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口渇,多飲,多尿を主訴に来院した症例

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口渇,多飲,多尿を主訴に来院した症例
口渇,多飲,多尿を主訴に来院した症例
川崎医科大学
2004 年 8 月 10 日
糖尿病内分泌内科
小原 直樹,西 理子,野村 佳克
指導医:松木道裕
【症例】52 歳
女性
【主訴】口渇,多飲,多尿
【現病歴】2004 年 6 月 10 日頃から突然口渇感が出現し,多飲,多尿をきたすようになっ
た。特に夜間に症状が強いため眠れなくなった。1 日の飲水量は約6L,夜間飲水量は 1 回
約 500ml で4回ほどであった。近医を受診し,口渇,多飲,多尿の精査が必要といわれ,6
月 21 日当科に紹介された。当科外来受診時の検査で血清 Na 149 mEq/L,血液浸透圧 295
mOsm/kg,尿浸透圧 139 mOsm/kg,尿比重 1.003 であり,7 月 2 日入院となった。
【嗜好】特記すべきことなし
【既往歴】35 歳
慢性中耳炎
【家族歴】父が胆管癌で死亡
【入院時身体所見】Height 155cm,Weight 54kg (BMI 22.5kg/m2), BP 130/74 mmHg, PR
78/min, regular, BT 36.6 ℃ .
Conjunctiva: not anemic, not icteric, pupils:isocoric,
Hemianopsia:rt. lower lateral(1/4 hemianopsia), nystagmus(-), ocular movement:n.p.,
Neck: LN swelling(-), goiter(-), Lung: breath sound normal, Heart: rhythm regular, no
murmur, Galactorrhea(+),
Abdomen: soft and flat, bowel sound normal, no tenderness,
pretibial edema (-), Tendon reflex : not diminished, no laterality.
【検査所見】
≪CBC≫ WBC 3800/μl (Neutro 40.9, Eos 1.8, Baso 1.3, Mono 4.7, Lymph 51.3%), RBC
432×104/µl, Hb 13.0g/dl, Ht 39.6%, Plt.22.2×104/µl.
≪Biochemical screening≫ TP 7.7 g/dl, Alb 4.7 g/dl, Glb 3.0 g/dl, T-bil 0.4 mg/dl, AlP 164
U/l, γ-GTP 12 U/l, LDH 261 U/l, ChE 323 U/l, ALT 21 U/l, AST 17 U/l, Crn 0.63 mg/dl,
BUN 7 mg/dl, UA 4.1 mg/dl, Amy 45 U/l, CRP 0.03 mg/dl, Na 148 mEq/l, K 4.5 mEq/l, Cl
110 mEq/L, P 3.7 mg/dl, Ca 9.5 mg/dl, Mg 2.2 mg/dl, 血漿浸透圧 295 mOsm/kg, TG 62
mg/dl, T-chol 241 mg/dl, HDL-chol 61 mg/dl, LDL-chol 167.6 mg/dl
FPG 100 mg/dl,
HbA1C 5.0%
≪Urinalysis≫ 尿 Na 21mEq/L, 尿 K 14mEq/L, 尿 Cl 30mEq/L, 尿浸透圧 139mOsm/kg
尿蛋白(-), 尿糖(-), 尿ケトン(-), 尿比重 1.003
Chest & Abdomen X-P : n.p.
ECG: n.p.
Abdominal echography:肝 S2 に直径 16mm 大,S5 に直径 10mm 大の cystic lesion を認
めた。胆嚢頚部に約 4mm 大の polyp を認めた。右腎に軽度の腎盂拡張を認めた。
Abdominal CT:Liver cyst を認めた。
【Problem list】
#1. 口渇,多飲,多尿
#2. 低張尿(低比重尿,尿浸透圧低下)
#3. 血清 Na 高値
#4. 乳汁漏出
#5. 肝嚢胞
【#1~#3 の考察】
本症例では口渇,1 日6L以上の多飲と多尿を認めた。多尿を来たす疾患を表 1 に示す.
