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事業承継支援の体験談-インタビューで現場のイメージをつかもう
特集:診断士が知っておきたい事業承継の知識 第3章 事業承継支援の体験談 ―インタビューで現場のイメージをつかもう 岡田 知子 東京都中小企業診断士協会城西支部 本章では,診断士がどのように事業承継に 取り組んでいるかを知るために,これまで多 くの事業承継にかかわってきた先輩診断士の 岡田:本さんが初めて事業承継に取り組んだ 際のお話を聞かせてください。 本 :商工会議所からの専門家派遣として, 本由美子(もとゆみこ)さんに,初めて事業 5 店舗を経営している和菓子屋を支援した 承継に取り組んだ際の体験談や支援プロセス のが最初です。社長から「売上を上げてほ などを語っていただきました。 しい」と依頼されましたので,はじめは販 売支援の話をしていました。途中で, 「決 ●初めての事業承継支援● 算書はどうなっていますか」などと会社の 財務状態について質問したところ,それに 岡田:まずは,自己紹介をお願いいたします。 対する社長の答えは「わからない」でした。 本 :2007年に,きずなコンサルティングを 「社長なのになぜわからないのだろう」と 設立し,診断士として独立しました。主に 思い,話を聞いたところ,前社長(社長の 小売・サービス業の販売促進,経費などの 弟)が体調を崩してしまい,急遽社長に就 見直しによる黒字化,事業計画策定などの 任したとのこと。それまでも専務として社 支援をしています。私の支援先には和菓子 内で働いていましたが,販売の統括をして 屋がいくつかあるのですが,和菓子屋は家 おり,経営にはまったく関与していなかっ 族内経営の会社が多く,事業承継にかかわ たため,財務状況がわからないということ る機会も多くなっています。 でした。 岡田:財務状況がわからないまま,社長にな ってしまったのですね。 本 :販売のことはわかるけれど,財務状況 はわからない状態でした。そこで, 「売上 を上げてほしい」との依頼でしたが,この 会社にとっては,社長に会社の状態を把握 してもらうことが先決と思い,支援の方向 性を変えました。これまで損益を把握して いなかったため,店舗別損益を出したとこ ろ, 5 店舗中 2 店舗が赤字とわかり,その データをもとに社長と今後の方向性を話し 合いました。赤字の 2 店舗を閉店しないな 12 企業診断ニュース 2013.7 第 3 章 事業承継支援の体験談 ら,売上を 2 倍にしないと採算がとれない 社長としての決意や覚悟が足りない,当事 こと,売上を 2 倍にするのはかなり難しい 者意識がない,ビジネスモデルの崩壊に気 ことなどを伝えて閉店を検討してもらいま したが,社長が会社全体のことをまだ把握 していない中で,何をどうすればよいかが づいていないなどが挙げられます。 岡田:そのような後継者社長に対しては,ど のようなアプローチをされますか。 わからず,時間だけが過ぎていきました。 本 :たとえば,小売業で商品が時代に合っ その後,「震災の影響で社内が混乱してい ていない,特徴のない商品なのに価格が高 るので,その収束を先に行いたい」との社 いなどの場合, 「商品や価格の見直しをし 長の意向で,閉店などの抜本的な改革を行 ないと,売上を上げるのは難しいですよ」 わないまま,支援は終了してしまいました。 と伝えます。また,債務超過になっていた 岡田:支援終了後,どのようなことを考えま したか。 ら,会社の財務状態を見せて, 「これだけ の借入金があることをご存じですか? 会 本 :何も変えられないまま終わってしまい, 社を継ぐということは,このお金を返す義 残念でした。会社がより良い方向に向かう 務があるということですよ」と話します。 判断,利益につながる判断を社長に促すに 岡田:具体的に借入金額を見せられると,も は,赤字の店舗があると数字で示すこと以 っとしっかりしなければと自覚が生まれま 外にどのような方法があったのだろうかと すね。 考えました。また,この会社を支援するに 本 :それでも何も反応がない場合もあって, は,売上を上げるという 1 つの支援ではな そのときは覚悟を促す意味も込めて, 「こ く,株式,税金,品揃えの見直し,社長や の先,安定的に家族を養うことを考えると, 社員の意識を変えるなど総合的な支援が必 会社を継ぐよりサラリーマンになったほう 要で,私もこういった支援ができるように がよいのでは?」