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循環器疾患における末期医療に関する提言

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循環器疾患における末期医療に関する提言
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008−2009年度合同研究班報告)
【ダイジェスト版】
循環器疾患における末期医療に関する提言
Statement for end-stage cardiovascular care(JCS 2010)
合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本移植学会,日本救急医学会,日本胸部外科学会,日本集中治療医学会,
日本人工臓器学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会,日本心電学会,日本心不全学会,
日本透析医学会,日本脳神経外科学会,日本脳卒中学会,日本麻酔科学会
班 長 野々木 宏
国立循環器病研究センター心臓血管
内科部門
班 員 上
田
裕
一 名古屋大学大学院医学部病態外科学
鎌
倉
史
郎 国立循環器病研究センター心臓血管
坂
本
哲
也 帝京大学救命救急センター
多
田
恵
一 広島市民病院麻酔集中治療部
田
中
啓
長
尾 建 駿河台日本大学病院循環器科
中
村
敏
子 国立循環器病研究センター腎臓高血圧部門
中
谷
武
嗣 国立循環器病研究センター移植部
松
本
昌
泰 広島大学大学院医歯薬学総合研究科
安
富 潔
小
川
久
高
本
眞
協力員 横
山
広
行 国立循環器病研究センター心臓血管
石
川
雅
巳 呉共済病院麻酔科集中治療部
伊
藤
弘
人 国立精神・神経医療研究センター精
伊
藤
真
理 岡山大学病院 看護部
内科部門
治 日本医科大学集中治療室
内科部門
神保健研究所
高 田 弥寿子 国立循環器病研究センター看護部
能
芝
範
子 大阪大学医学部附属病院看護部
森 久
恵 国立循環器病研究センター脳神経外科部門
八木原 俊 克 国立循環器病研究センター
脳神経内科学
山
田
聡
子 東宝塚さとう病院看護部
慶応義塾大学大学院法務研究科法学部
山
脇
健
盛 広島大学大学院医歯薬学総合研究科
雄 熊本大学循環器病態学
鄭 忠
和 鹿児島大学循環器呼吸器代謝内科学
一 三井記念病院
松
益
德 山口大学器官病態内科学
脳神経内科学
外部評価委員
﨑
(構成員の所属は 2010 年 12 月現在)
目 次
序 文������������������������ 2
Ⅰ.提言作成にあたり����������������� 3
1.提言作成の背景と目的 �������������
2.作成方法と構成 ����������������
3.本提言で使用した略語 �������������
4.循環器疾患における末期医療の定義 �������
5.循環器疾患末期に対する基本的な対応 ������
6.施設における生命倫理的検討 ����������
Ⅱ.心不全における末期状態��������������
1.心不全の末期状態の定義 ������������
3
3
4
4
4
5
6
6
2.末期状態での治療の適応について �������� 6
Ⅲ.不整脈疾患における末期状態と侵襲的治療の適応につ
いて ����������������������� 7
1.末期不整脈症例における植込み型デバイスの適応
と作動状況 ������������������
2.デバイス植込み例の終末期状態への対応 �����
3.終末期の患者へのデバイス停止に関する調査結果 �
4.デバイス植込み後の終末期患者への治療に関する
提言 ���������������������
Ⅳ.循環器集中治療における末期状態と集中ケアの適応に
7
7
7
8
1
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
ついて ���������������������� 8
1.終末期における重症度評価 ����������� 8
2.心臓集中治療室への収容 ������������ 8
3.特殊治療の選択 ���������������� 9
4.緩和医療と医療中止 �������������� 10
5.まとめ �������������������� 11
Ⅴ.蘇生後脳症における終末状態と蘇生後のケアについて� 11
1.どのような院外心停止の人に対して蘇生を開始し
なければならないのか? ������������ 11
2.心拍が再開しない場合,蘇生はいつまで続けなけ
ればならないのか? �������������� 11
3.蘇生を希望しない DNAR の事前の意思 ������ 11
4.自己心拍再開(ROSC)後も循環状態が極めて不
安定な場合,どのような治療をするのか? ���� 12
5.脳機能の回復が困難な場合,どのような治療をす
るのか? ������������������� 12
6.家族への精神的支援 �������������� 13
7.臓器・組織提供に関する倫理 ���������� 13
Ⅵ.腎不全における末期状態と血液透析療法の適応���� 14
1.腎不全における末期状態と終末期の定義 ����� 14
2.末期状態での治療の適応について �������� 14
3.終末期における治療の中断について ������� 14
Ⅶ.集中治療における末期状態,特に呼吸管理について�� 15
1.はじめに ������������������� 15
2.基本となる考え方 ��������������� 15
3.末期状態における治療の進め方 ��������� 15
4.日本集中治療医学会の末期医療のあり方について � 16
5.最後に �������������������� 16
6.人工呼吸にかかわる終末医療についての考察・提
案 ���������������������� 16
Ⅷ.心臓血管外科における末期医療����������� 17
1.心臓血管外科における末期状態と終末期の定義 �� 17
2.末期状態での治療の適応について �������� 17
3.終末期における治療の中断について ������� 18
Ⅸ.脳卒中における末期状態とその内科・外科管理について � 18
1.はじめに ������������������� 18
2.脳卒中の末期状態とは ������������� 19
3.脳卒中の治療適応と末期状態への取り組み,提言 � 19
Ⅹ.循環器疾患における末期医療─看護の立場から���� 19
1. 循 環 器 疾 患 に お け る 末 期(end-stage) と 終 末 期
(end-of-life)の看護の特徴 ����������� 19
2.循環器疾患における末期状態(end-stage)におけ
る看護 �������������������� 19
3.循環器疾患における終末期(end-of-life)における
看護 ��������������������� 20
Ⅺ.補助循環における末期医療������������� 22
終末期における治療の継続について ������� 22
Ⅻ.資料����������������������� 22
(無断転載を禁ずる)
序 文
2
近年における急速な医療技術の進歩と社会環境の変化
入し,診療に直接従事する医療チームとともに医学的,
により,臨床現場における診療環境は大きく変貌してき
社会的,法的,および倫理的な観点から議論を積み重ね
た.循環器病診療においても,種々の新しい診断機器や
てきた.その中で,循環器病における末期医療の概念の
治療手段の導入により治療成績は著明に向上したが,重
標準化が必要であることを痛感してきた.しかしながら,
篤な合併症を有する高度の重症例や超高齢者等に対する
循環器病は多彩な病態を包含しており,各臓器,各専門
適応拡大が試みられる中で,多様化する治療手段の選択
領域における末期状態の定義は医学的にも,社会的にも
とその適応限界については,医学的検討のみならず,十
必ずしも明確にできる段階ではないことから,標準化の
分な社会的・倫理的配慮が必要な状況にある.循環器病
ための指針を提示することは現段階では困難な状況にあ
の急性期疾患においては生死に関わる病態変化が早いた
る.そこで本研究班では,ガイドライン作成に向けた準
めに,診療現場では救命的な緊急対処として種々の薬剤
備作業として,循環器領域の各疾患における末期状態の
と人工呼吸器や補助循環装置等の医療機器が使用されて
定義と末期医療の現状について把握 ・ 分析し,先行する
いるが,それらの治療手段の適応決定については迅速性
救急医療や集中医療等の領域における提言や勧告を参考
が求められる一方,同時に救命的治療なのか,あるいは
に,「 循環器領域における末期医療への提言 」 としてま
延命的・姑息的な処置なのか等の高度な説明性が求めら
とめることにした.今後,社会一般の中でも循環器病の
れることも少なくない.国立循環器病研究センターでは
末期医療に関する理解が深まり,多くの分野での議論を
2006 年 3 月以降,患者が死亡する可能性が高い危篤状態
積み重ねた上で,近い将来にガイドラインとしてまとめ
になった時点で報告を受け,副院長と医療安全室長を中
ることができ,その過程で本稿がよりよい循環器病診療
心とした多職種メンバーで重症回診を行うシステムを導
のための 1 つの礎となれば幸いである.
循環器疾患における末期医療に関する提言
侵襲的治療の非適応例の定義,薬剤抵抗性の致死
Ⅰ
提言作成にあたり
的不整脈の定義,
デバイス作動停止における中止,
倫 理 基 準 に つ い て 検 討 し, 植 込 み 型 除 細 動 器
(ICD)に対する医師向けアンケート調査を実施
し,不整脈疾患の末期医療について提言を行う.
1
提言作成の背景と目的
(4)心臓血管外科(大血管含む)における末期状態と
手術適応について
手術を要する救急患者への手術の適応,不適応の
治療の進歩により難治性疾患の救命率が向上している
基準について検討し,大動脈解離・大動脈瘤の破
一方で,救命された中で社会復帰が困難な例や,回復の
裂で,意識障害の遷延した状態での手術適応,低
見込みのない症例も増加し,医療の現場はその対応に苦
心拍出量症候群に伴う他臓器不全が重症な場合の
慮しているのが現状である.
手術適応について提言する.
特に循環器領域では,移植医療や人工心臓をはじめと
する補助循環の導入で,これまで致命的であった症例が
(5)脳卒中における末期状態とその内科と外科管理に
ついて
救命可能となり,今後も治療抵抗性難治性循環器疾患に
遷延する意識障害で不可逆な場合と可逆な場合や
対しては,新しい治療開発の努力を継続していくことが
高齢者に対する末期医療の検討を行い,脳外科と
求められている.そのような新しい治療法の適応を検討
のコンセンサスを作り提言を行う.
していく中で,適応や中断条件等について,超高齢化時
(6)腎不全における末期状態について
代に即した治療体系の確立が必要とされている.そこに
腎不全における末期状態と終末期の定義,透析治
は,がんを中心とした終末期医療対策と異なった医学的
療の適応・非適応例,透析継続の困難な状態とな
また社会的なコンセンサスの確立が必要と考えられる.
った場合の中止・差し控え等を検討し提言を行う.
本研究班では,循環器医療における末期的な状況に対
する治療的介入について再検討し,その対応に関しての
将来的な取り組みの課題や方向性を多方面から提言する
(7)蘇生後脳症における末期状態と蘇生後ケアについ
て
心拍再開後のケアの継続性,脳機能が回復しない
ことを目的とした.
場合の判定時期,臓器提供の検討,DNAR につ
したがって,本研究班では,循環器医療における末期
いての取り決めを検討し提言する.
的状況下での治療介入についての考え方を提言するた
め,従来の診療ガイドラインではなく「提言」としてま
とめた.
2
作成方法と構成
(8)循環器集中治療における末期状態と集中ケアの適
応について
集中治療における薬物治療の適応,補助循環,血
液浄化法の適応についてアンケート調査を実施
し,提言を行う.
(9)集中治療における末期状態について
班員と協力者で分担領域を決め,複数回のコンセンサ
集中治療に関する呼吸管理のみではなく,集中治
ス会議を開催し,また会員へのアンケート調査し,提言
療室の適応基準や侵襲的治療の適応,離脱等全般
案の検討を行った.各担当における概要を呈示する.
について,日本集中治療医学会からの「集中治療
(1)作成にあたり 循環器末期医療についての定義を
明確にし,末期(end-stage)と終末期(end-of-life)
の差異を呈示する.
(2)重症心不全における末期状態について
末期重症心不全の定義と終末期治療の定義,症状
緩和に対する対応,末期心不全での麻薬の使用や
呼吸管理の使用,補助循環の適応等について提言
を行う.
(3)不整脈疾患における末期状態と侵襲的治療の適応
について
における重症患者の末期医療のあり方についての
勧告」と「急性期の終末医療に対する新たな提案」
について概説し,提言を行う.
(10)循環器疾患における末期医療の看護からの提言
循環器疾患の末期に対する緩和ケアの検討と開始
時期,循環器緩和ケアの内容を検討し,提言する.
(11)救急医療における末期医療について
日本救急医学会における末期医療ガイドラインの
紹介
(12)倫理的・法的問題について,循環器末期医療全
3
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
領域への検討を行う.
3
本提言で使用した略語
NIPPV(noninvasive positive pressure ventilation) 非
侵襲的陽圧換気
NYHA(New York Heart Association) ニ ュ ー ヨ ー ク
心臓協会
本文中に用いられる略語は以下の通りである.
OMI(old myocardial infarction)陳旧性心筋梗塞
PCPS(percutaneous cardiopulmonary support)経皮的
ACC(American College of Cardiology)米国心臓学会
心肺補助装置
ACLS(advanced cardiovascular life support)2 次救命
QOL(quality of life)生活の質
処置
ROSC(return of spontaneous circulation)自己心拍再
AHA(American Heart Association)米国心臓協会
開
APACHE ( Acute Physiology And Chronic Health
SOFA(sepsis-related organ failure assessment)SOFA
Evaluation)APACHE スコア
スコア
AS(aortic stenosis)大動脈弁狭窄症
VAS(ventricular assist system)補助人工心臓
ASA(American Stroke Association)米国脳卒中協会
VF(ventricular fibrillation)心室細動
CCU(cardiac care unit)心臓集中治療室
VT(ventricular tachycardia)心室頻拍
CRT(cardiac resynchronization therapy)心室再同期療
法
4
CRT-D(cardiac resynchronization therapy-defibrillator)
循環器疾患における末期医療
の定義
再同期機能付き植込み型除細動器
CHDF(continuous hemodiafiltration)持続的血液濾過
循環器疾患の末期状態(end-stage)とは,最大の薬物
透析
治療でも治療困難な状態である.その状態に対して,侵
CKD(chronic kidney disease)慢性腎疾患
襲 的 治 療 と し て 人 工 呼 吸 や 血 液 浄 化 に 加 え,IABP,
CPR(cardiopulmonary resuscitation)心肺蘇生法
PCPS,VAS,臓器移植,HD,ペースメーカ植え込み,
DCM(dilated cardiomyopathy)拡張型心筋症
ICD 等がある.更には移植医療の提供がある.
