...

気候変動問題に対する中国国内の取組み―中国国内における政策実施

by user

on
Category: Documents
18

views

Report

Comments

Transcript

気候変動問題に対する中国国内の取組み―中国国内における政策実施
8 気候変動問題に対する中国国内の取組み
気候変動問題に対する中国国内の取組み
―中国国内における政策実施の視点から―
中村 知子
目 次
はじめに
Ⅲ 地方政府の対応と気候変動対策の実態
Ⅰ 気候変動対策の変遷
1 地方政府:省レベルの対応
Ⅱ 年次報告「中国の気候変動の政策と行
2 気候変動対応実績として位置づけら
動」の変遷
1 2008年版の特徴
2 2009年版の特徴 3 2010年版の特徴
れた過去の政策
3 気候変動対策例として位置づけられ
た黒河中流域湿地公園
おわりに
はじめに
中国政府の“気候変動問題”対策に関しては、温室効果ガスの一定の削減などの温暖化防止
問題、すなわちポスト京都議定書における中国の対外的なスタンスがこれまで大きく注目され
てきた。従来の先行研究においても、例えば大和総研・横塚仁士氏が、
「現在の中国では、環
境問題では水質汚染や大気汚染への対策が優先課題として考えられており、地球温暖化問題に
関しては、中国内では国際的枠組みへの参加による「技術」の導入や環境ビジネスの振興が強
(1)
調されていることも指摘したい。
」と述べるなど、中国国内の環境問題対策とは異なった枠
組みとしての対外的な気候変動問題に関する動向が強調されている。また、2050年までの中国
独自の気候変動対策、とりわけ温暖化ガスに関する計画を打ち出した「中国2050年低炭素発展
への道」などをうけ(2)、日本においても東北大学東北アジア研究センター教授・明日香壽川氏
などがいち早くこれらの文書に関する分析を報告している(3)。また、実践に関しても、中国政
府が公表した資料や統計から、省エネルギー、再生可能エネルギー分野に関する中国の動向を
( 1 )横塚仁士「中国の温暖化政策の動向と今後の展望―企業・政府・民間への個別アプローチが重要に―」
『DIR 経営戦略研究』vol.21,2009年春季号,2009.5.25,
pp.35-56.大和総研ホームページ〈http://www.dir.co.jp/souken/
consulting/report/strategy/csr/09052502csr.pdf〉
(なお、本稿におけるインターネット情報の最終アクセス日は
2010年12月27日である。)
( 2 )この報告書は、政府系のシンクタンクである国家発展改革委員会エネルギー研究所が発行したものである。
」
『中外能源』
姜克隽・胡秀莲・庄幸・刘強「中国2050年低碳情景和低碳发展之路(中国2050年低炭素発展への道)
第14巻 , 2009.6, pp.1-7.〈http://www.eri.org.cn/manage/upload/uploadimages/eri2009630132954.pdf〉
( 3 )中国の対外的スタンスを知る上で非常に有益な報告書となっている。明日香壽川「中国の意味ある参加とは?―
胡錦濤主席国連気候変動サミット演説および国家発展計画委員会エネルギー研究所タスクフォース「中国2050年低
炭素発展への道:エネルギー需給及び CO2排出シナリオ」の分析―」2009.10.20. 明日香壽川ホームページ〈http://
www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/_userdata/China-commitment.pdf〉
総合調査「世界の中の中国」
123
Ⅱ 新たな国際環境の中での中国
詳細に分析した論文が報告されている(4)。
このように中国の国際社会におけるスタンスに関する報告、または中国政府が公表した資料
に基づく分析は多数ある一方で、中国国内における具体的事例に基づいた実践実態に即した報
告は少ない。中国の国内における実践や環境変動問題に対する取組み方法を明らかにすること
は、今後の中国の展開を考慮する上で必要不可欠である。
2009、2010年における中国の気候変動対策の動向をみると、対外的側面、すなわちポスト京
都議定書における中国のスタンス表明の側面では捉えきれない点をいくつか見出すことが出来
る。すなわち、自国内の重要課題として、環境問題を含めた気候変動問題を重視し、対策を取
る動きが表面化してきているのである。中国国内の政策実施の構造、実態は、今後中国が対外
的に公表すると思われる気候変動対策の成果報告につながるため、今後の中国の立場を理解す
るうえでも有益といえる。
本稿では、中国の中央政府が“気候変動対策”を現段階でどのように認識しているのか、政
策文書、現地調査のデータから明らかにする。さらに、省レベル、市レベルにおける、その政
策実施の実態に視点を置き、中国の気候問題に対する取組み方法を分析する。
Ⅰ 気候変動対策の変遷
中国は、1990年に気候変動関連機構を設立し、さらに国務院環境保護委員会の下に国家気候
変動協調班が設置された。これが中国における気候変動対策の始まりと言える。1998年には、
実質的な対策を議論する場として、国家発展計画委員会(後の国家発展改革委員会)主任を班長
に据えた国家気候変動対策協調班(5)を形成した。この組織には、外交部、科学技術部、国家気
象局など気候変動にかかわる諸機関が関係していた(6)。
2007年 6 月 8 日には、G8+ 5 トップ会議での演説で胡錦濤国家主席が、中国政府が気候変
