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論文要旨・審査の要旨

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論文要旨・審査の要旨
学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
山田
主
副
論文審査担当者
論
文
題
目
査
査
谷口
鈴木
尚
哲也
笛木
理子
賢治
Association between tongue and lip functions and masticatory performance
in young dentate adults
(論文の内容の要旨)
<緒言>
咀嚼は捕食から始まり,咬断,粉砕,混合をし,嚥下に至るまでの過程を示す.咀嚼は様々な側
面から評価されており,それに適した評価法が使用されている.咀嚼能力評価法の一つに咀嚼試料
から判定する直接的検査法があり,グミゼリーは主に咬断能力,ピーナッツは粉砕能力,ガムは混
合能力という咀嚼の過程における一部分の能力を評価していると考えられている.
これまでの研究により顎運動や咬合接触面積,咬合力,舌運動など様々な因子が咀嚼に関連して
いることが明らかとなっている.咀嚼関連因子の一つである舌や口唇,頬筋が円滑な咀嚼運動を行
うために大きな役割を果たしている事は明らかとなっているが,これらの機能と咀嚼能力の関連は
十分に検証されていない.これまでの研究により全部床義歯装着者における粉砕能力と舌の上下運
動の間や,臼歯に咬合支持がない高齢者における混合能力と最大舌圧およびオーラルディアドコキ
ネシスの/ta/の音節の間,健常有歯顎者における咬断能力と舌圧および頬圧の間に有意な相関があ
ることが明らかになった.以上よりそれぞれの被験者における舌および口唇の機能と咀嚼能力の関
連について明らかになったが,これらの研究で使用された咀嚼能力評価法は,咀嚼の過程における
一部分の咀嚼能力しか評価しておらず,咀嚼能力を包括的に評価しているとはいえない.
そこで,本研究では粉砕,混合,咬断能力を評価する 3 つの咀嚼能力評価法を使用することによ
り咀嚼能力を包括的に評価し,それと舌および口唇の機能の関連について若年有歯顎者を対象に調
べることとした.
<方法>
参加者
智歯以外の欠損,顎関節症がなく,う蝕や歯周病がない健常有歯顎者 51 名(男性 31 名,女性 20
名,平均年齢 25 歳)とし,本研究の趣旨に賛同し,協力の得られたものとする.
舌と口唇の機能評価
1) 最大舌圧
最大舌圧は舌圧測定器(JMS 舌圧測定器,JMS)を用いて測定した.舌を挙上しバルーンを舌と口
蓋の間で 7 秒間最大の力で押しつぶし,これを最大舌圧とした.測定は 3 回行い,その平均値を評
価値とした.
2) オーラルディアドコキネシス
オーラルディアドコキネシスは,口腔機能測定機器(健口くんハンディ,竹井機器工業)を用いて
測定した./pa/,/ta/,/ka/の音節を各 5 秒間可及的に速く発音し,1 秒間に明瞭に発音した回数を
-1-
評価値とした.また/pa/は口唇,/ta/は舌尖,/ka/は舌後方部の運動機能を評価している.
咀嚼能力評価
1) 粉砕能力
粉砕能力はピーナッツを用いた篩分法により評価した.3g のピーナッツを 20 回咀嚼させ,これ
を 3 回繰り返した.咀嚼側は限定せず,普段食べ物を咀嚼しているように自由に咀嚼させた.粉砕
されたピーナッツを全て水洗し,80℃に設定した乾燥器(定温乾燥器 DX300,ヤマト科学株式会社)
で 6 時間乾燥させた.乾燥後,全自動乾式音波フルイ分け測定器(ロボットシフターRPS−85P,セイ
シン企業)で 8 個の篩(4750,2800,1700,1180,850,600,355,180μm)にかけ,メジアン径(X50)
を求めこれを粉砕能力の評価値とした.
2)混合能力
混合能力は Hama らの方法を参考に色変わりガム(キシリトールガム咀嚼力判定用,ロッテ)によ
り評価した.色変わりガムを 1 秒 1 回のペースで 60 回咀嚼させた.粉砕能力の評価時と同様に咀嚼
側は限定せず,自由に咀嚼させた.咀嚼した色変わりガムの色の変化を測定し,ΔE を算出した.
ΔE = [(L* – 72.3)2 + (a* + 14.9)2 + (b* – 33.0)2]1/2
また,ΔE より以下の式を用いて咀嚼回数(N)を算出し,これを混合能力の評価値とした.
N:
3)咬断能力
咬断能力は Ikebe らの方法を参考に検査用グミゼリー(咀嚼能力検査用グミゼリー,UHA 味覚糖)
により評価した.検査用グミゼリーも咀嚼側を限定せず,自由に 30 回咀嚼させた.グルコースの濃
度が咬断された検査用グミゼリーの表面積(mm2)と有意な相関関係であるため,咬断能力は以下の
式により算出した.