多尿を引き起こす状態としては水利尿と浸透圧利尿が考えられる。水利尿状態での随時尿
浸 透 圧 は 200mOsm/kg 以 下 の 低 張 尿 が 一 般 的 で あ る 。 一 方 浸 透 圧 利 尿 状 態 で は
280mOsm/kg を越える等~高張尿となる。来院時,低比重尿,低尿浸透圧であったことか
ら水利尿による多尿と考えた。水利尿をきたす一次的原因には多尿によるものと多飲によ
るものとに分類できる。入院時検査所見で血清 Na 上昇,血漿浸透圧が正常上限を示してい
たことから一次的原因として多飲は否定的であった。表 2 に示すような臨床所見の違いか
ら両者をある程度鑑別できるが,負荷試験を行なって慎重に診断する必要がある。本症例
では次に高張食塩水負荷試験と水制限試験(表3)を行なった。
【高張食塩水負荷テスト】
0(分)
30
60
90
312
120
150
323
323
血漿浸透圧(mOsm╱kg)
295
尿浸透圧(mOsm╱kg)
72
85
103
133
164
177
尿量(ml)
200
150
180
280
200
200
AVP(pg╱ml)
0.3
0.3
0.3
【水制限試験】
0(分)
血漿浸透圧(mOsm╱kg)
286
尿浸透圧(mOsm╱kg)
72
AVP(pg╱ml)
0.5
30
60
90
290
66
66
0.5
120
150
298
70
79
0.5
180
210
300
85
87
0.7
240
304
96
103
0.5
【5%NaCl 高張食塩水負荷試験,水制限試験,AVP 負荷試験の結果】
両試験において血漿浸透圧の上昇に伴い尿量の減少は認められず,尿浸透圧は軽度上昇
したが,尿浸透圧/血漿浸透圧比は1未満であったことから尿崩症が考えられた。血中 AVP
は 0.2pg/ml 以下と低値であったが,中枢性と腎性尿崩症の鑑別するために AVP 負荷試験を
行った。
【AVP 負荷試験】
0(分)
120
血漿浸透圧(mOsm╱kg)
282
282
尿浸透圧(mOsm╱kg)
155
601
AVP(pg╱ml)
<0.2
【AVP 負荷試験の結果と考察】
尿量の減少と尿浸透圧の上昇が認められ,中枢性尿崩症と診断した。次に中枢性尿崩症
の病因(表5)検索のため画像診断を行なった。本症例では右耳側下方の 1/4 半盲が認められ
たことから,特発性より視床下部・下垂体の器質的障害が病因として考えられた。
【視床下部・下垂体造影 MRI の結果】画像供覧
下垂体はびまん性に腫大し,明らかな mass lesion は指摘できなかった。下垂体茎の偏位
はないが,肥厚が認められた。下垂体と下垂体茎に造影効果を認めた。頭部矢状断の T1 強
調像では,健常人の場合,後葉は前葉に比べ high signal を示すが,本症例では後葉の high
signal は消失していた。他に明らかな異常は指摘できず,画像からはリンパ球性下垂体炎
が強く疑われた。
【下垂体前葉負荷検査】
GRH
TRH
CRH
LHRH
GH
PRL
TSH
ACTH
Cortisol
LH
FSH
ng/ml
ng/ml
µIU/ml
pg/ml
µg/dl
mlU/ml
mlU/ml
3.1
23.1
0.89
16.4
7.6
16.7
52.9
15 分
14.7
166
15.59
180
21.2
63.0
65.8
30 分
14.4
155
17.66
187
22.7
74.5
77.1
45 分
22.0
117
15.20
162
25.0
80.0
85.3
60 分
18.1
93.3
13.25
119
25.7
81.1
88.8
90 分
10.8
58.0
8.95
77.3
22.9
74.8
88.2
120 分
4.4
41.5
6.04
50.5
23.0
61.2
87.5
前
【免疫学的検査】RA<20 IU/ml, 抗核抗体 12.9 (-), 抗 TPO 抗体
<0.3 U/ml, 抗 Tg 抗体
<0.3 U/ml,抗 Sm 抗体 0.7 U/mL, 抗 SS-A 16.6 U/ml, 抗 SS-B <7.0 U/ml, 抗 Scl <70 U/ml
本症例では抗 SS-A 抗体が陽性であったことから自己免疫性疾患の関与があり,画像にお
ける下垂体異常の原因としてリンパ球性下垂体炎が最も考えられた。 #4. 乳汁漏出はリン
パ球性下垂体炎によって PRL 抑制因子(ドーパミン)が低下し,その結果生じた高 PRL 血症
(TRH に対しても過大反応)に起因するものと考えた。他の下垂体前葉ホルモンの分泌予備