動問題を非常に重視しており、既に温室効果ガス排出削減に向けてさまざまな政策や対策を実
施していることを対外的にアピールしている(7)。この発言を契機に国内の気候変動対策も大き
く動き出す。2007年には、気候変動に関する戦略、方針、対策、研究などの業務を担う組織と
して国家気候変動対応指導班(8)が発足した。1998年に設立された国家気候変動協調班よりも規
模、格ともに上がった(9)ことからも、中国が気候変動を重視し始めたことがうかがえる。事実
(10)
が発表された。このプランでは、2010年ま
2007年 6 月には「中国気候変動対策国家プラン」
でを想定した様々な具体的目標が掲げられている。例えば国内総生産単位あたりのエネルギー
( 4 )例えば次のようなものがある。横塚仁士「中国における環境分野の動向―省エネルギー・再生可能エネルギー分
野を中心に―」『DIR 経営戦略研究』vol.17, 2008年春季号 , 2008.9.30, pp.30-49, 大和総研ホームページ
( 5 )原文は「国家气候变动对策协调小组」である。
( 6 )原文は「中国负责 CDM 的政府机构」である。なお、これらの詳細に関しては、次のサイトに詳しい。
「中国负
责 CDM 的政府机构」気候交易所 .<http://climateexchange.cn/zhengfujigouxu.htm>
( 7 )胡錦涛国家主席が対外的にアピールしたのは以下の項目である。
①技術開発の推進およびエネルギー利用効率の向上
②低炭素エネルギーの利用、再生可能エネルギー利用技術の発展、およびエネルギー需給構造の改善
③植樹造林の展開および生態系保護の強化
④産児制限による人口増加速度の緩和
⑤法整備の強化、国民への教育
「胡锦涛在 G8+ 5 对话会议上的讲话」2007.6.8. 人民ネット <http://politics.people.com.cn/GB/1024/5842324.html>
( 8 )原文は「国家应对气候变化领导小组」である。
124
総合調査「世界の中の中国」
8 気候変動問題に対する中国国内の取組み
消費を2005年比で20%前後低下させること、2010年までに再生可能エネルギー(大規模水力発電
を含む)に係る開発・利用の総量を一次エネルギー供給構造において10%前後の比重に上げる
ことなどに加え、森林被覆率を20%とすることなどが挙げられている。さらに2009年には2050
年までの中国のエネルギー需給、二酸化炭素排出予測を記した「中国2050年低炭素発展への
道(11)」が公表され、中国が長期予測に立った気候変動対策を考慮していることを国内外にア
ピールしている。
その一方で、2007年には中国の二酸化炭素排出量が世界 1 位となるなど(12)、中国国内が抱
える現状の深刻さも明らかになった。
このような状況下、中国は2008年から 3 年連続で「中国の気候変動に対する政策と行動(13)」
という年次報告を公表している。発行者は国家発展改革委員会である。国家発展改革委員会と
は、中国国務院に属する機関であり、経済社会発展の為の政策研究を行うとともに、プランの
作成、地方への指導実施という、国務院の主要職務を担っている。委員会の位置づけに鑑みる
と、この報告書は中国の政治中枢部が発表しており、国家的認識を表しているものとして理解
しうる。この報告書は、毎年、気候変動枠組条約、締約国会議(COP-FCCC)が開催される
直前に発表されており、中国政府が自らの立場や実績を明確にするために、COP を意識して
まとめている可能性が高い。その一方で、国内における政策実施状況や進度に関して知ること
ができる箇所も見受けられる。
Ⅱ節では「中国の気候変動に対する政策と行動」の内容及びその変化を通時的に分析し、中
国の国内における気候変動対策の動向を明らかにする。
Ⅱ 年次報告「中国の気候変動の政策と行動」の変遷
1 2008年版の特徴
表 1 は、2008年版、2009年版、2010年版の年次報告の構成、総ページ数、特徴を表にしたも
のである。2008年版の第 1 章、第 2 章では、中国における1908年から2007年にかけての気候変
動に関する基本的事象が記されている。地表の平均気温が1.1度上昇していること、また1986
年以降21回の暖冬が記録されていることなど、
「中国における気候変動」の基本的認識が示さ
れている。特に、西部地区と華南地区の降水が増加する一方で華北と東北地区で降水が減少し
ていることが挙げられており、その影響を受けた自然災害、とりわけ水問題が指摘されている。
経済発展、エネルギー問題を差し置き、自然災害、自然環境問題を第一に提起している姿勢か
らは、中央政府が自然環境変化を気候変動問題における最重要項目としていることがうかがえ
( 9 )国家気候変動対応指導班のトップは次のように現中国の政治中枢部にいる人物によって構成されている。
班長:温家宝国務総理
副班長:李克強国務副総理、戴秉国国務委員
構成員:張平国家発展改革委員会委員長 など 構成メンバーに関しては、「国家 应对 气候 变 化 领导 小 组 」 应对 气候 变 化司 .<http://qhs.ndrc.gov.cn/ldxz/default.
htm> に詳しい。
(10)国家发展和改革委员会「中国 应对 气候 变 化国家方案」<http://www.ccchina.gov.cn/Website/CCChina/Upfile/
file189.pdf>
(11)前掲注 2
(12)国際エネルギー機関の2009年統計による。OECD/IEA, CO2 Emissions from Fuel Combustion 2009 Edition.
