...

異文化理解を目指したインターアクション教育に関する

by user

on
Category: Documents
5

views

Report

Comments

Transcript

異文化理解を目指したインターアクション教育に関する
東京外国語大学
留学生日本語教育センター論集 38 : 23 ~ 38, 2012
異文化理解を目指したインターアクション教育に関する一考察
-遠隔授業での相互作用に着目して-
藤森 弘子
【キーワード】 異文化理解、インターアクション教育、日本事情教育、遠隔授業
1. はじめに
外国語・第二言語教育において、
「言語」と「文化」は大きな二本の柱であると
いえる。しかし、両者をバランスよく統合した授業の構築はなかなか難しい。一般
的に、言語学習というとどうしても言語の構造の習得に傾きがちで、余裕があれば
文化理解のための知識を得るということが多いと思われる。本取組では、言語と文
化両方の習得を目指した教育を、
「異文化コミュニケーション教育」として捉え、
タイと日本の大学を web 会議システムで結び、タイ語が母語で外国語として日本
語を学ぶタイ人学生1(TS)と、日本語が母語で外国語としてタイ語を学ぶ日本人
学生(JS)とで遠隔授業を試みた。そして両者間のやりとりを相互作用として捉え、
各々どのように自己の母語と学習言語を捉えているか、またそれをどのように伝え
合うかといった過程を考察し、互いの発話がどのように関連しあい、気づきや学び
が生まれたかを探ることを目的とする。
2. 研究の背景
2-1 上級日本語教材の開発
東京外国語大学留学生日本語教育センター(以後、センター)では上級の日本語教
材として、
『日本事情テキストバンク』
(2003)を開発した。これは社会学・言語
学・教育学・文学・経済学・数学・物理学・生物学等の分野の専門家 54 名に執筆
を依頼して、留学生のために書き下ろしていただいたものを日本語教育用に編集し
たものである。全部で 228 ユニット2のテキストが CD-ROM に搭載されている。
内容としては、各専門分野の入門的内容・筆者の異文化体験の語り・異文化理解教
育/日本事情教育の指導法などに分かれる。概念としては、①学習者の多文化理解
1
2
海外で外国語として学ぶ日本語を JFL(Japanese as a Foreign Language)
、日本国内で第二言語
として学ぶ日本語を JSL(Japanese as a Second Language)という。
最短時間 1 コマ(90 分)で学習できる単位を 1 ユニットとした。そのうち、本取組で扱っている
ような読解タイプのテキストは全部で 142 ユニットで、
各々語彙リスト・関連資料が付いている。
- 23 -
支援、②日本に関する知識の提供と相対化、という大きく2つの枠組みがある。①
については、すでに実践された「日本事情」
「多文化理解」
「異文化コミュニケーシ
ョン」等の授業で取り入れられている学生間のインターアクションを通じた個の確
立への試みを教材としたもの、また②については、日本人の研究者だけでなく、外
国人研究者3の視点から捉えた相対的な日本文化の姿が描かれている。
このように、新たな視点をもった教材ではあるが、問題点が 2 点ほど出てきた。
第 1 点目は、CD-ROM 教材ということで、コンピュータのバージョンが変わると
使えなくなるといった不便な点が出てきたことである。そこで、本センターの e
ラーニング教材開発プロジェクトチーム4では、コンテンツはそのままで、web 教
材としてより広く、
多くの人に利用してもらえるよう工夫することを考えるように
なった。
第 2 点目は、教材の扱い方である。テキストバンクのうち、読解テキストタイ
プのユニットの扱いがいわゆる伝統的な内容理解を主とした読解作業で終わって
しまい、もともとの理念である「個の文化」の発見や「複眼的思考と体験を通した
視点の相対化」といった実践まで行き着かないという悩みがあった。そのことにつ
いて、プロジェクトメンバーで話し合った結果、教師主導ではなく、
「真のインタ
ーアクション」つまり実際のやりとりを通して学習者が能動的に考え、意見を述べ
合い、対照比較による相対化や自己の体験と照合して内省するといった学習者主体
でかつ過程重視のアプローチをとることとした。
