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世界精神保健デー 精神保健における尊厳

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世界精神保健デー 精神保健における尊厳
2015 年
世界精神保健デー
精神保健における
尊厳
0
会長挨拶
WFMHは本年10月10日の世界精神保健デーのテーマとして「精神保健における尊厳」を選びま
した。「尊厳」という言葉はいろいろな意味を持っていますが、どれ一つとして的確ではありません。
ただし、そこに尊厳が存在すればそれと分かります。そして --- これが重要なのですが --- そこに
尊厳がなければ、それがないことも分かります。
「精神保健における尊厳」というテーマを掲げることにより、どうすれば精神保健のすべての側
面において(つまり患者さんや当事者に対するケアに始まり、一般市民の人たちの態度に至るま
で)「尊厳」を確保できるのかということをお示ししたいと思います。お読みいただき皆さんお
一人おひとりがご自分の活動の中でテーマを実践していただき、さらには精神保健において尊厳
が大切であることを周囲の方に伝えてください。
精神疾患を抱える方や家族の方がケア提供者や社会一般と接すると、「尊厳」をもって対応して
もらっていないと感じることが本当に多くあります。扱われ方にプライドを傷つけられてしまい
ます。ケアを提供する側の専門家は余りにも忙しく、困難な問題に立ち向かう時間がありません。
精神保健に関する国の予算はどこの国でも厳しく、そのために地方の医療・福祉の予算も厳しく、
トータルなケアが提供されないままです。つまり精神疾患を抱えた方が精神以外の疾患を抱えて
いてもトータルなケアが提供されず、結局は寿命を縮めてしまうという現実があるのです。
しかし、ここでは「尊厳」をやや広くとらえて、ケアを提供する側とケアを受ける側が共に相手
に対して尊敬を払うことも含ませたいと思います。アンチテーゼや対決よりもシンテーゼや協力
のほうが望ましいことは明らかです。敵は疾患であって専門家ではないことを我々は皆で気づく
べきでしょう。
今年の世界精神保健デーの論文集は、精神保健における尊厳を様々な側面から考察しています。
精神疾患という側面について言えば治療やケアにおける尊厳を取り上げ、精神保健サービスの当
事者から貴重な意見を提供していただきました。「本人中心のケア」というのが鍵のようです。
一般市民の人を対象に精神疾患や行動疾患について啓発し、これらの疾患について理解を深めて
もらうための論文も掲載しました。早い段階から一般市民に対する啓発に着手するというのが、
今年の論文集の重要なメッセージのひとつです。「精神の健康は財産である」と気がつくことに
よって、多くの人が精神保健をもっと広範にとらえ精神保健を確保する方法を考えるようになる
のであり、これがひいては精神疾患のリスクを減らして予防につながることになります。例えば
子供やティーンエイジの青少年に早い段階から社会的・感情的学習戦略を教えれば、それが将来
において啓発的アプローチを取る際の礎となるのです。
精神保健の問題にアプローチする上で「尊厳」を織り込むこと。これはスティグマや差別に対処
する上でも基本となります。どのような病気であれ病気を抱えた人を病気ゆえに差別する。そこ
には「尊厳」の欠片もなく、病気と闘う人に更なる苦悩を与えるだけです。この意味で精神疾患
1
に対する社会全体の態度を変えること、精神疾患の本質に関する啓発を行うことに、もっと努力
を払わなければなりません。
将来を変えていくために必要なメッセージの根幹は回復の重要性であり、回復のためには「尊
厳」が必要不可欠な要素となります。ケアというものは病気の現状に対処するだけでは不十分で
あり、「徐々に改善してゆきます」「医療的な意味でも、もっと広く心理社会的な面でも回復し
てゆきます」というように予後を現実的な将来の姿として提示できなければなりません。それこ
そが「尊厳」がある姿だからです。
Prof. George Christodoulou
President, World Federation for Mental Health
2
世界精神保健デー実行委員長からの挨拶
今年の世界精神保健デーのテーマは、よき精神保健ケアを提供する上で基本となる「精神保健に
おける尊厳」という言葉です。このテーマを選ぶにあたり、WFMHとしては「尊厳」という言
葉を的確に定義をするのは難しいと分かっていました。しかし「尊厳」を重要視することはケア
の必要不可欠な要素であり、それでなくとも山のような問題を抱える当事者に対する人々の態度
を大きく改善させることができるものだと思います。
WFMHが世界精神保健デーをスタートしたのは1992年のことですが、その時は社会のすべ
てのレベルにおいて人々の精神疾患に対する認識を変えていこうということが目標でした。その
後、10月10日には世界各国で記念行事が行われ、国際的なイベントに参加すると共に、各地
の状況に応じて精神保健ケアの問題が次の努力目標として取り上げられるようになりました。こ
うしたことで世界精神保健デーの当初の目標は既に達成されたと言ってよいでしょう。
「精神保健における尊厳」というテーマは世界のどこでも取り上げられるべき世界共通のテーマ
でありますが、それが具体的にどのようなものかは夫々の場所によって異なります。今回の論文
集では著者の皆さんが「精神保健において尊厳が様々な意味を持つこと」「ケアのすべての側面
において尊厳があって然るべきこと」を語っておられます。また精神疾患を抱えた方がよく遭遇
する差別も、尊厳がないことが根底にあると言ってよいでしょう。
著者のうち 2 人は、「尊厳」という視点を大きく広げるという観点から論文を書いておられます。
ノルウェーからの論文は学校における精神保健教育を取り上げ、早い段階から感情や行動に関す
る教育を始めるべきだと書いておられます。カリフォルニアの難民に関する論文では難民の人の
精神疾患に関してはいくつもの層があることを指摘し、難民として経験した彼らの厳しい経験を
理解して初めて真の尊厳を達成することができると述べておられます。
今までと同様に、各地で世界精神保健デーのイベントを行われるにあたってはラジオ、テレビ、
新聞、雑誌などを積極的に活用なさってください。ソーシャルメディアも使ってきましたが、若
い人たちを巻き込むために「尊厳」の啓発をするのはフェースブックとツィッターを積極的に活
用しようと思っています。
最後になりますが、世界精神保健デーのイベントを通して精神保健に対する問題意識を深めてく
ださる皆さまの努力に御礼を申し上げます。どんなに小さなイベントであったとしても皆さまの
活動は精神疾患に関する社会一般の意識を啓発し、当事者と家族に適切な支援をする必要がある
という事実を訴えかけてくれるに違いありません。
Dr. Patt Franciosi
Chair, World Mental Health Day
World Federation for Mental Health
3
目次
会長挨拶・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
世界精神保健デー実行委員長からの挨拶・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第1章
1.1
精神保健における尊厳を持って生活する・・・・・・・・・・・・・・・・6
精神疾患における敬意と尊厳・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
Janet Paleo, USA
1.2
こんにちは、私の名前はマンデラ・コンザです・・・・・・・・・・・・・・・・9
Mandla Konza, South Africa
1.3
プロシューマー:尊厳ある目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
Samantha Thornton, USA
1.4
家族の精神疾患と生きる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12
Spyros Zorbas, Greece
1.5
カリフォルニアのユリシウス「難民の精神保健における尊厳」・・・・・・・・・14
Patrick Marius Koga and Ahmad Fahim Pirzada, USA
第2章
2.1
精神保健における尊厳のフレームワーク・・・・・・・・・・・・・・・・16
精神保健法を通した尊厳の促進・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
Michelle Funk, Natalie Drew and Marie Baudel, World Health Organization, Geneva
2.2
21 世紀における全ての人の総合的健康「プライマリケア、精神保健、公衆衛生の統
合」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
Eliot Sorel, USA
2.3
私たちが目指す場所:尊厳 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
Eduardo Vega , USA
第3章
3.1
尊厳を高めていく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
精神保健における尊厳について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24
Betty Kitchener AM, Australia
4
3.2
学校におけるメンタルヘルス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28
Hilde Elvevord Randgaard, Noway
3.3
うつやメンタルヘルスのイメージ戦略「スティグマを終わらせるために行動を」・32
Kathryn Goetzke USA
第4章
4.1
精神保健の尊厳を支援する諸介入・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35
すべての人に精神的健康を:精神的健康と身体的健康の対等性―総合診療の役割・35
Professor Mike Pringle CBE UK
4.2
精神保健の尊厳を進める-精神保健サービスの 2 次ケアの役割・・・・・・・・・37
Dr. Alberto Minoletti, Chile
4.3
WFMH「グレートプッシュ」構想は精神保健における尊厳の促進を支援・・・・40
John Copeland, UK
4.4
リカバリー指向の実践を通してプライマリケアの場で精神保健の尊厳を促進する・42
Professor Tawfik A.M Khoja,Soudi Arabia
第5章
5.1
サービスを変革する―今や行動すべき時・・・・・・・・・・・・・・・・45
尊厳と精神保健-人材を変革する・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
Gabriel Ivbijaro UK, Dinesh Bhugra WPA, Vikram Patel India, Claire Brooks USA,
Lucja Kolkiewicz UK, Pierre Thomas France
5.2
多様性と社会的包摂に取り組むことで尊厳を高めていく ・・・・・・・・・・・・51
Louise Brandley, Mental Health Commission of Canada
5.3
実臨床における尊厳と精神保健ケア・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54
Social Care Institute for Excellence, UK
5.4
頭を高く掲げて生きよう:インドにおける精神保健の尊厳・・・・・・・・・・・ 57
Prof. S.K. Choturvedí,MD,FRCPsych,India
5.5 今すぐ行動を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
WFMH
5
第1章
1.1
精神保健における尊厳を持って生活する
精神疾患における敬意と尊厳
Janet Paleo
重篤で治りにくい精神疾患を抱えた人の治療を考えると、本人の回復を助ける様々な治療や方法
(例えば入院治療、投薬療法、スキルの習得、話しあい療法など)を思い浮かべることができる
でしょう。でも、こうした療法がたとえ最高峰のものであったとしても、そこに相手に対する敬
意や相手の尊厳を認める気持ちがなければ何の意味もないと思います。
良い先生なら必ず言われるように、薬を飲む場合、薬そのものが効くかどうかということも重要
ですが、「この薬は自分に効く」と信じることも極めて重要です。もしかしたら、この信じると
いうことのほうが重要かもしれません。治療についても同様のことが言えますね。つまり治療そ
のものに効果があるかということも大切ですけれど、治療を受ける時に患者がどのような扱いを
受けるかということが極めて重要な意味を持つと思うんです。「重篤で治りにくい」精神疾患を
持つまでになった人は「自分の人生がこれから良くなることはない」と諦めていることがほとん
どです。助けてくれるはずの先生たちは余りに忙しくて患者や当事者一人ひとりの名前も覚えて
なくて、患者や当事者にゆっくりと話しかける時間もない。「どのような心配があるの?」と訊
く余裕がなければ、治療やサービス提供がうまくいくはずがありません。治療をする先生たちが
燃え尽き症候群で、他の人のことを思いやることができない状態であればなおさらです。疲れ果
てた専門家と自己評価の低い患者の組み合わせ。それでは治療がうまくいくはずがありません。
でも残念なことに、今の世界ではこの組み合わせが本当に多いんです。治療を必要とする人数の
ほうが、治療をする人数より多いんですから。一人の先生が抱える患者数が増えれば増えるほど、
その先生が一人の患者に使える時間は少なくなります。そうして先生が疲れれば疲れるほど、先
生は患者に敬意を払うとか相手の尊厳を考えるとか基本的なことができなくなります。先生が診
察してくれる時、患者の名前を思い出せなくて下を向いてカルテを2回も3回も見るなんて絶対
に許されないことです。
私が最初に入院した時、入院は2年に及びました。そのあと、50回くらい入院しているので私
は山のような医療関係者を見てきました。専門家の中には私の顔も見ず、私の横に座っているケ
ースマネージャーにばかり話しかける人もいました。精神科の治療やサービスを受けるようにな
って15年くらいになりますが、「私は存在意義のある存在」とか「自分は敬意や尊厳を受ける
に足る人間」と思わせてくれた専門家は一握りしかいません。そういう専門家に助けてもらい、
私は回復への道を見つけることができました。
6
回復への道を開いてくれたのはケースワーカーのシンディでした。当時の私は10年にもわたり
社会から隔絶した生活を送っていたところだったので、シンディとの関係が何年間続いていたの
か分かりません。いずれにしても彼女は私の家を訪問してくれていました。最初に訪問してくれ
た時の詳しいことは覚えていないのですが、シンディが「私もうつだった」と打ち明けてくれた
のは覚えています。シンディは出産直後に赤ちゃんが亡くなったことでうつになり、身を切られ
るような苦しみから二度と立ち上がれないと思ったそうです。シンディが言う「深い苦しみ」は
自分自身の経験から良く分かるので、私はシンディの話に耳を傾けました。するとシンディは
「何年も何年もこんな苦しみの中であなたがどうやって生きてきたのか、想像もつかない。私の
想像を超えているわ。でも、あなたはこうしてここにいる。」と言ってくれました。私が今まで
に聞いた言葉で一番すごい言葉でした。
私の人生で初めて私の中の痛みを分かってくれる人がいた。私が私でいることが、どんなことか
を分かってくれる人がいた。私の体のすべての細胞を突き刺す苦しみを抱えながら生きることが
不可能に近いと分かってくれる人がいた。こういう私の痛みや苦しみをシンディが分かってくれ
たということ。それは私がそれまで経験したことのないような私への「敬意」でした。それまで
の人は「頑張りなさい」とか「それほど悪くないじゃないの」とか「思い違いよ」と言うんです。
確かにそうかもしれません。でも相手に「敬意」をもつというなら、まずは相手の状態や相手が
言っていることをそのまま受け入れるべきじゃないですか?シンディが言った「あなたは、こう
してここにいる」という言葉。それは私の「尊厳」を認めてくれた言葉でした。辛いことや心の
痛みがあったにもかかわらず、私が生きのびたということを表現してくれたんです。私は私。今、
ここにこうして生きている。私は人間。私は大変な戦いをして、それに打ち勝ってきた。だから
こそ、今、ここにいる。シンディの言葉を聞くまで、自分自身でもこういうことに気づいていま
せんでした。
その後、私が本当に回復への道をしっかりと歩み始めるまでには数年かかるのですが、このシン
ディの言葉が回復への第一歩でした。こういうことがあったので、やはり同じような苦しみを経
験した人と話すほうが当事者は納得できると信じています。シンディは私の苦しみを自分でも知
っていた。シンディの苦しみは私の苦しみほど深くはなかったかもしれないけど、それでもシン
ディは知っていた。当事者をピア専門家として活用することは、回復への道をスタートする助け
として重要だと思います。ピアは当事者の苦しみを知っていますし、ピアでない人に比べて当事
者の苦しみをずっと理解できると思います。問題を抱えるお母さんは他のお母さんからの話に説
得力を感じるでしょうし、エンジニアの人はエンジニア同士でしか通じない話もあるでしょう。
戦争に行った人同士でなければ分からない話もあるでしょう。同じような経験があってこそ気持
ちが通じるのであり、気持ちが通じたらそこから次の段階に進んでいけると思います。
精神疾患を抱えた人を相手に働く人にありがちな間違いは「○○しなさい」と言ったり、相手が
決めることを本人になりかわって決めてしまったりすること。つまり相手が幼い子供であるかの
ように私たちを扱うことなんです。これでは病気を抱えた人に対する「敬意」もなければ、相手
の「尊厳」を認めたことにもなりません。どのような経験をした人間であれ、他と違った人間で
あれ、どんな呼び方をされる人間であれ、そういう人たちに対して「敬意」を示すように世界中
が変わらないといけません。そもそも私たちは一人ひとりが人間であって、「ああいう人たち」
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とか「あなたのクライアント」とか一括りにしてもらっては困ります。治療やサービスを提供し
てくれているでしょう。でも、私たちはあなたたちのものじゃない。これを分かることが、「敬
意」や「尊厳」の第一歩じゃないでしょうか?ビクトール・フランクルが言ったように、「See
people greater than they know themselves to be.(人に対する時は、彼ら自身が思い描いてい
る自己像以上の扱いをしなさい。)」ということなんです。こういう風になったら、その時こそ初
めて「相手に対する敬意を払う文化」や「相手の尊厳を認める文化」が生まれるのだと思います。
そして、相手に対する敬意や相手の尊厳があれば治療や処遇やサービスがうまく作用し始めるん
です。回復は可能です!
JANET PALEO
WFMH Board of Directors
Co-Founder PROSUMERS
8
1.2
こんにちは、私の名前はマンデラ・コンザです
Mandla Konza
Cape Town, South Africa
私は南アフリカ共和国のムポンド族、ゾサという支族出身の黒人男性です。1975 年に東ケープ州