(13)「中国应对气候变化的政策与行动」2008.10.29. 中華人民共和国中央人民政府ホームページ
<http://www.gov.cn/zwgk/2008-10/29/content_1134378.htm>
総合調査「世界の中の中国」
125
Ⅱ 新たな国際環境の中での中国
表1 「中国の気候変動の政策と行動の変遷」年次報告比較
2008年版
2009年版
2010年版
前言
一、気候変動と中国の国情
二、気候変動と中国の影響
三、気候変動に対する戦略と目標
四、気候変動の速度緩和政策と行動
五、気候変動に適応する政策と行動
六、社会全体における気候変動に対
する意識の向上 七、気候変動分野における国際協力
の強化 八、気候変動に対応する制度的メカ
ニズムの構築
おわりに
前言
一、気候変動の速度緩和政策と行動
二、気候変動に適応する政策と行動
三、地方の気候変動に対する行動
四、気候変動分野における国際協力
の強化
五、気候変動に対応する制度的メカ
ニズムの構築と公衆の意識向上
おわりに
付録
前言
一、気候変動の速度緩和政策と行動
二、気候変動に適応する政策と行動
三、気候変動への対応能力の構築
四、公衆の意識と行動
五、地方の気候変動に対する政策と
行動
六、業界の気候変動に対する行動
七、気候変動の国際交渉に参加する
際の立場及び主張
八、気候変動対応における国際的な
交流及び協力
おわりに
総ページ
40ページ
82ページ
70ページ
特徴
① 内容は理念と方向性を中心に書 ① ペ ー ジ 数 は 増 加 し て い る も の ① 総ページ数が前年版よりも減少
かれており、具体性に乏しい。
の、胡錦濤国家主席の国連気候
しているが、その内容は全て気
② 最も危惧する気候変動の影響と
変動首脳会合開幕式での演説な
候変動の政策と行動に関するこ
して「自然災害を想定した自然
どの付録が約半分を占めてお
とであり、実質的には内容の充
環境変化」を挙げている。
り、実質的な分量としては2008
実が図られている。
③ 「気候変動対策の行動」は、既
年版と大差がない。
② 政策実践者として想定されてい
存の政策結果を取り込み、さら ② 自然環境変化に関する解説は全
る主体が広がり、より政策実践
に発展させる形で実施する動向
て削除された。
を意識した内容となっている。
が見受けられる。
③ 気候変動対策に対する実質的行 ③ 地方での気候変動対策に関する
動の記載が中心となっている。
実施事例に言及している。
④ 地方における実施に関し、初め
て言及している。
(出典) 各年度年次報告より筆者作成
る(14)。
一方で気候変動への戦略に関しては、中国は持続可能な発展のもとで気候変動に対応するこ
と、
「リオデジャネイロ宣言」
「アジェンダ21」
、
「気候変動枠組条約」などで用いられている“共
、
通だが差異ある責任(Common but Differentiated Responsibility)”を原則とすること、気候変動の
緩和と変動に対する適応を共に重視すること、気候変動枠組条約と京都議定書を気候変動対応
での主要根拠とすること、科学技術の刷新、技術移転に依拠すること、全国民の参加と広範な
国際協力、温室効果ガス排出を抑制すること、気候変動への適応能力を向上させること、科学
的研究と技術開発を強化することを掲げている。
2010年までの目標も幾つか具体的数値を伴い記されており、
「国内総生産単位あたりのエネ
ルギー消費量を2005 年の値の20%削減すること、再生可能エネルギー(大規模水力発電を含む)
に係る開発・利用の総量を一次エネルギー消費構造において10%前後の比重に上げること、森
林被覆率を20%まで到達させること、改良草地を2400万ヘクタール増加させること、節水型社
会の構築を進め気候変動に対する水資源の脆弱性を出来るだけ減少させること(15)」などが見
受けられる。中国は気候変動対策として、温室効果ガス削減、エネルギー消費量の削減のみな
(14)第 2 章では、自然生態環境の変化に伴う国民生活への影響が懸念されている。その項目は、農牧業への影響(干
ばつ被害、凍害、土壌有機質分解の加速、病虫害による農牧業への影響など)
、森林とその他自然生態系などへの影
響(亜熱帯・温帯の北限の北上、凍土・氷河面積の減少、森林病虫害など)
、水資源への影響(北方に位置する河川
水資源総量の減少、南方に位置する河川水資源総量の増加、旱害、洪水被害拡大、氷河融解現象、これらの事象に
伴う水資源供給問題など)、海岸線への影響(ここ30年間の中国沿海部の海面上昇、土壌における塩類の蓄積、海岸
浸食、生物資源の減少、海面上昇に伴う沿海部都市の排水能力の低下など)
、社会経済などその他領域への影響(気
候変動が国民経済に与える巨大な損失を示唆、疫病の発生と蔓延など)の、 5 つに分類されている。
(15)前掲注13の第 2 章
126
総合調査「世界の中の中国」
8 気候変動問題に対する中国国内の取組み
らず、気候変動に耐えうる国内整備を重視しているといえよう。
さらに、気候変動の速度緩和と適応対策の実施は、
「再生可能エネルギー法」を元に、風力
発電の増加など新技術の導入及び普及をすすめるなどの新政策を実施するとともに、既存政策
を包括していく形で進行している。例えば、気候変動の速度緩和方策として、
「植樹・造林を
進め炭素蓄積・吸収能力を高める(16)」ことが掲げられている。さらに、
「(1980年代以降)2007
年まで、全国で515.4億株の植樹が既に行われており、人工林の面積は0.54億ヘクタールに達す
る(17)」とされている。そして「1980年から2005年の造林活動で累計30.6億トンの二酸化炭素を
吸収したことになる(18)」と記載している。
2008年版の報告書では、これらの炭素蓄積・吸収能力を実現できた背景として、
「草原法(19)」、
「森林法(20)」
、
「退耕還林(21)条例(22)」などの法令が列挙されている。しかしこれらの法律は、最
初から気候変動の対応策として施行されたものではなかった。
「草原法」
、
「森林法」の両法は
1980年代に制定されており、気候変動対策が実施される以前に発案されたものである。また、
水資源に関する「水法(23)」も当初は気候変動対策の意味は含んでいなかった(24)。しかし「水法」
と関係のある水利権分配制度なども2008年以降は気候変動対策として取り込まれている。すな
わち、元来異なった目的で制定された法律が、気候変動対策の過程で炭素蓄積・吸収能力など
の価値を付加され、実績として取込まれていったものと解釈できる。
この様に中国の指導部が考える気候変動対策と対応には、既に行われている多種多様の政策
を関連付け包括し、それらを基盤とし、更なる発展を導く方向性のあることが指摘できよう。
この方向性は2009年版、2010年版の報告書で具体的事例を伴い具現化されていく。
2 2009年版の特徴
表 1 で示しているように、2009年版の報告書(25)の構成は、2008年版と変更点が見られる。
まず、自然環境変化に関する解説が削除され、具体的行動を記載する内容へ大幅に変更され
ている。第 1 章冒頭部より、2005年から進められていた循環型経済モデル試験の結果や、第11
(2006~2010年)における各省の省エネ目標達成進度地図などが記されている。
次五か年規画(26)
また、プラスチック回収量が1600万トンであり世界第 1 位であることなど、世界各国に向けた
アピールも続く。さらに乗用車の排気量に比例する税率アップや風力発電の急増など、2008年
(16)同上
(17)同上
(18)同上
(19)草原法は1985年 6 月制定、2002年12月改正。
(20)森林法は1984年 9 月制定、1998年 4 月改正。
(21)耕地、草地を森林に戻す為の造林事業を指す。なお、退耕還林事業に関しては、第 2 節で詳述する。
(22)2002年12月制定。なお、中国における「条例」は、地方政府の法律と全国レベルの法律の二種類が存在するが、
本法律は全国レベルの法律である。
(23)水法は1988年 1 月制定、2002年 8 月改正。
(24)中村知子『西部大開発政策下の社会構造とその変動 ―政策実施下における中間アクター分析:中国甘粛省張掖
市周辺を例に―』東北大学博士論文 , 2008.