DNR/DNAR ( Do not resuscitate/Do Not Attempt
終末期(end-of-life)は,循環器疾患での繰り返す病
Resuscitation)本人または家族の希望で心肺蘇生を行
像の悪化あるいは急激な増悪から,死が間近に迫り,治
わないこと
療の可能性のない末期状態を指す.
ECC(emergency cardiovascular care)救急心血管治療
また,循環器疾患には繰り返す緩解増悪を経て最終的
ESRD(end-stage renal disease)末期腎不全
に終末期を迎える場合と,急激な発症により突然終末期
GCS(Glasgow Coma Scale)GCS
を迎える場合がある(図 1).両者の対応モデルを検討
HD(hemodialysis)人工透析
する必要がある.
HRS(Heart Rhythm Society) 米国不整脈学会
IABP(intra-aortic balloon pumping)大動脈内バルー
ンパンピング
5
循環器疾患末期に対する基本
的な対応
ICD(implantable cardioverter defibrillator) 植 込 み 型
4
除細動器
心不全のような慢性疾患では,最大薬物治療でも治療
ICU(intensive care unit)集中治療室
抵抗性で入退院を繰り返す状態に対して,治療手段の適
JCS(Japan Coma Scale)JCS
応決定や予後に関する見通し,また終末期になった場合
LOS(low cardiac output syndrome)低心拍出量症候
の状態について説明し,侵襲的治療を適用することへの
群
意思確認が必要となる(図 1).これには,外来あるい
LVEF(left ventricular ejection fraction)左室駆出率
は退院時に,多職種によるチーム構成で末期医療への取
MODS(multi organ dysfunction score)MODS 多臓
り組みを行い,精神的あるいは肉体的な支援,すなわち
器不全スコア
通常の治療手段とともに緩和的な取り組みが必要であ
NASPE(American Society of. Pacing and Electrophy-
り,がんと異なったシステムが必要である.
siology)米国電気生理学会
また,慢性的経過を経ず,突然の発症で終末期を迎え
循環器疾患における末期医療に関する提言
る場合には,本人の意思の確認をすることはできず,家
族との連携や多職種による討議により判断される必要が
6
施設における生命倫理的検討
ある.
これには一定の指針が必要であるが,個々のケースを
日本集中治療医学会による「集中治療における重症患
議論できるチームやシステムが各施設に必要となる.国
者の末期医療のあり方についての勧告」には,倫理的に
立循環器病研究センターにて試みている重症例への取組
適正な判断と手続きを取ることの必要性が強く勧告さ
みを後述する.
れ,重症患者の末期状態での治療の進め方について,今
治療の差し控え,中断,治療の継続等について,学会
後多くの領域の参考となる提言が含まれている(後述の
からの提言や指針が報告され,社会的あるいは法的な議
Ⅻ章参照).その中の治療の進め方に,末期状態である
論がなされている.がんの終末期とともに,それ以外の
ことの判断については,担当医は末期状態であると推定
疾病における終末期の取り組みが学会の枠を越えて議論
した場合,患者あるいは家族の意思を把握した段階で,
され,社会的容認が得られるようなコンセンサスが必要
施設内の公式な症例検討会等で合意を得るべきであると
と考えられる.
勧告されている.また,透明性を高め維持する方策につ
妥当な終末期の定義を設け,一定の条件を満たせば延
いて,複数の医師が患者本人と家族の意思を確認するこ
命措置の中止を行うことができる条件を提言し,学会と
と,末期状態の判断について施設内の公式な症例検討会
して倫理的あるいは社会的なコンセンサスを形成する必
等に付議すること,診療録に経過を記載することは透明
要があると考えられる.これには,日本救急医学会のガ
性を高め維持するために不可欠な要件であると勧告され
イドラインが代表的なものである(Ⅻ章参照).素案を
ている.さらに,このような生命倫理に関する施設での
示し,さらに他学会や国際的な提言を参考に課題を検討
検討に対して,末期医療にかかわる倫理アドバイザーや
した上で,社会的合意を得るステップが必要である.
倫理アシスタントの育成を求めている.
そこで,国立循環器病研究センターにおいて 2006 年
から実施され,倫理的なアドバイザーシステムともいえ
る病院内の全重症例への多職種による重症例検討制度を
図 1 循環器疾患の末期状態の概念図
改善
紹介する.
循環器疾患末期状態(end-stage)
②
病 状
終末期(end-of-life)
①
治療中止
科,脳血管内科),外科系部長,感染対策室感染管理医,
医療安全管理者,医事専門官の 8 名のチーム構成で,医
師,看護師,事務からなる多職種チームであり,重症例
増悪・緩解、入院・退院
延命・救命
死
副院長,医療安全推進室長,内科系部長(心臓血管内
現状維持,
治療差し控え
時間経過
循環器疾患の末期状態には,心不全(心筋症,弁膜症,虚血
性)
,不整脈,腎疾患等慢性に経過する疾患があり,増悪と緩
解により入退院を繰り返すようになる.この時期に,今後の治
療手段(適応決定)や見通し,終末期のことを十分説明相談し,
意思確認が必要である.循環器疾患に対する緩和ケアはこの時
期から開始し,症状への対応や精神的支援,治療方法の選択支
援等がチームとして必要である.終末期は,死を間近にした状
態であり,慢性的な経過からの移行と,脳卒中,急性心筋梗塞,
急性心筋炎,大動脈解離等により突然終末期を迎える場合があ
る.後者は救急医療や集中治療で対応が問題となる症例となる.
循環器疾患の特徴は,終末期になっても補助人工心臓,移植,
透析,ペースメーカ,ICD,侵襲的治療により改善するチャン
スがあることである(本図の①から②)
.
終末期には,したがって救命,延命,治療差し控え,中断等
を検討する必要があり,これには本人や家族の意思の確認と複
数の医療スタッフによる検討が必要である.このシステムには,
病院の倫理的な指針,学会・社会・法的な支援システムが必要
である.
(末期や終末期)や死亡例に対して 24 時間連絡対応をと
っている.目的は,死亡例の異状死届け出やモデル事業
への届け出の病院としての判断,終末期への診療方針決
定に関する医学的倫理的妥当性の検討,臓器提供の可能
性確認など担当医チームと病棟看護師長をまじえて,症
例発生ごとに検討会を実施している.月平均 12 例の検
討を行い,担当診療チーム単独で判断が困難な末期医療
に関する事象に対して,多職種による検討により担当診
療チームへの支援を行い,その結果は診療録に全員の署
名とともに記載を行っている.重症例や死亡に至る症例
はほぼ把握され,また別途実施されている院内心停止事
例の全例登録とあわせると重症例の全例把握のシステム
が確立されたといえる.これにより末期医療に対する方
針を医療チーム単独で決定されることがなくなり透明性
が高まり,また倫理的な問題点を院内で共有することが
可能となった.
5
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
図 2 包括的な心不全治療に関する概要
最適
Ⅱ
末期治療および
支援活動
心不全における末期状態
身体活動
②
●
1
心不全の末期状態の定義
①
●
③
●
心不全治療
④
●
⑤
●
心不全末期患者の確定診断は,心不全に対する適切な
治療を実施していることが原則である.すなわち病気の
末期に考え得るすべての選択可能で適切な治療を検討し
たことを認識することにより,初めて末期心不全である
ことが確定する.心不全末期状態の定義として,
1)適切な治療を実施していることが原則
2)器質的な心機能障害により,適切な治療にかかわ
らず,慢性的に NYHA Ⅳの症状を訴え,頻回また
は持続的点滴薬物療法を必要とする
死亡
時間経過
突然の心事故
心移植または心室補助装置
①心不全の初期症状が出現,心不全治療を開始する時期
②初期薬物治療とそれに続く機械的補助循環や心移植により,
期間は様々であるが小康状態が継続する時期
③様々な程度に身体機能が低下する時期;緊急措置に反応し得
るが,断続的に心不全は増悪
④ステージ D 心不全,難治性の症状を伴い,身体機能が制限さ
れる時期
⑤終末期
3)6 か月に 1 回以上の入院歴,LVEF ≦ 20%等の具体
的な病歴や心機能を基準とすることもあり得る
4)終末期が近いと判断されることを含むこともあり
得る
の項目が挙げられる.
2
末期状態での治療の適応につ
いて
末期状態での治療の適応(図 3)
(1)心不全末期状態における治療内容は疼痛の緩解と
QOL の向上
(2)心不全末期状態の治療には,治療可能な事象を的
確に評価し,介入する
(3)心不全末期状態には薬物療法以外に,種々の機械
的補助療法が適応となり得る(再灌流療法,抗不
心不全末期における患者教育は,心不全の自己管理を
することが原則である. 治療方針に関しては,患者と
整脈療法)
(4)最適な薬物療法,血液浄化療法,CRT・ICD,さ
家族で計画を立て,経過中に治療計画を定期的に見直し,
らに心移植を考慮する(移植へのブリッジ療法と
患者自身が選択した将来の治療方針を考慮することが大
しての VAS,移植を前提としない Destination 療
切である.心不全末期状態においても,治療内容にはが
法としての VAS を検討)
ん患者の末期治療と同様に,疼痛緩解と QOL の向上が
(5)積極的治療と緩和療法のバランスを考慮するとと
含まれる.
心不全の治療を考える場合,心不全における時間的経
過と治療の関係は疾患特徴的なものである.Goodlin ら
が提唱している心不全治療における時間経過と治療概要
を示す.図 2 に示すように,心不全では経過中に増悪に
よる入退院を繰り返し,そのたびに徐々に身体活動能力
は低下する.しかし,他疾患の時間経過との相違は急性
増悪により身体活動能力が大きく低下し入院するが,退
院時にはある程度身体活動能力が回復することである.
図 3 末期心不全の治療に関するアルゴリズム
末期心不全
調整可能な要因?
あり
なし
例:血行再建術,
抗不整脈治療,
抗生物質療法
最適な薬物療法
症状が継続?
CRT の評価
血液濾過または
血液透析
CRT の評価
症状が継続?
もう 1 つ大きな特徴は,心移植が可能な症例では末期で
あっても劇的に状況が回復し得ることである.
難治性浮腫?
心移植の評価
あり
なし
VAS の評価
VAS の評価
(心移植までのブリッジ) (長期在宅療法として)
6
循環器疾患における末期医療に関する提言
もに,死亡後の家族に対する世話も緩和療法に含
動があったと報告している.ICD 植込み例では適切,非
まれる
適切作動にかかわらず,ショック作動のある例の予後が
悪いと報告されているが,これらの論文では緩和ケアの
Ⅲ
不整脈疾患における末期状態
と侵襲的治療の適応について
面からも終末期の ICD によるショック治療を停止させ
ることが重要で,その可否や時期に関する検討が喫緊の
課題であると述べている.我が国においても ICD 植込
み例での終末期作動停止についての検討が必要である
(看護の項参照).
1
末期不整脈症例における植込
み型デバイスの適応と作動状
況
2
デバイス植込み例の終末期状
態への対応
2005 年の慢性心不全の治療と診断に関する ACC/AHA
2008 年の ACC/AHA/HRS ガイドラインでは,ICD 植
ガイドラインでは,終末期に考慮すべきクラスⅠの事項
込み基準がクラスⅠ,Ⅱa,Ⅱb であったとしても,1 年
として,終末期の身体状況や予後に関する教育,ICD の
未満の余命しか期待できない場合は,植込み適応がない
停止,事前指示書の作成,緩和ケア等を挙げ,それらを
としている.また心臓移植や CRT-D の対象から外れた
患者または家族間で検討することを推奨している.一方
薬物抵抗性の NYHA Ⅳの心不全例も ICD 植込みの適応
で, 終 末 期 の 日 々 に お い て, 回 復 の 見 込 み の な い
がないとしている.一方,2006 年版の日本循環器学会
NYHA Ⅳの患者に,気管挿管や ICD 植込みといった侵
不整脈非薬物治療ガイドラインでは,6 か月以上の余命
襲的処置をすべきでないとしている.また,2008 年の
が期待できない場合に ICD 植込みの非適応としている.
