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透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 海野十三訳 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 四 きゃく二 馬旅館 の客 黒 一くろうまりょかん 三かげ のような男 影 かいぶつ 怪 物 ! そうだ、怪物にちがいない。 かいぶつ とうよう にんじゅつつか かがく はったつ きかい すがた 怪 物 でなくて、なんだろう? 科学 が 発達 した、いまの へん 世の中に、東 洋 の忍 術使 いじゃあるまいし、姿 がみえない にんげん かいぶつ 間 がいるなんて、これは、たしかに 人 変 だ。 奇怪 だ! いなか しかし、それは、ほんとうの話だった。 怪物 ははじめに、 ものさびしい 田舎 にあらわれた。それからまもなく、あち しゅつぼつ こちの町にも 出没 するようになったのである。たいへんな さわ かいぶつ すがた み ぎになったことは、いうまでもない。 騒 とうめい しょくん その 怪物 の 姿 は、まるっきり 見 えないのである。すきと くうき おっていて、ガラス、いや 空気 のように透 明 なのだ。諸 君 いなか は、そんなことかあるもんか︱︱︱と、いうだろう。だが、待 ちたまえ! かいぶつ ま み 怪 物 が、はじめて田 舎 のその村にやってきたのは、たし さむ こなゆき か二月もおわりに近い、ある 寒 い朝のことだった。 身 をき かぜ るような 風 がふいて、朝から 粉雪 がちらちら 舞 っていた。 おか えき ある こんな寒い日は、土地のものだって外を出あるいたりはし ない。 その男は、丘 をこえて、ブランブルハースト駅 から歩 いて てぶくろ かわ きたとみえ、あつい 手袋 をはめた手に、黒いちいさな 皮 か つつ ばんをさげていた。からだじゅうを、オーバーとえりまき しょくじ さら あんない と食 事 のしたくをした。 をたてている。 だんろ さむ しょうにん きせつ しょくたく をととのえた。暖 炉 の火はさかんにもえて、ぱちぱちと音 だんろ スープ 皿 、コップなどを 客室 にはこんで、 食卓 のようい きゃくしつ べ、台 所 でお手伝いにてつだわせて、おかみさんはせっせ だいどころ 客 をへやに 案内 すると、暖 炉 に火をもやしてたきぎをく きゃく ﹁とうぶん、とめてもらうから﹂ れた二枚の金 貨 をみると、すっかりよろこんでしまった。 きんか ことはないのだ。おかみさんは、びっくりもし、なげださ かもこんなへんぴな土地に、 旅 の商 人 だってめったにきた たび いまどき、めずらしい 客 である。こんな冬の 季節 に、し きゃく に向かって、そう言った。 らだをゆさぶって 雪 をはらいおとし、黒馬旅館の女あるじ ゆき 酒 場 へ、ずかずかとはいってくるなり、ぶるるんと、か さかば 火をおこしてもらいたいな﹂ ﹁こう 寒 くちゃあやりきれない。火だ! さっそくへやに、 さむ のドアをおしひらいてはいってきたのである。 るようなふんいきを、あたりにただよわせながら、黒 馬旅館 くろうまりょかん さきだけであった。なんともいいようのない、ぞっとす 鼻 はな 気 にふれているところといったら、 空 寒 さで赤くなっている くうき でしっかり包 んで、ぼうしの つ ばをぐっとまぶかにおろし、 、 、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ せ ︵おやっ?︶ きゃく ところが、火にあたっている 客 はこちらに背 をむけたま だんろ と、おかみさんは思った。 したら? 台所 でかわかしてまいりますわ﹂ ﹁もし、あのう、おぼうしとオーバーを、おぬぎになりま うたんの上にしたたり落ちていた。 ﹁ぼうしは、いじらんでおいてくれ﹂ げながら、おかみさんが言った。 金具がさびちゃあこまる、とおもって、長ぐつを取りあ ﹁これはあたしが、かわかしてまいりましょう﹂ あった。 かなぐ と、おかみさんが声をかけた。 陰 にこもったふくみ声で、 客 はぴしりと言った。おかみ なかにわ ま、ぼうしもオーバーもぬごうとはしないで、つっ立ってい ぼうしとオーバーはやっとぬいで、 暖炉 のまえのいすに ﹁いいんだ﹂ さんはおどろいて、客のほうを見た客はかの女をにらんで ろ る。中 庭 にふりつもる雪をみつめながら、なにか考えてい おいてある。長ぐつは、 炉 のかこいの金 具 のうえにおいて ふりむきもしないで、客が、ぶっきらぼうに言った。お いる。 ゆか るようだった。オーバーの雪がとけて、しずくが 床 のじゅ かみさんはあわてて、残りの皿をとりに台所へもどった。 おかみさんは、ぎくっとして、その場にたちすくんでし だいどころ 料 理 をはこんで、もういちど 客室 にきてみると、客はま まった。なんという顔をしているのか⋮⋮。男の口から下 しょくじ きゃく だ、さっきとおなじ 姿勢 で窓 のほうをむいていた。 はナプキンにかくれて見えないが、青いめがねをかけたそ いん ﹁お食 事 のよういができました﹂ の顔は、頭から顔じゅうをほうたいでぐるぐる 巻 き、ほう しょくたく きゃくしつ ﹁ありがとう﹂ たいの白い中から 鼻 だけが赤くのぞいていて、そのぶきみ りょうり へんじはしたが、うごこうともしなかった。おかみさん さは、 全身 の毛がそうけ立つはどだった。 まど がでていくと、男は、さっと 食卓 に近づいた。そして、スー ﹁あっ﹂ しせい プをせっかちにすすり、パンやベーコンをがつがつと食べ と、あやうく声をたてるところだった。男は茶色のびろう ま はじめた。 どの服のえりを立てて、顔をうずめている。 きゃくしつ はな つぎに、おかみさんがハム・エッグを 皿 にのせて、軽 く ﹁いいかい、そのぼうしにはさわらんでくれ!﹂ しょくたく ぜんしん ドアをたたいて 客室 にはいっていくと、とたんに、男はナ もういちど、男が、こんどははっきりと言った。 かる プキンを 食卓 の下になげ、それをひろうようなかっこうを さら して、身をかがめて口におしあてた。 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ きゃく もの︶ だんろ おかみさんは 台所 の暖 炉 の火で、客 のオーバーや長ぐつ だいどころ ﹁もうしわけありません﹂ をかわかしながら、そんなことを考えていた。 だいどころ おかみさんはぼうしだけ残して、オーバーなどをかかえ きゃくしつ こむと、にげるように客 室 をとびだして台 所 にもどった。 ︵ナプキンで口をかくしているところをみると、口のまわ ひるま ひとりきりになると、男は 窓 ぎわにいって、まだ 昼間 だ りに、大けがをしたんだよ。ぞっとしたりしては、気のど まど というのに、カーテンをひいた。へやのなかが、きゅうに、 しょくじ きゃくしつ くだわ︶ 六 うす暗くなった。 もの しばらくして、おかみさんが 食事 のあと片づけに客 室 に 五 したはんぶん はいっていくと、客はパイプでたばこをくゆらしていた。 顔の 下半分 にはマフラーをまきつけて、パイプを口にさし なに者 だろう? こむのに、マフラーをゆるめようとはしないで、口もとを す かくすようにしてパイプを 吸 っていた。 あんしん 男は、じつによく食べた。 暖 炉 の火が青めがねにうつって、 赤々 とゆらいでいるが、 あかあか カーテンをひいて、へやがうす暗くなると、それで 安心 どんな目をしてこちらを見ているか、とおもうと、やはり、 さら だんろ したのか、食 卓 につくと、まるで三日も四日もたべずにい しょくたく たかのように、 皿 のなかの物をかたっぱしからたいらげて にもつ ぶきみさが先に感じられてくるのだった。 えき いった。 きゃく めずらしく、客のほうからしゃべった。 くろうまりょかん 黒 馬旅館 のおかみさんは、なんとも気もちのわるい 客 を ﹁ブランブルハースト 駅 に、荷 物 をおいてきたんだが、ど かいぶつ とめたもんだと、考えこんでいたが、この男がまさか 怪物 きんか ゆき うやったら取りよせられるね?﹂ やどりょう であろうとは気がつかない。ぶっきらぼうで、ぶあいそう ﹁おや、それはおこまりでしょう。さあ、この 雪 では⋮⋮ さきばら な客だとはおもうが、なにしろ 先払 いで 宿料 に二枚の金 貨 それに、こんな 田舎 ですからね。たのむといって、すぐに、 いなか をわたしている。わるい気もちはしなかった。 人手がいいあんばいにございませんわね﹂ ひどいけ ︵あの人はかわいそうな人なんだよ、きっと! 男はほうたいだらけの頭で、うなずいていたが、 し がをしてるらしいよ。どこで、どんなけがをしたか 知 らな ﹁こまるなあ。どうしても、きょうじゃあだめかね?﹂ ば と言った。 かお いが、かわいそうに⋮⋮。だけど、ほうたいだらけのまっ しろ なあの 白 顔 には、ぞっとするわ。まるで 化 けものみたいだ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ い場所がありますんでね、 馬車 なんか通れやしませんよ。 ﹁それがむりなんですよ。このうら山には、とてもけわし うすを 探 るようにながめながら、説 明 した。 おかみさんは、この雪ではとてもだめだろうと、客のよ がっかりしたようすで、なおもつづけた。 いものかな? 馬車 ならいってこられそうなものだが⋮⋮﹂ ﹁あすになるか? なんとか早く、とどけさせる方法はな ﹁きょうじゅうには、むりでございますよ﹂ おかみさんは、また一、二分考えていたが、きゅうに 勇気 すすまないんだけど⋮⋮︶ しら、わたしはどうもあのお 客 さまの前にゆくのが、気が 茶のご用をきいてこなくては⋮⋮⋮だけど、どうしたのか ︵四時だわ、どうしてもあのお 客 さまのところにいって、お がめてはためらっていた。 宿 のおかみさんは、さっきから、もうなん度も 時計 をな うす 暗 くなっていた。 ふるびた 時計 が四時をうった。あたりはいつのまにか、 とけい 年 でしたか、馬 去 車 がひっくりかえりましてね、お客さん をふるい起こして、さっと立ちあがった。そのとき、いき ばしゃや ばしゃ さいなん やど ぐら と馬 車屋 が死 にました。とんだ 災難 で、まあ、こんな日に おいよく戸をあけて、 ぐつ ふ きゃく しゅうりどうぐ さむ ふり さむ おおゆき とけいや かたて み まったく、こう 寒 くてはやりき とぐち おかみさん、えらく 降 りだしたじゃねえか。い ゆき おも ︵テッディといっしょにあの 客 のところへゆく︶ きゃく たん、いいことを 思 いついた。それは、 とけいや とけい は、おやめになったほうがようござんすね﹂ ﹁おお! ばしゃ ﹁なるほど、災難って、そういったもんかね﹂ やになるねえ、いつまでも寒くて、この 大雪 じゃ、わしの なかにわ きゃく 男はそれいじょう、たってたのもうとは言わなかった。 ぼろ 靴 で歩くのはこたえまさあね﹂ せつめい ﹁マッチをとってくれんか﹂ と、大声でいいながら、戸 口 でぶるぶるっと雪をはらって、 さぐ パイプをマフラーのあいだから口にさしこんで、おかみ 計屋 のテッディ・ヘンフリイが 時 寒 そうにはいってきた。 まど ばしゃ さんからマッチをうけ取った。そしておかみさんに 背 をむ 外では、まだ 雪 がやすみなく降 りつづいている。 ゆうき けると、 窓 ぎわにいって、カーテンのすきまから 中庭 の 雪 ﹁ああ、テッディさん! きょねん をながめたまま、ひとことも口をきこうとはしない。おか れないわね﹂ し みさんは、はっとして、へやをでていった。 おかみさんは、こう言いながら、 時計屋 が 片手 にぶらぶ かお八 せ ふしぎな男は、夕がたまで、へやにとじこもっていた。 らとぶらさげている 修理道具 のはいったふくろを 見 た、と 七かいぶつ ゆき 物 の顔 怪 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ あのへやの時 計 ときたら、動くのは、ちゃんとまちがいな ど、お 客部屋 の時 計 を見てもらいたいと思っていたのよ。 ﹁テッディさん、いいところへきてくださったわ、ちょう ということだった。そこで、 ﹁あっ!﹂ 間 、 瞬 声をかけて、ひと足、男のほうに近づいた。と、つぎの ﹁もし、だんなさま﹂ もが、ぼんやりと見えた。 いままで、明るい 台所 にいたおかみさんには、なにもか だいどころ く動くし、時 間 だって、元 気 よく打つんだけど、 針 だけが おかみさんは、ぶっ 倒 れるかと思うほどおどろいてしまっ とけい じかん くび とけい いつも六時を指したきりなのよ。どうしたのかしら?﹂ た。ひょいと見た男の顔が、なんと 怪物 そのままの 不気味 きゃくべや ﹁へんだねえ、ちょっくら、見てみましょう﹂ な顔をしているではないか! きゃく だんろ しゅんかん テッディは 首 をかしげながら言った。おかみさんは、か 暖炉 の火をうつして、赤く光る 色眼鏡 、顔いちめんにぐ はり れをつれて、れいのふしぎな 客 の部 屋 のドアをかるくたた るぐるまきにしたほうたい、そしてなによりおそろしく思 げんき いた。 えたのは、ぽっかりと深いあなのように開いている大きな したはんぶん たお へんじはなかった。が、おかみさんはさっさとドアをひ 口だった。まるで顔の 下半分 が、すっかり口にかわったの いろめがね み らいて、部屋へはいりこんだ。 ぶ き ﹁眠 っておいでらしいわ﹂ ではないかと思うほどだった。 からだ ねむ えりまき かいぶつ おかみさんは、ひとり言のようにひくくつぶやいた。 ﹁う、うーん﹂ だんろ や 男は、 暖炉 の前のひじかけいすに、ふかぶかと 体 をうず おかみさんのびっくりした声に目をさましたのか、男は、 くら へ めて、ほうたいだらけの頭をかしげ、うとうとと、いねむ ゆらりと 体 を動かし、眠 そうにいすから立ちあがった。 ねむ りをしているらしかった。 ﹁あっ﹂ ひ だんろ おし、 からだ 灯 のついていない部 屋 は暗 かった。ただ赤 々 とさかんに 男は、目の前にたまげた顔で立ちすくんでいるおかみさ みうご あかあか えている暖 燃 炉 の火が、あたりをぼんやりと照らしだして んを見ると、あわてて、 襟巻 のはしで口のあたりをかくそ へ や いた。 うとあせった。 も 男は、うつぶせになったまま、身 動 きもしない。 その間に、おかみさんは、やっとの思いで、気をとりな くら ひ ﹁まあ、なんて 暗 いんだろう。 灯 をつけないから、なんに も見えやしない﹂ とけいや と、男は、こんどはおかみさんにむかい、 らせない 約束 だったね﹂ へ や ﹁だんなさま、 時計屋 が時計をなおしにまいりましたので、 と、つめたい声で 不満 そうに言った。おかみさんは、たじ やくそく ﹁おかみさん! ぼくのほかにはだれも、この 部屋 にはい ﹁時計をなおすのかい? たじと後 ろにさがり、 せいかく ふまん 男は、とりつくろったようすで、 重々 しくこたえた。 ﹁ですけど、時 計 だけは︱︱︱﹂ おもおも ﹁では、テッディさん、ちょっと、待っててください。す なおしておかなくては、あなたがおこまりになるでしょ や とけい とけい ぐランプをとってきますからね﹂ うと、言うつもりだったが、おそろしさのために、そのあ きゃく すがた うし おかみさんは、 逃 げるようにへやからでてきた。時計屋 との声がつづかなかった。 に も、 怪 しげな 客 の姿 を見て、どぎもをぬかれ、 部屋 にはい ﹁むろん、 時計 は正 確 でなくてはいけないよ。だが、ぼく とけいや や らずに、おかみさんが引っかえしてくるのをじっと 待 って は、この 部屋 にいつでもひとりで 静 かにいたいのだ。だれ かたて へ いた。 もはいってこないように気をつけてもらいたいね﹂ あや ﹁お待ちどおさま!﹂ ぶきみな男にどなりつけられると、 時計屋 は逃 げだした ま と言って、おかみさんは、ランプを 片手 にもち、時 計屋 を とけい しず うながすような目をして、もういちど部屋にはいっていっ くなった。もじもじ、手足を動かした。それをみると、男 へ た。時計屋があとにつづいた。 は、すぐに、 もんく に 男は、部屋のまん中につっ立っていた。時計屋は、おず ﹁だけど、 時計 をなおしてくれるのに文 句 をいうつもりは きゃく ないよ。けっこうだよ。なおしてもらおう。きみ、さっそ いろめがね ﹁おじゃまではございませんか? とけいや く、やってくれたまえ﹂ だんろ しゅうり と言うと、男はちらりと 色眼鏡 をきらめかして、 とけいや 時 計屋 のヘンフリイは、すくわれたように大いそぎで時 たいど ﹁いや、かまわんとも﹂ 計にとびつき、修 理 にかかった。 ﹁おかみさん、時計がなおってからでいいから、お茶をい せなか と、ごうまんな態 度 でこたえた。 時計屋 は、なにやら、ぞっ つめ 男は 暖炉 をうしろにして、両手を 背中 でくみあわせ、ま せ と 背 すじが 冷 たくなるような、いやな感じをうけた。でき へ や た、おかみさんにむかって、 らでていきたくなった。 しゅうり ることなら、時計の 修理 などはほうりだして、この 部屋 か お 客 さま﹂ とけいや おずと、 いいだろう︱︱︱﹂ ちょっと⋮⋮﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ﹁あすの朝⋮⋮こん夜のうちに、とってくるわけにはゆか ます﹂ ﹁配 達屋 にたのんでおきましたから、あすの朝早くとどき る、ぼくの荷 物 をとりよせるようにたのんでくれたかね﹂ ﹁おっと、待ってくれたまえ、ブランブルハースト 駅 にあ と、いうより早く、出ていこうとした。男は、 ﹁ただいま、すぐ持ってまいりますわ﹂ おかみさんは、 れてくれたまえ﹂ らしいわ︶ たのよ。お気のどくに⋮⋮ずいぶんひどいけがをなさった ︵やっぱりそうだったんだわ。この方は怪 しい人じゃなかっ らないからね。それに、ぼくは、ちょっとけがをしてね﹂ なんだよ。 実験 をやってる 最中 にさまたげられると、たま れにもじゃまされないで、思うように 研究 をやりたいから ﹁ぼくがこの 片田舎 のアイピング村へやってきたのは、だ た話しつづけた。 男は、おかみさんがじぶんを 信用 しはじめたと見て、ま ﹁そうなんだ。 全部 はいっているんだ﹂ いますか?﹂ じっけん かたいなか ぜんぶ ないかね﹂ おかみさんは、心のなかでそう思った。男は、よわよわ いた さいちゅう しりょく いた しんよう ﹁ええ、だめでございますよ﹂ しい 調子 で、 たにん くら あや けんきゅう おかみさんは、むかっ腹 をたてていた。と、みると男は、 ﹁そのうえ、けがのために 視力 がすっかりよわってしまっ きぶん えき にわかにものやわらかいようすになり、 てね。ときどき 痛 みだすと、何時間も 暗 がりの中で、じっ やす にもつ ﹁じつはね、おかみさん。ぼくは 科学者 なんだよ。いまま としていなければならないんだ。 痛 みの起こったときのつ はいたつや ではこのひどい 寒 さがこたえて、 気分 がすぐれなかったう らさときたら、まったくたえられないほどなんだよ。そん ぱら えに、疲れきっていたので、なにをやる元気もでなかった なときに、だれかに 部屋 にはいってこられると、とてもい しょうぶん こうかい ちょうし が、ここで休 んでいるうちにやっと元気がでたんだよ。と やなんでね。だから、きみもよく心えていてもらって、ぼ かがくしゃ なると、もうじっとしていられないんだ。すぐにも 実験 に くの部屋へ 他人 をいれないでくれたまえ。しずかに休んで さむ とりかかりたくてね⋮⋮これがぼくの 性分 なんでね﹂ いたいんだからね﹂ あや にもつ や 人のいいおかみさんは、これを聞くと、たちまち、この ﹁わかりました。よく気をつけますわ。そんなひどいおけ えき へ 男を怪 しんだり、いやがったりしたことを後 悔 して、 がを、どうしてなさいましたの?﹂ じっけんどうぐ じっけん の中に、 実験道具 をおいれになっていらっしゃるのでござ ﹁さようでございましょうとも、で、駅 にございますお荷 物 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ どうじょう る。 ヘンフリイは、たまらなくいらいらしてきた。 おかみさんは 同情 のこもった声で、やさしくたずねた。 すると男は、 にんげん ︵ちえっ、なんていやなやつだろう。ぞっとするよ。まる ばけもの ﹁話はそれだけだ﹂ で 化物 とむきあってるような気もちだよ。 人間 なら人間ら つめ うってかわった 冷 たさで言い、おかみさんが二度と口を しく、きょうはひどく 寒 いねぐらいのことは、言ったらよ さむ ひらかないように横をむいた。 さそうなもんだよ。ぶあいそうなやろうだ。が、こういつ しゅうり までもだまってても、らちがあかねえや。ひとつこちらか とけい おかみさんがでてゆくと、男はヘンフリイが 時計 の修 理 をやっているのを、じっと見つめはじめた。 ら先に、声をかけてやろう︶ けっしん ヘンフリイは、さっきからだまりこんで、せっせと手を かれは 決心 して、男の顔を見あげ、 きかい 動かしている。 もじばん ﹁この天気は︱︱︱﹂ はり 針 をぬき、 文字盤 をはずし、なかの機 械 をひっぱりだし とたんに、するどい声がとんできた。 しごと た。 ﹁さっさと 仕事 を片づけて、でていったらどうだ?﹂ きかい 男は、どなりたいのをやっとがまんしているらしく、ふ しごと かれはねんいりに 機械 をしらべた。男がじっとながめて るえる声で言った。ヘンフリイはまっさおになった。男は、 き み いるので、かれはなんとなく 気味 がわるくて、仕 事 をして いる手が思うように動かなかった。 たんしん かさねて、 とけい 十五分ほどたつと、 時計 はすっかりなおったが、ヘンフ とき ﹁ 短針 をじくにはめれば、すむんじゃないか。さっきから きかい リイは、いつまでもぐずぐずと 機械 をいじっている。時 が 見ていると、やらないでもいいことばかりやってるみたい おそ たつにつれて恐 ろしさがうすらいでくると、かれは、 だぞ﹂ しょうたい ︵この 奇妙 な男の正 体 を見きわめてやれ!︶ ヘンフリイは、ぎょっとした。男はなにもかも見すかし きみょう と、いう気になっていた。どうにかして、男と話すおりを しごと ているのだ。 どうぐ からだ 恐 ろしさで 体 が、がたがたふるえてきた。大あわてで 仕事 おそ つかみたいと思ったが、だめだった。 をすませ、 道具 を片づけると、あたふたと 部屋 をでていっ みうご 男は、口をきかないばかりか、 身動 きひとつしないで、 た。 へ や じっとつっ立っていた。 めがね 眼 鏡 のレンズが、青白く光ってヘンフリイを見つめてい だいどころ はたら えき 男だった。 しごと 台 所 にくると、ヘンフリイは、いそがしそうに 働 いてい にもつ で 馬車 を走らせ、 荷物 をはこんでくるのが、せいぜいだっ ホールの仕 事 といえば、ときどき、シッダーブリッジ駅 ま た。 ばしゃ るおかみさんに、 ゆき ﹁さようなら﹂ のこ と、ふきげんなみじかいあいさつを 残 して、さっさと、 雪 あぶら いまも、駅 からのかえり道で、いつもとおなじようにホー せけんばなし がふる外へとびだした。 ルは 途中 で、さんざん 世間話 に油 を売ってきたところであ えき 道にはすっかり雪がつもっていた。 る。 とちゅう ﹁ちくしょうめっ! なにが科学者だい。学者ってものは、 ヘンフリイは、ホールに声をかけられると、いんきな声 あくま じょうひん もうすこし上 品 なもんだよ。大きなつらをしやがって⋮⋮ で、 みちみち ばしゃ きゃく あいつは 悪魔 かもしれねえぞ﹂ ﹁ホール、おめえのとこには、へんな 客 がとまっているな﹂ とけいや 時 計屋 は、道 々 、思いつくかぎりの男のわる口をつぶや ﹁なんだって?﹂ うへのりだしてきた。 あのみょうちきりんな顔の とけいや いた。それでも、やはりむしゃくしゃしていた。 一〇 お人よしのホールは、すぐに 馬車 をとめて、時 計屋 のほ 気をつけたがいいぜ! 九 くび ﹁おめえ、知らねえのかい? きゃく ばしゃ のことを⋮⋮﹂ 客 とけいや 時 計屋 がどんどん歩いて、グリーソン 屋敷 のかどまでき とけい ホールは 首 をふった。ヘンフリイは、 きゃくま たとき、のんきな顔で 馬車 を走らせてくるホールにばった ﹁おれもおどろいたぜ。おかみさんが 客間 の 時計 をなおし いろめがね てくれっていうんで、いっしょに客間にはいったらさ、顔 じゅうほうたいだらけの、 色眼鏡 をかけて、おっそろしく 浮かねえ顔で、や けにいそいでるじゃねえか﹂ 口の大きな、へんな顔の客がいるじゃねえか。おどろいた どうしたい、ヘンフリイ! ホールがくったくのない声をはりあげた。 の、なんのって⋮⋮おったまげたよ﹂ くろうまりょかん ホールはおどろいて、口をぽかんとあけてきいていた。 はたら と ホールは、怪 しい男が 泊 まった黒 馬旅館 のあるじなのだ。 それをみると、ヘンフリイはますます 熱心 に、客のようす あや かれはみるからに人の好いのんき者で、ホール夫人に気に ねっしん いるように、てきぱき 働 くことなど、ぜったいにできない ﹁よう! りと出あった。 やしき 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ﹁あれはおめえ、よくねえやつかもしれねえぞ。じぶんで をしゃべりたてた。 ホールは、 心配 そうに考えこんでしまった。ヘンフリイ ﹁ふうん﹂ りだかわからないがね﹂ どっさりはこびこまれるらしいぜ。なんの 実験 をするつも いんだ。あすになると、あいつのいう 実験道具 とやらが、 じっけんどうぐ は科 学者 だなんて言ってるが⋮⋮どうだか、わかったもの は、なおもくどくどと、 あくじ やどや やどりょう じっけん じゃねえ。あいつは、 変装 してるのかもしれないぜ。どこ ﹁用 心 したほうがいいぜ。おれのおばさんもね、ヘイスティ かがくしゃ かで 悪事 を働 いて、それをかくすために、ああいうかっこ ングズでやはり 宿屋 をやっているがね。見なれぬ客がえら へんそう うをして、なるべく人を近よせないでおくつもりかもしれ く大きなりっぱなかばんをさげてきたのをみて、すっかり しんぱい ないね﹂ 信用してしまったのさ。ところがそのかばんは中がからっ はたら ﹁うちのやつは知ってるのかね?﹂ ぼで、それに気づいたときは、たくさんの 宿料 をふみたお きゃく ようじん ﹁もちろんだよ。おかみさんもおかみさんだよ。なんだっ ホールが、心ぼそそうな声をだした。 おれが 宿屋 されて、 逃 げられたあとだったんだ。おめえたちも、 怪 し やどや て、あんな男をとめる気になったんだろう? い 客 には、よくよく気をつけたほうがいいぜ﹂ へ や あや のあるじなら、相手の顔をよくよくながめ、名まえをたし しんよう に かめてから、 泊 めるか、泊めないか決めるね。女ってもの ﹁ありがとう、ヘンフリイ。こいつはどうも、うちのやつ と は、よそものっていうと、とかく 信用 しがちなものさね。 にちょっくら、言ってきかせなくてはなるまい。これから かがくしゃ しんよう まして 科学者 なんていうと、なおさら 信用 するがね。部 屋 大いそぎで帰ろう﹂ にんげん をかりて、名まえを言わねえような男は、ろくな 人間 じゃ すっかり不安になった 黒馬旅館 の 主人 ホールは、馬にひ しゅじん ねえやね﹂ とむちあてると、いちもくさんに家へむかって走った。 はたら いきおいこんだホールが家にとびこむと、 くろうまりょかん 人がいいばかりで、頭の 働 きのにぶいホールは、ぼんや りと、 ﹁おまえさん! いつまで外をうろうろしてたんだい? ま あぶら ﹁そう言うもんかね﹂ た 油 を売ってたね。そうでなくて、こんなにながく時間が やく かかるはずがないじゃないの!﹂ しゅうかん ﹁あたりまえだよ。しかし、おかみさんは、一週 間 のけい 約 ホール 夫人 のがみがみとどなりつける声がとんできた。 わるもの をむすんでしまったんだ。いまさら、あいつがどんな 悪者 ふじん だったとしても、一週間のあいだは追いだすことはできな 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ねこ きゃくま きゃく ねむ にも、 客間 にそろそろとしのびこんでいった。思ったとお しか ﹁なに⋮⋮それが、あの⋮⋮その﹂ り、 客 は、ふかぶかとベッドにもぐりこんで 眠 っていた。 つくえ と、いままでの元気はどこへやら、ホールは 叱 られた猫 の かみ ホールは、きょろきょろとあたりを見まわし、 机 のうえ すうじ ようにいくじなくちぢまって、しばらくたってから、やっ いっぱいに、むずかしそうなこまかい 数字 をかきこんだ 紙 ち とこさで、 が 散 らばっているのをみると、ばかにしたようすで、 きゃく ﹁おまえ、新しいお 客 があったってね。