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第1章 (株) ワーナーミュージック・ジャパン部長 四角大輔さん
特集 魔法の習慣―若手診断士が,輝く4人から学んだもの 第1章 よ すみ ㈱ ワーナーミュージック・ジャパン部長 ストリート出身プロデューサーが実践 四角大輔さん 心で感じて,心で伝える 取材・文 中小企業診断士 堀切 研一 「いいと思った販促策や,参考になりそう 心の声に耳を傾ける な手法,そしてその理由を,感じたままメモ にしていきます。クリエイティブ業は現場で 「私は,アンチ・アカデミックの,ストリ 何を感じるかが最重要。頭でっかちになると ート出身の音楽プロデューサーなんです 感性を失います。このメモが,私自身であり, (笑) 」 私の財産なんです」 平井堅やケミストリー,絢香,Superfly, 四角氏が自分の言葉で伝えることを重視す ヤキームといった才能溢れるアーティストを るのには,理由がある。営業や宣伝担当時代 次々とプロデュースしてきた四角(よすみ) に,いろいろなプロデューサーから多くのプ 大輔氏は,屈託のない笑顔でこう語った。 レゼンを受けてきた。いいアーティストなの 「私はマーケティングやブランディング, に,心に響くプレゼンと,そうでないプレゼ 組織論を体系立てて勉強したことはありませ ンがあった。そしてそのプレゼンの熱意はユ ん。アーティストを売り出すためのプロジェ ーザーにも伝わり,売れるアーティストと売 クトチームを動かす際には,自分の心の声に れないアーティストの明暗がはっきり分かれ 耳を傾け,感じたことを自分の言葉で伝える た。四角氏は,その理由を考え続けたが,自 ようにしています」 分なりに1つの答えにたどり着いた。 「それはアーティストの問題というよりも, 自分の言葉で伝えるための“メモ” プロデュース側の問題だと思ったんです。営 業が売りたくなるような販売促進策だったり, 四角氏は筋金入りの“メモ魔”だ。思うこ ユーザーが聴きたくなるような心に響くマー と,感じたことを日記のようにメモし始めた ケティングは,どうすればできるのか。それ のが,中学1年生のとき。以来,その習慣は は,プロデューサーが自分の言葉で伝えてい 2 7年にも及ぶ。 るかどうかだということに気づいたんです。 四角氏がプロデュースする絢香の新曲が発 一般論も,アカデミックな用語も必要ない, 売された翌日,CD ショップの視察に同行さ 自分の考えを,熱意を持って伝えること。こ せていただいた。四角氏は絢香の新曲が売り れしかないと思いました」 出されているコーナーや,気になったアーテ ケミストリーの担当になった2 0 0 1年に,そ ィスト,参考になりそうな売り場をくまなく れまでのメモをすべて整理して,ケミストリ チェックする。そして店外に出て,感じたこ ーのプロデュースに自分の考えと言葉を当て とをメモにとる。 はめてみた。なぜこの方向性なのか,なぜこ 4 企業診断ニュース 2 0 0 9. 1 1 第1章 心で感じて,心で伝える の販促策をとるのか,1つひとつを自分の体 こうして,遊びの範疇を超える世界がみえて 験談や感じたことを交えながら,関係者の腹 きた。 に落としていく。その想いは関係者だけでな フライフィッシング&アウトドアエキスパ くユーザーの心にまで届き,ケミストリーの ートとして業界でも有名となりつつあった頃 ファーストアルバムは3 2 0万枚のセールスを から,本業のほうにも大きな変化が訪れる。 記録した。 アーティストと一緒に“純粋にいい音楽をつ くる”という選択肢を迷いもなく選べるよう 自然に入り,自然とつながる になったのだ。ピュアな方法,ピュアな仕事 のやり方を選んでいたら,周りから,人間と 順風満帆にみえる四角氏のキャリアだが, して「こいつは違う」と信頼されるようにな ってきた。 2 0代の頃は挫折の連続だった。 昔から都会が苦手だった。北海道で教師に 実はこの業界は,才能のあるアーティスト なることを夢見て,その前の社会勉強として についていれば,すごい額のお金が手に入る ソニーミュージックで会社勤めを始めたが, 世界だ。