デバイス治療に関する ACC/AHA/HRS ガイドラインで
しかしながら,余命が 6 か月または 12 か月と判断する
は,ペースメーカ,ICD,CRT の停止を希望する終末期
のは一般的に難しい.また NYHA Ⅳといっても,その
の患者に対して,以下のようなアプローチを義務づけて
定義が国により微妙に異なる.例えば,CRT,CRT-D
いる.すなわち,デバイス停止の結果と代替治療の情報
植込み例の予後を観察した COMPANION 試験における
を患者に与え,その内容を記録にとどめること,デバイ
NYHA Ⅳの症例とは,登録時に歩行可能な症例であり,
ス停止を行うためには患者の蘇生措置拒否指示が必要で
1 か月以内に入院したり,4 時間以上のカテコラミン治
あり,これらの指示内容をカルテに残すこと,患者は思
療を受けたりした例はそもそも対象に含まれていなかっ
考能力が低下している恐れがあるため,精神科の診察を
た. そ れ に も か か わ ら ず,COMPANION 試 験 で は
受けること,臨床医が同意できない場合は倫理面のコン
NYHA Ⅳの症例において,薬物治療に優る有効性がデ
サルテーションを求めること,デバイス停止を行うべき
バイス治療で確認されなかった.このため,2008 年の
でないとする信念を臨床医が持っている場合は,他の臨
ガイドラインでは,心不全に対する最善の治療下におい
床医に紹介すること,患者が植込み施設とは離れた場所
ても,NYHA Ⅳの状態が持続または繰り返す例の生命
にいる場合,担当医は上記の情報をカルテにとどめた上
予後は 12 か月以内としている.また,強心薬の点滴投
で,デバイスのプログラミングができる人を依頼するこ
与量を減量できない心不全例の生命予後は 6 か月以内と
と等である.
判断してよく,必然的にこれらの例には ICD 植込みの
適応がないとしている.一方,終末期には ICD 作動が
頻発することが知られている.Lewis らは ICD を植込ま
れていて死亡した 63 例を除細動機能停止群 20 例と非停
3
終末期の患者へのデバイス停
止に関する調査結果
止群 43 例に分類し,終末期の作動状況を観察した.そ
欧米のガイドラインには終末期の項目が存在し,患者
の結果,非停止群では死亡直前までのショック作動率が
と家族に対して終末期の検討を行うことが推奨されてい
高く(30 日前:21%),急性死が有意に多かったと報告
る.実際に米国では大多数の内科医が終末期患者の ICD
している.また Goldstein らは終末期での ICD 作動状況
中止を検討した経験があり,80 %以上の医師が,事前
の聞き取り調査を近親者から行い,27 例で死亡 1 か月間
指示や蘇生措置拒否に直面していた.また,約 60 %の
にショック作動が生じ,8 例では死亡直前にショック作
心臓専門医が ICD 停止を家族あるいは患者と検討した
7
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
経験があると報告されている.翻って,我が国では循環
性の呼吸困難,胸痛,致死性不整脈発作を繰り返し,数
器医療の末期的状況における治療介入または治療中止の
日~数週間後の死期が迫っているもの」と定義づけられ
基準が制定されてなく,事前指示や DNAR 指示等の情
る.しかし,数日~数週間後の死亡をどうやって予測す
報が十分に周知されていない.このため,多くの医師は
べきであろうか.
諸外国のような状況に直面することはなく,かつ終末期
循環器疾患患者の者の病態を客観的に評価し,重症度
ケアに関する検討も一部を除いてなされてこなかった.
や 予 後 を 正 確 に 知 る 方 法 に は, 従 来 よ り Killip 分 類,
最近,終末期ケアを取り入れる際に困難を感じる理由に
Forrester 分類等が用いられてきた.また心臓手術後の評
ついて Kelley らと同様のアンケート調査を本研究班と
価法には IABP スコアや Mehta らのスコアリングがあ
ともに松岡,伊藤らが全国 337 の ICD 認定施設に勤務す
る.また,全身の臓器機能を総合評価する APACHE Ⅱ
る医師と看護師を対象として行った.それによると,回
スコア,SOFA スコア等も考案されている.APACHE Ⅱ
答のあったそれぞれ 95 名の医師・看護師のうち,約 70
スコア 2 点以上あるいは SOFA スコアの 4 点を指標とす
%から終末期の検討を行う共通の意思を確認できたもの
ると「体温 32 ℃以下,平均血圧 50mmHg 以下,心拍数
の,実際には 50 %の医師と 73 %の看護師は ICD 停止を
55/min 以下あるいは 110 以上,呼吸数 6/min あるいは 35
選択肢として患者または関係者と検討した経験がないと
以 上,A-aDO2 200 以 上,PaO2/FiO2 100 未 満, 動 脈 血
いう結果が得られた.また,末期心不全患者への緩和ケ
PH 7.25 以 下 あ る い は 7.59 以 上, 血 清 HCO2 18mmol/L
アの導入が困難な理由として,重症心不全の生命予後の
以下あるいは 41 以上,Na120mEq/L 以下あるいは 155 以
予測ができない 34 %,ガイドライン等の基準がない 23
上,K 2.5mEq/L 以下あるいは 6 以上,血清クレアチニ
%,末期には本人の意思決定が難しい 14 %等の意見が
ン 5mg/dL 以上,1 日尿量 200mL 以下,ヘマトクリット
寄せられていた.
4
デバイス植込み後の終末期患
者への治療に関する提言
20%以下,白血球数 1,000 以下あるいは 20,000 以上,血
小板数 20,000 未満,ビリルビン 12mg/dL 以上,Glasgow
coma scale 6 未満,大量カテコラミン投与」等が付随項
目となり得る.年齢も因子の 1 つであろうし,予後不良
のマーカーである BNP,TNF-α,IL10 等も参考になる.
終末期の苦痛を伴うデバイス作動の回避は,患者本人
またはそれを看取る家族にとっても望ましい.今後,終
2
心臓集中治療室への収容
末期の日本人患者におけるデバイス治療基準を明確にす
るとともに,欧米のガイドラインに準じたデバイス停止
CCU は終末治療の場ではない.CCU ではその時代あ
の倫理指針,患者教育基準,緩和治療基準等の早期策定
るいはその施設における最大限の治療が行われる.多く
が望まれる.
は治療が奏功して元気になり一般病棟に移る.しかし一
方では不幸な転帰を迎えるものもある.臨終期の治療は
Ⅳ
循環器集中治療における末期状
態と集中ケアの適応について
他の疾患と大きく異なるものではない.問題なのは高度
な集中治療によって,特殊治療に依存してしまう症例が
存在することにある.
我が国では終末期の心不全患者の多くが自宅や緩和ケ
ア病棟で臨終を迎えるわけではない.ほとんどが症状の
1
終末期における重症度評価
悪化に伴い,主治医のいる掛かり付けの病院に来院し心
不全治療を受ける.しかし,緊急時には救急車によって
搬送され,主治医のいない初めての救命救急センターや
8
米国の National Hospice Organization のガイドライン
CCU 等に収容されることも多い.原則的には Stage D で
は終末期心疾患の条件に,NYHA Ⅳ,LVEF ≦ 20%,血
除外規定を有するものは集中治療の対象からは除外され
管拡張薬を含む適切な治療に抵抗性であることを挙げ,
るべきであろう.しかし,特殊治療によって一時的でも
さらにその他の予後不良因子に治療抵抗性で症候性の不
急場を脱するものもあり,明確な本人と家族の意志が示
整脈,心停止の既往,原因不明の意識喪失,心原性脳塞
されない限り,集中治療室に収容し,全力で治療し,主
栓を付け加えている.これらに準ずれば,「重症心不全
治医等からの情報によって臨床経過を把握したのちに治
の終末期は,NYHA Ⅳかつ LVEF ≦ 20 %で,治療抵抗
療継続について検討することになる.
循環器疾患における末期医療に関する提言
既に終末期にある疾患を有しているものが突如心疾患
図 4 家族からの治療中断の申し入れ
を発症した場合でも,少しでも集中治療が良い効果をも
Q:あらゆる治療に依存し回復の見込みがないとき,家族から
治療の中断の申し出があったことがありますか
たらすなら,必ずしも除外すべきではない.
3
特殊治療の選択
はい(47%) いいえ(52%)
CCU で選択される特殊治療法には NIPPV を含めた人
231 施設(45.8%)で経験したという.治療が特殊にな
るほど経験施設が少なくなるのは,可能な施設が少ない
ICD 等
は 150 施 設(29.8 %),VAS 依 存 例 は 12 施 設(2.4 %),
人工呼吸器依存は 325 施設(64.5 %),CHDF 依存例は
ペーシング等
30
20
10
0
例を経験したことのある施設は 403 施設(80.0%)にの
ぼる.IABP 依存例は 242 施設(48.0 %),PCPS 依存例
CHDF 等
今回のアンケート調査によると,一年間に強心薬依存
40
人工呼吸器
でいる.
VAS
が有効であっても,その中には深刻な治療依存例を含ん
50
PCPS
らの特殊治療を用いても救命が難しいこともあり,治療
60
IABP
IABP,PCPS,LVAS,CHDF 等がある.しかし,これ
%
70
強心薬
工 呼 吸 管 理, 強 心 薬 の 静 注, 一 時 的 心 ペ ー シ ン グ,
図 5 治療の中断を考える
Q:あらゆる治療に依存し回復の見込みがないとき,治療を中
断すべきと考えたことがありますか
いいえ
(28%)
はい
(71%)
からである.
ICD等
ペーシング等
CHDF等
一方,医療側でも特殊治療の継続に悩むことがしばしば
VAS
PCPS,CHDF あるいは HD が多かった治療法だった.
PCPS
施設は 236 施設(47.0 %)あった(図 4).人工呼吸器,
IABP
過去 5 年間にこれらの治療中断の申し入れを経験した
強心薬
らの治療の継続を望まないものもいる.
%
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
人工呼吸器
このような特殊治療に依存した患者家族の中にはこれ
ある.むしろ悩んで治療中断を考えた症例を持つ施設は
359 施設(71.2%)と患者家族の要望よりはるかに多か
った(図 5).対象となった治療法で多かったのは,や
はり人工呼吸器,PCPS,CHDF あるいは HD と同様の
図 6 実際の治療中断
Q:あらゆる治療に依存し回復の見込みがないとき,治療を中
断したことがありますか
結果であった.しかし,結果的に中断に至ったのは 28
はい
(28%)
いいえ
(71%)
%と少なかった(図 6)
.
ドパミン,ドブタミン等のカテコラミンは臨床症状の
ICD等
ペーシング等
IABP が有効である.しかし,これを 24 時間続けても
CHDF等
ば理想的である.カテコラミン無効例に対しては早期の
VAS
院を目指す.通院や自宅往診等で間欠投与が続けられれ
PCPS
薬が無効であれば,間欠的強心薬静注法に切り替え,退
IABP
ミン離脱困難例には経口強心薬を用い離脱を図る.経口
%
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
強心薬
して心不全の悪化する症例がある.このようなカテコラ
人工呼吸器
改善とともに徐々に減量し中止するが,中止後しばらく
Forrester 分類Ⅳ型にとどまるものは依存となる可能性が
高い.IABP 無効例には早期の PCPS が有効である.し
のは PCPS 依存と判定し得る.VAS,完全型人工心臓さ
かし,その 1/3 は依存となる可能性がある.PCPS によ
らには植込み型人工心臓が次のステップで選択され得
って呼気終末二酸化炭素濃度(ETCO2)が 25mmHg を
る.これらの装置は,本来ならば心臓移植までのブリッ
超えないものや ETCO2 がポンプ流量に依存しているも
ジ使用(bridge to transplantation)のためのものであった.
9
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
しかし,ドナーの供給が極めて少ない我が国の現状では,
等に書類で提出し,審査されることが望まれる.
多くの適応ある患者がこれを受けることができないでい
新たな治療を手控え次のステップに進まないという決
る.その中には既に補助人工心臓が装着されたまま,長
定は,現状を維持するということであり,現在の治療を
期に移植を待っているものもある.
緩和あるいは中止することではない.
しかし最近,補助人工心臓を離脱できる症例があるこ
とが報告され,離脱を目標にこれを用いるケースが増え
てきた(bridge to recovery).
2
DNAR の選択
突発的な心肺停止に対する CPR の施行に関しては,
肺うっ血が遷延し人工呼吸器に依存するものは気管切
事前に DNAR の意志を確認しておく必要がある.すな
開を受け長期管理に移行し,CHDF に対する依存は HD
わち,患者の明確な意思が確認できていれば,突然の
の導入が検討される.結局多くの患者は集中治療室での
VF に対し DNAR の指示を出すことがあり得る.しかし,
治療自体に依存しており(集中治療依存),集中治療室
治療のあらゆるステージに出現する VF は臨終期の VF
から一般病棟に移ることは人工呼吸器を外すのと同じ意
ではなく,早期に除細動すれば容易にもとに戻るため,
味を持つようになる.
4
緩和医療と医療中止
我が国では終末期にある大多数の心不全患者にも CPR
が適応されている.
臨終期にはペースメーカや ICD を停止させなくても
死は訪れる.したがって我が国ではあえて倫理的手続き
各特殊治療で依存となり,次のステップに進むべきか
をとってこれを停止させるという報告は今までにない.
議論され,もし次に進まなければ,治療を継続するか否
しかし ICD 等を植込む際に,このような状況が将来生
かの判断に迫られる.また,各ステージで心肺停止状態
ずることを患者に説明しておく必要がある(Ⅲ不整脈,
に陥ることがしばしばあり,CPR を行うべきかの判断
Ⅺ看護の章参照).
が必要になる.