咬断能力(mm2) = 13.5 x [グルコース濃度] – 250
統計解析
舌および口唇の機能と咀嚼能力の関連はピアソンの相関分析により求めた.これにより統計的に有
意な相関が認められた項目間で咀嚼能力を従属変数,舌と口唇の運動機能を独立変数として重回帰
分析を行った.統計ソフトは SPSS ver.16.0 を用い, 有意水準は P 値≦0.05 とした.
<結果>
粉砕能力と最大舌圧(r = −0.42, [−0.62, −0.16]),オーラルディアドコキネシスの/pa/ (r =
−0.38, [−0.59, −0.11]),/ta/ (r = −0.36, [−0.58, −0.09]),/ka/(r = −0.36, [−0.58, −0.09])
の音節に有意な相関が認められた(P<0.05).混合能力とオーラルディアドコキネシスの/pa/(r =
0.32, [0.04, 0.54])の音節に有意な相関が認められた(P<0.05).また,オーラルディアドコキネシ
スの/ta/(r = 0.27, [-0.01, 0.51])の音節に有意な相関がある傾向が認められた(P=0.06).咬断能
力は舌および口唇の機能との間には有意な相関が認められなかった(P>0.05).相関係数は−0.42 か
ら 0.32 を示し,舌と口唇の機能は咀嚼能力の個人間の分散の 10%から 17%を説明した.
粉砕能力を従属変数,舌と口唇の運動機能を独立変数とし重回帰分析を行った.これにより最大
舌圧(標準化回帰係数 = −0.43)とオーラルディアドコキネシスの/pa/ (標準化回帰係数 = −0.39)の
音節が粉砕能力の有意な予測因子であり(P<0.01),これらは粉砕能力の個人間の分散の 30%を説明
した.
-2-
<考察>
本研究では健常有歯顎者において,各咀嚼能力評価値と舌および口唇の機能に有意な関連が認め
られた.これにより,舌および口唇の機能は咀嚼能力に関連する因子の一つであることが明らかに
なった.
重回帰分析により,最大舌圧とオーラルディアドコキネシスの/pa/の音節は粉砕能力に有意な関
連因子であることが明らかとなった.ピーナッツのような粉砕性の食品は咀嚼が進むにつれ細かく
なる.従って細かくなったピーナッツを効率よく咀嚼するためには,舌を使って咬合面にのせるこ
とが必要である.またこれまでの研究によりオーラルディアドコキネシスの/pa/の音節が口唇圧と
有意な相関関係であることが明らかとなっており,これにより咀嚼時に口輪筋から頰筋が一体とな
って咬合面から食物をこぼさないように保持していると考えられる.以上よりピーナッツのような
粉砕性の食品の咀嚼には舌や口唇の機能が関連していると推測される.本研究で得た結果は,先行
研究の結果とは異なる.これは各評価項目の測定方法の違いにより結果に差異が生じたと推測され
る.
混合能力とオーラルディアドコキネシスの/pa/の音節に有意な相関関係が認められた.また,オ
ーラルディアドコキネシスの/ta/の音節にも相関関係がある傾向があることが明らかとなった.色
変わりガムは咀嚼が進んでも一塊の食品であり,咀嚼時に咬合面にのせ舌で混ぜ込むことで効率よ
く咀嚼できる.粉砕能力の結果と同様に,口輪筋と頰筋が一体となり咀嚼の間咬合面から食物をこ
ぼさないよう保持している.このようにガムのような咀嚼が進んでも一塊の食品の咀嚼には,口唇
と舌尖の機能が関連していると示唆される.粉砕能力と同様に,本研究の結果は先行研究の結果と
異なる.これは被験者の年齢や口腔内状況の違いにより結果に差異が生じたと推測される.
咬断能力と舌および口唇の機能に有意な相関関係が認められなかった.これまでの研究により検
査用グミゼリーは咬合力と咬合接触面積に関連があることが明らかとなっているように,検査用グ
ミゼリーは硬く弾力性に富み咀嚼するには大きな咬合力を要する.さらにそれは咀嚼が進んでもあ
る程度持続し,細かい粒子になるには時間がかかる.このことから,咬断能力には舌と口唇の機能
よりも,歯や咀嚼筋の機能の方が関連していると考えられる.本研究の結果は,先行研究の結果と
異なる.これは咬断能力を測定するグミゼリーの種類が異なることにより,結果に差異が生じたと
推測される.
本研究では単回帰分析と重回帰分析により,舌および口唇の機能と咀嚼能力の関連を検討した.
単回帰分析により,舌と口唇の機能が咀嚼能力に関連している割合は 10%から 17%であると明らか
になった.また重回帰分析により,舌と口唇の機能が粉砕能力に関連している割合は 30%であるこ
とが明らかとなった.これは咀嚼には顎運動,咬合接触面積,咬合力など様々な因子が関連してお
り,本研究で明らかとなった舌と口唇の機能はそれら咀嚼関連因子の一つであることを示している.
<結論>
本研究では若年有歯顎者を対象に,粉砕,混合,咬断能力を評価することにより咀嚼能力を多面
的に評価し,舌および口唇の機能との関連を検討した.結果より以下の項目が明らかとなった.
