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情報技術と付加価値生産性
情報技術と付加価値生産性 ― 成長会計を用いた情報装備の効果に関する定量分析 ― 廣松 毅 東京大学大学院総合文化研究科 教養学部 教授 (03-5454-6471) 栗田 学 ㈱大和総研 研究開発部 研究員 (03-5620-5355) 小林 稔 和光大学経済学部 専任講師 (044-988-1431) 大平号声 東京国際大学経済学部 教授 (0492-32-1111) 坪根直毅 ㈱大和総研 研究開発部 主任研究員 (03-5620-5355) 要 旨 1990 年以降,国内企業を取り巻く環境は,ますますグローバル化,多様化しつつある。 それにともない,し烈な企業間競争を勝ち抜くためには情報の活用が不可欠なものとなって きている。したがって,産業・企業の情報化は,今後の日本経済を考える上で重要なポイン トである。しかし,情報技術をとりまく環境の変化が非常に激しく,また情報化の効果につ いて必ずしも明確にされていない点が,経営者の情報化投資への判断を難しくしている。 本論文は,産業・企業の情報化の効果を定量的に分析することを目的としている。本論文 では,まず情報化の進展度合い(すなわち,情報技術の導入度合い)を示す指標として「情 報装備率」を定義し,これが1人当たりの付加価値額(付加価値生産性)にどのような影響 を及ぼしてきたかを,産業別に,成長会計を用いて分析検討した。 その結果,分析した多くの産業で,1990 年代前半の情報装備の貢献が 1980 年代と比べ て低下していることが判明した。このことは各企業における情報化の,質的転換の必要性を 示すものである。 Summary The aim of this paper is to analyze quantitatively the effect of informatization on productivity of firms and industries. Since 1990, the increasing globalization and diversification of environment for Japanese industrial firms have made the efficient use of information essential to win through the fierce competition. In this context, informatization of firms and industries has become a focal point to consider the future of Japanese economy. However, the extremely rapid changes in the surroundings of information technology and the ambiguity of its effect on firms and industries make the management’s investment decision more difficult. In this paper, we define an index called “labor-informatized ratio” in order to show the degree of informatization (i.e. the degree of embracement of information technology) in a firm or an industry, and analyze its impacts on the value-added productivity per employee by industry with growth accounting. The results clearly show that the relatively low contribution of informatization in early 1990s to the growth of firms in various industries, compared to that in 1980s. This signifies the necessity of qualitative change in informatization of firms. 1 1.はじめに 企業経営のグローバル化、多様化が進む現在,産業・企業の情報化は不可欠なものとなっ ている。一方、企業経営者が情報化投資を行う際にもっとも重視することは,それが事業全 体にどのような効果を及ぼすかである。