のイリンゲという町で生まれ、1977 年に母と西ケープ州に移ってきました。そして 1997 年に統合
失調症と診断されました。
尊厳というのは家庭からだと私は思います。両親が「隣の人や地域社会を敬いなさい。自分の国
も敬いなさい。」と教えるところからスタートするんだと思います。そして精神疾患を抱える人
も敬意をもって扱われるべきだと思うし、家族も地域社会もそういう人を受け入れ、愛すべきだ
と思います。精神疾患を抱えた人の生活状態を改善するため、私たちのような当事者は自分たち
の問題やニーズを地域社会に伝える責任があると思います。
私たちゾサ族は神様のことを「オアマサ」と呼びます。「ウコルカ」という言葉は「森に行く」
という意味で、先祖から伝わるアフリカの古い伝統です。山に行くと若者は自分のことを誇りに
思うこと、他の人を敬うこと、お互いに敬意を払い、愛しあうことを教えられます。ゾサ族の歌
に「年寄りは若者を尊重し、若者は年寄りを尊重して」という歌詞があります。
家族は私の病気を受け入れてくれました。薬を飲み始めると昼間でも寝てしまうようになりまし
たが、家族は私が怠け者だと批判するのではなく支援してくれました。人生の目標を持てている
のも家族のお蔭です。私は毎週、近くの図書館で開かれる支援グループの会に参加し、そこで素
晴らしい人たちに会いました。皆、お互いに敬意を払い、お互いの尊厳を認めています。支援グ
ループでは、どうすれば支援グループの活動をもっと良くできるかを話しあったり、「新しい薬
を安く手に入れられること」とか「食べ物や住む場所を確保できること」とか「働く機会を得ら
れること」とか「(心理社会的なリハビリテーションも含めて) 教育を受けられること」など障
害者の権利をどのように進めてゆくかを話しあいます。
精神疾患を抱える南アフリカ共和国の人たちのQOLを改善するため、頑張ろうと思います。そ
して尊厳と平等で、差別のない国にしなければならないと思っています。
9
1.3
プロシューマー:尊厳ある目的
Samantha Thornton
私がピアサポートスペシャリストとして働くプロシューマーの事務所の入口には、プロシューマ
ーが発行しているニュースレターが置いてあります。プロシューマーというのはテキサスにある
団体で、精神的な問題を抱えた人が自分の回復に前向きに取り組み、さらには地域社会に貢献で
きるように手助けをしてくれるところです。プロシューマーのことを全く知らなかった私はある
時、ロビーにおいてあるニュースレターを手に取り、プロシューマーの存在を知りました。その
後の2か月間、新しいニュースレターが置かれるたびに私は最初の頁から最後の頁まで熟読し、
プロシューマーという団体をもっと知りたくなりました。一つビックリしたことがあります。ニ
ュースレターに載っている情報は貴重なものばかり。すぐに利用できる情報満載であり、内容を
本当によく知っている人が書いていることがすぐにわかりました。取り上げられているトピック
は多様で、それでいて題材のバランスもよく考えられているのです。そういう素晴らしいニュー
スレターを見た私は「えっ?」と驚いたのですが、私が驚いた理由は自分でもすぐに気がつきま
した。その理由が分かったので、今回、「尊厳」というテーマでこの文章を書くべきだと思った
わけです。
私たちの周りにはニュースが溢れています。こなれていない情報であったり、同じ話の蒸し返し
だったりしますが、それでもニュースはニュースです。もし読めば参考になることが書いてある
のかもしれません。ニュースを読んで、人として成長できる余地もあるのかもしれません。でも
プロシューマーのニュースレターには実際の人の話が溢れ、自分たちがどうやって生き抜いてき
たのか、健康を保っているのか・・・ということが書いてあります。私たちにかかわりのある法
律や団体の動向も書いてありますし、私たちがどのように社会に貢献や参加をすることができる
のか、権利擁護活動をする方法や「一つの声」として団結する方法についても書いてあります。
事務所の入り口に置いてあるニュースレターは、「希望の光」とすら思えるようになりました。
私たち自身のニュースを伝えることができるということは、私たちに尊厳や価値や社会との繋が
りを与えてくれます。
これは、私にとって本当に重要なことです。重度精神疾患の診断を受けている私が当事者として
自分に必要な情報を集めようすると、必ず相手が上から目線で話してくるんです。当事者用の情
報を掲載したものや啓発用のキットなどは子供用のように幼稚で、過保護。しかも単純。同じ集
団に属する人間であっても、人によって求めるスタイルは様々でしょう?当事者も同じです。要
点だけ列記しているような形式を好む人もいれば、具体例などを引用しながら細かく説明してい
る形式を好む人もいます。プロシューマーのニュースレターが他と最も異なる点は、とにかく押
しつけがましくないこと。相手に敬意を払うとか相手の尊厳を認めるとかいう場合、その根底に
あるべきなのは押しつけがましくないことだと思います。
上に「過保護」と書きました。私の状況について知っている人が私に情報をくれる場合、その情
報は「編集」されていることがほとんどです。つまり私のことを病人か障害者と考え、「本当の
ことを教えたら本人の負担になる」と思うのでしょう。でも、人のことを弱いとか脆いと決めつ
けるのは間違いだと思います。私は何でも自分で調べようと決めています。当然ですよね?それ
なのに私の診断名を知ると「知的能力が低い」とか「壊れてしまうほど脆弱な人」とか「幼い子
供のような人」と決めつけられてしまうのです。一方でプロシューマーのニュースレターや会合
には、私たちを人間として敬意をもって扱ってくれる姿勢が明確に打ち出されていて、これは私
にとって本当に嬉しいことでした。今でも私は調べることがあれば自分で何でも調べ、自分の人
10
生を自分で先導しています。他に選択肢がないとか思い込みからそうしているのではなく、プロ
シューマーにそうする勇気と気力をもらったのです。
プロシューマーのニュースレターに見られた姿勢は、プロシューマーという団体全体にも行き渡
っていました。ある時、プロシューマーの会合が近所であることが分かり、出席をすることにし
ました。ピアであれば当然ですが、私もありとあらゆる支援グループのことを知っているつもり
です。それでもプロシューマーの会合に出た時は驚きました。決まり切った会合ではなく勉強会
のようで、出席者はそこから学び、成長し、答えを見出すことができるものでした。私が以前に
参加したことがある支援グループや権利擁護活動グループの会合では、疾患を持っていない人が
コーディネーターとして取りまとめをしていました。でも、プロシューマーの会合は「これは他
のところと違うな」とすぐに分かりました。取り組む姿勢が全く違うんです。最新の調査研究や
法律の動向、新しい取り組み、最近の出来事、癒しの戦略などが満載でした。教材だけではなく
会合の前と後に交わされる会話も他とは異なっていて、パワフルな文化があらたに創出されてい
るようでした。各人が知っていることを踏まえて積極的に会合で発言をし、会議を引っ張ってい
くことが求められ、我々ならではの「声」を出すこと、地域社会のレベルだけではなく国のレベ
ルや世界のレベルを念頭に置いて活動することが大切だと気づかされました。
最後になりますが、地域社会の行事などにリーダーとして出席すると、状況が一変します。精神
的な問題を抱えていると社会から孤立し、「あの人は変な人」という評価になりがちです。しか
しプロシューマーを通じて、自分は地域社会の一員であるという気持ちを持てるようになります。
当事者が集まり、お互いに実践的なことを教えたり学んだりする。そういう場です。自分たちの
回復にむけて、どのように積極的に動くか。地域社会に対して、どのように積極的に関わるか。
回復の基礎には、他人や自分を助けようとする気持ちがあります。私自身も精神的な問題を抱え、
いろいろな回復への取り組みを見てきました。人が回復しようとしている問題が何であれ、回復
への道がうまくゆく方法には「アウトリーチ」「しっかりとした目的」「地域社会」などの共通
項があります。プロシューマーは、威厳をもって変わるための場を提供してくれます。そこには
私たち当事者に役割があり、その役割を通して私たちは積極的に社会参加をし、全ての人のため
になるプラスの変化を誘発してゆくことになります。すべて私たちが尊厳を持ちながら・・・
11
1.4
家族の精神疾患と生きる
Spyros Zorbas, Greece
精神疾患を抱えた家族がいる人の話を読むことがありますが、本人の発病と共に生じる様々な問
題(家族内に生じる危機、初めての精神科入院、希望のなさ、うつ、絶望など)は家族にとって
大きな心配の種となります。
精神疾患を抱えた人と生活を共にしたことがある人なら、そんなことは全て経験済みのことでし
ょう。私自身、妹が 20 年前に発病し、私の家族全員に大きな影響を与えていなかったら、こんな
ことは書きません。
私は姉と一緒に育ちました。一緒に通学している時、姉に最初の症状が出たんです。何が何だか
理解できませんでした。当時の私たち家族には情報もなければ、病気のことも全く知らず、何の
サポートもありませんでした。こうして私たちは姉の病気を単に見守るだけで、複数の専門分野
が一緒になった支援チームのようなものはありませんでした。今、40 歳になった私が感じるのは、
精神疾患を抱えた人が自分のアイデンティティや生きがいすら失ったしまう危険性があるという
厳しい現実です。かつて楽しかったことも楽しくなくなり、引きこもり、問題を対処することも
できなくなるという悪循環の中に生きています。
本にはよく、精神病を患った人の生活は直線じゃなくて丸をグルグルまわるようなものと書いて
あります。最初、病気が始まった時には何もかもが大変です。そして強制入院させるということ
も、とても微妙な転換点です。
入院すると、(1)患者は必要な治療を受けることができ、(2)家族は前向きに対応を考える
ことができるようになります。
入院後、家族は患者のケアプランに参加することを考え始めることができるようになり、患者の
負担を一緒に背負ってくれる施設や専門家と知り合って連絡をとるようになることもあります。
幸運なことに私たちの場合もまさにそうでした。病気がどんどんと悪くなる状況が 1 年続き、8 年
前、強制的に入院させたのですが、まさにこれが転換点になりました。
姉はデイケアセンターでシステマチックなモニタリングと心理社会的なリハビリテーションを受
け、精神科の専門家と会い、患者会や自助グループに行って仲間の患者さんと会い、ペットと遊
び、絵を描くなど楽しい会に出席するようになり、それは今でも続いています。
この 8 年の間に病気が徐々に安定してきて、姉の人格の中に徐々に新しいものが現れ始めてきて
います。過去には想像もできなかったことですが、今や毎日の生活の中でもいろいろなことに興
味を示しはじめるようになりました。
精神病を抱えた自分の家族が自分の人生を取り戻し、自分なりの目標を持ち、自分がどうすれば
幸せになるのかを分かるようになる姿を見るのは、家族にとって何よりの喜びです。まだまだ毎
12
日の生活を送るにもケアプランが必要ですが、着実に良くなって回復しているのは家族にとって
喜びと将来への希望を与えてくれるものだと感じています。
13
1.5
カリフォルニアのユリシウス「難民の精神保健における尊厳」
Patrick Marius Koga, MD, MPH
Ahmad Fahim Pirzada, MD
「私の名前は『とるに足りなき者』である」
ホメーロス作「オデュッセイア」より
「オデュッセイア」と言うと、私たちは困難な状況における漂泊の旅を思い浮かべる。「オデュッセ
イア」はギリシャ人の吟遊詩人であるホメーロスにより紀元前 700 年頃に語られたもので、イタケー
の王であるオデュッセウスがトロイア戦争の後、自国に戻るまでの 10 年間の苦闘の道のりを描いた作
品として知られている。オデュッセウス(ローマ人はラテン語でオデュッセウスのことをユリシウス
と呼ぶ)は旅の間、不思議な生き物と戦ったり海王ポセイドンの怒りに触れたりするのだが、最終的
には祖国に戻り、再びイタケーの国王となる。
長く辛い旅の間、オデュッセウスはいろいろなものを失う。しかし彼は失うことの苦しみに耐えたこ
とで徐々に順応力を身に着け、精神的にも人間的にも成長し、別人のようになってゆく。このため西
洋社会はオデュセイアには人間の一つのタイプが描かれていると高く評価するのだが、この 3000 年前
の寓話に溢れる叡智が近年の難民の精神保健の現状理解や精神科医の臨床を助けてくれているわけで
はない。しかし、オデッセイアには 2 つのストーリーが含まれている。
一つのストーリーは「外から中を見た」オデュッセイア、つまり精神科のバージョンである。
毎年、約 8 万人の難民と 40 万人の移民が海外から米国にやってくるが、米国国土安全保障省移民統計
局の 2012 年版報告書によれば 2009 年 10 月 1 日~2012 年 9 月 30 日までの 3 年間の間に 18 万 7856 人
の移民の入国が認められ、7 万 5441 人の亡命(一部、国外追放の手続きに入った後に亡命を認められ
た人も含む)が認められた。このうちカルフォルニア州は難民 1 万 8731 人(10%)、亡命者 2 万 7158
人(36%)を引き受けており、米国国内の州としては最大の人数である。
難民となって米国に来る前、彼は母国で困難な状況に置かれ、医療を受ける機会もないことが多い。
米国流の医療も知らなければ、予防医学に関する理解もない。イラク、シリア、イラン、ミャンマー、
ソマリア、アフガニスタン、ブータン、エルトリアなどの国の出身者は、内戦、迫害(社会的なもの、
性別によるもの、宗教的なもの)、栄養失調、自宅や家族を失うという体験、専門家としての地位の
喪失、社会経済的立場の喪失、母国を失うなどの経験をしている。難民としてアメリカに移住したと
しても新しい環境になじむためのストレス要因があり、移住前のトラウマはむしろ増幅する。多くの
難民が孤立感、不安、気分の落ち込みを経験し、これが心身の状況に大きな悪影響を与える。こうし
たことにより、難民として移住してきた人が自らの健康に気をつけ、医療などの支援なしに生活をで
きるという状態を維持するということは極めて難しく、ほとんどの難民はPTSD、うつ病、不安障
害などの精神疾患を抱えることになる。
もう一つのストーリーは難民自身、つまりユリシウスが見る「中から外」のストーリーである。
科学的な現実から言っても、いわゆる「精神疾患」を説明するにあたっては難民の人間としての側面
14
も見なければならない。そうしたアプローチを取れば、精神疾患における尊厳という問題も別の切り
口が見えてくるだろう。難民の「精神疾患」に尊厳をあてるだけでは不十分かつ不正確であり、難民
の置かれた状況をそのまま認識することが重要である。つまり、熾烈な条件のもとで生きているとい
う極限状態におかれた正常な人間の反応として精神疾患をとらえるという考え方である。
WPAにおいて Transcultural Section を率いる Dr. Joseba Achotegui は移住に伴う過度の悲しみ
を抱えた移民が示す症候群を表すものとして、「ユリシウス症候群」という表現を提唱している。つ
まり難民は家族や愛する人との別れ、母国との別れ、土地や言語や文化や社会的な支援制度との別れ、
専門家としてのアイデンティティや社会におけるステータスの喪失など様々な喪失を体験し、喪失に
伴う悲嘆を経験する。そのあとに来る「喪」の作業は熾烈なものであり、本人の人格をも変えてしま
う。本人が経験する喪失は余りにも多岐にわたり、喪失感は慢性的に襲ってくる。そして、本人の世
界観をも曲げてしまうのである。親子関係は逆転し、また世代間のギャップもあることで、難民の子
供たちは自らの親たちを尊敬しなくなる。難民の母国の文化・宗教的な価値観が移住先の国の価値観
と異なる場合、難民は同民族の人間とだけ付き合うということを選び、そうすることによって疎外感
を回避しようとするので、難民と受け入れ側社会の間の壁はさらに深いものとなる。偏見、時には頭
からの外人嫌いや人種差別(しかも双方からの外人嫌いや人種差別)が生まれ、難民側も受け入れ社
会側も双方が傷つくことになる。
こうした極端な悲嘆は病的悲嘆とは異なるものの、恒久的に危機的状況を生むことになる。そして、
こうした状況が何年も継続すると精神的なブレークダウンや時には実際の精神疾患を引き起こす場合
がある。しかし難民自身は自分が精神障害を抱えているとは認識しない。この背景に、彼らの多くが
恥の文化の出身であり、このために精神疾患に対して強い社会的スティグマがあることが挙げられる
が、それだけではない。難民は自らをあくまでも正常な人間としてとらえ、自分の「臨床的状況」は
疾患によるものではなく、困難な状況下で生きていることの結果としての症状であると考えるのであ
る。こうした人間の苦しみには病理とは別の視点からの呼び方(「うつ病」ではなく「ユリシウス症
候群」)が必要であり、厳密な医学や心理学的介入ではなく社会的介入(訓練、雇用、社会的支援、
社会資本)が必要になる。
オデュッセウスは確かに勇敢で強い人間だが、我々が学ぶべきは勇敢さや強さではなく彼の叡智と忍
耐力であろう。ホメーロス自身も全編を通じて主人公のことを「賢人オデュッセイア」と呼んでいる。
“Yea, and if some god shall wreck me in the wine-dark deep, even so I will endure…
For already have I suffered full much, and much have I toiled in perils of waves and war.
Let this be added to the tale of those.”
― Homer, The Odyssey
Patrick Marius Koga, MD, MPH
Director, Refugee Health Research
UC Davis, School of Medicine, Dept. of Public Health Sciences
Email: [email protected]
Ahmad Fahim Pirzada, MD
President & CEO
Veteran, Immigrant, and Refugee Trauma Institute of Sacramento (VIRTIS)
Email: Dr. [email protected]
15
第2章
2.1
精神保健における尊厳のフレームワーク
精神保健法を通した尊厳の促進
Michelle Funk, Natalie Drew & Marie Baudel
Department of Mental Health and Substance Abuse, World Health Organization, Geneva
尊厳とは、「その人の社会的立場(人種、性別、心身の状態)にかかわらず、全ての人間が持つ
人間本来の価値であり、剥奪されることができないもの」と定義することができる¹。国際的に人
権を規定した文書などには「尊厳」が深く刻み込まれており、世界人権宣言はまさに第 1 章にお
いて「全ての人間は生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である² ,
³」と述べている。全ての人間の尊厳が奪われないようにするには、まず人権を守ることが必要な
のである。
しかし、世界各国において精神障害や心理社会的障害を抱えた人の人権は無視されている。彼ら
は差別されるだけでなく、精神保健関連の施設においても一般社会においても感情面、身体面、
性的側面で抑圧されていると言ってよい⁴⁵。さらに、有資格の保健・精神保健の専門家の不足や
精神保健関連施設の老朽化のためにケアの質は悪く、さらなる人権侵害の原因となっている⁶⁷。
こうした状況に対処して精神障害や心理社会的障害を抱える人たちの尊厳を担保する手段として
有効なのが、精神保健法である。精神保健法は、国際的に人権を規定した文書(具体的には「障