能に異常はなく,ホルモン補充の必要はなかった。視野障害が認められることからリンパ
球性下垂体炎に対してはプレドニン 60 mg(1.2 mg╱kg 体重)の投与を開始した。開始2週間
後の下垂体 MRI では,下垂体茎の肥厚の程度は治療前に比し下垂体茎の縮小を認めたが,
半盲,尿崩症,乳汁漏出の程度に変化はなかった。
【中枢性尿崩症の治療】
デスモプレッシン9μg╱日の点鼻で,尿量 1500~2500 ml╱日,血漿浸透圧 284 mOsm/kg
にコントロールされている。
表1『多尿をきたす疾患』
1.水利尿
a)多尿が一次的原因
尿崩症━━┳━中枢性尿崩症
┃
続発性(腫瘍,外傷,炎症など),特発性,家族性
┗━腎性尿崩症
続発性
腎疾患・・慢性糸球体腎炎,慢性腎盂腎炎
高 Ca 血症・・原発性甲状腺機能亢進症,悪性腫瘍
低 K 血症・・原発性アルドステロン症,クッシング
症候群,異所性 ACTH 産生腫瘍
先天性
AVPV₂受容体遺伝子,AQP-2 の遺伝子異常
b)口渇・多飲が一次的原因
心因性多飲症
分裂病などの精神病
c)薬剤性
ⅰ)利尿剤
ⅱ)ADH の作用を阻害・・炭酸リチウム,デメクロサイクリン,アンホテリシン B
2 . 浸透圧利尿
a)電解質による利尿
NaCl:過剰投与(マニトール輸液,Na 負荷)
,腎性喪失
b)非電解質による利尿
ブドウ糖:糖尿病
尿素:高蛋白食など
表2『尿崩症と心因性多飲症の鑑別』
尿崩症
(一次的原因として多尿)
ADH 作用低下
↓
心因性多飲症
(一次的原因として多飲)
多飲
↓
多尿
血清 Na 低下
↓
血漿浸透圧低下
血清 Na 上昇
血漿浸透圧上昇~正常
↓
ADH 低下
↓
↓
口渇・多飲
多尿
表3
5%高張食塩水負荷試験と水制限試験
(1)5%高張食塩水負荷試験
高張食塩水負荷試験により,血漿浸透圧上昇に反応する AVP の分泌能をみる検査である
5%食塩水を 0.05ml╱kg╱min の速度で 120 分間点滴静注し,血漿浸透圧と AVP,尿浸透圧
を測定する。健常者,心因性多飲症では血漿浸透圧の上昇とともに,AVP の上昇がみられ
るが,中枢性尿崩症では,AVP の分泌増加がみられない(図1)。
(2)水制限試験
飲水を制限し,血漿浸透圧上昇に反応して分泌増加する AVP の作用をみる検査である。
朝絶食後,検査前までは自由飲水とし,体重が3%減少するまたは 6 時間 30 分後まで飲水
を制限し,尿量,尿浸透圧,血漿浸透圧,AVP を測定する。尿崩症では尿量は減少せず,
尿浸透圧は血漿浸透圧を超えることはない(尿浸透圧╱血漿浸透圧比は 1 以下)。心因性多飲
症では尿量は減少し,尿浸透圧は血漿浸透圧を超えて上昇する。
表4
【中枢性尿崩症,腎性尿崩症,心因性多尿症の鑑別点】
中枢性尿崩症
腎性尿崩症
心因性尿崩症
性差
なし
なし
女性に多い
発症形式
突然
徐々に起こる
一定していない
尿量
多い
中等度
一定していない
冷水嗜好
強い
弱い
弱い
夜間尿
多い
少ない
一定していない
尿浸透圧
低い
低い
一定していない
血漿浸透圧
正常~高い
正常~高い
正常~高い
尿╱血漿浸透圧比
1 以下
1 以下
1 以下
血中 AVP 濃度
低い
正常~高い
一定していない
水制限,高張食塩水負荷
不変
不変~わずかに上昇
上昇
正常
低下
正常
後の血中 AVP 濃度
腎の AVP 反応性
表5【中枢性尿崩症の分類】
1.一次性(特発性)(40%)
2.二次性(続発性)(60%)
(a)脳腫瘍(鞍上部腫瘍)・・胚細胞腫,頭蓋咽頭腫,下垂体腺腫など(約50%)
(b)炎症・・リンパ球性漏斗下垂体炎,髄膜炎,脳炎,サルコイドーシス,TB,梅毒
(c)外傷,脳出血,下垂体術後
(d)Langerhans cell histiocytosis,Laurence-Moon-Biedl 症候群
3.遺伝性(1%)・・AVP 遺伝子異常
表6
中枢性尿崩症の治療
中枢性尿崩症の治療としては,AVP のV₂受容体アゴニストである DDAVP(デスモプレッ
シン)の点鼻投与が一般に行われる。この際,初回導入患者では大量飲水習慣が抜けず水貯
留による低 Na 血症を来たすことがあり,尿量や血清 Na 値をモニタ-しつつ少量(1回 5µg
を朝夕2回点鼻)から開始することが望ましい。
MRI 画像
(この症例では MRI 画像を取ることが診断の要であり,治療方針決定に枢要な役割となる。残念ながら,MRI 画像を
速やかに得ることができなかった点は反省すべきである。
)
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