2-2 e ラーニング教材の開発
本学の日本語 e ラーニング教材「JPLANG」の開発は情報コラボレーションセ
ンターと本センターの共同開発として、2003 年度より始まった。初級教材・中級
教材開発へと進められ、今年度から上級教材の開発を開始することになった。
e ラーニング教材として上級教材の開発を進めるにあたり、チームでは前節の説
明にもあるように、先の『日本事情テキストバンク』を web 化しようということ
になった。
そこで、web を通して実際のやりとりができるように、
「遠隔授業」を考えた。
次に、
「お互いの言語文化の視点が語れる内容にしよう」ということで、日本事情
3
4
センターの修了生が国内外の大学において多数研究活動を続けている。
本センター教育研究開発プロジェクトとして、
「e ラーニングプロジェクト」が藤村知子・鈴木美
加・藤森弘子で進められている。また本遠隔授業は、科学研究費基盤研究 A「Ajax ログのラーニ
ングマイニングによる評価と web 会話ラボの研究開発」
(研究代表者:芝野耕司)の助成を得て
行われた。
- 24 -
テキストバンク教材を共有情報として扱い、同じインプットを受けた上で、意見交
換するというタスク型活動を取り入れることとした。
テキストバンクのユニットか
ら内容を検討した結果、ジェンダー研究の専門家であるアンドリュー・バーク氏の
「言語表現にみられるジェンダー:日本語の性差の視点から考える」というテキス
トが選ばれた。テキストの字数は約 1200 字である(稿末【資料 1】参照)
。これ
を選んだ理由は、ジェンダーとは社会的・文化的な性の有り様であり、文化によっ
てその現象が異なるため、海外と遠隔授業をするにはふさわしいテーマなのではな
いかと判断したためである。また、自己の体験・経験を語ることが「個の文化」の
発信と受容を促すのではないかと考え、授業設計に取り入れることとし、全体とし
ては、事前タスクの課題遂行→遠隔授業→事後タスクの課題遂行という手順で行わ
れた。
3. 先行研究
ここでまず「コミュニケーション能力」と「インターアクション能力」の関係を
確認しておきたい。いずれも幅広い分野で用いられている用語であり、意味する範
囲も広い。本稿では、ネウストプニー(1995)の定義を用いる。ネウストプニーは「コ
ミュニケーション能力は言語能力より広いが、インターアクション能力より狭いカ
テゴリーである」
(1995:52)としている。現実場面では、コミュニケーションの
ためにコミュニケーションをしているのではなく、実際の目標を目指して我々は行
動をしている。従って、日本語教育の目標は、社会文化的な行動をも含む「インタ
ーアクション教育」までを範囲とするべきであると指摘している。つまり、教室内
でのコミュニケーション活動だけでなく、
日本語母語話者と日本語学習者が接触す
る実際の場面での真のやりとりまでを第二言語教育に取り入れることが望ましい
ということである。具体的な方法としては、擬似的なコミュニケーション練習だけ
でなく、例えばビジターセッションのように日本人宅を訪問する機会を設けるなど、
シラバスの中にできるだけインターアクション場面を取り込むようにするのであ
る。本取組ではタイと日本の大学を結んだ遠隔授業という形態で、母語話者と非母
語話者が実際のインターアクションを体験する。
次にこれまでのインターアクション教育の実践事例を以下に紹介する。権藤・平
川(2010)では、留学生5(CS)の日本語クラスと日本人の中国語クラス(JS)
の「日中合同授業」を試みている。その結果、CS と JS が同等の立場に立ち、各々
5
殆どが中国人である。
- 25 -
が自らの母語を教えるという体験をとおして「互いに気づき、学びあう」姿勢が生
まれたとしている。日本の大学には多くの留学生がいるが、同じキャンパスにいて
も接触する機会があまりない場合が多く、大学生活において「人的ネットワーク作
りのための日本語能力」を身に付けることが重要であると述べている。
佐藤・鄭(2010)は、韓国人日本語学習者(K)と日本人韓国語学習者(J)が
日本のマンガを翻訳するという作業を SNS 上で協働で行うという取組みをしてい
る。その結果、
「オンライン日韓両言語相互学習システム」を用いた協働翻訳活動
では、文法に関する内省にとどまらず、様々な手段で得た社会文化的知識も訳語選