アーティストに寄生する人も多いと なかなか東京の水になじめない。 四角氏は語る。 「ショービジネスのど真ん中にいると,海 「私は自分の性格的に,寄生するタイプの 千山千の人もたくさんいます。だまし合いみ 人間には絶対にならないという自信はありま たいなところもあるし,大変なストレスでし した。でもそれを確実にするために,釣りと た。人間不信にもなり,原因不明の体調不良 アウトドアを極めようと本気になりました。 に苦しみました」 さらに言うと,教員免許も取得済みで,いざ 心のバランスを崩し,身体もボロボロにな となったら教師になればいいという覚悟もあ りかけていた四角氏を支えていたのは,仕事 りました。自分や家族の生活を守るために, とは真逆の世界である,“釣り”と“アウト 音楽の仕事でお金のために魂を売ったり,嘘 ドア”だった。 をついたりは絶対にしたくなかったので,教 「自然はだましませんからね」と四角氏は 員や,釣りとアウトドアという,違う世界の キャリアでの力をつけておきたかった。自分 言う。 都会の喧騒を避けるかのように,心を癒す が納得できないことがあれば,妥協せずにそ ために,1人で山や海などに通い詰める日々 こから去るという覚悟を持つ。本業だけで頑 が続いた。多いときは年に1 0回以上,北海道 張ろうと思っていたら,今の自分はなかった に行った。 と思っています」 「心のバランスを崩しそうになる前に,必 本業だけでなく,教職や,釣りとアウトド ず1人で自然に入り,自然とつながるように アという“マルチキャリア”が,四角氏の精 しました。疲れたら,対極にあるものと触れ 神的な支柱となったのだ。 ることで自分を保てることが,肌感覚でわか 子どものように感動できる心 りました」 純粋な気持ちで仕事に取り組むために 四角氏がプロデュースをする際に,必ず守 っていることがある。曲を聴くときは,まず 四角氏は釣りとアウトドアにのめり込んだ。 すると,雑誌やテレビなどにも出演するほど, 心で聴く,ということである。 「歌詞をみないで,目をつぶって心で聴き 腕が上がってきた。釣り具やアウトドアメー ます。何も考えずに無心になります。そのと カーからスポンサー契約のオファーも届いた。 きに何を感じるかです。胸が沸騰するとか, 企業診断ニュース 2 0 0 9. 1 1 5 特集 後頭部が熱くなるとか,鳥肌が立つとか,体 記録した作品を手がけてきたが,それは計算 に変化が現れてくるんですね。つまり,体と してできることではなく,結果でしかないと 心で感じることを大切にしています」 言う。そういう結果が出るのは,聴いていて 胸が熱くなるといった感情の部分が大きく, 続けて四角氏は,こう言った。 「 “人間が脳だけで考えるレベルなんてたか 理論やテクニックだけではないと断言する。 が知れている”というのが私の持論です。心 純粋にいいものを追求する姿勢が,結果的に で感じたり,心から伝えることのほうがスケ 人々の心を動かすということを,四角氏は知 ールが大きいと。頭で計算してやれることは っている。 限られていると思っています」 子どもの頃に楽しいと感じたときの,心と 全身から沸き立つような感情の高ぶりが,四 立場ではなく, 1人の人間として行動する 角氏が大事にする感情だ。 釣りたくて釣りたくてたまらなかった近所 プロデューサーとしてさまざまな関係者と の池の鯉を釣ったときの喜び。下校時に,と 一緒に仕事をしていて,四角氏が感じること んでもなく美しい夕焼けをみたときのゾクゾ がある。一緒に仕事をしていて“この人は素 ク感。“子ども心を忘れない気持ち”が四角 敵だな”と思う人は,頭がいいとか,器用だ 氏の原点だ。子どものように感じる心を忘れ とか,言葉がうまいとか,そういうことに秀 ないようにするために,定期的に自然の中に でているわけではない。尊敬できる人には, 入るようにしている。 “心”と“信念”がある。 感動できるかどうかを自分の基準にするよ うになってから,自然の中で味わえる喜びと それは,何かを“判断するとき”に顕著に 現れる。 