1
次なる特殊治療の放棄
継続中の特殊治療の緩和と中止
末期的な心不全患者においても心臓移植という起死回
各ステージでの依存が確認された時点が終末と見なし
生のチャンスがあり,補助循環によって 1,443 日治療さ
得る.集中治療医学会からの「集中治療における重症患
れた後,念願の心移植を受け退院した症例が報告されて
者の終末医療のあり方についての勧告」に従い次の特殊
いる.したがって,終末期に及んでも心不全患者の治療
治療の開始,継続,中止を判断する必要がある.
は容易に中断できないのが基本姿勢である.化学療法の
すなわち,特殊治療を選択し次のステップへ進む際に
ような生活の質を削り延命を得る治療法と異なり,VAS
は
は移植の道が閉ざされた終末期心不全患者の生活の質も
(1)その治療法は医学的妥当性があることを患者とそ
の家族に説明する.
(2)患者の意思に基づいて決定する.患者家族の同意
が必須である.
(3)この説明と同意は透明性が保たれ,診療録に適正
な方法で記載されなければならない.
10
3
量も改善する可能性がある.装着した VAS を外すこと
は,そこまでの治療がすべて徒労に帰す.さらなる治療
に望みを託したい.しかし,望みのない治療の継続は患
者や家族に精神的にも経済的にも相当の負担を与える.
この 2 つのジレンマは簡単には解決できそうもない.
前述のごとく,依存患者を持つ多くの患者家族,それ
集中治療のような患者への説明と同意を得るのが困難
を上回る医師達の治療継続の危惧にもかかわらず,実際
な状況では,家族あるいはそれに代わるものに確認する.
に治療の中断に至った症例は予想より少なかった(図
担当医が一度患者の意思を確認し家族の同意を得た後,
6).人工呼吸器の中止は特殊例を除きほとんど行われ
およそ 12 時間以上の間隔を置いて,責任ある医師が再
なかった.ただし,PCPS と CHDF は中止例が多かった.
度これを確認すべきである.特に代表した意思を持たな
これは回路を長期間維持する中で生じたトラブルより,
い家族と担当医が単独で話し合うことは避け,あらかじ
やむを得ず中止に至った症例を多く含んだためではない
め日時や場所を設定し,複数の医師と看護師,コーチデ
かと推察される.
ィネータ等による複数の医療従事者が同席し,家族と話
比較的簡単に装着でき,終末期の心不全患者にも極め
し合いを持つのが望ましい.またその決定,特に補助循
て有効な PCPS と CHDF はむやみに長期間これに依存さ
環等の適応に関しては,院内の倫理委員会や症例検討会
せるのは避けなければならない.しばしば臨床で両装置
循環器疾患における末期医療に関する提言
に依存となり,結局は肺炎や敗血等が原因で死を迎える
◦患者が有効な DNAR 指示を保持している
症例がある.多くは悲惨ですべての治療は徒労に終わる.
◦患者に蘇生不能な死のサイン(死後硬直,頭部離断,
しかし,その中でごくごくまれに回復の道をたどるもの
腐敗,死斑等)がみられる
がいる.自宅には帰れないまでも ICU から一般病棟に
◦最善の治療にもかかわらず,生命維持に不可欠の機能
移ることができたりする.これが簡単に緩和医療や医療
が悪化・廃絶しているため,生理学的な利益が期待で
中止に踏み切れない原因である.
きない(進行性の多臓器機能不全・敗血症,治療抵抗
5
まとめ
性心原性ショック等)
2
重症心不全患者の終末期医療は疫学,倫理,法律,経
済等に加え,移植医療や再生医療の今後を考えながらさ
らに議論されなければならない.議論された結果は普遍
心拍が再開しない場合,蘇生
はいつまで続けなければなら
ないのか?
的ではなく,時代の変遷とともに変化するものである.
病院(搬送をされた院外心停止および院内心停止の患
どのような方法でも,患者や家族さらに医療関係者にと
者)での蘇生努力の終了の決断は,治療担当医師に委ね
っても不利益であってはならない.その結果が経済的問
られている.目撃されたか否か,CPR 開始までの時間,
題によって覆されるものでなく,経済問題は別の観点か
心停止時の最初の心停止リズム,電気ショック(除細動)
ら解決すべき大問題と考える.
開始までの時間,心停止前の状態と病歴,蘇生に対する
反応等様々な要素を考慮して,蘇生努力の終了の決断が
Ⅴ
蘇生後脳症における終末状
態と蘇生後のケアについて
なされている.しかし,これらの要素はいずれも,単独
あるいは組み合わせた場合でも,転帰を明確に予測する
ことはできない.しかし,転帰に関与する 2 つの重要な
要素は,卒倒(心停止)が目撃された場合,居合わせた
人による CPR 開始と電気ショック(除細動)開始まで
1
どのような院外心停止の人に
対して蘇生を開始しなければ
ならないのか?
の時間であると報告されている.
心停止の原因となっている病態を改善できない限り,
長時間(60 分以上)の標準的 CPR が成功する見込みは
ないと考えられる.一般に,搬送された院外心停止傷病
者に対する蘇生努力の終了は,収容後も 30 分間に及ぶ
心停止の専門用語とその定義を国際的に定めた世界共
ACLS(低体温療法は含まない)を行っても生命の徴候
通のウツタイン様式(それぞれの地域・国の救急医療体
(ROSC 等)が得られない場合には,妥当である.しかし,
制の弱点を科学的に検証し,その対策を講じることがで
ACLS により一時的に ROSC が得られれば,蘇生努力の
きる記録様式)では,救急隊員が蘇生を開始しなくてよ
延長を考慮することは適切である.その他,薬物過量に
い条件として,明らかな死体(断頭・体幹轢断・腐敗・
よる心停止や心停止前に高度な低体温を来たしていた
死後硬直)と定義している.我が国では,このウツタイ
(たとえば氷水中で溺れたような場合)等の場合も,蘇
ン様式に従い救急隊員が「明らかな死体」と判断した場
合,蘇生を開始しない.しかし,「明らかな死体」と判
断でないと場合,蘇生を開始している.我が国では救急
隊員は死亡宣告が許可されていない.このため,救急隊
生努力を延長することは容認される.
3
蘇生を希望しない DNAR の
事前の意思
員により蘇生が開始された傷病者は,現場で医師が死亡
宣告をしない限り,全例病院に搬送をされている.
DNAR 指示についての海外の研究は,蘇生治療を行
CPR が無効であることを正確に予測できる科学的評
わないという法的効力を持つ指示(解釈可能な事前指示,
価基準はほとんどない.このような不確定性を踏まえて,
DNAR 指示,正当な代理人による指示)を受けるまで,
すべての心停止患者には,以下の条件がなければ CPR
または受けない限り,蘇生のための最善の努力を迅速に
を行うべきである.
開始すべきであることを示唆している.院外での DNAR
指示は,生命の徴候がみられない患者に適応される.他
11
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
の医学的治療と異なり,CPR は救急治療に対する暗黙
の同意のもとに,医師の指示なしに開始してよい.しか
4
し CPR を行わないことには医師の指示が必要である.
医師は,内科的治療や外科的治療のために入院している
すべての成人患者あるいはその代理人と,CPR の実施
自己心拍再開(ROSC)後
も循環状態が極めて不安定な
場合,どのような治療をする
のか?
について話し合いを持たなければならない.終末期の患
者は死ぬことよりも見捨てられることや痛みを恐れてお
2010 年 3 月 現 在,ROSC 後 の 心 停 止 後 症 候 群(post
り,したがって医師は,蘇生を行わないと決めた場合で
cardiac arrest syndrome)に対する無作為比較試験はほと
も疼痛管理やその他の医療は継続されることを十分に説
んどない.また,蘇生施行中・心拍再開直後に転帰を確
明して,患者や家族を安心させなければならない.
実に予測する因子は見出されてない.心停止後症候群
担当医は,DNAR 指示を患者のカルテに記載し,さ
(post cardiac arrest syndrome)として,はじめに出現し
らに DNAR 指示など治療を制限することに関する理論
てくる病態は,心筋機能不全である.心拍が再開した患
的な根拠を記載しておかなければならない.治療制限の
者の 50%以上が再開 24 時間以内に心筋機能不全で死亡
指示には,必要性が生じる可能性のある治療内容の個々
する.この循環虚脱の救命処置には,急速大量輸液で中
(血管収縮薬,血液製剤,抗生物質の使用など)につい
心静脈圧を 8 ~ 15 mmHg に管理し,必要があれば血管
ての治療指針が含まれるべきである.差し控えるべき処
収縮薬,IABP,PCPS 等を,同時に急性冠症候群の疑い
置 に 関 す る 具 体 的 な 指 示 も DNAR 指 示 に 含 ま れ る.
があれば,緊急冠動脈造影と適応があれば冠再灌流療法
DNAR 指示は,とくに指定がない限り,輸液,栄養,
を実施する.しかし,いつまでこれらの管理を継続する
酸素,鎮痛薬,鎮静薬,抗不整脈薬,血管収縮薬の投与
のか,補助人工心臓を導入するのか等の課題に対する科
などを差し控えることを自動的に意味するものではな
学的検証はない.救命処置の中止は,家族にとっても医
い.患者のなかには,気管挿管や人工呼吸器の装置は拒
療要員にとっても感情的に複雑な決定である.救命処置
否するが,除細動や胸骨圧迫心臓マッサージは受け入れ
を行わないことと救命処置を中止することは倫理的には
る人もいる.
同じである.患者の死が避けられないことが明らかにな
口頭での DNAR 指示は受け入れられない.ただし担
った場合で,かつ,医師,患者あるいは代理人が,治療
当医がその場にいない場合,医師が事後,速やかに指示
目的が達成されない,もしくは治療を継続することが患
書にサインするという前提で,看護スタッフが DNAR
者にとって利益よりも負担の方が大きいことに同意でき
指示を電話で受けることは許容されよう.DNAR 指示
る場合,救命処置の中止は正当化されるであろう.我が
は,とくに患者の状態が変化するような場合は,定期的
国での今後の検討課題である(Ⅻ章参照).
に見直す必要がある.
担当医は看護師・コンサルタント・その他の病院のス
タッフおよび患者や代理人に DNAR 指示と今後の治療
5
脳機能の回復が困難な場合,
どのような治療をするのか?
計画を明らかにして,見解の相違を解消するための話し
合いの機会を提供すべきである.基本的な看護や不快を
2010 年 3 月現在,脳機能の転帰に影響を与える治療法
取り除くケア(口腔衛生・スキンケア・体位変換・疼痛
には,(1)低体温療法(2)急性冠症候群に対する冠再灌
や症状を緩和する措置等)は通常どおり継続しなければ
流療法(3)血糖管理が挙げられている.そして,これら
ならない.DNAR 指示は,その他の治療は行わないと
の治療は,蘇生施行中・心拍再開直後から開始すればす
いう意味ではない.その他の治療計画面については別に
るほど,その効果が高いと報告されている.
文書化して,スタッフに伝えなければならない.
しかし,蘇生施行中・心拍再開直後に脳機能の転帰を
手術をする場合には,その前に麻酔科医・担当外科医・
確実に予測する因子は見出されてない.心筋機能不全に
患者または代理人と DNAR 指示について検討し,手術
対する心停止後症候群治療が効を奏しても,意識が回復
室や術後回復室においても DNAR 指示を適用するかど
しない患者は 50 %以上を占める.多くの場合,心停止
うかについて再確認しなければならない.
後の成人で深い昏睡状態(Glasgow Coma Scale スコア
が 5 未満)が 2 ~ 3 日間続いた場合は,予後を正確に推
測できる.
特定の身体所見や臨床検査がこのプロセスの手助けと
12
循環器疾患における末期医療に関する提言
なる.無酸素性ないし虚血性の昏睡患者の予後に関する
は蘇生行為の重要な側面であり,家族の文化的・宗教的
33 の報告を集計したメタアナリシスによると,以下の 3
信条やしきたりに適合するように,思いやりをもって行
つの要因が予後不良に関連していた.
わなければならない.子供あるいはその他の親族に蘇生
◦ 3 日目に光に対する瞳孔反射がみられない
が行われている間,多くは,家族はその場から外されて
◦ 3 日目まで疼痛に対する運動反応がない
きた.調査によれば,家族が蘇生の場面に立ち会うこと
◦低酸素性・虚血性状態に陥った後から 72 時間以上
についてヘルスケアプロバイダーの間にも様々な意見が
昏睡状態にある正常体温患者において,正中神経体
ある.蘇生を見ることで家族が混乱したり蘇生手順に干
性感覚誘発電位に対する両側皮質反応が欠如してい
渉したりする可能性,失神する可能性,法的責任を追及
る
される可能性が高くなることを指摘する意見も一部に見
1,914 例を対象とした 11 の研究を解析した最近のメタ
受けられる.しかし,蘇生に立ち会う前に行ったいくつ
アナリシスでは,死亡または神経学的予後不良を強力に
かの調査によれば,家族の大多数は蘇生の場面に立ち会
予測する以下の 5 つの臨床症状が明らかにされ,そのう
うことを希望している.医学的専門知識のない人にとっ
ち 4 つは蘇生後 24 時間で検出が可能であった.
