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アベノミクスの中間評価と残された課題
日本総研主催シンポジウム 第1部 問題提起① アベノミクスの中間評価と残された課題 株式会社日本総合研究所 チーフエコノミスト/調査部長 山田 久 日本総研、調査部の山田でございます。私のほうからは、タイトルにございますように、「アベノミ クスの中間評価と残された課題」ということで、まず問題提起をさせていただきます。 あらかじめ私のプレゼンのポイントを3点申し上げておきます。 〔ポイント① アベノミクスの中間評価〕 まず、アベノミクスの中間評価ということですけれども、ここに書いてございますように、積極的な 金融・財政政策によりデフレの状態を脱するきっかけをつくっている、そういう点は高く評価できるか と思います。しかしながら、金融・財政政策というのは、もともと一時的かつ不確実性を伴うものであ り、真のデフレ脱却を果たすには、投資拡大、成長持続、賃上げの好循環をつくり出す必要があると思 います。 4 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 アベノミクスの中間評価と残された課題 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 5 〔ポイント② アベノミクスの位置づけ〕 それから二つ目、アベノミクスの位置付けですけれども、それはデフレ脱却、経済の正常化を目指す ものであり、いわば、日本の経済社会の持続性を取り戻すための「前工程」と言えるのではないか。 「後工程」として、金融財政の正常化、とくに財政再建に取り組んでいくことが必要だと思います。 〔ポイント③ 経済と両立する財政健全化目標〕 それから3点目といたしましては、経済と財政再建との両立についてですけれども、長期金利が本格 的に上昇するまでに、現状、200%を超える公的債務のGDP比率を一定レベルに引き下げておく必要が あると思います。そのためには、今、政府が設定しておりますプライマリーバランスの2020年までの黒 字化だけではなく、さらにそこから進んで、2020年代の半ばごろにはプライマリーバランスのGDP比 をプラス4%程度に持っていくことが望ましい、というのが私どもの提案でございます。 以下、詳しくお話を申し上げます。 〔1.アベノミクスの意義と課題〕 〔■アベノミクス開始前の日本経済の状況~「デフレ均衡」〕 まず、アベノミクスの評価をする前に、これまで日本経済はどういう状態にあったかということにつ いてお話をさせていただきます。ここにございますように、デフレ均衡あるいは縮小均衡の状態にある わけですけれども、日本の場合は雇用維持を優先するなかで賃金を抑える。これが結果として企業の不 6 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 アベノミクスの中間評価と残された課題 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 7 採算事業の温存をもたらして、収益性を低下させて、投資の低迷をもたらす。これは主に大手企業で起 こっておりますけれども、経済全体にそういうメカニズムが波及していた。さらには、円高とデフレが こういう悪い循環を持続させていたのだと思います。 〔■「デフレ均衡=市況均衡の罠」から抜け出せなければ…〕 こういう状態が続きますと、デフレのなかではどうしても投資が抑制されます。それからもう一つ問 題なのは、若い人の雇用情勢が悪化していっているということであります。その結果として、いわゆる 潜在成長率が落ちていくわけですけれども、当然、税収が伸び悩んでいく。となれば、財政赤字が恒常 的に発生する。デフレから脱却しない以上、財政破綻は避けられない。そういう状況にあったと言えま す。 そのなかでアベノミクスが始まってまさに1年ですけれども、大きく状況が変わったと思います。ま ず、やはり円安が進んできたということで、企業のマインドが改善し、収益が改善し、設備投資が少し ずつ増え始めております。 〔■アベノミクスはこれまでのところ、異次元緩和により円高是正に成功…〕 そういうなかで、こちらの図表にもありますように、足元で物価がプラスに転じ始めてきている。そ ういう部分は高く評価できるのだと思います。しかしながら、冒頭にも申し上げましたように、金融・ 財政政策はやはり効果が一時的かつ不確実性を伴うものです。したがって、前のページに示しました悪 8 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 アベノミクスの中間評価と残された課題 循環を脱する、投資拡大と成長持続と賃上げの「新しい好循環」をつくっていかないとだめだと思いま す。 〔■一方、アベノミクスには、これまでに将来的な問題の種を植え付けている面も…〕 さらには、アベノミクスに関しましては、将来的に大きな問題の種を植えつけている面もある。この あたりを見逃すことができないと思います。具体的に言いますと、いわゆる異次元緩和によって、当面、 金利が低く抑えられますけれども、将来的には、金利の上昇をもたらすことが避けられないのではない かということであります。