と言う場合もあります。 岡田:そこまで言われると,どのような反応 なりたいと思いました。 をされるのでしょうか。 ●事業承継の問題点● 本 :「会社を継がない選択肢もありますよ」 と言われると,「自分はなぜ,この会社を 岡田:実際に,会社の中のことや財務状況が 継ぐのかな」と考え始めます。後継者にな わからないまま,社長に就任することはよ ることについて,真剣に考えたり悩んだり くあるのですか。 しないまま,流れで会社を継いでしまった 本 :ありますね。先代(前社長)の死亡や 入院で,後継者が社長に就任するケースは 多く,何も準備をしていないと,後継者は 会社を引き継いだ後で初めて財務状況を知 後継者にとって,初めて会社にいる意味や 理由を考えるきっかけとなるのです。 岡田:反対に,事前に準備してから社長を交 代する会社もありますか。 ることになります。売上高は知っているけ 本 :もちろん,あります。 「 5 年後に社長 れど,損益を知らない後継者や,借金がい を交代するので,いまからその準備を手伝 くらあって,何年で返せるかを知らない後 ってほしい」と言われ,支援している会社 継者も多いと思います。 もあります。まだ50代の社長で, 「昔は新 岡田:これからその会社を経営しようとする しいことに挑戦していたけれど,年をとっ 人でも,財務状況を把握していないことは てだんだんと保守的になり,新しいことが あるのですね。ほかには,どのような問題 怖くなってきた。でも,ビジネスモデルは がありますか。 古くなってはダメだから,新しいことをす 本 :何となく流れで親の会社を継いだため, るために,若い人に社長を交代する」とい 企業診断ニュース 2013.7 13 特集 う考えを持っている方です。 岡田:50代なら,まだバリバリ働ける年齢だ と思いますが,新しいビジネスモデルを構 築するために,早々に若い社長に代替わり をするのですね。 本 :会社が成長するには,時代に合わせた ビジネスモデルの見直しが必要で,その例 として,先代(親)から肉屋を継いだ後, 事業内容をバーベキュー食材の宅配に変え, さらにケータリングに変えて成功した後継 者がいます。すぐに成功したわけでも,革 うちに,財務状態がわかっていない,会社 新的なアイデアを持っていたわけでもなく, 全体のことを把握していないなど事業承継 迷い,失敗しながらも,先代の事業にとど の問題に気づくと,支援の方向性を変える まり続けてはダメだと考え,少しずつ動い ことになります。ただし,専門家派遣は支 た結果,いまの成功にたどり着いたのだと 援できる回数が限られているため,最初の 思います。この場合,先代社長が何も口を 依頼内容だけを希望する人もいれば,会社 出さず,後継者にすべてを任せたのも,成 全体の問題や後継者自身の問題について支 功要因の 1 つです。先代社長の影響力が強 援を希望する人もいますので,希望に応じ く,口出しやダメ出しをしてしまうと,後 て内容を変えています。 継者が委縮したりケンカになったりします。 岡田:後継者は,社長として会社を経営する 覚悟を,先代社長は,会社を譲った後は後 継者に任せ,必要以上に口を出さない覚悟 岡田:今後の方向性を決めた後は,次回まで に具体的な改善策を作り,社長とお会いす る際にそれを提案するのでしょうか。 本 :それも行いますが,それ以外に宿題も 出します。「次回までに私はこれをやりま を持つことが必要なのですね。 すので,社長さんはこれをやってください ●支援プロセス● ね」とお互いに宿題を出すのです。進捗を 確認するため, 「宿題はやっていますか?」 岡田:次に,支援プロセスを教えてください。 と社長に電話もします。私は,改善策を作 本 :私は,商工会や商工会議所から専門家 って提案することだけが診断士の大切な仕 派遣として経営支援の依頼を受けることが 事ではなく,支援している会社に何かを変 多く,依頼を受けた際に,会社の概要や依 えてもらうこと,変えるために何か 1 つで 頼内容はもらっています。さらに,業種別 もアクションを起こしてもらうことも,と 審査事典を読んだり,HP を見たり,店舗 ても大切な仕事だと思っています。だから, で買い物をしたりして, 「このような問題 鬼軍曹と言われるくらい,しつこく確認す があるかな」と想定しておきます。