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雑踏警備における注意義務

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雑踏警備における注意義務
雑踏警備における注意義務
判例研究
雑踏警備における注意義務
―明石歩道橋事故事件に関する最高裁平成22年5月31日第一小法廷決定―
内海 朋子
事実の概要
平成 13 年明石市で開催された明石市民夏まつりの 2 日目に花火大会等が実
施されたが、そこに参集した多数の観客が歩道橋に集中して過密な滞留状態と
なり、花火大会終了後の午後 8 時 48 分ないし 49 分ころ、歩道橋上において群
衆なだれが発生し、その結果、11 名が圧死等により死亡し、183 名が傷害を負
う事故が発生した。
第 1 審 で は、明石市職員 3 名、明石警察署地域官 X、警備会社 A 社 の 大阪
支社長 Y の 5 名が起訴され、それぞれ禁錮 2 年 6 ヶ月に処され、明石市職員
らについては 5 年間の執行猶予となった。明石市職員のうち 2 名と、X・Y が
控訴したが、控訴は棄却され、X・Y が上告した。
X は、明石警察署地域官として、夏まつりの雑踏警備計画の企画・立案を掌
理するほか、夏まつりにおける現地警備本部指揮官として、現場において雑踏
警戒班指揮官ら配下警察官を指揮して、参集者の安全を確保すべき業務に従事
していた。事件当日、会場周辺には管区機動隊員 72 人を含め総勢 150 人以上
の警察官が配置され、X は、雑踏警戒班を指揮するのみならず、機動隊につい
ても、明石警察署長らを介し又は直接要請することにより、自己の判断でその
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出動を実現できる立場にあった。
Y は、警備業を営む A 社の大阪支社長であり、夏まつりの実質的主催者で
ある明石市と A 社との契約に基づき、明石市の行う夏まつりの自主警備の実
施についての委託を受けて、夏まつりの会場警備に従事する警備員の統括責任
者として、明石市の担当者らとともに参集者の安全を確保する警備体制を構
築するほか、これに基づく警備を実施すべき業務に従事していた。当日 Y は、
総勢 130 人以上の警備員を統括していた。
決定要旨
最高裁は、X について、当日午後 8 時ころまでには、歩道橋内が流入規制
等を必要とする過密な滞留状態に達していることを認識したにもかかわらず、
「午後 8 時ころの時点において、直ちに、配下警察官を指揮するとともに、機
動隊の出動を明石警察署長らを介し又は直接要請することにより、歩道橋内へ
の流入規制等を実現して雑踏事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義
務」を怠ったとした。
また、Y について、午後 8 時直前ころの時点において、X に対し、一度は「前
が詰まってどうにもなりません。ストップしましょうか。
」などの言い方で、歩
道橋内の警察官による流入規制について打診をしたものの、X の消極的な反応
を受けてすぐに引き下がり、結局 Y は、明石市の担当者らに警察官の出動要請
を進言し、又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請する措置を講じ
なかったとし、
「午後 8 時ころの時点において、直ちに、明石市の担当者らに警
察官の出動要請を進言し、又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請
することにより、歩道橋内への流入規制等を実現して雑踏事故の発生を未然に
防止すべき業務上の注意義務があった」にもかかわらず、これを怠ったとした。
このように、最高裁は X・Y 両名に業務上過失致死傷罪の成立を認めた。
なお、両者の予見可能性を肯定する事情としては、①歩道橋南端部や南側階
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段は花火の絶好の観覧場所となることから、参集者が滞留し、大混雑を生じる
ことが容易に予想されたこと、②歩道橋付近に夜店が出されたため、その周辺
に参集者が密集して人の流れが滞るなどの可能性も予想されたこと、③花火大
会の開始時刻に合わせて朝霧駅側から多数の参集者が歩道橋を通って大蔵海岸
公園に集まってくること、また、花火大会終了前後からは、帰路につこうとす
る参集者が朝霧駅方面に向かうために歩道橋に殺到すること、それによって、
歩道橋内において双方向に向かう参集者の流れがぶつかり、滞留が一層激しく
なることが予想されること、④約 5 万 5000 人が参集したカウントダウン花火
大会の際には、参集者が歩道橋に集中して相当の混雑状態となったが、夏まつ