害を理由に人間を差別することは人間が持つ本来の尊厳と価値に対する違反である」と規定して
いる国連障害者の権利条約)に合致したものでなければならない。精神保健法を制定することに
より人権擁護のために必要な基本的要件が確立・強化され、これがひいては精神保健を取り巻く
人々の態度や思い込みを是正することにつながっていく。
基本的なこととして、精神保健法は心理社会的障害を持った人が非人間的な扱いを受けることが
ないようにし、精神保健ケアにおいてのみならず社会生活の全側面において彼らが他の人と平等
に扱われることを担保しなければならない。また強制介入に対しては確固たる歯止めを提供し、
権利侵害があった場合の救済策と是正措置が用意されていなければならない。
さらに、精神保健法は本人の自発的意志による入院治療を促進し、どのような治療やケアであっ
ても事前に本人のインフォームドコンセントを取り付けることを規定していなければならない。
また本人が自分のケアや治療に関して自分で決定をする権利を促進し、国連障害者の権利条約 12
条にあるように、本人が自分に影響のある決定に関してはその中心にいられるように支援付きの
選択肢を提供することを法律で定めておかなければならない。事前計画を正式な書面(自分の病
状が悪化する前に、自分の治療方針について意思表明をする「事前指示書」など)を作成できる
ようにしておくことも、本人の自立性や尊厳を確保するために有効な方法である。
16
すでに、精神障害や心理社会的障害を抱えた人を対象とした法律を制定している国も多い。障害
者法や医療法などに精神を追加するという方法がとられている国もある。どのようなアプローチ
を取るかは各国の法体系の来歴によるところが大きいが、いずれにせよ心理社会的障害を抱えた
人が健常者と平等に、同等の権利や、支援、チャンスを享受できるよう、雇用法、教育関連法、
社会福祉法などにおいて相応の配慮を受けられるようにすることが不可避であろう。
質の良い精神保健ケアの提供、スティグマや差別の解消、脱施設化の推進などの環境作りのため
には、精神保健関連の法律が決定的な役割を持つ。また、法案作成のプロセスに心理社会的障害
を抱えた人を参加させることが、彼らの尊厳と人権を効果的に担保するために極めて重要である。
17
2.2 21 世紀における全ての人の総合的健康
「プライマリケア、精神保健、公衆衛生の統合」
Eliot Sorel, MD
世界保健機構(WHO)は、健康を「単に病気ではないとか弱っていないということではなく、
肉体的にも精神的にも社会的にもすべてが満たされていること」と定義している。つまり精神的
な健康は総合的な健康の基本であり、まさに「メンタルヘルスなくして健康なし!」なのであ
る!健康とはその人の信条、国籍、経済力、病名にかかわらず、全ての人が享受すべき権利であ
る。21 世紀の今日、ほとんどの精神疾患は診断治療をすることができるようになった。にもかか
わらず、世界中で 5 億人以上の人が精神疾患に苦しみ、恥の意識やスティグマや差別に苦しんで
いる。ケアを受けられないことも多く、そもそも精神疾患のような疾病負担に合致した社会資源
の割り当てが行われていない。一次予防は十分ではなく、ケアが細分化され、治療には一貫性が
ない。政府の政策は残念なことに、むしろ人権侵害を恒久化させている。
国連総会非感染性疾患に関するハイレベル協議(2011 年 9 月 19 日~20 日)に先立ち、「健康が
ようやく政策決定の最高レベルに付託された」という期待が沸き起こった。こうした期待の背景
には、非感染性疾患(心臓病、癌、慢性閉塞性肺疾患、糖尿病など)は総じて最大の疾病負荷で
あり、医療制度や当該国の経済に負担を与えるという状況がある。しかし国連のハイレベル協議
は幅広い討議対象を掲げる一方で、精神疾患を討議対象から除き我々の失望を招いた。精神疾患
は非感染性疾患の中で罹患率が最も高い部類に属し、世界各国で5億人以上が罹患、疾病負荷は
約 14%、障害負荷では 30%〜45%にのぼることに考えれば、精神疾患を討議対象から外したのは
信じられないことである。
これを受け、精神疾患を他の非感染性疾患と同様に扱うように猛烈なキャンペーンがスタートし
た。文章やメールを配布し、さらにはWHOの執行理事会と総会に対して直接の訴えも行い、こ
の結果、WHO総会決議(2012 年 5 月)において精神疾患は他の非感染性疾患と同様の扱いを受
けるようになったのである。決議には世界各国を対象とした行動計画が勧告されていたが、2013
年にはWHOが世界精神保健行動計画 2013 年〜2020 年を立ち上げ、精神保健とプライマリケア
の協力統合などが含まれており、いわば 2012 年 5 月に勧告されていた行動計画が現実のものと
なったのである。
精神疾患は今や診断治療可能であり、ほとんどの場合、人々を生産的な生活と良好な人間関係に
戻すことができる。しかし治療を妨げるもの(ケアを受けることができない状況、恥ずかしいと
いう思い、スティグマ、差別)があり、特に低所得国や中所得国においては迅速な治療ができな
いでいる。
1 人の患者が、精神疾患だけではなく他の非感染性疾患(糖尿病や心臓病など)を患っていること
も多い。共存する疾患の治療を総合的に行うことが理想だが、現行の医療制度は細分化され総合
治療という視点が欠如しているので、現行の医療制度を持続すればよいというわけではない。中
でも、1 次予防および 2 次予防の強化(ケアのアクセスを確保する、ケアのインテグレーションな
ども含む)が 21 世紀の医療制度に関して最優先の課題の一つだろう。一次予防および二次予防の
18
強化を行うことにより疾病負荷や障害負荷を減少させ、各国における経済への負担をも減らすこ
とが出来るので、この課題の実現は不可欠と言える。
こうした問題に対する対応として、19 世紀~20 世紀の病院中心・診療科目ありきの医療モデルか
らパラダイムをシフトし、21 世紀にふさわしい「垣根を超えた協力・統合型のチーム体制」「情
報・通信技術を駆使した結びつき」「場の共有」などを盛り込んだモデルを構築してゆくべきで
ある。こうしたパラダイムシフトのためにはプライマリケアと精神保健と公衆衛生の一体化が不
可欠で、これによりケアへのアクセスや質が改善し、さらには誰でもが支払えるくらいの金額で
ケアが提供されることになる。そして、これがひいては恥ずかしいという思いやスティグマや差
別を軽減していくのである。
「21 世紀までにすべての人に総合的な健康を」という目標を達成するには上記パラダイムシフト
が必要であり、それには以下のような項目が鍵となる。
•
医療や健康一般に関する教育。年代や制度を超えて医療と栄養とフィットネスを統合する
こと(家族、教育制度、職場、医療制度)。
•
公衆衛生、一次予防、医療、健康の戦略。ライフサイクルを通しての健康促進、健康防衛、
疾病予防に焦点をあてたもの。周産期から確実に始める。
•
プライマリケア、精神保健、公衆衛生のコラボおよび統合
•
グローバルな医療政策。ただし身体と精神を同一に扱うもの、差別をしないもの。全ての
人の尊厳を認める。
世界精神医学会(WPA)は 2015 年 6 月 24 日~27 日にブカレストで開催された会議でこうした
問題を討議し、「協力的かつ統合的なケアに関する声明(Statement on Collaborative and
Integrated Care)」 と題された公式文書を出し、以下のように訴えている。
「国連加盟各国は 21 世紀において全ての人が総合的な健康を得るための方法として、協力的かつ
統合的なケアを標榜することを決議し」
「こうした目標を『国連持続可能な開発目標』の最新版に盛り込むことを決議し」
「国連加盟各国は本決議に関する教育訓練や実行に必要な人材、予算、技術を提供することを決
議するものである。」
References 1. WHO (2008) The Social determinants of health, final report, WHO Publishing
2. WPA (2015) Bucharest Statement on Collaborative and Integrated Care
3. Sorel, E., “ Health: an invaluable asset for a robust economy and democracy,” The Journal of the
Pontifical Council, 1999, 86-87
4. Sorel, E., Satcher, D., “The UN’s Unfortunate Exclusion,” Psychiatric News, Oct. 7, 2011
19
5. OECD (2014) Making mental health count: the social and economic costs of neglecting mental
health care, OECD, health policy studies, OECD Publishing
________________________________________________________________________
*Eliot SOREL MD is Senior Scholar in Clinical Practice Innovations, Clinical Professor of Global Health, of
Health Policy & Management and of Psychiatry & Behavioral Sciences in the Schools of Medicine and of
Public Health, all at the George Washington University in Washington, DC. He is the chair of the American
Psychiatric Association’s Global Mental Health and Psychiatry Caucus. 20
2.3
私たちが目指す場所:尊厳
Eduardo Vega, M.A.
我々の進歩を妨げる根深いスティグマや差別に対するアンチテーゼとして、「尊厳」を切り口に
して精神保健サービスや一般市民の考え方を変えるべきだという声が国際的にあがっている。
2015 年 8 月 24 日 12 時、ワシントンにおいて多くの人間が行進を行う。これはデスティネーショ
ン・ディグニティ(精神保健における尊厳が私たちの到着点)ということをテーマにした行進で、
目的は精神保健の現状を改善しなければならないということを一般市民に訴えること。こうした
行進が全国レベルで行われるのは今回が初めてである。今回の行進を組織したデスティネーショ
ン・ディグニティ・コアリション(「精神保健における尊厳が私たちの到達点」という考え方を
広めるための連立)は、当事者、家族、支援者たちが作った横断的な団体で、我々が当然享受す
べき尊厳を確保し、人生に不可欠の希望を得るための活動を呼びかけている。今回の歴史的イベ
ントはナショナルモールにおける集会からスタートし、全米にいる数百万人の当事者と支援者の
声と力を結集し、進歩にむけた「ティッピングポイント(訳注:小さな変化を続けていたものが、
ある時を境に爆発的な変化・流行をするようになることがある。その「境」のポイントのことを
意味する)」を作り出すことも狙っている。
尊厳は、人間が誰しも生まれつき持っている権利である。しかし我々のように精神的障害を抱え
ているものは、尊厳を奪い去られることが多い。スティグマや差別によって。あるいは強制的治
療や意に沿わない処遇によって。はたまた私たちの声を封じようとする相手や恥によって尊厳が
奪い去られることもある。人間は顔を上げて生きられなかったり、自分の人間としての価値や可
能性を支えてもらえなかったりすると、精神疾患に伴う問題はさらに厳しいものとなる。よって、
私が所長を務めるサンフランシスコ精神保健協会が運営する Center for Dignity,
Recovery and Empowerment でも名前の最初に「尊厳」という言葉を持ってきて、「尊厳第
一」という姿勢を明らかにしている。
回復はできる。毎日、世界各国で、多くの人が問題にぶち当たり、信じられないほどの苦痛や困
難に耐え、それでも地域社会の貴重なメンバーとして貢献している。症状のために一定期間にわ
たり能力が下がったとしても、それでも自分自身にとっても達成感のある人生を再び手に入れる
のである。
しかし、精神疾患や薬物中毒からの回復というのは骨折や風邪から回復するのとはわけが違う。
当事者も当事者の心も、その人を取り巻くもの(社会的な環境、人間関係、周囲の人の考え方や
態度)に大きな影響を受ける。取り巻く環境によって当事者の脆さやストレスが増加することも
あれば、粘り強さや希望などが増加することもある。
21
このことは、長年にわたり精神保健の分野で働いていればたいていの人が気づくことである。サ
ービス提供の休憩時間にも、あるいは政策改善という我々の努力の成果を評価している時にも、
はたまた「当然のこと」を阻むものは何なのかと考えている時にも、かつてデービッド・サッチ
ャー博士(15 年前のアメリカの公衆衛生長官)が言ったように「精神保健の分野で進展をもたら
そうとする場合、最も頑固な障害物はスティグマである」ことを痛感するのである。
根は深い。希望と支援が必要な時に、恥ずかし目や屈辱を味合わされた人も多い。だからこそ、
世界各国の首脳たちも精神保健に関する偏見や差別の撲滅や尊厳と平等の回復を最優先課題とし
て扱い、時には自らの終生の課題とするのである。
世界中の政府、国、そして多くの人がスティグマ撲滅という大義のために社会資源を投入してき
ている。それは、各サービスへの予算配分、障害と失業の多さ、医療の消極的取り組み、そして
精神疾患のある人々の治療の歴史の裏に偏った見方、誤解、恥や恐れがあることに気付いたから
である。
一般国民が偏った見方をしていると偏見が生まれ、そこから特定の行動が生まれたり、あるいは
逆に取るべき行動をとらなかったりという状況が生まれてくる。こうした悪循環にさらされ続け、
我々も本来であれば政治家や教育機関や地域社会に当然期待すべきことを期待しなくなる。そし
て、精神疾患を抱えた人が良く言うように「余り期待しちゃいけない」と思ってしまう世界が作
り上げられたのである。
医療に関しても尊厳の問題に関しても精神疾患を抱える人の回復についても、我々は何世紀にも
わたり「今もダメなのだから、これからもダメだ」という考え方をしてきた。予算配分にしても
一般国民からの支持にしても、精神保健は身体保健に劣るという虚しさを我々自身が感じ、そも
そも期待もしていない。ゆえに、精神保健のサービスはマイナス思考にのっとって構築されてき
ている。強制入院と自傷他害の恐れがなければ支援を受けられない制度。非人間的扱いが常に増
進している施設。無職の状態や障害がある状況が蔓延していても、「それは仕方がない」と見な
す社会。拘束や虐待や人権拒否や時には死すら「仕方がない」とされてしまっている。
こうした力動を変え、当事者やシステムや一般社会の期待のバーを上げるのは決してたやすいこ
とではない。人のマインドや地域社会を変え、回復の可能性を最大限に追及する社会をつくるた
めには金をかけずにできるものではない。短時間でできるものでもない。
しかし、できる。しなければならない。
そして、これが重要なことなのだが、現実に変化を起こし、その変化を継続させるためには、人
の目に見える形にしなければならない。カミングアウトして公の場で偏見や諦めに挑み、我々の
力や声を見せ、尊厳を主張する。こうした行動こそが変化を起こすことができるのである。
精神疾患を抱える人に関する古い見方や偏った見方に対して反証する最良の方法は、精神疾患を
22
抱えていても皆と同じだと示すことであろう。疾患を抱えていても家族の一員として、地域社会
の一員として、経済活動を行う組織の一員として大切な存在だと示すこと、我々はすぐ横にいる
ということを示すことだろう。
沈黙の中に生きている数百万人の人たちにも声を上げてもらい、「尊厳を主張してカミングアウ
ト」してもらう。そうすることにより「当事者の権利や尊厳が、精神疾患を恐れる文化によって
剥奪されることは断固許さない」と表明できる。我々自身と我々が「私たちの大切な人たちが我
慢して黙っていなければならないという現状を打破する」と表明することにもなる。共に手を携
え、非人間的な行いや差別を打破すべく立ち上がろうではないか。
回復をしている人には希望と回復の生き証人として先頭に立ってもらい、精神保健をスティグマ
から解放しなければならない。医療制度でも教育制度でも全ての「制度」において、尊厳を単な
る理念から昇華させ、全ての当事者が享受できる現実に高めていかなければならない。
精神疾患を抱えた全ての人が最大限のチャンスを得て、恐れや孤立から解放され、回復する --そういう世界を作ることは可能である。そうした尊厳に基づく新しい世界では、一般社会が当事
者を単に支援するのではない。当事者の力や粘り強さや希望が不可欠のものと見なされるのであ
る。
尊厳のある環境においてのみ、回復は可能となる。そして、我々が必要とする制度上の変化の多
くは、文化が草の根レベルで変わってはじめて達成できる。
我々の終着点である尊厳までの道のりは長い。しかし、すでに我々は走り出した。一人でも多く
の人が一緒に走ってくれれば、それだけ早く終着点に着けるだろう。
Eduardo Vega is President and Chief Executive Officer of the Mental Health Association of San Francisco,
and Director of the Center for Dignity, Recovery and Empowerment. Learn more at
DestinationDignity.org.
23
第3章
3.1
尊厳を高めていく
精神保健における尊厳について
Betty Kitchener AM, CEO Mental Health First Aid International
精神保健における尊厳を現実のものとすること。そのためには社会のメンバーが協力しあって精
神保健を人の目に触れるようにし、精神疾患が恥ずかしいものではないということを周知してい
かなければならない。精神疾患も他の疾患と同様、「疾患」なのだということを理解すべきであ
る。精神保健的問題がある場合に早期に気づく方法や、問題を抱えた人を助ける方法を知るべき
であろう。精神保健の分野で働く人間ではなくとも、いわゆる「応急手当」のスキルを会得する
ことは可能である。
オーストラリアではメンタルヘルス・ファースト・エイド(MHFA)と呼ばれるプログラムがあり、
精神保健的問題を起こしつつある人や危機的状況に陥っている人を救護する方法を一般市民に教
えている。さらに MHFA 行動計画というのもの用意し、具体的方法を記載している。本行動計画
と 12 時間のコース(講義のみ)あるいは混合コース(ネット学習と講義の混合)は広範囲の研究
を踏まえたもので、当事者、家族、専門家のコンセンサスが形成されている。
https://mhfa.com.au/research/mhfa-australia-course-development.
メンタルヘルス・ファースト・エイド行動計画
24
A 危機的状況にあると思われる場合、本人にアプローチ、アシストする
L 本人を批判することなく傾聴する
G 支援と情報を提供する
E 適切と思われる専門家受診を勧める
E 他の支援を勧める
上の英語の頭文字をとると ALGEE になるが、こんな英語の言葉は存在しない。MHFA プログラ
ムのマスコットのコアラに ALGEE という名前をつけた。
行動1:危機的状況にあると思われる場合、本人にアプローチ、アシストする
最初にすることは本人にアプローチし、危機がないか確認し、危機的状況にあれば本人が少しで
もうまく対応できるようにアシストする。鍵となるのは以下の諸点である。




