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第1回 まちづくりシンポジウム開催要領
第1回 まちづくりシンポジ まちづくりシンポジウ シンポジウム開催要領 ~あるもの探しからはじめよう~ 住民の価値観が多様化するなか、増大する行政需要に対応し真に自立した自治体となるには、 「住民協働のまちづくり」が不可欠です。そのためには、町、事業者、町民、議会の役割を明ら かにし、町政運営の基本方針や、住民と行政の協働のまちづくりを進めるためのルールが必要と なってきます。 このため、愛荘町のまちづくりを進めていく上での基本的なルールを定めた『愛荘町自治基本 条例』を平成 25 年 7 月 1 日に施行しました。 この条例は、愛荘町のまちづくりをどのような考え方(基本理念・基本方針)で行うのか、そ の考え方を実現するためにどのようなシステム(制度・手続き)が必要なのか、町政運営の主体 である町民・議会・行政それぞれがどのような役割を担うべきなのかなどを示しています。 愛荘町自治基本条例の施行を機に、住民活動相互の連携や行政との協働を実践している様々な 事例報告や提案などを通じて、住民が今後のまちづくりにどのように取り組んでいくのか、また どのように行政と協働していくかなどを考えていくきっかけとして開催するものです。 【開催内容等】 まちづくりシンポジウムは、基調講演やパネルディスカッションを通じて、住民の自主的・主 体的なまちづくりを促し、「私たちのまちは、みんなで創る」という基本姿勢のもと、住民と行 政のパートナーシップによる協働のまちづくりが持続可能なものとなるよう参加者の理解を求 めます。 ○ 開催日 平成 25 年 11 月 19 日(火) ○ 会 場 ハーティーセンター秦荘 大ホール ○ 参加対象者 住民、町職員、町内企業 ○ 開 場 19:00~ 〇 開 会 19:30~ 開会あいさつ 副町長 19:30~19:40 ◎基調講演 19:40~20:10 事例から学ぶまちづくりの秘訣 ~高校生レストラン「まごの店」の事例~ 三重県多気町まちの宝創造特命監 岸川政之 氏 ◎パネルディスカッション(事例発表を交えながら)20:10~21:10 ・コーディネーター 谷口浩志 氏(びわこ学院大学教授・元愛荘町総合計画審議会会長) ・パネリスト 岸川政之 氏 (三重県多気町まちの宝創造特命監) 重森市郎右衛門 氏 (東円堂防災会・東円堂西区長) 澤田 好子 氏 (㈱コクヨ工業滋賀 総務グループ部長) ◎ 質疑応答 21:10~21:30 ○ 閉会 教育長あいさつ 【趣旨】 1 第1回 まちづくりシンポジウム 皆様、こんばんは。本日はお忙しい中、第1回まちづくりシンポジウムにご参加いただ き、ありがとうございます。 私は、本日の司会を務めさせていただきます愛荘町総務課長の中村でございます。よろ しくお願いします。 なお、本日は滋賀県立聴覚障害者福祉協会の方に手話通訳をお願いしております。西沢 利江さん、福岡眞樹さんのお二人の方です。よろしくお願いします。(拍手) それでは、開会にあたりまして愛荘町副町長 宇野一雄がごあいさつを申し上げます。 《開会のあいさつ(副町長)》 皆さん、こんばんは。副町長の宇野でございます。日増しに寒さが厳しくなってまいり ましたが、皆さまにおかれましてはお元気でお過ごしのことと存じます。 本日、第1回まちづくりシンポジウムを開催させていただきましたところ、昼間お仕事 などでお疲れのところご出席いただき、誠にありがとうございます。本来なら村西町長が 出席し、ごあいさつ申し上げるのが本意ではございますが、公務が重なっておりまして、 私から一言ごあいさつを申し上げます。 日頃は愛荘町行政各般にわたりまして、ご理解、ご協力をいただいておりますこと、高 席からではございますが、厚くお礼を申し上げます。 ご案内のとおり、本町におきましては、平成の合併により旧秦荘町と旧愛知川町が平成 18年2月13日に合併いたしまして、新しい「愛荘町」が発足いたしました。この合併 は、合併を機に「地域が自ら考えて行動する」といった、21世紀に自立できる地域を築 くための基盤づくりでもあったと認識をいたしております。 早いものでございまして、合併後7年半が経過いたしました。振り返りますと、新町に とりまして「互いの顔が見える住民自治」の一層の推進に努めてまいったところでござい ます。特に新しいまちづくりを進めるため、愛荘町総合計画をはじめ条例・規則の制定や 各種行政計画の作成など、「住民と行政の協働によるまちづくり」をめざし、あらゆる視点 に立ち真剣な議論をお願いするなど、旧町意識から脱却し、真に全町一体化の基礎づくり にまい進してきたところでございます。 まちづくりにあたりましては、常に住民目線に立って、「将来に夢が持てる協働のまちづ くり」を基本に、福祉・環境行政などのソフト事業はもとより、名神高速道路スマートイ ンターチェンジの建設、教育施設における大規模改修などの整備、給食センターや子育て 支援センターの整備などに着実に取り組んでまいりました。これらも、関係各位をはじめ 皆様方のご理解、ご協力の賜物と、深く感謝申し上げる次第でございます。 特に、地域にとりまして30年来の悲願でもございました「湖東三山スマートインター 2 チェンジ」も完成し、去る10月21日開通いたしました。このスマートインターチェン ジは名神高速道路では初めての設置でございまして、利用状況につきましては、多いとき には出入りを含め3,000台を超す日がございました。平均しますと一日当たり約2,53 0台のご利用をいただいており、当初計画に比較いたしますと多くの方々にご利用いただ き、利用台数が大幅に伸びており、ありがたく思っているところでございます。今後、イ ンターを核として愛荘町の優れた地域の自然・歴史・産業・文化など様々な地域資源の活 用とネットワーク化を図り、ヒト・モノ・情報の交流と賑わいの輪が広がるまちづくりに 取り組んでいくことといたしております。 このような状況の中、平成21年度より愛荘町自治基本条例の制定に向け取り組みを進 めてまいりまして、本年6月の議会において議決をいただきました「自治基本条例」は、 地域課題への対応やまちづくりを、誰がどのような役割を担い、どのような方法で決めて いくのかを文章化し、自治体の仕組みの基本ルールを定めたもので、条例・規則などの法 体系におきまして最上位に位置するものでございます。 本日のまちづくりシンポジウムは、愛荘町自治基本条例の施行を機会に、住民活動相互 の連携や行政との協働を実践されております方々に事例報告や提案などをしていただき、 これを通して皆様方住民が今後のまちづくりについてどのように取り組んでいくのか、ま た、どのように行政と共働していくのかを考えていただくきっかけとなるよう開催させて いただくものでございます。結果、子どもから高齢者まで各層の皆様に「愛荘町に住んで よかった」、また、愛荘町を訪れていただく方々に「来てよかった」と思っていただき、も う一度愛荘町を訪れてみたいといったリピート性のあるまちづくりに向け、今後とも取り 組んでまいることといたしております。 むすびに、冒頭にも申し上げましたが、日々寒さが厳しくなってまいります。身体には 十分にご自愛いただき、今後とも愛荘町行政に変わらぬご支援、ご協力をお願い申し上げ、 開会にあたってのあいさつとさせていただきます。 本日はお疲れのところご苦労さまでございます。 ありがとうございました。 それでは、基調講演に移ります。まず初めに、本日ご講演をいただきます岸川様のプロ フィールを紹介いたします。お手元の資料1ページをご覧ください。 岸川さんは、昭和57年に三重県多気町役場に就職され、税務課、教育委員会、総務課、 企画調整課、農林商工課などを経て、平成23年4月から「まちの宝創造特命監」に就任 されておられます。高校生レストラン「まごの店」などコミュニティビジネスの手法を取 り入れた地域おこしに取り組まれ、総務大臣優秀賞など多くの賞を受賞され、平成23年 5月にはテレビで「高校生レストラン」をドラマ化されたことをご存じの方も多いと思い ます。 3 全国各地にまちづくりなどの講演をされて、今回ご講演をお願いいたしました。 『事例から学ぶまちづくりの秘訣~高校生レストラン「まごの店」の事例』と題して、 三重県多気町「まちの宝創造特命監 岸川政之様よりご講演をいただきます。それでは、 岸川様、よろしくお願いいたします。 《講演》 皆さん、こんばんは。ご紹介いただきました三重県の多気町役場のまちの宝創造特命監 の岸川政之と申します。どうぞよろしくお願いいたします。 愛荘町は二度目です。前回お邪魔をして、今回はまちづくりシンポジウムの1回目とい うことで、しかも自治基本条例を定められた、着実に進んでみえるなと、そんなふうに感 じております。 今日は前段、導入という形で、露払いのようなものですけれど、30分間だけお付き合 いしていただきまして、そのあとパネルディスカッションでいろいろな先生方とご意見を 交わしたいなと思っております。お疲れだと思いますので、軽くお話を聞いていただけた らなと思います。 私は、どこへ行っても台本はつくらないのですけど、その時の感覚でお話をさせていた だきます。こんなにスポットライトを浴びるのは初めてなんですけど、皆さんのお顔が見 えないのでちょっと残念かなと思うのですけど、1つだけいいことがあります。時間がピ タッと終わりますね。延長はありませんので(笑い)、よろしくお願いいたします。 先ほど司会の方のご紹介の中で、高校生レストランの話が出てまいりました。皆さん、 高校生レストランを知っている方、よろしかったら挙手をお願いできますか。嬉しいです ね。たくさんの方ですね。ありがとうございます。では、2年前ですけれども、『高校生レ ストラン』というドラマを見た方、よろしければ。ご協力ありがとうございます。 そのドラマの中で私の役を伊藤英明さんがやっていただきました。