ては,愛する家族の最期の瞬間に立ち会って,別れを告
◦ 24 時間後に角膜反射がみられない
げることが慰めになるという.さらに,愛する人のそば
◦ 24 時間後に瞳孔反射がみられない
にいることがその人の死を受け入れる助けとなり,この
◦ 24 時間後に疼痛回避反応がみられない
次もそうしたいと多くの人が望んでいる.多くの家族は
◦ 24 時間後に運動反応がみられない
愛する人の手助けになったと感じ,彼ら自身の悲しみも
◦ 72 時間後に運動反応がみられない
和らいだと感じている.調査に応じた両親のほとんどは,
自身の子供の蘇生現場に立ち会いたいかどうかを判断す
ROSC 後に脳機能の回復徴候(瞳孔の縮小・対光反射
るにあたって,何らかの助言がほしいと感じたという.
の出現・自発呼吸の出現・痙攣等)がみられるも,再度
このように,家族の立ち会いが有害となることを示すデ
消失し持続した場合,また 3 日目の脳機能検査所見等か
ータはなく,しかも助けになることをデータが示唆して
ら,転帰不良を判断される. このことを,患者家族・
いることを考慮すると,一部の家族について,蘇生が行
代理人・多職種スタッフ(医師・看護師・その他)間で
われている間,そのばに立ち会う機会を提供することは,
共有し,インフォームドコンセント下に,患者家族・代
妥当なことである.医療従事者が蘇生現場に立ち会うよ
理人から承諾が得られれば,基本的な看護や不快を取り
う勧めない限り,両親や家族のほうから立ち会えるかど
除くケア(口腔衛生・スキンケア・体位変換・疼痛や症
うか尋ねることはほとんどない.蘇生チームのメンバー
状を緩和する措置等)は通常どおり継続し,補助循環装
は,蘇生努力の間家族が立ち会っていることに配慮すべ
置を用いた治療は中止されている.このような状況下で
きであり,チームメンバーの一人は,家族の質問に答え,
は,蘇生処置の中止は倫理的に妥当であるが,施設にお
情報を明確にして,家族を安心させる役割を担う必要が
ける方針により決定されることが望ましい(Ⅻ章参照).
ある.
不治の病に対する終末医療では,患者の反応があるか
否かにかかわらず,安らぎと尊厳を保証する治療を行わ
7
臓器・組織提供に関する倫理
なければならない.疼痛・呼吸困難・せん妄・痙攣およ
びその他の終末期合併症による苦痛を最小限にするため
蘇生への取り組みには,臓器・組織提供の必要性に応
の緩和治療が必要である.このような患者に対して,痛
えるための努力も含まれている.それぞれの病院では,
みやその他の症状を和らげるために麻薬や鎮静薬を使用
臓器・組織提供に関する組織を立ち上げ,その委員のメ
することは妥当である.そのことが呼吸抑制等の状況と
ンバーはその地域の臓器提供プログラムに関連して,以
なる可能性も含め重症例の検討会等多職種からなる検討
下の問題点について検討する必要がある.
会を行うことは妥当である(Ⅰ章参照).
6
家族への精神的支援
◦病院外で死を宣告されたドナーから臓器・組織提供
についての対応策
◦臓器・組織提供の許可をどのようにして患者の親族
から得るか
最善の努力を尽くしたにもかかわらず,ほとんどの蘇
◦明確に定義された臓器・組織入手のためのガイドラ
生は不成功に終わる.愛する人の死を家族に告げること
インを,どのようにしてすべての医療従事者が院内
13
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
臥床を強いられ日常生活に常に介助者が必要
と院外の両方で利用できるようにするか
◦臓器提供過程において適応できる法律と社会的価値
とのあいだにある相違の可能性
(4)非可逆性の神経障害のため身体活動ができない
(5)不幸にも生存が期待できない多臓器不全
(6)透析操作を行うために鎮静または抑制作用を必要
Ⅵ
腎不全における末期状態
と血液透析療法の適応
とする等が挙げられている.
アメリカ腎臓学会・腎臓医師協会が合同で医師の考慮
すべきポイントを 9 項目に整理し,適正な HD の導入と
離脱についての医師と患者の意思決定プロセス(Shared
decision-making in the appropriate initiation of and
1
腎不全における末期状態と終
末期の定義
withdrawal from dialysis)として勧告を出している.我
が国にはこのような勧告は未だないが,諸外国とは医師
免責事項や患者の意思決定優先に対する法律も異なるた
め,一概に採用できないと考えられる.欧米の報告では,
腎不全には急性と慢性が存在する.その中で,末期腎
透析非選択率は数%から 10 数%に及び,透析非導入後
不全(end-stage renal disease, ESRD)とは非可逆的な慢
の 1 年生存率は 65%と不良であった.透析非導入には,
性 腎 不 全・ 慢 性 腎 疾 患(chronic kidney disease, CKD)
医学的見地から導入後の得失を勘案して医療者側から提
のことである.延命治療には,長期透析(HD)や腎移
案される場合や,患者側からの要請の場合もある.特に
植を考慮する必要がある.腎不全における末期状態には,
後者では,患者側に理解不足や誤解のない事を把握する
いくつかの側面がある.1 つは,維持透析患者で,何ら
ことが肝要である.その後,種々の尿毒症症状に対する
かの疾患による末期状態が生じた場合である.HD 継続
緩和ケアが必要になるが,どこで行うかは大きな課題で
に困難が生じることもあり,中止・差し控え等の検討を
ある.
要する.2 つ目は,既に存在または新たに発症した何ら
かの疾患による末期状態により,腎機能の急性・慢性増
悪が起こった場合である.内科的治療が奏功しない場合,
3
終末期における治療の中断に
ついて
治療・延命の為には HD を含めた腎代替療法の導入も考
慮されるが,その導入に際し困難・ジレンマが生じるこ
ESRD に陥って透析療法が開始された場合,腎移植が
ともあり,非導入が検討される場合もある.
遂行されなければ延命の為に透析を継続しなければなら
2
末期状態での治療の適応につ
いて
ない.HD の中止は通常 1 週間以内の患者死亡を招来す
るものであり,極めて慎重な判断を要する.アメリカの
データによれば,死亡者の約 20%が HD 中止による死亡
であるが,その命名は「HD 中止による死亡:Death by
我が国では,1991 年に厚生省科学研究班にて,慢性
withdrawal from dialysis」から「亡くなる前の HD の中止:
腎不全に対する長期透析適応基準案が作成され,現在も
Withdrawal from dialysis before death」と変更されてい
使用されている.臨床症状・腎機能・日常生活障害度・
る.日本では,HD 中止率についての大規模な調査が未
年齢・全身性血管合併症等を評価し点数化し,一定の点
だないが,いくつかの報告からは死亡例の 1%から数%
数以上を導入の基準としている.しかし,昨今の導入患
と推測されており,アメリカに比べて著しく低い.
者の変容(高齢化,循環器疾患や他の疾患合併の増加等)
我が国では,HD の中断に関する基準は明確ではない.
から,導入基準の見直しも必要な時期になっていると考
いくつかの基準(Hirsch ら,アメリカ腎臓学会・腎臓医
えられる.一方,透析導入を行わない基準は我が国では
師協会,Moss ら,大平,岡田)が提案されており,細
明確ではない.Hirsch らの報告では,医師が家族に維持
部には相違がある.いずれの提案でも,患者が重篤な状
透析の適応がないと告げるべき状況として,
態で HD 継続が困難か不能で苦痛に満ちたものであり,
(1)腎不全を原因としない認知症が存在する
(2)転移性または切除不能の固形がん,治療に反応し
ない造血器の悪性腫瘍の存在
(3)末期・非可逆性の肝障害・心障害・呼吸器障害で
14
当該患者自身の明確な中止意向か代理人の意向を最大限
に尊重した上で,HD 中断の決定が求められるとしてい
る.終末期一般の医療に関する厚生労働省ガイドライン
(2007)でも,本人の意思,集団での判断,決定事項の
循環器疾患における末期医療に関する提言
されるべきものである.一般に末期医療の選択肢
文章化,代理判断の正当性に言及している.
には,下記の 4 つが考えられる.
a )現在の治療を維持する(新たな治療を手控える)
集中治療における末期状
態,特に呼吸管理について
Ⅶ
b )現在の治療を減量する(すべて減量する,また
は一部を減量あるいは終了する)
c )現在の治療を終了する(すべてを終了する)
d )上記のいずれかを条件付きで選択する
1
はじめに
(2)その実施にあたっては医学的な妥当性と家族の同
意が必須の要件である.
(3)その過程においては透明性を維持し,診療録に適
日本集中治療医学会は 2006 年 8 月 28 日に「集中治療
における重症患者の末期医療のあり方についての勧告」
を示した.さらにそれを受け,日本集中治療医学会倫理
委員会から「急性期の終末医療に対する新たな提案」が
正な方法で記載すべきである.
3
末期状態における治療の進め
方
示された.
現 在,日 本循 環器学 会で は「 末期 お よ び 末期 状態
(1)患者本人の意思確認について
(end-stage)とは,最大限の薬物治療でも治療困難な状
書面で確認することが望ましいが,家族・同居者・
態」,「終末期(end-of life)とは,繰り返す病像の悪化
親しい友人からの証言に基づく確認であってもか
あるいは急激な憎悪から,死が間近に迫り,治療の可能
性のない状態」と定義し,両者を区別している.しかし,
まわない.
(2)家族の同意について
集中治療における重症患者の末期医療のあり方について
家族の同意は必須の要件である.もし異議を唱え
の勧告」と「急性期の終末医療に対する新たな提案」に
る家族がいる場合,治療の手控えあるいは治療の
おいて,両者は必ずしも区別されていない.例えば,前
終了は選択すべきでない.
者の勧告において,集中治療領域における急性重症患者
(3)家族の意思確認の方法について
の末期状態とは,集中治療室等で治療されている急性重
担当医が患者の意思を確認し家族の同意を得た
症患者の終末期を意味するものであり,「不治かつ末期」
後,およそ 12 時間以上の間隔を置いて,責任あ
の状態と定義されている.そして,この急性重症患者の
末期状態においては,集中治療はもはや尊厳を持って死
る医師が再度,適切な方法で確認すべきである.
(4)末期状態であることの判断について
に行く者を畏敬の念を持って見守る末期医療に代わらざ
担当医は末期状態であると推定した場合,患者あ
るを得ないとされている.この勧告と提案の抜粋を日本
るいは家族の意思を把握した段階で,施設内の公
集中治療医学会倫理委員会の承諾のもと以下に示す.
式な症例検討会等で合意を得るべきである.
(5)治療の手控えならびに治療の終了の選択肢決定に
「集中治療における重症患者の末期医療のあり方につ
あたって
いての勧告」において,末期状態の治療に携わる頻度の
選択肢の決定にあたっては,家族に,その内容と
最も高い集中治療専門医にあっては,医学的,法的なら
実施した場合に予想される臨床経過をできる限り
びに倫理的に適正な判断と手続きを取ることが強く求め
具体的かつ平易に説明し理解を得るべきである.
られ,集中治療における重症患者の末期状態での治療の
同時に途中で変更できること,変更しても後戻り
進め方(特に,治療の手控えならびに治療の終了)につ
できない段階があることについても説明し理解を
いては,下記の諸点に留意すべきであることを以下のご
得るべきである.
とく勧告した.
2
基本となる考え方
(6)透明性を高め維持する方策について
複数の医師が患者本人と家族の意思を確認するこ
と,末期状態の判断について施設内の公式な症例
検討会等に付議すること,診療録に経過を記載す
(1)末期状態における治療の手控えならびに治療の終
ることは透明性を高め維持するために不可欠な要
了は,原則として患者自身の意思に基づいて検討
件である.特に,家族の意思の確認や選択肢の決
15
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
定にあたっては,代表した意思を持たない家族と
以上が,「集中治療における重症患者の末期医療のあ
担当医が単独で話し合うような事態は避け,予定
り方についての勧告」の要約抜粋である.
された日時と場所に複数の医療者と代表する意思
以下,これらを踏まえて,特に人工呼吸にかかわる終
を持つ家族とが合議の上で決定すべきである.
末医療についての考察・提案に触れることとする.
(7)治療の手控えならびに治療の終了の実施にあたっ
て,患者の疼痛・苦痛は完全に除去されていなけ
ればならない.
(8)各施設は,早急に上記の手順に準じたマニュアル
4
6
人工呼吸にかかわる終末医療
についての考察・提案
を作成し,その遂行に必要な体制を整備すべきで
終末医療における人工呼吸を考察するには,次の 3 つ
ある.
の場合に分けて考察すべきであろう.
日本集中治療医学会の末期医
療のあり方について
(1)終末期にある患者に対して,既に使用している人
工呼吸器を取り外す場合.
(2)終末期にある患者に対して,既に使用している人
工呼吸器の設定変更(酸素濃度を上げるなど)を
下記の諸課題について検討するべきとしている.
(1)末期医療にかかわる倫理アドバイザー制度の創設
について
しない場合.
(3)人工呼吸が必要な患者に対して人工呼吸を実施な
い場合.
(2)末期医療の選択にかかわるリビングウィルあるい
現時点では,以上の三つのどの場合においても,明確
はアドバンス・ディレクティブ(事前指示)を表
な治療のガイドラインは存在しないし,それに関する法
明する市民レベルでの運動の推進について
的基準も明確ではない.特に人工呼吸器を取り外す(治
(3)末期医療を選択した事例に対する peer review 体
療からの撤退:withdrawal)行為は,他の治療,例えば
制について
抗生物質の投与中止等と異なり,人工呼吸からの撤退は
(4)末期状態の普遍的な判断基準について
直接死を決定するものであり,また,家族の同意や依頼
(5)末期医療にかかわる根幹的な諸課題の専門的検討
があったとしても刑事事件として扱われる可能性がある
を目的とした関連学会,関連省庁ならびに法律・
我が国ではほとんどの集中治療医が実施することをため
倫理の専門家,学識経験者,メディア代表者等で
らっているのが現状である.