りには、カウントダウン花火大会をはるかに上回る 10 万人を超える参集者が
見込まれた上、その行事の性質上、幼児を含む年少者や高齢者なども多数参集
してくることが予想されたこと等が挙げられている。
また、結果回避可能性について、X につき、歩道橋の周辺には相当数の機動
隊員が配置されていたのであり、機動隊に対して遅くとも午後 8 時 10 分ころ
までに出動指令があったならば、機動隊は、歩道橋内に流入する参集者の流れ
を阻止し、参集者の北進を禁止する広報をし、階段上の参集者を階段下に誘導
するなどして滞留自体の激化を防止し、群衆なだれによる事故を回避できたと
考えられる状況にあったとされ、機動隊の出動させることにより結果を回避し
えたとされた。Y についても、
「明石市の担当者や Y ら自主警備側において、
警察側に対して、単なる打診にとどまらず、自主警備によっては対処し得ない
状態であることを理由として警察官の出動を要請した場合、警察側がこれに応
じないことはなかった」としている 1)。
評釈
1 雑踏事故における結果回避義務の主体
本件は、複数の組織体が相互に連携しながら雑踏事故回避のための安全体制
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を確立しなければならず、さらにそれぞれの組織体にも複数の関係者が存在す
るという事案であって、被告人らに課された結果回避義務の発生根拠はそれぞ
れに異なりうるという特殊性が存在するケースであった。
まず、
雑踏事故に関する刑事裁判としては、
「弥彦神社事件 2)」が有名である。
弥彦神社事件において、最高裁は、餅まきの行事が「当地域における著名な行
事とされていて、年ごとに参拝者の数が増加し、現に前年実施した餅まきのさ
いには、多数の参拝者がひしめき合って混乱を生じた事実も存するのであるか
ら、原判決認定にかかる時間的かつ地形的状況のもとで餅まき等の催しを計画
実施する者として、参拝のための多数の群衆の参集と、これを放置した場合の
災害の発生とを予測することは、一般の常識として可能なことであり、また当
然これらのことを予測すべきであったといわなければならない」としている。
このことから、行事を行う者について、当該行事の開催にあたって多数の群集
の参集が見込まれる場合には、事前に災害防止の措置を講ずることが義務付け
られていることが明らかにされた。
そこで本件で問題となるのは、このような雑踏事故回避の注意義務を負うべ
き主体は誰かである。本件では、明石市が花火大会の実質的な主催者であるこ
とから、多数者の参集という一種の危険源(より正確には、危険源となる群集
が形成される誘因)を発生させることとなるので、明石市にこの危険源を管理
することが求められているといえ、それが雑踏事故回避のための自主警備を明
石市が行わなければならない根拠といえるであろう。弥彦神社事件において最
高裁は、
(予見可能性の判断要素としてではあるが)前年の餅まきにおける混
雑の状況、および餅まきをめぐる時間的・地理的状況を考慮すべきことを指摘
している。本件でも、カウントダウン花火大会において既に多数者の参集によ
る危険な状態が経験されている点、花火大会開催場所や周囲の状況から、危険
が発生しやすい状況にある点が考慮されている。
結果回避のための義務が明石市という組織体に振り分けられるとした上で、
組織体内にいる個人のどの範囲までか結果に対し刑事責任を負うのかを確定す
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るためには、結果回避のための措置を講じるべき権限を職務として振り分けら
れた者が誰であるかを検討しなければならない。本件では、第 1 審で、夏まつ
り開催業務全般を統括していた者、夏まつりを実施する上の責任者、これら 2
人の者を補佐していた者 3 名の明石市役所職員に注意義務違反が認められると
された 3)。
もっとも、本件において、最高裁はまず組織体に注意義務を割り当てた上で、
さらに当該組織体の中で、その注意義務を履行すべき職責を担っていた者は誰
かという形で個人の注意義務を確定するという手法を表向きは採っていない。
しかし、第 1 審判決、第 2 審判決はともに、市役所職員の注意義務の主体性に
関して、明石市が、夏祭りおよび花火大会の実質的な主催者であるから、明石
市が参集者の安全を確保する責務を負うとしている 4)。最高裁も、注意義務を
認定するに当たって各人の組織内での職責が如何なるものであったかを重視し
ている。そして、既に千日デパート事件において最高裁は、法人であるドリー
ム観光に、火災に関する安全体制確立義務があったとしており 5)、学界におい
ても法人へ注意義務を割り振り、さらにその注意義務を組織内で担う個人を特
定するという手法を積極的に採り入れようとする動きがみられる 6)。
次に、明石市との契約に基づく注意義務を負っていた警備会社も、明石市の
