば,遊びも一層お もしろくなり,それを導入とした物理の学習も楽しくな 連絡先著者: 3 2 5 千葉大学教育学部研究紀要 第5 7巻 Á:自然科学系 いかと考えた。電場や磁場の現象は定性的な性質さえも わかりにくい傾向があるので,それを明確にすることを 主たる目的とし,興味をかき立てやすい現象を具体例と しながら,定量的な傾向も読み取って議論できるような, 新しい表現方法を開発すべきであるとして,そのような 資料を作成すべく研究プロジェクトを立ち上げた[2]。ま ず,実験により不均一な量(光弾性効果・二次元電流 場・磁石や鉄の周りの磁場など)を測定すること,また, それをモデル化して有限要素法という数値シミュレー ションを行うこと,さらに,それらの結果を表現するに あたって,生徒・学生が日常現象に対して持つ現実的な イメージを補いながら,信頼できる精度をもって説明す るような資料作成を行うこと,そして,その読みかたに 関して教材化すること,という内容で研究開発を行えば, 幅広い学習者の支援になるものと予想した。本論文では 静電気現象に対象を絞って,定性的な扱いから定量的な 扱いへの移行が静電気研究の歴史の中でどうなされてき たかを参照しながら,試行的に実施した授業資料とその 解説や感想を紹介し,その作業を通じて明確になった課 題や資料の新しい読み方を説明する。 いる。ここでGilbertは,琥珀が示す牽引力が,ガラス や種々の宝石など広範囲の物質で摩擦により生じること を示し,これらの性質を電気的(electric)と名づけた。 一方,フランスで生まれ宗教上の理由でイギリスに渡っ 7 4 4) たデサグリエ (Jean Théophile Desaguliers,1 6 8 3―1 7 3 6)が見 は,イギリスのグレイ(Stephen Gray, ?―1 つけた現象,つまり,「摩擦電気を帯びない金属など一 部の物質は電気力を運ぶ通路となる」ということを整理 し,この性質をもつ物質に「導体」の名をつけた。 摩擦によって発生した静電気は伝導により金属に移さ れ,その金属が二分割可能な形の場合は対称性から正確 に,電気の量が二分割出来るようになった。このように して,電気の量についても議論が可能になるとすぐに, 電気にはまったく異なる二つの種類があることが見出さ れ た。 この存在を立証したフランスのデュフェイ (Charles-Fran!ois du Fay, 1 6 9 8―1 7 3 9)はガラス電気 と樹脂電気と名づけたが,イギリスのワトソン(William 7)やアメリカのフランクリン(Benjamin Watson,1 7 1 5―8 0)は一種類の電気流体なるものの過剰 Franklin, 1 7 0 6―9 状態と不足状態であることを実験から結論した。これは 言い換えると,ガラスと樹脂を擦り合わせたとき,ガラ スに移った電気の量は樹脂から失われた量と一致すると 2.温故知新 いうことであり,その背景に「絶縁された物体の電気の 総量は変わらない」という原理電荷保存がある,という 2. 1 静電気研究の歴史 身近な日常現象から物理現象としての規則性を発見し, 主張でもある。そして,ドイツのエピナス(Franz Ulrich Theodor Aepinus, 1 7 2 4―1 定量的に測定される物理量のあいだの法則として定式化 8 0 2)は,「静電誘導」 (電 するという歴史的道のりは,日常現象から物理の内容へ 気を帯びない導体を帯電体の近くに,ただし接触させず の接続を考える上で参考になる。そこで,静電気に関す に置くとき,導体には,帯電体に近い側には帯電体電荷 る物理研究の歴史を整理しよう[3]。 と異種の電荷が,遠い側には同種の電荷が誘起される) という現象の説明のため,電荷間が近いほど引力や斥力 静電気における基本法則として,物理の教科書に最初 が大きくなるという仮定を導入した。そして,電荷間の に現れるものはクーロンの法則であろう。これは,フラ 距離による力への依存性は,イギリスのプリーストリー ンスのクーロン(Charles Augustin de Coulomb,1 7 3 6― 3 3―1 1 8 0 6年)が実験を通して証明し1 7 8 5年に発表したもので, (Joseph Priestley, 17 8 0 4)が,フランクリンから 球形の絶縁された金属ふたつを帯電させ,これらのあい 示された実験が重力の性質と似ていることに気づき,距 だに働く静電気力と,ふたつの帯電体の電気量と符号, 離の二乗に反比例するという仮説を1 7 6 6年に発表した。 そして帯電体間の距離についての関係式として表されて なお,これをイギリスのキャベンディッシュ(Henry いる。この式は,力の単位に基づいて電荷量の単位を定 Cavendish, 1 7 3 1―1 8 1 0)は1 7 7 1年に実験的に証明してい 義する式でもあり,電荷量にはこの法則の発見者の名前 8 7 9) たが,マクスウェル(James Clerk Maxwell,1 8 3 1―1 に因んだ「クーロン(記号C) 」という単位が使われる。 によって再発見され1 8 7 9年に発表されるまでキャベン なお,SI単位系(MKSA単位系)では電流の大きさの ディッシュの研究は誰にも知られなかった。 単位「アンペア(記号A) 」がより基本的で,電荷の連 この範囲の歴史の中で示される「理論」には今から見 続性の式(電極の電荷量は,ある微小時間に流れ込む電 れば不可解なものも多い。しかし,そのような背景の下 流と時間の積の分だけ増える)を通してクーロン単位が でも,現象の特徴を応用した発明がある。