択の基準になっており、学習者それぞれの言語能力が十分に発揮された上に両者が
効果的に学習しあう様子が観察されたと指摘している。
徳井(1997:209)は異文化理解教育としての日本事情教育の可能性について、
信州大学での日本人学生と留学生とのディベカッション(相互交流型討論)の実践
をとおして、
「日本事情は様々な形態、役割をもつと考えられるが、特に多文化ク
ラスの場合、クラスの討論の場そのものが異文化接触の場であり、異文化理解教育
としての可能性を十分にもっていると考えられる(下線部は筆者による)
。多文化
クラスの場での討論は「異文化コミュニケーション」の場であるだけに、コミュニ
ケーション・スタイルの違いからブレークダウンが起きたり、討論形態の差により
参加度が異なるなどの問題も生じやすい。しかしながら、同時に「異文化間コミュ
ニケーション能力向上の場」としても重要な役割を担っている。…」と相互交流型
授業の重要性を指摘している。
4. 遠隔授業の方法と内容
4-1 タスク活動の流れ
【図 1】は本タスクの活動の流れを示している。まず JPLANG の学習管理シス
テムを利用して、事前タスクとして2つの課題を配信した。事前タスク1では、
「言
語表現にみられるジェンダー」の本文内容6の理解がなされているかどうかをチェ
ックする質問7に答える方式で、事前タスク2は【表 1】の3つの課題について考
え、回答するものである。配信時には、本文テキストの語彙説明表も予め送った。
6
7
稿末資料1を参照のこと。
稿末資料 2 を参照のこと。
- 26 -
【図 1】本取組のタスクの流れ<事前→実践→事後>
藤森・鈴木・藤村(2011)ppt 資料より
2 つ目の事前タスクは【表 1】の3つの課題について、学習言語の知識と自己の
経験に基づいて内省し、回答するものである。
課題1:日本語の男女言葉の使い方の違い、タイ語の男女言葉の使い方の違いに
ついて
課題2:母語で話す場合、同性と話す時と異性と話す時とで使う言葉や話し方が
変わるか
課題3:言葉の使い方について、親や先生から注意されたことがあるか
【表 1】事前タスク2:学習言語・母語の知識及び自己の経験に基づいて語る
4-2 遠隔授業の概要
実施日程及び参加者は以下のとおりである。
(1) 日時:2011 年 1 月 17 日(月)11:30〜12:30、19 日(水)11:00〜11:308
(2) 場所:東京外国語大学留学生日本語教育センター棟小教室とタマサート大学
コンピュータ室
(3) 参加者:タマサート大学教養学部日本語学科 4 年生 5 名9
本学外国語学部タイ語専攻 大学院生1名 4 年生 2 名 2 年生 1 名
教員両大学合わせて 6 名 技師 1 名(日本側)
(4) 授業の目的:母語と学習言語における男女の言葉遣いの違いについて、学習
者自身の経験に基づいた発表と相手側との質疑応答により異文
化理解を深める。
8
9
当初は 17 日のみの予定であったが、2 回になってしまったのは、1 回目の後半に突然タマサート
大学のほうが停電になり、続行できなくなったため一旦中止し、残りの発表と質疑応答を 19 日に
行ったためである。
全員旧日本語能力試験2級取得者である。
- 27 -
4-3 事後タスク
遠隔授業で発表した内容と質疑応答で指摘されたことなどについて、日本語また
はタイ語で、JPLANG を通じて送信してもらうようにした10。回答は匿名とし、
以下の内容項目に答えてもらった。なお、下記の結果については、別稿に譲る。
①「言語表現に見られるジェンダー」のテキストは難しかったか。
② 授業を受ける前、遠隔授業に対してどんなことを期待していたか。
③ 遠隔授業は期待通りであったか。違った点があれば、それは何か。
④ タマサート大学と東京外国語大学を直接結ぶメリットは何か。
⑤ 音声はよく聞き取れたか。映像は問題なかったか。
⑥ 今後またこのような遠隔授業を行うとしたら、どんな話題でどのようにやれ
ばよいか。
⑦ その他感想・意見があれば入力すること。
5. 質疑応答部分で観察された相互作用
遠隔授業では、
〔表1〕の課題1・2・3ごとに、TS・NS 順に発表してもらい、
その後質疑応答を行った。そして、タイ人学生(TS1~TS5)と日本人学生(NS1
