...

皮膚が備える巧妙なバリア機構を解明

by user

on
Category: Documents
24

views

Report

Comments

Transcript

皮膚が備える巧妙なバリア機構を解明
プレスリリース
解禁時間(テレビ、ラジオ、WEB)
:平成 21 年 12 月 7 日(月)午後 11 時
(新聞)
:平成 21 年 12 月 8 日(火)付 朝刊
2009 年 12 月 3 日
慶應義塾大学医学部
皮膚が備える巧妙なバリア機構を解明
―アトピー性皮膚炎(*1)などの皮膚疾患の発症メカニズムに新たな展開―
慶應義塾大学医学部久保亮治特別研究講師、天谷雅行教授らの研究グループは、表皮に形成さ
れる皮膚バリアの1つであるタイトジャンクション(*2)を3次元で可視化することに成功し、
抗原提示細胞であるランゲルハンス細胞(*3)がタイトジャンクションを壊すことなく細胞突起
を外に突き出し、外界の抗原、異物を取り込むことを発見しました。今まで、抗原提示細胞は、
皮膚バリアを超えて体内に侵入してきた抗原、異物を取り込むと考えられていましたが、皮膚バリ
アを保ちながら外に抗原を取りに行くことが明らかとなりました。この発見は、皮膚バリア機構
の理解に全く新しい展望をもたらすだけでなく、アトピー性皮膚炎の病態の理解・治療法の開発
に結びつく成果です。
本研究成果は Journal of Experimental Medicine 誌電子版に 12 月 7 日午後 11 時(ニューヨ
ーク時間 12 月 7 日午前 9 時)に発表されます。
1.研究の背景
慶應義塾大学医学部皮膚科・総合医科学研究センターの久保亮治特別研究講師と同大学皮膚科
の天谷雅行教授、永尾圭介特別研究助教、横内麻里子大学院生の研究グループは、東京慈恵会医
科大学の佐々木博之准教授との共同研究で、皮膚表面の表皮バリア機能の研究に取り組んでいま
す。皮膚は表皮細胞の薄いシートからなる表皮と、コラーゲンなどを含む丈夫な真皮、その下に
ある皮下脂肪からなっています。表皮は表面から順に角層・顆粒層・有棘層・基底層の 4 層から
なります(図 1)
。一番表面にある角層は、死んだ細胞同士を強固に結合して作られたとても頑丈
な構造物です。角層は、我々の身体を作る細胞が直接空気に触れて乾燥して壊れてしまうのを防
ぐとともに、刺激物や病原体が体内に侵入するのを防ぐバリアの働きをしています。表皮にはも
う一つ、バリアの働きをする構造があります。角層の下にある生きた細胞と細胞の隙間をシール
するタイトジャンクションによるバリアです。タイトジャンクションは、細胞と細胞の隙間から
水が体外に漏れ出して行ってしまうのを防ぐとともに、角層を通り抜けた抗原が、細胞と細胞の
隙間を通り抜けて体内に侵入してくるのを防いでいると考えられています。しかし、これまで表
皮のタイトジャンクションを立体的に可視化する方法がなかったため、表皮のタイトジャンクシ
ョンに関する研究は、あまり進んでいませんでした。研究グループは今回、表皮のタイトジャン
クションバリアを立体的に可視化する方法を初めて確立し(図 2)
、角層のバリアとタイトジャン
クションのバリアを別々に観察することを可能にしました。
また、アトピー性皮膚炎は表皮、なかでも角層の異常によって皮膚の乾燥とバリア機能異常を
呈し、多彩な刺激反応とアレルギー反応を生じる疾患で、日本人の患者数は約 40 万人とされて
います。近年、アトピー性皮膚炎患者の一部において、角層の構成成分であるフィラグリンと呼
ばれる蛋白質に異常があることが報告されました。角層のバリア機能異常により、抗原が角層を
1/4
通過して体内に侵入しやすくなることが、アトピー性皮膚炎発症の要因である可能性が指摘され
ています。しかしこれまで、角層のバリアを通過した抗原がどのように免疫機構に捕らえられる
のか、その仕組みは明らかではありませんでした。
2.研究成果
表皮のバリアを通り抜けて体内に侵入した抗原は、表皮の中にあるランゲルハンス細胞と呼ば
れる細胞に捕捉されると考えられています。そこで、皮膚を特殊な方法で処理して、薄い表皮シー