しかしながらこれを体系的に示した研究は見当たら ない。その理由として,①「情報化」あるいは「情報システム」といった言葉の定義が曖昧 であること,②統計データが不足していること,③情報化の影響が金銭的な面のみにとどま らないこと,などが挙げられよう。しかし効果がはっきりしなければ当然,経営者は投資を 躊躇することになる。現状は,個々の研究者が独自の方法で情報化投資の評価を行っている。 しかし「情報サービス産業白書 1997」によれば,依然として多くの企業(調査企業の 55.2%) が,自社の情報化を阻害する要因として「(情報化に対する)費用対効果がわからない」を 挙げている[1] 。 本論文は,以上のような状況を踏まえ,情報化の効果を定量的に把握するためのアプロー チを提供するものである。これまで,情報化の効果の測定には種々の指標が考えられてきた。 それらを踏まえて,ここでは以下に記す「情報装備率」と「付加価値生産性」に焦点を当て て,両者の関係を中心に分析検討を進める。なお,分析期間は 1982∼94 年とする。 2.産業別の情報化の状況 情報化について論ずる場合に,まず何をもって情報化と考えるかという問題に突き当たる。 しかし,これを正確に定義することは著しく困難であり,かりにできたとしてもそれと整合 するデータを集めることはさらに困難を極める。本論文では,(財)日本情報処理開発協会に よる「情報化総合指標調査研究報告書」を参考にして「情報装備額」を求める。次に,これ を対応する産業別の就業者数で除することによって「情報装備率」を求め,これを情報化の 進展度合いを示す指標とする[2]。これに対して,1人あたりの付加価値額を付加価値生産性 と定義し,情報装備率との関係を分析する。 2.1 情報装備率 情報装備率は以下の手順により求める。まず情報装備額を Ki とおき,これをハードウェ ア装備額 Kih とソフトウェア装備額 Kis とに分ける。ハードウェア装備額 Kih は「情報処 理実態調査」の電子計算機費用の細分項目のうち「減価償却費」,「レンタル料」,「リー ス料」を,当該年度を含む過去4年間にわたって産業別に合計したものとする[3]。すなわち, t 年度のハードウェア装備額 Kih を(1)式のように定義する。 t Kih = Σ(減価償却費 + レンタル料 + リース料) (1) t-3 また,ソフトウェア装備額 Kis は同調査の電子計算機管理費用の細分項目のうち「外部要 2 員人件費」,「ソフトウェア委託料・購入費」,「ソフトウェア使用料」,「パンチ委託料」, 「計算委託料」,「その他」を,当該年度を含む4年間にわたって産業別に合計したものを 用いる[4]。すなわち,t 年度のソフトウェア装備額 Kis を(2)式のように定義する。 t Kis = Σ(外部要員人件費 + ソフトウェア委託料・購入費 + t-3 パンチ委託料 + ソフトウェア使用料 + 計算委託料 + その他) (2) なお,Kih と Kis について当該年度を含む過去4年間にわたって合計するのは,シリコン サイクル(一般に4年といわれる)に合わせてハードウェア,ソフトウェアを入れ替えるこ とを想定し,償却年数を4年とおいているためである。 次に,デフレータとして,ハードウェア装備額の項目のうち,減価償却費とレンタル料に ついては,日本銀行「物価統計月報」の企業向けサービス価格指数のうち「電子計算機レン タル」の値を,またリース料については同「電子計算機・同関連機器リース」の値を用いる。 またソフトウェア装備額の項目のうち,外部要員人件費とソフトウェア委託料・購入費につ いては「物価統計月報」の企業向けサービス価格指数のうち「ソフトウェア開発」の値を, 「その他」を除くそれ以外の項目については同「データ処理」の値を用いる。「その他」に ついては,建設省「建設統計月報」の非住宅の建設工事費デフレータの値を用いる。すべて のデフレータは 1990 年(暦年)を基準に算出する。ただし,建設工事費デフレータ以外の 各デフレータ値は,いずれも 1990 年度からしか存在しないので,それ以前についてはデー タの開始年度から3年度(1990∼92 年度)のデフレータの変化率の平均をとって,利用す る年度までのデフレータ値を逆算により求める。 次に,ハードウェア装備額とソフトウェア装備額を合計したものを,情報処理実態調査の 産業別総従業員数 Li で除して,当該年度の情報装備率 Riv を求める。 Riv = (Kih + Kis) / Li (3) ただし,Riv の値は情報処理実態調査の結果によると変動が大きいため,以下の方法で加 工を施す。まず Riv に,雇用動向調査の産業別就業者数 Ln(各年度の1月1日現在のもの) を乗じ,当該年度を含む過去3年間の移動累計平均をとり,これを Kin とする。