構成する第三者機関の創設について
終末期に人工呼吸から撤退することについて,倫理的,
(6)倫理アドバイザーを補佐する倫理アシスタント
法的観点からみた Review によると,集中治療室におけ
(倫理的判断を行う際に必要となる事実関係の確
る死のうち約 75 %において,人工呼吸を含むいくつか
認,資料の収集や整理等を行う者)の育成につい
て
の生命維持治療から撤退するか,手控えられていた
(withholding).
(7)本勧告の充実と具体化について
また,生命維持装置のうち人工呼吸からの撤退に関す
(8)その他,末期医療にかかわる新たな課題について
る別の海外でのアンケート調査報告によると,ICU にお
5
最後に
いて人工呼吸を行われた 841 症例のうち 63.3%が離脱に
成功し,17.2%が人工呼吸装着のまま死亡した.残りの
19.5%に対して人工呼吸の撤退が行われていた.この人
16
最近,尊厳死あるいは延命医療拒否の錦の御旗のもと
工呼吸から撤退する主な要素としては,強心薬や血管収
に,救命の努力が放棄されているのではとの危惧がある.
縮薬の使用,主治医が予測する患者の ICU からの生存
終末期医療選択の大前提として最大限の救命医療が確実
退室率,退院 1 か月後の患者の認識機能に対する主治医
に行われたことが暗黙の了解の筈である.しかし,その
の予測,患者が生命維持を希望するかどうかに対する主
大前提が崩壊しつつあるのであれば,この部分の検証体
治医の推測のオッズ比が高い結果を示している.この報
制の構築も必要となろうが,できれば不要なことを祈り
告の中で驚くべきは,この研究で人工呼吸から撤退した
たい.最後に,終末期医療実践の選択は,医療従事者が
166 名のうち 6 名(3.6%)はなんと生存退院しているの
今まで以上に患者家族とともに歩むことを宣言すること
である.瞠目すべき報告といえよう.
である,と主張提案したい.
主治医の「ICU からの患者予測生存退室率」が,生命
循環器疾患における末期医療に関する提言
維持装置から撤退へ踏み出す最も大きな要素であること
は,Rocker らも報告しており,その生存退院率の予測
には,APACHE Ⅱや Multi Organ Dysfunction Score
(MODS)等客観的指標が重要な要素となっているが,
Ⅷ
ここでも,日常の医療と同様に,終末期医療に関して最
心臓血管外科における末期
医療
も重要視されるべきものは患者自身の意思である.しか
し,その意思が確認されることは,非常にまれであるこ
とがこの研究や Esteban らの研究で示されているのであ
1
る.
心臓血管外科における末期状
態と終末期の定義
客観的指標となると,脳神経・脳神経外科領域では,
Glasgow Coma Scale(GCS),APACHE Ⅱ score,年齢,
Device 治療および移植治療は他項を参照し,この章
硬膜下血腫や,脳梗塞等客観的所見が,人工呼吸からの
では通常の心臓大血管手術を対象として記述する.
撤退の大きな要因となっていることが示されている.海
心臓,大動脈手術の適応の可能性のある疾患で,「末
外と日本では事情が大きく異なる.日本においては,ま
期状態ではないか」と考えられるものとしては,
ず人工呼吸器を取り外す明確な法的整備を整える必要が
(1)重症の急性心不全,あるいは慢性心不全の急性増
ある.その際には,主治医の主観や予測のみに頼らない
悪で,著明な Low cardiac output syndrome(LOS;
システム,たとえば客観的数値による指標や,複数の医
低心拍出量症候群)やショックが遷延している状
師,外部倫理委員会による判断が必要であるが,それは
態.なお,心機能の回復が見込まれない場合には,
非常に困難である.
補助循環(Device 治療)あるいは心臓移植の適
(1)のように人工呼吸器を取り外すケースは日本では
応の判断となるので,本項では除く.
かなり特殊であるが,酸素濃度などの人工呼吸器の設定
(2)急性大動脈解離で臓器灌流障害による意識レベル
を現状から変更しないことは,ICU でしばしば行われる.
の低下した(昏睡)場合,あるいは,広汎な多臓
また,(3)の人工呼吸が必要な患者に対して人工呼吸を
器の虚血を伴う場合.
実施しないことも,集中治療室以外の一般病床では,気
(3)大動脈解離・真性大動脈瘤の破裂によるショック
管挿管すら行わないケースも含め,日常の末期医療でし
状態.
ばしば遭遇する.しかし集中治療領域において,人工呼
(4)外科治療の対象となる心臓・大動脈病変を認める
吸は他の補助循環や血液浄化等の処置と比較して特殊な
が,他臓器(脳神経を含む)に高度障害がある場
救命処置というわけではなく,むしろ基本的処置に属し,
合(ただし,慢性腎不全,HD 患者は一概にこの
救命の目的で集中治療室に入室した患者に人工呼吸をあ
範疇には該当しない).あるいは,超高齢者も時
えて行わない理由は見当たらない.特殊な場合として,
にはこの範疇に入る.
主治医の判断で ICU に入室したが,その後家族が集中
(5)心臓手術後では,心不全だけではなく多臓器不全
治療を望まなかった時は,医師はその社会的背景や予後
へと進行した状態に陥り,集中治療の継続によっ
等を考慮しつつ,最大限の救命努力を家族に提案すべき
ても改善が困難であると予想される場合.
であろう.それでもなおその意思が固く,特に反社会的
でない場合には,人工呼吸を含む救命処置を行わないこ
とは妥当であると考える.同じ集中治療領域でも,救急
2
末期状態での治療の適応につ
いて
領域では医師の判断や家族の希望で,人工呼吸が行われ
ないケースは多くみられる.しかしこの場合も,先の
(1)重症の急性心不全,慢性心不全の急性増悪(ショ
Cook らの研究で示されたごとく,医師の重症度に関す
ック状態や LOS が遷延している)のうちで,弁
る判断が低く見積もられ,救命できる症例に人工呼吸が
膜疾患・冠動脈疾患が主たる要因で,その外科的
行われない可能性がある.
医学的判断が適切かどうかは,
修復により心機能の改善の余地が見込まれるが,
APAGHE Ⅱや MODS 等の客観的指標や複数医師による
耐術できるか否か,その判断に苦しむ場合がある.
判断が必要と思われる.家族の意思が統一されているこ
LOS に伴う多臓器不全が重症でなければ,心機
とはもちろんであるが,患者の意思確認が最も重要であ
能の回復により他臓器の機能改善が期待できるこ
ることは,いずれの場合も論を待たない.
とが手術適応となる用件となろう.しかし,いず
17
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
れも経験に基づく判断となるため,「最善を尽く
す医療(Maximal Therapy)」を選択する傾向があ
ると思われる.すなわち,わずかでも回復の可能
性に賭けることが多く,外科治療の適応なしとの
Ⅸ
積極的判断は,我が国においては,さほどされて
脳卒中における末期状態と
その内科・外科管理について
いないと考えられる.
(2)急性大動脈解離で灌流障害による意識障害が遷延
した状態での緊急手術の成績は,満足するもので
1
はじめに
はない.特に,coma に陥った場合には成績は不
良である.少なくとも,coma を認める場合の手
脳卒中は,高齢者の「寝たきり」の最大原因であり,
術適応は限定されるのではないか,つまり,緊急
また血管性認知症は 65 歳未満の若年性認知症の最大原
手術ではなく,短期間の内科的観察の後に手術適
因であるとともに,高齢者の認知症の原因としてもアル
応を判定することも選択肢となる.
ツハイマー型認知症に次いで多い原因疾患として,高齢
(3)大動脈瘤の破裂の場合にも,すべての症例を手術
化社会において極めて大きな保健衛生上の課題となって
適応とするのか,検討の余地がある.中でも,高
いる.しかしながら,脳卒中における一種の末期状態と
齢者で大動脈瘤を手術適応とは判断せずに経過観
も考えられる「寝たきり」状態や血管性認知症の状態に
察中であった場合に,破裂して救急搬送された際
対する対応については,長期療養施設や介護施設での課
の対応に苦慮することが多い.すなわち,破裂に
題となっており,本研究班の対象課題ではない.一方,
対する緊急手術の適応と判断するか,元来,高齢
脳卒中の急性期治療に際しては,DNAR オーダーの有
で手術の適応とは判断せずに経過観察としていた
無が脳卒中の専門医による最適治療やリハビリテーショ
のであるから,内科的な対象療法にとどめるか,
ン・ケアを受ける可能性を左右し,予後を左右しかねな
いずれの方針も選択肢となり得る.
(4)他臓器(脳神経を含む)の高度障害がある場合に
いと の 危惧の念 が表 明され ている. すな わち,本来
DNAR オーダーは心停止や心肺蘇生に対してのもので
は,生命予後の規定因子が心疾患にある(重症
あるが,米国やカナダでは DNAR オーダーがしばしば
AS や左主幹部病変等)としても,心臓手術の耐
(18 ~ 31%)脳卒中患者に適応され,脳卒中死のほとん
術が難しいと判断されることも多いと考えられ
ど(約 90 %)が DNAR オーダー保持者であったとの報
る.もちろん,数値指標で明確に線を引くことは
告もみられる.
できない.ちなみに,高齢者においては,単純に
このような,脳卒中治療における DNAR オーダーの
暦年齢だけではなく,日常生活の活動範囲,社会
取り扱いに対する懸念を反映してか,脳卒中治療ガイド
的活動状況,見た目の判断も重要な基準となる.
ラインについては,近年の欧米のガイドラインでも
(5)集中治療の継続については,一般的な ICU での
2009 年に公表された我が国の「脳卒中治療ガイドライ
判断基準に準ずる.
3
終末期における治療の中断に
ついて
ン」でも DNAR オーダーや末期医療に関する記述はほ
とんどみられない.しかしながら,専門医による最善の
治療によっても,瀕死状態にある重症の脳卒中患者で遷
延する意識障害や植物状態となるの予後が強く予測され
る場合や,もともと認知症や進行がん等を有する等重篤
18
術前状態の重篤な場合は,心臓・大動脈手術の適応外
な内科的・外科的合併症を有する患者に発症した脳卒中
であると判断しても,内科的治療(人工呼吸,輸液,血
の治療に際しては,個々の治療手段の決定においても困
管作動薬等)は継続することになる(他項に委ねる).
難を伴うことが容易に予測される.事実,米国ではこの
術後であれば,上記(4)のように集中治療の継続につ
ような観点からの論説が相次いで発表されており,本項
いては,心臓血管外科の一診療科の判断にとどまること
では参考までに,これらの論説を中心に紹介し,我が国
なく,他の診療科や多職種も加えて議論して上で,新た
での提言に供する.したがって,以下の記載は脳卒中関
な介入を行わない方針をいずれかの段階で決定すべきで
連学会において標準治療として議論されたいわゆるガイ
あろう.
ドラインでないことをあらかじめ断らせていただく.
循環器疾患における末期医療に関する提言
2
脳卒中の末期状態とは
の末期状態であっても移植医療や VAS 等の高度医療に
より救命のチャンスがあること,終末期を同定する根拠
となる指標がないこと,予後を特定することが非常に困
脳卒中の末期状態とは,脳機能が停止し,回復の見込
みのない「脳死」が切迫している状態といえる.
3
脳卒中の治療適応と末期状態
への取り組み,提言
難であるという特徴を持つ.このように,循環器疾患は,
治療抵抗性の末期状態であっても移植医療や VAS 等の
高度医療により救命のチャンスがあるため,末期状態
(end-stage)と終末期(end-of-life)はケアの特徴が異な
る(第Ⅰ章参照).
そこで,本章では,循環器疾患における末期,終末期
原則的にすべての脳卒中患者に対して,内科・外科的
の各病期における看護介入について,意思決定の支援,
治療法含め,治療ガイドラインに沿った最善の治療が施
苦痛の緩和,予期悲嘆の促進,家族ケアの 4 つの視点か
されるべきである.重症脳卒中の急性期治療では手術適
ら記述することとする.
応のある脳卒中を迅速に判断するとともに,呼吸・循環・
栄養管理・抗脳浮腫療法や合併症対策(感染症や消化管
2
出血対策等)を的確に実施し,人工呼吸器の装着等も適
循環器疾患における末期状態
(end-stage)における看護
宜実施する.確かに,人工呼吸器装着脳卒中患者の発症
1 か月時点での死亡率は約 58%(46 ~ 75%)と高いが,
生存例の約 1/3 が軽い障害を残すのみであったとの報告
1
意思決定の支援
がみられており,個々の患者の予後予測に際しては,現
心不全末期状態の治療手段としては厳重な体液量管
時点でのその不確実性に鑑み,あくまでも患者中心の治
理,強心薬の投与,心臓移植,移植に向けた補助人工心
療戦略の決定を原則とするべきであるとしている.また,
臓の装着等がある.また,近年は移植を前提としない
最新の ASA ガイドラインでも脳出血について,発症後
Destination VAS(VAS-DT)の適応も検討されている.
