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3)婦人科癌患者のQOL評価

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3)婦人科癌患者のQOL評価
N―236
日産婦誌5
5巻9号
クリニカル・カンファレンス
3.がん治療における新しい視点
3)婦人科癌患者の QOL 評価
流通科学大学サービス産業学部
医療福祉サービス学科教授
下妻晃二郎
座長:筑波大学教授
吉川 裕之
はじめに
近年,がん治療のアウトカム指標の一つとして QOL(生活・生命の質)の重要性が再
認識されつつある.たとえ治療が奏効して生存期間が延長しても,その間の QOL が低下
したのでは困るという認識が,患者のみならず医療者の間にも根付きつつある.
がん患者に共通した QOL 上の問題としては,身体・役割・心理・社会などの機能の低
下や状況の悪化が挙げられる.また婦人科特有な問題としては,手術による女性性の喪失
や,抗がん剤による吐き気や疲労感,認知機能の低下,そしてホルモン療法による更年期
障害様の症状,抑うつ,性的機能低下などが患者の QOL を低下させることが知られてい
る.
個々の患者の QOL を,診療する医師が現場で患者から聴取し,その結果をすぐに医療
に反映させる努力も大切であるが,昨今重要性が叫ばれている Evidence-Based Medicine(EBM:証拠に基づいた医療)の考え方に基づくと,経験や勘だけで対処するので
はなく,すぐれた臨床研究や臨床試験から産み出された,質の高い,QOL についての evidence に基づいて,眼前の患者の治療やケアを行うことも大変重要である.しかし evidence は手を拱いて待っていて得られるものではない.我々医療者や研究者は,QOL
に関する質の高い evidence を産み出す努力を積極的に行わなければならない.
そのような背景から,本講演では,QOL 評価研究に必要な基礎知識である,
(1)アウ
トカム指標としての QOL,
(2)QOL の概念構造,
(3)QOL 評価尺度(ものさし)
(
,4)
QOL 調査の工夫,についてまず概説し,最後に婦人科癌の臨床試験における QOL 評価
の実際を紹介した.
アウトカム指標としての QOL
「医療の質」の評価には,構造,プロセス,成果(アウトカム)
,の 3 要素の評価が必
要とされている(図 1 )
.まず,優れた医療環境(構造)がハードとして必要であり,そ
Quality of Life Assessment in Patients with Gynecological Cancer
Kojiro SHIMOZUMA
Department of Hospital and Welfare Services, Faculty of Service Industries, University of
Marketing and Distribution Sciences, Kobe
Key words : Quality of life・Health out comes・Gynecological cancer・
Quality of cancer care・Psycho-oncology
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2003年9月
こで適切な治療やケアなどのソフト
が充実して初めて,よい結果(アウ
成果
構造
プロセス
トカム)
を産む,というわけである.
(アウトカム)
structure
process
outcomes
医療には,図 1 に挙げるようにさ
まざまなアウトカム指標があるが,
◆医師,看護師, ◆診断・検査の技術 ◆生存率,治癒率
QOL はその中で健康アウトカムの
◆死亡率
MSWなど専門家の
◆治療
一つである.がん医療の場合は,最
人数
◆健康アウトカム
◆説明(方法と内容) ◆QOL(HRQOL)
も重要なアウトカム指標(主要エン
◆医療機器,検査機
◆患者の満足度
◆スタッフの態度
器,病院設備
ドポイント)として,生存期間や生
存率を評価することが多いが,例え
ば再発後の治療や緩和医療の研究に
(図 1 )医療の質の評価
おいては,生存期間よりも QOL が
―Donabedian のモデル―
主要エンドポイントとして評価され
ることもある.さらに,得られた生
存期間の延長や QOL の改善が,か
けたコストに見合わなければならな
病気
がん種
い,という考えから,質調整生存年
病期
( Quality-Adjusted Life Year :
告知の有無
有害事象
QALY)というアウトカムの統合
/症状
治療
手術
指標を評価する場合もある.ある研
抗がん剤
究で,どのアウトカム指標を主要エ
放射線照射
ンドポイントとすべきかについて
QOL
生活のどの側面に,
は,研究の目的や対象によって決ま
どのような影響を与えている,
る.
と患者が感じているか
一方,構造とプロセスの評価にお
いては,研究手法として,いわゆる
「質的」研究が有用であるが,アウ
(図 2 )QOL は有害事象(副作用)や症状と は
異なる概念である
トカムの評価では,通常何らかの
「
(定)量的」研究,つまり,
「測 る」
ことが必要となる.QOL のような
主観的概念を正確に測定するにはそれなりの理論的根拠が必要である(後に,QOL 評価
尺度で触れる)
.
QOL の概念構造
医療者の間で行われる QOL の議論では,話が噛み合わないことが少なくない.しかし
その原因が,QOL を重視するか否か,という根本的な考え方の相違ではなく,実は(医
療で扱うべき)QOL の概念構造についての共通認識が欠けたまま,議論をしていること
に主たる原因がある場合が多い.