仕事で得られる喜びが同じだと気づくように 「その人の立場ではなく,1人の人間とし なった。そして,2 0代では苦痛でしかなかっ てどう思い,どう発言し,どう行動できるか た自分の仕事も,だんだんと愛せるようにな です。たとえば,“私はレコード会社の一社 ってきたのである。 員なので,こういうことしかできないんで す”ということは絶対に言わない。本当にや 真のプロとは, プロではない人の心がわかる人 りたいことがあれば,その人の立場は関係な いんです。その人は,たまたまそこに属して いるだけですから。1人の人間として仕事を 感じることを大切にしている四角氏は,こ するうえで,会社や組織に縛られるのではな く,それを単なるインフラとして使うといっ う続ける。 「リスナーは,目の前で行われているパフ ォーマンスを論理的に分析しているのではな た意識で仕事をするぐらいのほうがいいと思 っています」 く,体で感じているんです。そういうリスナ もちろん,その行動があつれきを生むこと ーを相手にする以上,“感じる”ということ もある。でも,自分が心を開いて,本気の熱 を忘れてしまうと,仕事をしているようで, 意を持って伝えれば,共感してくれる人は必 やっていないことになるんですね。私はいま ず現れるし,一緒に行動してくれる人は出て だに自分のことをプロだと思っていません。 くると四角氏は言いきる。 リスナーはプロではありません。プロの耳で 聴いていいと思うものが,人々の心を動かす どんな人に対しても,自分の目線は1つ かというと,決してそうではないんです」 四角氏は過去に7つのミリオンセールスを 6 アーティストをプロデュースするうえで大 企業診断ニュース 2 0 0 9. 1 1 第1章 心で感じて,心で伝える 切なのは,自分より1 0∼2 0歳以上も若いアー 師を務めている。キャリアデザインやマーケ ティストと対等に,本気で対峙することだと ティング論,ブランディング哲学などを,自 四角氏は語る。 らの経験を通じて,独自の言葉で大学生に語 「音楽だけで人を感動させることができる りかけている。 のがアーティストです。それだけで世の中を 「大 学 生 に は,“や り た い こ と リ ス ト= 動かすことができるんです。学歴が高くて, DREAM リスト”をつくることを勧めていま いろんなことを身につけている人が世の中に す。私自身も,中学生の頃から実践していま 対して貢献しているかというと,そうとは限 す。TO DO リストではありません。TO DO らないし,成功するとも限らない。でも,1 0 リストは“やらなければならないことリス ∼2 0代で,まだ何のキャリアもないようなア ト”で,外的な理由から生まれます。“やり ーティストでも,歌声で人を感動させられる。 たいことリスト”は,内的な理由からつくる 上から目線では,そういった才能を見抜けな ものです」 い。年齢やキャリアがこうだから,この人は 生計を立てていくために TO DO リストを こんな人だろうと先入観を持ってしまうと, 追いかけることは必要である。しかし,“や 人の本質は見抜けない」 らなければならないこと”ばかり毎日追いか では,どこをみるのか。四角氏は目つきや 表情の雰囲気をみるという。何かを持ってい るアーティストは,表情がキラキラしている。 「人間力がある人,魅力的な人って,自分 自身と自分の役割をわかっていて,他人をう けていると,人生の大目的を見誤ってしまう。 その大目的である“やりたいことリスト= DREAM リスト”を行動に移すために,夢を 実現するために,プランニングを行う。 そして,“この人に会いたい”と思ったら, らやましいと思わない人ですよね。他人がど どうすれば会えるかを考える。“ここに行き う思おうと,自分がやっていることに満足し たい”と思ったら,どうすれば行けるかを考 ていたら,他人は関係ない。そして,その人 える。 が持ついちばんいいところをみつけて,伸ば 「具体的な行動計画に落とすと,時間が足 してあげることがプロデューサーの役割だと りないことに気づきます。その足りない時間 思っています。