筆者の考えで 導出されるが,アンペア単位の定義に使われる平行電流 は,重要なものは二つ,オランダのライデン大学教授, による力の実験はさらに3 5年後,アンペール(Andre ミュッセンブルーク(Pieter van Musschenbroek,1 6 9 2― Marie ` Ampére, 1 7 7 5―1 8 3 6)が1 8 2 0年に報告したもので 1 7 6 1)が1 7 4 5年に発明し,フランスのノレ(Abbé Jeanある。 Antoine Nollet, 1 7 0 0―7 0)が命名したというライデン瓶 われわれの興味はクーロンの法則に至る歴史を過去へ と,フランクリンが1 7 5 2年に発明し,現在でも街中で見 遡ることである。これらの定量的な議論の前に行われて かける避雷針であろう。ライデン瓶には大量の電荷を蓄 いた定性的な研究では,静電気を近代的な科学として論 えることができるため,静電気現象が明瞭に観察できる。 じたはじまりとして,イギリスのギルバート(William これは静電気現象を研究する上で重要な道具となるが, Gilbert,1 5 4 4―1 ライデン瓶で見られる現象を誰よりも先に研究し発表し 6 0 3)の著書『磁石論』 (1 6 0 0年,全六巻) たのがフランクリンである。当時,イギリスの植民地で の一部(第二巻第二章)に「磁気接合について,まず第 あるアメリカに生まれ育ったフランクリンが,ヨーロッ 一に,琥珀の牽引,あるいはより正しくいえば,物体が [4] パの研究者たちに説明できなかった重要な性質を分析し 琥珀に附着することについて」 があることが知られて 3 2 6 不均一分布を通して考える 身近な電場の物理現象 発表したことは,それ以降,フランクリンの学説をヨー ロッパの研究者たちが受け容れる礎を与えた。次節では, フランクリンがどのようにして避雷針の発明に到達した かに注目する。 2. 2 ベンジャミン・フランクリン フランクリンは印刷業で財を成し,科学研究の後には アメリカ建国のための独立宣言作成やフランスとの外交 など,政治の舞台で重要な仕事をした。現在のアメリカ 1 0 0ドル紙幣に肖像が描かれている。避雷針の発明(1 7 5 2 年)のほかに,フィラデルフィア・ストーブ(1 7 3 9年) , アルモニカという楽器(1 7 6 1年) ,遠近両用めがね(1 7 8 4 年)の発明も知られている。ここではアメリカで最初の 科学研究者としての側面を中心に紹介する[5]。 ボストンに生まれ,学校教育は1 0才まで,その後は兄 の印刷業の下で徒弟となり,兄と決別して1 7才でフィラ デ ル フ ィ ア に 出 る と,知 事 の 勧 め で1 8∼2 0才 の と き (1 7 2 4∼2 6年)に印刷工として修行のためロンドンへ渡 航した。このときから科学への興味を持ち,王立協会の 科学者たちに会ったらしい(ニュートンには会えなかっ た) 。帰国後,新聞発行や公立図書館の設立に活躍しな がら,1 7 4 3年に学会(アメリカ哲学協会)を設立,1 7 4 8 年からは印刷業をたたんで科学研究に打ち込んだ。1 7 4 4 年に見た静電気を使った余興や,1 7 4 5年に読んだ電気に 関する解説記事が,電気現象へ興味を持つきっかけに なったらしい。1 7 5 1年には凧を使って雷が摩擦電気と同 一のものであることを示す実験を提案,1 7 5 2年にまずフ ランスで行われ,その後イギリスやフランクリン本人に よりアメリカで追試された。すぐさま避雷針という発明 品を生み出すが,1 7 5 1年にペンシルバニア州議会議員, 1 7 5 3年にはアメリカ郵便局副長官になるなど,政治の方 面へと活動の中心を移していく。 フランクリンは科学研究をするにあたって,日ごろか ら実用化への模索を続けていた。避雷針の発明は,市民 生活を脅かし膨大な自然の威力を見せ付けていた落雷と いう自然現象に対して,合理的な精神により立ち向かい, 市民の不安を取り除いたものとして高く賞賛されること になる。発明の背景にあった,屋根に避雷針をつければ 雷電気を穏やかに取り除くことが出来るという着想や, 避雷針の先端などの形状の発想をするにあたって,彼は 「とがったものの効用」に着目していたらしい。以下の 引用は,アメリカ物理協会の雑誌「フィジクス・トゥデ イ」に掲載された科学史家ジョン・L・ハイルブロンの 訳文の一部[6]である。括弧( )内は筆者が行った編集・ 追記である。 フランクリンの共同研究者のうち一人が次のこと を発見した。接地した金属製のとがったものは,い くらか距離を置いたところにある絶縁された鉄製の 弾丸を穏やかに放電させることができたのに対して, 丸い物体の場合は,非常に近づけたときのみ電気が 放出された。しかもそれは急激に騒々しく火花を飛 び散らせた。どこからその違いができたのか? フランクリンお手製の物理学によると,とがった ものは直接それが面した弾丸の小さな表面にのみ作 3 2 7 用する。したがって,とがったものは一度に少しず つしかその豊富な電気物質を引き離すことができな い。そして,取り除かれてできた損失分を埋めあわ すために,余分な分がそこへ再配分されるのである。 『そして,馬の尻尾の毛を抜くとき,一度に手に いっぱいつかんで引き抜くほどの力はなくても,毛 を一本一本引抜くことは容易にできる。だから丸い 物体の場合は,たくさんの【電気物質の】粒子を一 度に引き離すことは出来ないが,とがったぶったい ならばそれほど大きなちからでなくても粒子を一個 ずつ簡単に取り除ける。 』 (中略) とがったものの持つ力に対する信念によってこそ, フランクリンは確かに,雷光と電気の間の類似性を 指摘するだけに甘んじていたヨーロッパの電気学者 たちを乗り越えて,(それを実証する実験の提案を 行うという)先へいくことができたのである。 フランクリンによる説明の部分は,詳しく見ればみる ほど現在の理論との対応をとることが難しくなるような 素朴なものである。また,現実のスケールを取り込んだ 定量的議論ができない当時の状況で,避雷針の先端をと がらせるか丸くするかは意味をなさないにもかかわらず, フランクリンはとがらせることに固執したという。