~NS4)及び司会(F)とタイ側の教員(TM)による全発話 201 を全て録画した
もの(79 分)とそれを文字化したものを考察対象とした。考察の結果、各課題発
表に続く質疑応答部分で、個の文化からの発信というべき語りや母語話者としての
語感やニュアンスを説明しようとしているやりとりが観察された。タイ語で発話さ
れている箇所はタイ語文字で表記し、その邦訳と読み方を(
)内に記す。なお、
会話データの文字化は西阪他(2008)を参考にした。
(×××)は聞き取り不能箇
所を示す。
5-1 内容確認質問
課題1について TS5(女性)は、日本語では1人称「私・僕・あたし・わし」
や笑い方などからも丁寧さと性別がわかると指摘している。そのあと、
「食べる」
という言葉について男性は「食う」と言った言葉があり、
「おいしい・うまい」の
使用についても、
「うまい」は男性のほうがよく使うと説明している。最近タイ語
では、男性の使用するぞんざいな言い方を女性も使うことがあると述べ、自分が日
本に来て、ホストファミリーに「うまい」と使ったときに「女の子だからうまいと
10
藤村知子教員が手配し、集計まで行った。
- 28 -
言わないで」と言われたエピソードを述べている。以下はそれに対して、NS4(男
性)が TS5 に質問している場面である。F は司会者役の日本人教員である。左側
の数字は発話番号である。
86 F:TS5 さん、質問します.
87 TS5:はい。
88 NS4:えっと,タイ語の,
89 TS5:はい.
90 NS4:
「食う」っていう言葉: แดก(デーク(食う)
)
91 TS5:=は[い
92 NS4:
[という言葉は, 男性も女性も使う. 男性だけですか?
93 TS5:はい.でも,女性も言いますが,あまり,丁寧な言葉ではない.
94 NS4:(××)
95 TS5:はい.例えば私に::
96 NS4:(×××)
97 TS5:はい? あ,例えば私も言う場合もあります.友だち,親しい友だちと一緒
にいると,いつもくだけた,普通の言葉で:言っています.女の子と一緒に
いても::よく言っています. でも 親しくない友だちとか, 先生と話すと,
全然言わない, 絶対言いません.
98 NS4:(3.0)わかりました. ありがとうございました.
音声機器の状態が悪く、お互いによく聞き取れず、91,93,95,97 で「はい」を繰
り返している。98 の NS4 の応答も音声が届くのに時間がかかるからか、遅くなっ
てしまっており、直接対面の会話ではあまりみられないポーズや重なりがみられた。
92 と 93 の間には音声だけでは殆ど聞き取れないが、タイ側の映像をみると、TS5
に対して両隣の学生が小声で話しかけているのが観察された。ここでは一人一人の
課題発表ではあるが、協力し合っている様子が窺える。タイ語の「食う」に相当す
る表現については、NS4 が「食う」の一般的な言語使用について質問しているの
に対して、95,97 で TS5 は「例えば」という表現を出して、一般化ではない、自
分の場合についての説明としている。
- 29 -
5-2 NS の考えるタイ語での表現が適切かどうかという質問
課題1について、発表者である NS3 が日本語ではフォーマルな表現ほど男女言
葉の差異がなくなり、親しい関係ほど男女言葉の差異がみられるようになるが、タ
イ語では逆であると説明している。以下はその具体例をあげているときに、タイ語
では、親しい相手にいう表現はこれでいいかどうかといった確認質問をしていると
ころである。
100 NS3:……例えば, お父さんの職業が弁護士であることを人に伝える場合,日
本語の場合,
相手が大学教授のとき,
男女ともに
「私の父は弁護士です」
と言います.しかし,相手が仲のよい友だちの場合,男の人は「おれの
親父,弁護士なんだぜ」と言います.女性の場合「私のお父さん,弁護
士なの」と言います.一方,タイ語の場合は,相手が大学の教授の場合,
คุณพ่อผมเป็ นทนายความครับ( 私 の お 父 さ ん は 弁 護 士 で す ), 女 性 の 場 合 、
คุณพ่อดิฉนั เป็ นทนายความค่ะ(私のお父さんは弁護士です)
,また相手が,仲のいい
友だちの場合,พ่อกูเป็ นทนายนะโว้ย(俺(女性も可)の親父は弁護士なんだぜ)
[//って言いますか?