ちょっと負けていま すけど、すみません(笑い)。彼はドラマの中で、まちづくりのために高校生のレストラン をつくるというところから第1回目がスタートしていくのですね。でも、本当は違います。 本当はまちづくりのためにレストランをつくったのではありません。あのドラマは、実は 真実は2割なんですよ。あと8割は嘘ですね、作り話です。 なんで高校生のレストランをつくったかと言いますと、15歳で食の道に行こうと決め て一生懸命頑張っている、夢を追っている高校生たち、その高校生に感動したのです。そ れから、その高校生の夢を実現させてあげようということで、自分の子どもといるよりも 長い時間、いいか悪いかは別にして、一生懸命指導している先生に出会って感動したので す。その高校生や先生のために一番いいステージは何なんだろうということで提案したの がレストランだったのです。だから、あれは柔道場とか剣道場とかと全く一緒なんですよ。 研修の場所なんです。 4 あるいは、あのドラマの中で私が一番残念だなと思うのは、私の役を伊藤英明さんがや っていただいて、先生の役をトキオの松岡君がやってもらって、その松岡君に吹石一恵さ んという妹さんがおられるのですよ。伊藤英明さんと吹石一恵さんがいい感じになってい くのですけど、実際はあんな素敵な妹さんはいません。これが一番残念なんですけど(笑 い)。もうちょっと丁寧に言うと、妹さん自体がおいでにならないのですね。 もしよかったら、ちょっとお聞きしたいのですけど、5年前に報道ステーションという 番組で私たちのまちが取り上げられました。ご覧なった方、おられますか。あまりないで すね。もう一度手を挙げていただけますか。もう一度見てもいいですか、大丈夫ですか。 ありがとうございます。ぜひ見ていただきたいと思います。 ちょっと古いのですよ。5年ぐらい前に遡ってください。ほとんどいろいろな番組で取 り上げられました。カンブリア宮殿とか情熱大陸とか、いろいろなもの。だけど、そうい うものに取り上げられますと、多気町のホームページのカウンターが、何人見に来ていた だいたかがわかるカウンターがついているのですが、ポーンと上がります。だいたい50 0~1,000件くらい。ところが、報道ステーションはすごかったですね。2日間で8,0 00件近く。木曜日に番組が流れたのですけど、北海道から次の日に「感動した」と言っ て飛行機で仕事を休んで来られた方もいました。でも、ちょっとつらかったのは、高校生 のレストランは土日しか開いてないので、金曜日は開いてないのですね。残念ながらその まま帰られましたけど。そんな冗談みたいなこともあったりしました。 あと、映画の監督・プロデューサーの方が報道ステーションを見られてすぐ電話をくだ さいました。映画を撮ろうという話になったのです。千葉県の方でした。素晴らしい台本 もできて、多気町で撮るという話でしたので、私たちもエキストラで出ようとみんなで楽 しみにしていたのですけど、流れてしまいました。なぜ流れたかと言うと、その映画の会 社は、言ってもいいかなと思うのですけど、日活で撮るという話だったのですよ。ちょっ と不謹慎ですけど、私は今56歳ですけど、私たちの年代は、日活というとロマンポルノ ぐらいしか浮かばないのですけど、すみません、いいですよね、別に高校生を脱がせるわ けではなくて、まじめなものも撮るということでしたが、ところが、日活の一番の株主が 日本テレビだったのです。日本テレビがドラマを撮るぞということでドラマになっていっ た。だから、今からご覧いただきますのは、ドラマの原形になった映像なんですね。ちょ っと古いです。5年前ぐらいです。遡って見ていただけるといいかなと思います。 もう一つついでに余談ですけど、松岡修造さんという方が進行をされています。皆さん ご存じだと思いますけれども。テニスプレーヤーの方ですね。彼がレポーターで来てくだ さったのですが、正直言うと私は、彼に会うまでは、言葉は非常に悪いですけれども、「何 とかバカ」かなと思っていたのですね。けれども、彼のファンになりました。滅茶苦茶素 敵な人ですね。そして滅茶苦茶賢いですね。彼は、いろいろなレポートをしているときに、 よくオリンピックとかスポーツの番組でやっていますよね、暑苦しい言葉、ありますよね。 だけど、あれは彼の言葉なんですね。彼が自分で考えたコメントを全部出しているのです 5 よ。暑苦しいかわからないけど、あれが自分の言葉で思いっきり出しているから、なんか 伝わりますよね。とても素敵な人です。身長182センチだったかな、背が高いので、足 を開いて目線を落として話をしてくださいます。 そういうものも含めて10分少々です。パネルディスカッションが始まるまでのつなぎ だと思って聞いてもらえるといいかなと思いますね。リラックスしてお付き合いをお願い します。私の同志の同じ公務員の人たちもたぶんたくさん見えています。仕事が終わって 疲れていると思います。リラックスしてお付き合いしてもらえたらいいかなと思います。 よろしくお願いします。 (報道ステーション上映) ありがとうございます。どこでも言っているのですけど、こんなにいい町ではありませ んので。一番いいような形で紹介をしていただいています。けど、本当に反響が大きかっ たですね。 私が何かを仕掛けるときに考えるのは、「何のために、誰のために、何をもって正解とす るか、成功とするか」というレベルを決めます。それから、小さい目標をつくっていきま す。例えば先ほどの「まごの店」でも、高校生のレストラン、小さい屋台のようなお店を つくりました。最初、高校生のために、「県立」の高校のために、行政管轄の違う「町」が 何かをしていくということは、なかなか理解してもらえません。だから、小さい形を見て もらうわけです。そこからスタートしていきました。そうすると皆さん、理解度が深まっ ていくのです。 そして、基本は3つです。1つは、今日のテーマの中にありますけれども、「ないものを 探さない」ということですね。それが1番目です。だから、地元にあるもの、ヒトとかモ ノとか歴史とか文化とか、いっぱいいい地域資源があります。それを一生懸命見つけて、 小さいものも大きなものも、イメージですけれども、手に取って、一生懸命磨いて、くっ つけて、宝にしていくのです。 なぜ宝にするのかというと、田舎の誇りをつくっているのですよ。100年とか200 年先の私たちの子どもたちのために、田舎を愛するような、そういう材料を残すのが今の 私の仕事だと思って、ずっと30数年やってきました。それがやっと、今は仕事でできる ようになりましたけど、今までは仕事というよりも、どちらかというと仕事以外でいろい ろなことをやってきました。ないものを探さない。 だから、他人(ひと)を羨ましがりません。例えば「京都はいいよね」とか「東京はい いよね」とは思いません。もし、一生懸命思ってそうなるのだったら、一生懸命羨ましが りますけど、なれないのですから。だったらどうしたらいいか。自分たちのまちにあるも のを光らせていく、そういう作業をします。 2つ目は、「自分たちで考える」ということをします。私の仲間にはいっぱいコンサルタ ントのすごい先生方が見えますけど、彼らに丸投げはしません。自分たちで考えることに よって、自己投資していくのですね。 6 最後はビジネスを意識します。今の高校生レストラン「まごの店」は、9,000万円と いうお金をかけました。無茶苦茶でしょう? 町のお金を管轄外のところへ出そうとする わけです。あり得ないですね。だけど、それを町の人たちが「よし」としたのですね。イ ニシャルのコストは、初期投資は9,000万円しました。けれど、ランニングの費用は1 円も出していません。そういうやり方をしています。 民間でいったらどうかなと思うところもあるかもわからないですね、減価償却していま せんから。だけど、行政が仕掛けたものでランニングの費用がかかっていないものという のは、たぶんそんなに多くはないと思います。もっと言えば、その究極形は「せんぱいの 店」ですね。相可高校の OB たちの受け皿をつくってあげたかったのです。あの「まごの 店」は、私たちから言うと、最初も申しましたけど、研修施設です。だから、手段であっ て目的ではありません。目的は、ああいうところで修行と言うか、一生懸命やって、そし て世の中へ出ていって働いて、人に喜んでもらって、お金を稼いで生きてていくことです ね。それが目的です。 でも、中にはいろいろな事情でまた帰ってきたいと思う子もいます。そういった子たち の受け皿をつくりたかったのです。これは、村林先生と私が思っていた最終形に近い受け 皿です。本当なら NPO でやっていったらいいのですけど、そういうレベルのことなんです けれども、私たちは続く仕組みとして、ちょっと生意気ですけど、株式を選択しました。 今は6年目に突入して3店舗、雇用も30名近くになっています。売り上げも1億円を超 えています。そういう仕組みをつくりました。 私は公務員ですから、中へは入っていません。銀行でお金を借りる算段をしたりとか、 社長を探して来たりとか、仕組みをつくりました。将来的にも、例えば社長になったりと か株主になったりはしません。ずっと応援団でいたいのです。そういう生き方をしてきま した。自分でつくったのですから社長になるのは簡単です。だけど、自分の居場所ではな いですね。応援するというところが私のスタンスです。そういう形で今やっています。 それから、「まごの店」は最初の店からいうと11年目ですけど、今の店は、7~8年前 です。三重県の工業高校の中に4つの建築学科があったのです。今は2つになってしまい ましたけれども、当時は4つあって、その4つの工業高校の生徒たちに設計コンペをして もらいました。1等賞の作品を基本設計にして建てているのです。だから、今の高校生レ ストラン「まごの店」は、高校生が設計をしています。 「自分たちで考える」ということを言いましたけれど、私たちはいろいろ考えてそうい うことをしたのですね。