しか しながら,この時代に「帯電体に接地された導体を近づ けるとき,先端がとがっているほうがより穏やかで小さ な放電を起こし,先端が丸いとなかなか放電しないが, 放電が起きるときはより激しく大きなものになる」とい う,静電気現象の本質を見出し,考察を試みたことは注 目に値するだろう。 3.講義実践とその感想 2 0 0 8年5月に県立高校2年生を対象とする出張授業を 受け持った折に,身近な電気・磁気の現象に注目し,そ の仕組みの一端を紹介する講義(自己紹介等を含めて9 0 分)を行った。受講生徒はみな教育学部への進学を希望 する男子3名,女子1 8名,合計2 1名で,その大半は文系 で,物理¿を履修したものが5名,他の1 6名は履修予定 なしという状況であった。タイトルは『理科講座 電場 や磁場の感じ方 ―― 不均一の活用』とし,次のような 内容紹介をあらかじめ示した。 電気や磁気は目に見えません。そのため,その 「不思議な力」を巧みに操ることは「理科(物理)っ て面白い」という導入用の題材としてとても魅力的 です。しかし,見えないものを理解するのはたいへ んです。本講義では,不思議な力の仕組みとなる, 電場や磁場の「不均一」な分布の様子をシミュレー ションによる図で紹介します。高校物理で扱うよう な簡単な?数式では表しきれない複雑な分布の様子 から,力が生じる理由を数式抜きに探りましょう。 講義では静電気の議論に続き,関連する磁気の議論を 少し加えた。具体的には,磁石に被せる鉄キャップが磁 千葉大学教育学部研究紀要 第5 7巻 Á:自然科学系 束を集め,鉄板につくときの磁力を高めるという『鉄兜 効果』について説明した。以下では,この講義のために 作成した,静電気に関する数値シミュレーションに基づ く資料画像と解説,また,寄せられた感想を示す。本講 義では,取り上げる現象について,ある程度の定性的な 説明は知っていると考え,図解で見えるものがその知識 にどうつながるのか,という説明を重視した。以下,斜 字の部分は多少内容が高度な補足説明である。 計算のとき仮定した形状は,都合により、紙面垂直方 向が全く変化のない棒状の立体(紙面はその断面)とし た。帯電体は導体とし,その周りの空間に塗り広げられ た配色コード(虹色や濃淡で何らかの量を表現するもの) はすべて,空間に広がった電気エネルギー密度と対応す る。特に値が小さい部分について強調するために,ある 値以上は色を与えず,白で抜けた図になっている。 なお,本紙面では図をグレースケールで表示している が,値の大きな部分(帯電体のとがった先端のまわり) も,値の小さな部分(帯電体から離れた遠方)も濃い配 色があてられており,小→中→大の順に濃→淡→濃とな ることに注意されたい。本論文掲載の図のカラー版を Web公開している[7]。 3. 1 講義資料と解説 3. 1. 1 ドアノブと指先のあいだの放電 冬場にドアノブを触ろうとするとき,手を伸ばすとそ の指の先から,バチッという激しい痛みとともに放電が 起こることがある。友人との接触時に人から人へ放電が 起こることもある。化学繊維の衣類を着ているときはそ れと体あるいは羊毛の衣類との間で知らず知らずのうち に摩擦電気を溜め込んでいて,それが体(とは意識しな いが,摩擦電気を発生させている部分は電気が通りにく いので,水分のある体表面か,あるいは体の中)を通っ て指先から飛び出す。ドアノブ側に原因がないことは, 手を流水で洗うなど,体にたまった摩擦電気を取り除く と確実に防止できることから明らかである。このような 除電ができない場合でも,指先でドアノブに触れるので はなく,手のひらの全体でドアノブを包むように触れる と,放電が避けられることがある。最近はアクセサリー として常時身に着けるだけで衣類の間の除電が自然に行 われるものや,伝導性をもたせたゴムが先端についてい て,指で金属部分を触りながらドアノブにゴムの部分を つけると放電がゆっくり起きて痛くなくなる「除電グッ ズ」というジャンルの商品,さらに,放電中であること を表示する仕組みがついたものもある。 図1_―bの配色コードは,ドアノブに向かって腕を 近づけていくときの,腕の周りの空間における電気エネ ルギーの染み出し状態が変化する様子を表している。ド アノブに中指が接近するとき,中指の先端の周りととも に,ドアノブの周りにもエネルギーの染み出しが見えて いる。図1bに至って,あるいはさらに接近したとき, 中指とドアノブの間の空間における緊張状態が限界を超 えると,電気を流す性質を持っていなかった空気が電気 を流す「絶縁破壊」状態になり,放電が起こる。 図1 3 2 8 ドアノブと指先のまわりの電気エネルギー 不均一分布を通して考える 身近な電場の物理現象 図2 手のまわりの電気エネルギー 3. 1. 2 腕や指先の周りの電気エネルギーの染み出し 中指の周りに発生していたエネルギーの染み出しは, 手がドアノブから遠ざかるとかなり弱くなるが,全くな くなるわけではない。図1_よりももっと遠く,ドアノ ブがはるか彼方でほとんど無限に遠い場合は,中指に限 らずすべての突き出た部分から,それぞれほんのわずか のエネルギーの染み出しが発生する。この小さな量をコ ントラストを上げて,場所による微妙な違いを強めたの が図2_である。量の大きな指先の周りや肘の周りはカ ラーコードが割り当てられていないので白抜けしてし まっている。このように,物体が帯電すると周りに電気 エネルギーが染み出していて,特に外形がとがった部分 ではこれが顕著である。 周りの空間に染み出た電気エネルギーは,帯電体に電 荷が加わるとき(摩擦電気が増加するとき),あるいは 帯電体を動かすとき,そうするために必要なエネルギー の中に含まれていて,帯電に伴って必ずエネルギーの染 み出しが起こる。