101 TS5
[hhh:はい.
102 NS3:以上です.
103 F:はい.ありがとうございました.今の発表について,タマサート大学のほうか
ら質問があればお願いします.
104 TS2:はい,さっきの最後の言葉なんですけど:
105 TS2:えっとー, 最後は, と:พ่อกูเป็ นทนายนะโว้ย(俺(女性も可)の親父は弁護士な
んだぜ)は,ええと,間違っているわけ:ではありませんが,えっ[と:
106 NS3:
[はい=
107 TS2:普通に「私の:親父が弁護士,弁護士だ:」と,タイ語で,えっと通訳した
ら,พ่อกูเป็ นทนาย(俺の親父は弁護士だ)(.)で終わってもい[いです.
108 NS3:
[はい/
109 TS2:でも,もし,情報:相手に情報を伝えたいときは,<พ่อกูเป็ นทนายนะโว้ย(俺(女性
も可)の親父は弁護士なんだぜ)>[と言います//.
110 NS3:
[はい// hhh わかり-
111 TS2:はい.またちょっと,もっと強い感じします(.)
- 30 -
112 NS3:はい//
113 TS2:ちょっと,ちょっと偉そうな言葉で:,>なんか<,「おれの親父が誰か知っ
てる?弁護士だよ」とか(.)みたいな感じですね.はい.それです//それだけ
です.
ここでは NS3 の相づち「はい」による会話の重なりがみられた。相手がよく説
明していることを理解したということを明示したいためか、106,108,110,112 のよ
うに頻繁に発している。また、両大学側から「笑い」もよく聞かれた。
5-3 一般的な知識と実際の使用とにずれがある事例に対する質問
タイ語母語話者である TS2 が応答の中で母語使用の内省から修正説明を行って
いる。以下は TS2 が課題1の発表をし、そのあとに NS3 が自分がタイに留学した
時の経験と比較して質問している場面である。
123 TS2:…だから,ええと,男女は,普通は,例えば「チョーうまい」とかも言うでは
ないかと思います. 女の子だったら「とってもおいしい」と言います.
タイ語でも「チョーうまい」だったら、โคตรอร่ อย(コートアロイ(超うま
い)
)と言います。ええと:女性だったら อร่ อยมาก(アロイマーク(とても
おいしい)
)と言います。ええと発表は以上です. ありがとうございま
す.
124 F:はい,ありがとうございました:: TS2 さん. 今のご発表について,日本人の
学生のほうから質問ありますか?
125 NS3:
(×××)はい.
126 TS2:はい, お願いします.
127 NS3:はい. なんか,私が前タイに留学したときに, 男の子も女の子も、โคตรอร่ อย
(コートアロイ(超うまい)
)とか, โคตรหล่อ(コートロー(超イケメン)
)
と言ったんですけど, 女の子は使わないですか?
128 TS2:ええと,本当に親しい人だったら使います.でも,えっと:さっきは:さっき
の言うとおりに, โคตร(コート(超、すごく)
)という言葉は, あんまり
丁寧ではないので, なんか, フォーマルなときなどは絶対使いません.
129 F:
(3.0)はい.はい,ありがとうございました.
130 TS2:はい.
- 31 -
131 F:わかりました? 使い方が132 NS3:はい.
NS3 は自分がタイに留学していたときに、タイの学生たちが男女とも日本語の
「チョー」にあたる表現をよく使っていたことについて、127 で「女の子は使わな
いですか」という質問形式で尋ねている。これは前の発話で、TS5 が日本に留学
した時に「うまい」を使ったら、女の子は使わないほうがいいと言われたことを受
けてタイ語でも女の子は使わないほうが良いと思われているかどうかを確認しよ
うとしたものと思われる。
5-4 相手の理解をスムーズにするためのコードスイッチング
以下は、課題 2 についての発表者 NS4 が母語の日本語で話す時、相手が男の後
輩と女の後輩とで言い方を変える事例に対して、TS4 がなぜ男は男の後輩と話す
時は堅い言葉を使うのかと質問し、
それに対して NS4 が説明している部分である。
152 NS4:…例えば,ぼくがトイレに行きたいとします(2.0) それで, 相手が男の人
だった場合, 男の友だちで, ぼくが ปวดฉี่ (トイレに行きたい)だったと
します.