自主警備を委託された者として、行事を主催する者の責任と同種の責任を負っ
ているといえる。なお、明石市と警備会社との警備の役割分担関係に関しては、
警備会社との契約を根拠に、明石市側がその適切かつ万全の警備を信頼できる
かという形で、第 2 審で争われている 7)。第 2 審判決では、明石市と警備会社
との雑踏警備に関する委託契約においては、歩道橋の混雑については警備会社
により規制措置が執られることになっていたが、警備会社による警備の適切な
遂行を信頼できる状態になかったため、万全の事故防止対策をとるべき義務が
あるとされている 8)。
一方、警察関係者の注意義務は、警察法、警察官職務執行法、警備実施要則
等が根拠とされている。警察法 2 条 1 項は、
「警察は、個人の生命、身体及び
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財産の保護に任じ、……公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務
とする」としており、警察官職務執行法 4 条 1 項は、極端な雑踏等危険な事態
がある場合において、警察官は、強制的な措置を採り得ることを定めている
9)
。これらの規定を受けて、警備実施要則 2 条が、雑踏事故が発生し、または
発生するおそれがある場合において、部隊の運用を伴う警察活動を行うことを
規定し、44 条以下で交通規則や広報など雑踏警備において行うべき措置につ
き細かく規定している 10)。警察法、警察官職務執行法、警備実施要則の規定
は、雑踏事故回避にあって警察組織が行うべき措置を挙げているものである
が、具体的にこれらの措置を誰が講じるべきかについては、地域警察運営規
則 10 条 11)や兵庫県警察警備実施要綱 12)による組織内部での権限の配分に関す
る規定にしたがって確定されることになる 13)。
明石市・警備会社と警察との関係をめぐっては、自主警備と警察による規制
の関係が問題となる 14)。この点については、歩道橋が公道であるという事情
もあり、歩道橋への群衆の流入規制を行うべき第一次的責任は警察にあり、明
石市や警備会社の責任はそれを要請ないし補助するものにとどまるとの主張が
ある 15)。しかしながら、明石市・警備会社の責任は花火の主催という点から
生じるものであるところ、それが自己の管理する敷地内であろうとなかろうと、
群衆が多数参集する危険が予想される場合、群衆事故を回避する十分な措置が
取れないのであれば、行事の主催そのものを中止する義務が課されるはずで
あって、公道であるということの一事をもって、雑踏警備の責任が全面的に警
察側に委ねられるとするのは問題である。行事を行うことが許されるのは、群
衆事故が発生しないよう、十分な予防措置を講じている場合に限られるのであ
る。他方、警察についても多数の者が参集した場合に特有な危険を防止すべく
雑踏警備を行う義務が法令上定められていることに鑑み、自主警備を第一次的
なものとするにせよ、自主警備がうまく機能していない場合には、積極的に警
備に介入し、自主警備担当者を指導し、事故の阻止に努めるべき義務があると
考えられる。
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そして両者の義務は全く別種のものであって、主・従の関係にあるわけでは
なく、結果回避のための 2 重・3 重の安全措置を講じておくために、併存して
いる義務であると考えられる。
2 過失行為の特定
以上のように本件は、複数の組織、および組織内の複数の担当者に雑踏事故
回避の義務が課されているという事案であるが、上告審では、夏まつりにおけ
る現地警備本部指揮官であった明石警察署地域官 X、そして夏まつりの会場警
備に従事する警備員の統括責任者である Y の刑事責任が問題となっている。
X・Y らの行為のうち、どの行為を過失行為と捉えるかについては、第 1 審
判決と第 2 審判決との間で見解の相違がある。本件では、夏まつりに向けて、
明石市、警備会社の A 社及び明石警察署の三者により、雑踏警備計画策定に
向けた検討が重ねられてきたが、そこでは、歩道橋における参集者の滞留によ
る混雑防止のための有効な方策は講じられず、また、歩道橋の混雑状況をどの
ようにして監視するのか、そして、混雑してきた場合にどのような規制方法を
とるのか、どのような事態になった場合に警察による規制を要請するのか、そ
の場合の主催者側と明石警察署との間の連携体制をどのようにするのかなど
といった詳細について、具体的な計画は策定されていなかったことが明らかに
なっている 16)。
そこで第 1 審判決は、夏祭りの準備段階での警備計画の不備を過失の内容と
すべきことを示唆しつつも、強制的権限をもたない市職員および Y について