また,正の電荷を蓄えた帯電体に,さ らに正の電荷が加わるとき,もとの電荷から反発力を受 けながら割り込みをして,全体の電荷の分布は再配置さ れる。このとき,指の股の近く,その付け根を挟んだ両 側では電荷同士が反発して逃げやすい。逆に指先の近く, その先端を挟んだ両側では電荷同士が反発しても逃げる 空間が少ない。指の先端は関節付近の電荷に押され,支 えられて,多くの電荷が留まっている。 電気を粒子の集まりと考えるとき,正の電気と負の電 気を,男の子と女の子にたとえることができる。ただし 人間の世界とは違ってその性質は単純なので,好き嫌い の程度に違いがなく,男の子は女の子を好み,女の子は 男の子を好み,同性同士は反発しあう。手の形の船の上 に男の子だけがいるとき,ドアやドアノブには遠くから 女の子が集まってきて,男の子が見える岸にくる。ある 程度女の子の人数がたまると,お互いの反発が強いので, それ以上岸に増えることができない。ところが船が近づ いてくると,女の子同士の反発があっても,さらに多く の女の子が割り込みをして,たくさんの女の子が岸で船 の上の男の子を見ようとする。一方,男の子も,船が岸 に近づくにつれ,岸に近い数本の指の先端にたくさんの 男の子が集中する。ところが岸に大接近したとき,中指 の先端がとりわけ岸に近い状況になるので,薬指の先端 にいた男の子もその多くは中指の先端に移動する。 空間にエネルギーが染み出すのは,男の子が集まった ところ(指の先端) の周りだけではなく,女の子が集まっ たところ(ドアノブ)の周りにもある。同性同士の反発 のエネルギーが外の空間に染み出たと行っても良い。た だし,図の配色コードで表現されているのは,このエネ ルギーの染み出しだけで,男の子や女の子の量が直接表 現されているわけではない。しかし,このエネルギーの 染み出しから,男の子や女の子の集中する様子を理解す ることができる。 逆に,この船が岸からずっと遠い沖にあるとき(図2 _) ,男の子から女の子がほとんど見えない。この場合 は遥か彼方の女の子をぼおっと眺めようと,男の子はと にかく,見晴らしの良い「とがったところ」へと移動す る。どの指先でも良いし,肘の周りでも良い。5本の指 や手のひら辺りに集まる男の子の合計数と同数程度の男 の子は,逆側の肘の辺りに集まるというのがバランスと してあり得そうだし,図2_もそれを示唆しているよう に見える。また,この状況から徐々に船が岸に近づくと き(図1_―b) ,肘の周りで遠くを眺めていた男の子 がひとり,また一人と,確実に女の子が見える指の辺り に移動する。 人間の体は内側に水分があって,電気を通すという意 味では金属とかなり似た性質を持っている。そこで,図 2_に限らず図1_―bにもいえることだが,これらの 計算の時には手を金属の板に置き換えた。また,腕の太 さや指の太さの違いを無視し,外形を手の影の形にした ので,エネルギーの染み出しの強弱を決める要因は図の 外形だけである。現実の手では指先が細く腕が太いなど, ここでの計算の仮定とずれがあるが,注目している傾向 は変わらない。また,これらの図では,手の形に一定電 圧を与え,ドアノブやはるかに離れたところは接地して (電圧をゼロにして)計算を行った。考え方として,体 全体で溜め込んだ摩擦電気が背景にあり,手がドアノブ に接近するときは体全体から電荷が集まってくるが,体 全体の電荷の総量から見るとたいした量ではないと仮定 している。電気回路のことばでは「体全体が容量の大き なコンデンサーで,それにつながった腕へ電荷が流出し ても,コンデンサーに蓄えられた電荷の変化は小さく, 電圧の変化も無視できる」と考える。 3. 1. 3 物体の変形ととがった形の効果 電圧の分布は地形図における標高の分布のように,あ るところでは急に,別のところでは緩やかに変化する。 3 2 9 千葉大学教育学部研究紀要 第5 7巻 Á:自然科学系 高い電圧が与えられた金属板は,山の頂上に広がった高 原のようになり,その周囲はすべて,低地に続く山の斜 面になる。各指先や腕の肘部分などは突き出た尾根とつ ながり,特別に見晴らしが良い場所であるといえる。そ して,電圧の高い場所と電圧ゼロの場所の間には,どこ かに必ずこれらの中間の電圧をとる場所がある。さまざ まな場所の電圧を「電位」という。標高1, 0 0 0mの場所 から標高ゼロメートルの場所に移動するときはどんな ルートでも,標高ゼロメートルにたどり着く手前に標高 5 0 0mの場所がある。また,標高50 0mの場所を線で結ぶ と,標高1, 0 0 0mの場所をすっぽりと取り囲む曲線が描 かれる。これと同様に,中間の一定電位の場所を線でた どると,より高い電位の領域を取り囲む閉じた曲線が描 かれる。この閉じた曲線は「等電位線」と呼ばれる。 さて,図2_には,手の領域を取り囲む等電位線が数 本描かれている。ここで仮想的に,手の領域に一番近い 等電位線の形をした導体の袋で手を覆うことを考える。 このとき,この袋には図2_でその位置にあった等電位 線の電圧をかけるとすると,そのまわりの空間へのエネ ルギーの染み出し方は,図2`のようになる。ここで重 要なことは,この図2`でのまわりの空間でのエネル ギーの染み出しが,図2_での同じ場所での染み出しと 全く同じ分布になることである。全く同じことをもう一 回り外側の等電位線について行うと図2aが得られ,こ のまわりのエネルギーの染み出し方も,やはり図2_で のそれと変わらない。 図2_から`,さらにaへという変化の状況設定はか なり特別なものに見えるが,周囲の状況が変わらないと いう結果に加えて,中央の物体から遠くの空間へと順々 にエネルギーが染み出すときに,外へ,外へと影響が伝 わるはずだということを考え合わせれば,次のようなこ とが指摘できる。 ・中央の物体から電気を帯びた影響が外へ外へと伝わ るとき,指のような凸凹が消えて,だんだん丸みを 帯びて伝わってゆく。 ・かなり丸みを帯びた図2aのような状況でも,円形 と比較すれば左右につぶれた形であり,緩やかなが ら左右にでっぱりがあって,そのまわりの空間での エネルギーの染み出しが大きい。 中央の物体から外に向かう放射状の曲線は「電気力線」 と呼ばれ,電気的な影響の伝わる道筋を描くとともに, 物体からこの線が生えている付け根の混み具合が,物体 図3 の表面に集まった電荷の量と対応することが知られてい る。ただし,図2_―aを見ても,手首付近と指先や肘 部分とで,電気力線の混みぐあいはたいした差があるよ うな印象を受けない(図2_の指先だけは例外),つま り,電場の強さに極端な差がない。しかし,配色コード で採用した電気エネルギーの値は電場の強さの二乗に比 例するので,小さな値はより小さく,大きな値はより大 きくなった結果,手首付近は弱く,指先や肘の部分で強 いという傾向が強調された。 外へ外へと電気的な影響が伝わるにつれて等電位線が 丸くなるということは,遠いところへの影響に関して, 物体は小さな丸い形と考えても差はないということであ る。そこで,物体を理想的な円形に置き換えて一定の電 圧を与え,まわりへの電気エネルギーの染み出る様子を 描くと,図3_のようになる。全くどの方向に対しても 凸凹のない円形では,どの方向にも同じように影響が伝 わることになる。物体からはるかに離れた場所ではこの ような影響はとても小さいが,遠くでの影響の伝わり方 を表現するには,物体の形の円の半径をもっと小さく描 く。現実的には,図3_に描かれている空間の,1 0 0倍 以上遠い場所までの影響を問題にするときは,このよう な絵を描けば物体の半径が10 0分の1以下になって,ほ とんど点で置き換えることができる。図2_に描かれた ような丸くない物体でも,その大きさの10 0倍くらい遠 い場所までの影響を問題にするときは,エネルギーの影 響の伝わり方はほとんど図3_のようになるだろう。 最後に,物体の形を,図3_で描いた理想的な円形か ら楕円形へとつぶしてゆく場合を図3`,aに示す。左 右のとがった部分のまわりに電気エネルギーの染み出し が集中してゆく様子がはっきりと見て取れる。 3. 2 寄せられた感想 講義資料の改善に役立てるためと説明して,受講した 生徒に簡単なアンケートをとった。本章冒頭に示した物 理履修の状況もそれで得た情報である。 三択での質問に関しては,項目「もともとこういう現 象に興味があったか」に対し,「あった」1 1名,「まあま あ」9名,「なかった」1名で,続いての項目「講義を 聴いて興味増した」は1 1名,「変化なし」 1 0名,「興味減っ た」0名であった。この二つの相関に関しては,「まあ まあ→変化なし」6名,「あった→変化なし」 4名,「あっ た→増した」7名,「まあまあ→増した」3名,「なかっ 単純な形状の帯電体のまわりの電気エネルギー 3 3 0 不均一分布を通して考える 身近な電場の物理現象 た→増した」1名という回答であった。また,「)難し 素法で静電気の問題を解く場合,帯電体のまわりの電場 く理解不能」 「*わかっていない」 「+だいたいわかった」 分布について求めるとしても,電位がゼロの接地物体で という選択肢を用意した設問では,「プリントの内容や 囲まれていない場合でも,無限遠方での電位はゼロにす いいたいこと」と「カラーコードによる図の表現」につ るという暗黙の仮定がある。この条件を反映させるため いてはいずれも)0名,*2名,+1 9名で,まあまあの に,無限に遠いとみなせるような遠方の境界を設定し, 理解は得られたようだが,「取り囲む線の性質」は)0 その中の空間すべてについて,有限個の要素に分割して 名,*7名,+1 4名,「放射状の線の性質」は)1名, 計算することになる。要素の分割は肌理が細かいほど正 *6名,+1 4名で,等電位線や電気力線については難し しい解が得られるが,大まかに言えば,要素の数の電位 いという印象が強かったことが現れている。 が解となるような連立方程式を作成して解くことになる。 自由に記述させる項目では,「面白いと思ったこと」 その係数は,静電気学の物理方程式や,無限遠や注目す に「電子をプラスとマイナスではなく,女子と男子で説 る物体での与えられて電位などに対応する境界条件から 明してくれたのでイメージしやすかったです。マグネッ 作成される。連立方程式の次数が要素の数と対応し,コ トの話は『おー!なるほど』と思いました。」のような, ンピューターでの計算では使用できるメモリーにより要 たとえ話がわかりやすくてよい,身近で経験している現 素数の上限があるので,結果的には,変化の大きな領域 象だったのでわかりやすいという意見が多かった。中で で細かく分割し,変化が少ないところでは荒く分割する も,付加的に盛り込んだマグネットの議論が結構納得で 必要がある。このような要素分割(メッシュを切るとい きるものだったらしく,話題に費やした時間が短かった う)はこの方法の計算の専門家でなければ困難を伴うの 割には,2 1人中4人という多くの生徒が面白いと指摘し で,市販ソフトウエアを用いた。 ていた。 また,自由に意見を書く欄では,物理を学んでいない 4. 2 結果の表現 学生からは「私は授業で物理をとらなかったので,物理 一般のテキストでは,静電気の場の特徴を示すのに, の授業は初めてでした。物理というと計算ばかりで,お 電気力線と等電位線が使用されている。また,電場の強 かたいイメージがあったのですが,磁石という身近なも さは電気力線の単位面積あたりの本数に比例し,その係 のが題材だったので興味がわきました。 」 「中学のときか 数を1とするような単位を選ぶということが高校物理の ら磁界?の範囲は好きだったので,さらにそれに関連し 教科書の記述にある。しかし,三次元の空間を扱う場合 た話が聞けて楽しかったです。 