トイレに行きたかったときに,ぼくは,「ちょっとトイレ行ってくる」(.)
と言います,男の人に対しては. それが, もし女の人だったとき, ぼく
は、
「ちょっとお手洗いに行ってきます」って言います. それは,「トイ
レ」っていう言葉を(1.0) 男性が女性に対して使うのは, 多分少し:失礼
って, あまり丁寧じゃないなと思ってそうします(2.0) はい. それで,そ
の,さっき,その,相手が男か女か以外に, 相手の年齢によっても違うと
いう話がありましたが, ぼくの,ぼくの場合は,ぼくの場合はというか,
ぼくが考えていたのは,(×××).後輩が自分と同じ性別だったときの
ほうが, つまり, ぼくの後輩が男だったときのほうが, 言葉が硬くなっ
ていると思いました(1.0)で, ぼくの後輩が女の子のときのほうが, 言
葉が軟らかくなっているような気がします. はい. わかりましたか?
わからなかったらタイ語でしゃべります。
153 F:はい, タイ語でもいいですよ. 質問はタイ語でもいいです(3.0) 今, NS4
さんの発表について質問ある方どうぞ。
- 32 -
154 TS4:どうして, 男は, 男の後輩と話すときは硬い言葉を使いますか?
155 NS4:どう[して?
156 TS4:
[女の子の後輩より.
157 NS4:なんとなくなんですけど, これはぼくの意見です. ぼくの意見なんです
けど, 男性は(1) 自分のほうが相手より強いっていうことを出したがる
んです. わかりますか?つまり,その(××)ぼくは ภาษาไทยนะ ได้ไหมครับ(タイ語
で い い で す か ? )
ถ้ามีรุ่นน้องผูช้ าย รุ่ นใหญ่ๆอย่างผมนะครับ อยากให้มีบารมีครับ
อยากให้รุ่นน้องเขานับถือผม(もし男性の後輩がいたら、僕のような上の年代の人
間は、
威厳を出したいんです。
その後輩に尊敬してほしいんです。
)
(hhh)
158 TS4:はい,わかりました..
NS4 の発話にはタイ人学生への配慮がもっともよくみられた。まず、152 では
点線部分のように「失礼」と「丁寧ではない」と同義の表現を並べて言い換えてい
る。そして、157 では、個人的な意見であると断ってから、
「わかりますか」と説
明の途中で確認発話が発せられ、その後、
「威厳を出す」
「後輩に尊敬して欲しい」
といった微妙なニュアンスを述べる部分の表現を、聞き取りが難しいのではないか
と察して、タイ語へコードスイッチングしている。タイ語で話したほうがよく伝わ
るだろうという相手への配慮からではないかと思われる。その結果、157 の最後の
発話部分に対して、タイの学生たちは少し笑い声をまじえて、納得したというふう
に首を縦に振っていた。NS4 はタイ語を使うことにより、TS4 や他のタイの学生
に対して、相手が年下の男性か女性かによって、微妙に表現を変えるという言語行
動の説明を、より相手にスムーズに理解を促すためにストラテジックに使ったと思
われる。
6. まとめ
タイと日本を結んだ遠隔授業を試みた結果、
相手と意思疎通をスムーズに行うた
めに、コードスイッチングを行ったり、相手にとってより理解しやすい表現に言い
換えたりしていることがわかった。また、自己の体験や考えを述べる際には、
「例
えば」
(タイ人学生)とか、
「僕の意見ですけど」
(日本人学生)と前置きしてから、
質疑応答の答えの部分を述べている。これらのことから遠隔授業の場が、相互理解
に向けたやり取りの場となり、各々の「個の文化」と接触することによって、
「こ
とば」の意味が「文化」の意味として理解されていく過程が観察された。
- 33 -
感情を伝えるという点では、直接対面コミュニケーションが最も有効な手段であ
るかもしれないが、現在のようなグローバル化時代には、対面以外のコミュニケー
ション方法がますます増えるのではないかと思われる。インターネットや携帯メー
ル等を利用してブログや掲示板などバーチャルな空間でもコミュニケーションが
自由に楽しめるし、
授業形態においても今回の試みのような遠隔授業は増えていく