懸念がある場合、本人にアプローチする
本人も自分も落ち着けるタイミングと場所を選ぶ
アプローチしても本人がどう感じているのか話さない場合、こちらから何かを言うこと
本人のプライバシーや機密保持に配慮すること
ファーストエイドを行う人間は、例えば以下のような危機のサインがないか確認すること。
 自傷行為の可能性(自殺行為、薬物中毒、自殺企図以外の自傷行為など)
 過度のストレス(パニック発作、トラウマとなる事由、重度の精神病症状など)
 他の人が当惑するような行動(攻撃的言動、現実から遊離した言動など)
ファーストエイドを行っている人から見て本人が極度の危機には陥ってないと判断できる場合、
本人に「どう感じているの?」「どのくらい前からそう感じているの?」などと訊いてもよい。
行動2:本人を批判することなく傾聴する
精神保健のファーストエイドを行う際には、常に本人を批判することなく傾聴することが重要で
ある。本人の話を聞く場合、本人や今の状況に関する批判や非難は横におき、顔に出さないこと。
心や頭にストレスを感じている人は「私の意見は○○よ」とか「こういう解決策があるわ」と言
ってもらう前に、まず自分の立場に立って話を聞いてもらいたいと願うことがほとんどである。
ファーストエイドを提供する人が相手に批判的にならずに傾聴するための「態度」やスキル(言
語的なもの、非言語的なもの)があるので、そうしたものを身につけておく必要がある。
25