コンセプトは、「15歳で食の道をめざそう」と、100%が食の 道に行くのですけれども、その高校生たちの夢を、同じく建築家をめざしている高校生た ちが形にすると。それを周りの大人たちが応援しようではないかという、そういうコンセ プトで進めていきました。非常に楽しかったですね。いろいろなことがありましたけれど、 そのたびに元気よく立ち上がっていきました。 最後に、1つエピソードを申します。一番感動したエピソードです。苦しんだことはい 7 っぱいありました。例えば県の教育委員会をどうやってくどくかとか、いろいろなことで 苦しみました。だって、前例がないのですから。一番感動したのは、「おばあちゃんの店」 という農産物の直売施設が、高校生レストランのある「ふるさと村」の中にあります。そ この農産物の直売施設の横に、子どもがよく100円玉を入れて乗るようなぬいぐるみの ような形をした動く車、ああいうコーナーがあります。ちょうどこのホールの半分ぐらい かな。それぐらいのスペースのコーナーがあったのです。そこにその当時のふるさと村の 代表の、実は私が一番尊敬する人ですけれども、その人と一緒になって、そこにしようと 決めました。 話が進んでいって、明日いよいよ工業高校の先生方に集まってもらってコンペのプレゼ ンをするというとき、そのプレゼンをするのに相可高校の食物調理科のクラブの子たちに、 村林先生にお願いして7回クラブを休んでもらって、どんなものをつくるかという話し合 いをしたのです。ビデオレターをつくって、簡単な絵を入れて、こんな店がしたいと。そ れを前日見せたのですよ。そうしたら、その代表の方が場所を変えようと言い始めて、も うびっくりしましたよ。それと、信じられなかったです。午前中の話でしたけれども、昼 から別の仕事があったので、夜また話し合いをして11時までかかってくどこうとしたの ですけど、彼は頑としてウンとは言わなかったのです。こんな狭いところでは自由な設計 はできないと。腹が立って腹が立って仕方がなかったです。それでそのままその日はもう あきらめて、飲んだのですよ、ギブアップしました。役員さん方みんなに説得されて、村 長が言うのだからと言われて引いたのですけど、夜眠れなかったです。 次の日の朝、その村長から電話がかかってきて、呼び出しを食ったのです。7時過ぎで した。彼が言うには、昨日はああいうふうに言ったけど、今でも狭い場所ではなくて広い 場所の方がいいと思っているけれども、別の場所で提案したのです。けれども、よくよく 考えてみたら、生徒たちはそこがいいと思って考えたのに、大人の思いでそれを変えてし まうのはよくないと思うから、昨日の話はなかったことにしてくれと言われたのです。泣 きそうになりました。こんなに真剣に若い子のことを考えている人がいるのだろうかと。 もう100%、私はお願いしました。ぜひ村長の考えている場所に変えさせてくださいと。 それが今の場所なんです。当時は辺鄙なところで、人通りもありませんでした。だから流 行らないと思いましたけど、あの場所にして正解でした。そんなことがありました。 私の話は途中になりましたけれども、いろいろなことをやっています。このあとパネル ディスカッションでお話を進めてまいりたいと思います。お付き合い、どうもありがとう ございました。 ありがとうございました。 それでは、岸川様にご講演いただきました内容を踏まえながら、パネルディスカッショ ンに移ります。ステージ準備のため、少しお待ちください。 8 お待たせしました。ただいまからパネルディスカッションを始めます。 まず初めに、パネリストの紹介をします。 先ほど基調講演をいただきました三重県多気町まちの宝創造特命監 岸川政之様です。 続きまして、東円堂自治会区長 重森市郎右衛門様です。重森様には、防災会の取り組 みを通じた地域づくり活動についてご報告いただきます。 続きまして、株式会社コクヨ工業滋賀 総務グループ部長 澤田好子様です。澤田様に は、企業から考える地域貢献活動についてご報告いただきます。 このお三方のご意見をコーディネートしていただきますのは、びわこ学院大学教授で元 愛荘町総合計画審議会会長をお願いしておりました谷口浩志教授です。 それでは、パネリストの皆様、ご着席ください。 それでは、ここからコーディネーターの谷口教授に司会進行をお願いいたします。谷口 教授、よろしくお願いいたします。 《パネルディスカッション》 谷口: どうもありがとうございました。 改めまして、皆さん、こんばんは。今ご紹介をいただきましたびわこ学院大学の 谷口と申します。ご紹介いただいたとおり、元愛荘町総合計画にかかわらせていた だきまして、愛荘町の素晴らしいまちの将来をみんなで考えるという、大変貴重な 機会を与えていただきました。 今日はその中身をどんなふうに進めていったらいいのか、町の方でいくら計画を つくっても、実際にそれを運営していくのは住民の皆さん方であったり、あるいは 行政の皆さんであったり、あるいは町内の企業の皆さんであったり、そういういろ いろな立場でまちづくりにかかわっていくという、そういう姿勢が大事だろうと思 うのです。そのきっかけを今日はこのシンポジウムでつかんでいただければ、大変 ありがたいなと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。 今日は初めに、岸川さん以外のお二方からお話を、これまでの活動事例などを報 告をいただきまして、そして、基調講演をいただきました岸川さんの内容も盛り込 みながら、それぞれの立場から考えるまちづくりというものはどういうものなんだ ろうかということを、少しでも皆さんにイメージしていただけるようにお話を進め ていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。 また、後ほど会場の方からもぜひ、お三方の発表内容などについてご質問をお受 けしたいと思いますので、話を聞きながらぜひとも準備をいただければというふう に思いますので、よろしくお願いいたします。 それでは、まず東円堂の自治会の区長をしていただいております重森一郎右衛門 9 さん、どうぞよろしくお願いいたします。 重森: それでは、東円堂の防災会の活動を紹介させていただきます。 まず、東円堂の概要でございますが、東円堂は、愛荘町の南西部にあたります。 1級河川愛知川の周辺が東円堂でございます。同じく1級河川の安壺川が東円堂の 自治会内を縦断しております。愛知川の右岸堤防のそばには、工場地帯がございま す。集落の周辺には田園が広がった、緑豊かな地域でございます。 過去の水害・災害・火災等の事例を紹介させていただきます。自治会内には安壺 川が通っておりまして、その安壺川の氾濫、それから台風等によります愛知川の堤 防の決壊等により大水が流れてきまして、自治会内はこのように、道路は川のよう に水浸しになりまして、もちろん家屋は浸水をいたしました。 火災の災害につきましては、当時、家庭ではこういった「おくどさん」というも のを使いましてワラ・マキ・モミガラ等を燃料として煮炊きやお風呂を沸かしてお りました。そのあとの取り灰の処理が悪くて出火をしたのが大半でございました。 また、その燃料がモミガラからプロパンガスに代わり、プロパンガスの取り扱いが 不慣れなために出火したという要因が多くございました。 災害に対する対応ですけど、水害に対しましてはたび重なる水害で自治会内道路 が損傷しましたので、それを何とかしたいという住民の要望がございまして、昭和 35年頃に自治会員総出で自治会内の全道路をコンクリート舗装を実施しました。 その後は、川の氾濫はありましたが、道路の損傷はなくなりました。 また、大水につきましては、愛知川ダムができましたことと、昭和47年にほ場 整備が完備しました。その時、同時に安壺川の改修がされ、もう1本、愛知中部排 水と言いまして、安壺川の水を逃す新しい排水路が新設されまして、大きな水は来 なくなり、被害も格段に減少しました。 火災に対する対応ですが、特に消火設備につきましては、以下のとおり防火水槽・ 消火栓、この辺につきましては順次、年を追って増設なり新設をされまして、現在 ではこのような装備を保有しております。 また、火災予防につきましては、住民によります夜回り、自治会内を6つの区域 に分けまして、毎日2人1組で巡回をしております。これは365日、毎日、数十 年続けて行っております。 防災会組織の移り変わりにつきましては、自警団は特に字内のパトロール、消防 施設・放水訓練等、毎月2回の対応をしております。 女性防火クラブは、昭和59年に発足されました。女性防火クラブにつきまして は、まず自警団の方より、家庭におられるのは女性の方が多いということと、まず 家庭内の防火意識を高めるためには、女性の方が食事をされる時に子どもさんなど に伝えるのも伝えやすいだろうと。男性は仕事でおうちに帰るのが遅くなりますの 10 で、やはり女性の方がいいだろうというようなことから、女性防火クラブが昭和5 9年に発足をされました。 女性防火クラブ・自警団の設立がなりましたけれども、自警団につきましても若 い方たちの隊員さんがほとんどでございまして、仕事に出られます。そうした場合 に大規模な災害が発生した場合には対応できないということから、何とかせねばな らないということで、自治会の役員が中心となりまして防災体制をつくりました。 これにつきましては、自治会の正副会長をはじめ有識者1名・評議員18名、それ が従来の自警団・女性防火クラブに加わりまして、それだけの体制を平成12年に つくりました。 その後、平成24年3月10日に、自警団の OB によりますボランティア組織を 立ち上げていただきました。これは、自警団員がほとんど昼間うちにおられない、 仕事に就いていますので夜しか帰ってこられない。