トと分厚い真皮と皮下組織からなるシートとに分離し、表皮のみのシートを染色することで表皮のタ
イトジャンクションバリアとランゲルハンス細胞を同時に可視化しました。ランゲルハンス細胞は
表皮の下層に存在し、普段は休止状態にあります。休止状態にあるランゲルハンス細胞は、樹状
突起を表皮の上層に向かって伸ばしていますが、樹状突起の先端はタイトジャンクションバリア
より内側にとどまっていました。次に、角質の一部を剥がしとり、ランゲルハンス細胞を活性化
させました。すると、活性化したランゲルハンス細胞の樹状突起が伸長し、タイトジャンクショ
ンを突き抜けて、角層の直下にまで到達することを発見しました(図 1)
。さらに、ランゲルハン
ス細胞は、タイトジャンクションバリアの外側に出た樹状突起の先端から、外来抗原を取り込ん
でいました。樹状突起と表皮細胞との間には新しいタイトジャンクションが作られ、バリア機能
が保たれていました。すなわち、抗原取り込みを行っている間、ランゲルハンス細胞の樹状突起
と表皮細胞との隙間から水が漏れ出したり、逆にその隙間を通って抗原が体内に入ってきてしまっ
たりするのをタイトジャンクションが防いでいました。以上のように、ランゲルハンス細胞は、
タイトジャンクションバリアを損なうことなく樹状突起をタイトジャンクションバリアの外側
に伸ばし、外来抗原を取り込むことがわかりました。
3.研究の意義
生まれつき角層のバリアが弱く、抗原が角層を通り抜けて体内に慢性的に侵入し続けることが、
アトピー性皮膚炎の発症要因の1つと考えられています。しかしこれまで、角層を通り抜けた抗
原がどのように免疫系の細胞に捉えられるのか、明らかではありませんでした。今回の発見によ
り、角層を通り抜けて侵入してきた抗原は、表皮のタイトジャンクションバリアによって体内へ
の無制限の侵入を阻止される一方、ランゲルハンス細胞により捕らえられて免疫系に提示される
と考えられました。この抗原を病原体と考えると、ランゲルハンス細胞の働きにより、今後侵入
してくるかも知れない病原体をあらかじめサンプリングして免疫をつけておくことができるの
ではないかと考えられます。一方、この抗原をアレルゲンと考えると、ランゲルハンス細胞の働
きによりアレルゲンが取り込まれて、アトピー性皮膚炎などの皮膚のアレルギー疾患を起こして
いる可能性があります。
これまでは単に、病原体が角層を通り抜けると感染症を起こし、アレルゲンが角層を通り抜け
るとアレルギーを起こすと、漠然と考えられてきました。しかし今回の発見により、皮膚のバリ
アは、従来考えられていたよりもずっと精緻な働きをしていることがわかり、皮膚のバリアを超
えて抗原が侵入する経路をより詳細に観察し研究することができるようになりました。
4.今後の展開
今後、皮膚の感染性疾患やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患において、ランゲルハンス
細胞の抗原取り込み機能が、どのように病態の形成に関わるのかを調べて行きます。また、食物
アレルギーや喘息などのアトピー性疾患も、最初は皮膚を介した抗原感作が原因になっている可
能性が指摘されており、今回発見されたランゲルハンス細胞とタイトジャンクションの協調作業
が、アトピー性皮膚炎だけでなく食物アレルギーや喘息の発症にも関わっていないか、今後検討
していきます。将来的に、ランゲルハンス細胞の抗原取り込み機能を操作することができるよう
になれば、アレルギー疾患の新しい予防方法や治療方法の開発が可能になると考えています。
2/4
図1:表皮構造の模式図。表皮は角質層、顆粒層、有棘層、基底層の 4 層からなる。タイトジ
ャンクションバリアは、顆粒層の上から 2 層目(SG2)の細胞間をシールする。ランゲルハンス
細胞は普段はタイトジャンクションバリアの下に隠れている(右の細胞)
。活性化したランゲル
ハンス細胞(左の細胞)は表皮タイトジャンクションバリアを超えて樹状突起を伸ばし、角層を
通り抜けて侵入した抗原を取得する。この時、ランゲルハンス細胞の樹状突起と表皮細胞の間に