窪田順平・中村知子「中国の水問題と節水政策の行方 ―中国北西部・黒河流域を例として」
、秋道智彌・小松和彦・
中村康夫編『人と水Ⅰ 水と環境』勉誠出版 , 2010, pp.275-303.
(25)「中国应对气候变化的政策与行动―2009年度报告」2009.11. 中華人民共和国国家発展改革委員会気候変化対応部
ホームページ . <http://www.ccchina.gov.cn/WebSite/CCChina/UpFile/File572.pdf>
(26)第11次五か年規画より、「五か年計画」から「五か年規画」へと表現が改められている。なお本文においては、
第11次以前のものは、従来どおり「計画」と記している。
総合調査「世界の中の中国」
127
Ⅱ 新たな国際環境の中での中国
版よりも実態に即した内容の具体的報告が目立つ。炭素蓄積・吸収を目的とした植樹に関して
も、禁牧政策や草原保護制度など、より具体的な既存政策を、気候変動対策として取込んだ報
告がなされている。
その一方で、2008年版では見られなかった、地方政府の対応に関して示唆している点が注目
される。中国各地方政府は中央政府の指導のもと、積極的に気候変動に対する行動を展開し、
特に現地の状況を分析しながら持続的経済発展と共に気候変動に対応することが求められてい
(27)
る。具体的には地方におけるクリーン開発メカニズム活動(CDM)
の開発が推奨されている。
さらに、地方ごとのプランの策定と実施は国家レベルの気候変動緩和と適応政策に有効である
と明記されており、2008年版と比較して、地方における対策と行動が重視されていると読み取
ることが出来る。中国の地方行政機関には自治権はなく、
あくまでも国家行政機関であるが(28)、
この関係に即して考えると、2009年版の中国における気候変動対策の段階は、国家レベルの対
応機関の設立が終了し、各地方政府を指導し、地方政府に実践を促した時期といえる。
ちなみに「地方政府」には、省レベル、自治区レベル、市政府レベル、県政府レベル、区政
府レベル、郷・鎮政府レベルと、様々なレベルが存在するが、2009年版の報告書で想定されて
いる地方政府は省級地方政府(省、自治区、直轄市)である。なお、後の第Ⅲ節では国務院の指
令を受けた地方政府の対応に関して、中国甘粛省(29)を例に見ていく。
3 2010年版の特徴
2010年版の報告書(30)において最も変化したのは、表 1 で示したとおり、気候変動対策の実
践に際し必要な諸項目の検討が開始された点である。
例えば、第 4 章においては、世界環境デー、世界気象デーなどを利用し、エネルギー節約や
気候変動に関する宣伝を積極的に行い、人々の気候変動に関する認識を高めることが推奨され
ている。
また、2009年版では、地方政府に気候変動対策の実施を促していたが、2010年版の第 3 章で
地方における気候変動対策の展開に触れられている(31)。たとえば河南省、広東省、黒竜江省
などにおいてエネルギー節約条例が公布されたこと、青海省において「青海省気候変動対策規
則」が公布されたことが記されている(32)。第 5 章では、
「31の省(区、市)において既に気候変
動対策プランの編成が終わり、組織での実施段階に入っている」としている(33)。気候変動対
策に関連する諸政策、企画に関する各地方自治体の取組みにも触れられており、例えば重慶市
(27)クリーン開発メカニズム活動(CDM)とは、
「京都議定書の第12条で定められている項目であり、先進国が途上
国内で温室効果ガスの排出削減、吸収増大のプロジェクトを実施し、その結果生じた排出削減量、又は吸収増大量
のクレジットをホスト国と投資国のプロジェクト参加者間で分け合う仕組み」のことを指す。国土交通省『社会資
本整備における CDM の活用を目指して―地球温暖化対策を通じた国際貢献―』2005, p.5.