と申しますのも、異次元緩和というものがデフレ脱却を目的としている以上、 それが成功すれば、当然、インフレ率が上がってくる。それによって長期金利が上昇するのは当然のこ とであるためです。 そうなれば、債券価格がいずれ暴落し、大量の国債を保有する日銀のバランスシートは大幅に毀損す ることになります。さらには、当面、低金利の状態が続きますと、どうしても政府が財政健全化の取り 組みを先送りしがちになる。いずれ、金利が上昇するときに、その分、深刻な形で財政危機が生じるこ とになる。ここで試算をしてございますけれども、金利が例えば2.5%ぐらいまで上がったときに、実は、 10年以内に、今は10兆円程度の利払い費が1.5倍に増える。そういう潜在的なリスクを抱えているとい うことでございます。 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 9 〔■アベノミクスは「デフレ脱却=経済の正常化」を目指すものであり…〕 すなわち、異次元緩和というのは、いわば財政ファイナンスと隣り合わせのものと言えるわけであり ます。今は財政の信頼は結果として維持されている。そういうことで金利が低く抑えられているわけで すけれども、逆に言いますと、いったん、財政への信頼が失われれば金利が急騰することは避けられな い。今、日本の財政の状態は、ここに示すまでもないですけれども、GDP比に対する公的債務の残高 が200%を超える世界でも最悪の状況と言われており、そのなかで金利が急騰しますと、財政危機の深 刻化が避けられない状況になっているわけです。そういう意味で、財政の再建は直ちに取り組むべき喫 緊の課題と言えます。 ここまでをまとめますと、冒頭でも申し上げましたが、大局的に見たアベノミクスの位置づけという ことで言いますと、それはデフレ脱却、経済の正常化を目指すものであり、日本の経済社会のサステイ ナビリティを取り戻すためのいわば「前工程」にとどまる。「後工程」として財政再建に取り組むこと が不可欠になる、そういうことでございます。 〔2. 「投資拡大⇔成長持続⇔賃上げ」の循環を可能にする成長戦略〕 〔■「成長持続⇔賃上げ」好循環の形成〕 以上がアベノミクスの評価なわけですけれども、残された課題の一つ目であります「成長戦略」に関 しまして、少し考えてみたいと思います。結論から言いますと、今、いろんな形で取り組みがなされて おりますけれども、最終的には名目賃金が持続的に上昇する状態が生み出せるかどうかが最大の鍵だと 10 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 アベノミクスの中間評価と残された課題 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 11 思います。 そういう観点からいたしますと、今年9月以降、経済の好循環実現に向けた政労使会議というものが 開かれております。そこにおいて賃金引き上げに向けた議論が進んできている。これは画期的なことで はないかと思っております。しかしながら、名目賃金の持続的な上昇を実現するには、これまでの企業 の低収益性と賃金の下落の悪循環の状態を、まさに企業の収益性が上がっていって賃金が上がっていく、 こういう好循環のところまで持っていかないとだめだということであります。 そのためには、もちろん、賃上げの雰囲気ということも必要なのですけれども、当然、この賃金の原 資である生産性を上げていくことが極めて重要になってきます。生産性向上には環境変化に応じて企業 が事業構造を絶えず転換していくことが必要になるわけで、当然、そこには雇用の流動化を進めるとい う意味での雇用制度改革が重要になってきます。つまり、賃上げと雇用制度改革はセットなわけであり ます。 そういう意味では、本来、政労使協議はすでに一部はその部分に入ってきておりますけれども、さら に進んで、ここに書いているような形でのさまざまな構造改革、とくに雇用の流動化を進めていく、そ の裏側にあるセーフティネットを整備しながらこれを進める、そういう議論が、今、残されている大き な課題であると思います。 〔■「投資拡大⇔成長持続」好循環の形成〕 さらに、この結果として、企業収益の増加と賃金の増加の好循環メカニズムが構築されたとしても、 まだ二つ、クリアすべき条件が残っていると思います。 一つは、言うまでもないですが、日本は本格的な人口減少時代に入っております。そのなかで、企業 が収益性向上のために事業再編に取り組んでいくときに、どうしても縮小均衡に陥りがちになります。 そこを打破するには、やはり海外で成長する需要を取り込んでいくことが重要だと思います。 そういう意味で、少し文章のところに書いてございますけれども、いわゆるコモディティ分野の生産 は新興国をはじめとした海外にシフトしていく。一方で、国内の拠点は高収益分野に特化すると同時に、 海外で上げた収益を還流させ、先端の事業の開発に投資していく。いわゆる「海外生産・収益還元・国 内開発」型のビジネスモデルというものを民間主導でつくっていく、これが重要になってくると思いま す。 