また、女性防火クラブの方々も 仕事に就かれるようになりまして、その対応数が段々減ってきているということで、 昼間の時間帯の空白時間をどうするかということで、何とかしなければならないと いうことで、自治会に話が持ち上がってきまして、自警団 OB の皆さんに打診をし ましたところ、字の中を守ることだったら協力しようということで、自警団 OB に よりますボランティア組織「防災減災支援隊」が発足をいたしました。 現在、この防災減災支援隊は、新しいポンプの操法を全部マスターし、あと防火 施設・消火栓、それから火災報知器等、各戸の点検など、毎月1回の会合を開いて いただきまして、実践をして活躍をしていただいております。 起こるであろうと言われています地震や、今年のように多くの台風が来ました。 そうした災害に対しまして日ごろからの備えと、また万が一発生した場合の行動に ついて事前に決めておき、そういう「できることから実践していくこと」が被害の 軽減につながり、ひいては地域住民の生命・財産を保護することになると思います。 こうした活動は、やはり町内在住・在勤・在学されているあらゆる方々に、それ ぞれの立場でできることから始めていただくということが、安全・安心で地域づく りの輪が広がればと願っております。 これで私の報告は終了させていただきます。ご清聴ありがとうございました。 谷口: どうもありがとうございました。 地域防災ということでいうと、非常に先進的な取り組みをされているご様子で、 私も非常に興味を持ってお話を聞かせていただきました。 いろいろお話をしていきたいのですけれども、先に、続いて待っていただいてお ります株式会社コクヨ工業滋賀総務グループの部長をしていただいております澤田 好子さんからご報告をいただいて、そのあとでまとめてセッションに入っていきた いと思いますので、まず澤田さんからお願いしたいと思います。どうぞよろしくお 11 願いいたします。 澤田: 皆様、改めまして、こんばんは。夜分お疲れのところ、本当にご苦労さまでござ います。 私からは会社の紹介を少しさせていただいて、現在弊社が取り組んでいることと、 それから今後取り組んでいきたいなというふうに思っていることをご説明させてい ただきたいと思います。 昭和47年(1972年)に、旧秦荘町上蚊野に企業誘致第1号として弊社がで きております。当時は、配送センターと家具の組み立てを一部やっております「コ クヨファニチャー株式会社」という社名でございました。 その後、昭和55年に A 棟ができ、63年にB棟ができ、平成15年にC棟がで きまして、現在の形となっております。63年には社名を「株式会社コクヨ工業滋 賀」と改めまして、おかげさまで今年25周年を迎えることができました。本当に、 ひとえに住民の皆様のご協力、ご支援のおかげをもちまして、今日まで25年を迎 えることができました。非常に高いところからではございますが、御礼を申し上げ たいと思います。ありがとうございます。 コクヨには、創業の精神に「カスの商売」という言葉がございます。これは、面 倒で厄介で手間がかかる、そのわりには儲けの薄い商売。だけれども、その商品に よってお客様が喜んでいただける、世の中の役に立つ、そんな商売をしようと、創 業者の黒田善太郎が思った創業の精神でございます。その中で我々工場部門につき ましては、その創業の精神に則りまして、「買う身になって作りましょう」という言 葉を合言葉にしておりまして、お客様第一の精神で、心を込めて商品づくりをさせ ていただいております。 つくっている商品は、このようにコクヨブランドの無線綴じノート・リングノー ト・ルーズリーフ・複写伝票といった、本当に紙製品の商品でございますが、現在、 コクヨグループの中の紙製品の基幹工場の位置づけになっております。 今、我々が作っておりますノートは、年間1億冊以上生産いたしております。こ の数は、ノートをまっすぐに積み上げた場合に、1億冊と言いますと370㎞の高 さになります。これは今年、世界遺産になりました富士山を100山積み上げたの と同じ高さになります。 それから、この1億冊という生産量は、実は日本一の生産量にもなるわけですが、 ちなみにこの中で日本一のノートの工場が愛荘町にあったということをご存じの方、 お手を挙げていただけますか。ありがとうございます。何人か知っていただいてい る方もいらっしゃるようです。ありがとうございます。ほとんどご存じでないので すね。「我が町に日本一あり」ということを、皆さん、今日、知って帰っていただけ たらと思います。本当に日頃のご愛顧に、頃から感謝を申し上げます。 12 先ほど申しましたコクヨブランド以外に、こういった我々の自立事業として立ち 上げました KPS コピー用紙であるとか、琵琶湖のヨシを材料に使いました環境対応 商品というものつくっております。おかげさまで、愛荘町の中ではこのコピー用紙 をご利用いただいているのと、それから愛荘町内にあります保育園・幼稚園・小学 校・中学校の卒業証書、これすべてヨシ紙をご利用いただいております。そのこと もご存じの方、どれぐらいいらっしゃいますでしょうか。ありがとうございます。 ご存じのない方、家に帰っていただきまして、子どもさんの卒業証書を開いて一度 見ていただけましたら幸いでございます。 今申し上げましたようなコピー用紙であるとか環境対応商品、我々、「ものづくり」 と「売る」ということだけではなくて、こういった環境活動という「こと」の方も 大事にしておりまして、現在、ヨシで琵琶湖を守るネットワークというものを弊社 が立ち上げまして、環境について深く一緒に考えていただける企業様94社、今ご 登録いただいております。ヨシ刈りのボランティアであるとか、外来魚釣り、そう いった活動を一緒にやっていただいております。さらに、琵琶湖の環境について弊 社は出前事業もさせていただいております。 ヨシについては、皆さんもうご承知かも知れませんけれども、琵琶湖のヨシとい うのは琵琶湖の水質保全につながる非常に大事な植物でございます。イネ科の植物 で、これが成長するときに琵琶湖の水の中から栄養分を吸い上げます。それにより まして琵琶湖の水質の浄化、富栄養化を防ぐというふうな役割を持っております。 それ以外にも、ヨシ原に住む鳥ですとか、それから琵琶湖の魚の繁殖場所というこ とにもなっておりまして、生物多様性に適した植物でもございます。 滋賀県がこのヨシ群落保全条例というものを設けまして、守り育てるということ をしてまいりました。しかし、守り育ったこのヨシを活用しないと、またこのヨシ が腐って琵琶湖の中に入りまして水を汚してしまいますので、これを活用しないと いけない。その部分を弊社が担わせていただきまして、工業生産化ということで大 量に消費することによって、ヨシの消費を進めております。 そういった活動をさせていただいております商品、ReEDEN(リエデン)と申し ます。ReEDEN(リエデン)というネーミングなんですが、Re は Return(リター ン)の Re、EDEN(エデン)は琵琶湖を楽園に戻すのエデン(楽園)です。頭の「ReED (Reed)」はリードと言いまして、ヨシを指しております。ヨシでもう一度美しい琵 琶湖に戻したい、そして私たちも琵琶湖に帰りたい、そういう思いからできた商品 でございます。 こういった思いと活動に対しまして、グリーン購入大賞を受賞させていただいた り、今年、滋賀県が初めてつくりました認定ブラントのココクールマザーレイクセ レクションというものがございます。134点の応募があった中の10選に選ばれ ております。まず、ココクールマザーレイクセレクション自体のブランド力がまだ 13 まだでございますので、これは県としても、そして我々企業としても、これからも っとブランド力を高める必要があるというふうに考えております。 ちなみに、来年あたりからびわ湖放送さんの中でココクールのコマーシャルが出 ますので、またご覧になっていただきたいと思います。 次にお話しするのが、現在弊社が取り組んでいる内容でございますが、今申しま したヨシのノートですけれども、今年はそこに含めて愛荘町の地場産業である「麻」 を表紙に使いました「麻とヨシのノート」をつくっております。今日もお持ちしま した。ちょっと小さいのでわかりにくいかと思いますけれども、これが現物です。 起源600年に渡来人が伝えたとされる織物の技術が、現在も愛荘町には地場産 業として残っております。麻の産業というのも400年以上の歴史があるというふ うに伺っておりますが、この歴史ある地場産業の麻を表紙にして、中にヨシを使う という、非常にナチュラルな製品ができました。これが来月12月2日に発売とな ま ま ります。愛荘町では「帯武商店様」、それから近江上布伝統産業会館にあります「麻々 の店」様、こちらの方で販売をさせていただきますので、ぜひ町内の皆様、一度お 手に取っていただきまして、できましたら1冊でもご購入いただけましたら大変あ りがたいかなと思います。よろしくお願いいたします。 ちなみに麻の表紙ですけれども、こちらは愛荘町内にあります滋賀麻工業さんと のコラボでできた商品でございます。 それ以外にもコラボしてできた商品というのが何点かあるので、紹介させていた だきますと、まずこれが藤居本家さんのお酒のラベルにヨシ紙を使っていただいて おります。これはうちが営業をかけたわけではなくて、藤居本家さんの方から、「こ ういうものをやってみたいです」とおっしゃっていただいて、本当にありがたかっ たと思います。 それから、愛荘町内にあるもう1つの企業、たねやさんのバームクーヘンの包装 紙にヨシを使っております。こちらはたねやさんと私どもとパナソニックホームア プライアンス社様、この3社の共同コラボによってでき上がった商品で、ちなみに バームクーヘンにはヨシは入っておりません。包装紙だけですのでご安心ください (笑い)。ただ、これは市販されておりませんで、弊社ですとかパナソニックさんの 方でご来社いただきましたお客様へのお土産という形で使わせていただいておりま す。 