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〈 道 〉 か ら つ く る 街 並 み サ ン レ モ ・ ピ ー ニ ャ の 印 象 か ら

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〈 道 〉 か ら つ く る 街 並 み サ ン レ モ ・ ピ ー ニ ャ の 印 象 か ら
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〈道〉からつくる街並み
サンレモ・ピーニャの印象から
まとまった休みが取れたら、南欧
のも散見されます。建物の立ち上が
に自転車を持って行って、街から街
りは何の趣向もなく雨樋や配管もむ
へ転々としながら街並み探訪をした
き出し、当然開口部も必要に応じて
い、という思いを実現するため、今
窓や扉を貼り付けただけです。建物
年の5月から6月にかけて約1カ月間、
に関していえば取るに足りるもので
フランス・マルセイユから地中海沿
はないのです。しかしこの街並みに
いに走ってイタリアに入り、イタリア
出逢った時、正直言って、打ちのめ
最西端のヴェンティミリアから最東
されるような衝撃を感じました。こ
端のトリエステまでを巡ってきまし
の衝撃はこの街並みが形成している
た。
空間から受けたものです。空間は建
今まで憧れに近い思いで想像して
物と道と建物の付属物からできてお
いたフランスやイタリアの街並みを
り、その各要素がそれぞれの持ち味
現実に見続けていると、そこに住ん
を発揮することによって、空間とし
でいる人々の日常的な目線に近い感
ての輝きをもたらします。
じで見られるようになり、ある意味
ピーニャ地区では建物に頼ること
当たり前の光景となります。とんで
はできません。それでも建物を醜く
もない意匠や仕掛けがあるわけでな
する落書きや看板、張り紙などが見
く、そこに住む人々が自分たちの街
あたらないのは、ここに住む人たち
並みとしてつくり込み、今までもこ
にこの街並みを守っていかねばなら
れからも大切にしていくという思い
ないというしっかりとした意識があ
が出ている街並みが見えてくるので
ることをうかがわせる証しのように
す。
思われます。このことは道にゴミが
そういう例として、是非ご紹介し
ほとんど見あたらないことや、そん
たいのが、イタリア・サンレモのピ
なに多くはありませんが、鉢植えや
ーニャと呼ばれる歴史地区の街並み
緑がさりげなく置かれていたりとい
です。サンレモといえば、今から50
う行為からもうかがえます。
年位前にはサンレモ音楽祭でうたわ
しかしながら、ピーニャ地区の街
れた歌が日本でも大ヒットしたり当
並み形成にもっとも大きな貢献をし
時はとても身近に感じた町ですが、
ているのは道です。中央に赤じゅう
最近はとんと聞きません。でも今で
たんのようにレンガを敷き、その両
もサンレモ音楽祭は行われているよ
側にこぶし大くらいの玉石を埋め込
うです。サンレモは人口5万人程度の
んでレンガ部分のすぐ横は溝状にし
小さな町ですが、地中海からせり上
ています。非常に手が込んだ舗装で
がっていくような傾斜地が多い坂の
すが、これがピーニャ地区の蜘蛛の
街です。
巣のように伸びた道全体を覆ってい
ます。道の大半は階段状か坂路にな
小山博正
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家とまちなみ 68〈2013.9〉
ピーニャ地区の街並み
っています。それも傾斜の大きさに
ピーニャ地区は、海岸線から1キロ
応じて坂路か、階段にするか調整さ
位の所にあり、傾斜地に沿って高さ
れています。完全なる手作業でしか
もまちまちの建物が幅員1.5メートル
できない施工ですが、地中には電線、
から3メートルほどの道に接してびっ
水道、ガスが入っていることは確認
しりと建て込んでいます。建物は安
できました。当然雨水と雑排水の配
普請ですし、かなりやつれているも
管も埋設されているはずです。
赤レンガと玉石のピーニャ地区の道
この道は段階的につくられている
ようなインパクトがある空間を形成
レンガに擬したコンクリート二次製
ようで、古いものとまだ比較的新し
しているようには思えませんでした。
品などを使うことなく、素材の質感
いものがあります。同じ意匠で何十
を生かすように組み合わせてつくっ
年もかけてつくられているのは、こ
道の効果
ていかねばなりません。こうしてい
の道が住民から受け入れられている
街並みの構成要素からいうと、道
い道をつくることによって、それを
ためだと思いますが、この道は雨降
が重要であることはわかっています
引き立てるように、建物も次第に変
りやレンガが湿っているときには結
が、取るに足らないような両側の建
わっていくことによって街並みのレ
構滑りやすいという欠点があるよう
物を連続してつなぎながら、見事な
ベルを上げていくことができるので
に思いました。実際、建物の壁に手
まとまりのある街並みにしているの
はないか、と旅の途中で夢想してお
すりがつけられているところもありま
には驚かされました。同じピーニャ
りました。しかし日本に戻ってきて、
した。
地区のアスファルト舗装の街と見比
成田エキスプレスの車窓から梅雨空
材料費ばかりでなく施工にも手間
べてみると、道の効果がいかに大き
の街を見ていて思いました。日本に
がかかるこの道は費用も決して安く
いかおわかりいただけると思います。
はフランス、イタリアではまず目にす
ないはずであり、年寄りも多い住民
街並み形成に関して道の果たす役
ることがない街並みの最大の阻害要
には傾斜のきつさと歩きにくさは、
割がとても大きいことをサンレモ・
因である電柱がある限り、道優先整
結構深刻な問題だと思いますが、そ
ピーニャ地区は教えてくれましたが、
備というアイデアも機能しないので
れでもこういう道をつくり続けてい
これは日本でも街並みを整備しよう
はないかと。
ることに感心せざるをえません。じ
とするときに参考になるのではない
つはサンレモから150キロ東に位置す
かと思います。街並みをつくってい
るジェノバで街並みハンティングを
くのに、建物の意匠や壁面線などを
行っているとき、ピーニャ地区と似
地区計画などでコントロールし、い
たようなレンガと玉石埋め込みの道
い道を実現するために歩車共存化や
を見つけました。その道は幅員がお
舗装面の工夫をします。しかし建物
よそ6メートル、12%位のきつい勾配
のコントロールはなかなかスムーズ
の坂道になっていましたが、片側は
にいかないのが実情です。そういう
人気のない建物でその反対側は擁壁
場合にまず道から入るという手があ
になっており地上2メートルくらいま
るのです。ただしその道をどのよう
で落書きだらけで、ピーニャ地区の
につくり込むかが大事で、タイルや
小山博正(こやま・ひろまさ)
建設会社で約40年間街づくりにた
ずさわり、代官山アドレス、石神井
公園ピアレス、高幡鹿島台ガーデン
54など多数の開発事業を実現して
きた。現在はフリーランスな立場で
国内外の街並み研究を続けている
家とまちなみ 68〈2013.9〉
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