Kin は当 該年度における産業別の情報装備額を示す。そして Kin を当該年度の Ln で除して,分析に 使用する情報装備率 Rir とする。 t t 年度の Kin = { Σ(Riv × Ln) } / 3 (4) t-2 Rir = Kin / Ln (5) 3 2.2 付加価値生産性 付加価値額 Q には国民経済計算年報(以下,SNA と略記)に掲載されている「経済活動 別国内総生産」のうち,雇用者所得と営業余剰と資本減耗引当の合計額を用いる。ただしこ れらの数値は暦年ベースの名目値のみしか掲載されていないので,1990 年基準の国内総生 産デフレータにより実質化し,さらに年度ベースの数値に変換するため,当該年の数値を 3/4 倍したものに,その次の年の数値の 1/4 倍を加えたものを当該年度の Q とする。すなわ ち ( t 年度の Q)=( t 年の Q)× 3/4 + ( t+1 年の Q)× 1/4 (6) である。また,1人当たりに換算するための産業別就業者数には(4)式の Ln を用いる。 Pql=( t 年度の Q)/( t 年度の Ln) (7) 以上から明らかなように,本論文の分析は,付加価値額については SNA を基礎とし,一 方情報化の進展度合いについては,これを情報装備額と置き換え,情報処理実態調査におけ る各費用項目の数値を基礎に置いている。なお,情報処理実態調査の費用項目の詳しい説明 は同調査の調査表を参照されたい。 2.3 分析結果 産業ごとの付加価値生産性 Pql および情報装備率 Rir の 1982,86,90,94 年度の実数な らびに 1982 年を 100 とした指数の推移を表1[5],表2[6]に示す。表1をみると,分析期間 を通してもっとも付加価値生産性の値が高いのは「石油・石炭製品」であり, 「電気・ガス・ 表1 付加価値生産性 Pql の推移(単位:万円,カッコ内は 1982 年度=100 とした指数) 年度 食料品 1982 86 90 94 年度 860 (100) 791 (92) 725 (84) 653 (76) 繊維 パルプ・紙 化学 250 (100) 243 (97) 211 (85) 215 (86) 908 (100) 895 (99) 1,096 (121) 1,032 (114) 一般機械 電気機械 輸送機械 1982 86 90 94 927 (100) 1,132 (122) 1,331 (144) 1,143 (123) 342 (100) 581 (170) 902 (264) 1,221 (357) 736 (100) 883 (120) 1,055 (143) 1,055 (143) 石油・石炭製品 964 (100) 1,399 (145) 1,723 (179) 1,939 (201) 4,686 (100) 4,132 (88) 3,898 (83) 4,358 (93) 精密機械 卸売・小売 429 (100) 508 (118) 673 (157) 575 (134) 4 窯業・土石製品 一次金属・ 金属製品 688 874 (100) (100) 776 963 (113) (110) 800 1,154 (116) (132) 880 1,229 (128) (141) 金融・保険 586 (100) 619 (106) 618 (105) 645 (110) 782 (100) 1,068 (137) 1,442 (184) 1,365 (175) 電気・ガス・ 水道 2,647 (100) 3,002 (113) 3,386 (128) 3,460 (131) 表2 情報装備率 Rir の推移(単位:万円,カッコ内は 1982 年度=100 とした指数) 年度 食料品 1982 57 (100) 67 (118) 81 (142) 106 (186) 86 90 94 年度 パルプ・紙 化学 40 (100) 49 (120) 52 (130) 60 (148) 38 (100) 39 (102) 56 (147) 61 (162) 一般機械 電気機械 輸送機械 1982 57 (100) 69 (120) 79 (138) 101 (176) 86 90 94 図1 繊維 51 (100) 76 (148) 109 (211) 147 (286) 石油・石炭製品 窯業・土石製品 54 (100) 67 (124) 93 (172) 114 (211) 100 (100) 109 (108) 205 (204) 293 (292) 精密機械 卸売・小売 56 (100) 70 (126) 100 (180) 130 (235) 40 (100) 41 (101) 55 (136) 65 (162) 