こんなふうにコラボの商品がたくさんできておりますのもご紹介の一つなんです が、弊社独自としましても、お歳暮には必ず愛荘町内のものを使わせていただいて おりまして、山芋、六六うどん、お酒、醤油、さらに今年は麻商品も詰め合わせを 会社の中でしまして、いっぱいそこにパンフレットも入れさせていただいて、それ を全国のお客様にお歳暮という形でお送りすることによって、またこういうふうな 商品を知っていただいて、お取り寄せのお問い合わせもあればいいなと思って、そ 14 ういうふうな使い方もさせていただいております。 10月7日の広報に、私ども、今回25周年と申し上げましたが、その「ありが とうキャンペーン」の工場見学をやりますというふうな広報をしていただきました。 おかげさまですぐに皆さんからお電話を頂戴しまして、50名の限定させていただ いたのですが、ほぼその2倍の100名ぐらいのお問い合わせをいただきました。 本当にあとからこちらの方でお断り、お謝りをさせていただいた皆様には、この場 をもって改めてお詫びを申し上げたいなと思います。ありがとうございました。 そして、見学会をさせていただいたのですが、先ほども日本一ということをほと んどの方がご存じなかったように、お越しいただいたお客様方もやはりご存じなか ったのです。このことを、せっかく日本一があるのですから、このことをもっと広 めていって、町の皆様の PR になっていけばいいのではないかというのが私どもの提 案です。この日本一というインパクトをもって、愛荘町の環境資源の一つになりま せんでしょうかというのが提案です。 例えば、インターチェンジもできましたので、人が集まりやすくなりますよね。 そうしましたら、愛荘町に人がお金を落としていただかないとだめなんですね。そ うでないと、彦根とか長浜の方へ全部人が行ってしまいます。ですから、愛荘町に 人がとどまる、そういうふうな観光資源の一つとして、工場見学があり、さらに弊 社と例えばUCCさんがコラボして工場見学ツアーをするとか、そうしますとここ に、弊社にお金が落ちるというのではなく、そこでお昼ご飯の一つでも、それから お土産の一つでも愛荘町のものを買っていただく、使っていただくというふうな取 り組みができないのかということが私どもからの提案でございます。 さらに、なかなか車では来られない県外の方がいらっしゃると思うのですが、そ ういった方には例えば町のバスを使っていただいて能登川まで迎えに行って、町内 のツアーという形で愛荘町を知っていただく。これも一つご提案をさせていただき たい内容でございます。 以上で、ちょっと長くなりましたけれども、弊社の取り組みと、今後こんな提案 をさせていただきたいというご紹介をさせていただきました。今後とも地域の皆様 とともに成長させていただきたいと思います。本日はありがとうございました。 谷口: どうもありがとうございました。 最近、特に企業のCSRということがやかましく言われるようになってきました けれども、単なる社会責任というものを果たすということだけではなくて、地域に 根差した形でいろいろな、地場産業の振興であったり、あるいは地域の特性を生か した環境保全の取り組みなど、大変興味深く聞かせていただきました。 それでは、ここで二つの事例報告を聞いていただいて、岸川さんから、どんなこ とを感じられたか、少しお話を聞かせていただきたいと思います。どうぞよろしく 15 お願いいたします。 岸川: ありがとうございます。素晴らしい活動だなと思いました。 最初の重森さんのお話を聞かせてもらって、いろいろな活動が、苦しいこともあ って、それを乗り越えて、みんなで力を合わせて自警団などをつくってやっていく。 最後におっしゃいましたけど、町内のあらゆる年代の方々が、できることをする、 これはまさしくすべてのこと通じることですよね。私たちがまちづくりをやろうと していることと全く同じですね。だから、その取り組みはきっと、基本が、大本が 必然的にあって、そこから生まれてきたことなんだろうなというふうに、一緒だな と思いながら聞かせていただきました。大変な苦労だったと思いますけれど、最近 でも24年度でそういう自警団のOBたちによるボランティアが出てきたり、そう いう進化のある、進歩のあるまちなんだなというふうに感じさせていただきました。 それから、コクヨの澤田さんの予告にありましたけれども、「コクヨのヨコク」と いうのがありましたね(笑い)。お話を聞かせてもらって、いいなと思ったのは、先 ほど先生もおっしゃいましたけれども、CSRという言葉が私も実は頭に浮かびま した。「corporate social responsibility(略称 CSR):企業の社会的責任」ですね。 これは、よく企業が山に木を植えたり、清掃活動をしたり、あるいは音楽会場をつ くったり、そういう取り組みの方に行きがちですけれども、まさしく、やられてい ることは、私が望む、いいなと思うCSRですね。地元の中で自分たちがやってい る仕事を還元していくということは、すごく大事なんですよ。生み出した利益でた とえば木を植えるとか、それももちろん100%いいことですけども、そういうこ とよりも、実際に今持っている、例えばコクヨという会社が持っている力、紙にす る力、琵琶湖のヨシを使って、あるいは麻を利用して、自分たちの会社でやってい ることで地域に還元していく。私はそれが一歩進んだCSRだなというふうに思わ せていただきました。大変素晴らしい取り組みだと思います。 谷口: どうもありがとうございました。 それでは、今、岸川さんからご報告に対してのコメントをいただいたわけですけ れども、お二方の方で聞いていただいて、もし何か感じられること、あるいはその ことについてもう少しお話をしておきたいというようなことがございましたら、お 伺いをしたいと思いますが、澤田さん、いかがですか。 澤田: 今日はこういう機会をいただきまして、弊社の取り組みを皆さんに聞いていただ けて、本当に今日はラッキーだったなと思っているのと、今日の私どもの取り組み を聞いていただいて、地域の、例えば自治会の団体様とか企業様の方で、環境につ いて勉強したいとか、そういうふうなご要望がありましたら、ぜひ弊社の方にお越 16 しいただいて、工場見学をしていただけたらというふうにも考えておりますので、 またお問い合わせをいただいたら結構かと思うのと、今日のお話を聞いて、「うちも こんなコラボができませんか」みたいな話がございましたら、ぜひぜひ、そういう ふうなチャンスをいただきたいなと思いますので、そちらの方もまたお願いしたい と思います。 谷口: ありがとうございました。 重森さん、いかがでしょうか。 重森: 先ほど岸川さんから、防災減災支援隊のことを言っておられると思うのですけど、 私のところも切羽詰って困っているという問題が自治会で浮かび上がりまして、そ れをOBの皆さんに紹介したところ、それならやろうという話にたまたまうまく持 ち上がりまして、その中にやはり引っ張ってくれる人と言いますか、元消防署のO Bの方がおられまして、その方が今ぐいぐい引っ張っていただきまして、今の形に なっていると思います。 谷口: どうもありがとうございました。 私からも少しお聞きしたいことがあるのですけど、よろしいでしょうか。実は、 女性防火クラブというものが昭和59年にできたというお話をお伺いしまして、つ い最近なんですけど、ある集落で、もう若い人たちがいなくなってしまって、防災 活動をどうしたらいいのだろうということで、仕方がないので女性を頼りにしたい と、日中、集落の中におられるのはほとんどが女性ですので、それもある程度高齢 者の方が増えてきているので、そういった方が自主的に女性の防火組織をつくった ということが話題になっていたのですけど、つい最近の話ですけれども、それをも う既に昭和59年から取り組んでおられたということに、非常に感心をさせていた だきました。 そういった課題というのは、これまでにもずっといろいろなところが抱えてきた と思うのですけれども、それを実際につくろうという、これまでの常識というもの を覆すという、そういう取り組みは非常に難しいことが、ハードルがすごく高いの ではないかとおもうのですけれども、59年当時の女性防火クラブができた頃の話 というのは、重森さんがご存じの範囲で結構ですので、お話しいただけたらなと思 うのですが、どうでしょうか。 重森: 背景は、先ほどご紹介しましたように、東円堂は本当に火災が多くて、こういう 言い方はどうかと思うのですけど、昔は「東円堂に嫁にやるな」と言われたぐらい 火災が多い自治会でございました。 17 その当時の婦人会、いわゆる女性の方もそういう意識を持っておられて、女性の 人も助けてもらえないかということで、自治会の方から依頼され、その当時は婦人 会という形で取り組まれて、今は名前が「女性防火クラブ」ですけれど、当初は「婦 人防火クラブ」でございましたので、それじゃあやろうということででき上がった というふうに記憶しております。 谷口: ありがとうございました。 それほど切羽詰ったと言いますか、身近な問題、非常に大きな課題だったのだと いうことだと思うのですけれども、なかなかそれを実現していくためにはやはりい ろいろなパワーが必要だと思いますけれども、先ほど重森さんのお話にありました ように、引っ張ってくれる人がどこかにいたのだろうなと思うのですね。 岸川さんの活動なども、まさに引っ張ってくれる人を岸川さんが、演じていると いうのはおかしいのですけれども、そういう役割を果たしておられる、そういうこ とが非常に強く伝わってくるのですけれども、企業の中でそういう役割をする人た ちというのは、もしかするとどなたかおられるのでしょうか。 今日は企業の方もたくさんおられるので、もしかすると企業の中で何かやりたい のだけれども、もうひとつ一歩踏み出せないとか、そういうことももしかするとあ るかも知れないのですけれど、コクヨ工業滋賀さんの中では、どういう形で取り組 みが現実化していったかというか、動き出したのかというあたりを、もし、ご存じ のことがありましたら教えていただきたいなと思います。 