いったいどんな方 ﹁ふふうん!﹂ お人よしのホールは 数字 をかきこんだ紙を見ただけで、 はな だい?﹂ と、 鼻 のさきでせせら笑って、ひきあげた。 このへんな 客 が、おかみさんの言うとおり、 学者 なのだと すうじ と、おずおずしながら聞いた。 ﹁だれに聞いたの? 思いこみ、すっかり安心してしまったのである。 ないしん がくしゃ どんな方って⋮⋮りっぱな方よ。あなたになんか、あの方 一方、おかみさんは、 主人 にむかっては、きっぱりと強 きゃく のことを話したってわかりゃしないわ。 科学者 なんですっ がりを言ったものの、 内心 はやはり、客 のことが気になっ ヘンフリイがおしゃべりしたのね。 て﹂ てしかたがなかった。 かがくしゃ それからあとは、いくらホールが聞いても、気のないへ しゅじん んじをしてごまかしてしまった。 ベッドにはいってからも、夜っぴて大きなかぶらのよう きゃく ︵ちえっ、あいつ、おれにかくしだてをする気だな。いい にまっ白な、ぶきみな顔に追いかけられる 夢 をみて、うな きゃく ゆめ よ。おれはじぶんの目で、そのへんな 客 ってやつを見てや されつづけた。 じ け ん 一二 ちょっとした事 件 一一 るから︱︱ ︱︶ ねむ けっしん きゃく くろうまりょかん ホールは、おかみさんにいくら聞いても、それいじょう あや は話さないとわかると、だまって決 心 をした。 にもつ ものおと 九時半になった。怪 しい 客 も 眠 りこんだらしく、黒 馬旅館 ﹁おはようございます。 荷物 を持ってあがりました﹂ ね ばしゃや 馬車屋 のフィアレンサイドが、つぎの朝はやく元気のい ねむ は物 音 ひとつしなくなった。 い声をひびかせて、 馬車 をひき、黒 馬旅館 にやってきた。 くろうまりょかん ﹁やつも 眠 ったらしいね。どれ、ひとつ、どんなやつだか 寝 ぶそくらしく、はれぼったい目をしたおかみさんが、 ばしゃ しらべてこよう﹂ あしおと ホールは立ちあがり、 足音 をしのばせると、むこう見ず 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ フィアレンサイドもホールも、男の身じたくが、あんま しゅじん 人 のホールといっしょにでてきた。 主 りものものしいのに、あっけにとられて、ぼんやりとかれ ゆき ﹁ごくろうさま﹂ の顔を見ていた。男は、せきこんで、 なんぎ はこ ﹁きょうは、きのうの 雪 のために、道がひどいぬかるみに にばしゃ ﹁ずいぶん待たされたよ。さっそく運 びこんでくれたまえ﹂ すがた ま なっていて、えらい 難儀 でしたよ﹂ 言いながら、 待 ちきれないように、 荷馬車 のうしろにま かご わり、 籠 のひとつに手をかけようとした。 かご ばしゃ フィアレンサイドが、二人の顔をみるなりこぼした。が、 そのとき、フィアレンサイドがつれてきていた 犬 が、と もちもの ことば 二人は、かれの言 葉 などまるで耳にはいらぬようすで、馬 車 つぜん、かれの 姿 をみて、毛をさかだて、ものすごいうな にんげん あいだ げんかん いぬ につまれている、ふうがわりな 荷物 に見とれていた。 り声をあげた。 にもつ ふつうの 人間 の 持物 らしいのは、トランクだけだった。 男は、気にもせず、 むぎ なん トランクは二個あった。そのほかの 荷物 ときたら、何 とも ﹁いいかい、どれもだいじなものだから、気をつけて運ん こ にもつ いえずふうがわりなのだ。なにをつめてあるのか、中の物 でくれたまえよ﹂ はこ がこわれぬように 麦 わらをぎゅうぎゅう 間 につめこんだ 籠 と、いいつけ、 玄関 の石 段 をあがりかけた。とたんに、 犬 にもつ いぬ が十二、三個 。それにぶあつな本をおしこんだ箱 が数えき はひときわ高くうなり声をあげ、ぱっと男の手にかみつい いしだん れないほど、そのほかにもえたいのしれぬ 荷物 が山とつま れている。 た。 ﹁うわっ!﹂ つめもの 男は、大声をあげた。びっくりしたホールとフィアレン かご わらをかきわけてさぐった。 麦 サイドは、 ばしゃ ホールは馬 車 に近より、籠 の中に手をつっこみ、詰 物 の 中は、ガラスびんらしい。おかみさんは、客をよびにいっ ﹁こらっ、こいつめ! むぎ た。 と、あわててどなりつけ、フィアレンサイドは 犬 をぶちの にもつ ﹁荷 物 がきたんだって?﹂ めそうと、むちをふりまわした。 ぼうし いぬ 男はうれしそうに、声をあげてとんできた。みるとおど そのとき、男は、目にもとまらぬす早さで、ぱっと力ま なにをするのだっ﹂ ろいたことに、男は、へや 着 のうえから、オーバーを着、 かせに 犬 をけとばした。 ぎ 子 をかぶり、手ぶくろをはめ、ごていねいにえりまきま 帽 いぬ でしっかりと身につけていた。 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ いぬ う ンサイドが 浮 かぬ顔で、 きゃく ふいをくらった 犬 は、よろよろとよろめいたが、こんど ﹁ホール、あのお 客 さまにけがはなかっただろうかね?﹂ ごえ は、猛 然 とうなり声 をあげ、もう一度男におそいかかった ﹁ひどくかみつかれなさったようだったけど、おれ、ちょっ もうぜん とみるや、その足に、がぶりっとかみついた。 と、 部屋 へいって、ようすをうかがってこよう﹂ う や びりびりと、ズボンがさける音がした。 ホールは、あたふたとかけだした。 廊下 までくると、こ へ ﹁ひゃあっ!﹂ れも 浮 かない顔で歩いてくるおかみさんにばったりとあっ ろうか とびあがったフィアレンサイドが、 きゃく た。 いぬ ﹁こんちくしょうめ、こんちくしょうめ﹂ ﹁フィアレンサイドの 犬 が、お客 さまの手と足にかみつい いぬ と、さけびながら、こんどこそ、したたか 犬 をたたきのめ に まゆ たんだ﹂ わ した。 ひめい ホールはせきこんで、 眉 をしかめながら言った。が、お いぬ きゃんきゃんと 犬 は悲 鳴 をあげ、車の 輪 のあいだに逃 げ や かみさんは、ちょっと、うなずいたきり、足もとめないで へ こみ、小さくなった。 きゃく すれちがってしまった。 なが 客 の部 屋 のドアは、ひらいたままだった。 くうき ぐら すべてが、あっという間のできごとだった。 うで くうちゅう う へ や 気まずい空 気 がみんなのあいだに流 れた。男は、かみさ りょかん ﹁お客さま、おけがはありませんでしたか?﹂ てぶくろ や かれた 手袋 とズボンのすそを、しゃがみこんでしらべてい へ ホールは、声をかけ、なにげなく部 屋 にはいろうとした。 あしおと たが、そのままくるりとむきをかえ、いちもくさんに 旅館 窓のカーテンはすっかりおろされ、部屋の中はうす 暗 かっ ふか てくび の中にかけこみ、 足音 もあらく、じぶんの部 屋 にはいって た。その中に 手首 からさきのない腕 が、にゆっとかれのほ われ しまった。 うにつきだされ、のっぺらぼうのまっ白な大きな顔が、う あな フィアレンサイドは、やっと 我 にかえった顔つきで、 わるいやつだ。とんだいたずらをしくさっ す青い三つの 深 い穴 をあけて、空 中 に浮 いていた。 きゃく ﹁でてこい! あっと思うひまもなく、ホールは、なにものともしれぬ ろうか い力に、どんと 強 胸 をつかれ、ひとおしに廊 下 につきださ むね て。お 客 さまのズボンをかみやぶったではねえか⋮⋮﹂ れてしまった。 つよ そして車の 輪 のあいだから、おく病 そうにこちらをうか ﹁うわあっ!﹂ びょう がっている犬に、むちをふりまわしてみせた。 わ ホールは、まだ、ぼんやりとつっ立っていた。フィアレ アがばたんと音をたててしまった。 よろめきながら、ホールがさけぶと、その目のまえに、ド なんだよ﹂ ろくでなしの 犬 をかっているのが、大さわぎをおこすもと ﹁だけど、もとはって言えば、フィアレンサイドがこんな んでいた。 ひとりがだまれば、ひとりがしゃべり、 旅館 のまえはた また、ほかのひとりがいった。 いぬ ホールは、しばらく、ドアを見つめて、ぼんやり考えこ ﹁これは、いったい、どうしたってことなんだ。どこのど いへんなさわぎだった。 にんげん りょかん いつがおれの 胸 をついて、廊 下 にほうりだしやがったとい このさわぎの中に、ホールは 魂 をなくした人 間 のように、 ろうか うのだ⋮⋮﹂ ぼうっとしていた。 むね さっぱりわけがわからない。 目ざとく見つけたおかみさんは、 やどや なにかあったのかい?﹂ たましい いっぽう、 宿屋 のまえは、ものめずらしげにあつまって ﹁おまえさん、どうしたの? くろやま あいて きた村の人びとで、 黒山 の人だかりになっている。 あつ ﹁いいや、なんでもねえ﹂ め フィアレンサイドは、その人たちを 相手 に、さっきので ホールはうつろな目 で、集 まってきた人たちを見ていた。 一四 きごとを、くりかえしくりかえし話していた。 にもつ その荷 物 は? いやつだのに、どうしてあんならんぼうなことをやったの おしゃべりに 夢中 になっていた村人たちは、その男がい 一三 か、さっぱりわからねえ﹂ つのまにか、その 部屋 から 玄関 にでてきていたのに、いっ ぶりとお 客 さまの足にかみついたんだ。へいぜいおとなし フィアレンサイドは頭をふりふり、いく 度 も言った。 こうに気づかなかった。 へ や むちゅう ﹁だけどさ、ふしぎじゃないかねえ。ただ立っているだけ ﹁う、うう、わんわん!﹂ げんかん の人に、なんだってかみついたのかしら?﹂ 車のかげに小さくなっていたフィアレンサイドの犬が、 たび 話をきいていたおかみさんのひとりが、口をはさんだ。 きゅうにはげしくほえたてた。 ざっかや 貨屋 のハクスターがもっともらしいようすで、 雑 み ﹁あっ!﹂ き 思わずふりかえった人びとは、 玄関 に不 気味 な人かげを ぶ ﹁そうだよ、われわれがここに立っていても、こいつはか げんかん みつかないのにさ﹂ きゃく ﹁おれがとめるひまもないほどのすばやさで、こいつは、が 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ かおいろ かず 男は、おびただしい 数 のガラスびんをとりだすと、こん しけんかん みて、ぎょっと 顔色 をかえた。 どは 試験管 をとりだした。 きかい つぎに、はかり、そのつぎは、えたいのしれぬ 機械 だっ にもつ そのとたん、 ばしゃや ﹁馬 車屋 、なにをぐずぐずしているんだ! はやく 荷物 を むぎ ばしゃや あきばこ にもつ た。 ふじん はこべ!﹂ と ﹁やれやれ、これですっかりとりだしたぞ。ぶじに 荷物 が み すご味 のあるどなり声が、あたりをふるわせてひびいた。 にもつ とどいてなによりだ。うすのろの 馬車屋 め、おれのだいじ ぼうだ フィアレンサイドが、びくっと 飛 びあがり、ホール 夫人 な 荷物 をだいなしにしないかと、はらはらしたよ﹂ あきかご は棒 立 ちになった。 よご 男は、ほっとしたようにつぶやき、 麦 わらや 空籠 、空 箱 や 村人は、くものこをちらすように、後もみずにちっていっ で、すっかり 部屋 が汚 れてしまったのも、気かつかぬよう へ た。 だった。 ばしゃや ゆうき 馬 車屋 は、しばらくためらっていたが、 勇気 をふるって まど きかい ﹁さあ、さっそく、とりかかろう﹂ いき 男に近より、 男は、 息 をつくひまもなく、窓 のちかくに機 械 をならべ、 じっけん ﹁だんなさま。あいすみませんことで⋮⋮おけがはありま だんろ そこ さむ 験 にとりかかった。 実 なんとも、はや、申しわけありません﹂ せんですか? いつのまにやら、 暖炉 の火はきえ、 底 びえのする寒 さが ばしゃや ぺこぺことわびた。男は、じろりと 馬車屋 をにらみ、 だんろ しんしんとせまっていた。 きず ﹁けがなんかせんよ。かすり 傷 ひとつしてないんだ。それ どくやく ちゃいろ しかし、男は 暖炉 の火が消えたことなど、これっぽっち にもつ たいど しけんかん より早く 荷物 をはこべ﹂ へ や も気にしていなかった。 にもつ と、おうへいな 態度 で言った。 試験管 をならべ、 毒薬 とかかれた 茶色 のびんをとりあげ ばしゃや 馬 車屋 とホールの手で、荷 物 は男の部 屋 にはこびこまれ ると、試験管の中に、たらたらと、三、四 滴 の液 をたらし やくひん えき た。 こんだ。 てき 男はすぐさま荷物をほどきにかかった。じれったそうに、 むぎ こんどは、それを火にかけ、また、ほかの 薬品 のふたを あいだ とった。 ふんまつ につめた麦 間 わらをほうりだし、中のガラスびんをひとつ 男は、ながい間、こうしてなにもかもわすれ、ただ 実験 えきたい ずつ、だいじそうにとりだした。どのびんにも 液体 や粉 末 じっけん がつまっている。 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ どうさ あおだ ゆっくりとおかみさんのほうにむきなおった。 ひる にねっちゅうしていた。 に目 玉 がぬけ落ちて、ぽかりと二つの 深 い穴があいているよ 男の 動作 はすばやかった。しかしおかみさんは、その 間 ふか 時はすぎ、いつのまにか、 昼 がきていた。ドアをたたく、 ていた。男はいたけだかに、 うな男の顔に気づいていた。が、なにくわぬ顔でつっ立っ めだま かるい音がひびいた。 しょくじ こんできたのだった。 ﹁この 部屋 に用があったら、ノックをしてからはいっても 男はすこしも気づかない。おかみさんが、昼の 食事 をは ドアをたたく音は、しばらくつづいていた。男は、むちゅ らいたいね﹂ へ や うで試 験管 をふっていた。 ﹁ノックはいたしましたわ。なんどもなんども。でも、だ しけんかん たまりかねたおかみさんは、とうとう、だまってはいっ ぷん んなさまが、お気づきにならなかったんですよ﹂ じっけん てきた。 かんせい ﹁それはしたかもしれんさ。しかしだね。この 実験 は一 分 これは⋮⋮﹂ ﹁まあ! もはやく 完成 させなくてはならんのだ。じゃまがはいると つら ひと足ふみこんだおかみさんは、たちまちしかめっ 面 に ひどくめいわくするんだ。ドアがあく音がするだけでも気 まも がちってこまる。いちど言ったことは、かならず 守 っても ふる なって、ふきげんな声をはりあげた。 へ や 部 屋 がだいなしになっている。わらくずがちらかり、 古 らいたいね﹂ あきかご かぎ トランクがなげだされ、 空籠 がほうりだされてある。 や おかみさんはぷんぷんして、 ﹁なるほど、そうだったな。では、これからは鍵をかける へ おかみさんはいきなり、 腹 だちまぎれに、テーブルの上 ﹁わかりました。それでしたら、お 部屋 に 鍵 をおかけになっ ことにしよう﹂ はら の麦わらを手荒くほうりだした。 たらいかがですか?﹂ た。 男は、落ちつきはらってこたえた。おかみさんはなおさ そら 男は、はじめて、 ﹁おやっ?﹂と、いうように顔をあげた。 らいまいましそうに、 しょくじ がしゃんと、 食事 の 皿 をその上に、音をたててなげだし ﹁お食 事 をもってまいりましたわ﹂ ﹁よろしかったら、この 麦 わらを片づけましょうか? ひ しょくじ おかみさんは男をにらんで、つっけんどんに言った。 どくよごれて⋮⋮﹂ むぎ 男はへんじもせず、うつむいたままで、テーブルの上に めがね おいてある眼 鏡 を大いそぎでとりあげてかけると、やっと、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ へいわ りょかん くろうまりょかん 男はぎろりとおかみさんをにらみ、きっぱりと、 いちばんきゃく 黒 馬旅館 に 平和 はなくなってしまった。このいなかの 旅館 か しず ﹁ふれんでもらいたいね。この麦わらであなたにひどくめ は、いつもひっそりと静 かで、一 番 客 のたてこむ夏の間で かね いわくがかかるというのなら、その分だけ 金 をとってくれ さえ、たいして 変 わったことがあるわけでなく、おだやか な毎日がくりかえされていた。 かんじょうがき たまえ。えんりょなしに 勘定書 につけておいてくれればい いよ﹂ ところが、 奇妙 な男がやってきてからというものは、お しゅじん はたら くら きみょう これを 聞 くと、いままでぷりぷり腹をたてていたおかみ かみさんも 主人 のホールもすっかり 落 ちつきをなくしてし き さんが、 急 にねこなで声で、 まい、ともすれば 暗 い気もちにおそわれるのだった。 きゃく お ﹁それはおそれいります。どのくらいお 掃除代 をいただけ 男の 部屋 からひきとってきたおかみさんは、くるくると きゅう ましょうか?﹂ しげに 忙 働 きつづけていたが、心の中では、ずっと男のこ そうじだい ﹁一シリングでいいだろう?﹂ とを考えつづけていた。 へ や ﹁けっこうですわ﹂ 客 の部屋は、一日中ひっそりと静かだった。 かんじょう 夕方、とつぜん、れいの客の部屋から、ものすごい音が はら いそが ﹁では一シリングとつけておきなさい。 勘定 をするときに いっしょに払 うから﹂ ひびいてきた。 しょくじ ﹁ありがとうございます。ではどうぞ、お 食事 をなさって がちゃーん、がちゃがちゃがちゃ! しけんかん くださいませ﹂ しょくじ だいどころ ガラスびんや 試験管 がぶつかりあったらしい、はげしい れい や おかみさんは礼 をいい、テーブルかけをひろげて、 食事 の へ 音だった。 に したくをととのえ、 逃 げるように部 屋 をでていった。 台所 ﹁たいへんだ!﹂ なべ へもどりながら、 おかみさんはひと声さけぶと、手にしていた 鍋 をほうり そうじだい ﹁なんておかしな人だろう。でも、 掃除代 が一シリングな だし、 台所 からよこっとびにとびだしていった。 だいどころ らわるくないわ﹂ きゃく と どん、どんどん⋮⋮。 へ や と、つぶやいた。 い。 はげしく 客 の部 屋 の戸 をノックした。なんのこたえもな ばなし 一六 うわさ 話 一五 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ からだ うち をたてた。 た。 音と、びんがふれあうひびきが、かすかにきこえるだけだっ わぎはおこらなかった。ときどき、いすがきしむかすかな さかば 部 屋 の中からは、男のわめく声が聞こえてきた。 いっぽう、 馬車屋 のフィアレンサイドは、 黒馬旅館 にき した かもしれないのに⋮⋮﹂ ﹁だめだ、また 失敗 だ。どうもうまくいかんぞ。三十万か みょうな 客 の荷 物 を運 んだ日の夜おそく、アイピング村の じょう どーんと体 ごとぶつかってみた。しかし、ドアは 内 がわ おかみさんは 舌 うちをしながら、酒 場 にでていった。 な、いや、四十万かな、なにしろたいした数 だ。おれはだま はずれのちいさなビヤホールで、一 杯 かたむけながら、い や 部屋 のさわぎはおさまったらしく、それっきり二度とさ されたのかな? こんなことをやっていたら、一生かかっ つまでもいきおいこんでしゃべりつづけていた。 へ から、しっかりと 錠 がかかっている。 てもできあがらないぞ、こまったなあ﹂ あいては、時計屋のテッディ・ヘンフリイともうひとり みみ こんどは、ドアにぴったりとくっつくと、じっときき 耳 怒 りと悲 しみにしずんだ声だった。 の村の男だった。 いか しっぱい それっきり、しばらく声はとぎれていたが、また、気を ﹁おれはこの年になるまで、あんな 変 なやろうは見たこと へ や とりなおしたのか、 がねえよ。おれの犬 が、あいつの足をがぶりとやったとき、 にもつ いぬ にんげん よ はだ てぶくろ へん くろ おれはちゃんと見 人間 の足がまっ 黒 だなんてことがある くろうまりょかん ﹁ や っ ぱ り が ま ん し て つ づ け よ う 。こ こ で 投 げだしては、 おれはたしかに見たんだよ。あの男の足はまっ黒なんだ﹂ ばしゃや いままでの苦 心 も水の 泡 だ。それにしても、こんど、あい ﹁ほんとうかい? ことば みみ かず つに会ったら、ただではすまさんぞ﹂ ものかなあ﹂ い み ぜんしん ぼう はこ おかみさんには、なんのことかわからなかったが、いか ﹁おれの言うことをうたぐるのかい? くろ きゃく にも意 味 ありげな言 葉 だった。 た ん だ ぜ 。ズ ボ ン の さ け 目 と 手袋 のやぶれたところから、 さかば ぱい おかみさんは、 全身 を 耳 にして、男の声を聞いていた。 はっきり 黒 ん坊 のようにまっ黒な肌 がみえたんだ。おめえ かな そのとき、 なんか、どう思っていたかしらねえがね﹂ いりぐち な ﹁こんにちは、おかみさん。いっぱいのませておくんなせ フィアレンサイドは、 酔 いのまわってきたビールのいき おおごえ あわ え﹂ おいもあって、テーブルをたたきながら、がんとして言い くしん 大 声 をあげて、入 口 の 酒場 に客 がはいってきた。 きゃく ﹁ああ、もうすこし聞いていれば、なんのことだかわかる 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ はんしんはんぎ はった。ヘンフリイはまだ 半信半疑 で、 はな あいつの 鼻 はちゃ じっけん へ や にちようび なかった。男はたいてい 部屋 にこもりきりで、いっしんに きょうかい 験 をつづけていたからだ。 実 日曜日 に、村の人たちがみん なそろってでかける 教会 へもこないし、日曜だからといっ ﹁だとすると、おかしいじゃないか? んと白いんだぞ﹂ く て、ゆっくりやすむということもなかった。 しゅうかん ﹁そうだよ。おめえの言うとおり、やつの鼻は白いんだ。 ふるくからの 習慣 をまもって、平和に暮 らしている村の からだ だからさ、おれが考えるのに、たぶんあいつの 体 はあちこ 人たちは、この男のやることが気まぐれで、ひどく変わっ は ち色がちがうんだろう。白いところと黒いところがあって きゃく ねえ。どんな考えでいるんだろう﹂ か ているように思えた。 村人は、ホールやおかみさんのホール夫人に聞こえぬと くろうまりょかん さ。まだらになってるだろうよ。だもんで、やつは 恥 ずか ﹁ 黒馬旅館 では、よくあんな 変 わった 客 をとまらせておく て、かくしてるんだよ﹂ ころでは、よくこんなことをささやきあった。ホールは、 まき しがって、あんなにえり 巻 やオーバーをしっかり身につけ ﹁まるでシマ 馬 みたいじゃないか。白と黒のまだらだなん こんなかげ口を耳にはさむと、 うま て、はっはっは﹂ ﹁おい、どうかして、あの 客 をことわるわけにはゆかない ろうか むし す がきらいだった。 客 廊下 でばったり顔をあわせるようなこ きゃく と、いやな顔をしながらホール夫人に言った。かれはその きゃく ﹁はっはっはっはっ﹂ わら 三人は声をあわせて 笑 いころげた。いつまでたっても、 のかい?﹂ はなし 一八 かれらの 話 はつきそうもなかった。 一七ゆう ぐれになると 夕 とけいや とがあっても、わざとよこをむいて、 虫 が好 かないことを ばしゃや きゃく しゅじん あからさまにしめしたりした。 きゃく おかみさんは、 主人 が客 のことを言いだすと、できるだ くろうまりょかん 馬 車屋 のフィアレンサイドと 時計屋 のヘンフリイの口か けひややかな 態度 をとり、いかにもりこうぶった口ぶりで、 たいど ら、黒 馬旅館 にとまったきみょうな 客 のことは、たちまち ﹁ただ 虫 がすかないからって、あんなに 金 ばなれのいいお ひしょ かね のうちにアイピング村にひろまっていった。 さんをことわる人があるものですか。夏になって絵かき 客 むし うわさはうわさを生んで、村人たちはよるとさわると男 さんたちが 避暑 にくるまでは、気むずかしくても、きちん きゃく の話でもちきりだった。 すがた しかし、村人たちはかれの 姿 を見かけることは、ほとんど 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ かんじょう はら てはいなかった。 おかみさんは高びしゃに言った。しかし、ホールも負け はね﹂ ﹁なんだい、あんなへんな 客 を泊 めるくらいなら、いっそ きちんとお勘 定 を払 ってくれるお客を、だいじにしなくて こういわれると、ホールはだまりこんでしまった。 物 でもとめたほうが気がきいてるよ。まだ夜もあけない 化 と ところが、 金 ばなれのいいはずの男も、四月にはいると、 うちから起きだして、いそがしそうに動きまわるかと思う きゃく そろそろふところがさびしくなってきたようすだった。そ と、 昼 すぎてやっとベッドをはなれて、ゆっくりたばこを ばけもの れまでは、たびたびおかみさんの顔をしかめさすようなこ すいながら、なん時間ものこのこと部屋を歩きまわってい かね とをしでかしても、そのたびに、さっさとよぶんのお金をは る。ときによると一 日中 なんにもしないで、 暖炉 のまえで ひる らって、ホール夫人に 叱言 をいわせるようなことはなかっ いねむりばかりしているときもあるじゃないか。ことに、 だんろ たが、四月になってからは、目にみえて金ばらいがわるく このごろのいらいらしてるようすときたら、ただじゃない あしおと にちじゅう なってきた。 よ。とんでもないことをしでかさないうちに、でていって こごと こうなると、さすがのおかみさんも、ときにはいやな顔 きゃく ちゅうしょく もらったほうがいいぜ﹂ ふじん を見せるようになってきた。 二人のあらそいはいつまでたってもおわりそうもなかっ へ や くろうまりょかん かね その日も、ホールとホール 夫人 がおそい昼 食 をとってい た。ことに 客 の金 ばらいがわるくなってからは、よけいに かべ きゃく ると、その部 屋 からいらいらと歩きまわる 客 の足 音 がひび ホールが、おかみさんにしつこくいや 味 をいいはじめた。 こえ さわぎは 黒馬旅館 の中だけではなかった。このごろアイ いか ピング村では、日が暮れるがはやいか人びとは、しっかりと み き、そのうちにはげしい 怒 り声 とともに、壁 になにかをぶ つけるけたたましい音がきこえてきた。 口 の錠 戸 をかけ、いつまでも 寝 ないでいる子どもにむかっ や ﹁おい、またはじまったじゃないか。いまにあの 部屋 はめ て、 へ ちゃめちゃになって使いものにならなくなるぞ。おれがいっ ﹁いつまでも寝ないでいると、 黒馬旅館 のこわい男がやっ ね たように、あんなえたいのしれないやつは、早く追いだし てくるぞ﹂ じょう てしまったほうがよかったんだ﹂ というのだった。 村人 たちは夕ぐれ時、頭から手の先まで とぐち ホールがおかみさんにむかって言った。 すっかりつつみこんだかっこうで、 人通 りの少ないうら道と ひとどお くろうまりょかん ﹁うるさいねえ。なにかって言えば、つべこべとうるさい むらびと ことばかり﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ くら さんぽ ふじん あしおと ぼくし 夫人 は、ふるえながら 牧師 をゆり起こした。 おとな きぶん か、木のしげりあった 暗 いじめじめした場所を散 歩 してい あ ﹁どろぼうよ。ほら 足音 が⋮⋮ね、階段をおりていったで せ るれいの男にでくわすと、子どもだけでなく大 人 でさえ、ひ しょう﹂ ふじん やっと 背 すじにつめたい水を浴 びせかけられたような気 分 牧師 は、 夫人 の言うとおりに、はっきり足音がしている へ や ぼくし になった。 きゃく しょうたい二〇 のをきくと、さっとガウンをはおりスリッパをつっかけて 一九あや 屋 をでた。 部 る。 下のへやから、ごとごとと 机 のひきだしをあける音がす つくえ しい客 怪 の正 体 かいとう二二 師 の家の怪 牧 盗 二一 ぼ く し ﹁ほら﹂ ふじん じけん つづいてでてきた 夫人 が、そっとひじをつついた。 き み 四月になった、とある日、とうとうたいへんな 事件 が持 ぼくしかん ぼくし しんしつ ﹁よし﹂ じけん ちあがってしまった。 ひ ぼう こにおいてあった 火 かき棒 をにぎりしめ、足音をしのばせ 牧 師 は、大またに寝 室 へひっかえすと、やにわに、すみっ じかん 事 件 というのは、牧 師館 に気 味 のわるいどろぼうがはいっ ね たことなのだ。 て、音のするほうへとおりていった。 なか 夜あけもまぢかな、人の 寝 しずまったしずかな 時間 だっ 階段 の中 ほどまでおりたとき、 かいだん た。 ふじん ﹁くっしゃん!﹂ ぼくし ﹁おやっ?﹂ しょさい ぼくし と、大きなくしゃみの音が、あたりのしずけさをやぶって や 牧 師 の夫 人 は、そっとベッドに起きあがり、耳をすませ ひびいた。びくっと、 牧師 はたちどまった。それっきり音 や へ た。じぶんのねむっている 部屋 のドアが一度あいて、また はやんだ。 牧師 は、またそろそろとおりていった。 へ ぼくし ぼくし しまる音を聞いたような気がしたのである。 ﹁ 書斎 だな﹂ た。 つくえ しかし 部屋 には、なんのかわりもない。気のまよいかな や 牧師 は、かたくくちびるをかみしめて、 机 をかきまわす ふじん へ と、夫 人 がよこになりかけると、となりの 部屋 から、ぱた ひくい音のきこえている書斎へ、ひと足ずつ近づいていっ あしおと ぱたと、はだしで歩く足 音 がはっきりときこえた。 ﹁あなた﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ しょさい ぼくし つくえ ﹁たしかにここにいましたよ﹂ ふじん 書 斎 のドアは、ほんのすこしひらいている。まっさおな ぼくし 夫 人 が言った。牧 師 は机 の下をのぞきこんだ。夫人はカー ふじん 顔でついてきた 夫人 をうしろにかばいながら、牧 師 は、そっ くうき へ や テンのかげをさがした。 や とのぞきこんだ。 そのとき、かすかに 部屋 の空 気 がゆれて、だれかが 部屋 へ ﹁ちくしょうめ! どこへしまってやがるんだろう﹂ をでてゆくけはいがした。 きいろ 口ぎたなくののしる声といっしょに、ぼーっとマッチの が、やはりだれもいないのだ。 きんか もえる音がして、 黄色 なろうそくの光がゆらいだ。 ふじん ﹁ 金貨 はなくなっていますよ﹂ こんなところへかくしていたんだな﹂ ﹁おお、ここだ! きんか 夫人 がさけんだ。 よろこ どろぼうは 喜 びの声をあげ、 金貨 をちゃらちゃらとなら ﹁うん、ろうそくだってともっている。だれかがこの部屋 ぼう した。 ひ にいたことはたしかだよ﹂ ぼくし ﹁うぬっ!﹂ ﹁こんなおかしなことって、あるものでしょうか?﹂ は 夫人は 歯 をがちがちいわせて、ふるえていた。 ぼくし 牧 師 は、火 かき棒 をにぎりしめた。 と、またもや、 廊下 で大きなくしゃみがきこえた。 きんか ろうか どろぼうのやつは、とうとう 牧師 がだいじにためていた ぬす 貨 を見つけたらしい。 金 ﹁いるぞ﹂ あしおと だいどころ ろうか ﹁あれを 盗 まれてはたまるものか。わしがながい間かかっ 牧師 は、はじかれたように 廊下 にとびだした。あらあら らんぼうにひきあけているらしい。 ろうか て、やっと二ポンド十シリングためたんだぞ﹂ しい 足音 は 廊下 をかけぬけ、 台所 のうら口のかんぬきを、 牧師が 台所 にとびこんだしゅんかん、戸はあけられ、か ぼくし ぼくし もう、ためらうひまはない。 牧師 は、 ﹁このやろう!﹂ すかな人のけはいが外へむかってかけだしたようだった。 ふじん だいどころ どなるといっしょに、ドアをけとばして、おどりこんだ。 しかし、牧師の目には、やはりなにも見えなかった。 すがた ﹁あっ!﹂ 牧師 と夫 人 は、まっさおな顔を見あわしたまま、いつま すがた ぼくし いると思ったどろぼうの 姿 は、どこにも見えない。どこ でもいつまでも、じっと立っていた。 つくえ へもぐったというのだろう。ただ 机 の上にともされたろう 姿 のないどろぼうが牧 師館 におしいったといううわさは、 ひ そくの 灯 が、ゆらゆらとゆれているばかりだった。 ぼくしかん 二人は、ぽかんと顔を見あわせた。 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ と ﹁そうだ。おれがろうそくをもって、うちのやつが家じゅ へ や それに、はて、あの客 の部 屋 の戸 もあいてたようだったぞ﹂ きゃく その日のうちに、アイピング村じゅうにひろまっていった。 二四 うの戸じまりをしてまわったんだから、まちがいないな。 具 がおどる 家 二三 か ぐ く ホールはそのまま、おくへひっかえして、客部屋のドア ふく あん だいあくとう すがた をおしてみた。 案 のとおり、ドアは苦 もなくひらいた。 きゃく 牧 師館 が姿 のないどろぼうにひっかきまわされていたこ 客 の姿 はどこにもみえない。ベッドの中はもぬけのから ふじん ろ、黒 馬旅館 の女あるじホール夫 人 は、 で、ぬぎちらした 服 があたりにちらばっている。ホールは、 すがた ﹁おまえさん、起きてくださいよ。ぐずぐずしていてはこ おかみさんのところにかけおりていった。 ていしゅ くろうまりょかん まりますよ﹂ ﹁おいおい、ジャニイや、ヘンフリイが言ったとおり、あ ぼくしかん さかんに 亭主 のホールをたたき起こしていた。二人は、 の客は 大悪党 らしいぜ﹂ あなぐら お手伝いのミリーよりも早く起きて、いつものように 穴蔵 えき おかみさんは、それをきくとかんしゃくをおこしてどなっ こん にしこんだビールにサルサ 根 からとった液 をまぜ、いちだ た。 あじ んと味 をよくしようというのだ。 げんかん ﹁なにをねぼけたことを言ってるのさ。しっかりおしよ﹂ や ﹁ねぼけてなんかいねえよ。客 は部 屋 にいねえし、 玄関 のか えき へ おかみさんは、まだ寝ぼけまなこをこすっているホール んぬきははずれているんだ。が、やつの 服 は部 屋 にほうり こん きゃく をひったてて、 穴蔵 におりていったが、 だしてあるんだが。とすると、はだかででかけたのかな?﹂ あなぐら ﹁おや、サルサ 根 の液 のはいったびんを持ってくるのをわ ﹁おまえさん、それはほんとの話かい?﹂ へ や すれたよ。ちょいとおまえさん、大いそぎでとってきてお ﹁ほんとうとも⋮⋮ 信 じないなら、おまえ、じぶんの目で かいだん ふく くれよ﹂ みてみな﹂ あなぐら しn ﹁よしきた﹂ おかみさんは顔いろをかえ、とっとっと 階段 をのぼって げんかん や ホールは気がるにひきうけ、じぶんの部 屋 からいいつかっ いった。ホールはあとにつづいた。 へ たびんをとりだし、穴 蔵 へゆく階 段 をかけおりようとした。 穴蔵 の階 段 をのぼって一階にでたときだった。大きなく かたて かいだん ﹁おやっ! 玄関 のとびらのかんぬきがはずれているぞ﹂ しゃみが、近くできこえた。 げんかん かいだん ホールはびんを片 手 に、ぽかんとドアの前につったって、 あなぐら ゆうべたしかに 玄関 のドアはしめたはずだ、と思った。 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ おかみさんはホールのくしゃみだと思い、ホールはおか さいごに、いすがすうっと 宙 にうかんだ。とみるまに、 ざ 笑 うつめたい声がきこえてきた。 ろうろと 逃 げまどうと、どこからともなく、からからとあ に みさんのだと考えて、おたがいに気にとめなかった。 ﹁おまえさん、ちょっときてごらんよ。まだ夜あけ前だっ がした。おかみさんはすこしも気づかなかった。 そのとたん、すぐうしろで、くすんくすん 鼻 をすする音 さわりながらさけんだ。 外にころがりでた。 の外につきだした。ホールは 這 うようにして、いっしょに なきさけぶおかみさんを、いすはぐいぐいとおし、 部屋 ﹁あれっ! みさんの 背中 にぴたっとくっついた。 おかみさんは 悲鳴 をあげて、にげまどった。いすはおか わら ﹁あら、ほんとにいないわ。へんだねえ、どうしたってん おかみさんめがけて、すごいいきおいで飛んできた。 てのに、このベッドは起きてから一時間もたってるように、 ばたんと、二人のうしろでドアがいきおいよくしまった。 ちゅう だろう﹂ すっかりつめたくなってるんだよ﹂ 二人が 命 からがら、台 所 まで逃 げのびると、お手伝いの ひめい ﹁たすけてっ!﹂ ﹁どれどれ﹂ ミリーがかけつけてきた。 や ホールも、おくればせに近よってきた。 やっとこさでじぶんの部 屋 におちついたとき、ホール 夫人 へ おかみさんは、さっさと 部屋 にはいりこんで、ベッドに このときだった。世にもふしぎな、だれに言っても 信 じ は、うわ言のように、 かいてん ぼうし いのち げんかん だいどころ へ や きぶん は に ぐすり たすけて、だれかきて!﹂ せなか てもらえそうもないことが、とつぜんに起こりはじめた。 ﹁ゆうれいだわ、きっとそうだ。そうでなければ、いすや はな まずさいしょは、ふとんがくるくるとまかれ、ぱっとベッ ズボンが、まるで生き物のようにとび歩くはずがないわ。 や ふじん や ドの外にとびだした。つぎには 柱 にかかっていた 帽子 が、 ホール、すぐに 玄関 のかぎをかけてちょうだい。あの男が へ へ きりきりとちゅうに舞 って、二、三回 転 したかと思うと、矢 帰ってきても中へ入れないように、早く、早く﹂ しん のようにおかみさんの顔めがけてぶつかってきた。 ﹁ジャニイ、気をしずめなさい。ほら、これをぐっとひと はしら ﹁ああっ!﹂ 口のんでごらん。ずっと 気分 がしずまるから﹂ きょうふ ま おかみさんが 帽子 をさけようと、右にむいたとたん、こ ホールがうろうろしながら、気つけ 薬 をおかみさんの口 ふく ぼうし んどは 洗面台 のスポンジがとんできた。つぎはズボン、そ せんめんだい のつぎは 服 、恐 怖 に顔をひきつらして、かの女が 部屋 をう 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ におしあてた。 ︱︱︱﹂ ﹁お客さま、ちょっとうかがわせておもらい 申 してえだが た。 もう ﹁へんだ、へんだと思っていたんだけど⋮⋮やっぱりあの だい 男はわるい魔 法 をつかうんだわ。おっかさんの代 からのだ ホールがまのびした声をかけた、とたん、 こし あくりょう まほう いじな 家具 に、 悪霊 をふきこんだんだわ。でなければ、い ﹁うるさい、でてゆけ!﹂ ぐ つもおっかさんが 腰 かけていた、あのなつかしいいすが、 すさまじい声といっしょに、ホールは 胸 ぐらをどーんと か わたしに飛びかかってくるはずがないわ﹂ つかれて、ばったりたおれた。 むね ﹁さあ、ジャニイ、もうひと口飲みなよ。おまえはえらく 二六 こうふんしてるよ﹂ 術師 か? 魔 二五 ま じ ゅ つ し り、りりりーん! しん やがて夜がすっかり明けはなれ、明るい 太陽 の光がまば これで三 度目 だ。あの化けものの客 部屋 からである。 たいよう ゆくかがやきはじめると、 黒馬旅館 には、鍛 冶屋 のウォッ ﹁なんどでもならすがいいわ。だれがいってやるもんか。 ホールが一心 になだめた。 ジャーズ、雑 貨屋 のハクスターがよび集められた。 あんな男は 悪魔 に食われて死んでしまえばいいんだ﹂ きかい よわ ひる あくま きゃく にく へ や だいどころ きゃくべや はら すぐに、へやへきてくれ﹂ とぐち もうれつな 勢 いでベルがなった。 いきお しかし、だれひとり、この 奇怪 な話をきいて、これから おかみさんは、長いすによこになったきり、にくにくし や どうすればいいか、はっきりと言える者はいなかった。 そうに言って、起きあがろうともしない。 へ じ 相 談 はおなじところをめぐって、いつまでたってもらち あれっきり 客 の部 屋 にはよりつく人もない。おかみさん きゃくじん か があかない。 は 朝食 をもってゆかなかった。きっと客は、 腹 をすかせて きかい くろうまりょかん ついに、ウォッジャーズがホールにむかって、 りきっているのだろう。 弱 ほうほう ど め ﹁これはやはり、おまえが 客人 の部 屋 にいって、どういう 昼 ちかくになると、おかみさんはいいにおいをたてて、 ざっかや わけでこんな 奇怪 なことが起こったのか、よくよくわけを じゅうじゅうと 肉 をやきはじめた。 そうだん きかしてもらってくるのが、いちばんいい 方法 じゃないか たまりかねた男は、 台所 の戸 口 にたって、 ちょうしょく ね﹂ ﹁おかみさんはいないかね? きゃく や と言いだした。これには、すぐにみんながさんせいして、 へ や お人よしのホールは、のこのこと 客 の部 屋 にでかけていっ かんじょう るくらいなら、さっさとお 勘定 をはらってからにしていた すがた はや口に言って、 姿 をけした。 どく だきたいですね。わたしのほうが、よっぽどさいそくした すがた ﹁ふん、お呼びかね﹂ いですよ﹂ ことば おかみさんはうしろ 姿 に 毒 づきながら、ちょっと考えて、 この 言葉 は、さすがに男の心にぐさりとつきささったら しい。男はにわかにおとなしくなり、 きゃく ﹁まあ、そう腹をたてないでくれたまえ。じつは、ないと ぼん た。 思った金が、おもいがけなくポケットの中にすこしばかり かんじょうがき 定書 をひょいと 勘 盆 の上にのせ、客 のへやにはいっていっ ﹁お勘 定 でございますか?﹂ 残っていたんだ﹂ かんじょう 盆 をつきつけながら、おかみさんはすまして言った。 ﹁ええっ!﹂ ぼん ﹁なにを言ってるんだ。だれが勘定だといった。ぼくはま とたんにおかみさんの頭に、さっき村の人がかけこんで したく だ朝食もくってないんだぜ。なぜ、ぼくの 食事 の 支度 をし 話したばかりの 牧師館 のどろぼうのことが、さっと頭にひ せんにん しょくじ てくれないんだ。ベルをならしても知らんぷりだ。ぼくは らめいた。なんとなく思いあたるものがあった。 しょくじ かんじょう ぼくしかん 人 じゃないぞ。 仙 飯 もくわずに生きていられるか﹂ そこで、ずばりとたずねた。 めし たくしにもさいそくさせてくださいませ。お 勘定 をしてい ﹁おやおや、お食 事 のさいそくでございますか? では、わ いったい、どこで手にお入 ﹁お金があったんですって? きゃく いか ただきたいんです﹂ うしな れになったのかしら⋮⋮﹂ かね ﹁三日まえに言っただろう。まだ 金 を送ってこないんだよ﹂ みるみる男のようすがおちつきを 失 い、はげしい怒 りに もう ぶるぶるふるえ、じだんだをふんでどなった。 ま ﹁あたしは二日まえに、ちゃんと 申 したはずですわ。これ ﹁なにをぬかす。 失礼 なやつめ!﹂ ようい しつれい いじょうお金を送ってくるのなんか 待 っていられないんで おかみさんはすこしもひるまず、 しか す。あなたさまは朝の食事がほんのすこしおくれたからっ ﹁ちっとも失礼じゃございませんわ。お 勘定 をいただくに まほう かんじょう て、がみがみとお叱 りになりますが、あたしどもはもう、五 しろ、朝の 食事 を 用意 しますにしろ、そのまえにぜひとも かんじょう 日もお 勘定 をまっておりますよ﹂ はっきりうかがっておきたいことがございます。お 客 さま しょくじ ﹁な、なにを言うんだ。人をぺこぺこの 空 きっ腹 にさせて は、いったいどうやって、いすに 魔法 をかけてあやつり、い ぱら おいて⋮⋮け、けしからん。じつにけしからん﹂ す ﹁けしからんのは、そちらですよ。食事のさいそくをなさ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ へ や かえ つのまに 部屋 からぬけだし、また、いつお 帰 りになったの あな すると、顔のまん中に、ぽかりと 穴 があいた。 ﹁さあ﹂ くうき つけた。 男は手ににぎったものを、おかみさんの手のなかにおし に︱︱︱﹂ みるまに変わってしまった男の顔に、どぎもをぬかれて なんのことわりもなく、 空気 のように、かって 男は、 しまったおかみさんは、男のわたすものを、ひょいとうけ ですか? ﹁うるさい、やめろ、やめろ!﹂ とった。 気ままに出入りなさってはめいわくでございますよ。それ ものすごいけんまくでどなりちらし、足をふみならした。 が、ひと目みるなり、かなきり声をあげてほうりだして りょう ﹁ようし、きさまたちがそんな 料 けんなら考えがあるぞ。 しまった。 にんげん おれがどんな 人間 か、おまえらにわかるはずはないんだ。 鼻 だ! たったいままで男の顔にくっついていた鼻なの ピンク色に光った鼻は、ごろごろと 床 をころがっていっ はな が、知りたければ知らせてやろう。見ておくがいい!﹂ である。 いっしゅん 二八 ゆか 二七きょうふ た。 怖 の一 恐 瞬 しょうたい ﹁だれかきて!﹂ いか 怒 りくるった男は、ついにじぶんから 正体 をあらわした おかみさんの 必死 のさけびに、ホールや酒 場 にいた男の めがね さかば のだった。 中 がどやどやとかけつけてきた。 連 ひっし ﹁見よ!﹂ 男は、その連中のまえで、ゆうゆうと 眼鏡 をはずし、帽 子 れんちゅう 男は 手袋 をはめた手をふりまわし、 をとった。 ぼうし ﹁おれがどんな 人間 か知りたければしらせてやろう。よく かけつけた連中は、立ちすくんで 息 をのみ、男のやるこ てぶくろ 見ておけ!﹂ とをながめているばかりだった。 にんげん そのすさまじさに、おかみさんはちぢみあがってしまっ こんどは、ほうたいをぐるぐるほどきはじめた。 らわれるのか、と考えただけでも、おそろしさにぞっとし いき た。 人びとは、ほうたいの下から、どんなおそろしい顔があ かお 男は、ぱっと手をひろげると、つるりとひとなで 顔 をな でおろした。 ホール夫人だけは、足がすくんで、その場にとりのこさ してしまった。 大声をあげると、わっとばかり、ひとりのこらず 逃 げだ ﹁こいつあたいへんだ!﹂ て、じっとしていられなくなった。うき足だったひとりが、 ﹁頭があろうがなかろうが、わしはやつをつかまえなけれ こんで、おもい思いにしゃべりたてた。巡 査 は、いばって、 旅館 をとりかこんでいた人びとは、わっと巡査をとりか けものをつかまえにきたんだ﹂ 化 ﹁ほんとだってば、おや、巡 査 のジャッファーズがきたよ。 ﹁ばかを言え。そんなことがあるはずがねえよ﹂ げんかん まわ じゅんさ れていた。 ばならん﹂ ば 男の顔から、ほうたいがつぎつぎととられてゆくにつれ ﹁そうです、そうです。お 巡 りさん、さあ、つかめえてく に て、どうしたというのだろう?︱︱︱ だせえ﹂ りょかん そのあとには、なにもなくなってしまったのである。考 ホールは、まっすぐに 玄関 にすすみ、入口のドアをいき じゅんさ えていたような恐ろしい顔も、みにくい顔もあらわれては かいじん おいよくあけた。 くび こずに、男の顔はかき消え、首 なしの怪 人 がそこにつっ立っ くら だいどころ にんげん ジャッファーズは、えらい元気でとびこんでいった。 りょかん 旅 館 のうす暗 い台 所 のすみに、首のない人 間 が、片手にか げんかん ていた。 じりかけのパン、片手にチーズの大きな切れをもってたっ ば 首なしの化 けものは、そのまま、玄 関 にかけだしていっ た。 ている。 さかば 入口の 酒場 により集まって、がやがやとさわいでいた村 ﹁あれですっ!﹂ てつだ お の連中に、ホール、それからお 手伝 いのミリーがけたたま げんかん ホールがさけんだ。 ひめい しい 悲鳴 をあげて、玄 関 のとびらをおしあけて、こぼれ 落 おこ なにしにはいってきやがった﹂ ﹁なんだ、きさまたち! くび 首 なしの 化物 の、 首 のあたりと思われるあたりから、怒 っ ばけもの ちるようにわっと外へとびだした。 た声がきこえてきた。 くび それからあとのさわぎは、お話するまでもなかった。 ﹁ほほう、ずいぶん変わったやつだな。しかし首があろう くろうまりょかん 人びとは遠 まきに黒 馬旅館 をとりかこんで、 がなかろうが、わしは 逮捕状 をもってきてるんだから、か とお ﹁頭がねえそうだよ。ほんとにねえんだ。 帽子 をとって、ほ らだだけでもつかまえていくぞ﹂ ぼうし うたいをはずしたら、その下にあるはずの頭がなかったっ たいほじょう てんだ﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ じゅんさ ﹁うむ!﹂ に巡査を下にくみしいてしまった。 じゅんさ 巡 査 は、ぱっと男めがけてとびかかった。男はさっとう とさけぶと、ばか力をだして 巡査 をなげとばし、あべこべ じゅんさ しろにとびさがり、パンとチーズを 巡査 めがけてなげつけ た。 とぐち に びょうかぜ ﹁こいつはいけねえ﹂ てむかう気か⋮⋮﹂ じゅんさ ﹁こんちくしょう! おこ 巡査 のはた色が悪いとみたウォッジャーズは、おく 病風 じゅんさ おうえん 巡 査 はまっかになって 怒 った。ホールはせいいっぱい気 つくえ にふかれて、 戸口 のほうへ逃 げだした。そこへ、 か じ や をきかせて机 の上のナイフをとり、ちょうど 応援 にかけつ ばしゃや ﹁おーい、たすけにきたぞ!﹂ はら けた鍛 冶屋 のウォッジャーズにわたした。 と、ハクスターと 馬車屋 がかけこんできた。 はな とだな 男はさわぎが大きくなったので、かんかんに 腹 をたてた 巡 査 とウォッジャーズが、ほっとしたとたん、 戸棚 から、 じゅんさ らしく、いきなり巡査の顔をいやと言うほどなぐりつけた。 がらがらとガラスびんが三つ四つころがりおち、 鼻 をつく もうぜん 三〇 ﹁あっ!﹂ いっしゅん のない男 首 二九くび いやなにおいが部屋いっぱいにひろがった。 じゅんさ かくとう ふいをうたれた 巡査 は、一 瞬 たじろいだが、猛 然 と男に くみついていった。 けとばす、つきとばす、すごい格 闘 がはじまった。 くび くしん ﹁こうさんするよ﹂ じゅんさ 巡 査 は、 苦心 のすえに相手の首 をしめあげた。もちろん、 なにを思ったのか、 巡査 をおさえつけていた手をはなし じゅんさ 見えない首をしめあげるのだから、ずいぶんおかしなもの て、 首 なし男は立ちあがった。 くび だったが、巡査は一生けんめいだった。 みれば、頭ばかりか、右手も左手もなくなっている。 手袋 じゅんさ てじょう けんとう てぶくろ 男は苦しがって、巡査のむこうずねをけとばした。 がぬげてしまったからだ。 いた ﹁足をつかまえてくれ!﹂ 巡 査 は、すばやく起きなおり、威 厳 をつくろいながら、男 じゅんさ 巡 査 は、痛 さをこらえてさけんだ。ホールが足をおさえ に 手錠 をはめようとして、なさけない声を出した。 いげん にきたが、まごまごするうちに、あばら 骨 のあたりを音が ﹁こいつはいかん、どこへ 手錠 をはめればいいんだ、 見当 ほね するくらいけとばされて、 胸 をおさえてしゃがみこんでし がつかんぞ﹂ むね まった。 てじょう 男はふいに、 じゅんさ 巡査 がシャツめがけてとびついていく。ヘンフリイはう くつした みんなは、ぎくっとして顔を見あわせた。 しろからせまっていったが、したたか耳たぶのあたりをな くつ ﹁ああっ! やつは 靴 をぬいだぞ、 靴下 もぬいだ。あれっ! ぐりつけられて、 悲鳴 をあげた。 ひめい 足がない﹂ そのうち、シャツがくねくねと 気味 わるく動き、人 間 が すがた くなるんだ﹂ やがったらしいな。そのはずみでおまえさんをかすったん 浮いてたんでなぐりつけたんだが、やつめ、うまくかわし ﹁おまえをなぐったんじゃないんだよ。あいつはふわふわ にんげん ホールが、とんきょうな声をあげた。 ぬぎすてるようにまるまったと思うと、ぽんと 窓 ぎわにな き み 怪しい男は、うずくまって 靴下 をぬいだと思うと、こん げすてられて、怪 しい男は完 全 にその 姿 を 消 してしまった。 ﹁そうだ、そうだ、いまのうちにつかまえてしまえ!﹂ だ﹂ まど どは上 着 をぬぎ、チョッキのボタンをはずしはじめた。 かれをつかまえる手がかりは、なんにもなくなったので こうけい け それは 世 にもふしぎな 光景 だった。 ある。 くうかん かんぜん 服 だけが宙 に浮かび、そして、まるで 生命 のあるものの ﹁気をつけろ、ドアをしめろ。外へださないようにして、 あや ように動いて、一枚一枚ぬぎすてられていくのだ。 なんでもいいから、手にさわったものはみんなつかまえて、 くつした 人びとはあっけにとられて手も足もでず、ぼんやりとな なぐりつけろ!﹂ うわぎ がめるばかりだった。 ﹁ほら、いた!﹂ よ 男は、さっさとボタンをはずし、チョッキをぽいとぬぎ ﹁いや、こっちだ!﹂ せいめい すてた。シャツだけになった。 だれもかれもむやみに 空間 をなぐりつけるばかりで、な じゅんさ ちゅう そのとき、巡 査 があわてて大声でさけんだ。 んのたしにもならなかった。 しかし、すでに男は、手ばやくなにもかもぬぎすてていた 人びとは、むやみにさわぎ、へとへとにつかれてきた。 ﹁おい、おれをなぐるとはけしからんぞ!﹂ ので、いまとなっては、あちこち動きまわっている白いシャ そのとき、 巡査 はかれとハクスターの間に動く、いよう すっかり見えなくなって、つかまえられな ツだけが、怪 しい男のありかをしめしているだけになった。 なけはいを 感 じた。 そで あや シャツの袖 がひるがえると、ホールの顔にものすごいげ かん じゅんさ んこつがとんできた。 とになるぞ! ふく ﹁やめさせろ! 服をみんなぬがさせると、たいへんなこ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ﹁やつだ!﹂ のがっちりとした 体 をつかまえたとたんに、首 をぐいとし アイピング村から二キロほどへだたったところにある 丘 走 逃 三一とうそう三二 めあげられた。 の 中腹 に、ひとりのこじきがすわっていた。 くび ﹁つかまえたぞ!﹂ 名をトーマス・マーヴェルという男で、お人よしですこ からだ かれは、見当をつけてとびついた。手ごたえがあり、男 巡 査 は、首 をしめられて紫 色 になりながら、一生けんめ しばかり頭の 働 きがにぶく、ぶくぶくふとったしまりのな ごこち しな おか いにさけんだ。 い顔をして、頭にはおそろしく時代がかったシルクハット かたほう ちゅうふく 男は、ひどい力で巡査をしめつけながら、しだいに 玄関 をちょこんとのっけていた。 げんかん むらさきいろ のほうにでてきた。それにつれて人びとも右に左によろめ かれはさっきから目のまえの草のうえに、二 足 の長 靴 を くび きながら外へおしだされていった。 きちんとならべて、つくづくと見いっていた。 じゅんさ 男と巡査がもつれるように 玄関 のふみ 段 まできたとき、 片方 はいままではいていた 長靴 で、片方はさっきもらっ いき ふるぐつ はたら 巡査はもう息 もたえだえになっていた。 たばかりの長靴だ。 じゅんさ げんかん ﹁えーい!﹂ いままでの分は、足にぴったりとしてはき 心地 はよかっ だったが、かれの足にはすこし大きすぎた。 ながぐつ 男は、かけ声といっしょに、 巡査 をぶるんとふりまわし たが、ひどい 古靴 で、雨がふると、じくじくと水がしみこ たお や あし て、地面になげとばした。巡査は、ひと声うめき声をあげ んできた。 だん ると、その場にばったりと 倒 れたまま、動かなくなってし もらったばかりのほうは、古くてもなかなかりっぱな 品 じゅんさ ながぐつ まった。 ば ﹁わあっ、化 けものがきたぞ! 巡査 がたおされた! 水のしみこむのはいや ﹁どっちをはいたらいいのかな? に られないうちに 逃 げろ!﹂ だし、だぶだぶのやつをはくのもいやだし﹂ たいよう トーマスは、さんさんとかがやく 太陽 の下で、いつまで に 村びとは後もみずに、つきあたったりつまずいたりしな も、どちらをはくか 迷 いつづけて、ぼんやりと 靴 をみなが くつ がら、右へ左へ、くもの子をちらすように 逃 げていった。 らすわっていた。 まよ 人っこひとりいなくなった道に、 巡査 のジャッファーズ じゅんさ だけが、気をうしなってよこたわっていた。 かりだ!﹂ ﹁ばかを言え、このへんのやつらはみんないやなやつらば おうようで情 ぶかいですよ﹂ のへんでいただいておるんですよ。このあたりの人たちは、 までのやつは水がはいるんです。あっしは、いつも靴はこ ﹁そうなんですよ。どっちもいただきものですがね。いま ふりかえりもせずに、 トーマスのうしろでふいに人の声がした。トーマスは、 ﹁どちらも長 靴 だが、古 ぼけてるな﹂ ﹁だって、だんな、どこにおいでなんです?﹂ ないと、石をぶつけるぞ﹂ 気がちがったんでもない。おれのいうことを 信用 しろ。で ﹁おちつけ、おれは化 けものじゃないよ。それに、おまえが がふってくるなんて、ただごとじゃねえや﹂ ﹁助けてくれ! あたりのこずえを飛びまわっている 小鳥 だけだ。 こを見ても人っこひとりいなかった。生きているものは、 トーマスは、あわてて 丘 の上をぐるぐる見まわした。ど んとここにいるんだから﹂ よ。おまえにおれの 姿 がみえなくても、いることは、ちゃ すがた ﹁そうですかね。だが、わたしはそう思いませんね。この トーマスの声がおわるかおわらないかに、小石がひょい ふる 靴だっていただきましたしね﹂ と地面から 舞 いあがったと思うと、びゅっと風をきってか ながぐつ トーマスは、こう言ってふりかえった。 ば に しん しんよう おれはどうかしてしまったよ。空から声 おか ところが、どうしたわけだろう。いまのいままでしゃべっ れの肩をめがけてとんできた。 ことり ていた男が、どこにも見あたらないのだ。 ﹁ひゃあ!﹂ なさけ ﹁だんな、いったいどこにいらっしゃるんで?﹂ トーマスがわめいて 逃 げだそうとしたとたん、目に見え くりかえってしまった。 ま かれは、きょろきょろと見まわした。 それ ないなにかに、どすんと力いっぱいおしとばされて、ひっ えだ おれはよっぱらったのかな? 風で本の枝 がゆれているばかりで、だれひとりいない。 ﹁おやおや、おや? ﹁さあ、これでもおれのいうことを 信 じないか?﹂ りこんで、ふてくされてこたえた。 とも⋮⋮﹂ ﹁どうでもしろ、おれにはなんのことやら、さっぱりわか トーマスは、やっとこさで起きあがると、草の上にすわ ﹁ひゃあ! らねえや。ひとりでにとんでくる石だの、 空中 からふって だんな、どこにいらっしゃるんですか、こわ がるなって言われたって、こわくなりますよ﹂ くうちゅう ﹁こわがらなくてもいいと言ってるじゃないか、おちつけ ﹁こわがらなくてもいいよ。おれはちゃんといるんだから﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ き み きとおって姿のない人間なんて、いるわけがありませんよ﹂ おれがこじきだからって、ばかにしてもらいますまい。す ﹁えっ、おれのことをからかわないでくだせえよ。いくら で、すきとおっていてだれにも見えないんだ﹂ ではないんだ。ただわけがあっておれの姿は 空気 とおなじ ﹁おれの 姿 がおまえに見えないからって、おれは 怪 しい人 間 ように、 すると、空中の声はやさしくなり、トーマスをなだめる ね﹂ いんだよ。それから 寝 る所 とな︱︱︱ほかにもいろいろやっ きっているんだ。大いそぎで着る物を手にいれてもらいた ﹁じつは、おれははだかなので、いろいろのことでこまり トーマスは、目をくりくりさせてきいた。 んですね?﹂ ﹁おれにたのみたいことですって⋮⋮いったい、それはな ことがあるからなんだよ﹂ おれがこうしておまえのあとをつけてきたのは、話したい まえに話してきかせたって、わかりはしないよ。それより ﹁それにはながい 話 があるんだ。しかし、そんなことをお さったのですかね?﹂ ﹁なるほど、しかし、どうしてそんなふしぎな体になりな ﹁ところがいるんだよ。いま、おれの 体 にさわらせてやる てもらいたいことはあるが、とりあえずそれだけを、おま くる声だの⋮⋮ 気味 のわるいことはやめにしてもらいたい からな﹂ えの力でぜひなんとかしてくれ﹂ くうき はなし あっけにとられているトーマスの手が、だれかの手につ ﹁着る物を手にいれろとおっしゃるんですか、なんだか、 からだ にんげん よくにぎられた。 あっしは頭がぐらぐらしてきたようだ。すこし落ちついて、 あや トーマスは、おずおずしながら手さぐりであたりをなで ゆっくりと考えさせてくだせえ。だれひとりいない 丘 から すがた まわすと、なるほど、たくましい男の 体 が、はっきりと手 いきなり声がして、なんにも見えねえのに、さぐればたしか からだ ざわりでさぐれた。 にだんながいらっしゃる。 体 がすきとおっているんだそう きもの からだ ところ ﹁こいつはおもしれえや、だんなはほんとにいたんですね。 だが⋮⋮そしてこんどは 着物 とねる所を手にいれろとおっ ね だが 体 がすきとおってしまったなんて、ずいぶんふしぎで しゃる。あっしは、すっかりめんくらってしまいましたよ﹂ はたら おか すねえ。だんなの腹の中には、なにもはいってないんです ﹁いまさら、ぐずぐず言うな。 透明人間 のわしが、おまえ からだ か? パンだのチーズだの食べれば、腹の中に見えるでしょ をえらんだんだ。おれのために 働 いてくれ。そうすればお とうめいにんげん う﹂ しょうか ﹁それはそうだよ、 消化 してしまうまでは見えてるよ﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 場 にはいってくると、つかつかととおりぬけて、おくの 酒 らの男で、ひどく、しんけんな顔つきで、わきめもふらず れい はたっぷりやるよ。わかったな﹂ 礼 部屋 のほうへ歩いていった。 客 浮浪者 のトーマスだ。 きゃくべや さかば そして 透明人間 は、大きなくしゃみをした。 とうめいにんげん ﹁そのかおり、おまえがおれをうらぎってみろ、どんなこ そのすばやさときたら、はっと気づいたときには、もう きゃく ちゅうもん ふろうしゃ とになるか、おもい知らせてやるからな﹂ 男はおくの 客部屋 のドアをあけていた。 きゃくべや 男は、言いおわってぽんとトーマスの肩 をたたいた。トー ﹁おっと、お 客 さん、お客さん、そこはいまではお客さん かた マスは、きゃっと 恐怖 のさけび声 をあげ、 用に使っていないんですよ。もどってきてくだせえ﹂ ごえ ﹁と、とんでもねえ。うらぎったりするものですか⋮⋮心 配 ホールが、まのびのした 調子 でどなった。 だいじょうぶ きょうふ しねえでも大 丈夫 ですよ。あっしにできることなら、なん 男はへんじもしなかったが、まもなく、むっつりした顔 しんぱい でもいたしますよ︱ ︱ ︱なんなりと言いつけてくだせえ﹂ でもどってくると、 酒場 にきて、ききとれないほどひくい ちょうし トーマスは、気のどくなほど、はげしくふるえながら言っ 声で、酒を 注文 して飲みはじめた。 ぜ﹂ なかにわ 男は、ぐいぐいと 流 しこむようにたてつづけていく 杯 も なが ハクスターがホールにささやいた。 さかば た。 ﹁おい、かわったやつじゃねえか。気をつけたほうがいい とうめいにんげん三四 三六 る透 怒 明人間 三三いか 場 の中 酒 のみ、口のはたをてのひらでぬぐうと立ちあがって、 中庭 三五 さ か ば にぶらりとでていった。 にわ その日は復 活祭 だった。 たばこに火をつけ、ぶらぶらと 庭 を歩きまわっている。 き いかにも、ものうそうだった。 くろうまりょかん はれぎ アイピング村では、朝はやくから村じゅうの年よりも若 が、ハクスターは、男がときどき、ちらりと 客部屋 の 窓 まど いものも 晴着 を 着 かざって、うきうきしていた。 にするどい 視線 を送っているのを見のがさなかった。 まど きゃくべや 黒馬旅館 では、 亭主 のホールと 雑貨屋 のハクスターは、 どさり! ざっかや とりとめのないばか話をだらだらとつづけていた。そこへ、 重い物が 窓 からおちる音がした。男は身をかがめて、落 ふる ていしゅ あらあらしくドアをおして、ひとりの男がはいってきた。 しせん 古 びたシルクハットを頭にのせた、ずんぐりとした小が ふっかつさい はい 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ さつ ﹁わっ!﹂ つつ ちてきたテーブルクロスに包 んだ大きな包みと、三冊 のノー ふいをうたれたハクスターはもんどりうって道にたおれ、 おおどお それっきり気を失ってしまった。 ど トを、小わきにかかえこむとみると、うさぎのようなすば き やさで 木戸 から 大通 りへ走りでた。 こし ほね つづいて同じようにおどりかかっていったホールも、も な ﹁どろぼう!﹂ のの 見事 に 投 げとはされ、 腰 の骨 をしたたかうって起きあ みごと さっととびあがったハクスターは、いちもくさんにかれ がれなくなった。 おか のあとを追った。 シルクハットの男は、そのまま、すごいいきおいで 丘 の すがた ﹁どろぼうだっ! ほうへ 姿 を消していった。 つかまえてくれ!﹂ ホールも、ハクスターのあとを追ってかけだした。 三八 体 が知 正 れると 三七しょうたい し 外には、あかるい日の光がさんさんとふりこぼれ、着か ざった人びとがのどかにゆききしていた。 つつ シルクハットをかぶり、大きな 包 みをかかえたおかしな 夕ぐれがせまってきた。 まち 人かげは、風のように 街路 をかけぬけ、 街 かどをまがって シルクハットをかぶったれいの男が、ぶなの 並木 をぬう がいろ へむかって走っていった。 丘 ようにして、ブランブルハースト 街道 をいそぎ足で歩いて なみき ﹁どろぼうだ! つかまえてくれ﹂ いた。 おか ホールとハクスターは声をかぎりにわめいた。しかし、 テーブルクロスの 包 みとノートは、やはりだいじそうに おうらい かいどう 来 の人びとは、あっけにとられて、ただ見送っているば 往 小わきにかかえている。 つつ かりだった。 いつのまにか、トーマスの足どりがしだいにおそくなり、 のろのろと悲しげな顔つきで考えこみながら歩いていると、 まち とある 街 かどまできたとき、やっとこさで男に追いつい 中 からせかせかした声がひびいてきた。 空 に くうちゅう た。 ﹁おい、さっさと歩け。なにを考えてるんだ。また、さっ に ﹁こんちくしょうめっ! もう 逃 がさんぞ、つかまえたぞ!﹂ きのようにおれをまいて 逃 げようというのかい? こんど に おどりかかったと思ったそのとき、ハクスターは、目に げてみろ、ただではおかないからな﹂ 逃 ちから れた。 見えないなにものかに、むこうずねを 力 いっぱいけとばさ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ もんだい いまいましいじゃないか。そこで 問題 はこれから先どうす に ﹁ 逃 げようなんて、そんなことは考えてませんよ。あっ、そ きず るかってことだ。どうせ、やつらはおれを追いまわすにき かた わるく、 きた。 みがあたりをつつんで、遠くの家の 灯 がちらほらと見えて しばらく二人は、だまって道をいそいだ。しだいに夕や まってるだろうし⋮⋮なにかいい考えはないか﹂ ﹁いいか、こんど 逃 げようとしたら、 殺 してやるからな﹂ トーマスは 疲 れきっていた。小わきにかかえた 包 みが、 らけになってしまいますぜ﹂ ﹁とんでもねえ。おいら、あんたをまいて 逃 げようなどと しだいに下にずり落ちていった。 ﹁だんな、あっしにいい考えなんてあるはずがないですよ﹂ は、これっぽっちだって考えていませんよ。ただ、どこで ﹁おい、ぼやぼやするな。しっかりと 荷物 をかかえて歩 け。 じ まがったらいいかわからなくて、あのまがり角へはいりこ そのノートはだいじなんだ。なくすんじゃないぞ、しっか い んじまったんですよ。あっしはこのへんの道はちっとも知 り持ってろ!﹂ トーマスは、しおしおとこたえた。 空中 の声はなおも 意地 らねえんです。そんなおそろしいことを言わねえでくだせ いきなりするどい声がして、トーマスの 肩 をぐいと透 明人間 とうめいにんげん けんきゅう りょかん にもつ かた にもつ ひ え﹂ がついた。トーマスはあわてて、ずるずると 包 みをひきあ いるい ころ 浮 浪者 のトーマスは、いまにも 泣 きだしそうだった。目 げ、しっかりとかかえなおしてから、泣き声をあげ、 くうちゅう に にみえて元気を 失 い、あきらめきったようすで、とぼとぼ ﹁だんな、だんなはあっしをなんに使おうとおっしゃるん くろうまりょかん に と歩きつづけた。 で⋮⋮はじめは 旅館 からだんなの 荷物 をもちだす手伝いを やくめ とうめいにんげん つつ 空 中 の声は、もちろん言わずとしれた 透明人間 である。 してくれとおっしゃった。それがすむと、あっしの 役目 は つか かれは 黒馬旅館 でうばってきた 衣類 と、 研究 ノートの包 おわったはずなのに、やはりあっしをはなしてはくださら すがた ある みをトーマスにもたせ、どこへゆこうとしているのか、し ねえで、こうして荷物をかかえてだんなのいくほうへつれ きもの な きりに先をいそいでいた。 てゆきなさる。いったい、どういうお気もちなんでごぜえ ふろうしゃ ﹁なあ、トーマス、アイピング村のばか者どもが、考えな ますか?﹂ とうめい つつ しの大さわぎをおっぱじめやがったおかげで、おれの 姿 が ﹁つべこべいうな、おまえみたいなやつでもおれにはいり うし 明 で着 透 物 を身につけさえしなければ、だれにも姿をみら つつ れなくなるってことを、みんなに知られてしまったんだ。 くうちゅう んなに肩 をつっつかねえでくだせえ。おいら、いまに 傷 だ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ だんなの役には立ちましねえ。だいいち、じまんではねえ ﹁ な に を お や り な さ る の か し ら ね え が 、あ っ し は と て も 、 どうしてもおまえの手伝いがいるようになるのだ﹂ 用なんだ。それに、いまにわしが 仕事 をやりはじめれば、 ﹁わかってますよ。どうせ、あなたがあっしをはなしてく しかりとばした。 透 明人間 は、強い力でぐっとトーマスの手首をつかんで、 う﹂ にやりさえすれば、おれはいつもおまえを 守 っていてやろ まも が、力はないし、そのうえ、 心臓 もよわいんです。せいぜ れないぐらいのことは、知ってまさあね﹂ しごと い、さっきぐらいのことしかやれねえですよ。 度胸 はねえ トーマスは、シルクハットをかぶった頭をたれ、しずみ とうめいにんげん し、びくびくしながら手伝ったところで、あんまり役にも きって歩いていった。 しんぞう たたねえでしょう﹂ 村をすぎていったじぶんには、あたりはとっぷりと日が どきょう ﹁力がないのはこまるな、見かけだおしなのか⋮⋮まあい くれ、美しい 星 がきらきらと空にかがやきはじめていた。 ほし いさ、それに、なにもびくびくすることはないんだ。おれ 四〇 はだいそれたことをたくらんでいるわけじゃないし、おれ ポート・ストウ村で 三九 がいつもくっついててやるから、おれのいうとおりにやれ ばいいんだ﹂ よく朝の十時ごろ、トーマスはポート・ストウ村にたど くび トーマスは首 をすくめ、ちょっと考えていたが、思いきっ やどや りついた。 たび て、 旅 のほこりをあび、つかれた顔をして村はずれの 宿屋 の き み ﹁だんながいくらこわがらなくてもいいとおっしゃっても、 まえのベンチにすわりこんでいた。 かわ あっしはうす 気味 わるくて死にてえくらいでさあ。いって ベンチの上にはれいのノートが三 冊 、革 ひもでしばって とうめいにんげん さつ え、どんなことをあっしにしろとおっしゃるんで⋮⋮あっ おいてある。テーブルクロスの 包 みのほうは、とちゅうで の 松林 ですててしまったのである。 まつばやし トーマスのようすはひどくへんだった。せかせかとあた つつ しだって、いやならいやとおことわりできる 権利 があるん 明人間 の気がかわり、ブランブルハーストをでたところ 透 ﹁だまれ! りを見まわし、なんども、なんどもポケットに手をつっこ にんげん おりにしていればいいんだ。おまえは 利口 な人 間 じゃない りこう し、あまり役に立ちそうもないが、おれのいいつけどおり だまれ、だまれ。だまっておれのいいつけど けんり ですがね﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ﹁暑 くもなし 寒 くもなし、じつに気もちのいい朝だ。あな くするでもなく、ひどくあいそうよく、 すでこたえた。しかし、男はトーマスのようすに気をわる トーマスはぎくっとしてふりかえり、気ののらないよう ﹁そうですね﹂ 聞 を 新 片手 にトーマスに近づき、ベンチに腰かけた。 ほがらかな声がひびいて、 船員 ふうの気さくそうな男が、 ﹁やあ、いいお天気じゃありませんか﹂ なことをくりかえしてやっていた。 一時 間 あまりもトーマスはベンチにすわって、こんな奇 妙 んでは、しきりになにかをさがしているようすだった。 きこえないほどのほそい声で、 をもぐもぐと動かし、むやみにほっぺたをひっかいてから、 とたんにトーマスは、おちつかなくなってしまった。口 書きまくってあるよ﹂ の見えねえ人間ってのが、あらわれたそうで、でかでかと ﹁なんだ、おめえ、まだ新聞を読んでいないのかい? ﹁そうですかね﹂ ことがのってるぜ﹂ ﹁しかし、けさの 新聞 には、本にまけないほどめずらしい つづいてあたりを見まわした。 トーマスは、気がかりらしく、ちらっと 相手 の顔を見て、 ﹁そりゃあそうでさ﹂ 本にもかわったことが書いてあるかね﹂ あつ かたて きみょう たは、どちらからおいでなさったね﹂ ﹁ 透明人間 ですって、いったいどこにそいつがあらわれた じかん ﹁遠くからですよ﹂ んですね。オーストラリアか、アメリカですかい?﹂ あいて ﹁ははあ、おやっ、そこにおいていなさるのは本ですかい?﹂ ﹁ばかを言いたまえ、そんな遠くの話ではないんだ。この ふくそう せんいん しんぶん 本と聞かれてトーマスは、はっとして大あわてにノート 土地にあらわれたんだ﹂ よご せんいん をひざの上にのせた。そのひょうしにかれのポケットで、 ﹁えっ!﹂ しんぶん ちゃらちゃらと 金貨 の音がした。 トーマスは、ぐるぐるっと 心配 そうにあたりを見まわし に へん とうめいにんげん 姿 すがた 男は、目をまるくして、しげしげとトーマスを見つめた。 た。 さむ ほこりで 汚 れきったトーマスの 服装 に、金貨の音はどう考 ﹁はっはっは、この 辺 といってもこのベンチのまわりじゃ たいど ねんかん とうめいにんげん えても似 つかわしくなかったからだ。しかし、その 船員 は、 ねえよ。この近くの村にだよ﹂ きんか すぐに前とおなじあけっぴろげな態 度 になって、 ﹁ああ、そうですか、で、その 透明人間 はなにをしようっ しんぱい ずいぶんめずらしいことを書いたのがあるそうだね。その ﹁おれは、本なんてものはなん 年間 も読んだことがねえが、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ えることも、とめることもできないからね。 昔 、おとぎ話 ねえんだから、どんなことだってやれるさ。だれもつかま ﹁あばれたいだけあばれたってことだ。なにしろ 体 が見え てんですかね?﹂ ﹁さあ、たしかなことではないらしいが、ポート・ストウ から、 透明人間 はどこへいったのでしょうね﹂ ﹁へえ、ふしぎな話ですな。で、アイピング村であばれて げられたということだ。﹂ ないんだ。いたずらにさわぎまわるばかりで、とうとう 逃 に にあったのが、ほんとのことになったんだね﹂ 面 へむかったようすだって書いてあるぜ。おれたちのい 方 からだ ﹁そうですか、あっしはこの四日間、新聞ってやつを見た るこの村へ、 透明人間 なんていうおかしなやつにやってこ せんいん とうめいにんげん とうめいにんげん ことがねえんでしてね﹂ られるのは、ありかたくないね﹂ むかし ﹁透 明人間 がはじめて 暴 れだしたのは、アイピング村がは ﹁まったくですよ。なにしろ 姿 がみえないんですからね﹂ ほうめん じまりだそうだ﹂ トーマスは 船員 の話をききながらも、まわりの物 音 に気 あば ﹁それで⋮⋮﹂ をくばっていた。かすかな風の動きでも、ききのがさない とうめいにんげん ﹁その人間はどういう男なのか、アイピング村にくるまでは ようにしていた。 す 四二 すがた どこに 住 んでいたのか、どんなことをしていたのか、さっ ものおと ぱりわかっていないそうだ。ほら、この新聞をみてみたま じつは、その⋮⋮ 四一 かいじけん そして、あたりにかれの 主人 の透 明人間 の姿がなさそう え、アイピング村の 怪事件 って書いてあるだろう﹂ ﹁なるほど、それではやはり、ほんとうの話なんですね。信 だと見きわめをつけると、 ふく とうめいにんげん じられねえようだが⋮⋮﹂ ﹁あっしはぐうぜんなことから、あなたのいまおっしゃっ おまえが知ってるというのかい?﹂ しゅじん ﹁そいつは、はじめ 黒馬旅館 にとまっていたんだそうだ。 た 透明人間 を知っているんですよ﹂ くろうまりょかん 頭にほうたいをまいて 服 をきこんでいたから、だれひとり ﹁えっ? かわ とうめいにんげん とうめいにんげん 明人間 だなんて気づかなかったそうだ﹂ 透 ﹁へえ、そうなんですよ。わしがやっと知りあったときの とうめいにんげん トーマスは、そっとあたりを見まわしてからうなずいた。 ことを聞いてくだせえ。が、びっくらしねえでくだせえよ。 れんちゅう ば ﹁だが、ついに化 けの皮 のはがれるときがきたんだ。アイピ たいへんかわったことなんだから﹂ すがた だいかくとう ング村の連 中 は、そいつが透 明人間 とわかったので、大 格闘 あいて をやってつかまえようとしたが、なにしろ 相手 の 姿 はみえ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ﹁そりゃあそうだろうよ。いいよ、びっくりしねえから話 てえ﹂ ﹁歯 が 痛 いんだよ。急にいたみだしたんで、おおいてえ、い いた してきかせなよ﹂ しかし、トーマスのようすはどこか 変 だった。歯が痛い は ﹁あっしは、透明人間のようにおそろしいやつに、いまま と言いながら、 片手 で耳をおさえて、 片手 でノートをしっ かたて へん で会 った⋮⋮﹂ かりとつかんでいる。船員は、うさんくさそうにトーマス トーマスが 苦 しそうにこたえると、船 員 はむかっ腹 をた ﹁うそでさ。いっぱいかついだだけですよ﹂ かたて 言いかけてトーマスはふいに、 をじろじろと見て、 た。 てたらしく、 透明人間 のことを話すと言っ 透 明人間 は、いつのまにか、トーマスのところに帰って ﹁新聞にだってのっているんだ。透明人間はたしかにいる あ ﹁いててて、おおいてえ!﹂ ﹁おい、どうしたんだい? とうめいにんげん 苦しそうにさけび、片手で耳をおさえ、片手で本をつか たじゃないか?﹂ きていたのだ。 んだ。なんだ、透明人間を知ってるなんて言って、人をか こし トーマスが、見しらぬ船員にかれのことをしゃべりそう からだ んで、 体 をまげておかしな 腰 つきでベンチから立ちあがっ になると、ぐいぐいとトーマスの耳をつまみあげた。 つぐ気だったのか? しかし、きさまがやつのことをしら ぱら トーマスは、透明人間が 帰 ってきていたと知ると、おそ なくても、透明人間はいるんだぞ﹂ とうめいにんげん はんしんはんぎ せんいん ろしさでふるえあがってしまった。 ﹁ 新聞 だって、でたらめを書くこともありますよ。あっし せんいん ゆめ くる もう、かれのことを 船員 にしゃべるどころではない。透 は、このうそをつきはじめたやつを知ってるんですよ。や とうめいにんげん 明人間に耳をひっぱられ、ずるずるとくっついていくだけ つの口から 透明人間 なんていうでたらめが話されて、ほう かえ だった。 ぼうへひろまっていったんですよ﹂ しょうにん ﹁だが、新聞にのっているし⋮⋮りっぱな人たちが 証人 に しんぶん しかし、そんなこととは 夢 にも知らない船 員 は、びっく 船員は、 半信半疑 でトーマスの顔をじっと見つめた。 せんいん りしてトーマスをのぞきこみ、 なってるしな﹂ いた ﹁おいおい、どうかしたのかい? ﹁うそですよ。うそですよ。だれがなんと言ったってうそ どこが 痛 いのだ?﹂ と心 配 そうにたずねた。トーマスはじりじりとベンチから とお しんぱい ざかってゆきながら、 遠 いまの世の中にいるはずがないじゃありませんか﹂ にきまってますよ。ばかばかしい、 透明人間 なんてものが、 大きくあけて新聞をみろ、ちゃんとくわしく書いてあるか ﹁あいつは 新聞 が読めねえんだよ。なにがうそだい。目を ていく相手をにらみつけ、 とうめいにんげん トーマスは 必死 になって、がんこに言いはった。船員は ら、まぬけめ!﹂ き ん か 四四 しんぶん おもしろくない顔をして、 声のつづくかぎり、どなりまくっていた。 ひっし ﹁それほどはっきりうそとわかっているなら、なんだって と はじめにうそだと言わねえんだ﹂ 中 を飛 空 ぶ金 貨 四三くうちゅう ﹁なにっ!﹂ 二人は、ぐっとにらみあった。いまにもどちらからか、 このことがあって二日ほどたったとき、またまた 船員 は、 せんいん げんこのつぶてが飛んできそうなあんばいだった。 世にもふしぎなできごとにであった。 じぶん ﹁トーマス、ぐずぐずするな、おれといっしょにくるんだ﹂ 船員は、じぶんの 部屋 でゆっくりとコーヒーをすすって に飲みながら、かたわらの新聞をながめていると、 くうちゅう ﹁逃 げるのか﹂ ﹁おおい、あにき、あにきいるかい﹂ こし とつぜん、空 中 から声がした。 いた。 船員がうしろからどなった。 と、われるように戸をたたく者がいる。 こ たっぷり 砂糖 をほうりこんだ、 濃 いコーヒーをうまそう ﹁逃げるもんか﹂ ﹁だれだい? しずかにしろ、戸がこわれるじゃないか。戸 さとう つきでひょこひょこ歩きだした。 トーマスはくるりとむきなおろうとしたが、あべこべに をたたくのをやめて入ってこい﹂ ﹁なんだい、ひどくあわてて⋮⋮どんな大 事件 が起こったっ だった。 ふな つきとばされるように、前へとんとんとつんのめった。 ころがりこんできたのは、かれのなかまのわかい 船 のり た。 ていうのかい? せんいん だれかと言いあらそいでもしているようなつぶやきが、 たというのかね?﹂ えっ、おまえ、 透明人間 にでもぶつかっ とうめいにんげん だいじけん いつまでも聞こえていた。 こし 船員は、大またをひろげ 腰 に両手をあてがって、遠ざかっ あと そして、それっきり 後 もみずに船 員 から遠ざかっていっ に トーマスは、はっとしたようで、そのまま、おかしな 腰 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ﹁いいや、透明人間じゃない。だが、おなじようにへんな た。 船員はなかまの顔を、にやにや笑って見ながら声をかけ なりの早さで飛 んでいくんだ。じっと見つめているうちに、 すったよ。が、なん度見なおしても、ほんものの金貨だ。か ときのびっくりしたこと⋮⋮おれは思わずなんども目をこ にそって 壁 空中 をふわふわととんでいるんだ。それを見た ﹁そのとたんに、おどろいたねえ。ひとにぎりの 金貨 が、 きんか ふしぎなことなんだ﹂ すこしおどろきがおさまると、 欲 がむらむらっと起こった きんか と くうちゅう ﹁ふしぎなこと? まあいいから落ちつきなよ。コーヒー んだ﹂ かべ をごちそうするから、ゆっくり話したらどうだい﹂ ﹁その 金貨 を、じぶんのものにしようとしたのかい?﹂ もちぬし よく やがて、熱 いコーヒーがはこぼれ、わかい 船 のりはひと 船 のりはいつのまにか、わかいなかまのふしぎな話にひ ふな つくと、まだこうふんのさめないようすで話しだした。 息 きずりこまれて、 熱心 にきいていた。 あつ ﹁おどろいたの、なんのって、きょうのようにおどろいた ﹁おはずかしいが、そうなんだ。あたりに人はいない、 金貨 いき ことは、いままで一度だってありはしねえよ、あにきだっ は 持主 がいるようではなし、ちょうど手のとどくところを ふな てその場にいあわせたら、きっと目の玉がひっくりかえる とんでいるんだ。おれは、一枚や二枚ちょうだいしたって、 ねっしん ほどおどろくにちがいないよ﹂ きんか たいして悪くはあるまいと考えたので、ひょいと手をのば きんか ﹁おれがおどろくか、おどろかないか、そんなことはいい おまえは して、その 金貨 をつかもうとした﹂ けど、その話というのはどんなことなんだい? かんじんのことはちっとも話してねえぜ﹂ こうじ ﹁うまくつかめたのか?﹂ まち ﹁うん、それだよ。おれが朝はやくセント・マイクル 小路 ﹁いいや、手をのばしたとたん、いきなり強い力でなぐり たお を歩いていたんだ。まだ時間が早かったので、 街 はしいん こし いた されて、その場にばったりとたおれてしまった。ひどく 倒 あと としていて、通っている人は、おれのずっと先を歩いてい をうってのびてしまったが、かろうじて 腰 痛 みをこらえて みなと こうじ ゆうべ、ぐっ ま る年よりきりで、ほかに人かげは前にも 後 にも見えなかっ 立ちあがったときには、金 貨 はちょうちょうが舞 うように、 きんか た。おれはこんど乗っていく船や、ゆく先の 港 のことを 考 ふわふわとマイクル 小路 のかどを消えていったんだ﹂ かんが えて歩いていた。その時、どういうきっかけだったかわか ﹁おまえ、 夢 でも見ていたのじゃないか? ゆめ すり 眠 ったのかい?﹂ かべ らないが、ひょいとよこの 壁 に目をやった﹂ ねむ ﹁うん、それで⋮⋮﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ふな うた ちょうし らきこえた声のことをふっと思いだした。 くうちゅう 船 のりが 疑 ぐりぶかい 調子 でいうと、わかいなかまは、 ら声がきこえてきたような気がしたが⋮⋮そら耳だと思っ ︵おれも頭がどうかしているのかな。あのときふいに空 中 か ふへい 平 そうにほおをふくらし、 不 ていたが、もしかすると、ほんとに空中からきこえたのか たお もしれないぞ。金貨が空中を 飛 ぶなら、空中から声がきこ こし ﹁いやになるなあ、あにきまでがそんなことを言うのです かい? えてもふしぎではないかもしれん︶ しょうこ ま きんか と いやっというほど地面にうちつけたので、いまでもずきん ひとりで考えこんでしまった。わかいなかまもだまりこ おれの 腰 は、その時すごい力でなぐり 倒 されて、 ずきん 痛 んでますよ。おれだってさっきまで、 金貨 が空 中 んで、やけにたばこばかりすっていた。 こうじ くうちゅう をふわふわ飛 ぶなんてことがあるとは思ってませんでした 金貨 が空 中 を飛 ぶということは、事 実 だったらしい。 