は、事故当日の午後 7 時 30 分ころに、歩道橋への流入規制を実施しなかった点、
及び午後 7 時 30 分ころ以降において警察官の出動を要請することを怠った点
につき過失を認定している。
これは、第 2 審判決よりも 30 分ほど早い時点から過失を認定するものであ
る。第 2 審判決は、過失の内容自体は事故当日の午後 8 時ころの過失、すなわ
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ち自主警備では対処しきれなくなった段階での機動隊等出動要請の懈怠に求め
ている。この点に過失を認めた理由について、第 2 審判決は、
「現実に発生し
た事故の原因及び発生時刻を明らかにした上、その結果から因果の流れをさか
のぼっていった場合に、遅くともどの時点で、最低限どのような措置が講じら
れていれば、本件事故を回避できたか、何らかの人身事故が発生した可能性に
ついては完全に否定できないとしても、被害の規模をかなり小さく押さえるこ
とができたかどうかを解明した上、その措置が講じられなかったことについて、
当該被告人に注意義務を怠った落ち度があるか否かの見極めを、まず最初に検
討していく 17)」
、としている。
このような第 2 審判決の過失認定方法については、
「訴訟法的には訴因を明
確にして攻防の焦点を絞る機能をもつ一方で、実定法的には、過失行為(注意
義務違反の内容)を実行行為性や正犯性の観点から制限するものと理解され、
その意義は十分尊重されるべき」との評価がある 18)。従来の火災事故におけ
る安全体制確立義務違反を問題とするときに議論されてきたように、安全体制
確立義務違反(本件では警備計画策定段階の不備)を過失の内容とすれば、過
失責任の及ぶ人的、時間的範囲が広がりすぎるのではないか 19)、因果関係の
判断が難しくなるのではないか、などの問題があり、第 2 審は、これらの問題
点から責任の所在が不明確になることを危惧したのではないかと考えられるの
である。
そこで、第 2 審判決における注意義務の認定方法をより詳しく検討してみる
と、第 2 審は、死傷という法益侵害結果から遡り、それを引き起こした群衆な
だれ、群集なだれの直前に発生したせりもち状態という事故の一連の経過を検
討し、せりもち状態の発生から死傷の発生までの経過については、もはや不可
避的な事象の経過と考えて、それ以前の段階の関与による結果回避の可能性を
検討している 20)。そして、結果回避の最後の可能性が残されているのは、午
後 8 時ころと考え、この段階で、機動隊員が雑踏事故阻止の措置を取れば、結
果は確実に回避できたとして、このことを前提に、この時点での注意義務を検
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討している。そして、最高裁も同じく午後 8 時ころに、X が直ちに、配下警察
官を指揮するとともに、機動隊の出動を明石警察署長らを介し又は直接要請す
ることにより、歩道橋内への流入規制等を実現する義務があったとしている。
X の、
「機動隊の出動を明石警察署長らを介して要請する義務」 については、
どのように理解すべきであろうか。本件のように、何らかの措置を講じて結果
を回避すべきであったのに、それを怠って事故が生じたという事案については、
結果回避措置を講じることができる実質的な権限を有している者の過失責任が
問われる。そこで、午後 8 時ころの機動隊の出動が結果回避に必要不可欠な措
置であったとすれば、機動隊の指揮権は原則的に明石警察署長・副署長に帰属
しているため、機動隊を動員しての結果回避をなしうる実質的な権限は明石警
察署長らに存在するように思われる 21)。それでは、X に明石警察署長らに対
する進言義務は認められるか。
まず、実質的権限とは、必ずしも最終的な裁可権限を意味するのではなく、
現場での実質的な判断をする権限であり、結果に直近する者に結果の回避が期
待されるとし、危険に直近する者の結果回避措置が十分でない場合には、上位
者の監督責任が問題となるが、そのような場合であっても信頼の原則が適用さ
れるため、処罰範囲は制限される 22)とする見解がある。しかしながら、組織
における職務遂行においては、結果阻止に必要な措置を講じることを可能にす
るために、複数の者が関与し、役割分担がされていることが常態であり、実質
的権限が分散されている、あるいは複数の者が権限を有しているような場合も
考えられ、現場での実質的判断の権限を最終的な裁可権限よりも重視すること
はできないように思われる。進言義務が問題となるような場合、現場にいてど
ういう措置を講じることが適切かを判断することができる状況にあったとして
も、当該措置を講じるための裁可権限が上位者に帰属しているのであれば、現
場責任者は結果回避措置を講じることは事実上不可能である。このような者
に結果回避可能性がないとして過失責任を一切問わないことも、あるいは裁可
