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【緊急報告】 深刻化するオーストラリアの大渇水

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【緊急報告】 深刻化するオーストラリアの大渇水
事故・災害
オーストラリア
【緊急報告】
深刻化するオーストラリアの大渇水
―大干ばつは大陸を干上がらせる!?―
※オーストラリアの大渇水について、PHOTO REPORT ④(12 ページ)と関連した緊急報告を行う。
ss 高崎哲郎
ダム湖の貯水量、減り続ける
(百万m3)
3,000
ニューサウスウエルズ州・州都シドニーのホテルに
2,500
到着した日の昼過ぎのことである。おそい昼食をとる
2,000
ためにホテルを出ようとしたところ、空が急に暗くな
■ 11月下旬現在の貯水量 ■ 全貯水容量
1,500
り雷鳴がとどろいた。その途端、大粒の雨がこの人口
400 万人を超える大都会をたたき出した。道路が人声
で騒がしいので入口まで戻ってみると、多くの市民が
豪雨に頭から打たれて小躍りしているのだ。
「雨が降っ
た!祈りが神様に通じた!」と叫んでいる。聞けば、
降雨があったのは数週間ぶり、とのことであった。市
1,000
38.6%
42.2%
500
24.9%
41.0%
58.0%
29.8%
0
シドニー
メルボルン ブリスベン アデレード
パース
キャンベラ
図-1 オーストラリア主要都市の貯水池の状況
民が狂喜するのもわかろうというものだが、この天か
(ダム湖)を視察した。同ダムは水道水用ダムである。
らの恵みも無残なことに通り雨でしかなく、約 30 分後
(少雨地帯の多いオーストラリアには洪水調節用ダムは
には夏の日差しが再び照り付け出した。私は到着した
ないという)
。水位が低下しているのは湖岸から一目見
日に偶然目撃したこの光景から、この国の干ばつの被
て明らかだった。インフォメーション・センターで州
害が国民の精神にまで深く及んでいることを知った。
政府機関 Sydney Water(上下水道局)の女性広報担当
翌日、車をチャーターしてシドニー市のダムとダム湖
者の説明を受けた。
(Dam and Reservoir)に出向いた。シドニーの西方に
「2002 年から続く干ばつで貯水量は目標値を超えた
広がる乾燥した丘陵地を越えて、同市最大の水がめワ
ことはなく、目下半分以下の状況が続いている。夏が
ラガンバ・ダム
(重力式、写真-1)とバララゴラング湖
始まったばかりだが、今年は例年にない水飢饉が心配
される」
(図-1)と彼女は表情を曇らせて語った後、市民
に配布しているパンフ
レット「家庭でできる
節水 10 項目」と同「庭
園でできる節水 10 項目」
を提供してくれた(写真2)
。水道水の垂れ流しを
中止し、一度使った家
庭水も再利用するよう
求めている。雨水の積
写真-1
50
水位の低下したシドニーのワラガンバ・ダム
土木学会誌 vol.92 no.1 January 2007
極利用もうたわれてい
写真-2 節水を訴えるパンフレット
【緊急報告】深刻化するオーストラリアの大渇水―大干ばつは大陸を干上がらせる!?―
る。ダム湖の水はここから太い水道管で約 25km 先の
完全に干上がって、湖底には雑草まで生えだしている。
貯水ダム、プロスペクト・ダム
(アースダム)に送り込
あたかも一大干拓事業後の耕地のようである。南北に
まれる。そしてポンプアップされたうえで、網の目状
約 20km、東北に約 8km の自然湖(東京 23 区の 4 分の
の配水管でシドニー市内に送水される。プロスペク
1 ほどの面積)が打ち続く干ばつで水を失って死んだの
ト・ダムのダム湖も水位は低下する一方である。水質
である。
「私の若い頃は泳ぎもできたし、釣りも楽しん
保持と治安上の理由から立ち入り禁止であった。シド
だ市民の憩いの場でした」
。車のドライバーは信じられ
ニー周辺には羊や牛の広大な牧場が広がっているが、
ないといった表情で語った。
どこを見ても牧草は枯れていて緑を見つけるのに一苦
労する。
渇水対策として、雨水貯水タンクが活用されており、
貯水タンクを装置した家庭には行政から助成金が出て
いると聞いて、工業地帯にある貯水タンク卸売り販売
干上がった湖と山火事
店を訪れてみた。冬場の降雨を貯蓄できる家庭用の手
ごろなタンクで 1,000 ∼ 1,300 オーストラリアドル(日
本円にして 10 万円∼ 13 万円)である。大きなドラム缶
状のタイプから地下埋設タイプや複数を組み立てるタ
イプなどさまざまだが、売れ行きは好調だと言う。