(28)中国の中央政府と地方政府の関係は日本と事情が異なる。中央政府と地方政府の関係が明確化されている「中華
人民共和国地方各級人民代表大会および地方各級人民政府組織法」には、地方政府は国務院に従属する国家行政を
執行する機関であることが明記されている。
(29)筆者は2003~2010年まで、断続的に中国甘粛省張掖市周辺でフィールドワークを行っている。そのため国家が気
候変化対策を地方レベルで実施する以前から現地を見ており、様々な事象が気候変動対策に取り込まれていく実例
を確認することが可能であった。
(30)「中国应对气候变化的政策与行动―2010年度报告」2010.11. 中華人民共和国国家発展改革委員会気候変化対応部
ホームページ . <http://qhs.ndrc.gov.cn/gzdt/t20101126_382695.htm>
(31)同上
(32)同上
(33)同上
128
総合調査「世界の中の中国」
8 気候変動問題に対する中国国内の取組み
が2009年「重慶市温室効果ガス抑制計画要綱」を完成させたことなどが記されている(34)。こ
のように、地方における実施状況を重点的に紹介した内容となっている。
さらに、政策実践者として、2008年版では「国家」が、2009年版では「国家」と「地方政府」
がそれぞれ想定されていたが、2010年版では新たにいくつかの主体が加えられている。第 4 章
第 2 節では「非政府組織」の活動動向と立場に関する分析が行われている。中国の国際的な立
場と国内政策両者に関して、基本的にそれらの組織は中央政府と同じ立場であることが記され
ている。また第 6 章では電力業界、鉄鋼業界、石油化学業界、非鉄金属業界、建材業界など各
業界の新技術導入の現状、業界の省エネに関する新たな規範などが続き、政策実行者としての
主体に各種業界も想定されるようになった。これは中国国内における気候変動対策において重
要視される点が理念から実践へ移行したこと、そして実践の主体として一般の人々が想定され
てきたことを示唆していると言えよう。
Ⅲ 地方政府の対応と気候変動対策の実態
1 地方政府:省レベルの対応
本節では地方政府の対応を分析する。取り上げる省は中国西北部に位置する甘粛省である。
気候変動対策を地方で実施した例としては、先述したように青海省など、モデルとなる先進的
な省の例が報告されている。しかし気候変動対策は、既にモデル地域外でも実施されている。
貧困地域として有名な甘粛省の事例は、モデル地域外の貧困地区においても既に気候変動対策
が始動している実態を示す好例となるだろう。
甘粛省は中央政府の意向を受け、2009年 4 月13日に「甘粛省気候変動に対するプランの通
知(35)」を公布した。この通知は基本的に今まで取り上げた「中国の気候変動に対する政策と
行動」の2008年版から2010年版に発表された項目に準じて作成されている。経済発展と共に気
候変動に対応することが強調されている点は国家のそれと同様であるが、
自然環境変化の概要、
経済社会発展の現状などどれも地域名、活動状況、数値データを伴って記されており、具体性
に富んでいる点が特徴である。例えば天然資源林保護工程の造林面積や、風力発電基地の具体
的増加数、2010年から2015年までの一人あたりの二酸化炭素排出量の減少予測数値などが詳細
に記されている。
これは省レベルの通知が作成される背景を如実に示している。国家の文書では2020年、もし
くは2050年までの数値予測がなされているのに対し、省の通知は2015年までの目標数値の記載
にとどまっている。その背景には、甘粛省が通知を作成する際に、2000年より実施されていた
西部大開発政策や五か年計画を元にしていることがある。さらに、
「甘粛省気候変動に対する
プランの通知」の中の「第三部 甘粛省の気候変動に対する指導思想、原則目標」の指導思想
の項目に、「西部大開発戦略の実施を加速する(36)」と明記されているように、やはり省レベル
においても気候変動対策を従来の開発政策の発展形と位置づけ、既存政策を取込む傾向が指摘
できる。
(34)同上
(35)「甘粛省应对气候变化方案的通知」2009.4.13. 中国甘粛ネット <http://www.gscn.com.cn/pub/chief/zfwj/2010/04
/22/1271917565303.html>
(36)同上
総合調査「世界の中の中国」
129
Ⅱ 新たな国際環境の中での中国
一方で、2010年12月の段階では省以下の行政レベル、すなわち市や自治県における気候変動
に関するプランは見出すことが難しい。従来の政策実施例から見るに(37)、通常省レベルで作
成された文書に基づき、下位行政レベルがより現地状況に即したプランを作り、現地の様々な
政策が施行される。
「甘粛省気候変動に対するプランの通知」も、各市自治州人民政府、省政
府各部門、各単位へ向けて発表されていること、さらに通常の政策の流れから考えても、近い
将来、省以下の行政レベルにおいて、更に現地状況に即した気候変動対策に関するプランが作
成され、気候変動対策の担当部署が設立されることになろう。
2 気候変動対応実績として位置づけられた過去の政策
発展著しい沿海部を除いた農村地域は中国の大部分の面積を占める。このような地域に居住
する人々が直接的に影響を受ける気候変動対策は、エネルギー源としてのメタンガス使用の普
及、植樹面積拡大、太陽光エネルギーの使用などである。フィールドワークでは、内モンゴル
自治区の定住型牧畜民や甘粛省の農耕民宅で、メタンガス利用装置が急速に普及し、また季節
移動を行う半定住型牧畜民の家では太陽光パネルの利用もまた急増したことが確認されてい
る。そして人々に最も大きな影響を与えたと思われるプロジェクトは、植樹、草地面積拡大に
伴う牧畜民、農耕民の生業構造改革事業であった。
本節では、その生業構造改革の基になり、また気候変動対応実績とされた退耕還林事業を取
り上げ、当初の事業目的と現在の位置づけを明らかにする。
2002年に公布された「退耕還林条例」は、政府主導で実施された農地から林地への土地利用
転換事業について定めたものである(38)。もともとこの退耕還林事業は、二酸化炭素を吸収す
る炭素蓄積・吸収源創造を目的として開始された事業ではなかった。
退耕還林事業の発端は、1998年にさかのぼる。1998年に長江流域は 2 億3000万人が被災する
大洪水に見舞われた(39)。長江の洪水被害拡大の一因は、1950年代後半より続けられた農地開
発や木材調達の為の森林伐採であった。この事態を重く見た国務院は、1998年のうちに「全国
生態環境建設計画の通知」を公布し、山間部における生態環境回復を試みた。さらに1999年に
は朱鎔基首相が四川省、甘粛省、陝西省での退耕還林の実験開始を指示した。2000年12月21日
には、1998年の通知内容に手を加えた「全国生態環境保護要綱」が国務院から発表された。さ
らに2001年からは「全国生態環境保護要綱」に基づき試験地点にて退耕還林(40)が実施された。
その成果が認められ、2002年の条例制定に至る。さらに同時期、中国内陸部の経済発展を目的
とした西部大開発政策が広範囲で実施されていた。この開発政策は自然環境保護を重視してお
(37)筆者が2003年、2004年に行ったフィールドワークでは、退耕還林条例に基づく強制移住政策及び節水型社会建設
政策を実施する際、省の下位行政単位である区、自治州レベルでの公文書が発行されていたことを確認している。
(38)退耕還林に関する内容は、関良基ほか『中国の森林再生―社会主義と市場主義を超えて―』お茶の水書房 , 2009.