権限もないのに結果回避措置を講じる責任を負わせてしまうことも適切ではな
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い。一方、上位者は現場責任者からの情報を元に判断を下すことになるので、
現場責任者からの正確な報告がなければ、現状を分析し、適切な措置を講じる
ための権限発動を行うことができない 23)。
こうした点に鑑みて、進言義務が問題となる場合を 2 つのケースに分けるこ
とが主張されている。第 1 は、結果発生の危険性を認識し、それを正しく評価
して必要な結果阻止措置を判断し、実現するといった、具体的な結果阻止措置
に至るまでのプロセスにおいて特別な専門知識は必要ではなく、従って、最終
的な決定権限を有する上司自ら行うことも、技術的、能力的には可能な場合で
ある。この場合においては、上司に最終的な決定権限が残っており、法益侵害
の危険性の認識や具体的措置の判断のみが部下に委任される。第 2 は、結果阻
止に必要な具体的措置に至るまでのプロセスにおいて特別の専門知識を要する
場合である 24)。
本件では、X と明石警察署長らは共に警察官であり、雑踏事故阻止のため
の知識や判断能力において大差があるとは思えないため、第 1 のケースに属す
る。第 1 のケースは、上司が状況を把握していない場合に情報提供を行うこと
が必要となっており、本件で X は、明石警察署長らに現場の状況を詳しく分
析・報告する義務があったといえ、状況が逼迫していることにかんがみて、機
動隊の出動の進言を明石警察署長らに行うことが義務づけられていると考えら
れる。
それでは、X の 「機動隊の出動を直接要請する義務」 についてはどう考える
べきか。X は明石警察署長から機動隊の指揮の権限を委譲されていた可能性
が指摘されているが、この点は明らかではない。しかし、夏まつりにおける現
地警備本部指揮官として、少なくとも直接機動隊に連絡を取り、出動を要請す
ることは可能であったと認められる。この場合、機動隊の指揮命令は誰が行う
のかという疑問が残る。機動隊大隊長が独自の判断で指揮を行うとすれば、雑
踏の状況について十分な情報のないまま効果的な措置が採れたのかが問題とな
り、機動隊大隊長が X からの情報提供に従いつつ行動したとすれば、X に指
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揮権があったのではないか等の問題が生じる。しかし、危険が切迫している状
況にかんがみて、緊急事態であることを理由に、明石警察署長らの判断を求め
る時間的余裕がなかったとして、たとえ指揮権が存在していなくても、X が現
地警備本部指揮官として、機動隊大隊長と連携して歩道橋への流入規制に努め
るべき義務が生じたと考えることはできる。
次に、Y の注意義務について、最高裁は午後 8 時ころに、明石市の担当者ら
に警察官の出動要請を進言するか、又は自ら自主警備側を代表して警察官の出
動を要請するべきであったとして、明石市担当者、あるいは警察側への警察官
出動に関する進言義務を問題としている。しかしこの点については、事実上警
察側への働きかけができるだけのみで、独自の判断で機動隊等の出動を実現で
きる立場にない Y につき、X と同等の(正犯)責任を負わせることへの批判
もある 25)。
そこで、結果回避により直接的に結びつくと思われる警察への警察官出動の
要請義務について考えてみると、Y は、警察官出動の権限を握っている X に
対し、結果防止の任務を遂行することを可能にするような、いわば補助的な役
割を担っているに過ぎないから、先の第 1 のケースに該当し、さらに決定権者
の X は結果防止措置の必要性を認識していたと考えられるから、Y の不作為
には、原則として、生じた結果についての刑事責任は負わせられないことにな
ろう。
もっとも、X・Y 間には同一組織体内での上下関係が存在せず、監督者が部
下を一方的に監督するような垂直的関係の場合とは異なり、包括的な人事権等
を有する上司に対して意見を具申すべき義務を刑法上認めることは部下に過大
の負担を課すことになるなどの考慮を働かせる必要はない。そこで、明石市か
ら自主警備を任されているという立場から、より強い義務を導き出すことは可
能であろうか。
まず同一組織内での進言義務ではなく、異なった組織間での進言義務を問題
とする場合には、各組織間でどのような役割分担が予定されているかを検討す
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べきであろう。雑踏警備においては、自主警備が原則ではあるものの、自主警
備で限界がある場合には警察官が出動すべきとされていることから、警備会社
は自主警備では雑踏事故発生を阻止できないほどの危険が迫っていると判断し