澤田: それは、ヨシの事業ということでよろしいでしょうか。 リエデンの事業を始めたきっかけというのは、私どもはコクヨの中の位置づけで いくと、生産の子会社になっておりまして、コクヨブランドの商品だけをつくって まいりましたけれども、それよりも、弊社の中の社会の自立を高めるという意味合 いからも、自立事業をやっていこうというのが最初の思いです。 それをどういう形でやるのか、いろいろやってまいりました。お米事業も一時あ ったのですけれども、それはちょっと、我々の本来のスキルを活かしていける事業 ではないので、もっとほかにないかと。要は、地元に根付いた事業というのは何か ないかという中で、琵琶湖の水質保全というところに着目して、これがヨシを活用 するということで実現できたということなんですが、いわゆる自立をする、そうい う思いからできたものでございます。 谷口: どうもありがとうございました。 今のお話の中で特に印象深かったのは、自社の技術を向上させるということも、 その取り組みの中には含まれているということなんですよね。ただ単にCSRとし 18 て持ち出しにしていくのではなくて、直接お金にはならないかも知れないけれども、 会社としての技術力のアップであるとか、あるいはイメージアップももちろんあろ うかと思いますけれども、いろいろな形でそれを活用していくという取り組みの中 で取り組んでいかれたということから、先ほど岸川さんからもご指摘があったよう に、自社の技術を活かした地域貢献という形につながっていったのではないかなと 思うわけです。 企業としての取り組みというのはいろいろな方法があろうかと思いますけれども、 今おっしゃっていただいたように、「三方良し」の考え方ですよね。地域もよくなり、 もちろん消費者の方にもよくないといけないわけですけれども、企業自体も何らか の得るものが、直接的なものではない、経済的なものではないかも知れないけれど も、ひいてはそれが会社のためになっていく、そういう取り組みだからこそ、これ からもずっと続けていっていただけるというようなことがあるのではないかなと思 いましたし、非常に素晴らしい取り組みをしていただいているのではないかなと思 いました。 せっかくなので、もし、お二方の方から岸川さんに聞きたいことがありましたら。 いかがでしょうか。 重森: 1点だけお願いします。 いろいろな仕掛けをされてこられましたけど、初めからその対象となる高校生と かいろいろな相手の方全部がやる気をもっておられたわけではないと思うのですけ ど、それに対してうまく引っ張ってこられて、やる気を出すようにして、今成功さ れていると思います。その辺のノウハウを教えていただきたいと思います。 岸川: 私は行政マンですけれども、ちょっと異端なところもありまして、普通、行政マ ンとか、あるいは教師でもそうですけど、全体の底上げをしようと考えますよね。 例えば、私たちが学校の先生だとしたら、40人1クラスで九九を教えるとき、早 くできる子はそれでいいですよね。できない子を一生懸命教えて、全体の底上げを していきますね。これは正しいやり方、100点ですね。 けれども、私はそこで思うのは、じゃあ、最初に九九ができた子には、もうエネ ルギーを注がないわけですね、できたから。「よかったね、頑張ったね」で終わる。 もしかするとその子はもっと能力があって、例えば二桁の九九を、あるいは三桁の 九九をできるかもわからない。365×126とか、そういうことができるかもわ からないですよね。そのチャンスを奪っているのではないかなと考えたのですね。 それは町の人たちにとっても一緒ですね。みんなを1ポイントずつ上げようとす るエネルギー。けれども、本当にやりたい人、やれる人と組んで、無限大に伸ばし てあげようと、そういうやり方をしました。それはイメージとして、その人たちだ 19 けが棒グラフのように伸びていくのではないのですよ。ストッキングのように、そ の人たちが伸びることによって、周りの人たちも伸びていく。そういうやり方をし ています。 そうすると気づくのです。例えば相可高校でも、食物調理科の子たち、クラブ活 動でやっています。授業ではありません。やってほしくないのです。やりたくない 子はやらなくてもいいわけですね。その代わり、やりたい子はいくらでも伸ばして あげる、最高の場所を提供する。そうするとどうなるかと言うと、食物調理科はど んどん評価されて、褒められます。テレビなどにも出ます。そうすると、普通科の 子も褒められるわけです。「相可高校ってすごいな」と言われて、「いや、僕の科で はないんですよ」とは言わないですよね。ニコッと笑うだけですよね。 OBの人たちも一緒ですよね。いつの間にか自慢し始めます。あるいは、町出身 で都会に住んでする人なんかも、「あれはオレとこの町なんだよ」とか「オレところ の県なんだよ」とか言って自慢したりする。そういうやり方で、やれる人とやれる ことをやっていくということを心掛けてやっています。行政的ではないかもわから ないですけれども、それが1つのヒントです。決してほかを捨てているわけではな いのですけど。 谷口: どうもありがとうございました。重森さん、よろしいでしょうか。大変参考にな るお話を私も聞かせていただいたと思います。できないことを無理やりやらせよう としても難しいですね。 岸川: ものすごくエネルギーが要りますよね。 谷口: そうですね。できることを一歩進めることがすごく大事なんですけど、私も大学 で教員として仕事をしておりますので、一人ひとりに合った次の一歩というものを 本当はきちんと探し出して指導するというか、もっとコミュニケーションがきちん と取れるといいなと、今のお話を伺いながら思いました。うちは結構学生の数も少 ないので、ある程度そういったことも可能かとも思いますけれども、きちんと学生 を見据えていく、一人ずつをきちんと見ていくというのはすごく大事だなと、改め て感じさせていただきました。ありがとうございました。 岸川: 例えば、先生、先ほどの高校生レストランはクラブ活動なんですよ。だから、普 通科の子も入ってくるのですよ。そういうやり方ですね。やりたい子は入ってくる のです。 谷口: ありがとうございます。自由に活動できる場所というのはすごく大事ですよね。 20 学校の中にそういうところがあるというのは、私はどうしても固定観念があって、 クラブ活動というのはスポーツとか文化クラブという、既成のものがどうしても頭 に定着してしまっているのですけど、それを新しくつくり出していくという、その ことだけでも素晴らしい発想の転換ではないかなと思いますね。ありがとうござい ました。 では、澤田さんから何かお聞きになりたいことはございますか。 澤田: そうですね。多気町と言われてもなかなかピンと来なくて、高校生レストランと 言われて、「あっそうですね」と思うのですけれども、そんなふうに多気町もお伊勢 さんとか松阪という地名の中ではあまり知られない存在であって、愛荘町というの もそうだと思うのですね。滋賀県の中では彦根市とか長浜市とか、歴史のあるとこ ろというのは、結構ブランド力が高いのですけれども、愛荘町も歴史は古いのです が、愛荘町と言われてもなかなか認知していただけない。よく似たものを感じるの ですが、できましたら岸川さんから、「愛荘町をこんなふうにやったらどうか」みた いなヒントをいただけたら、大変ありがたいです。 岸川: 例えば「観光」を考えるときに、私の思う観光というのがあって、いわゆる京都 とか、ああいう観光は求めないのですよ。皆さん、特に企業家の方が考えるのは、 500台のバスが来たら、それを1,000台にしたらたくさん人が来てお金を落と していくのではないかと。私はその観光、その経済の原理は好きではないのですね、 正直言いますと。だから、そこら辺はちょっと違うのですね。 多気町が名を売るとか、愛荘町が名を売るということを考える必要はないと思う のです。そうではなくて、私たちがやっているのは、私たちは、実は「オンリーワ ン」とか「ナンバーワン」をめざしてないのですよ。「モデル」をめざしています。 「まごの店」も研修施設としての一つのビジネスモデルなんです。たまたま料理を 勉強している子がいて、農家がたくさんあって農業のまちで、農産物がたくさんあ って、場所があって、レストランを彼らのためにつくったと。例えばあれが繊維を 勉強しているところだったら、私はファッションショーとか、そういう繊維業界が 活性化する仕掛けをつくっていきます。 例えば私がコクヨの社員だとしたら、たぶん紙を使っていろいろな取り組みをし ていきますね。例えば段ボールとかをつくって、毎年お城をつくるとか、何かいろ いろなことをやると思いますね。 なぜそんなことをするかと言うと、自分たちのまちがどうしたら幸せになるか、 それを真剣に内向きのベクトルで考えていきたいのです。客観性よりも主観性を大 事にしたいのです。例えば、フェラーリに乗れないけれど、軽トラに乗っている。 あれはダイコンが土のままでも詰めるし、長靴を履いてても乗れる。オレたちは、 21 やせ我慢ではなくてフェラーリよりこっちの方がいいんだ。あるいは、こんな水を 飲まなくても、オレとこは琵琶湖の横から湧いているすごくうまい山の水があるん だ。マクドナルドはないけど、琵琶湖でちょっと釣りをしたら、最近はブラックバ スだけど、あれでも食ったらうまいぞと、やせ我慢ではなくて、それをいいと思う 価値観をこのまちでつくれるかどうか。それを私は多気町の田舎の100年先、2 00年先に生き残れる一つの価値観だと思っています。決して多気町が有名になっ て、1万台の観光バスが来て、ぐちゃぐちゃで、それが幸せだとは思えませんし、 それをしようと思うことは非常に難しいと思っています。 