金融・保険 46 (100) 63 (138) 85 (184) 108 (234) 一次金属・ 金属製品 67 (100) 75 (111) 88 (131) 108 (160) 188 (100) 191 (101) 271 (144) 351 (186) 88 (100) 102 (116) 132 (150) 155 (175) 電気・ガス・ 水道 112 (100) 174 (155) 276 (246) 411 (367) 産業別付加価値生産性と情報装備率の関係[7] 400 電気・ガス・水道 350 パルプ・紙 300 電気機械 石油・石炭 輸送機械 情報装備率指数 Rir 一般機械 精密機械 250 化学 200 卸・小売 食料品 150 金融・保険 繊維 100 一次金属・金属製品 窯業・土石 50 0 0 50 100 150 200 250 300 350 400 付加価値生産性指数 Pql 水道」がこれに続く。逆に低いのは「繊維」「食料品」「精密機械」「卸売・小売」 などである。一方,1982 年度と 94 年度の指数の値に注目すると,伸びがもっとも大きい のは「電気機械」であり,「化学」「金融・保険」などがこれに続く。逆に「パルプ・紙」 「卸売・小売」はさほど伸びておらず,「食料品」「繊維」に至っては 82 年以降,低下傾 5 向にある。全体として,バブル経済崩壊を反映して,1990 年と 94 年の数値を比較すると 横ばい,もしくは 94 年の方が低下している産業が多い中で,「電気機械」「化学」が付加 価値生産性を伸ばしていることが注目される。 一方,情報装備率の推移をみると(表2),分析期間を通してもっとも情報装備率が伸び たのは「電気・ガス・水道」であり,次いで「石油・石炭製品」「電気機械」などとなって いる。逆に伸びが低いのは「繊維」「パルプ・紙」「窯業・土石製品」などである。 以上の特徴をまとめたのが図1[7]である。分析期間を通して「電気機械」が一貫して付加 価値生産性,情報装備率を伸ばしていること,「電気・ガス・水道」「石油・石炭製品」が 情報装備率を伸ばしていながら付加価値生産性指数がさほど伸びていないことなどが目立 つ。ただし,この図からは情報装備率と付加価値生産性の明確な関係は読みとれない。情報 装備率がどの程度付加価値生産性に影響を与えているかは労働,情報装備以外の資本などを 考慮し,判断することが必要である。 3.成長会計による情報化の効果の分析 情報装備の付加価値生産性への影響を説明する際にポイントとなるのは労働,情報装備以 外の資本ストック,情報装備のそれぞれの投入要素が,付加価値に与える影響をいかに定量 するかである。ここでは成長会計による推計を試みる。 3.1 成長会計 ここでは1人あたりの付加価値額(すなわち,付加価値生産性)の決定要因として1人あ たりの雇用者所得,情報装備,情報装備以外の資本ストック,さらに外的要因(技術進歩) を考慮し,付加価値生産性の成長率を各生産要素に分割して計測する。ここで採用する成長 会計のモデルは,(8)式のとおりである。 G(Q/Ln) = A + α G(L/Ln) + β G(Ko/Ln) + γ G(Kin/Ln) (8) ただし G(X) :X の年成長率 α = (∂Q /∂L) / (Q/L) (9) β = (∂Q /∂Ko ) / (Q/Ko) (10) γ = (∂Q /∂Kin) / (Q/Kin) (11) Q :国内総生産(営業余剰+雇用者所得+資本減耗) L :労働投入 Ko :情報装備以外の資本ストック Kin:情報装備 A :外的要因(技術進歩)の影響を表わす定数 Ln:就業者数 6 (8)式は1次同次性を仮定しており,したがって(12)式が成立する。さらに完全競争均衡を 仮定すると,(13)∼(15)式が成立する。 α+ β+ γ = 1 (12) α = wL / Q ( w:賃金率) (13) β = roKo / Q ( ro:情報装備以外の資本ストックの利潤率) (14) γ = riKin / Q ( ri:情報装備の利潤率) (15) (8)式の右辺の第2項,第3項,第4項は労働,情報装備以外の資本ストック,情報装備の それぞれの増加にもとづく付加価値生産性の成長率を表わす。一方,A は外的要因から生じ た付加価値生産性の成長率である。 3.2 使用データと加工方法 使用するデータを表3に示す。(8)式における G(Q/Ln),G(Kin/Ln)は,それぞれ 2.1 と 2.2 で求めた Rir,Pql の伸び率として算出できる。Ko については Ko = K − Kin (16) ただし,K:各産業の資本ストック として算出する。すなわち,ここでは情報装備を資本ストックの一部と考えることとする。 