きんか よ。だけど、はっきりじぶんの目でみたんです。これより その 証拠 にポート・ストウ村では、一日じゅう、ほうぼ いた たしかなことはありませんよ。おれは 金貨 がマイクル小 路 うの物かげやへいのそばを、金 貨 がふわふわと飛んでいた。 と のかどに 消 えてゆくまで、じっと見ていて、その足であに そのようすを見たという人はいく人もあった。 きんか きんこ こういん め かへい じじつ きのところへかけつけてきたんだよ﹂ ﹁ええ、そうですよ。人もいなければ動物もいません。た み と ﹁そうか、では、まんざらうそでもなさそうだし、おまえ だ金 貨 だけがふわふわとかなりの速 さで飛 んでるんですよ。 き む が とうめいにんげん きんか ぎんこう くうちゅう が寝 ぼけていたわけでもないんだね。とすると、ずいぶん わたしが近づいたとたんに、どこへともなく消えてしまっ つづ きんか ふしぎな 気味 のわるい話じゃないか﹂ たんです﹂ へん きんか ﹁そうなんだよ。おれも 金貨 が見えてる間は 無我 むちゅう かれらは口をそろえて言った。 き だったが、金貨が消えてしまったとたん、ぞっとしたね。 ﹁そしておどろくじゃありませんか。その 金貨 は、どうも、 おそ ね がたがたとふるえてきて、どうしてもとまらねえんだ。こ ほうぼうの金庫やぜに 箱 からとびだしてきたものらしいん くうちゅう ま おもてどお と のごろは 変 なことばかり続 くじゃないか。 透明人間 だなん ですよ。村の 銀行 の金 庫 からも、ちょうど 片手 でつかめる やどや ぎんこう はや て恐 ろしいやつのことを、新聞がでかでか書きたてたと思 ほどの 金貨 と、紙できちんと 巻 いた 貨幣 とが、ふいに 空中 ふな きんか うと、金貨が 空中 をとびまわる。おれはなんとなくおそろ に 舞 いあがり、おどろく 行員 をしり 目 に、ふわふわと 飛 ん かたて きんか しくてしかたがないよ﹂ で 銀行 をでてゆき、 表通 りにとびだすと、そのまま見えな くうちゅう ばこ 船 のりは、その時、なぜともなく 宿屋 の前で会ったシル と くうちゅう クハットをかぶったみょうな男のことと、そのとき 空中 か 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ やどや ぜひばこ ま 金貨はさっと身をひるがえすようにかき消えてしまった。 しんぱい まち きんこ くなってしまったそうだ﹂ こうして、ほうぼうの 金庫 や銭 箱 から舞 いあがってきた ぎんこう せん 金貨のゆくえを知ったら、村の人たちは、いまよりもっと きゃく ふしぎなことのあったのは、 銀行 だけではなかった。 しょくりょうひん 食 料品 をうっているこじんまりした店では、 客 につり 銭 おどろいたにちがいない。 ぜにばこ をわたすために 主人 が 銭箱 のふたをあけた。そのとたん、 金貨 は人目をさけて、 街 の通りを飛びつづけて村はずれ しゅじん しゅじん 人 はすぐ 主 身近 に人のけはいがせまるような感じをうけた。 までやってくると、そこの小さな 宿屋 のまえで、おどおど きんか ﹁おやっ?﹂ とあたりを見まわして 心配 そうに立っている、古 びたシル しゅじん ねっしん みぢか 主 人 は、あたりを見まわしたが、もちろん、店さきでまだ クハットをかぶった男のポケットに、吸いこまれるように たまご せん 四六 ふる を 卵 熱心 に見くらべている客よりほかに、だれもいなかっ ぜにばこ はいっていった。 しゅじん た。 たすけてくれ! 四五 主 人 が銭 箱 からつり銭 をつまみだそうとすると、さっと ま 銭箱の中のひとつかみの金貨が空中へ 舞 いあがった。 ま バードック町は、うしろになだらかな丘がある。丘のふ ひめい ﹁きゃっ!﹂ もとのバスの 停留所 のすぐ前の酒 場 ﹃銀 ねこ﹄では、さっ しゅじん 主 人 は悲 鳴 をあげて、舞 いあがった金貨のゆくえを見ま きからまるまるとふとったおやじが、むちゆうになって、 けいば ぎん もるばかりだった。主人の悲鳴におどろいた客も、 空中 を ひとりの 客 をあいてに、さかんに、 競馬 の話をまくしたて さかば とびながら店をでて大通りへ金貨が逃げていくのを見ると、 ていた。 さけ 表 のほうがだいぶさわがしいようじゃない おもて ことば ていりゅうじょ すっかりたまげて、つり銭もうけとらず、いちもくさんに あいての男は、おやじとはまるっきりはんたいの、やせ くうちゅう わが家へ逃げていった。 てひょろひょろした顔いろのわるい男で、 商売 は馬 車屋 だ。 きんか きゃく ポート・ストウ村は、ひっくりかえるようなさわぎになっ おやじの 言葉 に、ときどきあいづちをうちながら、ビス くうちゅう と ばしゃや てしまった。 ケットにチーズで、ちびちびと 酒 を飲んでいた。 きんか しょうばい ほうぼうの店や 宿屋 から、手につかめるほどずつの金 貨 ﹁なんだい? やどや が空 中 をとんで消 えていった。 か﹂ き あちらの通りや、こちらの 街 かどで、人びとは 金貨 の 飛 まち んでいるのを見かけたが、人が近づくとふしぎなことに、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ な 警官 が言ったが、トーマスは 泣 きださんばかりの声をふ けいかん とめどのないおやじの話をうちきるように馬車屋が言っ りしぼって、 おか て、立ちあがると、うす 汚 ないカーテンのすきまから、 丘 ﹁あっしをかくしてくだせえ。どこかおくのほうの鍵 のかか ぎた のほうをのぞいてみた。 る 部屋 にかくしてもらいてえんです。やつがあっしを追っ けいかん さけ だいじょうぶ かぎ ﹁おい、なんだか、おおぜいの人が 駈 けていくぜ﹂ かけてくるんです。あいつはどんなところへでもはいって ちょうし や ﹁どれどれ、ほんとうだ。火事かもしれねえな﹂ きますよ。あっしのことを 殺 そうと思っているんです﹂ へ 酒 場 のおやじが気のない調 子 で言ったとたん、ばたばた ﹁どんなやつかしらないが、ここまでくれば 大丈夫 だよ。 か と足音が近づき、ドアをさっとひらいて、あの 浮浪者 のトー ドアはしめたし、そちらに 警官 もいらっしゃるんだ﹂ ころ マスがとびこんできた。 すみっこで、ひとりで 酒 をのんでいた、黒いひげをはや かみ さかば 髪 をふりみだし、息 をはずませて、上 着 のえりもはだけ したアメリカなまりの男が言った。 ふる ﹁この中へはいったらいいだろう﹂ とうめいにんげん おやじが、カウンターのはね板をあげた。トーマスはあ ふろうしゃ てしまっている。れいの 古 びたシルクハットは、とっくに と、そのとき、ドアがはげしくたたかれた。 ﹁やつが追ってくるんだ。あっしのあとを追って⋮⋮助け わててとびこんだ。 きょうふ てくだせえ。透 明人間 に追われているんです﹂ その間じゅう、ドアをたたく音はひっきりなしにつづい と うわぎ どこかへすっとんだらしく、頭へのっかっていなかった。 みつかれば、きっと 殺 されてしまうんだ。おお、神さま!﹂ ﹁透 明人間 だ! はやくどこかへかくしてくだせえ。こんど ﹁透 明人間 がくるって⋮⋮そいつはたいへんだ。おいっ! た。 いき 飛 びこんでくるなり、トーマスは恐 怖 におののきながら、 ドアを 閉 めろ、ドアを閉めろ!﹂ ﹁だれだ?﹂ ころ 大声でさけんだ。 酒 場 じゅうの者 が色を 失 ってさわぎたてた。ちょうどき 警官 がどなりながらドアに近づいた。トーマスは、それ さかば し おもて けいかん もの とうめいにんげん あわせていた 警官 は、さすがにほかの者たちよりは落ちつ をみると泣き声をふりしぼって、 とうめいにんげん いており、すぐに 表 のドアをしっかりとしめてやった。 ﹁戸をあけねえでくだせえ。たのむからあけねえでくだせ うしな おやじも台所のほうへすっ 飛 んでいくと、うら口のドア え﹂ だいじょうぶ けいかん を力いっぱい、ひっぱってしめた。 と ﹁さあ、もう大 丈夫 だよ﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 黒ひげの男が、 ﹁へっへっへ、そんなことは心えていますよ。やつを 殺 し なってしまうよ﹂ ふりまわして、相手が運わるく死んでみたまえ、 殺人罪 に さつじんざい ﹁外で戸をたたいているのが、 透明人間 だというのか。ど とうめいにんげん んなやつか、見たいものだな﹂ てしまうようなへまはやりませんよ。足をねらいますよ。 ころ その 言葉 がおわるかおわらないうちに、すさまじい音を おれは足をねらう 名人 なんだよ。さあ、かんぬきをはずし ことば たてて、表通りのほうの窓ガラスがわれた。 なさい﹂ めいじん ﹁きゃっ!﹂ カーテンのすきまから外のようすをうかがっていたおや ぜっきょう トーマスがふるえあがって 絶叫 した。 じは、あわててうしろをふりかえり、 こ ﹁さあ、こちらへ 来 い﹂ ﹁わたしをうたんでくださいよ﹂ へ や おやじは気をきかせてトーマスをおくまった 部屋 にかく と、どなった。 かぎ し、鍵 をかけてやってから、もとのところへもどってきた。 ﹁さあ、こい!﹂ せ 外では、かけまわるたくさんの人の足音とさけび声がい 黒ひげの男は身がまえ、さっとピストルを背 にかくした。 しあん 警 官 は、ちょっと思 案 していたが、いきなりかんぬきを、 けいかん けいかん りみだれて、たいへんなさわぎだった。 しかし、ドアはしまったままで、人がはいってくるけは かぎあな 警 官 はドアに近より鍵 穴 から外をのぞき見しながら、 さっとひきぬいた。 た﹂ いはさらにない。 けいぼう 黒ひげの男も警官のあとにつづき、 二分たち、三分たった。やはり、なんのかわったことも とうめいにんげん ﹁ほんとに透 明人間 らしいな。 警棒 をもってくればよかっ ﹁ねえ、かまわないから、かんぬきをぬいてドアをおあけ へ や なかった。 とうめいにんげん おく 三人が 息 をころしてドアを見つめていると、 奥 の部 屋 か いき なさい。やつがはいってきたら、ぼくがこいつに物を言わ ら、ひょいとトーマスが頭をだし、 けいかん せましょう﹂ ﹁家 じゅうのドアは、みんなしめてありますかい? 透明人間 いえ そして、手にしたピストルを 警官 の目のまえに、にゅっ のやつは、きっとぐるっとまわって、 開 いてるドアをさが ひら とつきだしてみせた。 してみますぜ。 悪魔 のように、ぬけめのねえやつですから けいかん ピストルをみると 警官 は、あわてて手をふり、 あくま ﹁とんでもない、そいつはこまるよ、きみ。そんなものを 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ね﹂ と大きくあけはなされた。 場 の事 酒 件 じ け ん 四八 四七 さ か ば ﹁そいつはたいへんだ。うち口のドアはあけたまんまだ。 ちょっとわたしはいってくる。こちらはおまえさんたちに へび たのみますぜ﹂ トーマスのかなきり声がひびいた。それはちょうど 蛇 に かな ふとったおやじは、ころがるようにかけだした。トーマ みこまれた小鳥の、 悲 しいさけび声に似ていた。 ﹁それっ!﹂ かぎ スは顔をひっこめ、ばたんとドアをしめ、 鍵 をしっかりと かけた。 にくきりぼうちょう 三人はカウンターをとびこえて、かけつけた。黒ひげの しんぱい やがて、かけもどってきたおやじは、手に大きな 肉切包丁 かがみ 男のピストルがなった。 や と、同時に、おくの部 屋 の鏡 が音をたててくだけ落ちた。 だれかきてくれ!﹂ へ をぶらさげ、心 配 そうに、 ﹁助けてくれ! ばしゃや つうようぐち ﹁庭 の木 戸 も 通用口 のドアも、みんなしめるのをわすれて トーマスは、目に見えぬ人にひきずられながら、じたば とうめいにんげん ど いたんだ。そのうえ、庭の木戸はあけっぱなしになってい たともがいている。 き たんだが⋮⋮﹂ 三人は顔を見あわせてためらった。 敵 の姿 は、ぜんぜん にわ ﹁透 明人間 が、そこからはいりこんだんじゃないか?﹂ 見えないのだ。どうやってトーマスをかれの手からうばい すがた 気の早い馬 車屋 が、おやじが話しおわらないうちに、こ して助けてやればいいのか、さっぱりわからなかった。 返 ちょうりば ちょうりば くび てき わそうにさけんだ。 そのひまにトーマスは、ずるずるとひきずられて、おく かえ ﹁調 理場 にお手伝いが二人いたが、だれもはいってきたけ の 部屋 から 調理場 へひきずりこまれていった。 棚 からフラ どけろ!﹂ じゃまするな﹂ たな はいはなかったそうだ﹂ イパンや 鍋 が、けたたましい音をたててころがり落ちた。 けいかん けいかん や ﹁しかし、ゆだんはならないぞ!﹂ ﹁どけろ! へ 警 官 はあたりを、ぐるぐると見まわしながらいった。黒 警官 はおやじをおしのけ、トーマスの 首 すじをおさえて なべ ひげの男は、ぐっとピストルをにぎりなおして、 調理場 の いる手があると思われるあたりに、ぎゅっとしがみついた。 ちょうりば ほうをにらんだ。 ﹁ええい! や そのとき、ぎ、ぎぎいっーと、おくの 部屋 のドアが、はげ へ しくきしむ音がしたと思うと、あっと思うまもなく、ぱっ けいかん みごと は トーマスは、あばれまわっている人たちの足もとを 這 い いか まわりながら、 必死 で逃げだす道をさがしている。 だいらんとう ひっし 恐 りにもえた声がして、警 官 はものの見 事 に、その場に 調理場 での大 乱闘 が二十分もつづいたころ、 ちょうりば なぐりたおされた。 ひっし トーマスは 必死 になって、ドアのとっ手にしがみついた ﹁おや、おかしいぞ。やつはどこへいっちまったんだ。外 あと が、なんのかいもなく、みるまにひきずられていった。 後 へ逃げたのか?﹂ ばしゃや からとびこんできた 馬車屋 とおやじは、めちゃくちゃに手 黒ひげの男が、ふいに、きょろきょろとあたりを見まわ してさけんだ。 からだ ﹁ 中庭 へ逃げたんだ。 敵 は中庭だ﹂ とうめいにんげん 足をふりまわしているうちに、とうとう、 透明人間 の体 の どこかをつかまえた。 警官 が ま っ さ き に た っ て 、中 庭 に と び だ そ う と し た 一 けいかん しゅん てき ﹁つかまえたぞ! みんなこい! ここにやつがいるぞ!﹂ ⋮⋮。 瞬 なかにわ ﹁いたぞ! 透明人間 がいたぞ﹂ ぴゅうっ︱︱︱と風をきって 屋根 がわらが、かれの頭をか とうめいにんげん とうめいにんげん 二人は、つかまえたが 最後 、どんなことがあってもはな すめて飛んできた。 さいご すものかと、むしゃぶりついてあばれまわっている。 調理台の 皿小鉢 が音をたてて、みじんにくだけ 散 る。 たたか ね さすがの透 明人間 も、トーマスをつかまえていて、二人 や を相 手 では、戦 えるわけがない。 ﹁ようし、おれがひきうけた﹂ しょう かた ち ﹁ちくしょうめ!﹂ 黒ひげの男は、ひと声たかくさけんで、警官の 肩 ごしに した ほうこう さらこばち いまいましげに 舌 うちして、トーマスをはなした。二人 ピストルをつきだし、つづけざまに五発、透明人間のいる とうめいにんげん あいて がむやみにあばれて、げんこつをぶんぶんふりまわすので、 らしい 方向 にむけてぶっぱなした。 弾 はうなりを生 じて飛 と 明人間 もいささかもてあましてきたらしい。 透 んでいった。ピストルの音がしずまると、 庭 はしいんとし さが たま ﹁うん、なんだって、じゃまをしやがるんだ。おまえらの ずまりかえった。 にわ 知ったことじゃないんだ﹂ かわったことは、なにも起こらなかった。 かせい 透明人間と二人は、はげしく取っ組みあってあばれた。 ﹁五発うったぞ。こいつが一番ききめがあったろう。もう、 みずぐるま けいかん そのうち、やっと起きあがった 警官 も 加勢 にかけつけ、 だいじょうぶだ。透明人間の死がいを 探 そうじゃないか﹂ りょう りかかっていった。 てき うでを 両 水車 のようにふりまわして、目に見えぬ 敵 におど 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 四九おそ らいきゃく五二 はっけん五〇 るべき発 恐 見 はくし ケンプ 博士 の 来客 五一 はくし おか しょさい その日の夕方、ケンプ 博士 は、こじんまりしたかれの書 斎 で、書きものをしていた。 はくし さかば ていりゅうじょ 博 士 の家は町をみおろす、丘 のうえに建っている。そこ ぎん からは、丘のふもとの﹃銀 ねこ﹄酒 場 や、バスの停 留所 が、 ひと目でみることができた。おだやかな静かな町で、これ はくし やくりがく しょ といって騒がしい事件がおこらない平和な町であった。 しぜんかがく まど つくえ 博 士 のへやの書 だなには、ぎっしりと本がつまっている。 ばいよう 然科学 、 自 薬理学 の本がおもで、 窓 ぎわの 机 には、けんび きょう ぱつ 、スライド、 鏡 培養 えき、くすりのびんなどが、いちめん にならべてあった。 じゅうせい ゆうぞら とつぜん、ピストルの音がした。ピストルの音は一 発 だ せいじゃく けではなかった。つづけざまに、五発の 銃声 が夕 空 にこだ まち まして、 街 の静 寂 をやぶった。 はくし 博 士 は気がかりになってきた。 まち まち この平和な 街 にピストルの音がひびくのは、きっとなに まど か起こったにちがいない。 はくし ﹁なんだろう?﹂ けしき 博 士 は南がわの窓 をおしひらいて 街 を見おろした。 いつもとかわらぬしずかな 景色 だったが、しばらく耳を ぎん ひとごえ さかば すませていると、ちょうど、 ﹃ 銀 ねこ﹄ 酒場 のあたりで、が まち やがやとさわぐただならない 人声 が、風にのってきこえて さかば きた。 はくし ﹁ 酒場 のあたりだな﹂ やみ しんげつ 博士 はつぶやいて、なおもじっと、夕方の 街 を見おろし ゆうぞら ていた。 ゆめ すがた ほし 夕空 はしだいにくら 闇 のいろにつつまれ、ほそい新 月 が みなと きしゃ ほうせき のような 夢 姿 をみせ、星 もふたつみっつ数をましていった。 港 にとまっている汽 船 に、あかりがつき、きらきらと 宝石 はくし のようにきらめいているのが、とりわけ美しく思われた。 博士 は、いつかピストルの音のしたことなどわすれてし まっていた。 はくし まど ど つくえ さわぐ声もきこえなくなっていた。 げんかん おうたい 博士 は窓 をしめ、もう一 度 、机 のまえにすわった。一時 間ほどたったとき、 玄関 のベルがはげしくなった。 応対 に でていくお手伝いの足音がした。 たず しかし、それっきり、なんの音さたもなかった。 はくし ﹁おかしいな? だれか訪 ねてきたのではなかったのかな?﹂ ゆうびんはいたつ 博士 は、ふと気になった。大いそぎでお手伝いをよび、 ﹁いまのベルは、 郵便配達 だったのかね?﹂ げんかん ﹁いいえ、だんなさま。それがおかしいのでございますよ。 ベルはたしかになりましたのに、 玄関 にはだれもいないの です。おおかた、子どものいたずらでございましょう﹂ ゆび ﹁おかしいな、血かな?﹂ はくし ﹁子どものいたずらか﹂ 博 士 は指 さきで、そっとさわった。思ったとおりだった。 はくし よかん お手伝いがひきとっていくと、 博士 はスタンドを手もと くら ﹁だれがこんなところに血をおとしたのかな?﹂ むな にひきよせ、一生けんめいに書き物をはじめた。 とけい にわかに 胸 さわぎがして、暗 い予 感 がしてきた。 へ や 部 屋 の中はしずかで、時をきざむ 時計 の音だけがきこえ しんしつ で あ 博士 は、考えながら 寝室 にやってきた。 はくし ている。夜の二時になった。 と、そこでもまたかれは、おそろしいことに 出会 ってし しょるい なにげなく手をかけようとしたドアのハンドルが、血で はくし 博 士 は書きかけの書 類 から頭をあげると、 まった。 つか こん夜はこれでおしまいにしよう﹂ かいか まっかにそまっているのだ。 あかり 大きくのびをして、 灯 をけすと、階 下 の寝 室 へおりていっ はくし う ぜんしん ち これはただごとではない。 つか 博士 の全 身 の血 が、さっとひいていくようだった。かれ はくし た。 の頭には、その時、夕方 書斎 できいたピストルの音が、あ へ や ひょうじょう しょさい 博 士 はひどく疲 れていた。頭がおもい。 りありと 浮 かんでいた。 あいよう こんな時、 博士 はいつも 愛用 のウィスキーを少し飲んで、 ねむ はくし がら、しずかに 部屋 にはいっていった。 うわぎ しかし 博士 が考えたように、 警官 のピストルで傷 ついた はくし ぐっすり 眠 ることにしていた。 おそろしいことが起こりつつあるのではなかろうか? ねむ ﹁こん夜もすこし飲んで 眠 ろう﹂ 博士 はきっとした 表情 になり、ゆだんなくあたりを見な はくし の姿 で台 所 におりていった。 ギャングはいなかった。 すがた だいどころ ウィスキーのびんをさげて、ひっかえしてきたとき、 階段 ギャングはもちろん、ねこの 子 一ぴきすら部 屋 にはみえ こ らんぼう きず の下にしかれているマットに、ひと所、黒いしみができて ない。 けいかん いるのが目についた。 ただ、ベッドの上のふとんが 乱暴 にめくられ、血でよご はくし ﹁だれだろう? こんなところにしみをつけて⋮⋮﹂ され、そのうえ、シーツがびりびりにひきさかれていた。 へ や 博 士 はぶつぶつ言いながら、ひょいと身をかがめて、そ ギャングは、 警官 に追われて、この家に逃げこみ、つい はくし のしみをながめた。しみは、ちょうどかわきかけた血のよ けいかん うに見えた。 かいだん 博 士 はひとり言をいって、上 着 とチョッキをぬいだまま しんしつ ﹁もう二時か、そろそろ眠くなってきたな、 疲 れもしたし、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ しんしつ しょうこ さっきまでこの 寝室 にしのびこんでいたにちがいない。 こし ﹁そうだ。きっとそうにちがいない。なによりの 証拠 に、 とうめいにんげん五四 ついた 傷 透明人間 五三きず それから五分もたったであろうか⋮⋮。 ベッドにいままで人が 腰 かけていたらしいくぼみができて いるじゃないか﹂ はくし 博士 には、ながい時間がたったようにも思われた。 ねん ち もう一度カーテンがゆれ動き、なかから、ぼんやりと、 血 ち にしらべた。 のにじんだほうたいでぐるぐる巻きにした頭があらわれて はくし 博 士 は血 ですっかりよごれたベッドのまわりを、 念 いり ﹁いつのまにしのびこんだのかな?﹂ きた。 はくし 博 士 がふしぎそうにつぶやいた、そのとき、 頭だけだ。 空中 にぼんやり浮 かびあがったほうたいまき う ﹁やあ、しばらくだったじゃないか、ケンプ!﹂ の頭は、目もなければ 鼻 もない。いや頭ぜんたいがないの くうちゅう いかにもなつかしそうによびかける声が、耳のはたでひ だ。ほうたいだけが、しっかりとまきつけられている。 はな びいた。 もちろん手も足もありはしない。 きぜつ たいていの者なら、ひと目みただけで 気絶 してしまうと や ﹁あっ!﹂ へ ふいをうたれてかれは、けげんそうに 部屋 じゅうをぐる ころだ。 きじょう ぐる見まわした。 が、 気丈 な博士はまっさおになりながら、じっとそのふ すがた しぎなものを見つめていた。 ぬし どこにも声の 主 の姿 はない。 ﹁だれだね?﹂ へんじ ﹁ケンプ!﹂ はくし 博 士 の声はうわずっていた。しかし、こんどは 返事 がな せんめんじょ ふしぎなものは博士をよんだ。 や かった。 ﹁え?﹂ へ ただ 部屋 をよこぎって歩く足音がして、 洗面所 のカーテ ﹁おどろいてるな。ぼくはグリッフィンなんだよ。ほら 大学 ば だいがく ンが、生き物のように動き、するするとひらいたと思うと、 で 同級 だったグリッフィンだよ。おぼえてるだろう﹂ けものめ!﹂ どうきゅう すぐにもとのようにしまった。 ぼうだ ﹁グリッフィンだって⋮⋮なにをばかなことを⋮⋮この 化 はくし 博 士 は声をのみ、ぶきみに動くカーテンをみつめて 棒立 ちになっていた。 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ きみに 害 をくわえるつもりできたんではないんだ。ぼくは ﹁しずかにしてくれたまえよ、ケンプ。きみをおどしたり、 はくし 博士 はいきなり、ほうたいのほうへ手をのばした。と、 いまこまっているんだ。きみの助けがほしくてやってきた がい どうだろう⋮⋮。 からだ 人の 体 にふれたではないか! んだよ﹂ 博士 は、このうえ手むかってもむだだと考えたのか、お くうちゅう ぎょっとして手をひっこめ、まじまじと 空中 にうかぶお かしなものをみた。 となしくなった。 透明人間 は、口におしこんだシーツをと すがた じしん とうめいにんげん ﹁おちついてくれよ、ケンプ。おれはまちがいなくグリッ りのぞき、 はくし フィンなんだ。ただおれはふとしたことで 体 がすきとおっ ﹁ねえ、きみ、どうかぼくの言うことを 信 じてくれたまえ。 はくし からだ てしまい、人の目に見えなくなってしまったんだ。 世間 の ぼくは 大学 にいたときと同じグリッフィンなんだ。ただ、 とうめいにんげん からだ むかし はくし すがた ばけ しん やつらが 透明人間 だとさわいでいるだろう﹂ あることで 姿 が見えなくなったが、人さまの目に見えない せけん 透 明人間 は目に見えぬ手で、しっかりと 博士 の手をにぎ だけで、ぼく 自身 は、なんにも 変 わったことはないんだ。 はくし だいがく りしめて、いっしんに話した。 も体 心 も昔 のままのグリッフィンなんだよ﹂ とうめいにんげん しかし、博 士 は、その手をふりほどき、めちゃめちゃに 博 士 は物わかりのいい人だったし、頭の慟きのするどい人 か 手をふりまわして、透明人間にぶつかってきた。 だったので、 姿 の見えないほうたいの化 ものの 言葉 に 真実 こころ ﹁しずかにしろ! ケンプ、話せばわかることなんだ、話 のあることを見ぬき、 しんじつ をきいてくれ﹂ ﹁ずいぶんきばつな話だが、話をきけばあるいはわかるか はなし ことば ﹁なにを、このやろう、このばけものめ。 話 もなにもある もしれん。話してみたまえ。それにきみの言うように、わ うで からだ ものか、ふんづかまえてやるぞ﹂ しの目には、きみの 姿 は見えないが、たしかに 体 はあるら すがた ﹁だまれ、おれがおまえなんかにつかまるものか⋮⋮﹂ しいな。わしの手がたしかにさわったし、きみの 腕 がわし はくし をなげとばしたからな﹂ はくし ぱら 透 明人間 は、むかっ 腹 をたてたらしく、とうとう、 博士 ﹁そうなんだ、そうなんだ。たしかにぼくは頭もある手足 とうめいにんげん の足をえいっとすくい、ベッドの上にほうりだし、大声を もあるんだ⋮⋮。おそろしい 化 けものなんぞじゃないんだ。 ば あげて助けをよびそうにしている口の中へ、シーツのはし ただ 研究 の 結果 でこんなことになってしまったんだ﹂ けっか をぐっとねじこんだ。 博士 は、こうなっては手足をばたば けんきゅう たさせて、もがくばかりだった。 けんきゅう けっか とうめいにんげん ﹁これでまにあうかね?﹂ はくし ﹁けっこうだよ。それにズボン下とくつした、そしてスリッ くうちゅう たというのかい?﹂ とうめいにんげん パがあれば申し分ないが⋮⋮﹂ しん ﹁そうだよ﹂ 空 中 の声がへんじをするといっしょに、 博士 の手からガ くうちゅう ﹁ 信 じられないね。だいいち、 透明人間 がグリッフィンだ ウンがとりあげられ、 空中 でばたばたとゆれていたが、そ き と言ったところで、たしかにかれだという 証拠 はないわけ のうち、 透明人間 が 着 こんだらしく、しゃんと立ってボタ とうめいにんげん だ。顔をみることもできんし⋮⋮もっとも声はグリッフィ ンがひとつずつかけられていった。 しょうこ ンらしいが﹂ はら ﹁やれやれ、これで身じたくがととのったよ。あとはウィ はだか ﹁きみ、まだそんなことを言うのかい⋮⋮ぼくはまちがい スキーに食べ物があればいいんだ。 裸 で腹 をすかせている うたが のは、まったくつらいよ。まだ夜になると裸ではこおりつ はら 信じてくれたまえ、ケンプ!﹂ きそうに寒いし、 腹 がすいてたおれそうになるし、まった ふく こし ﹁では、話してみたまえ﹂ とうめいにんげん くつらかったよ﹂ きず 透 明人間 は、服 をきてしまうと、ゆっくりといすに 腰 を もの ﹁話そう、が、そのまえにすまないがウィスキーと 食事 と き る物 着 がほしいんだよ。じつはけがをしているので、 傷 は おろした。 の いたむし疲れきっているんだよ﹂ も とうめいにんげん ﹁ねえ、ケンプ。