実は、このあたりの変化は、ここに示しましたように、例えば投資収益の増加、あるいはロイヤリテ ィの増加というかたちで、少しそういう兆しが出ている。この動きを政府が加速させていくような環境 整備が重要であると思います。 もう一点は、賃金が増えてきたとしても、最終的にはこれが消費につながる必要があります。そうい う意味では、家計の将来に対する不確実性をなくす信頼できる社会保障制度の再構築が二つ目として重 要になってくると思います。 〔■持続的経済成長経路における名目成長率をどう考えるか〕 このように考えたうえで、では、うまく成長戦略がこういう形で実を結んでいったときに、日本はど 12 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 アベノミクスの中間評価と残された課題 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 13 れぐらいの経済成長ができるのかという話を少し考えてみたいと思います。これは、財政再建を考える 際の前提にもなります。 そもそも名目成長率は三つのファクターからなります。労働力の伸び率、トレンド的な生産性の上昇 率、それから望ましいインフレ率、の三つです。労働力の伸び率は人口動態で大体決まってきますので、 問題は残りの二つをどう考えるかであります。 まず、生産性上昇に関しましては、過去、日本であれ、あるいはアメリカであれ、トレンドを上回る 生産性の上昇が生じたときは、実は、バブルが起こっているケースが多かったということでございます。 そういう意味では、もちろん、高い生産性を追求して、いろんな改革をすることは必要なのですけれど も、基本的には、過去からのトレンドを踏まえた形で考えておくことが重要ではないかと思います。 それと、いわゆるインフレ率のほうですけれども、高過ぎるインフレ率を設定した場合、インフレを 起こすために引き締めをおくらせることになりますと、どうしてもバブルが発生するリスクが出てきま す。それから、今、日本では非常に財政状況が厳しいなかでインフレ率の高まりに伴って金利が大きく 上昇すると、利払いを雪だるま式に増やしてしまう。そういうリスクもあると思います。 〔以上のように考えれば、目指すべき実質経済成長率は1%程度…〕 以上のように考えますと、目指すべき成長率に関しまして、いわゆる実質成長率は、レジュメに少し 詳しめに根拠を書いておりますけれども、結論としては、トレンド的な成長率から考えて、1%程度と 考えるのが妥当ではないか。それから、物価に関しましても、中長期的には1%から2%という幅を持 14 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 アベノミクスの中間評価と残された課題 たせることが妥当かと思いますけれども、当面に関しましては、過去から判断してもわかりますように、 1%程度と見るのが妥当なのではないか。結果として、私どもが当面目指すべき名目成長率は2%程度 が妥当ではないか、そのように考えております。 〔3.経済と財政、両立の条件〕 〔■財政再建の在り方〕 以上、とくに成長戦略のところを考えてきましたけれども、次に、それを前提に日本再生の後工程に 位置付けられる財政再建の在り方について考えていきたいと思います。 そもそも財政再建につきましては、現状、日本は金利が世界の最低水準にあります。そのなかで急い で取り組む必要はないのではないかという意見もあるかと思います。 ただ、それは、わが国がデフレ状態にある、さらには経常収支の黒字が残っているという、その限り においての話ではないかと思います。図表にありますように、先進国の経常収支の大きさと長期金利の 関係を見ますと、経常収支の黒字が大きい国ほど金利が低いという関係にあります。そういう意味では、 直ちに財政危機は日本では起こりづらいということかと思います。 しかしながら、財政赤字が発生しているということは、生産要素が非効率的な公的セクターで浪費さ れ、潜在成長率が徐々に低下しているということを意味しております。そうした状況が続けば、徐々に 民間の余剰資金がゆっくりと減っていき、いずれは財政赤字国に転換していく。そうなれば、財政危機 の顕在化が避けられないということであります。そういう意味で、公的セクターを縮小しながら民間活 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 15 力を高めることがまさに重要であり、それこそが成長戦略の意義だと思います。 さらに、財政危機の顕在化を避けるという意味では、経常黒字をできるだけ残しておくことも必要だ と思います。わが国は、もはや貿易黒字がなかなか期待できない状況にあります。そういう意味では、 所得収支の黒字あるいはサービス収支の黒字を目指す必要があると思っています。実は、それは先に指 摘しました「海外生産・収益還元・国内開発」型のビジネスモデルを構築することによって、結果とし て達成されるということだと思います。 以上を前提に、では、もう少し具体的に財政再建をどのようにすべきか、ということについて申し上 げたいと思います。ここは、社会保障の分野とそれ以外について分けて考えることが必要と思います。 