社長に ることもありますよ(笑)。 お会いした際,買った商品の話をすると, 岡田:どんなに良い改善策を考えても,実行 コミュニケーションもうまくいきますよ。 してもらわないと何も変わりませんよね。 依頼内容は,販売支援や事業計画作成な では,現状分析や改善策作成の際,意識さ どが多く,最初から「事業承継支援をして れている視点を教えてください。 ください」と依頼されることは,ほとんど 本 :まず財務面の場合,商品開発など何か ありません。最初は,依頼内容に関する現 新しいことをやりたいと言われたときに, 状把握や課題の話をしますが,話していく その基盤となるお金があるかどうか,財務 14 企業診断ニュース 2013.7 第 3 章 事業承継支援の体験談 状態を把握したうえで支援することです。 えていない後継者もいますし,見えていて 財務状態を無視して,やりたいことだけを も動けない後継者もいます。このミスマッ やってしまうと,財務状態を悪化させるな チを埋めるには,何となく親から会社を継 ど間違った方向に行ってしまいます。それ いだからではなく,後継者が自分の人生と 以外に,事業承継とは親の代の事業を承継 して,本気で会社を経営したいと思うこと することですが,親世代は経済成長期で, が必要なのです。先ほど,後継者に「会社 会社の業績も順調に伸びました。でも,い を継がない選択肢もあるのでは?」と聞く まは景気も悪く,人口も減っていますし, とお話ししましたが,こういった気づきを 競合店が安い物を売ったり,消費者の嗜好 促すためにそうしています。 やライフスタイルが変わったりしています。 ●心がけていること● 外部環境が変化する中,親の事業をそのま ま続けた場合,今後も会社が順調に成長す るのかという長期的な視点を意識して,現 岡田:本さんは社長とお会いする機会が多い 状分析や改善策作成などをしています。ま と思いますが,社長と接する際に心がけて た,いまお話しした競合店の品揃えなど, いることはありますか。 自社の店舗の周りがどのように変化してい るのかという広い視点も大切です。 本 :率直に述べることです。変にへりくだ ったり,社長を持ち上げたりせず,対等な 岡田:いままでお話をうかがって,事業承継 立場で客観的に見た事実を伝えることが大 支援は通常の支援とあまり差がないように 切だと思います。 「御社の良い所と良くな 感じましたが,いかがでしょうか。 い所はこういった点で,社長としての良い 本 :基本的に,診断士が診る部分では大き 所と良くない所はこういった点です」と率 な差はないと思います。ただ,創業者社長 直に述べるようにしています。そのために と後継者社長の違いは大きいですね。創業 はもちろん,そう言える根拠が必要で,根 者社長は,会社の成長とともに,自身の知 拠のための勉強も必要になります。実際に, 識やスキル,財務を見る視点なども育ち, 勉強をすればするほど,自信を持って自分 経験値も増えていきます。一方で後継者社 の意見を言えるようになりましたし,社長 長の場合,引き継いだときには,会社はす でにある程度の規模に成長していますが, 自身はその会社を存続させるにふさわしい 経験や知識,スキルをまだ持っていません。 の信頼も得られるようになりました。 岡田:最後に,事業承継に取り組んでいてよ かったと思うことを教えてください。 本 :困っている人を助けられること,支援 経営者として経験の浅い後継者社長が,成 した人がより幸せな方向に進んでくれるこ 長した会社を見なければいけないというミ とです。一生懸命に働いたことに対して, スマッチは,事業承継特有のものです。 支援先から非常に感謝していただき,本当 岡田:事業承継支援では,こういったミスマ に嬉しく思います。 ッチを埋めることが大切ですね。この場合, 後継者社長には,自身が会社の経営に必要 なスキルや経験を十分に持っていないとい う自覚があるのでしょうか。 本 :子どもに大人の世界が見えないのと同 じで,この規模の会社を経営していくため には,どれくらいの知識や経験,人脈が必 岡田 知子 (おかだ さとこ) 情報処理サービス会社でアウトドアグッ ズの輸入,外資系銀行で人事総務を担当。 2012年中小企業診断士登録。 要で,どういった行動力が必要なのかが見 企業診断ニュース 2013.7 15