本人が言っていることをよく聞き理解するための態度や言葉遣い
本人が「自分の問題をこの人に言っても非難されない」と思ってくれるような態度や言葉遣
い
行動3:支援と情報を提供する
精神的問題を抱えた本人が「自分の話を聞いてくれている」と実感してくれれば、支援や情報を
提供するのが容易になる。この時点で提供できる支援の例として挙げられるのは、気持ちの面で
の支援(本人の立場に立って気持ちを理解する、回復への希望を提供するなど)や実践的な支援
である。また。精神保健的問題に関して何か情報が必要かどうかを訊いてもよい。
行動4:適切と思われる専門家受診を勧める
どのような助けや支援があるのかを本人に説明することも良いだろう。精神保健の問題を抱えた
人は適切な専門家の助けを受けたほうが回復しやすいというのが一般原則である。しかし、他の
選択肢(投薬、カウンセリング、心理療法、家族支援、仕事や学業面に関する支援、経済面の支
援、住宅の支援)があることを知らないことも多いので、こうした選択肢を本人に説明するのも
必要であろう。
行動5: 他の支援を勧める
自助活動を勧めること。あるいは家族や友達などから支援を受けるように勧める。精神保健の問
題を経験した人からの助けは、本人の回復にとって特に貴重である。
自分のケアも大切
他の人にメンタルヘルス・ファースト・エイドを提供した後、あなた自身が疲れ果てたりフラス
トレーションを感じたりすることもあるでしょう。怒りを感じることだってあるかもしれませ
ん。また、本人とのやり取りをする時には横に置いていた自分の気持ちもケアすることが必要で
す。こういう時は、あなたの話を聞いてもらえる人を見つけてください。ただしファーストエイ
ドをしてあげた当事者のプライバシーは尊重すること。あなたが自分の気持ちを他の人に聞いて
もらう場合、当事者の氏名は明かさないこと。あるいは誰の話か分かってしまうような内容も言
わないようにしましょう。
MHFA を通して他の人を助けるためのスキルを学ぶことができ、その結果、その人たちの態度が受
容的になりスティグマが軽減するというエビデンスがある。広範囲の評価トライアルのメタ解析
26
を行ったところ、MHFA は「精神保健に関する参加者の知識を高め」「ネガティブな態度を軽減
し」「精神保健的問題を抱えた人に対する支援的態度を増進する」ということが立証されている。
公衆衛生の選択肢として MHFA は推奨されるべきであろう。
その結果、MHFA のプログラムはオーストラリア全土と 23 カ国に広がっている。
https://mhfa.com.au/our-impact/international-mhfa-programs
精神保健的問題が生じつつある人がいた場合、精神保健の専門家しか助けられないと考えるので
はなく、世界各国において地域社会の誰でもが問題を察知し、助けを差しのべるためのスキルを
有していることが必要である。どのような疾患であれ早期に助けを得られれば、予後はそれだけ
良くなる。多くの国において一般市民が病気や怪我の応急手当の方法について講習を受けるのは
普通のことであり、同じように精神保健に関しても応急手当の講習が必要だと考えている。
早期に介入すれば支援も受けやすく、予後も良くなる。そうすれば社会全体が精神的問題を抱え
た人に対して優しく支援的になるだろう。その結果、「精神保健における尊厳」という大義が世
界中で実現されてゆくことになるに違いない。
Reference
Hadlaczky G, Hokby S, Mkrtchian A, Carli V, Wassmerman D. Mental Health First Aid is an effective public health intervention for
improving knowledge, attitudes, and behaviour: A meta-analysis. International Review of Psychiatry, 2014; 4; 467-475;
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25137113
27
3.2
学校におけるメンタルヘルス
Hilde Elvevord Randgaard, National Coordinator for Zippy’s Friends
Voksne for Barn (Adults for Friends)
若者の精神保健増進のために最も重要な場の一つとして学校が挙げられる(WHO 2001 年)。学校
におけるメンタルヘルスの増進が効果的に行われた場合、若者に対して長期にわたり良い結果
(情緒面および社会的機能、学業アップなど)が生み出されるという研究結果が出されており、
そうしたことからノルウェー保健総局は「学校におけるメンタルヘルスのための全国行動計画」
を作成した。
ノルウェーの教育法9条には「全ての生徒は健康や学習を促進する良好な環境(物理的、心理社
会的)を享受する権利を有する」と規定されている。「ドリームスクール」と「ジッピ―ズフレ
ンド」は教育と健康を結びつける介入で、学校における総合的健康や心理社会的環境の改善を目
的としたものである。いずれも学校の根本的目的である「生徒にモチベーションを与え、帰属意
識を高める」ということを、学校生活に直接参加することを通して実現するものである。
私が所属する「アダルト・フォー・チルドレン」は「ジッピ―ズフレンド(小学校1年〜4年)」
と「ドリームスクール(中学、高校)」をコーディネートすることで支援を受けている。
「ジッピーズフレンド」は、子供が社会的スキルや情緒的スキルを育むことを助けることを目的
としている。自分の気持ちを自分で理解し、それを表現することは自尊心の育成や自分の感情と
つきあう上で重要である。他の人の支援も精神保健の増進や精神疾患の予防上、重要な要素であ
る。
2004 年以降、この介入はノルウェー国内の 600 以上の学校で試され、評価され、実施されてきた。
ノルウェーにおいてジッピ―ズフレンドの評価をしたところ、児童も親も「コーピング」に関し
て良い影響があると感じていることが分かった。教師は「クラスの雰囲気」「成績」および「児
童の精神保健が学校全体に与える影響の大きさ」の項目でジッピ―ズフレンドは良い影響があっ
たとしている。また、このプログラムを導入したことで児童が仲間はずれになったりいじめにあ
ったりすることが減ったと報告されている(Holen, S. 2012)。
ジッピ―ズフレンドは制度を超えて目的、文化、能力を結びつけるための場を提供している。全
ての参加者の役割や責任も明確になっており、例えば特定の時期に学校心理カウンセリングサー
ビスと学校医療サービスが共同して教師に支援を提供する。このプログラムに参加をすることが
良い結果をもたらし、分野を超えたコラボや経験の交換が促進されるようである。
小学校1年〜4年を対象にしたプログラムは、教師が教室で行う。ジッピ―ズフレンドの焦点は、
日常生活の中で子供たちが遭遇する困難に関する解決策を見つけられるように導くことである。
つまり教師は子供たちが言ったり表現したりしていることに注意を傾け、受け止めなければなら
ない。
28
子供とのコミュニケーションスキルを育むため、教師はまず訓練を受け、その後、教室で実践を
する。両親も家庭生活を通してジッピ―ズフレンドの一翼を担う。子供たちの気持ちを理解する
方法を知ることで、子供たちがコーピングをしたり解決策を見つける手伝いをできるようになる
のである。
ジッピ―ズフレンド:教師の手引き
子供たちの反応にどう対応するか
生徒の気持ちに気づき、確認する
分かるよ、君は(嫌な気持ちになっている、怒っている・・・など)なんだろう?難
しいよね、分かる。
先生にできることある?
生徒が解決策を見出した時には、次のようなことを訊く。
次はどうなると思う?
これで気持ちが晴れた? 他の生徒も気持ちが晴れるかな?
他のアイディアある?他にできることはないかなあ?
他の子供に、他に解決策を考えてみるように促す。
君にとって、これでうまく行く?
これなら試してみてもいいと思う?
君も他の子も、これで気持ちがスッキリするかな?
気持ちを見極めたり表現するための活動
絵を描く - 気持ちを示す言語
生徒たちを円になって座らせる。「悲しい気持ちになること」や「幸せな気持ちにな
ること」というテーマを与えて絵を描かせる。
絵に描いた場面、その時にどのような気持ちだったかを説明させる。「○○があった
ら嬉しかった」というものがあるか、子供たちに訊くこと。あるいは当時と違う気持
ちなら、それも説明してもらう。
教師の手引きを使うこと。
29
ドリームスクール
ドリームスクールは学校を基盤とした精神保健増進のための介入で、良好な学習環境を創出する
ことを目的としている。学校全体に働きかけて心理社会的な環境を改善する。中学高校に関して
は精神保健増進のためのツールを提供。学校の主要な活動を支援する介入となっている。
介入
介入の核となる要素は、ピアメンターを活用することである。ピアメンターと言うのは選ばれて
訓練を受けた生徒のことで、新入生や下級生が学校に馴染むよう世話をする。ピアメンターは学
校で生徒間の交流を促進する役目も担っている。また、問題を抱えた生徒がいればピアメンター
が個別の対応をする。さらに、健康増進のテーマを選んでグループセッションを主催することも
ある。
メンターになるのは高学年の生徒で、スタッフから学校で訓練監督を受けてメンターとなる。ノ
ルウェーでは学年が変わるとともに友達と分かれて別の学校に行かなければならないことが多い
ため、メンターが下の学年の生徒の世話をし、学校に馴染めるように心配りをするのである。
新学期にはドリームクラスと呼ばれるクラス単位の活動がある。ここでは生徒と教師が一緒に、
創造的な学習環境を作りだすためのクラスの行動計画を決める。スタッフも生徒も全員参加。
「参加」「ストレングス」「能力」「人材」がキーワードとなる。
ドリームスクールは、精神保健の増進と良好な心理社会的環境の創出に主眼をおく。このモデル
は種々の要素から構成されているが(ドリームクラスのプロセス、ピアメンターの活動)、これ
らの要素は良好な精神保健を目指すと共に学校での実践を助けるものとなっている。生徒や先生
や学校全体が持つ力や可能性に焦点をあてることでクラス全体だけでなく一人ひとりの生徒や先
生がエンパワーされ、自分たちの心理社会的環境を改善する作業に携わるようになるのである。
「気持ち良い君」は PLA(参加型学習活動)方式に基づき生徒に働きかける実践的な例である。
30
グループ全体を対象に課題を与え、参加型学習活動を行う。以下は、ドリームクラスの設定を使
った例である。
1. 全体を少人数(4人~6人)のグループに分ける。皆で輪になるか、小さな机を囲むようにす
るのが望ましい。
2. 各グループに大きな紙を1枚与え、「気持ち良い君」を書いてもらう。
3. グループの 1 人ひとりに、ペンと付箋を配る。
4. 課題を説明する。
「クラスで気持ちよくなれるには何が大切か、考えてみよう。他の人と相談しないで。まずは自
分で考えること。考えたら、それを付箋に書いてみよう。大切だと思うことひとつを一枚の付箋
に書くこと。沢山思いついたら付箋を何枚も使ってよいから、付箋一枚にひとつだけ書いて。後
で他の人のアイディアも聞く時にやりやすいからね。書いた付箋はまだ他の人に見せないで。間
違っているとかないからね。自分が『こういうことをしたらクラスで自分は気持ちよくなる』と
思うことを考えて書くんだよ。」
クラスの全員が書き終わったかな?全員が書き終わったら、自分が考えたことを他の人と話して
みよう。
順番に、自分の書いた付箋を「気持ち良い君」に貼って、どういうことかを少しだけ説明するん
だよ。他の人は聞いて、分からないことがあればどういうことかを質問すること。でも「ああ
だ」「こうだ」ってディスカッションはしないこと。付箋の貼り方だけど、自分が大切だと思う
付箋は気持ち良い君の心臓に近いところに貼ってね」
付箋を全員が貼り終わったら、各グループで同じような付箋をまとめさせ、グループごとに「重
要と判明した項目 1 番から 3 番まで」を発表させる。先生は生徒から出された全項目を黒板など
に書く。次に、生徒 1 人ひとりに星かハートがついた付箋を 10 枚ずつ渡し、黒板に書いてあるア
イディアで良いと思うところに付箋をつけさせる。10 枚を一つのアイディアに貼ってもよいし、
10 枚をいくつかのアイディアに分けて貼ってもよい。こうして、クラス全体にとって最重要項目
を選ぶ。最重要項目が選ばれたら、次にそれを達成するための方法を全員で話しあう。例えばク
ラス全体で最重要項目に選ばれたのが「尊敬してもらっていると感じること、受け入れてもらっ
ていると感じること」ということであれば、「自分たちに何ができるか?」「クラスで自分たち
に何ができるか?」「先生にできることは?」というような質問を与え、再び付箋を使って生徒
の意見を吸い上げる。
31
3.3
うつやメンタルヘルスのイメージ戦略:「スティグマを終わらせるために行動を」
Kathryn Goetzke, MBA
背景
米国 CDC(疾病対策予防センター)および WHO によれば、うつ病が急激に世界的負荷となってき
ている。3 億 5000 万人以上の人がうつ病に苦しみ、世界的に障害の原因として突出している(W
HO, 2012)。うつ病は治療可能と研究が示唆しているが、うつ病を抱える人で受診をする人は
半分に満たない(WHO, 2012)。
うつ病の治療法があるだけではなく治療効果があると立証されているにもかかわらず治療を受け
る人が少ないのは、うつ病に対するスティグマが原因という調査結果が出されている(Corrigan,
2002)。スティグマを撲滅することができれば、治療を改善し、予算の増額をし、治療ギャップ
を減らすことができる。世界各国の労働力や地域社会や家族や個人の人生に対してうつ病が与え
るインパクトを減らすことにもなる。さらに、スティグマを撲滅できれば治療を受ける人が増え、
2010 年に 2.7 兆米ドルであった精神疾患のコストが 2030 年までに 6.0 兆米ドルに急増すると想
定される中(Insel, 2010)、このコスト急増の流れを反転させることができるのである。
うつ病に対する従来のイメージ
従来、うつ病というと「孤独で気力がない人が頭を抱え込んでいる」というのが典型的イメージ
であった。いずれも、うつ病のエピソードと関連することが多い感情である。こうしたイメージ
がうつ病の「ブランド」として繰り返し使われ、うつ病に関して無力や希望というイメージをさ
らに植え付けられてきたのである。残念なことにこうしたイメージが先行し、「うつ病は世界で
最も治療可能な病態」「うつ病になっても希望はある」という事実が覆い隠されてしまっている。
病態のブランドイメージを変える
これまで、いくつかの病態が「セレブを巻き込む」「プラスイメージの形成」「病態に関する器
官や身体のバイオロジー教育」を戦略の鍵として、イメージの「ブランド変更」に成功してきて
いる。例えば、1980 年に設立された Komen 財団は今や乳がん撲滅の分野では世界最大の非営利
資金を保有し、30 ヵ国以上で最先端の研究、地域における医療活動、アドボカシ―などのプログ
ラムで累計 26 億ドル以上を支出してきた。
同財団の努力が実り、1990 年以降、乳がんの死亡率は 34%も下がり、初期の 5 年生存率は 74%か
ら 99%に改善している(Komen, 2015)。財団設立当初は乳がんに対する根強いスティグマがあ
ったが、セレブを巻き込み、ピンクリボンの活動を広げ、また胸を生物学的に語ることで、乳が
んに対するイメージを世界的に変えることに成功したのである。
32
うつ病と精神保健における希望
精神保健分野において最大の疾病負荷となっているうつ病であるが、そのイメージを変えるため
の活動も始まっている。例えば International Foundation for Research and
Education of Depression(略して iFred)は、黄色い色が希望を連想させてくれるヒマワ
リの花をシンボルにして活動を行ない、脳の生物学に関しての教育やセレブを巻き込んだ運動を
展開している。ピンクリボンが乳がんのシンボルとなったように、ヒマワリをうつ病のシンボル
としているのである。イメージ浸透のために各国でヒマワリを植え、コーズマーケティングのキ
ャンペーンを行い、「希望は学習すればスキルとして身につけることができる」という研究結果
を踏まえて子供たちに無料の学習コースを提供し、セレブと組んで「うつ病は治療可能である」
というメッセージを周知させている。
他の組織も世界の精神保健分野で特筆すべき活動を行っている。プロのアメフトの選手であるブ
ランドン・マーシャルをはじめ多くのセレブが立ち上がった。マーシャル選手は自らの精神保健
的問題を「プロジェクト 375」と名付け、境界型パーソナリティー障害を抱えた自分の体験を語っ
ている。世界的に精神保健のイメージカラーとなっている黄緑を使いながら、自分がどのように
支援を受けたか、どのようにして障害とつきあっているかを伝え、さらに現在は成功をしている
こと、治療を受ければ希望があるということを話し、他の人にも自分と同じように立ち上がるよ
うに勧めている。
一方、米国で自閉症に関する啓発活動を行っている組織である Autism Speaks もセレブを巻き
込み、イメージにはパズルと青を使い、自閉症の生物学を周知させることで自発症のブランドイ
メージを変えている。かつては誤解されることが多かった自閉症に対するスティグマの撲滅のた
めにおおいに貢献し、問題意識を高めた。他の自閉症関連の組織も青をイメージカラーとして使
い、「人数は力」というメッセージを送っている。
さて、次は?
うつ病のイメージを変えれば、スティグマを撲滅し、予算を増やし、うつ病のエピソードの予防
に資するに違いない。うつ病の啓発をする組織の皆さんは是非我々と一緒になってヒマワリの花
をイメージに使い、ヒマワリ植え込み運動を進めていただき、「希望の庭」を作っていただきた
い。また地域社会を巻き込み、学校で無償の「希望を学ぶコース」を設けていただき、子供たち
にうつ病予防の基本スキルを教えていただきたい。あるいは世界的な精神保健に興味を抱いてお
られるのであれば World Dignity Project(「皆に尊厳を」を推進している世界的な精神保健
プロジェクト)や Global Mental Health Movement (精神保健関連組織が国際的に連帯し
ているグループ)に参加し、我々が国境を超えて団結し、個の目的であると同時に全体の目的で
あるものに向かう力を結集していることを示していただきたい。
33
最後になるが、精神保健分野で活動をする非営利団体が共有できるようなブランドイメージのガ
イドラインを設けることが有用であろう。そうすれば個々の団体が何か新たな活動を始める際に、
同じ前向きのイメージ、同じ色やシンボル、共通の記念日を掲げ、我々の団結を示すことができ
る。また、そうすることにより我々のメッセージをより力強く国際的に発信することができるだ
ろう。個々の団体の活動は内容も対象も様々だが、「精神保健は基本的人権であり、誰もが精神
保健を享受できるようにすべきである」というのは共通の思いである。我々独自のメッセージを
世界で共有する方法を確立することができれば、国際的な団結を示し、前向きのイメージと希望
を伝えることができる。我々が個人で活動したり各組織が単独で行動するより、もっと早くもっ
と力強く前進してゆくことが出来るに違いない。
お薦めのポイント
1. ヒマワリを植える。ヒマワリは世界各国で希望のシンボル。できれば www.ifred.org にあ
る「Gardens for Hope(希望の庭)」というサインを貼る。これは世界各国でうつ病
に苦しむ 3 億 5000 万人の人への応援メッセージ。
2. 地域社会や教育界のリーダーに働きかけ、School for Hope Program (希望の学校プ
ログラム)www.schoolsforhope.org を実施すること。これは子供の頃から心の健康を促進す
るための精神保健ツールを無償で提供するため、研究に基づいて開発されたプログラム。
3. セレブを巻き込むこと。うつ病に苦しんだセレブがうつ病とどのように付き合い、どうい
う治療を受けたか、うつ病であっても良い人生を歩めるという彼らのストーリーを聞き、
各方面のリーダーたちにもこういうストーリーを知ってもらうこと。例えばブランドン・
マーシャルのプロジェクト 375(www.project375.org)。精神保健的な問題を抱えた人は単
にサバイブするのではなく、成功することができるということをセレブの体験から学ぶ。
4. World Dignity Project(www.worlddignityproject.com)に参加して、精神疾患を抱え
た人のための権利擁護活動を行う。すべての人が「希望、シェルター、尊厳」を持てるよ
うにする。Global Mental Health Movement (www.globalmentalhealth.org)の一員
となり、精神保健分野における我々の声を集約する。皆の力が結集すれば、一人ひとりが
バラバラに活動する以上の力となる。
5. 「脳の生物学」「効果的な治療」「精神保健に能動的に取り組むことの重要性」に関し、
体験談を共有し、対話を始めること。一般市民の認識を高め、社会を教育する。手を携え
れば、スティグマを終わらせることができる。
34
第4章
4.1
精神保健の尊厳を支援する諸介入
すべての人に精神的健康を:精神的健康と身体的健康の対等性―総合診療の役割
Professor Mike Pringle CBE
President of the Royal College of General Practitioners
40 年前に医学生だった私が病院で実習をした際、胃潰瘍と十二指腸潰瘍は大変な問題であった。
潰瘍の最大の原因は「ストレス」であるとされていたが、精神保健的なアプローチはされず、心
理的苦痛が身体的な問題となって表出した場合は、人工的にチューブを通したり、胃を小さくし
たり、あるいは神経切除をするなど、もっぱら外科的に治療されていた。
それ以来、潰瘍に関する理解と管理はもちろん変化したが、デカルト(哲学者、フランス人)が提
唱した精神と身体の不連続性、およびそうした不連続性が医学に多大な影響を与えていることに
学生であった私ですらショックを受けた。精神保健は精神科医と心理士が対応すべきものとされ、
大多数の医師は身体的問題だけを対象としていた。
しかし私自身は家族医学を経験したことで、精神と身体という2つの側面が1つになっているも
のを診るのが総合医専門家の役割だと認識するようになった。総合医学においてこそ、人間の精
神と身体の不可分性を全人的に受け止めることができるのである。
イギリスでは、住民は家庭医登録をしなければならず、実際ほとんどの人が登録している。この
登録は縦断的なかかりつけ医制度の基盤を提供する人口ベースの地域アプローチで、これにより
個々人の健康と福利が完全なものとなるべく制度設計されている。
アメリカのコモンウェルスファンドはイギリスの医療制度(NHS)に富裕国の中で最高ランクを与
えたが、自己満足してよいわけはない。まずイギリスにおいて、社会的スティグマがいまだに存
在している。精神疾患による休職よりも身体疾患による休職の方が依然として受け入れられやす
い。統合失調症や認知症などの重度の精神障害に対しては、嫌悪感や時には恐怖心が存在してい
る。
「社会にはスティグマがあるが、医療は違うはず」と思われるかもしれないが、多くの家庭医は
重度精神疾患に全面的にかかわることを躊躇してきた。その状況は今日でも変わっていない。認
知症は --- 有病率の高さから大部分のケアは地域で提供されなければならず--- 典型的なプライ
マリケア精神疾患であるが、効果的治療がないことで優先順位が低くなっている。長期にわたる
精神病をもつ人たちの寿命が--- 運動をしない生活習慣や喫煙のために--- 一般よりかなり短い
35
ということも分かっている。それなのに、家庭医は「自分は病気ではないか?」と心配して来院
する健康な人の診療をすることを余儀なくされている。
こころのケアと体のケアが対等に行われているか否かを正当に評価できるような測定法を思いつ
くことは難しい。しかし、対等性が成しとげられた暁に生まれるものは想像することができる。
つまり主な問題が精神であれ身体であれ、「連続性」「選択」「パーソナルなケア」「専門的な
総合的ケアへのアクセス」「熱意」「コミット」などが確保されるのである。
さらに、抱えている主要な問題が一つの領域(身体、心理、社会のいずれか)に限られている場
合であっても、他の領域のケアを受けるべきである。最初の診断が糖尿病であっても重要な精神
的問題が隠れていることがあるのと同様、最初の診断が精神疾患であっても身体的問題が隠れて
いるかもしれないからである。
この理想郷的ビジョン達成のためには必要なものがいくつかあり、特に時間的余裕を確保するの
が重要である。しかし、何より重要なのは前向きのカルチャーの創出であろう。精神医学が他の
医学から孤立している現状を打破し、医学生のために前向きな役割モデルを作ることから始めな
ければならない。そして、その後、改善したモデルをすべての診療に導入しなければならない。
36
4.2
精神保健の尊厳を進める-精神保健サービスの 2 次ケアの役割
Dr. Alberto Minoletti, School of Public Health, University of Chile
精神疾患を抱える人の「尊厳」は、市民権を行使することと言ってよい。そこには「自己決定の
権利」「自らの人生を自らがコントロールする権利」が伴う。皆と同じ権利(例:どこに住むか
を決める権利、誰と会うかを決める権利、誰を愛するかを決める権利、どこで働くかを決める権
利など)を享受すると共に、皆と同じ責任(例:順法の義務、投票の義務、軍役志願、納税の義
務)を果たさなければならない(1)。市民権を行使してこそ人は自分が「尊敬に値する」「尊敬
されている」「評価されている」「敬われている」と感じ、(その延長で)自尊心を持つことが
出来る。こうした感覚はすべてがポジティブなメンタルヘルスを構成する重要な要素であること
は言うまでもない。しかし世界各国で精神障害や心理社会的障害を抱える人は市民としての地位
を奪われているばかりでなく、多くの市民的・文化的・経済的・政治的・社会的権利を侵害され
ている。これは特に低所得国や中所得国で顕著である(2)。精神保健の 2 次ケアサービスとその
スタッフは、こうしたサービスユーザーの精神保健を取り巻くネガティブな要素に無関心であっ
てはならない。
2 次的精神保健ケアにおいて、尊厳が促進保護され得る様々な方法が文献で示されている(3)。
以下例示する。