K としては経済企画庁から発表されている,長期遡及推計民間企業資本ストックの進捗ベー スの値を利用する[8]。また L としては,各産業別年度毎の延べ労働時間数を用いる。L の算 出方法は(17)式のとおりである。Ln については(4)式の Ln を用いる。 表3 各変数の算出方法と使用データ 項 算出方法 G(Q/Ln) Q/Ln の伸び率として算出。 A G(Q/Ln)から(αG(L/Ln) + βG(Ko/Ln) + γG(Kin/Ln) )を差し引いて算出。 L/Ln の伸び率として算出。 ただし,L = Ln×(LH2×C×12) 使用データ Q:実質付加価値額(国民経済計算) Ln:産業別就業者数(雇用動向調査) −−−−− Ln:産業別就業者数(雇用動向調査) LH2:平成2年の産業別月間総実労働時間数(毎月勤労統計年報) C:各年度毎の産業別月間総実労働時間指数(毎月勤労統計年報) G(Ko/Ln) Ko/Lnの伸び率として算出。ただし,Koは各産業の K:実質民間企業資本ストック額(民間企業資本ストック年報) 資本ストックKから情報装備Kinを差し引いて算出。 Kin:実質情報装備額 Ln:産業別就業者数(国民経済計算) G(Kin/Ln) Kin/Ln の伸び率として算出。 Kin:実質情報装備額 Ln:産業別就業者数(国民経済計算) α wL/Qの分析期間の平均値として算出。 Q:名目付加価値額(国民経済計算) wL:名目雇用者所得(国民経済計算) β 1−(α + γ)として算出。 −−−−− γ (∂Q/∂Kin)/(Q/Kin)の分析期間の平均値として算出。 Q:名目付加価値額(国民経済計算) Kin:名目情報装備額 G(L/Ln) 7 L = Ln×(LH2×C×12) (17) ただし L:各産業別年度毎の延べ労働時間数 LH2:平成2年(1990 年)の月間総実労働時間数 C:産業別月間総実労働時間指数(年度平均) (データはいずれも毎月勤労統計年報による) なお,G(Q/Ln),G(L/Ln),G(Ko/Ln),G(Kin/Ln)で示される年平均伸び率とは,分析期間 中の1年度ごとの伸び率の平均値とする。 一方αは,(13)式より求める。wL には SNA のそれぞれの年の名目の雇用者所得((6)式 と同様の方法で年度換算したもの)を,また Q には名目の付加価値額(雇用者所得+営業 余剰+資本減耗,年度換算したもの)を代入し,分析期間の平均値をとる。 γの値を求めるには,(15)式の ri の値がわからないので,(11)式から求める。このとき, Q と Kin の値には名目値を用い,分析期間中の平均値をとることとする((18)式)。βの値 は,(12)式より求める。 t γ = [ Σ {(∂Q /∂Kin) / (Q/Kin)} ] / S (18) t-s (分析期間が (t-s) ∼ t 年度の場合) 以上の結果から,A(外的要因)は(8)式より算出される。 3.3 分析結果 産業別の付加価値生産性の成長率と,各投入要素の貢献度合いを表4に示す。まず「情報 装備の貢献」の 1990-94 年度の値が,「繊維」「パルプ・紙」「窯業・土石製品」「一次 金属・金属製品」「一般機械」「電気機械」「輸送機械」の7産業においてマイナスを記録 しており,付加価値生産性の上昇には負の影響を与えていることが分かる。これらの産業で は「情報装備分配率」がマイナスとなっているにもかかわらず,「情報装備」はプラスの成 長を続けている。これは情報装備がうまく活用されていない可能性を示すものである。情報 装備が活用されない原因として,就業者が情報装備を使いこなすノウハウをもっていない, ノウハウはあるが情報装備が過剰である,などが考えられよう。 以下では,特徴的な産業を個々にみてみよう。まず「食料品[9]」は分析期間中,付加価値 生産性は低下傾向を示しており,その主因は「外的要因」であることが分かる。その要因と して,次のようなものが考えられよう。食料品業界は,人口の伸び率の低迷から市場のパイ はある程度限られている上,消費者の欲求の多様化から多品種少量生産を余儀なくされてい る。また分析期間を通して,円高が進んだことは,製品原料の多くを海外から輸入する同業 界にはプラスに働く面があるものの,過当競争から商品の価格は下げざるをえない。加えて 8 食料品の輸入自由化もあり,価格競争のし烈さを反映したものと解釈できる。一方,分析期 間における情報化はメーカー,卸,小売が一体となった VAN の形成が中心であり,「情報 装備の貢献」の数値を見る限り,ある程度の成果を上げているとみられる。 「電気機械」は,分析期間をとおして一貫して高い付加価値生産性をあげている。ただそ の内訳をみると,やはり「外的要因」の影響が大きいことが分かる。