た場合には、自主警備で対処できる限界を超えていることについての正確な情
報提供を警察側に行う義務を負っているといえる。
しかし、警察官出動について受諾を得るまで粘り強く説得を行わなければな
らない義務を負うかは疑問である 26)。何故なら、明石市・警備会社・警察の 3
者のうち、雑踏警備においてもっとも判断能力・対処能力が優れている組織は
警察であるから、必要な情報を提供しさえすれば、どのような措置が最適であ
るかの判断を行う役割は警察に第 1 次的に委ねられるはずだからである。警備
会社は、警察の指導・監督に服する立場にあるのだから、自主警備では対処し
きれない状況となり、警察官出動が必要であることの説明を行い、それに必要
な情報提供を行えば足り、警察官出動の受諾を得なければならないという刑法
上の義務まではないと思われる。警察官出動についての受諾があるまで説得を
続けるべきだという厳格な義務を課す根拠をあえて考えるとすれば、安全体制
の確立に失敗しているので、その分最終的な回避措置を講ずべき義務の要求水
準が高まるからだという説明は可能であるかもしれない。しかしながらやはり、
警察側に機動隊出動の意思決定が行われるまで働きかけも行う義務を負うとい
えるか、疑問が残る。
もし仮に、自主警備に失敗した者として、その責めを負うべく、警察官の出
動の実現に向けてあらゆる手を尽くす義務があり、警察官出動が受諾されるま
で警察側に出動の懇請を続ける義務があったとしても、Y が警察官の出動の要
請の後に、警察側が機動隊の出動を決断したかどうかは明らかでない。そもそ
も、警察側が Y の進言を聞き入れるかどうかについてさえ、最高裁も「応じ
なかったことはなかった」という、歯切れの悪い表現をしている。
なお、問責対象となっている過失行為の後、第三者の行為が介入する場合に
おいて仮定的事情として第三者の適切な行為を前提としてよいかどうかにつ
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き、これを肯定する説は、問責対象者が適切に行動するとともに他の人があわ
せて適切な行動をしなければ結果を確実に回避できない場合であっても、問責
対象者が適切な行為をしないことにより、結果を回避するチャンス自体を決定
的に奪うことになる、そう解さないと他の人の不適切な行動を理由に、問責対
象者の不適切な行動が不問に付され、逆に最後の者の不適切な行動だけが処罰
されるのは均衡を欠くなどとしている 27)。
しかし、本件の場合には、結果を回避するチャンスは、Y がきちんとした自
主警備を行うことによって達成されるべきであり、自主警備に失敗して次の結
果回避に向けての望みをつなぐという意味での結果回避のチャンスの増加は、
第 2 段階の結果回避措置、すなわち警察官の出動による、強制的な措置を伴う
流入規制が有効に機能する 1 つのきっかけをつくるものにすぎず、第 2 段階の
結果回避措置による結果回避のチャンスに付随的なものであるといえる。した
がって、Y が出動の要請を行ったとしても、それ自体で飛躍的に結果回避の
チャンスが増加したとはいえない。
以上より、Y の義務違反の本質は、警察官の出動に向けて全力を挙げなかっ
たということという点よりも、警察官の出動を必要とする事態に追い込まれた
自主警備の懈怠にあるといえるため、Y の義務違反を検討する際は、警備の中
核的な担い手を警備会社側から警察側へとバトンタッチさせることについて失
敗したことと合わせて、自主警備そのものがうまく機能しなかった点を検討す
べきであったと思われる。そして午後 8 時ころにおいて、自主警備によっては
もはや結果を回避できた可能性が低かったというのであれば、第 1 審判決のよ
うに、さらに遡って、自主警備による歩道橋への流入規制の懈怠をも過失とし
て認定するべきであったといえる。
3 複数の不適切な行動が行われた場合の注意義務の認定
最後に、複数の不適切な行動が行われた場合にどこを過失行為とすべきか、
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安全体制確立義務違反という観点から考察する。
この点につき、川治プリンスホテル火災事件における最高裁決定(平成 2 年
11 月 16 日第一小法廷決定)では、消防計画の作成、およびそれに基づく避難
誘導の方法の従業員への周知徹底と並んで、防火戸と防火区画の設置という重
畳的な義務を認めている。そして、川治プリンス火災事件の最高裁決定につい
ての調査官解説は、
「大規模な火災刑事事件の裁判例では、結果発生の原因と
なった過失を複数認めるのが通例のようであり、少なくとも、旅館・ホテル火
災事犯では、直近過失単一説(段階的過失説)が支持を得ているとは考えられ
ない 28)」としている。しかし、火災事故では消防計画に基づいた避難誘導訓
練の実施と、防火戸・防火区画の設置の双方の措置が相まって法益侵害を回避