」「とんがっているとこ には電気力線を整った間隔で描くことは難しい。三次元 ろほど電気エネルギーのしみ出しが強くなったりするの の空間のでは一般に電気力線の広がりも三次元的で,そ は生きてるみたいでおもしろいと思いました。 」などの の断面としての紙面の上にひとつの電気力線がずっとそ 意見が,また,物理¿を学んだという学生からは「私は の面上にあるとは,一般には限らないからである。また, 物理は難しくてあまり好きではなかったけれどすごく興 本研究の資料では,カラーコードには電気エネルギー密 味を持つことができた。 」 「物理は難しいと考えていたけ 度を表すものにした。カラーコードは,最近では物体の れど,いろいろなたとえにより,よく理解をすることが 温度分布を示す図などで見かけることがある。温度のよ できた。 」などの意見が寄せられた。 うなスカラー量の表現には問題ないが,電場のようなベ なお,物理¿を学んだという学生一名から寄せられた クトル量はそのままではカラーコードで表示不可能であ 意見「恐らく先生の言いたい事はわかったけれど,わ る。電位はスカラー量であるが,「とがった部分の効果」 かった量はそれほど多くない気がする。というか,時間 を強調したい場合は不向きである。図3_のように顕著 のわりには内容が少なかったかなと思った。 」は確かに な効果が見える場合ですら,電位の値は手の周囲で同じ そのとおりで,一般に行われている物理教育の,効率の 値になってしまう。そこで,関連するスカラー量として よい数量取り扱いやその導入に比べると,この講義の進 は,電場強さと電気エネルギー密度がある。 め方はスマートとはいえない。おそらく,講義のまとめ 電磁気学によれば,誘電率ε0の空間において,電場強 1 として,別の問題に取り組み,その答えを簡単に類推で さが|E|の位置の電気エネルギー密度は2ε0E 2になる。 きることの確認や,それを計算などと対応させ,確かめ したがって,電場強さに比べて電気エネルギーの方が値 るような締めくくりの作業が必要だと考えられる。 の変化が大きい。そこで,電気を帯びた物体のすぐ近く の空間に分布する量が,場所によりどれだけ激しく変わ るかを見せるには,電気エネルギーをカラーコードにす 4.技術的問題 ることが有効である。前章の図は「とがった部分の効果」 を見せるためにすべてそのように描いていた。ところが, 前章の講義資料を準備しながら,いくつか数値シミュ レーションの計算方法における課題や,結果の表示方法, 次章に掲げた例などの場合は,電気を帯びた物体から ずっと離れた遠方,電場強さや電気エネルギーの値にす 資料の読み取り方などについて,技術的問題が浮かび上 ると,限りなくゼロに近い部分を大きく強調して示す必 がったので,ここで整理する。 要がある。このような場合,ほとんどゼロの値を拡大し て見せるようなカラーコードの「コントラスト」改善の 4. 1 計算方法とソフトウエア 工夫が必要である。表示量のスケールを調整し,表示量 数値シミュレーションは COMSOL Multiphysics と のカラーコード割り当てを行う範囲を小さな値に限定す いう有限要素法の市販ソフトウエアを用いている。これ るほか,スケールを非線形にすることも有効である。た の扱いに関しての詳細は別の機会[2]に紹介する。有限要 3 3 1 千葉大学教育学部研究紀要 第5 7巻 Á:自然科学系 とえば表示量の平方根をとったり,対数をとったりする ことで,ゼロ近傍の小さな値のわずかな変化がどう分布 するかを明瞭に示すことが可能になる。具体的な問題で どのような表示方法が選ばれるべきかは,それぞれの問 題ごとに検討すべき課題であろう。 なお,電気エネルギー密度は,等電位線(面)と等電 位線(面)の間が縮もうとする程度や,電気力線と電気 力線の間が広がろうとする程度と,数量として比例する ことが知られている。このことは,電気力線や等電位線 の分布の様子から,静電気力の伝わる道筋やその結果の 力の大きさを知ることができるというもので,静電気力 を定性的・直観的な理解を正確なものにするためには役 立たせることができる。本研究では不均一場を使って力 が伝わる様子を考えることにも狙いがあるので,この考 え方は重要である。次の節ではこの効果について説明す る。 合は,その表面も等電位面であり,これが当てはまる。 たとえば図2aの物体表面(これは図2_の物体のまわ りのひとつの等電位面)には,外側の空間から静電気力 が外向きに働いていて,面積ΔS の微小表面あたり,法 1 線方向に2ε0E 2ΔS の力で引っ張られている。これらの 力は「無限に遠い接地境界」から伝わってきていると考 1 えることができる。配色コードで各位置での2ε0E 2が 示されていることからわかるように,この力は左右の表 面には強く,上下の表面には弱くかかっている。もちろ ん,全部の力を足せばゼロになるようつりあっているは ずで,これらの力により物体が動くことはない。ただし, このような静電気力は,もし物体自体が変形可能な柔ら かなものであれば,左右へ引き伸ばす作用があることを 示している。確かにこの例では,同符号の電荷が左右の とがった部分に集まっていて,右端と左端でその電荷同 士が反発しているので,とがりぐあいがさらに顕著にな るような静電気力が物体内部でも発生していると考えて よい。全く同様なことは図2`でも図2_でもいえる。 4. 3 マクスウェルの静電応力 このように,電気を帯びた物体が容易に変形できる場合, ファラデー・マクスウェル以降の静電気学によれば, 何かの拍子に凸凹が発生すると,電気の力でこの凸凹は 静電気の力は,それぞれの電気力線が縦に縮もうとする さらに大きくなるので,やわらかい物体は壊れてしまう。 力や,力線と力線の間で横に膨れようとする力として空 静電気を帯びたシャボン玉などはこの傾向にあるといえ 間に広がり伝わっていて,その様子は弾性体と同様であ る。 