に詳しい。「造林対象地は、主として25度以上の急傾斜地などに不適切に開墾された請負農地である。政府は、農家
の同意に基づいて、傾斜地の農地を人工林に転換する。退耕還林に同意した農家には国家補償として、穀物の現物
あるいは現金が 8 年間供与される」同書の p.41.
(39)「中国南部の長江(揚子江)流域では、1998年6月後半から 8 月にかけて1954年以来の大規模な洪水に見舞われ、
特に華中の湖南省、湖北省、江西省を中心に大きな被害が発生した。これらの洪水によって、中国ではあわせて3,000
人以上が死亡し、 2 億3,000万人が被災、家屋や農地の浸水などにより、被災総額は 300億ドルにも達したと伝えら
れている。」気象庁『異常気象レポート 2005 近年における世界の異常気象と気候変動―その実態と見通し(Ⅶ)―』
気象庁 , 2005.10, p.41.<http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/climate_change/2005/pdf/2005_1-2.pdf>
(40)本政策の実施例をみると、穀物用地を経済林用地に転用し果樹生産によって農民の収入を増加させる事例も見
られる。すなわち農業構造改革としての役割も担っていると言える。
130
総合調査「世界の中の中国」
8 気候変動問題に対する中国国内の取組み
り(41)、退耕還林事業実践を後押しする背景ともなっていた。
筆者は2004年、甘粛省張掖市粛南ユーグ族自治県にて、この退耕還林事業実践のために草原
荒漠地域の居住者を強制移住させる任務にあたっていた地方行政幹部から聞取り調査を行っ
た。この地域は「1970年代の森林伐採と、山地牧畜民の諸放牧により草原、林地退化がおこっ
た」とされている。現地の林業関係者は森林伐採による林地面積の減少を語り、また牧畜民は
草丈の低下を指摘しており、環境悪化は実際に発生していたようである(42)。
この様な状況下、強制移住政策にかかわる地方行政幹部は、当時事業の目的として「植被回
復」は指摘したものの、気候変動対策を関係づけて語ることはなかった。さらに「居住者を、
病院や学校がある都市近郊へ移住させ、彼らの生活環境を整備すること」を政策実施の背景と
して加え、彼らが政策実施を住民に告げる際には、インフラが整った病院や学校がある都市近
郊へ移住することのメリットを強調していた(43)。
政策実施を指導した公文書にも、炭素蓄積・吸収に関係する話は見られず、政策実行者のレ
ベルにおいても、2004年当時、退耕還林事業は農地開発及び森林伐採で失われた植被回復を目
的に実施されたものであったといえる。
これらの成果が前節で取り上げた「甘粛省気候変動に対するプランの通知」の中では、気候
変動対策に伴う事業とその結果として、
「この事業の範囲は…(中略)…祁連山[甘粛省張掖市
粛南ユーグ族自治県の山岳域の名称であり、この事例が展開された地域でもある]など12か所
の天然林地で実施され、
…(中略)2008年までに完成した林面積は1068.86ムー(約71.2ヘクタール)
である」と記載され、炭素蓄積・吸収としての気候変動対策の意味が加味され、気候変動対策
の成果と行動として取込まれているのである。
3 気候変動対策例として位置づけられた黒河中流域湿地公園
さて、省の下位レベル、市レベルでは未だ気候変動対策に関する具体的政策は実施されてい
ないことは先に指摘した。しかしその一方で、政策実施前にもかかわらず、既に気候変動対策
を意識した動きが現地では見られる。以下、気候変動対策に取込まれたといえる事例を紹介し
たい。
中国甘粛省張掖市甘州区の中央、扇状地の湧水地点に現在張掖国家湿地公園が建設されてい
る。この公園建設地には、2004年には水がほとんど見られず、草が茂り牧夫が放牧を行う牧歌
的な風景が広がっていた。一方で付近に居住する農民からは、
「数年前から泉が枯れてしまっ
た」、「(灌漑の為に)深井戸を掘った」などと、地下水位低下を示唆する声が聞かれていた。公
文書においても湿地面積の縮小が問題視されていたほどであった(44)。甘州区はもともと史記
に西漢王朝期の灌漑が記されているほど古くから河川灌漑農業が行われている地域である(45)。
広大な穀物生産地域として名を馳せる一方で、1960年頃から農地開発に伴う河川水利用も増加
(41)詳細については、中村知子『西部大開発政策下の社会構造とその変動―政策実施下における中間アクター分析:
中国甘粛省張掖市周辺を例に―』(東北大学博士学位論文)
, 2008, pp.1-26. 参照。
(42)詳細については、中村知子「生態移民政策にかかわる当事者の認識差異」小長谷有紀・中尾正義・シンジルト編
『中国の環境政策「生態移民」―緑の大地、内モンゴルの砂漠化を防げるか?』昭和堂 , 2010, pp.270-287. 参照。
(43)同上
(44) 张 作忠「黑河流域 综 合治理 张 掖面 临 的机遇挑 战 与 对 策(黒河流域の総合管理における張掖の挑戦と対策)」
2004.3.4.甘粛・高台・統一戦線ホームページ
<http://tz.gaotai.gov.cn/ReadNews.asp?NewsID=52&BigClassName=% BD% A8% D1% D4% CF% D7% B2% DF&Small