早期には積極的な治療が優先されるべきで少なくとも第
しかし,この時期には,通常を超えた特殊な治療(VAS
2 病日が経過するまでは新規の DNAR オーダーは差し控
や心移植等)を行わず緩和ケアを中心とした保存的な治
えるべきであると勧告している(クラスⅡ a;Level of
療を計画するという選択もある.治療の選択肢と選択し
Evidence: B.).一方,虚血性脳卒中の治療に関するガイ
た場合に考えられる経過を検討した上で,患者と家族の
ドラインでも,遷延する意識障害状態や植物状態等の予
希望に基づいて患者の目標を改めて見直す必要がある.
後不良な脳卒中に関する緩和ケアについての記述はある
看護師には,医療チームと患者と家族の橋渡し役として,
が,問題提起にとどまっており,十分な科学的根拠もな
患者と家族の理解の程度や価値を明確にしていくこと,
いためか,勧告はなされていない.
医療チームとの調整を図ることが求められる(表 1).
末期状態にある心不全患者に対する伝え方は,“Ask-
Ⅹ
循環器疾患における末期
医療-看護の立場から
tell-ask”のアプローチが望ましい(表 1).
2
苦痛の緩和
循環器疾患における末期状態(end-stage)では,安静
時でも症状が出現し,通常の日常生活動作が心不全症状
1
循環器疾患における末期
(end-stage)と終末期
(end-of-life)の看護の特徴
のためできない,るいそう・脂肪減少・栄養障害等の悪
液質と筋肉の減少,入退院を繰り返す等の特徴がある.
このような心不全患者のケアのゴールは,最善の症状コ
ントロールと QOL の維持であるが,実際は症状の改善
は不十分であり,感情的な苦痛や精神的な苦痛が存在し,
循環器疾患,特に慢性心不全の状態にある患者の病み
QOL は低下していることが多い.したがって心不全患
の軌跡は症状の急性増悪と緩解を繰り返しながら,最後
者の緩和ケアは,末期状態の時期から取り組むべき重要
は比較的急速な経過をたどり終末期を迎える(図 2).
課題である.
また,経過中に,突然死が起こり得ること,治療抵抗性
症状緩和は,身体と心理・社会,スピリチュアル(霊
19
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
表 1 心不全の予後について患者と家族に伝える際のコミュニケーションの要素
悲しい知らせ,予期せぬ知らせを伝える準備をする,良くない知らせがあることを患者
に予告する:次のポイントを守る
Ask:患者がどこまで理解しているかを尋ねる(あなたが話す前に)
.誤解を修正する
Ask − Tell − Ask
Tell:あなたが持っている情報を伝える
Ask:質問があるかを尋ねて,情報を整理する
単純で正直な言葉
医学用語の意味を説明する.分かりやすく話し,婉曲な表現や相対的な統計または比率
わかりやすい統計
の使用を避ける.数値を用いる(
「5 人に 1 人は…」
)
.
根拠を示す複数のデータ
死の可能性も生存の可能性も説明する
最も望ましい状況への期待と最悪の場 患者の希望を尋ねる,あなたが期待するものも明確にする.
合に備えた計画“Both-And”
(2 つの前 死あるいは「私たちの期待通りにいかなかった場合」の良くない予後に備えた計画
提がともに存在する状態)
2 項対立を掲げ,いずれの問題点にも取り組む
不確かであることを常態とする
確実には分からないことを伝える,
「人生で起きる多くのことと同じである」
患者が特定の目標を達成できるように,あなた(またはあなたのチーム)が周りの人々
スタッフと計画
と一緒に取り組むことを伝える
「月ないし年単位」の幅広い期間を設定し,最短の期間であれ,最長の期間であれ,誤差
生命予後を広い範囲で伝える
は起こり得る
あなたの気持ちを言葉で伝え(
「悲しいです」)
,患者が表現する感情や,患者が感じても
強調
おかしくない感情を見極める(
「驚かれたでしょう」
「多くの人が憤りを感じるものです」)
経過観察
計画をまとめ,計画や患者の状態を観察するための予定をたてる
「良くない知らせ」を伝える会話
的)を全体としてとらえる包括的なホリスティック(全
方で良くない知らせを告知することが有効であり,医療
人的)アプローチである.
者は告知のスキルの習得が望まれる.告知後は,悲嘆感
3
予期悲嘆の促進
情をあらわすことを促すこと,患者と家族との時間を確
保することが重要であり,この作業を通して,患者およ
循環器疾患は末期から終末期への移行の判断が難し
び家族が自らの感情を整理することができ,悪化をたど
く,最期を迎えるための対処を支えるためのケアとして
る状況を家族が患者とともに共有し,回復の見込みが少
末期の段階から死という現実を見つめる予期悲嘆の援助
ないことを納得し,先にある死という現実を理解するこ
を行うことが重要である.予期悲嘆とは,死別前の悲嘆
とにつながる.介入のポイントを表 2 に示す.
すなわち,来るべき死を悼む過程のことであり,実際に
死別したときのことを予期して嘆き悲しむことで,実際
4
家族ケア
の喪失に対する心の準備である.そして,死による喪失
末期心不全患者は,難治性症状が出現し苦痛が強い時
の可能性が近い状況の中で,死そのものによって失われ
期であり,家族の役割には,患者の疾患管理を助けるこ
る無数の夢,期待,解決されていない課題等を認識して
と,より良い QOL を維持するためのソーシャルサポー
それに対処していくことも含まれる.予期悲嘆を促進す
トがある.経過の中で,多くの家族は孤独の時期を経験
るためには,第一に患者および家族が末期状態にあると
し,自尊心を弱めることが報告されている.そのため看
いう予後を理解できるように援助することが重要であ
護師は,家族の表情や言動に注意するとともに,家族間
る.しかし,急性増悪と緩解を繰り返す経過をたどる循
のサポート体制の調整や家族の情緒的サポートの強化を
環器疾患の場合において,家族は死を現実的なものとし
行い,家族が心身ともに安定した状態で患者を支えるこ
て予期できないこと,心不全末期患者においても予後を
とができるように援助する必要がある.
実際より長く見積もっていることが明らかにされてお
り,末期心不全患者・家族とも予後に対する認識は不十
3
分である.一方で,心不全の予後告知は現実には欧米に
循環器疾患における終末期
(end-of-life)における看護
おいてもデリケートな問題であり,心不全増悪で入院し
た際に DNAR について話をすることは家族の不安を高
めることが報告されており,予後告知を行う際には,患
20
1
意思決定の支援
者および家族が現実を受容できるように配慮して行うべ
終末期(end-of-life)とは,末期状態とは区別される
きである.心不全患者の予後告知の際のコミュニケーョ
時期であり,妥当な医療の継続にもかかわらず,死が間
ンには,「ask-tell-ask アプローチ」「最善の希望と最悪な
近に迫っている状況である.前述の通り心不全患者の予
場合に備えた計画」等があり,患者・家族に最適な伝え
後予測は難しく,末期から終末期への移行も不明瞭であ
循環器疾患における末期医療に関する提言
表 2 予期悲嘆の援助
介入のポイント
介入内容
・感情を表出できる場所や時間を確保する
・話をさえぎらず,積極的に傾聴する姿勢で寄り添う
・感情を否定したり訂正したりせず,そのまま受け入れる
悲嘆感情の表出を促す
・類似体験について話し,有効であった対処法を強要しない
・「悲しいですよね」等安易に同調する言葉はかえって不信感を与えることがあるため注意する
・「がんばって」等容易に励まさない
・怒りや自責感等の感情を持つことは異常ではないことを伝える
・家族の希望にあわせ,可能な限り患者のそばにいることができるように配慮する
家族と患者の時間を確保する
・家族の疲労を注意深く観察し,疲労時には休息を促す
る場合が多い.しかし,この時期にタイミングを逃さず,
に終末期を迎える,あるいは治療上において必要とした
患者の目標を再確認することが重要である.これは,
「死
鎮静管理が苦痛緩和に対する鎮静・鎮痛管理に切り替え
に至る過程」の選択であり,最期まで延命を最優先した
られることなく死を迎える場合も少なくない.したがっ
いのか,安らかな死を迎える準備に移行するのかを決断
て患者や家族に対して「望ましい死」「安らかな死」が
することになる.つまり,延命治療の中止(withdrawal)
提供されるように,あるいは「最期まで治療を望む」場
および差し控え(withholding)の検討が必要な時期で
合においても患者,家族の意思を尊重し,疼痛緩和,症
ある.特に末期状態の時期に「最期の迎え方」を話し合
状マネジメントを含めた苦痛緩和の実践を医療者間で積
っていないケースでは,ICU 入室後 72 時間以内に医療
極的に討議されなければならない.
者が家族との話し合いの場を設定することが望ましい.
心不全患者の終末期では,患者の意思確認は困難を極
3
悲嘆への援助
める.それゆえ,患者の希望を最もよく代弁でき,かつ
慢性心不全症例では,前述のように死の直前まで予後
治療の決定過程に積極的に参加し得るキーパーソンを特
予測がつきにくく,長期にわたって治療を受けている患
定しておく必要がある.そして医療者は,患者の価値や
者の多くは,医師と終末期ケアについて討議する機会が
好み,望みを理解し擁護するためにも家族と親密なコミ
少なく,患者・家族に対して終末期にあることへの説明
ュニケーションをとるべきである(表 3)
.
が遅れがちとなる.また終末期においても病状の回復へ
2
の期待を抱き続け,最期まで治療を望む場合も少なくな
苦痛の緩和
い.そのため,予期悲嘆の時間を持つことなく,患者の
終末期において,患者は疼痛や苦悩を与える症状を経
死に直面することで悲嘆作業が不十分になりやすい.延
験,最期の3日間の間に激しい疼痛,呼吸困難と混乱を
命治療の拒否,積極的治療の継続のいずれの選択におい
生じる等の苦痛を伴い,ICU の看護師は死に逝く患者へ
ても終末期の患者の多くは意識がない,鎮静下にあるこ
の鎮痛が不十分と認識している.心疾患の終末期におい
とから悲嘆への援助は家族が主体になる.家族が患者の
ても死に逝く患者の 60 %に息切れ,疼痛,うつなどの
終末期の経過と患者との死別を受け止められ,正常な悲
症状が認められ,前述の末期状態での苦痛が緩和されず
嘆過程をたどれるよう家族に関わることが重要になる.
表 3 終末期の意思決定における声掛けの例
「今の状況について,○○先生からはどのように話を聞いておられますか?」
「今の状況をどのように感じていますか?」
面談前の準備
「今後の病状について,どの程度までお知りになりたいと思っていらっしゃいますか?」
「病気以外のことで何か心配なことはないでしょうか?」
「最期を迎えるとき,1 分 1 秒でも長くがんばれるようにするのか,できるだけ安らかにご家族に見守られながら
最期を迎えられるようにするのか,大きく分けるとこの 2 つになると思いますが,どちらを希望されますか?○○
さん(患者)はどちらを望むと考えますか?」
「今後のことで一番大切だと思われていることはどういったことですか?」
意思決定場面
「わかりました.今,大切なことを皆で聞きましたので,きちんと希望に沿えるように最善を尽くします」
「もう少し考える時間が必要ですか?今すぐに決めなくてもよいですよ.時間の制限はありますが,大切なことで
すからよく考えて,○○までにお返事を下さい」
「これから状況が変わることで気持ちも変わるかもしれません.そのような時は,いつでもおっしゃって下さい」
「○○先生からの話はショックだったと思います.○○さん(患者)に対して私たちができる限りのサポートを行
面談後
っていきたいと考えていますので,よろしかったら今一番気になっていることについて教えていただけますか?」
「いろいろな話があったので,もう一度私と今日の話を振り返ってみましょうか?」
21
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
4
家族ケア
急性心不全においては,本人意思が確認できない状態
で補助循環を開始せざるを得ない場合が多く,家族に対
集中治療が施されている環境下の,終末期の家族ケア
し,治療を継続しても補助循環による治療効果を得る見
として,家族のより良い死の望みは,死に逝く過程の中
込みがないことを十分説明し,理解が得られ家族が受容
で愛する者が安らかに,そして尊厳をもてる死の提供が
すれば,補助循環の中止を行う.なお,終末期であるこ
含まれていることである.医療者は患者の終末期に直面
とについては,多職種チームによりコンセンサスを得る
している家族の心理的危機状態の回避に関わり,家族が
ことが必要である.家族が治療の継続を希望した場合で
望む患者の終末期の迎え方を明らかにし,いずれの選択
も,病状およびその対応について充分に説明し,理解を
においても最期は安らかな尊厳ある死を提供できるよう
得た上で,各々のシステムの限界を超えた治療(PCPS
に医師との協働のもとに医療チームとして関わることが
等の回路交換等),新たな治療あるいは他の臓器不全に
家族ケアにおいて重要になる.
対する補助手段(透析等)は行わないのが妥当と考えら
また末期の段階から患者を支えてきた家族の関わり
れる.