人中心のケア:情報へのアクセスを改善し、サービスユーザーが関連情報を確実に得られるよ
うにする。ケア提供者を関与させるアプローチを開発する。そして個々のケア計画過程でサー
ビスユーザーに関与してもらい、彼らの見解を反映するようにする。

良好なコミュニケーション:Hopkins(4)は精神保健ケアに対するサービスユーザーが何を期
待しているかに関し文献レビューを行い、「尊厳の尊重」の分野で最大のテーマは対人関係だ
と結論した。ユーザーがもっとも重視し期待するのは、ヘルスケアスタッフが個々のユーザー
一人ひとりに対して注意を払ってくれることである。「スタッフの傾聴能力」と「サービスユ
ーザーが自分は尊重されていると感じる」という項目の間には有意な関連性が見られた。

人権:2014 年 7 月に 147 か国により批准された「障害を持つ人(精神障害を含む)の権利に
ついての国連会議」(5)の第 1 原則は、「障害を持つ人の固有の尊厳の尊重、一人ひとりの
自律(選択の自由を含む)、そして自立」である。この原則を 2 次的精神保健施設において実
践するよう、一人ひとりの周囲の状況に配慮し、彼らを人間として扱わなければならない。
WHOは障害を抱える当事者および関連組織の国際的レビューをもとに、WHO QualityRights
Tool Kit (サービスの質と当事者の権利チェックのためのWHOツールキット) を開発した
(8)。このツールキットは精神保健ケア施設の包括的評価を行うもので、これを使うと ① 提
供されているサービスが良質で人権を尊重しユーザーの要望に対応するものとなっているかをチ
ェックすることができ、②ユーザーの尊厳、自律、自己決定権を促進するために効果的な方法を
37
編み出すことができる。このツールキットによれば、尊厳が確保されているか否かを見定める一
つの尺度は、「当事者主導の回復計画には、心理社会的リハビリテーションおよび支援ネットワ
ークや他のサービスとのリンクが必要である」という点を当該の施設が重要視しているか否かで
ある。こうした回復計画があれば、当事者が地域社会で独立して生活できる可能性が高まること
になろう。
WHO精神保健行動計画(9)は精神障害や心理社会的障害を抱えている人の尊厳を支援する方法
として、「当事者のエンパワメント」および「精神保健のアドボカシー・政策・計画・法律・サ
ービス提供・モニター・研究・評価に当事者を関与させること」という原則を挙げている。つま
り、2 次的精神保健ケアサービスの立案・計画・実施に関して、精神障害や心理社会的障害を抱え
た当事者と支援組織が正式な役割と権限を与えられた上で参加するという意味である。WHO事
務局、メンバー国、国際的な開発機関、教育研究機関、社会一般は、これらの目的を達成するた
めの具体的行動を考え出さなければならない。
回復志向の精神保健ケア施設では、希望・自立・個人的成長・変化する力に加え、ユーザーの尊
厳を中核目標の一つとして 位置づけている(10)。過去 25 年にわたって世界中で「回復」へと
パラダイムがシフトしてきた結果、重度の精神障害を抱える人に対する従来のパターナリズムや
ニヒリズム的見方は消滅しつつある(11)。多くの発展国でコンシューマ運動が機動力となり回
復志向のサービスが生まれ、それが 2 次的精神保健ケア施設を変身させる契機となっている(1214)。
結論として言えるのは、精神障害を抱えた人の尊厳は 2 次的ケアサービス提供においても不可欠
であるという点、また尊厳は「個人中心のケア」「スタッフとユーザーの間の良好なコミュニケ
ーション」「人権的アプローチ」を通してさらに高めてゆくことができるという点である。回復
志向の精神保健サービスがあれば、WHO精神保健国際イニシャティブ(政策、ケアの質)の存
在とも相まって、ユーザーの尊厳を強化し得るのである。高所得国での 2 次的精神保健ケアサー
ビスにおける尊厳について学んだことを、国際共同プログラムを通して低所得・中所得国家にも
普及していかなければならない。
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38
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Integration Organizations. Last seen April 25 on
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Four Community Mental Health Centers. Psychiatric Rehabilitation Journal, 2011, 34 (3): 186–193.
39
4.3 WFMH「グレートプッシュ」構想は精神保健における尊厳の促進を支援
John Copeland
精神保健分野における予算の乏しさは、精神疾患を体験する人々への尊敬が欠けていることを意
味している。尊敬のない態度に遭遇した人は自らの尊厳を保つことが難しく、一方、彼らのケア
にあたっている人は尊厳を尊重しなくてもよいと思ってしまう。こうした現象はトップである政
府が予算を制約し、精神保健分野への予算割り当てをカットすることからスタートする。地域レ
ベルでは当事者に対して努力してはいるものの、精神保健以外の分野の支出を主張する競合勢力
の強い声に負けてしまうというのが現状だろう。
WFMH精神保健グレートプッシュ構想(WFMH Mental Health Great Push)は「結束」「可
視」「権利」「リカバリー」という 4 つの原則の下に立ち上げられた。政府および社会一般が意
識を持ち変わってくれるよう多くの人に運動に参加してもらい、当事者の人たちが尊厳と認知を
受けられるようにすることが目的である。
結束
精神疾患に関して必死に声があがっているが、そのために混乱や意見の不一致が生まれている面
もある。我々の足並みが揃っていないことで国際機関の各国政府も解決のチャンスを見出そうと
せず、行動をとらないことの言い訳すら与えてしまっている。しかし、WFMHとしては「結束
していない」という見方は受け入れない。最近、WFMHが世界中の精神保健関連組織に「提案
されているWHO精神保健行動計画に何を含んでほしいと思っていますか?」と尋ねたところ、
回答は驚くほど一致していた。「WHO精神保健行動計画」最終版に、我々の一致した見解が具
体的に反映されている。要するに「結束していない」という見解が間違っていることが立証され
たのである。精神保健政策に求めることについて我々は「結束」している。WFMHの Peoples
Charter for Mental Health の中に我々の要求事項がまとめられているので参考にしてほしい
(www.wfmh.org; のページの一番上にある “Initiatives” をクリックすること)。我々は何が
必要なのか、はっきりと分かっている。
可視
WFMH世界精神保健デーは、コンシューマ、家族、サービス提供者、教育研究機関が一緒に行
進することを奨励している。相互支援の姿勢を示し、当事者の尊厳と認知を訴えるためである。
こうした行進をすることにより、我々の姿を「可視」化できるのである。
権利
世界各国で、精神疾患に罹った人たちの「人権」が時に甚だしく無視されている。こうしたこと
は最も発展したとされる国でも見られるが、原因は無知や思い込みである。
40
リカバリー
治療は単に病気がないという状態を越えて、真の「リカバリー」に向かわなければならない。そ
うでなければ、個々人の尊厳がどうして達成できるだろうか?
基本的な治療は安価でできるが、何百万の人がその恩恵にあたっていない。しかし希望はある。
最終的に世界保健総会は「WHO精神保健行動計画」を公式に要請した。WHOの全メンバー国
が既にそれを受け入れたので、2015 年の世界保健総会でその進展をモニターすることになってい
る。
皮肉屋は、他の国際機関が満場一致で決めたものの実際の行動や変化が遅々としていたことが
多々あると言うだろう。しかし、政府や政府組織に持続的な圧力をかけ続けなければ、精神疾患
の診断と治療の必要性をあまねく認知してもらえることはない。地域の中には少ない資源で素晴
らしい実績を上げている団体が数多くある。しかし大きな変化を起こすためには、問題意識を持
っている人(コンシューマ自身、家族、サービス提供者、教育者、研究者、アドボケート活動を
する人)が一緒になり、さらにはWFMHのような国際組織と協力し、足並みのそろった行動を
国際的に展開することが必要である。政治的影響と政治的な力は数の勝負だ。「この問題は大事
だ」ということを多くの人が声にすれば、精神疾患に関する認識が世界中で高まり、その結果、
尊厳とリカバリーが可能となる。
これまでのところ、86 か国の 405 機関と多くの個人がWFMH「精神保健グレートプッシュと 5
つの中核目標」を支持する旨、署名をしてくれている。皆さんも参加して下さい。署名をしてく
ださい。我々の目標を支援して下さるようお願いします([email protected] を見てくださ
い)。
41
4.4
リカバリー指向の実践を通してプライマリケアの場で精神保健の尊厳を促進する
Professor Tawfik A.M Khoja,Soudi Arabia
実践における尊厳と精神保健ケア

人中心のケアと支援を提供すること。つまり個人とそのニーズ、好み、やる気をケアの中心
に置くこと。人中心のケアというエートスは、サービスの利用者とともにスタッフの尊厳も
守るものである。

精神保健に向けてのリカバリーアプローチを採用すること。特に、本人が自分らしさや自尊
心を保てるように支援する。自分らしさや自尊心が尊厳に結びつく。
これまでの研究で、その人の自分らしさを尊重して尊厳を守ればリカバリーが進むことがわかっ
ている。一方、自分らしさと一方で尊厳を壊しその人とストーリーを尊重しないような行動は、
さらなるダメージを与えることもわかっている。高潔さと尊厳を尊重することは倫理上の義務の
みならず「リカバリー達成の方策」でもある。
今後の精神保健において、プライマリケアの鍵となる概念は個別化である。個別化することによ
り、精神保健の問題を抱えた人の尊厳を遵守することができる。しかし、社会的ケアを越えると
ころまではいっていないのが現状である。
精神保健ケアにおいて、個別化の諸原理をほぼ共有しているのが「リカバリーアプローチ」であ
る。「リカバリー」は精神保健のユーザーが自分の旅、つまり精神保健的問題や症状が継続して
いるといないとに関わらず意味ある人生を見出す方法として使っている。
リカバリーというのは、たとえ病気による制約があったとしても、希望に満ち社会や他人に貢献
をする人生を見出す方法の一つである。つまり、精神疾患の破壊的影響を越えて自らの人生に新
たな意味と目的を創出するのがリカバリーなのである。
リカバリーというアプローチを促進し実践するには、以下を組織全体で行わなければならないこ
ともある。