できる、あるいは減少させることができるのに対し、雑踏事故では、結果回避
のためのいくつかの措置のうち、1 つでも有効に機能すれば結果回避が可能で
あるという点が、火災事故と異なっているように思われる。
本件でいうと、比較的早い時期から緩やかな手段での流入規制を行うか、や
や混雑してきた段階から強めの流入規制を行うか、危険が切迫してきた段階で
強度の強制力を伴う流入規制を行うといういくつかの手段が考えられる。すべ
ての措置を段階的に行ってこそ有効な雑踏事故回避措置を講じえたと考えるの
であれば、これらの点を過失と認定すべきであろう。しかしながら、結果から
遡って注意義務を認定するという手法を採った第 2 審判決は、このうちどれか
1 つを行えば群衆なだれの発生を阻止しえたと考え、最後の砦となる機動隊の
発動に関しての義務のみを検討の対象としているのであろう。
安全体制確立義務違反を過失犯として構成すべきかどうかについても、同様
のことがいえる。本件では、安全体制確立義務違反は過失として構成されてい
ない 29)。それは、
警備計画策定の段階で既に重大な落ち度が認められたものの、
事故当日にその場の判断で適切な処置が講じられていれば、何とか事故を回避
しえたのであって、この点、いったん火災が生じれば数分の間に火が回り、も
はや被害を避けえない状態となる火災事故とは別個の考慮も可能であったので
82
雑踏警備における注意義務
あろう。すなわち、警備計画策定段階の不備がある状態では危険はいまだ現実
化しておらず、事故当日の結果回避が不可能になる直前の不手際が、その危険
性の具体的な現実化として把握されていて刑事過失が認められたのだと思われ
る。
本件では、危険源のコントロールが比較的容易であって、危険防止義務者に
帰すべき事由によらない火災事故のケースと本質的に異なる点がある。従って
X・Y につき、花火大会が実施される以前の実施計画段階での不備を問題とし
ないことについては、その限りで理解できる。
1)刑集 64 巻 4 号 447 頁、判例時報 2083 号 159 頁。第 1 審 の 神戸地裁平成 16 年 12 月 17 日
判決 は、刑集 64 巻 4 号 501 頁、第 2 審 の 大阪高裁平成 19 年 4 月 6 日判決 は 刑集 64 巻 4
号 623 頁。
2)最高裁昭和 42 年 5 月 25 日第一小法廷決定・刑集 21 巻 4 号 584 頁。
3)齊藤彰子「進言義務と刑事責任」金沢法学 44 巻 2 号(2002 年)159 頁は、法益あるいは
危険源との関係において一定の身分・地位を有していることにより結果阻止義務が生じ
うるとする。
4)第 1 審判決については刑集 517 頁、第 2 審判決については刑集 689 頁等参照。
5)原田國男「デパートビルの火災事故においてデパートの管理課長並びにビル内のキャバ
レーの支配人及び代表取締役に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事例」平成 2 年
度最判解 255 頁は、千日デパート事件最高裁決定について、防火管理上の注意義務の主
体は、当該防火対象物を使用して活動する事業主であり、事業主が法人の場合には当該
法人であるとし、その法人としてどのような注意義務があったかを確定した上、その組
織において、誰が注意義務を具体的に負っていたか、言い換えれば、誰が義務を履行す
べき立場にあったかを確定するという手法を採っていると評価している。
6)樋口亮介
「刑事判例にみる注意義務の負担主体としての法人」
北大法学論集 60 巻 4 号
(2009
年)1064 頁。
7)第 2 審判決・刑集 685 頁以下。
8)第 2 審判決・刑集 688 頁以下。一方、大塚裕史「過失不作為犯 の 競合」
『三井誠先生古稀
祝賀論文集』
(2012 年)160 頁以下は、本件において明石市側は警備会社の適切な警備を
信頼しうると考える。しかし、本件では信頼を破る特別事情があったとすべきであろう。
なお、法人間の注意義務の負担に関しては、
「研究会・法人処罰と過失犯論」新世代法政
83
横浜国際経済法学第 21 巻第 1 号(2012 年 9 月)
策学研究 5 巻(2010 年)340 頁、387 頁以下参照。
9)
「警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞の
あ る 天災、事変、工作物 の 損壊、交通事故、危険物 の 爆発、狂犬、奔馬 の 類等 の 出現、
極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管
理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受
ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、