社会保障については、この後、西沢のほうから詳しいお話をさせていただきますけれども、基本的な 考え方だけ申し上げますと、税の投入はシビルミニマム部分に限定する。そのうえで基本原理は、社会 保険方式に基づいて受益者が負担との関係を考慮してサービス内容を選択する仕組みにすべきだと私ど もは考えております。 〔◇その他裁量的支出〕 では、社会保障以外の部分についてどう考えるか。これに関しましては、図表19にありますように、 主要先進国の状況を見ますと、社会保障以外の支出の規模が小さいほど経済成長率が高い、そういう関 係にあります。もちろん、国防とか外交あるいは科学技術といった、いわば国家の存立基盤にかかわる 部分はきちんとした予算確保は必要なわけですけれども、それ以外の部分、とくに産業・生活インフラ 16 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 アベノミクスの中間評価と残された課題 に関連する支出については、やはり極力効率化していく。とくに、インフラ部分に関しましては今後更 新投資が増えていくということを考えますと、極力新規投資を厳選していくことが必要かと思います。 では、具体的にどうやって行っていくのかに関しましては、後ほど、河村のほうからその在り方につ いてのオプションをお示しいたします。 〔■経済と財政の両立は可能か?〕 これまで申し上げましたのは、ある意味、財政のロジックに基づいた議論なのですけれども、現実に は、経済成長との両立がなければ財政の再建は難しいと思います。では、本当に財政の再建と経済成長 の両立は可能なのか、そういう観点で少し考えてみたいと思います。 これは、言いかえれば、財政再建のペースをどう考えるかということです。そのときにまず念頭に置 く必要があるのは、今は長期金利は低いけれども、10年以上先を展望いたしますと、さすがにその段階 では長期金利が本格的に上昇していく可能性がかなり高いと考えられます。その意味で、それまでに現 状200%を超える公的債務のGDP比率をやはり一定レベルに引き下げておく必要があると思います。そ ういう意味では、今年の骨太の方針に明記された「2020年度までのプライマリーバランスの黒字化」と いう目標は堅持するとともに、さらには「2020年代半ばごろにはプライマリーバランスのGDP比を4 %程度に持っていくことが望ましい」と私どもは考えております。この4%という数字は、OECDが今 年、対日審査報告書のなかで財政再建に必要な比率として挙げたものでございまして、そこを我々も参 考にしております。 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 17 そう考えたときに、もう少し具体的に試算を行ってみました。2020年度のプライマリーバランスの GDP比を0%に持っていく、さらに2025年度にはそれを4%へ引き上げる、という具体的な目標を設 定した場合について考えます。私どもが適当と見ている名目成長率2%程度を前提に、さらに2015年度 に消費税率10%への引き上げを織り込んだうえで、現状の制度を維持したときに、どれぐらい財政赤字 の削減が必要かという試算を行ってみました。その結果は、レジュメに書いておりますように、制度改 革によって2020年度までに18兆円、それから2025年度までには45兆の財政赤字の削減が必要ということ になってきます。 一方、この間、名目成長率が2%と考えますと、GDPは2020年度までに約50兆円増えることになり ます。さらには、2025年度までには100兆円増えるということになります。すなわち、この図表が意味 することは、財政再建と引き換えになる民間部門での富の減少、これは具体的には増税もありますし、 社会保険料の増加、さらには歳出の削減というものもある、これらの組み合わせですけれども、そのネ ットの減少額が、民間部門において潜在的に創出可能な富の額の半分以下にとどまる。そういう意味で、 財政再建を進めながら経済成長を持続させることは、私どもは十分可能と考えております。 〔◇ただし、この間、民間部門が拡大を続けるには…〕 以上を踏まえまして、最終的な我々の結論ですけれども、実際にこういう形での財政削減をすれば、 経済成長に対して無視できない下振れリスクが発生する可能性はあります。しかしながら、言うまでも ありませんが、取り組みが遅れれば遅れるほど、将来の財政破綻のリスクが大きくなる。この点を我々 18 J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 アベノミクスの中間評価と残された課題 83rd Annual Report はきっちりと認識する必要があると思います。そういう意味では、先送りは決して許されない。もちろ ん、柔軟な対応は必要ですけれども、基本路線としては財政赤字削減の目標として2020年度までに制度 改革によって18兆円、さらに2025年度までに45兆円、これを歳出・歳入双方の構造改革によって達成し ていく、そういうことを今から進める必要があると考えております。 まず、私のほうからこういう形で問題提起をさせていただきます。ご清聴どうもありがとうございま した。 (拍手) J R Iレビュー 2014 Vol.2, No.12 19