早くウィスキーを 飲 ませてくれないか﹂ きもの ﹁ 食 べ物 に着 物 だって⋮⋮すこし待 ちたまえ、なにかある 透 明人間 は、せかせかとさいそくした。 もの だろう。が、家のものをさわがしたくないから、まにあわ ﹁いま持 ってくるよ。だが、こんなきちがいじみたことにで た せだよ﹂ あうのは、生まれてはじめてだよ。ぼくは 催眠術 にかかっ お さいみんじゅつ 博士は、 落 ちつきをとりもどしていた。 科学者 らしく、 ているのかな?﹂ ひみつ ﹁ばかなことを言いたまえ、ぼくは催眠術なんぞやらない とうめいにんげん かがくしゃ ちみつに頭を働かし、このふしぎな 透明人間 の秘 密 をでき よ﹂ さぐ るかぎり 探 りだしてやろうと考えていた。 博士は、足音をしのばせて台所におりてゆくと、 冷 えた ひ ﹁なんでもけっこうだよ。死ぬほどつかれているんだ。な カツレツとパンを手にしてもどってきた。 ねむ にか食べてゆっくりと 眠 りたいだけなんだ﹂ いしょうとだな 博士は 衣裳戸棚 から、古くなったガウンをとりだして、 ま しょくじ なくグリッフィンだよ。ゆっくり話せば 疑 いははれるよ。 ﹁研 究 の結 果 だって? 研究の結果できみが透 明人間 になっ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ つぎに、カツレツが 空中 に舞 いあがった。つづいてパン ﹁ああ、うまい﹂ るまにウィスキーは飲みはされた。 口のあたりと思われるところでグラスがかたむくと、み だった。 グラスがひとりで 空中 に浮かびあがっていったような感じ とグラスを持ちあげた。グラスを持ちあげたというより、 グラスについでやると、ナイト・ガウンの 袖 が動いて、すっ とナイト・ガウンの 化 けものに声をかけた。ウィスキーを 博 士 はサイドテーブルにそれらをならべると、ほうたい ﹁ウィスキーはここにある。さあ食べたまえ﹂ りっぽい感情のはげしい男だったのを思いだして、一生け 博士 は、グリッフィンが大学生のころから、ひどくおこ ト・ガウンがそれにつれてぶるぶるとふるえた。 透明人間 は、はげしく 体 をふるわして怒 りだした。ナイ いつめ、こんど会 ったらぶち殺 してやる。ちくしょうめ!﹂ びくびくしていたくせに、ぼくをうらぎろうとしたんだ。あ ﹁いいや、かれはふつうの 人間 だよ。あいつはぼくを 恐 れて ﹁そいつも 透明 なのかい?﹂ ぼくがなかまにしようと思ってた男だのに⋮⋮﹂ ﹁ばかなやつが、ぼくの 金 を盗 もうとしたんだ。そいつは ﹁また、どうしてピストルでうちあいなんかやったんだね﹂ つかまるところを、きみの所ににげこんでたすかったんだ﹂ と見えてくるんだよ⋮⋮。そのためにさっきも、あやうく はくし も⋮⋮。 んめいになだめた。 透明人間 は、ようやく 怒 りをしずめ、 くうちゅう くうちゅう ば ﹁なるほど、見えないよ。で、 傷 をしているといったが、ど ﹁ぼくは 武器 をつかったりなんかしなかったんだ。それだ きず きず はくし ぶ き ころ にんげん からだ とうめいにんげん らんぼう からだ ぬす こを傷つけられたんだね﹂ のに、やつらはおれにむかって、つづけざまにピストルを とうめいにんげん かね ﹁傷 はたいしたことはないんだ﹂ うつんだ。たいていのやつらはぼくをこわがって、ぼくを そで 透 明人間 はがつがつと口いっぱいにほおばって、むさぼ っぱらおうとして 追 乱暴 するんだよ﹂ とうめい るように食べながら言った。 ﹁なるほど、が、きみがそんな 体 になったいきさつを、話 いか とうめいにんげん おそ 見るまにウィスキーも食べものも、へっていった。 してきかせてほしいな﹂ と ち あ ﹁ああ、うまい、それにしてもぼくがほうたいをさがして ﹁それはゆっくり話すよ。そのまえに、たばこがほしいん うん ねむ はくし おこ まよいこんだのが、きみの家だったとはふしぎだな。ぼく だが﹂ とうめい とうめいにんげん は運 がよかったよ。こん夜は泊 めてもらいたいね。ひさし 博士 はいわれるままに、たばこを 透明人間 にあたえた。 からだ ま ぶりにゆっくり 眠 りたいんだ。ベッドを 血 でよごしてすま お なかったね。 体 は透 明 になっていても、血だけはかたまる 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ねむ にうなり声をたてながら、どうしても 眠 ろうとしなかった。 きかい ところが、見るからに 奇怪 なことが起こった。それは透明 けむり ﹁きみ、えんりょしないで眠りたまえ。そうすれば気分も す よくなるし⋮⋮﹂ はな 人間が、うまそうにたばこを 吸 いはじめると、たばこの 煙 透明人間は、なにを思ったのか、しばらくだまって博士 くち が流れるにしたがって、 口 からのど、そして 鼻 と、そのか たちがぼんやりとうきあがってきたのだ。 くうふく をじっと見つめていたが、 さむ ﹁ありがたい。きみのおかげで、 寒 さからも空 腹 からもの ﹁ぼくは、心をゆるした人間につかまるのはいやだね﹂ かんしゃ はくし がれることができたよ。そのうえ、おちついてたばこをす はくし と言った。 博士 はぎくりとした。 とうめいにんげん うことまでできたんだ。まったく 感謝 するよ。しかし、ケ なにもかも見すかしたような 透明人間 のことばは、 博士 がくせいじだい ンプ、きみは 学生時代 と、ちっとも変わっていないな。き の心をぐさりと 突 きさした。 つ みのようにどんなときでも落ちつきはらって、てきぱきと 五六 をどうしよう 友 五五とも 物ごとをかたづけてゆける人間こそたよりになるんだ。こ とうめいにんげん れからどうか、ぼくをたすけてくれたまえ﹂ けいかん 透 明人間 が言った。博士は、じぶんもちびちびとウィス ﹁ぼくがきみを 警官 の手にわたすなんて、そんなばかなこ しん キーをのみながら、 とがあるものか⋮⋮ぼくを 信 じてゆっくりとやすみたまえ﹂ へ や ﹁いったいきみはぼくに、なにをやれというのだね。ぼく とうめいにんげん けいかん まど しかし、 透明人間 はどこまでも 用心 ぶかかった。部 屋 の かぎ ようじん は人をたすけるどころか、ぼく自身どうしたらいいかと思 なかをねんいりに見わたしてから、ふたつの 窓 をしらべ、 とうめいにんげん いまよっているんだよ﹂ ひょうじょう そしてドアの 鍵 をあらため、警 官 がまんいちかれをおそう はくし と、 博士 はくらい 表情 でこたえた。そのうち 透明人間 は、 ことがあっても、逃げだす道があることをたしかめてから、 からだ にわかにうめき声をあげ、 体 をえびのようにまげ、頭をか きず きゅう やっと、よこになった。 ねつ とうめいにんげん かえこんだ。 ねむ ﹁おやすみ﹂ や 博士が 透明人間 に言って、ドアをしめようとすると、 急 へ 熱 がでてきて、傷 がいたみはじめたのだ。 にナイト・ガウンがすーっと 近 づいてきて、 とうめいにんげん ちか ﹁きみ、この部 屋 で朝までゆっくり眠 りたまえ。そうすれば ﹁だいじょうぶだろうね、ケンプ。ぼくをゆっくりねむら しんせつ きぶん きっと、あすの朝は気 分 もさわやかになるだろうから⋮⋮﹂ くる 博士は 親切 にすすめた。ところが透 明人間 は、苦 しそう 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ けいかん はくし ぜんぽう うおそろしいことをやる男だ﹂ はくし してくれるね。 警官 にわたしはしないだろうね﹂ 博 士 は、ぼんやりと前 方 を見つめて、考えこんでいたが、 かんが 博 士 は顔いろをかえ、 きかい ね じけん ぽとりと新聞を手から落としてしまった。いくら考 えても、 しんぱい ﹁わすれたのかい。たったいま、やくそくしたじゃないか。 この 奇怪 な 事件 ははっきりしない。 はくし ねむ よけいな 心配 をしないで、ぐっすりやすみたまえ﹂ 博士 は、長いすによりかかって 眠 ろうとしたが、目がさ はくし かぎ ドアをしめると、すぐに中から鍵 をかける音がした。 まど なが えて、 寝 つかれそうもなかった。 しんしつ 博 士 は、 やがて、窓 から、しらじらと朝のひかりが 流 れこんできた さいなん ふく とうめいにんげん が、博士はまだふいに 飛 びこんできたやっかいな透 明人間 と ﹁やれやれ、とうとうじぶんの寝 室 から追いだされてしまっ を、どうしようかと思いなやんでいた。 ゆめ た。まるっきり、 夢 をみているのか、気がちがっているの ﹁やれやれ、これでやつが 起 きだしてくれば、また、 服 だ お か⋮⋮わけがわからない﹂ けの 化 けものと、しかつめらしい顔をして話し、なんにも しょさい なんども頭をふりながら、 廊下 をゆっくりと歩いて書 斎 ないところへ、たべものがつぎつぎと消えていくのを見て ろうか にはいった。 いなくてはならないのか。どうかして、この 災難 からのが ば 博 士 は、ぐったりといすに身をなげだして、もの思いに はくし しずんでいたが、 れるすべはないかな﹂ へいぜいは頭のするどさをほこり、どんなことでもあざ しんぶん しれんぞ﹂ やかにかたづけてしまう 博士 も、思ってもみなかった透明 ようい はくし ぽつりとひとり 言 をもらし、いくとおりもの新 聞 をかき 人間には、すっかり手をやいたらしかった。 ごと あつめ、机 の上にひろげて、むさぼるように読みはじめた。 夜がすっかりあけはなたれると、お手伝いが朝の新聞を しんぶん つくえ どの 新聞 も、アイピング村でのさわぎが、大げさに書き かかえてやってきた。 ちょうしょく たてられている。 じゅんさ 博士は、お手伝いにむかい、 らんぼう ﹁ふうん、村人をなぐりたおしてあばれまわったというの ﹁いいか、 朝食 を二人まえ 用意 して、ここまでもってきな かい さい。そしてわしが 呼 ぶまで、二階 へかってにくることは おんなしゅじん よ か⋮⋮なんて 乱暴 なことをするのだ。えっ、なに、 巡査 は ならんよ。わかったな﹂ やどや なぐられて気 ぜつしたっていうのか。そして 宿屋 の女 主人 き はおそろしさのために、寝こんでしまったのか。なんとい しんぶん ﹁そうだ、新 聞 を見れば、なにか手がかりがつかめるかも 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ にくぶと はくし それには 肉太 の博 士 のいつもの字で、 けいぶ ﹃ポート・バードック 署 アダイ警 部 どの﹄︱︱︱と書かれ しょ ﹁はい﹂ てあった。 あつ お手伝いは、博士が研究であたまをつかいすぎて、気が はくし 変になったのではないかと、心配しはじめた。 いろ五八 博 士 は、お手伝いがはこんできた 熱 いコーヒーをすする と色 光 五七ひかり 透明人間 は起きあがるやいなや、あばれはじめた。けさ とうめいにんげん 朝の 新聞 をひろげ、 透明人間 のことが書かれているとこ はひどく、きげんがわるいらしい。 きぶん ろを、ねんいりに読んだ。 いすをなげとばし、 洗面所 のコップをたたきわった。 しんぶん と、いくらか気 分 がはっきりした。 ﹁新聞には、透明人間は狂 人 になったにちがいないと書いて もの音で 博士 が、あわててかけつけてきた。 とうめいにんげん あるぞ。じっさいやつは、気がくるっているにちがいない。 ﹁どうしたのだ? いえ きょうじん なにをやりだすか、わかったもんじゃない。しかも空 気 のよ い?﹂ きず せけん きぶん なにか気にいらないことでもあるのか せんめんじょ うに 自由 な身だ。悪 事 をやりだせば、こんなおそろしい 敵 ﹁なに、頭の 傷 がすこしばかりいたみだしたので、気 分 が むかし はくし とうめいにんげん はくし はない。そいつがおれの 家 にまいこんできたんだ。それに つくえ くうき やつは、昔 の友だちのグリッフィンだというのだから⋮⋮﹂ すぐれないんだ。いやな気もちがするんだ﹂ てき 博士は机 のまえに、どっかりと 腰 をおろすと、ながい間、 博士 はだまって、ちらばっているガラスのかけらをひろ あくじ 頭をかかえて考えこんでいた。 いあつめ、 じゆう ﹁おお、どうしてそんなことができよう︱︱︱ 友 だちの信 ら ﹁ き み の こ と が 、す っ か り 新 聞 に の っ て い る よ 。 世間 は こし いをうらぎるなんて⋮⋮。だが⋮⋮たとえ友だちであって 明人間 のうわさでもちきりらしい。ただ、ぼくの家にき 透 しん も︱︱︱﹂ みがしのびこんでいることは知らないがね﹂ びん なぜぼくを、しずかにしておいて ﹁うるさいやつらだ! あてな だすと、ペンを走らせだした。 ふう はくれないんだろう﹂ てがみ 書いてはすて、書いてはすて、博士はなんども書きなお できてやしないんだ。そいつらは、どこまでもきみをつか ﹁それはむりだよ。世の中は、物わかりのいいやつばかりで つう をしたためた。 して、やっと一 通 の手 紙 をかきあげると、 封 をして、宛 名 はくし とも 博 士 は、思いまよったすえ、ひきだしから 便 せんをとり 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ とについて書 斎 にはいってきた。 と、さそった。 透明人間 はすなおに立ちあがり、 博士 のあ ﹁書 斎 に朝 食 のよういをさせてあるよ﹂ ケンプ 博士 は、しばらくしてから、さりげなく、 りこんだまま、だまっている。 透 明人間 は考えこんでいるらしく、ベッドのはしにすわ が、きみはいったい、どうしたいと思ってるのかね﹂ ね? ﹁そうだよ。しかも、この 研究 は人があまりやっていない じゃないか﹂ ﹁ 昔 からきみは、そういうことを 研究 するのがすきだった 味 をとらえてしまったんだ﹂ 興 にうつったんだ。ことに 光 の反 射 とか 屈折 とかが、ぼくの 、ふとしたことから医学を研 後 究 することをよして、 物理学 を 勉強 していたことは、きみも知っているとおりだ。その ﹁さて、それではなにから話そうかな。ぼくが、はじめ 医学 そうに 笑 った。 透明人間 は、ケンプ 博士 に会ってからはじめて、ゆかい はくし ゆうべとおなじように、ナイト・ガウンだけが、すーっ ので、いくらでも研究することが 残 されているのが、若い とうめいにんげん ﹁はっはっは﹂ と食 卓 のまえにすわりこんで、手も口もなんにも見えない ぼくには、たまらない 魅力 だったのだ。まだ二十二才のわ てつだ まえようとさわぐだろうね。そこで、これからどうするか のに、どんどん食べはじめた。 かい 科学者 だったぼくには、これに一 生 をささげて、いつ はくし さき しょさい しょさい ちょうしょく しょくたく こうけい しょくじ そうだん とうめいにんげん せけん かがくしゃ むかし きょうみ あと べんきょう わら はじめて見たときほどおどろかなかったが、やはりへん かは 世間 のやつどもを、あっといわせるような 研究 をやり むろん、ぼくはできるかぎりの 手伝 いはするよ。だ な光 景 だった。 とげようと 決心 したんだ﹂ からだ ひかり のこ よ しょう けんきゅう はんしゃ けんきゅう みりょく は けんきゅう ぶつりがく けんきゅう けんきゅう いがく 食 事 がおわりかけたころ、ケンプ 博士 は、 透明人間 は、いつもの、いんきくさい 世 をのろったよう とうめいにんげん ﹁これから先 のことを 相談 するまえに、なぜきみがそんな な声とはまるでちがう、わかい 張 りのある声で話しつづけ とうめいにんげん けんきゅう になったか、くわしく話してもらいたいね﹂ 体 た。 せつめい くっせつ 透 明人間 は、ナプキンをとりあげ、ゆっくりと口のあた ﹁それからのぼくの頭には、 研究 のことよりほかは、なに はくし りと思われるところをふき、 もなかったね。 寝 てもさめても考えるのは、 研究 のことば きせき とうめいにんげん ﹁かんたんなことなんだ。きみだって 説明 をきけば、なー かり︱︱︱六ヵ月ほどたったとき、はっと思いついたことが けっしん んだ、と思うよ。奇 跡 がおこったのでも、なんでもないさ﹂ あったのだ﹂ きせき はくし ﹁きみには、かんたんかもしれないが、ほかの者にとって ね は、奇 跡 とおなじくらいふしぎなことだよ﹂ ことができるはずだろう﹂ にんげん六〇 ガラスと 人間 五九 ﹁どんなことだ﹂ きゅうしゅう はんしゃ 物にあたったとき 反射 するか、そのまま 吸収 されてしまう ﹁きみも知っているとおり、物が見えるということは、光が ぐあい か、または光がおれまがる 具合 によって、いろいろな色と ﹁そうだ。しかし、 人間 はガラスとちがうからな!﹂ けつえき むしょく とうめい か、形とかが、それぞれの 姿 をもって目にみえるので︱︱︱ ﹁そんなことはない。人間はガラスとおなじように 透明 だ とうめいにんげん にんげん 光のこの三つの 働 きがなかったら、われわれは物をみるこ よ﹂ ぬの すがた とができないわけだ﹂ ﹁そんなむちゃな話はないよ﹂ はたら ﹁そうだ﹂ はくし もうはつ ﹁むちゃな話ではないんだ。りっぱにすじみちのとおって こうせん はんしゃ ﹁たとえば、われわれが赤い 布 をみるとするね。赤くみえる いる話だよ。人間だって 血液 の赤い色と毛 髪 の色などをと はんしゃ ぬの のは、 太陽 の 光線 のなかで赤い色のところだけを 布 が反 射 りのぞけば、 体 じゅうが 無色 で透 明 になってしまうんだ。 たいよう して、あとの色はみんな 吸 いこんでしまうからなんだ。ま ガラスとたいしてちがわないよ﹂ とうめい た光をぜんぶ 反射 してしまえば、白くきらきらとかがやい ケンプ 博士 は透 明人間 のきばつな考えに、ただうなずく どあい からだ てみえるだろう。そしてふつうのうすいガラスが、光のす ばかりだった。透明人間のことばはますます 熱 をおびてき す くないうす暗いところなどでは見にくいわけは、光をほと た。 きゅうしゅう ﹁ぼくがこれを考えついたのは、ロンドンを去ってチェジ とうめいにんげん すくないからなんだ﹂ ルストウにいたときだ。今から六年ほど前のことになるが はくし がくしゃ めいせい ひみつ がくもん きょうじゅ ね。その時のぼくの 先生 のオリバー 教授 というのは、じつ せんせい 透 明人間 はむちゅうで、しゃべりまくっている。ケンプ に 根性 のまがった男で、 学者 のくせに学 問 や 実験 に身を入 あいて 士 はあきれ顔をして、じっと 博 相手 の声をきいていた。 れないで、 世間 のひょうばんや 名声 ばかりに気をとられて けんきゅう じっけん ﹁そのガラスをこなごなにして、水のなかに入れてみたま いるのだ。だから、ぼくはだれにも 秘密 で、 研究 をすすめ こんじょう え。たちまち見えなくなってしまうだろう。これは水とガ ていくことにしたのだ﹂ せけん ラスは、光がおなじような 具合 におれまがるからなんだ。 ﹁だれの手もかりないで、きみひとりでかい?﹂ ぐあい これから考えをすすめてゆけば、なにもガラスを 水中 に入 すいちゅう れなくても、水の中に入れたとおなじように見えなくする ねつ んど 吸収 しないし、はねかえすことも、おれまがる 度合 も 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ けんきゅう かんせい せけん そぞら まど してしまい、じっとしていられなくなった。 窓 をおしひら た。それでいくらか落ちつきをとりもどしたんだよ﹂ てんか ﹁そうだ。ぼくは 研究 が完 成 したそのとき、ぱっと 世間 に か、おれも 透明 になれるんだぞと、くりかえしてつぶやい いて、 夜空 にしずかにまたたいている星をみあげ、いくど けない大発見をしたのだ。これはぼくの手がらではないん ﹁ そ う だ ろ う ね 。そ の 気 も ち は 、ぼ く に も わ か る よ う だ はっぴょう 表 して、一夜で 発 天下 に名をとどろかせてやろうと考えた だ。ぐうぜんなことで、おもいがけないたまものが、さず が⋮⋮﹂ とうめい んだ。研究はおもうとおりに進んだ。そのうち、思いもか かったというわけだ﹂ ﹁ねえ、きみ、考えてみたまえ。すがたを 消 して思いのま まほうつか け ﹁ずいぶん大げさなんだね。いったい、どんな大発見なん まをやるのは、人間の昔 からのあこがれだったじゃないか。 はくし むかし だい?﹂ おとぎ話のなかの 魔法使 いとおなじになれるんだ。こんな じしん むしょく むしょく ﹁きみ、おどろいてはいけないよ。ぼくは 血 を無 色 にする すてきなことがあるだろうか。それをぼくがやりとげたん ち ことができるということを見つけたんだよ。 血 を無 色 にす だ﹂ とうめい ち ることができれば、人間を 透明 にすることができる、とい 透明人間 は、いきおいこんで話しつづけた。せきをきっ けつえき とうめい うわけだ。人間の 体 の血 液 を透 明 にしてしまえば、体じゅ た水のように、とまることをしらぬようにさえ思われた。 とうめいにんげん うが透明になるわけだからな。そうなれば、ぼく 自身 、透 ケンプ 博士 はしずんだようすで、かれの話に耳をかたむけ からだ 明になることはわけないというわけさ。もちろん、そのた ﹁これで、ながい間、ばかな 主任教授 に見はられながら、 しゅにんきょうじゅ ていた。 心 したかいがあったと思ったね。 苦 田舎 の大学で頭のさえ じしん があったのだ﹂ ない学生をあいてに心にそまない 授業 をして、毎日をみじ てん ﹁な、なんだって⋮⋮なんということを考えだしたのだ。 めにすごしてきたぼくが、これはどの 成功 をしようとは、だ がい おそろしい人だね、きみは﹂ れも考えなかったろう。しかし、この研究をかんぜんなも からだ めに 体 に害 があってはなんにもならないが、その 点 は自 信 ﹁おどろくのもむりはないよ。それを発見したぼく自身、し のにするために、それからさらに三年の年月、むがむちゅ かんせい けんきゅう けんきゅう かね せいこう じゅぎょう いなか ばらくの間は、ぼうぜんとしていたくらいだからね。ぼく うで 研究 をつづけたんだ。ところが三年たってみると、こ くしん はその夜のことを、いまでも、はっきりとおぼえているよ の 研究 を完 成 させるには、どうしても 金 がたりないという けんきゅうしつ ︱︱︱。研 究室 にいるのはぼくひとりで、ひっそりとしずま こうふん りかえっていた。ぼくはじぶんのこの発見にすっかり 興奮 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ いほど具合よくすすんでいったんだ﹂ かね ことに気づいたんだ﹂ ケンプ博士はうなずいた。そして心のなかで、 おに ﹁金 が⋮⋮﹂ ︵なんというつめたい男だろう。やつは研究の 鬼 になって ち ﹁そうだ﹂ しまったんだ。やつの心には、もうあたたかい人間の 血 が とうめいにんげん は 透明人間 は吐 きすてるように言って、だまりこんでしまっ 通っていないのかもしれない。おそろしいことだ︶ はくし た。 おに六二 と考えていた。が、透明人間は 博士 の心のなかのことなど 六一けんきゅう そうしき は気にもかけず、 究 の鬼 研 そうしき ちゅうふく ﹁おやじの 葬式 は風のつめたい、さむい寒い日だったよ。 けんきゅう おか ぼくはおやじがさびしい 丘 の中 腹 にほうむられるのをみて はくし ケンプ 博士 もだまりこんで、じっとナイト・ガウンだけ も、考えるのはただ 研究 のことばかりで、さびしいとも 悲 ぬす や かな の人 間 を見つめていた。 しいとも思わなかったんだ。 葬式 をすませてじぶんの 部屋 にんげん ながい間、なんの物音もしなかった。 にかえってきたときには、はじめて生きているかいがある かね はくし へ ふと、 透明人間 が口をひらいた。 と思ったよ。ぼくはむちゅうになって 研究 にとりかかった﹂ とうめいにんげん ﹁金がなければ、ぼくの 研究 をつづけることはできない。 透明人間 は、ふと口をつむぐと、くらい顔ですわりこん 顔いろがさえないようだ﹂ けんきゅう やむをえず、おやじの金 を盗 んでしまったんだ⋮⋮﹂ でいる 博士 に、 けんきゅう ﹁おとうさんの金を盗んだって⋮⋮きみが?﹂ ﹁きみ、つかれたのかい? とうめいにんげん ﹁うん、ところがそのお金は、おやじのものではなかったん ﹁いや、なんでもない。さあ、つづけたまえ。それからど けんきゅう ぶ うなったんだ﹂ とうめいにんげん たんだ﹂ ふろうしゃ に ﹁そのときすでに 研究 は、九 分 どおりできあがっていたん だいたい ケンプ博士は、くらい目つきで、 透明人間 をみつめた。 だ。その 大体 のことは、 浮浪者 がもち 逃 げしたノートに、 あんごう ﹁ぼくのそのころ、チェジルストウの家をひきはらって、ロ 号 をつかって書いてある。あいつめ、おれのノートを取 暗 や りやがって⋮⋮どんなことをしてもとりかえしてやるぞ。 けんきゅう へ ンドンのポートランド 街 にもどっていた。 部屋 をかりてす うらぎったやつには、思いしらせてやる!﹂ がい んでいたんだ。おやじの金をぬすんで、いろいろな 実験 に じっけん いるものを買いととのえたので、ぼくの 研究 は気もちがい じさつ だ︱︱︱。そして⋮⋮おやじはそのために 自殺 をしてしまっ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ と言っても、やはり 空中 にたばこがういているように見え くうちゅう るだけである。 ふろうしゃ 透 明人間 はあの浮 浪者 のことを思いだし、研究の話をす ﹁つぎの研究には、ねこをつかったんだ﹂ とうめいにんげん るのもわすれて、さんざんにののしりはじめた。すると、 けんきゅう はくし 士 が、 博 どうじ ろうば ﹁生きてるねこをかい?﹂ くしん もの ﹁研 究 のほうのことをきかせてくれたまえ。そしてどうなっ ﹁もちろんさ。そのねこは 階下 にすむ、ひとり 者 の老 婆 の ねむ しっぱい つめ ち たんだい?﹂ かわいがっているねこなんだ。ぼくは 血 のいろをうすめる とうめい き かいか ﹁ついに待ちのぞんでいた日がきたんだ。その日の 実験 に やらそのほかの薬やらを、 薬 苦心 してそのねこにのませた じっけん は白い 羊毛 を使ってみたんだ。 実験 はうまくいって、白い んだ。そして 薬 で、ねこを眠 らせておいた。ねこがつぎに こうけい くすり 羊毛がじっと息 をころしてみつめているぼくの目のまえで、 目をさましたときには、羊毛とおなじように、けむりのよ き じっけん けむりのように色がしだいにうすくなり、やがて、すーっ うにきえていたんだ﹂ ようもう と消 えていってしまったんだ。その 光景 は、なんともいい ﹁ねこが 透明 になってしまったって⋮⋮?﹂ くすり ようのないくらい、ぶきみなものだったよ﹂ ﹁そうだ。もっともすこし 失敗 したところもあって、うま ようもう いき ﹁それで⋮⋮﹂ く 消 えうせてはしまわなかったがね。うまくいかなかった き ﹁白い 羊毛 がすっかり 消 えて、ぼくの目に見えなくなった と こ ろ は 、ひ と み と 爪 だ。ねこは 薬 をのませると 同時 に、 ようもう き ときには、まるで信 じられない気がしたよ。ぼくはそっと、 ひもでしばって 逃 げださぬようにしておいたんだ。そのう ようもう み くすり 毛 をおいたあたりをさわってみた。すると、どうだ! や 羊 ちに気をとりもどして、起きあがったときには、からだは き つめ はり 羊毛 はまえとおなじ場所に、ちゃんとあるんだ。その かんぜんに 消 え、ふたつのはそい目と 爪 だけが、部屋のな へん しん ときのぼくの気もちといったら、うれしいような、 気味 の かにゆうれいのように 浮 いていたんだ﹂ はくし はくし ろうば に わるいような、 変 な気もちだったよ﹂ ﹁ぶきみな話だ! それに、ねこがかわいそうじゃないか﹂ しん もちぬし う ケンプ 博士 は口のなかで、そっとつぶやいた。 ケンプ 博士 は、とがめるように言った。 さが ﹁信 じられん話だが⋮⋮⋮うそではなさそうだ﹂ ﹁ 持主 の老 婆 が、ねこを探 しにきて、 ﹃わたしのねこが、こ ちらにきているでしょう。たしかになき声がしていました とうめいにんげん よ﹄と、がなりたて、 部屋 の中をじろじろとのぞきこんだ や トからたばこをとりだした。 へ 透 明 人 間 は 一 本 ぬ き と る と 、火 を つ け て 口 に く わ え た 。 い そして 透明人間 に、ひとやすみしないかと言 い、ポケッ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ が、どのようにして透明にかわっていったか、というこ 体 からだ が、ねこはクロロフォルムでねむらせてあったので、見つ ゆき とだった。 けんきゅう じっけん きぶん かるはずはない。うさんくさそうになんどもながめまわし ご ﹁一月のことだったよ。 