若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、
危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとる
ことができる。
」
10)44 条は、雑踏警備実施においては、実施計画に基づき、交通規制、広報、実力規制その
他の所要の措置を講じて、公安を維持することを規定し、その具体的な措置として 45
条以下で、雑踏事故の発生が予想されるとき、行事主催者その他の関係者との連絡、実
地調査、消防機関、輸送機関その他の関係機関との協力、交通規制、広報といった措置
を講ずること、および雑踏事故が発生したとき、負傷者の救護、交通規制、広報を行う
ことを規定している。
11)1 項「地域警察幹部は、警察本部長又は警察署長を補佐し、地域警察に関する企画及び
実施並びに他の課係との連絡調整に当たるとともに、率先して事件又は事故の処理その
他の地域警察活動を行うほか、部下の指揮監督及び指導教養を行わなければならない。
」
2 項「地域警察幹部以外の幹部は、地域警察官に対し、その所掌する事務のうち地域警
察活動に必要なものについて指導教養を行わなければならない。
」法令データ提供シス
テム http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi より引用。平成 24 年 7 月 13 日参照。
12)兵庫県警察警備実施要綱は、警備実施要則の規程を実施するため、兵庫県警察におけ
る警備実施について、必要な事項を定めたものとされている。http://www.police.pref.
hyogo.jp/kunrei/data/K6470022.pdf を参照した。平成 24 年 7 月 13 日参照。
13)第 1 審判決・刑集 513 頁。
14)第 1 審判決・刑集 517 頁以下、第 2 審判決・刑集 699 頁以下。
15)松宮孝明「明石歩道橋事故第一審判決」法学セミナー 607 号(2005 年)121 頁。
16)第 1 審判決・刑集 528 頁以下。
17)第 2 審判決・刑集 641 頁以下。
18)北川佳世子「過失犯をめぐる最近の最高裁判例について」刑事法ジャーナル 28 号(2011
年)7 頁。
19)原田「デパートビルの火災事故においてデパートの管理課長並びにビル内のキャバレー
の支配人及び代表取締役に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事例」
(前掲注 5)
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雑踏警備における注意義務
265 頁。
20)第 2 審判決・刑集 642 頁以下。
21)第 2 審判決・刑集 768 頁。
22)島田聡一郎「国家賠償と過失犯――道路等管理担当公務員の罪責を中心として――」上
智法学論集 48 巻 1 号(2004 年)34 頁。
23)防火管理につき、原田「デパートビルの火災事故においてデパートの管理課長並びにビ
ル内のキャバレーの支配人及び代表取締役に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事
例」
(前掲注 5)261 頁。
24)齊藤(彰)
「進言義務と刑事責任」
(前掲注 3)60 頁。
25)齊藤彰子「雑踏警備に際しての注意義務――明石市花火大会歩道橋事故」判例セレクト
2010[Ⅰ]
(2011 年)29 頁、大塚裕史「過失不作為犯 の 競合」
(前掲注 8)159 頁。ま た
松宮孝明「雑踏警備において機動隊等の警察の出動を要請すべき注意義務が警察署地域
官および警備会社支社長に認められた事例(明石歩道橋事故事件最高裁決定)
」速報判
例解説 8 号(2011 年)205 頁も参照。
26)第 2 審判決・刑集 39 頁以下は「徹底した試み」をすることを要求する。
27)原田「デパートビルの火災事故においてデパートの管理課長並びにビル内のキャバレー
の支配人及び代表取締役に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事例」
(前掲注 5)
278 頁。
28)吉本徹也「ホテルの火災事故においてホテル経営者に業務上過失致死傷罪が成立すると
された事例」平成 2 年度最判解 229 頁。
29)この点につき、甲斐克則「花火大会雑踏警備における警察署地域官および警備会社支社
長の過失犯の成否」ジュリ 1420 号(2011 年)195 頁参照。なお、民事事件では準備計画
段階での過失が認められた。神戸地裁平成 17 年 6 月 28 日判決・判例時報 1906 号(2005
年)73 頁参照。
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