るという。弾性体の場合,その内部あるいは端に想定し さらに,図1bを見てみると,物体表面であれ,その た任意の微小断面に弾性体が及ぼす力は,その断面に垂 一回り大きな等電位面であれ,さらに遠くの等電位面で 直な単位面積あたりの力である「伸縮応力」と,断面に あれ,物体を囲む等電位面であればどの面でも,「面積 平行な二つの方向の単位面積あたりの力の「せん断応力」 1 ΔS の微小表面あたりに働く法線方向2ε0E 2ΔS の力」 に分けられる。静電気では,ある位置での面積ΔS の断 軸方向,断面内の二方向 面を考え,その法線方向を x ′ は,明らかに左右の表面でつりあわない。左のドアノブ をy ′ 側の表面部分に,明らかに強く引っ張る力が存在するの 軸と z ′ 軸方向として,電場がこれら三方向の成分 である。この力は,手の中の正電荷が中指先端に集まり, ( Ex′, Ey′, Ez′)を持つとき,この断面には垂直方向の 1 2 2 2 伸縮応力の力F =(2ε[ 接地されたドアノブ先端に負電荷が集まっていることに E − E − E ] Δ S ,0,0)と, 0 x′ y′ z′ よる,静電気の引力である。もちろん現実の放電現象の 面内二成分の方向のずり応力の力F =(0,ε0Ex′Ey′ΔS , 時に引っ張られる力を指先で感じることはまずあり得な ε0Ex′Ez′ΔS )が働く。これらの応力をマクスウェルの静 電応力という。断面が電場方向に垂直の場合はE =(± E, いが,指先の変わりに体毛が生えている部分でドアノブ 1 に接近したりすれば,その体毛が静電気力により動かさ 0, 0)なので, 力はF =(2ε0E 2ΔS , 0, 0)になる(弾 性体を縮ませようとする) 。断面の中に電場がある場合, れるくすぐったい感触が得られる,ということも想像す ることができるのではないだろうか。 E =(0,± E ,0, )で も(0,0,± E )で も,力 は 1 また,物体表面と,その一回り大きな等電位面で囲ま 同じでF =(−2ε0E 2ΔS ,0,0)になる(弾性体を伸 れた空間領域を第1層,その等電位面と,さらに一回り ばそうとする) 。これらの方向ではずり応力は消えてい 大きな等電位面で囲まれた空間領域を第2層,……とい るが,これは,静電応力の主軸を座標軸にとったためで うように空間領域を玉ねぎのように分割して考えると, ある。この応力は2階対称テンソルであり,一般にこの 第2層が薄くなろうと縮んで第1層を外側へ引っ張り, ように座標をとることにより,非対角テンソル成分(こ 第1層は作用・反作用の関係で(外側の)第2層を内側 こではずり応力)を消去できる。 に引っ張りながら,第1層自身も薄くなろうと縮んで 改めて,電場の方向に x 軸を,それに垂直に y 軸と z (内側の)物体を引っ張る,という力の伝達が行われて 軸をとった表記にすると,面積ΔS の断面はどの向きで いる。第2層が第1層を引く静電気力と,物体が第1層 あってもずり応力は消えて,伸縮応力だけが残る。断面 を引く静電気力とは,場所による応力分布が違うものの, の法線の向きを表す単位ベクトルを それぞれの表面上でそれぞれの力を合計してから比較す ( nx , ny , nz )とすれば,力は ! " !1 "! " 2 れば,同じ力になる。また,図1`やaの場合の配色 F ε E 0 0 n x x 2 0 % % % % % % 1 % % % % % % 2 0 −2ε0E = ΔS コードを,この力の伝達という視点から眺めてみると, Fy% 0 ny% % % % % % % % % %% 1 % % % 物体表面上では中指先端に限定されていた力の分布が, 0 0 −2ε0E 2% nz% Fz% % % % % % % # $ # $# $ 第1層,第2層,……と外側になるにつれ,等電位面の と書ける。 この式の3×3の係数行列を, 電場の方向を x 形の凸凹が小さくなるとともに力の集中が和らいでいく 軸にとった場合の静電応力テンソルという。 様子もわかる。 特に,断面が等電位線上にある場合,必ず電場は断面 ここで説明した,静電気現象で空間に力が伝わるとか, の法線に平行になる。物体が金属などのような導体の場 3 3 2 不均一分布を通して考える 身近な電場の物理現象 力が分布しているという考え方は,固体(弾性体)内部 で力が伝わるときとの対応を想定している。特に,弾性 体の応力分布が不均一な場合,弾性体に外からかけた力 が内部で一箇所に集中する「応力集中」という現象は, その現れ方が顕著で,外部の力が小さくても簡単に,材 質の応力の限界(弾性限界や降伏,破断)を超えて材質 が壊れることがある。1 9 9 5年1 2月8日に高速増殖炉「も んじゅ」がナトリウム火災事故を起こした原因は,温度 計の棒の根元に応力集中が生じて折れたためであった。 図1`やaをみると,静電応力にも同様に応力集中が あって,中指先端のところで発生する空気の絶縁破壊が まさにこの現象といえる。 気力線は前後には広がることができず,左右に薄まるだ けである。この場合,三次元の針より多少遠くまで,電 気力線が密な状態が続くため,まわりの空間に与える影 響は,二次元のモデルのほうが広範囲になる。 このように極めて細い物体を考えるのはかなり極端な 話ではあるが,一般には,断面が細長い楕円形のもの (二次元では断面が楕円体の平たい棒,三次元の場合は 軸対称の回転楕円体)であれば,解析関数をつかって厳 密な計算ができることが知られている[8]。結果として, 物体の形状がとがっているときの,遠方への影響につい て,三次元的にとがったものと比べると,二次元での計 算結果はその特徴を誇張したものになる。 4. 4 二次元と三次元の差 これまでのモデルは二次元で計算した。