雪 のふる前の日で、おそろしくさ とうめい てから、やっとひきあげていったよ。おかしかったねえ﹂ むい日だった。ながい 研究 のつかれがでたのか、気 分 はす けんきゅう げんき ﹁透 明 になってしまったねこは、その 後 、どうしたんだね﹂ ぐれず、いつものように 実験 をつづける元 気 もなかったん とうめい ﹁さあ、どうしたかね。 透明 になると、ひどくあつかいに だ﹂ とうめいにんげん くくてね。つかまえようとしてもつかまえることができな 透明人間 はつかれたようすもなく、また話しはじめた。 かんせい い。そして、にゃあにゃあ、なきつづけているので、とう ﹁四年の間、あけてもくれても、ただ 研究 を 完成 させるこ とだけを考えてくらしていたが、もともとわずかばかりし まど たよ﹂ かなかった金は、ほとんど使いはたしてしまい、 体 もくた きょうぐう からだ ﹁すると 透明 ねこは、いまでもどこかをさまよっていると おか くたにつかれきると、なにをするのもいやになってしまっ し いうわけだね﹂ た。ぼんやりと 丘 にのぼって子どもたちがあそんでいるの い ﹁生 きていればね。だが、おそらく 死 んでいるだろう。目 をながめていたが、そのうち、ぼくの 体 が透 明 になって人 とうめい に見えないねこに、えさをやる人もいないだろうからね﹂ 目につかなくなったら、こんなみじめな境 遇 からぬけだし、 からだ からだ ﹁そうか、かわいそうに⋮⋮﹂ いろいろときばつな、ゆかいなことができるのではないか はくし まる 博 士 は、なんにもないところに、ねこの 丸 いひとみがふ と、考えたんだ﹂ とうめい たつ、みどり色にひかり、かなしそうに食べ物をもとめて ﹁それできみは、 体 を透 明 にするおそろしい仕事にとりか こうけい なく声だけがきこえる 光景 を、ありありと思いうかべて身 くすり ちょうごう かったのかね?﹂ げしゅく ぶるいした。 ﹁そうなんだ。ぼくは 下宿 にかえると、さっそく薬 の調 合 もんく 目でみていた 下宿 のおやじが、文 句 を言いにきたんだ。お げしゅく ﹁ぶきみなことだ!﹂ 六四 にかかったんだ。そこへ前からぼくのことをうさんくさい とうめい グリッフィン 透明 になる 六三 やじは部屋じゅうをじろじろながめまわして、﹃あんたは や いったいこの 部屋 で、どんな仕事をしているんですかね、 へ とうめいにんげん つぎに 透明人間 が話しだしたのは、いよいよかれ 自身 の じしん とうめい とう、うるさくなって、 窓 をあけてそとへ追いだしてやっ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ と、くどくどといつまでもいいつづけるので、ぼくはとう くをかけられたら、たまったものじゃありませんからな﹄ 究 でもやっているんじゃありませんか⋮⋮とんだめいわ 研 ともできないではありませんか。人には言えねえ 怪 しげな たり⋮⋮おかげで 下宿 じゅうの人 間 が、おちおち 暮 らすこ へんなにおいがしたり、夜っぴてガス・エンジンがうなっ してもノックをやめないんだ。たまりかねてドアをあける 動く気がしないので、ながいあいだ 放 っておいたが、どう ていると、だれかがドアを力いっぱいたたくんだ。ぼくは 気もちがわるくなってしまった。いすにぼんやりと 腰 かけ ﹁夜ふけになったとき、薬 のために、ぼくはたまらないほど けた。 いかけたが、そのまま、 透明人間 の話をだまってききつづ ケンプ 博士 は、そのとき口をもぐもぐさせて、なにか言 はくし とうかんしゃくを起こして、﹃うるさい! でていけっ!﹄ と、下宿のおやじが立っていて、なまいきな 態度 で一枚の あや ちから げしゅく に くすり ひ ふ そのおやじは⋮⋮﹂ かみ とうめいにんげん と、どなってやったんだ﹂ 紙きれをさしだしたが、ひょいとぼくの顔をみると、 目玉 く ﹁らんぼうだね!﹂ がとびでるほどおどろいて、 紙 きれをその場にほうりだし にんげん ﹁しかたがないさ。おやじは、ぼくにどなられると、かんか て、ころがるように逃げていったよ﹂ げしゅく んになっておこりがした。ぼくはついにがまんしきれなく ﹁どうしたというのだい? けんきゅう なって、おやじのえり 首 をつかむと、ドアのそとへ 力 いっ ﹁ぼくも鏡 をみるまでは、わけがわからなかったんだ。が、 きぜつ こし ぱいなげだしてやったよ。これでぼくは、この 下宿 からも おやじが 逃 げだしてから、鏡をみて、やっと、やつのふる とうめいにんげん けんきゅう やくひん ほう でてゆかねばならないことになってしまったんだ﹂ えあがったわけがわかったよ。ぼくの顔がまっ白にかわっ ゆうがた たいど 透 明人間 の 着 ているナイト・ガウンが、はげしくぶるぶ ていたんだ。すきとおるほど白くね﹂ はら くすり は くる めだま るとふるえた。そのときのことを思いだして、もういちど ﹁白く?⋮⋮⋮﹂ くび をたてているらしかった。 腹 ﹁そうだ。 予期 したようにね。それから夜あけまでの 苦 し しゅだん とうめい かがみ ﹁こんなわからずやのおやじがいては、とてもじぶんの 研究 みは、ぼくも予期しなかったことなんだ。 皮膚 はもえるよ ちょうごう き をこのままぶじにつづけることはできない、とわかったの うに 熱 くなり、 体 じゅうが、かっかっとほてって、その苦 からだ き で、ぼくはすぐにつぎの手 段 を考えだした。大いそぎで薬 品 しさときたら、いまにも 気絶 して、それっきり死んでしま よ の調 合 にとりかかり、それができあがると、 夕方 から夜に うかと、たびたび思ったほどだった。 歯 をくいしばってが からだ かけて、ぼくは 体 を透 明 にするその薬 をのみつづけたんだ あつ ︱︱ ︱﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ひる どうぐ ねむ げんき ベッドにもぐりこんで、 昼 ちかくまでゆっくり 眠 って 元気 きかい をとりもどすと、 研究 に使った機 械 や道 具 を二度ともとに けんきゅう まんしたが、うめき声はひとりでに高くなり、ついにぼく できないように、めちゃめちゃにしておき、ここからでて きぜつ は気 絶 してしまったんだ﹂ はくし ケンプ 博士 は、おそろしさに身ぶるいしながら、心のな いくじゅんびに取りかかった。﹂ きかい かで、 にんげん あくま ﹁なぜ 機械 をこわしたんだい?﹂ たましい ︵やつの 魂 は悪 魔 にみいられているにちがいない。でなけ ﹁ほかの者に、ぼくの研究をかぎつけられないためさ。そ わかもの げしゅく れば、ふつうの 人間 に、そんなおそろしいことがたえきれ こへまた夜のあけるのをまちかねた 下宿 のおやじが、くっ とうめいにんげん ば るはずがないんだ︶ な 強 若者 を二人もつれて、﹃ 化 けものやろうめ、きょうこ きょう と、思っていた。透 明人間 は、じぶんの話にすっかりむちゅ そは、なにがなんでも追いだしてやるからな。 腕 づくでも はくし うで うになって、博 士 のことなどわすれてしまっているようだっ 追っぱらう気なんだ﹄といきまきながら、ドアをおしやぶっ くる た。 てはいってきた。ぼくは、入れちがいにそとへでていった とうめいにんげん やくひん へ や へ や ﹁こんど気がついたときは夜あけだったよ。はげしい 苦 し よ。もちろん、やつらはすこしも気づかなかった。 部屋 の つか みはやんでいたが、ひどい 疲 れでくたくたになっていた。 なかにぼくの 姿 がみえないので大さわぎをしていたよ﹂ すがた 明けがたの光が 窓 からさしこんだとき、ぼくはじぶんの手 そこで 透明人間 はおかしそうに、くっくっくっとふくみ まど をみて、おどろきとよろこびといっしょになった、言いよ いをして、また話しだした。 笑 へ や へ や うのない声をあげたんだ。なぜって︱︱︱両手がくもりガラ ﹁やつらがぼくの部 屋 をひっかきまわしてさわいでる間に、 わら スのような色になってたんだ。そして、じっと見つめてい で い きかい にんげん ぼくは、おやじの 部屋 にもぐりこんでようすを見ていたん とうめい のこ じっけん げしゅく るうちに、両手はどんどん透きとおって、夜がすっかり明 だ。さわぎはだんだん大きくなって、 下宿 の 人間 はひとり とうめい せいこう しょうにん らず、そのうえ 残 出入 りの 商人 たちまでがぼくの 部屋 には けっしん からだ けきったころには、まったく 透明 になってしまったんだ﹂ いりこんで、 実験 の 機械 や薬 品 をいじりはじめたんだ﹂ りょうて ﹁両 手 といっしょに、体 じゅうも透 明 になったのかい?﹂ ﹁それで⋮⋮﹂ ぜんしん つめ ﹁もちろんだ。一番さいごまで色が残っていたのは 爪 だっ ﹁ぼくはそのようすを見ながら、ふと、﹃こいつらのよう とうめい たね。じぶんで 決心 してやったことだが、こうして 成功 し に 無学 なやつどもがさわいでいる間はよいが、そのうちに むがく んなことをやったなと、心おだやかでなかった。もう一度 て全 身 が透 明 になってしまうと、さすがのぼくも、たいへ がくもん けんきゅう つうこうにん とうめい まち 問 のあるやつがこれを見にきて、ぼくの 学 研究 をかぎつけ ﹁ 街 へふみだしてみて、ぼくははじめて 透明 になったこと ぼうし るようなことになるかもしれない﹄と考えたんだ﹂ をゆかいに思ったよ。ぼくがうしろから、 通行人 の帽 子 を きかい ﹁だってきみは、 機械 をこわしておいたんだろう?﹂ はじきとばしたり、 肩 をぽんとたたいたら、そいつはどん ひみつ かた ﹁そうだ。だが、それで安心はしていられないよ。そこで けんきゅう まち なにおどろいた顔をするだろうかと思うと、まったく考え えいきゅう 久 にぼくの研 永 究 を秘 密 にしておく方法を考えだしたんだ﹂ そんなことができるのかい⋮⋮﹂ へ や れんちゅう ゆうがた ただけで、ふきだすほどうきうきしてきたんだ。ぼくは 街 ほうほう ﹁どんな方法だい? をあちこちと気ままに歩いていった。ところが、 夕方 ちか かんぜん ﹁完 全 な 方法 だよ。ぼくは、ぼくの 部屋 でさわいでいた連 中 くなると、ぼくはすっかり 弱 ってしまった。よくはれたあ き み とうめいにんげん よわ がすっかりひきあげると、そっと、おやじの部屋から、ぼく たたかい日だったが、一月になったばかりだもの、まっぱ かみ の部屋にひきかえして、そのへんにある 書類 や紙 くずを山 だかではたまったものではないよ。ぼくは歩きながら、が しょるい とつみあげ、マッチをすって、火をつけてやった。 燃 えあ たがたふるえどおしだった﹂ かん も がるのをみて、その上にふとんやいすをつみかさね、さい ﹁はっはっはっ、いくら 透明人間 になっても、人間はやは も ふゆ ごにゴム 管 をひっぱって、ガスをふきださせたんだ。ガス り人間だよ。ま 冬 にはだかでいられるものか﹂ ひ さむ はくし はすぐに 燃 えあがり、たちまち、ふとんもいすもめらめら ケンプ博 士 は、はじめて気 味 よさそうに笑い声をたてた。 げしゅく わら と火 をふきだした。ぼくは、そこまで見とどけると、そっ ﹁笑 いごとじゃないよ。日がかたむきかけてくるにつれて、 まち さはいっそうひどくなった。ちょうどブルームズベリイ 寒 げんかん らばしてね﹂ 場 をぬけようとしていたときだ。ぼくは大きなくしゃみ 広 ひろば ﹁それじゃあ、きみは、 放火 してきたというのかい?﹂ ひみつ をひとつした。まわりにいた人たちが、いっせいにふしぎ えいきゅう いぬ そうにあたりを見まわした。とたんに、近よってきた白い じごく ておける方法があるかね? ないだろう﹂ とうめいにんげん が、ぼくをかぎつけたのか、わんわんとほえたててとび 犬 はくし かかってきたんだ﹂ ﹁犬にはわかるらしいね。かぎつけるんだ。いまいましい とうめい きこえてくる悪 魔 の声のようにおもえた。 ﹁ 透明 になっていても、犬にはわかったのだろうか?﹂ とうめいにんげん六六 にでた透 街 明人間 六五まち あくま 博 士 には、そのときの 透明人間 の声が、 地獄 のそこから けんきゅう ﹁そうさ。それよりほかに、ぼくの 研究 を永 久 に 秘密 にし ほうき と玄 関 から、 街 へしのびでていったよ。いやな下 宿 におさ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ を見つけるはずはない。ぼくはつかれはてていたので、ひ ﹁こんどは子どもに見つけられたんだ。もちろんぼくの 姿 ﹁つぎの災難っていうのは、どんなことだったのだい?﹂ また、つぎの災 難 がふりかかってきたんだ﹂ かりがしていた。犬からのがれてほっとしたのもつかのま、 力のかぎり走りつづけたよ。ラッセル広場には、まだ人だ 話だが、それからぼくはラッセル 広場 まで犬に追われて、 ゆっくりと 休 み場 所 をさがして歩きだしたんだ追っかけて て、物かげにかくれ、足のどろをすっかりはらい落として、 て、足あとがはっきりつかなくなってきた。しめたと思っ う 逃 げていくうちに、足のうらのぬれていたのが 乾 いてき ﹁まったくだ。なんども 街 かどをまがって、めくらめっぽ ﹁とんだ 災難 にあったものだな﹂ だ足あとをたよりにわいわいと追っかけてきたんだ﹂ もくさんにかけだした。やじ馬たちはわけもわからず、た ひろば と休 みしようと思って、 博物館 のまっ白な 階段 をのぼって きたやつらは、うすくなって、ついに消えてしまった足あ とうめい やす さいなん いったんだ。その近くで子どもたちが幾 人 も遊んでいたよ。 とをさがして、その 辺 をうろうろしていたよ﹂ へいこう か ぜ はくし まち そのひとりがふいに大声でさけんだんだ。 ﹁やれやれ、透 明 になっても、いいことばかりじゃないね﹂ さいなん ﹃あっ、みてごらん! おばけの足あとだよ。ほらほら、は ﹁それはそうだ。だが、もちろん、すてきなことだってある かいだん のぼ まち おうらい かわ だしの足あとが 階段 につぎつぎとついてるよ。おかしいな からね。かけまわっているうちに体はぽかぽかあたたまっ に あ︱︱︱だあれも登 っていってないのに、足あとだけがくっ てきたが、すっかり風 邪 をひいたらしく、しきりにくしゃみ すがた ついているよ﹄この声をきいた時には、ぼくはぎょっとし がでるのには 閉口 したよ。落ちついてみると、ぼくの 下宿 とうめいにんげん ばしょ て、どうしていいか、わからなくなってしまったね。進め のある 街 にきてたんだ﹂ かいだん ば足あとがつくし、立ちどまっていれば、だれかがつかま 透明人間 は、ケンプ 博士 になにもかも話してしまうつも はくぶつかん えにあがってくるだろう。このときのぼくの気もちをさっ りらしく、いっしんに話しつづけている。博士は、なにか、 やす してくれたまえ﹂ 落ちつかないようすだが、それでも、じっとかれの話をき いくにん ﹁それで、どうした?﹂ いていた。 へん ﹁そのうち、子どもの声で、やじ 馬 がぞろぞろと集まってき ﹁そのうち 往来 の人たちが、きゅうに、なにかさけびなが げしゅく だした。こうなっては逃げるよりほかはない。足あとがつ てゆき、やがて火事だとわかったときには、どうもぼくの ら、いっさんにかけだしていった。 人数 はつぎつぎにふえ うま こうが、そんなことにかまっていられなくなって、ぼくは、 にんずう すぐそばでまごまごしている若い男をつきとばすと、いち 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ けむり ことだい?﹂ ほうこう 宿 のあたりと思われる 下 方向 から、もくもくとまっ黒な 煙 ケンプ博士は、つかれてしまっていたので、気のりのし げしゅく がすごいいきおいで、 電話線 とかさなりあった家のむこう ない 調子 できいた。 でんわせん に見えてきたんだ。それをみて、ぼくは、ほっとしたね。 ﹁おそらく、きみには 想像 もつかないことだろう。透 明 で あんぜん ちょうし これでぼくの 秘密 は安 全 だ︱︱︱そう考えると同時に、なに いるために服をきないでいると、食べ物を口に入れること からだ とうめい か新しい 勇気 がわいてくるような気がしたんだ﹂ ができないんだ。なぜって、考えてみたまえ⋮⋮ぼくがは とうめいにんげん まど くうちゅう そうぞう 透 明人間 は、一気にここまでしゃべってきたが、なにを だかのままでパンをたべるとするね。パンはぼくの口には はくし ひみつ 思ったか、いすにふかぶかと身をしずめて、だまって考え いったときから、のどをとおり、 胃 にとどき 消化 してしま ゆうき こんだ。 うまで、人の目にさらされてしまうのだ。 体 の中にはいっ しょうか ケンプ 博士 は、ちらりと窓 のそとに、すばやい一べつを た食べ物がそのまま 空中 に 浮 いてみえるなんて、考えただ はら ﹁もちろん、こまることもあればいいこともある。けれど すると、 透明 になるのも考えものだね﹂ とうめい ﹁なるほど、そこまではぼくも考えつかなかったよ。そう も、パンひとかけ口にすることができなくなるんだ﹂ はいやだ。が、そうすれば、ぼくはいくら 腹 がすいていて い なげ、だまってすわっていた。 けでもぞっとすることだろう。ぼくはそんなことになるの とうめいにんげん六八 う 六七 ひ み つ 七〇 うらぎられた 透明人間 六九とうめいにんげん 明人間 の秘 透 密 も新しい 生活 にふみだしたいじょうは、いやでもやりぬく とうめいにんげん ﹁透 明人間 になるということは、はじめぼくが考えたほど、 ほかはないんだ。いまとなっては 身 をよせる家もなければ、 せいかつ すばらしい、ゆかいなものではなかったんだ。 寒 いからと たよりにする人もない。 働 いて金 をもうけ、その金で楽し さむ いって 服 をきれば、透明人間でいることができなくなる。 くくらすなどということは、 夢 にも思えない身の上になっ とうめいにんげん はくし ゆめ かね み 透明人間でいようと思えば、寒くても 服 をきることができ てしまったんだ﹂ ふく なくなるばかりか、もっとこまることが起こってきたんだ﹂ 透明人間 の声は、しみじみとさびしそうだった。 はたら しばらくだまっていた透明人間は、ゆっくりと話しだし ケンプ博 士 も、さすがにかれの変わった 境遇 に同 情 して、 ふく た。 きょうぐう どうじょう ﹁はだかでいるより、もっとこまることというと、どんな 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ていたよ﹂ くりとやすんで、 腹 いっぱい食べたいと、そればかり考え るんだ。ぼくはただ雪の中からのがれて、 屋根 の下でゆっ げしく 降 りだし、寒さと 空腹 はたまらなくぼくをせめたて どうしていいかわからなくなってしまったんだよ。 雪 はは ﹁どうするといって、ぼくは道のまん中につっ立ったまま、 ﹁それできみは、それからどうしたんだい?﹂ いってしまった。店の 品物 はすっかり片づけられ、灯 はけ のをまっていたんだ。やがて店がしまって 店員 たちがでて しに 客 が出入りしているデパートにもぐりこみ、 閉店 する かったかと思ったね。ぼくはすぐ、ぞろぞろとひっきりな なんの 苦労 もないし、どうして早くこのことに気がつかな でも手にはいる。それにデパートならはいるにもでるにも、 ﹁デパートのなかにもぐりこめば、ぼくのほしい物はなん きとした声になって、 透明人間は、そのときのことを思いだしたのか、いきい からだ ゆき ﹁そうだろうね。で、それから⋮⋮﹂ されて、あれほどにぎわっていたデパートも、しーんとなっ くうふく ﹁そのうえ、これこそ思いもかけなかったことだが、雪の中 てしまった。ぼくはうす 暗 くなった店の中をわがもの 顔 で ふ にじっとしていると、 体 に雪がつもって、たちまち、ぼく 歩きまわって、 下着 やくつ下などの 売場 から、ふかふかし きたかぜ きゃく くろう の体のりんかくがぼーっと浮かびあがってくるんだ。これ てあたたかそうな下着やくつ下をとりだして身につけた﹂ ね にはまったくへいこうしたね。ぼくは身をきるような 北風 ﹁ほっとしたろう﹂ や が、雪といっしょに吹きつけてくる道を、あてどもなくさ ﹁きみの言うとおりだよ。 服装 をすっかりととのえおわり、 はら まよいつづけたんだ﹂ があたたまってくると、こんどは 体 地下室 の 食堂 におりて ぐら ふくそう にく ちかしつ は ね ねむ くだもの しょくどう からだ か し ひ へいてん ﹁なぜどこかの家の物おきへでも、もぐりこんで、雪の中 いって、そこに残っていた 肉 やパンやチーズを、いやとい てんごく てんいん を歩きまわることからだけでもまぬがれなかったんだ。食 うほどつめこんだんだ。おまけにおいしい 果物 や菓 子 まで かぎ しなもの べ物にありつくことはできなくても、 寒 さだけはいくらか 食べられるのだから、まるで 天国 のようだったよ。 体 もあ いっけん うりば がお しのぎやすいのではないか?﹂ たたまり、 腹 ごしらえもできると、にわかに 眠 くなったん うりば ﹁ぼくだって、それは考えたんだ。ところがロンドンじゅ だ。さっそくふとんの 売場 のふかふかした羽 根 ぶとんの山 とうめいにんげん したぎ うの家という家は 一軒 のこらずドアをしめ、鍵 をかけてい の上によこになり、めずらしくのびのびとした気分でねむ からだ るので、いくらぼくが 透明人間 でも、もぐりこむすきさえ りに落ちていったのだ﹂ さむ なかったんだ。だがぼくはそのとき、ふいにすばらしいこ はら とを考えついたんだよ﹂ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ は、思わず横っとびにかけだすと、目ざとい 店員 のひとり んの山が音をたててくずれおちたんだ。あっと思ったぼく 逃げたらいいかと、あたりを見まわしたとたん、羽根ぶと しまったぼくは 羽根 ぶとんの山をすべりおりて、どこから た店 員 の話し声や掃 除 をする音がきこえていた。あわてて かり夜があけ、明るい 太陽 がさしこんでいて、出 勤 してき ないことがもちあがったんだ。目がさめたときには、すっ ﹁ここまではよかったんだ。だが、朝になるとおもしろく ﹁まるでおとぎ話にでもでてきそうな話じゃないか⋮⋮﹂ ﹁けっきょく、うえをしのいで、たっぷり 眠 れたというだ だ﹂ ぼくはまえと同じように 寒 さとうえになやまされだしたの しかし腹をたててみても、どうにもなるものではなし、 たまらなかった。 くはデパートをそっとしのびでると、むやみに 腹 がたって ふる 街 へさまよいでなくてはならなくなってしまった。ぼ ててしまったので、ぼくはもとのはだかで、ふたたび雪の ﹁こんなわけで、せっかく手にいれた服はすっかりぬぎす ﹁やれやれ、苦労をするではないか⋮⋮﹂ つかまるのをまぬがれたんだ﹂ ね くび てんいん しゅっきん が、大声で、 ﹃あっ、 首 のない人 間 がいるぞ! あやしいや けだったのだね。それでもいいではないか⋮⋮﹂ たいよう つだっ!﹄とさけんだんだ﹂ ﹁ちっともよくないよ。ぼくが一番のぞんでいるのは、服 くび よこちょう ぼうし ふるぎや かね はら ﹁そりゃあ、きみ、店員だって、さぞやびっくりしたろう を手にいれることなんだ。服を身につけ、 帽子 をかぶり、 まち さ﹂ マスクでもつければ、どうやら 人前 をごまかして、暮 らし てんいん そうじ ケンプ 博士 は、ものかげから走りだした 首 のない人間を ていけるのではないかと思ったんだ。ぼくはついにロンド てんいん 見つけた 店員 たちのようすを思いうかべて、デパートじゅ ンのはずれのうすぎたない 横町 にある 古着屋 にしのびこん は うがひっくりかえるさわぎになったろうと考えていた。 で、ほしい物を手に入れ、できればお 金 もついでに手にい ようふく さむ ﹁ここでつかまってはたいへんだと思ったので、死にもの れることにしたんだ﹂ にんげん ぐるいで逃げまわったんだ。逃げるにつれて、きれいにか ﹁金も手に入れるというのか?﹂ うりば おって ねむ ざられてあった花びんがぶつかりあってくずれ落ちる、電 ﹁そうだ。この 古着屋 でも、いくども見つかりそうになっ しょくどう はくし 気スタンドがころがる、おもちゃの山がくずれる、さいご て、ひやひやしたよ。おやじというのは、かわった男で、お すがた く に食 堂 をかけぬけて、ベッドの 売場 から 洋服 ダンスのなら そろしく耳がするどくて、ぼくのかすかな足音をききつけ、 とうめい ひとまえ んでいるところへ逃げこんで、そのかげで、着ているもの ふるぎや をすっかりぬぎすてて、もとの 透明 な姿 になって、追 手 に いえじゅう ぐるまきにしばりあげ、さるぐつわをかませた。そして、 かたて ぼくは手ばやく服を身につけ、だいどころにいって、たら ごと ﹃どうもおかしい、だれかこの家にしのびこんでるにちがい ふくパンとチーズをたべ、コーヒーをのんでから、 帽子 を ふるぎ まぶかにかぶり、マスクをつけた。ちょっと見たぐらいで ぼうし るぐるまわりはじめたんだ。おかげでぼくは 古着 の山を目 ない﹄と、ひとり 言 をいうと、ピストルを 片手 に家 中 をぐ のまえにみながら、どうすることもできなかったのだ﹂ は、透明人間だと気づかれないように身じたくをととのえ いらした口ぶりになって、 い?﹂ ﹁で、きみはおやじをそのまま、ほうりっぱなしにしてか て、ゆうゆうとその古着屋をでてきた﹂ きゅう ﹁いやな男だったよ。うたがい 深 くておく 病 で、しまいに 博 士 は顔いろをかえてさけんだ。 透明人間 はおちつきは とうめいにんげん 透 明人間 は、その男のことを思いだしたのか、 急 にいら は家じゅうのドアにも 窓 にも、かぎをかけはじめたんだ。 らって、 びょう ぼくがどこからも 逃 げることができないようにしておいて、 ﹁もちろんだよ。あとでやつは、さんざん 苦心 して自 由 の かいだん ぶか ピストルで 射 ちとろうとしたんだ。ぼくはそれを知ると、 になっただろう。そうとうきつくしばってやったからな﹂ 体 まど かっとなってしまった。こんなやつに 射 たれてたまるもの 博 士 はしばらく思いなやんでいるようすで、青きめた顔 からだ はくし きゅうじにん せいかつ とうめい くしん とうめいにんげん か、ぼくは階 段 をおりかけていたおやじのうしろにせまる をうつむけて考えこんでいたが、 はくし と、いきなり、古いすをふりあげて、やつの頭をちからま ﹁それできみは、やっと人なみの 生活 ができるようになっ に かせになぐりつけてやった﹂ たのだね﹂ う ﹁頭をなぐったって! なんてらんぼうなことをするんだ。 と、ほそい声でいった。 う なさけ じゆう 着屋 はきみになぐられるようなことをなにもしていない 古 ﹁いや、人目の多いロンドンでは、やはりうまくいかなかっ う よ⋮⋮考えてみたまえ﹂ たよ。食事をしようと思えば、どうしても 透明 なぼくの顔 ふるぎや ﹁らんぼうする気はなかったんだ。ただ、ぼくはその 古着屋 を給 仕人 や、 客 の目にさらさないかぎり、肉のひときれも ふるぎや で服をきて、すがたをととのえなくては、こまるんだ。そ 口にいれられないんだ。透明人間なんて、ほんとうに 情 な きゃく れだのにおやじは、ぼくを 追 いまわして、ピストルで 射 つ いものだよ。人目をおそれて、いつもびくびくしながら 暮 らんぼう お つもりなんだから⋮⋮。ぼくは追いつめられて、心ならず らさなくてはならないんだからね﹂ く も乱 暴 をはたらいたというわけなんだ。おやじは物もいわ ふるぎ ずに、その場にたおれたので、手もとにあった 古着 でぐる 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ ﹁で、アイピング村へは、どうしていったのだい?﹂ ﹁ところで、きみはこれから、どうするつもりだい? な けんきゅう かんせい いよう さつじん ﹁研 究 をつづけたくていったんだよ﹂ びんせん こくがい はくし ふるぎや んのために、このバードック町にやってきたんだ?﹂ あたた ほうか ﹁研究をつづけるためにだって? だってきみの研究は 完成 はじめに下 宿 で放 火 、つぎに、古 着屋 でおそろしい 殺人 を のぞ げしゅく して、 望 みどおり透 明 になったじゃないか⋮⋮﹂ やりかけている。よくもわずかの間に、とんでもないこと とうめい ﹁しかし、きみ、考えてくれたまえ。 体 が透 明 になったお を 仕出 かしたものだと、むかしの友人のかわりはてた 異様 みなとまち ようふく で かげで、ぼくはほかの 人間 が持つことのできない力をもつ なすがたをながめながら、ケンプ 博士 がたずねた。 うしな し ことができるようになった。だが、そのかわり、ぼくは何 ﹁うん。ぼくがここにきたのは、 国外 にのがれたかったか からだ とうめい もかも 失 ってしまったんだ。