日々の交流の本質や体験の質を変えていくこと。

包括的でサービスユーザー主導型の教育訓練プログラムを提供すること。

組織全体がコミットすること。つまり新しい「文化」を作っていくこと。

「個別化」と選択性を高めていくこと。
42

リスク評価とリスク管理の方法を変えること。

スタッフ自身のリカバリーの旅をも支援すること。

「疾患を越えた」人生の再建のための機会を増やすこと。
リカバリー指向の実践
精神保健において、「リカバリー」は一つの標準的な定義を持っているわけではない。しかし、
専門家の間では「精神保健的問題や疾患ゆえの制約があっても、満たされ、希望にあふれ、貢献
できるような人生を送ること」を意味すると基本的に合意されている。
リカバリー指向の実践は本人の尊厳と尊敬をベースにしており、回復と健康の可能性を信じ、精
神保健に関する自己決定と自己管理を最大限高めると同時に、本人を理解し支援できるように家
族も支援するのである。
リカバリーアプローチは、医学的な治療を排除したり代替するものではない。例えばリカバリー
アプロ―チであっても薬が重要な役割を果たすことに変わりはない。違うのは、臨床側が「この
薬を使うことのメリットは何か?」「副作用の可能性はあるのか?」「この薬は、リカバリーの
目標を達成するのにどのような効果があるのか?」などについて患者と共に意思決定をすること
により患者の自律性を支援するということである。
リカバリーというのは多くの側面を包含した概念であり、臨床実践の場における操作的定義が必
要だと言われている。しかし、リカバリー指向の実践に関するガイダンスは存在しているものの、
それは別分野におけるものであるので精神保健の分野にそのまま適用するのが困難だと言わざる
を得ない。
精神保健サービスでリカバリー指向の実践を促進する
リカバリーは、国際的にも精神保健政策の中でますます重要な概念となってきている。しかし、
リカバリー指向にむけての必要な組織面の変更に関するガイダンスは見当たらない。
精神保健のプライマリーサービスが当面している大きな問題は、そもそもリカバリー指向の構成
要素が明確になっていないことである。この背景にはリカバリーというものが大きな概念である
という事情がある。
リカバリー指向の実践に向かう変化をつくるためには、トレーニングが重要な契機になりうる。
しかし、リカバリーアプローチを組織的に実行するには、これから先も考えるべき事柄が多い。
それらはリカバリーの概念的要素、測定法、組織的かかわりを最大化し証明していく方法などで
ある。
43
リカバリー指向の実践を導入するための変化をもたらすためには、トレーニングが重要な契機に
なりうる。しかしリカバリーアプローチをシステマチックに導入するためには、リカバリーの
「概念上の要素」「測定」などを更に検討し、組織全体がリカバリーアプローチに最大限のコミ
ットをする必要がある。
以下の方法によりリカバリー指向の実践を促進できる
1.
組織的な変革をすること。リカバリー実施のために必要なサービスの内容や仕組みを変え
ることとは別のこと。別のことではあるが、関連はしている。
2.
プライマリー精神保健サービスがリカバリー指向を強めるための変革、それを導くための
戦略を実施する。
3.
4.
サービスの内容と構造を包括的につなぐ橋渡しとしてリカバリーの概念を採用する。
リカバリーの過程を支援するような大きい環境(文化、政策)の中で価値観や政策を創造す
る。
5.
治療の考え方、規制のポリシーと監視のプロトコール、臨床・支援サービスのメニュー、サ
ービスの連携、そしてスタッフとボランティア―の訓練とスーパービジョンを大きく変えていく。
44
第5章 サービスを変革する
―今や行動すべき時―
5.1
尊厳と精神保健-人材を変革する
Gabriel Ivbijaro,1 Dinesh Bhugra,2 Vikram Patel,3 Claire Brooks4, Lucja
Kolkiewicz5, Pierre Thomas6
はじめに
精神保健ケアで尊厳と公平を少なからず実現するには、全世界的な同意に加え、必要な場合いつ
でもどこでもエビデンスベースのケアを提供できるよう適切に訓練された人材が必要である。
WHOの包括的精神保健行動計画 2013-20201 および皆保険への運動 2 は素晴らしい。しかし、W
HO全メンバー国が同計画に賛同したにもかかわらず、世界の多くの精神保健サービスユーザー
にとっては夢物語であり続けるだろう。理由は様々あるが、「適切に訓練された人材の不足」と
「アドボケートの不足」がその一因である。
健康のアウトカムの改善をめざした国際的運動は、アルマ・アタ宣言 3、ミレニアム開発ゴール.4
など今までに沢山ある。しかし精神疾患を抱える人々やその家族は、自分たちが正当な扱いを受
けていないと感じ続けている。よくある身体疾患については十分な知識をもっている人が極めて
多いが、精神疾患については依然として無知が蔓延し続けているのである。そして、このことが
ケアへのアクセスを邪魔し、ひいてはアウトカムと尊厳の問題に悪い影響を与えているのである。
変えるべきこと
我々の知る限り世界人口の 30%が毎年精神疾患に罹り、少なくともそのうちの 60%は収入に関わ
らず治療を受けていない 5。このことは何を意味するのだろうか。米国では人口の 31%が精神疾患
に罹っているが、そのうちの 67%が何の治療も受けていない,6。統合失調症を抱える人の 40-50%
が 1 年の中で何の治療も受けていない 7,8。ヨーロッパでも同様であり、人口の 27%が精神疾患を
抱え、そのうち治療を受けていないのは 74%である.9。ナイジェリアや中国では、この数字は約
90%にも上昇する 10。これほど多くの人が適切な治療にアクセスできないようでは、精神保健にお
ける尊厳は達成できない。Anthony Lehman はこの状況を「統合失調症を抱える人のための緩和ケ
アをこれ以上甘受できない」と厳しく述べている 11。ましてや、精神疾患に最低限のケアしか提供
されていないという現実を甘受してはならないのである。
45
我々に求められているのは、労働力の革新であり人材開発である。当事者の尊厳を重んじた形で、
エビデンスベースの治療を提供するスキルをもった労働力を作りださなければならない
12,13,14,15,16,17, 18,19
。
全人口に必要なケアを提供する精神保健専門的ワーカーを充分生み出すことはできないだろう。
ゆえに、部門を越えた統合と共同を実現するような新しい仕事のやり方が必要である。この新方
式は効果的かつ安全でなければならないのと同時に、高所得国、中所得国、低所得国のいずれで
も費用効果的でなければならない 20。
精神保健ワーカーをより多く確保しケアへのアクセスを改善する一つの方法は、スキルミックス
とタスクシェアリングを用いることである。その意味するところは、新たな役割の開発と既存の
役割の再分配である。
スキルミックスとは、精神保健チーム内で働く人たちが各患者に提供し得る一連の役割と技術の
ことを指している 12,13,14。
タスクシェアリング(あるいはタスクシフティング)は、以前ある特定に専門家グループが提供
していた活動を他の人々(この分野には素人の人や家族メンバーを含む) に移管することである。
例えば、素人の人や家族がコミュニティ・プラットフォーム(訳注:地域の諸活動を調整・連携
する場)や公的施設(学校など)を使って広義のプライマリケアを担い、同時にセルフケアを支
援し、専門家と共同して精神保健ケアのパートナーとして活動する場合がこれに相当する
15,16,17,18,19
。
従来は技術に依存しすぎることがあり、精神保健ワーカーは患者を生物医学的観点から見てきた。
一方、現在の医療制度は患者一人ひとりに対応する余裕がなく常にプレッシャーの中で動いてい
るので、多くの患者にとってうまく対応するのは極めて困難と言える 21。適切なスキルと態度を有
するワーカーを適切にミックスすれば、精神保健サービスを利用する人たちの尊厳を理解し促進
できるだろう。医療は身体的治癒だけではなく、本人の納得や満足を育む方法も見出してゆかな
ければならない 22,23。これが精神保健における尊厳である。
尊厳を定義する
精神保健の中で「尊厳」という言葉が使われる場合、人によって意味が異なる。しかしどのよう
な定義を使うにしろ、「尊敬され大切に思われる」ということが尊厳の本質であろう。
尊厳の起源は中世キリスト教にさかのぼる。人間のみが神の姿をして創られたとして、中世キリ
スト教は尊厳が動物に帰属するのではなく人間にのみ帰属するとしている。18 世紀の哲学者イマ
ヌエル・カントは「自分自身が価値を持つ存在だと認識するためには、他の人も同じく価値をも
つ存在だと認識しなければならない」と述べた。21 世紀になるとノラ・ヤコブソンが「人の尊厳
は生物倫理の中核であり、2 つの主要な様式(個人の尊厳と社会の尊厳)で形成される」とした 24,
25
。
46
1948 年国連の世界人権宣言 26 でも謳われているように、医療の提供にあっては「個人の尊厳」と
「社会の尊厳」が相互補完的でなければならない。
尊厳-人々の声
患者の声を聞くために、世界尊厳プロジェクトは患者、ケア提供者、及び精神保健の専門家に彼
らの経験や「尊厳」という言葉の意味について尋ね、精神保健における尊厳が何を意味している
かを理解しようと試みた。
世界尊厳プロジェクトは 11 か国 120 人と接触し、その意見から尊厳の 3 つの主要な形を見出した。
1. 人の尊厳(外的):人間一人ひとりに対する身体的ケアと尊敬
“ベッドとシーツのある部屋を与えられました。それに話しをする人も。それは精神科病院に強
制収容されたときの経験とは真逆でした...そこでは何もない部屋に隔離され、ベッドもシー
ツもなく冷たいコンクリートの床の上で寝ました。”
エディー(ウガンダ)
2.自己の尊厳(内的):治療過程で自分が決定権を与えられたと感じる
“S 先生に診察していただきました...毎回、先生は私の気持ちを考えてから治療を始めまし
た...私の心配事を聞いてくれました。私は自分自身が自分の治療を決めているように感じま
した。”
ジェニー(イギリス)
3. 普遍的な尊厳:社会が精神疾患を有する人をどのように扱うか。
“私たちは尊厳を実現するために一体となる必要があります。こころを開いて新しい考えを受け
入れる必要があります。精神保健的な問題を毎日の生活の中で話し、マスコミも政府もこの問題
を取り上げる必要があります...また何よりも私たちはお互いに愛を示し、一体化する必要が
あります。同じ惑星に生きているのですから。”
デジー(イギリス)
既に多くの人が「精神保健における尊厳とは社会正義、公平性、尊敬されること、人や社会に貢
献する機会を与えられること」と述べている 27 が、世界尊厳プロジェクトで人々が語ってくれた
ことも同様のことである。
尊厳を実現する方法としての公平性
サービスが「アクセスしやすく」「受け入れやすく」「敷居が低く」なっているようにするため
には、公平性や正当性が極めて重要である。人や資金の状況を踏まえ、ケアモデルを考えるべき
47
であろう。精神疾患を有する人の社会的正義とは、様々なレベルで公平性や正当性が担保されて
いることを意味する。
公平性とは、サービスへのアクセスを確保するだけではなく、不公平につながる諸要素をなくす
ことを意味する。アドボケートの一人としての医師の役割は、正義の欠如に挑み、多様性(年
齢・性別・宗教、性的指向性などによる差)を尊び、それを通して公正な社会作りを促進するべ
く貢献することである。こうしたアドボカシーがあれば、「公平性」という価値を尊重するだけ
ではなく、格差や不平等を是正するために必要な人材や物的資源を必ず割り当てる制度を構築し
ていくことができる。
年齢・性別・性的指向性・人種民族的背景・障害・信条・所在・社会階層などにより偏見や差別
がある。これに対処していく上で、アドボカシーは役に立つ。
不公平は絶対に正しくない。健康を決める社会的要因が示すところでは、不良な精神保健はさら
に社会的不公平を導き、負のスパイラルを形成する。アウトカムベースの同等性と人権的同等性
があれば、精神疾患を有する人のアウトカムと QOL の改善が得られるだろう。
実現に向けて
精神疾患を抱える人とその家族に良いケアを提供しリカバリーを支援するにあたっては、「尊
厳」を中核におく必要がある。そのためには、従来の境界や部門の壁を超えて患者や家族と共同
し活動してくれる人材が必要である。しかし、精神保健分野の人材の変革を通して尊厳を確保す
るだけでは不十分である。我々は WPA-ランセット精神医学委員会(21 世紀の精神保健ケアにお
ける精神科医の役割を論じた)に賛同しているが、問題解決策の一部は社会一般にある。一緒に
活動しつつ、我々はセルフケアの促進を強調する必要がある。そのために、患者と精神保健専門
家など医学の専門家がパートナーシップを組み、さらには周囲の人たち(家族、学校、犯罪司法
システム、教会など)と協力しながら活動していく必要がある。尊厳と価値を踏まえたケアがす
べての出会いの場面で確保され、全ての出会いが尊厳とのポジティブな出会いとなるようにすべ
きであり、このために法律の見直しが必要となる場合もあるだろう。
精神保健における尊厳が普遍的になっていくには、我々の社会全体で尊厳および倫理的価値(社
会公正など)を促進することが必要である。さらに、精神保健における尊厳がどのような姿をし
ているのか、どのような気持ちを与えるのか、共通の理解を創出しなければならない。
我々は、本年の世界精神保健デーのテーマとWFMHの指導的役割を高く評価する。WFMHの
メンバー各位が志を同じくする人たちと協力し、リール宣言と世界尊厳プロジェクトを踏まえ、
「精神保健の尊厳の意味」「尊厳のあるべき姿」について検討する委員会の設立を提案されるよ
うに願う。そして、その委員会で何らかのサービス基準に合意し、それをもとに個々のサービス
の質の良否を判断し、パートナーシップを組んで精神保健における「尊厳」に関する認識を高め
促進できるようにすべきだと考える。
48
謝辞
ここで述べたような考えに貢献していただいた世界中の人々に感謝します。
特に以下の人たちに感謝します。
Monsieur Claude Ethuin, Président Nord-Mentalites, France; Professor Jean-Luc Roelandt,
France; Professor Renaud Jardri, France; Dr Henk Parmentier, UK; Professor Jeffery
Geller, USA; Chris David, USA; Matt Jansick, USA; Deborah Wan, Hong Kong; Patt
Francioisi, USA; Shona Sturgeon, South Africa; George Christodoulou, Greece; Norman
Sartorius, Switzerland; Anne-Claire Stona, France; Simon Vasseur, France; Eve Lagarde,
France; Nathalie Pauwels, France; David Goldberg, UK; Michelle Riba, USA; Tawfik Khoja,
Saudi Arabia; John Copeland, UK; Elena Berger, USA; Debbie Maguire, USA; Michael Hübel,
Luxembourg; Shekhar Saxena, Geneva; Jürgen Scheftlein, Luxembourg; Yoram Cohen, Israel.
世界尊厳プロジェクトを支援し発展させるために時間を下さったサービスユーザー、ケアラー、
ご家族に特に感謝します。
1
Professor Gabriel Ivbijaro MBE JP, President-Elect WFMH, The Wood Street Medical Centre, 6
Linford Road, London E17 3LA, UK, e-mail: [email protected]
2
Professor Dinesh Bhugra CBE, President, World Psychiatric Association (WPA), Institute of
Psychiatry at Kings College, London, UK, e-mail: [email protected]
3
Professor Vikram Patel FMedSci, Centre for Global Mental Health, London School of Hygiene and
Tropical Medicine, UK & Sangath, Goa India, e-mail: [email protected]
4
Claire Brooks, President ModelPeople, Global Brand Insights and Strategy, Chicago, Illinois,
USA e-mail: [email protected]
5
Dr Lucja Kolkiewicz, Associate Medical Director Recovery and Well-being, East London NHS
Foundation Trust, London, UK e-mail: [email protected]
6
Professor Pierre Thomas, Medical Director, Pôle Psychiatry and Forensic Medicine, Lille
University Hospital, France, e-mail: [email protected]
References
1. Mental Health Action Plan 2013–2020. Geneva: World Health Organization; 2013
2. The world health report 2010. Health system financing: the path to universal coverage. Geneva:
World Health Organization; 2010
3. (http://www.who.int/whr/2010/whr10_en.pdf?ua=1, accessed 18 June 2015)
4. Declaration of Alma Ata 1978 (http://www.who.int/publications/almaata_declaration_en.pdf)
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World Health Organisation. 2004; 82:858-866
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49
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schizophrenia and strategies for facilitating connections to care: a review of the literature.
Schizophrenia Bulletin. 2009. 35(4): 669-703
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appraisal of 27 studies. European Neuropsychoparmacology. 2005: 15: 357-376
11. Lancet Global Mental Health Group. Scale up services for mental disorders. Lancet Series: 2007: 8797
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Schizophrenia Bulletin. 2009. 35(4): 659-660
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Health Services Research & Policy 2004; 9 (supp.1): 28-38
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workforce management. Human Resources for Health 2009; 7: 1-19
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task sharing in low income countries: a review of recent evidence. Human Resources for Health 2011;
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evaluation of a task sharing intervention for common mental disorders in India. Bulletin of the
World Health Organization 2012; 90: 813-821
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shifting health economy. Asian Journal of Psychiatry 2011; 4: 165-171
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countries: An overview of their history, recent evolution, and current effectiveness. The Annual
Review of Public Health. 2014; 35: 399-421
20. Patel V, Weiss HA, Chowdhary N, Naik S, Pednakar S, Chatterjee S, Bhat B, Araya R, King M, Simon G,
Verdell H, Kirkwood BR. Lay health worker led intervention for depressive and anxiety disorders in
India: impact on clinical and disability outcomes over 12 months. British Journal of Psychiatry.
2011; 199 DOI: 10.1192/bjp.199.6.A23
21. WHO/Wonca. Integrating Mental Health Into Primary Care: A Global Perspective. Geneva: WHO, 2008
22. Conrad P. The Medicalization of Society: On the Transformation of Human Conditions into Medical
Disorders. Baltimore: John Hopkins UP; 2007
23. Parsons A, Hooker C. Dignity and Narrative Medicine. Journal of Bioethical Inquiry. 2010: 7(3);
345-351
24. Coulehan J. Dying with Dignity: The Story Reveals. In Perspectives on Human Dignity: A Conversation
ed. Malpas J and Lickiss N. Dordrecht: Springer; 2007
25. Jacobson N. Dignity and health: a review. Social Science and Medicine. 2007: 292-302
26. Jacobson N. A taxonomy of dignity: a grounded theory study. BMC International Health and Human
Rights 9(3)
27. Universal Declaration of Human Rights (1948). Adopted and proclaimed by UN General Assembly
Resolution 217A (III), December 10, 1948
28. World Dignity Project (http://worlddignityproject.com/)
50
5.2
多様性と社会的包摂に取り組むことで尊厳を高めていく
Mental Health Commission of Canada
カナダの精神保健委員会(MHCC)を代表して、世界精神保健デーを通して啓発を高めスティグマ
と戦っておられるWFMHのご努力をたたえます。
本年のテーマ「多様性と社会的包摂に取り組むことで尊厳を高めていく」は時宜をえています。
私たちは正しい方向に向かって大きなストライドで前進してきましたが、依然としてやるべきこ
とは山ほどあります。
カナダは多くの要素から成り立っていますが、中でも国家のアイディンティの中心になるのが
「多様性」です。社会的包摂をめざしている国として、あらゆる年齢、民族、性別、背景、そし
て思想信条を持つカナダ人をカバーするように「多様性」という言葉を広く定義しなければなり
ません。
カナダ保健省からの指示により、MHCC はカナダで初の精神保健戦略を作成する任務を与えられま
した。戦略は「方向を変える、人生を変える」という文書にまとめられましたが、その中で示さ
れている方向性の鍵は、生涯にわたる精神保健の促進とすべてのカナダ人のニーズを満たすシス
テムの創造です。
精神保健の問題や精神疾患を経験するカナダ人は、社会経済的状況にかかわらず毎年 5 人に 1 人
にのぼります。精神保健の治療や支援の制度をうまく機能させるには、個人のニーズ(文化、社
会、言語)を反映させたものとしなければなりません。
政策決定に影響を与えるため、MHCC は「多様性を踏まえる必要性」と呼ぶプロジェクトを立ち上
げました。これは、移住者、難民、特定の民族人種グループのために異なった文化言語を踏まえ
た精神保健サービスを導入することにメリットがあるということを立証することを目指したもの
です。
精神保健でも身体保健でも、文化が重要な役割を果たします。文化により生活スタイル、生活行
動、健康に関する信念や態度、コミュニケーションパターンが異なるので、これらの要素に取り
組むことで、患者に尊敬と尊厳を与え、ひいては予後の改善ができるのです。
このことは ファーストネーションズ、イヌイット、メティなどカナダの先住民の独特な文化性に
ついて特に重要です。例えばファーストネーションズは個々の部族が独自のものを持つと同時に、
一つの部族の中でも相当の多様性をもっているおり、身体的・情緒的・精神的・霊的健康状態の
バランスを通してホリスティックなアプローチをとることが多いです。
しかしあらゆる面において多様性に対応するためには、より広い視野で精神保健サービスを見な
ければなりません。
51
カナダの若者を例にあげましょう。精神保健的問題はその 70%以上が児童期や青年期に始まるこ
とがわかっています。また早期介入がリカバリー達成のために重要なこともわかっています。こ
の 2 つのことを合わせて分かることは、若者を積極的に関わらせてエンパワーし、若者たちの精
神的健康を高め、出現する問題を見極め、適切な治療を受けられるようにすることが重要だとい
うことです。
現在 MHCC は若者に焦点を当てた取り組みをいくつか行っています。ひとつは HEADSTRONG という
若者アンチスティグマプログラムで、精神保健の問題に関する理解を深めるために必要な知識を
学生たちに与えるための取り組みを行っています。
しかし、若者の精神保健ニーズを満たすには、態度や行動の変化以上のことをめざさなくてはい
けません。児童青年のサービスから大人の精神保健ケアへの移行の際に若者たちが直面する制度
上の問題にも対応しなければならないのです。
児童青年向けの制度から成人の精神保健制度に移行するのは往々にして困難で、この時点でいず
れの制度からもはずれてしまうと問題が深刻になる危険性があります。す。そのために MHCC は彼
らの重要な発達段階(我々はこれを「大人が顔をのぞかせる」段階と呼んでいます)に生じる精
神保健的問題や乱用の問題に対応すべくイーストオンタリオ児童病院と提携して、必要な政策や
実践を模索しています。
カナダ精神保健戦略である「方向を変える、人生を変える」が現行制度の枠組みを超えて精神保
健サービスを変えてゆくための青写真であることに鑑みれば、若年者が当面する特定の問題を認
識すると同時に高齢者も特定のニーズを持ち社会的疎外に陥りがちであることを認識しなければ
なりません。
2036 年にはカナダ人のほぼ 4 人に 1 人が高齢者になります。高齢者は慢性疾患と精神疾患の併存
症を含め幅広い精神保健的問題を抱えることが多く、例えば急性期の脳卒中の患者のかなり多く
に大うつ病が起こります。そのために MHCC は「カナダの高齢者のための包括的精神保健サービス
ガイドライン」を作成し、高齢者に見られる多様性を理解するための推奨事項を記載しました。
以上を要約しますと、今後、カナダはリカバリーに向けた個人中心のケアのシステムを作り、精
神的問題や疾患のために制約を受けている人であっても、満足でき、希望があり、他の人や社会
に貢献できる人生を享受できるような環境を構築していかなければならないということになりま
す。
そうすれば、全てのカナダ人が「尊厳」と「社会的包摂」という理念の恩恵を受けるに違いあり
ません。
52
精神保健戦略創造から学んだこと
2012 年、広範な協議と議論を踏まえ、カナダで最初の精神保健戦略である「方向を変える、人生を
変える」が作られた。その過程から得られた重要な教訓は今日においても意味をもつことであるの
で、以下、記載する。
青写真を描く
カナダの精神保健分野を実質的かつ有意義に変えていくには、優先的領域のランキングをすること
が必要だった。精神保健戦略に対して全体的な共鳴を得るため鍵となったのは、協議という形で話
しを進めたことである。現在、次の段階である「精神保健行動計画」が取りまとめられ、今日のカ
ナダにおいて出現している精神保健問題に対応すると共に戦略の目標を進めていくために必要な次
のステップを明らかにする作業が進んでいるが、ここでも協議形式が取られている。つまり、全体
的目標達成のために不可欠な領域は何かという点に関してコンセンサスを形成することがもっとも
重要なステップということである。
幅広く意見を聞く
「方向を変える、人生を変える」は数千人のカナダ人の経験、知識、そして知恵に基づいて完成し
た。重要なことは、ここに精神疾患の実体験を持つ人や家族も含まれていたことである。彼らの洞
察は戦略作成に際し参考程度となったのではなく、その根幹を形成した。同様に、精神保健行動計
画も広範囲で全国的な協議を踏まえたものになろう。
各項目が意味を持つ
精神保健戦略においては 26 の優先事項と 109 の推奨事項が見やすく使いやすいフォーマットにまと
められている。これを可能にするため、まず戦略的方向性を決めた。戦略では 109 の推奨事項を 6
つの戦略的方向性に分けて示し、個々の項目が精神保健システム改善の全体像に寄与する形となっ
ている。
知識の交換
我々の最初の戦略方向である「生涯にわたって家庭・学校・職場の精神保健を促進し、精神疾患
と自殺をあらゆるところで予防する」は、「自分たちが学んだことを広く共有する」という重大
な教訓だと解釈することも出来る。我々のメッセージの根本は、リカバリー志向の実践を唱道
し、精神保健的問題や疾患とともに生きる個人の権利を遵守することである。
10 年という短い期間でカナダは G8 の中で唯一精神保健戦略をもたない国から、国際的に尊敬され
る精神保健のリーダー国へと進化した。この著しい変貌が達成できたのは、少なからず「方向を
変える、人生を変える」のおかげである。そこには何千というカナダ人の希望とやる気がこめら
れ、カナダの精神保健分野の現実を改革する効果をもたらしてきたと言ってよい。
53
5.3 実臨床における尊厳と精神保健ケア
Social Care Institute for Excellence, UK

尊厳をもって患者さんを扱うこと― 個人として仲間の人間として。診断や何かのグルー
プとの関連ゆえの「ラベル貼り」を避けること。

人中心のケアと支援を提供すること― 個々人とそのニーズ、嗜好性、やる気をケアの中
心に置くこと。人中心のケアを行動規範とすれば、サービスを利用する人の尊厳もスタッ
フの尊厳も高まる。