ものと思われる。
一般に、上級の口頭発表能力を伸ばす授業ではプレゼンテーションの指導といっ
た「技能重視」型が主であることが多いが、保坂(2011)は、インターアクショ
ンをとおしての討論能力の養成が必要だとし、学びを社会的構成主義の視点でみる
と、他者とのやりとりをとおして再構成されるものであるとし、
「内容重視」から
「対話重視」型へと授業設計の転換を図ることを提言している。藤森(2009、2011)
の授業実践報告にもあるように、技能・内容重視を維持しつつ、対話重視を図って
いきたいと考える。
また、今回は音声の聞き取りが非常に悪く、機械の不具合の問題が大きかった。
音声がもっと明瞭であったならば、よりスムーズなやりとりが行われていたであろ
うと思われると残念でならない。今後はハード面の改善も課題として取り組んでい
きたい。
謝辞:タマサート大学教養学部日本語学科准教授のタサニー・メーターピスィット
氏には事前準備・当日の運営・タイ語翻訳など多岐にわたってお世話になっ
た。
本学大学院総合国際学研究科博士前期課程の福冨渉氏にはタイ語の文字
化及び翻訳をお願いした。また遠隔授業当日、電気通信大学大学院博士後期
課程のナッタポン・キットスワン氏には技師として、タイ語母語話者として
もお世話になった。ここに記して感謝申し上げます。
- 34 -
参考文献
柏崎雅世・藤森弘子・藤村知子・鈴木美加・尾方理恵(2002)
「
『日本事情』テキ
ストバンクの作成―新しい日本事情授業構築の模索―」
『日本語教育学会秋季
大会予稿集』日本語教育学会 92-97
権藤早千葉・平川彩子(2010)
「留学生の日本語クラスと日本人の中国語クラスと
の合同授業の試み」
『日本語教育方法研究会誌』Vol.17 No.2 18-19
佐藤恵理・鄭惠先(2010)
「
「オンライン日韓両言語相互学習システム」における
協働翻訳活動の効果」
『日本語教育方法研究会誌』Vol.17 No.2 36-37
田崎敦子(2009)
「英語で研究活動を行う留学生に対する日本語教育の必要性―英
語から日本語へのコードスイッチングの働きから―」
『社会言語科学』第 12
巻第 1 号 80-92
タサニー・メーターピスィット・鈴木美加(2011)
「上級レベルでの活用―タマサ
ート大学と本学を結んだ遠隔授業の試み」
『東京外国語大学国際シンポジウム
日本語のレベルに応じた e ラーニング JPLANG の活用』配布資料
徳井厚子(1997)
「異文化理解教育としての日本事情の可能性―多文化クラスにお
ける「ディベカッション」
(相互交流型討論)の試み―」
『日本語教育』92 号
日本語教育学会 200-211
西阪仰・串田秀也・熊谷智子(2008)
「特集「相互行為における言語使用:会話デ
ータを用いた研究」について」
『社会言語科学』第 10 巻第 2 号社会言語科学
会 13-15
J.V.ネウストプニー(1995)
『新しい日本語教育のために』大修館書店
蜂須賀真希子(2010)
「交流型日本語教室における日本語母語話者のスキャフォー
ルディングの実態」
『日本語教育方法研究会誌』Vol.17 No.2 24-25
藤森弘子・鈴木美加・藤村知子(2011)
「異文化コミュニケーションを意識した教
育―タイと日本の大学生をつなぐ遠隔授業の試み―」
『異文化コミュニケーシ
ョンのための日本語教育①』高等教育出版社 224-225
藤森弘子(2009)
「ディスカッション場面の相互行為分析―中級口頭表現クラスの
観察を通して―」
『日本語教育学研究への展望』ひつじ書房 319-334
保坂敏子(2011)
「対話の促進を重視した発表・討論の授業デザイン」
『日本語教
育方法研究会誌』Vol.18 No.1 日本語教育方法研究会 68-69
- 35 -
文字化の記号
本スクリプト文字化に当たり、
会話分析研究者の西阪仰氏の文字化原則を参考に
した。
[ ] 重なり
= 発話と発話が密着していることを示す。
(
)聞き取り困難な箇所
( )沈黙・間合い 0.2 秒ごとに( )内に示す。0.2 秒以下の場合は(.)