科 学者 として名をあげてみて らさ。はだかで暮らすのには、イギリスはまだ、 寒 すぎる かてい えいきゅう からだ も、ぼくの姿 がみえないのでは、どうにもしようがないだ よ。 洋服 をきればすぐ人にあやしまれて、追いまわされる にんげん ろう。あたたかい 家庭 をつくって楽しく暮らすことも、友 し、ぼくは、もっと 暖 かい地方へいってしまいたいと思っ のぞ かがくしゃ だちとゆかいに話しあうことも、 永久 にできなくなったの て、この 港町 へきたのだ﹂ はっけん さむ だ。ぼくはたったひとりぽっちで暮らすほかはなくなった ﹁それで?﹂ すがた のだ。ただ、たったひとつの 望 みは、もとの体 にかえるこ ﹁ここからは、フランス行きの 便船 がでる。フランスへわ くすり すがた たり、 汽車 でスペインへいって、そこからアフリカのアル きしゃ ために、しずかなアイピング村へいったわけだよ﹂ さむ ジェリアへいくつもりだ。アルジェリアなら、 姿 をけして とうめいにんげん ﹁なるほど、そんなわけだったのか⋮⋮﹂ ば はだかで暮らしても、いっこう 寒 くはないだろうからね﹂ はくし 博 士 は、ナイト・ガウンの化 けもののような 透明人間 を ﹁アフリカにいくのか?﹂ ひみつ みつめた。そこに友人のグリッフィンがいる。かれはなが ﹁ そ う だ 。ぼ く の 秘密 がしれてしまったからには、もう、 はくし い間、胸にたまっていた思いをケンプ 博士 にうちあけて、 どうしようもない⋮⋮。ところが、それには、ぼくひとり にもつ ほっとしたのか、ゆったりといすに腰かけて、たばこに火 きんか さわ ではやれないのだ。ぼくが 荷物 をもって歩くわけにはいか ぎになって、すぐ、大さわぎになってしまうんだ。そこで、 くうちゅう をつけた。 ない。そうすると、このまえの 金貨 が空 中 をとぶような 騒 魔 と天 悪 使 七一 あ く ま て ん し 七二 けんきゅう とができる薬 を発 見 したいということなんだ。その 研究 の 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ もって、にげてしまった﹂ あの 浮浪者 をやとったんだが、だいじな 研究 ノートと金 を ﹁警 官 をよびやがって、よくも裏 切 ったな⋮⋮裏切り者め!﹂ その声は、 怒 りにふるえていた。 ﹁おれをだましたな!﹂ かね ﹁浮浪者は警 察 にいるよ﹂ 透明人間 はガウンの前をひらくと、すばやく、下に着て けんきゅう ﹁えっ、あいつが⋮⋮﹂ いるものを 脱 ぎはじめた。 ふろうしゃ 透 明人間 が、すっくと立ちあがった。 この男を、この 部屋 から外に出してはならない。博士は げんかん とうめいにんげん うし で いか そのとき、玄 関 のベルがなった。 ドアを 後 ろ 手 に開いて 廊下 にとびだし、バタンと 閉 めた。 とって うちがわ げんかん か うらぎ ベルの音をききつけると、 透明人間 はケンプ博 士 から二、 カギがない。透明人間が 内側 から開けようとして、博士が ま けいかん 三歩とびさって、 にぎる 把手 をひねった。その力は、ものすごく強かった。 けいさつ ﹁あれは、なんだ?﹂ 博士はドアを開けさせまいとして、 奮闘 した。ドアのすき けいぶ へ や と、するどく言いはなった。 からガウンの 間 腕 がのびた。博士はのどを 絞 めつけられ、 はくし けいさつしょちょう ぬ ﹁なにも聞こえないが⋮⋮﹂ 把手をはなした。博士はガウンの 怪物 に突きとばされた。 とうめいにんげん ﹁いや、二階へあがってくる足音だ﹂ 博士 からの手紙で、いそいで 駆 けつけた、バードックの はくし かいぶつ かいだん し ﹁気のせいだよ﹂ 察署長 アダイ警 警 部 は、玄 関 からホールを通って階 段 をの けいかん かいぶつ かいだん ろうか 警 官 がきたことを、あいてにさとられまいとして、ケン ぼりかけたところで、目に見えない怪物と戦っている博士 はくし はくし プ博 士 は、おだやかに言った。 を見て、立ちすくんでしまった。 とうめいにんげん とうめいにんげん ﹁ちょっと見てくる﹂ ﹁なんだ?﹂ ろうか ふんとう 博士がとめようとしたが、透 明人間 はドアに近づいていっ 怪 物 と戦う博 士 は、倒されたり起きあがったりしながら、 しょちょう し た。 二階の 廊下 から階 段 のおどり場へのがれてきた。怪物のガ うで すると、博士がドアを背にして、その前に立ちふさがっ ウンが宙を飛んできて、博士におそいかかって倒した。目 と ば た。 はくし の前のできごとに、びっくりしている 署長 を、ガウンの 化 じゃまをするのか﹂ ﹁なんだ、きみは! かいだん けものかなぐり倒した。 かいぶつ 起きあがろうとする 署長 を、怪 物 は階 段 から下にけり落 しょちょう 入口に近づけまいとする 博士 から、ぱっと 跳 びのいて、 み 透明人間は身 がまえた。 とくい これまでにやってきたことを、 得意 になって話すんですか けいかん らね。あきれたもんです。署長! あの男はもう、かなりた おうえん として、動けなくしてしまった。 階下 には 応援 の 警官 が二 くさんの人を 傷 つけています。これからもっと 暴 れまわっ かいか 人いた。二人はあわてて、宙 を飛ぶガウンを追いまわした。 て、町や村のひとたちを恐れさせてやるんだと話していま ちゅう 追いまわすうち、ガウンは一階のホールの 天井 へパッと 舞 した﹂ たいほ けいかん ひじょうしょうしゅう かいぶつ えき みなと とうめいにんげん あば いあがったかと思うと、落ちてきて、そのまま、へなへなっ ﹁かならず 逮捕 してみせます﹂ だいしきゅう ふね ふろうしゃ けいさつ ほ ご と考えているノートを取りもどすまでは、この町をはなれ きしゃ きず と動かなくなった。 署長 がこたえた。 ま 玄 関 のドアが、人 影 もないのに開いて、バタンと 閉 まっ ﹁大 至急 、警 官 の非 常召集 をおこなって、この町から 透明人間 しょちょう きず てんじょう た。 がにげだせないようにすることです﹂ とうめいにんげん かいだん し 署 長 は起きあがったが、顔をしかめて、また、へなへな ﹁こころえています。さっそく召集して、道という道に見 ひとかげ とすわった。そこへ、 透明人間 との格 闘 で傷 だからけの顔 はりを立てて、あの 怪物 がにげられないようにしましょう﹂ げんかん となった 博士 が、ふらふらになって階 段 を降りてきて、く ﹁ 汽車 や船 に乗って、逃げられないように、 駅 や港 にも見 しょちょう やしそうに言った。 はりをつけてほしいですな。あの男は、かけがえのない物 かくとう ﹁しくじった。にげてしまった﹂ 七三だ い そ う さ じ ん七四 はくし 捜査陣 大 ないと思います。その 浮浪者 のトーマスは、 警察 に保 護 し とうめいにんげん しょくもつ はくし てあるんでしょうな﹂ かいだん 透 明人間 があばれまわるのを見ただけでなく、したたか ﹁ぬかりはありませんよ、 博士 ! そのノートのことも﹂ とうめいにんげん になぐられ、 階段 からけり落とされて動けなくなるほどの ﹁透 明人間 をつかまえるには、 食物 をあたえないことです。 しょちょう 目にあいながら、アダイ 署長 は、なおも信じられないとい ねむらせないことです。この二つのことを 実行 することで しょちょう じっこう う顔をしていた。 す﹂ しょちょう は ﹁なるほど﹂ ち そんな顔の 署長 に、 血 だらけの腫 れあがった顔のケンプ 署長 がうで組 してうなずいた。 はくし 士 が、ぐずぐずしてはいられないと、せきこんで言った。 博 ﹁たべものは手のとどかないところにしまっておき、透明 ぐみ どんなひどいことをしでかすか、わかりませんよ。けさも、 ﹁あいつは気がくるっている。このまま逃がしておいたら、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ のが見えるので、しばらくは、どこかに 隠 れてやすまねば ﹁やつは 食物 をのみおろすと、 消化 するまでは体の中のも きいた。 署長は立ちあがって、博士といっしょに歩きながら話を ﹁さっそく署 へもどって、作戦を立てるとしましょう﹂ にカギをかけておくことです﹂ 窓 人間が家の中にはいれないように、町じゅうの家が、 戸 や アダイ 署長 はこたえた。 みせます﹂ ﹁ごもっともな 意見 です。その方 針 で、かならず逮 捕 して うに知らせてもらいたいのです﹂ 凶器につかわれそうな物は、どの家でも、かくしておくよ ですから、やつが凶器を持ってあるく心 配 はありませんが、 浮いてうごくことになるので、すぐ気づかれてしまいます。 の男がこれらの物を手にして歩くと、鉄棒やナイフが 宙 を うな物は、手ごろの 武器 ⋮⋮つまり凶器になりますが、あ き ならんのです。ここが、こちらのねらいです。それと、犬 ﹁もう一つ、だいじなことがあります﹂ ぶ をですな⋮⋮犬を、できるだけたくさん、かり集めること ﹁なんです?﹂ と です﹂ ﹁ガラスの破 片 を道 路 にまきちらすのです。 透明人間 は、は しょくもつ とうめいにんげん けいむしょ かんしゅ はへん はへん どうろ ざんこく たいほ かいぶつ とうめいにんげん き ちゅう ﹁ほほオ、透 明人間 は犬には見えますかな﹂ だかで、はだしで歩いていますから、これは 効 きめがあり まど ﹁見えないことは、われわれ人間とおなじですが、犬はに ますよ。すこし 残酷 なやりかたですが、そんなことは言っ しょ おいで 嗅 ぎつけるんです。これは透明人間が、犬にかみつ ておられませんので﹂ めいあん か たいへん つじばしゃ しんぱい かれて弱ったと、じぶんで話してたことですから、まちが ﹁スポーツマンシップに 欠 けるようですが、お考えどおり、 けいさつけん しょうか いありません﹂ ガラスの破 片 をよういさせましょう。目に見えない 怪物 に、 しょちょう けいさつしょ ほうしん ﹁名 案 ですな。ハルステッド刑 務所 の看 守 たちが知ってる あばれられては 大変 ですからな﹂ てはい いけん 男に、 警察犬 を 飼 っておる男がいるそうですから、さっそ ﹁あの男は、むかしのグリッフィンとは人が変わってしまっ やしき かく く手 配 しましょう﹂ た。けだものになって、気がくるっているのです﹂ きょうき しょちょう こうしている間に、 博士 の屋 敷 からにげだした透明人間 博士 はアダイ署 長 がよんだ辻 馬車 に乗って、署長といっ か が、なにをしでかすか知れないと思うと、ケンプ博士は気 しょにバードックの 警察署 にいそいだ。 とうめいにんげん か が気でなかった。 てつぼう はくし ﹁透 明人間 のもう一つの弱いところは、 凶器 を持ってある はくし けないことです。 鉄棒 とかナイフとか、太いステッキのよ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ さつじん七六 切場 の殺 石 人 七五 い し き り ば はくし とうめいにんげん ケンプ博 士 の家をとびだしてからの透 明人間 のゆくえは、 どこに行ってしまったのか、さっぱりわからなかった。 みなとまち 港 町 ポート・バードックの人びとは、その日の朝のうち は透明人間の話もうわさにすぎなかったものが、午後にな かいぶつ ると、ほんものの 怪物 が町にあらわれたと知って、大さわ ぎになった。 ふせ なにしろ人の目に、その姿かたちが見えないのである。 道をあるいていて、いきなりなぐられても 防 ぎようがない、 というのだ。音もなく家に忍びこまれても、これまた、見 えないのだから、どうしようもない。町の人は不安にから れていた。げんにその朝、道で遊んでいた子どもの一人が、 いきなり何者ともしれないものに突きとばされて、ケガを ちゃくちゃく かいぶつ とら している。その場にいあわせた子どもたちは、友だちを突 きがい きとばしたものを、だれも見ていないのだ。 とうめいにんげん てはい 透 明人間 の 危害 から町の人を守るには、 怪物 を 捕 えるこ けいさつ どういん とである。そのための 警察 の手 配 は着 々 とすすみ、おもっ とじま たよりはやく、町のこれぞと思うところに、警官が 動員 さ きばじゅんさ れていた。 きたく じゅぎょう 騎 馬巡査 が町をねり歩いては、 戸締 りをげんじゅうにす じどう るよう、家々によびかけた。小学校は午後三時には 授業 を うち切って、 児童 を帰 宅 させた。町の人は、三人四人と組 じけいだん みなと ふなつきば きしゃ てっぽう ていしゃば ぼう けいかい んで 自警団 をつくり、 鉄砲 やこん棒 をもって 警戒 にあたっ はんけい た。港 の船 着場 、汽 車 の 停車場 、おもだった道の出入り口。 ちいき しゅつぼつ バードックの町を中心にして三〇キロの 半径 の円にはいる ちゅうきがき はくし しょちょう 域 の町や村が、透明人間の出 地 没 にそなえたのである。 とうめいにんげん は しょくもつ 透明人間 にたいする 注意書 が、ケンプ博 士 とアダイ署 長 の名をそえて、町のいたるところに 貼 りだされた。食 物 を けいかい ばんぜん とらせないこと、眠る場所をあたえないことなどが、書か れてあった。 警戒 は 万全 であった。 ところが、透明人間のゆくえは、どうなったのか。その 日の朝、遊んでいる子どもを突きとばして、ケガをさせた のは、たしかに透明人間のしわざにちがいないが、それか こうげん ら先、どこへ行ったのか、音さたないのである。 とうめいにんげん ポート・バードックの町のうしろは、高 原 になっている。 その遠くまでつづく高原には森もある。 透明人間 はおそら はくし しょちょう く、その森で、ひと休みしているのではないかと、ケンプ はくし とうめいにんげん 士 も署 博 長 も、そのように考えていた。 しょくもつ ケンプ 博士 は、 透明人間 はかならず町にもどってくると うらぎ しかえ 思っていた。 食物 をもとめてのためか。それだけではない。 博士に 裏切 られたことへ、 仕返 しをするために、夜になっ たら、きっと、博士の家にあらわれるものと信じていた。 夕方になった。透明人間のゆくえがわからないまま、遠 さつじん くへにげられたのではないかと、みんないらいらしている ところへ、町から一六キロはなれたところで起こった、 殺人 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ きみょう じけん うとした。 けいさつ のニュースがとどいた。むろん、その 事件 を調べたその土 しょうえん ば すーっと、鉄棒がにげた。 きょう こうげん 地の警 察 からである。奇 妙 な事件であった。 ﹁この 化 けものやろう!﹂ が、めずらしく吐 きすてた。つづいて、このやろう⋮⋮この しつじ そこはバードック 卿 の荘 園 のある 高原 の静かな土地で、 口にしたこともないきたないことばを、おとなしい 執事 やろう、と 夢中 で 鉄棒 にステッキで、なぐりかかっていっ すいまい とちゅう、殺 されたのである。 た。 しつじ 荘園ではたらく 執事 が、じぶんの 住居 に昼の食事にかえる もうながいことバードック卿の荘園で執事をつとめる 宙 に浮いた鉄棒と執 事 とのたたかいは、ブナ林をぬけて、 しつじ いしきりば しょうたい みやぶ しつじ てつぼう ウィックスティード氏は、おだやかな 人柄 で、ひとににく なおもつづいた。おじさんは汗 をかいて、へとへとになり、 は まれたり、けんかをしたりするような人でなかった。昼に それでもあきらめずに、なんとかして鉄棒の化けものをた むちゅう なると、荘園の木戸から一五〇メートルほどはなれたとこ たき落として 正体 を見 破 ろうと、追いつづけ、ついにその ころ ろにある 住居 にもどって、食事をするのが 日課 となってお 茂 みのあいだに追いつめたので 鉄棒を 石切場 と い ら く さの ひとがら り、草 原 をとぼとぼ横切る 執事 を、その日も近所の女の子 ある。 ちゅう が見ていた。 そこで 執事 ウィックスティード氏は、鉄棒の化けものの ころ もうはんげき はくし おんこう ざんこく しょちょう とうめいにんげん しげ あせ ﹁おじさーん﹂ 反撃 をくった。ただ、残 猛 酷 としか言いようのない、 無残 ぼう にっか いつものように声をかけると、いつもならすぐ、にこに な殺 されようであった。頭はたたき 割 られ、 腕 はへし折ら すまい こした執事の 笑顔 と、おどけた返事がかえってくるのに、 れて、これがあの 温厚 な人の姿であるか、と 憤 りを感じさ しつじ おじさんはステッキをふりまわして、女の子には見向きも せるほどに、ひどいものだった。 そうげん しないで、通りすぎたというのだ。 ﹁あいつのやったことです。 透明人間 のしわざです﹂ てつ たいほ いきどお むざん ﹁おじさん、なにしてるの?﹂ ケンプ博 士 がニュースを聞いて、署 長 にいった。 はくし うで 女の子は、太った 執事 のあとを追った。おじさんは、お ﹁かならず 逮捕 してみせます。この町にはいってきたら、 ちゅう しょちょう わ かしなことをしていた。見ると、一本の 鉄 の棒 が、執事が こんどこそ逃がしはしない﹂ えがお あるく前に浮かんで、ふらふらとゆれているではないか。 アダイ署 長 は博 士 と、これからの打合わせをした。 しつじ 女の子は、びっくりした。世にもふしぎな 宙 に浮く 鉄棒 を てつぼう 追って、おじさんはステッキでその鉄棒を、たたき落とそ 、 、 、 、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ とうめいにんげん けて、家じゅうの窓や戸のカギを調べさせた。どこにも手 しの ﹁ぼくは家に帰って、 透明人間 があらわれるのを待つこと ほそめ げんかん 落ちはなく、透明人間が 忍 びこむすきは、どこにもない。 ﹁あなたをねらって、ここへ⋮⋮﹂ とうめいにんげん けいさつしょちょう にします﹂ そこへ 警察署長 が、しんぱいしてやってきた。 玄関 のドア ゆうやみ 博士が 警察署 をでると、外には夕 闇 がせまり、夜になろ を開くのも、人ひとりがやっと通れるくらいの 細目 にして、 けいさつしょ うとしていた。 街角 には 警備 のひとが立ち、三人四人と隊 署長を入れる用心ぶかさで、博士は署長を中にいれると、 けいび を組んだ見張りの者が、町の通りをあるきまわっていた。 明人間 からの手紙をわたして見せた。 透 まちかど さ い ご 七八 明人間 の最 透 期 七七とうめいにんげん ﹁かならずきますよ。もう、そのへんをうろついてるかも くだ はくし 知れません﹂ やしき きんちょうのうちに一夜があけたが、なにごともなかっ はくし 博士 がそう言ったとき、ガチャーンと、ガラスが 砕 ける とうめいにんげん た。町に 透明人間 があらわれた話はなく、ケンプ 博士 の屋 敷 まど こがた 音が、二階のどこかでした。 は にも、透明人間は近づいてこなかった。 きって ﹁二階の 窓 だ!﹂ ま ポケットにかくしておいた銀色の 小型 ピストルをにぎっ つう ゆか その朝もぶじに過ぎて、おそい昼の食事を博士がしてい わ たときである。一 通 の手紙が舞 いこんできた。切 手 を貼 ら ふそく めん て、博士は二階にかけあがった。署長がそのあとにつづい ゆうぜい しょさい ないので、郵 税 二ペンスの不 足 となっている。透明人間か ぬす た。書 斎 にかけこむと、庭に面 した三つの窓のうち二つが、 けしん きょく らのものだ。 消印 はヒントンディーン局 。どこかで紙を 盗 はへん めちゃくちゃにガラスをたたき 割 られていて、床 いちめん うらぎ はへん まど んで書いて、ポストに投げこんだものとみえる。 かくじょう やぶ に、ガラスの 破片 がちらばっていた。 はくし ケンプ 博士 は、まだ破 られていない三つ目の窓 に目をは ころ ︱︱︱よくも裏 切 って、おれを苦しめたな。こんどは、か しらせると、ピストルをぶっ 放 した。ガラスは た まに 撃 ち う ならず、きさまを 殺 してやる! ぬかれてひび割れ、三 角状 の破 片 となって内側へ落ちた。 ぱな 差 出人 の名は書いてないが、透明人間、すなわちグリッ ﹁やつがいましたか﹂ さしだしにん フィンからの手紙にちがいなかった。 署長 が目を大きくしてきいた。 かせいふ しょちょう 消印のヒントンディーン局のある町からここまで、一時 ﹁いや、ここまでは登 ってこられませんよ。ねんのために、 まど はくし 間あれば、やってこられる道のりである。 博士 は食事をや のぼ めて、 窓 ぎわに寄って外を見た。それから 家政婦 にいいつ 、 、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ とにつづいた。 ぱな ガンガン⋮⋮⋮バリバリッと、がんじょうなドアは 叩 き だいらんとう しょうぶ けいかん たた ぶっ放 したのです﹂ やぶられ、見えない手が突きだしたピストルが、博士めが よろいど やぶ ドスン⋮⋮と 階下 で 破目板 をたたき破 る音がした。つづ けて、二度、火を 噴 いた。博士と警官二人は広いホールに はめいた いて、 窓 ガラスがやぶられた。しかし、一階の窓には、の 逃げて、ホールに入ってくる透明人間を 包囲 するように身 けいさつけん はくし かいか こらず 鎧戸 がつけてある。かんたんには 侵入 できないだろ がまえ、火かき棒を前に突きだして敵を待った。 まど う。 そこへ、 手斧 が頭上の高さに 回転 しながら、ホールに飛 しょちょう ふ ﹁警 察犬 をつれてきましょう。用意してあるんです。十分 びこんできた。大 乱闘 となった。 しんにゅう とかかりません﹂ ﹁ケンプ! きさまと 勝負 だ﹂ たかだい とさ まど み 署 長 はケンプ博 士 からピストルを 借 りて、外にでた。と 怒 りにふるえる声がした。警 官 のひとりが、くるいまわ たお けいかん とら べっそう ほうい ころが、アダイ署長が 芝生 の上を門に近づいて、中ほどに る手斧を、火かき棒でたたき落とした。もう一人の警官は とうめいにんげん かいてん きたときである。目に見えない 怪物 が、署長を襲 った。 見えない足で、け倒 された。そのあいだにケンプ 博士 は、窓 うば とうめいにんげん はくし うら ておの はじめ、いきなりなぐり倒された。署長がピストルで 応戦 から庭へとび降り、町に向かって走った。それに気がつい か した。起きあがったが、けり倒されてピストルを 奪 われ、手 しばふ をあげて家のほうへ歩きだしたが、ピストルを取り返そう た透 明人間 は、警 官 をなぐり倒すと、ちくしょう! ておの いか として射ち倒されてしまった。ピストルは 透明人間 の手に けんで、ケンプ博士のあとを追った。 別荘 がつづく高 台 を けいかん おそ わたったのである。二人の 警官 が、かけつけてきた。博 士 かけ抜けると、町へ下るながい坂になっている。町へにげ ものおき さが かいぶつ は用心ぶかく二人をなかにいれた。そのときはもう、 裏 に れば、追ってくる透明人間を、そこで 捕 えることができる たた おうせん まわった透明人間が、 物置 から 探 しだした手 斧 で、ガンガ と博士は考えていた。はだしの足音が、すぐうしろに追っ だいどころ はくし ン、台 所 のドアを叩 きこわしてるところだった。 ている。 じゃり ﹁あれは?﹂ 博士は走って走って、まっ青になって走った。 砂利 や石 とうめいにんげん ころが、ごろごろしている道をえらんで走った。透明人間 しょちょう 発⋮⋮ 署長 は射 たれた﹂ ぼう との間が少しはなれた。やっと、町の入口に走りついた。 はくし ﹁透明人間がきたぞーっ﹂ せつめい おどろく警 官 に説 明 して、博 士 は火かき 棒 を手にして、台 けいかん 所に向かった。それに二人の警官も火かき棒を持って、あ う ﹁ 透明人間 だ 。ピ ス ト ル を 持 っ て い る 。残 り の た ま は 二 、 、 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ てつどうばしゃ えき さけびながら博士は、町の大通りを、 鉄道馬車 の 駅 のほ うへ走った。駅の前に広場がある。その広場には砂利の山 こうふ があり、シャベルを持った 工夫 がはたらいていた。 とうめいにんげん ﹁透 明人間 だ、にがすな﹂ 手に手に棒をにぎりしめた町の人が、わっと飛びだして 五 四 三 二 一 7字下げ ﹁なに者だろう?﹂は中見出し 7字下げ ﹁影のような男﹂は中見出し 7字下げ ﹁黒馬旅館の客﹂は大見出し 4字下げ 後註 六 ﹁怪物の顔﹂は中見出し うらぎ られ、つづいて胸を重いものがおさえつけ、のどをしめつ 七 7字下げ きて、博士のゆくての道をふさいだ。 けられた。 八 ﹁裏 切 りやがったな!﹂ 工 夫 の一人が、博 士 の上になっている透明人間のせなか 九 しゅんかん を、シャベルでなぐりつけた。手ごたえがあった。また、 げき ひばら 一五 一四 一三 一二 一一 一〇 7字下げ ﹁うわさ話﹂は中見出し 7字下げ ﹁その荷物は?﹂は中見出し 7字下げ ﹁ちょっとした事件﹂は中見出し 7字下げ ﹁気をつけたがいいぜ!﹂は中見出し はくし 一六 ﹁夕ぐれになると﹂は中見出し こうふ 一七 けいかん したたかに顎 に一撃 をくらった。倒れたところを 脾腹 をけ あご 透明人間がま近にきたな、と感じた 瞬間 、ケンプ博士は、 なぐった。すると、こんどは博士が上になり、 警官 もくわ はかすかに、それから少しずつ⋮⋮ 半透明 の人の形をした 一八 4字下げ すがた 物が姿をあらわし、まもなく、若い男の 裸 の傷 だらけの体 が 一九 わって、透明人間の手や足をおさえつけた。 姿 を見せない よこたわっているのが、見えてきた。透明人間グリッフィ 手をひいて立ちあがった。 ﹁あっ?﹂ ぐんしゅう さいご はんとうめい はだか きず からだ 群 衆 に囲まれた広場の、博 士 の足もとの地上に、はじめ はくし 透明人間が、ぐったりとなった。博士のあいずで、みんな ンの最 期 である。 ︵おわり︶ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 四四 四三 四二 四一 四〇 三九 三八 三七 三六 三五 三四 三三 三二 三一 三〇 二九 二八 二七 二六 二五 二四 二三 二二 二一 二〇 ﹁空中を飛ぶ金貨﹂は中見出し 7字下げ ﹁じつは、その⋮⋮﹂は中見出し 7字下げ ﹁ポート・ストウ村で﹂は中見出し 7字下げ ﹁正体が知れると﹂は中見出し 7字下げ ﹁酒場の中﹂は中見出し 7字下げ ﹁怒る透明人間﹂は大見出し 4字下げ ﹁逃走﹂は中見出し 7字下げ ﹁首のない男﹂は中見出し 7字下げ ﹁恐怖の一瞬﹂は中見出し 7字下げ ﹁魔術師か?﹂は中見出し 7字下げ ﹁家具がおどる﹂は中見出し 7字下げ ﹁牧師の家の怪盗﹂は中見出し 7字下げ ﹁怪しい客の正体﹂は大見出し 六九 六八 六七 六六 六五 六四 六三 六二 六一 六〇 五九 五八 五七 五六 五五 五四 五三 五二 五一 五〇 四九 四八 四七 四六 四五 7字下げ ﹁うらぎられた透明人間﹂は大見出し 4字下げ ﹁街にでた透明人間﹂は中見出し 7字下げ ﹁グリッフィン透明になる﹂は中見出し 7字下げ ﹁研究の鬼﹂は中見出し 7字下げ ﹁ガラスと人間﹂は中見出し 7字下げ ﹁光と色﹂は中見出し 7字下げ ﹁友をどうしよう﹂は中見出し 7字下げ ﹁傷ついた透明人間﹂は中見出し 7字下げ ﹁ケンプ博士の来客﹂は中見出し 7字下げ ﹁恐るべき発見﹂は大見出し 4字下げ ﹁酒場の事件﹂は中見出し 7字下げ ﹁たすけてくれ!﹂は中見出し 7字下げ 透明人間 ハーバート・ジョージ・ウエルズ 七八 七七 七六 七五 七四 七三 七二 七一 七〇 ﹁透明人間の最期﹂は中見出し 7字下げ ﹁石切場の殺人﹂は中見出し 7字下げ ﹁大捜査陣﹂は中見出し 7字下げ ﹁悪魔と天使﹂は中見出し 7字下げ ﹁透明人間の秘密﹂は中見出し 底本:「透明人間」ポプラ社文庫、ポプラ社 1982(昭和 57)年 7 月第 1 刷 1984(昭和 59)年 9 月第 5 刷 入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺) 校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう) 2010 年 7 月 31 日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫( http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制 作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。