澤田: ありがとうございます。 ただ、すみません、1点だけ。コクヨは紙をつくっておりませんで、紙製品とい う完成品をつくっております。 谷口: ありがとうございました。 そうですね、地元の魅力というものを、まず地元の人がしっかりと認識するとい うことが大事なんでしょうね。そのために地元のいろいろなことをもう一度見直し てみる。自分たちの足元をもう一度見直してみるというようなことが必要なのかな と思いますね。 私もいろいろなところでまちづくりに関わらせてもらっているのですけれども、 一番最初にそこへ入らせてもらったときにやるのが、まず地元の人たちと私たち外 部の人間と、一緒にまちの中を歩かせてもらうのです。一緒に歩かせてもらって、 これは何ですかと、外の者から見たら全然わからないものが結構たくさん道端にあ ったりするのですけれども、地元の人にとってはもう当たり前のものが、外から見 たら全然当たり前ではない。そういうものが非常にたくさんあるのですね。それが 素晴らしい発見につながるということもすごく多いのです。 それから、結構、地元の人たちというのは、小さい頃はその辺を掛け回ってくま なく、私自身もそうだったのですけれども、隅から隅までほとんど、いろいろなも のを目にして覚えていたのですけれども、大きくなって、視点が高くなったという こともあるのかも知れませんけれども、周りがあまり見えなくなってきているとい う状況があるのですね。地元だからすべて、自分たちが地元のことはよく知ってい るというふうに思いがちですけれども、実はほとんど何も見ていないという状況が 現実にあるということなんですね。それをもう一度見直してみて、一度ゆっくりと 自分たちの足元を探してみたら、素晴らしい宝物がいっぱい見つかるのではないか なというふうなことを思っているのですね。 そして、そこでまちづくりを始めるときには、そういうものが何かその地域の宝 物にならないかというふうなことを中心に、いろいろな話を広げていくということ 22 が多いのですけれども、まさにその魅力をここで見つける、そういうことを実践し てこられた3人の今日の発表者の方々だったのではないかなということを思いまし た。これは1つの感想として皆さんにもお伝えしておきたいと思います。 せっかくですので、お三方に何か、会場の皆さんから質問をしたいということが もしございましたらお受けしたいと思うのですけれども、いかがでしょうか。遠慮 なく手を挙げていただければと思います。せっかくの機会です。はい、今マイクが 参りますので、よろしくお願いします。 質問者: 相可高校の「まごの店」には行かせていただいて、おいしいお料理をいただき ました。岸川さん、伊藤英明さんに負けておられないと思います(笑い)。行ったら やっぱり気に留めるというところで、関のドライブインで、この間も伊勢うどんの 「たれ」などが売っていたので、うどんはないのですけど、「たれ」だけ買ってきた という、相可高校さんでつくられた「たれ」が売っていました。そういうことです ごく親しみのある町に私の中ではなっております。 それと、コクヨさんですが、先ほどの麻の表紙のノート、結構お高いでしょうね。 こちらから見たら値段がはっきりわからなかったのですけれども、でも、自分が使 うというよりも、愛荘町のものであれば、日本一だというのを聞いたような気もす るのだけど、今はっきりわかりました。それをほかのところにアピールするために も、何かしらのときにはお友だちにプレゼントしようかなと思ったときに、できれ ば帯布などにそういうことが書いてあるようなものを付けていただければ、持って いくときにすごくいいなと思いました。 東円堂の防火クラブは、私は女性防火クラブに2年ほど入っていたのですけれど も、ホースの使い方もすっかり忘れてしまっています。どうやって続けていったら いいかなというのが今後の課題かなというふうに思いました。以上です。 谷口: どうもありがとうございました。 質問というよりも、いろいろなアドバイスまでいただいて、大変ありがとうござ います。それぞれに本当にいろいろ考えていただいているということなんですけれ ども、考えて、考えて、ずっと考えているよりは、その考えたことを、いろいろな ことを一歩前に進めるということがすごく大事なんだろうなと思うのですけれども、 今日会場に来ていただいた方にはその大切さというのがよくわかっていただいたと 思うのですけれども、自分がいろいろな立場で何か一歩進めてみようと、愛荘町の ために一歩踏み出してみようと思ったときに、何から始めたらいいのかなとか、い ろいろな疑問を持たれると思うのですけれど、今日は本当にそういう先達のお三人 が揃っておられるわけですから、そんなことで何か疑問点などがありましたら、ぜ ひ質問をしていただきたいなと思うのですけど、いかがでしょうか。では、真ん中 23 の方、お願いします。 質問者: 2点あるのです。全く別の問題なんですが、まず第1点は、今年、大変な台風 がありまして、こちらの方ももうすぐ堤防が切れるかなというような状況になった ことがございました。これからも恐らく地球の環境から考えましたら、ああいった ことが毎年起こっていくというようなことが考えられるのではないかなと思います。 そういったときに防災体制をこれからもうちょっと真剣に考えていかないと、い つ堤防が切れるかわからない、毎年そういう状況になっていくのではないかという ことを考えると、自分でも考えていたのですが、どんなふうに考えていったらいい のかわからないので、ご意見がありましたら聞かせていただきたいのと、こうやっ てたくさん役場の人もおいでになるわけですから、毎年そういう状況になったとき にも、どのような形でみんなの安全を確保していけるかということを一緒に考えて いかなければいけないなと思います。それを今日お話を聞かせてもらって、またそ の思いを新たにしたわけです。これが第1点です。 第2点目は、この企画が、この第1回目、これは何であったのかと考えると、ス マートインターチェンジができたことと深くかかわってくるであろうと。まちづく りで、あるものから探してみようと、あるものというのは何か。岸川さんからお話 を伺ったら、自分たちのまちをよく知ることであって、それから誇りを持っていく ことであろうということでした。 私、子どものことしかよくわからないので、もしかしたら間違っているのかも知 れませんが、愛荘町の中で一番大きな歴史遺産・文化遺産というのは、金剛輪寺で あるとか、その周辺の古墳であると思うのです。うちの子どもに「金剛輪寺へ遠足 に行ったことがあるか」と聞いたときに、「行ったことないよ」と。中学校はわから ないですけれど、小学校は全く行っていないと。そんな形で町の文化遺産に子ども が間違いなく触れる機会があるかというと、今そういう状況に、私が知らないだけ かも知れませんから間違っているのかも知れないのですけれど、もしないとするな らば、なかなか自分のまちの最も大きな文化遺産に触れる機会がないというのは非 常に残念なことではないかなと思います。 それから今日、東近江市の人とお話をする機会があったので、スマートインター チェンジとか金剛輪寺の話をしましたら、「金剛輪寺の近くに博物館があるでしょ う」という話になったのですけど、この博物館もなかなか子どもさんが皆さん行っ ておられるかというと、そういうことではないと思いまして、町のある、今既存の そういう施設を十分に利用されているかというと、そういうわけではないのかも知 れないなと考えますので、あるものから探し始めようということですから、あるも のが十分に活用されているのかなというようなことを考えます。 したがって、子どもさんたちにもうちょっと自分たちの文化遺産、そして文化遺 24 産のすぐ近くに博物館があるわけですから、それを利用していただけるようなこと を考えて、そして子どものときからまちの歴史に誇りを持てるようになってもらい たい。 スマートインターチェンジの名前が「湖東三山」という名前ですから、これはた ぶん観光を意識してそのように名前をつけられたのでしょうから、その点において も、東近江市の人が博物館のことをお話しになっていましたので、博物館でたとえ ば近江麻でありますとか、ほかの文化遺産もたくさんあるわけですから、そういっ たものをもっとアピールしていただけるように、これは町に対する要望みたいなこ とばかりですけれども、そういった形で既存の施設をもうちょっと利用していただ けないかなというふうに考えております。以上です。 谷口: どうもありがとうございました。 今2点、ご質問というか、ご感想のような形になるかと思いますけれども、ご意 見をいただきましたけれども、これに対してどうでしょうか。お三方から何かコメ ントなどがございましたら。 岸川: ごめんなさい、ちょっと聞き取りにくかったのですけど、私の方から、地域にあ るものをもっとみんな見に行って知ったらどうですかというご提案だったと思うの ですけれど、私は全くそのとおりだと思います。 だけど、基本的に、例えば多気町という私の町でやっていることは、別に生徒を 連れて行ったりしないのですよ。ものもそうなんですけど、今何をしているかとい うと、人がぐちゃぐちゃ学校へ行っています。行ったり来たりしています。そうす るとどんなことが起きてくるかと言うと、この前、国際料理コンクールを、海外か らの高校生に多気町に来てもらって、コンクールをやったのですよ。日本のいろい ろな県からも高校生たちが自費で遊びに来ました。そういうことを全部高校生が企 画するのですね。 普通の子ですよ、偏差値はそんなに高くないです、私たちの高校は。農業科の子 ですから、どちらかと言ったらたぶん40そこそこだと思います。そういう子が一 生懸命みんなで企画して、最後に3年生の子があいさつするのですよ。私、泣きそ うになりました。彼女がこんなことを言ったのです。 要は、私たちはこの町の人たちに町の宝だと言われて、いろいろなところでいろ いろな素晴らしい場面を提供してもらっている。