労働投入はむしろ減少 し,マイナス要因になっている。また「情報装備以外の資本ストック」も 80 年代はそれほ ど大きく寄与していない。同産業は他産業に比べ技術進歩が速く,商品のライフサイクルは 短い。したがって,設備の入れ替えのサイクルも速くなり,結果として「情報装備以外の資 本ストック」の寄与は小さくなる傾向がある。90 年代に入ると,民生用電子機器,産業用 電子機器に代わって半導体素子・集積回路が収益の柱となり,これを目的とした設備投資が 付加価値生産性に大きく貢献したものと推察される。一方,「情報装備」は 80 年代に進展 した FA(ファクトリー・オートメーション),OA(オフィス・オートメーション)が, 付加価値生産性に寄与したことがうかがえる。そしてこれらがほぼ浸透したとみられる 90 年代にはマイナスの効果となっている。 「石油・石炭製品」の付加価値生産性は,原油価格,為替レート,政府の敷く規制等に大 きな影響を受けるものと思われる。「外的要因」をみるとこのことが裏付けられる。86-90 年は他の期間と比べて円安,原油高傾向が強く,これが「外的要因」の一因となったと考え られる。しかしながら 90-94 年は円高,原油安が進んだ期間でありながら「外的要因」が 大きくマイナスに振れていることは,規制緩和が大きく進んだ同期間で,別の何らかの要因 があったと予想される。これについてはさらに詳しい分析が必要である。一方,80 年代後 半から各社がガソリンスタンドに POS システムを積極的に導入し,石油元売り各社との間 表4 付加価値生産性への各投入要素の貢献 上段:1982-86 年度,中段:1986-90 年度,下段:1990-94 年度 付加価値 労働分 外的要因 労働投入 生産性 配率 食料品 G(Q/Ln) (%) -2.0 -1.9 -2.5 A( %) α -4.2 -2.9 -2.2 0.5 0.6 0.7 労働投入 の貢献 G(L/Ln) αG(L/Ln) (%) (%) -0.3 -0.1 -0.8 -0.5 -2.0 -1.3 資本ストッ 資本分 ク(情報装 配率 備を除く) G(Ko/Ln) β (%) 0.1 7.3 0.3 3.2 0.3 1.7 情報装備を 情報装備 情報装備の 除く資本ス 情報装備 分配率 貢献 トックの貢献 βG(Ko/Ln) G(Kin/Ln) γG(Kin/Ln) γ (%) (%) (%) 0.9 0.4 4.3 1.5 1.0 0.1 4.9 0.5 0.4 0.1 7.1 0.6 繊維 -0.5 -3.1 0.6 -2.0 -2.9 -3.5 0.7 0.8 0.9 0.4 -1.2 -1.4 0.3 -0.9 -1.2 0.2 0.2 1.4 3.5 3.4 6.9 0.6 0.8 9.7 0.1 -0.0 -1.3 5.1 2.1 3.4 0.5 -0.1 -4.4 パルプ・紙 -0.2 5.4 -1.5 -2.3 1.8 -5.9 0.5 0.5 0.5 0.5 -1.1 -1.1 0.3 -0.5 -0.6 0.5 0.1 1.2 3.4 4.5 5.8 1.8 0.6 7.1 -0.1 0.4 -0.8 0.6 9.9 2.7 0.0 3.6 -2.1 9.8 5.4 3.0 6.5 1.6 1.3 0.4 0.4 0.4 0.2 -0.5 -1.0 0.1 -0.2 -0.4 0.1 0.3 0.5 4.5 4.4 3.5 0.2 1.2 1.7 0.5 0.3 0.1 5.5 8.6 5.2 2.9 2.9 0.4 石油・石炭製品 -3.0 -0.2 3.4 -4.6 -2.3 0.2 0.2 0.2 0.2 -0.3 -0.1 -1.1 -0.1 0.0 -0.2 0.0 1.0 0.8 6.6 6.2 3.8 -0.3 6.3 2.8 0.9 -0.2 0.1 2.3 17.6 9.8 2.0 -4.2 0.5 窯業・土石製品 3.3 0.9 2.7 -0.6 -1.5 -1.8 0.6 0.6 0.7 0.2 -0.3 -1.6 0.1 -0.2 -1.0 0.8 0.2 1.1 5.0 2.9 8.2 4.0 0.4 8.9 -0.4 0.3 -0.8 0.5 7.8 4.5 -0.2 2.2 -3.4 一次金属・ 金属製品 2.7 4.8 1.6 0.9 1.3 -0.3 0.6 0.5 0.5 0.2 0.3 -2.2 0.1 0.2 -1.2 0.1 0.0 0.8 4.0 4.3 5.6 0.4 0.0 4.3 0.3 0.5 -0.3 3.7 6.8 4.1 1.2 3.2 -1.2 化学 9 表4 付加価値生産性への各投入要素の貢献(続き) 上段:1982-86 年度,中段:1986-90 年度,下段:1990-94 年度 付加価値 労働分 外的要因 労働投入 生産性 配率 