虐待防止に配慮した良い実践を高めていくこと― 予防に焦点を当て、虐待に対しては人
中心の対応をとること。

精神保健へのリカバリーアプローチを採用すること― 特にその人らしさと自尊心を保持
できるように援助すること。そのことが尊厳の概念と密接につながっていく。

良いコミュニケーションを促進すること― このことが尊敬の念をもっていることを証明
し、尊厳の維持につながる。良いコミュニケーションとは、専門家とサービスユーザーの
両者ともに意志疎通ができるようにすることである。専門家は訓練を通して適切な態度と
コミュニケーションスキルを獲得することができるが、サービスユーザーは意思疎通の能
力が欠如している場合もあり、支援を必要とすることある。

差別に取り組むこと― 個人、地域からの発動、全国的プログラム、政策、法制化を通じ
て。

黒人や少数民族グループのサービスユーザーを関わらせること― 彼らが関わる積極的な
手段をとり、その見解をケアプランに確実に記録すること。

精神保健ケアへの人権ベースのアプローチを採用すること― 精神保健に関する法令にお
いて当事者の能力、自律性、選択、決定権などが十分に担保されていない場合であっても、
確実に人権が守られるように気をつけること。

自律性、選択、決定権、独立が担保されていること― 人中心のケアを提供し、能力を失う
前に自分のニーズや希望を示しておくことができるようにしておくこと。例えば認知症を
持つ人の場合であれば、事前指示書、危機カード、人生談の記録物などの方法が考えられ
る。

入院の場でのケアの質を改善すること― 個別化され、包括的で連続性が保障された人中
心のケアを提供すること。様々な治療法、安全でリラックスできる雰囲気を提供すること。
例えば Sainsbury Centre for Mental Health(2006)を参照してほしい。
54

組織として前向きのエトスを推進すること --- 尊敬と尊厳のエトスを上から推奨すること
(Carter, 2009)。ケアをするにあたっては人中心のアプローチをとり、虐待は絶対に許
さない姿勢を示すこと。

トレーニング、臨床スーパービジョン、支援を提供すること― スタッフが自身の態度を
振り返り、その役割において支援されていると感じることができるような方策をとること。
このことによりスタッフは尊敬を持って患者を扱えるようになるだろう。

尊厳に対する周囲の環境を整えること ― 男女別の病棟、パーソナルケア、入浴、トイレ
使用におけるプライバシー、清潔な施設、十分なスペース、適切なスタッフレベルを確保
すること。
政策と研究からみた重要なポイント
 精神保健の問題を持つ成人は、社会で最も排斥されているグループの一つである(Social
Exclusion Unit, 2004)
 精神保健と幸福を維持する上で中核になるのは自尊心と自信である。
 精神保健に関する現在の政府の政策においてはアウトカムに基づく戦略がとられ、そこで
は尊厳の概念が重要視されている(Department of Health, 2011)。
 「人権洞察プロジェクト」によれば、弱い立場にあるグループが NHS や社会サービスのス
タッフと関わる時、人権に関する諸原則の中で「尊厳と尊敬を持って扱われる」というこ
とが最重要としている (Ministry of Justice, 2008)。
 その人らしさを尊敬し、尊厳を守ることがリカバリーの促進に役立つ。尊厳を冒すような
行動、個人やそのストーリーに敬意を払わないような行動は、さらなるダメージをもたら
しうる(Jacobson 2009; Kogstad 2009; Warner 2011)。
 精神科病棟に入院している人は、プライマリケアやセカンダリーケアの人に比べて「スタ
ッフが尊厳と尊敬を持って自分たちを扱ってくれる」と報告しない傾向にある。
 急性期病棟において尊厳を脅かす周囲の環境として挙げられるのは、「過密」「スタッフ
不足(レベルと質)」「男女混合病棟」「貧弱で不潔な環境」などである(Curtice and
Exworthy, 2010)。
 精神保健の場における尊厳は「人中心のケア」「黒人や少数民族の人たちの入院体験の改
善」「良いコミュニケーション」「人権と虐待防止」によって確保される。
55
Social Care Institute for Excellence
First floor, Kinnaird House
1 Pall Mall East
London SW1Y 5BP
UNITED KINGDOM
http://www.scie.org.uk/
56
5.4
頭を高く掲げて生きよう:インドにおける精神保健の尊厳
Prof. S.K. Choturvedí,MD,FRCPsych,India
近年インドでは精神保健ケアが空前のブームになっている。インド人権委員会が精神保健の諸問
題に関わるようになっている。さらにインド憲法には健康であることの権利が規定されており、
人間としての尊厳をもって生きる権利など精神保健面で健康に生きる権利にも及ぶとされている。
インド社会では精神疾患を有する人は異なった目で見られ、想像を絶する差別と偏見が広がって
いる。しかし、偏見はある部分ではなくなりつつあるようで、不安、うつ、緊張などの精神保健
的問題についてはよく語られるようになった。精神保健センターは混雑しており、何百人という
人が毎日通ってくる。しかし重度の精神障害はしばしば社会から隠され、ある種の懸念を持って
見られている。
最近、著名な映画女優がメディアチャンネルで自身のうつ病について語った。有名人が告白した
ことで勇気づけられた若者たちは、進んで受診するようになっている。そもそもインドの都市部
ではストレス関連の精神保健的問題は余り悪いイメージでは見られておらず、糖尿病、高血圧、
ストレス、そしてうつ病は富、生産性、成功の証として受け入れられている!
しかしインドの田舎の伝統的社会では状況が異なり、精神疾患を抱える人の尊厳の受けとめ方は
異なっている。ある場所では、彼らは「特別」「神聖」「神に選ばれた人」と見なされ、神が創
造したものと思われている。利他主義が溢れ、あらゆる援助や手助けが彼らに提供される。彼ら
を助けることで徳を積めると見なされるのである。他方、ひどい扱いを受ける地域もある。彼ら
は「悪い兆し」であり、呪われており、不幸と窮乏をもたらし、社会に悪い影響を及ぼすとされ、
軽蔑され、捨てられ、無視されるのである。
一般医療施設では、精神疾患を有する人は心臓の問題や他の医学的疾患をもつ人と同じような尊
敬や尊厳を払われることはない。精神科施設での尊厳の扱いでは場所による違いが大きい。ケア
が悪い所もある。清潔な服や食べ物を与えられず自由も許されていない。尊敬の念がないことを
背景に、診断でラベルを貼ることが普通に行われている。精神疾患を有する人に安全を提供する
ということがいまだに優先事項になっていない。病院内で鎖につなぐことはなくなったが、一般
人や警察が患者をロープや鎖でつないで病院に連れてくることは実際にある。家族内の平和を維
持するため、服薬を守らない患者に家族が食べ物や飲み物に薬を混ぜて飲ませることもある。自
律は往々にして踏みにじられ、精神疾患を有する人には薬物療法や介入に関する決定権が与えら
れていない。
多くの施設やセンターは十分なリハビリテーションサービスを持っていないが、精神保健のリカ
バリーアプローチは徐々に普及しつつある。インド人権委員会は「必要な治療を最低限の拘束の
もとに可能な限り地域で行い、搾取や差別的ないし虐待的で品位に欠ける治療から患者を守るこ
と」を義務づけている。家庭では尊厳を認め礼儀正しく親切と思いやりを持って接することが求
められ、病院への移送にはロープによる拘束を禁じ、混乱した患者の鎮静は外来部門の中の施設
で行われるべきだとしている。
57
提案されている精神保健法案は、権利と尊厳が大いに進展する内容となっている。まず国や州政
府が運営・予算拠出している精神保健サービスのケアや治療を受ける権利が規定されている。ま
た精神疾患患者が差別なく公正な扱いを受けるよう彼らの権利と尊厳についても概略が提案され、
一部の治療を制限するという重要な諸規定も盛り込まれた。同法案は精神保健レビュー委員会の
設置も規定し、「インフォームドチョイス」「事前指示書」などの概念を導入している。法案は
相当の議論を巻き起こしたが、一部の修正後、現在は議会と大統領の承認を待っているところで
ある。
今年の精神保健デーのスローガンである「精神保健における尊厳」は精神保健ケアのみならず一
般の保健ケアでも最前線に位置づけられて然るべきであり、このスローガンを通して皆(政治家、
精神保健の専門家、精神保健的問題を抱える人、家族)が尊敬と尊厳の必要性について再認識を
すべきだと思われる。自助グループや NGO は既にこうした認識を強めており、他の組織もそれに
ならうべきであろう。患者とケア提供者にとっての尊厳とは何を意味するのか --- プライバシー
なのか、守秘なのか、傾聴なのか、仕事や勉学の道をみつける手伝いをすることなのか、ただ静
かに暮らすことなのかを検討することにも価値があるだろう。尊厳は彼らの QOL を高めていくの
に重大な貢献をする。尊厳を高める薬物はない。人に対する尊厳は人から来なければならないの
である。
心が恐れなしに頭が高くもたげられてあるところに・・・・・・・かの自由の天界に、わが天な
る父よ、わが国土をめざましたまえ。これは 1901 年にノーベル賞を受賞した Rabindranath
Tagore の言葉であるが、精神保健ケアにおける尊厳にとってもあてはまる言葉である。
[ここで述べられた見解は私自身のものであり、インド国立精神保健・神経科学研究所の見解で
はないことに注意されたい]
Santosh K Chaturvedi,M.D.,FRCPsych
Professor of Psychiatry & Head, Psychiatric Rehabilitation Services
National Institute of Mental Health & Neurosciences, Bangalore, India
58
5.5
今すぐ行動を
WFMH
はじめに
WFMHは国連やWHOと同様、1948 年に設立されました。WHOや国連の保健部門と公式の関
連を持つ最古の精神保健組織であり、長年にわたり精神保健ケアの改善、精神保健の促進、精神
障害に関する一般市民の教育のためのアドボカシー活動に携わってきました。さらにWFMHは
1992 年に世界精神保健デー(10 月 10 日)をスタートさせ、市民教育を拡大するために毎年テーマ
を設定し、それに応じた文献を配布してきたのです。
なぜ今年のテーマとして尊厳が選ばれたか
人と人との交流では常に尊厳と「遭遇」する可能性があり、尊厳を感じるという遭遇もあれば、
尊厳がないと感じる遭遇もあります。精神疾患を抱える人やその家族が「尊厳をもって接しても
らえた」と喜ぶケースも少なくありませんが、残念なことに「尊厳をもって接してもらえなかっ
た」と述べるケースがほとんどです。これは受け入れることができない事態で、傍観者でいるこ
とは許されません。何とかしなければいけません。
私たちが知っていること
4 人に 1 人の成人が精神保健的な問題を経験します。世界では毎年 4 億 5000 万以上の人が精神障
害に罹患しています。「精神の健康なくして健康なし」のスローガンは何度も繰り返されますが、
精神保健的な問題を抱える人が必要な支援を得るのは依然として困難だと言わざるを得ません。
良質な精神保健ケアを受けたり精神的健康を保ったりするための日々の社会的活動を邪魔するの
は、偏見と差別です。偏見が人びとの完全な社会参加を妨げ、尊厳を奪うのです。
精神保健的困難を抱える人々、その家族、ケア提供者、政府、NGO(非政府組織)、あらゆる種類
の専門家と代表団体は、すべての出会いが尊厳を感じる体験であってくれるように願っています。
精神保健の尊厳を現実のものにするには社会のすべての人がともに活動し、精神保健を恥ずかし
いものとして隠すのではなく、目に見えるものとしていくことが必要です。
声が必要です
精神保健的困難を抱える人の声を聞くことが必要です。すべての声を、どのような意見であって
も。
以下はその例です。
「2 度目の入院はイギリスでしましたが、ベッドとシーツのある部屋を与えられました。それに話
しをする人も。それはウガンダの精神科病院に初めての入院をした時とは大変な違いでした。ウ
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ガンダでは何もない部屋に隔離され、ベッドもシーツもなく冷たいコンクリートの上で寝まし
た。」
エディー
「本当に辛いのは、『この人は自分のことを大切に扱ってくれるだろう』と期待していた人に怒
鳴られ、馬鹿にされ、ロープと鎖で縛られ、精神疾患に罹ったことが犯罪であるかのように隔離
室に入れられること。呪われているとか、悪霊に取りつかれているとか、悪いことをしたから呪
詛をかけられたとか。社会で生きていくのに適さない脱落者としか見てもらえない。死ぬまで負
わなくてはいけない辛い重荷。命が絶えるまで解放されません。この苦悩の体験を理解している
のは神様だけのような気がします。食べものと寝る場所をみつけ、暖かく話してかけてくれる優
しさに満ちた人の愛に巡り合うのは、本当に神様の御心次第です ...精神保健の尊厳は愛に
満ちた心のこと。共感的なケアの心、そして援助を差し伸べてくれる心。それが尊厳だと思いま
す。」
カバレ
帰ろうとした時、病棟の女性のソーシャルワーカーが私に近づいてきました。それまではほとん
ど話したこともない人でした。彼女は私に「あなたのご主人のケアで私にできることがあれば何
でもするわよ」と言ってくれました。ハグしてくれて、私たちが経験している辛さがわかると言
ってもくれました。彼女に手伝ってもらわないといけないことは特になかったのですが、その時
の彼女の親切がすべてを変えました。
シャロン
精神保健的問題を抱えている人の役割
精神保健的問題を抱え生活している人は、自分たちのストーリーにはパワー、つまり変化を生み
出す力があることを知るべきです。自分たちの声を活用することを学べば、彼ら自身も我々も尊
厳(日常生活におけるもの、チャンスや治療場面におけるもの、地域社会におけるもの)を理解
できるようになります。尊厳というのは他の人の役に立つ人生を送ることができるという希望が
あってはじめて生まれるものであり、「尊敬があるとはどういうふうになるのか?」とか(これ
が本当に重要なのですが)「尊敬がないとどういうふうになるのか?」ということを教えてくれ
るのも尊厳なのです。
精神保健的問題を抱えて生活している人には、他の人や社会に貢献できる生活を送ることを期待
する権利があります。彼らは夢や希望を持つべきですし、地域社会(特に医療や保健の専門家)
に対して「どのように尊敬や尊厳を持って人間を扱うべきか」ということを教える人にならなけ
ればなりません。
60
精神保健的問題を抱えて生活している人は当然のこととして尊厳と尊敬を受け、社会の中で正し
い場所にいられることが必要です。自分は病気のために他人より劣っていると考えてはなりませ
ん。上を向き、尊厳と尊敬を持って自分を扱いましょう。
政府の役割
私たちは各国政府が 1948 年の国連人権宣言を順守すべく、国内の関連法規を人権宣言の原則に合
致したものとすることを要求します。
私たちは政府の精神保健担当省庁が 2015 年世界精神保健デーに際して公式声明を出し、精神と身
体を同等に扱うと宣言するように要求します。
社会の役割
私たちは、弱い立場の人をどのように扱っているかで国際社会の道徳的価値観を測ることができ
ます。精神疾患を抱える人は私たち地球家族の重要な一員であり、病気と闘っている彼らは尊敬
と思いやりを受けて当然です。何世紀にもわたって精神疾患にまつわりついてきた偏見と闘うに
は、さらなる教育、研究、サービスが必要です。
NGO の役割
NGO は彼らのアドボカシー活動の効果を高めるべく、NGO 同士の協力を進めるべきです。
すべての NGO が少なくとも年 1 回は各国政府の保健関連省庁と接触し、精神保健ケアへの財政支
援を増やすように声を上げるべきです。
大学や研究機関の役割
教育研究機関(大学、精神保健関連の専門大学など)は 2015 年世界精神保健デーにあたり、尊厳
確保のために精神と身体の健康の同等性のために戦うこと、そして日々の活動の中で精神保健が
社会一般の目に触れるようにするための活動を積極的に行うことを要求します。
家族の役割
精神疾患を抱える人のケア提供者には甚大な負荷がかかっています。社会的な資源は貧弱か皆無
です。ケア提供者を財政的にも気持ちの上でも支援する政策が必要です。精神疾患を経験してい
る人の効果的な治療と良好な予後のためには、ケア提供者の役割が非常に重要と認識する必要が
61
あります。実際ケア提供者は精神疾患との戦いにおける陰のヒーローで、最大の称賛と尊敬に値
します。
国際的な行動
世界精神保健デーは精神疾患と共に生きる人とその家族との団結を示し、スティグマと戦う私た
ちの姿を見てもらう絶好の機会です。
2015 年 9 月 10 日~12 月 10 日、精神保健のために積極的に行動しましょう。精神保健における尊
厳の重要性を訴えるイベントを組織したり、コンサートや絵画展などのアート活動をしたり、地
域のショッピングセンターやタウンセンターで啓発活動をして、皆さんの体験を私たちと共有し
てください。
精神症状はリカバリーの障壁とはなりません。
けれど人の態度が・・・
62
World Federation for Mental Health
PO BOX 807
Occoquan, VA 22125 USA
www.wfmh.org
63
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