新人だろうがビッグになろう を最大限に活用するためには,優先順位を明 が,アーティストと同じ目線で対等でいるこ 確にして,その1つひとつに集中するしかな とは,自分の大切な価値観の1つですね」 いんです。集中しろって言われても,人間は 仕事で出会う素敵な人たちは,表面的なみ え方はまったく気にしないと言う。 楽しくないことには集中できないので,いか に自分を楽しくもっていくかですね。そうす 「子どもが友だちと付き合うときって,そ の人が好きかどうかだけですよね。親がどう ると,必然的に,感動できることをやるとい う原点に立ち戻れます」 とか,出身や格好がどうとか,全然関係ない んです。そういった子どものときの純粋な判 断が,人や作品をみるときには必要なのでは 1 0 0段跳びはできないが, 1段跳びなら誰でもできる ないでしょうか」 四角氏は,もともと自分の能力に期待して “TO DO リスト”ではなく, “やりたいことリスト”をつくる いないという。メモをとっているのも,記憶 力が悪いから。そのメモをコツコツ実践して いるのも,基本的に自分には実力がないから 四角氏は,教員免許を持っていることもあ り,マルチキャリアの一貫として,大学で講 だと言う。 「小学校のときはまったく勉強机に座りま 企業診断ニュース 2 0 0 9. 1 1 7 特集 せんでした。中学校に入り勉強をしないとい が,自分の本当の表現活動が始まる,本番が けなくなったとき,どうすれば自分を勉強机 始まると思っています。つまり,まだ始まっ に向かわせられるかを考えました。まずは勉 ていないんですね。だから,自分はまだまだ 強を始める前に,勉強机で3 0分間はマンガを だと思う意識が強いんです」 読むことから始めました。初めは,マンガに 夢中になって3 0分で終わらないことが多かっ たですが(笑) 。でも,それを毎日続けてい ると,だんだんと勉強机に向かえるようにな り,少しずつ勉強をするようになりました (笑) 」 1 0 0段跳びはできないが,1段跳びなら誰 でもできる。ということは,大目標が1 0 0段 先にあっても,1 0 0回跳べば目標にたどり着 ける。その1段ずつを確実に跳ぶことが,や りたいことをやり遂げる自分なりの方法だと, 四角氏は語る。 そして,その目標を達成するための手段と しては,徹底的に見本をみつけることを実践 している。 「その1 0 0段先のゴールに向かうために,で きる人のやることを真似ることで,いろんな ことを吸収して自分のものにする。それがい ちばんの近道だと思っています」 人生の最終目標は“親父になること” では,その人生のゴールをどこに置いてい るのか。四角氏は人生のゴールを,“親父に 四角 大輔(よすみ だいすけ) 1 9 7 0年生まれ。㈱ ワーナーミュージック・ ジャパン部長。ソニーミュージック時代に平 井堅,ケミストリーらを担当。1 0/5付最新チ ャートでは,現在手が け る 絢 香 と Superfly が1位&3位と大活躍。フライフィッシング やアウトドアにワイフワークとして取り組み, 大学講師も務める。 なること”に置いている。 「自分が親父になったら子どもにこういう ことを伝えようって,昔から思っていました。 私の最終的なアウトプット目標は,“親父に なる”こと。親父という職業に就くというこ とです」 それまでのすべての経験は,インプットに すぎないと位置づける。たとえば,音楽の仕 事での成功体験や,釣りもアウトドアも大学 の講師も,すべて親父として子どもに表現す るためのインプット作業であるという感覚だ。 「親父というのは,経験していることがす べて活かせて,永遠に続く,という高尚で特 別な職業だと思うんです。親父になってから 8 堀切 研一(ほりきり けんいち) 1 9 7 2年生まれ。獨協大学外国語学部を卒業後,食品メー カー勤務。営業,マーケティング,新規事業開発に従事 する。2 0 0 8年中小企業診断士登録後,2 0 0 9年1月堀切経 営コンサルティング事務所を設立し独立。主に障がい者 福祉施設の支援やマーケティング分野を中心に活動中。 企業診断ニュース 2 0 0 9. 1 1