同市の水がめ・グーゴン・ダム
(貯水池)
(写真-4)
、ス
クリベナー・ダム、コッター・ダムを視察した。いず
れも小ぶりな重力式ダムだが、ダム湖の湖岸では水位
が低下して茶褐色の大地がむき出しになっていた。異
常乾燥によって発生した山火事(Bushfire)の被災地に
も足を運んだ。山火事に襲われた町もようやく復興が
始まった。干ばつは不幸にして山火事との戦いを生む
写真-3
干上がったジョージ湖
のである。
首都特別区(ACT)のキャンベラを訪ねた。人口 32 万
人の首都が、シドニーとメルボルンの首都争いの「妥
協の産物」として計画された「人工の首府」であるこ
とはよく知られたことだ。人工湖バーリー・グリフィ
ン湖のジェット噴水は、勢いよくとがった水を 140m
の天空に噴き上げていた。通りがかった政府役人に
「大渇水なのに、噴水はもったいないですね。止める考
えはないのですか」と声をかけてみた。役人氏は「こ
の噴水が見られなくなったら、わが国は終わりだ」と
そっけなく答えた。
「オーストラリアが、高い生活水準を維持するとの
写真-4
グーゴン・ダム
前提で国家建設を進めた場合、将来における総人口の
上限は 2,500 万人前後とも言われている。技術革新が
進み、低いコストで豊富な水を供給できない限り、こ
スノーウィ・マウンテンズ、
水力発電ダムにも影響が
の上限を突破することは不可能に近い」
( 竹田いさみ
『物語オーストラリア』
(中公新書)
)
。驚いたのは、干上
オーストラリア東部を走る大分水嶺山脈の南部、同
がった湖が出現したことであった(写真-3)。キャンベ
国最高峰マウント・コジウスコ
(2,228m)を中心として
ラ郊外の東北方面の台地に広がっていたジョ−ジ湖が
広がるのがスノーウィ・マウンテンズである。国立公
土木学会誌 vol.92 no.1 January 2007
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事故・災害
流量の対平年値(%)
Menindee Lake 11%
12
ダーリング川
南オーストラリア州
15(%)
ニューサウスウェールズ州
9
6
3
Lake Victoria 73%
マランビジー川
7月
8月
9月 10月 合計
0
Burrinjuck Resrvoir 30%
アデレード
マ
レ
ー
ビクトリア州
川
Blowering Resrvoir 29%
キャンベラ
Hume Resrvoir 9%
Dartmouth Resrvoir 41%
Elidon Resrvoir 16%
メルボルン
図-2
マレー・ダーリング川流域のダム等の貯水状況
園に指定されているこの山岳地は、同国随一の高級ス
(出典:マレー・ダーリング川流域委員会資料)
巨大ダムも大渇水
キーリゾート地として知られるが、それ以上にスノー
ウィ・ハイドロ
(電源開発公社)が開発した水力発電の
ダム群とダム湖が数多く存在することで知られている。
私は、マレー・ダーリング川流域をすべて踏破する
ことは無理であることを知って、上流域にあたるマレ
(この国は豊富な石炭を使った火力発電と水力発電しか
ー川を視察するためキャンベラからオルバリーに国内
なく、原子力発電は行われていない)
。インフォメーシ
便で向かった。国内便はプロペラ機だった。機内の窓
ョン・センターはダム群の巨大な工事を伝える写真や
から見下ろす地上は赤茶けた大地が広がり、牧場は枯
資料を提供している。分水嶺を越えたダム湖から長距
れ草に覆われている。農業用溜池も干上がっているも
離の巨大水道管で貯水を反対側のダムに流し込むダイ
のが多いようだ。
ナミックなシステムも紹介されている。
「クリーン・エ
マレー川はオーストラリア・アルプスの山腹に源を
ネルギー」がキャッチフレーズだ。ジンバダイン・ダ
発し、海抜 1,800m の大陸のすべての水を集めて蛇行を
ム、カンコーバン・ダム、タンタンガロ・ダム
(いずれ
繰返しながら流れ下る。途中、シドニー湾の 6 倍はあ
も重力式)など代表的なダムを、山岳道路に車を走らせ
るとされる巨大な人工ダム湖・ヒューム湖を経て、ニ
て訪ねてみた。案の定、どのダムも水位を大幅に下げ
ューサウスウェールズ州とビクトリア州の州境を流れ
たままであった。もうひとつ私が驚いたのは、相次ぐ
る。同川は 19 世紀半ばから 20 世紀初頭まで舟運で栄
山火事の何とも無残な惨状である。曲がりくねった山
岳道路を車で走ると、燃えて役に立たない原生林の不
気味な「死滅した森」が国立公園内にえんえん続く。
山岳道路沿いにはその日の山火事の発生危険度を示す
標識が立っている。