私は今度大人になったら、この町 でいろいろなことをしてもらったことを、私たちも子どもたちのためにそういうこ とをしてあげられる、そういう大人になりたいと、最後に、自分の言葉なんですよ ね。先生が考えたわけではないのですよ。きっと人の交流があれば、なんか変わっ ていくのではないかなと思います。 25 最後に公務員の立場から1つだけ言わせてもらうと、公務員って、私も56歳で もうじき辞めます。だんだん言える立場になってきたのですけど、例えば10個要 素があって9個までいいと。でも、1個悪いとそれを責める、責められるのですよ、 私たちは。だからどうするかと言うと、10個を9個にして、8個にして、7個に して、4個だったら絶対守れるという生き方をしていくわけですね。そうなるとど うなるかと言うと、電話がかかってきても、「今担当がいませんから」と言って切る わけです。それが正しい対応だと思っているわけです。全然正しくないです。わか っているのですけど、できないのです。 組織自体も厳しい組織ですよね。よく厚労省などの新人研修で言いますけど、「腐 っている」という表現をします、私は。組織が腐っている、そして構成する私たち も腐っている。そして、それを責める民間の人たちも腐っている。だから負のスパ イラルなんです。だから、それを打ち切らないとだめなんです。ぜひ、マイナスの 言葉の発信よりも、プラスの言葉の発信を。例えば、10個要素があって9つまで 悪い。「お前はここも最低、ここも最低、ここも最低、ここも最低。だけど、お前の ここがいいからオレはお前のことが好きなんだよ。今日仕事が終わったら飲みに行 こうぜ」、ぜひそういうまちになってもらいたい。ぜひそういう付き合い方を、人が 一番の資源です。そこからいろいろなものが見えてくると、私はそういうふうに思 います。 谷口: ありがとうございます。 やっぱりそういう視点なんですよね。地元のいいところを見つける目ができたら、 地元の行政も、住民も、それぞれのいいところにも目が行くようになってくるとい うこともあるのかなということを、今お話を聞いていながら思わせてもらいました。 もう1つ、防災のことについてのお話があったのですけれども、なかなかこれか らどうしていったらいいのかわからないというようなお話もありましたけれども、 例えば重森さんのところではこれからもし防災組織、こんな形で進めていきたいと いうような、将来に向けての思いなどがありましたら、そういうことも紹介してい ただいて、参考にしていただければと思うのですけど、いかがでしょうか。 重森: 私のところの防災会の活動につきましても、何も全体がやる気満々で進んでいる わけではないのです。一番最後に書いておきましたけれども、本当にできることか ら始めていこうというのがスタンスなんです。たまたまそういう受けてくれる方々 が多くて、一見うまくいっているように見えるのですけど、その辺を大切にして、 今うまくつながっているだけでございまして、一挙にたくさんやろうとすれば、必 ず反発が来てだめになると思いますので、できるところから始めてもらったらいい のではないかと思います。 26 谷口: どうもありがとうございました。 理想を描いて、そこに向かっていくというのはいいのですけど、いきなりそれを 始めるというのは本当に難しいことですよね。 今日のお話をずっと聞かせていただいていて、そこに出てきた大きなキーワード というのは、1つは、できることをできる人がやっていく。もしかするとそれは自 分かも知れないという思い、これを持ってもらえるかどうかというのが実は大きな 分かれ目になってくるのではないかなと思うのです。 例えば行政に対して、こういうところがおかしいではないかとか、悪いのではな いかということは誰でも言えるのですけれども、それを自分がこうすることによっ て変わっていくことができるのではないかと、自分がそこにどうかかわっていった らいいかというような視点を持つということがすごく大事なのかなと思いました。 そして、そこに働きかけてくるのは、やはりプラス思考と言いますか、何でもか んでも無理やりプラス思考にということでは決してないのですけれども、本当にい いものがあれば、それをしっかりと見つけて評価していくという、そういうプロセ スというのがすごく大事なのではないかな。それは自分の中にもきっとあるよ。町 民としての立場であり、あるいは行政マンとしての立場であり、企業人としての立 場であったりするわけですけれども、よく考えてみたら、行政マンであっても企業 人であっても、町民の一人に変わりはないわけですね。そのまちがこれからどんど んよくなっていくということをめざして頑張っていくのであれば、町民の一人とし て自らを置いてみて、じゃあ何ができるかということを考えてみる。それはすごく 大事なことかなと思いました。 時間も迫ってまいりましたけれども、時間的には最後かなと思うのですけれど、 いかがでしょうか、どなたかご質問などがありましたらお伺いしたいと思います。 よろしいですか。 質問者: 時間がないのに申し訳ないですが、一言だけお聞きしたいのですけど、相可高 校というのは県立ですよね。そういう中で、9,000万円という多気町からの補助 と言いますか、たぶん町民の反対もあったと思いますし、どういう形でそれを捻出 されて予算化されたかということをお聞きしておきたいと思います。 岸川: 私は最初から9,000万円という大きな仕掛けはしないのです。まず小さい仕掛 けからやっていきます。屋台のようなお店をつくるのです。これは受入先の今ある ふるさと村というところが、民間ですけれども、400万円というお金を出してく ださいました。民間がやって、お金を出して、そして行政はそれを応援して、お金 は出しません、口もほとんど出さない。高校はそれをよしとしてくださったわけで 27 す。 実はその最初の仕組みをつくるのに、たぶん成功の8割ぐらいがそこでしたね。 前例がないことを、県をくどくわけです。実はお金のことよりも仕組みをつくるこ との方が難しいのですね。なぜかと言ったら、日本中に例のない、高校生が営業店 をやるわけですから、それを県の教育委員会が認めるかどうか。食中毒が起きたら どうするのだとか、いっぱい問題があるのを認めるかどうかですね。それをクリア したわけです。それはちょっと公務員としては最低の方法をとったのですけれども、 それをクリアしました。 そして、その姿を見てもらって、みんなが、町全体が応援してくれました。だか ら、実は反対はなかったのです。最後、議会で、私は係長でしたけど、課長が議会 で提案してくださって、委員会の中で私は1時間ぐらいプレゼンを一生懸命しまし た。細かいプレゼンをしました。反対意見が出るだろうと思ったけど、出ずに、9, 000万円を計上したときに、実は9,000万円ではできないぐらいのぎりぎりの 計画なんです。それを皆さん知っておられて、最後に委員長が言われました。「岸川 君、本当にこれが9,000万円でできるのか。言うだけ言ってみろよ」と議員の先 生が言われたのですよ。泣きそうになりましたけど、私は1億円を超えたくなかっ たので、これでやらせてくださいとお願いをしました。案の定、1回目の入札では 落ちなかったのです。ぎりぎりでしたから。そういうことをやっていって進めてい くというやり方をしています。 だから最初からあまり無理をせずに、最初は一歩まず踏み出す。その一歩がすご く大きいのです。ご質問ありがとうございます。 谷口: よろしいでしょうか。どうもありがとうございました。 皆さんにとって、今日のこのシンポジウムが非常に学びの多いシンポジウムにな ったのではないかなと思いますし、また、実際にそれが役立つのはこれからという ことになろうかと思います。ここでお話を聞いて、少しでも、自分も何かできるか も知れないなというふうに思っていただければ、大変ありがたいなと思います。 先ほど冒頭にお話をさせていただきましたように、愛荘町も新しい総合計画がで き上がりました。これは、町が勝手につくったものでは決してありません。町民の 方一人ひとりが将来幸せになってもらえるようにという思いが込められた計画なん ですけれども、現実に皆さんが総合計画の中身を十分に承知していただいているか どうかということになると、甚だ心もとないところもあるわけです。皆さんが今思 っておられることを、もしかしたら総合計画の中でこういうところ活かせるのでは ないかとか、あるいはこれからのまちづくりの中で自分はこんな意見を持っている のだけれども、誰か聞いてくれないかというようなことを、ぜひともひとつアクシ ョンとして起こしていただいて、次に進んでいただければなと思います。 28 岸川さんの膨大なこれまでの活動も、そういう一歩から始まったのだろうと思い ます。みんなで考えながら、本当に愛荘町が幸せな将来に向かって一歩踏み出せる ことを私も夢見ながら、そしてお祈りをさせていただきながら、本日のシンポジウ ムを閉じさせていただければと思います。 長時間、本当に寒い中をおいでいただいた皆さん方、そして、パネリストとして 大変貴重なご報告をいただきましたお三方に、改めてお礼を申し上げたいと思いま す。皆さん、温かい拍手をお願いしたいと思います。どうもありがとうございまし た。 (拍手) 大変多くの貴重なご意見を賜り、ありがとうございました。また、コーディ ネーターの谷口教授、パネリストの岸川様、重森様、澤田様、ありがとうございました。 その他、ご意見のある方は資料最終ページに付けておりますアンケート用紙にご記入い ただき、改修ボックスに入れていただくようお願いします。本日拝聴いたしましたご意見 を参考に、今後のまちづくりに努めさせていただきたいと考えておりますので、よろしく ただいまは お願いします。 コーディネーター・パネリストの方、退席なさいます。皆様、拍手をもって お送りいただきたいと思います。 (拍手) それでは、 29