一般機械 G(Q/Ln) (%) 5.4 4.3 -3.6 A( %) α 3.8 2.7 -6.7 0.6 0.6 0.6 労働投入 の貢献 G(L/Ln) αG(L/Ln) (%) (%) -0.2 -0.1 0.3 0.2 -2.3 -1.5 資本ストッ 資本分 ク(情報装 配率 備を除く) G(Ko/Ln) β (%) -0.1 6.5 -0.4 3.9 1.8 7.5 情報装備を 情報装備 情報装備の 除く資本ス 情報装備 分配率 貢献 トックの貢献 βG(Ko/Ln) G(Kin/Ln) γG(Kin/Ln) γ (%) (%) (%) -0.9 0.6 4.7 2.6 -1.4 0.8 3.6 2.8 13.5 -1.4 6.3 -9.0 電気機械 14.2 11.7 8.0 9.3 7.7 5.1 0.6 0.6 0.6 0.0 -0.1 -1.8 0.0 -0.1 -1.2 -0.1 0.0 0.6 6.2 7.1 10.0 -0.5 -0.3 5.5 0.5 0.5 -0.2 10.5 9.3 7.9 5.4 4.5 -1.4 輸送機械 4.7 4.6 0.0 2.5 0.5 -0.1 0.7 0.7 0.7 0.1 0.9 -2.8 0.1 0.6 -1.9 0.1 -0.1 0.3 7.5 5.5 6.3 0.9 -0.6 2.1 0.2 0.4 -0.0 6.0 9.5 7.0 1.2 4.1 -0.1 精密機械 4.6 7.4 -3.8 1.9 7.1 3.6 0.7 0.7 0.7 0.1 0.1 -1.7 0.1 0.0 -1.3 0.0 -0.5 -1.7 10.1 12.6 10.8 0.2 -5.8 -18.8 0.3 0.8 2.0 8.4 7.9 6.4 2.4 6.0 12.7 卸売・小売業 1.4 0.2 1.2 0.5 -1.1 1.0 0.6 0.7 0.7 -0.6 -0.8 -2.1 -0.4 -0.5 -1.4 0.2 -0.1 0.3 4.2 0.1 4.9 1.0 0.0 1.5 0.1 0.4 0.0 2.7 4.5 5.3 0.3 1.8 0.1 金融・保険業 8.3 8.0 -1.3 8.5 5.1 -3.6 0.6 0.6 0.6 -0.1 -1.6 -0.1 0.0 -1.0 0.0 -0.1 -0.1 0.3 4.5 8.8 5.8 -0.4 -0.8 1.8 0.5 0.5 0.1 0.5 9.3 6.8 0.2 4.6 0.6 3.4 3.2 0.6 -4.7 1.4 -3.4 0.3 0.3 0.3 0.5 -0.8 -1.5 0.1 -0.2 -0.4 0.2 0.7 0.4 7.6 2.1 3.6 1.2 1.5 1.5 0.6 0.0 0.3 11.8 12.3 10.7 6.9 0.5 2.9 電気・ガス・水道業 に大規模な情報システムが構築されてきた。それが付加価値生産性に大きく貢献してきたの は 90 年代に入ってからであると考えられる。 「金融・保険業」の付加価値生産性は 80 年代においては順調に推移している。しかし, 90 年代に入りバブル経済の崩壊の影響で若干低下している。80 年代の付加価値生産性の伸 びは「外的要因」と「情報装備」によるものであり,「労働投入」,「情報装備以外の資本 ストック」の貢献はほとんどない。この意味で情報化の効果は大きかったといえる。しかし, 90 年代に入ると「情報装備分配率」は大きく低下しており,情報化投資の効果は薄れてき たといわざるを得ない。90 年代の情報装備は,情報装備を4年償却としていることに注意 すると,バブル景気にわいた 88-90 年の情報化投資が含まれており,これがうまく機能し ていない可能性を指摘できる。 この傾向は,他の産業にも概ねあてはまる。82-86 年度,および 86-90 年度では多くの産 業で「情報装備分配率」は正の値をとっていて,「情報装備の貢献」もプラスの値となって いる。つまり,この期間は情報化が効果を上げていたことを示している。この時代の情報シ ステムへの投資は,人的資源の節約という面が強かった。どの産業にも存在している労働集 約的な部分が,この年代の情報化の主なターゲットであったといえよう。「労働投入」の減 少を考えるとこの目的はある程度達成されたものとみられる。 しかし,90 年代に入ると「情報装備分配率」はほとんどの産業で大きく低下し,マイナ スの値を示している産業も多い。したがって,「情報装備」はさほど「付加価値生産性」に 寄与していない。91 年から 94 年の情報装備は,88 年から 94 年の情報化投資によって構成 されており,この間の情報装備の効果はさほどなかったと考えられる。手持ち資金が潤沢で 10 あった 88-90 年はもちろん,バブル崩壊直後の 91 年にあっても企業は情報化を聖域視し, なお活発に投資を行なった。