新しいタイトジャンクションが形成され、抗原の体内への侵入を防いでいる。
図2:初めて可視化された、表皮タイトジャンクションのハニカム構造。角層の下にはほぼ六
角形の細胞が隙間なく敷き詰められており、その細胞と細胞の隙間をタイトジャンクションがシ
ールしている。
3/4
《用語解説》
*1 アトピー性皮膚炎
皮膚の慢性湿疹性疾患。日本人患者数約 40 万人。2006 年に、フィラグリン遺伝子に変異がある
とアトピー性皮膚炎を発症しやすくなると報告された。現在までに、ヨーロッパのアトピー性皮
膚炎患者の約 4 割、日本人のアトピー性皮膚炎患者の約1∼2割が、フィラグリン遺伝子に変異
を持つことがわかっている。フィラグリン遺伝子にコードされるフィラグリン蛋白は、角質を構
成する蛋白の中で最も多くの割合を占める蛋白である。フィラグリン遺伝子に変異があると、フ
ィラグリン蛋白の産生量が低下し、角質のバリア機能が低下すると考えられている。
*2 タイトジャンクション
組織の表面を覆う細胞において、隣り合う細胞同士の隙間をぴったりと接着させ、細胞と細胞の
隙間を水やイオンが自由に行き来しないようにする役割を持つ構造。細胞膜に埋まった形になっ
ているクローディンと呼ばれる蛋白質が、細胞膜上で横方向にお互いにくっついてヒモ状の構造
を作り、2つの隣り合う細胞の間で、クローディンで作られたヒモ同士が細胞と細胞の間をジッ
パーが閉じるようにぴったりとくっつけることで、細胞間の隙間をシールしている。タイトジャ
ンクションの構成蛋白としては、クローディン以外にオクルディン、トリセルリン、ZO-1 など
が知られている。これらの構成蛋白の多くは、京都大学の故・月田承一郎教授のグループにより
発見された。
*3 ランゲルハンス細胞
表皮の中に存在する樹状細胞。樹状突起と呼ばれる樹枝状の形をした突起を、表皮細胞の隙間に
伸ばして、皮膚の表面をくまなく覆っている。外部から侵入してきた抗原を捉えると、表皮から
抜け出しリンパ管を通ってリンパ節に移動し、リンパ節において T 細胞に抗原を提示する。
*4 慶應義塾大学医学部咸臨丸プロジェクト
慶應義塾大学が、文部科学省による支援を得て実施している、若手研究者の独立支援のためのテニュ
アトラック・プログラム。
本成果は、主に以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
1. 文部科学省科学技術振興調整費「若手研究者の自立的研究環境整備促進」
研究課題名:
「皮膚"バリオロジー":バリア機能異常から見たアレルギー疾患病態解明」
研究代表者:久保 亮治(慶應義塾大学 医学部 皮膚科、総合医科学研究センター(咸臨丸
プロジェクト)
(*4)
・特別研究講師)
研究期間:平成 20 年 11 月∼平成 25 年 3 月
2. 厚生労働科学研究費 免疫アレルギー疾患等予防・治療研究事業
研究課題名:
「バリア機能障害によるアトピー性疾患病態解明に関する研究」
研究代表者:天谷 雅行(慶應義塾大学 医学部 皮膚科・教授)
研究期間:平成 19 年 4 月∼平成 22 年 3 月
上記研究課題では、①皮膚バリア構造の理解、②皮膚バリア機能破綻の病態解明、③アトピー性
皮膚炎モデルの作成と新たな治療法の開発、を目指しています。皮膚バリア構造理解のための新
たな可視化技術の開発と、遺伝学的・発生工学的研究手法によるアトピー性皮膚炎モデルマウス
の構築により、皮膚バリア機能の理解とバリア障害の予防・治療法の開発を目指しています。
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学省記者会、科学記者会、厚生労働記者会、日比谷クラブ、各社科学部等に送
信させていただいております。
本発表資料のお問い合わせ先
慶應義塾大学医学部皮膚科学教室(天谷雅行、久保亮治)
TEL:03-5363-3822 FAX:03-3351-6880
Email:[email protected]
http://web.sc.itc.keio.ac.jp/derma/index.html
4/4
Fly UP