ClassName=% C5% A9% C1% D6% CB% AE% C4% C1&SpecialID=0>
総合調査「世界の中の中国」
131
Ⅱ 新たな国際環境の中での中国
し、比例するように湿地帯の面積も縮小していった。
しかし、2005~06年頃、この湿地に大きな転機が訪れる。突如として、地下水位が上昇し、
一帯に湿地面積が広がっていったのである。地下水位の上昇は、近隣住民の家屋に水が浸透す
るなどの様々な被害をもたらした。地下水位上昇の原因に関しては諸説存在し、未だ明らかに
はされていない。一説には、
水利用不均衡の問題を解決するために2003年頃から採用された
「河
川水を計画的に節約利用しつつ、社会経済発展を追求する社会を構築する政策=節水型社会建
設政策(46)」が関係しているとする説もある(47)。
このように偶発的に生まれた湿地一帯を、張掖市は湿地公園建設の好機と捉え、2008年 8 月
から、湿地公園建設の意義を関係者らと話し合い(48)、公園建設を開始する。その背景には中
国全土における湿地公園建設の動向があった。
中国全体では、2004年以降湿地公園の建設が急速にすすめられている。この背景には、中国
政府が「全国湿地保護事業実施計画」により、90億元の投資をし、湿地保護事業を全国的に展
開したことがある(49)。この事業によって造られた都市湿地公園は、
「都市計画区域範囲内、都
(50)
市緑地系統に取り入れられ、自然湿地の存在する公園」
であり、開発に伴い失われた自然環
境の保護対策として位置づけられている。
聞取りによると、甘粛省張掖市甘州区では、2008年から湿地周辺に住む農民を強制退去させ、
約173ヘクタールの土地を確保したという。農地であったところは放棄され、湿地に遊歩道や
東屋が建造された。さらに湿地周辺には旅客宿泊施設や高層マンションを建設し、観光地化を
目指しており、
中央政府が西部大開発政策以降度重ねて主張している「環境保護と開発の両立」
(45)「1779年の時点で既に現在甘州区に張り巡らされた大梁の多くが確認されており清朝期の貴重な穀物生産地域と
なっていた。」甘粛省張掖市誌編修委員会編『張掖市誌』甘粛人民出版社 , 1995, p.223.
(46)節水型社会建設政策の詳細や実施内容に関しては次に詳しい。
中村知子『西部大開発政策下の社会構造とその変動―政策実施下における中間アクター分析:中国甘粛省張掖市
周辺を例に―』(東北大学博士学位論文),2008;窪田順平・中村知子「中国の水問題と節水政策の行方―中国北西部・
黒河流域を例として」秋道智彌ほか『水と環境』
(人と水Ⅰ)勉誠出版 , 2010, pp.275-303.
(47)地下水の増加理由は、未だ明確な理由が明らかになっているわけではないが、現在まで、幾人かの研究者がその
要因を考察している。
①降水量増加説…「降水量の増加を指摘する説。2001年以降、黒河の水源涵養地域にあたる山岳域の降水量は明ら
かに上昇しているという」刘宗平・王鹏・钱鞠・张潜・胡兴林「黑河中游盆地甘州区地下水位上升驱动因素及对
策研究 」『水文』28巻 5 期 , 2008, p.83.
②節水型社会建設政策原因説…「中心部の地下水位の年間変化の過程をみると、水位上昇期と河川に水が流れる時
間は対応しているという。このことから、河川からの浸透が地下水への水補充に作用し、川岸部の地下水位上昇
を引き起こしているといえ、河川水利用を規制した節水型社会建設政策が起因しているのではないか、という。」
同論文 p.84.
③地震説…「(2003年に続き)2006年 4 月 6 日に甘州区上秦鎮で発生した巨大地震の影響で、震央の北部約6.4km の
地下水観測点にて地震直後の水位が短期間回復する現象が見られたことを引き合いに、度重なる地震が地下水水
位上昇を誘導する因素となりうる」孔霞「甘肃区地下水水动态变化分析」
『甘肃科技』第24巻第22期 , 2008, p.61.
上記の論文にはその他、都市建設説、農業灌漑説なども報告されている。
(48)「 张 掖打造“中国黑河湿地保 护 工程” 纪实(張掖が構築した“中国黒河湿地保護工程”の事実)
」
『甘粛日報』
2009.1.14. <http://www.gs.xinhuanet.com/news/2009-01/14/content_15447284.htm>
(49)湿地保護事業に関する経緯は次の通りである。
「自然環境の破壊等を背景として、湿地の重要性が認識されてき
たことを背景に、中国政府(建設部)は2004年 2 月11日、正式に山東省栄成市桑溝湾都市湿地公園を第一号の国家
都市湿地公園として認可した。翌年(2005年)
「都市湿地公園計画設計導則(案)
」を制定、さらに2005年 5 月20日、
建設部は 9 つの国家都市型湿地公園を認定した(表- 1 参照)
。そして、中国国務院批准の「全国湿地保護事業実施
計画」(2005~2010年)により、 5 年間で90億(人民元)の投資をし、湿地保護事業を全国に広げることとなった。」
章 俊華ほか「中国における国家都市湿地公園の計画について(海外の造園動向)
」
『ランドスケープ研究 日本造園
学会誌』第69巻第 4 期 , 2006, p.311.