:: 音声の引き延ばし
‐言葉の途切れ
h 呼気音による笑い
.h 吸気音による笑い
下線 音の強さ
., 音調の下がり
?上昇音調
> < 発話のスピードが目立っておそい早い
< >発話のスピードが目立って遅い
【資料1】事前タスク 1 読解文
言語表現に見られるジェンダー:日本語の性差の視点から考える
アンドリュー J. バーク
ユニット4
日本語に隠れているジェンダー品詞の使用頻度の差
英語より日本語の男女差のほうがはっきりしていると言われているが、日本語の
男女差はベトナムのチャム語(Cham)やシベリアのチュックチ語(Chuckchee)に見
られるような絶対的な違いとは言えない。むしろ、英語のように頻度的に現れるも
のが多い。又、頻度の差の大きいものに注目してしまうので、見落とされるものも
多いと考えられる。一つの例として、終助詞「ヨ」と「ネ」の使用を考察してみよ
う。
現代日本語の「ヨ」と「ネ」は、男女両方ともの発話によく現れるので、その意
味では「ゼ」や「ワ↗」のようにはっきりと話者のジェンダーを示さないが、内田
(1997)の研究によると話者の性によって、この両終助詞の使用の頻度が異なるとい
う。ヨは女性の発話より男性の発話によく使われ(81%対 19%)
、ネは男女同じぐ
- 36 -
らいの頻度で使われる(57%対 43%)という差が出ている。その原因について内田
は何も述べていないが、Barke (2001)では、原因を明らかにするためにヨとネの機
能を考察した。
ヨは、軽い主張や強調を示し、相手が知らないことに注意を向けさせる働きをす
るとされている。しかし、ネは、発話の直接性を弱くする効果があり、話者と聞き
手の間の感情的共通点を示すというものでもある。興味深いことに、英語では、ヨ
とネに似た機能を持つブースター(発話の力を強調・強くする表現)とヘッジャー
(発話の直接性や力を弱くする表現)の使用にも、男女の差が見られると言われて
いる。Holmes (1995)は、発話に見られる男女の差は、会話の動機の違いを反映し
ていると提案し、Barke (2001)も、日本語の男女の差に関しても同じ考えを前提と
する。この考えでは、女性は、会話参加者の間の相互依存を意識し、相手との関係
維持に関心をもつが、
男性は、
言語を情報交換の道具として使う傾向が強いとする。
Barke (2001)の研究では、データを自然な会話から取り、大学の同級生の女性の
みのグループ、男性のみのグループ、男女2人ずつのグループの会話をそれぞれ分
析した。結果として、英語のブースターとヘッジャーにおける男女差と同じような
男女差が、日本語のヨとネの使用にも現われ、Holmes (1995)の主張する会話進行
の動機付けの性差が、日本語にも見ることができた。
更に、グループ別にデータを比較したところ、グループの種類によって使用のパ
ターンが異なるという結果も見られた。異性のグループの会話では、男性がヨをよ
り多く使用し、女性がネを多く使うパターンが見られたのに対して、同性のグルー
プの会話では逆のパターンが現れ、女性がヨをより多く使い、男性が女性よりネを
多く使用したことがわかった。
このようにグループの種類によって異なる結果が出
た理由として、異性の前では、性に典型的な行動を示すことが期待されているとい
う圧力を感じるのではないかということが考えられる。
このようにことばは、話者の性だけでなく、同時に聞き手の性などにも影響され
ることがわかる。 (1,156 文字)
(留学生日本語教育センター編『日本事情テキストバンク』(2003)より抜粋)
- 37 -
【資料2】事前タスク1質問
http://jplang.tufs.ac.jp 画面より
- 38 -
Fly UP