しかし,それが投資効果の検討を充分に行なった結果のもので あるかどうかは,疑問を持たざるをえない。 また 90 年代初めを境に,情報システムを取り巻く状況は,2つの面で大きく変わってき た。これが情報化投資に対する効果の判断を難しくしているといえよう。1つはネットワー ク環境の整備に伴いオープン性が強く求められるようになってきたこと,もう1つは情報シ ステムの使い手がエンドユーザーに及ぶに伴い,ユーザーフレンドリーな情報システムが必 要となったきたことである。すなわち,情報システムがかつてのような労働集約的な部分を ターゲットとするものではなくて,自社のノウハウをはじめとする無形の資産を共有し,全 体の業務効率を向上させることが新たなターゲットになってきたのである。90 年代に入っ ても「情報装備」が引き続き拡大する一方で,「情報装備の貢献」が付加価値生産性にさほ ど貢献していない,もしくは負の影響を及ぼしている産業が多いことは,必ずしも情報装備 を経営に活用しきれていない企業が多いと解釈できる。このことは、国内企業が 21 世紀に 向けた新たな経営に移行するための課題である。 4.おわりに 1995 年以降,情報サービス産業の売上高は大きく上昇している[10]。またパソコンが急速 に普及してきており[11],エンドユーザーの情報装備を扱う能力の向上や,ネットワーク利 用の促進に重要な役割を果たしていると思われる。本論文は情報化の効果を定量的に分析す る手法確立のための第一歩であり,こうした要素も加味して,より精緻な分析を行なうこと が今後の課題である。 <注> [1] 社団法人情報サービス産業協会 「情報サービス産業白書 1997」 コンピュータ・エー ジ社,1997 年,111 ページ。 [2] 財団法人日本情報処理開発協会 「情報化総合指標調査研究報告書」,1990 年,1-13 ページ。 [3] 1990 年度より以前は,「リース料」の項目は存在しない。 [4] 1979∼82 年度にある「マシンタイム借料」の項目は「計算委託料」に加算して計算し た。 [5] 「一次金属・金属製品」の付加価値額は SNA の「一次金属」「金属製品」を併せて集 計した。また就業者数は雇用動向調査の「鉄鋼業」「非鉄金属製造業」「金属製品製造 業」を併せて集計した。 [6] 情報装備額について,「一次金属・金属製品」は情報処理実態調査の「鉄鋼業」と「非 鉄金属製造業・金属製品製造業」を,また「卸売・小売」は「卸売業」と「小売業」を, さらに「金融・保険」は「金融業」と「保険業」「証券業,商品先物取引業」を,それ 11 ぞれ併せて集計した。また就業者数は雇用動向調査について同様に集計した。 [7] 1982 年の絶対額を 100 とし,94 年までの指数を1年おきにプロットした。 [8] 1990 年暦年平均価格評価の粗資産額。 [9] 日本食料新聞社 「食品業界ビジネスガイド」,1983-95 年。 [10] 通産省『特定サービス産業実態調査 速報』,1997 年。 [11] http://www.jeida.or.jp/toukei/pasocon/h8/nenkan/nenkan.html を参照。 <参考文献> 廣松 毅・大平号声 『情報経済のマクロ分析』 東洋経済新報社,1990 年。 大平号声・栗山規矩 『情報経済論入門』福村出版,1997 年。 日本アプライドリサーチ研究所 『情報化が経済成長に与える影響及び情報化の総合指標に 関する調査報告書』 1985 年。 日本アプライドリサーチ研究所 『情報化に伴う産業構造の変化,経済成長及び情報化指標 の動向に関する調査報告書』 1986 年。 篠崎彰彦 「米国における情報関連投資の要因・経済効果分析と日本の動向」『調査』No.208 日本開発銀行,1996 年。 高橋三雄・伊丹敬之・杉山武彦編 『意思決定の経済分析』 有斐閣,1995 年。 溝口敏行・栗山規矩・寺崎康博編 『経済統計にみる企業情報化の構図 ―高度情報化の見え ざる実像―』 富士通経営研修所,1996 年。 ポール.A.ストラスマン 末松千尋(訳) 『コンピュータの経営価値』 日経 BP 出版センタ ー,1994 年。 大平号声 「情報社会論再考」 『東京国際大学論叢 経済学部編』,1992 年。 大平号声 「情報産業進展の構造分析」『季刊現代経済』 No.51,1982 年。 社団法人社会経済国民会議・情報化対策国民会議 『情報化の進展と企業組織の変貌』, 1993 年。 株式会社大和総研 『証券ハンドブック』,1983-1997 年。 財団法人電気通信総合研究所 『情報化に関する経済学的研究』,1990 年。 財団法人電気通信総合研究所 『情報化に関する統計的研究』,1990 年。 12