つまり,紙面 垂直方向には変化しない状況を仮定した。仮に針のよう な細い棒で描いていれば,極めて薄い板を考えることに 対応する。二次元の形状で計算する結果は,三次元の形 状の場合と,断面の形は同じでも,周りの空間に与える 影響は異なる。たとえば針が上を向いているとして,そ の先端に電荷が溜まったとき,そこから伸びる電気力線 は,三次元の針であれば左右・前後に広がってすぐ薄 まってしまうが,二次元の前後に長い薄板であれば,電 図4 図5 5.総電荷一定条件でのシミュレーション 静電気問題で解くべき分布量は電位である。従って, 電位一定という条件設定が基本的であるが,絶縁された 物体を考える場合では,その物体の上での総電荷が一定 になるような条件設定が自然で,その物体の電位はどう なるかわからない,という状況も多々ある。そのような 場合には,仮の電位で計算し,その結果から物体上の総 電荷を計算してその値が条件に合う値になるまで,仮の 電位を変更して反復計算する必要がある。ひとつの計算 同符号帯電導体球の反発 異符号帯電導体球の引きあい 3 3 3 千葉大学教育学部研究紀要 第5 7巻 Á:自然科学系 でも短くない計算時間がかかるので,そのような反復計 算を自動化するようなスクリプト処理が必要である。 COMSOL Multiphysics Ver.3.4に は オ プ シ ョ ン で COMSOL Script というスクリプト環境が提供されてい るので,必要に応じてこれを活用することにした。これ についても別の機会に紹介する[2]が,このようなスクリ プトを利用すれば,たとえば物体の形や配置がひとつの パラメーターで記述できるような変形を想定した計算も 可能になる。形状が変わると何が変化するかを説明する とき,連続的に形状を変えることによって,その変形の 度合いと結果の状況の変化の度合いを同時に示す資料が 作成可能である。 ここでは紙面の都合で二例だけ,絶縁された物体の電 荷が一定の場合のシミュレーションをスクリプトを組ん で行った結果を示す。図4_`aは同符号で同じ電気量 を帯びたふたつの導体球を,異なる距離に置いた場合で あり,図5_`aは異符号で同じ電気量を帯びたふたつ の導体球の場合である。計算は図の左端が回転中心の軸 となる三次元軸対称モデルで行った。二つの球状帯電体 は対称軸上にある。 ここで,同符号同士か,異符号同士かの違いを引き立 たせるために,電荷から離れた位置で電場強度が小さく なる様子を強調する必要がある。そこで,試行的に,電 場強度の4分の1乗を配色コードとし,ゼロに近い部分 のコントラストを高くした。帯電体を取り囲む曲線は等 電位線(面)である。図4`で二つの帯電体それぞれの まわりにある「たまご型」に変形した等電位線の上を一 周しながら,その外側の領域から外向きに引っ張られる 効果を考えると,上側帯電体ならその上,下側帯電体な らその下の部分で電場が強く,外部からの引っ張りの応 力が強い。したがって,これらの電荷のあいだには反発 力となる。この反発力は,帯電体にはさまれた内側で押 し合うというよりも,帯電体の外側の空間から引き離さ れていることがわかるという点は強調すべき点といえる。 また,図5aでは逆のことが見られる。つまり,それぞ れの帯電体を取り巻く等電位線のうち一番外外側のもの を一周たどってみれば,二つの帯電体に挟まれた部分で 等電位線が縮まる効果が強く,二つの帯電体の間には引 力となって伝わっていることがわかる。また,遠い空間 への影響を見ると,図4_→`→aでは一体となった2 個分の電荷の場合へと移行していくのに対し,図5_→ `→aでは正負の電荷が対になって消滅してしまう場合 3 3 4 へと移行していく様子も伺える。 6.まとめと課題・展望 物理的な場に着目する必要を誰もが感じるような現象 について,現在進めているプロジェクトの中から,静電 気現象の数値シミュレーションを活用する資料作りの一 端を紹介した。特に,)とがった部分の近傍では強い場 が発生していること,*帯電体から離れた遠方では影響 が等方化すること,+遠方への影響だけを考えるなら, 帯電体の形状として,球・円・点という理想形状を導入 してもかまわないこと,,電荷と電荷の間の力が空間に 静電応力として伝わっていくこと,などを議論した。身 の回りには不均一や非線形など,簡単な式では表しきれ ない複雑な物理現象があり,物理教育の各過程ではなか なか詳しく取り上げることができない。ここで示したよ うな,理解の補助に役立つ資料を多様なレベルで活用し て,その効用を評価するのは今後の課題である。 また,今回のシミュレーションでは考慮しなかった時 間変化や磁場変動も計算に導入し,電磁放射を見せるよ うな資料作成も重要な課題である。 文 献 [1]この方針で書かれたメタ・テキストとして:今井 功 著「新感覚物理入門」2 0 0 3年,岩波書店 [2]加藤徹也 科学研究費補助金報告書「H1 9―2 0年 度 基盤研究{ 不均一場の日常現象から導入する 物理現象の新しい表現方法の研究」2 0 0 9年 [3]E.T. ホイッテーカー 著 霜田光一・近藤都登 訳「エーテルと電気の歴史 上」1 9 8 9年,講談社 [4]三田博雄 訳・編集 科学の名著7「ギルバート」 1 9 8 1年,朝日出版社 [5]Ioan James“Remarkable Physicists From Galileo to Yukawa” , 2 0 0 4年,Cambridge University Press. [6]西尾成子・今野宏之 訳「歴史をつくった科学者 たち¿」1 9 8 9年,丸善 [7]http://www.e.chiba-u.jp/∼tkato/BorderlessPhysics Education/2009K57figs.pdf [8]宅間 董 著「電界パノラマ」2 0 0 3年,電気学会