帰路、枯れ草に覆われた牧場に大きな看板が道路に
向 い て 立 っ て い た 。「 Don't treat us farmers like a
dirt !」
(われわれ農民を汚泥のように扱うな!)と大書
されている。干ばつに対する政府の対応に抗議したの
だろうか? 前途を悲観して農業をやめたり、謝金を
苦に自殺した農民も出ていると聞いた。
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土木学会誌 vol.92 no.1 January 2007
写真-5
現代版水がめ
【緊急報告】深刻化するオーストラリアの大渇水―大干ばつは大陸を干上がらせる!?―
えた。羊毛を満載したパドル・スティーマー
(外輪蒸気
船)が行き来した。
「羊の背中に乗った大国」オースト
ラリアの往時である。ヒューム湖に車ででかけてみた
が、案の定湖水は平年の半分以下だ。湖岸が後退して、
褐色の岸辺がえんえん続き、埋没林がところどころで
姿を見せていた。巨大なダム湖はやや大きな沼に縮小
していた。街中の家庭用品店では、プラスチック製の
現代版水がめ(英語で Water saver)が売られていた(写
真-5)
。店員によると、これからに備えて購入する人が
増えているという。
写真-6
ダム建設か、水再利用か、海水淡水化か
雨水を屋上のプールに貯める
設予定地まで車を走らせた(計画は頓挫している)。高
速道路沿いに“Use water wisely”
(水は賢く使え)との節
オルバリーから空路でメルボルンに入った。同市は
水を訴える看板がほぼ 2 キロおき立っている。 ホバ
人口 337 万人を超す同国第 2 の大都会だが、この都会
ート市内では夏の水道水供給制限に入ろうとしていた
でも渇水は深刻な状態で、公園の池は干上がり、噴水
が、ホテルの水が出ないということはなかった。むし
は水を噴き上げない。ビルの屋上を貯水プールに活用
ろ勢いよく出るのが不思議だった。
(写真-6)
。私は、同市にある州
しているところもあった
この島は大自然に恵まれ世界遺産に指定されている
政 府 機 関 Melbourne Water( 上 下 水 道 局 )の Water
地域が全島の 20 %を占める。1960 年代から 70 年代に
Discovery Centre( 下水道処理センターに水関連研修
かけて、ダム建設に対する環境派の反対運動が展開さ
センターが併設されている)を訪ねた。広報担当の若い
れた。中でも水資源確保と水力発電を目指したゴード
女性はメルボルンの下水処理システムや河川浄化対策
ン・ダムとその下流のフランクリン・ダムの計画に対
を説明するとともに海岸沿いに広がる施設を案内して
する反対運動は全島巻き込んだ論戦となった。結局、
くれた。
フランクリン・ダムは建設中止となった。
「干ばつ対策の切り札は、ダム建設か、水再利用か、
オーストラリアの大干ばつは 5 年目の夏を迎えてい
海水淡水化か。そのどれを選択するかは、このビクト
る。その被害は聞きしに勝るものであった。今後さら
リア州でも最大の政治的テーマの 1 つとなっており、
に深刻な事態も予測される。同国だけでこの危機を脱
当然選挙戦の対決テーマになっています」
出できるとは思えない。ダム建設とリニューアル、水
「この下水処理センターでは残念ながらリサイクル
の再利用、海水淡水化、雨水の貯蓄、飲料水の大量輸
システムはまだできていません。浄化した後、海に放
送、どれひとつをとっても日本も含め先進諸国の技
流していますが、打ち続く干ばつを考えると再利用対
術・資金両面での支援が急がれている。
策を考えなければならないでしょう」
私は、翌日今回の視察の最終目的地であるタスマニ
謝辞:今回の現地調査では、在オーストラリア日本大
ア島に飛んだ。同島は北海道を一回り小さくしたほど
使館川村謙一一等書記官(国土交通省から出向)に多大
の面積である。この島の特徴は、州都ホバートを含め
な協力をいただいた。記して謝意を表したい。
人口の集中している東半分が少雨地帯で、森林の多い
西半分が多雨地帯であることだ。その多雨地帯に建設
された同州最大のダム、ゴードン・ダム(堤高 140m)
を視察する予定だったが、山岳地まで長距離を走って
高崎哲郎
くれる車とドライバーがついに確保できず、州都ホバ
TAKASAKI Tetsuro
ートを流れるダーウェント川に一時計画されたダム建
(財)河川環境管理財団 客員研究員
作家
土木学会誌 vol.92 no.1 January 2007
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