1. ピーナッツのような粉砕性の食品の咀嚼では,粉砕能力と最大舌圧および口唇の機能が関連す
る.
-3-
2. 色変わりガムのような咀嚼が進んでも常に一塊の食品の咀嚼では,粉砕能力と口唇の機能が関
連する.また,舌尖の機能も関連する可能性がある.
3. 検査用グミゼリーのような硬く弾力性がある食品の咀嚼では,咬断能力と舌および口唇の機能
は関連しない.
-4-
論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号
論文審査担当者
論文題目
甲第
4968
号
山田
主
査
谷口
尚
副
査
鈴木
哲也
笛木
理子
賢治
Association between tongue and lip functions and masticatory performance in
young dentate adults
(論文審査の要旨)
咀嚼は捕食から始まり,咬断,粉砕,混合をし,嚥下に至るまでの一連の過程を経て行われ
る.咀嚼能力は様々な側面から評価されており,それに適した評価法が使用されている.咀嚼
能力評価法の一つに咀嚼試料から判定する直接的検査法があり,グミゼリーは咬断能力,ピー
ナッツは粉砕能力,ガムは混合能力を主に評価していると考えられている.
これまでの研究により顎運動や咬合接触面積,咬合力,舌運動など様々な因子が咀嚼能力に
関連することが明らかとなっている.舌や口唇,頬筋の機能は加齢により低下し,咀嚼能力の
低下に影響するが,舌や口唇,頬筋の機能と咀嚼能力に関する研究は少ない.さらに,舌およ
び口唇の機能と咀嚼能力の関連についてのこれまでの研究では,咀嚼能力は一種類の方法で咀
嚼の過程の一側面の能力のみを評価しており,多面的な評価は行われていない.
こうした状況を背景に,山田理子は,若年有歯顎者を対象に,咀嚼の粉砕,混合,咬断能力
を評価する 3 種類の方法を用いて咀嚼能力を多面的に評価し,これらと舌および口唇の機能の
関連を検討した.
被験者は智歯以外の欠損,顎関節症,う蝕や歯周病のない健常有歯顎者 51 名(男性 31 名,
女性 20 名,平均年齢 25 歳)とし,本研究の趣旨に賛同し,協力の得られたものとした.
舌と口唇の機能の指標には,最大舌圧とオーラルディアドコキネシスを用いた.オーラルデ
ィアドコキネシスの/pa/は口唇,/ta/は舌尖,/ka/は舌後方部の運動能力の指標である.粉砕
能力はピーナッツを用いた篩分法,混合能力は色変わりガム,咬断能力は検査用グミゼリーを
用いて評価した.舌および口唇の機能と咀嚼能力の関連を単回帰分析と重回帰分析によって検
討した.
本研究は綿密に計画して実施され,得られたデ-タは適切な統計手法を用いて分析されてお
り,研究計画から考察に至るまで高く評価できる.
本研究で得られた結果と考察は以下の通りである.
1. 粉砕能力と最大舌圧およびオーラルディアドコキネシスの/pa/の音節との間に統計的に有
(1)
意な相関が認められた.このことから,ピーナッツのような粉砕性の食品の咀嚼では,こ
れを粉砕する能力と舌および口唇の機能が関連していると考えられた.
2. 混合能力とオーラルディアドコキネシスの/pa/の音節との間に統計的に有意な相関が認め
られ,さらに/ta/の音節との間に統計的に有意ではないが弱い相関が認められた.このこ
とから,色変わりガムのような咀嚼が進んでも常に一塊の食品の咀嚼では,これを混合す
る能力と口唇の機能が関連していると考えられた.また,舌尖の機能も関連する可能性が
あると考えられた.
3. 咬断能力と最大舌圧およびオーラルディアドコキネシスの全ての音節との間に統計的に有
意な相関は認められなかった.このことから,検査用グミゼリーのような硬く弾力性があ
る食品の咀嚼では,これを咬断する能力と舌および口唇の機能との間には関連がないと考
えられた.
以上より,若年有歯顎者において,舌と口唇の機能は咀嚼能力に関連すること,咀嚼の粉砕,
混合,咬断能力に関連する舌と口唇の機能が異なる部分があることが明らかとなった.
歯科治療の目的の中でも咀嚼能力の回復は極めて重要である.補綴治療前後に咀嚼能力を評
価することで,治療効果を客観的に評価することができる.咀嚼能力には多数の因子が関連す
るが,本研究により舌と口唇の機能が重要な因子であることが明らかとなった.また,咀嚼の
粉砕,混合,咬断能力に関連する舌と口唇の機能が異なる部分があるため,咀嚼能力から舌と
口唇の機能のパフォーマンスを推測する場合には,それぞれの機能を反映した咀嚼能力評価法
を選択する必要がある.本研究では,咀嚼能力を 3 種類の方法で多面的に評価し,舌および口
唇の機能との関連を検討したことに新規性がある.したがって本研究は歯科補綴学のみならず
歯科医学の発展に寄与するところが大きいと考えられる.よって本論文は,博士(歯学)の学
位を請求するのに十分価値のあるものと認められた.
(2)
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