(50)同上
132
総合調査「世界の中の中国」
8 気候変動問題に対する中国国内の取組み
を目指している。
2008年10月20日~21日に中国江蘇省で行われた、
「湿地保護、地球温暖化対策」国際シンポ
ジウムは、湿地公園建設を気候変動対策の 1 つとして専門家が位置づける契機となったと思わ
れる(51)。このシンポジウムは国家林業局や世界自然保護基金(WWF) などが主催しており、
国内外合わせた160名以上の専門家や政府関係者が参加した。このシンポジウムでは、湿地の
二酸化炭素固定能力が評価され、気候変動対策における湿地保護の重要性が確認された(52)。
また、北京林業大学教授の雷光春教授は、気候変動に対する国家プランには湿地が入っていな
いことを指摘し、今後の改正プランには湿地を含めるべきであると述べた(53)。
2010年11月18日には、全国人民政治協商会議の調査グループである気候変動対応調査グルー
プが甘粛省張掖市甘州区の湿地公園建設地を訪れ、その経緯について調査を実施した。中国人
民政治協商会議常務委員・秦大河氏(54)は「張掖の近年の経済発展と生態保護方面で得られた
「世界の気候変動に対応するためにはこのような人々の共
結果は高い評価に値する(55)」とし、
同努力が必要不可欠であり、(中略)人々が気候変動に関し知識をもち、全社会の気候変動に対
する意識を高めることの必要性を述べ(56)」
、気候変動への対応の一例として高く評価した。
このように、甘粛省張掖市の湿地公園の事例は、偶発的産物である湿地の開発利用活動をも
気候変動対策の成果として取込む、中国の発想の転換が如実に表れた一例であろう。
おわりに
中国の気候変動対策は、これまで見てきたように、国家レベルで気候変動対策の方向性を定
め、国家から地方へと政策策定の重点が移行し、中国国内での実践を地方にて開始した段階に
あるといえる。中国は先進国がこれまで排出してきた二酸化炭素の被害者であるという認識は
依然として保持しているものの、その一方で自国の気候変動対策を重要視し、実践へとつなげ
てきていることは、これまで述べてきたとおりである。
そしてそのスタンスは、
甘粛省の退耕還林事業や湿地公園建設事業において見られたように、
「様々な対策をこれから始める」のではなく「今までも気候変動対策は行ってきている」との
スタート地点に立ち、既存の政策を気候変動対策に結び付け、取込んで「実績」とするもので
あった。この論理はもとをただせば、2007年 6 月 8 日に G8+ 5 トップ会議での演説で胡錦濤
国家主席が、中国政府は既に温室効果ガス排出削減に向けてさまざまな政策や対策をとってい
ると主張したことにもつながる。さらにこの認識は国家レベルの政府関係者のみならず、有識
者においても見られる論理であることは、湿地の事例で示したとおりである。この論理こそが
中国の気候変動対策実践におけるスタンスであり、特徴であると言える。
このように中国国内では現在、多種多様な既存の政策を様々に解釈し、気候変動対策へと結
(51)「 湿 地 保 护 写 入“ 应 对 气 候 变 化 方 案 ”」2008.11.7. 張 掖 湿 地 ネ ッ ト <http://zysd.zhangye.gov.cn/kpyd/sdyj/
200811/101724.html>
(52)同上
(53)同上
(54)中国人民政治協商会議常務委員であり、気候学の専門家である。かつて中国国家気象局局長を務めた経験を有す
る。第53回国際気象機関賞を受賞している人物である。
(55)「全国政协“应对气候变化”调研组在我市调研时指出」中国共産党張掖市委員会組織部ホームページ 2010.11.29.
<http://www.zydj.gov.cn/Article/ShowArticle.asp?ArticleID=1299>
(56)同上
総合調査「世界の中の中国」
133
Ⅱ 新たな国際環境の中での中国
び付け、成果として報告する作業が行われている。それと同時に、新政策の実行、例えばクリー
ン開発メカニズム活動も推奨されており、
甘粛省張掖市においても、
日本政府が承認したクリー
ン開発メカニズム(日本の三井物産株式会社と現地水利電力会社の中国甘粛省二龍山における水力発電プ
(57)
ロジェクト
)もすすめられている。
まさに中国は今、官民一体となって、新旧あらゆる政策により実施された事象を気候変動対
策の実績として取込み、成果として集積している段階である。これらの結果は近い将来「全国
規模の気候変動対策実績」として公表されると予測され、その動向が注目される。
(57)「本プロジェクトは、甘粛省を流れる黒河上流中域に流れ込み式の水力発電を建設するもの。本プロジェクトの
最大出力は50.5メガワット(20メガワット× 2 基 +10.5メガワット× 1 基)
、年間165,270メガワットの電力が甘粛省
グリッドを介して、中国西北グリッドに供給される。本プロジェクトにより、134,811t CO2/年の削減を見込んで
いる。」
「これまでに日本政府が承認した CDM/JI プロジェクト」
経済産業省ホームページ 2010.6.30.
<http://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/j-cdm/100930project-ichiran689.pdf>
134
総合調査「世界の中の中国」
Fly UP