まず,
(狭義の)QOL とは,
「主観的」かつ「多次元の」概念であるという理解が必要で
ある.前者については,QOL は,医療者が把握できる副作用や症状そのものではなく,
患者が,それらによってどの程度生活が影響されていると「感じているか」
,すなわち患
者の主観である,という理解が必要である(図 2 )
.残念ながら,医師が患者の問題を過
小評価しがちであることはよく知られており,医療者による評価ではなかなか代用できな
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N―238
い.一方後者については,がん患者
の QOL は,主に図 3 で示すような
要素によって構成されていることが
知られている.これらの要素のうち,
よい,悪いの方向性について,多く
の人(患者)が合意でき,しかも医
療によって改善や悪化しやすいとさ
れる要素は,特に「健康関連 QOL」
と呼ばれ,臨床研究でよく使用され
る QOL 尺度(調査票)は,主にこ
れらの 3∼4 要素を定量的に測定す
る尺度が多い.
QOL 評価尺度(ものさし)
QOL という主観的概念を適切か
つ正確に捉えるための理論的根拠
は,わが国ではあまり知られていな
いが,欧米では20数年来の研究の
歴史がある.すなわち,心理測定学
(計量心理学)
,あるいはテスト理論
と呼ばれるものである.これらは基
本的に,測定の信頼性と妥当性を確
認する統計学的手法である.理論の
詳細は参考文献に譲る1)2).
婦人科癌患者の QOL 評価研究で
使用が勧められる QOL 尺度(調査
票)と し て は,表 1 に 示 す よ う な
ものが代表的である.さらに必要に
応じて,更年期障害用の患者自記式
の症状チェックリストや抑うつを測
定する心理尺度などの併用も勧めら
れる.
QOL 調査の工夫
健康関連QOL
日産婦誌55巻9号
活動性などに
与える影響
身体面
機能面
身体症状や副
作用,身体の
痛みなどがか
らだに与える
影響
心理面
家族や社会との
調和,社会的役
割,経済環境の
変化などに与え
る影響
平穏な気持ち,
生きがい,信
念などに与え
る影響
社会面
不安,うつ,認知能力,
心の痛みなど,こころ
に与える影響
スピリチュアリティ
(図 3 )QOL の多次元性
―がん患者の QOL の主な構成要素―
(表1) 婦人科癌研究で使用が勧められる
QOL 尺度
●がん特異的尺度(がん一般用)
・QOL-ACD(がん薬物療法における QOL 調
査票)(開発国 日本 1993)
・EORTC QLQ-C30
http://www.eortc.be/home/qol/
・European Organization for Research
and Treatment of Cancer Quality of
Life Questionnaire(開 発 国 オ ラ ン ダ
1993)
・FACT-G http://www.facit.org/
・Functional Assessment of Cancer
Therapy ― General(開 発 国 米 国 1993)
●がん種,症状,治療別モジュール(サブスケー
ル)
・EORTC QLQ-OV28(卵巣癌用)
・FACT-O(卵巣癌用)
, Cx(子宮頸癌用)
,
ES(内分泌症状用 9,Ntx(神経毒性用)
,
Taxane(Taxane 毒性用)
,F(疲労症状用),
An(貧血症状用),Pal(緩和医療用),FACITSp(スピリチュアリティ用)
●包括的尺度
・SF-36
質の高い evidence を産み 出 す
ためには,研究体制の整備が欠かせ
ない.すなわち,プロトコール作成
時から,健康アウトカム評価や生物
統計の専門家とチームを組むことが大切である.がん患者の QOL 評価は,患者の拒否や
病状の悪化のための調査の欠損(欠測値)が多く出ることが予想され,適切な研究デザイ
ンや解析方法には経験と工夫が必要である.また,患者の倫理性を保つために,熟練した
臨床研究コーディネーター(CRC)やデータセンターの存在も重要である.
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N―239
2003年9月
婦人科癌の臨床試験における QOL 評価の実際
ECOG で行われた,卵巣癌術後患者を対象とした taxol + carboplatin 療法の phase
! study3)において,FACT-O を用いた QOL 評価が行われていた例と,2002年の ASCO
で発表された,卵巣癌患者対象の docetaxel-carboplatin と paclitaxel-carboplatin
を比較するランダム化比較試験4)において,EORTC QLQ-OV28を用いた QOL 評価が行
われていた例を紹介した.
おわりに
婦人科癌を始めとするがん医療において,QOL を適切に評価するための基礎知識を概
説した.
《参考文献》
1)下妻晃二郎.臨床のための QOL 評価ハンドブック.池上直己,下妻晃二郎,他編
東京:医学書院,2001
2)乳癌患者の QOL 評価研究のためのガイドライン Version 1.0.
日本乳癌学会「乳癌
に対する QOL 調査・解析のガイドライン作成に関する研究班」
(班長:下妻晃二郎)
編 2002(http: "
"
www.jbcs.gr.jp"
QOL_Ver1"
QOL.html)
3)Schnik JC, Weller E, Harris LS, Cella D, Gerstner J, Falkson C, Wadler S.
Outpatient taxol and carboplatin chemotherapy for suboptimally debulked
epithelial carcinoma of the ovary results in improved quality of life : An
Eastern Cooperative Oncology Group Phase ! Study(E2E93). Cancer J
2001 ; 7 : 155―164
4) Vasey PA : Survival and longer-term toxicity results of the SCOTROC
study : Docetaxel-carboplatin vs. paclitaxel-carboplatin in epithelial ovarian cancer. ASCO 2002
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