や,限られた時間のなかで患者が尊厳ある死を迎えるこ
慢性心不全の急性増悪例においては,適応において治
とができるように考え,苦悩し,決断してきた家族の関
療に関するインフォームドコンセントを行うので,その
わりを労い,家族としての役割が発揮できたことを気づ
際に,本人および家族に,終末期となった場合には,充
かせ認知できるよう援助することが重要になる.医療者
分な説明と同意を得た上で,補助循環の中止を行うこと
は家族の延命治療拒否,積極的治療の希望,蘇生処置の
にも同意を得る.多職種チームによる検討により終末期
希望に関わる,意思決定後から患者の死別に向きあえる
となったと判断される場合には,本人および家族(本人
家族へのケアリング,関わりが実践できるように終末期
の意思が確認できない場合は家族のみ)に病状について
にある患者・家族を理解し,家族ケアが提供できるスキ
充分説明を行い,本人・家族(本人の意思が確認できな
ルを獲得していくことが必要になる.
い場合は家族のみ)が受容した段階で補助循環を中止す
る.家族が補助循環の継続を希望した場合においても,
Ⅺ
補助循環における末期医療
新たな治療を加えることは医学的適応がないことより,
行わないのが妥当と考えられる.なお,終末期に及ぶと
想定される状態となれば,終末期における対応について
本人・家族と相談し,対応方法を決定しておくことが望
終末期における治療の継続に
ついて
ましい.
補助循環施行中に終末状態でないにも関わらず本人/
家族から中止の強い要望があった場合には多職種チーム
で協議し,必要に応じて倫理委員会に諮る.
補助循環の治療目的は,心臓のポンプ機能を補助ある
いは代行することにより時間的猶予を得て次の手段に移
ることを目指すものであり,心臓以外の脳を含む諸臓器
機能不全などでその治療目的が達成できないと判断され
Ⅻ
資料
る場合には,新たな治療を加えることは行わず,補助循
環の中止を検討する.
日本救急医学会救急医療における終末期医療のあり方に
現在我が国で用いられる補助循環手段である IABP,
関する特別委員会
PCPS,BAV,および VAS は,その補助能力や補助可能
救急医療における終末期医療に関する提言(ガイドライ
期間に違いがあり,より高度な補助可能な,あるいは長
ン)
期可能なシステムへの変更を行うことで終末期から脱す
22
ることができないかとの考えもある.しかし,終末状態
Ⅰ基本的な考え方・方法
に陥った場合にはシステム変更を行っても,特に補助人
救急現場では延命措置を中止する方が適切であると思
工心臓への変更は手術侵襲も大きく,その効果は期待で
われる状況があるにもかかわらず,その対応が明確に示
きない.また,施行中の PCPS 等の回路交換を実施しな
されていない.従って,安らかな死を迎えることを是と
いことも選択肢の 1 つになる.
しても,医師の個人的な判断で延命措置の中止をすれば,
循環器疾患における末期医療に関する提言
その後に世間から誤解を招く結果ともなりかねない.
再確認した家族らの意思が,引き続き積極的な対応を
このような問題を解決するには,日本救急医学会とし
希望している時には,その意思に従うのが妥当である.
て終末期の定義と一定の条件を満たせば延命措置の中止
結果的に死期を早めてしまうと判断される対応などは行
を行うことができる指針を示す必要がある.
うべきではなく,現在行われている措置を維持すること
以上のような理由で終末期の定義,及び延命措置への
が一般的である.
対応について記載する.
家族らが積極的な対応を希望する場合でなければ,複
1.終末期の定義とその判断
数の医師,看護師らを含む医療チーム(以下,「医療チ
救急医療における「終末期」とは,突然発症した重篤
ーム」という)は,以下 2.─ 1)─(2)~(4)を選択する.
な疾病や不慮の事故などに対して適切な医療の継続にも
かかわらず死が間近に迫っている状態で,救急医療の現
場で以下 1)~ 4)のいずれかのような状況を指す.
1)不可逆的な全脳機能不全(脳死診断後や脳血流停止
の確認後なども含む)と診断された場合
2)生命が新たに開始された人工的な装置に依存し,生
命維持に必須な臓器の機能不全が不可逆的であり,
移植などの代替手段もない場合
3)その時点で行われている治療に加えて,さらに行う
べき治療方法がなく,現状の治療を継続しても数日
以内に死亡することが予測される場合
4)悪性疾患や回復不可能な疾病の末期であることが,
積極的な治療の開始後に判明した場合
(2)家族らが延命措置中止に対して「受容する意思」が
ある場合
家族らの受容が得られれば,患者にとって最善の対応
をするという原則に則って家族らとの協議の結果により
以下の優先順位に基づき,延命措置を中止する方法につ
いて選択する.
① 本 人 の リ ビ ン グ・ ウ ィ ル 等 有 効 な advanced
directives(事前指示)が存在し,加えて家族らが
これに同意している場合にはそれに従う.
②本人の意思が不明であれば,家族らが本人の意思や
希望を忖度し,家族らの容認する範囲内で延命措置
を中止する.
なお,上記の「終末期」の判断については,主治医と
上記①,②の順で,家族らの総意としての意思を確認
主治医以外の複数の医師(以下,「複数の医師」という)
した後に,医療チームは延命措置中止の方法として 2.─
により客観的になされる必要がある.
2)の内から適切な対応を選択する.なお,本人の事前意
思と家族らの意思が異なる場合には,医療チームは患者
2.延命措置への対応
にとって最善と思われる対応を選択する.
1)終末期と判断した後の対応
主治医は家族や関係者(以下,家族らという)に対し
て,患者が上記 1.─ 1)~ 4)に該当した状態で病状が絶対
(3)家族らの意思が明らかでない,あるいは家族らで
は判断できない場合
的に予後不良であり,治療を続けても救命の見込みが全
延命措置中止の是非,時期や方法についての対応は,
くない状態であることを説明し,理解を得る.その後,
主治医を含む医療チームの判断に委ねられる.その際,
本人のリビング・ウィルなど有効な advanced directives
患者本人の事前意思がある場合には,それを考慮して医
(事前指示)を確認する.ついで,主治医は家族らの意
療チームが対応を判断する.これらの判断は主治医,あ
思やその有無について以下のいずれかであるかを判断す
るいは担当医だけでなされたものではなく,医療チーム
る.
としての結論であることを家族らに説明する.この結果,
選択されて行われる対応は患者にとって最善の対応であ
(1)家族らが積極的な対応を希望している場合
り,かつ延命措置を中止する方法 2.─ 2)の選択肢を含め,
本 人 の リ ビ ン グ・ ウ ィ ル な ど 有 効 な advanced
家族らが医療チームの行う対応を納得していることが前
directives(事前指示)を確認し,それを尊重する.家
提となる.
族らの意思が延命措置に積極的である場合においては,
あらためて「患者の状態が極めて重篤で,現時点の医療
水準にて行い得る最良の治療をもってしても救命が不可
(4)本人の意思が不明で,身元不詳などの理由により
家族らと接触できない場合
能である」旨を正確で平易な言葉で家族らに伝達し,そ
延命措置中止の是非,時期や方法について,医療チー
の後に家族らの意思を再確認する.
ムは慎重に判断する.なお,医療チームによる判断や対
23
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009 年度合同研究班報告)
応は患者にとって最善の対応であることが前提である.
Ⅱ 救急医療における終末期医療に関する診療録記載に
ついて
医療チームによっても判断がつかないケースにおいて
1.終末期における診療録記載の基本
は,院内の倫理委員会等において検討する.このような
救急医療における終末期医療に関する診療録の記載に
一連の過程については,後述する診療録記載指針に基づ
あたって,担当する医師らはここで示した基本的事項に
き,診療録に説明内容や同意の過程を正確に記載し,保
ついて確認し,要領よく責任をもって記載する.このこ
管する.
とによって,終末期の診療における様々な問題を把握し,
終末期における良質な医療を展開する.
2)延命措置を中止する方法についての選択肢
また,医療チームによる方針の決定,診療のプロセス
一連の過程において,すでに装着した生命維持装置や
などが,医療の倫理に則り妥当なものであったことにつ
投与中の薬剤などを中止する方法(withdrawal),また
いて,事後に遡って示すことが可能な記載を心がける.
はそれ以上の積極的な対応などをしない方法
(withholding)について,以下,
(1)~(4)などを選択する.
(1)人工呼吸器,ペースメーカー,人工心肺などを中止,
または取り外す.
(注)このような方法は,短時間で心停止となるため
原則として家族らの立会いの下に行う.
1)医学的な観点から
(1)医学的に終末期であることが明示されている.
(2)上記(1)について家族らに説明している.
(3)上記(2)に際して家族らによる理解・納得の状
況を観察し把握している.
(2)人工透析,血液浄化などを行わない.
(3)人工呼吸器設定や昇圧薬投与量など,呼吸管理・循
環管理の方法を変更する.
(4)水分や栄養の補給などを制限するか,中止する.
2)患者本人による意思表示があるかどうかについて
(1)患者の意思に関する患者本人による記録などにつ
いて尋ねている.
(2)家族らによる理解を得,家族らの意思について尋
ただし,以上のいずれにおいても,薬物の過量投与や
筋弛緩薬投与などの医療行為により死期を早めることは
行わない.
ねている.
(3)上記(1)がない,または分からない時に,家族
らによる忖度として尋ねている.
(4)上記(1)(3)がない場合にも,それらがないこ
救急医療に携わるわれわれは,年齢,疾病原因,受傷
とについてその理由とともに記載している.
原因,あるいは社会的地位,国籍などの患者背景に関係
(5)家族らとその範囲などについて具体的に記載して
なく救命救急医療を行う.当然ながら,医療に携わる者
いる.
として患者本人にとって最善の医療を行い,救命の可能
性がある場合には,終末期と定義しない.しかし,患者
が 1.に示される終末期と判断された場合には,その根
拠を家族らに説明し,家族らの総意としての意思などを
3)延命措置中止の決定
(1)選択肢の可能性とそれらの意義について検討して
いる.
確認する.そして,2.─ 1)に示される対応などに従っ
(2)主治医を含む医療チームとして検討している.
て 2.─ 2)に示される選択肢から継続中の延命措置を中
(3)
“患者の最善の利益”
(患者本人の意思)と家族ら
止することができる.
なお,家族らへの説明の際には,プライバシーが保て
の意思などについて記載している.
(4)法律・社会規範などについて検討している.
る落ち着いた場所で説明し,家族らにとって十分な時間
を提供して,家族らの総意としての意思を確認すること
4)状況の変化への対応
が重要である.
(1)上記 1)の変更について記載している.
このような救急医療の終末期に行う延命措置への対応
(2)上記 2)の変更について記載している.
は主治医個人の判断ではなく,医療チームの判断である
(3)上記 3)の変更について記載している.
ことが重要である.また,家族らの意思が変化した場合
には,適切かつ真摯に対応する.それら一連の過程は診
療録に記載することを忘れてはならない.
24
5)治療プロセス
(1)いわゆる 5W1H(いつ,どこで,誰が,何故,何
循環器疾患における末期医療に関する提言
を,どのように)を記載している.
(2)結果について記載している.
(4)予期せぬ出来事,意図しない事態では推測や仮定
に基づいた記載を避ける.
恣意的な未記載,事実と異なる記載,記載の改
2. 死亡退院時の記録
1)解剖の説明に関する記載
ざん・削除は犯罪行為となる.
(5)私的メモや医療・業務に無関係な記載は行わない.
(1)剖検・解剖の種類について家族らに説明している.
(2)家族らからの諾否について記載している.
(3)解剖の結果などについて説明している.
2)チーム医療のために情報を共有する
(1)誰もが読める字で,多職種間で理解される用語・
略語を用いて記載する.
2)退院時要約の記載
(1)病院の運用手順に基づいて共通の書式に記載して
いる.
(2)主傷病名・副傷病名,手術名・処置名などに関す
るコード化について留意する.
(3)症例登録,臨床評価指標などについて留意する.
一般的に通用しない造語や符号等は使用しな
い.
(2)外国語は病名・人名,一般的に使用される処置・
手術名等の専門用語の範囲とする.
記述は日本語が推奨される.チーム内の各職種
が十分に理解できているか確認する.
(3)診察と指示,および診断・治療を行った場合には,
3)退院時に必要な文書の記載
(1)死亡診断書または死体検案書,入院証明書,保険
関連書類等を必要に応じて作成する.
3. 診療録記載の一般的原則
1)開示請求の対象となる公的文書である
(1)必ず日付を付して事実を正確に記載し,署名して
記載者の責任を明確にする.記載しないと医療行
為や医学的判断が行われなかったものとみなされ
る.
(2)鉛筆による記載は避け,行間や余白を残すことは
推奨されない.
遅滞なく記載する.
(4)他職種の記録を参照し,指示と実施を確認する.
その結果や問題点を把握する.
3)その他
(1)診療録の用紙・各種記録・帳票等は所定の順序で
ファイルする.
必要な記載事項を容易に検索できること,必要
な記録の欠落が点検できること.
(2)診療録は診療報酬請求の根拠となる.
記載の不備で診療報酬の返還を求められること
があることに留意する.
以上
誤記等により訂正が必要な場合は,二重線によ
る“見せ消ち”とする.
追記は日付を明確にして末尾に記載する.
平成 19 年 11 月 5 日
日本救急医学会
3)記載にあたって,記載者とその職種が判断できるよ
うにする.
救急医療における終末期医療のあり方に
関する特別委員会
25
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